Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

54 / 275
12話 : 狭間にて

『九州の部隊が壊滅?』

 

島根へ移動している最中、受けた報に尾花はしかめた面を浮かべた。九州より援軍として駆けつけた戦術機甲連隊が、全滅したというのだ。漏れ無く全員がKIA――――というわけでもないが、

立ち直るのも不可能な被害を受けているのは事実とのこと。

 

『散発して上陸したBETAに囲まれ、そのまま………島根の部隊の状況は必死。急げとの命もありますが』

 

『………言われなくても、急ぐ』

 

しかしだが、と。尾花は口に出さないまま、ただ思い浮かべた。脳裏に描いたのは、中国より四国、近畿の地図と地形とBETAの上陸地点。そして、今回のBETA規模を。

 

(南が………それに西も不味いのでは?)

 

山陰、北側に関しては何とかなる目算はついている。十分とは言えないけれど近辺で都合できる戦力を駆使すれば、対応は可能。明日には、台風の暴風域からも外れている。艦隊と戦車、機甲師団の援護があればBETAの大軍でも相手はできるだろう。京都への最短ルートだからして、上層部も必死だ。しかし一方で南側、山陽は。勿論のこと、四国にも兵庫の南側にも部隊はある。南に漏れでたBETAがいることも把握できている。山口より上陸したBETAもそうだ。広島は尾道より四国の今治へと続くしまなみ海道、その巨大橋群も爆破する必要が出てきたということ。こちらは、すぐに爆破するとの報が出てきた。準備もできているそうで、もう間もなく橋は落ちるらしい。瀬戸内海の諸島を結ぶ橋だからして、規模的には瀬戸大橋のそれよりかなり小規模で、認可も早かったのだろう。一方の瀬戸大橋は違う。上層部は、山間部で迎え撃てば何とかなると判断したとのこと。岡山や兵庫の避難民のこともあるのだろう。前もって通達されていたことを無視し、瀬戸大橋に逃げようという民間人が多いせいで、対応に苦慮しているとの噂もある。

 

だが、と尾花は思う。迎え撃つといっても、地形はあらかじめの地雷も敷設されていない閉所になる。その上で後方からの援護も期待できない中で、漏らさず殲滅しきれると思っているのだろうか。橋がある現状、万が一にも瀬戸内海にまで踏み入れさせてはいけないのに。

 

平野で待ち構えるという手もあるが、そうなると防衛の指揮にはかなりの手腕が要求される。

 

尾花は、今更になって思った。上層部は焦りのあまり、BETAの数だけを見て、地形がもつ戦況への効果を過小に評価してしまっているのではないかと。まさか、と思う自分がいる。精鋭と名高き帝国軍人、その能力の高さに疑いなど持てるはずがないからだ。自分が生まれる以前から戦い続けている老獪な指揮官で、だからと。

 

だけど、大陸を経験した尾花は思い出した。数にして、たった5人。16にも満たなかった少年達が致死必死の戦況を覆した、あの戦いのことを。いざとなれば覚悟の量が戦況を左右すること、身を持って学ばされた。時に階級をも越えることが。先日にも聞いた名前だ。

 

『………白銀、武』

 

尾花は懐かしい名前だったな、と呟いた。少女が零した名前、苗字を尋ねたら酷く驚いていた。連絡があってすぐに基地へと移動したためどうなったのかは分からないが、風守少佐と話していた鑑純夏という少女は“あの”白銀武の縁者なのだろうか。今も東南アジアでは語り継がれているだろう伝説の。度を越した才能をもちながらも慢心しなかった、理想の衛士だった。

 

『少佐、その名前を出すことは禁じられているのでは? 最後、あの元帥閣下から念押しされていたでしょうに』

 

『糞食らえ、と返したがな。お前も同意見だろう、戸賀中尉』

 

『………それでも、無闇な混乱が発生するのは。非常に口惜しく………顔向け出来ない、情けないことですが』

 

戸賀は歯噛みするが、それきり黙り込んだ。尾花はもったいないことだと、ため息をついた。自分も参加していたあのビルマ作戦、そこで見せたあの少年の戦いぶりを見れば、誰もがこう言うだろう。

 

――――大東亜連合における、最強の衛士。候補としては、ターラー・ホワイトかアーサー・カルヴァートも候補に上がっている。衛士としての方向性の違い、戦闘以外の面での有能さという観点から、いくらか反論は出るだろう。だが直接の戦闘力という点において、最強の一角であることを疑う者はいない。

 

作戦があった昨年に行われた個人での模擬戦、その決勝戦ではターラー・ホワイトに遅れをとったが、その時より更に技量は伸びていた。死ねば諸共に全滅する。そんな重圧の中で耐え切っていたあの中隊は、戦う度に強くなっていたように見えた。

 

それに追いつこうとする衛士もまた居た。多くは戦死したが、残っている衛士もあの作戦の後には日本に帰国している。その内の一人が、四国にもいる。

 

『………信じるしかないか。あのじゃじゃ馬のことを』

 

『えっと、少佐?』

 

『集中しろ、戸賀中尉。慣れない者にこの風はきついだろう』

 

俺もやるべきことをやると、この先にいるBETAを睨みつけながら。

尾花は念のため、警告だけはしておこうと、CPへの通信回線を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡山県、倉敷市の南端。瀬戸内海を股にかける大橋が見える場所に、その部隊は布陣していた。無骨な撃震を主として編成されている、数にして120機の連隊。それは四国じゅうの戦術機をかき集めて作られた数の、その半分の規模の連隊だった。見た目にもいかつい部隊、それらを指揮しているのは相応しく厳つく――――もとい、見る者を圧倒する雰囲気を醸し出している女傑だった。

 

黒のショートカット。その顔に煌めく双眸は、まるで獣のようだった。女性というよりは戦士の雰囲気が勝るであろう、額に一筋の傷をもつその女衛士に、副官である男は話しかけた。

 

『初芝隊長!』

 

『なんや弥勒』

 

『なんや、じゃないです少佐殿。あっちの島根の部隊のことですよ………こっちにもBETAが!』

 

挟撃により被害大きく、相手の損害はそれほどでもなく。結果的に止めきれなかった敵が大挙して押し寄せてくるかもしれない。日本海より瀬戸内海へ、最短ルートを直進してくるBETAを相手に、どう対処をするのか。

 

『ここで止めるよりは、いっそこちらから出向いた方が………!』

 

命じられた内容は、大橋の爆破が完了するまでここを死守すること。そのための連隊であった。しかし馬鹿正直にここに陣取っているよりかは、前に出て足止めをした方が戦術にも幅ができる。その提言に初芝は、自分と同じ事を考えていた部下にええ提案やないか、と笑った。

 

『阿呆なカカシになるよりかは、なんぼかええかもなぁ――――でも、あかん』

 

『な、なんでですか! 時間稼ぎが必要なら、出口を叩いた方が効率が!』

 

『机上の考えや。まあ理屈だけでいえばそうやけど、お前もまだまだ視野が狭いわ。死守ゆうても、何を目的とした防衛か分かってへん』

 

目的は四国を守ること。そのための爆破。だけど、それが工作員の爆破やなくてもええ。初芝は気弱なものが見れば卒倒しそうなほどに凄絶な笑みを浮かべながら、腹心でもある弥勒を睨みつけた。

 

『それに、この強風下で山まで出張るやて? こっちの被害と効率を考えた上での提案なん分かるけど、不確定要素が多すぎる。何より、的外した時のリスクの方が大き過ぎるわ』

 

BETAが通るであろうルート。それは限定的で、最終的な出口は一つになろう。そこを抑えれば、少数でも時間は稼げるかもしれない。だが、万が一は有りうるのだ。どんな戦場でも完璧な盤石は存在せず、不確定要素こそが戦局を変える致命打に成りうる。BETAは平地を好んで進むのは衛士にとっては常識とされている知識ではあるが、それでも例外はいつだって存在するもの。

 

足止めに徹し、自分たちがいるポイントを守りきったとして、迂回されれば終わりになってしまう。

多少の遠回りは仕方ないと、横合いから抜けられれば任務は失敗に終わる。

 

『バクチにも程があるよ弥勒。世界で起きた戦闘、その全てが公表されているとは思わんことや。BETAの習性も知り尽くしたわけやない。

 

ウチらが知らん所で、そういった習性を取られて全滅した部隊もおるかもしらん』

 

『それは、そうですが』

 

『加えていえば、山間部は平地より気流が乱れてる。その上でこの強風や………過酷な環境下での戦闘に慣れてるモンがおったら、また別やったけどな』

 

そして後方から援護の砲撃できる部隊が、多く存在していれば。

そのどちらもない今自分たちが最後の壁になっていると、念を押すように言った。

 

『一体でも通したら、爆薬セットしてる工作員が死ぬ。橋そのままやったら、いよいよもってあの橋を渡られてまう。それを呼び水として、四国が死んでしまう可能性はごっつ高い。だから絶対に通されへんのや』

 

大勢の軍部が想定する、最悪の状況である。兵站の崩壊は戦場の崩壊と同義である。

それがいよいよもって可能性として、現実味を帯びてきているのは考えたくもない事実だった

 

『何回でも言うけど、うちらこそが最後の砦や。越えられたら、更に大勢の人が死ぬ………それは、アカンことやろ?』

 

『それは、そうですが』

 

正論である。しかしその表情は長年つきあっている弥勒をして、不穏なものを感じさせるものだった。どう見ても普通に迎撃するつもりではない。しでかす予感を感じ取った弥勒が何事かを言おうとするが、八重はその直前に口に人差し指をあてた。

 

『何かあったらウチのせいにすればええよ、ミーちゃん』

 

『………分かりました。いつもの通り、何かあったら初芝少佐に命令されました、で通しますか』

 

『いやそれ嘘やん、自分』

 

 

八重は馬鹿を見る目で、言った。気ぃ弱い癖に――――何回もウチのせいにしろって命令してんのに、一度も言い訳したことはあらへん。苦笑が浮かぶ。そして八重は、これまでのことを思い出していた。

 

 

自分、初芝八重(はつしば・やえ)と彼、鹿島弥勒(かしま・みろく)は幼なじみである。共に故郷は大阪の堺で、親同士が幼なじみだったこともあり、揺りかごから成人するまでは、ずっと一緒に育ってきた。茶髪に茶目。ふつーの坊ちゃんにしか見えない容姿の、けど剣の腕はとびっきりの、見た目美形の幼なじみ。癖なのか、いつもは眼鏡のある場所に指を置いて弥勒は言った。

 

『嘘つきなのはお互いさまでしょうに』

 

弥勒はそう言いながら、思い出すことがあった。浮かんでいたという方が正しい。それだけに彼女と過ごした記憶は多かった。特に意識せずとも過去の情景が脳裏に浮かんできてしまうぐらいには。

 

それぐらいには、いつも、何をするにも一緒だった。連れ回されていたという方が正しいけど、学校から家まで一緒だった。今も地元に帰ると、ご近所の皆さんから言われることがある。近所からはやんちゃコンビとして知られた悪ガキで、悪戯をした数は両手両足では数えられないほど。

 

内容も威厳ある祖父の額への落書きから、プラスチックバットゴールデンボールホームラン事件まで、バリエーションに富んだもので。小さいことから大きいことまで、しでかした上に怒られた回数など、数えてはいない。だけど嫌な記憶は少ない。何故なら弥勒の知る八重は、いつも笑顔だったからだ。

 

弥勒は思う。言い訳をしない、彼女はいつも鮮やかだった。悪戯したいからしたと、いつも彼女は嘘をつく。しかし自分だけは、その理由を知っていると。

 

祖父への落書きは、親友が亡くなって落ち込んでいるので元気を出してもらおうと思ったから。怒れば、元気なじいが帰ってくるのだと信じて行動したのだ。ホームランは、近所のおっさんが友達の女の子にいかがわしいことをしようとしていると、噂を聞いたからと。実際は冤罪も冤罪で、他人様に迷惑をかけてと、両親からはこっぴどく怒られたものだけど。

 

いつも強引で、時には手段を選ばなくて、過激な所があって、思い込みの激しい性格からか失敗も多くて。人知れず泣いていることを知っている。それでも、暗い顔をしている人を見ると立ち上がった。

 

『今更、一番の理由は聞きませんよ。馬鹿なのは知っていますが、信じていますから』

 

 

傷だらけになりながらも、何人かは暗い表情を忘れたように笑ってくれた。仄暗い時代だから仕方ないと、彼女だけは諦めなかった。

 

『あの、鹿島中尉? そろそろいちゃつくのは勘弁して欲しいなあ、なんて………』

 

『誰がいちゃついているか!』

 

『………なんか壁殴りたくなってきたわぁ』

 

『お前も黙れ、小湊!』

 

弥勒は上官との意見交換だと、部下である衛士達に主張した。それを聞いていた者達は、はいはいごちそうさまと手を合わせだした。心外であるという青少年の主張が無視された結果である。だけどそんな中でも、弥勒は引っかかる思いがあるのを認識していた。

 

いつもの通り、のはずであるが彼女の言葉にどこか違う部分がある。思い込もうとしている反面、それを薄々感じとれている自分があるのも認識できていた。

 

(何より、ヤエねえの………あそこまで不穏な表情は見たことない)

 

知っている部分が全てではない。今回だけではなく、弥勒は去年よりこっち、覚えがない表情を浮かべる八重を何度も見てきた。大陸から帰ってきてからだ。いったい何があったのか、弥勒は一度口に出して聞いたが、八重は黙して語らなかった。軍に入ってから、矯正されたと聞いていた関西弁が、何故か戻っていることも。

 

『それでええ。絶対に、悪いことにはならんよ』

 

『説得力がありません』

 

『それでもや………そうですかって、いつもの通りに頷いてくれるんやろ?』

 

八重の言葉に弥勒は無言のままだった。納得はできていないような表情で、渋い顔を浮かべている。

網膜の投影越しではあるが、それを見ていた八重はいつかを思い出して吹き出しそうになった。遠い過去では日常だった表情。頑張れば報いが返ってくると、疑いもなく信じることが出来ていた自分が存在していた時代のこと。

 

(そんな自分は、大陸で死んだ………死んだんや、弥勒)

 

死ぬ気でやれば何とかなる。それは間違ったことではないが、決して正しいことではなかった。

命を捨ててでも届かない時がある。あまりにも理不尽な出来事は、踏ん張る地面さえも失くしてしまうもの。決意をする暇もなく、踏み潰されていく戦友たち。それを見て、学んだことがあった。

 

“何とかなる”の受け身では、BETAを相手にできない。何とかするとして、初めてスタートラインに立てるのだ。消極的なまま、戦場に立ってから頑張っても遅いのだ。本当の戦闘というものは、コックピットに乗る前から始まっている。基地にいる時より、勉強でも何でも、明確な目的を灯火に自分の嫌いなことを積み重ねてようやく届く芽が出てくる。

 

――――時には常識をも破ることが最善の。修羅と呼ぶべき人間はいつもそうしていたのだから。

八重はだからこそと、決めていたことがあった。

 

「いつかのように、引っ張られたままでおってや………頼むで」

 

コックピットの中、誰にも聞こえないように懇願していた。やろうとしていることを馬鹿正直に伝えれば、恐らく弥勒は止めるだろう。今回のコレはいつもとは違いすぎる。知れば弥勒でも止めに入ることは、長い付き合いからなんとなく察することができた。だが、それでは駄目なのだ。一手間違えれば、それこそ取り返しの付かないことになってしまう。

 

それだけに、今の戦況は苦いものになっていた。大陸を経験していない衛士には分からないだろうが、今の地形と天候で守り切るというのは本当に至難の業なのだ。それも実戦経験が少ない衛士を主としている部隊が多いのが致命的だった。この狭い空間の中、自分の命がかかっているのに加えて常に負荷を与え続けてくる暴風雨。衛士は鍛えられているし、きっと短時間ならばもつだろう。

 

しかし、八重は信じていない。北よりのBETAがいつ途絶えるのか分からない現状、最後まで正気を保てる衛士が多い、などという夢物語が現実になることを。

 

彼女は主張する。味方を信じ、守るために戦うことに疑いはない。しかし一方で、結果を盲信することに意味はないと断じた。保険を用意するのは軍人として当然であると、そう思ってもいた。

 

(そのための“アレ”や………ほんま、木元大佐はよう容認してくれたもんやで)

 

八重は尊敬する上司の偉大さを噛み締めた。こんな状況になる原因となった上層部の決断力の無さには辟易していたが、“人”は居る所には居るものだと実感していた。何とかなると思っていた結果がこれである。爆薬を今更設置し始めるところだなんて、寝ぼけているにも程があった。

 

それでも、何とかすべく考え、動き、それを容認してくれる人間がいることに感謝した。実行すれば銃殺刑で済むかどうか。それでも目を瞑ったのは、彼も大陸でBETA相手の戦争を繰り返したからだろう。木元大佐は言った。自分の故郷は松山で――――ここであの光景を見るのには耐えられないと。

 

絞り出した言葉に、同意以外の感想は抱けなかった。良いも悪いもあった故郷、堺。

 

好きも嫌いも複雑だったあの街だが、それでもあの糞のような化生に踏み潰されることなど、あってはならないことなのである。何よりもこのヘタレと過ごした記憶が多すぎたから。

 

『って、物思いにふけってる暇はあらへんか』

 

データリンクより情報が入った。それを見た衛士達は、更に渋面になった。

 

『来とるな』

 

『はい。でも、赤の光点の周りに………?』

 

青い光点、つまりは味方がいるのだ。数はそう多くないが、赤の光点の列の先に移動して、離れては接触を繰り返している。機動の速さを見るに、どうやら戦術機甲部隊らしかった。そして、見るべき所はそれだけではない。

 

『赤の光点の移動速度が………』

 

『まさか、足止めしとるんか?』

 

青の光点が動く度に、赤の光点の速度が鈍った。数分の後にはまた移動速度は元に戻るが、それを察知していたかのように青の光点がまた赤の先に接触をしては動きを鈍らせた。八重はそれをじっと見ながら、様々な情報を分析していた。

 

(この速さは突撃級や。でもこの衛士、後ろに回って攻撃しとらん?)

 

何より閉所である。加えていえば、高度を上げる度に乱気流の影響が著しくなるはず。後ろに回りこむのは精緻な操作が必要で、必然的に時間がかかる筈。それなのに一撃離脱を繰り返しているかのように、青の光点の動きは鋭かった。まるで研磨機のように、槍の穂先を削るかの如く何度も。

 

『あと一時間半。もしかしたら、もつかもせえへんな』

 

大量の火薬にこの台風のせいか、死守する時間は2時間程度と言われた。布陣して30分が経過しているので、あと90分、5400秒は守りきらなければならない。対するBETAの足は速く、山間部であるため突撃級の最高速度である時速170kmも出ていないが、あのペースのまま進まれていたらものの一時間で接触することになっただろう。

 

「しかし、一体どこの部隊がこんな………」

 

県境の山間部に駐屯している部隊は存在するが、その数は多くない。何より、その動きが異常に過ぎた。陸軍の有名所をほぼ把握している八重である。まず間違いなく、その駐屯地の部隊ではないことを察していた。

 

『分からんことばかりやな。でも、これだけの真似ができる衛士がおるんか』

 

『隊長は、この部隊が取っている戦術が分かるんですか?』

 

『せやな。実際に見たことはないけど、想像はつくわ』

 

そうこうしている内に、30分が経過した。相も変わらず青の光点は走り回っていたが、その時に異変は起きた。何故かBETAより離れ、南に――――こちらに移動してきているのだ。

 

『っ、補給コンテナ急げ! 前に出して場所開けろ、大至急や!』

 

八重の指示に、部下の衛士達が慌ただしく動いた。それでも鍛えられているお陰か、雨風の中でもてきぱきと後方にあった補給コンテナを前に展開していく。

そして準備が終わった頃、先の青の光点の部隊が近く、肉眼で確認できる場所までやってきた。

識別信号は、九州の部隊のそれだ。八重は前に出て指揮官はどこかと、言おうとして固まった。

 

殿を務めていた衛士、その戦術機が前に出てきたからだ。機体のカラーリングは、四国でも噂になっているかの部隊のものだった。

 

識別信号――――ベトナム義勇軍。認識した途端に、四国の部隊にいる衛士全員がざわついた。光州での活躍も、そして彩峰中将の事件も記憶に新しすぎたからだ。未だ陸軍内で疑問を唱えるものは増え続けている。それに加えて、先頭にいる機体に意表をつかれた者が多かった。

 

『あれは………え、か、陽炎ですよねあの機体』

 

『ああ。F-18は分かるけど、何で帝国産の機体が義勇軍なんかに?』

 

義勇軍の活躍というものは公表されたものではなく、噂のレベルで広まった不確定な情報だった。その中で義勇軍の中の一人が陽炎を使っている、との情報も出回ってはいたが、半信半疑だった者が多い。信じたくなかったという思いもあった。撃震も立派な戦術機であり、不満を言うことは許されないがそれでも高性能の機体に憧れるのが人間である。

 

なのに帝国軍人である俺達を差し置いてと、そう考える者が出てくるのは自然なことだった、だが。

 

『口ぃ閉じろ! ――――道開けぇ』

 

八重のドスの聞いた声に、衛士達は道を開けた。その時にようやく、通信より声が入った。

英語で、褐色の男は八重の目を見ながら言葉を発した。

 

『ベトナム義勇軍、マハディオ・バドル中尉です。用意がよくて助かりますよ、少佐殿』

 

『恩に報いるのが義や。有能な衛士なら尚更な』

 

で、どうする。簡潔な質問に、マハディオは即答した。

 

『色々と、赤穂大佐に託されたもので。半分は四国に、残りを引き連れてまた足止めに向かいます』

 

『九州の………赤穂大佐の本隊はどうした?』

 

『最後まで殿に。残弾を自分たちに託し、抜剣突撃されました』

 

見事としか言い様がない。マハディオが発した言葉と視線を、八重は真っ向から受け止めた。視線が交錯する。やがて八重は道を開け、義勇軍と同道していた全員が補給を終えた。

 

『本当に助かります。これでまた、前にいける』

 

『予想通り、弾と燃料の問題やったか。しかし真正面から突撃級を足止めできる腕をもつ衛士がおるとはな』

 

言うなり八重は、自機のチェックをしているらしい武の機体の方を見てきた。

 

『………F-15J、陽炎か。それも結構な戦闘を重ねてきとるのが分かる』

 

何度も補修が重ねられた跡がある。雨のせいでわかりにくいが、それ以上に八重には感じ取れるものがあった。機体を甲冑と言い表す衛士がいるけれど、それはあくまで初歩の段階でのことである。

 

極まった衛士は、甲冑という重い鎧として戦術機を評さない。対してこの眼前の戦術機は、そんなレベルにあることが分かった。何気ない補給の動作でさえ、不自然な挙動が一切感じ取れない。この陽炎の動作はまるで、戦術機という生物が存在することを思わせるほどになめらかに、一連の動作を見せつけていた。

 

(それに、雰囲気がある)

 

才能や技量だけではない、戦場を何度も経験した者にしか出せない“何か”を感じ取っていた。

間違いなくベテラン。それに加えて、と八重は口を開いた。

 

『その筋では有名やけど――――海外に出て行った陽炎は少ない、たったの12機や。それを託されている衛士が、日本に来てるとは夢にも思わんかったで』

 

『12機? ………というと、まさかあの』

 

『ご明察や。あの部隊が使っとったやつやな』

 

その言葉に、場が騒然となった。八重は少し苦笑しながら、陽炎に向けて通信を入れた。

 

『恥ずがしがりやさんか知らんけど、顔みせえや』

 

言うなり、回線が開いた。

周囲にいる者達の網膜に、陽炎のパイロットである衛士の顔が投影された。

 

通信越しに見えた顔は、15の、茶髪の、日本人の顔立ちをしている少年だった。八重を除いた、他の隊員が驚きの表情を浮かべた。第二世代機である陽炎を任される衛士というのは、ほぼ間違いなく他の者より腕が優れているという証拠でもある。

 

なのにこんな、中学生のような奴が。少しなりとも現場を経験した衛士からそんな呟きが零れ出てはいた。しかしその中で、中心に居るたった一人はただ言葉を失っていた。

 

『な…………………、っぁ?』

 

長い絶句に、驚愕の声。弥勒は一変した八重の様子に気づき、その表情を見て驚いた。

 

『た、隊長?』

 

『嘘、やろ自分。夢ちゃうよな』

 

弥勒が見た八重は、蒼白で。次の瞬間には顔の上半分を隠すように、そして髪の毛をかきむしるように自分の顔を掌で覆っていた。

 

『これは一体、どういう冗談や』

 

深く、低く、それでいて叫びを押し殺したように掠れた声。

それを聞いた鉄大和、白銀武の肩がびくりと跳ねた。

 

『俺は………自分は、鉄大和といいます』

 

階級は少尉です。絞り出した声に八重は、顔を覆ったまま日本語で尋ねた。

 

『誰の、指示で名乗っとる』

 

『言えません。ただ、外道閣下の元で動いているとだけは』

 

『っ、あのお嬢ちゃんもか!』

 

たまらずと、八重は叫んだ。いつも一緒にいたあの銀髪の女の子は。

だけど、少年の反応は予想外にも過ぎた。

 

『誰のことか、分かりませんが』

 

言葉では、否定の。

 

しかし眼の奥に一瞬だけ見た(うろ)は、八重をして背筋が寒くなるほどのものだった。

とても直視が出来ないぐらいの。たまらず八重は視線を逸らし、マハディオの方を見た。

 

『あんた、玉玲(ユーリン)の前任か。そういえば尾花少佐に聞いたことあるわ』

 

『さて、何のことやら。それよりも時間がありません』

 

目的は橋の爆破までの死守です。それを聞いた八重は、分かっているとだけ答えた。そして、やるべき事を再認識する。色々あろうが、今はここを死守するのが自分の使命であり、帝国軍人の本懐でもある。故にたった一つの呼吸だけで、自分の精神状態の元の形にまで戻してみせた。落ち着いた表情のまま作戦要項を伝え、残り時間を確認しあう。

 

『あと30分程度か。本当にそれで済むなら………』

 

『無理なら言ってくれていい。あとはウチがどうにかするさ』

 

『大言壮語、じゃないようですね』

 

武は、八重の顔を見る。それはどこか、遠い所で何かを確信している表情だった。不穏な空気に見覚えがある。言い知れぬ不安が胸中に生まれるが、武はそれを秘めたままで今自分にできることを確認しはじめた。命が並べられている場所、不確定要素の方が多いのだと自分に言い聞かせた。

 

爆破の時間だって、何かアクシデントが起こらないとも限らないのだ。同じ意見を持っていたマハディオも、完了まで一時間程度はかかると予想をつけ、皆にそれを伝えた。

 

続き、武は通信越しに全員の顔を見つめるつもりで言った。

 

『赤穂大佐は死んだ。俺達に望みを託し、戦死されただろう』

 

武はつい先程に別れた時のことを反芻していた。言葉にして、形にして告げた。最後に、南下するあいつらを止めるには弾が必要だろうと、部下に。自分と一緒に南に向かわせる歳若い衛士にマガジンを全て渡させた。

 

拒否する者はいなかった。代わりにこいつは貰っていくぜと、長刀を奪われた者もいた。

 

『頼みがあると、託されたんだ。内容は今更説明する必要、ないと思う』

 

四国のこと。大橋のこと。そして、何より守るべき民間人のこと。言葉にはせず、戦火の中で部下の顔を見回して、視線だけで告げた。そうして、機体の肩に長刀を。乾坤一擲の言葉に相応しい気迫を纏いながら、最後まで不敵に笑っていたことは島根より逃れた24人全員が見ていたことだった。

 

立派だった。だけど今はまず間違いなく、生きていない。島根の地図は赤に塗れていた。血のように広く、東西南に侵食している最中だった。それは青の光点があった場所も例外ではなかった。

 

 

『………行こう!』

 

 

了解と、23の大声が唱和された。

そして獣が吠えるように、機体背後の跳躍ユニットが火を噴く。低空で、木々揺らす強風もなんのその。文字通りに風と切って、先程まで居た場所へと舞い戻っていく。

 

平原を越え、山間に。誰より早かったのは、第二世代機である陽炎だった。

 

『パリカリ7、接敵する!』

 

前方には、足の速い突撃級がいた。しかし、その密度は酷く薄い。しかし武は容赦なく、繰り返し36mmを構えた。一拍置いて、マズルフラッシュが暗雲の下を照らす。そして弾は、突進してくる突撃級の左右にある足を捉えた。数にして6のウラン弾が、走る真っ最中の足の関節部を蹂躙した。間もなく片足を破壊された突撃級は、突進の勢いのままに横に転倒し、

 

『まだ、まだだ!』

 

武は横に機体を滑らせながら、次々と真正面から、前面装甲部の隣にある脚部を破壊していった。一見デタラメに撃ったように見える弾は次々と望みの場所に着弾した。BETAに流れる紫の体液が、肉片と共に周辺に散らかっていく。バランスを崩された突撃級は、まるで紐でひっかけられた子供のようにその場で転倒していった。

 

しかし、弾を足に受けただけで死んではいない。だけど機動力が著しく削られたのは、確かだ。

 

やがて後続より、足の遅くなった突撃級の隙間を縫うようにして要撃級や戦車級がやってくるが、

 

『援護します!』

 

碓氷の言葉と、砲撃は同時だった。九十九や橘、マハディオや王を始めとした援護の砲撃が次々にBETAへと突き刺さっていく。大地を揺らすほどの銃撃の合唱、それが重ねられる度に前方の地面が紫色に染まっていく。そして屍は、山となり。それを乗り越えてまた、後続のBETAが次々と姿を見せる。

 

『よし、後退だ!』

 

武の指示に、一斉に銃撃が止んだ。距離がある内にと機敏に背後へと振り返り、また距離を開いたことを確認し、

 

『残弾に注意!』

 

リロードの音が響いた。そしてまた、指示が飛ぶ。

 

『中・後衛は迂回してくる要撃級と戦車級を! 突撃級は俺とバドル中尉に任せろ!』

 

言いながら武は、追いついてきたマハディオと一緒に突撃砲を構えた。また、36mmの弾丸が突撃級の方足を抉っていく。少し後ろより、這いずるようにしてやってきた突撃級は徹底的に無視し、足の速い脅威を先に殲滅しようという意図の下の攻撃だった。

 

それを見ている九州の衛士達は、言葉も出ない。先ほどまで居た島根より岡山へ、南下している最中に何度も見せられた光景ではある。だが、未だにこの光景を信じられないのだ。

 

突撃級の前面部の装甲は固く、自己修復する厄介なものだというのは周知のこと。

そして足にも結晶のような装甲の欠片があるので、突撃級を殺すには背後より柔らかい後頭部を狙うのがセオリーである。

 

しかし武とマハディオは、それを無視した。突撃してくる敵の斜め前より、前面装甲と足の装甲に存在する僅かな隙間に36mm弾を潜らせ、関節部を破壊していたのだ。後ろを抉るより弾の消費は激しくなるが、こうすればいちいち背後に回りこむ必要もなくなる。機動力を殺すだけで、その活動を完全に止めることまではできないが、時間稼ぎにはもってこいの戦術だった。

 

何より足の遅くなった突撃級は図体のでかい障害物となる。だが死んではいないので前に動き続け、それが後続のBETAの動きを阻害することになるのだ。更なる利点は、足の遅い亀になった突撃級を迂回しようと横に回ってくる要撃級と戦車級である。直進の途中に横へと逸れようとするのだから、必然的に足が遅くなり、それは鴨打ちのいい的になってくれるということで。

 

『………至れり尽くせり、か。この距離であの僅かな隙間を狙える腕があってこそだけど』

 

『この強風下で、何でああまで当てられるんでしょうか』

 

前面に弾かれているものもあり、弾の消費は激しいのだろうが、自分では何度やった所で当てられそうにない。そして極めつけが、あった。

 

ちょうどその時、撃ち漏らした突撃級の一体が弾幕を掻い潜って。

要撃級に注意を割いている中衛の戦術機がいる場所へと突進して来る、だが。

 

『ち、いっ!』

 

反応してすぐ、撥条(バネ)のように。跳ねるように飛んだかと思うと、一直線に最短距離を駆け抜けた。宙空にいる最中、近接しながら抜かれた120mmの砲口がわずか20mという至近距離で火を噴く。離れていても効果が高い大威力の砲弾は、発射してすぐに標的へと命中し、爆ぜた。

 

弾丸は装甲の側面下より要撃級の内部へと潜り込み、停止すると共に膨大な運動エネルギーをまき散らしたことだろう。声もなく脅威は停止、その脅威は絶たれたのである。

 

後方、間合いの外より一方的にという砲手のセオリーを無視した、近接の大口径による一撃必殺。それを成した機体は何の感慨も浮かべずにとって返して元のポジションに戻り、前面より突撃級の足を抉る作業に戻った。

 

『………ねえ、九十九にぃ』

 

『言うな、風花』

 

『言いたくもなりますが………赤穂大佐は、これを知っていたのでしょうか』

 

有用ではあるが非常識かつ無軌道にも程がある戦術だった。思いつくのもそう。その上で実行が可能な技量を持っているのも、どちらも異常である。戦術とは共通しているものこそが最善であり、それを逸脱するのは難しい。一から戦術を作るなど、経験豊富な衛士でなければ無理な相談である。

 

碓氷達3人は、鉄大和を筆頭とした義勇軍の3人が異様な経歴を持っていることを薄々と察していたが、今回のはそれを超えていた。一体何をどう経験すれば、こんな発想が出てくるというのか。だけど、この奇抜な戦術がなければ今頃はもっと南に侵攻されていたに違いなかった。

 

そして碓氷は、今の戦術に覚えがあった。突撃してからの砲撃を得意とした衛士。

時には要撃級を2体一度に抉り抜いたという衛士のことは、あの本に書かれていたことだった。

 

戸惑う3人をよそに武は前線で動きまわった。自分を先頭に接敵、そして頃合いを見計らって後退を繰り返し、時間稼ぎに徹し続ける。後ろの衛士には、やや過剰ともいえる火力で攻め続けることを指示していた。それは風の影響で命中率自体が下がっているせいもあるが、何より味方の戦死による士気の低下を恐れたが故である。

 

九州より出た多くの衛士で、生き残っているのは自分を含めてわずかに24人。実戦経験が浅く、後催眠暗示に頼っている衛士は多い。一つのアクシデントが連鎖してしまえば、一息で全滅してしまう状況でもある。

 

(取り敢えず弾を撃っときゃ、精神は保てるからな)

 

残弾を意識しろ、という命令も出せたが、精神にかかるストレスは高くなる。それよりはと、判断したが故の指示であった。必要もなしに状況を狭めるのは。意味なく部下に、薄氷上での綱渡りをさせるのは無能の証拠であるとは、ターラー教官の訓示でもある。ここで万が一にも、数による総火力を減らすわけにはいかないのだ。練達の衛士といえど、少数で出来ることなど限られる。ましてや相手はBETA、しかも本腰を入れて侵攻して来ている。

 

慎重に、慎重にと機を間違わずに命令を繰り出し、やがて約束の時間の数分前になった頃だった。

 

『鉄少尉………もうすぐですね』

 

名前も知らない、自分よりも二つ三つは年上であろう衛士が敬語で話しかけてきた。

武は残弾と自機をチェックしながら、そうだなと同意した。

 

『俺、実は丸亀の生まれなんですよ』

 

『丸亀って、橋の向こうの?』

 

香川県の丸亀市。瀬戸大橋を渡ってすぐの場所にある、一部は結構な発展をしている都市だと言う。

しかしそれも、瀬戸大橋の恩恵があってこそ。

 

『開通したのはちょうど10年前。すごい興奮したのは、覚えています』

 

本州と陸続きになったのだ。岡山がぐっと近くになって、物流も活発になったらしい。経済効果も大きく、街に活気が満ちて。希望の象徴だったと、見るだけで言い知れない喜びが溢れてきたのだと。

 

『それなのに、皮肉ですよね。今、俺は………あの橋を落とすために、命まで賭けている』

 

希望の架け橋だった。だけどBETAが侵攻してきている今は、あってはならない存在となっていた。一足でも踏み込ませてはならない、崩して海に還るために化け物との狭間に。命の安い銃火の中にいるのは事実だった。理由も承知しているのだろう。その中で武は、掛ける言葉が見つからなかった。自分自身、故郷に強い思いを残しているのもあった。

 

『生まれた場所、故郷か』

 

『鉄少尉の故郷って、一体何処なんですか?』

 

『………さあなぁ。どこでもあると言えるし、どこでもないと言えるようになっちまった』

 

生まれた場所を故郷というのか、あるいは長く過ごした場所をそう表すのか。どちらにせよ、武にとっての故郷は二つあった。今は生きているが、何となく分かることがある。先ほどに再会した、昔の戦友の反応を見れば分かること。

 

自分は、一度死んだ身なのである。きっと何か、とてつもないことがあって、自分は何かを捨ててしまったのだ。なのに守ることを止められないのは、約束があるからである。束にして自らを縛り付ける、言葉の数々が逃げることを許さない。故郷にも帰れない。帰ればきっと、純夏も、そして鑑の父さん母さんも巻き込んでしまうのだから。

 

それでも、1つだけ主張できることはあった。

 

『命を守りきれば。いつかはきっと、何だって取り戻せる』

 

失われた命が戻ることはない。だけど物であれば、時間をかければ取り戻せるのだ。故郷だってそうだ。BETAを倒して、残骸を撤去して、一歩一歩進めば元の街は戻るのだ。同じ人々はいないけれど、寿命が有限であるように、人の流れは変えられないもの。それを見失ったあいつらは、大切なものを掛け金にして、もう届かない場所にまで逝ってしまった。

 

『死んでまで、っていうのは立派な覚悟だ。貶めたりはできない。だけど生きた上で踏ん張り続けるのは、本当に辛いぜ?』

 

眠れない夜は恐ろしいもの。恐怖に震えても、夢に逃げることができないのは厳しいと武は言った。

 

『逃げた知人でもいるので?』

 

『相談もなく、自分勝手に逝っちまった戦友が――――少し待ってくれ』

 

そこまで言った時に、武は思い出していた。

それは、ビルマの作戦の前夜のことである。

 

(あの日の泰村もアショークも…………初芝少佐と、同じ顔をしてた)

 

その後に起こった事は何だったのか。忘れられない出来事に、今の状況が重なった。

 

そこに、狙いすましたかのように、武達の部隊へ通信が入った。

 

『パリカリ中隊、聞こえるか! こっちは大変なことに………』

 

悲痛な声が知らせたのは、認めたくない現実だった。橋に仕掛けたという爆弾があるが、その起爆装置が作動しないというのだ。通電も何も、どこから故障しているのか分からないという。

 

『っ、くそ!』

 

それを聞いた武は、全機に撤退命令を出すと共に初芝へと通信を試みた。だが、予想の通りに、通信は途絶していた。だから驚くこともなく、横に居た鹿島弥勒という衛士に通信を入れる。

 

『鹿島中尉、聞こえるか! こちらは鉄少尉だ!』

 

『ああ、そちらにも通信が入ったか! 予定外だ、それでもなんとしても死守を――――』

 

『そうだが、今は違う、初芝少佐だ!』

 

確信と共に、武は断言した。

 

『彼女、機体にS-11を積んでる!』

 

『な、にを』

 

『自爆するつもりだって言ってんだよ! いいから、絶対に止め、っ!?』

 

一歩進み。瞬間、武は背筋に悪寒を感じた。何かわからないが違和感を覚え、それがとても不味いことだと脳が反応したような。はっきりと理解すると前に、全力で前に跳躍した。直後、先程まで自分が居た空間に何かが通り過ぎていった。

 

どこかで、長刀による一撃だと察知できた。そして下手人は疑いなく一人である。遠くより近づいてきた機体は皆無であり、今の今まで近接していたのは、ただ一人であったから。

 

違和感はここにあった。突撃砲だけを持っているはずの、指示を出したはずなのに長刀を持っているのは明らかにおかしいのだ。そしてもう疑う余地はなかった。どこか悲しそうに、故郷のことを語っていた彼。だけど今はその気配さえも一変していた。

 

マハディオの声が聞こえるが、返している暇もないと思考を巡らせる。

だがその前に、今度こそこちらを仕留めようと、真正面から長刀を振り下ろしてきた。

 

武はまた咄嗟に躱すが、無理な体勢のため着地に失敗した。機体のバランスが崩れ、右側に蹌踉めいていくのを悟る。

 

一方の相手は冷静だった。どこか空虚、そしてどこまでも機械的な動作。まるで決められた動作を反復する機械のような挙動、だが武はそれに見覚えがあった。

 

義勇軍として動いていた時分に見た、悪魔の所業とも言えるべき細工。それを知った武は、頭に白い電光が駆け巡ったかのように感じた。

 

言い知れぬ怒りが胸中に弾けると共に、砕けるほどに歯を軋ませた。

 

何故、なぜ、どうして、何で、ここに来て!

 

 

《よりによって――――指向性、蛋白を!》

 

 

武は急な制動のせいで体勢も崩れ、避けられないと悟る中で。

 

その自分に向けて振り上げられた長刀は、どこか遠い現実の出来事のように思えた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。