Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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9話 : 防人の街で_

「………夢か」

 

起きて見た窓の外は、雨。暗くて煩い雑音が聞こえる。

それは、水が地面に叩きつけられている音だった。

 

武はそれを聞きながら独り、考えていた。何だったんだろう、最後のあの銀色の何かは。呆然としながら呟いても答えはでない。覚める寸前に見えたあの色は何だったろうか、と問いかけても答えてくれる者はいなかった。ただ、はっきりと分かることはあった。

 

小指だ。何か―――引っかかる、感触があると。

外でうるさくしている雨を眺めながら、しばし考える。

 

そしてばっと顔を上げた。

 

その直後に、警告を報せる報が、けたたましい音と共に基地内に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い警報が鳴った。そしてコードは991――――BETA襲来を示すものだった。しかし武も、そして基地の人員で驚いている者は皆無だった。つい先日のこと、人類が撤退した半島の近くに展開している監視の艦隊、そこから報告が入ったからだ。規模は定かではないが、少なくないBETA群が入水したということ。それを、基地の人間は前もって聞かされていた。そして、海の向こうで海に入ったあいつらは一体何処に向かうというのか。軍に所属する人間で、その答えが分からない者はいなかった。

 

そして武達の中隊は、海岸部より少し後方で待機していた。ここは防人の街。過去、同じく半島の向こうより侵略しようとする人間より日本を守ろうとした兵士たちが集った街だ。時代が変わっても、この街の役割は変わらない。

 

ただ、敵は変わった。支配域は、人類史におけるどの英雄よりも広大な。そしてかつての元寇を彷彿とさせる大型の台風、それを逆に利にしてしまえる怪物だった。とはいえ、ここにきて逃げ出すような兵士はいなかった。

 

必然的に、戦闘が始まるということ。

武達の部隊は接敵していないが、前方で戦闘音が響きはじめた。それを聞いたベテランの衛士達、武とマハディオは上陸したBETAを砲火の花束で迎え撃つ、戦術機甲部隊のはしゃぎようが分かった。

 

突撃砲の音は、嵐の中でも聞こえうる。武は、そしてマハディオはその音から状況を分析していた。

 

「かなり、良くないな」

 

「ああ、撃ち過ぎだ。不安に思うのは分かるが………上手くないぞ、これは」

 

BETAの先陣である突撃級と要撃級、そのどちらも大きな意味での対処方法は同じだ。それは点射による、急所への攻撃である。しかし聞こえる音からは、その戦術が上手く使われている様子は伺えなかった。暗雲と暴風、視界不良と雑音が混じる中、かすかにだが見えるマズルフラッシュの光と発砲の音。それは断続的ではなく、いくらか冗長さを感じさせる具合だった。

 

武とマハディオは額に皺を寄せ、それを見た橘が口火を切った。

 

「ひょっとして、前では混乱でも!? だったら私達が前に………っ!」

 

「接敵する前から血迷うなよ、新兵」

 

斬って捨てるような言葉。その後にマハディオは、呆れたようにため息をついた。

 

「自殺をしたいのならば、平時に一人で。そして誰にも迷惑をかけないようにやれ」

 

「な、にを………!」

 

「独断で無謀を行えば、多くの味方が死ぬって言ってる!」

 

そして、マハディオは言う。

 

「はやる気持ちは分かるが、それに流されるな。役割を無視していいほど、戦況が切羽つまっている訳じゃない。まだまだ始まったばかり、最序盤といってもいい。指揮官の駒の指しようでどうとでも変えられる」

 

そんな時に、予め用意しておいた駒が勝手に動いているようではな。その言葉を聞いた橘が、黙りこんだ。フォローにと、九十九と碓氷の言葉が橘に投げかけられた。マハディオはそれを眺めながら、前衛の一人を睨む――――どうにも扱いにくい奴にしてくれやがったな、と。

 

視線の先にいる王紅葉は、知らないふりをしながら、もう一人の前衛に話を振った。

 

「しかし、いつものパターンだな。どうしても先陣は譲れない、ってか」

 

「それが国軍としての大前提なんだから仕方ないさ。それをしないってことは、まだ冷静さが残っているっていう証拠だ」

 

「………鉄少尉の言うとおりです。国土防衛戦の初戦に他所様の軍を矢面に立たせるほど、日本帝国軍は弱兵揃いじゃありません」

 

橘が王を睨んだ。王は、それをどこ吹く風と流す。その横で武は、また違うことを考えていた。

 

(………防衛戦の初戦、そして悪環境での戦闘。弾薬の消費速度が格段に高くなるということは、基地司令部も把握しているはず)

 

武は知っている。気が高まるから、引き金が軽くなる。そして風に流されて命中率が悪くなるから、斉射時間は長くなる。それは必然というもの。そして事前にそれが把握できないほど、帝国軍の指揮官は馬鹿ではないだろうことは武にも分かっていた。大陸での戦闘でそれを学んだ軍人は多い事を。

 

戦況は最悪に近い。外は大型台風の猛威が。波は高く、艦隊の援護射撃はほとんどと言っていいぐらいに期待できない。そんな中での、後背すぐに市街地を背負っての迎撃戦だ。市民のほぼ全ての避難が完了しているとはいえ、衛士にかかる重圧は大陸での戦闘の比ではないだろう。

 

《それでも今戦っている衛士は必死さ。帝国のために、そのために命を捨てられるぐらいには》

 

内なる誰かの声の意見を、武は否定しない。九州にきてから今まで、長くはないが帝国軍衛士の練度は武も把握していた。西部方面の防衛軍の総力は低くなく、衛士以外の戦闘員の士気は高い。練度も、東南アジア方面軍の精鋭部隊と同じか、それ以上だ。

 

武は、先々週に基地を去った彩峰元中将の。彼がさり際に残した言葉を思い出していた。

 

《“人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである”、か。彩峰中将の言葉だったが―――》

 

声の呟きを聞いた武は、前方を。彼方にある大陸と、そして後方にある本州を思いながら、その時と同じ言葉を返した。

 

「それじゃあ、覚えのない理由で国に捨てられた人は、何をするべきなんでしょうね」

 

先陣で今も戦っている帝国軍衛士達は言った。俺達で終わらせる、お前ら義勇軍の出番はないさ、と。お先に誉を頂くさ、お前らは残飯掃除を任せるぜ、と誰もが自信に満ち溢れた顔だった。

恐怖はあるが、それ以上の戦意が心を満たしていたように見えた。疑わず、戦うことができる戦士そのものだった。何故ならば彼らは、国と共に在れると、そう信じることができているからだ。

 

(なら、俺は?)

 

―――白銀武は命を狙われている、と。それを知ったのは、かつての戦友の口から。最後の最後の状況で、冗談を言うような奴じゃなかった。だから武はそれを疑わなかった。泰村良樹は断言した。白銀武の死は、帝国軍かあるいは政治を司る上の人間から熱望されていると。武は信じられなかった。命を狙われる理由などないから、当たり前だ。だが、調査した結果は黒だった。聞けば、アルシンハ・シェーカルは調査の前からそれが真実であると、確信していたらしい。

 

それを知った武がまず理解したのは、日本に帰ることができないということ。そうすれば必ずあの一家を巻き込んでしまうからだ。故郷の、横浜に住む家族も同然だったあの一家に危機が及んでしまうのだ。そして横浜に帰らずとも、命を狙われる立場にあるとなれば帰れるはずがなかった。

 

《だけど犬死にも許されない、か? 死んだ仲間のために》

 

武は声に同意する。そして背中に、重みを感じた。この重みが、許さない。

許さないのは、自分が弱兵のままで在るということ。

 

声を発さず、形を持たない透明な“モノ”。だけれども武は、だからこそ両の手にかかる負荷を放り投げることができなかった。全てを忘れ、逃げることは許されない。許されないと思っているからこそ、戦うことを選んだ。

 

(何よりも、自分が戦わなければあの光景が―――――ん、あの光景?)

 

思わずこぼれ出た思考に、武は首を傾げた。声からの返答はない。

それでも、戦う理由には変わりない。

 

白銀武は死に、鉄大和が戦う。偽名を名乗らされたその意図は分かるが、真意はまだ分からない。偽るにしても中途半端な名前が、どういった事に影響するのか。反論はしたが、アルシンハ元帥は許さなかった。分からないままに選ばされたと、そう思ってはいるが真実はどうなのだろうか。

どこもかしこも、霧がかかっているようだった。一体、俺はどこに向かえばいいというのか。

 

武は誰ともいわずに問いかけた後に、苦笑した。いつもの通りに答えてくれる者はいない、と。

そして現実の状況は、自分が戦うことを望んでいると。

 

『HQよりパリカリ中隊へ。5分後に前線部隊が弾薬補給に後退する、そのフォローに入れ』

 

了解の声と共に武は操縦桿を握りしめた。通信から聞こえる声は、補給用のコンテナのことを言っていた。基地周辺に保管されていたものが、市街地よりやや離れた所で展開されているようだ。先に戦っている中の、いくらかの部隊――――武の私見では練度が低い部隊――――が弾薬を補充するために戻るのだろう。残るのは練度が高い部隊。遊撃的な役割である自分たちとも、即興の連携が期待できる衛士達だ。一方で練度が低い新人を後方に下がらせ、気を落ち着かせるのだろう。

 

(ダッカの基地の後。あの糞みたいな敗戦の直後から、さんざん繰り返したっけか)

 

武はいつかの大敗戦の後。練度が低い新人部隊を多く引っ張ってこざるを得なかった戦場のことを思い出していた。損耗は激しく、防衛線を支えるに足るベテランも少ない。そしてこれからも続くであろう未来の戦闘にも思いを馳せる必要があった。

 

提案したのはターラーに、ラーマ。共に長く戦場に居た彼らは司令になったアルシンハに与えられた権限を最大限利用した。編成は、ベテランが数人いる部隊に新人を入れる。

 

それをまず最前線に、それも出来るだけ早くに。新人たちを、BETAの密度がまだ薄い内に戦火の最中へと叩き込むのだ。同隊にいるベテランか、あるいは別の隊からのフォローを優先する。前方で接敵するからして、無理せずに後退しながら戦闘を。そして6分が経過した後、しばらくして新人がいる部隊を後方に退避させ、補給中に同じ隊のベテランに声をかけさせる。

 

薄くなった防衛線は、後方に待機させていた遊撃部隊を移動させることで補填。やがては落ち着いた新人部隊と合流して、防衛線を確保する。愚連隊の中、死の八分を人よりも多く見てきた二人が考えた方法。新人の無残な死を回避する方法を考えた結果、生まれた戦術だった。

 

そも、最初の怪物との戦闘。その出会い頭に死なない衛士ならば、そこそこに長い間戦える。なのに8分で死ぬ衛士が多いのは、ひとえに集中力の途絶によるものだ。経験した者であれば分かるが、BETAとの戦闘においては特に初陣の初接敵時に脳内に発生する混乱が大きい。

それでも頑張って、気張って、踏ん張って―――プツンとくるのが大体7、8分前後である。死の八分という言葉が出来てからは、それを越えた途端に油断する者も少なくなかった。だからこその、接敵して間もなくの小休憩である。

 

深呼吸をさせる時間を取る。生きていることを実感させた上で自分たちは戦えるんだと実感させるのだ。これだけで新人の損耗率は3割減少した。ベテランの負担も大きいため、そう何度も使えるものでもないが、有効な策である。

 

ここでのパリカリ中隊の役割は、遊撃。他にもいくらかの部隊は待機しているが、彼らも同じ目的でここに留まっているのだろう。やがて5分が経過し、レーダーに映る。前方のいくつかの部隊が後退しはじめた。

 

青の光点の総数は、戦闘開始前より明らかに減っていたが、それでも整然と移動できている。

武の目から見ても大幅に乱れた動きをする部隊はなかった。

 

『出番だ、いくぞ!』

 

隊長である九十九の号令に、了解の返事が飛んだ。そして機体も前へと飛翔する。後背部にある跳躍ユニットに火が入り、戦術機が車には出せないだろう速度で空を駆けた。

高く飛べばレーザーに貫かれるので、匍匐飛行に努めた。高度が低いせいか、台風による強風で倒れかかっていた鉄塔が揺らぎ、部材から鉄の軋む音が聞こえてくる。

 

『九十九中尉! 前方の――――あの広場の奥が限界だ、そこから短距離跳躍を繰り返して接敵した方が!』

 

『分かった! 全機、鉄少尉の後に続け!』

 

上陸してまだ数分、BETAの総数は当然に多くなく、光線級の数は更に少ないだろう。それでも、一体いるだけで空中での危険度は桁違いに跳ね上がるのだ。その脅威の程度が確認できない内から、高度を上げるのは自殺行為に等しい。本来ならば、特別に注意する必要もない、衛士としては基本中の基本だ。自殺志願者でもいなければ、そんな事をする者はいない。

 

「いないはずなんだけど、な………っくそ!」

 

遠く、やや前方でレーザーの光が煌めき、直後に爆音が聞こえた。

急ぎすぎた遊撃部隊の一部が、撃墜されたのだろう。

 

それも、もしかしたらここ数週間で模擬戦を行ったかもしれない誰かが。武は歯ぎしりをしながら、それでも拾うべき情報を拾っていった。

 

『パリカリ7より各機へ、光線級の数は少ないだろうが、絶対に飛ぶなよ! あと、機体間の距離と間合いのマージンはいつもの2倍は取れ!』

 

光ったのは一度きり。他の部隊も慌てて高度を下げているようだが、追撃はない。となれば、光線級の数は多くない。それでも、軽光線級か重光線級は用意されている群れらしいから、高く飛ぶことはできない。そして高度ごとに異なる風のきつさと、機体のコントロールのブレがいかほどであるか。

さっきまでの匍匐飛行と現在形で行なっている短距離跳躍からその感触をつかみ、全機へ通達する。

 

『まだ地上の方が風は弱い! ただ、間合いによっては弾も流される強さだ、外れても冷静に対処しろ!』

 

『ああ、当たらないからと言って、焦るな―――悪環境だからこそ地道に仕事をこなせ!』

 

武の言葉に、九十九が補足を。そして前方から一時後退してきた部隊とすれ違う瞬間、武が叫んだ。

 

グッド・ジョブ、ルーキー、と。

 

武はターラーの真似をしながら、このあとに起こるであろう問題の解決に奔った。やや薄くなった防衛線の中、近場で入り乱れるレーダーの動きと入り乱れる通信を把握しながら、進路を誘導する。

到着した先には、多くの戦車級が。向うには、さらなる大群が見えた。

 

武は足元に感じる。小刻みに、大地に伝う震動―――BETAの軍靴が九州の大地を揺らしているのだ。

それを噛み締めながら、武は深呼吸をした。

 

口の中に血の味が広がっていく。そして小刻みに揺れる足元を押さえながら、思う。感情に震えているのか、それともこの震動に揺らされているのか。どちらであるか、その判断もつかないまま歯を食いしばり、叫ぶ。

 

『行くぞ!!』

 

自分に、誰かに、あるいはどちらにも向けて。出来る限りの大声で戦意を絞り出し、迅速に。

 

機体はするりと障害物を抜けていった。

 

そして戦闘域に入って武達が最初に見たものは、大量の戦車級と、相対する撃震だった。

恐らくはまだ後退できていない新人だろう、その機体は狂ったように突撃砲を撃ち続けていた。

 

『死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねよっ、化物どもっ!!!』

 

『やめろ来るなくるなくるなよくるなぁぁ―――っ!?』

 

新人らしき衛士が、パニックに陥っているようだ。ベテランの衛士が制止しているようだが、聞き入れられる状態ではない。後催眠の悪影響か、それともまた別の理由か。武はその先に起きることを予測していた。何度も見た光景だったからだ。

 

まずは弾が切れて。

 

『っ?!』

 

混乱の内に弾をリロードしようとするが、パニックになっているから遅くて。

 

『ヒイッ!?』

 

戦車級に取りつかれる―――――所に、武は割り込んだ。

 

『久しぶりだな、タコトマト!』

 

一ヶ月ぶりの再会に、武は吠えた。そして36mmを撃震の足元にいる戦車級の絨毯に斉射しながら突進、しかる後に短刀を。撃震に飛びつこうとまだ宙空に在った戦車級を、体当たりと刃で弾き飛ばした。武機に追随していた王のフォローが入り、遅れて辿り着いた残りの4機も援護に入った。

 

あとはいつも通りの掃討だ。取り敢えずは近くにいた戦車級と、後に続く要撃級のいくらかを撃退しながら武は怒鳴りつけた。

 

『一端下がれ! ここは大丈夫だから、任せろ!』

 

出せる限りの大声での、命令口調。新人らしき衛士はそれを聞いて、やや正気を取り戻したかのようだった。ベテランの指示に従い、辿々しい動きで後方へと避難していく。

 

そして武はまた、レーダーを見ながら別の地点へと移動し、下がり切れない新人達をフォローする。

 

『鉄少尉………なんというか、慣れているな』

 

『この戦術における唯一の問題点ですからね』

 

この戦術の一番の問題点は、新人たちと遊撃部隊とのスイッチの時に発生する。恐慌状態に陥るか、はたまた機を読み違って潰されるか。シミュレーションで動く機械ならばうまく前衛と後衛が入れ替わることも可能だろうが、実際の戦場ではそうもいかない。

 

練度が低ければ余計にだ。その齟齬を修正するのも、やはり人間なのだが。更に、別の要因もある。

 

『本来ならば、機甲師団か艦隊からの砲撃を挟むべきなんですが』

 

『ああ………この視界と荒波では、そうもいかんが』

 

艦隊は波に足を取られているからだろう、艦砲射撃は一向に行われなかった。一方の、機甲師団からの砲撃も同様だった。豪雨、暴風、荒波の悪影響がこれでもかというほどに出てしまっている。

 

かといって、無いものをいつまでも待っていることはできない。武達は防衛線の一番薄いポイントに移動し、遊撃ではなくそこを基点としてBETAを迎撃しはじめた。

 

『王、タコメロン―――いや、要撃級の撃破を優先しろ!』

 

『光線級は!?』

 

『いちいち聞き返すことじゃないだろう、が!』

 

と言いつつも、武は射程距離ぎりぎりの所に二つ目の小僧―――光線級を発見するなり、脊椎反射の如き反応速度で引き金を引いた。

 

上陸して数分だろう、間もなくつぶらな双眸を持つ化生は、北九州の土になっていく。

 

『うわ………』

 

風花は思わず呟いていた。点射はたったの2回。

その程度で、この暴風の中、あの距離で当てるとは。

 

『碓氷少尉、前に集中しろ!』

 

『り、了解!』

 

風花は、橘の叱咤の声にはっとなった。そこには、想定以上に距離をつめてきた要撃級の姿が。風花はとっさに120mmの引き金を引く―――が、放たれた砲弾は、要撃級の硬い前腕部を掠めただけ。

 

その程度では、要撃級は止まらない。風花は焦り、36mmで迎撃しようとするが、焦りに加えられた別の要因が影響して、弾道が著しく乱れた。

弾が当たってはいるのだが、致命傷には程遠い場所にしか当たってくれない。そしていよいよもって不味い距離に近づかれて―――だが次の瞬間、その特徴的な頭部は横殴りの射撃で四散した。

 

『焦るな! 弾はいつもの倍は使っていいから! 地道に、距離を確保することを優先!』

 

『だって………当たるはずなんですよ! なのに………残弾も、こんなに使ってちゃ』

 

『その時は俺達がフォローするから!』

 

いつもならば当たる距離、当たるタイミングなのに、と風花は泣きそうになる。しかし、現実は当たらないのだ。風花自身も、何度も繰り返してきたシチュエーションである、なのにいつもとは違っている。機体か弾道か、あるいは悪視界のせいだろうか、弾は衛士の思っていた通りの場所に飛んでくれない。

 

『くそっ、風と雨がこんなに厄介なものだとは』

 

九十九と橘は、台風の想定以上の悪影響を痛感していた。九十九などは、大陸で戦っていた時よりBETAの耐久力が倍程度に跳ね上がっているのではないかと、錯覚していた。

命中率も悪く、当たっても大した痛手を与えられず。そのまま、弾薬の消費は激しくなっていった。

 

マハディオが各機のフォローに入っているので、致命的な事態には陥っていないが、それでもシミュレーションとは感触が違いすぎる。減っていくのは弾薬だけで、BETAの総数が減った様子はない。倒せてはいるが、それと同じぐらいに次々に海からやってくるのだ。

 

それは、途方も無い徒労を感じる作業に似ていた。その慣れていない3人は、このままいけば戦況はどうなってしまうのかと、考えた後、背中に冷や汗が流れていくのを感じた。

 

事実、帝国軍側の損害の報が飛び交うことは、少なくなかった。主に戦術機甲師団の損耗だが、戦闘開始より被害を受ける速度は徐々に上がっているようだった。誰もがジリ貧を感じはじめた―――その時に、HQより通信が入った。

 

それは、後方の機甲師団からの援護射撃が入るという報である。沿岸部に張っていた戦術機を後方に退かせた後、戦車部隊による大口径の砲弾による集中的な攻撃を行おうというのだ。

 

そして、効果はあった。沿岸部は今や敷き詰められていると表現できるほどに赤い光点がある。

細部の調整は不可能だろうが、撃てば当たるというもの。

当たる角度によっては突撃級の前面装甲をも破る砲弾は、確実にBETAの総数を減らしていった。

 

しかし、砲撃の間を抜けてきたBETAもいる。

そうなれば、一端は退いていた戦術機部隊の出番だった。

 

数ヶ月前までは畑だった広地に展開し、十分に機体のスペースを確保しながら抜けてきた突撃級や、戦車級を確実に仕留めていった。そのまま、沿岸部周辺は機甲師団の砲撃が続き、漏れでたBETAは戦いやすい場所で迎撃が続けられた。

 

戦術機甲師団も弾薬の消耗が激しく、その補給のタイミングを見誤った部隊が損害を受けていくが、その総数は多くない。苦戦はしているが、十二分に防衛線は確保できていた。

 

やがて、戦車の砲撃が止み。それを訝しんだ衛士達の間に、通信が飛んだ。

 

『沿岸部のBETAの総数が激減した。どうやら異形の観光者さんの数は、尽きたようだ』

 

上陸してくるBETAの、その勢いが減った。それはすなわち―――

 

『各機に告げる。慎重に確実に、だが全力で“残敵の掃討に当たれ”!』

 

それは、勝利を告げる報。

 

通信の中に、喜色が満面に詰まった了解の返事が飛び交う。

 

 

そうして、戦闘が終わったのは一時間後だった。戦術機から、そしてHQから聞こえる通信には隠し切れないはしゃぎっぷりが感じ取れる。

 

かつての防人達も、勝利した後はこうして喜んでいたのだろう。

 

しかし、そんな中でも、武だけはその声を無防備には受け入れられなかった。

 

帰投する基地の方向ではなく、海の向こうをじっと睨み続けていた。

 

 

「………苦境は、まだ愛せないけど」

 

 

それでも、武としての苦境とは、顔なじみの。それもかなりの逢瀬を重ねた間柄であった。その感触が告げていた。

 

 

まだまだ、この初戦は余興であり。

 

 

長く続いていく厳しく辛い防衛戦の、始まりにしか過ぎないのだと。

 

 

 

 


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