Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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5話 : 信頼性と可用性

 

新しい兵器に対して、最も求められるべきものは何か。軍事に無知な素人であれば、性能と答えるかもしれない。強い武器があれば、きっとそれだけ多くの敵を倒せるから良いではないかと考えるからだ。だけど軍人であれば、訴えるように断言するだろう。

武器としての性能は当然のことだが、それ以前に“信頼性”が欲しいと。

 

さあ御覧なさいとの、ピカピカの新兵器を前に、一般人はまず期待に顔を輝かせる。

だが、軍人は嫌な顔を見せるのが通常だった。それは駒である兵士や、駒を左右する指揮官も同じである。新兵と新兵器、人間と物の違いはあるが、ある意味でそれは似たようなものである。

 

新人における鉄火場における信頼性とは、実戦証明の程度、即ち実戦でどれだけ活動できたという“経験値”と等しい。背中を預けられるかどうかは、それ自体の強度が確実であるかどうかで決定される。誰だって、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えて戦いたくはないのだ。

 

だから兵士はまず、その武器に暴発の危険性が無いかを知りたがる。振り回した拍子に壊れ窮地に陥り自分まで死なないか、という可能性を最後まで疑い、そしてようやく安心するのである。

 

指揮官は作戦を組み立てるために。戦術もそうだが、作戦は複雑なパズルを時間どおりに組み立てていくようなもの。そこに形も決まっておらず、ともすれば勝手に消えてしまうか分からないピースなど、間違っても組み込みたくないのだ。一つの過失が数千の死に直結する戦場で、更なる賭けに出たいという指揮官は存在しない。だから新兵器は、実戦での運用が重ねられたデータが重要視されていた。人も兵器も、信頼性と可用性は同じく繰り返し使われることによって、見極められていくものだった。

 

だからこそ実戦データ回りの情報は、その内容によっては黄金より価値が高くなることがある。既存の兵器を改良するデータに、または新しい兵器を作るために役立てられるのだから、ものによっては途方も無い価値が見出されることがある。故に今この場所で、技術士官である二人が手にしている“ブツ”は、黄金に等しい価値をもっていた。

 

「これが?」

 

「約束のものです」

 

影行は用意していた茶色い封筒を手渡した。そしてもう一つ、A3サイズの紙の束を渡す。

 

「先ほど、元帥閣下に確認しました。許可は取っています」

 

許可を取ったとは、本来には無かったこと。つまり目の前の男は、久しぶりの再会でしょうと、事情を全て知っているかのような顔で席を外した男

 

―――東南アジア諸国の実質的トップである元帥に直接確認を取ったとのことだ。一体何が書かれているのか。巌谷は確認した後、渡された資料に目を通していった。巌谷は1枚づつ、じっくりと紙の資料が捲ていった。そしてその度に口が歪んでいく。

 

それは負の感情ではない。明らかなる正の感情によるものだった。

 

「壱型丙の改修案です。今更出来上がったものを根底から変えることはできませんが、部分的な改修はできます」

 

TYPE94(不知火)は世界のどの国よりも早く開発された、初の第三世代機の、更に上を目指した機体だ。それは拡張性を犠牲にしてのこと。性能は高いが、それは限界まで突き詰められた設計によるものだった。余裕はほぼ無いに等しく、機体の拡張性も皆無であるとされていた。それでも激化するBETA大戦の中、更なる機体性能の上昇が求められ、作られた機体があった。

 

それが改修機の試作品たる不知火・壱型丙である。高出力を主眼に改修された機体だが、それは失敗に終わったとされていた。出力が向上したが、その影響で機体特性に著しい影響が現れてしまったのだ。操縦者に要求される技量が格段に上がってしまい、並の衛士では機体の性能を発揮するどころか、改修前の機体より戦闘力が落ちという本末転倒な結果となってしまった。また、燃費が悪すぎるという欠点も持っている。

 

影行は設計図を食い入るように見ている巌谷を眺めながら、苦笑していた。

 

「やはり、粗が多いか」

 

「きっと時間が少なすぎたんですよ。上も、いくらなんでも無茶ぶりがすぎます。技術者は魔法使いじゃないんだから」

 

「同じようなことを愚痴っていた男がいたな。上は俺達に、忍者になって欲しいんですよ、と」

 

「ははは、分身の術ですか。確かに、あと自分が100人ほど増えればと思う事が………まあ、日課になってますね」

 

巌谷は笑わなかった。そうぼやく影行の顔色は、悪かった。

しかし、無茶をするなといって聞くような大人しい男ではないことも知っている。

 

「変わっていなくて安心したよ」

 

そして、そんなお前だからこそと巌谷は言った。

 

「………忌憚ない意見が欲しい。白銀、お前の目から見た壱型とは?」

 

「一流料理人の弁当箱―――しかしコンセプトが出鱈目で、かつ汁が溢れやすい危険なものですね」

 

つまりは、扱いを丁重にしなければ痛い目にあうというもの。

大事な書類が弁当の汁に塗れていたなどと、間違っても笑えないのだ。

 

「機体性能は見事の一言です。が、扱う人間のことをほっぽり出していては戦争もなにもあったもんじゃありません。閉口するどころか、開いた口がふさがらない。何よりも継戦能力を見落しているのが致命的です」

 

「………言うようになったな。とてもあの小僧だったお前は思い出せんぞ」

 

「現場の衛士の言葉を代弁したまでです。それなりに、話を聞く機会はありましたから。それに、事実でしょう?」

 

「それには少し意見の食い違いがあると――――否定の材料が少ないのが口惜しいな」

 

元の機体、1の戦力を安定して10の時間発揮できる。その場合の通算の戦力は10である。対する壱型丙、2の戦力だとしても4の時間程度しか実力を発揮できない。その場合の通算戦力は、改修前のものに劣る。衛士の立場で考えれば、どちらが良いかは明白だろう。気難しいじゃじゃ馬と長時間付き合いたがる物好きは少ないのだ。量産など、できるはずもない。

 

そして影行が渡した資料は、その一点をある程度改善するものだった。斬新なアイデアは無い。しかし各所、至る所に改善点が書かれていて、それも短期間、コストも安く済むような改善である。設計思想は見事に統一されているようで、一つの目的に集中しているからか、設計者の狙いが分かりやすい。しかも、巌谷が見る限り、設計図の各所に書かれている注意書き――――筆跡が明らかに異なる乱雑な文字群――――には、現行の機体を腐らせずに活かせるような、ピーキーな機体特性を改善できるようなアイデアが色々と書かれていた。

 

正真正銘の、宝である。巌谷は自分の全身に鳥肌が立つ感覚を抑えきれなかった。そのままひと通り見終わった後、深く息を吐いた。

 

「見事だ、としか言いようがないな。アイデアの種類も多い。しかし、一体何人の人間がこれに関わった?」

 

「自分を含め、10人ちょうどです。全員で意見を出しあい、急ぎ取りまとめました」

 

紙の束の後半は、各種のパーツに対しての改修案と、それに至った考察が書かれていた。

誰が見てもわかりやすいように、まとめられている。

 

「統括は貴様が―――とはもう言えんな。白銀“中佐”が全てまとめているのか?」

 

「一応は、任されています。何もかもが急でしたが―――」

 

巌谷は、一瞬だが目の前の男の眼光が消えたかと思った。

 

「与えられた機会を活かさせてもらいました」

 

そうして巌谷は気付いた。真っ向から見返してくるこの男は、本当に何一つ変わっていなく―――それ以上に、成長しているのだと。

 

(異国の地で、こうもレベルの高い10人を取りまとめられたのは人望か)

 

昔から人を惹きつける男だった。こうと決めた後の働きは、目を見張るものがあったのを覚えている。当時、まだ年若い社員が曙計画に参加できたのがそもそもの異例だった。

 

あれから15年。人が変わるには十分な時間が経過した今でも、腐っていないことが見て取れる。

 

(肩書きを見ればわかるようなものだが)

 

大東亜連合軍、統合技術部長、白銀影行。階級は、中佐である。

 

「コネとか色々ありますけどね。元帥閣下も無茶を通す御仁です」

 

「だが、噂に聞こえた東南アジアの黒虎だ。無能な奴を抜擢するとも思えんな」

 

そして巌谷榮二は、苦笑を重ねた。

 

「約束、か」

 

「………覚えていましたか」

 

「あれは忘れられんよ」

 

男二人の苦笑が、部屋に響き渡った。

 

 

 

そして、その夜。巌谷は戻ってきた元帥と色々な話をして、関係各所に必要な顔見せをした後に、ホテルのロビーに戻ってきた。時間はもう20:00を回っているというのに、人が多い。軍事の生産拠点として、色々と賑わっている証拠だった。米国は無いだろうが、オーストラリア系の企業の社員らしき人間が何人もいる。その反面か、警官の数も多いのだが。そうして眺めている内に、待ち人はやってきた。

 

軽い挨拶を済ませた後、二人は椅子に座り。昼間とはまた異なった、どこか緩やかな雰囲気の中で言葉を交わし始めた。

 

「最後に会ったのは、横浜の柊町だったか」

 

「はい。あの時の拳は本当に効きましたよ」

 

自分の拳をほっぺたに当てながら、影行は笑った。

 

「………今回のことは渡りに船でした。いつかお礼を、と思っていたんです」

 

「かつての上司として、やるべき事を果たしただけだ。祐唯(まさただ)がその場にいれば俺と同じで、ぶん殴っていただろうさ」

 

「篁主査、ですか」

 

篁祐唯(たかむら・まさただ)

 

F-4J改《瑞鶴》の開発主査であった男で、二人とも親交がある人物だった。どれほどかと言えば、裏で悪口を言い合えるぐらいには。

曙計画に参加し、かの戦術機開発の鬼才と呼ばれているフランク・ハイネマンにも認められた天才技術者である。帝国内で最も名前が知られている、斯衛は篁家の当主だ。何より国産戦術機開発の最後の一歩を守りきった男としても、多方面から認められていた。

 

「そういえば、主査には娘さんがいましたね。名前はたしか………唯依ちゃんでしたか」

 

影行は当時のことを思い出していた。生まれたとの連絡があった直後、羽ばたくような速度で病院に直行した主査の車のスピードと。そして翌日だけだったが、気が気じゃなくてミスを連発していた主査の姿を。

 

「今は斯衛の軍学校に入っている。最近、ますます栴納(せんな)さんに似てきてな。おじさまおじさまと、また可愛いんだこれが」

 

「大尉殿、大尉殿。あの、口癖が若かりし頃に戻ってますよ。あと、初対面で難しい顔をしていたら“おじさんの顔が怖い”と泣かれた挙句に、

三日間悩み続けていたという噂がちらほらと」

 

「偽情報だな。ガセだ。デマだろう。しかし嘘を流すとは良くないな――――情報源は何処だ。隠すとためにならんぞ?」

 

「口止めされてます、とても言えませんよ――――まあ、南の奴ですが」

 

「ほう………」

 

影行はどこからか――――具体的には北東にある故郷から――――黙っていろといったのに、という呪詛が聞こえたような気がした。しかし、さっくりと気のせい風の悪戯と済ませた。

 

誰だって、命は粗末にしていいものではないからである。

 

ちなみに篁栴納とは篁祐唯の嫁であった。影行も、実際に会ったことはないが主査の机にあった写真で顔だけは知っていた。美しい黒髪を持つ大和撫子。着物を纏った姿は美しく、それを見た技術者の誰もが思わず拍手してしまったほどの。

 

「あの人に似ているなら、さぞ綺麗な()に育っているんでしょうね」

 

影行は笑いながら、かつての空間を思い出していた。F-4J改がまだ形にすらなっていなかった頃から、瑞鶴の名前を得られるまで。誰も彼もが若くて、未熟で。それでも命を賭けて、日本の戦術機の未来を絶やすまいと踏ん張っていた。喧嘩は日常茶飯事。殴り合いになったこと、数回。妥協無く仕上がった機体は十分ではなかったが、それでも現在に繋がる架け橋となった。もしも失敗作と呼ばれていれば、日本独自の戦術機開発の熱は下火になっていた事だろう。米国に頼り、それを取引の材料として利用されていたかもしれない。

 

「しかし、曙計画ですか………何もかもが懐かしいですね」

 

「ふむ、相当疲れが溜まっているようだな………遠い目をするな、遠い目を」

 

「最近気づいたんですが、コーヒーとインクって意外と味が似てるんですよ」

 

「いや似とらんだろう。しかし、曙計画か。貴様も俺も、そして祐唯の奴も若かったな」

 

年齢でいえば、影行は巌谷と祐唯よりやや下である。影行は当時の曙計画に参加していた人間の中では最年少に入る部類だった。

 

「フランク・ハイネマンに、篁祐唯。自分にとっちゃ、今でも雲の上の人物ですよ。凡人には届かない、天上人が二人ってね」

 

影行も、部分的な開発に関しては相応のことはできると思っているが、戦術機の全体的な設計に関して、その発想などが今に挙げた二人に敵うとは思っていない。最前線で働いても、届く所には限界があると思い知らされていた。

 

元は米国が開発した機体を、日本の衛士に適するように改修するなどと言ったことはできそうもないと、かつてより知識と経験を深めたからこそ理解させられることがあった。

 

「でもまあ、頑張りますけどね。そういえば、あの人の行方は………っとこの話は置いておいた方が?」

 

「そうしてくれると助かるな。非常に助かる」

 

「そうですか。しかし助かるとは…………もしかして、例の。捜索の件で何か進展でもありましたか?」

 

「古い話だ………ではとても済まん。それでいて頭の痛い話になるな」

 

榮二はとても口に出来ることではないと、渋い顔を見せた。影行はそれを見て、大体の所を察すると額に手を当てた。自分の予想が間違っていないなら、確かに国外で、むしろ国内でも言葉になどできないと。

 

「出会う人あれば別れる人あり、ですか。本当に色々とありますね」

 

「貴様にとっては、むしろ別れの方が多かったかもしれんがな」

 

それも、半身とも言える者との。榮二はそれを知っていた―――乗り越えられたからこそ、今があるのだろうと思っていた。影行はそれとなく何を言われるのかを察して、話題を変えた。

 

しかし、巌谷はその露骨な態度を見逃さなかった。

 

「白銀。白銀、影行よ」

 

「………何でしょうか」

 

「俺に、聞きたいことがあるのだろう―――私人として」

 

ただ一人の、男として。そんな声が、影行の鼓膜を震わせた。だが、影行は口を閉ざすだけだった。沈黙の10秒。周囲から聞こえてくる小さい音楽だけが二人の回りを取り巻いていき。巌谷は、ため息を共に視線を横に逸らして、言う。

 

「これはひとり言だがな………“風守(かざもり)”の家は健在だよ。赤の衛士の、彼女もな」

 

「大尉………!」

 

影行は、勢い良く立ち上がった。椅子が倒れ、何事かと周囲にいた別の客が二人を方を見た。

 

「いいから、座れ。この場で無駄に目立ちたくはない」

 

「………すみません」

 

「いいさ。それよりもだ、白銀。貴様の息子のことだが………」

 

話題が移った瞬間、影行の肩が跳ね上がった。

巌谷はその正直すぎる反応に、訝しげな表情を浮かべた。

 

「何を………いや、横浜に居るのではないのか。そういう約束だったろう」

 

「え………」

 

「どうした。そんな、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

 

影行はその言葉を聞いて、また驚きの感情を覚えていた。白銀影行の息子、白銀武。

 

―――東南アジア、特に軍部においては知らぬ者はいない、かの部隊の一員だ。さる事情により、武の名前だけは公にはなっていない。しかし、帝国には―――それも巌谷ほどの立場にある者であれば、知られているほどの名前に違いない。格好の戦意高揚の材料になるかもしれない。そんな存在を、離れた地であるとはいえ優秀な帝国の情報部が知らないはずがないのだ。影行はそう考えていたのだが、違うかもしれないと思い始めていた。

 

巌谷榮二。顔は怖いが、実直な衛士であることはかつての開発チームならば誰もが熟知していることだ。必要ならば謀もするだろうが、複雑も複雑な、それも一個の家庭の話において虚言を並べるような人ではない。ならば、武のことは上層部でも知られていない―――知っている者はほんの一部といった所だろう。

 

だけど、それでも。何も言えないと、影行の顔が歪み始めた。

分かるものならば、分かるかもしれない。その顔を染めた感情を、後悔と呼ぶ。

 

「生きては、います。生きて、今も戦い続けているのは間違いない」

 

「―――何?」

 

「すみません、これ以上は。しかし――――約束、ですか」

 

影行は舌の中で約束という言葉を転がし、味わい、悟る。

どの口で、今更にしてそんな言葉をおめおめと声に出来るというのか、と。

 

「果たせるはずがありません。俺の方こそ、守れなかったかもしれない。だからあいつに―――“(ひかり)” に会わせる顔なんてありませんから」

 

 

地の底より這い出た泥のように。

 

濃縮された悔恨の声は、いつまでも巌谷の鼓膜にへばり付いていた。

 

 

 

 

 

 

◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ 

 

 

一歩踏み出す度に、重たい装備が音を鳴らしていた。それがまるで楽器のように、一定のリズムをもってグラウンドを響かせている。

 

その音楽に彩りを加えるのは、走っている者の呼吸の音だ。総数は、4。

4の内の一つだけは、酷く不協な音を奏でているのだが。

 

(なん、で)

 

碓氷風花はすでに周回遅れとなっている自分を信じられなかった。体力のみなら、同期の中でも図抜けている。そうした自信があったのに、この様なんてことは。

 

しかし、幻覚ではあり得ない。自分より重たい装備を身につけ、整然と走り続けている年下の少年の姿は現実のものだった。その少年―――武は後方で息荒く、走る速度も落ちている風花の様子を見る。

 

そして限界だなと、合図の手を上げた。そのままスタート地点、走りはじめた位置までくると、ゆっくりと立ち止まった。併走していた王もマハディオも同様だ。その3人に遅れ、風花がゴールに到着する。しかし、ゆっくりと歩き続けることもできなかった。前かがみになりながら、膝に手をついて自分の身体を支えることしかできないでいる。そんな風花は、肩どころか全身で息をしているような状態で、目の前の少年に質問を投げかけた。

 

「きょ、うは、そんなに、走らない、って、いった」

 

息も絶え絶えに。流して走るだけと聞いていた風花は、話が違うと武に文句を言った。

対する少年は、無表情のまま淡々と答えた。

 

「いや、そんなに走ってないだろ。まだまだ、準備運動程度だと思ってるけど………」

 

虚勢ではない、事実だった。実際に、3人は息をきらせてもいない。

気温のせいか、皮膚から汗はにじみ出ているが、その程度だ。

 

それは他の二人も同様だった。ただ風花だけが10倍の距離を走っているかのように見える。

 

「………お前ほんと体力ねえなあ。俺もそんなに多い方じゃねーから偉そうなことはいえねーけど」

 

「いやいや、急造の軍人で、それも新兵ならこんなもんだろ。むしろよくついてきている方だぞ」

 

王の呆れたような声に、マハディオがとりなしの言葉を返した。

しかし、風花にとってはどっちも不甲斐ない自分を責めているようにしか聞こえていなかった。

 

「まあ、いいか………じゃあ休憩がてらにハンガーに向かう」

 

マハディオの声に従い、二名は機敏に。風花だけはのそのそと、気怠げに歩き出した。

走る際の重りであった装備を戻し、そのまま機体が整備されているハンガーに向かう。

 

巨大な戦術機が多く置かれているハンガーは、かなりの場所を取る施設だ。当然、建物の大きさはかなりの規模になる。4人は整理運動がてらに20分ほど歩き続けた後、途中に寄り道をしながらも、自分たちの機体がある場所までたどり着いた。

 

「お疲れ様です。これ、差し入れ」

 

「おう、今日もかよボウズ! ありがとよ……おい!」

 

ちょうど休憩時間だったらしい。機体から離れて一服していた整備班長に、武は合成の缶コーヒーを渡した。下っ端らしい整備員が受け取り、同じく休憩していたらしい各員に配っていった。

 

「いやー、しかし分かってんなアンタら。きょうびの若造は、こういった事に疎くてよ」

 

整備員はプロである。与えられた仕事はきっちりとこなし、代価として賃金をもらう。それが最低限だ。しかし、それ以上の作業を積極的に行おうという者は多くない。不必要に疲れるのを厭うのが人間だ。しかし―――ならば、どうしてそれを引き出すか。

 

その答えが、武が渡したものである。

 

「差し入れ一つで命を拾える可能性が高くなる。そう考えたら、安いもんですよ」

 

「とはいってもなあ。整備員も数が多いし、差し入れ代をケチろうって奴が大半でよ」

 

「気持ちは分かる、けどなあ」

 

王が呆れた声を出す。死ねば文字通り、元も子もなくなるというのに、と。

 

「ちなみに発案者はアンタかい、小隊長さん」

 

「ええ。まあ、昔に青臭いことを言っていた誰かさんに感化されてね」

 

自分のコーヒーを軽く持ち上げながら、マハディオは苦笑する。

50は超えているだろう整備班長は、オイルの黒に汚れている顔を笑いの表情に変え、問うた。

 

「へえ。面白そうだな。ちなみにそいつは一体なんて言ってたんだい」

 

「連想ゲームみたいにね。コーヒーをみんなで飲む、旨いから元気が出る、元気出るから整備が良くなる、機体性能が上がる、BETAは死ぬ、後方の基地が安全になる………Win―Winの関係で、誰も彼もが幸せになるじゃないか、ってね」

 

悪戯をする時のような表情。視線を逸らした武の横で、整備班長は豪快に笑った。

隣にいる副班長の女性も、話を聞いていた者もみんな笑った。

 

「言うねえ。なら、期待に応えなきゃ男が廃るってもんだな」

 

「頼みます。衛士も、一人では戦えませんから」

 

戦術機があるとして、それだけでは戦えない。実戦のデータや機体の性能はもちろんのことだが、それを維持するのも一苦労なのだ。衛士ならば誰もが知っている。整備されていない機体など、危なっかしくて乗れたものじゃないと。

 

「ああ、こうも言っていましたね――――俺達は、軍に所属している人間は全員で一つの戦力だと」

 

「へえ?」

 

「なんて言ったかな………なあ」

 

視線を向けられた武は、注目を浴びていることに気づき、少し狼狽える。

一体何を口にしたのか。数秒考えた後に思い出し、その時の言葉そのままに口にする。

 

「………フットワークを駆使して殴る人、殴る敵を足止めする人、殴る敵を示す人。殴る人間の身体を保つように努める人、殴るエネルギーを生み出す人。そして明日も殴れるように家を守る人」

 

衛士、工作員、司令、整備員、食堂のおばちゃん、衛兵かあるいは清掃員、事務員。

 

「適性の違いも有用だ。足は遅いけどハードパンチャー。海に浮かぶ熊殺し………どれが欠けてもBETAは倒せない」

 

戦場を学んだ人間ならば知っている。機甲部隊に艦隊。打撃力が強い部隊も、必要で。その脇を固める歩兵は、必要な存在であると。

 

全部が塊。バラけず集った一個の弾丸で、一握りの拳である。武は教官から、そしてかつての戦友からそう教えられていた。自分で学び取ったことも多分に含まれている。それを聞いていた整備員は、目を丸くしていた。どう考えても中学生程度の少年が淡々と語る戦場の理と、その理屈の正当性を思ったからだった。班長だけは、その言葉に実感がこもっていることを理解できていた。

 

少し真剣な表情に変えて、武に問うた。

 

「鉄少尉。その敵さんはここに、日本にやって来ると思うか」

 

「来なければいいと、そう思います。だけど、あいつらは人の嫌がらせをするのが三度の飯よりも好きみたいで」

 

「………希望的観測は述べたい。が、それを盲信できるはずもないってことか」

 

真剣な表情は崩れず。次は、マハディオに言葉が向けられた。

 

「アンタも、来ると思うか?」

 

「来る来ないの判断ができる状況じゃない。確かにここは島国で、大陸との間には海があり―――しかし、英国本土の前例があります。来ないと、そう確信できる時が訪れるまでは襲来に備えるべきかと。無防備な横っ腹に一撃をもらえば、内臓どころか背骨までもっていかれます」

 

「あるいは骨すらも残らん、か」

 

「まー喰われたくないなら、抵抗できる手段を抱えといた方がいいぜ。装甲をバターみたいに削り取るバケモンに、生身で齧られたくなけりゃーな」

 

痛そうだし、とは王の呟きだった。王も実際に齧られたことはないが、齧られた人間の声ならば嫌というほどに聞いていた。

 

「………させませんよ。そのための、戦術歩行戦闘機ですから」

 

水際の迎撃戦において、重要となるのは戦車部隊と艦隊の集中砲撃である。しかし、その場を整えるのは戦術機甲部隊だ。足止め役の部隊が瓦解すれば本土の奥深くまで一気に侵攻されることになる。

 

いずれ始まるであろう日本防衛戦においても、キーとなるポジションなのだ。そこにいる人物からの、迷いない断言である。顔色を暗くしていた整備員達はそれを聞いて、頼もしいと思ったのか、少し明るい感情を取り戻していた。

 

「ま、信頼してるぜ。なんせ“あれ”を実際に使って、それも成功させちまうぐらいの衛士なんだからな」

 

言いながら、班長が目を向けたのは管制ユニットがある当たりだ。

そこにつけられていた、光線級吶喊を成し得た仕掛けを思い出して、身震いをしていた。

 

「頼られます。あれは、二度と使いたくない類の装備ですけどね」

 

マハディオはそれを使った時の感覚を思い出し、若干顔色を青くしていた。王でさえも、苦い顔を隠せないでいる。一方で、風花は話についていけないまま武達の背中を見ているだけだったが、その装備の詳細が明らかになった時の整備員と、それを聞いていたこの基地の衛士の表情を思い出していた。

 

―――恐怖。あるいは、正気を疑うかのような。畏怖であったかもしれない。

 

歴戦の衛士までもがあり得ないと首を横に振りたがっていた、あり得ない兵装のようなもの。

 

「おい、置いて行くぞ」

 

「あっ」

 

思考にふけっていたせいか、すでに歩き出していた3人の背中は遠い。

 

風花は、急いでついていった。

 

 

 

 

そして待ち合わせの場所。打ち合わせによく使われている一室で、武達は臨時の中隊長と顔を合わせていた。

 

「それじゃあ、九十九中尉。今日も、中隊員の補充は………」

 

「待っていられないからな。俺のツテを頼ってみたが、芳しく無い反応だけがな。正直すまん。ここまで、何の結果も得られないとは」

 

九十九は武達と、そして風花に申し訳なさそうに謝った。武達が臨時の衛士として、日本帝国陸軍に協力すると決まったのは一週間も前のこと。彩峰中将が軍を去った直後のことだった。提案したのは榊首相その人である。表向きには中将の処遇が決まった後、榊から提案されたという形にはなっているが、実の所の話は以前の密会の中で決まっていた。十分なバックアップもすると約束し、武達はそれを承諾していた。

 

しかし、いかに熟練した衛士とはいえ、3機だけでは出来ることに限界がある。突破だけに力を向ければそれなりの戦果は出せるであろうが、それは片道切符でのこと。隊として動いた方が、遥かに多くのことを成せることは分かりきっていたことだった。そのため、戦力が不足していると申し立てて。結果、光州作戦で隊員を失った九十九の中隊が加わることとなった。補充の人員も、九十九の上司――――榊とも繋がりがある陸軍の少将―――が部下に手配させるということになっている。

 

「それでも、この時期だからな」

 

マハディオは仕方ないと苦笑した。今は、光州作戦で失った人員を補充すべく、各将官が躍起になって駆けずり回っている真っ最中だ。そんな中で希少戦力ともいえる衛士を右から左へ融通できるはずもない。ましてや、ベトナム義勇軍を名乗っている武達の立場は、外様も外様であった。

 

コネがあるとはいえど、あからさまな贔屓は陸軍内部にも歪を生じさせてしまう。マハディオ、そして武はその当たりの機微は察知していた。現在、彩峰中将の沙汰が知らされて間もなく、処分を聞いた陸軍や本土防衛軍からは少なくない反発の声が生まれていた。だから榊の知り合いという少将も、人員の融通を頼まれてはいるものの、この時期に内部に妙な刺激を与えたくはないというのが本音だろうと。

 

「そうだな………正直、12人を揃えるのは無理だと思う」

 

今は義勇軍の3人に、九十九那智と碓氷風花の総勢5名。武はあと7名の衛士が異動してくるか、と考えた直後に否定する。まず、あり得ないと。

 

「だけど、せめてあと一人は欲しいな。6人なら、前・中・後の形が整えられる」

 

「前衛は鉄と王。中衛は俺と九十九中尉。後衛は碓氷少尉だから、後衛に適性のある衛士ね」

 

新兵は避けたいけど、とマハディオが言う。王はそれなら鍛えればいいじゃないかと主張するが、風花は無理だろうなーとか考えていた。後衛としては例外に、素質的だろうけど体力だけはあった自分で、“これ”である。ウエストが何cm細くなったか、知りたいような知りたくないような有様だ。後衛といえば運動神経が鈍く、一般的には体力が低いとされている。もし、体力の無いものが配属されればどうなるのか。

 

風花の脳裏には、部屋の隅で三角座りをしているその新兵の姿が浮かんでいた。

 

(あ、自分もそこに混ざりたいかも)

 

碓氷風花はタフである。他人からも言われているし、自覚もしている。そんな彼女をして、ここ一週間の訓練(ごうもん)は音を上げたくなるほどだった。ふと、お空の彼方に飛び去りたくなるほどには。

 

しかし、彼女は辞めるつもりはなかった。碓氷風花は一般の女子よりも脳天気ではある。だが、決して頭は悪くない女だった。迎合したまま流されるよりは、自分を保ちたいと考えているほどには、自意識を持っていた。マイペースを崩されることが嫌だった。反発心も持っているし、衛士としてのプライドも持っていた。

 

そう、初陣の果て、ようやく復帰できた時に屈辱を覚えることができるぐらいには。

 

かつての中隊は自分と隊長、そして奥村と久木、他の8人の衛士が存在していた。それも今は過去形でしか存在を表すことが出来ない。先日の光州作戦の最中、自分と九十九那智以外の全員が散っていったからだ。腕は悪くなかった。そんな全員が、悲鳴を最後にバイタルデータを消されて。何のドラマもなく、ただ潰されるか喰われるかして、死んだ。そんな中でも、風花はただ震えることしかできなかった。記憶の片隅に残っているのは、戦車級を振り払ってくれという声。だけど短刀の扱いは上手くなく、取り付いた戦車級だけを撃ち落とせるような高度な射撃技術は持ち合わせていない。できることが見つからないと、動くことさえもできず。風花は自覚していた。気づけば半狂乱になっていた。義勇軍の3人がこなければ、きっとあのまま狂って死んでいたことだろうと。

 

何か、できたはずだ。自分にはもっと、助けるために何かやれたはずなんだ。もしかしたら、一人ぐらいは助けられたかもしれないと。風花は戻ってからこっち、ずっとそれだけを考えていた。だからこそ、別格の動きを見せていた義勇軍の衛士に頼み込んだのだ。自分を鍛えて欲しいと。二度と、戦場で自分を失いたくないと。

 

反応は様々だった。一人は快諾をして、一人は面倒くさそうにして、一人は興味がなさそうな顔をして。それでも引き受けた3人は風花の面倒を見た。

 

今はBETAが上陸するかもしれない時期にあるから、全力での訓練はできないと言われて、それでもいいと頼み込んだ。了承を得られたきっかり10時間後、訓練が始まって5時間後には、少しの後悔を抱いてはいたが。

 

まず、体力がお化けだった。一体どれだけの距離を走りこんだのか、想像がつかないぐらいには。総合距離で地球一周と言われても、納得しただろう。それほどまでに、下半身と肺が鍛えられていた。

 

次に、操縦技量が変態だった。風花はここ一週間の模擬戦の中、自分の射手としてのプライドが何度折られたのか考えてみて―――首を横に振った。数えたくなかったからだ。

 

(一発も当たらない、なんてことが現実に起こりえるとは思わなかったよ)

 

極めつけは遮蔽物のない、平地での戦闘を選んだ時だ。普通はああいった場所で戦闘を行い、突撃銃を撃てば何発かは掠めるか、当たる。それが常識だった。かつての中隊の模擬戦でも、一部の射撃は避けられたが、何発かは命中したのだ。

 

(非常識というか、何というか)

 

シミュレーターで戦った時の記憶を掘り返す。相手をしたのは、鉄少尉だ。

 

(うん………奇抜な機動は、無かったよね)

 

半島の撤退時にいくらか見たような気もするが、模擬戦ではまだ見ていない。

それでも、何故か当たらない。まるで雲を相手にしているかのように、尽くが避けられてしまう。

かと思えば、いつの間にか自機の中枢たる部位をぶち抜かれている。

前からはコックピット、後ろからは跳躍ユニットか同じようにコックピットを。

 

(ひょっとして反則でもしてるんじゃないのかなぁ)

 

疑いたくなる程に、理解できないことだらけであった。

そも、15歳かそこらであれだけの技量を持っているとかあり得ないのだ。

 

極めつけの話は、と風花が考えた所で、打ち合わせの内容が“それ”に至ったことを察知する。

それとは、光線級吶喊を成功させる鍵となったもの。

 

「それでバドル中尉。“あの”兵装ですが――――」

 

「………光州作戦で使った、あれか」

 

「そうです。レーザーに撃墜されず、BETAの密集地帯上空を飛び越えることを可能とした装備………俄には信じがたかったですが」

 

それを見た全員が、単純かつ狂的な兵装に正気を疑ったもの。

実際に見てしまえば、なんてことはないものだ。

 

「だが、使うつもりはないぞ。あれは広い平地で、しかもある程度広い平野の中でBETAがばらけた時にしか使えない代物だ」

 

「同感。使うのにも、かなりの下準備が必要だし、とちっちまえばホーのように―――ボン、だしな」

 

九十九が問い、マハディオが真顔で否定し、王が嫌そうに答えた。無表情なのは、白銀武―――鉄大和だけだ。九十九はその様子に安心すると、深くため息をついた。

 

「しかし、あれを考えついた人は、その………」

 

「ま、気持ちは分かるさ」

 

マハディオは肩をすくめて、言う。

 

「BETAは複雑な機械を狙う。戦術機でいえば、コックピット。同じく、光線級もそこにレーザーの焦点を当てる」

 

最優先目標が管制ユニットだ。

だからこそ光線級はまず最初に、必ずそこに焦点を当てる――――だから。

 

「“光線種は味方を撃てない”。なら、それを利用すればいい」

 

行き着いた答えが、それだ。同じBETAを、レーザーに対する肉の盾にすること。それも戦車級を限定として。戦車級の肉体的な強度はそれほどでもなく、実際のレーザー照射には耐えられないだろう。だが、味方を撃たないという光線種の習性を利用すれば問題はないのだった。

 

「それでも、戦車級を生きたままコックピット前に配置するなんてことを考えつくとは。それも複数、固定するための“針”ですか」

 

「正確には固定用のスパイクな。噛まれないように、短刀で適度に痛めつけなきゃならんし」

 

壁役の戦車級が死ねば、レーザーを躊躇いなく射ってくる。3人は実際にそうして蒸発した機体を、過去に何度か見たことがあった。必要な材料は、それだけではない。対レーザーの塗料が塗られている分厚い装甲を盾に持つ囮役。そして、固定位置や滑空する際の姿勢制御や、位置取りの仕方。

 

経験から積まれたデータがあって初めて、あの奇策を成功させることができたのだ。

武も一度だけ、実験の最中に機体の足を撃ちぬかれたことがあった。

 

「積極的には使いたくない、非常用の装備。それでも必要だから使った、それだけですから」

 

武も、あれを実行する衛士の正気を疑う気持ちは理解できる。ともすればアグレッシブな自殺と変わりないのだ。一歩間違えればレーザーに撃ち貫かれるし、ともすれば戦車級に齧り倒されかねない。そんな中で機体を一定の姿勢に保つ必要がある。ホーは恐怖に呑まれ、機体を上下させてしまった結果、戦車級に刺さっていた一部の針が抜けて。残った針も強度がもたず、折れてしまい戦車級を取りこぼしてしまった。結果が、レーザーで“じゅわり”。

 

「奇策としては、成功した。それでも、何度も使える手じゃない」

 

「そうですね。半島か、ソ連、中国にあるハイヴから送られてくる戦力は多いでしょうし」

 

近年できた三つのハイヴから、次々に増援を送られればどうなるのか。

九十九も、津波のようなBETAの侵攻を小手先の戦術だけで止められるとは思っていなかった。

 

「小細工じゃなくて、真っ向から撃ち返せる方法が必要です。あれはあくまで、邪道ですから。部分的な勝ちは拾えても、総合で勝つには不要な戦術です」

 

「そうだな………しかし、鉄少尉」

 

九十九はじっと、武の目を見たままに。

馬鹿な質問だと笑ってくれても構わないと前置いて、問うた。

 

「BETAが日本に上陸したとして、我が国が勝てると思うか?」

 

勝利とは、何なのか。その条件を聞き返さないまま、武は答えた。

 

「誰が何を考えるのかは、分かりません。勝敗を判断するのは指揮官で、俺達は衛士です。所詮はただの兵隊です」

 

「そうだな」

 

頷く九十九。そんな彼に、武は逆に問いを投げ返した。

 

「だけど抗う方法を持っている、俺達が。軍人としての俺達が諦めたら、一体誰があの化け物と戦うんです」

 

「………そうだな」

 

「俺達の持つ全力で、出せる限りの力を振り絞って、戦い抜くべきです。それ以外に方法は無いし、それに………」

 

武はそこまで口にした後、居心地が悪そうに視線を逸らした。

 

「全力を出して死んだのであれば。それは“仕方ない”と、そう言えるのではないでしょうか」

 

「………仕方ない、か」

 

九十九は頷いた。だが、先程までの勢いはなかった。武もその様子を見て、全面的な同意が得られていないことを悟る。何より、マハディオと王は頷いてさえもいないのだから。

 

「今は訓練をしましょう。俺達に出来ることは、それだけです」

 

武は言うなり立ち上がって、部屋の外へと歩いて行く。

 

「頭を冷やしてきます」

 

「………ああ」

 

そのまま見送るマハディオは、武が退室した後に、九十九と風花に向き直った。そこで、二人が何かを言いたげにしているのを感じた。何か質問があればどうぞ。軽く呼びかける声に、答えたのは風花だった。

 

「バドル中尉………中尉はその、鉄少尉との付き合いは長いのでしょうか」

 

「長い、な。知り合ってからもう4年ぐらいにはなるか」

 

「そうですか………その、当時から少尉はあんなに暗く?」

 

「いきなりだな。何故、そんな事を聞く」

 

「その、上手くは言えないのですが。自分でも何でこう思うのかは分からないんですが、その、違和感があるんです」

 

どこか無理をしているような。言いにくそうに問いかける風花に、マハディオは首を横に振った。

目を閉じたまま、ゆっくりと。たっぷりとした時間をかけて否定したマハディオは、言う。

 

「全くの別人さ。アホなのは変わっていないけど、バカらしく明るかった。ともすれば、空のアレに見えるぐらいには」

 

指さした先にあるのは、窓の向うにある太陽だった。

 

「不思議な奴だった。腕痛いのに引っ張って、それでも応えたくなっちまう。背中を預けるぐらい、なんてことはないって思わされるような」

 

だけど変わっちまったと。答えるマハディオは、どこか遠い所を見るような目をしていた。

 

「ぶっ壊れちまった。今も、腕はいいけど…………そうだな、こう言えば分かりやすいか」

 

「何を?」

 

問うた九十九、そして王と風花にマハディオは断言した。

 

 

「戦場で、鉄火場のど真ん中の話さ――――今のあいつは信用できても、信頼はできない………そういうことだ」

 

 

そう答えるマハディオの顔には、この場にいる誰よりも複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 


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