Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
雨音が聞こえる。曇ったガラス窓の向うから。あの日も、雨は降っていた。今日と同じに、ざんざんと叩きつけるような雨だった。そんな中でも、はっきりとした声が聞こえたのだった。3年前のその日、マンダレーでの死闘、そして思い出せない事件。全てが終わって間もなく、そいつは話しかけてきたのだ。
武は第一声を反芻した。
(初めまして、というべきかな――――オレだよ、俺よ、か)
最初の一声からしてわけがわからない―――が、確かにそいつは現れたのだった。声だけだったが、確かに存在としてそこに居た。確信した時の衝撃を、武は今でも忘れていない。最初は、追い詰められた衛士が聞く幻聴のようなものと思っていた。基地の中でたまに見かけた、精神を病んだ衛士が聞くというソレ。自分もそれと同じに、狂ってしまったのかと思い―――しかし、明らかに違うものだと気付かされた。
それがはっきりと、自分とは違う存在であると気付かされたのは、声が聞こえ始めて、しばらくしてからだ。戦術機に関する知識や、軍事における知識。果ては日本の歴史や、政治に関する知識も“自分以上”に持ち合わせていたのだ。
故に、自分ではあり得ないと、その存在を認めざるを得なくなっていた。
《ていうか、比較対象がお前じゃあなあ。我ながらだけど、俺も大したことはないよ。元帥とか、専門的な人と比べれは屁みたいなもんさ》
謙遜しながらも馬鹿にされている気がした武は、舌打ちをする。隠し事もできない、厄介な虫が引っ付いてきたかのようだと、ぼやきながら。それでも、“声”が出す要所でのアドバイスは的確なものだった。言った通りにして不利益を被ったことなど、3年の間で一度しかない。
今回もそうだった。言う通りにした結果、自分は今こうしてここにいる。夢にまで見た故郷、日本の国の土を確かに踏んでいるのだ。
《でも、気は抜くなよ。会う人間全てを疑うぐらいの心構えで行け》
ここは敵地に近い、と声は言う。それに対しては、武も頷かざるをえない。自分が所属している義勇軍の性質上、一方的に身柄をどうこうされる可能性は低い。だけど、可能性が皆無ということはあり得ないのだ。理屈や建前など強引に力で押しのけ、挙句には納得させてしまう人種がいることを武はよく知っていた。
《あるいは、計算も出来ないアホとかな。何にせよ、始終気は張っておくように》
(言われなくても分かってるさ………ん?)
ドアにノックの音。返事も聞かずに入ってきたのは、3人だった。
「よう、起きてるか」
「………当たり前だろ」
武はマハディオに対して、文句を言った。外は雨で空は暗いけど、まだ寝るような時間じゃないと。答えながら入ってきた人物を観察する。
先頭に小隊員であるマハディオと王。そして――――帝国陸軍の
「………失礼しました。自分は九十九那智といいます」
「鉄大和です」
立ち上がり、敬礼を返す。
「まずは礼を言わせて下さい。貴官の援護が無ければ、自分たちは死んでいたでしょうから」
「はい………そう、かもしれませんね」
言われた武は、その時の光景を思い出す。最初に見たのは、転がっている機体が多数。そして、戦車級に引きずり倒されていた機体。半狂乱で長刀を振っていた機体と、その機体を守ろうと奮戦していた目の前の人物の機体。聞けば中隊員で。その12人のうち、生還したのは半狂乱になっていた女性と、目の前の隊長だけだった。
「それで、彼女は?」
「碓氷は、今は眠っております。初の実戦と、仲間の死が堪えたようで」
そうだろうな、と武は同意する。そして、これだけで済んでよかったと。
「ま、お嬢ちゃん………だったっけか? その子も、あれ見ずに済んだから復帰できんだろ。あの時に“あれ”を間近で見てりゃあ、それこそ再起不能っつーか、ぶっ壊れてたかもしんねーけ、どっ!?」
ぶっきらぼうに虚飾の言葉なく事実を並び立てていた王の後ろ頭をマハディオが平手で盛大に叩いた。しかし、王の意見には武も同意する所だった。
「その事についても、感謝します。もしもあの時、鉄少尉の機体が割り込んでいなかったら………」
続きは、言葉にならなかった。
―――戦車級に倒され、恐らくは“齧りたてホヤホヤ”の仲間。まだ聞こえる咀嚼音。そして悲鳴は途絶えていた。その状況で、碓氷少尉が戦車級が振り払われた時に見えるものは、何か。
それは赤と赤と赤の塊。すなわち、彼女の心を殺すものに違いないと全員がわかっていた。原型など留めていないであろう、かつては人間だったものの欠片が。無残な肉塊に変貌した、人であった“モノ”を直視することになっていただろう。乱戦で精神的に不安定な状態を考えると。そして初陣といった特殊な状況を鑑みるに、直視すればまずPTSDを負っていたであろう。あるいは、その場での狂乱は免れなかった。そうなれば、生きてここに戻ってくることはできなかっただろう。
「その後のこともです。援護が無ければ、まず間違いなく全滅していたでしょうから」
「………恐らく、ですがそうなっていたでしょうね。自分たちも、もっと早くに援護できていれば良かったのですが」
武達が辿りついた時、九十九中尉の中隊はほぼ全滅していた。たった2機で、BETAの密集地帯に近い場所で取り残されている状況。しかも片割れは新人で、精神的に追い込まれていた。
(だからこそ、とも言えるんだけど)
声がいう条件とは、それだった。撤退途中で苦境に陥っている部隊を発見すること。撤退を援護し、なし崩しに戦術機揚陸艦に便乗させてもらうこと。部隊に3機以上の損害が出ていることも必須だった。その上で、義勇軍の中隊と連絡が取れない事実を強調すること。あとは、光線級吶喊の実績が後押ししてくれた。そして船に揺られて、今は九州の地である。
しかし、義勇軍はどうなったのだろうか。そう考えていた武に、九十九からの言葉がかけられた。その事についてと、また別件でも、と前置いて。
「とあるお方が、ですね。その、是非に話したいことがあると………」
「お方、ですか………えっと、名前を伺っても?」
言いにくそうな九十九中尉の様子。それに嫌な予感を覚えていた武だが、それは見事に的中した。
「あの撤退支援の指揮を取っていた中将閣下です」
◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯
呼ばれた部屋で対面する3人と1人と、おまけの一人。
まず口を開いたのは、呼び出した一人の方であった。
「彩峰萩閣という。すまんな、本当であれば私の方から出向くべきなのだが」
「いえ、それは」
立場からいっても、それは不味いでしょうと。何ともいえない表情を浮かべたマハディオに、中将はそうかもしれんが、と言った所で苦笑をした。
「君たちには本当に感謝している。あの光線級吶喊が無ければ、我が軍は今以上の大損害を被っていたことだろう」
「はい。そう言って頂けると………戦死したホーも浮かばれます」
「それは、撃墜された小隊員かね?」
「はい。他の中隊員も安否不明といった状況ですが………」
情報が入ってこないので、というマハディオ。対する中将は、重苦しい表情を浮かべていた。
「義勇軍に関しての報告は入っている。中隊はほぼ壊滅したと聞いている。唯一生存した中隊長も、重症で口も利けない状態らしい」
「やはり、そうですか………」
「国連軍も、似たような状況だ。奇襲により、司令部は壊滅。それでも砲撃で数を減らせていたのが幸いだった」
全滅はせず、2割程度が撤退に成功したと。しかし、勝利とはとても言い難い損耗である。
「その、難民の被害は?」
「BETAによる被害に関しては、ゼロだ。ただ、体調不良を訴えているものが多い。船旅の影響か、はたまた精神的なものか。
いずれにせよ、入院を希望する患者で溢れそうな状況だよ」
「そして元気が有り余っている者は、ですか」
マハディオの言葉に、中将は苦笑を返した。避難した難民だが、避難先の土地で文句を言うような人間がいることをよく知っているからだ。
「―――故郷で死にたかった、と札を武器にして抗議ですか」
声には、苦渋があふれていた。
「BETAに喰われて死ぬよりは遥かにマシだと思いますが」
「おい、大和!」
あえて言葉にはしなかったのに、と。マハディオが叱責する。しかし中将は構わないと、苦笑しながらも。発言者である武に、話しかけた。
「それも、事実ではあるのでな。しかし………鉄少尉だったか。名前から察するに、君は日本の生まれなのかね?」
「はい、いいえ。自分は日系人であります」
断言する武。どこかで、苦笑する声が聞こえたが、それは一人にしか聞こえなかった。
「そうか………いや、気にはなっていたのだが、な」
初対面では全く動揺を見せなかった中将である。
だが、我慢できないというように口を開いた。
「君の………その、年齢を聞いても構わないかね?」
「はい、今年で15になります」
日本の学年でいえば、中学二年生である。その事実に頭痛を覚えたのか、彩峰は片手で頭を押さえた。
「中隊の突撃前衛長と報告を受けているが、事実かね?」
「はい、事実であります。私も中尉として小隊の指揮は取っていますが………あのルートを見出せたのは鉄少尉の意見によるものが大きいです」
大きいです」
「衛士としての技量は、3人の中でも一番と聞いているが………」
「………認めるのは非常に癪ですが、事実であります。対人戦はわかりませんが、対BETA戦においてこいつより優っているという衛士を自分は知りません」
マハディオが、王が。淀みなく返答した内容を噛み砕いた上で理解した彩峰は、苦笑以外の反応を示すことができなかった。
(それぞれの衛士が持っているプライドは、相当なものだと聞いている)
それも優秀であればあるほどに。そして部下の報告には、マハディオ・バドルも王紅葉も衛士としては優秀であることは間違いなかった。富士教導団出身の衛士と同等か、あるいはそれ以上の技量を持っていると聞いていた。故に、嘘ではないだろう。
そう判断した中将は、目の前にいる少年のその小さい身体と、今までの言動を思い返していた。頷きながら、断言する。
「才能もあったのだろう、が………素晴らしい教官に恵まれたのだな――――と、どうしたのかね、驚いた様子で」
「はい、いえ、その………そういった事を言われたのは初めてで、ちょっと」
「ふむ。普段はどう言われているのか、聞いてもいいかね?」
戸惑った風に中将。武は人差し指を額に当てながら。顔を困惑のそれに変えながら、問いに答えた。
「はい、えー………“冗談のような存在だな”と。あるいは、変態と呼ぶ者も多数おりまして………っと、何か変な点でも?」
「いや………」
中将は、口に手を押さえながら笑っていた。笑うつもりはなかったのが、思わず笑みがこぼれてしまったのだ。何故かというと、目の前の少年が―――予想外の表情を浮かべていたから。
本当に心外だ、という顔だった。そしてその困り顔の中に、娘と同じような、子供が持つ特有の幼さを見つけてしまったからには、笑わざるを得なくなっていた。
「その、中将?」
「いや、すまん、しかし………変態は酷いな」
「はい、酷いと思います。しかし、なぜ自分の………その、教官が優れた人物であると分かったのでしょうか」
「一目見れば分かる。その若さでそれだけの技量、なのに慢心が一切見られない………若者特有の蛮勇さも皆無であるとなってはな」
才能だけでは至れない位置にいると、中将は言う。武は照れて、そして。
「出来れば、その教官の名前を聞きたいぐらいだが………構わないかね」
「えっと、それは、その………」
中将の言葉を聞いて、硬直した。全く予想していなかった角度からの質問に、思考が停止してしまっていた。ぎぎぎと音が鳴るぐらいにぎこちなく、隣にいるマハディオを見て伺いを立てようとする。
様子を察した萩閣が苦笑する。
「ふむ、聞いてはいけないことだったかね? ………すでに戦死している人物であれば、謝罪しなければいけないが」
「は、はい。そうなんです」
マハディオが少しどもりながら同意する。
「そう、か。しかし、その教官に教えられた者達は幸運だったろうな」
何気ない言葉だった。
―――しかし。
「はい―――幸運でした」
頷きながらも、武の瞳から焦点が失われていく。
「同期も、みんな、こう、うん、でした…………」
その言葉を最後の切っ掛けとして、武の脳裏にある時の光景が浮かべはじめた――――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場所は分からない。湿気が酷い場所だったように思う。
目の前には人影が。背格好は自分よりも少し上ぐらいか。
反応は様々だった。喜んでいたり、戸惑っていたり、頭をかいていたり。
顔を背けていたり、そいつの背中を蹴っていたり。
見知った顔だった。そして、喜んでいるそいつは、一番に駆け寄ってきた。
「久しぶりだな、武………インド以来か」
「ああ、良樹。でも………来なかった方が良かったんじゃ」
どうみても歓迎されていないようで。そう言うが、泰村は違うと言い張った。
「ほら! あの時の事を謝るって言ってただろ! 衛士になった癖に、女みてーに恥ずかしがってんじゃねーよ!」
その声に、見知った顔は集まってきて。
口々に、謝罪の言葉が出てきた。一人だけ、形だけで納得はしていないようだったけど。
「それに………お久しぶりです、ターラー教官」
「中尉と呼べ………しかし、全員が生きていたか。それも、立派な衛士の顔になって」
私こそ謝らなければいけない。
教官は苦しそうな顔をしていたが、それに対して全員が首を横に振った。とんでもないと。
「筋がいい、って褒められてます。あの時に叱咤されなければ、きっと今の自分たちはありませんでしたから」
同意の言葉が多数。きつかったですけど、と苦笑。ちょっと震えている言葉。
――――そして、そこで見慣れない顔があることに気付いた。
「あなたが、白銀武ですね? 初めまして、チック中隊の迎撃後衛で、副隊長を務めています」
話しかけてきたのは、少女。
髪は、銀色。まるで出会った時の◯◯◯◯のような容貌で。
妙に印象深い眼を持っている少女は、言った。
「リーシャ・ザミャーティンといいます」
よろしくね、と。
白銀武さん、と。
投げかけられる言葉とその眼光は、まるで瞳の奥にまで浸透してくるようで――――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
《―――い、こら、おい!》
声が聞こえ、我が返って。
「おい大丈夫か、た………大和」
「あ………マハディオ?」
忘我の状態にあった武は、そこでようやく辺りを見回した。状況を確認した後、すみませんと謝罪する。
「すみませんって………何がだ?」
「いや………」
「なんだ、大和。何かしたのか?」
「いや………ち、がう」
それでは、一体誰に向けての言葉なのか。マハディオも王も、意味がわからないと訝しげな表情を浮かべる。中将はその様子を怪しんでいたが、まあいいと話題を変えた。
この事に関しては、これ以上追求するべきでないと判断したようだった。そして、情報が入っていないという3人に、説明を始める。光州作戦での各軍の損害のことだ。特に国連軍の被害が大きかったことは言うまでもない。が、それがどの程度なのかは知らされていなかった。
「………それでは、全滅だけは免れたと」
「そうだ。しかし、壊滅としか表現できないぐらいの損耗率だ」
国連軍は、その全体の2割程度が撤退に成功したという。連合軍や統一中華戦線、陸軍もかなりの被害を受けていた。光線級撃退後の砲撃もあってか、壊滅というほどの被害はない。
しかし地中からの奇襲と、南下してくるBETA群による被害は決して少なくなかった。そこまで話した時、中将の隣に居た副官が。それまで無言であった人物が、そろそろお時間ですと中将に告げた。
「すまんが、時間らしい………それではな」
立ち上がり、敬礼をする中将。3人も姿勢を正し、敬礼で返す。
「ああ、そういえば機体の件だが………」
最後に付け足された言葉を聞いた3人は、そのまま案内役に連れられたまま、退室をしていった。
扉が閉まった後。彩峰は深く息を吐いた後、出ていった3人の事を考えた。
まず、マハディオ・バドルという男について。
「君はどう思った」
「実戦に慣れているようですな。あれだけの作戦の後だというのに、人格面での揺れが無いようです。部隊が壊滅したと聞かされても、冷静に受け止めていました………優秀な人物であると、そう考えます」
副官の返事を聞いた中将は、同意する。自分も全く同じ事を考えていたからだ。
「次に、王紅葉か」
「衛士としての技量は、先のバドル中尉に勝ると聞いています。口がかなり悪いとの報告を受けていますが、問題とするほどではないと」
「あの反応を見るに、プライドは相当高いようだな。それに………20歳か。身体能力、とくに 反射神経が優れていたと聞いたが」
報告を思い出しながら、中将は考える。操縦技量よりも、純粋な反応速度の速さが目についた、と九十九中尉の報告書には書かれていた。しかし、20歳。それであの腕なら、相応の自負心も持っていることだろう。
「こちらに全く興味を持っていないのが気にかかったが………」
話している最中の様子を見た時に感じたことだった。戦況に対しても、基本的には無関心。唯一、反応したのは鉄大和に関することを聞いた時のみだけ。
「あとは、その、不明瞭な表現で恥じるばかりですが――――何やら、あの衛士には引っかかる部分があります」
「そうだな………かといって、これ以上深く追求することもできんが」
あれほどの腕で、義勇軍に所属している。裏に何かあって間違いないのだが、彼らは作戦において活路を生み出した者達である。つながりがあると思われる連合軍にも、それは周知されている。下手に手を出すような真似はできないのだ。
「そして、あの少年か」
「鉄大和。乗機は、我が国の改修機………F-15J《陽炎》です」
日本製の戦術機で、生産数もそう多くはない機体である。そして識別信号から、あれがどういったものであるかは、すぐに判明したのだ。
「よりにもよって、か」
「はい………1994年に、当時の黒原中将閣下が譲渡しました、例の12機の中の一機です」
帝国陸軍でも有名な話であった。当時は国連軍に所属していた中隊に送られた、新鋭の機体のこと。そして曰く、人類にして史上初、“活動中の反応炉に対峙した11機”として。
「例の部隊が解散した後、その11機は連合軍によって運用されることになった………これは間違いないな?」
「はい。しかし、残りの1機の扱いに関しては………」
「分からん、か。しかしあの機体も、相当な出撃回数をこなしているようだが」
整備班からの報告には、こう書かれていた。
一度や二度の実戦でなるような状態ではありません、と。
「衛士としての腕は」
「先の二人に宣告された通りです。実際に確認した九十九中尉からも、同じ意見が出ています」
「技量に関しては随一。そして才能だけではあり得ない――――歴戦の衛士の風格があった、か」
報告書に書かれている内容は、嘆息を禁じ得ないものだった。端的にだが、異常さが見て取れるのだ。機動もそうだが、動作に落ち着きがありすぎる。BETAを相手にして、距離の使い方が大胆に過ぎる。
―――どちらも、相当な実戦経験なしには出来ないものであった。
(………そうだ。まるでベテランの衛士のようだった)
第一印象は―――何かにくたびれているような。ベテランの衛士が持っている一種の諦観を抱えているような。それを証明するかのように、少年の顔はおよそ“らしく”はなかった。上官に対する敬語も、満足にできていない。そういった所でしか、少年らしさを感じさせるものがなかった。
まず、顔つきが違った。あの一瞬だけは違ったが、それまでの様子の中で少年期から青年期の途中に見られるような幼さがどこにもなかったのである。
剥き出しの鉄のように、無機質だけど力強さを感じさせられるような。振る舞いも、およそ少年兵のそれではない。受け答えに関しても同じで、言葉にしなくてもいい余計な一言を発していたが、それだけだ。階級差を過度に意識しての失敗、などという未熟さによる失敗はなかった。
(そして、難民に対する言葉―――その実感の程度。あれは両方を経験した者にしか出せんものだ)
あの発言が適正であったかどうかは、さておいて。実戦を知らない帝国軍人や斯衛軍の衛士には、逆立ちしても出てこない言葉だろう。難民の抗議、そしてBETAに喰われた人間を実際にその目で見た者にしか言えない皮肉であることは、中将も理解していた。どういった環境に置かれていたのかも。
「地獄を見てきた、あるいは見せられたか。あのような少年が生まれた事、喜ぶべきか憤るべきか」
どちらにせよ、複雑も極まると。
彩峰はいよいよ雨脚が強くなってきた、窓の外を見ながらつぶやいた。
「私には見届けられん可能性が高いが………藤堂。もしもの時は、後を頼んだぞ」
この状況において、苦笑で済ませてしまう中将の言葉に。
彼を尊敬している副官は、何も答えられなかった。
◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ●
案内された3人。導かれるままに辿りついたのは、自分たちの機体が預けられている場所、ハンガーだった。
「………かなり綺麗に整理されてるな」
「確かに、連合軍でもこうはいかんだろう」
機体もそうだが、ハンガーからしてお国柄が出るようだ。その意見に、他の二人も同意する。特に統一中華戦線のハンガーを見た回数が多い王などは、整理されたハンガーに感動さえ覚えていた。まるで都会に出てきた田舎者のようにあたりを見回す3人。
そこに、整備員が走り寄ってきた。
「お待ちしておりました。義勇軍の方ですね?」
マハディオ、王と。視線を移していった整備員の、恐らくは駆け出しであろう新人は、最後の一人に視線を移した後、呟いた。
「うわ、ホントだ………」
「………軍曹!」
「あ、す、すみません!」
「謝る先が違う! ………申し訳ない、失礼を」
「いいです、馴れてますし」
それよりも、と。3人とも、自分の機体の状況を気にしていた。吶喊から撤退まで、全速で飛び回したのだ。どこか問題となる部分がないか、あったとして修理にかかる時間はいくらか。無礼云々よりもそれを知りたいと、3人が口をそろえて言う。
整備員は頷いた後、頭を下げながらにこっちですと3人を案内していった。
そして、F-18とF-15Jがある場所に到着する。足元で整備を始めていた者達、その一番上らしき年配の人物が3人を出迎えた。
「へえ、アンタ達がこの機体の?」
「衛士だ。いや、しかし………整備班長、聞いてもいいか」
「問題なら無かったぜ。使用限界になってた関節部の部品は取り替えになったが、それだけだ。大掛かりな修理は必要ねえ」
「それは良かった…………では無くて」
なぜ、既に整備と修理が始められているのか。尋ねると、整備班長は変な顔をした。
「あん、命令があったからに決まってんだろ? いくら俺でも無断で機体いじったりはしねーよ」
「いや、整備してくれるのは有難し文句はないんだが………命令?」
「へえ、話が分かるお偉いさんがいる、ってことか」
気楽に、王が嬉しそうに笑う。これでまた戦えると、整備員の肩を叩きそうな勢いで喜びを顕にしていた。しかし、他の二人は違っていた。嫌な予感がする。そう思ったマハディオと武だが、機体の状況を知らされた後、その予感が正しかったことを悟った。
「お待ちしておりました」
部屋の前に待ちかまえていたその人物は、丁寧な口調だった。高級そうなスーツを身に着けている。体格も細いとしか言いようがない。どう見ても、軍人ではない畑の。その人物は、スーツケースを差し出しながら、告げた。
「誠に無礼なのは承知致しております。ですが………服はこちらに。外に、車を待たせていますので………」
つまりは、着替えてから来いという。強要されているのは確かだが、それにしては対応が丁寧にすぎる。マハディオはしばし呆然としていたが、頭を手で押さえた後に目を閉じながら、深くため息をついた。
「………分かりました、応じましょう。二人とも、構わないな?」
「ここでの指揮官はアンタだ、その判断に従うさ。まあ、俺としては美味しい物が食べられるのなら文句はねーよ」
「王に同意するのもなんだが、同じく。それに断った後の事を考えると、なあ」
武は自分の胸を押さえた。スーツで細身の人間を見ると、何故だか心がざわつくと。
《………あとは帽子でも被ってりゃ完璧だな》
(おい、何か言ったか?)
《チャンスでもあるってことだよ》
雨には濡れるだろうが、得られるものがある。声の物言いに引っかかるものを感じた武は、問い詰めた。お前、呼び出した人物に心当たりがあるのかと。
《あくまで推測、だけどな。でもこのタイミングで義勇軍の3人を呼び出すとなると、一人しかいないだろう》
声はあっさりと言う。
《
帝国軍で、斯衛軍以外とされる帝国4軍。まずは中将の帝国陸軍に、帝国本土防衛軍。そして海軍に航空宇宙軍があり、それを統括するのが国防省だ。
(その更に上となれば、もう3人しかいないんだけど………)
声に教わったことである。一番上に日本帝国皇帝、次に政威大将軍。
そして残るは、政治的にも重要な役職の。
《その通り、内閣総理大臣だ。考えた中でも一番下だ、良かったな?》
随分と、美味しいものが食べられそうだな、と声は笑い。
武には、その言葉がまるで別世界の言語のように聞こえていた。