Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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2話 : 鉄叫の吶喊_

亦菲(イーフェイ)、左だ!』

 

『言われなくてもッ!』

 

警告の言葉が発せられ、一秒あっただろうか。瞬間的に反応した殲撃10型の77式近接長刀が、要撃級の頭を斜めに薙ぎ払った。トップヘビーの特性が十分に活かされた、遠心力の乗ったカーボンの刃が奔り、残ったのは頭部を失った要撃級の身体だけ。

 

切り飛ばされた頭部はまるで硬球のように飛ばされ、数秒転がり続けると同じ型式の戦術機の足元に当たって止まった。見ただけで嫌悪の感情を抱かせられる物体が当たったのだが、操縦している衛士はその頭に見向きもしなかった。

 

余裕がなかったから、というのが正しい。巨大な足を荒野に据えたまま、前方に広がる赤い絨毯―――戦車級の群れに、淡々と36mmのウラン弾を叩きこむことに専念していた。点射ではない、やや断続的な射撃が音速を超過する速さで空を裂いた。引き金は絞り気味、ややフルオートに近い、まるで弾をばら撒くような撃ち方であったが――――

 

『す、げえ!』

 

同じポジションの衛士が、感嘆の声をこぼした。出鱈目に撒かれたように見えた弾幕が、的確に戦車級の胴体を捉えていたからだ。同じように射撃をしているが、その撃破の速度はまるで違っていた。

命中率と射撃速度のどちらに重きを置くわけではない。ただ適当にばら撒くように無節操に、だけど化物どもにはきっちり(・・・・)と致命の報せを届けていた。

 

彼女の指揮下にある新米の衛士達はまるで風に吹かれる塵のように屠られていく戦車級と、また標的を淡々と処理していく自分たちの隊長の勇姿と、それでいて他の隊員のフォローまで忘れない姿を見て、思うことがあった。いつもの様子からは、まるで連想できない―――だけど、何をどう間違ってもこの人だけは敵に回したくないと。

 

『ちょっと、気ぃ抜いてんじゃないわよ!』

 

隊長機の奮闘に気を取られ動きが鈍っている部下を怒鳴りながらも、要撃級を次々に撃ち貫いていった。ツインテールをした緑の髪の少女の剣幕に、動きが止まっていた新米達が我に返る。急ぎ、同じように近づいてくる要撃級の対処に当たっていった。横に並んでの、火力を集中させた一斉射撃で迎え撃つ。隙間がほとんどない36mmの雨は、回避行動をしないBETAのほとんどに命中したが、効果があるかと問われれば微妙な所だった。

 

与えた損害が、小さかったわけではない。倒した数以上に、後続より次々にBETAが湧くように出てくるのだ。

 

(イェ)中隊長! このままじゃ不味いわよ!』

 

最前線で奮闘している亦菲から、疲労の色も濃い声が通信に乗った。倒れそうになる棚を両手で支えながら、また別の方向から倒れてくる棚を足で蹴飛ばす。踏み潰されないように踏ん張っていた亦菲や他の前衛だが、戦闘が始まってすでに何時間も経過している。途中に補給はあれど、体力まで補給はできない。間断なく迫る群れを相手に、ほとんどの衛士に限界が訪れていたのであった。それは隣接する部隊も同じである。

 

いつまでも改善しない事態を前に、面白くない未来を予想してしまった緑の髪の女衛士が――――崔亦菲(ツイ・イーフェイ)が焦りの声を上げた。このままでは、何もかも終わってしまいかねないからである。そうなる前に、追い込まれていると言えるこの状況をどうにかしないといけない。そうでなければ既にバイタルデータが途切れてしまった中隊の中の3人と同じく、“自分たちがどうにかされてしまう”のだ。

 

故に有効な対処を。そう言われた葉玉玲(イェ・ユーリン)はその言葉には答えず、ただ現状のまま戦闘を継続するようにと言う。

 

『お前たちの言いたいことは分かる。が、ここで退くことだけは許されん。既に状況は精一杯だ。今、私達がやられると一帯の部隊に影響が出てしまう』

 

何故ならば、私がいると。苦渋に満ちた表情を浮かべる隊長に、亦菲を含む隊の全員が驚いた。

 

『“エースは倒されてはいけない”。隊長の役割を務めているものが最後まで生き残らなければならないように―――この意味は分かるな?』

 

突進と短刀で戦車級を蹴散らしながら、そんな事をいう隊長に、答えられるものはいなかった。頼りとされている存在。それを失った時、どういった問題が発生するかを隊員たちは先の防衛戦で既に学んでいた。この隊に所属している隊員の多くが、先の戦いの際に隊長機を失っている。

 

『はい………あのままこの隊の助けがこなけりゃ、犬っころのように踏み潰されてました』

 

『アタシは大丈夫だったけどね』

 

『よくいうよ。最後は半泣きになってた癖に』

 

『完全に漏らしてたアンタがいうな!』

 

『ちょ、おま、隊長の前でそれは!?』

 

ぎゃーぎゃーと言い合う声。戦いながらもそんなやり取りが出来ていることに、玉玲は感心していた。そして亦菲のことを見ながら、呟く。

 

(誰もが、お前のように強くない。我慢をしながらも、ずっと戦い続けることができる衛士ばかりじゃないんだ)

 

それはかつての私のように。助けがこなければ、誰とも共闘できずBETAを相手に一人で戦い、挙げ句の果てに殺されていたことは推測ではない事実であった。故に、先に逃げることなど絶対に許されないのだ。

 

『お前たちには苦労をかける。が、この隊は今戦いにおいて前線の要の一部となっているようだ。前線を支えるに足る大事な大事な部品であるということ、その意味は理解できていると思う』

 

士気も戦況も水物だ。何より多くの人間が動くこと、それ自体が不確定要素の塊なのである。些細なことが崩壊につながってしまう。だからこそ、戦闘という基礎の骨格も、最悪の事態を防ぐにもいくらかの仕組みが必要なのである。そして戦況は不穏を過ぎて崩壊寸前にまで達していた。

 

ここで自分たちが欠けることは許されないし、壊れることも許されない。抜けたとして、直後に崩壊するとまではいくまいが、その切っ掛けになってしまいそうなぐらいには限界になっている。

 

『何よりお前たちは優秀で、注目もされているからな』

 

『………え?』

 

『事実だ。世辞でも冗談もないぞ』

 

『いや、隊長が冗談を苦手としてらっしゃるのは、他の中隊にまで知れ渡ってますから。ていうか人と話すの苦手ですよね』

 

ざっくりと断言された言葉に、玉玲はちょっぴり傷ついた。図星ということもあり、上官としての顔がやや崩れる。そして素のままの彼女は、咄嗟の事態を口で乗りきれるほど達者でもなかった。

 

『あーあー、駄目ねあんた、てんで駄目。はりきってあなたのこと分かってますー、って言う風に指摘しちゃって。 ほら、ショック受けてるようじゃない。どこまでたっても李は所詮()ね、デリカシーが無いったらないわ。だから女にモテないのよアンタ』

 

亦菲から放たれた言葉の突撃銃が隊員の胸を穿つ。二重の意味で直撃だった。

 

『よりによってお前が………っつーかいつも一言二言が余計なんだよ! って右!』

 

『言われなくても分かってるって言ってるでしょ!』

 

玉玲は部下からの指摘にちょっと凹みつつも、大したものだと思っていた。何よりも、ベテランでないというのだから信じられないというほどに。否、実戦経験が5回以下というのだから、新人と言われても通るかもしれない。そうであるのに奮闘を続けられていることは驚愕に値する。

 

玉玲は苦笑する。ダッカで所属していたあの部隊程度の練度ならば、今頃は全滅していただろうと。

そして、こうして巡り会えた部隊は全員が自分よりも年下で、なのに練度はあの時以上。

 

巡り合わせの奇妙さに苦笑を禁じ得ない。しかし、このままではこの隊とて全滅してしまうということも、彼女は理解していた。

 

国連軍と連合軍、そして帝国陸軍。共同してBETAの大群を押し留めてはいるが、その密度は非常に危険なレベルにまで達している。倒したしりから追加される増援。一時期は一時後退からの補給すらもままならず、隊の数人が弾切れを起こしたほどだった。他の軍も同様らしいことは、戦っている間も流れこんでくるデータと通信の内容から看て取れた。損耗率が高い証拠として、戦場ではすでに聞き慣れた悲鳴―――その密度が、既に危険域に達していることは明白だった。

 

(最初に起きたいざこざ、そして避難民を守る帝国陸軍の部隊………予定外の部分に、戦力を割かれ過ぎてる)

 

結果がどうなったのかは、損耗率と戦線としてのラインがやや押し下げられていることが物語っていた。というより、まだ危険域には達していないのが奇跡だった。予め想定された上で、より前の位置で防衛ラインは決められているので、今の位置ならばまず問題ないはず。

 

いくらかBETAが抜けたとして、難民の警護をしている部隊が殲滅できる距離だった。戦術機甲部隊も防衛ラインを維持できるぐらいには残っているので、今の所は難民や艦隊がいる所までBETAが浸透することはないだろう。だが、いずれにしても時間の問題であった。

 

戦況の不利は否めず、また長時間の戦闘により衛士の体力が残っているか、という問題もある。事実、自分たちの隊の8割がいよいよもって疲労度が危険域に達しようかという事を、すでに彼女は察している。強がろうとも、どうしても動きに出てしまうのだ。

 

そして、十数分の後。ついに前衛の小隊の動きが目に見えて鈍り始めた。

 

(頃合いか………まだ、避難は終えていないというのに)

 

愚痴の一つでも零したい所であった。しかし飲み込み、玉玲は隊員へと通信を入れ―――投影された映像に、亦菲の顔を見た。苦しみを顔に出さない、意地っ張りな突撃前衛長。そんな彼女だが、目に見えて分かるほど消耗していた。出来るならば地面に横たわり、そのまま眠りにつきたいであろう。そうした様子を察しながらも、玉玲は言った。

 

『大丈夫か、崔少尉』

 

『………隊長も、嫌な性格してるわね』

 

睨み返すように、亦菲は言う。

 

『大丈夫か、なんて。そんな事言われたアタシがどう答えるかなんて、きっと分かってるんでしょ?』

 

『ああ、分かってるさ。情けない顔で、もう無理だと泣くんだろう?』

 

精一杯に意地が悪そうな顔で、玉玲が挑発をした。対する亦菲は頷かずに、吠えた。

 

『だれが――――この程度でっ!』

 

歯をむき出しにして、叫ぶ。

 

『あと一日中だって戦えるわ! 何度も言うけど、このアタシを舐めないことね!』

 

言葉と共に突き出されたのは、指だ。しかし、その手も震えていた。瞳はといえば、今にも閉じられそうなほどに憔悴の色を灯している。しかし、紡がれた言葉は全くの逆だった。いつもの強気な、上官に吐くような類ではない言葉だ。

 

(だが、この状況で言ってのけるか)

 

出撃回数10回未満の衛士が吐ける啖呵ではない。本物だ、ということは最早間違いなかった。痩せ我慢にしても、この状況でこんな言葉が出せる衛士が一体どれだけいるというのか。玉玲は眩しいものを見るように、眼を細めながら言った。

 

『苦労をかける………すまんが、頼りにさせてもらおう』

 

『ハっ、上等よ。胸を借りる気持ちでいなさいってね』

 

まだ余裕のある方が頼るといい、今にも倒れそうな方が任せろと返している。発する言葉が全く逆であることに変な可笑しさを覚えたのか、二人の顔に笑みが浮かんだ。

 

『胸囲的な意味でも逆だよな………』

 

『―――よし、その喧嘩買った。今から至近距離で胸部を爆発させてあげるからそこ動かないでよね、この万年彼女なし男』

 

声に本気の色を聞いて取った李が、超速で謝罪の意を示した。

 

『………てかそんなもん、今更残ってるわけないだろ』

 

『だから、次に取り付かれたら終りね。全く、鬱陶しいったらないわ』

 

使い果たしてすっからかん。弾薬も心もとない状況だった。だけど、また迎撃戦は終わる様子がないまま続いた。玉玲の顔に渋面が浮かぶ。現状はまだ戦えているし、あと30分程度は耐えられるだろう。だけど一時間と言われればとても無理だと言わざるをえない。そして、あと30分で退避が完了してくれるはずもないだろう。

 

座して待てば全滅するのみ。かといってこの状況を打開する策があるはずなどない。もしも相手が人間であれば、まだやりようはあるかもしれない。人間は組織だった行動原理に縛られている。そのため、例えば防衛網を突破し指揮官を撃てば済むかもしれない。だけどBETA相手ではやれることは一つのみなのだ。ここだけを崩せば状況は変わる、といった要所が存在しないのだ。故に戦闘の結果は極端になる。のきなみ全部潰すか、あらかた全部潰されるか。そして潰されるのが面と面でぶつかりあい、全て制圧するより他はないのだ。

 

(この状況―――そんな事は不可能だ。しかしどうするか………ん?)

 

戦いながらも、必死に策を考えている玉玲に通信が入った。発信元は前線指揮官だった。動揺をみじんも感じさせない、落ち着いた声が玉玲の耳に届く。

 

『まだ生きているな、葉大尉………落ち着いて聞け』

 

その言葉を前置かれて、良い話をされた記憶がない。そして今回も同じく、切りだされた言葉は悪い事実を報せるものであった。

 

『前線で張っていた国連軍の第三戦術機甲部隊が壊滅寸前とのことだ。このままでは司令部が危ういとのこと。5分前に帝国陸軍の方に移動命令が出たらしいが………』

 

続く言葉は、言われずとも分かっていた。

陸軍も手一杯で、どこを探してもそんな余裕はないだろう。

 

『半数を援護に回した。だが、動きが妙に遅い』

 

『………ですが、移動命令に従ってはいると。しかし、半数であることと動きが遅いことに関しては意図がわかりません。帝国側の指揮官も、何かしらの思惑があるようですが』

 

移動するとなれば、速い方がいい。加えて、戦力を分散させることになる。大規模な範囲攻撃といったものを持たないBETAに対しての戦力は、一箇所に集めて運用した方がいいのだ。かといって、合流したとしても事態を好転させる手には成り得ないだろうが。

 

ただでさえ光線級のアラームが絶えず、三次元機動の大半が封じられている状況である。戦術機の数がいくら増えようが、それでBETAの全てを殲滅できるはずもない。そういった内容を告げると、通信の向こうから重苦しい言葉が返ってきた。

 

『いずれも、万事休すか』

 

『進退窮まりました、とは言いたくないですけどね………』

 

手は、ない。一発逆転など夢物語。しかし、絶無ではなかった。

 

(―――ある。例えば光線級だけ倒し、残りは後ろの砲撃部隊に任せればいい)

 

艦隊や戦車の打撃力は戦術機に勝る。しかし、それは砲撃がレーザーによって迎撃されなければだ。

現状、光線級は群れの奥に引っ込んでいるようだった。同じく勘づいた指揮官が、玉玲に問う。

 

『大尉。光線級がいると思われるポイントだが、お前には予測がつくか』

 

『………確実、とはいえませんが大体の所は。しかし、ここからでは遠すぎます』

 

玉玲は群れの配置から、光線級が待機していると思われる位置を推測した。今までの戦闘経験や、実際に光線級吶喊を行った時の事を思い返しながらだ。

 

だが、最も近いとおもわれる想定ポイントでも、30km程度はある。まずもって無理だと、玉玲は答えた。

 

『無理です、特に10km地点のBETAの密度が酷い。到底乗り越えられるとは思えません』

 

『お前達でも、突破はできんか』

 

『命令されれば、行かざるをえません。が、それでもその策は賭けるに値しませんよ』

 

軍人として、命令を受ければ実行せざるを得ない。しかし、意味が無い命令を受けたとして何になるのか、と玉玲は考えていた。戦力である。何より、未来が楽しみな衛士達もいる。それを無理やり溝に捨てることに何の意義がある。

 

そして失敗すれば、もう取り返しがつかないことになるだろう。だから嘘偽りなく、成功の可能性を数値で示した。0であると。無責任な約束は致命的な意識の齟齬に繋がるが故、成功率を水増しすることに意味はないと玉玲は割り切っていたのだった。

 

沈黙がまた、両者の間に漂った。

 

『十二分な援護があっても、不可能か』

 

『十全な状態ならばあるいは。しかし時期は逸しています、部下達の体力的にも、不可能と言わざるを得ません。大隊規模で進撃しても成功率は5%に満たないでしょう。ですから決断される場合は、失敗を前提として別の方策を優先的に進めて下さい』

 

『………形に成らない空論に過ぎん、か』

 

悪戯に被害を増やすだけだと判断した前線指揮官は、それきり黙り込んだ。玉玲は安堵の息を吐いた。不可能なことをやるよりは、まだ実現可能な策を見出し、そちらに戦力を費やした方が良いと考えたからである。さりとて、いい案が出るはずもなかったのだが。

 

それでも最後まで諦めなければ。そう考えていた玉玲は犬死にを承知で少数精鋭による突破という作戦を上申しようとする。

 

そこで、あり得ないものをみた。

 

(………ん? この、信号は…………位置は………え…………なに、故障か――――いや、違う!?」

 

思考が声になるほどの衝撃。玉玲は、再度広域データリンクを見た後に硬直した。赤い赤いBETAを示す川の如き点に混じって、何故か緑の点が4つ。信号は味方を表すもの。そしてその信号達は、光線級が居る場所に向かって移動しているではないか。

 

やがて、4つから3つへ。一つは消えたが、3機はまだ移動を続けていた。BETAが集まる、その中心部に向けて。

 

 

『だ、大東亜連合軍より通達がありました! ベトナム義勇軍のパリカリ中隊が参戦! 今から光線級吶喊に――――』

 

 

CPから通信が入るが、耳に入らない。手は無意識に、近寄ってくるBETAを倒すべく動いてはいた。だが、思考は完全に硬直していた。何故ならば、その信号達はまるで幽霊を気取るかのように、BETAの赤い壁を次々にすり抜けていったからだ。

 

そのまま数を保ちつつ、信号達はついに駆け抜けた。特にBETAの赤の点が密集していたのを抜けたのだった。

 

『いったいなにが………!?』

 

起きているの、とは言葉にならなずに。信号達は、玉玲が先ほど推測した場所に。光線級が居るであろうポイントに、一直線に移動し始めていた。

 

 

 

 

◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● 

 

 

取り付けられた部品の溶接部が破断するのと、地面に着地するのは同時だった。目の前には要撃級がいくらかと、戦車級の大群。3機はそれを無視し、短距離の跳躍でそれらを置き去りにした。

 

つい先程まで前面に“纏っていた”戦車級が地面に落ちて、後ろに消えていくのを見届けないままに、すぐ機体を前へと走らせた。

 

機体は先頭の一機がF-15J《陽炎》で、残りの2機がF-18(ホーネット)。大東亜連合軍でも珍しい、米国産の第二世代戦術機だ。本当はF-18は3機あった――――が、残りの一機は少し後方で、煙を上げている真っ最中だ。前から貫かれ、後ろの跳躍ユニットの燃料に引火したためだ。

 

 

だが残りの3機は、かつての僚機の最後を完全に無視したまま、突撃役としての役割を果たさんとブーストジャンプを行った。

 

先ほどまでとは異なって、腕の許す限り低く地面に触れそうなほどの高さで滑空しながら、迫り来る要撃級と戦車級の間に出来ているスペースをすり抜けていった。

 

機動で躱せるものは全く相手にしない。そもそも進路上にいないものなど、存在しないかのように放って後ろに置き去りにするだけ。しかし、邪魔になる障害には容赦せず。滑空しながらの射撃で、紫の柘榴の花を咲かせていく。何よりも早く、前に進むために。ただ距離を進むことを優先して、3機は進み続けた。

 

援護してくれる味方機などいない。周囲には360°敵だらけで、彼らが現在いるポイントより3km内に味方の緑のマーカーはない。

 

文字通りの孤立無援。そんな極まった敵地の真っ只中で、光線級吶喊の先鋒を担わされた衛士の少年は。3機の中でも機体の傷が特に多いF-15Jを駆りながら、最善のルートを見出して後方の2機を誘導し、確実に前に進む。

 

―――昔は白銀武と名乗っており今は鉄大和と名乗らされている少年は、あることを思い出していた。

 

それは戦友から聞かされた剣についてのこと。日の本の国の南端、九州は薩摩に今も伝わっている、他に類をみない剣の理を説く古流剣術についてである。

 

名を示現流と呼ばれるその流派の理念、しかし異端であるからとて複雑である事はない。その真逆で、単純明快も極まる理である。

 

曰く―――初太刀に全てを。

 

己が繰り出す(ひとつ)の太刀を疑うな。

 

担ぐように構えた剣に己の全身を、全霊を込めよ。二の太刀など要らず、ましてや外した後の事など考えるな。ただ腹の底に宿る己の全てを剣に、声と共に引き絞るように前に吐き出せ。小細工は一切にして無用。

 

乾坤の絶叫を相手に叩きつけながら、正面より走る勢いのまま全力で叩き斬ることこそが極意であり、それこそが剣の真実であると考えた者達が存在した。

 

時が経過した今では、古今無双の豪剣と他流派からは恐れられているらしい、そんな剣の話。

 

そんなに簡単にいくはずがないと、侮るものは全て骸になったという。単純しかし文字通り、五体一心の全てがこめられたその一撃は強力にして無比。受けに回れば剣ごと頭を割られる。逆に力でもって押し返しても、全霊がこめられた一撃を小手先の技術で捌けようはずがない。後の先を取るのも困難だ。走って来るが故に間合いが掴みにくく、また裂帛の気合が込められた猿叫の一撃は距離感をも狂わせる。常人には出せない発想であり。

 

(―――それでも、狂っている場所にはよく馴染むんだろうな)

 

適材適所。今は大和と呼ばれている少年は、そんな事を思い出していた。話し手は正直者で真面目な同郷の戦友、だった者。剣術にはどんな流派があるのか、と聞いた時に浮かべた表情を思い出し、苦笑していた。

 

同時に、思った。狂気の剣の理。正しく、この光線級吶喊と同じ理屈であると。

 

(ただ前に。前に押し通り、突き抜けて斬って伏せて駆け抜ける)

 

後ろなど見るな、それこそが最良。それだけが最善であった。あるいは迷う意志など見せれば、容易く絡め取られ飛ばされる。だからこそ、後のことなど考えずに前へ、虫のような物量を誇るBETA群の中をかきわけ、留まらずに駆け抜けるのだ。

 

それこそが、吶喊における最善の方策とされている。そしてその解の正当さを、少年は実地で学び理解していた。止まればそこが終着点(デッド・エンド)。戦力比が1:100を越える状況、密集したBETAの中で止まり機動力を殺された戦術機のその後など、推して知るべしである。

 

まず間違いなく、よってたかって平らになるまで叩き潰されるだろう。事実、先ほど味方の一機は戸惑った挙句に要撃級に落とされた。断末魔は聞こえなかったが、きっと骨すらも残っていないだろう。そして、後退に関しても同じでやってはいけないことだ。一度突っ込んだのに帰ろうなどと、考えることすらも許されない。一度勢いが殺されれば、そのまま突撃部隊の勢いは失われてしまう。

 

一旦退いて再度突撃、というのも出来れば避けるべきことだった。何より、時間がかかってしまうのである。そしてそれは、陽動役の味方の損害が増大することを意味していた。

 

(時間がかかれば、それだけ人が死ぬ。それは駄目だ。特に此処この時においては許されない)

 

自分たちの力だけでこの吶喊が成功しているなどとは、考えてもいない。開けている戦場での光線級吶喊というものは主として、二つの役割に分けられていた。一つは直接光線級の元に突っ込んでいくこと。もう一つが、群れの前方にいる突撃級や要撃級を陽動する役割である。突撃を任されるのは例外なくエース級の手練が集まる部隊とされている。

 

何よりも腕がなければ突破が不可能で、そして突破したといえどもその光線級の脅威に眼前から曝される。だから技量と、度胸がなければ役割を果たすことは不可能なのである。しかし、その両方を兼ね揃えているエースといえどもBETAの群れに正面から突っ込んでその厚い数を抜くのは不可能だ。

 

BETAのいくらかを引きつけ、その密度を薄めてくれる役割がいなければ、壁にぶつかって潰れるトマトと同じ末路を辿ることになる。だから囮役を。幸いにして、光線級は数が揃っている所に照射を優先させるという習性がある。

 

優先順位として、まず第一は航空兵力だが、次に注視するのは近場の戦術機で。そして次に、数の多い大部隊を狙ってくる。故に近接していないのであれば、遠方での陽動が可能なのである。

 

近場に至ればもちろん狙われてしまうが、それまでは数を揃えた部隊の方で注意を引くことができるのだ。多くの数を受持ち、レーザーの脅威も受け持つ。危険な役割であることには変わりなく、時間と共に損害は増えていくのである。

 

承認を得ずに巻き込んだ、3軍の戦術機甲部隊は良い陽動役になってくれた。

 

しかし、だからこそ失敗はできない。予めの被害を黙認した突撃役は、斬り込みを担う自分たちは全力で前へ進まなければならないのだ。そう、大和は考えていた。それは義務であると言える。何よりもこれ以上被害が増えないために努めるのは、戦場に立つ衛士としての責務だった。

 

だから、銃身より飛び出る弾丸のように。突破できるルートを見出したからには、後は覚悟して最速で突っ込むしかないのである。

 

二の太刀は不要というよりは、不可能なのである。一つの太刀である最善の部隊、それがやられた後に出撃などと、どう考えても時間がかかり過ぎてしまうことは明白だった。また次善として出される部隊としても、最善の部隊がやられればどうしても怖気づいてしまうことは避けられない。

 

成功率が低下することは間違いなく、故に一度目の斬撃は必殺でなければいけないのだ。でなければ真剣での立ち会いと同じで、後は斬られるだけ。つまりは、被害が甚大なものになってしまう。

 

――――故に、だからこそ。

 

鉄として叫ぶ。兵士に、鋼になった己の全てを。戦場で培った技術も経験も余さず、引き絞って力に、推進力に変化させた。難しい作業ではない、この状況でそんなことに意味はない。ただ低空の大気を高速で駆けて邪魔者がいれば斬って、斬りながらも進んで、邪魔になる障害があるならば重金属の弾頭で挽肉にして、それを“必要である以上に早く”やってのけるだけのこと。

 

そして、結果から言えばこの3機の勢いを止められるようなBETAは、いなかった。英雄と呼ばれた部隊でも、極まった才能と称された少年。それに歴戦といえるだけの経験が加算された化物と、それに準ずる腕をもつ二人。

 

―――衛士を鉄の剣としよう。そしてその強度は、操縦技量と覚悟によって決まる。そう言ったのは少年のかつての戦友で。そして強靭な剣となった少年は、この程度で折れなかった。

 

そうして剣は、一心不乱に斬り抜けることだけを考えて突き進んだ。

突如にして戦場に現れた3振りの剣は、そのまま異形の化け物の海を泳ぐようにして突き進み、やがては、その黒く蠢く雲海を突き抜けた。

 

密度が目に見えて薄くなった。そして前方で発見した“それ”を前に、歯をむき出しにして叫んだ。

 

『光線級を肉眼で確認した! 到着したぜ、二人とも!』

 

やや興奮が混じった声。それもそのはず、投影された映像には、眼がとても大きい小ぶりの化物の姿が映し出されていたのだ。その呼びかけに、真っ先に反応したのは王だった。

 

『こっちでも確認した―――って言われなくても分かってんよぉ!』

 

声には、傍目にも分かるほどの反発心と、そして隠し切れない興奮の色が含まれていた。まるでお宝を見つけた海賊のようである。

そして止める間もないほど早く、突進した王紅葉(ワン・ホンイェ)を、追うように機体を走らせるものがいた。

 

『マハディオ!』

 

『フォローするしかないだろう、それに時間がない! 後ろの、特に国連軍の動きが………』

 

見れば、西側の戦力が目に見えて薄くなっていた。

 

『くそ、国連は何考えてやがる………言ってる場合じゃないか』

 

『どうする?』

 

『さっさと殺って帰投する。後ろが全滅すりゃ、俺達も終わりだ』

 

なにより、死ぬ思いした意味とあいつを失った意味が無くなるかもしれんと、怒気を含んだ声が返された。そんな戦友の返答に、武は一瞬だけ言葉につまった。しかし時間がないからと即座に頷いた後、レーダーと投影された映像に一瞬だけ眼を走らせた。時間にして数秒。それだけで敵の位置を確認した武は、いけるだろうとの結論を出した。

 

『っ、早速か!』

 

あるいは、光線級が自身の危機を察知したかのようだった。レーザー照射を報せる警報が、3機の操縦席を染め上げる。けたたましく鳴り続けるブザーの音。死の危機に曝された3機の機体、そのコックピットの内部に赤い光と警報音が乱舞していた。

 

普通の衛士ならばまず、動揺しないまでも冷や汗を流すだろう。しかしこの状況でも、残る3機は冷静さを欠片も失わなかった。光線級のレーザー照射は軽いのも重いのも同じで、一度照射を受けたが最後、決して外されることはない。高速での移動が可能な航空機が幾度ためしても無駄だったほどだ。左右に逃れようと、光線級の照射の追尾は振り切れない。

 

そして現状の戦術機で、光線級のレーザーの直撃に耐え切ることはできない。

例外は二つだけ。味方へのレーザー誤射をしないという特性を利用して同じBETAの影に隠れるか、あるいは味方がその光線級を倒すのを待つかだ。

 

しかし、更なる例外がある。それを知っているからこそ、3機は冷静なのだ。

 

―――照射は外せない、それは音速を超過する航空機とて同じだ。純粋な飛行速度では航空機に劣る戦術機の場合など、言うまでもない。しかし、それは距離が離れていた場合の話である。

 

光線級と自機、彼我の距離は近く――――故に機体の位置の変位と、射角のズレは数十km離れている場合と比較にならない。いくら光線級とて、“戦術機を上回る速度で首を振ることはできない”のだ。

 

先頭にいる王が叫んだ。

 

『へっ、この距離ならなぁっ!』

 

自信満々に叫び、そして高速で左右に移動する。

後続の2機も同様にしてレーザーの照射が外れ、そして。

 

『お手柄(たから)ゲット!』

 

『まず前菜から平らげるぞ!』

 

守役を全て抜かれた光線級が、肉塊となって地面に散らかされていった。それまでの鬱憤を晴らすかのように、3機は撃って撃って撃ち抜いて撃ち貫いた。この時のために温存していた36mmのウラン弾を、贅沢にその光線級の小さな身体に叩きつけていった。

 

周囲にいるBETAも黙っているはずがない。護衛役の要撃級や戦車級、はては要塞級が光線級を守ろうと集まってくる。だが、それは全くの逆効果となった。

 

後ろに控えているこのポイントだが、光線級がいるからして、その他のBETAの密度はそう濃くはない。前方で踏ん張っている3軍の戦力がある以上、そちらに数が割かれているのは事実で、故に密集するといってもたかが知れていた。

 

そして3機はそれを逆手に取った。苦境ではなく、“隠れる場所が増えるだけ”と判断。

 

―――移動しながらの、光線級の蹂躙は終わらなかった。

 

そしてようやく近場の光線級が片付けられた後だった。吶喊している部隊ではない、後方に待機している同じ隊の隊長機へと、武から通信が飛んだ。

 

『こちらパリカリ7よりパリカリ1。隊長、聞こえますか』 

 

『……聞こえるぞ、辿りついたか―――って速いな! もう始まってるのか、って通信の内容なんだ。もしかして早速“あれ”が要るってのか』

 

『イエス。今ちょうど必要になった所です。まだ重光線級が片付いていないんで、高度はそれなりでお願いします』

 

『軽いのだけか………いや、分かった―――よし、おまえら飛べ(・・)!』

 

隊長機から、同じく後方に待機している義勇軍の中隊へと命令が下され、まもなく空に光線の直線が束で描かれた。目視できるほどに収束された超高温の熱線が、何かに直撃し、同時に通信が乱れる。

その後、また味方機から声が入ってきた。

 

『っ、パリカリ3、装甲盾に問題な―――って1枚しか残ってねえよぉ!』

 

『高く飛びすぎた、アホ。機体の温度も上がってるしお前もう下がれ――――で、前衛さんよ、位置の確認はできたか』

 

光線級の発射元を。隊長の問いに、問題なしの声が返された。小隊が動き始める。

 

『大体の所は。位置は、重いのと軽いので分かれてるようです』

 

『こちらも確認しました。一ツ目大将は北側に、二ツ眼小僧は西側に集中しているようですが………ムスクーリ隊長殿?』

 

北に重光線級、西に光線級。どうすればよいか、マハディオは問うた。現状、自分たちの小隊は半島の中心よりやや西側にずれた位置にいる。ここならば受け持っているのは統一中華戦線と連合軍と帝国陸軍のみで、問題はない。既に報告も行っているらしい、どうとでもなるだろう。

 

だが西側は国連軍が受け持っている領域だ。その上でどうすればいいか、という方針の決定の指示を仰いだマハディオに、ヴァゲリスは笑うように話しかけた。

 

『時にバドル中尉、隊の訓示は覚えているな?』

 

『―――1つから全てを学べ(Ab uno disce omnes)、そして死を思え(memento mori

)でしたか』

 

 

自称インテリの隊長殿らしい言葉で、とは心のなかだけで呟かれた。

 

『その通りだ。つまりは――――北へ抜けろ。あちらさんにはツテ(・・)がないから、ナシ(・・)もつけられてない。下手すりゃ撃たれて終わりになる』

 

『了解です。で、本音は?』

 

いくらなんでもそれは無いでしょうと。聞き返すマハディオに、ヴァゲリスは嘆息混じりに答えた。

 

『俺ァほんと、国連軍が大嫌いでな。あそこにゃノロマと間抜けが多すぎる。連合軍も陸軍も、事後承諾で何とか通ったがあっちは無理だ』

 

『本気の断言をしますね―――ひょっとして過去に?』

 

『忘れられねえよ。それにこんな非常時にあの類の馬鹿を相手にするなんざ二度とゴメンだ。そんな義理もない』

 

死から学ばされた―――だから、北へ。重い言葉を受け取った3機は、その指示通りに北へと抜けていった。BETAの密度も、前線付近とは違い散らばっている。

 

ラインで止められているのであれば、その場所よりやや後方は進路につまり面積当たりのBETA総数、つまり密度は上がる。そこが一番の難関で、スペースが極端に少ない場所だ。そこを抜けたのであれば、後は技量次第でどうとでもなる場所。

 

そして3機はいよいよもって勢いが強まっていた。障害物があろうとも関係がないとばかりに、巡航速度いっぱいに北上していく。技量も覚悟も定まっている、鋼となった3機は止まらない。今までに鍛えた心体を引き絞り、一筋の弾丸の如くBETAの群れの隙間をかきわけていく。

 

かつて石ころであった新兵より戦場を重ねて鉄になった戦士として、鉄である己に内包する全てを武器にして、吼えるように進んでいった。対するBETAも、数だけはあるが突出して優秀な個体というものが存在しない。数打ちとして質は揃えられ総数も大したものだが、それだけだ。一度同数でぶつかり合えば、数打のナマクラが折られるように。

 

衛士としてはトップレベルの、玉鋼と言って差し支えない3機を止められるものはいなかった。そして切り抜けた3機が、群れの北端にたどり着くのは時間の問題で。

 

その問題が結果に移りきった直後に、また通信が入った。

 

『発見した、1時の方角だ! 距離2000――要塞級に囲まれてるが、いけそうか二人とも!』

 

前にいる、武からの確認の言葉に。

対する二人は、誰に言っているとの嘲笑で返した。

 

『ここまで来りゃ楽勝だぜ、何いってんだ?要塞級(かべ)は多いし、戦車級(うざいの)は少ないしよぉ―――さくっと粗挽きにできるさ』

 

『こっちもだ、120mmは余りに余ってる。あの程度の数なら全部、平らげられる』

 

問題はないと、強がりではなく事実を語るように言い返された言葉。

 

そして言葉の通り、重光線級の全てが倒されたのはその10分後だった。

 

直後に、殲滅を報せる通信が飛んだ。

 

『こちら吶喊役、目玉野郎は土に還った。繰り返す――――』

 

同時に、マハディオ機から撃ち上げられた曳光焼夷弾(Tracer)が空を光らせる。弾は3発、予め決めていた成功を報せる合図だ。後は、砲撃を要請するだけである。砲撃を撃ち落とす光線種もほとんどがいなくなった今、砲撃は特別有効な戦術に成りうるだろう。西には光線級が残っているようだが、それも僅かだ。

 

砲撃のポイントも、確認していた。武達は自分たちいる鉄源ハイヴよりの北方とは違う、中央にいるBETA群を徹底的に叩くと聞かされていた。後続の数を減らした後、帝国陸軍が合流。

 

士気が向上するはずのそこで、一気に殲滅するという段取りなのだが――――

 

『………震動?』

 

―――異変に、最初に気付いたのは残弾を確認していた王だった。

 

充血した眼球に、驚きの成分が含まれていく。

 

『………離れた場所、だけどこれは………なんだ、砲撃はまだ始まってねえよな』

 

次に、武とマハディオがその地面の揺れ方に気づいた。

 

『――――まずい』

 

戦争において、地面は揺らされるもの。砲撃が着弾する度にその衝撃は伝搬される。BETAが大規模で移動する時もそうだ。ことBETAとの戦闘において、地面が揺れるのはそう珍しくない。

 

しかし、“発生源”によって、その結論は著しく異なってしまう。

 

『間違いない――――震源は地中だ!』

 

『ま、さか…………』

 

マハディオと同じく震源を悟った武は。蒼白になった。

 

(ここで“アレ”が出る、だって――――嘘だろ、そんな事になっちまえば!?)

 

推測するまでもない、確実に全滅する。そんな最悪の事態を想定しながらも眼を閉じた武は、震動の大きさを注意深く観察する。

 

そして徐に、首を横に振った。

 

『ち、がう。この揺れ方は“アレ”じゃないけど………でも、クソ!』

 

『反応が増えたのは………8時の方向、位置は――――!?』

 

 

地中からの奇襲、そのBETAが何処に現れたのか。

 

 

判明するのと、砲撃が開始されたのは全くの同時であった。

 

 

 

 

 

◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ 

 

 

「危険地帯警報の警戒レベルが下がっただと!? 馬鹿な、計器の故障ではないのか!」

 

半島の西側沿岸、艦隊の中央。国連軍の司令部で、あるCP将校が怒声を浴びせられていた。突如の起こったという、あり得ない報告を聞かされたからだ。再度の確認と共に、事実であれば原因を究明しろとまた怒声が飛んだ。前線の衛士においては、25分前は第一種光線照射危険地帯であった。

 

これは光線級が該当戦域に出現しており、即時照射を受ける被害が発生している場合のものだ。それが先ほど偵察衛星より入った情報によると、第五種にまで下がっている。

 

「たった25分だぞ!? その間に重光線級が全滅したというのか………? いや、光線級吶喊を行った部隊はいないはずだ!」

 

だから、あり得ないと。そう結論付けたのだが―――それが間違いではないことが、再度確認されたデータより判明する。直後に、警戒レベルが下がることになった原因を報せる情報が入った。

 

情報元は、友軍―――大東亜連合軍。

 

内容は、義勇軍が光線級吶喊を敢行、それを成功させたとのこと。通信を聞いた国連軍の司令官、ジェイコブスン中将は映像の向こうに映る相手を。淡々と説明を続ける、大東亜連合軍の今作戦の最高指揮官である者を睨みつけた。

 

『貴様………光線級吶喊、しかもあのベトナム義勇軍によるものだと? そのような作戦を承認した覚えはないぞ!』

 

『有事における緊急措置でしてな。実際、確認を取っていれば間に合わなかったでしょうから』

 

『だから仕方なかった、とでも言うつもりか! 事後承諾でこちらが納得するとでも思ったか!? 貴様はこの作戦を何だと思っている!?』

 

『撤退作戦ですよ。連合軍と国連軍で協力し合い、戦士たちを死地より帰還させる。そのために最善の指揮を取るのは指揮官の義務でしょう。事実、指揮系統の混乱は起きていません。逆に前線の衛士達は、士気が上がっているようですが?』

 

『それは結果論に過ぎん! 共に戦っている友軍に報せず、勝手に判断をして上手く言ったから問題がないだと? 貴様ら、国連の………っ、一体何のための共同作戦か理解しているのか!』

 

『………共同で当たる作戦でも、都合の悪い事は頑なにして報せない――――スワラージを思い出しますな、中将閣下』

 

『ふん、だから同じ事で返しました、とでも言うつもりか? それが通るとでも? いけしゃあしゃあと過去の因縁を持ちだしてくるなよ若造』

 

歳の差は、実に20を越える。しかし、アルシャードは苛烈といえるジェイコブスンの眼光を受け止め、微塵も揺らいではいなかった。逆に、悠々と言ってのける。

 

『その通り、自分は若造です』

 

その態度が、我々大東亜連合軍の決断を促すものになったのですよ、とは言葉にして出さずに。しかし、と前置いて慇懃無礼に言葉を叩きつけた。

 

『あのスワラージを過去の事と? ―――たった6年も前のことで、今も因果関係を認めてはいない国連軍の指揮官がおっしゃるとは。あの作戦には自分も参加していましたが、何やら感慨深いものがありますよ』

 

『それが無断を許す理由にはならんこと、まだ分からんか。ふん、無能を自分で証明する………流石は未開の野蛮人だ。ハイヴを一つ落とした程度で、こうも粋がれるか。どうであれ、この事は問題にするぞ。貴様の責任に対する追求、免れんと思え』

 

『どうか閣下のお好きなように――――』

 

それでは、砲撃を開始しますと。

 

そのラジーヴの肉声になる直前――――警報の音が、司令部の艦橋を支配した。

 

『BETAの、地中侵攻――――奇襲です!』

 

続く言葉は、悲鳴のようだった。

 

『位置は………此処より3時の方向、距離は――――そんな!?』

 

報告が成されてから、現実の状況が認識された後。

 

国連軍の司令部は、未曾有の混乱に陥った。

 

 

 

 

◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ 

 

 

突如に現れた奇襲。砲撃により数が減ったBETA。光線級により砲撃がいくらか撃ち落されたが、それも僅かであった。そしてどうやら、先にレーザーを撃った光線級も砲撃に巻き込まれたらしい。今では、光線級の数も残り僅かといった所であろう。そこまでは3機共理解していた。帝国陸軍や連合、統一中華戦線が張っている前線は持ちこたえられであろうことも。

 

しかし、国連軍司令部付近に展開している奴らはその勢いを落としていない。国連軍の戦術機甲部隊も、北のBETAと地中から生え出た後に北上しているBETAに挟み撃ちにされていた。

 

今もBETAの群れから外れた北にいる武達だが、あまりの状況の変化に閉口せざるを得なくなっていた。自分たちが状況を一転させたかと思うと、そこから二転して三転したのだ。具体的に言えば、光線級をぶっ倒して砲撃が絶好調に効いたのに、国連軍司令部は火の海になる直前。

 

ようやく周囲のBETAを片づけ、一時的に距離を取った3機は、そこでどうするか作戦を練った。

 

『………どうする? 隊長が待機してた場所、ものの見事にドンピシャだぜ』

 

後方に待機していた、パリカリ中隊の中の2小隊。彼らが居たポイントと、BETAが地中より現れた場所は嘘みたいに近かったのである。生死の確認をしようにも、通信もつながらない。

 

『……くそ、砲撃の影響か? 全機応答無しだ、どうなったのか全く分からん』

 

電波が乱れて、通信が出来ない状況になっているのか。あるいは、BETAに殺されたのか。事態が判明しない状況に陥っている。撤退用の船も、どうなったのか分からない。一応は方針を決められる立場にいるマハディオも、その判断に迷っていた。

 

その横で、武も機体の中でじっと黙り込んでいた。好機をものにした直後に、五里霧中の苦境に放り込まれたのだ。どこに出口があるのかも分からない状況で、向かう先はどの方角にするべきか。映っているレーダーを睨みつつ、何をするにも時間が足りないことを念頭において、方針を決めるべく思考を走らせていて―――――そこに、声が聞こえた。

 

《南東だな。南西に展開している連合軍の艦隊は間に合わない、援護するのも無駄だ。距離が遠すぎるし、途中にいるBETAの数も多い》

 

置いてけぼりを食らえばそこで終わりだ、と声が言う。

 

《BETAの数が少ない、南東方向に撤退予定の帝国陸軍と合流した方がいい》

 

(………黙れよ)

 

《提案してやるよ、帝国軍の船に乗ればいい。それ以外に生き延びる道はない。それとも、なんだ………こんな所で死にたいってのか? ―――戦友たちの無念を晴らせないままによ》

 

瞬間、武はついに撃発した。

 

『黙れ、言うなよ!!』

 

悲鳴のように叫び、そのまま鼻息荒く。

だけど怒りの先は自分の中にあるので、どこを睨むこともできなかった。

 

『お、おい大和………お前、ついに狂っちまったのか?』

 

『………狂ってない。気にすんな』

 

『いや、気にするなと言われてもだな………どこか怪我しているのか。フォローが必要なら言えよ』

 

傍目には一人いきなり怒ったようにしか見えない。それを見ていた他の二人は、訝しげな表情を浮かべ、機体ごと武の方を見た。追求の視線を避けるように、武は語りかける。

 

(話せよ糞が。お前、一体どういうつもりなんだよ)

 

《さあ? てーか何がいいたいのか、自分さっぱり分からねーけど?》

 

(とぼけるなよ、帝国軍と合流だって? 出来るはずがないだろう)

 

だって、と形になった言葉は泣き声のようだった。鋼の衛士であった外郭。そこから炭素が剥がれ、鉄でもなくなり。武はまるで風化した岩のように脆くなった子供のように、叫んだ。

 

(――――日本に帰れば、殺される。それを俺に教えたのはお前だろうが!)

 

《ああ、事実だしな。元帥殿に頼んで調べてもらった結果、見事にビンゴしちまった。で、冗談じゃないマジな裏付けも取れちまった》

 

帰れなくなった日の事を、白銀武は忘れていない。この場で嘘だったと応えられれば、喜んで信じたいほどの。しかしここで再度、あっさりとそれが事実であることを声は認めた。

 

夢であればいいと思う。はっきりとシェーカル元帥から告げられた時のことを、その時の言葉を白銀武は忘れていない。

 

なのに何故ここでよりにもよって帝国軍と。泣き言のような問いに、声が答えた。

 

《通常ならば無理だ。はっきりしないが、軍かあるいはそれに近しい所か。とにかく“白銀武”の生還が望まれていないのは間違いない》

 

(だったら、なんで帝国軍に合流しろなんて言うんだよ!)

 

《いいから聞けよ、おい。白銀武なら無理だけど――――“鉄大和”がこのタイミングで帰るのであれば、話は違ってくるんだよ》

 

その言葉に、武は目を見開いた。嘘か真か、それを考える前に浮かんでしまった言葉があった。帰れるかもしれないと、考えてしまって。

 

《で、どうする?》

 

茶化すような声は、判断を促すもの。

それを聞いてはっと我に返った武は、重々しい口調で問い詰めた。

 

(嘘はないよな?)

 

《オレ、嘘はつけないもんで。でも合流するにしても、ある条件がいる。まずは………》

 

 

そして会話が終わった後。

 

 

取り残された3機は、半島を脱出するため南東へと機体を走らせていった。

 

 

 


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