Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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エピローグ : Result_

シンガポール基地。衛士にあてがわれている一室の中で、インファンは束ねた紙で机を叩いていた。トン、という音と共に紙の端が揃えられる。

 

「これでひと段落、っと。で、アルフレード………これ、抜けはないわよね?」

 

問われた言葉にアルフレード・ヴァレンティーノは、インファンが手に持っている紙の一枚目を読み上げていく。

 

「"亜大陸撤退戦"、"アンダマン島での訓練"、"新しい隊員"、"ダッカ基地での奮戦"、"タンガイルでの敗戦"………」

 

書かれている内容そのままに、口に出す。実際に経験した事を確認しているのだ。

 

「"新しい機体~第二世代機ってゴイスー~"、"ダッカ基地崩壊~シェーカル司令の恐怖・序章~"。それと"バングラデシュ撤退戦~敵はBETAと睡魔~"、"マニクチュハリの夜戦・穿間突撃を命じられた日~胃壁の1/3が逝った朝~"。で、"ラングレイ死守戦・遊撃部隊の本領発揮~なんかクラッカー中隊って複数いねえ?と聞かれた日~"。次は"コックスバザール艦隊共同戦~噂の前衛小隊、二つ名の4機~"………」

 

そのまま読み上げ続けられる文章。そうしてやっと、締めの一文となる。

 

「――――"大東亜連合の成立"、"東南アジア各国の軍人と政治家、その橋渡しとなった英雄部隊クラッカーズの解散"、か」

 

「………どう?」

 

「んー………抜けはない、な。それこそダッカ基地からの話はお前の方が覚えているだろうし。だが………そういえばあの二人の話なんて良く聞けたな?」

 

「いや、酒の力ってのは怖いわねー。初な所は可愛かったけど。サーシャちゃんなんか特に顔を赤くしちゃって」

 

「………少年少女を甚振って悦入ってんじゃねーよ、外道が」

 

ため息を一つ。インファンはそうして、何気ないようにぼやいた。

 

「本当はターラー大尉に監修して欲しかったんだけど、ね」

 

「ああ、そうだな。それがベストだったろうが――――」

 

「そんなのできるわけない、か。ごめん、言わない約束だったよね」

 

 

もう一度、ごめん。気まずい空気が流れでる寸前に出た、かぶせるような謝罪の言葉。それでも完全に誤魔化すことはできず、二人の間で言葉が途切れた。そうして沈黙の空間を終わらせたのは、話題を出された方だった。

 

「で、そんなもんまとめてどうすんだ? ひょっとして戦後の事でも考えてんのか。ネタ活かして小説家になって印税生活でウハウハとか」

 

「………あー、あー。生き残れたらそれもありかも。そうなったら監修の名前はアルフレード・ヴァレンティーノって書いておくかなー。でも長いから略して"AV"とかにしてもいい?」

 

「………それは心の底から止めて欲しいな。いや、頼むから」

 

懇願する声には、本気の色しか含まれていなかった。アルフレードがそれを願った理由は二つある。一つは、その略し方に引っかかるものがあったから。何かこう、とてつもなく不本意な名前であるような感じがしたから。そしてもう一つは―――

 

「………やめよっか。それよりも、話があるんだってね」

 

「ああ………でも」

 

 

ここはまずい、とアルフレードは入り口のドアを親指で示した。

 

 

「最後だしな。ちょっくら街に出るとするか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍用車を借りて海岸まで出たアルフレードとインファン。二人は周囲の注目を無視しながら、潮風を全身に浴びていた。横に並び、水平線の向こうを見ている。言葉を発さずに、たっぷりと5分。海の青と空の青が溶ける境界線を見ながら、波の音だけに集中していた。

 

そこに、声が混じる。なんでもないように、インファンは問うた。

 

「変位ベクトル」

 

「何?」

 

「変位ベクトルって、知ってる?」

 

唐突な問いに戸惑いながらも、アルフレードは答えた。

 

「位置座標の変化が………変位だったよな確か」

 

xとy,2軸がある平面上に2点がある。AとB。そして、A地点からB地点へと移動する時、その移動方向と移動量を指して『変位ベクトル』というのだ。

 

「色々なものがあるよね。例えば、人類側の戦況。時間と共に戦況は変化していく………そして、趨勢も」

 

優勢か、劣勢か。

 

「だけど矢印自体はそんな事知らない。ただ目の前にある障害をクリアしていって、時々に進路を修正しながらよりよい道を模索していく」

 

がむしゃらに戦って。勝ちたいという意志思念思想を推進剤として、矢印は進んでいく。

 

「でも………俯瞰できる人間がいれば別、か。Bという目的地を明確に意識できて、そこに誘導できる者がいれば話は異なる、か」

 

矢印を調整できるものがいれば。ある程度の筋道は立てられるのだろう。だけど、それをするには座標全体を把握しておかなければならない。そんなものは、ただの一個人には不可能で。

 

「中将、いや元帥殿は違った……なあ、一体どこからどこまでが仕込みだったと思う? 中隊の結成から解散まで一体どの程度の介入があったんだろうな。中隊の結成。古い機体での奮戦。そして敗戦。その結果に得られた英雄部隊としての名前。与えられた"日本製の機体"。こっち方面の国連軍の中の軍人―――インドから東南アジア方面の各国の軍人の誘導。連戦につぐ連戦、そして――――」

 

続きは言葉にならなかった。横目に、視線だけで問いかけるアルフレードにインファンは目を合わさずに答えた。

 

「劇的な勝利から―――大東亜連合成立。英雄の名前で引っ張れた人材は多かったね? そしてその部隊に12機ものF-15J(陽炎)を送り込んだ日本帝国の名声も上がった」

 

日本と大東亜連合、その関係は極めて良好だ。例え中隊の中の欧州組に、各国から返還要請があった今でも。

 

「………一連のことについて、ある程度の調べはついてる、けどそれも全てじゃない。それでも聞きたいことについてはある程度なら答えられるけど?」

 

「なら、二つだけだ―――――新しい機体の補給を差し止めていたのは、アルシンハ・シェーカルだな?」

 

「イエス」

 

「そして、もうひとつ」

 

本当に小さな声で、問うた。

 

「チック小隊のS-11を4つ。手配させたのも、そうだな?」

 

「………イエス」

 

ほぼ間違いないね、との言葉にアルフレードは動揺しなかった。すとん、と胸に落ちるものがあって。水平線の向こうを見ながら、最後に言った。

 

「―――そうか。ならもう、ここに未練はねーな」

 

「そう」

 

「腐れた英雄の名前引きずって、欧州に帰るさ」

 

「そう、でも――――」

 

否定も肯定もせず。インファンはそれでも、と答えた。

 

「それでもあんた達がいなければ、あの結果はなかったと思う。どいつもこいつも犬死にじゃなかったんだよ………あんた達がそうしたんだ。衛士も戦車兵も歩兵も。整備班もオペレーターもCP将校も、今にたどり着くまでの戦いの中で死んだ奴ら全ての死を――――勝つことで、意味のあるものにした」

 

それは、一等価値があるもので。

何よりも中隊が潜り晒され乗り越えてきた地獄を知っている彼女は、言った。

 

 

「あんたらの血反吐があったから辿り着けたんだ。だから胸を張りなよ………これ以上ないってぐらい後味の悪い戦いだった。けど成したのは、きっと世界中の誰にもできないことだった」

 

 

 

そうだろう、と言う。

 

 

 

 

「世界にして初――――――反応炉の破壊に成功した英雄中隊の、クラッカー5さん?」

 

 

 

 

東南アジアにある国、ミャンマー。その国土のど真ん中に作られたハイヴを、H:17、マンダレー・ハイヴと呼ぶ。そして――――例え建設された直後、間もないフェイス1未満だったとしても、世界にして初である。囲いを突破して反応炉の破壊に成功した英雄達。

 

その中隊をとって曰く――――"国境なき衛士中隊"(eleven fire crackers)と呼ぶ。

編成の内容と出身国、そしてシェーカル中将の手腕もあってかこれ以上ないぐらいに騒がれていた。

 

否、今もなお進行中である。

 

そう、正真正銘の英雄なのだ。かつての敗戦の直後、その名を上げ始めた頃とは全く違う。疑い無き"英雄部隊"の二つ名は今や世界に轟いている。甲17号作戦の後、H17(マンダレーハイヴ)が元H17となった直後に間もなくして。その劇的な勝利は、全世界へと伝えられた。

 

さんざ蹂躙され続けた人類の、初めての明確な勝利として、世界に希望をもたらしたのだ。それは、胸を張って間違いない結果だと誰もが言うだろう。しかし、それを成したというアルフレードの顔に喜びの色はなかった。

 

「………死んだ奴らが英雄さ。俺達はたまたまそこに居ただけだ………高い棚があって、それに向かって仲間の死体を積み上げて。その上に土足で乗っかって、棚の上にあるものを取ったのが俺達だ」

 

だから、たまたま乗る機会があったというだけで。そもそもの屍の台がなければ、絶対に目的に手は届かなかったのである。そして、屍の中には――――子供の衛士の姿も多くて。

 

「誇るべきなのは分かっているさ。それが最善だってのも、でも――――あの時のタケルとサーシャを笑えねえ。これだけは納得できねえ。ああ、どいつもこいつも子供だったんだ」

 

しぼり出すような声で、アルフレードは言う。

 

「朝起きて飯食って昼に女の尻ぃおっかけて、夜に寝て。平時ならそれを毎日しても文句言われねー、許されるってぐらいにガキだった。ガキだったんだ、なのに――――」

 

最後には、肉も。骨すらも残さず "吹き飛び散った"。

偉業を成した英雄の名として、墓地の中でも特別に他の戦死者とは離して作られてはいるだろう。

だが、彼らの遺体はその下にない。爆心地あたりの大気に塵となって散乱していることだろう。

 

「それに………"eleven"だと? 事情を知った奴なら、心底笑っちまう二つ名だな」 

 

「それがF-15J(陽炎)を渡す条件だったってんだから………仕方ないじゃない」

 

「ああ、誰が言い出したのか知らないが、ありがたいことだったよ。あの機体がなけりゃ、今頃は死体になってた。でも知ったことか。外交だかなんだか知らねえけど、あの中将殿が部隊章の中央にある槍の意味が、なんでそれを選んだか分からねーはずがねえのに」

 

再び、二人の間で言葉が途切れる。次に沈黙を破ったのは話題を出した方だった。

 

「そうだけど、さ………それでもさ、言ってもどうにもならないのは分かってるよね?」

 

「当たり前だろうが。俺が、いや俺達がやらなきゃいけないことは理解してるさ。きっと、リーサ達もな。でもまあ…………さっさと帰国したイツキの野郎が分かってるか、それはちいっとばかし怪しいけどな」

 

そうして取り出したのは、一冊のメモだ。

それは、司令に整備に他部隊の衛士、その血肉の結晶である。

 

「――――"新機動概念教本・応用編"。これを広めることが可能になれば、犠牲は確実に減るだろうから」

 

それは、ターラー・ホワイトが画策して成し遂げた挙句に出来た本である。曰く、衛士の能力を底上げできる本である。誇張ではあり得ない。書かれている内容は実に多岐にわたり、またその実用性は先の決戦で証明されている。まずは、衛士の適正別に示された有用な機動について。

 

これは白銀武の機動概念を元に、クラッカー中隊の各員がそれぞれの形に解釈した概念をわかりやすく示したものだ。近接戦が得意な衛士、射撃戦が得意な衛士、直接戦闘が苦手でも支援・援護が得意な衛士。そして前衛、中衛、後衛、それぞれのポジションで有用となる機動や連携、果てには隊を一個とした連携についても記されている。

 

果てには、移動時の機動角度調整や最適角度について。機体に負荷がかかる動作や、各状況下における動作バリエーションについても端的に分かりやすくしかし理論立てて示されている。

 

実践編として、中隊が経験した様々な状況について、その実体験の一部と対策についても示されている。もちろん、それぞれの立場とポジションから見たものをだ。特にタンガイルにおけるものは人気が高い。限界状態での機動制御、その恐怖は味わった本人達の記憶に深く刻まれているせいか、描写が実に生々しい。だが、それだけに信用できる価値があるということだ。

誇張なしでの体験談はそれだけで説得力を産ませる源となる。

 

整備の人間も、それを見て意識を高めていると聞いた。最後の作成者、そして監修に中隊各員の名前が載っているのもミソである。

 

これが例えば、一般の衛士が出版したものなら一笑に付されて終わる。それが例えどんなに有用なものであっても、書き手の信頼がないのであれば使うに値しないものと判断されるのだ。そして、国籍の問題も無くなっていた。

 

例えばイギリス人のみが書いたものだとすれば、様々な理由で反発が生まれるだろう。

特にイギリス嫌いで有名なフランス人であれば。アジア人だけで書かれていても、そうだ。かつては世界の覇権を手にした欧州人。彼らが、アジアの人間の書いたものを無意味に見下す可能性も、決してゼロではないのだから。アメリカの名前がないのも、受け入れられる理由の一つになっているだろう。

 

「そして、その本を元にして。解説役兼体現者として動ける俺達が………色々なことを教導できる俺達が、それぞれの祖国に帰る」

 

欧州組は欧州へ。アジア出身の者はそれぞれの国へと。そうして、効果は波及していく。

 

「"英雄ともてはやされても、所詮は一個の中隊。やれることには限界があるから"かぁ。ターラー大尉はどこまで見通していたんだろうな」

 

「構想だけは聞かされていたから言うけど、最初から全部よ。最後に解散させられる所まで………ただ、本当に予想外な部分も多くて、都度修正をしていたようだった。それでも基本的な方針は最後までブレなかった」

 

「全てはあの宇宙野郎に勝つために、だな………まあ、終わり方は悪くないと言えるか。けど、これからの事は俺達次第になるよな」

 

「そう。不安要素もまだまだだけど、アンタ達ならできるでしょうよ。いえ、やらなければいけない、そうでしょ?」

 

「分かってるさ。理論は理論、ただ机上の謀か戯言だって却下されて。あるいは笑われて終わる可能性もゼロじゃないだろう。けど、良い影響を与えられる可能性も、絶対にゼロじゃない」

 

前向きに行こう、と告げるアルフレードにインファンが茶々を入れた。

 

「アラビア半島がついに落ちたって話もあったから、ひょっとすればそこに回されるかもしれないけど?」

 

「なら、そこで全力を尽くすだけだ。どいつもこいつも無視できなくなるぐらいに。逆に乞うて聞きたくなるぐらいにな」

 

「………前向きすぎるでしょ。あんた、もとからそういう人間だったの?」

 

「いや、まさか」

 

考えてみればそうだなあ、と笑う。

 

「ここに来る前の俺がいまの俺を見たら、ああ嘲笑するだろう、だけどよ。だけど………インドに落ちて、死にかけて、俺はあいつらと出会った。で、なんでか銀色の光に魅せられたまま、気がつけばいつの間にかその気にさせられちまってた」

 

国の境もなく、血の種類もなく。ただ一丸となって、地球を犯すBETAを倒すのだと。

それは青臭い新米の夢物語だ。現実はそんな簡単なものじゃないと、誰もが諦める。

 

だけど、アルフレードはその夢を現実に出来ると、そう思ってしまっていた。その夢を信じられると、現実に出来るものなのだと。

 

「生まれは違えども、か………意識せずに体現する馬鹿が、妙に眩しくなっちまって」

 

「その光に憧れた、か。アタシと一緒だね」

 

そして馬鹿な夢を叶えるために、趣味も遊びもなくただ夢の実現のために必死になっていたと、笑う。

 

「全くもって柄じゃない――――けど、悪くなかった。本当に悪くなかったよ」

 

恥ずかしそうに言うアルフレードの顔に、後悔の色は一欠片も無かった。

 

「ああ、戦って戦って………全部が全部を納得できるような、そんな結末(ハッピーエンド)じゃなかったな。それでも、銀色の光は強烈だったよ。こんな俺でも馬鹿げた夢を見ちまうぐらいには」

 

「それは、あいつの………白銀の?」

 

「もう一つは、サーシャ(銀の光)だな。過去の話になっちまうが、出来るならこのままずっと見ていたい二人だったよ」

 

言ったきり、アルフレードとインファンは黙り込んだ。

 

「………実感したよ。目指しているものが、ちょっと間違えただけで吹き飛ぶ儚い夢だってことを。でも確かに、賭ける価値はある………そしてまだ終わっていない。ならば続けるさ。ここで手放すつもりも、放り出すつもりもないからな」

 

幸いにして、己の技量と信念に自信が持てるようになった。

 

そう、だから。だからこそ、馬鹿になって行こうと笑うのだった。

 

そして、あの時の決戦の前に。出撃する直前に、中隊全員で誓った言葉を復唱した。

 

 

「"敵は強い。敵は多い。されど私達が背負ったものほどには強くない。仲間の死を忘れるな。幼き死を忘れるな。託されたものを放り出すな、故に死を恐れよ。死は決して受け入れるものにあらず"」

 

 

続きは、インファンが言った。

 

 

「"英雄として在れ。消えず憧れられる夢で在ろう。私達で夢を見せるのだ。人類の勝利という夢を見せ、掴み、現実にまで引き下ろす」

 

 

空想でも夢でも、空に向かって手を伸ばし続ければ。

 

「できるじゃなくて成し遂げる。背負ったものに笑えるように、ここより共に最後まで――――"かつてから此処より、何処までも"(Once & Foever)

 

 

そうして、自分の胸を押さえながら相手の胸に親指を立てる。

 

それは、中隊独特の別れのサインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別れた帰り道、インファンは路地裏に入る。待ち合わせをしていた情報屋に、2、3の挨拶程度の言葉を交わした後に告げた。

 

「それで、頼んでおいた情報は?」

 

「男の方は分かりやせん。シンガポール港でそれらしき人物を見た、って所までです」

 

「そうか………ん、何か続きがあるようだけど」

 

「いえ、ね。関係があるか分かりやせんが………」

 

「手がかりになるかもしれない、ってことでしょ。ふん、言い値で買うから先を言って」

 

「ほ、ありがとうございやす。一年前、ベトナムのハイフォン港でちいっと奇妙な事件がありまして」

 

「………ハイフォン港? っていえばハノイの南東にある、あそこ?」

 

「そこです。東南アジアの島国や、日本の九州に向けての航路があるあそこでね――――殺されたらしいんですよ、ソ連人の親娘が」

 

インファンは国籍に注目した。それは、聞き覚えのある情報だったからだ。

 

「ソ連人、か。その言い方から察するに、犯人は捕まったのよね?」

 

「近場にいるどこにでもいるジャンキーが、ねえ。翌日に捕まって、すでに死刑になってます…………でも、現場付近の住民のね。証言の一つにあったらしいんですよ」

 

現場から逃げるようにして去った、東洋人の少年の姿が。そして背格好も探している人物に適合する。聞いた途端、インファンは驚いた表情を浮かべた。

 

しかし、聞くべきことを優先しようと会話を続けることにした。

 

「それで、その親娘の身元は?」

 

「分かりやせん。どうにも消されてるみたいなんですよ。それで相棒が色々と周辺をあたってみたらしいですが…………そのソ連人の男、凄い形相で電話をしていた事があったそうで。相手を罵倒していたそうです」

 

「内容は?」

 

「不明です。男が話していた言葉はロシア語、それを理解できるような学のある奴は当時現場にはいませんでした」

 

それでも単語は拾えた、と情報屋の男はいやらしそうな顔で言った。

 

「――――"日本"と、"コウヅキ・ユウコ"。この二つを口にしていたのは、間違いないかと」

 

「………そう。で、もうひとつは?」

 

「成果ありやせん。以前と同じで………"第4計画"、これ以上のことは出て来ません。この単語の意味すらもわかりませんよ。そうですね………これ以上を調べるならそれこそ国家的な諜報機関が必要になると思いやす」

 

「それは、あんたでも無理ってことよね。不可能を認めるの?」

 

「ええ。こいつは勘ですが、これ以上探ると確実に消されるでしょうね。アタシだって人間です、金よりは命の方が大事ですよ………じゃあ、話が終わりならアタシはこれで」

 

「………分かった。金は指定の口座に振り込んでおく」

 

「毎度です………でも、これは親切心で言いますが、冗談抜きにこれ以上は危険だと思いやすぜ? ここいらの情報屋じゃ、これ以上の情報を集めるのは無理かと」

 

 

忠告を受けたインファンは、それを無視しながら追い払うように手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、部屋に一人で戻ってきたインファンは、束ねられた紙を手に取った。

1枚1枚をめくり、速読で内容を確認していく。

 

「………変位した、か。何がどう変わったんだろうね?」

 

返事のない独り言だ。しかし、止まらなかった。

 

「劣勢に向かっていた矢印を矯正した。本来なら負けていただろう結果に、たどり着かせないために。あるいは、敗北主義に染まっていく軍人達を変えるために」

 

変わっていく力。変えていく力。それを中隊は体験し、体現した。

 

その結果が、最後の1枚になる。

 

 

「マンダレーハイヴ電撃戦。戦死者多数なれど、最終局面では反応炉の破壊に成功。そして新型BETA――――仮称"母艦(キャリアー)級"の発見があったこともあり、世界的には大戦上類をみない歴史的の大勝利と呼ばれている」

 

だけど、と。

 

 

「国連軍の取った戦術に非難の声も大きく。スワラージでのこともあり、国連軍の不信感は高まりきった。これが切っ掛けで、大東亜連合成立を望む者達の動きが加速し始めて――――」

 

 

しかしどうでもいいか、とインファンは笑った。

 

嘲笑する。そうして、最後に。犠牲になった者達の名前を呼び上げる。

 

KIA(戦死確定)………チック中隊ではマリーノ・ラジャ、バンダーラ・シャー、イルネン・シャンカール、以上3名」

 

遺体が回収された子供たちの名前だ。そして、遺体さえも回収できなかった者達が二人。

 

「そしてMIA(戦闘時における行方不明者)。同隊においては…………アショーク・ダルワラ、そして泰村良樹、以上2名」

 

その痕跡の欠片も残らなかった二人がいた。残るはずがない死に方をしたのだ。

あれを見ていた、あの戦闘における数少ない生き残りであれば。

 

あの光景を見た衛士であれば、鮮烈な記憶と共に永劫忘れないであろう。

 

 

――――そうして、最後に。また別の意味で、絶対に忘れられない名前が、そこには書かれていた。

 

 

「同じくMIA…………クラッカー中隊における"missing in action"は2名」

 

 

 

その名前は、こう書かれている。

 

 

 

「…………サーシャ・クズネツォワ、そして――――」

 

 

 

――――白銀武、と。

 

 

 

後者においては、中隊における全ての戦闘記録の抹消。

 

 

アルシンハ・シェーカル中将によって処置済みの言葉で、文章は締めくくられていた。

 

 

 

 


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