Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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9話 : Crossing_

 

知って、分かることがある。

 

 

知ってなお、分からなくなることがある。

 

 

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そしてまた、戦いの日々が始まった。自らの版図を広げようとするBETAと、これ以上の化物の跳梁を許さない人類軍が激突する。主な戦力は印度洋方面の国連軍である。周辺の亡国、その残された戦力を再編成して、壁を築いたのだ。故郷を奪われた軍人達はその場所に集った。

 

戦う場所を欲しているからだ。彼らの胸にあるのは、故郷を奪った化物を縊り殺すこと。そして、帰る場所の奪還である。意志は強く、固められている防波堤。ともすれば海側へと侵攻しようかという、攻勢の防壁である。BETAはそこに、侵攻を重ねていった。それはまるで打ち寄せる波のように、幾度も、幾度にも。人類軍はその積み重ねてきた叡智をもっての武力で迎え撃った。日夜に響く火薬の轟音、そしてウランや鉛の雨あられ。対するBETAは元来にもつ性能をもって愚直な突進を繰り返す。巨体と耐久力と、ダイヤモンド並に硬い武装を持って前へ前へと突っ込んで。

 

両者がぶつかる度に、大地は赤と紫の血しぶきが散らかっていった。時間が経てば黒色になる血溜まりは、まるで死んだ戦士たちの墓標だ。しかしそれを悼む暇なく、戦闘は繰り返された。墓標のような証も崩れ、またその戦闘の後に新たな墓標ができる。艦隊の砲撃によって地面ごと吹き飛ばされるからである。その穴の数も多く、今や戦場跡など埋め戻された場所だらけ。穴を放置するわけにもいかない。軍は土木作業者を募り、開いた穴を重機を使って埋め戻して締め固めるように命じた。

 

足場という要因がもっとも重要となる、戦術機部隊のための処置である。着地場所が緩い地盤であるとその大きな重量を受け止められなく、足が沈む。

 

その後の顛末は語るまでもないだろう。貴重な戦力である衛士の浪費を許さないがための作業だが、最近はその回数も増えてきていた。東進が始まった頃より侵攻の頻度が増えているからだ。これはBETAが本腰を入れてきたからだと、専門家は分析している。

 

だが人類の戦士たちも負けてはいなかった。増えたとはいえその侵攻の、ことごとくを水際で防いでいる。未だ一定の防衛線より中にBETAを入らせたことはない。それは、これ以上の無体を許してなるものかという、人類の意地でもあった。何より故郷を奪われた軍人たちの士気は高かった。後方より派遣されてきた異国の部隊とはケタ違いの士気でもって、BETAを次々に屠っていった。

 

しかしBETAはBETAでいつもの通りに。すなわち――――人の心などつゆ知らずの、伺わず。

 

単調に、だが確実に侵攻を。まるで作業のように繰り返していた。軍勢の波が防波堤を打ち続ける。その回数が増える度、堤は緩やかに、だが確実に強度をすり減らされていった。

 

――――古くの武将に曰く、人は城、人は垣、人は堀。

 

いかな強固な城でも、人の力がなければ意味がないという言葉だ。そしてここでいう強度というのは、人間の力もあるが、城の力でもある。しかし逆に、練度を上げている部隊もあった。

 

新兵は鉄火場を経て一人前の軍人になる。経験は何よりの宝物だ。特に最前線の最前線という、激務をこなしている衛士部隊にその傾向は強かった。一戦の度に力をつけていく。無惨に散ってしまう衛士も居るには居たが、生き残った衛士は力をつけていった。

 

だがその伸び代にも、明確な差があった。

 

「白銀!」

 

「了解!」

 

パーソナルカラーもない、二機の機体がBETAの群れへと突っ込んでいく。あまりにも無謀。だが、二機は瞬く間にBETAを血祭りに上げていく。しかし、360°すべての敵を倒せるわけもない。背後からBETAが近づきそして、

 

「させねえって!」

 

「やらせるか!」

 

滑腔砲が直撃し、倒れる。危地にあった二機はそれに驚かず、ただ前へと突っ込んでいく。

BETAの幕に切り込みを入れるのが前衛の役割。

 

そして、それを支えるのは後衛である。

 

「タケル、右が薄い!」

 

「狙い撃つ!」

 

敵の要、進行上で最も倒さなければならない敵を選び、撃ちぬく。

そして前へ。前衛も中衛も後衛も、突破を主目的とした陣形に整い、戦場を駆けていく。

 

「クラッカー1より各機! そのまま楔壱型(アローヘッド・ワン)を維持しろ―――突っ込むぞ!」

 

隊長機の通信に了解を返す各機。そのまま前へ、要撃級と戦車級を蹴散らしながら一直線に敵陣深くへと斬り込んでいく。そして、CPより通信が入った。

 

『クラッカーマムより各機! 距離はあと200、もう少し!』

 

「っ、こっちは見えたぜ!」

 

白銀機から通信が入る。間もなく、中衛のターラー機が応答を返す。

 

「こちらでも確認できた! まだ残っているな!」

 

「っ、でも残っている数は………4機!」

 

孤立したと聞かされた第6大隊の第2中隊。救援が要請されて10分後には、すでにその数の大半がやられていたようだ。だが、ターラーは全滅していないだけ大したものだと、叫ぶ。

 

「生き残った同胞がいる! ゆえに皆前へ! 戦う同志を助けにいくぞ!」

 

ターラーの激が飛んだ。そして応えないクラッカーの隊員は皆無だ。

皆が一様に、気合を入れて前へのレバーを入れた。

 

一丸となった編隊は、また矢となってBETAの中へと突っ込んでいく。

 

――――そして、数分後にCPへ連絡が入った。

 

『クラッカー1よりCPへ。ブルース中隊と合流した。只今より後方へと退避する』

 

CPに映った大画面のレーダー。味方と敵の位置を示すそれに、中隊の12と残存の4機が映った。

 

『陣形を変更、楔参型(アローヘッド・スリー)だ! 後ろにブルース中隊を包んで退避するぞ!』

 

矢が、形を変えて後方へと戻っていく。青い、味方の信号が密集する後方へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、帰ってきたぞ!」

 

「英雄部隊の凱旋だ!」

 

ハンガーの中、冗談を混じえた歓声が跳んだ。声がはねるように反響していく。機体から降りた隊員達が、手を振って整備班へと無事を告げる。その中には、先々月に預かった子供の姿も。

 

「プル!」

 

「待っててくれたのか!」

 

タケルとマハディオのうれしそうな声。プルティウィこと愛称プルは、元気に笑うと二人の方へ駆けていく。

 

「おかえり!」

 

開口一番の声。小刻みに震えていた、マハディオの手が元通りになった。

 

「ただいま」

 

「あ、サーシャ!」

 

金髪の少女の姿を見つけたプルティウィが、たたっと駆けていく。残された男二人は切なくなった。

 

「取られちゃったな、マハディ………」

 

「言うなシロ。これが娘を取られた時の父親の心境か………」

 

愛称で呼び合い、黄昏あう二人。そんな馬鹿を見向きもせず、少女二人はなんでもない話をしていた。プルティウィが今日にあったことを辿々しく話し、サーシャはそれに辿々しく相槌をうつ。

 

「仲良くなったもんだな………一か月前が嘘みたいだぜ」

 

「心機一転。彼女なりに何かあったのでしょう」

 

アルフレードの言葉に反応したのは樹だった。そして逆に、樹の言葉にアルフレードが反応する。

 

「何でもしってますってな口調だなあ。そういやお前さん、いつもサーシャの事になると饒舌になるよな」

 

「………な!」

 

顔をわずかに赤くする樹。隣で見ていたアルフレードの相方が、更に追い討ちをかけた。

 

「そうだねえ。前にサーシャの体調が悪いのに、いち早く気づいたの樹ちゃんだったし」

 

ちゃんづけされた樹。いつもならば怒る所だが、今日だけは黙らざるをえなかった。

 

「おーい、そろそろ行くぞ。時間もおせーし、手っ取り早く反省会済ませようや」

 

「整備班の作業の邪魔にもなる」

 

整備班の興奮した歓迎にさらされていたラーマ達が、皆に告げる。

そこに、別の隊の衛士が現れた。

 

「失礼します。あなた達が、クラッカー中隊でしょうか?」

 

「ああ。そういうお前さんは…………ブルース中隊の」

 

「はい。救援ありがとうございました!」

 

隊長の声を合図に、ざざっと敬礼をする衛士達。その数は4であった。12ある中隊の中の、4。残りの8は先の戦場で死んでしまったということだ。

 

「いや、俺達の方こそ。もっと早く駆けつけられたら………」

 

もっと多く、助けられたかもしれない。ラーマの口から反射的に紡がれた言葉だが、その続きは声にならなかった。戦場にもしもは存在せず、都合のいい展開もない。語っても意味がないことをするより、ラーマは敬礼を返した。

 

「何にしろお前たちは生き残った。孤立した状態で。それは間違いなく、お前さん達自身の力でもある」

 

先任である大尉、年上としての立場からも言葉を選ぶラーマ。

対するブルース中隊の隊長は、頷きを返した。

 

「ありがとうございます。しかし大尉、クラッカー中隊の救援がなければ我々は全滅していたことでしょう。あれだけの距離に、あれだけのBETAの数………あんなに短時間で救援が来るとは、思ってもおりませんでした」

 

視線がラーマと、そして残るクラッカー中隊へ向けられた。

ターラーは、その瞳の中に憧れのような感情があるのを見てとった。

 

「………ありがとうございます。では、自分たちはこれで」

 

去っていくブルース中隊。その背中と、視界の端に見た光景。

ターラーはそれを見て見ぬふりしながらも、複雑な感情を抱いていた。

 

(基地に来て二ヶ月………こうした任務は増えた。感謝される場面も)

 

筆頭は今回のような緊急時の救援部隊として。その他は、光線級を優先して撃破する吶喊や、BETA全体に向けての撹乱。どれも敵陣奥ふかくに斬り込んでいく必要があり、並の技量では務まらない大役だ。それをこなしていく内に、基地で一二を争うほどの実力がある部隊になっていた。

 

反省と改善を繰り返し、技量を伸ばしている面も評価されているのだろう。それは、中隊の知名度を引き上げることに成功した。当初の目的は半分が達成できたといってもいい。

 

だが、それに伴って別の問題も出てきた。

 

―――年端も行かない少年少女を戦場に向かわせるなど愚の骨頂。そう吐き捨てたのは今もターラーの視界の端に映っている、帝国軍の戦術機部隊長だ。彼は部隊長を務めるほどの武人で、つまりは武家の出身である。珍しくも武家でありながら陸軍に入った猛者だ。同部隊の衛士も同様で、陛下のために戦っているというのもあるが、全ての自国民のためにと戦っている部分も大きかった。

 

そして健常な、いわゆる一般的な倫理観も持っている。これは自国がまだBETAの戦火にさらされていないという要因が大きい。それは、当たりまえの道理でもあるのだが。なぜならば人は、逼迫した状況にならない限り従来の価値観を捨てたりしない。それが故の憤りだが、対するのはクラッカー中隊ほか、インド洋付近にあるアジアの国々の者。

 

国を失った者や、戦火にさらされている国の軍人たちである。

彼らの多くは、自国の同胞を殺された。あの化物、BETAに"直に"殺された人達を見てきた。

 

そして為す術もなく死んでいった軍人達を知っている。誇りはあった。確かにあった。戦いづつけて、しかし負けた。

 

そのすべてを覚えている。今も戦い続けながら、胸に刻みつけている。だけど、そんな覚えている自分たちが死ねばどうなってしまうのか。すべて忘れられてしまうのではないか。

 

恐怖があった。勝たなければならないと。倫理が緩むのも致し方ないことだろう。

 

(だからといって、何もかもが許されるはずがないか)

 

退けぬ理由がある者同士。和解などできない状況だ。

その少年少女の操縦技量が卓越しているということもあった。

 

(どうしたものか………)

 

ターラーの悩みに、答えてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌々日、衛士部隊の一部には休暇が出された。侵攻の直後ぐらいしか、安全な期間がないためだ。武達は昨日の戦闘による筋肉痛をひきずり、街へ出ることにした。

 

「久しぶりだな。訓練のことを考えなくてすむ日というのも」

 

「しかし、いいのでしょうか。こうした時にBETAが侵攻してくれば………」

 

「樹、それはない。索敵班もBETAの影なしって言っていたろう。あっても期間が空くさ」

 

素直に楽しめ、と車を運転しているフランツが言う。だが樹は気が気じゃないようで、何度も基地がある方角を見返している。

 

「そわそわするな紫藤少尉、こっちまで落ち着かん。男ならば、どっしりと構えていろ」

 

「そうそう。そんな様子じゃあいつまでたっても、男から告白されちまうぜ?」

 

そういった立場から脱却したいんだろう。アーサーの言葉に、樹は激しく反応した。

 

「な、んで」

 

知っているんですかという言葉に、アーサーは悪戯小僧のような笑みで返した。

 

「だってお前、めっちゃ分かりやすいんだもんよ。例の"二番目の賭け"に乗って来なかったのも、お前一人だしぃ?」

 

ちなみに一番はラーマとターラー。二番目は、武とサーシャである。

 

「そこのチビに同意しよう。賭け事が不真面目だから、って理由だと思ったがどうも違うようだしな」

 

クククと笑うフランツ。ターラーはいまいちわかっていないようで、首を傾げるばかりだ。

 

「というより、一番目の賭けとはなんだ?」

 

「そんなことより街が見えてきましたね姉御!」

 

危険を察知したラムナーヤが開口一番に叫ぶ。

 

「うむ、そうだが………お前ら何を隠している?」

 

「何も! いや、久しぶりの休暇だし楽しみだなあ!」

 

休暇を強調して語るビルヴァール。

 

ターラーはそれを聞き、休暇だからしてこれ以上突っ込むのも野暮かと聞かないことにした。

 

(………やばいってアーサー!)

 

(すまん、助かったぜ二人とも)

 

ばれれば問答無用の鉄拳である。その上で賭けに参加した面子から損害賠償を払わされるだろう。どっちもゴメンなアーサーは素直に二人に礼を言った。

 

(あの鉄拳を回避できるならば何も)

 

(言葉はいらないっすよアーサー・カルヴァート少尉殿)

 

(お前ら………)

 

痛くて辛い鉄拳を糧に、人知れず友情が出来上がった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか前の車で男3人が熱い握手を交わしてんだけど」

 

「一体なにが………ターラーも胡乱気な眼でそれを見てるし」

 

「君子危うきに近寄らず。で思い出したけど、インファンの奴はなんで基地に残るって?」

 

リーサの問いに、運転をしているアーサーが答える。

 

「知り合いと過ごすんだってよ。ほら、あの第3中隊の副隊長」

 

「カーン中尉と!?」

 

あの二人って知り合いだったのかと驚く武に、サーシャが頷いた。

 

「かなりの昔からの知り合いらしい。視線とこめられた感情の質が違うから、子供の頃からの知り合いだと思われる」

 

「あー、同じ孤児院の出身だとよ。ベトナムの」

 

「………あれ、ホアン少尉って中国人じゃなかったんですか?」

 

「BETAから逃れ、南に流れ流れてだとよ。マハディオ、お前らもそうじゃないのか?」

 

「俺とラムナーヤはそうですね。11年前に故郷の村から南へ逃れて………その後はアンダマンへ逃れましたよ」

 

知られていないことだが、11年前の亜大陸侵攻の際に群れから外れたBETAが居た。

その一部が山間を抜け、ネパールの一部を襲ったことも。

 

「俺の村は無事でしたが、そう離れていない所の惨劇で………顔知ってる程度のやつらもいましたが、誰も戻ってきませんでしたよ」

 

だから避難したのだ。そういいながら、マハディオは隣にいるプルティウィの頭をぽんと叩いた。

 

「何もしらないガキの頃でしたけど、ね。なんで故郷を離れるんだって、一時期はオヤジたちを怨みもしましたが………その理由が分かった気がします」

 

「まあ、親としてはな」

 

同意したのはラーマだ。リーサも、それに同調する。

 

「うちの親父も親ばかだった。でもまあ、たしかにあんな化物に喰われるかって考えると、心配したくもなるわな」

 

「え、リーサ少尉の親は………」

 

「今はどっちもイギリスに居るらしい。大丈夫かって手紙が週に何通も来るよ………親父もお袋も。親ばかここに極まれりだな」

 

おちゃらけるリーサだが、その声に従来の明るさはない。遠く在って心配するのはこちらも同じで、両親がどれだけ心配しているのかも分かっているせいだ。

 

「そういや武よ、親父さんに聞いたのか。その、母親の話を」

 

「聞いた。でも………答えられないって」

 

武の表情が曇る。もしかして、思い出したくもない相手なのか、と考えているからだ。

 

「いや、それは違うと思うぞ。答えたくないって言葉ならともかくな。それに親父さんが肌身離さず身につけているっていうあのロケット………おふくろさんの写真でも入っていると見た」

 

「………なんで分かんの、リーサ。もしかして中身見た?」

 

「いやいや。うちの親父と一緒だからさ。あの親父も似たようなもんもっててな。漁でもどこでも、それを持ってた」

 

嫁の写真を中に入れて、辛いことがある時はロケットを見ていた。そう語るリーサだが、武にはいまいち分からない。

 

「それでも、もしかして。親父の身内か誰か、別の人の写真じゃないかって………」

 

答えてくれない影行に対して、わずかばかりの不信感を持っている武は、その意見を飲み込むことができなかった。しかしそこに、言葉を挟むものがいた。

 

サーシャである。

 

「それは違う。私も、カゲユキがロケットを触っている所は見たけど………あれは、父とか母とかに向ける感情じゃない」

 

眼が違った、とサーシャはいう。それは遊びのない真剣な声で、武は思わず見返してしまった。

 

「………本当に?」

 

「私、嘘は嫌い。タケルはそれを知っているはず」

 

忘れたのか、とサーシャは少し悲しそうな表情になる。

それを見ていたプルティウィが、武に責めるような視線を向ける。

 

「あー………その、ごめん」

 

「許さない。これはもう、お昼をおごってもらわなくてはいけないレベル」

 

「あーすみません。おごります。だからプルも許してくれ、な?」

 

手をあわせて謝る武に、サーシャとプルはこくりと頷いた。それを傍らで見ていたラーマは、自分の眼を覆った。

 

(………子供、だな。どうみても。とても歴戦の衛士には見えない)

 

白銀武とサーシャ・クズネツォワ。年齡をあわせても30に届かない、そんな二人の力量は並のものではない。才能だけではなく、努力と経験を積んで一年以上。すでにその腕は、基地でもトップクラスの位置にある。どう見ても子供にしかみえないこの二人の腕は、そこいらの衛士よりもはるかに上なのだ。

 

(こうした光景を見せられる度、自分の罪の深さを思い知らされる)

 

ラーマは帝国軍の衛士に言われた言葉を思い出していた。否定できない面はある、と。

だからといって、はいそうですかと従うわけにもいかないが。

 

(それに、プルティウィのこと。あの村のことといい、どうにも"裏"からきな臭い匂いがする)

 

街に出れば何かが分かるかもしれない。そう思うラーマの眼には、目的地であるダッカの街の建物群が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街についてからは、一同は別行動をした。飯を食いにいくもの。ヒステリーを出した女衛士に壊されたから、新たなギターを求めて流離うもの。いい魚料理がないかを探しに行くもの。連れの子供の服を探しに行くもの。そんな中、武はサーシャと街をぶらついていた。

 

「………人が多いなあ。ナグプールとは大違いだ」

 

往来には、気を付けなければ肩をぶつけてしまうほどの人達が行き来していた。

屋台のようなものも多く、武は住んでいる人達の多くに活気のようなものを感じていた。

 

「うん。これでも五分の一には減ったって聞いたけどね。前は世界でも有数の人口過密国だったらしいけど」

 

BETAの脅威を前に、避難してしまったのだろう。それでもこれだけ多くの人が残っているとは、武も思ってはいなかった。

 

そんな街の中を、二人は物珍しそうに見ながら歩いていった。保護者であるラーマとターラーの姿はない。武とサーシャはついてこようとする二人に、いいから二人でデートでもしろと言い捨て、逃げてきたのだ。

 

「これでも軍人だってのに………ターラー中尉って心配性だよな」

 

今では近接格闘でさえ、隊員の多くと五分に戦える二人である。

 

「でも、私達のことを心配しないターラー中尉とオトウサンって想像できる?」

 

「できない。ていうか、お父さんが棒読みくさいぞ」

 

もしかして嫌っているとか何かか。心配そうな視線を向ける武に、サーシャは違うと首を横にふった。

 

「嫌いになんかならない。でも………父、ってさ。お父さんって………どう言っていいか分からなくなった」

 

「へ………何かあったのか」

 

「プルの話を聞いた。あの子の父親について」

 

プルの父は、この街に出稼ぎに来ていたらしい。生活のためにというのもあるが、プルにとっては祖父の、その父親にとっては父である人が残した借金を返すために働いて働いて、そして過労死したと。

 

「それでも、プルが生きていけるだけの貯金を残して。プルの父は彼女のために………命を賭けて働いた。自分の身体も省みずに、プルのために」

 

「そう、だな」

 

「リーサにも聞いた。父親とは、そういうものだって。だから分からなくなった。ラーマ大尉は私のことを娘だって言ってくれた。助けてくれた。今もずっと、私の話を聞いてくれる。相談しても、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる。それが………父親なんだって」

 

「その通りだ。だったらなんで分からなくなるってんだ?」

 

「………私にそれだけの価値があるのかって、そう思う」

 

サーシャは街にいた何でもない親子の方を見る。

 

「あの人達と私は違う。隠していることもいっぱいある。だって、言えないから。言ったら絶対に迷惑がかかるし、下手をしなくても殺されてしまうから」

 

ソ連の恐ろしさ。それを一番に知っているのは自分だろうと、サーシャはそう思っていた。

 

「中隊の皆も巻き添えに…………それはダメなんだ。どんなに私が歪なのか、今になってようやく分かって。それでも言えないんだよ」

 

「ひょっとして………プルティウィの、村のことか?」

 

以前に聞かされたこと。銀髪の娘と、怪しい男について。しかしサーシャは、肯定も否定もしない。

どっちにしても情報の漏洩に繋がるからだ。

 

「きっと、方法だって想像がついてる。でもそれを言うことはできない。知られれば、私だって嫌われる」

 

「そ、んなの言ってみなきゃ分からないだろ!」

 

「ううん、分かるよ。だって普通じゃないもの、化物だもの」

 

悲痛な声は雑踏に紛れ込んでいく。だけどただ一人、正面で聞かされた武の耳には届いていた。

 

「武だってBETAと仲良くしないと思わないでしょう?」

 

「サーシャはBETAとは違うだろ!」

 

「普通から外れているって所は同じだよ」

 

「だからって、無差別に人を傷つけたいと思うのか!」

 

「それは…………違う、けど」

 

「なら別もんだ。一緒にするなよ………それに、ラーマ大尉なら喜んで背負ってくれると思うぜ」

 

武は知っている。ターラーがまだ教官だった頃から、話の端には聞かされていた。

問題児軍団を抱え込んで、それでも笑って進撃できる人なのだと。

戦術機の才能は、はっきりいって高くない。それでも、それ以上の強さを持っている人なのだと。

 

「隊員を見捨てるような人じゃない。それにサーシャは娘だ。いびきがうるさいって言われた時の、あの凹みっぷりだって見ただろ?」

 

「………うん」

 

「本気でサーシャのこと思ってるんだ。だから、言わないままで勝手に決めつけたりすんな。それに、秘密なんて誰だってもってる」

 

「え…………タケルも、カゲユキに?」

 

「ああ。親父だって、俺の母さんについて教えてくれないしな。だから別に、秘密を持ってるから言えないからダメだってことはないぜ。ラーマ大尉もプルの親父さんと同じで、サーシャのためになら命だって賭けると思う」

 

 

どこにでも居る親のように。赤い髪の母親のように。茶色い髪の父親のように

 

BETAの◯◯級にさえ、フライパンと木刀で立ち向かえるように。

 

例え―――――五体を◯◯に引き裂かれようとも。

 

 

武はそこまで思い出すと、猛烈な頭痛に襲われた。

 

 

「あ、ぐ……………っァ!」

 

「タ、タケル!?」

 

いきなり苦しみ出したタケルに駆け寄るサーシャ。武は崩れ落ちそうになるが、なんとかサーシャの手を借りてこけずに済んだ。

 

「だ、いじょうぶだ………って」

 

「そうは見えない!」

 

「ちょ、っとした発作だよ。何度も経験してる、死にはしない」

 

いつもは夜なんだけど、とは言わなかった。心配させたくないが故の気遣いだ。

 

それ以上に湧き上がる想いもあったが。

 

(ちきしょう…………なんだってんだ、なんであんな!!)

 

その感情の名前を武は知らない。あらゆる負の感情がまるでシチューのように混ぜこぜにされているからだ。その色が黒いものだとは分かったが。

 

「も、しかして"見せる"方の………いや、でもこんな場所で!?」

 

きょろきょろと周囲を見回すサーシャ。武はそんな様子に違和感を感じていた。同時に、"それは違う"と奇妙な断定を可能とする根拠のような記憶も湧き出ていた。それよりも今は自分の感情を抑えきれないことに対して焦っていたのだが。切っ掛けだったのだろう。秘密と両親、そして命。

 

それをキーワードとして、武の中で何かがうねりを上げた。

 

武の脳裏に、連想されて見たこともない風景が浮かんでは消えていく。

 

 

 

――――大丈夫だ。純夏と君は絶対に逃すから。

 

(夏彦さん………なんで!)

 

――――男の子が泣かないの。ほら立って、逃げるのよ。

 

(純奈母さん………優しかった。死んでいい人じゃなかった!)

 

――――君が、白銀武君だね? 私は光菱重工の、君のお父さんの同僚だよ。この度はお気の毒だが…………ね。

 

(戻って来なかった! 約束したのに………親父はもどって来なかったんだ!)

 

 

失った人達。大切な家族との別れを示す光景だった。それとは別の時代、別の自分の光景も入り乱れて脳みそを切り刻んでいく。大半が別離の記憶だった。心を交わした人達が去っていくもの。さよならさえも言えずに、永遠に会えなくなった人達の最後の顔。

 

それは容赦なく繰り返され、覚えのない悲しみを生み出していく。そしてそれはまるで毒薬のように武の全身を蹂躙していった。悲劇の奔流とでもいうべき現象だ。武は圧倒的な悲嘆の弾丸を受け、声も出せなくなった。

 

しかし胸の中では叫んでいた。まるで認めたくないものを打ち砕くかのように。

声をハンマーに見立て、その光景を叩いていく。

 

そうした作業が繰り返された数分後、ようやく"それ"は収まった。

だが、疲労の色は濃い。武はいつの間にか自分が膝をついていることに気づいた。

 

息も荒い。全身に言いようのない倦怠感を覚えていた。

 

 

「タ、ケル………?」

 

「ん…………大丈夫だ」

 

 

続く言葉は、ある意味で――――S-11並の威力を持っていた。

 

 

「プロジェクションじゃないから」

 

 

朝の挨拶のような、何でもない一言。しかしそれは、聞くものにとっては"サーシャが心配しているだろう事柄を否定"する言葉で。だが知るものなどいない。あってはならない。それが故に言葉は、彼女にとってそれは致死の毒薬に等しい毒性をもつものに変貌せざるをえなく―――――故に。

 

 

「ふ…………………………………………………ぃ!?」

 

 

まるで電流を流されたかのようにサーシャの全身が跳ねた。

あってはならない存在を見た時のように。

 

――――恐怖は質と量次第で、人を死に至らしめる刃となる。

 

それに匹敵するほどの恐怖を受けたサーシャは、その場で目を見開き、子犬のように肩を震わせることしかできなくなった。武はサーシャのそんな様子を見て、ようやく今自分が何かを言ったのだと認識する。だけど、もうその言葉は思い出せないでいた。

 

「…………俺。いま、何か言ったか?」

 

「う、え、あ…………た、タケル………も、しかして知って?」

 

「は? いや、わけが分からね………って俺マジで今なに言ったよ」

 

「………タケル?」

 

サーシャが、不審なものを見る眼で武を観察する。言葉遣いがやや変になっている部分も含めて。

本気で分からないという表情。声。目の動きも。総合して、サーシャは武が嘘を言っていないと思った。偽っている様子はないようだ。が、しかし出てきた言葉が不穏当に過ぎる。

 

ゆえにサーシャは慎重に、確かめるように問答する。そしてまた数分後、サーシャは武が嘘を言っていないと断定した。

 

「サーシャ?」

 

「何でもない。それよりも………さっきの話の続き、だけど」

 

これ以上この事については触れたくない。

そう思っているサーシャは、話の本筋を進めることを選んだ。

 

「ああ。ラーマ大尉ならきっと。馬鹿って思われても絶対に………サーシャを守ることを選ぶって」

 

「………うん。信じておく。もう少し話をしてみるよ」

 

「良かった。それじゃ、休暇を楽しもうぜ?」

 

「うん」

 

それから二人は街を練り歩いた。子供には多い額のお金も持たされている。それは軍人としての給料だ。サーシャはそれを使いに使った。初めての二人だけの買い物というのもあるが、何より先ほどのやり取りを忘れたかったからだ。屋台で売られている合成食料を買い、立ち食いしたり。

 

柄の悪い少年達に絡まれては、逃げ出して―――――裏路地で人知れず、二人で殴り倒したり。まるで普通の少年少女のように、街にあることを楽しんでいた。

 

そうして集合時間の直前に、二人はとある店の中にラーマとターラーの姿を発見した。店の名前はこうある。

 

"古銭取り扱い専門店"、と。しかし読めない武達は、ターラーに聞くことにした。そしてちょうど、店の中から二人が出てきた。買い物をしたのはターラーのようで、分厚い包装紙に包まれたものを片手に持っている。

 

「お、サーシャに武か」

 

「そういえばそろそろ集合時間か………二人は何を?」

 

「今から集合場所へ。それよりターラー中尉、何を買ったんですか?」

 

「私の趣味でな。ほら、見ればわかるだろう」

 

言うと、ターラーは背後の店を指さした。が、読めない二人は首を傾げるだけだ

 

「古銭の収集だよ。各国のコインを集めている」

 

「世界のコインを、ですか?」

 

「亡き父の影響でな。新古問わず、各国の硬貨を集めるのが趣味なんだ。私の名前の由来の一つでもあるんだぞ?」

 

そう言うと、ターラーは肌身離さず持っているコインを出した。

 

「昔の通貨だよ。ターラー銀貨というものがあってな」

 

結構有名なんだぞ、というターラー。それはその通りで、今ではアメリカのドルにも名前を残している由緒正しき通貨である。

 

「由来の一つ、ですか。じゃあ別の由来というか、意味もあると?」

 

「あー………密教のな。今の自分の役割を考えると、気持ち悪いぐらいぴったりなんだが」

 

「役割………もしかして教官を意味する言葉とか?」

 

「少し違うな。サーシャにとっては難しい考えだと思うが………しいていうなら転機を助ける者、と言えばいいのか」

 

「まあな。輪廻転生を助ける者と言っても意味が分からんだろうし」

 

だが、考えると面白いだろう、と。ターラーの言葉に二人は頷いた。

 

「成長するのも生まれ変わり。つまりはそういうことですよね?」

 

「ああ。昨日までのダメだった自分を殺して、明日の自分を生まれ変わらせる。それが問題児であれ、な」

 

ターラーが来るまでは本当に苦労したと、ラーマが冗談まじりにいう。

 

「ラーマ大尉のお陰でもあるかと。ってーか、大尉の方も何か由来があるんですか?」

 

「………生まれてから28年。その返しは初めて聞いたぞ、おい」

 

「私もです。まさか『ラーマーヤナ』を知らない子供が………いや、場所が違えば常識も違いますか」

 

ラーマーヤナとはインドでは有名な、知っていて当たり前というレベルに広まっている叙事詩である。まさか知らない者がいるとは。しかして、常識とは国々によって違う。

あの帝国軍衛士も同様だ。複雑そうに頷くターラーに、ラーマも同意していた。

 

「一言でいえば、インドで有名な物語に出てくる主人公の名前だよ。神様の名前でもある」

 

「知っています。インドでは名前に神話の神様の名前をつける人も多いとか」

 

「"パールヴァティー"少佐もそうだな。"ガネーシャ"軍曹も。"ターラー"は少し違うが」

 

「えっと、それはどういった理由で?」

 

「密教にも"多羅菩薩"という名前で呼ばれる菩薩様がいてな。その名前と、ラーマーヤナに出てくる女神様の名前も。三重の意味があるんだ」

 

考えると面白いだろう。その言葉に、武とサーシャはうなずきを返した。

 

「そういえば、俺も。初陣の前に、名前の意味を聞かれましたね」

 

「それは俺の方の趣味だな。ターラーの名前を聞いて面白かったし――――意味を聞けば、深く心に残る」

 

その意味を、武達は知っていた。心に負担をかける行為だということを。

 

「………私の、名前も?」

 

「ああ。っと、そういえば言っていなかったか」

 

わざとらしく自分の頬をかくラーマ。その顔はわずかに赤い。

 

「わざとでしょう。照れくさいし面と向かって言えねえとヘタレっぷりを発揮していたのは誰だと――――」

 

「ストップ! 分かった、言うから!」

 

「だ、そうだ。良かったなサーシャ」

 

「………うん」

 

してやったりというターラーの言葉に、サーシャは素直に頷いた。

 

「教えて、下さい」

 

「う…………分かった。では、」

 

ごほん、と前置いた後。ラーマはサーシャの眼をじっと見つめた。

 

「大元は"アーシャ"だ。サンスクリット語…………古代インド言葉で"希望の光"を意味する」

 

「希望の、光…………」

 

「生き残ったお前を見て、素直にそう思えてな。そして…………お前の綺麗な銀髪を見て、付け加えた。ロシア語は分からないから英語で、銀の"Silver"の頭文字をとって、組み合わせたんだ」

 

「"S"と"アーシャ"を…………だから、"サーシャ"?」

 

「ああ………その、嫌だったか? センスないか?」

 

おろおろとし始めるラーマ。それはもう、言葉に出来ないほど情けなく。

どこから見ても、娘に嫌われるのを怖がる父親のようで。

 

「ううん」

 

 

俯いたサーシャの下に、水滴がおちた。ひとつ、ふたつ、そして顔を上げて口が開かれた。

 

 

「ありがとう…………お父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くく、思わぬ成果が得られましたねえ。特にあの日本人の衛士…………」

 

物陰で蠢く者がいた。視線は店の前で留まっている4人を捉えている。

 

「黄色い猿共の諜報員か。いずれにせよ、迂闊に手を出すのはまずいか…………それで、リーシャ?」

 

「リーディング、できません。プロジェクションも、今試みましたが通じません」

 

最初は、様子見だった。取るに足らない存在だが、組織の研究成果の一端だ。遠くから伺っているだけだが、途中からは話が変わった。理由は分からないが、少年にはリーディングが通じないという。そしてその後、少年は確かに発したのだ。

 

――――プロジェクション。R-32でさえ明確には覚えていない、いや“言い出せない”だろう、有り得ない言葉を。その後、少年が発作を起こすのを見て、セルゲイはひと通り見守った。そして持ち直した後にリーシャに命じたのだ。それまでに使っていたリーディングではなく、映像を植えつける能力を。結果は、またもや予想外だった。

 

少女の能力、"一点に強化したプロジェクション"でさえ全く効果がないという。

 

「面白いですね。しかし、これ以上は流石にまずいですか」

 

R-32のリーディングを装置で防いでいるとはいえ、自分達はこの街で酷く目立つ。これ以上ここに残れば、ばれてしまう可能性が高い。

 

 

「君子危うきに近寄らず。ここはひとまず退いておきましょうか」

 

 

 

 

 


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