Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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d話 : Talk To Oneself_

私の名前は、葉玉玲(イェ・ユーリン)という。国連太平洋方面12軍所属の台湾人だ。以前はシンガポール基地に配属されていた、女の衛士少尉である。多くの男性衛士がBETAに喰い殺された今では珍しくもなくなった、どこにでもいる女性衛士だ。

 

訓練を終えて任官し、最初に配属されたのは地元近くだった。そこには軍に入る前の知り合いも多く、私はあの街に守る価値を見出していた。だから喜んでいたのだ。

 

――――なぜだか今は、印度洋方面第1軍のボルネオ基地に配属されているが。

 

所属していた部隊も同じで、シンガポールの青い海を守る衛士部隊だったはずだ。それがなぜだか最前線にぶん投げられるように異動させられた。この急な異動について、様々な原因については色々あろうが、長いので三行にまとめてみた。

 

1、技量の低い部隊だから

 

2、位のお高いお家出身の衛士が一人もいないから

 

3、捨てられる石をちょっと投げてみたい、そんな場所があるから

 

以上である。3の目的に相応しいものとして、1、2の条件を兼ね揃える私達が選ばれてしまったということだ。上でどのようなやり取りが行われたのかは不明だが、きっと少し高価な菓子折りのように軽く右から左へと受け渡されたのだろう。前の基地の整備班が、「最近ハンガーが狭くなってきてね」と言っていたのもあるし、間違いない。いい加減、できの低い戦術機ごと"消耗品"にしてしまおうと考えたのだと、私は考えている。

 

これが普通の戦術機部隊ならば少しは違ったのだろう。コネやお偉いさんに"ツテ"がある者、あるいは優れた素質がある者ならば、潤沢な教育を受けられたのだと思う。実機やシミュレーターの訓練時間も多くを割り振られている。実力も高く戦力として十分に期待できる部隊であれば、自分達とは正反対の部隊ならば、こんな所に配属されることは無かったに違いない。

 

だが、現実は現実でしかない。時間が戻らない今、何を嘆いても無駄にしかならない。でも原因となった自分なら、恨み事の一ケースを抱いても罰は当たらないだろう。

 

だけど、意外ではなかった。どの道、こうなる運命は見えていたから。実をいえば、衛士が受けられる境遇とは均一ではない。そこには、待遇の差による明確な区別というものがあるのだ。軍に所属する人間である以上、軍に多数存在する派閥の影響は避けられない。

 

差別も区別も、ある意味では摂理と言えるもの。その他要素を含めて、未来あるものは優遇を。可能性ある者たちは優遇を。見出されなかったものは全くの逆、上層部にとって政治的に都合のいい場面に投げる、いわゆる消耗品として扱われるのだ。軍人である以上、戦闘における消耗品として扱われるのは避けられないことだが、それでも扱い方の"粗雑さ"について、ランクをつけられるってこと。

 

私たちのランクはせいぜいがそこらに落ちている石ころといったものだろう。エリート部隊として第二世代機が与えられている"宝石"なんて程遠い。そこら辺の障害物に投げて当たって砕けても別にいい、それぐらいの認識に違いないのだ。抱え込んで、いざという場に投げる高価かつ貴重な爆弾とは全く違うもの。文字通りの捨石という所だ。いま私、上手いこと言ったかもしれない。自慢する相手がいないのが寂しいけど。

 

閑話休題。

 

私達は転がる石の価値しか見出されていない。だけど、軍は無駄遣いを極端に嫌う場所だ。だからこそこの場は"いざという場"ではないと言えた。あてがわれる部隊がどうであれ、要求に答えたという実があれば満足するからである。上では、何らかの需要と供給があったのだろう。このような事態になったのは、どこぞのお偉いさんの理由があったからだと私は見ている。

 

亡国ネパールでも"有数のお家"、それを生家にもつ、それなりの女軍人が、せめて大隊規模を保ちたいという要求をした。そして、国連の太平洋方面12軍のお偉いさんか誰かは、それに応えた。恐らくは、かなりの代価をもって。おかげで、ただでさえ少ない訓練時間が更に少なくなった。実戦を経験できたのは良い事だけど、余りある程のデメリットもある。

 

例えば将来における戦死の可能性が格段に上がった事だ。ここは最前線であり、人類防衛線の上にある場所だからして、実戦は必ず起きる。ボパールから東進してくるBETAは、短い周期でこの防衛線を乗り越えるべく進撃してくるのだ。撃退したのは、先週の出撃で10度目。その一度目で、私は衛士の第一関門とも言える死の八分を越えることができた。隊の中の二人は帰らぬ人となったが、自分は乗り越えたのだ。

 

生死を分けたのは、少ない訓練時間を十全に活かす努力をしたからだと私は考えている。少ない時間とはいえ、成長しなければ死ぬ。間抜けがいつまでも呼吸をしていられるほど、あの鉄火場は優しくない。コンマ数ミリでも足りなければなけなしの命さえ根こそぎもっていかれるだろう。そう考えた人間は、あるいは理解した衛士は努力をするのだ。

 

私はそれを前もって行なっていたというだけ。訓練時間は必死の覚悟で集中し、自分に足りない点はどこか、それをどうすれば補えるか、色々と模索した。死んだ二人は、練度と自覚が足りなかったのだと思う。とある先任に聞いたのだが、先の戦闘はそうまで厳しいものではなかったそうだ。

 

だけど、あの二人にはそうではなかった。訓練の不足からか、とてつもない窮地にあると錯覚してしまったのだろう。故に自信を持てず、ちょっとしたトラブルが起きた時に簡単に混乱に陥って、なんでもない戦況の中で死んだ。

 

それこそまるで、石ころのようだった。少し強く吹いた風を真に受けて、地面に転がって砕けて砂になった。今頃は風に吹かれて地球の一部になっているだろうか。それを間近に見た中隊の衛士達のほとんどが、少しでも腕をあげようと努力し始めた。あいつらは未熟だと馬鹿にした連中は、次の戦闘で死んだ。今では現実を直視できた面々だけが生き残っている。

 

それでも、互いにアドバイスやフォローなど、協力なんてしてない。我が第6中隊にいる面々はそれなりの協調性は持っているが、隊員同士で積極的に関わろうとはしなかった。隊長は頭が固く、副隊長は事なかれ主義で、その他の隊員は大半が民間上がり。あまりにも普通の部隊だった

 

欧州の貴族が持つという貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)とやらや、聞いた所の日本の武家が持っているらしい、征夷大将軍への忠誠心といった心の支柱というのか。

そういったものを、私達は持っていない。そもそも、そういう生まれではないから当たり前だ。米国の愛国主義者とも違う。国に愛着はあるが、命を捧げる程の思い入れはなく、ただ歩兵になって小型のBETAによってたかって食い殺されたくないからここに居るといったぐらいだ。向上心も弱く、ゆえに同隊員へのアドバイスも適当となっている。

 

的はずれな発言をしていることがあり、鵜呑みにすればひどい目にあったことも数度。とはいえ、私も他人の事は言えないのだけれど。自分も、アドバイスといったことはしない。できないと言った方が正しいのか。何故ならば自分はうまく話せないのだ。

 

何かって、その、英語が。

 

必死に勉強はしたけど、どうしても母国語との折り合いがつけられない、無様な女だ。そんな女に、細かなアドバイスなどできようはずもない。

他の隊員は、自分のことをきっと無口で、目付きの悪い無愛想な女だと思っているだろう。しかも背が高くて近寄りがたいと。別に、英語を考えながら何とか間違いなく話そうとすると、眉間に皺が寄るだけなのだが。体格に関しては大きなお世話だ。両方とも、あの人には劣るというのに。

 

ちなみにあの人とは、無口に肉がついて歩き回っていると言われている、我が隊の強襲掃討を務めるグエン少尉殿である。彼は、本当に無口だ。積極的に人と関わり合おうとせず、淡々と自分だけの仕事を遂行する。顔つきも怖く、目付きも怖く、ヒゲが怖い。年齡は私の1つか2つほど上らしいが、見た目にはそれよりも10は上に見える。でも子供好きらしく、同じく子供好きな私とは話があう。

 

ともあれ、腕は隊の中でも一番だ。それでも、積極的に技術交流や、アドバイスといったことはしないが。打開策はなかった。隊の関係は凝り固まっていて、自分にはどうすることもできない。きっと、このままずるずるといって、果てにはBETAに殺されるのではないか。

 

 

そう、思っていたのだが――――

 

 

「あ、こんにちはユーリン少尉」

 

「こんにちは、白銀少尉」

 

 

今日も日課の挨拶を交わす。目の前にいるのは、白銀武という日本人の子供だ。そう、なんていうか子供としかいえないのである。性格が子供っぽいとかそういうのではなく、問答無用といわんばかりに子供なのである。年齡は11と聞いた。それはもう、子供だろう。背も長身である私の胸ぐらいしかない、子供である。

 

「衛士としての力量は、およそ子供らしくないけれど」

 

「ん、何か言いましたか。あ、で話なんですけど」

 

呟きは聞こえていなかったらしい。聞こえていても、肯定しかできないかもしれないが。なにせ、大人の域さえも越えているかも知れないのだから、謙遜も嫌味にしか映らないだろう。初めて見たのが、先週の出撃の時だった。思えば、この少年は出撃前の時から違っていた。

 

その時はあまりの身体の小ささに驚いた。

が、呆然としつつもしばらく観察をして、気づいたことがあった。少年にとっては初の実戦ではないらしいのだ。怯えた色は見えず、むしろそこいらの2、3回実戦を経験した程度の衛士よりも堂々としていた。顔に暗いものは見えなかった。あるのは、少しの意気込み。まるで、ちょっとしたデートにでかけるぐらいの面持ちで、作戦を説明する上官の方を見ていた。

 

実際の場では更に驚かされた。突撃前衛であったこの少年は、ポジションの通りに最も前で、敵に一番近いポジションでずっと暴れていたのだ。敵中深くに切り込み、周囲のBETAの注意を惹きつけ、撹乱しながら間合いに入ったBETAを撃つか、斬って捨てる。あるいは、斬るか撃つ。そして、危なければ逃げる。

 

言葉にすれば簡単に聞こえるかもしれないが、失敗すれば即座に死に繋がる煮えたぎった鉄火場でそれを行える者は少ない。だけど、それはまるで物語の中にしか出てこない、中華の伝説的な英雄のようで。だからこそ、突撃前衛は衛士の花形とも呼ばれているのだが、それを死なずに舞い続けられる衛士にしか任せられないものだ。

 

彼は、誰よりも前に立ち続けた。落ちず、戦い続けるのが極めて難しい突撃前衛の中で、その役割を十分にこなしていたと言えた。そんな彼の機体はなんと第一世代機であるF-5だった。しかも骨董品級の初期タイプ。旧式も旧式だ。それなのに白銀の、いやあの隊のF-5はうちの突撃前衛が操るF-5/Eよりも高性能に見えるような動きを見せていた。

 

実際は、そうではないだろう。まさか機械にドーピングが通じるとは思えない。何らかのからくりがあると、私は彼らが行った演習の映像を繰り返しみて、研究を重ねた。

 

………その時に観察して分かったことは、一つだけ。操縦する人間の技量により、機械はいかようにもその能力を変える。あの中隊の機動は、単純に早かった。機動の鋭さもそうだが、連携の練度が並外れていたのだ。そして無駄な動きが一切無かった。同じ跳躍でも最適な距離、無駄のない軌道しか描かないし、何より動作の間に生じるはずのタイムラグなどが、段違いに少ないのだ。

 

他人同士で一緒に戦う時の、あるいは機械の動作におけるぎこちなさというものが存在しなかった。見るに、"戦術機という機体を操っている"のではなく、"手足のような自分の器官の一部として扱っている"。それも、隊を一つの機関とするが如く。誇張や幻想ではなく、そう認識して納得させられてしまうほどだった。

 

彼が所属している隊、クラッカー中隊の隊員も同じで、練度や技量がうちの隊員とはケタ違いということを理解した。その原因が何であるのかは、わからない。実戦経験の差や訓練時間の差はあろうが、それだけではないと思うけど。

 

どうであれ、自分たちが数年ほど訓練してもこの域にはたどり着けないだろう、そう思わされるぐらいの技量を持っていた。

 

聞けば、この隊は一丸となって技量のレベルアップに挑んでいるのだと言う。

"技量育成レポート"が、その肝となっていて、それを見せてもらった時は心底驚いた。内容が濃すぎるのだ。改善点などはもちろんの事、"他の隊員へのワンポイントアドバイス(罵倒気味で)"という項目もあった。

 

そして、これが傑作だった。発案し、作った人間の意図は明白だった。きっと、他の隊員に気付いたことを書かせ、ないしは改善点を、あるいは競争心を高めているのだろう。また、指摘に関しては罵倒気味で行う、というルールがあるのもまた上手いと思った。

 

例えば、『お射撃後のお機動が少し緩慢でございましてよ』か、『撃ったらすぐに動けよこのブタ。てめーの足は飾りかこのボケ』と。プライドが高い衛士にとって、どちらがやる気を起こさせる言葉であるのかは、言うまでもない後者だろう。

 

そうしたことの積み重ねがあってか、他の衛士に対する観察眼も養われているのだろう。実に的確に衛士のプライドを抉る行為に長けていると思えた。最初にこの少年に、試しにとしてアドバイスをしてくれと申し出た所、返ってきた回答は実に的を得たものだった。それまでは、少ない訓練時間の中で、自分なりに工夫して腕を磨いてきた。自分なりの解釈で、自分の目指すべき機動を模索してきた。

 

しかし、道の先が見えなかった。果たして、この成長は正しいのか、そう不安になる時もあった。だけど、彼らは違っている。それぞれが自分の欠点を自覚して、補い、その果てに自分なりの理想の機動を明確なものとして思い描けているのだ。その結果が、先日の成果だ。

 

大隊規模での防衛戦、そのうちの一中隊が受け持つ範囲内でのBETAの総撃破数は並外れていた。クラッカー中隊は、女少佐殿が直接指揮する中隊の、その3倍の数をたたき出していた。あまりの数に、少佐殿は虚偽報告を疑っていた。今でも疑っていることだろう。機体性能の差を考えれば、有り得ない数字なのだから。

 

シンガポールで見た、最精鋭の部隊に届くのではないか。そう思わせるほどの彼らだが、実戦の後は特に気にした風もなかった。互いに実戦の中で気付いた点を言い合っていた。作戦後のデブリーフィングが始まるまで、端的な改善点での議論が行われていたほどだ。慢心など、毛程もない。士気も、理解できないほどに高い。アジアではあまり好かれない欧州組、ひいてはソ連の少女までがいるのに、隊の士気は総じて高く、また繋がりも強いように見えた。

 

隊長の人徳か、副隊長の人徳か。あるいは、隊員である彼ら彼女らの人柄ゆえか。

 

「ってどうしたんですか、ユーリン少尉」

 

「いや、君にレポートを見せてくれと頼んだ時を思い出していたのだ」

 

なんの忌避感もなく、すっと見せてくれた。その後にアドバイスを頼んだ時も同じ。自分の時間を削られるというのに、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。私の、たどたどしい英語もそうだ。白銀少年は馬鹿にせず、真摯に受け答えしてくれた。

 

他の隊員達もそうだ。食堂で一緒になる時が多いが、白銀の質問というか意見を求めているのに対し、他の隊員達は素直に受け答えしていた。どうしてそんなにしてくれるのか。他の軍人ならば、面倒くさがるか、馬鹿にして立ち去る。それぐらいは当たり前のことだ。

 

たずねると、少年は笑った。

 

「あー、いい加減な仕事はするなって教えられてますから」

 

あとは、他の隊員の罵倒風アドバイスの腕を磨くため、らしい。より効果的に胸をえぐれるような言葉を吐けるように、日夜努力しているのだとか。フフフと暗い顔をしている彼は、一体どれだけの口撃を受けてきたのだろうか。

 

聞こうと思ったが、横の少女がなにやらジト目でこちらの胸部と顔を見てくるのでやめた。大きい胸など邪魔になるだけだというに。横の少年を取られたくないだけのようにも見える。そういう意味では、落ち着いて見えるこのサーシャという少尉も、また少女だった。それでも、私よりかは隊内の―――例えばあのうさんくさい笑みをしているCP将校か、これまた美人のノルウェー人か、同じ日本出身であるあの女性を警戒するべきだと思うのだが。

 

あとは、軍内部の変態共か。現地の民間人とのいざこざは記憶に新しい。疎開は進んでいるらしいが、それでもまだ近隣の町に残っている者は多くて。北の山を越えたあたりに、集落のようなものを作って留まっている者がいると聞いた。軍内部からは、積極的に干渉しようとはしていないらしい。避難勧告は出しているが、それも形式的なものだけ。

 

噂には、国連軍の一部と民間人の少女の間で、とある"いざこざ"があったらしい。治安が悪くなっているので、まあそれも起きることだが。特にBETAの支配地域が多くなってからは、犯罪の件数も増えている。後背の土地とはいえ、BETAの脅威が及ばないという保証はない。また、足元が崩れる恐怖を夢想するものにとっては、犯罪に及ぶ心の枷が緩くなるのだろうか。

 

前線における犯罪の増加率も、決して無視できるものではない。絶望的な戦況に心を折られ、自暴自棄になって事に及ぶという者もいるのだ。女の我が身としては、恐ろしいことでもある。前線における男女の性の差はそれほどないが、無理やりが嫌であることにかわりなく。

 

憲兵、いわゆる軍における警察がこれほどありがたかったことはない。白銀武。あるいは、あのサーシャ・クズネツォワという少女は、そういった所をどう考えているのか。

 

尤も、そういった汚い部分での現実は教えられていないようだが。噂に聞くターラー中尉殿の手腕か、あるいは隊員の協力によるものだろうか。

 

まあ、この笑顔が曇る所など見たくないという部分においては、私も同意するところではあるが。

 

「どうしたんですか、難しい顔をして」

 

「いや、何でもないことさ。それよりも、今の大隊をどう思う」

 

話題を変えるべく、率直に切り出してみた。大隊の戦力についてだ。

白銀少年は少し考えたように黙ると、答えを返してきた。

 

「上手くいってないですね。言葉で表すのは難しいですが………潤滑油が回っていないような」

 

「随分と抽象的だな………いや、言いたいことはわかるが」

 

主には大隊長である少佐殿と、それ以外の者たちの意思疎通を図れていないということだろう。あの少佐殿、まあ無能ではない。しかし有能ではないと言い切れる。これも私が言えた義理ではないが、コミュニケーションがとれてないのだ。お家柄がさせるのか、軍人は軍人として任務に従事するのは当たり前だと考えている。人は国のために死ぬべきであると考え、またそれを当然のものとして部下に押し付ける。

 

軍人としては正しいのだろう。きっと、大義という大筋に沿っていて、理屈の上からも間違っていないのだろう。だがそれは、機械を相手にした場合のことであると思えた。部下であるものは皆人間で、誰しもが違う価値観を持つ。その中で相手の思惑をある程度は考慮し、その相手に見合った言葉を選び、意志を言葉で伝える。それが上官である者の義務である。あると思いたい。私たちは機械、捨石であることを望まれようとも、機械にはなりきれないのだから。

 

ゆえに人間としての死に方を望む。どうせ死ぬならば、より有意義に死にたい。犬死になどまっぴらごめんだ。指揮権を委ねてもいいと、そう思わせてくれるようにしてもらいたいもの。

 

少佐殿はその辺りの心の機微を全く理解できないらしく、あれこれ上から目線で叩きつけるように言葉を降らせてくる。正論だからとて、人の全てが従うわけがない。彼女からすれば、それは異常なことなのだろう。正しいから、聞いて当たり前。そうして今の今まで生きてきたのだと、そう思わせる言動であるから。

 

だけど、考えてもみて欲しい。

 

――――ウラン弾に貫かれ、異形の肉を散らせて倒れる化物。

 

――――砲撃に砕かれ、そこかしこに気持ちの悪い液体を散らせる化物。

 

――――油断すれば、仲間入り。ただ汚いものが散らかっている大地の上にばらまかれてしまう。

 

そんな中で、正しい道理だからとて何も考えずに従えるものなのか。私だって生きたいのだ。みんなだってそうだろう。誰も、あんな化物に食われて死にたくないのだ。厳しい現実の前に疲れ、膝を折ってしまいたい衝動にかられる時がある。そして、身の程知らずにも、女として生きたいと思う時もあった。

 

そうした中で、凝り固まった正論を吐かれても、私達の心に響くはずがない。理屈を鞭にして働けと言われても、心から納得できるはずがあるものか。故に不協和音が生じる。部隊の連携、今のところはうまくいっているようだが、一度崩れればあとはなし崩しだろう。事実、クラッカー中隊が来る前に大隊のひとつとして編成されていた中隊はそうだった。

 

少佐殿の意見に、異を唱えない中隊長。広がる部隊の不和。結果が、予想外の数に対してのまれてしまった戦術機の死骸の群れ。我がファイアー中隊(元が第6中隊、"F"だからとしてこのネーミングもどうかと思うが)も例外ではない。きっとこのままでは、壊滅した前中隊と同じ末路をたどる。

 

ターラー中尉殿や、ラーマ大尉殿がどうにか間を取り持ってくれているようだが、それも受け入れられるかどうか。不安事は今も尽きない。その辺りを白銀は何となくだが理解しているのだろう。

 

「ユーリン少尉はどう思っているんですか?」

 

「女が上に立つと、余計な軋轢がでる。それもあるだろうが」

 

嘘を混じえた言葉で誤魔化す。事実とは関係ない、とも言えないことだが。なんせ、女がこうして前線に出るなど、BETA大戦より前の時代ではあまり考えられなかったことなのだ。今では男の数が足りなくなり、その結果として女性が軍に徴兵されているようだが、それも一昔まえならば有り得なかった。変わったのは、兵力の不足が深刻化したからだろう。日本は男性の徴兵年齡を下げたようだが、その理由はひとつしかない。すなわち、前線の男の数が足りなくなったから。今でも、前線の比率を見るに、かなりの数が成人女性で占められている。

 

米国あたりではまだ男の軍人が大半であるのだろうが、それも羨ましい話だと思う。帝国軍ではどうだったのだろうか。先日の戦闘の際に見た顔を思い出すが、今では3割程度が女性であるように見えた。総じて練度も高く、"固い"連携をする方に意識を割かれてはいたが。中華統一戦線の衛士は、7割が女性だという。国土の大半を支配されている、その際の戦闘で多くの男性軍人が死んだと思えば、おかしいことでもないのだろう。

 

あの大国も、多くの人が死に、生き残った者もほとんどが国外に逃げた。シンガポール付近の基地でも、中国の難民や孤児が問題になっていたほどだ。それはこれからも続くのだろう。

 

1993年、大連に侵攻するBETAの殲滅を目的に行われた"九-六作戦"も失敗に終わった。今では中国も死に体だ。もって3年というところまで追い詰められている。

 

それをすぎれば、韓国。その先には日本か。

 

「それでも、勝たなければな」

 

「はい。BETAの支配地域を、これ以上広げないために」

 

同意する少年。その眼差しは希望に輝いていた。戦うこと、その理不尽を嘆いておらず、また呪ってもいない。目的があって走破していると、そう思わせてくれる目だ。

 

「………不思議な目だな」

 

「は?」

 

間の抜けた声を出すが、無視する。本当におかしな少年なのだ。

あの隊員にしてもそう。誰もが希望を疑っておらず、馬鹿には見えるが輝いても見える。

 

それは、あるいはこの少年が成した御業なのではないか。

見ているだけで、つい一緒になって、馬鹿になって走りたいと思わせる、不思議な魅力をもつ少年。

 

「あの、ユーリンさん?」

 

「なんでもないさ。それよりも、時間だ」

 

時計を指し示し、忠告する。すると武は「いっけね」と立ち上がり、食器を返して自分に別れを告げながらシミュレーターのある場所へと走り去っていく。

 

その足に疑いはなく。跳ねるように飛び回る姿が、死んだ弟に重なる。

 

「私も、腑抜けてはいられない」

 

苦手な英語でも克服しなければならない。今できる努力を、最大限にするべきなのだ。死にたくはないのならば。

 

 

「………行くか」

 

 

言い聞かせるようにつぶやき、立ち上がる。

 

 

食堂の窓の外から見える空は、今日も残酷な―――目に痛い程に鮮やかな青色を示していた。

 

 

 

 

 

 


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