Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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5話 : Restart_

何にも始まりはある。

 

 

誰にだって過ちはある。

 

 

 

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「それでは、ミーティングを行う」

 

基地の一室の中。クラッカー中隊は総勢12人の顔をそこに揃えていた。事務要員として、この基地に配属されている女性事務員が一人いるが、それ以外はみな衛士だ。クラッカー中隊隊長、ラーマ。階級は、大尉。彼はホワイトボードの前に立ち、皆の顔を眺めていた。

 

「約6名。清々しい顔をしているようで、何よりだ」

 

全くの嘘である。確かに、6人――――昨日に盛大な模擬戦をやらかした者たちは、心は晴れやかであろう。しかし、肉体に関していえばその限りではない。神経と肉体をすり減らす戦いを続けた時間は、実に一時間あまり。強敵を相手に神経をすり減らしながら戦い続けた6人の顔は、疲労の色が濃く出ていた。かといって、休ませてくれなどと恥知らずな真似ができようか。あるいは、上司である上官が優しげな顔で休んでもよいと言うだろうか。軍においては、否である。むしろターラーあたりは、「非常時における訓練。いい効果が得られそうだ」とほくそ笑むことだろう。そう、今のように。

 

「いい顔だ。訓練のし甲斐があるな。ああ、軍人とは訓練をするものだ。自らを鍛え、非常時に備えるのが仕事だ」

 

敵はもちろんのこと、人類の敵であるBETAだ。今この時も、東進しようと大隊規模の部隊を小出しに送り込んできている。海からの艦隊による支援砲撃や、地雷による突撃級の駆逐によって全てを撃退できてはいるが、より大きな規模での戦力を間なく投下されれば、インドの二の舞になってしまう。BETA東進を阻むべく、西ベンガル、バングラデシュ周辺に築かれている防衛ライン。そこを抜けられれば、まずいことになる。昨年に建設されたH:16・重慶ハイヴに加え、ミャンマー、タイ、ラオス周辺に新たなハイヴが建設されてしまえば、BETA共の防衛線が出来てしまうのだ。

 

地球に降り立った、最初の絶望――――中国の奥地にあるH:01・喀什(カシュガル)ハイヴ。

通称をオリジナルハイヴと呼ばれる現時点での最優先攻略目標が遠くなってしまう。ソ連南部からのルートもあるにはあるが、いかんせん海からは遠い。中国の東部、日本海側からのルートも残っているが、そこでも激戦が行われているらしい。

 

「中国を筆頭に、その他帝国陸軍などといったアジア各国の軍隊が粘ってはいるがな。いかんせん、物量の差は覆しがたい」

 

ゆえにボパールからの東は守る必要がある。

 

「ヨーロッパもね。最後まで抵抗していた北欧の戦線も、瓦解したようだし」

 

リーサが付け加える。欧州のほぼ全てが、BETAのものになってしまったと。欧州連合軍司令部が撤退を宣言したのが、去年の中頃らしい。今は大陸の沿岸部に大規模な基地を建設しており、きたるべきユーラシア奪還の日に備え、力を溜めつつもBETAの間引きを行なっていると。

 

「我々も備えるべきだ。今は小粒程度だが、いずれは巨岩となってやってくることに疑いの余地はない。ゆえに、それらを打ち砕ける力を持っておくべきだ」

 

「賛成しますが………具体的にはどうやって?」

 

アーサーが問う。だが、その声はやや控えめだ。

 

――――実のところ、先の勝負はAチーム、武達が勝利した。そして武はアーサーに言ったのだ。ターラー中尉に言ったことを撤回、もしくは謝罪しろと。事情を説明されたアーサーは、驚いた。むしろ言われなくても、という勢いで頭を下げた。面食らったのはターラーだ。いきなり頭突きされる勢いで謝られたのだから、それは驚くだろう。理由を知った後は、むしろ笑っていた。気にするな、と。そこに、武に対する妙な感覚があったのは疑いようがない。それでも、アーサーには後ろめたさのようなものがあった。力量的に格上の、尊敬すべき上官。謝ったとはいえ、言ってしまった事実は消えない。

 

彼は直情的ではあるが、恥を知らないような心底の馬鹿でもない。

ゆえに引きずっていたのだが、それをターラーが制した。

 

 

「いつもの調子でいいぞ。なんだ、私がいつまでも後に引きずるような、女々しい人間だと思っているのか? もしそうなら、それこそ心外だぞ」

 

「ふむ、ターラーよ。それはもしかして流行りのギャグか?」

 

「隊長は特別です」

 

「ふむ、それは嬉しいことだな」

 

「区別されて嬉しいとは、変わった人ですね」

 

笑顔でターラーが言うと、ラーマがうむと頷いた。心の中で泣いているだろう、尊敬すべき隊長に、リーサとアルフと武とサーシャは心の中で敬礼をした。

 

「話が逸れたが、いつも通りで構わないぞ。それよりも、だ。これからの訓練の内容の方が重要だ。ああ、不可解な点があれば、いつでも挙手していいぞ。これからは何よりも、隊員の意識の共有が肝要になるからな」

 

言いながらも、ターラーはホワイトボードに文字を書いていく。ファーストステップ。そこに書かれている内容を見た時、アーサーが拍子抜けだという顔を見せる。他のみなも同様だ。

 

「隊内の意識改革、ですか」

 

「そうだ。とはいっても、洗脳のように物騒な話じゃない。これから行うことについての、前段階の準備だ」

 

書かれている内容は、単純だ。訓練時間を限界にまで延ばす。シミュレーターに実機に、とにかく搭乗時間を優先して延ばす。深夜でも、シミュレーターが空いていれば訓練を行うと。

そこまでを告げた時に、紫藤が手を上げた。発言が許可され、紫藤が口を開く。

 

「ありがとうございます。深夜の訓練といいますが、衛士にとっては休息も大事だと思われますが」

 

「尤もだ。だが、BETAはこちらの事情などおかまいなしだ。泥のように眠りたくても、寝かせてくれない時がある」

 

例えば、防衛戦の時。クラッカー中隊は、ところどころに休息を交えてだが、一昼夜以上の間を戦い続けたこともある。アーサーとフランツも似たような経験をしているので、特に疑問の声は上げなかった。

 

「そのための訓練でもある。経験がない者にとっては、その時の調子を知ってもらうために。経験がある者たちは、あの時の空気を思い出してもらうために」

 

どちらにしても無駄にはならんと、ターラーは言う。

 

「それに、我々がこの基地から前線の基地へ移る、すなわち前線に配備されるまでには、まだ時間がある。その間に、折角得られた実戦の勘を鈍らせたくない」

 

「………了解しました」

 

着席する紫藤。話は、続く。

 

「意識改革。これは、訓練を行うことのみで得られる成果ではない。そのため、お前たちにはあるものを書いてもらう」

 

キュキュっと、ターラーは黒のマジックを走らせる。その文字を見て、武だけが首を傾げた。

 

「レポート?」

 

「ああ。まずは、この資料を読め」

 

事務員から、各自に資料が配られる。表紙には、"機動評価における考察と、改善すべき点について"と書かれている。下には名前が。これにより、一人につき一冊が作られたことが分かる。

 

「お前たちの今までの戦闘データを元に作成したものだ。それなりの説得力はあると思うぞ?」

 

ターラーの声をBGMに、武達は資料を読み始める。

パラ、パラ、と紙をめくる音。しかし、皆は2ページ目で止まっている。

 

「うん、これは………ようするに嫌がらせ?」

 

「そのとおりね。仏教には閻魔帳ってもんがあるらしいけど、それがこれですか?」

 

アルフとリーサの嫌そうな声。それには理由があった。書かれている内容は、実に的確に――――自分が目を逸らそうとしていた欠点まで、明確にずっぱりと書かれている。

 

例えばリーサ。前衛に立ち、敵を引きつけることはできているが、撃破数は白銀よりも明らかに少ない。囮役はこなせているが、相手の前線を削ることができていないのだ。

 

例えば、アルフレード。冷静な判断は非常時においては有用だが、常時においては発揮すべきではない。攻め気に欠け、積極性が足りない場面が多々ある。

 

どれも、実戦の中で彼ら自身が感じ取っていたことで。それでも、と目を背けていた改善すべき事項であったりする。アーサーとフランツも似たようなものだ。二人とも、資料の文字に目を走らせつつ、だんだんと顔が険しいものになっていく。自らの傷を直視するようなものだから、それも仕方ないだろう。紫藤においては、なるほどと頷くだけ。勤勉な彼らしい対応である。

 

「あの、ターラー中尉? 何故か自分の分だけ、小説のような厚さが………ちょっと多すぎるかなーって思うのですが」

 

「ああ。全部読め」

 

「か、会話が通じない!?」

 

まるで言葉の銃撃戦。武の方は圧倒的に火力不足であるが。

 

「お前は、一部特別なものが書かれている。ひと通り目を通して、その答えを書け」

 

その声は、それまでとは異なり、遊びのない真剣のようなものが含まれていて。武はそれを感じ取り、思わずと頷いた。他の者は配られた資料を熱心に見ている。読み始めてからすぐに、虜にされたのだ。それほどまでに、内容は充実していた。欠点だけではなく、それぞれの特徴や伸ばすべきポイントなども書かれているためだ。鍛えるべき部分を指し示される。頭ごなしに決めつけられること、対する反発もあろうが、それ以上にレポートの出来がよかった。

 

沸騰する程に煮詰めて考えた上で、順序立てて論理的に。各隊員の鍛えるべき点、それが選ばれた理由と、鍛えることによって得られる成果。それら全てが、頭の良くない者でも納得できるようなレベルで書かれているのだ。

 

「ひとまずの指針。まずは三ヶ月を目処に、書かれている内容をクリアしてみせろ。その時には、また更なるレポートが待っているだろうが」

 

「なるほど。課題をクリアして、腕を上げる。その後に慢心する余地さえ与えないと?」

 

「慢心するということは、自らの力に満足するということだろう。それは上を見ることを止めるというに等しい。まさか、三ヶ月程度の訓練で、自分の伸びしろを全部使い果たしてしまえるとは言わんよな?」

 

そう思っているのなら、どうかどっかに行ってしまえ。言外に含ませて、ターラーは笑う。

 

「安心しろ、元よりそんな暇は与えん。火をくべる手を休めるような真似はしない。比類なき鋼鉄に至るまで、延々と業火をくれてやるさ」

 

幸いにして、燃料はあるとターラーは言う。

 

燃料は才能だ。燃されても絶えることのない、人の能力を延ばす糧だ。

これが無くなった時人は限界を迎える。そしてターラーは、今ここに居る衛士のうち、大半が並ではない才能を持っていると確信していた。

 

長きにわたる実戦経験がある。出会って散っていった、今は亡いが多き戦友達がいた。

それらと比して、目の前にいる衛士達がどれだけの伸びしろをもっているか、彼女は漠然とだが見抜いている。間違いなく、かねてからの案を貫き通せるに足る人材だ。

 

――――そう。数ヶ月以内に始まる、大規模な防衛戦を防ぎきる。その肝となれる、特殊な部隊にランクアップできる、極めて特殊な人材。

 

(アルシンハと約束していたもの。"教本"の作成の役にもたつ。正に一石二鳥だな)

 

いつの間にか、彼女の顔には不敵な笑みが。だが、とある一点を見つめる視線だけには、憂いが含まれている。

 

(この3人に、そのレベルを求めるのは酷だな)

 

ネパールの3人。彼らの才能は、決して悪くはない。だけど、足りないのだ。ある意味で常識を越えるほどに、一種の狂いを表面に出して戦うことはできないだろう。鍛える余地は十二分にある。真っ当な指揮官にまで成長することはできる。"教本"、"教導"の効果、それを実証するに足る人物に成りうるだろう。

 

(あとは、戦場で探すしかないか)

 

求めていた、常人では成り得ない衛士達。戦場で探せばきっと居る筈だと、ターラーは考えていた。そうしたまま、10分が経過する。その時には、皆が手元の資料を読み終えていた。

 

自分の欠点や改善点を目に見えて見せられた皆の瞳の奥には、爛々とした輝きが灯っている。それは叛意である。書き記された自分の弱点を、認めないと、克服してやるという意志がこめられているのだ。決意でもあった。一部で納得していて。そしてこれまで以上に、自分が強くなれるという確信を得たがゆえのもの。ターラーはそれを良い顔だと評した。頷く。腐った衛士が嫌いな彼女の、それは一種の賞賛であった。

 

「次は、挨拶だ………行くぞ、ついてこい」

 

言われたまま、クラッカー中隊の面々はおとなしくついていく。そうして赴いた先は、ハンガーである。学会の講堂よりも遥かに広く、天井も高いそれは、一種の巨大な密閉空間である。中では、音が反響している。発せられる音は、軒並みが戦術機を整備するそれだ。そんな中、ターラーは自分達の機体がある場所へと辿り着く。

 

その場所には、すでに整備員達がスタンバイしていた。整備員の服。あちこちを油に汚し、顔にまでそれが付着しているものもいる。また、顔には奇妙な染みを残しているものもいた。人体には有害な油を顔につけたまま、拭うことを忘れたままで、作業を続けた証でもある。決して取れない、肌の奥にまで浸透してしまったそれ。だがある意味では、半人前を卒業した証にもなる。なぜならば、その油は痛むのだ。拭うことを忘れるはずなどなく、だからこその異常がそこに見える。

 

例えば――――時間を忘れるほど、否、忘れなければいけなかった程に、作業に追われていた。休む暇などなく、衛士のための鎧を磨かねばならなかった事を示しているから。それはすなわち、常時ではありえないほどの激戦の中に身を置いていた証拠にもなる。近くでいえば、亜大陸の防衛戦。暁の中で戦い抜いた、衛士達の助けになるために。寝食は愚か休息という文字の定義が危うくなるほどに整備作業に努め、そしてやりとげた者であることは間違いないからだ。ターラーが、その中の一人、先頭にいる女性の整備員に声をかけた。

 

「ガネーシャ軍曹、班長の姿が見えないようだが?」

 

「さきほど、新しい機体が運び込まれたとの連絡がありまして。班長は機体の搬入の、陣頭指揮を取っておられます」

 

「連絡のミスか? ………まあいい、先に紹介しておこうか」

 

ターラーはため息をつきつつも、中隊の方へと顔を向ける。

 

「これから世話になる整備班の面々だ。他の隊よりも無茶を言うようになるだろう、しっかりと挨拶をしておけ」

 

これから、実機訓練の回数も多くなる。自然、機体を使用する回数も増えてしまうだろう。

それは整備の必要回数が増えるということ。円滑な部隊運用のためにも、と挨拶にきたのだ。無論、本来ならば許されることではない。いち部隊に出来る訓練の上限は一様に定められており、公平であるべきもの。だが、クラッカー中隊においてはその限りではない。それを察している欧州組、そしてサーシャは、裏になんらかの意図があることに気づいていた。最低でも佐官クラス。ともすれば将官以上の人間が、なんらかの目的をもって、この部隊を鍛えようとしていることも。ひとりだけ脳天気に、「訓練をいっぱい受けられるっていいなー」と考えていたのだが。

 

ターラーはそんなちょっと可哀想な隊員――――子供だから仕方ないとして――――を慈しみの目で見つめた後、皆に告げた。

 

「聞いた通りだ。機体はまだ揃っていない………軍曹?」

 

「はっ、明日までには何とかしてみます」

 

「だ、そうだ。我々はそれまで、シミュレーターで訓練を行う。今の時間なら、東の第三が空いていたはず…………各自、そこまで駆け足!」

 

「了解!」

 

命令を受けた武達は、素早く敬礼を返した後。言われた通りに、目的地まで駆け足で向かった。

そこには、先んじて新しい隊員が居た。部隊のCP将校(コマンドポストオフィサー)である。

通常の戦術機部隊において一中隊に一人は配属されるという人員だ。

前線戦域指揮官とも呼ばれている。広範囲における状況判断能力が要求され、衛士とはまた異なる高度な教習課程をクリアしなければならないため、その絶対数は少ない。防衛戦や撤退戦においては、一大隊に一人といった規模でしか配属されず、クラッカー中隊だけのCP将校はいなかった。

 

そのため、副隊長であるターラーがその役割を担っていたのだが、ここにおいて人員が補強されたため、この度中隊にもめでたく専門のCP将校が配属されたのだ。

 

容姿は東洋人。黒い髪をお団子にしている、女性である。身長は低く身体の線も細いため、まるで少女のような容貌をしている。そのCP将校はターラーが頷いたのを見ると、一歩中隊の前に出て自己紹介をはじめた。

 

「この度クラッカー中隊に配属されました、黄胤凰(ホアン・インファン)と申します。階級は少尉です」

 

きびきびとした動作で敬礼。中隊の者たちも、素早く敬礼を返した。

途端、態度が柔らかいものに変わる。

 

「あの有名な色物部隊に配属されるとは、感無量です。負けず、色物に染まっていこうかと思いまーす」

 

突然に砕けた言葉。そして言われた内容に、中隊の皆が固まった。

その中でただ一人、意味が分からないといった面持ちで口を開いた者がいた。武である。

 

「えっと………色物ってどういうことですか、ホアン少尉?」

 

「私のことはファンさんでもオッケーだよ、タケル君。あと色物ってのは言った通りだね。まあ色物というか色々というか、万国博覧会というか………巷では色んな噂が流れててね」

 

「そうっすか………というより、色物ってどういった意味でしたっけ?」

 

「鏡を見ればよく分かるんじゃないかな」

 

笑顔で答えるホアン。そこに、サーシャが一歩前に出て割り込んだ。

 

「ホアン少尉殿も同じと思われますが。それに―――――その年齡でCP将校とは。かなりの異例かと考えられますが?」

 

サーシャが言う。そしてそれは、事実の通りであった。CP将校とは、その役割からか、将来の部隊指揮官候補または元衛士が配属される場合が多い。前者は士官としての教育を受けた者で、その年齡は20半ばよりも上である場合が多い。後者は衛士として活動をしていたものが怪我をすることによって前線に立つことができなくなった後に転属するため、同じく20よりも上となるケースが高い。こちらは転属してからの再教育となり、教育には時間がかかるのが原因だ。まずもって、ホアンのような

 

――――20に達するかしないかの年齡で、なれるようなものではない。

 

「ま、私にはそれしかなかったからねー。拾い上げてくれたラーマ大尉には感謝、かな?」

 

「売り込んできたのはお前だろう。まあ、使えない奴なら拾わなかったがな」

 

その時のことを思い出し、苦笑するラーマとターラー。それを見て、ホアンは「いやー」と頭をかく仕草をする。そして、目の前にいる少女に目を向けた。

 

「そういう貴方は、サーシャ・クズネツォワちゃんだね」

 

「ちゃんは要りません。クズネツォワ少尉と呼んで下さい」

 

「名前で呼ばせてくれないなんてつれないなー。私の方はおねーさんと呼んでくれても良いんだよ?」

 

言いつつも、その顔には笑みが張り付いていた。笑顔ではない、張り付いていると表現が正しく思われるほどにうそ臭いのだ。そう感じているのは、武以外の全員で、だからこそターラーに訴えかける視線を送った。こんなCP将校で大丈夫なのか、と。

 

CP将校といえば、部隊全体のコントロールを求められる重要なポジションだ。であるからして、見たところ実戦経験も無いような小娘に務まるようなものではない。しかし、ラーマやターラーといった歴戦の衛士がそのあたりのことを分かっていないはずがないという思いもあった。だが、見た目と調子に不安になるのは避けようのないこと。

 

そして――――そのあたりの機微を察しているターラーが、答えを用意してないはずもなく。

 

視線を察したターラーは、配属された理由を説明しはじめた。

 

「………CP将校と言えば、将来の部隊指揮官の候補となる者が配属される場合が多い。これは知っているな?」

 

「はい。って、ああ。そんな人がこの部隊に来るわきゃないですね」

 

リーサが納得と頷いた。このクラッカー中隊、さきほども色物と評された通り、部隊のイメージとしてもたれているのは"戦術機愚連隊"。問題児ばかりが配属されるし、過去の悪名もあるのだ。そんな部隊にエリートばりばりの、将来の指揮官として見込まれている士官が望んで来るわけもない。同じエリートである上層部がそのような配置をするはずもない。

 

「次に、元衛士。負傷などが原因で前線に立てなくなったもの。こちらのタイプのCP将校は、すでに最前線へと行っている者がほとんどでな。残りの者も、基地に駐留しているエース部隊に配属されている」

 

こちらの、元衛士のCP将校は、総じて能力が高い。元が衛士というのもあり、前線を熟知した後に教育を受けるため、状況判断能力や即応性が高い、有能なCP将校になりやすいのだ。特に最前線に、との志向を持つ者が大抵で、エース部隊には特にこちらの元衛士のタイプのCP将校が配属されることが多い。対して、前者の部隊指揮官候補。こちらには当たりがあるが、外れもあるのだ。

 

能力の高い者は本当に高いのだが――――士官上がりゆえか、ザンネンとしか言えないCP将校もまた存在する。それでも絶対数が少ないため、CP将校は引く手あまたになるのだが。

 

「そうですか………で、こちらのホアン少尉は前者ですか?」

 

「いや、後者だ」

 

「よく引っ張ってこれましたね?」

 

「………少尉はな。良家のご子息達が集まっている、アホな部隊に配属されていてな。実戦の回数は、数えるほどもないらしくてな」

 

「ちょ、無いんですか!?」

 

咄嗟に叫ぶ武。ターラーはそんな武の頭をぐわしと掴んだ後、最後まで聞けと笑顔で告げた。

 

「こいつ自身は違う。元衛士で、死の八分は越えている。衛士としての実戦経験はあるんだ」

 

つまりは、負傷が原因で衛士として戦うことを諦めざるをえなかったということ。その情報に、皆は少しだけ安心した。だが、問題点は消えていない。

 

「ということは、ホアン少尉はCP将校として実戦を経験したことはないと?」

 

「ああ、シミュレーターでしか管制をつとめたことが無いらしいな。なに、今は無いというだけ。これから育てていけば問題ない」

 

フォローはする、とターラーが付け加える。彼女自身、腐るほどに実戦を経験しているのもあるので、贅沢は言わない。必要な人材など、求めても得られない場合がほとんどだ。人材不足の戦場にあってはなおのこと。ならば、持ってくればいい。その理屈で、ターラーはこのホアンを一から育てようとしていた。フォローしつつ、一人前になるまで鍛え上げる。ターラーがその全てを請け負うことは流石に不可能だが、ホアン少尉自身に。

 

「なに、2年程度であの難しい教習課程をクリアした努力家でもある。

 

中々に面白い奴でもあるし、あそこで腐らせておくにはもったいないとも思ってな」

 

「ちなみに良家のクソ――――お坊ちゃまの中隊には、同じような境遇の方が補填されたそうです。うん、割れ鍋に綴じ蓋?」

 

「えっと、ホアン少尉? いま、何かクソとか聞こえたような気が」

 

「聞き間違いだよー、タケル君。オーケー? あと、敬語はいらないよ」

 

にこりと笑うホアン少尉。その光景を見た皆は、納得した。そしてつぶやく。"染まるまでもなく色物じゃねーか"、と異口同音に。その様子を観察していたラーマが、まとめに、と口を開いた。

 

「といった具合に、この中隊に相応しい素質はある。必要な人材と言ってもいい」

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。それに、言葉だけで信頼は勝ち取れないことは、衛士ならば知っていることだろう」

 

「ええ。口だけ回る衛士は信用さえもできない、ですね」

 

戦場において、まずもって重要なのは能力だ。能力からして、用いても問題ないと判断された衛士は、信用を。頼っても折れないとされた場合は、信頼を。口だけではない、実質の能力の高さのみで評価されるもの。ゆえに、口だけ回って格好をつけているだけの衛士など、信頼はおろか、信用さえ勝ち取れない。ホワンは、笑顔のままで敬礼をする。だが、その声には戦場のルールを知る者特有の、重厚な意志がこめられていた。

 

「………まあ、まだ信用もしていないがな」

 

「当たり前だ。示さず信じろというのは暴論だろう」

 

アーサーに、フランツが答える。他の面子も似たような感想を持っていた。武だけは、なんとなく大丈夫そうだなー、との柔らかい感想を抱いているが。

 

「ともあれ、今は訓練だ。全員、搭乗を開始しろ!」

 

ラーマの声に、クラッカー中隊が動く。かくして、苦節1年にしてようやく。部隊としての最低限の構成ができたクラッカー中隊の、初めての訓練が開始された。

 

 

 

 

 

 

「とはいっても、まだまだ改善点がおおいなー」

 

「仕方ないだろう。こればっかりは、一朝一夕というわけにはいかないからな」

 

武の声に、紫藤が返事をする。内容は、午前中の訓練に対してだ。対BETAを想定したシミュレーター訓練だった。それが終わった後、クラッカー中隊は食堂で昼食を取っていた。合成食料で作られた料理が皆の前に並んでいる。合成だからして、味は天然のそれよりもはるかに落ちるが、それでも食べられるだけましというもの。

 

加えて言えば、亜大陸の防衛戦の終盤に食べていた、急ごしらえで品質も良くない、いわゆる激マズの料理よりは幾分かマシでもある。日本の、合成食料とはいえど一工夫されたものを食べていた紫藤にとっては、それでも凄く不味いものではあるが。

 

かきこむように喰らった後は、各自で小休憩をしていた。それぞれに持ってきたレポートを開き、午前中に行った訓練と照らし合わせて、自分の機動について考えている。皆、レポートに夢中になっているせいか、無言である。頭の中に自分の機動を描き、その欠点となっている部分を削除しているのだ。レポートの内容をヒントにすることで、修正に修正を重ねる。そして空想上ではあるが、理想となる機動を描いているのだ。現在のような、不恰好な動作が多く、最速には到底及ばない、動作連結のロスが大きい。様々な点で無駄が大きい機動ではなく、誰よりも鋭く早く、より多くのBETAを屠ることができるような、戦場を飛びまわれる機動を。

 

そして彼、また彼女らの頭の中には、声も響いていた。その声とは、隊の鬼教官となったターラー中尉の声である。彼女はレポートの作成者であり編集者でもあるので、全員の修正すべき点を熟知していた。故に、ミスをすれば大声で指摘する。

 

午前中の訓練の時もそうだった。彼女は訓練生を叱る教官のように。間抜けな機動すれば罵倒し、判断のミスあれば罵倒した。汚い言葉ではなく、ただ事実を指摘し、どうするのかと聞いた。反発の意識があれば、「もしかして出来ないのか」、と嘲る声で何度も問いかけた。そうすることにより、衛士としてのプライドを刺激しているのだ。同時に、力量を上げることに対しての意識を強めさせ、また向上心を腐らせないために。

 

それは武達の心に響いていた。日本風でいえば「こなくそ」という思いが、渦巻いていた。武とサーシャは、単純に悔しいから。リーサ達はそれに加え、問題児である自分を意識しているが故に。アーサーを筆頭に、問題児達は上官の意見に全て従ったりはしない。理不尽なものあれば反発する心を見せる。それが納得できないものであれば、特に判断の誤りが明確であれば、いつまででも食い下がるほどに。およそ軍人らしからぬ意識。これで腕が良くなければ、とうに放逐されていただろう。だからこそ、自分の衛士としての力量を意識するのだ。

 

「これで腕も悪ければ、単なる頭が悪い"ハエ"じゃないか」と。そんな問題児達は、だからこそ他の衛士よりも高い向上心を持っている。

 

自己を確立する以前の問題。衛士として、人間として、最低限のラインを保つべく、寄りかかることができる力量を持つために。自分としての意地を礎に、更に腕を上げてやると常時息巻いているのだ。加えて言えば、"これでもか"というほどに欠点を羅列され、見せつけられたことによる悔しさもあった。

 

修正すべくと、熱心にレポートを読みあさっている。ホアンに関していえば、ターラーと話しながら、管制に問題点があったかどうかを口頭で話し合っている。ターラーから状況判断についての質疑があり、ホアンがそれに理論立てて答えていた。間違いがあれば、ターラーが指摘し、ホアンはそれを手元のメモにとっている。

 

そのまま、休憩時間が過ぎていき。やがて五分前になった時にターラーが席を立った。そしてレポートを読みあさっている皆を見回し、告げた。

 

「時間だ。次は西側の第9シミュレーター、駆け足!」

 

「了解!」

 

言われた武達は、また駆け足でシミュレーターに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け足する中隊は、近くの更衣室に走りこみ。そのまま急いで強化装備に着替え、終わったものから即座に搭乗していく。すでに着座調整は済まされている。速攻でシミュレーターを準備し、できるだけ早くに戦闘態勢に移行した。まるで去年の暮れか、今年の明けに行われていた激戦をなぞるが如くだ。速攻で戦場へと向かうといった、緊急時の戦闘を再現されているかのよう。これはターラーの意図でもある。シミュレーターでの、BETAの規模も同様の意図がふくまれていた。

 

常に実戦を意識すること。緊張感こそが成長の材料になるという、彼女の持論が故のものである。

かくして、演習は開始された。目的は午前中の内容と同じで、『一点突破による友軍の救助』というもの。これも、ターラーが設定したものだ。

 

孤立した味方部隊を助けるべく、一点集中でBETAの群れを突破することを最上の目的としている。シミュレーターに設定され、仮想のBETAが前方に展開する。数は師団規模。まずもって正面からぶつかれば押しつぶされる数だ。だが、目的は突破にある。神速の侵攻をもって、夜暗のような黒の群れを突っ切らなければならない。それを成すためにと、まずは中隊の切っ先――――最前衛の4機が突っ込んでいった。

 

部隊の先鋒、戦術機部隊に切っ先である突撃前衛(ストーム・バンガード)

その後ろにいるのは、強襲前衛(ストライク・バンガード)

突撃前衛はBETAの鼻っ柱に一撃を叩き込み、そのまま先頭の集団を撹乱する切り込み役だ。

隊においての死亡率は最も高いが、最も重要である役割をこなすポジションである。

装備は突撃砲に長刀といった、近接格闘をこなせるものが選ばれる。また、特に高速機動や瞬間的状況判断力が要求されるもの。そのため、機体操縦の技量や、近接格闘適性に優れた衛士が配置されるポジションとなる。

この中隊でいえば、クラッカー12の白銀武に、クラッカー11のリーサ・イアリ・シフだ。

 

もう一方、強襲前衛は突撃前衛と同じ切り込み役でもある。だが、こちらは制圧射撃を重視する装備が選ばれる。突撃前衛の撃ちもらしを強襲し、駆逐する役割もこなさなければならないからだ。

近距離から中距離の戦闘をこなせる技量、特に射撃による制圧力が重要となり、機動が重視される突撃前衛とは少し異なったポジションである。こちらはクラッカー10のアーサー・カルヴァートに、クラッカー9のフランツ・シャルヴェが該当する。

 

そして、通常は突撃前衛と強襲前衛は2機連携で動く。

 

「クラッカー12、左に突撃級!」

 

「っ、了解!」

 

武は後ろにいるアーサーの声に反応し、ブーストジャンプ。短距離跳躍を行って突撃級を躱し、過ぎ去ったと同時にウラン弾を柔らかい後頭部に叩きこむ。

 

「クラッカー11、右から要撃級!」

 

「あいよっと!」

 

リーサはフランツの声を聞くと同時に、レーダーを確認。ブーストジャンプによる加速で、正面と右にいる要撃級の隙間を抜いて、着地。空中で機体の向きを変えていたこともあり、着地のほぼ直後に射撃ができていた。隙だらけになっている要撃級の頭に、気持ち悪い体液の汚花が何輪も咲く。そのまま、敵の最前衛を駆逐したまま、群れの中に突っ込んでいった。アーサーもフランツも後詰めに徹して、武とリーサが撃ち漏らしたBETAを、特に要撃級をその照準に捉え、的確に撃破していく。そうして、武達が通った後にはBETAの空隙ができていた。BETAは固まって動く習性があり、シミュレーターにもそれはインプットされている。

 

自然、そこを埋めようと左翼、右翼に展開しているBETAが中央に殺到していく。だが中衛がそれを防いだ。

 

「前へ! 怖気付いてヘタるなよ!」

 

「冷静に、焦らず目の前の敵を仕留めろ!」

 

「「了解!」」

 

中衛は強襲掃討(ガン・スイーパー)迎撃後衛(ガン・インターセプター)が前に出る。

 

強襲掃討は前衛が拓いた突破口の確保や拡大を担う。状況によっては前衛の支援にも当たらなければならないポジションだ。この隊ではクラッカー8のマハディオ・バドル、クラッカー7のラムナーヤ・シンが該当する。

 

迎撃後衛は前衛の支援に後衛の護衛を担当する、中隊にとっては"継ぎ目"となるポジションになる。ここが崩れれば前衛は孤立し、後衛はBETAに真正面から曝されてしまうため、危機感知力と生存能力。そして突撃砲による制圧射撃力の高さが重要視されている。

また、前衛を見渡せる位置におり、後衛にも近い位置にいるので、互いの指示を出せるというポジションでもある。ゆえに判断力に優れた衛士や、指揮官などの部隊長クラスがここにいる確率が高い。

 

いわずもがな、指揮官であるクラッカー1はラーマ・クリシュナと、クラッカー2のターラー・ホワイト。

 

二人はマハディオとラムナーヤに指示を出しながら、自身も動き続ける。前衛によって開かれた空隙を死守しながら、突撃砲や滑腔砲などの射撃を主とした攻撃を放射状にばらまいていった。

 

そこに、後衛も加わった。

 

「少し後方を狙―――クラッカー4、右側面に!」

 

「っさせるか!」

 

サーシャがいち早く、察知した。その通信を受けた紫藤が素早く長刀を手に持つと同時に、刃が宙へとひるがえった。空気が裂かれるような音を幻視するほど、鋭く一刃が振り下ろされる。右斜めの袈裟斬りは過たれることなく直撃し、一体だけ突出していた要撃級の頭が断たれた。

 

「っしゃ、俺たちは直接狙うぞ」

 

「了解です!」

 

後衛、前に砲撃支援(インパクト・ガード)にクラッカー3のサーシャ・クズネツォワと、クラッカー4の紫藤樹。

 

最後尾に打撃支援(ラッシュ・ガード)にクラッカー5のアルフレード・ヴァレンティーノと、クラッカー6のビルヴァール・シェルパがいる。

 

砲撃支援は、長距離狙撃用に改修されている支援突撃砲を武器に、前衛への支援と後衛の護衛を行うポジションだ。敵味方が入り乱れることによって、刻一刻と変化する戦況を見極めた上で支援を行う必要があるため、高度な状況判断能力が要求される。また最後衛の護衛も兼ねるため、長刀を装備する衛士も多い。そうした、後衛の安全を確保しつつ、前衛の動くスペースを確保するのも役割のひとつである。

 

もうひとつの後衛、打撃支援は砲撃支援と同じとなる、支援突撃砲で援護を行うポジションだ。こちらは制圧能力を重視しているもので、格闘能力も必要とされる砲撃支援とは少し異なっている。前衛や中衛にせまる敵に、砲撃による牽制ではない、直接打撃――――"ぶち当てる"ことを優先するのだ。砲撃による牽制ではなく、数を減らすことも自らの役割としているポジションである。

 

サーシャ達は撃ちもらしの敵を近寄らせず、主に中距離、仕方のない時は近接の長刀で蹴散らしながら、一人は最前衛の側面へ。もう一人は中衛の制圧射撃に参加する。

 

その支援を受けている最前衛の4人は、砲撃によりその動きを鈍くしたBETA達の群れの中へと。更に奥深く、敵中の只中へ突撃していった機動と直感に優れる武とリーサ、瞬間的状況判断と射撃に優れるアーサーとフランツ。この4人は隊の中でも操縦技量が高く、危なげない動作でBETAの群れを翻弄していた。しかし武の射撃能力は高くなく、背後にいるアーサーに負担が多くかかっていた。

 

もう一方のリーサは、違う。彼女の射撃能力は部隊の中で五指に入り、またフランツも高い射撃命中率を誇っているため、こちらはさくさくと前に進めていた。自然と、戦闘が続くにつれ、リーサ達が突き進んでいる<左翼方向>が突出するような形になってしまう。

 

『クラッカー2、<左翼側>が突出しすぎです! 右翼を待つべきかと!』

 

突出しているがゆえに、BETAが集中しやすい。CPからの報告もあり、現状を確認したターラーが動く。このままでは孤立し、各個に撃破されてしまうだろう。それをおとなしく享受するターラーではない。まずは自分が前に出て、制圧の咆哮を上げた。

 

「全力で蹴散らすぞ!」

 

「了解!」

 

宣言の後からは、文字通りの蹂躙がはじまった。ターラーが撃てば当たり、斬れば裂かれるのはBETAである。この中衛の4人、中でも特にターラーの力量が並外れて高かった。素質が高いのもあるが、その上で幾度もの死線を乗り越えてきたが故であろう。周囲に指示を出しながら、ラーマに状況の通達を行いながらも、分間の撃破数は中衛の皆を上回っている。気を配っているのは確かだ。かといって、攻撃に回らないわけでもないということ。

 

中距離射撃、近接格闘も隊の中では一番を誇る彼女だけが成せる御業である。指揮補助の片手間にでさえ、それでも中衛では一番多くの敵を撃破していた。敵集団の間合いを完全に見切った上での、一切のムダがない攻撃が中衛の前方で爆発する。それに追随して、サーシャも前衛やや後方へと支援砲撃を開始。遅れていた右翼が、突出していた左翼に追いついた。

 

『クラッカー2、右翼に敵の集団が接近中です!』

 

「チィ…………!」

 

それでも、敵の数はそれを上回る。一時の撃破を成し得たとはいえ、左翼と右翼のアンバランスは変わらないまま。ターラーの活躍、また後方からの支援によりそれからいくらかの戦闘は継続され、ある程度のバランスを保っていたが、しばらく経過するとそれも限界に来ていた。

 

敵中突破とはいうものの、それは神速の侵攻が最低限の必要事項。もたつけば、いずれ数に押し包まれて潰されるのは自明の理であるからだ。故にもたついている間に包まれてしまっては、果たせるべき理合もない。なによりBETAの大軍に包まれること、それにより消耗されるのは、機体と中にいる人間だった。

 

やがて弾切れになり、集中力も途切れてしまったクラッカー中隊は、時間がたつにつれ。各個に撃破されていった。

 

『全機撃墜。任務失敗―――――シミュレーターを終了します』

 

無情なるCP将校からの声が告げられる。一回目は失敗に終わった。かといって、中隊の戦闘能力が低いことはない。むしろ、ほめられていいほどに持っていた。突破した距離は全体の4/5以上。並の部隊であれば1/3を越えることなく全滅していた戦況の中、あと一歩というところまで突破していたのだ。満足してしかるべき。そう、然るべきなのである。

 

――――だが。

 

「ふ、ふふふ。無様だな、俺たちは」

 

「全くもってそのとおり。不甲斐ないにも程があるッ………!」

 

「くそ、もう終わりかよ!」

 

「上等だァ、燃えてきたぜ…………!」

 

前衛の4人が、絶賛延焼中だった。前衛だからして、隊の全滅の責任は自分にあると考えている。そもそもシミュレーターの状況が無茶だとか、想定されているクリア制限が無謀だとか、そんな事は考えない。それよりも先に、失敗という文字に気を取られている。

 

「もう一回だ! ホアン、もう一回!」

 

「はあ………ですが、隊長。休憩と反省も無しに、よろしいのですか?」

 

「やってくれ」

 

呆れながらも、ホアンがラーマに聞き直す。対するラーマは、むしろ笑みを浮かべながらも、もう一度の提案を飲み込んだ。自棄であるならば止めただろう。だけど前衛の4人からは、やる気と負けん気、それ以外が感じ取れない。

 

(燃えている。そう、燃えているならば、水をさすのは愚行だろう)

 

問題児だからして、やる気もまた問題児級であることは疑いなく。負けん気も、意気もまた、通常の衛士には持ち得ないレベルで備えている。それを知っているラーマは、むしろ続行を推奨した。元から無茶な作戦を。通常の部隊ならば、成功確率は5%以下の条件である戦闘条件を変えず、むしろ厳しくなる方向に修正しながら。

 

「行くぜぇ!」

 

「足引っ張んなよ!」

 

「誰がっ!」

 

「猪だけはやめろよ!」

 

「こちらも後詰めだ、腑抜けるなよ!」

 

「あー、熱くはなりすぎるなよ?」

 

「やれやれ、無茶な前衛に合わせるのも後衛の仕事かね」

 

「………そこ!」

 

「くっ、左は自分に任せて下さい!」

 

 

 

戦意に猛る者達の声が鳴り響く。

 

どこまでも負けず嫌いで、勝つためにと。その演習は夕飯も忘れて夜遅くまで続けられた。

 

 

 

 

 


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