Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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4話 : Wordless Talking_

殴ってようやく理解する。

 

 

殴られてようやく理解する。

 

 

痛みは全てを教えてくれる。

 

 

人が人の死を、比類なき教師としてきたように。

 

 

 

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衛士にとって、戦術機の技量とは自らを示す性能の一部のようなものである。あるいは筋力に等しい。腐らず諫め、鍛え続けた者だけが、強靭なそれを身にまとうことができる。ゆえに汚され、怒らない者はいない。誇るべき宝物だからだ。戦場にあって、自己を守り、戦友を守り、背後に居る者を守る宝刀。例えそうではなかったとしても、垢に塗れた手で触られれば激昂する。

 

そして、勝負の日。両者は各々の怒りを正面に、構えて対峙していた。

 

「えー、ではー、只今よりー。Aチーム対Bチームの模擬戦をー、始めます」

 

アルフレードの抜けた声が響く。

 

「もちっと緊張感もてよ、イタ公」

 

「もしかしてワインが脳にまで回ったか?」

 

絶妙な言葉の銃弾。それを受けたアルフレードは、抜けた表情を保ったまま、内心でため息をついた。すなわち、要らん火が点いている、と。彼にしても、この勝負は納得していた。武の言葉は至極尤もで、これが一番手短で有用な手段だとも。だが、それもまとまる予兆が見えていてこそだ。もし、この勝負がこじれ、決着の後にまで尾を引くような真似があれば、それこそこの勝負に意味はなくなる。そう思い、両者の猛りきった頭を、抑えようとしたアルフレード。

 

だが彼は、己の目論見は水泡にきしたことを知った。最早、お互いに意識は前に。対峙するものへと、傾けられている。ついでと、最後の火を点けた。

 

「はは、ライミー君もエスカルゴ君も。みっともないから八つ当りはよそうねー」

 

「「うるせーよパスタ野郎!」」

 

イギリス人とフランス人。それぞれに使われる蔑称で呼ばれ、激昂するアーサーとフランツ。

感情の激発。だが、それは言葉だけのものではない。

 

――――八つ当りという言葉に含まれている。その言葉が何を意味するのか、アルフレードは知っていた。

 

話は、ちょうど一週間前にまで遡る。隊での訓練が終わった夜、アーサーとフランツはリーサに話を聞いた。二人は問う。あいつらはそれほどのものか、と。

 

対するリーサは、言った。今でさえ、伸びしろがまだまだある現時点でも突撃前衛っぷりじゃあアタシにだって負けてない、と。

 

彼女の力量を知っている二人は驚いた。その返答が、彼らにとって全くの予想外だったからだ。このノルウェーの女衛士は、優秀だ。もう一人の女衛士、ターラーには総合力で及ばないとしても、リーサ・イアリ・シフは二人をして認めざるを得なかった凄腕である。役割を熟知しているし、前衛を務める者としてのプライドも持っている。亜大陸の戦場でも、北欧出身の女衛士の名前は聞かないこともなかった。そんな彼女が、何の気負いもなくただ事実だけを、と告げた言葉。それは少なからず、彼らの心を波立たせた。

 

(必死に訓練してたもんなあ………)

 

アルフレードも、アーサーとフランツの心境の全てを察することはできない。それでも洞察力に優れる彼は、その後の行動からいくらかは予想できることがある。極めて似た解答に辿りつける能力はもっている。情報収集と解析。どれも危険の多いスラムで生き延びるには必須な能力で、また軍の中でも有用である。最後の火を点けた理由は、それだ。元よりどちらも引かない身であるならば、せめて真正面から当たりやがれ、と。

 

(だから、そんな怖い顔しなさんなって)

 

アルフは副隊長からカミソリ付きで送られる視線を感じながら、ウインクする。信じろ、という言葉を視線にこめて。だけどどうにか――――誤解されたのか、アルフレードは見た。ターラーの親指が、首筋にクイッと横に薙がれるのを。

 

そうして、1人の恐怖を抱え込んだ男の事の次第はともあれ、勝負は開始された。

まずは一試合目だ。武とリーサ、アーサーとフランツがそれぞれのシミュレーターに入っていく。

互いに、準備運動など必要ないほどに、意気は高まっている。網膜に戦場が投影された。

 

そのフィールドは武がインドの戦場で戦った中で最も多かった荒野ではなく、廃墟が乱立する限定的な戦場だった。倒壊した高層物が遮蔽物となり、また障害物ともなる戦場だ。

 

武は思う。ここは――――慣れたフィールドではない。理解しながら、気にせず深呼吸をした。

 

「緊張、してるか?」

 

「まさか。呼吸を整えただけです」

 

その言葉には、嘘もあり真実もあり。総合していえば、どっちもだった。武も、このような戦場においての戦闘経験はない。インドで経験した戦場、その大概が、荒野の上での迎撃戦だった。だけど知識としてはもっていなくもない。それもそのはず。武は、近接戦闘においての力量と、その知識についてはインドに居た頃と比べ物にならない。灼熱の空の下、世界的に有名な精兵に。肉にて刃にて打ちのめされ、それを学んできたのだ。その知識の中に、遮蔽物がある戦場についてのものは存在する。自分が遮蔽物を利用する方法。相手との戦いで、それが障害物となる時にどうするか。どちらも実戦形式というか骨に肉に叩き込まれる形式で教えられている。

 

だが、それは欧州の二人も同様だ。すでにその半ば以上が侵攻されている欧州、その戦場の半分が廃墟を場所とした上での戦闘である。任官して5年程度、ベテランと言えるほどの実戦経験はないが、新兵の域はとうに越えている。

 

「3、2、1…………始め!」

 

ターラーが開始を宣言する。

 

―――――その、直後に両者共に動いた。Aチーム、武機が前方に噴射跳躍。突撃砲を牽制に撃ちながら、一気に距離を詰めようとする。Bチームの二人は冷静に見極め、突撃をかわし、遮蔽物に身を隠した。すぐさま反撃に出る。アーサーが遮蔽物から飛び出し、武機とリーサ機に注意を向けさせた。もたつかない、まずまずの素早い機動だ。遮蔽物の間から見える影を見ながら、対する二機は銃口を定められないでいた。

 

その直後、側面からフランツが奇襲。同時に、回避に専念していたアーサーも攻勢に入った。

正面からアーサー、左からフランツ、十字の砲火が武達を襲う。狙いは白銀機。だが、武とリーサは攻撃の直前に攻撃の予兆を捉えていた。

 

『見え見えだ、読めてるぜ!』

 

ブーストジャンプでその場を退避。危なげなく避けると、お返しにと突撃砲を叩きこむ。

 

『ふん、小手調べだ』

 

『舐めてんのか!?』

 

『舐めてるわけじゃない。やってやるって言ってるんだ』

 

武機の正面に居たアーサーは、射撃を終えた後、即座に移動していた。遮蔽物に隠れ、反撃をやり過ごす。だが、武側の攻撃が止んだとたんに、また反撃の体勢に移った。戦闘のスタイルは変わらず、アーサーは前に、隙をついてフランツが奇襲を仕掛けた。

 

そこで、リーサは相手方の狙いに気付いた。十字砲火も、こちらには飛んできているが少なく、足止め以上のものにはならない。銃火の大半は武機に向けられていた。

 

(………なるほど、ね)

 

リーサは心の中で頷く。囮と奇襲、そして集中する銃火。そして撃っては隠れる、ヒットアンドアウェイを重視した戦術。はっきりと違和感がある。リーサの知っている二人の戦い方とは、津波のような怒涛の攻勢である。凸凸の文字通り、極めて攻撃的な戦術で敵をいち早く殲滅する。今回は対戦術機戦とはいえど、こうして慎重な戦術を取るのは有り得ない。

 

――――だから、分かった。自分の得意な戦術を封じて、一体なにをしようというのか。狙いは明白で、むしろあからさまにすぎる。アーサー達の戦術志向を知らない武をして、数分戦えば気づくほどなのだ。

 

そうして、武は心の中で先程の言葉を噛み締める。

 

(小手調べ、試してるって言ったよな)

 

つまりは本気でない。ということは、何であるのか。武は、自分の置かれた状況。そして攻撃の集中する自分を客観的に見て、結論を下した。理論を組み立てることが得意でない武は、しかして直感力に秀でている。

 

培った知恵か、もしくは――――夢の知識か。ともあれ、白銀武という少年の戦闘勘は、世に稀と言えるレベルになっている。だから、怒った。歯ぎしりの音が、通信に紛れ込み始める。

 

(ふ―――)

 

浮かんだのは単語。それには万を思わせる感情がこめられていた。まるで噴火前の火山。少年は怒った。試すように積み重ねられる銃弾。集中する銃火。しかして、倒しに来ていない戦術を悟った少年は、怒った。故に対する返答は、感情による爆発と。

 

『ふざけんなぁっ!』

 

明確な戦意。武はそれらを全てまとい、声と同時に疾駆した。全開の噴射跳躍。武の機体が、それまでとは比にならないぐらいの速度で、駆けた。そよ風から激となる疾風へ。一度制御を過てば激突死と成りうる速度で、遮蔽物の隙間を駆け抜ける。だが、それに反応できないほど、アーサー・カルヴァートという衛士と、フランツ・シャルヴェという衛士は鈍くない。

 

敵方の技量に若干驚きつつも、刃の鋒の鋭さをもって応答した。それは戦意だ。策持たず特攻する無頼に対しては、ウラン弾の用意ありと、反撃の銃口を突撃してくる機体の中央に添えた。

 

トリガーに指がかかる。狙いを定め、引ききるまでにかかる時間は、わずか一秒にも満たない。

 

――――その直前にはもう、武機は横にブレていた。

 

『な!?』

 

予知染みた鋭すぎる反応に、フランツが標的を見失った。

同時に、武が突撃砲を放つ。

 

『っ振り切れないほどじゃ!』

 

反射神経に優れるアーサーは、それに反応する。銃撃の反動で減速する武機を、見失うことなく捕らえたのだ。風の早さで照準を合わせ、同時に引き金を引ききった。音速を超過する弾が風を切って襲いかかる。そして虚しく空を切った。

 

『上か―――』

 

武は、とっさの判断で上へと跳躍していたのだ。なるほど、ことこの場に至っては、見事な反応で良い判断だと言えよう。だけど、それがなんだというのか。対するアーサーは、失望の意を見せていた。なぜなら、空に長時間留まるは、衛士の愚策。これがシミュレーターで、今は模擬戦だとかなんだかは――――実戦を知る衛士にとっては糞にも劣る言い訳である。

 

衛士の機動は全て実戦に基づいて行われるものだし、模擬戦といえどもその掟は変わらない。故に失望。故に侮蔑。アーサーも、そしてフランツも苦し紛れにして、何の意味もない機動を取った武を哀れんだ。

 

『と、思うよなあ』

 

リーサの声が通信から聞こえ。そして、二人の哀れみの念は、驚愕の声に変わった。

 

『な、ん』

 

『なんでもう着地、してやがる!?』

 

一人は、予想外と。一人は、意味不明と。趣は違うが、共に混乱の境地にあった。二人は優れた衛士だ。計算もできるし、状況判断能力も秀でいている。故に、理知の外にある光景を見れば、まず眼を疑わずに考えてしまう。飛ぶ前に見た、あの速度。そしてあの勢いで噴射跳躍を行えば、あと数秒は飛び続けるはめになる。

 

それは事実で、明確な答えである。なのに目の前の機体は答えを無視した。有り得ない速度でもって、墓場から現世に帰還していた。およそあり得ることではない。二人は、サーカスでままある、有り得ない人外の大道芸を見せられた後に味わうような、理不尽を胸に抱く。驚き、状況の修正を自分に強いる。

 

だけど一方の武は、常識の理外の早さですでに地面に降り立っている。背を向けていた時間は刹那、見事な動作で機体を反転させながら水平方向、敵機へまっすぐに"跳んだ"。

 

「ちいっ!」

 

驚愕から覚め、アーサーは横に跳躍した。そのまま、遮蔽物の隙間をぬってフランツが居る所にまで戻る。

 

『おい、今なにがあった?』

 

『………下に、跳躍した。機体にかかった慣性力を制御したんだろう、空中で機体の向きを変えつつ、空に向けて噴射』

 

『おいおい、本気かよ』

 

『貴様の眼と一緒にするな。見たさ。あの体勢で、機体の重心を制御しつつ、な』

 

宙にて姿勢制御とあるが、事はそう簡単ではない。機体に作用している慣性力と重力を細かに把握しなければ、機体は思った方向に動いてくれない。ともすれば頭から墜落する。それを事も無げにやってみせて、かつ即座に攻撃体勢に戻ることができる衛士など、少なくとも二人の記憶の中には存在していない。

 

『さて、どうする?』

 

『もう様子見なんて、悠長な真似――――?!』

 

作戦を決める会話。それすらも許さないと、二人の頭上に影が舞う。

 

『タイムの声は聞いてねーぜ!』

 

今度は武の方から仕掛けた。頭上から、固まっている二人に向けて斉射。いくらかが機体にあたり、シミュレーターの中で赤信号が鳴る。それでも、撃墜はされていない。二人は寄り添いながら退避して――――そこにリーサが詰めた。

 

『女を、待たせるんじゃないよ!』

 

狙いすました一撃。しかしそれは、むなしく遮蔽物に当たって散った。そのことに、アーサーは安堵する。当たればまずかった、と。しかしフランツは瞬間、訝しげに眼を細めた。リーサの射撃に違和感を覚えていたのだ。

 

『あの距離、間合い、いくらなんでも―――――』

 

当たらないはずは、とそこでフランツははっとなった。当たらないのではなく、当てないとしたら。その答えを、とレーダーを見たのだ。そうして悟る。さきほどまで、背後に置き去りにしていた武機。その信号は、すでにその場所になくて。

 

どこに、と呟いた直後に、通信から声が現れた。

 

『歯ァ、食いしばれぇ!』

 

側面から武が突進。ひるがえった長刀が振り下ろされ、フランツ機の横っ面を捕らえた。疑いなく、致命打。フランツの機体が破壊されたことにより、ブザーが鳴った。僚機であるアーサーは、それを知りつつも――――

 

(まだだ!)

 

即座に反撃に出た。今や自分は1で、相手は2である。この瞬間を逃せば数的に圧倒的に不利、どう考えても勝ち目はなくなると判断して、攻撃直後の武機へ襲いかかったのだ。長刀は振り抜いた後に、手元まで戻す動作が必要になる。それは絶対的な隙で、付け入る理由になりうるもの。

 

――――だが、武はそれを無視する。襲いかかる敵。それを認識した後、武は長刀をそのまま地面へ"落とした"。

 

(捨て――――しまっ!?)

 

武の手、すでに"重し"なし。無手になった武は、素早く後方に跳躍し、アーサーの短刀による致命打を間一髪で避けた。そして、吠える。

 

『喰らっとけぇっ!』

 

空想の撃鉄が引かれた。至近距離より突撃砲の雨を叩き込んだ。それは寸分違わずコックピット周りに命中した。アーサー機の土手っ腹に、銃口大の穴を"こさえされる"。

 

そのまま、赤い警報音と共に両チームの網膜に『模擬戦終了』の文字が投影された。

 

 

 

 

試合終了のブザーがなって、戦っていた者たちはひとまず外へと出た。両者の表情は対象的だ。明るい顔と、狐につままれたような顔。その明るい顔の方で、ぱーんと、ハイタッチの音が鳴った。

 

「やったね」

 

「ああ」

 

サーシャが、静かな表情のまま言う。だけど、ハイタッチしているのを見るに、かなり嬉しがっているようだ。リーサは遠目にそれを見つつ、二人に近づいていく。

 

「よくやった。本気で腕ぇ上げたな、お前」

 

「リーサ少尉もです。最後、片方を抑えてくれてありがとうございます」

 

「ああ、気にすんな。あそこで何もしなかったら、それこそ私がいる意味ないからな。それよりも、見ろ」

 

向こう、シミュレーターから降りたアーサー、フランツ、両少尉は、真剣な目でこちらを見ている。既にその目に侮りの色は無い。今の模擬戦を見ていた、紫藤もだ。むしろ何が起きたかをはっきりと理解しているため、アーサー達よりもその意気は鋭い。

 

「………やっと見れましたね」

 

それはこそぎ落とされた顔だ。御託という面の皮が、まるまるはぎ取られた顔。後に残るのは、一人の軍人としてのそれ。本来の『衛士』の表情。3人はどちらかと言うと"男"としての表情が多いな、とはリーサだけが思っていたが。

 

「負けず嫌いだな………だが二人とも、本番はここからだぞ。気だけは抜くなよ」

 

「分かってます」

 

元々こっちにも余裕なんてないですし、と武はぼやく。武は今の戦いで悟っていた。敵の技量に侮れるものなど、どこにもないと。総合的に見れば、勝率はこっちの方が低いかもしれないと。

 

(BETAを相手取るのとは、まるで勝手が違うし)

 

相手の質が違いすぎるから、取るべき戦術も違う。実戦の中で培ってきた経験、役には立つがそのまま使えるというわけでもない。対人用に加工する必要があるのだ。そして、それを前提にすれば、分はむしろこっちの方が悪いと、武は考えていた。油断が無ければ、今の勝負だってどうなっていたのか分からない。それを把握し、受け止め、噛み締める。

 

そしてやるべきことの困難を悟った。なぜならば今は、相対する3人の眼に油断の気は皆無であるからだ。

 

「………目え覚めましたか。でも、望む所です」

 

あの腑抜けた意図を、根こそぎに覆してやれた、と武は言う。

 

「だね。でも、意識の切り替えが早い。こちらこそ、油断はできないかも」

 

サーシャが同意する。本気の眼に、本気の感情。先ほどまでのように、『試してやろう』なんて心算が消えたことを悟る。それは誰もが悟っていたこと。リーサも、アーサー達も。

だが一方で、少し離れた場所。隊長、副隊長の横の一人は、武の言葉の意味を理解できないでいた。

 

「大尉………その、意図とは?」

 

少しは考えた。だが分からず、紫藤は素直に大尉に聞くことにした。次は自分の番で、それは知っておくべきことだと考えたのだ。問いを向けられたラーマは、紫藤の言葉を聞いた後、眉間にシワを寄せ、しばらくして思い出したように顔を上げる。

 

「………ああ! そういえばお前はまだ実戦をさほど経験していなかったな」

 

得心いった、と言いながら、大尉は頷いた。そうして、やや不安げな表情をしている紫藤に説明をはじめる。まず、ラーマは誇りを説いた。

 

「衛士ってやつは、ひとりひとり違うが――――誇りを持ってる。矜持ってやつだ。戦場の先。嘘のないその場所で、命のやり取りをしているという自負だ。それだけは、爆発したって変わらない厳然たる事実なんだよ」

 

殺されても消えない、ある意味での永遠だと大尉は解釈している。火薬の轍の上で、それでも逃げずに戦うことを選択した者たち。

理由は違えど、あの化物を倒そうと"決めている"人間。

 

「あそこは夜の海の嵐に近い。技術や知恵で越えられはすれど、運が悪ければ大波の一発で藻屑に変えられる正真正銘の死の嵐のど真ん中さ――――模擬戦とは違う」

 

いわばぬるま湯だ。身体は暖まろうが、そこに浸っているだけでは鋼には至れない。嵐には程遠い、ちょっと強い風の日、ニュースにもならない普通の日といった所だ。なぜならば、実機であればいざ知らず。シミュレーターでは、まず人は死なない。撃墜されても、どうあっても、死なない。命を奪う本物の嵐には決して届かない。

 

そんな場所で、アーサーとフランツは問うた。『銃撃満ちる戦場にて、お前はこの嵐を乗り越えられる突撃前衛。曰く"ストーム"バンガードになれるか』と。

 

それに武は、機動と斬撃、そして銃撃でもって回答した。

 

『鉄火場を身に知る俺を、空想の嵐で試してくれるな』と。

 

「ま、挑発の意味もあったんだろうけどね。あとは武の技量の見極めか。で、返答は手痛い一発っと」

 

「………確かに、技量は素晴らしかったと思います。しかし冷静さが足りていないのでは?」

 

あれでは良い的になります、と紫藤が言う。だが、それをリーサは鼻で笑った。

 

「その意見も小賢しいってんだよ。誇りに迫る銃弾、それを理屈で回避しようって奴に、突撃前衛は務まるものかい。それに、ここにおいて重要なのは勝ち負けじゃない」

 

「それは負けてもいい、ということですか。しかし勝負は勝たねば意味がありません」

 

武家らしく、勝負にこだわる紫藤。そこに、ターラーがフォローに入った。

 

「………まあ、冷静さにおいてと、誇り云々に関してはもう一意見あるがな。重要さについてはリーサの言うとおりだ。

 

この模擬戦は互いの優劣を競うためにやっているんじゃない」そして、ターラーは問うた。

 

「紫藤少尉。我々軍人とは、一体なんだ?」

 

「………民間人を守る者です」

 

ぼかした問いに、紫藤は答える。ターラーはそれに頷きながら、少し違うと付け加えた。

 

「それも重要だが、言葉が足りんよ。軍人にとって何より重要なのは――――任務を達成することだ」

 

軍人は任務の中に在り、任務を果たす者。任務とは、すなわちその場においてやらなければならないこと。消化すべき目的のことを意味する。

 

「そこで、だ。お前も当該者であるなら、この模擬戦の主旨は理解しているな?」

 

「―――はい。なるほど、そうですか」

 

そこでようやく納得した、と紫藤は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「言いたいことは伝わったようですね」

 

眼つきが変わった、と武。

 

「相変わらずの変態機動だね。さすがはタケル?」

 

「ほめてねえよ!?」

 

肩を叩いて労うサーシャに、武は叫んだ。リーサは、それを呆れたような眼でみている。

 

「仲がいいのも結構だけどね………次だよ、わかってる?」

 

「ええ、承知していますよ」

 

 

油断も言葉も抹消された。次からこそが、衛士の腕での語り合いになることは明白。

 

本当の意味での真剣勝負は、この次の試合からになるのだ。

 

それに対し、武はむしろ子供のように喜んだ。ようやく面白くなってきたぜ、と笑みを浮かべる。

 

そうして、二試合目の準備が整う。シミュレーターの中、紫藤はひとり頷いた。着座調整も完璧。そして、口ずさんだ。それは向こうにあるもの。空想の嵐では足りぬと、返答をした少年に思ったことを口に出して並べる。

 

「子供じゃない。いや、子供だが―――自分の知らない戦場を知っている。戦士だ、軍人だ、そして衛士だ」

 

ともすれば自分よりも。言い聞かせるようにつぶやき、それを飲み込んで、紫藤は考えた。

 

――――紫藤樹は、面こそ女性のようだが、芯はれっきとした武人である。矜持もあれど、敵を侮り侮辱するような真似はしない。今までは、無知ゆえに相手を見誤った。そして知ったいまこそ、改めるべきだと考えている。隣を見る。アーサー少尉も、同じような表情を浮かべている。

 

紫藤はそれを確認すると、拳を握った。言葉の意図、その回答をつぶやく。

 

(目的は、一つ。互いの力量が信頼に足るかどうか)

 

子供ではあっても、といった己の矜持はある。だけど、それを主張する立場でもない。

 

(死地を知らない自分が、何を言っても――――)

 

それは囀りでしかないと、自覚する。故に、とつなげていく。

 

(試すなら、空想の銃弾など頼ってくれるなと。お前ら自身が全力でかかって来いということだ!)

 

ならば死ぬ気でやりあわなければ、真価は分からない。紫藤はそれを理解して、決意した。

直後に、2試合目の開始が宣言される。

 

両者は、ひとまず、動かず。だが、声だけが互いのもとに届いた。

 

『白銀武、サーシャ・クズネツォワ』

 

『呼ばれたぜ』

 

声を。声を聞いた武が、嬉しげに笑う。その声色に含まれた、白刃の意志を無意識にだが感じ取って。そして意気は息に、言葉となって叩きつけられた。

 

『全力で行くさ、もう舐めはしない――――かかっていくぞ、白銀少尉!』

 

『上等だぁ!』

 

『先約は俺だ、ひっこんでろガキ!』

 

紫藤に武、アーサーの男3人が、挨拶がわりだと吠え。

 

『………えっと、このノリについていかなきゃダメ?』

 

取り残されたサーシャが、少女みたいに戸惑いをみせた。そんな、それぞれの思い思いの声が、戦闘開始の合図となった。

 

初手はまずアーサー。紫藤の援護射撃を受けながら、武機の脇をすりぬけ、サーシャの元へと迫る。自分の得意距離になると同時に射撃。弾は正確に、サーシャの機体の中央へと飛んでいった。だが、サーシャもインドの激戦を戦い抜いた衛士だ。見え見えの攻撃など受けるはずもなく、射線と発射タイミングを見切ると、隣にある遮蔽物へと跳躍し、やり過ごした。

 

一方で武は、サーシャのところへ戻る――――と見せかけて、そのまま紫藤の方へと突っ込んでいった。

 

『こっちから来たぜぇ!』

 

『望む所だ!』

 

紫藤は武の射撃を避けながら、サーシャと同じように遮蔽物の陰へと飛んでいく。その隙間を縫うように動き、武の追撃を逃れる。このまま隠れるのか。そう判断した武は、追撃にと上へ飛ぶ。だが、空の上で待っていたのは、紫藤による迎撃の射撃だ。武は読まれていた、と感じ、反転して着地した。

 

『っ!?』

 

同時に、跳躍。そこに、紫藤の追撃の長刀が突き刺さった。

 

『どんな反応をしている!』

 

『そっちこそ、無茶するな!』

 

言い合いながらも、互いに笑っていた。あれを避けるか、と。あそこで追撃にくるか、と。そのまま撃ちあいになるかと思われたが、武は射撃をしながら反転、ブーストさせて飛び去っていった。

 

そのまま、サーシャの元へと戻っていく。

 

『背中を見せるか!』

 

『サーシャ一人じゃ、厳しいかもしれないんでね! あとは―――』

 

言いながら、武は飛びなから姿勢制御の部分的な点のような短い噴射。その慣性を制御し、紫藤の背後からの銃撃を躱しきった。

 

『おあいにく、見せたんだよ!』

 

言葉の通り、武はまるで読んでいたかのように、後ろに眼がついているかのように。

見えないはずの銃弾をすべて袖にした。だがしかし、と武は考えていたのだが。

 

(挙動が、想像よりワンランク早かった。狙いも正確。だからこそ避けられたんだけど)

 

武は自分の予想が外れていたことを察する。相手は剣だけの猪じゃないと。なにより、攻撃までの間が短かった。狙いが正確すぎるので助かったが、もっとばら撒くように撃たれていれば、数発は被弾したかもしれない。それに、発射タイミングは予想より少し早かった。だが、それでも反応できる時間はあったのだ。武は心中で相手の戦力を計りながらも、追撃を避けきる。

 

そのまま、アーサーの方へ近接していく。銃を構え、目標をセンターに捉えると同時、当たらない距離からでも牽制にと、射撃を始める。もちろん、弾が掠りもしないが牽制には成りうる。

 

武はそれにより、アーサーの迎撃射撃の精度を削ったのだ。遮蔽物もいかし、隙間を縫って小刻みに噴射跳躍を繰り返した。

 

そして、間合いがつまる。

 

武は一瞬だけ悩む――――ふりを見せた後、そのまま一気に懐へと飛び込んだ。

 

『お邪魔するぜぇ!』

 

『ようこそ死にやがれ!』

 

挨拶がわりの罵倒を交わし、そのまま格闘戦へとなだれ込んだ。

 

そこは突撃前衛が得意とするキルゾーン。強襲前衛のアーサーでは、イマイチ有利とも言えない距離である。だが、アーサーの反射神経は卓越している。近接格闘戦のセンスもあり、むしろこの距離の方を得意としているのだ。

 

いくらグルカの教えを受けた武といえど、そう容易く打倒することはできない。

 

『早いな、おい!』

 

『てめえこそなぁ!』

 

次第に、勝負は短刀を交えた、近接での凌ぎ合いに発展していった。双方に明確な優劣はない。状況は、互角の削り合いになっていた。こういう時こそ、援護役がどうにかするべきなのだ。だが、いくら待っても援護射撃は来ない。どちらも、だ。それもそのはず、援護役であるサーシャと紫藤の方も、互いを目標に据え、ぶつかり合っていたのだ。

 

こちらは肉薄することのない、距離を取っての激突。互いに有利な距離を奪い合い、時には近いとも言える距離で撃ち合っていた。遮蔽物を盾に、高速の弾を"プレゼント交換するように"互いに送り届けている。だが、こちらは近接でガチンコをしているあっちとは違い、形勢は互角ではなかった。

 

『ブランク上がりに、負けられるか!』

 

『くっ………!』

 

紫藤の方が気勢が勝っていた。次第に、戦況は紫藤の方に傾いていく。まずは、一発の弾がサーシャ機に被弾。そこからはなだれ込むようだった。シミュレーター上だが、サーシャ機のダメージが深刻度を増していく。最早、勝負は決まっている。それを悟ったサーシャは、武の足は引っ張るまいとした。

 

捨て身で、突撃していく。

 

『せめて刺し違える!』

 

『――――甘い!』

 

迫る機体。紫藤はそれを迎え撃たず、迎え討った。距離を測ってブーストジャンプ、完全に相手の虚をついたまま、サーシャを間合いの内にとらえて、

 

『せいっ!』

 

袈裟懸けに一刀。サーシャ機のコックピットを、捉えた。撃破の文字が、シミュレーター内に広がっていく。そうして、紫藤はうなずいて――――自機の損傷をチェックする。

 

(右腕部損傷。最後の、短刀か)

 

長刀を振り切る寸前の光景を思い出す。相手は、虚をつかれていた。固まっていた。だが、無意識にと反撃に出たのだ。これでは、正確な射撃が出来ない。紫藤は、サーシャの言葉。そして全てではないが、達せられた事実をもって、見事だと笑う。

 

(諦めない心。技と呼べるほどに高められている戦術機の各種動作。ブランク明けを言い訳にもしない、潔さ)

 

距離を取りながら戦っていても、紫藤には理解できていた。彼女はぶれていない。なにがしかの覚悟をもって、この場所に居る。でなければ、こんな芸当はできないだろう。白銀武にしてもそうだ。アーサー少尉の技量は、自分の眼からみても高い。

 

それなのに、一歩も引かず、むしろ飛び込んでいく勢いで戦い続けることができている。

 

(空想であっても、アーサー少尉のあの気迫。致死の間合いにおいて、そこから踏み込むことは何よりも難しいのに)

 

さきほどの気勢もそう。舐められたと、怒るだけの誇りを持っている。

 

(白銀武、サーシャ・クズネツォワ。あの小さな身体のどこに、これほどのものが詰まっている)

 

彼にとって、二人は理解の外にある。それだけを、紫藤樹は理解した。そうして、思う。

 

子供が戦うことの全てを、素直に受け入れられるはずもない。それは紫藤樹としての矜持であるからだ。弱者を守るということ。子供を戦場に立たせるべきではないと。

 

――――だけど、世のすべてが紫藤樹の理に従わなければならない道理もない。万人に共通する理などない。価値観も同じ。例えば、日本にいた時の上官だ。

 

彼は、自分の女顔をバカにした。武人としてあろうとしているのに、それを顔で見極めたつもりになって、否定した。誇りを汚されたのだ。それだけではない、なぜかこちらの技量までを疑ってきた。そのような理不尽があっていいものかと憤った。

 

好きで女顔に生まれたわけじゃない。紫藤はむしろ、自分の顔が好きだった。この顔のせいで苦労をした事は多いが、母親似のこの顔がどうして嫌だと言えようか。

 

父親に似ていなくてよかったと思っている。それを汚された気もした。だから、度重なる理不尽な罵倒に耐え切れず、ついには騒動になってしまった。

 

(だけど、僕も同じことをしているのかもしれない)

 

二人にも、戦う理由があるのかもしれない。なすべき目的があるのかもしれない。武家の義務に従っている自分と同じで、なににおいてもやらなければいけないことが。子供だからと、安穏に暮らせないという理由があるのかもしれない。

 

そこまで思いついた時、紫藤は考えを少し変えていた。子供だからって、頭ごなしに否定することはできないと。

 

(肯定はできない。それでも――――否定はできない)

 

力量からいっても、否定はできない。紫藤から見て、子供二人の技量は、通常の衛士をゆうに越えている。二人とも、対人の戦闘訓練は少ない、むしろ皆無と聞いた。その上でブランクがあり、それでもこの戦況だ。下手をすれば、言い訳もできないぐらいに負けていただろう。

 

(意志も力量も、認めるしかない。だから、認めたからこそ――――)

 

見れば、アーサー少尉も戦っている。嬉しそうに戦っている。それなりの技量を持つものならば、戦いの中にでも喜びを見つけ出せる。鍛えた腕を頼りに行われる、鉄火の舞台の上で分かるものだ。

 

自分の剣が相手をとらえることを想像し、それを断ち切られ。

相手の剣が自分をとらえることを想像し、それを断ち切る。

その行為の積み重ねの中、鼓動が不正確になり、芯から疲れていく。

 

だが、楽しいのだ。自分の全力に対し、それでもと打ち返してくる好敵手と戦っているのだから。魂と呼ばれるものを振り絞って行われる行為である。だからこそ、紫藤は独り占めするべきものではないと考え、叫ぶ。

 

『カルヴァート少尉、援護を!』

 

言いながら、紫藤はアーサーの援護に入った。

 

なぜなら、現時点でこちらは一敗している。もし自分たちが負ければ、こちらの負けが決まるのだ。

 

(それは、認められない)

 

戦いとは、勝負を分ける要因があってこそ高まるもの。敗北が決定している戦闘など、何の意味もない。紫藤はそれを嫌だと言う。最後の一戦を、そんなものにしたくないのだ。

 

『てめえ、何のようだ!』

 

邪魔をされたアーサーが、恐ろしい形相で紫藤に通信を入れる。だが、紫藤は一歩も引かなかった。むしろ、一歩踏み込んで提案する。

 

『ここは、まず勝ちます! そして決着は"次"で!』

 

『どういう意味だ!?』

 

『勝つか負けるかは――――全員で、やるべきでしょう?』

 

意味のある戦いの中で、全員で。互いの勝利を賭けて、ぶつかり合うべきだ。

紫藤はそう主張して――――アーサーは一瞬でそれに気づいた。

 

顔を変えて、笑う。

 

『そういうことか。なら、まずは一勝、拾っておくか!』

 

『援護します。自分一人では厳しいですが、連携をすれば勝てる』

 

二機が構える。対する武は回避の体勢に。それを見据え、アーサーは言う。

 

『………紫藤。俺はテメェを、くそ真面目で面白くない奴だと思っていたがな』

 

『正しい印象です、少尉。自分が真面目であることは否定しません』

 

『付け加えてやる。女顔のくせに、ちったぁ気の利く―――面白い具合に頭の回るやつだ、ってな』

 

『ありがとうございます。少尉に頭が良いと言われても微妙ですが』

 

『なんだとぉ!?』

 

『付け加えれば、同階級の軍人として言わせてもらいます――――女顔いうなチビ助』

 

『てめ、このあと覚えてろよ!?』

 

ぎゃーぎゃーと、アーサーと紫藤の間で、いつになく親しみがこめられた会話がなされる。だが、互いにすでに油断はなく。そして仲間の技量も、ある程度は認めていて。

 

ゆえに、武一人では、勝ち目もない。

 

 

10分の後、勝ち星の数は互いに一つとなっていた。

 

 

 

 

 

そうして、最終戦が始まる。そこには、ただの6人の衛士がいた。

 

「目的は達成、っと。でも勝負は勝ってこそだよな、サーシャ、リーサ少尉。相手にとって不足ないし」

 

白銀武は笑っていた。BETAを相手にするのとはまた違う楽しみがあるということに。少年だからして、腕を競うという行為も大好きで。

 

「紫藤樹………次はない。追い詰めて撃ち負かす」

 

サーシャは猛っていた。なにはともあれぶっ飛ばすと。己の意味を見失わないために、戦おうとしていた。

 

「無表情で怖いんだけどこの子………ま、負けていいなんて顔だったらぶっ飛ばすけどね。ちっと手こずるかもしれんが、勝つよ二人とも」

 

リーサは満足していた。子供二人の成長に。そして、今から楽しめるということに。

 

「半端な相手じゃねえ、だから足引っ張んじゃねーぞぉ。無駄ジャイアントにレディ」

 

アーサーは相手の姿を捕らえていた。よく見えるその眼で、こんどこそは間違えまいと。

 

「一対一でしとめきれなかった小チビがなんか言ってるな。ともあれ前半には同意してやる。だから油断はするなよ、マドモワゼル。先ほどの技量を見るに、早々にやられるとも思えんが」

 

フランツは変わらず、不遜だ。だが認めるべき相手を認めないほど、傲慢ではなかった。

 

「小男の。総身の知恵も、知れたもの。大男。総身に知恵が、回りかね――――嘆かわしいことですね。ともあれ、前はお任せしますよ」

 

紫藤は、嘆いていた。見くびっていた自分の眼力に。そして頷いていた。他人を女顔言いながらも、欠片ほどの悪意も見せない。力量を認め、仲間扱いをしてくれる欧州人に。

 

 

誰もが笑っていた。心に喜びを抱いている。誰もが障害を前に、迷いなく蹴倒し、踏み越える意志をもっている者たちだから。同時に、バカが、あるいは捻くれものだった。国がどうとか、生まれがどうとか、そんなものを噛み砕けるほどに頭がよくもなかった。

 

また風習を知ってはいても、それに素直に従うほど素直でもなかった。

 

 

一人は、少年だからして差別という概念を理解できなくて。

 

一人は、過去ゆえに区別するという概念を持つことができなくて。

 

一人は、豪放磊落ゆえに区別というみっともない行為を嫌悪し、だから蹴飛ばして。

 

一人は、頭ごなしに言われるのが嫌いだから、自分も言おうとしないぜ、と率直な心得を胸に抱いていて。

 

一人は、人間は自らの力でもって立つものだと、人種による優越感をこけおろしているからで。

 

一人は、自らの意志や信念をもっている者が好きで、それを理解しもせず、否定することができなくて。

 

全員が、普通ではない部類の人間だ。枠からはみ出たはぐれ者。

 

―――それをよく知るターラーは、全員の様子を見ながら笑っていた。嘲笑ではない、こちらも歓喜の笑みである。

 

「ようやくまとまってくれたか、問題児ども。心配をさせる」

 

「半端にまとまっても意味がないだろう。ともあれ、こいつらならやれそうだなターラー?」

 

かねてからの案を、戦術を、こいつらならば出来る。ターラーは苦笑しながら、頷いた。

 

「他の3人を含め、まだまだ鍛える余地はありますがね。では、最後の一押しをしてくれたアルフにも感謝をして――――戦闘開始の合図をしましょう」

 

 

 

それで全て収まるはずだ、とターラーが言い。

 

 

そして、その言葉は真実となった。

 

 

――――この後の戦闘は、語るまでもない。互いの技量がぶつかり、火花となって戦場を照らしていった。最早シミュレーターがどうとか、関係がなくなっていた。互いの誇りを賭けた鉄火場に昇華していたのだ。

 

今の全てを賭けたぶつかり合いは、語るに無粋な域にまで達していく。

 

互いが互いを高めあい、最早言葉だけでは表現できないほどにすさまじいものになっていた。

 

だからこそ、後々までに。映像のない口語のみだが、後の世までに語られることになった。

 

 

―――西独陸の"地獄の番犬"、中東の"戦姫"。そして今は影も形もないが、日本の"戦乙女"。

 

それらと並び立てられる戦場における伝説、"英雄"と呼ばれ得る部隊が歩んでいく道、その転換期の始まりとして。

 

 

 


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