Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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34話 : 修羅道

「将軍殿下は、既に帝都城内には居られぬだと!? どこからの情報だ!」

 

「ルートは………地下道を伝い、各鎮守府や城郭へ向かう動きが確認されただと? ……何箇所かは囮だ。本命を探せ」

 

「判明次第、部隊を回せ! 国連軍だけには、先んじられるなよ!」

 

帝都内の、戦略研究会の拠点がある一室では、喧々囂々の様相を呈していた。いずれも、顔に浮かべるのは焦燥だ。その中で一人、椅子に座りながら考え込んでいた沙霧尚哉は、静かに呟いていた。

 

「いずれにせよ、帝都内に居られる可能性は低い……これで各軍は、帝都から離れざるを得なくなった訳だ」

 

故に、望まぬ闘争と破壊を帝都から遠ざけることが出来るようになった、と。その言葉を聞いた会の者達は、その動きを止めた。

 

「しかし、出処が例の男では………信用に足るものでしょうか、沙霧大尉」

 

駒木咲代子は、不安げな表情で問いかけた。対する沙霧は、信ずるべき所が違うと答えた。

 

「この行動が殿下の意志によるものなのは明白だ。帝都から戦火を遠ざけるためにと、殿下は恐らく独断で動かれたのだ」

 

自分たちの不甲斐なさから起きた戦闘を止めるために、と。沙霧の言葉に会の者達は互いの顔を見合わせ、頷きあっていた。煌武院悠陽殿下であれば、それだけの事はされるだろうと、疑いもなく。

 

「―――全部隊に通達。別命あるまで待機しろ。行く先が分かるまでは―――と、どうやら戻ってきたようだな」

 

沙霧は突如開け放たれた扉の方を見た。そこには軍服を血に染めた男が、平時と変わらない様子で軽薄な笑みを浮かべる姿があった。

 

「……霧島中尉、頼んでいた件は」

 

沙霧の言葉に祐悟は頷き、答えた。

 

「殿下は各地にある城か、鎮守府がある場所へと脱出されたらしい。列車が移動した跡がある……囮や見せかけとは考えづらい。徒歩で逃げた、とは考えづらいだろう」

 

露見した場合、移動距離が稼げない方法は取らないと思われる。祐悟の言葉に、沙霧だけではなく周囲の面々も頷きを返した。

 

「どちらに赴かれたのかは不明だが、脱出されたとは……急ぐ必要があるな」

 

沙霧は祐悟の言葉から瞬時に頭の中に地図を頭に思い描いた後、様々な要素をそこに当てはめた。そうして、直立不動で姿勢を正していた会の者達に告げた。

 

「恐らくだが―――塔ヶ島城である可能性が高い。極秘とはいえ、あまり遠くまで地下を掘り進めていたとは考えづらいからだ」

 

そして、例の城は第16大隊が守り通したという逸話がある場所である。そして位置の関係から、と沙霧は自分の考察を言葉にした。

 

「動いたのは国連軍だろうが……いや、そうか。伊豆半島を南下して、横浜基地に赴かれる可能性が高い。それだけは何としてでも阻止する」

 

他にも人員を送るが、最優先すべきは塔ヶ島だ。強く命令する口調で、沙霧は告げた。

 

「全部隊に通達しろ。時間との勝負だ、迅速に行動を開始しろ―――これより我らは殿下をお迎えに上がる!」

 

沙霧は大きな声で告げながら、祐悟の方を見た。祐悟は苦笑を零しながら、胸元にある返り血を指差した。それを見た沙霧は頷くと、自分の機体がある方へと歩き始めた。

 

後続する大勢の気配を感じつつ、沙霧は小さく呟いた。

 

「兵は勝つことを尊び、久しきを尊ばず―――範を示されるために、動かれたか」

 

戦うことを望むなかれ、目的を達成出来ない戦いに意味はない。だからこその脱出だろうと察していた沙霧は、小さく笑みを零した。

 

「殿下さえご無事であれば、日本(この国)の未来を憂う必要はない……必ずや、民を照らす存在になってくれることだろう」

 

希望に満ちた言葉に、続く者達全てが深く頷きを返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『と、いった具合にあちらさんも動き出す頃合いだけど』

 

『問題ありません。何時でも移動は可能です、香月副司令』

 

『大きく出たわねえ……だけど、良い返事ね。頼んだわよ、まりも』

 

夕呼の気安い呼びかけに、まりもは軍人らしい敬礼で答えた。それはよしなさい、という夕呼の言葉が残響になり、通信が切れる。コックピットの中に居るまりもは相も変わらずな親友の様子に苦笑した後、隊員に向き直った。

 

『さて―――現在の状況は把握したな? B分隊と白銀は殿下との合流に成功。その情報がリークされた事により、帝国軍と米国陸軍も動き始めた……舞台は既に満員御礼だそうだ。そして、これ以上の余計な客は必要無いと副司令はおっしゃられた』

 

世界を救うためにと設立されたオルタネイティヴ計画、その目的と存在意義は既にA-01に知らされていた。その主導者が命じた内容であり、何よりも信頼が厚いまりもから発せられた言葉に、青い不知火の中に居るA-01の隊員達は大声で了解、と唱和した。

 

それを聞いて、まりもは頷きながら説明を続けた。

 

『予備の戦力まで既に投入済みだ。米軍には手出しするな。だが、帝国軍には遠慮する必要はない。この場に居る戦力のみで、相手を()()()()する』

 

あまりにも大雑把な命令(オーダー)だった。少なくとも、帝国軍が誇る帝都を守る部隊を相手に言うべきものではない無茶ぶりだった。だが、その要求をA-01の全員が反発することなく受け入れた。胸中に渦巻く熱気が、たかが精鋭程度、どうにでもしてくれるという思いを膨らませていた。

 

原因は、一つ。合流したという、新入りの内の一人の正体が―――銀の蝿の異名を持つ衛士の正体であると暴露されたからだ。

 

それを聞いた者達は様々な反応を見せたが、概ねは同じ方向性を持っていた。それは、年下や新入りにやられっぱなしでいられるか、という胸の中の意地が燃え盛っている、対抗心と呼ばれるものだった。

 

『そうよ、ガキ相手に負けっぱなしで良いなんて絶対に思えないんだから……!』

 

『意気込むのはいいが踏み込みすぎるなよ、速瀬。ドジを踏めばまた突撃級呼ばわりされかねんぞ。他の者達もだ、相手を決して見くびることはするなよ』

 

『了解! ……それにしても、やっぱりか~。まさかとは思ってたんだけどね』

 

『ほう、柏木……貴様、例の銀蝿の正体を察していながら黙っていたのか。これは後で話を聞く必要がありそうだな』

 

『まあまあ、落ち着いて伊隅大尉。予想はしていても、確証が無いから断言できなかったんでしょう。俺も、冗談の類と思いましたから』

 

『同感です。しかし流石は鳴海中尉、女性には紳士的ですね……ベッドの外でも優しいと速瀬中尉にお聞きしましたが、噂通りのジェントルマンっぷりのようで』

 

『………たかゆきくん?』

 

『ひっ?!』

 

『お、おねえちゃん、落ち着いて。その顔こわすぎるから。舞園さんなんて泣きそうになってるよ』

 

『だ、だ、大丈夫! 茜ちゃんには私がついてるぺっさ!』

 

『どこの地方の方言だそれは。……あー、新人達。不安はあるだろうが、訓練通りに戦えれば問題はない。こちらも出来る限りのフォローはする』

 

『平中尉のおっしゃる通り。リラックスしろとまでは言いませんが、硬くなりすぎるのもよろしくありません。緊張を薄めるためのおまじないがあるので』

 

『は、はい!』

 

『わ、私も! な、何とか生き延びてみせます!』

 

『……真面目なのは高原と麻倉の二人だけ、か。どうしてこうなったんだか』

 

『言うな、碓氷………新人に負けないように奮起している者達の強気な発言だ、と思えば自分を誤魔化せるぞ』

 

最後に副隊長であり歴戦の苦労人である紫藤樹の声が響いた後、部隊長であるまりもの声が飛んだ。

 

『各員、歓談の時間はここまでだ……ついでだが、白銀中佐から受け取った、皆に向けての伝言を聞かせておく』

 

出てきた名前に、全員が息を呑み。その様子を見たまりもは口元を斜めに緩ませた後、面白そうに告げた。

 

『“死ぬな”と、それだけだ……たった3文字。私からはこれ以上言わんが、意味は分かるな?』

 

A-01に属する衛士に対して、その言葉がどういった意図を持つのか。先任達は瞬時に悟り、遅れて勘の鋭い晴子が小さく笑い、残りの新人たちはようやく気づいた。

 

このクーデターが死ぬ場所ではないと、否、“こんな戦場程度を死に場所としてくれるなよ”という上から目線の言葉であることに。

 

上等よ、とどこかで獰猛な声がした。

当たり前だ、と鼻で笑う声が放たれた。

やるしかないよね、と真面目な声が零れた。

 

それぞれの胸中から零れた言葉があり。それを受け取ったまりもは、白刃の鋭さを以て号令を発した。

 

 

『各員、戦闘態勢に移れ―――我々の敵を蹴散らすぞ』

 

 

迷うな、との言葉に全員が敬礼を返し、了解の言葉を吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪の一歩手前という天候の中で、美琴は汗を流す程に焦っていた。原因は部隊長である白銀武にあった。何を考えたのか、いきなり機体の外に出ると、城がある方向へ一人で歩いていったのだ。

 

追いかけようとするも、武自らの声で制止され。直後には赤い武御雷に乗る月詠家の二人から、音を拾うことも禁止された。

 

(こんな状況で、何を考えて………ああ、もう!)

 

万が一にも工作員が居るなら、暗殺する絶好の機会を与えることになる。それだけは許せないと、美琴は周囲の警戒を強めた。任官の承認を受けた直後から、勉強していた分野の一つである。

 

自分だけにしかない技術を。それが、どうしようもない戦況に追い込まれても障害を打破するに足る鍵になる。教官であるサーシャから称賛された言葉を、美琴は胸に刻み込んでいた。そして、更にその技術を高めようと努力していた。

 

工作の工夫を。主にどこをどうすれば相手に混乱を与えられるか、という点について考察を重ねていた。練りに練った、対人における工作技術。それを応用すれば、防ぐための術も見いだせる。

 

(そうだ。この地形と状況で、武の不意をつくためには―――っ?!)

 

そうして、美琴は見つけた。立ち止まった武。何者かと接触しているのだろうその背後から迫る人影に気づき、大声で警戒を促した。

 

『武、気をつけて! 背後から誰かが―――え?』

 

見えたのは偶然だった。望遠であり、視界不良だが、他でもない美琴だからこそ気づけた。あまりにも鮮やかに、武の死角に回り込んで居た人物が誰なのかを知り、思うより先に言葉にした。

 

『な、んで……父、さんが!?』

 

『え―――』

 

『落ち着け、訓練兵! ……その人物は味方だ、一応はな』

 

『月詠中尉!?』

 

『二度言わせるな、鎧衣課長は()()()()()、急ぎ突撃砲を下ろせ』

 

真那の叱責に、突撃砲を構えていたB分隊の全員が戸惑うも、命令通りに構えを解いた。美琴も同じく、命令に従いながらも頭の中は困惑色に染まっていた。

 

何が、どうして、こんな所に、でも味方って。何時になく混乱した脳内が落ち着いたのは、通信越しから届いた言葉だった。

 

―――相変わらず人を驚かせるのが好きですね、と苦笑混じりに放たれた声に、美琴は事情の全てを察することは出来ずとも、敵ではないという言葉を実感し、小さく安堵の息を吐いた。少しだけ、唇を震わせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、察知から攻撃態勢に移る迅速な対応……訓練兵とは思えない練度ですな。流石は英雄殿が鍛え上げた精鋭部隊」

 

「どういたしまして。でも、複数の36mmチェーンガンに照準されておいてその軽口が叩けるあたり、そっちこそ流石としか言えないんですが……」

 

当たれば挽肉なのに、と呆れ顔を見せる武に対し、鎧衣左近はいつもと変わらぬ真顔で答えた。

 

「はっはっは、瞬時に殿下を庇う立ち位置に移動した者に言われても、お世辞の類としか思えないねぇ……いや、これが愛の力という訳ですかな」

 

「よ、鎧衣……!」

 

武の背に庇われた悠陽は、顔を赤くしながら怒りの感情を見せた。だが、1秒後には状況を思い出し、内面を将軍のそれに戻した。再会した武に質問したい気持ちも押し殺し、状況把握を優先すべきだと考え、対面する二人に引っかかっている部分も含めて質問を飛ばした。

 

「其方達の様子を見るに、偶然の再会とは思えません。もしかして、ですが……其方達はこうなる事を予測していたのですか?」

 

戦略研究会がクーデターを起こす事も、帝都内で戦闘が発生する事も、こうして脱出することも知っていたのか。真実だけが聞きたいという口調に、武は迷わず答えた。

 

「考えてはいました。決起軍の大きさと理念、入り込んだ米軍の工作員、一部の腐った官僚や政治屋に、帝国軍や斯衛の上層部……それらを考えると、っていう問題があったからな。以前から鎧衣課長と連絡を取って、十分に有り得る状況だと捉え、対策だけは取っていました」

 

帝都で膠着状態になる事と、工作員による強引な開戦。そうなった場合、殿下は帝都城から塔ヶ島城への抜け道を使い、帝都の民を危険から遠ざけようとするだろうと予測していた。そんな武の言葉に、悠陽は静かに眼を閉じた。

 

「そう、ですか……つまりは、この後の状況も?」

 

「はい。万全ではありませんが、手持ちの札も、秘策もあります」

 

武の言葉に、悠陽は咎めることなく頷いた。決起軍、帝国軍に米国陸軍から国連軍まで絡んでいるのだ。刻一刻と変化していく状況の中で、全てが予定通りに行く筈がないことを、悠陽は深く理解していた。

 

その上で動揺していなく、どこまでも自然体であると感じさせる武の様子は、悠陽の胸中から焦燥の念を一欠片だけ取り去っていた。

 

だが、問題はこれから先である。そんな悠陽の内心を察知した二人が、情報の交換を始めた。会話途中に無線で入ってきた情報も加えながら。

 

「……で、今のHQは小田原西インター跡で、CPは旧関所跡です。ある程度は予想通りとはいえ遠いですよね、コレ」

 

「ふむ、よろしくはないな……殿下」

 

「其方達の思う通りに。恐らくは……横浜基地に移動する事になるのでしょうが」

 

悠陽の言葉に、武は驚きの表情になった。何も言っていないのに、という言葉を顔だけで語る姿に、悠陽は小さく笑みを零した。

 

「私も馬鹿ではありません……其方が来た理由を考えれば、自ずと分かる理屈です」

 

これから鎧衣が行こうとしている場所と目的も。悠然と語る仕草に、左近は帽子を脱ぎながら答えた。

 

「流石、というべきは殿下ですな……要らぬ心配でした。どうか、ご武運を」

 

「ええ。其方も……どうせ止めても無駄でしょう。ですから、その身の無事を祈っています」

 

「はっはっは、これは光栄極まりないですな。しかし、確かに……世界で一番安全な移動座席に居られる殿下と比べれば、こちらの方が危険でしょうな」

 

左近は悪びれもせず告げる。そうして照れている悠陽を見た後、武に視線を移した。それだけで何を託されたかを察した武は小さく頷き、その様子を見た左近は口元を少し緩めながら告げた。

 

「香月博士も大したものだ……いや、この場合は君の功績か」

 

「大元は鎧衣課長の存在があってこそ、だと思いますがね」

 

「成程、情けも恩も人のためならず。全ては日頃の行いとはよくいったものだ」

 

意味深な笑みを交わした後、左近は悠陽に頭を下げながら告げた。

 

「それでは、私はこれで……旧関所跡へ向かいます。後は、白銀中佐にお任せを」

 

「はい、任されました。でも、何かありませんか?」

 

例えば、美琴への伝言とか。暗に告げる武に対し、左近は表情をぴくりとも動かさないまま、答えた。

 

「確信犯が何を語ろうと、詭弁か言い訳にしかならんよ。そのために、何も聞かせていない」

 

左近は告げながら帽子を深く被り、その前のツバで目元を隠した。そのまま踵を返すと、悪路をものともしない軽やかな足取りで去っていった。

 

武と悠陽は、無言でその背中を見送った。二人共が今生の別れになりかねない事を理解していたが、引き止めることはしない、できないと考え、ただ武運だけを祈っていた。

 

そして、どちらともなく小さく白い息を吐き。顔を見合わせた二人は頷き合った。

 

「それでは、この身を任せます―――国のために」

 

「はい、任されました―――人のために」

 

それは、かつての約束に似た言葉。同時に悠陽が手の甲を上に、武が掌を上にしながら差し出した。それは両者の中間で交差し、その掌が重なった。握られた体温とその懐かしさに、悠陽は小さく笑い、武は因果を思って苦笑を零した。間もなくして、二人の手は放れ、先行した武に連れられるように悠陽が歩き始めた。

 

武は雪の中をかきわけるように急ぎ足で進みながら、待機している者達へ通信の回線を開き、息を吸った。

 

『―――00より各員へ。煌武院悠陽殿下の保護に成功。加え、現在の状況を伝える』

 

驚愕の声、小さな吐息に絶句する雰囲気など、武は通信の向こうから感じる様々な反応を無視しながら、事実だけを伝えていった。

 

帝都で戦闘が激化した事態を受け、殿下が帝都城の地下に極秘建造された地下鉄道を使って帝都から脱出したこと。

 

その情報が何者かにリークされたこと。事態を把握した決起軍が、極秘通路の出口へ―――殿下の目的地と考えられる各地の城や鎮守府へと移動を始めていること。

 

帝都での戦闘は終わり、今は移動する決起軍とそれを追撃する斯衛、帝国軍や米国陸軍との戦闘が散発していること。

 

『……あとは、仙台の臨時政府にも決起軍が何かを仕掛けたらしい。詳しい情報は入ってきていないが、混乱状態にあるとの連絡があった』

 

どこもかしこも、という訳だ。武は呟きながらも、だが、と告げた。

 

『やるべき事は定まった―――殿下を横浜基地へとお連れする』

 

決起の軍は殿下をお迎えに、対する各軍は殿下を守るために動き始める。いずれも殿下の身柄を得るために動き始めるが、自分たちはそのいずれにも殿下を引き渡さず、この手で横浜基地への護送を開始すると武は更新された任務の目的を説明した。

 

『え……でも、基地には米軍が居ますが』

 

『ああ、分かってる。でも想定済みだから問題ない。あるとすれば………冥夜』

 

武のいきなりの名指しに、冥夜は驚き、言葉に詰まり。武はその様子に苦笑しながら告げた。

 

『殿下は俺の機体に乗ってもらうが、加速度病が懸念される。ご負担を軽減するために、殿下には強化服に着替えて頂きたいんだが』

 

『……私の予備の強化服を、という訳ですか―――了解しました』

 

調子を取り戻した冥夜が、備え付けていた強化服を取り出すと、コックピットを開けた。途端に寒気と冷たい雪が入ってくるも、たじろがずに手順に沿って地面へと降り立った。そのまま、武と悠陽が居る場所へと歩いていく。

 

「……こちらです、殿下」

 

「ええ……ありがとうございます」

 

冥夜が、悠陽に強化服を手渡した。それは、お互いの顔が見える距離まで近づいたということであり。その視線が交錯したかと思うと、冥夜が視線を下に落とした。

 

「……この寒さです。外気に長く晒されるとご健康を損なわれる恐れがあります」

 

体調は良くないように見受けられますので、という冥夜の言葉に、悠陽は少し驚きながらも口元を緩ませながら答えた。

 

「其方の配慮、ありがたく。急ぎ着替えます、が」

 

「承りました―――と、いうことで殿下のお手伝いを頼んだぞ、御剣訓練兵」

 

「……は? いえ、え?」

 

冥夜にしては酷く珍しい、眼をきょとんとさせた様子。年頃どころか、ただの少女らしいその様子を見た武はしてやったりと笑い、悠陽も横浜の公園以来となる妹の様子を見て、酷く懐かしさを感じていた。

 

「ほら、冥夜が言う通り寒いから早く。それに、いくらなんでも野郎の俺が殿下の着替えを手伝う訳にはいかんだろ」

 

「……私は、構わないのですが」

 

「はは、お戯れを……いやマジでちょっとご勘弁を、って刺すような視線がっ!?」

 

あっちの人達の視線に刃物のような危うい何かが、と武は冷や汗を流していた。どういう訳か、近くに居るB分隊や唯依、上総、真那に真耶の視線から責めるというか怒りが含まれているのような何かを感じたためであった。

 

その言葉に悠陽は小さく笑みを見せ、冥夜は二人の様子を見て腑に落ちないものを感じつつも真面目に頷き、屋根のある場所へと移動を始めた。

 

武はその方向に背中を向けながら、再確認だが、とこれから同道する者達へ通信を飛ばした。

 

『繰り返すが、これから殿下を横浜基地にお連れする。陣形は殿下が同乗する俺の機体を中心として、円壱型陣形を保て』

 

そうすれば、陣形を見た決起軍は殿下の位置を、同乗している機体を推測する。そして、中心に居る殿下への流れ弾の直撃を恐れた決起軍からの攻勢は弱まる。武はその説明の後にただし、という言葉を付け加えた。

 

『事故というものは起きるもんだ―――例えば、このクーデターを仕組んだ奴らの一員とかな。ぶっちゃけると、オルタネイティヴ5推進派って奴らだ』

 

『っ、白銀中佐、その情報は!』

 

『ダメだ、ここで言っておかないと万が一にも奇襲を仕掛けられた時に、ごっそりと撃墜されかねない』

 

武は心までを衛士の色に染めながら、告げた。

 

『決起軍は殿下を傷つけない。だが、米国陸軍の一部には殿下を害そうとする勢力が居る……俺達オルタネイティヴ4を潰そうとしている一派。それが、米国が主導するオルタネイティヴ5が最善だと信じている奴らだ』

 

武はオルタネイティヴ計画の概要について、目的を絡めた一部だけを説明し、日本国が主導するオルタネイティヴ4と香月夕呼の存在を説明した。

 

『最新OSのXM3……山城中尉以外の機体に積まれているこのOSは、ほんの序の口だ。内容はここでは言えないが、少し先にこれ以上の成果が得られる。第五計画は、それを信じていない。保険に、って感じで地球脱出の船をお偉いさんに提供するのを言い訳に、G弾でハイヴを全てぶっ潰した方が早いって思ってる』

 

『……半永久的に重力異常を引き起こす悪魔の兵器をユーラシア全土に展開するのが最善であると、そう信じている者達が米国の主流なのですか?』

 

思わず、と質問したのは千鶴だった。信じられない、と言わんばかりの口調に、武が深く頷きながら、嫌そうな顔で答えた。

 

『俺もマジで信じたくないんだがな……アラスカにレッドシフトなんて荒唐無稽な国防装置を仕掛けるアホが居る国だ。勘弁して欲しいが、可能性は有り得る。というか、横浜でやった事を思い出せ』

 

無断投下、という単語に全員が渋面を作った。武は、あれも国内の反発を煽る布石の一部だったかもしれないけどな、と内心だけで呟きながら、話を進めた。

 

『救いなのは、米国陸軍の全てがオルタネイティヴ5の影響下にある訳じゃないって事だ。まあ、当然とも言えるけどな……横浜でのG弾も、あれで威力は減衰していたらしいぞ』

 

その原因が不明、という点。そして原材料がハイヴから取れるBETA由来の元素だ、ってことを説明された全員が、顔を引きつらせていた。

 

理由は二つある。一つは、第五計画の大雑把さに。もう一つは、端折った内容であると分かりつつも、これが極秘過ぎる情報であるということに対して。

 

武は、網膜に味方全員の顔を投影させ。その誰もが絶句した瞬間に、告げた。

 

『―――それが俺達の敵だ。繰り返す。オルタネイティヴ5推進派が、本作戦での最大の敵である。地球を救うオルタネイティヴ4を潰そうとする、敵だ……だから、迷うな』

 

努めて冷たい声で、武は続けた。

 

『敵は米国の一部だ。だから、先に攻撃を仕掛けるのは厳禁とする。それを口実に、横浜での研究成果が奪われる可能性がある。だから、俺の命令があるまで絶対に攻撃はするな。除くべきは第五計画推進派であって、それを知らない米国軍人ではないからな』

 

そして、と武は全員の顔を見ながら、告げた。

 

『撃墜を、と命令した後は絶対に迷うな。敵はこちらが指定する。いや、“させる”。特にB分隊だ。初陣が人なんて、っていう感傷はここで捨てろ。A-01別働隊も、同じ目的で動いている。あちらは決起軍が主だろうが、関係ない。俺が命じたままに―――殺せ。第四計画を潰えさせんとする者は人類の敵だ、迷わずに殺し尽くせ』

 

迷うようなら付いて来るな、とは武は言わなかった。最早言えなくなったからだ。任官を求め、戦いを挑んできた。そうしてまで、意地を見せた、決断を下したからには、この状況下においては、もう言えなかった。

 

―――もしかしたらの話だが、任官の条件を満たしていなければ武はここまでの事を強いるつもりはなかった。否、連れてこなかった。どれだけ困難になろうとも、A-01の戦力の分散の愚を犯してでも、手持ちの札だけで任務を遂行するつもりだった。

 

だが、現実は今この時、この状況である。ここで万が一にも殿下を失う訳にはいかない。そうなった時、指揮官として情に流されるのは許されない事だ。

 

平行世界で上手くいったから今回も、という甘い考えを武は持っていない。大陸で、日本で、あらゆる場所で武は学んできた事があった。戦場では何でも起きる、起きてしまうという事を、骨身を越えて魂にまで刻まれてきた。

 

躊躇えば、自分が死ぬ。味方が死ぬ。そして殿下が死ねば、第四計画が死ぬ。地球が死ぬ。誤った者達に、BETAに侵され壊され土塊に還されてしまう。

 

それを防ぐために、7年、あるいは8年。積み重ねてきたものが、武の銃の引き金を、鯉口の戒めを緩くしていた。

 

『……決起軍でも話は同じだ。あいつらは、第四計画も第五計画も知らない。知っていたら、こんなクーデターなんて起こしていない。だから、敵だ』

 

邪魔者は敵だと断言する声は、()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりのものだった。

 

歴戦の(つわもの)のそれは、物理的な干渉を思わせる程に強く、厳しく。

 

―――それを吹き飛ばすように、凛々しく強い声が飛び込んできた。

 

『―――身を切ってまで、仲間を死なせないための最善の工夫ですか……と、殿下はおっしゃっておられる』

 

『え……っと、冥夜?』

 

『軍において命令は絶対だと教えたのは其方だ。故にこの場は裏事情を報せず、命令だから従えと言うのが常識……露見すれば其方の身まで危ういというのに、と殿下が……私も全くの同意見だ。気に入らないのは、それだけではないが』

 

大義名分を語ったのは何故か。その裏に含まれた意図を察した冥夜の声に、ため息混じりで千鶴が続いた。

 

『迷えば“私達が”死ぬから、ねぇ……同じ手を二度と喰うと思った? そんなに残念だと思われているのかしら』

 

『……まだまだ未熟でも、あの頃から成長していないと思われるのは業腹。ついでに千鶴以下と思われるのはちょっと……ありえない?』

 

『……貴方、この状況でまで喧嘩を売ってくるの? いいわ、買うわよ倍出しても』

 

『ま、まあまあ千鶴さん! でも、間違ってないよ。状況把握も出来ない、って思われる方が腹立つってことだよね……それに、色々と迷わない理由も貰えたし』

 

『そ、そうです! 出撃前も、私達全員に気を使ってたのが見え見えでしたから!』

 

怒涛の言葉に、武は絶句した。想定外の反撃に、責め立てる言葉の数々に耳が痛くなった。その動揺を突いて、更なる追い打ちが入った。

 

『殿下を守る、殿下に仇をなす敵は全て斬る。当然の事を分かっていない、と言われたようで腹が立つな』

 

『……色々と聞きたい事が増えましたけど、唯依の言うとおりですわ。その程度の覚悟が出来ないのに、最前線に立てる訳がないでしょうに』

 

唯依と上総の言葉に、武はウッと言葉に詰まり。精神的に一歩退いた所に、更なる追撃が降り注いだ。

 

『まったくだ。私達が何も知らされていないと思っているな、この馬鹿は』

 

『真那様、真耶様から白銀中佐の実績は聞かされた……馬鹿みたいな実力を、全て納得できる程度には』

 

『お二人とも、この場での会話は口外出来ないとはいえ、一応上官が相手ですよ? ………馬鹿と頭に付いてもおかしくないぐらいの指揮官ですが』

 

過去に3馬鹿、と裏で呼んでいた3名からの馬鹿の罵声は殿下と冥夜に対する武の態度が気に食わないのか、言葉の棘が多かった。武はその物言いに若干の苛立ちを感じつつも、言っている事は間違ってないかも、と思っていた。不意打ちだということもあり、黙り込み。そこに、満を持しての2連撃が打ち込まれた。

 

『何を馬鹿な、其方が落とされる筈ないだろう。否、殿下をお預けする以上、あってはならないことだ……それを許す程度には、其方の化物さ加減は理解している。我々も最善を尽くすのみ』

 

『真那の言うとおりだな。殺しても死なないと噂の、英雄中隊(クラッカーズ)突撃前衛長(ストームバンガード・ワン)……いや、極東最強を冠する紅の鬼神。その非常識さは明星作戦で嫌というほどに思い知らされている。敵わない事を認めるのは苛立たしいが、殿下の安全が最優先だからな』

 

生還したというのに身を潜め、殿下を悲しませた報いは受けさせなければならんが、という裏の意図がこめられた真耶の言葉は蛇足として。

 

総括して、“自分たちへの気遣いが見え見えで恥ずかしいからやめてくれ即ち舐めるな”、という言葉の数々による矢衾を受けた武は、ハリネズミのように矢を突き立てられた心臓を幻視していた。そこに、トドメとなる一番の古馴染みからの一撃が放り込まれた。

 

『その、武ちゃん…………えっと…………元気だして?』

 

『す、純夏に同情されたっ?!』

 

これ以上の衝撃はないぞと動じる武に、純夏は呆れ顔で畳み掛けた。

 

『するよ! というより、怒るよ……今更だよ、当たり前だよ。だって、みんなこの国の衛士だもん』

 

『―――――』

 

単純かつ明快で、分かりやすい言葉。それを受けた武は、くしゃりと自分の前髪を掌でかき分けた。そのまま、武は黙り込み。頭の中では、何を言うべきかをずっと考えていた。

 

文句を文句で返すのは論外。侮った事への謝罪を示すと、更に怒られそうだ。指摘してくれた事への礼を言っても、解決はしないだろう。

 

無い頭を捻ってでも、と自嘲を含めながらも必死が考え込んだ武は、思いつくより先に、想いを言葉を見出そうとした。

 

―――これより進むは人を敵とする決戦の地。BETAではない、人間の血肉を弾けさせるのを目的とする戦場。覚悟が無ければ命が危うく、在ったとしても心の隅に後悔がへばり付くであろう修羅の道。

 

加えて言えば、状況が特殊過ぎた。衛士としての力量の高さだけでは解決できない、様々な局面においてギリギリの判断力が試される難しい任務だ。そんな任務を強いるのならばせめて迷わない理由を、と武は考えていた。自分の行動が後で問題視されようとも構わなかった。

 

直接の援護が出来ない場面も考えられるからだ。この任務において一番に危険なのは自分ではない、周囲に展開する味方機だ。武は同乗する殿下を危険に晒す訳にはいかないと、積極的な攻勢に出るつもりはなかった。そして、最大戦力である自分が矢面に立てない事で、戦力的に不利になるという事は言うまでもないことだった。だというのに、先制攻撃を禁じられるという理不尽を命じる必要がある。

 

その負担を軽くするためなら、武はあらゆる責任を背負うつもりだった。罵倒されれば楽だとも考えていた。だからこそ、躊躇わせない理由を伝えた。情報漏洩の責任を追求されても、言い逃れをするつもりはなかった。

 

でも、そうじゃないという言葉を聞いた武は、こんな状況になっても少し怒るだけに済ませている女性達の顔を見て、苦笑した。

 

『いや、それも当然か……今更だったかな』

 

自分は指揮官なのだと改めて認識した武は、自分のバカさ加減を理解した。そして、それを窘める冥夜の声が―――悠陽が告げた言葉があった。

 

『……京都で教わりました、率いられたいと思う指揮官。それは、人間として戦うこと、それを想わせてくれる指揮官であると其方は言いました』

 

京都に到着して間もなく訪問を受けた後。ベトナムの日系人だと偽っていた時にした会話を思い出しながら、悠陽は続けた。

 

『何のために戦うのか、それを知らせて、守るべきだと思わせてくれるような………だけど、必ずしも報せる必要はないと思うのです。例えば、其方のような』

 

指揮官であっても人間で、だからこそ同じ戦場で戦う者として意識をさせてくれる者が。何を目的に、何を背負って。同じ志をもって自分たちは戦うと、命を賭ける理由を明確にしてくれる指揮官が良いと。

 

帝国軍では、そう実感させてくれる上官ばかりではなかったということだろう。政府だけではない、軍の上層部も信じられないと、そう思ったからこそクーデターが起きたのかもしれなかった。全ては自分の原因かもしれないと、悠陽は思う。もっと、互いの信頼があれば上官を飛ばしての政府へ直行する力での改革は起きなかった。

 

だからこそ、そうならないであろう武と、その部下や斯衛の精鋭達に問いかけるように語った。

 

『互いに人間同士、すれ違いはままあるものです。言葉を尽くしても、分かり合えないものがあるかもしれません……ですが言葉にせずとも、それまでに交わした言葉で。否、その背中で間違いはないと信じさせてくれるのならば、今更になる問答は無用だと思うのです―――ですから』

 

後は何を言えば全員が万全の心意気で戦いに挑めるのか分かるでしょうと。

 

武はその冥夜の言葉が、悠陽の叱るような声色で再生されたように聞こえた。それと連想するように、脳裏に過るものがあった。

 

目の前の居る人達と、過去に出会って交わした言葉を。たった今に放ち、返ってきた叱責を。それらを呑み込んだ武はゆっくりと目元を覆っていた掌を降ろし、深呼吸を一つ挟むと、小さくもなく、大きくもない声で告げた。

 

『それじゃあ―――往こう、みんな。この場に居る14人全員で、殿下を守り通す。立ち塞がる障害は打破し、邪魔する敵は全て打倒する』

 

伊豆半島を南下し、海路で殿下を横浜基地まで無事送り届ける。それを邪魔するもの全てに打ち勝てばこの国だけではない、この星の未来をBETAの脅威から守る事が出来ると信じている。それはかつて誓った時から変わらない、武の根幹を成す目的と信念が果たされる事と同義で。

 

そんな事情の説明を一切省いたそれは、()()()()()()()()()()()という言葉に要約されるもので。

 

少し照れが混じったその命令だが、全員が迷うことなく受け入れた。そして、苦笑や呆れに可笑しさと―――それらを薄める程の高揚感が混じった“了解”の二文字を、寸分さえ違わぬタイミングで一斉に唱和した。

 

―――余談だが、その後に見たものは、それぞれが胸の内に仕舞うことになった。

 

自分たちの声を聞いた武が、喜びのせいだろうか、情けなくも顔を歪めながら目をこすり。

 

その直後には、歴戦の衛士という以上に相応しい、言葉では表せない無類の頼もしさを感じさせる顔に戻っていたことは。

 

 

 

 




あとがき1

状況整理かつ、積み重ねてきた仲間との絆を確認する場面。
え、話が進んでいない?

………仕方がなかったんや!


あとがき2

・女性陣曰く「しゃらくさいですわぞ」

・平行世界の純夏は衛士ではない立場から、多くの衛士の戦いっぷりを見てきたということがあるので、その信念の強さを無意識に悟っているという

・誰もがみんな、信じる背中についていく

・3馬鹿(神代、巴、戎)は大陸、日本での武の奮闘と功績を聞かされています

・最後の情けない顔と頼もしい顔の落差(ギャップ)を見ていた女性陣曰く「やばい」

・修羅の道、ひとりでないなら怖くない

・えっと………修羅場じゃありませんよ?(まだ

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