Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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ずっと書き続けて気づけば二万五千文字だオラァ!

ということで、ちょー長い上に場面転換も多いですが、

我慢して読んでくだされm(_ _)m


PS

感想返信は後でしますので、もうちょっとお待ち下さい。


★28話 : Under the ground zero-Ⅲ

Aチームには国連軍を示す青色を身に纏った不知火が12機揃っていた。

 

対するBチームの14機は、統一性が欠片もなかった。斯衛の武御雷が2機、統一中華戦線の殲撃10型が3機、欧州各国が共同して開発したEF-2000が4機、ユーコンで改修が進んだトーネードADVが1機、大東亜連合のE-04が3機、最後にフランス陸軍のラファールが1機。共通する点はどの機体も各国において最先端の技術を駆使して作られた戦術歩行戦闘機であるということ、中に居る者達もその性能に恥じない資質を持っているということ。

 

そんな中で、リーサ・イアリ・シフは笑った。ユーコンで乗っていたトーネードADVとは段違い、コックピット内の駆動音さえ高級なもののように聞こえてくるぜ、と嬉しそうに。同じ事を考えていたアルフレードだが、これでも足りないかもしれないという焦りと共に、この1戦のみチームとなった12人の仲間に作戦を説明し始めた。

 

『さて、と………なんでこんな事になったのか皆目分からないんだが―――諸君、戦争だ。血湧き肉躍る戦争を始めようじゃないか、ちくしょう』

 

油断すれば死ぬという言葉を、アルフレードは心の底から信じながら説明を続けた。

 

『制限時間は変わらず、10分だ。勝利条件も同じ。相手は12機で、そのうち新兵が6人、その教官だった3人に加え、最近になってこの基地に着任したらしい2人に、バカが1人。で、このバカが問題な訳だが……』

 

その問題児が誰であるかを理解した者の内、ベルナデット以外の9名は故郷の遠い空を思い出していた。過去には星とさえ呼称された者が、更に成長を重ねるだけに留まらず、最新鋭の機体に最新OSを担いで11機の仲間と共に本気で襲ってくるという事実を再認識したが故の、防衛意識から来る反射的な行動だった。

 

誰かを分かっていない3名―――ルナテレジアとヴォルフガング、清十郎は腑に落ちないものを感じ。ベルナデットは、いつもと変わらぬふてぶてしい態度で通信に答えた。

 

『それで? バカの相手をするのは、私だけで十分だと思うんだけど』

 

日本で曰くの果たし状を受け取ったからには、というベルナデットの声に、アルフレードは「俺もそうしたい」と呟きながらも、首を横に振った。

 

『正直言って、同意したい。何もかも放り投げてふて寝したい。でも、この機体受け取っておいてボコボコにやられましたー、なんて事になったら立つ瀬が無い。ファーレンホルストっていう女狼がおっかない』

 

それに、とアルフレードは当初の目的を示した。

 

『新OSの性能……スペックだけでも脅威だが、その性能を分析するには相対した立ち位置から、互いに本気でないとな』

 

本音の後に建前を並べたアルフレードの言葉に、ベルナデットは何かを言い返そうとしたが、時間の無駄ね、と呟いた。

 

『私も……勝手をしている自覚はあるから、これ以上は言わないでおくわ。でも、油断できる相手じゃないっていうのは同意だから』

 

平行世界でも化け物と呼ばれていたから、とは口に出さずに。ベルナデットは思いついたとばかりに、冗談を飛ばした。

 

『そのバカな問題児曰く、“力づくで押し倒してやる”らしいから男はともかくとして……どうしたのかしら』

 

獣の相手をするのはゴメンだから―――と続けて言いかけた所で、ベルナデットは言葉を止めた。同チームの数名が、地を這うような声で何事かを呟いたからだ。

 

それを聞いたマハディオとアルフレード、リーサはわくわくしてきたぜ、と言いながらも操縦桿を握る掌から汗が滲むのを感じていた。グエンはそういう事かとため息をつき、清十郎は歴戦の衛士が放つ威圧感を前に冷や汗を流していた。

 

『……まあ、細かい所は置いておこうぜ。確かに、OSの性能を見るっていうならこの上ない状況だ』

 

ヴォルフガングの言葉に、ルナテレジアが同意を示した。戦術機を婿にしかねないと言われている彼女にとっては、今のこの状況こそがこの上ないものだったが、何とか外に出すことなく、作戦の内容を復唱した。

 

標的名称“バカ”をマークするのはリヴィエール少尉と、“バカ”なる者の動きをよく知るというリーサ・イアリ・シフとマハディオ・バドルの、合わせて計3名。残りの11機で、対する11機に対処しこれを撃滅するという言葉に、アルフレードは頷きを返した。

 

『細かい作戦は不要だ。連携も、機体種類からしてご覧の有様だからな。数機単位なら何とかなると思うが……まあ各々任せる。言っておくが、これは何が何でも勝たなければならない、って戦いじゃない。祭りみたいなものだと思って楽しめ』

 

アルフレードの言葉に、クリスティーネが機体の事に言及した。

 

『だから機体の損耗だの、燃料の消費だのは忘れた方がいい。消耗の釈明を心配するより、その価値があったって事を証明する方が人類のためになると思う、たぶん』

 

滅多に出来ない馬鹿騒ぎでも揃う人材は本物ばかりで、応じて成長すれば消費されるコストに見合う。その価値があるというクリスティーネの主張に、グエンが同意しながら、ただ、と前置いて告げた。

 

『楽しむことは重要だが……それも無様を晒さなければ、の話だ。この戦闘、後々に他国の上層部が目にする機会もあるかもしれない。その時に“アノ機体ヘマしやがった”、“下手糞が”などと笑われないように気をつけろ』

 

冗談混じりにグエンは告げた。操縦桿を握る手のままに。掌の上に積み重ねてきたものを腐らせることなく、自らの力量を機体に映して威を示せ。当たり前の号令に、11人が否定する意味もないと、了解の声で応じた。

 

残る2人は、常ではない状態に陥っていたが。

 

『へへへ……手が震えてきやがったぜ』

 

『武者震いって言えよ遅刻魔―――引きずり込まれるなよ。あのバカはクラーケンなんて可愛いもんじゃねえぞ』

 

『リーサ風に言うと一人バミューダトライアングル(魔の三角地帯)ってか? ……気がついたら神隠しとやらにあってそうだな、おい』

 

怖い怖いいや本気で怖いと告げる声は、自分を落ち着かせるためなのか、弱気を隠すためなのか。分かりにくい緊張している2人に、声のトーンが先程一オクターブほど下がった4人が、激しい気炎を背景にしながら、激励の言葉をかけた。

 

『釈迦に説法かもしれませんが、3対1でも油断はなりません。あくまで牽制に努め、無理はしないで下さい。幸い、あちらに武御雷の姿は見えません……斬って斬って斬った後、すぐに駆けつけますゆえ』

 

『囲んで止めれば、アタシが突き倒す。アイツも知らないバル師最後の教えを、文字通りに叩き込んでやる……違うな、突き込んでやる?』

 

『……こっちが先だから』

 

『え、ええ……うちの隊長が怖すぎて、何言うか忘れちゃったんだけど。でもまあ自業自得よね、たぶん。この長刀も取り敢えず3回ぐらい斬れば問題はさらりと片付く、って言ってるし』

 

寒気を感じさせる声が4つと、苦笑する者達の声と、首をかしげる者が数名。雅華は上役である2人に対し、かつてない程怒ってるアル、と呟いた。

 

間もなくして戦闘開始10秒前を示す声が通信より、14人の耳に届いた。音もなく姿勢を整え、カウントダウンの声が続いた。

 

『―――5』

 

自分が一番弱いかもしれないという事実を逸らさず受け止めながら、今の真壁清十郎としての全力を出すだけだと、16歳の少年は必死に闘志を燃やし。

 

『4』

 

ヴォルフガング・ブラウアーとルナテレジア・ヴィッツレーベンは、時差ボケもあるため万全ではない体調でも、相手の戦力を評価する先任の言葉を受け止め、気を引き締め直して。

して。

 

『3』

 

急遽参加を表明したひとり人外魔境の実力をよく知る元クラッカー中隊の面々は、これもまた一興かと、ベテランらしい強がりと共に笑い。

 

『2』

 

認められない未来の中で垣間見た人外の機動、同僚だという者から触りだけ聞かされたが、有り得ない密度の戦歴を重ねてきた相手が告げた“口説く“という言葉に、やってみせなさいよと戦意を滾らせながら、ベルナデットは操縦桿を強く握り。

 

『1』

 

ユーコンで見せられた“重さ”。汚物を泥で煮詰めた釜の底のような世界を駆け抜けてきた、その実力に戦慄を感じつつも、負けたくはないという意志を胸の内に灯した唯依、タリサ、亦菲は熱くも冷静に正面から相手を見据え。

 

0の号令と共に両チームから繰り出された仮想の砲弾が放たれ―――直後、宙空で衝突し、その破片が星のように散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、何百万分の1の確率か。音速を超えて飛来する120mmの砲弾どうしが正面からぶつかり合うという、演習の中であっても滅多に見られない光景。そんな奇跡とも呼ばれかねない事象を前に、人は様々な思索と感情を抱く他には無く。

 

―――人より戦鬼である事を選んだベテラン組が真っ先に、次に地獄の番犬に認められた2人と疾き風を誇る1人は秒以下の硬直の後、声を上げるより先に動き始めた。ユーコン組がそれに続く。

 

Bチームの3人、リーサ、マハディオとベルナデットはそんな中で瞬時に悟った事があった。差にしてコンマ数秒の差であろうが、誰よりも早く動き出した機体の中に居る者こそが、自分達が担当する敵であると。

 

認識から行動、陣形を組むまでに要したのは時間にして2秒。3機は牽制の射撃を見せ札に、誘うように集団から横に離れていった。その意志が向けられた者―――武は、望む所だと笑いながら同じように味方機から離れていき、

 

『ボサっとするな、B分隊!』

 

『往くぞ、真壁!』

 

樹がB分隊の6人を、唯依が清十郎に声を。かけて間もなく全機体がその主機出力を全開にした事を号令にして、11機と11機の戦闘は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐっ………!』

 

榊千鶴は目まぐるしく転ずる状況を前にして、困惑しながらも考え動くことだけは止めていなかった。

 

B分隊6人が集う宙域に、対する赤の武御雷が1機にEF-2000が3機、トーネードADVとE-04が1機。いずれも格上の精鋭を前にしながらも、戦闘が始まる前段階で驚かされ尽くしたわよと自嘲しながら、頼れる仲間と共に奮闘していた。

 

突如告げられた模擬戦、一時間後に倍増した参加人数、面識の無い追加人員が2人。いずれも自分たち以上の力量を持つだろう衛士ばかり。それを聞かされたB分隊はため息を零すも、しばらくすると状況を受け入れていた。

 

(連携を活かすために私達は6人で、という話だったけど)

 

合計12機が入り乱れる中で、訓練通りに相手を型にはめることは困難だった。引き離されれば、一対一での戦闘を余儀なくされる。だが、それも想定の内だと千鶴は負けないように努めていた。

 

技能の差が出やすい近接ではなく、中距離での砲撃を。決して無理はせず、防御の方に意識を割きながら、仕掛けてくるE-04の攻勢を凌いでいた。

 

自己を知り、敵を知りながらも弱気にならず、自棄にも落ちず、予めの通りに戦術を。本人達も無自覚である、精神的な成長があって初めて成せる、それは業だと言えた。豪華すぎる相手の布陣を聞かされた後も、絶望するより先にどう戦うかを考えるぐらいには、正規兵の域さえ越えていた。

 

そんな自分たちの違和感に気づかず、千鶴は冷や汗をかきながらも、必死に分析を続けていた。勝つために、どこで勝負をかけるべきかを。

 

(旧OSの機体だけ、っていうのは不幸中の幸いだったけど―――)

 

各国の若手衛士の中でもトップクラス、という話では済まされなかった。ツェルベルスに、ハイヴを攻略した英雄中隊に所属していた、などという戦歴で比べれば自分たちとは天と地ほどの差がある相手だ。

 

千鶴を含めた6人全員が、同条件では勝てる気はしなかった。だが、隊の士気が落ちようかという時に冥夜と慧が告げた「OSのハンデがあるなら、負けていいなんていうのは言い訳になる」というのも真理だった。

 

不甲斐ないと、呟きながらも千鶴は笑った。

 

『そうね―――格上、上等よ。互いにハンデあり、条件に大差なし』

 

呟き、叫んだ。

 

『全員、気張りなさい! 相手はベテランでも同数、OSじゃこっちが有利だからそれを活かして! ……負けていいなんて、思わないこと!』

 

号令に答えたのは、鋭くなった5人の機動で。千鶴は腹から声を出した勢いに乗せ、跳躍ユニットを全開にした。

 

そうして背後から襲い来るEF-2000に向けて引き撃ちをしながら遮蔽物に向かい、相手の視界から隠れた直後に反転、急上昇の後に相手の死角に飛び込むと、反撃を仕掛け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……指揮をする暇もないだろうに、よくやるものだ』

 

動きを見れば、6人の内の誰が指揮役を務めているかは分かる。グエンは機体の高度を下げながら低空飛行に移り、頭上からの射撃を回避しつつ、相手は本当に任官前のひよっこなのか、と驚いていた。

 

(新兵が6名、連携の差を考えると、その6人は固まって動くだろうと予想はできていたものの―――)

 

実力が想定外だった。自分はともかくとして、EF-2000を駆るツェルベルスの2名を相手に戦えているというのは、欧州であれば与太話の類で済まされかねないもの。

 

新OSの恩恵によるものか、機体の反応速度に差を感じながらも、それだけで勝てるほど甘くはない。速いだけの機体なら、第一世代機を相手にするようにただの的に出来る練度を、自分たちは持っているからだ。

 

衛士の腕は究極的には二つの要素に分解できる。相手の動きを正確に予測する、自分の機体を正確に動かす。対BETA戦は両方が重要だが、対人戦においては予測という部分に比率が偏ってくる。移動手段や攻撃方法が、BETAのそれよりも幅があるからだ。

 

(だというのに、この動き。余程の手練を相手に訓練を続けてきたのか……いや)

 

そうだったな、とグエンは騒動が大きくなった元凶の顔を思い浮かべた。頷き、笑う。そして、手加減をする方が失礼かと呼吸を整え始めた。

 

「相手にとって不足なし。逆にこちらこそ不足かもしれないが―――」

 

お返しだとばかりに遮蔽物を利用し、急速な方向転換においては不知火を上回る性能でもって、機体の通称の通りに俊敏に。

 

グエン・ヴァン・カーンが反撃に転じ、不知火は慌てて回避機動に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンデがあるなら、負けた後の言い訳なんて無様なものだ。その言葉を発したB分隊の前衛2人は、戦闘の最中に二つの新しい発見をしていた。

 

一つは、XM3と呼ばれた新OSの性能の高さ。そしてOSの性能の目玉の一つである反射速度の向上は、近接格闘戦において最も影響が大きくなるものだという事を。

 

名だたる衛士と機体を前にして、10の合の内、6か7まで先手を取れている現状から、その差をB分隊の誰よりも実感できていた。そして、学んだ。刹那の判断が結果を左右する近距離において、機体の反応速度で3割を上回ることが出来る、というのは想像以上に大きかったのだと。

 

自分たちが訓練兵では有り得ない程に成長している、とは考えもしなかった。武御雷は機体の性能差で、他の機体も僅かばかりの性能差と経験、実績の差がある明らかな格上であるため、油断をすればすぐにやられると思って―――ただ必死だったのだ。

 

特に冥夜は武御雷に対し、剣の師の一人である月詠真那を相手にする気持ちで戦っていた。その真紅の武御雷が、冥夜の乗る不知火へ正面から斬りかかった。

 

ハイヴ制圧のためと、近接格闘に長じるように製作された国内最強の機体。その一撃を冥夜は長刀で受け止め、衝撃が奔る機体の中で微かに手応えを感じていた。

 

(流石に鋭いが―――見えているのなら、反応できるな)

 

基本に忠実であるからこそ無駄がない赤の武御雷の斬撃は、不知火より速く感じるものの、予想の範囲を逸脱しないという感想を冥夜は抱いていた。

 

想定や予測といった文字を「何それ食べられるの」と言わんばかりにあっさり越えてくる規格外と比べれば、耐えることはできると。

 

慧も中距離で仕掛けてくるEF-2000を相手にしながら、落とされない戦いを出来ていた。中距離の射撃戦から、間合いが詰まると近接格闘戦へ、内容はハードそのものだったが戦況は一方的にはならず、反応速度の差を活かすことで、互角以上の勝負にまで持ち込めていた。

 

(何とか、やれ―――っ!?)

 

『慧!』

 

『慧さん!』

 

意識の間隙を突いての、EF-2000の一撃。距離を開けていた千鶴と美琴は、EF-2000の機動を見て、なんて強引で無茶な機動を、と舌打ちをしていた―――が。

 

『一撃死じゃないだけ、温情だよね!』

 

『慧も、早く立て直して!』

 

『んっ、言われなくても!』

 

二人のフォローにより、慧は機体を立て直すと、即座に反撃に移った。仕掛けてきたEF-2000がまたもや定石から外れた動きで回避し、後方へ下がっていったが、3人は驚きもしなかった。逆に、安堵を覚えていた。

 

視界から消えたと思ったら一発で当ててくる相手よりは、戦えるのだと。それでも不利な状況に変わりはない慧は、再び前衛に戻ると、全身を集中させながらも丁寧な操作を心がけようと考えていた。

 

相手は格上で、しかも油断がない。BETAとは違って考える頭があるため、考えなしに挑むと逆に数に囲まれ、罠に嵌められてそこで終わる可能性が高い。それが、慧がこの戦闘の最中に学んだ結果から導き出した答えだった。

 

(……それでも、戦える。一人じゃないから)

 

慧はまたも強引な機動で仕掛けてきたEF-2000を見た。直後、回避行動に入ったことも。そして、音を聞いた。背後から飛来した120mmが、回避するEF-2000が先程まで居た場所を、コックピットがあった場所を通り過ぎていく様子を。

 

その斜め後方で、回避機動に入ったEF-2000を追っていた美琴は、ここは続くべきだと判断した。やや体勢を崩したEF-2000に仕掛けようとして、

 

『美琴ちゃん!』

 

純夏の声を聞くと同時、その方針を変えた。機体を減速させた1秒後に、前方を通り過ぎる36mmの雨を見ながら、機体を横に滑らせた。

 

(危なかった……あのまま行ってたらやられてたよ)

 

驚きを残しつつも、操縦の手は止まらずに。自分を狙っていたE-04の方に向かい、牽制の36mmと共に主機の出力を全開にした。

 

 

『壬姫さん、援護をお願い!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あのタイミングで避けるって、自信なくすなぁ』

 

トーネードADVのコックピットの中、クリスティーネのぼやき声は、直ぐ様戦闘の駆動音にかき消された。僅かばかりの間隙を抜いて長刀を片手に突っ込んできた不知火によって。

 

『行ったぞ、清十郎!』

 

『分かって―――くっ!』

 

清十郎は長刀で切り込んでくる不知火を正面から受け止めた。重なるのは長刀と長刀。僅かに火の花が咲き、すれ違うように横をすり抜けた不知火を追撃することなく、清十郎は出力を全開にしてその場を移動した。

 

直後に、正確無比な砲弾が自分の居た場所を抉った。それを見たヴォルフガングが、驚きと共に叫んだ。

 

『この狙撃、マグレじゃねえなぁ!』

 

『止まらないで下さいブラウアー中尉! っ、この相手……距離によってはイルフィより厄介ですわ!』

 

着弾点を推察するに、誤差1m以下の狙撃。それを6回も連続で成功させてくる以上、不用意に止まれば機体に穴が空く。ルナテレジアは注意喚起の叫びと共に、飛来する120mmを回避した。これが無ければ、と思いつつも遮蔽物の影に隠れた。そのまま遮蔽物の影から影へ渡るように移動する。同じように身を隠した清十郎が、2人に通信の回線を開いた。

 

『お二人とも、ご無事で?』

 

『当たり前だろ。そっちこそどうだ、侍サンよ』

 

『被弾無しです。幸い、こちらはあまり狙われなかったようなので……しかし』

 

まさか、と言いたげな表情で清十郎は呟いた。

 

『極東一の狙撃手が横浜基地に居る、と噂には聞いたことがありますが……ここで出て来るとは思いませんでした』

 

『……例のHSSTを落とした狙撃手か』

 

道理で、と言いながら周囲を警戒するヴォルフガングは、自分の機体が隠れている遮蔽物の横へりが削れたのを見た。近くに敵影無しとなれば、遠距離からの狙撃によるものだ。ヴォルフガングはいっちょまえにプレッシャーかけてんのか、と獰猛な笑みを見せた。

 

『祭りは祭りでも狩猟祭ってか? ……とはいえ、このままじゃ拙いな』

 

精鋭の6機が攻めきれない理由が、そこにあった。後方に控えている狙撃手の腕が良すぎて、仕留めにかかれないのだ。

 

『でも、無理に攻勢に出れば撃ち抜かれますわね』

 

『確実にな。他の5人も想定以上だ、丁寧に鍛えられてる……連携の練度も、即席のこっちとじゃまるで違う』

 

『OSの性能も、想像以上ですわ。反応速度の上昇も厄介ですが』

 

『先読みの難易度が劇的に上がったように思えます……キャンセル能力、いえ、先行入力というものの恩恵でしょうか』

 

『だろうな……調子が狂って仕方ない』

 

ヴォルフガングは狙うべき場面で決めにいっても“スカ”された場面を思い出していた。

(……先行入力がこれほどまでに厄介だとはな。行動の狭間にある筈の“間”がゼロになった事で、テンポが合わない)

 

隙を隙として突けない、不用意に仕掛ければカウンターを食らう怖れまである。ヴォルフガングの懸念に、ルナテレジアがそれでも、と答えた。

 

『怖気づくのは論外。とはいえ、先に落とされれば欧州に帰れなくなりますわね?』

 

『言うじゃねえかルナテレジア。ま、その通りだがな』

 

機体に刻まれた紋章はそれほどまでに重い。だが二人はそれに潰されることなく、頭を切り替えた。

 

『OSの性能の事を考えれば、喜ぶべきなんだろうな……俺たちがここまで追い込まれるっていうのは』

 

『ええ。しかし……想定外だらけですわ、今回の旅は』

 

XM3の性能も、訓練兵らしからぬ練度を見せる相手も。そしてイルフリーデが執心のリヴィエール少尉が見せた表情も、とルナテレジアは昨日の事を思い出していた。

 

話を持ってきた時のベルナデットの様子を思い返していた。イルフリーデがそれを見てどんな顔をするだろうと思うと、口元が緩まった。

 

(“いつ見ても不機嫌そうなの”って……私も同じ感想を抱いていましたけれど)

 

ルナテレジアが知る日本人は多くなかった。白銀武という名前を聞いたことはなかった。だが、その男性と戦うことになった、と告げた時のベルナデットの表情は、珍しくも機嫌が良さそうなもので。

 

(イルフィとヘルガへの土産話はできましたわ……失望されない結果で終われば、というお話ですけれど)

 

訓練兵を相手に被撃墜は、恥の極みである。面子を潰されたままで、ツェルベルスを名乗る訳にはいかない。認識を共有させた2人の横で、清十郎も同じように覚悟を決めていた。真壁の名前は軽くないのだと。経験が浅くとも、年が若くとも、関係がないのだと奮起の念を抱いていた。

 

そうして気合を入れ直す3人に、近距離から通信が入り込んだ。

 

『盛り上がってるとこ悪いが、ちょっと混ぜてくれや』

 

『こっちもだ。敵影はやや後方、クリスティーネが足止め中だ。こちらに来るまで少し時間がある』

 

『ヴァレンティーノ大尉と、カーン少佐……無事ですか? 無茶し過ぎて息上がってるようですが』

 

『おじさんも年でなあ……じゃねえよ。ちょっと疲れたが、被害はゼロだ。それよりも朗報を持っきてやったぞ』

 

撹乱して無駄玉を消費させてやったぜ、とアルフレード。グエンも同様で、遮蔽物と回避機動で何とか凌いだ事を報せ、アルフレードが言葉を繋いだ。

 

『新OSに半端ねえ狙撃手、想定より厄介だが規格外じゃない。早めに終わらせて、あっちの援護に行かないとな』

 

『あちら、というと……コードネーム“バカ”の方の?』

 

『それほどまでに警戒する相手か、って聞きたそうな面だな―――百聞は一見に如かずというし、ほら……あそこだ』

 

アルフレードはちょうど良いと、4機が―――ベルナデットとリーサ、マハディオと武が入り乱れて攻防を繰り広げている方角を機体で指差した。

 

促されるまま乱戦を視界に捉えた3人は、その光景を理解するまでに3秒の時を要した。遠くから見ればこそ、機体が描く軌跡の全容が分かる。同時に、異様さも浮き彫りになるのだ。そして優れた資質を持つ3人であるからこそ、余計に理解できてしまうものがあった。

 

アレと同じ真似を出来るか、と問われれば考えるより先に拒絶が口に上るだろう。そんな人外機動な青色が宙域を縦横無尽に駆けているのを見て、自分達はどうすれば良いのか。3人は思考の果てに共通の解を得た。直ちに目の前の6機を打倒して援護に駆けつけなければ、拙いことになると。

 

あちらが時間の問題なのも、通信越しに聞こえる言葉のようで言葉ではない言葉の羅列から読み取ることが出来ていた。

 

曰く―――死ぬ死ぬ死ぬちょっやめくそ待てストップタイム五分休憩かかったなってフリかよ卑怯者がぁぁ、とか、やっばはっやこのあーてめえアホばかナスうごくなボケ消えんなタコ沈めぇぇぇ、とか、蝿は落ちろ蚊は散れ落とす倒す落ちろはたいてから潰してやるってブンブン煩いのよこの、とか。

 

僅かな沈黙の後、アルフレードがうんと頷いた後に、告げた。

 

『聞いた通り―――色々と限界みたいだな!』

 

『……ええ、色々と』

 

『よし。そっちも納得してくれたようだし。うん、アレを18のガキだと思うなよ。見てくれとか年とか常識とか、全部忘れた方がいい。おじさんからのアドバイスだ』

 

『アルフレードの言う通り、見たままが全てだ。この狙撃にアイツが加わられると、もうどうしようもなくなる』

 

その前に、という言葉から先は必要が無かった。勝つために戦い、負けないために鍛えたのだと、当たり前の言葉と共に。

 

5機を一人で牽制していたクリスティーネから通信が入った後、精鋭たちは“らしく”不敵な表情になり。清十郎も、置いて行かれてたまるかと、自分の頬を叩いた。

 

そうして近づいてくる5機と、後方に居る残り1機の位置を確認すると、アルフレード達はそれぞれの仕事を果たすべく、遮蔽物より飛び出すと、あくまでベテランの立場を忘れず、あえて不利になるであろう真っ向勝負を仕掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武を3機で、訓練兵を6機で、残りの5機に対してこちらも遊撃の5機を用いて、散らして対処する。双方に動きを見たことがある、ユーコンに居たメンバーで。そのつもりで動いていた玉玲だが、早くも分断された事実を前に、苛立ちを覚えていた。

 

(それだけじゃない、よりにもよって……!)

 

葉玉玲はオールラウンダーだ。様々な事態に対処できるという長所を持つが、それは短所と表裏一体。突出したものが要求される状況―――例えば回避や防御、妨害が得意な相手を強引かつ迅速に仕留める、という戦術を大の苦手としていた。そう、2機編成で足止めに来ている紫藤樹などは、一番相手にしたくない天敵で。

 

『―――大尉、二人とも手練あるよ』

 

『うん。片方は樹、もう片方は……教官って人だと思う』

 

OSの性能に頼り切らない、2機連携の手本のような戦術機動はそれなりの付き合いがあって初めて可能となる類で。長引くな、と判断した玉玲は攻撃を仕掛けながら、オープン回線で敵機に通信を飛ばした。

 

『樹、でしょ? 相変わらずねちっこいね』

 

『我慢強いと言ってくれ。ああ言っておくが、揺さぶりも効かんぞ』

 

『分かって、る!』

 

射撃の牽制から急制動、左右に機体を振りながら長刀を抜き放って振り下ろし、

 

『姐さん、距離が―――』

 

空振らせながら、跳躍ユニットを全開に、機体を縦に回転させた玉玲はその勢いで以て斜め上から切り下ろす。間合いを外しての奇襲、唐竹を見せてからの袈裟懸けの一閃に、しかし樹は惑わされなかった。

 

トップヘビーの長刀の切っ先を見据え、受け止めながら機体を横に流す。真正面からでは腕部にダメージが、吹き飛ばされた所を狙われかねないと判断しての対処。反撃を捨て去っての防御行動を選んだ樹は思惑通りに玉玲の一撃を捌き、そのまま間合いを離していった。

 

『防がれた―――結構、苦労して作り出した技だったのに』

 

『ああ、殲撃10型じゃなかったら危なかった。まだ胸がバクバク鳴ってる』

 

『……えっち』

 

『なんでだよ!? そういうのはあのバカの方に…………え、真面目にやれ? いやそんなつもりは……わ、分かった』

 

樹は僚機の声と、玉玲の成長具合に顔を青くしていた。先の二段斬撃は、冗談ではなく撃墜の危機だったのだ。誘いの虚動と攻撃の予備動作が一体になった、高度な技。

 

防御に徹していなければ、もっと斬撃に特化した俊敏な機体でなければ、OSの有利を持っていなければ。いずれかが欠けたら撃墜は免れなかったと、冷や汗を覚える程で。樹とまりもは牽制の射撃を繰り返しながら、相手への意見を交換しあっていた。

 

『くっ、予想以上に鋭い。それでも続行を?』

 

『方針に変わりはない、このまま足止めに徹する……隊長殿と2機連携に努めれば対処可能な範囲ですので』

 

『隊長は止してちょうだい、何だか照れくさいから』

 

軽口を交わしながらも、作戦の必要性は互いに理解していた。エース級のオールラウンダーである葉玉玲を放置して好き勝手に遊撃に回られると、あちこちが瓦解しかねない。樹と武が主張した意見で、それが正しかった事とまりもは内心で頷いていた。

 

『あっちもこっちも均衡状態……行かせたら拙い。バカはともかくとして』

 

『ええ、混じったら巻き込まれそうなのは放っておいた方が得策かと。問題は、榊達がどこまでもってくれるか……』

 

『“教官が信じなくて、誰が信じるの”―――だろ?』

 

『―――これは一本取られました』

 

まりもは小さく笑った。

 

―――オープン回線になっている事に気づかずに。

 

『姐さん?! ちょ、機動が荒くなってるというか、攻撃的になってアルよ!?』

 

『……爆発させる』

 

『何をアルかっっ?!』

 

玉玲は二人の会話を聞き、どうしてか苛立ちを覚えていた。その感情のまま、得意の面制圧射撃を敢行。動きを予測しての斉射はどんぴしゃりのタイミングで、

 

『ぐぅ―――っ!』

 

玉玲の動きから次の行動を読み取っていた樹は、急加速してその全てを回避しきっていた。反応速度3割、落ちればどうなっていたかと冷や汗を流しながら。

 

それでも体勢が崩れた不知火に、突撃砲が向けられるも

 

『させないわよ!』

 

まりもがフォローに入った。意表を突かれてのカウンターに、玉玲の僚機である雅華は反応しきれず、その殲撃10型の片足を36mmが穿った。

 

『―――無事?』

 

『中破アル! でも、これ以上は……!』

 

『後方、援護に徹して。私が前に出る』

 

玉玲は瞬時に命令を下すと、まりもに向けて射撃を仕掛けた。偏差を意識しての射撃

だが、36mmの尽くが空を穿つに留まるのを見た玉玲は、その後に反撃に出てきた速度や正確さから樹の僚機である相手の力量を察した。

 

(―――雅華がやられる訳だ。相当の訓練を積んできているね)

 

判断力から操縦の正確さを加味すると、総合力では亦菲以上か、それとも。いずれにしても樹と連携を組まれれば、撃墜されかねない。そう判断した玉玲は、高速移動からの撹乱機動による揺さぶりを始めた。

 

援護には行けそうにないと、申し訳のなさを感じながら、玉玲は不利である状況を前にしても、これで撃墜されるようなら仕方ないと開き直り、一切の萎縮を捨て去った。

 

(XM3、その真価を試させてもらう……落とされれば、それはそれで望む所だ)

 

どちらに転んでも最悪は無い。統一中華戦線に居た頃よりは気楽な任務だと、微笑みと共に葉玉玲はその技能の全てをもって倍する敵に挑んでいった。

 

 

『1対2でせめて膠着状態に……後は、あっちの3機次第だけど』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶち殺す。そんな物騒な単語を抱きながら、ユウヤ・ブリッジスは操縦桿を握っていた。多少精神が乱れていようと、訓練の量が裏切ることはない。積み重ねた技量は操縦に反映され、鋭く早いE-04の攻撃は、一歩先に回避に入った不知火の残影を切り裂くだけに留まった。

 

『――ユウヤ!』

 

『大丈夫だ、そっちに専念しろクリスカ! 油断できる相手じゃねえぞ――なんせあいつらだ!』

 

ユウヤは機動から、即座に相手方の衛士を見切っていた。武御雷の篁唯依は分かりやすい。残るE-04はタリサで間違いはないと、即座に思えた。殲撃10型も、斬りあった相手であれば間違いようもない。

 

(面白え……ちょうど退屈してた所だ!)

 

相手が生身の人間であれば、慣れかけてきたシミュレーターよりは刺激になる。変わらぬ上昇志向で以て、ユウヤは慣熟して一ヶ月の不知火を駆っていた。そんなユウヤに、味方機から通信が入った。その送り主の銀髪の女性が、真面目な顔で告げた。

 

『無事でよかった。あとクリスカ、ユウヤ違う、祐奈でしょ』

 

『まとめてぶっ殺すぞコラァっ!?』

 

ユウヤは金髪のカツラを被りながら、紅が引かれた唇の中から力一杯叫んだ。変装を強いた武と、面白そうに笑うサーシャに向けて。

 

横浜基地所属、オルタネイティヴ第四計画直轄・A-01部隊が誇る期待の新人、鰤村祐奈。祐太郎が駄目ならこれでどうぞ、と用意された母と同じ色のカツラと化粧道具を見せられた時の事を思い出したユウヤは、殺意を再臨させていた。

 

そこに、元気づけるようなクリスカの声が飛び込んだ。

 

『で、でも、その、ユウヤのお母様と同じ顔色だし……き、綺麗だぞ?』

 

『………』

 

ユウヤの怒りが1段階上がった。リーディングを制限されているクリスカはそれを悟ることができなかったが、何となくこれ以上褒めるのは拙いような気がして、黙り込んだ。

 

『って、さり気なく孤立させようとしないで……危なっ』

 

『……ちっ』

 

『舌打ちするとか本気……いや、仲良くないって。別にそんな気は、だからクリスカも睨まないで援護を―――ちょっ』

 

左からE-04、右やや上方から武御雷。同時に攻撃を仕掛けてきた相手に、サーシャは36mmの迎撃弾幕で出迎えながら回避機動を見せるも、焦っていた。

 

『いや立案者は武だから私は悪くないというか、A-01全ヴァルキリー化計画だとか頭が沸いたような―――っと』

 

樹はそのままでOKらしいけど、と言いかけたサーシャだが、徐々に鋭さを増していくE-04の攻撃を前に、必死で回避機動を続けていた。

 

さりげなく見捨てる方向で動いていたユウヤも、その様子を見てようやく援護に入った。XM3の恩恵を最大限に活かし、相手の予測を振り切って急降下した後に機体を上向きに倒し、背中を地面に向けたまま突撃砲を構えた。間髪入れずに、タリサのE-04を下から貫かんと36mmのウラン弾が殺到した、が。

 

『あれでも避けるの……? 動物みたいな反射神経だね、旧友』

 

ユウヤの不知火の機動に反応していたタリサは、射撃体勢に入られるより前に回避の動作を済ませていたのだ。認識から行動までが非常識に早い、とサーシャは旧友の成長を確かめると同時、その厄介さも認めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『衰えるどころか更に鋭くなってやがんな、旧友……いやあぶねーっての』

 

下からの奇襲を回避したタリサ・マナンダルは、安堵するより先に舌打ちをした。そして、相手の様子から、得意のジャック・ナイフとかやった時点で落とされちまうな、と冷や汗と共に呟きを落とした。

 

サーシャ・クズネツォワという衛士の長所はどこか。タリサは客観的に分析していた。機動に特筆すべき所はない。ユーコンの衛士と比べれば、図抜けたものはない。それでも意表を突かれているのは何故か。先程の奇襲も、直前まで気づかなかったのはどうしてか。タリサはそういった情報の材料からサーシャ・クズネツォワの能力の本質まで考察を進めた。

 

戦闘機動は怠らず、されど無策は無謀であるが故に。相手の白と黒を見極めよという師、バル・クリッシュナ・シュレスタの教えの通りに。

 

(癖を読まれてるのか? いや、意識の外を突かれてるのか……うん、それっぽいな)

 

タリサは攻撃を仕掛けようとするも、その体勢に入る前に回避機動に入られている事も気になっていた。高速で移動する相手よりは、低速で彷徨く相手を撃ち抜く方が容易い。それが定石だが、サーシャはまるで事前に予測出来ているかのように、攻防の機動を絶妙のタイミングで切り替えているのだ。

 

(リーディングってやつか? ……いや、それは使わないと言っていたし)

 

約束を違えるような相手じゃない。そう思ったタリサは疑念を捨て、直感から回答を導き出していた。

 

(行動の“起こり”を読むのが病的に上手いよな……原因は、経験則以外に有り得ないか? なら……ひょっとしてリーディングと、過去の味方機との共闘……両方の記憶とを照らし合わせてんのか)

 

人には癖がある。操縦には定石がある。何かをしようとする以前に、その予兆が発生するのは自明の理。過去のサーシャはリーディングにより、それを人より早く汲み取ることが出来ていた。激戦続きだったクラッカー中隊、遊撃に努めていたという話。それらが全部活かされていたとしたら。

 

(……頭の回転は人一倍、って言ってたな。記憶力、処理能力も高い訳だ)

 

データを収集し、何度も復習することで推測・予測を洞察力という技に変えたのだ。機動のセンスは無いと、見ただけで分かる。近接格闘能力も、機体に高度に反映できる程ではない。それらを補うために、今も成長し続けている。その答えにたどり着いたタリサは、面白いと思い、呟いた。

 

『こっちの速さが勝つか、そっちの読みが勝つか』

 

敗れれば負けるが――――これでこそだよな、と。タリサは嬉しそうに笑いながら。士気とテンポを最高にしながら、標的をサーシャに集中させていった。

 

他の二人も同様だ。唯依はクリスカへ、亦菲はユウヤへ、3機対3機は孤立しての一対一に移っていた。

 

『……クリスカ、か。まさかここで出て来るとは思わなかったが』

 

唯依は呟きながら、それでも油断はならない相手だと、気を引き締めた。不知火という慣れない機体。異国という慣れない土地。プラスになるような要素はなにもないのに、こうまで粘られているという事実と、ユーコンで見せた実力と。OSの差もある事から、逆に格上に挑む気持ちでなければ喰われかねないと判断したのだ。

 

砲撃による牽制から、得意の切り込みへ。長刀どうしが衝突し、不知火が弾かれるように後方へ退いて、

 

『―――態と、か!』

 

体勢崩さず、後方に跳躍しながらの36mm斉射は正確無比で。回避した後の地面を抉る様を見た唯依は、中距離での射撃で張り合うことを選択肢から除外した。左右に機体を振りながら、再度長刀での一撃を。

 

すれ違い様に、一閃。長刀の先に僅かな手応えを感じるも、油断せずに全速でその場を駆け抜けた。直後、後方に着弾の音を聞いた唯依は、やはり誘い込みか、と不敵に笑った。

 

(だが、慣熟にはまだまだ……イーニァも居ないのか? ユーコンで見た程ではない)

 

二人が揃った上でSu-37を持ち出されれば旗色が悪くなるが、この手応えならばむしろこちらが有利。冷静かつ正確に戦力を分析した唯依は、横目で残りの2機を見ながら呟いた。

 

『先任の誇りを取り戻すリベンジ・マッチ。その心意気に異論は挟まんが―――負けてくれるなよ、亦菲』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砲と剣と、薙に射に。流れるように繰り出される攻撃は淀み無く、故に隙もなく。崔亦菲はユーコンの頃とは違う、正真正銘の本気で以て目の前の不知火を葬り去るべく操縦桿を握っていた。

 

『同じ相手に―――二度目はないわよっ!』

 

模擬であれ、戦。演習であれ、優劣を決める場所。そんな状況において同じ相手に二度敗北することは、無能である証明にしかならない。生来の負けず嫌いで、子供の頃からの環境でその気質を育ててきた亦菲は、一切の油断や躊躇を捨てた上でこの一戦に挑んでいた。某見境なしの人たらしは片隅に、まずはこいつに借りを返してやると。

 

剣に偏れば射が鈍く、射に偏れば剣が疎かに。トライ・アンド・エラーを繰り返す対人戦において、それは何よりの隙となる。ユーコンで学んだ教訓を活かし、亦菲は止むことのない連撃で、ユウヤ・ブリッジスが乗っている不知火を追い詰めていた。

 

(確かめてないけど、分かる……私はそれほど間抜けじゃない)

 

ユーコンで機体を盗んだテロリストが―――などという余計な思考が浮かんだが、亦菲は簡単に切って捨てた。機体の性能差は縮まったが、それ以上にOSの性能差が厄介になっていたからだ。

 

義務や法、正義感や責任を全うする意思はない。それらに助けられた事がない亦菲は、表面上にそれらをなぞる以上の事をするつもりもなかった。

 

求めるのは純粋な勝負を。似た境遇であれば余程に。今まで鍛え上げてきた生を証明し合う、それだけを亦菲は望んでいた。

 

(以前より格段に鋭く、速い。どうやら一皮むけたみたいだけど―――私だって!)

 

ユーコンで何が起きたか、亦菲は興味をもたない。見出したものにこそ、着目すべきものがある。そう思う彼女は、生粋の衛士だとも言えた。

 

いくつかあった迷いは、捨て去った。望むがままに戦い、自分を誇り続ける事を通す。それが正しいかという葛藤は、過去のものにした。

 

―――お前を守ると、そう言ってくれた男が居るから。

 

―――その想いは正しいと、背中を押してくれた上官が居るから。

 

(その上官がライバルだってのは、笑える話だけど)

 

萎縮して馴れ合うよりは、敵を作ってでも己の道を。吹っ切った亦菲の挙動は、本人も気づかない内にレベルアップを果たしていた。

 

(でも、悪くない………悪くないわよ!)

 

味方であれ、敵であれ、崔亦菲という個人に真正面から向き合ってくれるような。都度尋ねなくても、ここに居ればいいと受け入れてくれるような―――子供の頃から渇望していた自分の居場所を見つけたような気がしたから。

 

より一層の冴えを以て、崔亦菲は生来の気質通りの、鋭い攻めの意思を不知火にぶつけようと、機体の名称通りの戦いぶりで攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くっ、この―――これで!』

 

攻め気は強かったが、これほどまでだったか。ユウヤはユーコンでの一戦を思い出し、即座に忘れた。成長しているのは自分だけではないという事に思い至ったから。

 

だが、やられっぱなしで良い筈がない。亦菲のような戦術を取る相手に、守りに入った所で凌げる保証もない。むしろ付け上がらせるだけだと、ユウヤは反撃に出ることにした。

先の模擬戦とは異なり、長刀に拘っていないことから、斬撃後の隙も少ない。同じ方法を取っても、切り替え撃たれた36mmで痛手を負うだけで終わる。そう判断したユウヤは、長刀を構えた。

 

(単純に避けて、ってのは無理――なら、崩してからだ)

 

振り下ろされる長刀に、自分から突っ込んでいく。そして振り下ろしを受けると同時、強引に横へ衝撃を逃した。

 

不知火は殲撃10型の横をそのまますり抜け、殲撃10型も振り抜いた勢いのまま加速し、振り返った。

 

互いに、遠ざかりながら正面で向かい合う。突撃砲を構えるという行動も、同じだった。唯一違うのは、不知火の方が早かったこと。

 

ユウヤは、突撃砲のトリガーに指をかけて、

 

(――誘いだな)

 

弾をばら撒くも、全て回避された事に驚かなかった。そのまま引き撃ちをしながら距離を取って遮蔽物に隠れる。そして弾倉を交換しながら「厄介だな」と呟いた。

 

(攻撃速度だけじゃない、判断も早い。冷静に勝つ気になった亦菲が、こうまで手強い相手だとは……いや)

 

元より実戦経験に差はあったと、ユウヤは勝手に上になった気でいる自分を諌めた。むしろ本気になった亦菲の方が格上だと思い、その戦力評価を上方へ修正した。

 

(性能差があるとはいえ、無理に仕掛ければ痛手を負いかねない……撃墜されないようにしていればそれで良いとは言われたものの)

 

どうしたものか、とユウヤは作戦の大筋を決めた武が居るであろう戦闘中域へ、4機が入り乱れている方向へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1機対、3機。戦場の中央で暴れる4種の機体は、刹那を取り合っていた。先んじ、先んじ、頭を、鼻を、出先を潰さんと砲火と機動炎を混じえての舞踏を踊っていた。

 

演者は4人だが、舞台は一つ。その中で主役を張っているのはこの中では最も早く完成したという第三世代戦術機の中に居た。その主役は―――3倍なる敵を相手にしながら、機動力により状況を支配する白銀武は、喜びのまま機体を踊らせていた。

 

(やりにくい―――決めに来てないけど、不用意に動けば先を潰される。連携も即席とは思えないな)

 

急制動からの奇襲はリーサに先んじて読まれて出足を潰され、更に仕掛けようとするも長年共闘した経験があるマハディオに呼吸を読まれて防がれ、速度が緩めば正確無比な36mmと120mmの協奏曲に包囲される。

 

攻撃が2、防御が8の割合のため、強引に突破してもあと一歩という所で透かされる。数の差があり、それなり以上に手の内も知られているため、万が一を考えれば無謀な突進は危険。

 

そう判断した武は、笑った。欠片も油断できない、経験と才能が折り重なって初めて完成する包囲陣の中で、嬉しそうに。油断など、しようと考えた時点で穴だらけになる窮地を楽しんでいた。口元を子供のように緩めながら全身を締め付けるGに身を委ねつつ、機体を奔らせていた。

 

(読み合いから牽制の、仕掛けにフェイクも、後詰めに特攻染みた誘い、それさえも前置きで―――)

 

複雑も極まる連携を前に、武は素直に感嘆していた。先手を取り続けるリーサも、前者2人が生み出した流れにこの上なく上手く乗り切るベルナデットも、その間を繋ぐマハディオも、尋常の腕ではない。

 

自分の身に刻まれた記憶の数々が語るのだ。才能だけでは達成できない、努力だけでは届かない、両方を丹念に鍛え上げたからこそのコンビネーションであると。

 

(ただ、リヴィエール少尉は不満そうだけど)

 

かかって来いと言っておきながら多で待ち構えるのは、筋が違う。気性はどこまでも真っ直ぐそうなフランス貴族の女性がそう思っている事も、武は何となく推測できていた。一方で、立場と義務感を忘れていないことも。簡単に負けられるような状況ではないこともだ。

 

(怒っているな)

 

武は冷静にベルナデットを観察していた。この場で唯一、馴染みがない相手を。

 

(衛士としての才能だけなら、恐らくは自分より上か)

 

それだけではない、資質に胡座をかかず、研鑽を豪快かつ丁寧に積み重ねているのは、見事としか言いようがなく。糞のような未来世界での戦闘経験も、いくつか上乗せされているため、リヨン・ハイヴ攻略戦で見たベルナデットよりも強いように感じられた。

 

(総合的にはブラウアー中尉以上、いやベスターナッハ中尉も越えてるか?)

 

七英雄には及ばないだろうが、マハディオより確実に上。リーサは先読みの技術に関しては上だろうが、射撃の腕ではベルナデットが上、近接格闘戦では互角と言ったところか。それでも、攻撃を当てなければ決着が付かないのは自明の理で。

 

マハディオとリーサはそれが分かっているから牽制に努め、対峙する役割を譲っているのだろう。敵であれ、尊敬できる相手が最良の戦術を取っていることに気づいた武は、更に笑みを深めた。

 

(―――だけど)

 

足りているか。足りているか。武は、否と答えた。

 

(足りないぜ―――俺を取るには!)

 

血で塗れて乾いて割れて、変色して黒くなった上に反吐と共に屍が積み上げられて。それが、白銀武の日常だった。自分は知らない平和な世界より、理不尽なこの世界へ移動させられた白銀武は、その時から安寧は得られなくなった。その格差があるからこそ、地獄の辛さは酷いものに思えた。元の世界に帰るという光を捨てない限り、その光が自身を苛んだ。

 

だが、光は太陽よりも遠かった。地の底で見たのは、人の死体。大切な人でさえ例外はなかった。平等に臓腑と脳髄を開かれ、タンパク質になった。絶望しても同じだ。死ねば戻り、戻っては死んだ。

 

その日々を武は忘れていない。忘れられなかった。若くして得た今の力の代償というやつがあるなら、それなのだろう。刻まれた記憶は薄れはしても、決して消えはしない。夢に出てくるのがその証拠だった。

 

だからこそ、ここまで来れた。今の自分が活きている。戦友達を踏み台にしたから、高い所にまで手が届く。強く、タフで、屈せず、諦めないで、望まれるままに、上へ、上へと押し上げられて来たのだ。

 

(力を見せたら、更に上を望まれた。次も、その次もずっと―――大人は卑怯だ)

 

称賛の声と更なる発展を望む声は、いつもセットになっていた。今の自分に甘えるな、という言葉を武は聞き飽きていた。嫌気を覚えたことは、一度や二度ではない。どこまで行けばいいのかと、考えたこともある。

 

(なんて、不幸自慢をするつもりはないけど)

 

周囲を見れば同じだ。歩んできた道のりに、大差はない。自分を励ましてくれる仲間もまた、同じ苦悩を抱いていた。

 

ベルナデット・リヴィエールも、多少の差はあれど、同じ道を歩んできたのだろう。平行世界のことも。武はどこかで自分は特別だという想いを持っていた事を恥じた。同時に、背中が軽くなったように感じた。

 

(―――でも、負けねえ)

 

文句はすぐに思い浮かぶ。だが武は、()()()()()()()()()()()()()、思い出せることがあった。変に気取らなくても、面倒くさい弱音よりも、一番に欲しいものがあったことを。

 

苦しい戦いの中でも、大人からの称賛されると誇らしかったから。褒めてくれる仲間が居ることを、嬉しく思っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(動きが、変わった?)

 

ベルナデットから見た白銀武の機動戦術は、異常の一言だった。クラッカー中隊から、生い立ちを軽く聞かされたこともあり、余計にそう思えた。年齢、出身、経験、全てがちぐはぐだった。

 

一般の家庭で産まれた10歳の子供が、当時の最前線に行けることがおかしい。そこで兵士になることがおかしい。記憶があったとして、短期間の訓練で戦えるようになる事がおかしい。続く亜大陸の激戦を、撤退戦を潰れずに生き残れることがおかしい。更には、それからもずっと諦めずに頼られる中隊として、他者の命と自分の命の二重の重責に耐えきれる方がおかしい。

 

相手はBETAである。欧州さえ、大半を呑んだ。相手はアメリカである。国力では、最早比べ物にならない。人は大きすぎる困難を前にすれば、真面目に取り組まなくなる。少なくとも、一般の衛士はそうだ。それが理解できずに痛い目にあったのは、不覚も極まる汚点で。

 

(何を、どうすれば……何が、どうなってこんな風になるのよ)

 

理解できない事ばかりだ。規格に収まらない、傍目には異質なナニカにしか見えないもので。薄気味が悪いという感情がある。

 

だが、それよりも重荷が取れたような想いも同居していた。自分だけなら、と考えなくて済んだ。世界を託されたなどと、傲慢も極まる錯覚から開放されたのも事実。絶望の未来に怒りは覚えども、ぶつける標的が見えて気が晴れたのもまた、事実だ。

 

だというのに、休んでいろと―――引っ込んでいろと言われたような気がしたのが、癪に障った。民を守るためにと父母から、祖父母からずっと教えられてきたから。屈辱のあまり、挑発をした。

 

期待はしていなかったが、反応はすぐに返ってきた。恐らくは武家のものだろう、それなりに言葉を整えた上で、慇懃無礼ではあろうが、誇りである名前に向けて宣戦布告をしてきた。

 

良かった、と思った。その根本は分からないが、この意味不明な相手を推し量ることが出来る機会を得たと思ったから。直接戦えば、何かを掴めるだろうと。

 

(―――でも)

 

衛士としての実力は、悔しい事にあちらの方が上だった。欧州にも滅多に居ないレベルの精鋭が2機、自分を入れれば3機。だが3倍なる敵を相手に、白銀武は主導権を一切離さない。目の前で見せられるからこそ、嫌でも理解させられるもので。

 

(―――それでも)

 

悔しいだけではない。この感情はなんだろうか。ベルナデットは鋭くなった相手の動きを見て、考えた。考えて、考えて。鋭くなった動きの向こうに本質を見出したベルナデットは、ようやく理解した。

 

(敵意を向けるのを、躊躇うのは)

 

白銀武は、()()()()()()()子供だ。イギリスで見た、親と一緒に遊ぶ子供を連想させられる。見て、見て、見てと大人にせがみ、褒め言葉を欲する子供の姿と重なるようで。

 

(傲慢だと、思わないのは)

 

問答は素直の一言だった。駆け引きの類はない。思ったままを伝えられたように感じた。アメリカに対する文句―――というかG弾を無責任に推す者に対して隔意はあろうが、嫌味がない。フランス人がどうだの、欧州で幾度か感じたことがある隔意は奇妙な程に存在せず。ただ、防ぐべき事態を前に必死になっていた。その姿勢はまるで、痛がるフリをする親の冗談を真に受けて、心配をする子供のようで。だから、ちぐはくなのだ。七英雄を思わせるような経験、極まった変態的な機動が。

 

(いえ、だからこそ……っ!?)

 

もう少しで、何かが掴めるような。そう思った時に、ベルナデットは目の当たりにした。

 

―――楽しさのあまりだろうか、“悪戯”を仕掛けてきた白銀武の奇術染みた挙動を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武はどこまでも遠く、今は会えない師から教わった言葉を反芻した。

 

()(ことわり)、論も(ことわり)、なぜなら人は(ことわり)に寄って生きるもの。で、あるからして―――理を解せずに進んでは道を外れ、いずれは外道に成り果てる。耳にタコができる程に教えられた言葉だった。

 

故に、紅蓮醍三郎は流派の名前と共に語った。それは鬼の道を歩むよりも、避けるべきものだと。神野志虞摩は、流派において歩法を肝要とした。人の生という苦難において、真っ直ぐ歩き続けることこそが最も困難なものであると結論付けていたから。

 

武は、その言葉が示すものを、()というもの全てを理解できた訳ではない。道はまだ半ばで、極めたなどと自慢すれば、未熟も甚だしいと怒られる像が幻視できるために。

 

(でも、俺にも言い分があるんだよな……おっさん達)

 

武は自分だけの経験があることを、歩んできた道を誤魔化さないでいた。感情を殺し、善に背かなければ辿り着けない場所がある事を知った。合理に縛られては見えない理合いがあると学ばされた。邪道を歩まなければ、見いだせない道筋があることを見出してしまった。

 

だから、武は勝つための手段には拘らなかった。流派を重んじ、その理を武術に変換して戦うことはない。思うがままに、速く。最短の道を駆け抜けんと走るのだ。誰よりも先に、助けたい大切な人に手を届かせるために。その道の途中に、拘りは捨ててきた。

 

(速く、助けて、笑って、笑われて―――それで良い。それが、良い)

 

故に、早く目的を達するためには、合理さえ捨てる。

 

―――直後に、武はリーサ・イアリ・シフの未来予知染みた予測さえ越えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マハディオは、見た。急停止する不知火を。高度なやり取り、牽制に攻防の最中に、一番やってはいけないことと最初に教えられる動きを、白銀武が見せたのだ。

 

リーサは、それを見て躊躇った。機体の不調か、誘いか、作戦か、予備動作か。

 

瞬時にそれだけを思い浮かべることができたのは、リーサ・イアリ・シフであるからこそ。ベルナデット・リヴィエールも、マハディオ・バドルも同様で。

 

それは巧緻も極まる、行動と行動の狭間を狙った悪魔のようなタイミングで。

 

―――1秒、経たない内に3人は失策を悟った。

 

攻撃を躊躇った一瞬、その間に背面砲撃を利用しての一回転から急加速。機体の重心、その真芯を捉えての直進命令を受けた不知火は、風となった。

 

マハディオとベルナデットは、援護をしようとした所で、間に合わなかった。高速での攻防からの一転、4択を強いられてからの急転により、“ズラ”されたのだ。脳内に混乱が生じ、行動に移すまでにタイムロスが発生したからだ。

 

ズレとも言えないそれは、1秒程度のもの。だがそれで十分だと言わんばかりに、武の何気ない斉射がリーサのEF-2000を捉えた。

 

撃墜判定の報せが、場に残る敵味方の機体へ飛んでいく。直後に動き出したのは、マハディオのE-04だった。

 

精度に差があり過ぎる射撃戦は不利と判断し、機体を左右に振りながら、長刀を抜き放ち、近接戦で一か八かの決戦に挑もうとした。急制動に強いE-04を活かしての戦術は、正答に限りなく近い選択だった。

 

―――相手が武で無ければ、の話だが。

 

マハディオが見たのは、三つ。

 

一つ、迎撃のためか、真正面から長刀を片手に向かってくる不知火。

 

二つ、長刀を構えたかと思うと、下に捨て去った姿。

 

三つ、重量軽減と主機出力を全開にしたためだろう、想定以上に早く間合いを詰められたこと。

 

長刀には、振り上げて振り下ろす動作が必要だ。マハディオはその中で、振り下ろさんとしたE-04の腕部が掴まれた感触を覚えた。

 

『――――無茶な』

 

直後に起きた、投げられた感触。その中でマハディオは、自分がされた事を理解していた。長刀という重量を捨てると同時、控えめにしていた出力を増加させ、攻撃のタイミングを誤認させる。そして振り下ろされるより先に間合いを詰め、無害となる敵機の腕部を掴んで、いなし、ぶん投げたのだ。武器を捨てるという合理性の欠片もないその技は、だからこそ察知することも困難で。

 

やられた、と呟いたマハディオ・バドルのE-04の背後に、狙いすまされた120mmが命中し、仮想の爆炎がその場に残っていた不知火とラファールを照らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宙に揺れる不知火を見て、ベルナデットはため息をついた。見事だと思う。立派だと思う。だけど、妬ましくはなかった。そこに嘘はない。

 

どこまでも必死に戦うその姿が、この上なく哀れなもののように思えたから。同時に、この上なく尊く、その姿が輝いているように見えたから。

 

結果だけを追い求める戦いぶりは、まるで機械のようであり。目的のために合理を捨てる様は、人間以外の何者でもなく。

 

(―――なんて、考えるのは後よ。まだ負けていない。終わった訳じゃない。諦めていい筈がない)

 

不利だろう。勝ち目は薄い―――だからどうした、とベルナデット・リヴィエールは当たり前のように士気を高めた。

 

咄嗟に投げ出したのだろう、E-04からのプレゼントである突撃砲を受け取り、残弾を確認しながら。

 

(態と残していた一丁は捨て、補給した一丁に入れ替え―――四丁揃った。残弾、燃料共に問題なし。つまり、いつも通り)

 

変わらずに勝利を目指してやると、気負いなく。ベルナデットに特別な考えはなかった。負けて良い戦いなど、一度も無かったと、それだけを知っているから。

 

背負うものがある。看取ったものがある。これから先に、打倒すべき敵が居る。それだけを理由に命を賭けられる程に、ベルナデット・リヴィエールという女性は貴族だった。

 

相手への威圧感を覚えるより先に、自らの家名を、市民を、守ることを選択した。根底にあるのは、自分なりの結論だ。己の矜持がどこに存在するのか。

 

ベルナデットは、祖先の考えからそれを導き出した。連綿と続く我が祖国の大地、そこに住まう市民、決断した祖先は何を見てその答えに至ったのかという事から。

 

当時のフランスは革命が起きる程に末期的だった。その時代よりも悲惨であろう現代において、ベルナデット・リヴィエールは祖先が何を見たのかを推測し、一つの答えを見出していた。

 

(生きたいのよ―――誰だって)

 

人間だから、人間であることを汚されたくはない。人間の尊厳を保ったまま、生きていたい。そんな当たり前の理屈があり、それを守るために戦う市民の姿を見て、祖先は同調したのではないか。

 

母のために。妻のために。愛する人のために。子のために。隣人のために。あるいは、明日のパンのために。守るべき田畑のために。それぞれにそれぞれの大切があったから、それを誰かにゴミのように扱われて奪われるのは嫌だからと剣を取る姿を見て、尤もな考えだと思ったのではないか。

 

言い伝えは既に途絶えた。直接聞いた訳でもないから、真実は分からない。だがベルナデットは家に残る教えから、自分はそう考えるから、という根拠を以て自らの生き様を定めていた。

 

(だから、アンタも)

 

ベルナデットは武の姿を見て、羨ましいとは思わなかった。

 

色々と思う所はある。だが、それ以上に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()儚さを、その生き様の底に見たから。

 

必死に走り回った挙句に、そのまま何処かへ飛び去ってしまいそうな―――空に吸い込まれて帰って来なくなりそうな、そんな予感を抱かせるものがあったから。

 

いずれにしても、看過するには気持ちが悪すぎる。酷く私的な理由と感想で以て、ベルナデット・リヴィエールは勝負を挑んだ。

 

戦っている。戦っている。戦っているのだ。生きるために、誰もが戦っている。生を諦めないでいる。自分もそうだ。自らの誇りに殉じるも、生きる事を諦めていない。

 

(目的を達成すれば、なんて)

 

ベルナデットが気に入らない部分はそこだった。この世界の白銀武が周囲から、少なくとも元クラッカー中隊の者から好かれている事をベルナデットは知らされた。隠すまでもない事なのだろう、だからこそ武の動きが、無茶過ぎる機動戦術が、容易に実行する姿が気に入らなかった。

 

衛士の命は軽い。軍人とはそういうものだ。だが、最初から死ぬことを望まれている訳ではない。矛盾である。だが、その矛盾の狭間に漂う者こそが。

 

『……とにかく、気に入らないのよ!』

 

ベルナデットは勝手も極まる言葉と偽物ではない戦意と共に、動き始めた。横にゆっくりと動き始め、それに応じて不知火も横へ。

 

次の瞬間には、両機とも加速していた。そのまま弧を描くような軌道で接近を。

 

先手を取ったのはラファールだった。四門の突撃砲の内、二門を使って不知火の移動線上へ36mmをばら撒いた。

 

不知火は、その砲門を撃たれるより先に回避していた。中距離、急制動のそれはB分隊を置き去りにした時と同等に早く、意表をつくもので。

 

ベルナデットは、初見となるそれに対処した。相手の得意分野、動きから予め覚悟していたからこその反応だった。追いすがるように機体の向きを変えて、残る二門の砲口を、不知火の影を追うようにして、近づけていった。

 

だが、不知火には追いつかなかった。加速したまま、上下左右。螺旋を描くように、時には鋭角を抉るように、奇抜な機動に対して、ベルナデットの狙いが追いつかないからだ。

 

やがて、不知火が長刀を構えた。狙いは、近接戦による一閃。それは明らかだったが、ベルナデットは逃げなかった。

 

退避しながらの引き撃ちでは、狙いきれないと判断したからだ。

 

徐々に正確になっていく狙い、四門の突撃砲で迎え撃つラファール。

 

その弾幕を掻い潜り、正面から距離を詰めていく不知火。

 

当てるか、斬るか、どちらが先か。

 

―――その勝負の決着は、青色が駆け抜けた後に訪れた。

 

不知火が振り抜いた長刀が、コックピットに直撃し―――そして武は、仮想上の爆発音を聞いた。

 

ラファールだけではない、自分の機体から発せられた音を。同時に、アラーム・イエローが鳴り響き。そして、網膜に投影された情報を見た武は、即座に機体を後方へ振り返らせた。

 

そこで認識した事実は、二つ。

 

自機の脚部損壊と、撃墜判定を受けたラファールの砲門が、こちらを向いていたこと。

 

『―――ちっ』

 

『何が起きて………いや』

 

そうか、と武はようやく事態を理解した。ラファールは、ベルナデット・リヴィエールは、斬られてから撃墜の判定が下る瞬間に補助腕に装備していた突撃砲を撃ったのだ。

 

勝ちを確信する不知火に向けて、最後に一撃を御見舞したのだ。砲撃が鳴ったのは、実際の状態でも射撃が可能だった事を示す。その一瞬の油断を逃さず、振り返らず、切り抜けた後の位置を予測した上で、相打ちを狙ったのだ。

 

なんという執念か、と。

 

驚きのあまり口を閉ざした武に、ベルナデットは告げた。

 

『油断大敵よ―――はしゃぐのもいいけど』

 

終わった後の事も頭に入れておきなさいバカ、と。負け惜しみのような、忠告のような言葉は、本気以外のなにも含まれておらず。

 

武はその言葉と負けそうになった事実を前に、動揺し。何かを言い返そうと口を開けたが、そのまま数秒が経過してから、黙って頷きを返した。

 

その直後、10分経過を―――模擬戦終了を告げる通信が、参加している計27機に上る戦術機に出された。

 

間もなくして、生存数の集計結果が出された。

 

Aチーム、7機生存。

 

Bチーム、7機生存。

 

その後は、チームごとに大別できる反応を示していた。

 

Aチームの12人は、安心したといった様子で。

 

Bチームの14人は、結果を悔しみつつも、口元を盛大に緩めながら。

 

 

『以上。生存機同数により、この勝負―――引き分けです』

 

 

イリーナ・ピアティフの言葉を終了の号令として、実際の10倍にも感じられる厳しい模擬戦が終わり、参加した衛士全員が深く長い息を吐いた。

 

 

―――両チームともに、新OS『XM3』の有用性とその効用を、大きく認めながら。

 

 




●あとがき

神宮司ヴァルキリーズ+1はつよい。

オカン気質が強いベルナデット=サンでした。

武とベルナデット、部分的にすれ違ってるのもありますが、総括は次の話で。

あと、今回思ったこと

・名有り27機入り組んでの戦闘とか、書くもんじゃねえ。

・キャラ多すぎると、どうしても1機に割り当てられる文量が……テンポも崩れるよぅ

・映像と文章の差は大きいと思いました(こなみかん


●2020年9月12日追記、漣十七夜さんから頂きました!

まさかまさか、かの蒔島梓先生に書いて頂きました鰤村祐奈ちゃんです!



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