Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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ツイッターや割烹でも報告していましたが、5/22に腕をポッキリ逝ってしまいました。
ですが今は手術も終わり退院したので大丈夫です。
一応、報告までに。

そして、多くの評価ありがとうございます。
大きなモチベーションとなりました。
腕はまだちょっと不自由ですが、これからも頑張って更新を続けます!






短編集3:古巣にて

帝国斯衛軍(インペリアル・ロイヤルガード)。帝国陸軍や本土防衛軍に比べればその規模は小さいものの、彼の者達は国外にまで名を轟かせている日本最精鋭との呼声高い戦術機甲戦力である。その中でも斑鳩崇継が率いる第16斯衛大隊は、斯衛における頂点と目されている。

 

自己武力への自負の念が強い斯衛内にあっても、その意見に反論する者はほぼ皆無だった。隊が積み上げてきた実績もそうだが、何よりもその実力が際立っていたからだ。

 

16大隊の活躍を語る際に一番に挙げれるのが、京都における防衛戦である。屈辱に塗れた京都撤退戦においても殿で最後まで戦い抜いたその姿は、他家においても“斯くあるべし”と規範になる程だった。

 

憧れは、目標の類義語だという。例に漏れず、16大隊への入隊を希望する斯衛軍衛士の数は多くなっていった。

 

さりとて、武家の誉を欲しいままにする者達―――あるいは日本最強の名を冠する部隊であるため、その入隊条件は言葉だけでは語れない程に厳しかった。

 

故に隊員達はいずれも歴戦の、誇りの意味と場所を違えない、今の時代における武家の代表格とも呼ばれる存在だった。

 

(譜代の山吹だけじゃない。一般武家の白だというのに、どう見ても並じゃない気配を持っている者も居るな……例外も居るが)

 

紫藤樹は壇上から見える16大隊36人の衛士の顔を眺めながら、彼ら、彼女達の力量に思いを馳せた。同時に、その視線の圧が集まっている方向を横目で見た。

 

そこには金髪のカツラにサングラスをかけた、バカが居た。額に汗が滲んでいるのは、気の所為ではないだろう。樹はどうでもいい事を察しながら、少しだけ同情の心を見せた。そして、変装を命じた香月夕呼の悪魔的所業に恐怖した。次は自分かもしれない、と。

 

そんな内心の動揺を欠片も表に出さないまま、樹は説明を全て終えた。

 

「―――以上が、戦術機の次世代OSとなる“XM3”の概要です。先に配布されたものを使用されている方々は、その有用さを既に理解されているものと思われますが」

 

樹の言葉に対する反応は様々だった。無言で微動だにしない者。小さく頷く者。何を考えているか分からないが、ニヒルな笑みを浮かべている者。興奮しているのか、少し顔色が赤くなっている者。いずれも好印象とも言えるものだった。

 

樹は安堵のため息をついた。夕呼に命じられてから今に至るまで、準備期間は長かったものの相手が相手だった。

 

紫藤樹という国内外に知られている名前で、武家の一員。そのようなワンクッションを置かなければ説明した所で好意的に取り入れられるよりは、侮られる歩合の方が大きくなってしまう。第一印象を覆す事の難易度は今更説明するまでもない。夕呼にもっともらしい理屈と理由を説明された樹が、他の誰にも任せる筈がなかった。

 

そして、説明会は次の段階に移行した。隊員達による、質疑応答の時間だ。樹はようやく、といった様子で告げた。

 

「これより先は、このOSの開発者である―――こちらに居る衛士が対応致します」

 

質問は挙手でお願いします、と樹は後ろに下がった。一方で「えっ」という、寝耳に水どころか氷をぶちまけられたかのような表情をした衛士は―――白銀武は、その一瞬後にやられた、という表情を浮かべた。だが、この場において引ける筈もないかと、樹に対して恨めしげな視線を投げつつも椅子から立ち上がり、前に出た。

 

「えーと……あ、まずは自己紹介を。白銀武です。階級は、最近中佐になりました。よろしくお願いします」

 

どう見ても20には達していなく、言葉に威厳もない若造が佐官に。それだけでも違和感があるのに、見た目が見た目である。疑問よりも戸惑いが、その上に嘲笑がわずかに混ぜられる。それが、16大隊でも“新顔”と呼ばれる者達の反応であり。

 

一部の者達は、その姓に違和感を、名前に対して訝しげな表情を見せ。

 

そして、隊員の中でも唯一であった―――最初から最後まで怒りの感情を隠そうともしなかった、最若年でもあるが古参とも呼ばれている男が、手を上げた。

 

武は、表向きは平静を装いながらどうぞ、と言い。立ち上がった少年―――相模雄一郎は、やや俯きながら、地を這うような低い声で告げた。

 

「色々と言いたいことはありますが―――まずはそのカツラとサングラスを取って下さい」

 

雄一郎の発言に、場は一瞬だけ硬直し。直後に、困惑の色が室内を染め上げた。最前列に居る風守光は雨音と共に苦笑を示し。同じく最前列に居た介六郎は、隣で笑みを絶やさない崇継の顔を横目に見ながら、内心でため息をついていた。その反応に、陸奥武蔵は何らかの確信と共に小さく笑った。

 

一方で武は「うっ」と苦悶の声を漏らしたものの、壇上から見えた顔に対して何も言えず。誤魔化しようもないか、と言われた通りにカツラとサングラスを外した。

 

「まさか……!?」

 

「生きて、いたのか………!?」

 

驚愕の声に、思わず、と言わんばかりに椅子から立ち上がる音。直後に、誰よりも勢い良く立ち上がった、赤い髪をポニーテールに束ねた女性衛士が叫ぶように声を上げた。

 

「かっ、かかかかかか風守少佐ァ!? なんで、生きて、どうして………?!」

 

「朱莉……いいから落ち着いて」

 

「だって! 藍乃、少佐は明星作戦でG弾に………!」

 

混乱する磐田朱莉と、鎮めようとする吉倉藍乃。その藍乃の隣に座っていた雄一郎は武を睨みつけながら、質問を重ねた。

 

「あの時……G弾が炸裂した後の試製武御雷のコックピットに、貴方の死体はなかった。つまり、戦闘中に逃亡したのですか?」

 

「残念だが、機密に触れるため答えられない。だが、俺はここに居る………現在は白銀武として、国連軍に所属している」

 

武の答えに、16大隊でも新顔となる隊員の表情が驚愕に染まった。一方で雄一郎は、武の返答に訝しげな表情を見せた。

 

「つまり……風守武は、赤の鬼神はあの場所で死んだ、とでも言いたいのですか」

 

「そうだな。風守武が、斯衛の16大隊で武御雷を駆ることは、もう無いだろう」

 

言い難そうな表情でも迷いなく語る武に対し、雄一郎はその視線を更に細めた。

 

新顔の隊員達はその珍しい様子に、少し驚いていた。機密に触れかねないその様子は、いつもの雄一郎からはかけ離れた姿だったからだ。その勢いは止まらず、更なる言葉が投げかけられようとした所に、最前列から声が挟まれた。

 

「―――座るがよい、相模。そのような議を行う場ではない事は、貴様も理解している筈だが?」

 

絶妙なタイミングで場に飛び入った言葉は、介六郎のものだった。その声の迫力に、雄一郎は何も言えなくなった。他の者達も同様に、着席をすると口を噤んだ。

 

ようやく収まった場に、介六郎はため息を一つこぼした。そして、壇上で座っていた紫藤樹も同じようにため息をついていたのを見ると、言葉もなく頷きあった。

 

くっ、と崇継の口から小さな忍び笑いが溢れ。気を取り直して、と言葉に続けた。

 

「さて、質疑応答を続けようではないか。この機を逃す手はないぞ、諸君」

 

崇継の言葉に、場の雰囲気が完全に元に戻った。その後、最初に風守雨音の手が挙げられた。どうぞ、との武の声に、雨音は質問を投げかけた。

 

「新OSの性能は、申し分が無いと思われますが……今までのOSに慣れた者ほど、慣熟に対して時間がかかると思われます」

 

雨音はずばり、と問題点を指摘しながら、続けた。

 

「開発から実用に至るまで、時間を費やされたと考えられます。ならば、そちらがこの問題に気づいてなかったとも思われません」

 

何か良い対策が、との質問に武は嬉しそうに答えた。

 

「ずばり、それが唯一の問題点でしたが……対策に関して、マニュアルにしてまとめたものがあります」

 

それはベテラン衛士である樹とまりもが実体験を元にまとめたレポートだった。OSの変化に対する意識と、操縦のタイミングについてどういった所に注力すべきか。XM3に慣れるには修練を積んでいくことが前提になるが、操縦の中にキャンセルやコンボといった概念をどう織り込んでいくか。その効率化に関して、樹が必死になってまとめたものだ。

 

(分かりやすく伝える、という点ではほんとに才能あるよな……樹)

 

クラッカー中隊においても実績がある。太鼓判を押す武の発言に、その戦う姿を見たことがある面々が得心いったと頷き、樹と武の両者を見た。

 

朱莉は別方向に勘違いをして、樹の方を睨みつけていたが。

 

「さて、次の質問は―――」

 

小さいハプニングがあったものの、この場にいるのはいずれも斯衛の最精鋭の一角。自己の精進に邁進することを何よりも望む武者達は、戦闘能力向上に繋がるであろう知識を蓄えるべく、武に質問を重ねていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今まではどこで何をされていたのですか?」

 

問いかけるのは、青鬼と呼ばれた女性だ。周囲には介六郎ほか、武と特に親しかった面々のみが残った。崇継や他の隊員は30分後に行われる、実技演習を伴ってのXM3の説明に備え、自分の機体があるハンガーに向かっていった。

 

その主たる説明を行う立場にある武は、用意していた答えを言葉にした。

 

「いつもと同じだ。ずっと、戦ってた。こことは違う場所だけど」

 

嘘をつくとボロが出ると判断したが故の、真実を武は口にした。藍乃はその答えを聞くと、頷き。横に居る親友に視線を向けた。

 

「……ですって。朱莉も、聞きたいことがありそうだけど」

 

「あ、うん。あるんだけど………取り敢えずは、本物なん、です、よな?」

 

「落ち着け、磐田。深呼吸だ。敬語だか何だか分からないことになってるぞ」

 

武蔵のツッコミに、朱莉はうっと苦い顔をするも、武蔵から言われた通り深呼吸をすると、意を決したかのように武に強い視線を叩きつけた。

 

「生きていたのならどうして報せてくれなかったんですか……それに、風守武は死んだって、どういう事ですか!」

 

「……文字通り、言った通りだ。元々、俺が16大隊で戦うのは明星作戦まで……その約束だった」

 

崇継様と介さんとのな、という武の言葉を聞いた朱莉は介六郎に視線を向けた。介六郎がため息まじりに頷く姿に朱莉はその表情を歪めたが、諦めはすまいと言葉を重ねた。

 

風守家の一員なのにどうして、同じ釜の飯を食べた戦友なのに、慕っていた部下を裏切るのか。もっともな言葉に対し、武は胸に痛みを覚えながらも、首を横に振った。

 

「ちょっと―――じゃないな。俺も、色々と約束があるんだって。16大隊に入る以前に出会った人たちとな」

 

「それは……どんな約束なんですか?」

 

「取り敢えずは“世界を救え”、だとさ。だから日本だけを守る斯衛軍に長居する訳にはいかない」

 

軽く断言する武に、朱莉はそれ以上の文句を紡げなかった。壮大にも程がある言葉だが、胸を張って迷いのない様子で断言されたからには、否定することは拒絶に繋がると察したからだ。

 

「相変わらず、小粋に狂ってるな。それでこその我らが副隊長殿だが」

 

「陸奥大尉!?」

 

「磐田、こいつには口で言っても無駄だ。分かってるんだろうが。言葉で止められる奴じゃないぞ」

 

特に誤魔化しが入った中途半端な立場では、徒労に終わるだけだ。武蔵は笑いながら磐田の肩を叩くと、武に視線を向けた。

 

「例えるなら、台風のようにな。捕まえようとした所で、巻き上げられて飛ばされるだけだ。付いていくなら……そうだな。家や名といった、武家にとっての全てを捨てる覚悟が必要になる」

 

白銀武が掲げるのはおとぎ話のようなものであり、家のために武功を上げる武家とは目指す所が根本的に異なる。それこそ分の悪い賭けに喜んで身を投じるような、一種の振り切った感性を持たずして同道は成らないだろう。武蔵の言葉に、介六郎が樹を見ながら同意を返した。

 

紫藤樹が国外に出る切っ掛けになった事件は、一部では有名だ。だが介六郎はその経緯よりも、決断するに至った樹の内面に注目していた。

 

上官を殴り家を捨てて海の外へ旅立つ。言葉にするだけなら1行で済むが、幼少の頃より“家”としての重要性を叩き込まれている武家の感性からすれば、樹のそれは狂気の沙汰だ。出た先でも腐らず、努力を重ね、真っ当な功績を引っさげて帰ってきたことも異常と言えた。

 

“公”よりも“自己”を貫く。それも、最終的に公のためになると確信し、外れた道を堂々と踏破する。介六郎は、少なくとも同じ真似はできないだろうなと思っていた。

 

「―――ともあれ、今はまだ途中だ。BETAへの脅威を拭い去れていない様で、何を語るにも早すぎる……こちらも、今の貴様に抜けられると困る部分がある故な」

 

戦う者としての責務を果たせていない現状で、何を言っても意味がない。辛辣に締めくくった介六郎の言葉に、朱莉を含む全員がひとまずの納得を見せた、が。

 

「それとも、そこの男のように全てを捨てても付いていくか?」

 

介六郎が発した揶揄するような言葉に、朱莉は黙り込んだ。しかし、その視線は二人の間を彷徨っていた。武はその視線の色に首を傾げ、樹は以前に受けたことのある誤解から、とても嫌な表情を返した。

 

「違う。あくまで戦友としてだ。それ以上でも、以下でもない」

 

「まあ、長い間背を預けていたこともあるし、家族とも言えるけどな」

 

樹の否定の言葉に、武の余計な一言が追加された結果、場が硬直した。朱莉の視線に、羨望だけではない嫉妬の念が混じった。

 

「やっぱり……顔も妙に綺麗だし」

 

「無礼を承知で言うが、それ以上は言うな。というか、やはりとは何だ。名誉毀損にも程があるぞ」

 

鳥肌が立ってしょうがないと本気の嫌がりを見せた樹は、武をジロリと睨みつけながら、その頭に拳骨を落とした。武はいきなりの不意打ちに文句を言ったが、介六郎、光、雨音、藍乃、武蔵ら5人がかりによる「致し方なし」との唱和を向けられた武は、首を傾げながらも黙らざるをえなかった。

 

「ともあれ、だ……16大隊の古参兵ともあろう者が、腑抜けた顔をするな。全ては勝ってこそだ。勝つために、今この場において何を優先すべきか。崇継様のお言葉の通りだ。京都よりここまで、学んだ事を忘却の彼方へ追いやるなよ」

 

貴様も武家の当主なのだろう。介六郎の言葉に、朱莉は渋面を浮かべながらも頷くと、武を横目に見た後、背筋をピンと伸ばした。その素直すぎる反応に、介六郎は頭に痛みを覚えていたが。

 

「立ち直ってくれたのは良いが……効果が覿面すぎる薬も考えものだな。徒労の重さが幾倍にもなる」

 

今までの我々の忠告はなんだったのか。介六郎は速攻で朱莉を立ち直らせる切っ掛けとなった要因、もとい元凶を睨みつけながらも、隊員に告げた。

 

「貴様達もハンガーへ急げ。開発者から直に教わることのできる貴重な機会は、恐らくこれで最後になる……ここで一手遅れると、取り返しがつかなくなるぞ」

 

こいつはこいつで忙しい故な、と。朱莉達は冗談を混ぜたようだが声色は真剣そのものの介六郎の言葉に敬礼を返すと、ハンガーへ走り去っていった。その背中を見送った後、介六郎は残った武と樹、雨音と光に向けて、再度のため息をついた。

 

「相も変わらず、存在するだけで場をかき乱す者だな……紫藤少佐の苦労が偲ばれる」

 

「コツは諦めることですよ、真壁中佐。予めの希望を持たないのであれば、絶望という底への高低差は少なくなりますので」

 

含蓄のある言葉に、介六郎は頷きを返した。一方で樹は、光の方をじっと見ていた。光は少し顔色の悪い樹の様子を見るなり、苦労をかけています、と謝罪の意志を示した。

 

「いえ、自分もこいつには世話になった事も多いので、一概には言えません。それより……」

 

「樹……人の母親を口説くなよ」

 

樹は武に無言で蹴りを入れた。その流れるような動作に、雨音が小さく笑った。

 

「本当に仲がよろしいのですね」

 

「白銀親子ともども、長い……ものではありませんが、濃い時間を共にしました」

 

大陸での出来事を忘れることは、生涯無いでしょうね。樹の言葉に雨音は少し嫉妬を覚えたが、それ以上に興味をそそられる話題に転換する方を選んだ。

 

「光様の夫……影行殿は、どのようなお方なのですか?」

 

「優秀な整備兵であり、技術者でした」

 

あれほど真摯に努力を重ねる事ができる者を、彼以外に思い浮かべる事は難しい。樹はそう答えた後、光を見ながら告げた。

 

「クラッカー中隊の隊員達も……少し違う方向性ではありますが、称賛されてしかるべき人物として認められていました」

 

「方向性、ですか。技術者とは異なる観点からですか?」

 

「はい。ラーマ隊長に曰く―――漢一徹、妻への愛を貫き通す者として」

 

女性からの慕情を全て袖にして開発へ心身を捧げていました、と。樹の言葉に、雨音は嬉しそうに微笑みを返した。樹と、光に向けて。

 

「良かったですね、光様」

 

「………はい。しかし、やはり……言い寄られていましたか」

 

「ええ。どこぞの息子と同じく。そういえば、ユーコンでも色々とやらかしたとか」

 

樹はため息を吐くが、武は首を傾げた。その様子に、樹は夕呼から聞かされたとんでも理論を思い出していた。その名も恋愛原子核。戯言にも程がある内容だが、先程去っていった磐田朱莉のような綺麗どころを節操なく引っ掛けては振り回す事をまるで呼吸をするようにしてきた武の過去の姿から、あながち間違いでもないか、と遠い目をした。

 

一方で雨音は“友達なら増えた”、という武の言葉を聞いた後、そうですか、と前置いて尋ねた。

 

「友達、ですか――――どのようなお方なのでしょうか」

 

「は? えっと、あの、雨音さん?」

 

「どのようなお方なのでしょうか。私、興味があります」

 

同じ言葉を繰り返す雨音に、武は言い知れない圧力を感じたものの、特に隠すことでもないかと、ユーコンで交流を得た人物や旧友の話をした。

 

「そうですか………篁唯依、タリサ・マナンダルに崔亦菲」

 

「え? いや、なんでその3人の名前を。そりゃあ確かに腕の立つ衛士ですけど。ひょっとしてライバル視しているとか」

 

「……これは独り言ですが、クラッカー中隊に所属していたサーシャ・クズネツォワ、葉玉玲という衛士をご存知ですか?」

 

樹の言葉に、雨音は存じ上げておりますと笑顔を。介六郎は樹に倣い、何かを諦め。光は呆然と「義娘候補が何人増えるのか」と呟き、未来の光景を想像した後に戦慄いていた。

 

それでも、この場に残っていたのはいずれも立場ある者であったり、軍における時間厳守の意味を実地で学び尽くした者達である。私的な感情に振り回されることなく、次に行われるXM3を使った演習の準備を進めるべく、それぞれの機体があるハンガーへと去っていった。

 

「さってと。俺たちもそろそろ用意するか」

 

「そうだな……しかし、真壁中佐は何を言いたかったんだろうな」

 

「“意を汲んでくれると助かる”って、なあ。特別なことをする訳じゃないし」

 

武と崇継、介六郎の間で16大隊への勧誘の話は明星作戦前に済ませていた。その点において“汲んで”という言葉を使うのも、介六郎らしくはない。武はそうした違和感を覚えながらもハンガーに向かった。そこで入り口に複数の人影が見えると、顔をひきつらせた。

 

「待ち伏せだよなぁ、どう見てもこっち見てるし……樹、俺ちょっと嫌な予感がするんだけど、気の所為かな」

 

「熱烈な視線を受けておいて、惚けるな。16大隊にもああいう手合が存在する、というのは少し意外だが……時に、後ろのアレは知り合いか」

 

武は待ち伏せをしている人員の後ろで手を尖らせ「やっちゃってやっちゃって」と突きをするように動かしながら唇だけで告げてくる男を見て、ため息をついた。

 

「戦友だな。名前は瓜生京馬。女性衛士情報ネットワークの統括責任者にして愛の伝導者、らしい」

 

「成程―――つまりは、イタ公の親戚か」

 

「そうともいう。あと、衛士美人ランキングの番外に樹の名前が」

 

武の言葉を聞いた樹は、二人の人間に殺意を覚えた。ランキングを組んだ者と、わざわざ伝えてきた隣に居る者に。

 

「……やる気が失せた。悪いが、1人で片を付けてくれ」

 

「あっ、ちょっ、樹!」

 

武は樹がするりと人影の横を抜けてハンガーに入っていくのを制止しようとしたが、止まらず。代わりに出迎えたのは、敵意や侮蔑を隠そうともしない年上の衛士達の顔だった。武はこのパターンかぁ、と頭をかきながら歩みを緩めず、男女混合4人の待ち伏せ犯に話しかけた。

 

 

「―――で、誰が俺の腕に疑いを持ってるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その問いかけに全員が堂々と語りはじめて―――果てが、あの惨状か」

 

「仕組んだ張本人が白々しいですよ、斑鳩大佐」

 

「それに乗った挙句、4人まとめてボコボコにしたお前が言えることか」

 

演習が終わって、応接室。ソファーに鎮座した崇継の言葉に、武が苦虫を噛み潰したかのような顔で答え、樹がそこにツッコミを入れた。

 

話題は、演習前のデモンストレーションで行われた武対4人の模擬戦についてのことだ。試合内容は1分ちょうどで終わったと、それだけで説明ができるものだった。

 

「腕はそれなりでしたけどね。16大隊のレベルにはちょっと足りてなかったのは……ひょっとして、他の五摂家から干渉か何かですか?」

 

「……横浜の魔女からの薫陶の成果か。貴様も、随分と頭が回るようになったな」

 

介六郎の言葉に、武は自嘲しながら答えた。

 

「政治とか難しい事には慣れないですが、それを理由に味方を無駄に死なせる事だけは避けたいので。正直、バカで居たかったって思いで一杯ですけど」

 

具体的に言えば脳みそと胃が痛い。武の弱音に、介六郎は馬鹿者と叱責した。

 

「猪武者だけで組織は回らんのは、貴様も理解できている筈だ。魑魅魍魎が跋扈する政治の世界では余計にな……正解は、長老方の生き残りからの筋だ」

 

武に挑んできた4人について、介六郎が説明を加えた。16大隊の名声を利用しようと、家格が高く政治力もそれなりに残っている者達が、臣下の入隊をゴリ押ししてきた結果だと。

 

「それで、奴らは何と言ってお前に挑んだのだ?」

 

「親の七光りが、とか……あとは崇継様の目を覚まさせるのだとか何とか」

 

語られた内容についてはくだらないものばかり。覚えるだけ脳みその無駄だと判断した武は、キーワードだけ列挙した。

 

―――崇継様は騙されているのだ。

 

―――コネで取り入ろうとするのは斯衛の風上にもおけぬ。

 

―――運が良かったのだろう。

 

武は「手鏡をそっと渡してとっとと演習を始めたかったんですが」と愚痴った。

 

それを聞いた崇継は介六郎に視線を向けた。介六郎は小さく目を閉じると、「嘘だな」と武に告げた。

 

「貴様が親と風守の事を悪く言われたまま、ただで黙っていられる筈がないだろう。あと、1分で片付けるのは少しやり過ぎだ。新顔の面々など、目が点になっていたぞ」

 

介六郎の鋭いツッコミに崇継は笑い、樹は小さく頷いた。二人とも、同じ感想を抱いていたからだ。

 

「とにかく……ともあれ、というべきか。意図を汲んで、よくやってくれた。これで奴らを排除できる」

 

「へ、これだけで除隊を? ……いや、16大隊じゃ当然か」

 

武もこの部隊の練度の高さと、立ち位置の特殊さは熟知していた。斯衛の最精鋭と呼ばれるのは、最も過酷な戦場に駆り出される役割を担っているという事と同義だ。

 

そのような場所に赴くのに、上官の意志を軽視する者や、周囲の状況を把握できない者など足手まといにしかならない。

 

「こちらとしては、演習を見て目玉を輝かせている他の衛士達を恐ろしく感じましたが」

愚行に出た4人以外の衛士達の、模擬戦闘が始まる前の反応は二通りに分かれた。武と同じ戦場に立った事がある者達は、とにかく武の新しい操縦技術を吸収してやると言わんばかりに目をむいて観戦に集中した。その集中力は尋常ではなく、樹も顔を引きつらせた程だ。新顔の面々は、古株衛士の動向を見て自分なりに答えを出したのだろう。反応は少し遅れたものの、16大隊の大半の衛士から実力を認められている衛士の戦いぶりを見るべく、観戦に集中し始めた。

 

樹は、正面からやり合って勝てるかどうか考え。少し後、小さく首を横に振った。

 

その後は、今後の展開についてだ。武は九條、斉御司の当主が指揮する部隊への教導の日程を話し、崇継はその日ならば問題ないだろうと頷いた。

 

「特に宗達の方を後回しにしたのは正解だ。炯子など、XM3の概要を聞くだけで童女のように興奮していたと聞く」

 

「それは……後回しにすると、直球で文句を言われそうですね」

 

「うむ。だが、それよりも気にかける存在が居るであろう」

 

崇宰は当主不在だが、中枢に近い人物として御堂、篁が居る。その問いかけに武は、別口で話があるのでその時にでも、と答えた。

 

「唯依には知られていますから。特に口止めもしていない以上、XM3の事は祐唯さんに話すでしょうし」

 

「JRSS……というより別物だが、アレの説明と一緒になるか。しかし、煌武院の方はどうする」

 

「……第19独立警護小隊に、訓練を。それ以降は少し時間を置いてからになります」

 

「悠陽殿下に会うのが、そんなに怖いか」

 

ずばり、という音が鳴りそうな程の正面からの指摘に、武は違いますよと苦笑を返した。

 

「会いたくないというより、会わせる顔が無いというか………最近気づいたんですけど、俺はどうにも1人で突っ走る癖があるようなんです」

 

「今更過ぎるぞ」

 

「夜半も過ぎていないのに寝言か」

 

「18年かかったというべきか、18年で済んだというべきか」

 

樹、介六郎、崇継の言葉に武は少し凹み、顔を俯かせた。

 

「似たような内容で怒られそうなんで……真耶さんと一緒に」

 

怒られるだけで済めば良くて、最悪は泣かれそうで怖い。武は内心で呟きながらも、それだけじゃないですが、と呟いた。

 

具体的に言えば、政威大将軍の周辺に対する各勢力からの注目度が原因だった。武自身、自分が良薬に成れるとは思っていない。劇薬か刺激物か。どちらであっても、不穏になって来ている今の帝国陸軍や本土防衛軍にとっては、“最後のひと押し”になりかねない危険物になる可能性があった。

 

「その点、斯衛は此度の件で掃除を進められる。御剣冥夜の件についても、其方の要望は通るであろう」

 

「……そうですか」

 

安堵のため息を吐く武に、崇継は小さく笑みを返した。

 

「幼少の頃の約束、か………其方も律儀だな」

 

「え、なんで崇継様が知って……ひょっとして、直接?」

 

「明星作戦より前のことだ」

 

作戦が終了して以降―――武がKIA認定された後は、私的なことを欠片も話さなくなったとは、崇継も口には出さなかった。

 

帝国が抱えている軍事的・政治的問題が多すぎる、というのも一因として挙げられた。横浜に関係する国連軍と米国の問題や、佐渡島にあるハイヴへの対策。国外へ疎開した国民の保証や、男性兵士の戦死者が積み重なったことによる国民の男女比率の問題など。一朝一夕では解決の糸口さえ掴めないほど、複雑かつ大きな問題が山積みだった。

 

(その中でも、戦歴多いベテラン衛士……つまりは男性衛士が帝都防衛部隊としてハイヴより遠い位置に配属されているのがな)

 

急増する女性の新兵。一方でベテランは、傍目には後方に思える帝都へ配属されていく。明星作戦後に軍上層部が取った方針への不満。いずれも現場の兵士が煮え湯を飲まされる方向性であることが、崇継に一種の危機感を抱かせる要因となっていた。

 

(権力が無いからと言って、無視できる筈もなし。表面はともかくとして、内心は歯痒さのあまり懊悩しているであろうな)

 

明るい話題は無いか。そう思った崇継は、ふと武に尋ねた。帝国軍の人材発掘に関することだ。尾花晴臣が将来有望な若手を集めて居ることは、周知の通り。武は聞いたことがないと、首を横に振った。

 

「でも、ベテランも結構な数が戦死しましたからね……ちなみに集められた若手って、俺の知ってる人ですか?」

 

「違うな。龍浪響あたりが招集されていないかと思い調べてはみたが」

 

「龍浪中尉ですか。また、懐かしい……と言うのは何だかおかしいですが」

 

初めて聞く名前に樹が疑問に思っている所に、武達が何とはなしに説明をした。第五計画が失敗した後の時代の衛士だと。

 

「……神宮司軍曹や御剣冥夜と敵対していたのですか?」

 

「必要に駆られてのことだ。しかし、其方も御剣冥夜とやらは縁深いようだが」

 

XM3という大きな貸しを台無しにしてまで拘ることか。言外に問いかける崇継に、武は平行世界の話ですがと答えた。

 

「御剣財閥の一人娘だったんですよ。あと、なんか小さい頃に俺と結婚する約束をしたとかで。ちなみに月詠さん達はメイド姿でした」

 

「けっこ……お前、さらっと爆弾を投下するな」

 

サーシャの前では絶対に言うなよ、と樹は念を押した。武は何が何だか分からないけど分かったと頷いた所に、介六郎がため息を被せた。

 

「話を戻すが、陸軍でも感づいているようだ。表向きは戦術研究会と名乗っているようだが、会員同士では戦略研究会と呼び合っているという」

 

きな臭いにも程がある。最悪の事態を考えれば、頭が痛いどころの騒ぎではない。そこに、武が問いを放り込んだ。

 

「あくまで想定ですが……沙霧尚弥。一対一でやり合ったとして、勝てますか?」

 

「そうだな……XM3があるなら、ほぼ勝てるであろう。実際は囲んで叩いて終わらせるが」

 

我らが帝国に弓引くことありえず、相手をするならば沙霧自身が身を落とした後になる。いわば敵となって相対するならば、武御雷を失うような愚を犯す筈がないだろうと介六郎は呆れた声で返した。

 

「本土防衛軍であっても、同じことだ。真正面からの戦いを挑んでくる手合を前に、我ら16大隊が遅れを取ることはない」

 

「ですよね……って、なんでこっちを見るんですか」

 

「本当に恐れるべき相手がどういう者かを改めて認識したが故にな」

 

正面きっての撃ち合い斬り合いであれば、機体性能と練度の差で潰すことは可能だ。だが怖いのは、何をしてくるのか分からない手合だと介六郎は樹と武の方を見た。

 

「無自覚であろうが、お前たちはおかしい。こちらの物差しに当てはまらず、さりとて狂っている様子もない」

 

何が起きるか分からない戦場で、本当に脅威となるのは次の手が読めない敵である。武は同意し、最近になってしてやられた事を思い出した。模擬戦での冥夜のことだ。あそこで抱きつく、という選択肢を取れる相手が怖いのだと。

 

機体にある剣を持っている相手が居るとしよう。剣で斬ることに主眼を置く者は、予想もしやすい。だが、剣に拘らず敵を打倒することを最優先に動いてくる敵は、次の行動を読み取って逆手に取る戦術が使えなくなるのだ。

 

次の瞬間には、剣を囮に突撃砲を斉射してくるかもしれない。あるいは、四肢を使っての攻撃か。最悪はS-11まで考えられる。

 

鍔迫り合いでもそうだ。押して、相手が押し返してくるならば対処は容易。押しても柳のように引いてくる相手こそが怖い。そのような手合こそ、引いて流れたかと思うと、突如必殺の一撃を繰り出してくる手練だからだ。

 

「貴様に関しては情報の隠匿から、札の予想も難しい。背景も厄介だな……部隊として、助けられている部分もあるが」

 

XM3もそうだが、あの高精度シミュレーターは効果的だった、と介六郎にしては珍しく喜色を含んだ笑みを見せた。

 

「だが、これだけは聞いておかねばならん……あの宇宙戦艦Г標的とはなんだ。何をどうやったらあの巨体が宙に浮く」

 

「いやあ……ちょっと悪ノリして、つい」

 

「実際にああいうBETAと戦った、という訳ではないのだな?」

 

「はい。実際は、飛ばなかったらしいですが」

 

「……つまり、実物との差異は飛行能力の有無でしかないと?」

 

「ですね。あ、実際に出てくるのはソ連の方のハイヴですから。佐渡島には居ないですよ、多分」

 

余計な一言を付け足した武に、介六郎は心底嫌なものを見る目をした。

 

「その詳細は後で聞くとして……役には立った。特に実戦に出たことのない衛士にとっては、良い刺激になったようだ」

 

シミュレーターによる、BETAの脅威度確認と現実の過酷さ。それを学ばされたが、潰れた者は居なかった。逆に頭角を現したのは数人で、その中でも風守雨音は著しい成長を見せたと、崇継自らが語った。

 

「元より、病魔により死の危険を身近に感じていたせであろうな。動揺はほんの一瞬で済ませ、すぐに他者の援護に移っていた」

 

精鋭揃いの16大隊でもその時の雨音の対処と行動力は称賛された。一方で、衛士の腕だけではない個人への印象も変わったという。元々のイメージである女性的な柔らかさに、芯の強さが付け足されたようだと崇継は面白そうに武へ語った。

 

武は、柔らかさと聞いて雨音の強化服姿を思い出した。

 

「まあ、確かに。比較対象がお袋ですから、余計にそう思えるのかも」

 

「其方……命知らずだな」

 

「あっ。えっと、これはオフレコ……ナイショって事で」

 

「二次災害は御免被る。しかし、貴様も見ている所は見ているのだな」

 

「それはもう。野郎の腹筋見ても楽しくないので」

 

武は雨音のボディラインを思い出し、呟いた。着痩せするのな、と。

 

「あと、ラーマ隊長からも聞いた事があるんですよ。生きるか死ぬかの過酷な状況じゃあ、そういった欲を捨て去った奴から壊れていくって」

 

武はラーマからだけではなく、アルフレードやフランツからも生存本能と子孫繁栄の欲求の関連性を説かれた事があった。

 

「でも、そういう光景よりも、死ぬ時の光景が浮かび上がっちまうのは辛いんですが」

 

「……記憶の流入、か。まるで長くて濃い小説を一息に読んだ後のような感覚だったが」

 

「俺の場合は、量が量ですから」

 

武は207B分隊の事も同時に思い出していた。記憶の流入による人格への影響について。

 

生涯に数度、と言える程の感銘を受けた本があるとしよう。だが、人はその本を読んだだけで人格を根底から変換できる筈もない。自我と記憶の絶対量が少ない、例えば5才ぐらいの年齢であれば異なるかもしれないが、成長すればする程に影響力は小さくなっていく。

 

「そういった点で、俺は微妙な時期だったかもしれません。当時は10才やそこらでしたから。あとは、流石に……繰り返し見せられていると」

 

性欲よりも生存欲求が高まる。自己のもそうだが、大切だと思う人に生きていて欲しいと願うようになる。解消するために、訓練を繰り返す。良いか悪いかは不明だが、循環しているかもしれない、と武は語った。

 

崇継は、そうか、と小さく頷きだけを返した。

 

「……悠陽殿下に会わないのは、そのような想いもある故か」

 

「え?」

 

「独り言だ、気にするな」

 

崇継は少しだけだが渋面になった介六郎と、分かりやすく顔を顰めている樹を見た後、「難儀だな」と呟きを落とした。

 

「……まあ、良い。今日はこちらに泊まる予定だったな?」

 

「はい。明日には帰りますけど」

 

「分かった……夕食は用意しているが故、元部下達と取るが良い。積もる話もあろう」

 

特に姉のような存在である磐田朱莉と、その親友である自分の想い人が落ち込む様を見せられ続けていた相模雄一郎などは、直接言葉を交わさなければ納得はしないだろう。陸奥武蔵や瓜生京馬にしても、白銀武の生存を信じていた節がある。気の済むまで話せば良いとの崇継の言葉に、頭を下げた。

 

「はい……その、ありがとうございます」

 

武は理由は分からないが言葉とは別の方向から気遣われた事を察し、感謝を示した。崇継は、珍しくもため息を吐いた。

 

「こういう所は敏いのだが……いや、言わぬが花か」

 

「ご賢明かと……後は、語る花達に任せる他ありません」

 

交流においては沈黙ではなく、雄弁こそが金である。散々に教えた事でも、ずれた所で有能さを発揮する武に、介六郎は再度の諦観を抱いていた。

 

崇継だけは別種の危機感を抱いていたが、こうして顔を見せた後に起こるであろう事態に思いを馳せていた。

 

 

(……贔屓は無しだ。代わりに手助けもせんぞ、煌武院悠陽)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数日後。帝都城の一角に、情報が届いた。

 

それは過去、月詠真耶が所属していた第16大隊からのもの。煌武院の息がかかった衛士からの、報告だった。

 

「以上ですが……殿下」

 

「……亡霊の類ではないことが、確定してしまいましたね」

 

悠陽が浮かべた表情は、笑みだった。正面で見た真耶は、含まれている感情をどう表現するか迷った。喜んでいるようであり、悲しんでいるようであり。確信を得られたのは、憂いを帯びたものであるという事だけだった。

 

思わず、どうされますかと言い出してしまうぐらいに。

 

悠陽は、ゆっくりと首を横に振った。

 

「国連軍の衛士を招集する必要性は、感じられません……今の所は、ですが」

 

「……殿下?」

 

「機は、来るのでしょう。恐らくは、きっと……誰も望まない状況になってから」

 

国内外に潜む嵐の種は多く。一つの切っ掛けがあれば、帝都さえ呑み込む規模になりかねないだろう。その言い知れぬ予感を前に、悠陽は窓から空を見た。

 

 

「秋が、終わりますね……冬がやってきます」

 

 

実りの秋が過ぎれば、寒気が肌を差す季節になる。それに震えるのは、誰になるのだろうか。悠陽は答えを出さないまま、鳥達が居なくなった青空をじっと眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 




項目3つを集めて短編1話、としようとしましたが……気づけば1項目で一万五千文字。

やべえです。次は日曜日あたりになりそうな予感。

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