Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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4章の前半における最終話的なお話です。


21話 : 布告

「―――ふぇっ?!」

 

珠瀬壬姫は悲鳴と共に起床した。叫んだのは、階段を踏み外した時のような取り返しのつかない浮遊感を覚えたからだ。目を丸くしたまま、キョロキョロと周囲を見回した壬姫は、視界の端に自分の桃色の髪と、椅子に座っている人物を視認した。

 

「ようやく、起きたか」

 

「え……あ、紫藤教官」

 

「ああ―――珠瀬訓練兵、自己の状態を報告しろ」

 

心配そうに尋ねる樹の言葉を聞いてようやく、壬姫は自分の身体の状態を意識するまでに至った。第一に感じたのが、全身に走る倦怠感と痛み。その感触に反して、頭の中は曇りがかかった空のようだった。

 

(えっと……なんだろ。なにかの、夢を見ていたような。とっても悲しくて、辛くて、誇らしくて……)

 

壬姫は自分の掌に視線を落とした。まるで、掌の中から何か大切なものを取りこぼしてしまったかのように思えたが故の所作だった。

 

壬姫は言葉に表せない喪失感に襲われ、涙が出そうになるも、必死に耐えながら樹の質問に答えた。

 

「身体は動きます。走る事も可能ですが、激しい戦闘は難しいと思われ―――」

 

そこまで言った後、壬姫はようやく自分がどんな状況で意識を失ったかを思い出した。

 

「きょ、教官! その、壬姫はどうしてここに……?」

 

「……まだ混乱しているようだな」

 

樹は壬姫の言葉に否定を被せ、詳しい状況を説明した。演習の終了が告げられた後、全員が喜びの声を上げる間もなく気を失うようにコックピット内で眠り始めたと。極度の緊張感から来る精神的疲労と、寝不足による肉体疲労が原因だろう。そう告げた樹は、椅子から立ち上がると壬姫に告げた。

 

「歩けるなら、今すぐにブリーフィングルームに行くぞ……お前が来れば全員揃う」

 

デブリーフィングの始まりだ、と告げた樹の言葉に、壬姫は慌てながら自分を覆っていたシーツを投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、これから先の模擬戦におけるデブリーフィングを行う」

 

つまる所の作戦後会議、今回においては反省会あるいは結果発表とも言い表せるそれが宣言され、207B分隊の面々は改めて姿勢を正した。誰もが疲労を感じさせる表情を浮かべていたが、背筋だけは定規が入っているかのように伸びていた。

 

その様子を見ていた香月夕呼、神宮寺まりも、紫藤樹、サーシャ・クズネツォワと白銀武の5人の中から、一歩前に踏み出したのは戦術機の教官であるサーシャだった。

 

「……まずは榊千鶴、彩峰慧は前に」

 

呼び出された二人は命令に従い、一歩前に踏み出した。それを見たサーシャは、二人の目を真正面から見据えて宣告した。

 

「これから先の言葉は全て、元クラッカー中隊所属の衛士であるサーシャ・クズネツォワとして言わせてもらう―――二人とも、見事だった」

 

いきなりの素性ばらしと聞いたことのない褒め言葉。意表を突かれた全員が硬直するが、それに構わずサーシャは前に出た二人の働きについて事細かに説明をした。

 

「敵機への接敵から誘引までの自然さ、撤退行動から最後の自爆までやりきった所だが……ケチをつけられる所がない」

 

作戦の第一段階として、武に不自然さを感じさせないまま、自分たちが敷いた思惑というレールに乗らせる必要があった。ある意味で一番難しい役どころをつとめ上げたという点を、サーシャは徹底的に称賛していた。

 

「何より特筆すべきは、その連携の巧さ……まるで心の中が通じ合っているかのように、互いへのカバーがほぼ完璧だった。それなりに精鋭部隊を見てきたけど、あれだけの連携はあまり見た覚えがない」

 

心からの称賛の言葉に、二人は複雑な心境に陥った。歓喜を覚えた内心と、素直に頷きたくないという内面からの主張がせめぎ合っていたからだ。

 

「指揮官である榊としての総評は後でするとして―――彩峰訓練兵。ある意味、この分隊で一番成長したのは貴様だと思う」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「礼なら仲間に言うと良い。次、鎧衣訓練兵」

 

「は、はい!」

 

美琴が緊張した面持ちで前に踏み出ると、サーシャは先の二人と同じように称賛し始めた。

 

「見事に貴様以外に出来ない役割を果たせたな……不測の事態が多い実戦では、ああいう事を出来る人物は重宝される。良い仕事だった」

 

実体験を元に、サーシャは告げた。

 

「また、作戦の第一段階から第二段階に至るまでの発案をしたのは、貴様だと聞いている。榊が言っていたぞ。言葉による事細かな説明を混じえての立案をされた、とな……見事にリベンジを果たした訳だ」

 

工作の評価と同時、暗に総合戦闘技術評価演習での事を示された美琴は泣きそうになった。自分の技術が認められた事と、成長したと断言されて胸がいっぱいになったからだ。

 

「次に、御剣訓練兵と鑑訓練兵だが……よくぞ、最後まで諦めなかった」

 

二人の役割は近接格闘による敵機の足止めまで。そこを狙撃で仕留める作戦だった。サーシャは足止め出来たこともそうだが、と冥夜の方に視線を向けた。

 

「空気を読めないバカが狙撃を回避した直後からの、長刀による攻撃――あの一連の判断と動作を終えるまでの速度は、私では出せないだろう。樹や、神宮寺軍曹も同様と思われる」

 

状況を把握し、彼我戦力差の見極めから戦術を抽出し、行動を決めた上で操縦に反映する。それらが刹那の間に完了されなければ、間違いなく間に合わなかっただろうとサーシャは断言した。

 

「その後に、敵機を拘束した事もだ。幼少の頃から鍛え上げた剣術の腕を、見事に戦術機へ投影することが出来たと考えられる……一段上のステージに至った、と言っても過言ではない」

 

骨身まで染み込ませた技を戦術機に反映させることが出来た。それは戦術機を操るだけではなく、共に戦場で駆ることができる証拠とも言えた。

 

「鑑のフォローも見事だった。敵機の背面にわざとらしく回った事もポイントが高い。何より、敵機に突撃砲を撃たせたあの隙が無ければ……御剣の仕掛けは回避されていた可能性が高いからな」

 

武が手加減を捨てたのは、狙撃を回避した直後から。その内心を見抜いていたサーシャは、純夏の意識逸しが無ければ、本気の武は冥夜の拘束に対してどういった対処に出るかは予測できていた。

 

「そして、珠瀬……狙撃の腕は見事だった」

 

「………でも」

 

一発目は外してしまいました、と壬姫は小声で答えるも、サーシャは首を横に振った。

 

「記録を見返したが、あの狙撃は間違いなく直撃コースだった。試作1200㎜超水平線砲という初めて扱う兵器を使い、一発目からあの精度で狙撃できたことは、何よりも称賛されるべきだと私は思う―――いや、称賛されて然るべきだ。極超音速で飛来するあれを回避する方がおかしいから」

 

サーシャの言葉に、夕呼、まりも、樹は深く頷いた。模擬戦を見ていたピアティフがいれば、同じく頷いていただろう。

 

「回避したバカを見た時、私は口を開けて呆然とした。不覚にも思考まで硬直させてしまった、が―――貴様は直後に行動を起こした」

 

壬姫は外したことを認識すると、一秒以下で立ち直った。躊躇いなく水平線砲をその場に置き去りにして、全速で敵機に向かっていった。

 

「不意の事態に陥っても、自らが出来る最善を最速で選択した結果が―――ぎりぎりで間に合った訳だ……最後の狙撃も巧緻の極みだった」

 

小さな笑みと共に褒められ倒された壬姫は、涙目で頬を赤らめながら俯くと、小さな声で「はい」と零した。

 

そして一歩下がり、1列横並びになったB分隊を見たサーシャは、意識して大きい声を出した。

 

「改めて言うが、見事だった。癖のある人材をまとめあげた榊も、それぞれの長所を腐すことなく活かしきった者達もだ」

 

指揮官としての総評は、結果に集束する。そういう意味では榊千鶴の指揮官としての能力は優秀につきるものだったと、サーシャは締めくくり。だが、と低い声で告げた。

 

「だが、マイナスのポイントが無い訳ではない。特に最後の、現場で気絶した所だ。実戦であれをすれば、ほぼ間違いなく死んで終わる。演習でも同じだ。変な体勢のまま気絶して、機体がバランスを崩して転倒でもしたら、目も当てられない結果になる……次はせめて基地に戻るまで我慢しろ」

 

サーシャの言葉に、全員がビクッとなった。その様子を見たサーシャはため息を吐いた後、これで最後だが、と大きな声で告げた。

 

「―――207B分隊の全員、最終試験の合格を認める」

 

補足するように、夕呼が言葉を繋いだ。

 

「文句は挟ませない。あなた達の衛士として任官を保証するわ―――おめでとう」

 

その言葉が皮切りになり、爆発したかのような歓喜の声が上がった。その後の反応は様々だった。

 

―――隣同士だった千鶴と慧は互いに喜びを分かち合わんと抱き着いたものの、直後に相手が誰かを思い出すと、勢い良く離れた後、顔を合わせないまま拳の先を突き合わせ。

 

―――美琴と壬姫は互いに抱き合い、良かったよ、良かったね、という言葉以外を放り捨てた子供のように泣きじゃくって。

 

―――純夏は涙と鼻水を垂らしながら冥夜に抱き着き、冥夜は純夏の頭を優しい表情でぽんぽんと叩いていた。その双眸の端に、涙を滲ませながら。

 

それをバツの悪そうな表情で見ていた武に、横から声がかけられた。

 

「泣くほど喜んでいるのは、達成感と……“勝った所で任官が認められないかもしれない”、という疑念を持っていた事に対する裏返しだろうな」

 

樹の言葉に続けて、咎めるような口調でまりもが呟いた。

 

「そんな顔をしているようだから、貴方も分かっているとは思うけれど……あの子達への謝罪だけは忘れないようにね」

 

武が当初の行動より外れたことを見抜いていたが故の忠告だった。様々な背景があるため、明らかに間違った行為だったとは断言できないが、酷い仕打ちをしたな、と告げられれば頷かざるをえない。武としてもそのような自覚があったため、神妙な表情で二人の言葉に頷きを返した。

 

そうして、喜びを終えて落ち着いた6人が元の位置に並んだ後だった。満面の笑顔を浮かべた夕呼が、武に視線だけで「前に出なさい」と告げたのは。

 

その意に逆らえるはずもなく、武は覚悟を決めてB分隊の前に出た。

 

「それじゃあ、景品を授与するわ。白銀武に対する命令権を一つづつ……先にも言った通り、何でも構わないわよ」

 

心底楽しそうな夕呼の言葉に、武が顔をひきつらせた。一方で207B分隊は、驚いた表情のまま固まっていた。

 

「……どうしたの?」

 

「いえ、その……景品の話は、本当だったのですか」

 

「ええ、二言は無いわ。男としても、今回の責任を取るという意味でもね?」

 

夕呼の声色と表情を聞いた武は、これは相当怒ってるな、と内心で冷や汗を流していた。その理由を今になって察することが出来たから、黙ってされるがままにしていたが。

 

「聞かれたくないのなら、別の部屋も用意してるから。道具も必要なら用意するわ。それじゃあ、はりきって……何よまりも、ちょっ、離しなさいよ」

 

夕呼は笑顔のまりもに腕を引っ張られた事に反論をするも、樹とサーシャによる無言の頷きを示された。促されたまりもは、自分は間違ってはいなかったと頷きを返し、そのまま夕呼を引きずるようにして部屋の外へと連れて行った。

 

「―――さて、続きを。副司令じゃないけど、二人で話をするのが良いなら、そうするから」

 

「では……私は二人での話を希望致します」

 

「私も……武ちゃんには聞きたいことが色々とあるから」

 

冥夜と純夏の言葉に、サーシャは頷きを返した。次に、千鶴が手を上げた。

 

「では、私から質問をいくつか……いえ、3つだけ。一つというルールから反していますが、良いでしょうか?」

 

千鶴の言葉にサーシャと樹が問題ないと頷きを返した。どう考えても無茶苦茶な難易度を踏破した勇者に対しての報酬にはちょうど良いと思ったからだ。

 

タメ口でOK、といつになく軽口で話しかけるサーシャに対し、千鶴は戸惑いながらも武の真正面に挑むように立った。

 

「それでは………白銀武。あなたは、そちらに居る元クラッカー中隊のお二人と親しい間柄なのかしら」

 

武はその言葉に硬直した。質問という言葉を聞いて、風間祷子を含む3人から投げかけられた内容に近いかもしれないと思っていた所を、別口の方向から斬られたかのように思えたからだった。

 

「……沈黙は肯定と取っていいかしら」

 

千鶴の咎めるような口調に、我に返った武が慌てて是と答えた。

 

「親しいし、信頼している。樹とサーシャは戦友だからな……これで良いか?」

 

「ええ……色々と分かったから」

 

「……だよね。キスまでした間柄だもんね」

 

純夏からの、長刀のように鋭い横槍の言葉が場に爆ぜた。痛いほどの沈黙の中、サーシャだけが頬に手を当てていた。

 

「い、委員長? その、眼鏡が反射で曇って目が見えなく……いいです、何でもないです」

 

「……貴方に委員長と呼ばれる筋合いは無いんだけど」

 

人を4回は殺せそうな低い声の後、千鶴は咳を一つ挟んで場を切り替えると、次の質問を突きつけた。

 

「それじゃあ、2つ目………先の模擬戦だけど、貴方はどこまで本気だった?」

 

手加減をされたから勝てたのか、という質問に、武は正直に答えた。

 

「1度目は6割、二度目は7割。三度目の途中までは8割で、狙撃を察知してからは10割本気だった……最後のは、見事だった」

 

混じりっけなしの完敗だよ、という武の言葉に千鶴以外の5人がホッとした表情を浮かべた。それを横目で見ていた千鶴は、最後に、と眼鏡を押上げながら尋ねた。

 

「―――今の私達は、衛士になるに相応しい人間かしら。貴方の目から見た、主観だけで良いわ」

 

ニヤリ、という擬音が聞こえる程に笑いながらの言葉に、武は苦虫を噛み潰したかのような表情で答えた。

 

「相応しい、じゃ済まねえな」

 

武はその言葉を聞いて硬直した千鶴に、告げた。

 

「逸材って範疇も越えてる……ひょっとしたら、俺よりも衛士としては優秀かもな?」

 

「……お生憎様。極超音速の弾丸を回避するまで、人間を止めた覚えはないわ」

 

千鶴は肩を竦めた後、これで終わりですとサーシャの方を見た。その様子に、武が思わずと質問を返した。

 

「なあ……それで良いのか?」

 

あまりにも抽象的な武の言葉に、千鶴は良いのよ、と前置いて答えた。

 

「人質の指摘なら、むしろ私達の方が原因だった。問題点の指摘も、実戦を経験した貴方から見れば当たり前のことだったんでしょう? それぐらいは理解できるようになったわ」

 

それから、と一拍を置いて千鶴は呟いた。

 

「父に、いえ、総理に対する言葉は日本国民なら出て当然のものだと思うわ。批判に値する過去があった。なら、私個人がその言葉を頭から否定する方が正しい、っていうのは……私情以外の何物でもない」

 

言わせたのは私達だから、と千鶴は横目で樹とサーシャを見た。

 

「……一芝居打たれたのは、理解できたわ。でも、その原因を作ったのは私達。それをバネにして成長し、認められるまで至った。なら、それ以上の異論は必要ない」

 

「――それでも、すまなかった」

 

頭を下げた武に、千鶴は答えなかった。ただ、これで本当に質問は終わり、と返しただけで。

 

「分かった……これは独り言なんだけど、さっきの質問は隊員のためだよな? ……部下思いなんだな、委員長は」

 

「ええ。なにせ、分隊長ですから」

 

軍人としても個人的な欲求を満たすための命令は間違っていると思う。そう告げながら千鶴は肩を竦めて。

 

―――その横に居た慧が、手を上げながら告げた。

 

「私の命令は一つだけ……これから毎日、焼きそばパンを2つ分提供すること」

 

「……貴方ねえ」

 

額に血管を浮かばせた千鶴が、慧を睨んだ。慧はしれっとした顔のまま武だけを見ていた。

 

「いつものサイズで、紅生姜は必須……オーケー?」

 

「いや……別に、それは良いんだけど」

 

彩峰元中将の事とか、と口ごもる武に慧は千鶴を見ながら告げた。

 

「良い………言わせたのは私達、というのは部隊の総意だから」

 

「……本当に?」

 

「うん……多分」

 

「多分なのかよ!」

 

武は思わず冥夜達を見た。千鶴と慧を除いた4人は、苦笑しながら頷いていた。

 

「そういうこと……父さんに対する言葉も、業腹だけど千鶴と同じ意見。だから、謝罪は要らない。むしろ余計」

 

彩峰萩閣は、元中将は、責任を以て任務に挑んだ。幾万の部下を抱えながら、命令を下した。その功績と罪過は、娘だからという理由だけで、私が横取りしてはいけないものだと、慧は神妙な面持ちで自分の心境を語った。

 

「私はあの時の……光州作戦の実状を把握できた訳じゃない。彩峰萩閣の指揮が正しいものだったのか、間違ったものだったのか………人として国のためになる指揮官だったのか、今の私の手持ちの情報じゃあ判断できない……なら、話は簡単」

 

「……と、いうと?」

 

「私が知って、それで判断すればいい。各方面から見た当時の戦況などを集めた上で……陸軍からは聞けた。大東亜連合の人にも、話を聞かされたことがある」

 

「なら、残るは国連軍か?」

 

「それとベトナム義勇軍だね……だから、これは命令じゃなくてお願いなんだけど」

 

「お、お願い? べ、ベトナム義勇軍にか」

 

変に声が上ずった武に、慧は訝しげな表情を向けた。

 

「……何か、知ってる?」

 

「いや、まあ……知ってると言えば知ってる。有名だからな」

 

「そう。じゃあ、義勇軍の唯一の生き残りの……マハディオ・バドルっていう衛士にコネがあったら教えて欲しい」

 

「は? あ、ああ……マハディオか。まあ、いいけど」

 

「……知り合い?」

 

「あいつも元クラッカー中隊だ。途中で除隊になりかけたが、義勇軍で復帰したらしい。だから……どっちかっていうと、樹あたりに頼んだ方が良いと思うぞ」

 

慧は視線を樹の方に向けた。樹は苦笑しながら、連絡なら取れると頷いた。

 

「だが、あいつは今ユーコンに居るらしいからな……すぐには無理だ」

 

「……分かり、ました」

 

慧はそれだけを告げると、一歩下がり。武に聞こえないように、小さく呟いた。

 

「――まだまだ、未熟だね」

 

「なんか言ったか、おい」

 

「いえいえ。まだまだ、若造ですよ」

 

「そうだな……お互いにな」

 

ため息を一つ。その横から、美琴から声がかけられた。

 

「世界は広いけど、世間は狭いんだね~」

 

「ああ……そうかもな」

 

不思議と、変な縁に恵まれている武は心の底からの同意を示した。

 

「だよね~。それで、なんだけど……僕だけ、父さんに対する風当たりが弱かったのは、どうして?」

 

「……は?」

 

「だって、武は父さんと会った事があるんだよね」

 

「え……いや、そんな事を教えた覚えはないぞ」

 

「そうだよね。で、どういった関係なの?」

 

「話を聞けよ」

 

武はいつものマイペースに戻った美琴に対して、ため息を吐いた。だが、模擬戦でしでかしてしまった後ろめたさから、降参だと両手を上げた。

 

「詳しくは言えないけど、命の恩人だ。俺と……サーシャのな。お前の親父さんが居なかったら、俺たちはまず間違いなく大陸で屍を晒してたと思う」

 

「……そう、なんだ」

 

「ああ。正直、あの人には足を向けて眠れねえよ」

 

ミラ・ブリッジスの件などを考えれば、頭が下がる思いだ。武の言葉を聞いた美琴は少し迷ったものの、嬉しそうな表情で頷いた。

 

「で、今のが命令で良いのか?」

 

「あ、ううんとね……別にいいや。これからも訓練に付き合って欲しいけど、それは命令じゃなくてお願いにしたいし」

 

「……分かった。でも訓練の件は否が応でも付き合わせる事になると思うぞ。これから同じ部隊に配属されるんだしな」

 

武の言葉に、美琴はお手柔らかにね、と頷きながら一歩下がり。冥夜と純夏を除いては最後となる壬姫は、じっとその様子を眺めるだけだった。

 

「……えっと。命令を一つ、どうぞ。流石に射撃の的になれとかは勘弁して欲しいんだけど」

 

「ふぇっ!? そ、そんな命令は出しません! ……いえ、命令を出したくないです」

 

「えっと……それは、どうしてだ?」

 

「だって、私は外しちゃったから。みんなと約束した一撃を、外しちゃって……みんなが捨て身になってくれて……お膳立てしてもらった上での狙撃を……」

 

壬姫は涙ぐみながらも、武を見つめた。

 

「色々と足りない所が見えてきました。だから、私も美琴さんと同じです。移動射撃とか、色々なことを教わりたいんです」

 

二度と、みんなの思いを乗せた一撃を外さないように。強い思いで告げられた言葉に、武は一も二もなく頷いた。

 

「むしろ、こちらからお願いしたい。俺の適性は前衛だからな。頼もしい後衛ができるなら、それ以上の事はない」

 

「っ、はい!」

 

壬姫は満面の笑みで答えた。武はいつになく純粋なその笑顔に後光が差すのを見た、が。

 

「ところで、教官とキスしたっていうのは本当ですか?」

 

「……え?」

 

「キス、したんですか?」

 

質問から詰問へシフトしたかのような錯覚。武は眼を泳がせながらも話を逸らそうとしたが、真正面から覗き込まれたため、観念したかのように答えた。

 

「いや、でも、あれは人工呼吸のようなものだったから―――いえ、すみません。キスはしました」

 

視線の圧が8人分になった所で、武は素直に答えた。フォローするかのように、サーシャが言う。

 

「武の言うことは間違ってない。人工呼吸という説明も確か」

 

だけじゃないかもしれないけど、とサーシャは内心で呟き。その言葉をそれとなく察した6人が、理由不明の不満を抱いた。

 

―――これが、もう少し時間を置いた後であれば違ったかもしれない。だが、任官承認などの興奮や、割り切れない怒りなどが渦巻いていることから、その発案は出された。

 

「……ところで、お願い何だけど」

 

「ああ……なんだ、純夏」

 

「命令とは別にしてさ。ちょっと一発、殴らせてくれない?」

 

「えっ」

 

いきなりの理不尽な要求に、武は言葉を詰まらせた。最初は冗談かと思い、純夏に笑いを返すも、眼を見るなり黙り込んだ。そして視線で樹とサーシャに助けを求めるも、まあ仕方がないよね、と言わんばかりに目を逸らされた。

 

「あー……えっと、だな。それは何かの比喩とか?」

 

「暗喩の欠片でさえ含まれる余地が無い言葉だったと思うけど」

 

「えっと、でもさ。命令じゃあ、ないですよね? 私情だと思うんだけど」

 

「その通り……だから、突っぱねても、いい」

 

「うん。でも、なんかそれだけじゃ後でエライことになりそうな予感がするんだけど」

 

「あはは、武の直感も凄いよね~。僕も負けてられないかも」

 

「えっと、その、ですね。問いかけが否定される言葉が一切無いんだが……その、珠瀬さん?」

 

「あっ、壬姫は壬姫で良いですよ~」

 

「むしろタマと呼びたい。というのは別として、なんか性格変わってない?」

 

憎まれてたような、と武が告げるも、全員が顔を見合わせた後、首を傾げた。

 

「ええ……打倒すべき敵だと思っていたのは間違いないわ。でも、それとこれとは別で、今はとにかく殴りたいのよ」

 

千鶴の言葉に、冥夜を含む全員が頷いた。武は引きつった顔で一歩引きそうになったが、後ろめたさからその場に踏みとどまった。

 

そのまま足を少し開き、両手を後ろに組んで直立不動の姿勢を取った。

 

「……了解した。なら、1人づつで良いから、順番を―――」

 

 

最後に武が見たのは、一斉に殴りかかってくる207B分隊の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

「ああ。取り敢えずは、だけど」

 

頭を押さえる武と、心配そうに尋ねる冥夜。部屋の中には、二人だけが残されていた。命令権を与えられた冥夜が希望したからだ。

 

「そうか……許せ、とは言わん。だが以前に、誰かから“人間は自らの感情に従うべきだ”と教わった故な」

 

「……そういう事もあったかなあ」

 

視線を僅かに逸らす武に、冥夜は告げた。私は一時も忘れてはいなかったと。

 

「改めて、再会を祝おうか。あの日、あの時に姉上と公園で出会った少年に」

 

「それは………でも、俺は酷い言葉を」

 

「千鶴が告げたであろう。あの時の其方の言葉は、至極真っ当なものだった。むしろ感謝すべきであろう。自らの至らなさを実感させてくれたが故に」

 

武は冥夜から差し伸べられた言葉に対し、素直に答えた。こちらこそありがとう、と。

 

「……うむ。そして、謝罪をしよう。その節は迷惑をかけたな」

 

「迷惑って……何のことだよ」

 

「私も、詳しくは知らされておらぬ。月詠は答えなかった。この身に置かれた立場故、これ以上は聞ける立場でもないかもしれんが……責任の輪からさえ仲間はずれにされるのは堪えるのでな」

 

儚げに、冥夜は笑った。武はその表情の裏に、どうしようもない寂寞感を覚え、考える前に言葉を返した。

 

「責任は俺にもあるさ。むしろ、煌武院の方は後付だ」

 

「後付……と、言うと?」

 

「俺の母親の名前は、風守光だ。これ以上の事は、言えないけど」

 

深くは言えないけど、両家との間で“話”は付いている。それだけを告げた武に、冥夜は少し考え込んだ後、そうかと小さく頷いた後、謝罪を示した。

 

「……すまぬ。無粋な謝罪だったか」

 

「無粋、っていうより居心地が悪いな。経緯はどうであれ、親父の後を追って前線に行く事を望んだのは俺自身だ。だから、謝罪は必要ないし………冥夜達や月詠さんの事を、恨んでもいない」

 

前線で戦うことさえ、選んだのは俺自身だ。告げられた言葉に、冥夜は片眉を上げながら咎めるように反論を覆い被せた。

 

「恨みが無い、という言葉はともかくとして……私達も戦うと決めた身としては、似たようなものだ。それぞれが戦場に挑む理由を持って、努力を重ねていた。なのに其方は……私達を力づくで押さえつけようとしたのは、どういった理由があってのことだ?」

 

「それは……すまん。ノーコメントで頼む。言いたくないし、言えない」

 

これ以上は機密に触れることになる。感情の正誤とは違う所から返答の意を持ってきた武に対し、冥夜は少し不満を覚えるも、私情を挟みすぎることになるかもしれないという危惧から、深く掘り下げることをやめた。

 

「ともあれ、だ。これだけは聞いておきたいのだが……あの時の約束は嘘だったのか?」

 

「……“困った時は力になる”、だったよな。それについては、嘘じゃない」

 

「人質として、この身を終わらせようとした事が?」

 

「違う。冥夜には、煌武院として戻れる道を約束しようとしていた」

 

唐突で大胆過ぎる発言に、冥夜は呼吸を忘れた。武はその様子に構わず、言葉を続けた。

 

「煌武院における双子の慣習……忌み子だったっけ? それを咎めるような年寄りは、もう斯衛内には居ない」

 

動いたのは崇継だ。京都での再会と一部の記憶流入を受けた斑鳩崇継は迅速に事を成した。将来において横浜からの貢献を削るような人物や、斯衛にとって害となるような人物を尽く失権させる事に注力したのだ。

 

「五摂家でも、崇宰を除いた3人の当主は煌武院悠陽を征夷大将軍として認めている。だから、冥夜を担ぎ上げるような勢力が産まれる下地は、ない」

 

煌武院悠陽とは異なる神輿を担ぐような担い手が居ない限りは、御剣冥夜が煌武院冥夜に戻っても問題はない。古い慣習を信じると同時、積み重ねてきた年月から粘着性が高い政治力を振るう年寄りも、今は激減している。否、されるようになった。

 

「……五摂家の当主の方々が、其方の思うように動く理由がないと思うのだが」

 

「それは、まあ……色々と理由があるから」

 

武は告げなかった。XM3の提供や技術指導員として自分が赴く事を見返りに、煌武院内の反対勢力の監視か、勢力の増長を防ぐように動いてくれるようを頼むことで話はついていることなどを。

 

「では……私は、望めば姉上に会えると」

 

「そうだな。冥夜が望むなら、今からでも」

 

既に話はつけている。武の言葉に、冥夜は眼を閉じて黙り込んだ。それから、深呼吸を数回。剣を振るう前と似た調子で呼吸を整えた冥夜は、首を横に振った。

 

「正直な所を言えば……ありがたいと、そう思う。いきなり過ぎて全てを飲み込めた訳でもないし、勝手が過ぎるという思いはあるが……」

 

思い浮かんだのは感謝だと、冥夜は答えた。ずっと遠く、触れられずとも思ってきた。会えなくとも、心は共に在れるようにと望んだ。それは嘘ではないと、冥夜は言う。

 

「それでも、今の私は207B分隊の訓練兵なのだ。斯衛の人質としての役割もあろう、だが―――違うな。私は、仲間を裏切りたくない。背を預けられる戦友と共に戦いたいという思いが強いのも、確かなのだ」

 

信頼を捨てて友を置き去りにするのは御剣冥夜として、一生の不覚。そう答えた冥夜は、許すが良いと武の提案を受け入れなかった。

 

「それに、まだ横浜基地を取り巻く状況は終わっていないのだろう? ……意外そうな表情をするな。紫藤教官から告げられた内容を思い返せば、分かるであろう」

 

樹が告げたのは、207B分隊の任官の時期を遅らせるということ。全員を衛士として認めた上でオルタネイティヴ4の直轄部隊であるというA-01との連携訓練は進めるものの、軍として正式に任官を認めるのはもう少し後にする必要があるという説明が成されたのだ。冥夜はその命令に反発心を覚えるより先に、自分たちB分隊を取り巻く複雑な背景に意識を寄せていた。

 

「……そう、だな。人質としての役割があることは確かだから」

 

「うむ。短期間の訓練で実戦に出して、死なれることは防ぐべきだという主張は、理解できる」

 

故意に死なせた、と他勢力に思わせる要素が欠片でも在っては駄目なのだ。冥夜も、この状況にあって自分の感情から来る意見だけが通るとは思っていなかった。

 

「故に―――其方に感謝を。約束を違えず、心身を削ってくれた心意気に」

 

それは真正面からの、真っ正直な称賛であり、感謝だった。それを受けた武は、気恥ずかしそうに眼を逸した。

 

「別に……守れる約束があるなら、守るべきだと思ったからだ。相手が居なけりゃ、できないからな。それに、下地を作ってくれたのは俺じゃなくて崇継様だから」

 

「………崇継、“様”?」

 

「あ、ああ。そうだけど……どうした冥夜、目と顔が怖いぞ」

 

「す、すまぬ。だが……どうしてだろうな。其方が斑鳩公を様付けするのを聞くと、胸がざわめくのだ」

 

武は冥夜の言葉に目をむいた。もしかして、と思いつつも慎重に尋ねた。

 

「そういえば、模擬戦の時にな。色々と変な言葉を聞いた気がしたんだが」

 

「ん? ……いや、私は覚えていないぞ。なにせ無我夢中だった故な」

 

「そう、か。でも、今更だけどあの作戦にはしてやられたよ。最初から最後まで、そっちの作戦のレール通りに動かされた」

 

自爆とか、狙撃とか、抱き着きとか。武はその言葉から、どうしてその作戦を採用するに至ったか尋ねたが、冥夜は逆にそれを聞いて考え込んでしまった。

 

「う、む……いや、その場の判断だった、としか言いようがない。自爆を提案した千鶴と慧も、同じような様子だった」

 

「……そう、か。疲労困憊だったからな」

 

「ああ。何かが壬姫からも聞いたが、起きた後に何かが抜け落ちたかのような」

 

「あるいは、八百万の神でも宿っていたかもな」

 

「そうかもしれんな。3戦目は全員が追い込まれていた故に……あの時、神仏に祈らなかったと言えば嘘になるだろう」

 

冥夜の言葉に、武はそっか、と頷いた。抱いたのは安堵感と僅かながらの寂寞の思い。その表情を見た冥夜は心配そうに武に尋ねるも、武は大丈夫だと笑みを返した。

 

 

「ともあれ、だ。俺が言えることじゃないかもしれないけど……任官おめでとう」

 

「ああ。これからは、共に戦う仲間としてよろしく頼む」

 

 

改めて差し出された手に、武は素直かつ丁寧に掌を重ねた。返ってきた剣ダコの感触に、そういえば握手するのは初めてかもな、と場違いな感想を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず左の凶器は勘弁な」

 

「……それは武ちゃん次第だよ」

 

「なんでだよ。既に右の一撃は受けただろ三発も!」

 

「それとこれとは話が別だよ!」

 

純夏の主張に、武は反論を思いつくも、口を閉ざした。しでかした事を思い返せば、圧倒的に立場が弱いな、と内心で呟きながら。

 

「それで、質問か……いや、命令か?」

 

「うん。原因は、武ちゃんにあるんだけど」

 

純夏は模擬戦の中で告げた、武が聞いて戦闘中にあるまじき硬直という反応を示した“二度と置いて行かれたくないから”という問いかけを繰り返した。

 

「……変な話だと思うけどね。私、見えたの。動かなくなった私を抱えながら、泣き叫んでる武ちゃんの姿を」

 

純夏の言葉に、武は絶句した。どうして、と混乱する武を横に、純夏は言葉を続けた。

 

「変だよね。私はここに居るし、武ちゃんも生きてる。でも、あの光景は変にリアルなんだ……他にも、色々とあるんだよ」

 

機体の爆発に巻き込まれた慧と千鶴、上半身だけになった壬姫、強烈な電流を受けて悲鳴と共に痙攣する美琴、全身を管のような何かに浸食された冥夜。純夏は青ざめた顔で語った後、武の目を見た。

 

「それに、武ちゃんも……兵士級に殴られてた。噛みつかれてた。食い、ちぎられて………っ!」

 

「純夏、もういい」

 

「それだけじゃないの。見てないんだよ。でも、その後に私も………!」

 

「もういいって言ってんだろ!」

 

武は純夏の両肩を掴んで、叫んだ。あまりの剣幕に、純夏が息を呑んだ。

 

「それは悪い夢だ。現実にならない幻だ。だってそうだろ? 俺たちはここに居て、生きてるんだから」

 

むしろそんな夢を見たって聞かされる方が悪い。叱責するような武の口調に、純夏は小さく頷いた。

 

「でも、どうしてその夢を見たからって、俺が、その……」

 

置いて行かれたくない、という内心を読めるようになったのか。武の言葉が不足している問いかけに、純夏は静かに答えた。

 

「だって、私達を置いて行こうとしたから」

 

まるで、怖いものから逃げるように。純夏の指摘に、武は目を逸した。その様子を見た純夏は、迷いながらも言葉を続けた。

 

「何か、一緒に戦いたくない理由があるかな、って思ったの。それで、色々考えたんだけど……武ちゃんの性格を思うと、ね」

 

「……俺の性格ってなんだよ」

 

「正直な所と、嘘つくのが下手なところ。あとは……ずれた優しさを見せるのが正しいって思ってる所」

 

「一番目と二番目は同じ、っていうか三番目はひでえだろ」

 

「でも、間違ってないって私は思ってる。だって―――武ちゃんは死ぬ気なんでしょ?」

 

いきなりの指摘に、武は再び絶句した。反論を思い浮かべ、言葉が喉まで出るも、声にはならずに更なる反論が浴びせられた。

 

「だから、遠ざけた。私が居たら、約束守って、とか煩いもんね。それに、B分隊のみんな、というか家族の人たちとは一部面識があるようだし」

 

「……あると言えば、あるけど」

 

「死なせるのが怖いのか、死ぬ所を見られるのが怖いのかは分かんない。でも、怖がってるっていうのだけは分かった。だから、独りになろうとしてる。ううん、その方が楽になるかもって」

 

「っ……違う。お前も分かってねえよ。どうして俺が怖がってるって思うんだ」

 

「だって、私はずっと見てきたから……強い武ちゃんも、弱い武ちゃんも」

 

小さい頃は少し見上げ続けて。手紙の中で、大きくなっていく武を思い浮かべて。再会してからは、見上げるようになったものの、その瞳の奥にあるものに胸が痛くなって。だから、と純夏は自分の肩を掴む武の腕に手を添えた。

 

「―――私からの命令は一つだけだよ。二度と、独りのままで良いなんて思わないで」

 

仲間を、周囲に居る人達を頼って欲しいというそれは、単純な命令だった。

 

「もっと、欲張りになっても良いかなって思ったんだけど……そうすれば、武ちゃんはフッとどこかに消えちゃいそうだから」

 

「……だから、仲間の輪の中に入れってか?」

 

「ううん。上手く言えないけど……手を離さないでよ。昔と同じように、言葉だけじゃなくて、手を繋いで、引っ張って……」

 

「時にはクリスマスに自作のプレゼントをして、か? って、なんでそこで黙るんだよ、純夏」

 

「そこは分かってよ! むしろ戦術機の操縦のように学習してよ! 相変わらず武ちゃんは駄目で駄目な駄目駄目駄目男なんだから!!」

 

「いきなりのダメだし六連呼!? っていうか、おい………純夏?!」

 

武は叫ぶなり気絶するように膝を折った純夏を慌てて抱きとめた。

 

「おい、大丈夫か……………って」

 

武は血相を変えかけたが、純夏の口から聞こえてきた寝息に、自らのため息を重ねた。

 

 

「………上の立場として叱るべきは、か」

 

 

どっちが大人なんだか。そう呟いた武の口元には、子供の頃と同じような笑みが浮かんでいた。

 

 

「それはそれとして―――報告は、すべきだろうな」

 

 

どちらのためにも、と呟いた武は苦悶の色が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまりは、B分隊の全員に記憶の流入が?」

 

「一時的なものと思われますが、無視できない要素と思われます」

 

夕呼の質問に対し、武は気まずげな表情で答えた。話に入る前に、まりもの姿がないのが気にかかったが、霞が黙って首を横に振ったのを見た武は、それ以上の追求をするのは避けた。雉も鳴かずば撃たれまいと言わんばかりに。

 

「俺からは以上ですが……そちらの方は?」

 

「バイタルデータもねえ……証拠とするには、まだ足りないかしら」

 

「……いえ、私には感じられました」

 

夕呼の質問に答えたのは、同じく模擬戦を観戦していた霞だった。霞は戦闘中におけるB分隊の心の動きを説明した。

 

「記憶に飲まれた様子はありませんでしたが……不自然に意識が、思考が揺れている兆候が見られました。特に、最後の勝負を仕掛けた時のことです」

 

霞は告げた。純夏が武機の背後に回り込んだ、その意図を冥夜が察するまでの経緯について。

 

「僚機として純夏さんの意図を読むにしても、速すぎます……一瞬過ぎて明確な判断はできませんでしたが」

 

「プロジェクションを使い、御剣の脳に直接訴えかけた可能性もある。そう言いたい訳ね?」

 

「……断言はできません。特別な理由も何もなく、連携が成立した可能性もあります」

 

「何があったのか、無かったのか。現段階で断言するのは禁物で―――されど無視できない要素がある事も確かね」

 

夕呼は少し考え込んだ後、組み込む必要があるかもね、と呟き。それはそれとして、と武にB分隊の様子を尋ねた。

 

「もう一度確認するけど……並行世界の記憶を取り込んで消化した、という兆候は見られないのね?」

 

「はい。少なくとも、会話した限りはそんな様子は見られませんでした。隠している様子も無かったです」

 

「……意識する限りは、かもね。まあ、人間の無意識まで言及すると限りがないから止めておくけど」

 

暴言をかけた武に対する風当たりが弱くなった理由とか。夕呼は心の動きについて考えるも、不確定要素が多すぎると結論を一時棚上げした。

 

「それよりも……問題はアンタのバカな行為についてよ。今更、説明はしたくないけど……何が拙かったのか分かってるわよね」

 

「はい。再突入型駆逐艦(HSST)への対策、ですよね」

 

将来的に横浜基地に訪れるであろう危機。その一つに、HSSTが横浜基地に向かって落ちてくる、というものがある。あくまで事故という形で起きる事件であり、平行世界ではその結末は2つに別れた。

 

一つは、試作1200㎜超水平線砲による狙撃でHSSTを撃墜すること。

 

もう一つは、米国のエドワーズに落下の情報を事前に流し、事件が起きる前に阻止すること。

 

「安全策を取るなら、情報を流すべきだけどねえ」

 

「米国の面子を考えると……ユーコンの事件における相違点が影響してくる可能性があると」

 

「CIAか、DIAか、また違う諜報機関か。仕掛け人が不明なままじゃあ、最終的に断言することは出来ないわ」

 

未来に至るまでの道が変動している以上、未来の情報を確信できる理由は何もない。だからこそ、と夕呼は武を睨みつけた。

 

「狙撃ができる人員を、潰すわけにはいかない。失敗すれば終わりな以上、保険は十分にかけておくべきよね?」

 

「……はい、その通りです」

 

正論で畳まれた武は全面降伏を見せた。夕呼はしばらく睨みつけるも、ため息と共に話題を変えた。

 

「ともあれ、当初の予定通りに事は進んでいるわ。少しばかりのイレギュラーはあれども、ね」

 

A-01、第207衛士訓練部隊、斯衛軍に帝国陸軍、沙霧尚哉に戦略研究会。ユーコン基地、XFJ計画にユウヤ、クリスカ、イーニァ、不知火・弐型にEx-00。

 

「それと、篁祐唯から連絡があったわよ。あんたが言っていたJRSS関連について、開発の成果がまとまったからって」

 

「え……!」

 

武は驚愕と喜びを綯い交ぜにした表情で、頷いた。

 

「ついに……間に合わせて、くれたんですね」

 

「ええ。納期内に仕上げてくる所は、流石と言った所かしら」

 

「それ、もしかして自画自賛ですか?」

 

「うっさいわね。無茶な要求したアンタが言うんじゃないわよ」

 

裏に裏で動き過ぎて肩がこったわー、と夕呼は恨めしげに武を睨んだ。武は先の失敗から、平謝りを返すことしかできなかった。

 

「……ふん。それでも、逆転の一発を打ち上げられる、その目処はついた」

 

「後は機を待つだけ、ですか」

 

「ええ。来るべき時に、しくじらないように」

 

 

駒が集まり道具が組み立てられ環境が整って役者が揃ったが故に、時代は動き始める。

 

 

「それじゃあ、本腰で仕掛け始めるわよ―――共犯者さん?」

 

 

「願ってもないですよ、夕呼先生―――地球上の全BETAをぶっ潰すため、世界を盛大に騙してやりましょう」

 

 

全ては、取り戻すために。

 

 

―――時は、奇しくも10月22日。

 

 

とある世界では白銀武がループするその基点となっていた運命の日に、二人の天災染みた天才は、笑いながら世界に対する宣戦布告を開始した。

 

 

 

 

 




あとがき


いよいよ本編時間軸に到達。苦節200話。
でも300万文字いってないからセーフ!(逸し目

ともあれ、ここまで来れたのは読者様方の応援の言葉があってこそです。
多くの感想に、たくさんの採点が無ければ挫けていたかもしれません。

特に、その、今までは返信していなかったと思いますが、
10点+コメントは大きな励みになりました。余すこと無く読んでおります。
むしろ熟読しています。
モチベが落ちる度に読み直したりして、ニヤついて、秀丸を開いたりwww

これからも、頑張りますので、最後までお付き合い下さい。
……文字数は多いかもしれませんが、お願い致しますorz

そう、俺たちの戦いはこれからだ!
武の勇気が世界を救うと信じて!

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