Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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20話 : 紫音

207B分隊の生き残りとなる最後の1機が撃ち抜かれ、地面に落下していった。空に鎮座している戦術機はただの1機のみになる。その様子は勝敗と、現実の力関係を示しているかのようであり。中刀を片手に、墜ちた207B分隊の機体を見下ろす勝者たる不知火。サーシャ・クズネツォワはその中に居る人物を思い、悲しそうに呟いた。

 

「……手加減をするつもりでも、劣勢に回れば否が応でも本気が出てしまうの?」

 

心ではなく肉体が反応するそれは、職業病に近い。それとも、未だに迷っているのか、あるいは、とサーシャは落とされた訓練兵を見た。

 

「遠ざけるのは………彼女達が特別だから?」

 

距離が離れている方か、共に戦いたいと思われる事の方か、どちらがより思われているのか。サーシャには分からなかったが、自分とは違った想いを抱かれている女性達を前に、胸を刺す鋭い痛みを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

並び立つ青色の巨人達が見下ろす、コックピット前にある廊下の上。207B分隊の6人は、その端で項垂れていた。額には汗で張り付いた前髪によって、川のような紋が描かれていた。

 

「………次は、次の作戦は……っ」

 

千鶴は呟くなり、黙り込んだ。二回戦目で実行した作戦は、隊内で意見をまとめた上で散々に煮詰めて抽出したものだったのだ。別の案はあるにはあるが、所詮は次善策。先の一戦を上回る効果が期待できるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない内容で。

 

「当てられなかった……狙いが……ううん、弾速が足りないんだよぅ……」

 

壬姫は頭を抱えたまま座り込んでいた。静止目標ならば9割以上を当てられる距離で壬姫は何度も射撃を繰り返したが、命中するどころか掠りもしなかったのだ。

 

「距離が遠すぎるから、狙って撃っても着弾までに時間が……でも近づけば、カウンタースナイプで撃墜されるし……」

 

純夏がぶつぶつと呟いていた。遠ければ偏差射撃の難易度が激増するが、近づいた所で即撃墜されるのでは、どうしろというのか。

 

「……ルールの内容を考えると、“アレ”を使っても問題は、でも……うん、アレってなんだっけ」

 

純夏が頭を抱えながら頭を振った。その隣に居る冥夜は、眼をきつく閉じながら自分が撃墜された時の事を思い出していた。

 

「……まさか、ああもあっさり胴を抜かれるとは」

 

冥夜は最後の2機になった所で一か八かの全速突進からの袈裟斬りを仕掛けるも、するりと脇を掻い潜られながら胴を切り裂かれ撃墜された。

 

間合いを完全に読まれていなければ成功しない抜き胴、それをあっさりと決められたことは、長刀の扱いにそれなりの自負を持っていた冥夜にとってこの上ない屈辱だった。

 

「冥夜さんの長刀で駄目なら、近距離は論外。中距離でも、あの突撃砲による攻撃はもう凌ぎきれない。盾の使い方が見切られた時点で終わり……遠距離はそもそもこちらの攻撃が当たらないし……」

 

その上で状況に応じて規格外の高機動を用いて間合いを調整してくる。一定パターンの攻撃を繰り返した所で、即座に対応されてしまう。

 

美琴の分析に間違いはなかった。だからこそ、全員が黙り込んでしまった。

 

―――最早、どうやっても届かない。そんな負け犬の一言が溢れないように、必死に歯を食いしばりながら。

 

無言で床に座り込み、俯く6人。だからこそ、床を僅かに揺らしながら近づいてくる人物の足音はすぐに察知することができた。

 

「こ、香月副司令に、社教官!?」

 

発見と同時、6人は即座に立ち上がると整列、敬礼した。夕呼は嫌そうな顔をしながらも、素早く姿勢を整えた6人の顔を観察した後に小さく頷いた。

 

「へえ……まだ腐りきってはいないようね? 時間の問題であるようにも見えるけど」

 

端的かつ残酷な指摘に、整列した12の瞳孔が動揺を見せた、が。

 

「はい……いいえ、違います」

 

千鶴が代表して答えた。間もなくして、他の5人も小さく頷きを返した。

 

その様子を見た夕呼は、6人の態度は虚勢に近いものだと見抜いていた。根から折れてはいないだろう。ただ、諦めそうになる気持ちを必死で押しとどめているだけで、士気という枝はほぼ全てが折られている。明確な打開策を持てていないが故に、ただ倒れないために立っているだけの状態。

 

―――でも、あれだけ叩きのめされたのに、立ち上がった事は評価できる。夕呼は無駄足にならずに済んだようね、と呟き横にある戦術機の方に向き直った。

 

「残りは一回だけど、打開策は………あったらそんな顔してないわよねえ」

 

多少の皮肉をこめた問いかけに、B分隊が何とか返せたのは無言の肯定だった。その様を観察した夕呼は、呆れたように告げた。

 

「理不尽な戦況、されど不足している戦力。それでも勝たなければ生き残れない……そんな状況、大陸じゃあ大して珍しくなかったそうよ」

 

夕呼の言葉に、B分隊がはっとなった顔をした。

 

「何処でもそうよねえ。万全な準備が整っている場合なんて、無いのが当たり前。それでも勝たなければならない時にどうすれば良いのか……何が正しいのか」

 

さらりと、夕呼は話題を変質させた。

 

「機体性能が低く、弾薬も足りない。保有戦力が要求されるそれに見合っていない場合、どうすれば任務を達成できると思う?」

 

制限時間は3秒ね、と夕呼が指折り数えていく。そうして0になった所で、再度の質問が飛んだ。

 

「まずは―――珠瀬」

 

「は、はい! その、あの……」

 

「遅い。次、鎧衣」

 

「地雷等の各種トラップを使えば、戦力が不足していても……」

 

「衛士程度が仕掛けられる規模のものでは不足とするわ。次、御剣」

 

「はっ。そうならないように修練を重ねるのが肝心かと―――」

 

「それが間に合わない場合を言っているの。次、鑑」

 

「が、頑張ればなんとか……ならないですよね」

 

「なんないからこうなってるんでしょう。次、彩峰」

 

「……他の部隊と、誰かと協力して……数を増やして難題に当たるのが最善だと思われます」

 

「惜しい。で、最後になるけど―――榊」

 

じろりと睨みつけながらの問いかけ。千鶴はそれに圧されながらも、前の5人が稼いだ時間と、慧の答えが惜しいという夕呼の反応を元に、必死で頭を回転させると、絞り出すような声で答えた。

 

「せ、戦力が足りないのなら、他所から持ってくれば良いと思います!」

 

「どこから?」

 

否定されない、更なる問いかけ。千鶴は驚きながらも頭から煙が出そうなぐらい思考をフル回転させて――――気づいた。

 

「……まさか」

 

驚愕の声に、夕呼はにやりと笑みを返し。千鶴はひゅっ、と息を吸い込んだ後、下唇を噛み締めながら俯いた。

 

そのまま、会話に秘められた意味に気が付かなかった他の5人からの視線を受け止めて10秒。ようやく察した冥夜の視線を受け止めながら、千鶴は夕呼に訴えかけるように視線を投げた。

 

「………お願いします。責任は全て、私が取りますので」

 

だから、と出かけた千鶴の声を夕呼は視線だけで封殺すると、事も無げに告げた。

 

「そういうのは、正式な立場を担ってからよ。今のあんたが背負えるものはないし、提供できるものなんて何一つ無いわ」

 

「そうかもしれませんが」

 

「それに、これはあくまでヒント。ルールを破っている訳じゃない。変に気負う必要はどこにもないわ。それに、鑑あたりは気づいていたんじゃない?」

 

言葉を向けられた純夏に視線が集まる。純夏は壬姫の方を見返すと頷き、夕呼に質問を投げかけた。ある兵装を使用していいのかどうかを。それを聞いた夕呼とサーシャは驚き、目を丸くした。

 

そして誰から“それ”を聞いたのか、問いかけようとするも、千鶴達の眼がある事に気づいた。

 

「……結論から言うけど、問題ないわ。流石にS-11を人数分とかだったら即座に却下していた所だけど」

 

電磁投射砲もね、とは夕呼は口に出さずに。

 

「でも、“それ”があっても、一か八か。あの蝿の王を撃ち落すには、それだけじゃ到底足りない――らしいわ」

 

天災に例えるには大げさ過ぎて現実味がなく、鳥と表現するには速すぎて、蜂と名付けるには不気味さが足りない。だというのに不可視かつ致死の攻撃を繰り出してくる異様さは、真っ当な動物に当てはめることもできない。

 

「勝てるかどうかは私達次第、ですか」

 

「万全であっても勝率は4割程度、かしらね?」

 

残りの6割をどう埋めるか、あるいは運任せにするか。感情を挟まず事実だけを告げる声に、千鶴は渋面のまま頭を下げた。

 

「改めて、お願いします……そして図々しいと思いますが、シミュレーター訓練ができるよう、手配の方もお願いします」

 

最後まで足掻きたいのです。そんな千鶴の懇願に、夕呼はもう済んでいると答えた。

 

「ありがとうございます、副司令。でも……どうして」

 

好待遇を、手間をかけても、何らかの意図があってのことか。抽象的に問いかけた千鶴に、夕呼は厳然たる現実を突きつけた。

 

「今のアンタ達が知る必要のないことよ。知らない方が良いこと、とも言うわね」

 

夕呼は答えながら壬姫の方をちらりと見た後に保険はかけておきたいからね、とだけ告げると、B分隊に背を向けて立ち去った。

 

 

「―――あのバカも、分かってる筈なんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じて背もたれに体重を預け、ただコックピットの駆動音に包まれるだけに任せる。やがて耳が慣れてくると、感じ取れるものは自らの呼吸の音だけになっていく。

 

通信は繋がっていた。だが207B分隊の誰もが、何の言葉も発しなかった。喋る気力だけは微かに残っているが、それ以上の余裕が無かったからだ。積み重なった疲労は、目の下と全身の倦怠感に現れ、物言わず語っていた。

 

初戦ならばともかく、207B分隊の体調は3戦目となる今や万全の状態からは通り過ぎ、限界ぎりぎりの所まで追い詰められていた。

 

余裕が全く無くなったため、荒ぶっていた感情も収まりを見せていた。無意識でも、余計な力を外に放出したくないという意志が肉体に作用した結果だったのかもしれない。

 

言わず、聞かず、考えず。6人は少しでも最後の一戦を乗り越えられるよう、体力を回復せんと休息していた。

 

―――通信越しに、寝息が聞こえるまでは。

 

『………ちょっと』

 

千鶴のため息混じりの声に、即座に反応があった。

 

『あー、私ではないぞ』

 

『僕も起きてるよー』

 

『……大物だね』

 

『あ、あははは……』

 

意を得たりと言わんばかりの4人の声を聞いた千鶴は、頭を抱えながら息を吸い込むと、声と共に口から放出した。

 

『―――起きなさい、純夏!』

 

『はわっ?! はっ、はいっ、起きてます生きてま―――痛っ!?』

 

電撃でも受けたかのように跳ね起きた純夏は、言い訳をしながら敬礼を返そうとしたが、勢いあまったのだろう自分の額を強かに打ち付けた。というより、自分で自分の頭をどついたのだ。

 

その一連の様子をばっちり見ていた5人は目を丸くすると、誰ともなく笑い始めた。純夏は涙目で自分の額をさすりながら、みんなひどいよ~と非難の声を上げた。

 

『く、あはははは………はーあ。なんか、あれね』

 

『うん。気負うのがばからしくなっちゃったね』

 

美琴の声に、冥夜が笑いながら頷いた。

 

『そうだな。最早、是非も無し』

 

『泣いても笑っても、次で終わり……でも』

 

慧の言葉に、全員が頷いた。一切の逃げ場はなくなり、余裕も失せた。打ち勝たねば容赦ない判決が下り、居場所は消え去ってしまうだろう。

 

―――いつも通りだと、言葉にせずとも全員が認識していた。

 

『そうね……この6人で戦うのはこれが最後になるかもしれない――なんてね。そうはならない。何故なら、私達は勝つから』

 

それは、自他に向けたもので。強い言葉を、千鶴は続けた。

 

『先鋒は私と慧、勝負は短期決戦、一気に決める。それぞれの役割を全うすれば、必ず手は届く……引きずり下ろせる。その後は―――壬姫』

 

千鶴の声に、慧、冥夜、美琴、純夏が作戦の主役たる壬姫の方に視線を向けた。壬姫は深呼吸を一つ挟むと、仲間たちに笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武は1人、コックピットの中で自分の手を見つめていた。開き、握り、開き、握る。そして操縦桿に手を伸ばし、そこで止まった。

 

「……最後、か」

 

それは意識して出た言葉ではなく。同じように、操縦桿の上で止まった自分の手も無意識的なもので。

 

武は大きく息を吸うと掌を開き、操縦桿を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正確無比な射撃に、超人的な機体制御力。あまりにも大きな威圧感を持つ彼は、何者なのだろう。榊千鶴はそんな考えを抱いた後、想像上の紙に丸めてサッと捨てた。大事なのは、今ここでの追撃を凌ぐことなのだと強く意識して。

 

『慧!』

 

『分かって―――る!』

 

千鶴は自分と同じく追加装甲を展開した慧に向けて、時間稼ぎはもう十分だと合図を送った。直後、昨夜練習した通りの連携で上下左右に機体を振った。そうして慧が僅かに速度を落とした所で、千鶴は慧の背面に回ると盾を構えた。

 

衝撃が、2つ。掲げた盾から伝わる衝撃に、千鶴は冷や汗を流しながらも体勢を立て直すと機体を前方に向けた。

 

(今度は、突撃砲が2門に、中刀が2振り―――対処は無理、逃げるしかない)

 

現在位置は急傾斜の丘が織り成して生まれた渓谷の隙間で、左右に逃げ場はなく、上下か前後にしか逃げ道はない。その中で千鶴は慧を伴い、後ろから追いかけてくる不知火から逃げるように機体を奔らせていた。

 

千鶴は静かに確実に迫ってくるその姿から途方もない威圧感を覚え、その様から父の姿を思い出していた。榊是親は日本の首相として、日本人には珍しい程のカリスマと、並ならぬ実行力を持ち合わせていることで知られている。弁は立ち、巌のような姿に心打たれた政治家は多く、派閥の構成員にも信望を集めているという。

 

だが、千鶴の記憶の中にある父は―――家の中で見せる姿は、似たようで異なるものだった。政治家としての風体を保ってはいるものの無愛想で、何より無口だった。

 

物言わぬ巨人。千鶴はその姿を思い出す度に、自らの矮小さを思い知らされていた。ほんの小さな頃は、恭順するような態度で。効果が得られないとしってからは、反発するようになった。

 

(子供ではないと背伸びをして、父に反発した。大きくなりたかった……でも、やり方が分からなかったから、教えられた定石に固執した。間違えて、叱責される事が怖かったから)

 

失敗が無ければ、大きいと認めてもらえる。浅はかだったと、千鶴は思う。

 

(大きなミスをした、その事を認められなかった―――でも真正面から罵倒されて、感情と理屈で叩き伏せられた後に、ようやく分かった)

 

千鶴は思う。認めてもらいたかったが故の、分不相応な態度だったと。その理由は、根底で父を尊敬していたからなのだと。

 

父に連れられ、多くの政治家が会合するパーティーに参加し、その中で父は誰からも畏怖の目で見られていた。言葉の意味など、1割も理解できていなかったが、こめられている感情は察することができた。尊敬、敵対、様々な色があったが、誰一人として父を軽んじようとはしなかったのだ。

 

(子供ながらに、思った。偉大な人なんだって………だから、言葉もかけられない自分が矮小なもののように思えて)

 

故の反発だった。千鶴は改めて、理解した。慧に対して同じように接していたのは、似たような理由からだと。

 

父、是親と似た部分を感じた―――言葉少なく、内心が分からないにも関わらず、その実力は本物だったから。

 

自分には無いものを慧は持っていた―――父である彩峰中将から大切な言葉を貰っていた。その芯があるからこそ、彼女は曲がらず、折れなかった。

 

(私の手元にあるのは、反発心だけだった……父の事を何も知ろうともせず、自分だけを見ていた)

 

総合戦闘技術評価演習で衛士として失格の言葉を告げられ、その後の一連の出来事から学ぶことができた。

 

人間の生の感情の熾烈さを。

 

仲間の命を預かることの責任を。

 

人が持つ、言葉の意味と効力を。

 

たった一言、告げるだけで日本が揺れる、その重たさは如何なるものか。

 

(政治という分野で日本の頂点に居た父さんは………いつも、疲れていた。家の中だけが休息できる場所だったのかもしれない)

 

全ては推測だ。だが、その姿から、交わした言葉から、向けられた表情から思い量ることは可能だった。

 

(言葉を交わさなくても、分かるものがある―――後ろに居る敵と同じように)

 

B分隊の誰とも、その事について話し合ったことはない。それでも、今更だった。

 

―――白銀武が自分たちをただ疎んじている訳ではないということは、暗黙の内に共通認識となっていた。

 

過酷な模擬演習を経験して、理解できたのだ。普通に自分たちを人質として扱うのであれば、こんな無駄なことはしないと。

 

効率的に作戦を遂行しなければ、後の、そのまた後の戦闘にまで影響する。それを、この衛士が知らない訳がなく。こんなに面倒くさい事をいちいちやる程、人類に余裕はないのだ。疑っていた部分もあったが、副司令から出された条件を白銀武が承認した事と、第一戦でわざと弾を外したことが決定的だった。

 

(何かの理由があって、動いているのよね。慧も、冥夜も、壬姫も美琴も純夏も、私と同じように―――きっと、父さんも)

 

辛く厳しい訓練の中で共通した時間。その中で、互いに想いを話す機会があった。その度に驚き、学習することがあった。誰もがそれぞれの過去の果てに今に至り、明日を目指していることを千鶴は知った。

 

思い、考え、淀み、反発し、人には言えないような思いや過去があるかもしれないが、それでもと譲れないものと欲したもののために、歯を食いしばりながら戦っていた。

 

そこに、優劣はあるのだろうか。尊さや規模の大小を競うものなのだろうか。千鶴は違うと呟いた。

 

故に、それを背負わなければならない指揮官の重責が倍増したことを、千鶴はこの横浜で学んだ。視野が広がる事で世界の大きさを知ったが故に、ようやく気づけた事だ。その重さに、手さえ震えた。それでも、折れそうな膝を叩いてでも千鶴は思った。

 

掛け替えのない仲間を、戦友を―――友達を守りたいと、心の底から思った。

 

(そう、BETAなんかに潰させやしない―――()()()とは違って今ならまだ間に合う、だから)

 

真剣に、敵に向き直ってから。白銀武という男を乗り越える標的だと見据えてから、想起される思いがあった。

 

―――覚えのない場所、でも兵装少なく機体も不十分なのが分かる最前線、散っていく眼前で仲間達の断末魔が連鎖して聞こえて―――空想だと分かってはいても過る光景を現実のものにはしないために、という決意が炎になって。

 

『―――慧!』

 

千鶴は勝ち筋に繋がる最初の策を実行するべく、今は相棒として信頼できるようになった僚機へ声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の名前を呼ぶ声に、彩峰慧は機が熟した事を知った。前方左右には嫌になるほどリアルな崖が映っている。衝突すれば本当に機体が破壊されそうなほどに。

 

(……違う。本当の意味での、私達のデッドラインだ)

 

6人それぞれが、役割を担っている。果たせずに撃墜された時点で、207B分隊の未来は閉ざされるだろう。慧は、そんな未来を認めるつもりはなかった。

 

だが慧は、最後の障害である白銀武の実力を知った1戦目以降、どうすれば自分たちの未来を開くことができるのか、その方法が思いつかなかった。あまりにも圧倒的だったからだ。

 

(でも……純夏が道を開いてくれた)

 

“切り札”についての情報は、誰も知らなかった。恐らくは機密扱いされている兵装なのかもしれない。だが、慧にとってはどうでも良いことだった。それよりも恐れている事があったからだ。

 

蜃気楼の中を進んできた。慧には、ずっとそうした実感があった。

 

(原因は、今になって理解できた……ううん、違う。ようやく正しく認識できたんだ)

 

慧は、最初は嬉しかった。軍は忙しく、父は滅多に家には帰ってこなかった。なのに、これからは家に居ることになるという、その事実だけに喜んでいた。

 

だが、その認識はすぐに覆された。父・萩閣を取り巻く状況が変わったからだ。様々な人が家を訪ねてきた。

 

――ある人は父の決断を正しかったと嬉々と語った。

 

――ある人は間違った判断だと厳しく扱き下ろした。

 

慧は、どちらの意見が正しいのか分からなかった。入手できる情報が限られている上に、判断する力も無かったからだ。

 

そして、状況は再度の変化を見せた。

 

正しかったと語った人の一部が、態度を急変させたからだ。主張をまとめれば、簡単だった。“貴方が戦力を無駄に消費させなければ、京都以西の日本が蹂躙されることはなかった”と、怒れる人々は口々に父を糾弾した。

 

ついに我慢できなくなった慧は、父に問いかけた。だが、返ってきた答えは寂しげな笑みと、首を横に振る動作だけ。正しいとも、間違っているとも答えてくれなかった。

 

以来、慧は正しいという言葉の意味を見失っていた。他人が語る言葉も、そのままには受け入れなかった。ころころと変わる他人の言葉に大きな意味はなく、真面目に聞くに値しないと思った。ただ、自分が思う自分の正しさがあればそれで良いと考えた。自らが編み出した意見と感情だけを肯定し続けた。

 

その主張から、榊千鶴は正しい指揮官ではないと勝手に認識していた。効率的な手段があるのに採用せず、部下の有用な意見を無視して定石に拘る様に、父を糾弾する陸軍の将校の姿が重なったからだ。

 

総合戦闘技術評価演習の後も、千鶴に対しての評価は変わらなかった。むしろ悪化した程だ。美琴の意見を聞き入れていれば、合格できたのにと千鶴を恨んだ。

 

今になって分かるその無様な嘲笑は、頭の上から叩き潰された。父から教えられた、唯一正しいと信じられた言葉をこき下ろされ、生まれて初めての本気の怒りを覚えたが、何でもない風にと簡単にねじ伏せられた。

 

お前たちは全員間抜けで無能なバカだと、真正面から否定された。反抗しようにも、できなかった。近接格闘に才能がある慧だからこそ、力量差を思い知らされていたからだ。

 

短期間で成長したとして、勝てるかどうか。慧は難しいと考えた。正確な所の力量差を知ったが故の実感で、その意見を曲げることは慧にはできなかった。それをすれば、掌を返した陸軍の将校と同じになると思ったからだ。

 

(そして再起の、始めに……千鶴は自分の非を認めて、胸中を語った)

 

慧は、どうしてだろうか、負けたと思った。頭を下げる行為。それを自分ができるかどうか考え―――怖い、と思った。

 

謝ったとして、認められないかもしれないのに、どうしてそんな事ができるのか。胸中にも恐怖の種はあった。そこから、“もしかして自分が信じる正しさは絶対的に正しいものでは無いのではないか”という芽が出た。

 

模擬演習の中でその考えは育っていった。組織の力を、群としての力を使わなければクリアできない課題を前に、部隊として動くことの重要さを学ばされたからだ。その中で知ったのは、それぞれの人間が己の正しさを持っていて。それらを束ねるには、言葉による相互理解が必要なのだと。

 

(課題が厳しくなってから、連携を取らなければどうしようもなくなってからようやく……痛感した)

 

第1段階の演習が終わって間もなく、最序盤のステージの時の映像を見せられた慧は、赤面した。あの勝手に動いて隊の連携を殺しているバカは誰だ、私だ、と1人でノリツッコミをしながら頭を抱えた。更に今までの自分の言動を思い出し、悶絶した。

 

そして、評価演習の時の自分の行いを悔いた。

 

(あの時、千鶴が意見を認めなかった要因の大半は……私にあった)

 

互いに感情的になっていた自覚はあるが、その切っ掛けを作ったのは自分である。自分が居なければ、千鶴は美琴の意見を聞いていたかもしれない。慧はその事に気づき、後悔していた。

 

もしも演習に合格していれば、こんな無茶な課題は出されなかったのではないだろうかと思うこともあった。そう思えば思うほど、胸が苦しくなった。独りよがりの正しさで迷惑をかけた事を、今になっても。

 

(変わらない、無様を……()()の評価演習に合格してさえいれば、もっと私達は)

 

三ヶ月の訓練期間があれば、()()()()()()済んだかもしれない。

 

慧は今の自分からずれた記憶と、変な勘違いをどうしてか否定する気が起きなかった。ただ自分が奪ったものを、返さなければいけないと思った。

 

(その方法を、千鶴は即座に思いついた―――私も、それ以外に無いと思った)

 

シミュレーターの精度が跳ね上がったことから、再現出来るようになった事は多いと言う副司令に問いかけた上で、決められた作戦があった。

 

空を行く怪物を、そのまま彼方へ行かせないために。その布石の一手となる策を実行すべく、慧は跳躍ユニットを暴走させる操作を実行すると、彼我の位置と地形を把握した上で、絶好となるポイントへ向かった。

 

 

(突撃砲という点で駄目なら―――土と岩の面を使って!)

 

 

高低差が高くなった、渓谷のような場所。そこで千鶴と慧の機体が、跳躍ユニットの暴走による自爆を敢行して。

 

絶妙な位置とタイミングで崩れた土砂と岩が、武の機体に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な―――このっ!!?』

 

武の胸中で生まれた動揺は、ほんの一瞬。コンマ数秒で現状を把握した武は飛来物の隙間を見出すと同時、機体の進路を変えた。それでも、コンマ数秒の動揺が分け目となった。岩の一つが背後にマウントしていた突撃砲の1門に当たり、バランスを崩したのだ。

 

それでも、卓越した技量により即座に体勢を立て直して―――見た。

 

退避ルートに待ち構えていた、3機の不知火を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってくれた。美琴の胸中には、喜色と感嘆符で満たされいた。長引けば不利故に、罠にはめた上の短期間で決する。その第一段階である、誘き寄せを見事にクリアしてくれた。

 

(そして―――最初に僕が!)

 

美琴は追加装甲を前面に構えながら、武機へと突進した。突撃砲、短刀の全てを捨てての突進は重量分の速度の向上を見せていた。自分の技量ではどちらを使っても仕留められないと考えた上での、動きを制限するための捨て身の突進だった。

 

狙いはコックピットではなく、中刀が装備している腕の方に少しずれた位置で。

 

武は間一髪、体勢を立て直す慣性を活かしたままに美琴の攻撃を回避すると同時、すれ違い様に美琴機の両の主脚を中刀で一閃した。

 

追加装甲に守られていない場所を狙っての一撃。継戦能力を一瞬で奪うための攻撃であり、次の2機の攻撃に備えるための動作だった。

 

狙い違わず、その視界にB分隊の不知火を捉え―――直後、2門の突撃砲による射撃が武の機体を下から襲った。武は地面から放たれたものの、明後日の方向に飛んでいく砲撃を前に、一瞬だけその動きを止めた。

 

(―――そうだよね、上空にある2機、と僕を除けば、残りは壬姫さんの機体だけ、なのに2門はおかしいと即座に気づく)

 

歴戦の衛士だからこそ、その違和感に引っかかりを覚える。美琴は武機が見せた一瞬の動揺に、仕掛けが上手くいった事を察した。

 

種は、地面に置いて細工した即席の対空砲だった。それは兵装の一部として模擬戦に使うことを許されたものから、一斉射だけ遠隔操作できるように美琴が仕掛けた細工だった。

 

爆破による面制圧と、それを利用しての誘き寄せの具体案を決めたのは美琴だった。結果は、奇跡的にも狙い通りのものが得られた。

 

(それでも、僕はここまでかな)

 

間もなくして損傷した跳躍ユニットによる爆発で、自機は撃墜判定を受けるだろう。落下していくその間に、美琴は武機に向かって手を伸ばしていた。

 

(君は―――歴戦の衛士、なんだろうね。きっと、僕達が考えている以上の地獄を経験してる。だから、若手の衛士なら引っかからないのに、この策に引っかかった)

 

僕の勘は外れていなかったと、美琴は満足げに笑った。美琴は千鶴に対し、作戦の序盤部分の必要性と詳細方法、成功率を徹底的に説明した。白銀武という人物が持つ能力と経験の高さ、そして視野の広さを利用すべきだと主張した。

 

(罵倒は、効果的だったよ。本当に僕達を見てたよね……的確に心を抉るために)

 

見下されてはいない、むしろ真正面から見られている。観察されているから、今までの様々な作戦も破られたのだ。そう結論付けた美琴は、その観察の範囲から飛び出さなければ勝機は得られないと考えた。

 

予想以上の動きを見せた上で畳み掛ける方法が正しいと、美琴は自分の考えを徹底的に貫き通した。結果は見ての通りだ。一瞬だけ生まれた隙を見事に活かした冥夜と純夏の2機が、武の機体に挟み撃ちを成功させていた。

 

(っ、これでも駄目―――なのは分かってたよ)

 

美琴は完全に動きを止められた武機を見上げながら、笑みと共に落ちていった。

 

演習になってからは活かせなかった、自分が得意とする分野で成果を上げられた事と、ようやく隊の力になれたという安堵感と共に。

 

()()()は、壬姫さんに託されたけど)

 

突撃級に潰された壬姫の姿を幻視した美琴は―――今度は僕が託すね、と。

 

遠方から長大な銃身を持つ兵装を構えた壬姫へ、祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝転びながらの狙撃姿勢を取った不知火。その中に居る壬姫は、“切り札”の開発経緯を内心で繰り返していた。

 

極超音速にまで達した砲弾で、目標を破砕する巨大なそれの名前を、試作1200㎜超水平線砲といった。

 

(どうして純夏さんがこんな兵装を知っていたのか分からないけど―――今は、関係ない)

 

腑に落ちない点よりも、壬姫は失われるものを怖れた。紛れもない戦術機用兵装であるそれは、高度60㎞、距離500㎞で落下するHSSTさえも撃ち落とす事が出来るという。壬姫はそのスペックを疑っていなかった。ただ、その頼もしさだけはどうしてか実感することが出来ていた。

 

これが、副司令から提案された正答。コネを使ってでも、有用な兵装を手配してもらうという、裏技に近い打開策だった。

 

(千鶴さんが渋った理由が分かった……責任を負うつもりだと言ったけど)

 

ルール的には間違ってはいない。兵装は自由だという条件内に収まっているからだ。その手順に拘りを見せるのは、今の状況に至った経緯からだ。

 

その内心を察していたのだろう副司令の返答は『バカね』だった。手段に拘りを持つのは実績を上げてからにしなさいと、幼子を叱責するように怒られたのだ。

 

更なる反論は、“守りたいものがあるのに、方法が納得できないから、大切なものを見殺しにするの”という言葉に封殺された。

 

全ては、自分たちが弱いからだと、言外に告げられているように思えたからだ。

 

(でも、確かに……これがあれば、やれる。守ることができる………仲間を、約束を、私の夢だってきっと)

 

そうして、美琴に攻撃を仕掛けた敵機の姿を見た壬姫は、集中力を高めた。次弾装填に時間がかかり過ぎるため、許されたのは1発のみ。

 

この一瞬のために、3人の犠牲が必要になった。その重さに、壬姫は歯を食いしばった。捨て身の策を用いてようやくだ。外せば、そこで終わり。自分たちは任官の機会を奪われ、別れて、帰されることになる。

 

(それは、嫌だ)

 

第二段階の第二ステージで、壬姫は知ったことがある。それは、207B分隊の仲間は最高で、他の誰であっても代わりはいないという事だった。

 

辛くて、怖くて、厳しい状況を前に一度は逃げ出しそうになって、失敗した事を壬姫は忘れていない。その後、千鶴と交わした言葉も、託された想いも。

 

(みんなに、幸せになって欲しい……それが私の夢だから)

 

BETAに脅かされる世界は、嫌だった。外を歩けば、暗い顔をしている人が多かった。一方で、自分の生活は不自由のないもので。壬姫は、それが嫌だと、間違っていると思った。

兵士として戦うことの義務は、繰り返される模擬戦の中で学ぶに至った。その上に、自分が描いた夢の絵を現実のものにしたいという考えは、間違っているのだろうか。

 

(違う、間違ってなんかいない。きっと、()()()()みんなで―――)

 

 

それそれの想いや夢を叶えるために、まずは兵士にならなければいけない。そこでようやく、自分たちはスタートラインに立てるのだから。

 

『―――!』

 

壬姫の視界の先には、攻撃を仕掛けた冥夜と純夏の姿が。それは中刀で防がれたものの、武機の動きが完全に止まって。

 

 

『離れて!』

 

 

長大な砲身から火を吹いた、その直後。狙いすまされた音を越える弾丸が、真っ直ぐに標的へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五感では説明できないが故に第六感と呼ばれているそれは、科学的には解明されていない、現実に存在するかどうか分からないものである。

 

だが、限界まで自分の技術を磨いた者達が語る。過酷な訓練や実戦を乗り越えた者達は口々に告げた。“それ”は、確かに存在する感覚であると。

 

そして、地獄を渡り歩いてきた白銀武の“それ”は規格外だった。

 

予兆は一切無かったと断言できるぐらいに。突撃砲の届く距離ではなかった。それでも、武は握った操縦桿から、自らを覆うスーパーカーボンの端の端から、自らに流れる血流から、コックピット内に流れる臭いから、舌に感じる唾液の味から、眼前に居る2機から、読み取っていた。

 

これは散々に味わった敗北の臭いであり、味であり、感触であると。

 

察知から脳へ、脳から電気信号が送られる速度は正に雷光の如く。最小限かつ最的確に出された命令は異常な程の精度を以て、敗北の域から逃れるべく不知火へと伝わって。

 

直後、背面に装備していた突撃砲から36mmの砲弾が数発放たれ、跳躍ユニットから全開にされた火が吹いた。

 

その結果から武の機体に起きたのは、超高速で前方へ回る、宙返りであり。

 

 

―――壬姫が放った極超音速の弾丸は、その残影の跡だけを貫くだけに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――あ)

 

冥夜はいきなりの武機の動きにより弾き飛ばされた後方で、その一部始終を見ていた。こちらの狙いを読まれてはいなかった。誰にも失策はなく、全員が役割を果たした。畳み掛けて動きを封じた。

 

だというのに、必殺だった筈の弾丸は宙を貫くだけに終わり。

 

直後、その余波でバランスを崩した武機を認識したと同時、冥夜は動いていた。

 

考えを伴っての行動では無かった。ただ、溢れていく水を幻視した。それが全て無くなれば、取り返しのつかないものが失われると、理屈ではなく心で理解したが故に。

 

剣理を練った上での斬撃ではない、無作為な。意より早く動作に移された長刀での袈裟斬りは、後に振り返って分かる、無念無想を形に出来た初めての一撃だった。

 

周囲の光景さえ置き去りにして―――だが、届く前に理解してしまった。

 

(これでも、遅いのか)

 

回避され、攻撃され、自分は落ちるだろう。

 

冥夜は刹那の瞬間に結末を理解し、落胆を描いて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武は狙撃を回避した直後から、一切の油断を捨てていた。手加減も忘れる程に、没頭していた。演習であり、実際に死ぬ訳ではないが、相手の本気が勘違いを誘発した。負ければ、死ぬ事になると錯覚した。

 

(それは、出来ない……だから)

 

目論見から逸脱し始めていることを、武は自覚していた。当初の狙いはB分隊を奮起させた上で追い詰め、上手く手加減をして敗北することで、大きく成長させるというもの。だがユーコンから帰ってきた武は、別の想いに至るようになっていた。

 

もしかしたら、B分隊の手を借りなくても、目的は達成できるのではないかと。戦おうと覚悟した衛士に対するその考えは、侮辱に等しいものだった。

 

だが、武にとっては悪魔の誘惑になった。6人が戦場に立たなければ、安全な場所に居てくれれば。

 

(―――今度は)

 

夢の中の事を、武は忘れていない。悪夢の中で、最も多くの死に様を見たのは誰か。武はその自問に対し、かつての207B分隊の5人だと断言した。

 

目を閉じれば彼女たちの叫びが。潰れ、ひしゃげ、血達磨になっていく姿を容易に描くことができる程に。

 

(―――死なせないために)

 

守るといっても、限界はある。どうしようもなく、人が死ぬ時がある。それを回避するための最善は、A-01が担う過酷な戦場に立たせないこと。もう任官した衛士ならば遅いが、せめてB分隊であれば、と。

 

そして、もう一つ心に秘めていた目的を持っていた武は、攻撃を繰り出してくる冥夜の機体を視界に収め、回避しながらの攻撃をすべく操縦桿を握り―――

 

 

『―――もう二度と、置いていかれたく無いから?』

 

 

不意打ちで飛び込んできた純夏の言葉が、武の動きを一瞬だけ静止させ。直後、構えられた中刀に冥夜の渾身の斬撃が飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(回避されず、受け止められた!? だが、このままでは―――)

 

冥夜は回避されなかった事に驚くも、必死に考え続けていた。3機を使っての布石は空振りに終わった。次善となる策は皆無。昨夜から今までの時間に、そんな余裕はなかった。

 

(長刀でこのまま、無駄だ、突撃砲を、いや私の腕では―――っ?!)

 

冥夜は鍔迫り合いをしながら、必死に打開策を見つけようとして―――見た。武機の背後から回り込んだ純夏が、突撃砲を構える姿を。

 

だが、その位置が悪かった。純夏は武が背後に装備している突撃砲、その正面から攻撃を仕掛けようとして。

 

(―――っ!)

 

電撃的に純夏の意図を察した冥夜は武が背面に突撃砲を斉射したと同時に、長刀を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(剣術は、あくまで術であり)

 

長刀を放棄した冥夜はスローモーションになっていく光景の中、師の教えを反芻していた。無現鬼道流を学ぶに当たり、最初に教えられたことを。

 

(故に、道に能わず。その真理は、敵を斬る事になく)

 

用いるための術法、剣の理。その真意は、障害となるものを前に諦めない術を会得するものであり。

 

(誰かを殺傷するという、鬼の道を往くのではなく)

 

誰かの屍を築き上げることを目的とするなかれ。

 

(全ては、自ら欲した場所へ続く道を繋げるために)

 

師匠であり、姉のような存在でもある月詠真那から戦場で散った兵士の死に様を聞いたことがあった。人は弱く、時に呆気なく死んでしまうと。

 

脆く、儚く―――そして気高く美しいと。

 

冥夜は横浜基地で出会った207小隊の友を見て、その意味を知った。

 

彼女達の姿を見て、思い出したのだ。複雑な過去や環境に負けず、一度は折られた膝を真っ直ぐに、再び立ち上がらんと空に向かって手を伸ばしている姿を間近で見てきた冥夜は、207B分隊の衛士こそが、誇り高き兵士の様そのものだと思えた。

 

それは部下としてではなく、臣下としてでもない、共に過ごした時間の中で育まれた思いだった。ただ一つの目的を同じくして共に立つ、掛け替えのない戦友というものがこの世に存在し、自分がそれを得られたのだと。冥夜は、この一点だけはきっと姉にも負けないだろう、尊いものだと信じることができた。

 

(故に、迷わず。彼女らと共に往く道、決して潰えさせん)

 

必要なものは剣ではない。剣を用いて不足というのならば、最早剣は要らず。ただ己の全身を以て。

 

(そして、独りで修羅道を往かんとするこの者を止めるために―――)

 

子供の頃、武と公園で交わした言葉と約束を冥夜は忘れたことがなかった。再会し、語られた夢は鮮烈だった。その態度と仕草から、悪意を抱いているなど、欠片も思ったりはしていなかった。接すれば接するほど、尊敬の念を抱くようになった。

 

その後に知った、衝撃の事実を前に動揺して。真那に問い詰めたが、あの時公園で出会った後の、白銀武が歩んだ道は教えられないと言われた。

 

冥夜は真那が語らなかったことから、その業の深さを察した。

 

それでも、目的や覚悟無く歩くだけでは絶たれていたであろう道を踏破してきた事は、その言動から察することが出来てしまって。

 

幻視したその背中を見て、儚く思った。この者は気高くも進むその先に、自らが望んだ終焉に身を落とすことを望んでいるのだと。例えその身を散らそうとも、叶えるべき夢があると言わんばかりに。

 

(そんな事を許せるか―――)

 

思うままに強く、考えるより早く身体が動くそれは、正しい人の営みを示すもので。

 

―――脳裏に浮かんだのは、悲痛な叫び声。

 

迷わず撃てと言ったのに最後まで躊躇った、その泣き顔で。純夏が吐いた先程の言葉から、冥夜は察することが出来ていた。

 

 

(二度と―――独りで往かせるものか)

 

 

衝動と感情のままに決断した冥夜の動きは、絶妙なタイミングとなり。

 

 

突撃砲を斉射した武の意識の、完全に虚を突く形になって―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍔迫り合いから一転、抱きつかれて動きを封じ込められた武は、模擬戦が開始されてから初めてとなる、心の底からの動揺を見せていた。

 

鍔迫り合いをしていた中刀は冥夜の機体の肩から腹まで食い込んでいるものの、撃墜判定に至るものではない。更なる追撃をしようにも、抱きつかれているせいでそれも叶わず。

 

(なら、自爆される前に突撃砲を―――っ!?)

 

対処方法を思いついた武は、直後に全身に悪寒を感じると、その発生源を見た。

 

冥夜の背後。そこには長大な砲を捨てて駆けつけたのだろう、壬姫が操縦する不知火の姿があった。

 

狙撃が終わって間もないため、武でも狙ったとして5割は外すほどの遠距離。

 

 

だが、その機体は120mmの砲門を構えていて。

 

 

『――て』

 

 

 

砲口は折り重なる2機の中央、急所でもあるコックピットに向けられて―――

 

 

 

 

 

『撃て、壬姫ぃぃぃっっっっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――模擬戦終了。Aチーム、残機1。Bチーム、残機0』

 

 

震える声で、ピアティフは宣言した。

 

 

 

『Bチーム全滅のためAチーム―――207B分隊の、勝利です!!』

 

 

 

 

 




あとがき


予習推奨:オリジナルハイヴ決戦

ともあれこれにて決着、です。対戦術機というか、対BETA最終兵器に対するような作戦。少なくとも個人に向けて練られた作戦じゃないよね、と思いました(小並感

試作砲はゆーこせんせーの言葉がなくても、207Bチームの砲から提案されたら問題なく受け入れられる手はずでした。ルール内ですので。

あと今話のタイトルについて。採用した紫音(SION)の他に、「リフレイン」にするか悩みましたが、こっちの方が合っているかなーと思って急遽変更しました。

具体的には歌詞的なアレのそれで。両チームに当てはまるかなあと。

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