Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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19話 : 負けたくない

「……疲れた顔してんな」

 

「ああ……長旅から模擬戦のコンボは、流石に堪えた」

 

ユウヤは武が言う所の“コンボ”なる謎の言葉の意味は理解できなかったが、話の流れから何となく予想した後、呆れ顔を武に向けた。ステルスによる脱出も、慣れない船旅も、ユウヤは同じように経験していたが故の呆れだった。

 

「何がお前をそうさせるのかは全然分からんが……あいつらの話は、事が済んでからの方が良いか?」

 

「いや、早速頼む。俺もイーニァ達のことは気になってたし」

 

武の言葉に頷いたユウヤは、クリスカとイーニァの容態の説明を始めた。

 

イーニァの方は指向性蛋白による強制人格消失の仕掛けを無事消去することができたこと。クリスカは一週間の絶対安静で、今後も経過観察は必要だが、ひとまずの命の危機は去ったこと。それらを説明した後、ユウヤは頭を下げながら改めて礼を告げた。

 

「助かった、ありがとう……お前のおかげだ」

 

「ユウヤの奮闘あってこそだって。俺は配達係と伝達係を務めただけ。ソ連野郎の研究施設から王子様よろしくお姫様を救い出したのはユウヤだろ」

 

悪い魔法使いの力を借りてでも一番危険な役割を全うしたのは俺じゃないと笑う武に、ユウヤはそれでもだと告げた。

 

アメリカ国防情報局(DIA)の協力は必須だったが、そもそもお前の言葉が無かったらな。あいつらにいいように利用されるだけされて、終わってた。クリスカ達だけじゃなくて、弐型もな……そう考えるとゾッとするぜ」

 

「綱渡りだったけどな……その点で言えば、ひとまずは依頼完了って形になるのか」

 

「……おふくろからの要請、か」

 

ユウヤはそれきり、複雑そうな表情で黙り込んだ。武は話は変わるけど、と夕呼と何を話したのかを尋ねた。ユウヤは小さなため息と共に、G弾の危険性についてだと答えた。

 

「最悪は回避しておくべきだと思ってな。米国にも話が分かる奴は居るし、提案したんだが……」

 

「ああ、既に突っ返された後って聞いたのか」

 

正確には事態改善の薬になるどころか、第五計画派に対する燃料になった。こんな難癖をつけられる程に第五計画は有用であり、第四計画は切羽詰まっていると取られたのだという。

 

「面子の問題もな……今更、“国挙げて進めていた計画が実は人類滅ぼしかねない危険なものでした”って言えねえ理屈も分かるが」

 

「分かるけど納得なんかできるかボケ共、って話だよな」

 

武の言葉にユウヤは頷いた。少なくともユーコン脱出前の小屋の中で垣間見えた終末の風景の一端を知っている人間にとっては、間違っても理屈だけで済ませてはいけない問題だった。どちらにせよ、米国とは敵対するより他にない。今更になって戻ることもできないし、クリスカ達をいいようにされるのも真っ平だったユウヤは、クリスカ達の身の上と健康上の問題から、第四計画と一蓮托生になったことを自覚していた。

 

「最初はXM3の慣熟から。その後は、模擬戦とやらが終わってからだと聞いたけどな……休んでからの方が良かったんじゃねえか? 事故でもしたら洒落にならないだろ」

 

情と利の両方の観点からも、武にここで死なれては困るユウヤが忠告するも、武は頷かなかった。

 

「ハンデをやる、って意味でもな……別の意味でも疲れたけど」

 

武の言葉が気になったユウヤは、模擬戦の相手を聞いた後、咎めるような顔になった。

 

「6人でも訓練兵だろ? まさか……苛めかストレス発散が目的なのか」

 

「いやいやいやいや違うって」

 

武は一連の経緯と事情を説明するも、ユウヤの表情は変わらなかった。

 

「実力は十分なのに、任官は認めないって……そいつらが特殊な事情を持ってる

ってのは何となく分かるが、それでもあんまりな仕打ちだろ」

 

「それは……そうなんだけどな」

 

「訓練完了時に一人前になれ、って方が無理難題だ。まあ、俺に言われるまでもないと思うけどな」

 

訓練兵は定められた訓練内容をクリアすれば任官できる。かといって戦場に出てすぐに活躍できるかどうかは別の話だ。ユウヤはタリサ達から聞いたことがあった。実戦を経験した所ですぐに一人前になれる筈もなく、地道に訓練と実戦を重ねながら成長していくしかない。だが、豊富な実戦経験を持つ武が分からない筈がない。ユウヤは困惑したまま、言葉を続けた。

 

「素行に問題があったとはいえ、なあ……俺も他人のことは言えないけどよ。別に力不足って訳じゃないんだろ?」

 

「……問題は、ないと思う。実戦にも耐えられるし、恐怖で再起不能になることもない」

 

先を見据えなければ、という言葉を武は押し殺した。日本国内を揺るがす騒動に関することだ。

 

純夏を除いた全員が一連の事件と深く関わることになる。夕呼もA-01の戦力が万全とは言えない現状、任官した衛士を遊ばせておくような真似はしないだろう。そう推測していた武も、自分が上官の立場であれば207B分隊の面々を適所に配置するよう動く事に反対するような愚挙は犯さないと考えていた。

 

問題があるとすれば3つ。彼女たちの初陣が対人戦になること、敵対する戦術研究会の規模と練度、そしてユーコンで武が出張った事に対する米国の反応だ。

 

事態がフォローできる範囲を越え、まかり間違って死なれでもしたら、その勢力との関係は険悪なものになってしまう。

 

「色々と考えてることは判るけどよ。戦場に立つ機会さえ与えないってのはいくらなんでも惨過ぎると思うぜ」

 

ずっと訓練兵でいろ、ということは永遠に半人前で居続けろと宣告するに等しい。才能がある衛士であり多少なりとも才能を自覚する者に対してのそれは、拷問に等しい行為であるとユウヤは主張した。

 

「意味があるのか? 意地になってるようにしか見えねえぞ。負けるのが嫌だって訳でもなさそうだが」

 

「ああ、それは流石に……積極的に潰すような作戦は取ってないし」

 

武は、えげつない戦術を使ってでも勝ちに行く、という方法を取るのは何か違うと思っていた。故に相手の動きを中刀の鍔迫り合いでコントロールしてフレンドリーファイアを誘発させたり、機体に負荷がかかりすぎるアクロバティックな機動からの中刀攻撃などは使っていなかった。

 

「プライドの問題もあると思うんだけどな。訓練兵が相手だろ?」

 

「真正面から乗り越えてくれるんなら、むしろ喜ぶって。負けて死んだら終わり、って訳じゃないし。それに、負けるのには慣れてるからな」

 

武はBETAを相手に命がけの戦争を繰り返し、幾度となく敗北を重ねてきた。実力を試す意味での模擬戦で負ける事に関しては、何とも思っていなかった。その時はその時で、次に勝つためにまた努力を重ねるつもりだった。

 

「それでも、プライドはあるからなぁ……まあ、1対1ならば話は違ったかもしれないけど、今回は1対6だろ?」

 

数字的には圧倒的不利な状況での模擬戦である。仮にだが事故のような形で負けた程度で、打ち拉がれるような軟な精神は持っていない。そんな武の主張に、ユウヤは訝しげな表情を返した。

 

「ほんっと、分からねえぞ。勝ちたいのか、負けたいのか……さっぱりだ」

 

「……負けても別に構わないけど、勝って欲しくない。どっちなんだろうな」

 

「お前が分からないのに俺が分かる筈がないだろうが」

 

ユウヤは呆れ声で告げた。

 

「でも、そこまで拘るぐらいだ……そいつらの腕は、特別に良いんだろ?」

 

暇人でもあるまいし。ユウヤの問いかけに、武は曖昧な表情を浮かべたままだが、言葉は端的かつ率直だった。

 

「良い……良すぎるぐらいだ」

 

武は“峰打ち”で奮起させた後の207B分隊の動きを思い出すと、躊躇いなく頷いた。

 

「初見かつ、相手の機体がXM3未搭載って条件なら―――帝都防衛の精鋭部隊が相手でも、普通に勝つだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、横浜基地内のブリーフィングルームでは幾度目かもしれない通夜が行われていた。出席者は207B分隊で、喪主は榊千鶴。逝ったのは培ってきた自信。だが、別れを惜しむ者は1人も居なかった。

 

千鶴が、ぼそりと呟いた。

 

「……いくら実戦を経験をしている相手とはいえ、所詮は同年代。だから力の差は大きくない、ここまで鍛えてきたからには勝てる」

 

小さな声に、美琴が答えた。

 

「まさか、勝てない相手を用意している筈がない。努力をすれば、必ず報われる」

 

暗い暗い声に、慧が呟きを返した。

 

「……未熟だけど、慢心はしていない………頑張れば、きっと手は届く」

 

自嘲さえ含まれた呟きに、壬姫が俯きながら答えた。

 

「もう二度と外さない……約束したのに、破っちゃったね」

 

壬姫の謝罪の言葉に、純夏が答えた。

 

「一度目、忠告を受けてからは本気だった。後ろから見ていたから、分かるよ。間違いはなかった。過去最高の力を出せていたと思う、けど」

 

純夏の言葉を否定する者は居ない。手加減をされた後、誰もが悟っていた。余すことない全力でぶつからなければ、一方的に蹂躙されて終わる。だからこその連携。用意していたコンビネーションを駆使し、大きなミスもなく的確に戦術を運用できた。

 

だが、と冥夜が告げた。

 

「正真正銘の全身全霊―――それでもなお届かない相手、か」

 

紛うこと無く全力の、その上を行かれた。事実だけが断言された場に、沈黙が満ちた。冥夜を除く全員が、心の内から湧き上がる悔しさに耐えようと、歯を食いしばっていたからだ。一度口を緩めれば絶叫と共に涙さえ溢れかねなく、その行為は敗北を認めたに等しい行為であるが故に。

 

そうして、1分。落ち着いた声が場を満たした。

 

「まずは分析だ。相手を知り自分を知るのは当然だが、その相手の情報を共有しておく必要がある」

 

同じ戦いに参加していたとはいえ、ポジションごとに見える風景が違う。解決方法に関しても、1人よりは6人だ。冥夜の言葉に、後衛の壬姫が最初に答えた。

 

「まずは、射撃能力だけど………長距離での狙撃なら負けてないと思うけど、そんなものは問題じゃない。移動しながらの射撃の精度が異常すぎるよ」

 

仕切り直しの後の話だ。高機動下における進路急転からの三点バースト。それで、6人の内の3人が落とされた。後方から観察していた壬姫は、その異様さを語った。長距離での狙撃合戦なら負けないと思うけど、あの人がそんな場を用意してくれるとは到底思えないと。

 

「次は、近接戦闘だけど……引き出しの多さが半端じゃない。次に何してくるか、全く読めない」

 

近接しているから中刀を繰り出してくるだろう。姿勢が崩れているから太刀筋は限られるだろう。そんな予想を尽く覆された慧は、破れかぶれでも決死の勢いで肉薄した。直後、敵機の中刀を弾いた所までは認識できていた。

 

「やってやった――と思ったら落とされてた。あれ、最後は何されたの?」

 

訳が分からないと思う慧に、冥夜が重々しい口調で答えた。

 

「……弾かれた時の推力を利用したのだろうな。その場で横に一回転しながら、逆側に持っていた中刀で横薙ぎ一閃だ」

 

「つまり……誘いだった?」

 

「そうだな……その時の装備と機体の姿勢を思うに、誘われた上で罠に嵌められた可能性が高い。私の時もそうだった」

 

冥夜は思い出す。全速前進からの、会心の袈裟斬りだった。流石に回避できなかったのか、武機は中刀2本で受け止めていた。冥夜はそのまま押し切ろうと跳躍ユニットの推力を維持していた。

 

「だが、するっとな。横に受け流されたと思ったら、見失った……直後に、壬姫が撃墜された」

 

冥夜が動きを止め、中距離まで近づいた壬姫が狙撃で撃ち抜く。最後に残った二人でできる、唯一勝機があった戦術だが、そこを利用された。

 

「近づいてきた壬姫を確実に撃破するために受けたのだろうな」

 

「うん……意表を突かれたよ」

 

壬姫の目からは、冥夜が自分から横に逸れたようにしか思えなかった。全くの予想外の出来事に一瞬だけ思考が硬直し、そこを逆に射抜かれたのだ。残された冥夜は近づけないまま、為す術もなく撃破された。

 

「……一番の問題はそこだよね。頭おかしいってぐらいの機動力」

 

「蝿みたいにね……囲んだ、仕留めた―――と思ったら消えたなんて」

 

6人で連携した。前衛でプレッシャーをかけ、中衛がそれをフォローし、後衛の狙撃で決める。基本に立ち返っての真っ当な戦術であり、だからこそ応用も取れる。そんな目論見を真正面から叩き潰された。

 

悪夢のような機体の制動技術、予想もつかない挙動に、まるでこちらの思考が読まれているのではないかと思うようなタイミングでの方向転換。冥夜と慧は思う。相手が最初から最後まで中距離を保つように動いていれば、自分たちは近接戦闘に持ち込むこともできなかっただろうと。

 

「あれこそが、技というのだろうな。剣術や拳法、馬術に近いもの。戦術機の運用を前提とした人の業であり技法だ」

 

冥夜は武が見せた、神野無双流の歩法を元にした移動方法を隊の全員に説明した。人の身だからこそ起きる錯覚という現象を利用した機動術を。

 

「成程ね……相手の予測、予想を誘引した上でそこから突如外れることで、消えたように見せる訳ね」

 

「……そうか。あの小さい動作は、そういう意味だったんだ」

 

美琴は武が方向転換をする前に、機体の頭部を逆の向きに動かしていた事に気づいた。本当にさり気ないそれは、衛士であれば誰もが習得する、移動時の機体推力のロスを防ぐために必要な基本動作の一つでもあることだ。

 

「何より凄いのは、頭部のブレによる重心の移動を問題としない慣性制御だよね」

 

「単純な戦闘能力だけじゃなく、周囲地形と各機のポジションの把握速度も尋常じゃないわ。一歩間違えれば囲まれるっていうのに、最後までそれが一回も無かった……状況に応じて変動する情報を、いくつ同時に処理しているのかしら」

 

1から10まで、全ての技術に大きな差がありすぎた。千鶴はそんな現状を分析した後、戦闘前に交わした会話や、第二ステージをクリアした後のことを思い出していた。

 

「勝手に……対等になったつもりになって」

 

「人ならば勝てるって、そう言ったけど……」

 

実際には、6人がかりでも届かない明確な差があったのだ。千鶴達はそこで、武が怒った理由に気づいた。

 

疲労しているならば、迷わずその隙を突けば良かったのだ。間違っても、休んでも良いなどといった、自分たちの勝率を減らすような言動をするべきではなかった。

 

人ならば勝てると言った事も、本質を見損ねていた。相手が自分たちと同じ人間であれば、同じように培ってきた人ならではの努力の成果や、人であるが故の技術を持っているというのに。

 

「……恥ずかしいわね。悔しいのと同じぐらいに、恥ずかしい」

 

どの口であの言葉を、と過信していた我が身を振り返った千鶴達の耳は、徐々に赤く染まっていった。

 

唯一、冥夜だけは落ち着いた表情で目を閉じていた。その様子に気づいた千鶴が、訝しげに尋ねた。

 

「冥夜は……私達より動揺の幅は小さいようだけど、何か理由があっての事かしら」

 

「……あるには、ある。今回の一戦で色々知れた。話せないことは多いが、そうだな」

 

冥夜は千鶴達の顔を見ながら、端的に説明した。まだ武が207A分隊に所属していた頃の話から、今に至るまでを。

 

「地球と全人類を守ることこそが自分の目標である。そう告げたあの者の顔には、一切の迷いが無かった。まるで不純物のない玉鋼のように」

 

言い訳や弱音を踏破した者のように見えたと、冥夜は言う。

 

「総合戦闘技術評価演習が終わった後もそうだ。私の問いかけに対し、あの目標に嘘は無いと答えた……視線を逸らさないまま、真っ直ぐにこちらを見返しながら」

 

嘘ではないと答えたのなら、本気なのだ。そして、と冥夜は純夏から聞いた情報を開示した。子供の頃、父親を追って当時最前線だったインド亜大陸に行ったことを。

 

「何を見て、何を経験したのかは不明だ。だが、激戦区である大陸の最中で、相応のものを見せられたのだろう」

 

当時の大陸は地獄そのものだったと言う。なのに今も折れず、戦い続けようとしているのならば、力量も並ではないと推測される。紫藤樹に対しての言葉も、ある程度の実力が無ければ到底吐けないものだと冥夜は見抜いていた。

 

全てを聞いた千鶴は、片眉を上げながら冥夜に問いかけた。どうして模擬戦が始まる前にその説明をしてくれなかったのかと。冥夜は、証拠は無いからだと答えた。

 

「全ては推測に過ぎない。軍には口ばかりで無能な者も一定数存在すると、知人から聞いたことがある。故に不確定な情報を其方に伝え、部隊を混乱させるのは得策ではないと判断した」

 

「……貴方でも“聞けなかった”の?」

 

「ああ。だが、表情を見れば何となく推測は出来るものでな。私なりの結論は出ていた、だが……確実とは言い難かった」

 

的中しているかもしれないが、外れた時のデメリットの方が大きくなる。その言葉を聞いた千鶴はそれもそうかもしれないけど、と納得ができない表情のまま少し考え込んだ。

 

冥夜は、もう一つと少し遠い所を見るべく顔を上げた。

 

「今の私達ならば、多少の力量の差は埋められると思っていた。想定以上であっても相手が単機である以上は、死力を尽くせば何とかなると考えていた……尤も、現実はそんな可愛いものではなかったのだが」

 

理不尽過ぎる、という冥夜の言葉に全員が頷いた。

なんていうかあれはないよね、的な。

 

「誰が言ったか、宇宙人だよね……うん、めちゃくちゃしっくり来る」

 

「でも、元クラッカー中隊の紫藤教官ならさ。きっと、あれ以上に強いんだよね……流石は音に聞こえる英雄衛士と言った方がいいのかな」

 

本人が聞けば折れるほどに首を横に振りそうな美琴の言葉に、全員が引きつった顔をした。どんな宇宙超人だと。

 

「そんな人達でも勝てないBETAって、本当に強いし厄介なんだよね」

 

「そうね………もしかしたら、シミュレーターで出てきたBETAは、実物より弱く設定されているのかもしれないわ」

 

あれ以上の衛士達が11機居るなら、南アジアからの敗戦も無かった筈であり、そうならなかったのはBETAがもっと強いからだと千鶴は分析していた。

 

「……井の中の蛙だったね。まだまだ未熟者」

 

「そうだね……それでも、このまま負けていい理由にはならない」

 

強く宣言したのは、純夏だった。紅い髪の少女に常の明るさはなく、決意をこめたその紅い瞳で全員を見据えた。

 

「負けたら任官できないっていう条件は変わってない。守る、って武ちゃんは言ってたけど、私達はその守られるだけの対象になっちゃう」

 

「……そうだな。いいから安全な所に居ろと言わんばかりに、強制的に帰されるだろう。こちらの決意もなにも、無視した上で―――納得できるはずがない」

 

そもそも、こうして試されている立場のままでは居られないし、そんな程度に収まっている自分が気に食わない。冥夜の言葉に、躊躇いながらも全員が同意をみせた。理由はそれぞれだが、這い上がらなければならないという点においては同じだからだ。

 

――戦場に出たら死ぬかもしれないという恐怖。それは全員が持ち合わせている。訓練兵がすぐに活躍できる筈がないという事も。それでも、命を賭けて戦おうと兵士の卵になった覚悟は消えていない。

 

そしてシミュレーターであっても、BETAの異様を目の当たりにした冥夜達の中に芽生える感情があった。西日本では起きたというBETAによる民間人の大量虐殺。あれがもし、帝都や東北、北海道で起きてしまえばと、想像するだけで身震いがするのだ。

 

人任せになんてできない、自分たちで絶対に防がなければならない。それは兵士としての義務であり、人間として当たり前の思い。これだけは唯一、他の誰であっても否定できないものだと、冥夜達は確信していた。

 

 

「そうね―――それじゃあ、悪巧みを始めましょうか」

 

 

あの宇宙人を倒すには、真っ向勝負を仕掛けても返り討ちにあうだけ。悔しいが、それが事実だ。ならば油断させて誘い出した上でこちらの有利を抽出するのみ。言い訳も油断も慢心もなく、見損ねていた方法さえも直視し、力と知恵を両刀にして切り込む、そんな方法を選ぶ以外に勝機はない。

 

現状を短い言葉で隊員に伝えた千鶴は、震えそうな手を気力で抑えながら、勝利の糸口を掴むための努力を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明後日、ハンガー前。整備が終わったB分隊の不知火を前に、まりもと樹、サーシャが集まっていた。

 

「……間を開けずの2戦目、ですか」

 

「207Bからの要請だ。時間をかけて作戦を練るより、白銀に回復されるのを嫌ったようだな」

 

樹はその選択が正しいかは、微妙な所だと考えていた。白銀武の体力は同年代衛士と比べ物にならないぐらい高い。一方で、長時間の移動にあまり慣れていないのも確かだ。

 

「武も、寝不足のようだしね……悩んでいるせいか」

 

なんか眠れなかったと武からあくび混じりに朝の挨拶をされたサーシャは、複雑そうな表情をしていた。それを見たまりもは、教官としてやはり複雑な感情を抱いているのか、と思いながら樹の方を見た。

 

(A-01も人手は足りていないはず。あの子達の実力は、紛うことなき本物だった……なのに、どうしてこんな無茶な条件で模擬戦をするのかしら)

 

一定水準はとうの昔に超えている。無理やりにでも落とす必要はあるのか、まりもは考えてはみたものの、自分には思いつかないと首を横に振った。

 

それを横目で見ていた樹が、ため息混じりに話した。

 

「すんなり任官を認められないのは、“親元”への言い訳が必要だからだろうな」

 

人は死ぬ。運が悪ければ、それはもう呆気ないぐらいに簡単に命を落とす場所が戦場というものだ。守りきろうとして、やれるものではない。問題は、もし死んでしまった後の話だと樹は説明を続けた。

 

「人質を故意に死なせたと、各派閥から取られては困るからな。実力は十分だったが運悪く死んだと、説明できるだけの材料を揃えなければ後が怖い」

 

実力は十分で勇猛果敢に戦ったが、兵士としての責務を全うした。運が悪かったという言葉を納得させるには、相応の実力を持っていたという根拠が必要になる。

 

樹は、自分では不十分に思えた。冥夜との関係もあるが、日本国内において紫藤樹が活躍したという記録は少ない。まりもとサーシャも同様だ。一方で、白銀武という名前はどうか。

 

「……斯衛は納得するだろう。陸軍も、尾花の名前を出せば無視はできない。内閣の方もな」

 

情報省、国連に対しては模擬戦時の映像を見せるだけしかできないが、前者は鎧衣左近がどうにかするだろうし、後者は特別問題にはならない。国内において、珠瀬の名前はそれほど強くはないからだ。

 

「―――というのは、言い訳だろうな」

 

ばっさりと前言を切って捨てた樹は、ため息をついた。

 

「納得できるまでやり合うしかない…………それをもってケジメにするのか」

 

どちらにとってもな、という樹の声を前に、まりもは不可思議な顔をすることしかできなかった。

 

 

間もなくして7機の不知火が動き出し。模擬戦の二回戦目が、開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、と………全員、配置についたわね?』

 

千鶴の通信に、B分隊の全員は岩陰に隠れた事を確認すると、配置OKの返信を返した。

『前衛は攻めるより、守ることを優先して。追加装甲を活用するように』

 

冥夜と慧は緊張の面持ちのまま頷いた。隊内で共通した情報から、真っ向からの撃ち合いをすればすぐに乱戦に持ち込まれることに気づいたからだ。

 

機動力で機先を制され、あっという間に主導権を奪取される。そこに至るまでに突撃砲が一発でも直撃すれば勝ちだが、その危険性を敵が気づいていない筈がない。経験の差から、手札の数は段違いなのだ。手出しの応酬ではジリ貧になると結論付けた千鶴は、待ち伏せによる集中砲火を提案した。

 

(流石に、出会い頭の一撃なら防げないでしょう……でも)

 

対処方法が無い訳ではない。千鶴は直後に聞いた跳躍ユニットの音から、相手がその方法を瞬時に選択した事に気がついた。

 

(全力で動き回られれば、捕捉したとして射撃で撃ち落とすことは難しい)

 

そして相手は、こちらを一機でも発見すれば良いのだ。全てにおいて勝る相手であり、ステージとなっている地形も遮蔽物が多い訳ではない。見つかった以上逃れる術はなく、1機でも落とされればB分隊の勝率はガクンと落ちてしまう。

 

(――それでも)

 

千鶴は隊員達に合図を出すと、静かに移動を開始した。敵機から離れる方向へと。そのまま、じっと遮蔽物で息を潜め続けた。飛び回る機体の音を聞きながらも、打って出ずにただ待ち続けた。

 

そうして3分後、冥夜からの通信が鳴った。

 

『接敵した! 追加装甲で防御成功、これから退避行動に移る!』

 

『了解!』

 

千鶴は各機の位置を確認すると、集合ポイントを伝え、自身も移動を開始した。後方では逃げに徹する冥夜と美琴の2機と、それを追撃する射撃音が聞こえてくる。やがて完全に側面へ回り込んだ千鶴は、僚機に声をかけた。

 

『よし―――行くわよ、慧!』

 

『了解』

 

慧の機体を前面に、後ろから千鶴が続いていく。機体の兵装は慧が追加装甲を2つ、千鶴が突撃砲と追加装甲を。数秒後、千鶴の機体の存在に気づいた武の機体が突如方向を変えた。

 

『千鶴、そちらにいったぞ!』

 

冥夜の通信を聞いた千鶴が、全身に力を入れた。肉眼でも、敵機がこちらへと進路を変えたことが見えたからだ。外見は何の変哲もない不知火で、装備も特別なものではない。だというのに千鶴は、その機体がとても恐ろしく見えていた。

 

(重圧、かしら。非科学的にも程があるけど、そうであるとしか言い様が―――)

 

千鶴の思考は自分の方に向けられた突撃砲の銃口を前に、中断させられた。その様相はまるで光線級がこちらに狙いを定めているかのようで。息を呑んだ千鶴、その肉眼に横合いからの援護射撃が飛び込んできた。

 

(今のは、壬姫ね……続いて純夏も)

 

最初の狙撃は壬姫のものだ。だが距離が遠すぎたのか、敵機が速すぎたのか、横合いからの不意打ちは失敗に終わった。それでも射撃は止まず、冥夜と美琴も敵機の斜め後方から援護射撃に参加していった。

 

2方向からの射撃は、密過ぎることはないが疎でもない。B分隊の誰もが、その集中砲火を浴びれば2秒ほどで落ちるだろう程で。

 

(それでも、回避し―――っ?!)

 

千鶴は突如自機を襲った衝撃に、息を飲んだ。即座に機体状況を確認するも、被弾はなし。追加装甲に当たったようだとほくそ笑んだ。

 

(いくらなんでも回避しながらの射撃なら、精度は落ちるでしょう!)

 

ある程度狙い定めてのものでなければ、追加装甲を避けての精密射撃は不可能だ。それをふまえての作戦だった。

 

これで一撃死は無くなる。それでも、守ってばかりではどうなるか分からない。千鶴はそのまま慧の真後ろに移動し、突撃砲を構えて引き金を引いた。

 

――たった1秒。慧の高度上昇が遅ければ慧の背後を貫いていただろう射撃は、絶妙のタイミングで武の機体へと飛来し、

 

『危っ?!』

 

すんでの所で回避した武機を見た千鶴は、あれでも回避するのかと内心で舌打ちをしながら、高度を下げた。慧の機体と上下で挟み撃ちにする陣形を取り、互いの射線が重ならない位置で砲撃を浴びせる。

 

それは雑だが、千鶴は問題にしてはいなかった。元より当てる気の無い、相手に回避行動を取らせるためのものだからだ。

 

それでも、眼は離さない。冥夜の忠告通り、集中して見るのではなく、ぼんやりと眺めながら相手の像を円で捉えて、その円の内に射撃が届くように努める。

 

距離は中距離を保つだけ。近づきすぎれば見失う危険性が高まるが、遠くからでは移動の影ぐらいは追うことができるからだ。

 

命中させるのではなく、弾幕を張って相手が当たるのを待つような射撃。千鶴は守るための射撃を繰り返しながら、その隙にと冥夜達と合流し、陣形を立て直した。追加装甲を前に、撃墜されない距離と体勢を保ちながら、再度物陰に隠れていく。

 

そこで千鶴は、予定通りだとひとまずの安堵を得た。

 

(ブラインドを利用しての射撃も無理だった……でも落ち込むな、欲張るな)

 

思いついた方策とて、それが簡単に通用する相手ではない。上手くいけば儲けもの程度に思い、あとは通用するまで粘ればいい。

 

それは彼我との戦力差を分析したB分隊が、自分達の方が勝っている項目を活用するために出した方策だった。

 

つまりは―――防御重視による、持久戦。ひたすらに安全策を取りながら消極的でも攻撃を繰り返し、数にして6対1という燃料と弾薬の有利を前面に押し出す作戦だった。

 

(こちらの狙いが気づかれるまで、今の一連の攻防を繰り返して……あとは、忍耐の勝負に持ち込む。幸い……昨日よりは、動きが悪くなっている)

 

事前の顔合わせで、体調を観察した。何一つ見逃さないように、真っ直ぐに見据えた。それが間違いではなかったと、千鶴は思っていた。

 

それでも圧倒的格上を前に、油断していい筈がない。B分隊は慎重に、丁寧に基本を繰り返す。1人1人が勝手な真似をせず効率を優先し、やり方よりも得られる成果を最上とする。

 

それは一回戦目の前に、純夏から提案されたものの、消極的過ぎると採用されなかった戦術だ。何より、打ち倒して充実感を手に入れるためではなく、負けるものかと粘りながら結果的に勝利を手にしようという戦術だった。

 

民間人を守るという、軍人としての責務を思い出したB分隊は、迷わずこの作戦を採用した上で、その方法を練りに練っていった。

 

『逃げ回る―――だけじゃないな』

 

オープン回線での、武機からの通信。B分隊は全員が無視した。

 

そうして、再度交戦が開始される。声帯を震わせることに意識を割く間も惜しいと、極限まで集中した上で隊全体と相手の動きを頭に入れながら、武が駆る不知火へと食い下がっていった。

 

特に慧と千鶴の隊による連携は絶妙だった。慧は時折補助腕による射撃を繰り出すもあくまで牽制と防御に努め、千鶴を守ることを最優先していた。千鶴は慧が防いでくれると信じ、武の動きを何とか捉えようと集中していた。

 

10年組んでいると言われても違和感が無いほどに極まったコンビネーション。やがて、ようやくその一撃が武の機体の端に掠った。それでも、衝撃は小さくないのか、武の機体はバランスを崩し、斜め下へと傾いた。

 

『やっ―――いえ、まだっ!』

 

千鶴は緩みそうになった気を即座に締め付け直し、追撃に移ろうとした。冥夜達も無理な攻勢に出ず、安全策を取ったままの陣形を維持する方を選択した。

 

その選択は間違いではなかった。ここで油断し、陣形を変えた隙を突かれて撃墜されれば、全て御破算になるからだ。隊全体がベテラン並の判断力を持った、統制された動きは称賛されて然るべきだった。

 

誰一人として、気は緩めていなかった。

 

負けたくはなかった。負けたくなかったのだ。

 

積み重ねてきたものに、意味がないとは思いたくなかった。台無しになるのが怖かった。

 

それ以上の怖気があった。負けてしまえば、自分たちが知る誰かが手遅れになってしまうという思いがあった。あまりにふわふわとしたものだが、それは途轍もない凶兆を孕んでいるようで。

 

故の成長であり、躍進だったかもしれない。

 

遂には飛ぶ鳥にも手が届かんという場所まで登りつめて―――

 

 

『良い作戦だった、けど』

 

 

武に余裕はなかった。前衛と中衛のコンビネーションが見事の一言であり、後衛からの援護射撃も油断できなかった。狙いすました一撃と、先を読まれているかのような牽制射撃は厄介であり、無視できなかった。

 

それでも、繰り返しすぎたのだ。

 

千鶴が見誤ったのは、2つ。白銀武という男が持つ学習能力と、全身から脳髄、魂魄にまで刻まれた記憶の密度だ。

 

世界さえ越えて培われ、鍛造された経験値の“高さ”が牙を向いた。

 

 

『―――そこだ』

 

 

背筋が凍える声は、死神の鎌のようで。慧は直後、自分の直感の正しさを思い知らされていた。回避行動の中、狙い定められた120mmは一瞬だけ体を開いた慧の機体の、そのコックピットの中心を貫いていた。

 

シミュレーター上に慧の機体が爆散する様が再現される。その空想の炎花は、近くに居た千鶴機にも影響を及ぼした。

 

アラートと、機体が回転する感覚。千鶴は何とか体勢を立て直していく内に、声を聞いた。それは誇るものではなく、見せつけるものでもなく、報告をする声だった。

 

 

『見せすぎだよ、委員長』

 

 

千鶴はどうしてか、その言葉が自分だけに向けられたものだとコンマ数秒で理解して。

 

 

『し、ろがねぇぇぇぇっ――――!』

 

 

爆煙の影から現れた不知火に向けて長刀を振るうも、虚しく大気を撫でるだけに終わり。

 

ただ、交差した中刀の煌めきが自機の胴部を通り抜ける感触を前に、言い知れぬ悲しみを覚えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………バカね、やっぱり」

 

 

顛末を見届けていた香月夕呼はため息と共に、イリーナ・ピアティフに任せてその場を去り。

 

間もなくして、207B分隊の全滅を報せるアラートがシミュレーター内を駆け抜けた。

 

 

 

 

 





銀蝿「魔王に同じ技は二度通じぬ……」


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