Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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遅れまして、申し訳ありません。

あと多くの方、誤字報告ありがとうございます。

あなた達の御蔭で、何とか戻ってこれたかもしれませぬ m(_ _)m


12話 : 見据える先は

心臓の音が煩わしい。御剣冥夜は常よりも狭い視界の中で、反響した自分の呼吸音を聞きながらも慎重に一歩づつ進んでいった。周囲には無造作に置かれたコンテナの山ばかり。前には自分と同じく、竹刀を防ぐための防具を身につけた鎧衣美琴が居た。

 

身軽な美琴を斥候に、その護衛役として自分が居る。冥夜は分隊長である千鶴の言葉を反芻しながら、笑みを零した。

 

(まさか……国連軍で装甲剣道による演習が出来るとはな)

 

簡易の防具と模造刀を使っての、集団剣闘演習。子供の頃に真那から聞かされてはいたものの、冥夜は自分の立場ゆえ、実際に自分がそれをできるとは思ってもいなかった。

 

(気分が高揚していくのが自覚できるが……今は目の前に集中するべきか)

 

防具の重みと面による視界の制限は、戦術機を操る衛士の感覚を模したもの。それそのものではないが、この状況の中で、戦場では当たり前となる集団による連携を用いて相手を打破する、あるいは攻勢を凌ぎきる。より実戦に近い形での模擬戦だ。気を抜けば負傷もあり得るぐらいの。

 

そこまでを許されたことに、訓練兵達は自分達の成長を実感し、同時に試されている事を知る。この模擬戦で無様を晒すことは、実戦で同じ事を繰り返すことを証明するのだと、言外に示されているからだ。

 

(それも、相手が相手だ)

 

条件はチーム戦。207のA、B分隊と教官チームとでそれぞれ一対一を3回。そして審判役はA分隊の教官である神宮司まりもで、教官チームは紫藤樹と田中太郎の二人。いずれも冥夜でさえ、刀を使っての模擬戦だと負け越している強敵だ。

 

数の利はこちらにあるが、油断などできようもない。経験がない戦闘条件のため、数の力がそのまま足し算になるとも限らない。事前情報をまとめて、分隊長である榊千鶴が提案したのは、包囲した上で一斉に仕掛ける戦術。どんな達人でも、前後左右の同時攻撃を一斉に捌くことなどできる筈がないからだ。そのためにはまず相手の位置を知っておかなければならない。その目論見は戦闘が開始してから2分が経過した時、達成された。

 

冥夜は前方に居る美琴から、敵発見のハンドサインを見て頷く。だがその直後、敵の数を伝えるサインを見た後、冥夜は訝しげに目を細くした。

 

(一人……それも、紫藤教官だけ? 田中はどこに――っ!?)

 

直後、場に鳴り響いたのはコンテナが叩かれた音。美琴と冥夜は驚きながらも、即座に構える。どんどんと、音が大きく、近くなっていったからだ。そして冥夜はハッとした表情をした後、叫んだ。

 

「鎧衣、上だ!」

 

「え―――」

 

驚愕の声。それを脳内に収めるより前に、冥夜は走りだしていた。コンテナの上から竹刀を片手に落ちてくる敵の元に。幸いにして、その着地点は美琴の背を取る位置となる。つまりは美琴に攻撃しようとすると、自分に背中を晒す位置だ。

 

冥夜は瞬時に決断した。まさか、という状況で虚を突かれたため、今からでは美琴の援護に間に合わない可能性の方が高い。故に最悪は美琴を犠牲にしても、敵の数を減らす。そうなれば残った5人掛かりで紫藤教官に当たれば良いと。

 

剣を構え、目標を見据える。後は勢い余って鎧衣に当てないようにすれば。そう考えていた冥夜の表情が驚愕に染まった。降ってきた金髪の敵が、その勢いのままコンテナの壁を蹴ったのだ。そのまま頭上を超えられた冥夜は背筋に走った悪寒に従い、頭をやや下にずらした。直後に聞こえたのは竹刀による風切り音。

 

(軽業師か、こやつは――だが!)

 

冥夜は素早く振り返り、敵と相対し。間もなくして美琴の名前を呼ぶと同時、正面から仕掛けた。前進の勢いのまま面打ち。それは防具ではなく、竹刀によって受け止められた。だが冥夜は下がらず、そのまま接近した。小手と小手がぶつかり、鍔迫り合いになる。冥夜は油断せずに相手を見据えながら、ある事に気づいた。

 

(竹刀が、短い?)

 

脇差し程ではないが、小太刀ぐらいには短い。そういえばと、冥夜は太郎と模擬戦を行った時の事を思い出していた。刀を主として組み立てた戦術ではない、白打も練り込めるであろう機動性に優れたそれを。

 

「――成程。先の、無茶な一撃を繰り出せる筈だ……っ!」

 

「お褒めに預かりどうも――っと!」

 

「くっ!?」

 

冥夜は竹刀で押され、たまらず後ろに下がった。それでも油断せず、重心に乱れはない。そこでようやく美琴が追いついた。これで2対1で、こちらが有利となる。だが、と冥夜は相手を見据えながら訝しげに尋ねた。

 

「……一つ、聞くが」

 

「聞こう」

 

「どうして防具をつけていないのだ」

 

「ああ、防具は脱いできた」

 

「……反則ではないのか?」

 

「違うさ。先に言っておいただろ? 装備における制限は最低限、竹刀と防具があればOKって」

 

竹刀は予め用意しておいたもので、防具はこの鍛えられた肉体だ。そう笑みを浮かべた武は、呟いた。

 

「思い込みは視野狭窄を。実戦じゃ、視界外からの不意打ちに対処できなければ、高くつくぜ?」

 

武の物言いに、冥夜と美琴は何を言いたいのか理解した。不意を打たれ、硬直したまま棒立ちになっている時間が長いほど、そのツケは味方の命で支払うことになると。

 

「と、この会話もな」

 

武はそう告げると視線を冥夜と美琴の後方に向けた。その意味を察した二人が、慌てて背後を振り返った、が。

 

「居ない……っ、しまった!」

 

冥夜達は踊らされたことに気づくと、慌てて前を。そして見たのは、再びコンテナの上によじ登っていく武の姿だった。1秒であっても時間を稼がれたせいで、追撃もままならない。武はそのまま登り切ると冥夜達に笑顔で手を振った後、去っていった。

 

「……いやいや、確かに少しは足を引っ掛ける所はあるけど」

 

「身体能力では勝てんな。しかし、一人で何処へ――この声、まさか――本隊の方が!?」

 

冥夜は聞き覚えのある声を聞いた後、美琴と顔を見合わせると、急ぎ仲間の元へと走っていった。背後で息を潜めて隠れていた者が、その後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。冥夜は夜間照明と月に照らされたグラウンドを走っていた。訓練兵になってからは日課となったものだ。ただ昨日とは異なり、その表情には悔しさと焦燥感が満ちていた。

 

(未熟……未熟に過ぎる。ああまでいいようにしてやられるとは)

 

初戦は急ぎ本隊と合流するも、追ってきた樹に更なる不意打ちを受けて、一気に二人を討ち取られた。その勢いのまま連携を乱され、個別に撃破されていった。聞けば、A分隊の方も同じような内容だったという。

 

敵は前だけ、という思い込み。相手の行動パターンをこちらで勝手に決めつける。それがどのような事態を呼び起こすことになるのか、実地で学ばされた訳だ。

 

二戦目は真っ当な戦術で蹴散らされた。防具をつけた2人は正面から仕掛けてきたのだ。対するこちらは6人。だが対峙した場所が悪かった。数の利を活かせない、狭い場所におびき寄せられたのだ。冥夜は強引に前に出て奮戦するも、純夏の竹刀に自分の竹刀をぶつけてしまった隙を突かれてしまい、撃破された。

 

三戦目は引き分け。斥候を使い、逆に教官チームを広い場所におびき寄せた後、包囲したのだ。それでも最後に残った紫藤教官と冥夜が相打ちになった所で試合終了。2敗1引き分けという、誰から見ても情けない結果に終わってしまった。

 

それだけなら、冥夜の中に残ったのは悔しさだけだった。次は更なる成果を、と努力を重ねただろう。そこに焦りが重ねられたのは別の理由が原因だ。対象はA分隊。1勝1敗1引き分けという、五分の成績を残した姿を目の当たりにしたがゆえに。

 

A分隊が2戦目に取った作戦は、B分隊が3戦目に取ったものと同じ内容だった。それで引き分けをもぎ取った後の、3戦目。A分隊は分隊長である涼宮茜を一人残したまま、勝利を収めたという。

 

刀による戦闘だけを言えば、B分隊の方が少しだけ上である。それは客観的な評価であり、A分隊も認める所だ。なのに、結果は全くの逆となった。

 

他にも気になる所がある。柏木が言うには、教官チームは少しだが手加減していたらしい。上手く作戦を練れば、五分程度には持ち込めるぐらいに。最後の3戦目にA分隊が取った、閉所での挟み撃ちという作戦が容易く嵌ったことから、恐らくだけど間違っていないと教えられた。

 

皆で話し合い、意見交換をしながら練り上げた作戦だが、不安な所もあったらしい。歴戦の兵士を、訓練兵である自分たちが上手く型に嵌められるかどうか、という。失敗した時の作戦も練っていたらしいが、必要なかったぐらいに、容易に。そこで柏木が気づいたらしい。もしかしたら、2と3戦目は手加減されていたのかもしれない、と。

 

(考えられるのは……分隊ごとにどれだけ連携が取れているかを確認するためか。あるいは、何か別の……)

 

焦りを感じるのは、その先にあるもの。深くを考えていった時に浮かぶもの。そして、教官が自分達を見る目。A分隊との差もそうだ。個々の能力は悪く無い。連携も、3戦目の結果を見るに、出来ている筈だ。だというのにB分隊は、何かが決定的に欠けているような。

 

そう考えていた冥夜は、視界の先に見知った人物が居ることに気づいた。この基地にあっても、目立つ容姿。今日の演習でこちらを蹴散らした内の一人、田中太郎だ。

 

(……身元不明。月詠が現在調査中とのことだが)

 

いかにも怪しい人物である。実戦経験があるというのは本当であろう。そうであっても、ただの18歳ではない能力を持っている。これで疑うな、という方が無理がある。それでも冥夜は、田中太郎なる人物が嫌いではなかった。

 

能力はあるが、それを鼻に掛けた態度は取らない。むしろこれでもまだ足りないと言わんばかりに、訓練に集中している。今目の前で行っている、夜のランニングもそうだ。今の自分に満足せず、更なる上昇志向を持ち続けている。ある、引っかかる点はあったが、誇れる志を胸に秘めているだろうことは、冥夜にも察することができていた。

 

(……直接尋ねて見るのも、手か)

 

冥夜は少し走る速度を上げた。走りながらでも、会話ができる程度には体力が残っている。一方で冥夜は苦笑した。どうやら自分の意図は気づかれていたようで、金髪の男が走る速度を少し落としたのを見たからだ。

 

言葉もなく、並走する二人。冥夜は息を深く吸った後、喉を震わせた。

 

「今日は、してやられた。まさか、其方が空から降ってくるとは思わなかったぞ」

 

「そうだな……でも、実戦じゃそれなりにあるらしいぞ? 例えば光線級に撃ち落とされた味方が空から降ってくるとか」

 

何気なく語られた内容に、冥夜は無言で呻いた。視野が狭くなった時の弊害は学んだが、そこまで深くは考えていなかったと。その様子を察したのか、軽い笑いが冥夜の鼓膜を震わせた。

 

「そこまで想像できたら逆に怖いって。ただまあ、色々と失敗とかして悔しがっておくのは良い経験になると思うぞ」

 

「……実戦での失敗は、人の命がつきまとうからか」

 

冥夜の言葉に返ってきたのは、そういうこと、という軽い口調での言葉。その後も冥夜は色々と言葉を交わした。竹刀を短くしていたこと。流派の名前は言わないが、小太刀のような長さを持つ剣術と戦闘術に長けていること。

 

内容は全て今日の模擬戦か、剣術や戦闘に関することだが、冥夜は話しながらも、少し楽しさを覚え始めていた。護衛である真那か一時は師であった紅蓮以外で、剣術に関して深く突っ込んだ会話をした経験がなかったというのもある。

 

(いや、それだけではないな)

 

冥夜はふと気づいた。なんというか、気安いのだ。まるで長年付き合っていた同期のように、含むものなく、思ったことを率直に話し合うことができる。B分隊で言えば純夏に似た感覚だ。どちらが上でもなく、一人の人間として意見と意志を交換しあうだけ。冥夜は、それがこんなに楽しいとは、思ってもいなかった。

 

(それに、苛立ちも何もない。懐かしいというのか、これは)

 

あり得ない事だ。過去に自分と親しい会話を交わした同年代の男性など、居はしない。一人の例外があっても、既に戦死していると聞かされた。なのに、胸中に流れるのは、以前にどこかで出会った事があるのではないか、という奇妙な感覚。

 

(そういえば、榊達も言っていたな。妙に忌避感が湧かない、と)

 

実力が劣っていること、模擬戦で敗北したことに対して、負けてたまるものかという気持ちは湧いてくる。いずれは追い越す、という気持ちが薄まったことはない。冗談を言ってからかって来たことも、1度や2度ではない。彩峰などはその筆頭だ。なのにどうしてか、嫌いであるとか、そういった感情が欠片も出てこないという。

 

(柏木は柏木で、「考えれば考えるほど面白い奴だよね」と笑っていたが……確かに)

 

純夏に似ているという意味で、面白い人物には違いない。そこでふと冥夜は、思いついたように尋ねた。

 

「そういえば、其方は純夏と知り合いなのか?」

 

「え……なんでそう思った?」

 

「気まずそうに話していた事があったであろう。其方の名前を呼ぶ時に、一瞬だけどもる時もあるゆえ、な」

 

たっ、で止まって、いけないという表情を浮かべて、太郎と名前を呼ぶのだ。全員が気づいている事だが、互いの詮索はしないという207B分隊にある暗黙の了解から、追求をしたことはなかった。それを聞いた太郎こと武は、あーと視線を泳がせながら答えた。

 

「知人ではある。でも、長い間離れていたからな」

 

「ふむ……深くは聞かぬが、別れる前に何かをしたのか」

 

「ああ、凄え泣かせちまった。相模湾が拡張されるか、って勢いでな。今はもう……許してくれたけど」

 

「……すまぬ」

 

「いや、いいって。謝って、許してもらったんだ。もう終わった事だから……って言うと、また怒られそうだからナイショな」

 

武が人差し指を自分の口に当てた。冥夜は了解した、と小さく笑った。

 

「ふむ。しかし、純夏を泣かせたか……其方、意地悪だな」

 

「ああ、割りと良く言われるな」

 

「否定せぬのか……」

 

呆れながらも、屈託のない言葉のやり取り。そうしている内に、二人は目的の周回を走り終えていた。あとはクールダウンのため、何周かを歩くだけ。人影が更に少なく、静かになった夜のグラウンド。その場所を占拠したかのような二人は、ゆっくりと連れ合っていた。

 

「教えて欲しいことがあるのだが、良いか?」

 

「ああ。答えられる範囲でなら、喜んで」

 

「そうか……では、今日の装甲剣闘でのことだ」

 

冥夜は2、3戦目の手加減のことなどを話した。意図については直接問うことは無かったが、尋ねているも同然だ。武は鋭いな、と冷や汗を流した後、考えこんだ。

 

うーん、というわざとらしい声。冥夜は言葉を重ねることなく、歩くままに任せ。同じようにしていた武は、答えられる範囲で、と前置いて説明を始めた。

 

「ぶっちゃけると、手加減はしていた。全力全開のガチンコ勝負で実力を計る、ってのが目的じゃなかったからな」

 

「ほう……それは、教官が?」

 

「まあ、な。あとは、意図か……あるにはあるけど、答えられない範囲だな」

 

自分で考えて辿りつけってことだ。武の言葉に、冥夜はうっと言葉に詰まった。正しくその通りだったからだ。

 

「しかし……把握し見極めて辿り着く、か。訓練兵から新兵に成るものは、皆が辿り着いた者ばかりなのだろうな」

 

「いや、まさか。9割9分は辿り着けないままだと思うぞ」

 

教官の教えを全て理解した上で卒業している奴など、1%にも満たない。武の言葉に、冥夜は驚き目を丸くした。

 

「いや、まさか……そのような事は」

 

「痛感するのは実戦に出てからだ。くそったれに厳しい訓練を受けさせられた意味は、戦場でなきゃ理解できない」

 

ある意味で、その時が真に兵士になるって事なのかもしれない。武の言葉に、冥夜は深く沈黙した。それでも考えることは止めなかった。

 

「そうか……それで人が多く死ぬ、か。初陣では特に死にやすいと聞いたことがある。兵士を鉄に例え、新兵は戦場の初めての熱気に当てられた結果、分かれるという。折れるか折れないか、更に強度を増すのか」

 

「ああ。最後の例は稀だけどな」

 

5割が折れ、4割が折れず、1割が意志を強固にする。その1割は本当に少ない。武が直接見たのは僅か。クラッカー中隊の後発組を始め、崔亦菲、橘操緒、篁唯依、山城上総がそれに当たる。

 

「斯衛でも半々だ、とは裏話で聞いた事があるな」

 

「斯衛であってもか? その中にも違いがあるのは……」

 

冥夜は考えこんだ。死地に送られなお、意志を強くする者。その差は何であろうか、と。そして、ふと溢れる言葉があった。

 

「信念……あるいは譲れない目標を抱えているがため、か」

 

「某人物は怒っていたけどな……“お家のためと勇み、戦場で我を失う。あるいは、次なる戦場を恐怖する。口先だけの人物が何と多いことか”って」

 

武はそう発言した人物の名前を口にはしなかったが、脳裏を過ぎったのは美しい緑色の髪をした人物だった。一方で冥夜は、驚き戸惑っていた。

 

「そ、そうなのか?」

 

「ああ、うん。人づてに聞いた話だけどな。心の底からそう信じて戦っている人は、目に見えるより少ないらしい」

 

周囲の状況に流されるというのもある。他人の意見、それに同調していて。生まれ持って言い聞かされているから、というのも。全てではないのだ。信念を旗と立て、それが折れないように全身全霊をかけて生きている者は。漠然とした先を見据えて、何となく武家の理に沿っているだけ、という者の方が多い。

 

「だからこそ……人を変えるのは目標、か」

 

「守りたい人物とも言う。そういうのは、直ぐ様答えられそうだけど」

 

「――ああ」

 

冥夜は深く頷き、答えた。守りたいものが何なのか。それとなく尋ねた武に、冥夜は何の迷いもなく言い切った。

 

私が守りたいのは人々だと。人々の心をこそ、日本人のその魂を。古来より受け継がれてきたものを。

 

「……代えが効かない。失われては、取り返しがつかないものを?」

 

「其方の言う通りだ。国守に殉じた者達が守りたかったものこそを。既に京都が失われた……なればこそだ」

 

守りたいが故に戦う。その理由は千差万別あろう。だが、少なくない者が思うと冥夜は信じていた。国を。つきつめれば故郷を、家族を、人を。日本に生まれ、日本で生きてきた、日本の心を知る人達が理不尽な力で奪われないように。人が生きているだけは国であらず。心が生きている人が存在する場所が、国であるが故と。冥夜は瞳に迷いなくそう告げた。

 

「……その考えが間違っていると、生きてさえいればやり直せると、そう言われても?」

 

「生きていることと、生かされている事は違うと考えている。この世の中に絶対の正義は存在しない。だが、正しいと思うものはある」

 

「それが、人の心。国、故郷を思う心か」

 

「ああ、それが私の守りたいものだ。ふむ、試すような口調は意地が悪すぎるぞ……ん、何を笑う?」

 

「いや……なんか、嬉しくって」

 

どこかの冥夜から何時かに聞いた言葉。武はその志が大好きだった。疑いなく、尊いものだと思えたからだ。適しているかどうかは知らない。だが率直であるが故に強固で、最後まで揺るぎがなかった。憧れさえ抱くほどの。一方の冥夜は、武の笑顔を見ると、そうかと小さく頷いていた。その唇は、誤魔化しようのない喜びの形が現れていた。冥夜は自覚してかしないか、柔らかい口調で尋ねた。

 

「其方にも、守りたいものがあると見たが」

 

「いきなりだな……でもまあ、取り敢えずはあるな」

 

「それは、なんだ?」

 

「んー……結果的に言うと、地球と全人類だな」

 

「……また、大きく出たな。取り敢えずという範疇ではないと思うが」

 

「順序立て論理的に考えた結果、そうなっただけだって」

 

武は一息置いて、その理屈を並べていった。

 

「BETAうざってえ、BETA危険だ。あいつらに誰かが殺されるのを見て我慢できない、これ以上殺させるもんかよ。誰がどうかとか関係ねえ、誰も、あんなクソ害虫どもに奪われていい命なんかじゃない――――だったら、ほら。あとはBETAをこの宇宙から根こそぎ駆逐するしかないだろ?」

 

当たり前だろうと、気負いなく断言する。冥夜は少しだけ呆気に取られた後、声を上げて笑った。確かにそうだな、と。

 

「いや、結構キツイのは分かってるけどな。でもキツいからって止めていいもんでもないだろ?」

 

「た、確かに……多少の困難で目標を取り替えるようでは、そもそも目標とする意味がないな」

 

そうして冥夜は笑みを収め、答えた。

 

「――目標があれば人は努力できる。だが、肝心の目標がハリボテでは、意味がない」

 

簡単に譲れるようなものでは、その場凌ぎの誤魔化しに成り果てる。冥夜はそう答えた後、武を正面から見据えた。

 

冥夜は何となくだが、目の前の人物が自分の素性を察していると思っていた。その上で、この言動。だが自分の目標について、からかう気持ちはあっても、嘲笑うような素振りはない。その上で、尋ねた。

 

「其方は……甘いとは、言わないのだな」

 

「当たり前だろ。そんな事言うのは、それこそ目標を簡単にすげ替えた時だけだ」

 

そんな事になったら盛大に嗤ってやるけど、と冗談めかして言う。冥夜は、そうだな、と小さく頷いた。

 

「しかし……何度も思うが、初めて会った気がしないな」

 

「心当たりは無いって言ってたろうに。それとも、何か。もしかして口説かれてんのかな」

 

「ふむ……くどくとは、なんだ?」

 

武は冥夜の言葉に肩をこけさせた。その後、言葉の意味を懇切丁寧に教えた。直後、冥夜の頬が少し赤くなった。

 

「そ、そのような……破廉恥な!」

 

「いや、男女の営みらしいぞ。むしろ男的には義務とか、某イタリア人が言ってた」

 

「……其方は、そのイタリア人から教えを守っていると?」

 

「ああ。女性には悪い気分より、良い気分になってもらった方がいいって言葉は同意できたしな」

 

「……もしや、人物問わずに触れて回ってるのではないだろうな」

 

「まさか」

 

身内と認めた人物だけだ、とは口に出さず。無言に何を察したのか、冥夜は少し考えた後、更に顔を赤くした。

 

武はその勢いのまま――会った事があると告げるとややこしい事態になるので――誤魔化すようにして、話を元に戻した。

 

「ともあれ、同志が出来るのは頼もしい限りだ」

 

「同志? ああ、そういう意味か」

 

守りたい者と言えば、限定的だが合致する。同志とも言えなくもないだろう。それを察した冥夜は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

「ああ……困ってる事があったら言ってくれ。可能な限りは力になるから」

 

「む、不要だ。困難は自らの力で切り開いてこそだからな」

 

「……硬いな、ほんとに」

 

相変わらず、という言葉を武は押し殺し。苦笑したまま、その後はグラウンドを黙って歩くに任せた。少し視線を上げれば見える、輝く月を視界に収めながら。建物からこちらを観察する、月の姓を持つ者の気配を察知しながらも、揺るがず前だけを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで?」

 

「A分隊とB分隊の現状は把握できた。レポートに纏めるから、後は樹任せだな」

 

蛍光灯の鈍い光だけが照らす、横浜基地の地下の一室。樹は武の言葉を聞くと、ユーコンに向けての準備もあるだろうからな、とため息を混じえながら答えた。

 

「そちらに関しては承知した……それで、冥夜様の方はどうだった?」

 

「変わらずだ。いや、本当に尊いって思ったぜ。あの立場、このご時世を知らない筈がないのに、迷いなくあの目標を断言できるのは……」

 

取り敢えず立てたものではない、志のためなら死んでも構わないというぐらいに。それも、内容を思うと、上手く言葉にも表せない。遠回しに表現すれば、戦略研究会の中でも、場の勢いで突っ走っているだろう5割ほどの仮称烈士に、鼓膜の奥の奥まで言って聞かせてやりたいぐらいの内容だった。

 

「烈士? ああ、例の帝国陸軍の過激派集団か……表向きは戦術研究会を名乗っているらしいが」

 

「いや、それは……あれだろ。戦略研究だなんて、若手の衛士が考えるようなことじゃないだろ。そんなもん公表したら、時間が経つにつれて警戒されるって」

 

「ならば……戦略研究会という名前を前面に出して勧誘されたのは、意味があってのことか」

 

「もしかしたら、誘うつもりは無かったのかもな。誘った面子が面子だし」

 

橘操緒に、霧島祐悟。武は操緒の今は知らないが、祐悟の今は想像できた。間違っても烈士とか、そういうノリに呑まれるような素直な人間ではないと。

 

「となると、保険か」

 

「あるいはメッセンジャーか。あっちは斯衛にツテなんか無いだろうし」

 

もっと言えば、紫藤の主家は煌武院だ。殿下が事前に知っていれば、と。

 

「そうだな……後、聞くが」

 

「何を? って、答えたくないなあ」

 

「分かってるだろうに、現実逃避するな。恐らくだが、月詠真那はお前の素性を察しているぞ」

 

武は否定しなかった。ただ、ため息をこぼした。情報が揃えば、田中太郎が誰であるのかは推測することができる。強攻策を用いていないのは、積極的に冥夜と接触していないからだ。

 

「だが、その前提も崩れた。オルタネイティヴ4の存在がある以上、即座に物理的手段に訴えないとは思うが……それもこちらの勝手な想像に過ぎない」

 

どこまで思い詰めているのか、人の心の内を勝手に決めつけるのは想像力の足りない馬鹿のすることだ。万が一がある以上は、と武は対策を口にした。一人にならないこと。常に樹か、サーシャか、霞か、夕呼と一緒に居る。それだけで手出ししてくる可能性はグンと下がると。

 

「その他は無いな……まるで幼児に言っているようだが」

 

「まあ、最終学歴的に間違いでもないかもな」

 

「いじけるな鬱陶しい。それに、お前のどこに学が無いと言うんだ。影行殿からみっちりを基礎学力だけはつけさせられたろうに」

 

特に構造力学他、材料力学で言えばそれなりの知識を持っていた。他世界の記憶も持っているため、特定分野で言えば第一線ではないものの、侮れないものがある。

 

「……話を元に戻すぞ。A分隊を、お前はどう見た?」

 

「分隊長とその補佐を核として、よくまとまってる。練度だけなら新兵以上だな」

 

「涼宮と柏木、か」

 

茜は分隊長の名に恥じぬ役割を果たしている。誰も、彼女が指揮を取っていることに疑問を抱いていない。それだけ能力が高いというのもあるが、コミュニケーション能力や、他者から頼られる言動をしているからだ。

 

補佐の晴子は、一見淡白に見えるが、その実仲間をよく観察している。年が近いとは言っても、多少は衝突する場面があったり、喧嘩しそうになる所はある。晴子はそういう状況に発展するより前に、それとなくフォローを挟んでいた。

 

「高原と麻倉は、あれでモチベーションが高いけど」

 

「……高原は兄を。麻倉は従姉妹を、な」

 

「やっぱり、そうか」

 

身近に戦死者が出ている者は、それだけで意識が一段と違う。訓練に挫けそうになったと聞くが、それを乗り越えれば士気の高さはある程度保たれるのだ。

 

「築地は……なんか、涼宮に声かけようとすると睨まれるんだが」

 

「直感的、あるいは本能的に危険な人物が誰かを察しているのだろうな。時折だが、猫のように鋭くなる時がある」

 

「え……なんでそれで俺が敵視されんの?」

 

「自分の胸に聞け。あるいはサーシャにでも。ともあれ……やはり、隊としてはB分隊より1段階上の域に達しているか」

 

先の装甲剣道は、冥夜の察する通り、部隊内でどれだけ連携が出来るか。その上で、戦術を組み立てる能力と、組み立てた内容に隊員がどれだけ従事できるか、それを計るためのものだった。

 

軍は群であり、複数の人員での作戦行動が出来てこそだ。まとまりきっていなく、隊員同士の意思疎通ができていない部隊など、穴あきの無筋コンクリートのように容易く破壊される。

 

総合戦闘技術評価演習の合格条件が、生存している人員全ての生還だというのも、それが理由だ。あの程度の苦難で、誰かを捨て駒にしなければ目的を達成できないなど、実戦に立たせられる筈がないだろうと。

 

「……B分隊はその点が、か」

 

「実戦に出たら死ぬな。主にこっちの胃が。まあ、分隊内にあるルールのせい……だけじゃないと思うけど」

 

具体的に言えば、部隊長とそれに反目する一人。そして、複雑過ぎる出自と、それとなく事情を察することができる人物が複数居る、というのも理由としてある。

 

樹は少しだけ同情した。だが、それまでだ。人間が選べないものの一つとして、何時何処で誰を親としてこの世に生を受けるか、というものがある。境遇に関して、皆が皆平等である筈もないが、選べないというその一点に於いては平等だ。

 

そして、軍隊は現実主義で動いている。興味がないのだ。どこの誰が何の理由で力を発揮できませんなどといったものは、言い訳にしか過ぎない。そのような言葉を並べるのならば、拳か、あるいは銃口でもって言い捨てられるだろう。四の五の言わずに結果を出せ、と。

 

故に、B分隊は実力を示さなければならない。A分隊よりも、総合力で言えば上だ。一点特化型が多いため、適した役割分担を割り振り、各々の長所が発揮されれば、空恐ろしいものがあるぐらいに。

 

「そのために、か」

 

「ああ……成長するか、潰れるか。時間は待ってはくれないからな」

 

武自身、5月からはイベントが目白押しだった。具体的に言えば、ユーコンでの暗躍その他。一度は横浜に帰ることは出来るが、それ以外はユーコンで命を張って奮闘しなければならない。衛士としての熟練は、実機に乗ってからが本番となる。最終の目標を達するために必要な人員を確保する必要がある。そういった状況から、武がユーコンに経つまでに、“仕込み”は済ませておく必要があった。

 

「……夕呼先生は、どう言ってた?」

 

「眼中になし。今は研究に没頭中だ。B分隊の処遇を尋ねた所で、“何それ誰だっけ”と言われるのが関の山だろうな」

 

らしいと言えばらしすぎる。武と樹は頷き合うと、重い口を開いた。

 

 

「――総合戦闘技術評価演習、4月末に準備は出来たとの連絡が入った」

 

「何とか間に合ったな。A分隊は、練度的に十分だと思う。でも、B分隊は―――」

 

 

武はそれ以上口にはしなかった。

 

何をも、言えることはなく。今更、仕掛け人を自覚するが故に言える立場にもなく。

 

 

 

その月末。突如知らされた演習に、207訓練小隊は一喜一憂させられ。

 

 

――――翌月、1日。

 

演習に挑んだ11人の内、衛士訓練過程に入る事を許されたのは、A分隊の5人のみという結果に終わった。

 

 

 

 

 

 


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