Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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色々な誤字指摘、ありがとうございます。非常に助かっております。

特に光武帝さんと藤堂さんには足を向けて寝られないほど。



あと、色々ありましたけど作者は元気です。これからも変わらぬペースで更新を続けていきたいと思っております。


10話 : 裏に、裏で

2001年4月2日、帝都某所。最低限の明かりに照らされた部屋の中。U字型に並んだテーブルに添って、帝国陸軍の制服を身に纏った者達が椅子の上に難しい表情を浮かばせていた。その中でも特に眉間に皺を寄せた、U字型の尻の中央部に座る男―――沙霧尚哉は読み上げた資料をテーブルに置いた。

 

「以上が、政府と国連軍の動きだ。そして……彩峰閣下のご息女は榊是親の娘と同様、人質として横浜の訓練部隊に入隊させられていると思われる」

 

沙霧の声に、部屋の中がシンと静まり返った。表向きは戦術研究会、裏向きは戦略研究会と自称している彼らは一人も漏れること無く、絶句していた。

 

直後、テーブルを力一杯に殴打した音が部屋の中に響き渡った。

 

「っ、榊め! あの者はどこまで中将閣下を愚弄すれば気が済むのだ!」

 

「閣下は……閣下はそれを良しとしたのですか、沙霧大尉!」

 

あちらこちらから怒りの声が噴出していく中で向けられた言葉に、沙霧は眼を閉じた後、絞りだすような声で答えた。

 

「……接触が禁じられている状況に変わりはない。私だけではない、中将と親交があった方達も中将が退役されてからは、一度も言葉を交わせなかったという」

 

光州作戦における国連軍半壊の責任を負って、大東亜連合の中将と共に退役。その後は指定の場所にて半軟禁状態。所属を問わず、軍人が元中将に接触するのは厳禁とする。それが、政府の決定した方針であることは、この場に居る全員が知っていることだ。

 

それでも質問が飛んだのは、欠片たりとも納得できていないから。沙霧が答えたのも、同じ心境からだ。言葉にすることで、政府の理不尽な決定を改めて痛感させられる。似たようなものは、過去何度もあった“会”で毎回繰り返されてきた。

 

ただ一人だけ難しい顔をしていない男は、その行為を眺めながら儀式に似ているな、と内心で呟いた。同時に、時間の無駄だとばかりに次の情報提示を促した。頷いた沙霧は、渋面のまま他の情報を開示していく。

 

特に注目を集めたのは先日の間引き作戦に現れた、帝国斯衛軍第16大隊と横浜基地に所属しているらしい秘密部隊のこと。帝都守備隊に参加しておらず、佐渡島に近い場所に駐屯しているメンバーからの報告に、会の面々はそれぞれに困惑の表情を浮かべた。

 

将軍の身辺警護に専念していた第16大隊は、明星作戦以降は間引き作戦に参加しなかった。それがここに来て、どういった風の吹き回しか。

 

会のメンバーはそれぞれに意見を交換していった。指揮官である斑鳩が殿下に不満を見せているのか、あるいは精鋭を自負する斯衛軍全体の意志を見せるための示威行為か。最悪は、会の存在に気づいているが故の牽制行動か。各種様々な推測が飛び交ったが、もっともらしい理由は出てこないまま、動向に注意するという結論を出した後、話題は次に移った。

 

横浜の秘密部隊。今までも目撃例はあった。周囲の状況から推察するに、難度の高い任務を引き受けては必ずと言っていい程の損耗を重ねるも、結果は出していた部隊のことである。軍内部において表向きに秘匿されてはいる。だが完璧に情報を隠匿するなどは、特に様々な事象が入り乱れる戦場においては不可能というものだ。

 

「それで、今回の奴らはどういった行動を見せていた?」

 

「………情報を集めた結果、どうにも。部隊の連携精度を確認していたようにも見える、との意見も出ていますが」

 

BETAの残骸を回収するなどの怪しい行動を取っていた、という目撃例は無い。結果から見れば、相当数のBETAを狩っただけ。ただ、その撃破数が問題だった。

 

間引き作戦で肝要となる点は安全を重視しながらも、可能なかぎり早く、出来るだけ多くのBETAを潰すこと。データから見た横浜の部隊の戦果は、帝国陸軍はおろか、第16大隊の第一中隊をも超える数を叩き出していた。それを見た者達は一様に面白くないという表情を浮かべ、その中の一人が嘲笑と共に口を開いた。

 

「何かの間違いではないか? 正式に計測した訳でもないのだろう」

 

「そのようです。また、当日は晴天とはいえない天候でした」

 

「ふん、そうか。奴らが使っているのは、国連軍所属を示す青色の不知火。おおかた、陸軍所属機のものと見間違えたのだろう」

 

そうでなければあり得ない、あってはいけない。示し合わせたかのように整っていく意見を見た女性――参加している中でも二人だけである女性の片割れ――は、周囲に感づかれないようにため息をついた。

 

だが、もう一人の女性衛士。沙霧尚哉の隣に居る眼鏡をかけた陸軍中尉―――駒木咲代子だけはその様子に気づくと片眉を上げ、言葉を向けた。

 

「橘大尉? ご不満があるようですが、別の意見でもあるのでしょうか」

 

あるのならばご提示をと言外に迫る駒木と、周囲から同調したかのように増した圧力を前に、橘操緒は内心で舌打ちをしていた。だが一転、小さく息を吐いて呼吸を整えると、大きくも小さくもない声量で答えた。

 

「先に出た意見の通り、秘密部隊の戦果は間違いである可能性が高いでしょう。ですが、万が一という事もあります」

 

操緒はゆっくりと周囲を見回す。不満な表情を浮かべる者もいたが、それに覆いかぶせる形で言葉を続けた。

 

「米国に尻尾を振った者達が、我が帝国陸軍の精鋭に勝るというのはあり得ないでしょう。ですが、彼らも訓練を受けた軍人です。いざ矛を交えるというのなら叩き潰すのみですが、戦いの場に立つ前に侮る、というのは少々危険だと思ったもので」

 

油断こそが衛士を殺す刃となる。操緒が言葉の裏に潜ませた意見に、ほぼ全員が気づいた。気付けないような者は居なかった。特に帝都守備隊に所属するものは帝国陸軍でも精鋭であり、明星作戦を生き抜いた猛者でもある。その中で最も実力が高い衛士―――沙霧尚哉は操緒の意見に尤もであると頷いた。

 

「売国の徒であるとはいえ、戦場では何が起こるか分からない。橘大尉の言う通り、万が一という可能性もある。各自、情報収集を密に。正確なデータを元に、相手を分析することを心がけるように」

 

そして、と沙霧は自分から最も離れた位置に座る衛士を見ながら声をかけた。

 

「霧島中尉も先日の間引き作戦に参加していたと聞いている。何か、気づいたことはないか?」

 

「……また、物好きだねえ。俺なんかの意見が頼りになるかどうか」

 

「……実戦経験が豊富な衛士からの観点も必要だと判断した結果だ」

 

沙霧の言葉に含むものはない。あるとすれば、より強烈になった周囲の視線だ。霧島はそれを感じ取りつつも、ため息と共に口を開いた。

 

「俺が見たのは数秒。一度きりだが、動きは悪くなかったぜ。それよりも気になる点があった。動きが不自然にぎこちなかったんだな、コレが」

 

「と、いうと?」

 

「理由が分かるようなら、そう言ってるよ。ただ、何か隠してるって事は間違いないだけで……その他には何も?」

 

霧島はそこで口を閉じた。裏を探るのは俺の役目じゃないだろうとばかりに、肩をすくめる。その仕草に怒りを覚えた何人かが立ち上がろうとするが、先に沙霧の言葉が挟まった。

 

「止せ! ………霧島中尉、態度を改めるように。周囲を挑発するような真似は慎め」

 

叱責の言葉に、場が引き締まる。その後に行われたのは、通例の政府高官の動向報告だ。会は明星作戦が終わって間もなくして結成されたから、売国奴と称されても違和感がないような政治家を重点的にマークしていた。

 

諜報員が居る訳でもないのでその全容は把握できていないが、何を目的に動いているかは推察できる。故、今日も罵倒に似た発言が部屋の中に充満していた。国連との関係強化が日本の基本政策となって以来、ずっと変わらない光景だ。

 

議論と批判に熱が入るたびに、メンバーの眼光に熱が灯っていく。

 

その中で、二人だけ。会のトップである沙霧尚哉から最も離れた位置に居る霧島祐悟と橘操緒は、その熱を傍観者のように眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、待ったか?」

 

「……当たり前だろう。貴様、どれだけ遅刻を重ねれば気が済むんだ」

 

「あら、手厳しい。ここは今来た所だって返すのが作法だぜ?」

 

「――軍規破りに上官暴行罪を重ねた霧島中尉の作法か。見習いたくはないな」

 

「橘のお姫様は今日も絶好調だねえ」

 

帝都の小さな広場で、人通りは少ない。その中で祐悟は会話しつつも、周囲を探っていた。そして背後に人影らしき者を確認すると、操緒に対して特定のキーワードを用いて伝える。操緒は小さく頷くと、尾行を巻くように建物の中に入った。

 

そこは橘家が経営していた喫茶店がある建物で、操緒が帝都に赴く際の別荘として使っている部屋がある。そこに逃げ込んだ二人は防諜設備が整っている部屋に入ると、周囲に仕掛けてある隠しカメラが映し出した小さな画像を見た。

 

「この動きは………素人くさいな。少なくとも諜報員じゃないように見えます」

 

「となると、会のメンバーの部下か? う~ん……俺の推理だと、昨日の集会で鬼の形相になってた奴が怪しいぜ」

 

敬語になった操緒に、祐悟は飄々と返した。操緒の口から、小さな息が零れた。

 

「推理でもなんでもないでしょうが。恐らくは直情型の宇田か、沙霧大尉に心酔している那賀野の手の者か」

 

「二人の共同作業、って線もな。まあ、駒木ちゃんってこともあり得るか?」

 

「それは無いでしょう。彼女が“やる”場合、独断はあり得ません。沙霧大尉に事前確認を取ると思われます」

 

そして沙霧なら、この時点での強硬手段は取らない。あるいは駒木よりも沙霧の内面を熟知している祐悟は、深いため息をついた。

 

「あいつも迷ってるようだな……会を結成してからの動きを考えるに」

 

「――“お仕着せがましい感が拭えない。会の結成の裏に自分たち軍人ではない何者かが関わっている”ですか」

 

操緒もため息をついた。今発した言葉は、祐悟から“会”に勧誘された操緒が聞かされたものだ。

 

戦略研究会の目的は、民を蔑ろにして将軍を傀儡に貶め、自らの都合や利益ばかりを重んじる賊徒を排除することにある。帝国の誇りを貶める者を追い出し、将軍と民を救い出すために。

 

間違った思想ではない。操緒も一部の政治家や軍上層部に対する不満は持っていた。だが操緒は、その理念のみを聞かされた時点では、会に入るつもりはなかった。

 

間違ってはいないが――――ピンと来なかった。それだけを理由にして断ろうとした。祐悟はそんな操緒の態度を見た後、先の言葉を告げたのだ。

 

彩峰中将の退役に不満を持つ者は多い。沙霧尚哉などはその筆頭だ。彩峰家と関係が深く、彩峰萩閣は娘である慧と彼を結婚させたいと思っていた、とは陸軍の一部だけだが知られる所だ。

 

だというのに、帝都防衛の要とも言える帝都守備隊に配属されている。彼と親交深い衛士も含めて。万が一を考えれば、とても適切とは言えない配置である。

 

「尚哉も、うっすらとだが感づいてるな」

 

「と、言うと?」

 

「この勢いのままだと…………半年後には、帝都守備隊の大半を取り込める」

 

それこそ、“その”気になれば帝都のほぼ全てを即日の内に手中に収められるぐらいには。祐悟は大したものだ、と呟いた。

 

原因は色々とある。BETAの日本侵攻から明星作戦まで、帝国本土防衛軍と帝国陸軍は特に被害が大きかった。徴兵して人員を増やすも、その数は往時には届かない。新兵も多く、練度を上げるには厳しい訓練を課す必要がある。

 

そういった様々なストレスが生じていく内に、軍の一部は特定方向に仮想敵を必要としていった。往々にして軍部の不満は政治家に向きやすい。ご多分に漏れず――――あるいは何者かが仕組んだ通りに――――軍内部の不満は、閣僚へと集中していった。

 

「当然といえば当然か。野党の一部には、東南アジアか南米への移住を画策している者も居るそうだからな。斬りてえって思っても、まあ仕方がないとしか思えん」

 

「民間人を見捨て、国を捨てて、ですか? …………腐りに腐ってますね」

 

「同意するが、意外でもない。人間も所詮は生物(なまもの)だからな」

 

業火に焼かれず、極寒に凍らされず、生ぬるい環境に浸ればいずれ腐敗する。気づかないまま、更に腐敗が進む場所へ。

 

「それを自浄できるような者も、な」

 

「榊首相にご期待は?」

 

「難しいだろう。政策におかしな所はない。大東亜連合関連で打ち出したアレを思えば、拍手したい所だ。だが、将軍を傀儡としているのがどうもな…………政府が汚れ役にならなかったら、という思いもあるので一概には言えんが」

 

第二次大戦後、政威大将軍は名誉職に等しい扱いを受けるようになった。それが米国の狙いでもあった。そこから発生したBETA大戦に、日本侵攻。かつてない国難を前に、日本が一丸になるには、政威大将軍の復権が必須だという声もあった。事実、明星作戦以降の日本では将軍を希望の光として受け取っている民間人も少なくないと言う。

 

殿下が最初から日本全軍を指揮していれば、京都を守り通すことも出来たのではないか。そう思う者が居るのも確かだった。

 

祐悟の意見は異なる。操緒も同じだ。軍事に身を置き、日本防衛に心血を注いだ者だからこそ分かる。京都を守るには、核を多用する以外に方法はなかったと。

 

「……殿下が核使用を承認することはあり得ず。かといって、核不使用では京都を守りきれず。それだけではない、近畿以西の民間人が虐殺された責任は何処に――――ですか」

失敗の責任は頂点に向く。今は政府。それが将軍であっても変わらず。逆に良かったのだと思えた。そうなれば、殿下の威光は地に落ちていたのだから。

 

「でも代わりとして閣僚が犠牲になった。その責任もあって不正をする与党議員や野党の者達を追及することも出来なくなった……あちらを立てればこちらが立たず、ですね」

 

「最終的には日本ごと共倒れしかねない、というのが笑えんがな」

 

それを画策しようとしている者が居る。国内における動向から、祐悟はそう察していた。あまりの事態に、目眩を覚えていた。眼を覆い隠したくなるぐらいに。

 

「はあ……最初は尚哉の誘いに乗るだけ乗って、気に入らない奴を斬ってな。然る後に爆散すれば良いと思ってたのにな。どうしてこうなるのか」

 

「……放って置いても良かったでしょうに」

 

「裏に何者も潜んでいなかったら、そうするつもりだ。私的には米軍が怪しいとも思っているが」

 

彩峰中将が退役する原因となった光州作戦において、国連軍の指揮官に適材が選ばれなかったのは祐悟も知っている。その裏を考えれば、米国が絡んでいる可能性は高い。

 

「米国も、やる事はやってくれているのだがな」

 

「戦術機の提供に派兵、ですか」

 

戦術機を開発したのは米国だ。欧州、アジア問わずに兵力も出している。人、物、金の全てでBETA大戦に貢献している。欧州などは特にその恩恵に預かっている。

 

欧州が陥落した現状、その貢献が十分では無かった、という声がある。だが祐悟に言わせれば、それは当然の事だ。誰が自国の経済が危うくなるまで、他国に手を貸すような愚策を取ることができるのか。国民からの不満も溢れることになるだろう。

 

「そう、かもしれませんね…………ですが、やらなくて良いことまでやってしまうのが米国です」

 

「はっ、政治は慈善事業じゃないんだ。国家に真の友人は居ない。なら、利子は取り立てるべきだろう」

 

何かを提供する代わりに、自国が優位になるような手を打つ。あるいは、現地で収穫する。友人ではない、他人を相手にするならばその行為は傲慢ではなく、当然の事と言えた。無償で仕事をやれ、と言われて喜んで頷くのは博愛主義者ではなく人格破綻者だ。

 

「……中尉は、米国が日本に兵力を派遣した最初の理由はなんだと思われますか?」

 

「貸しを作りたかった。あるいは、彩峰元中将関連の何か。いくらなんでも国連に引け腰過ぎた事を考えればな」

 

「それが上手く行かなかったから。あるいは許容限度を超えたから、撤退を?」

 

「そうだろう。然る後、再び口と手を出す機会を逃さなかった。G弾投下は等価交換だ。敵を殲滅する代わりに、実験に付き合ってもらうといった類のな」

 

結果だけを言えば、明星作戦で戦死した総数は減ったとも言える。心境を完全に無視すればの話だが。合理的な考えを優先する米国であれば、おかしい話ではない。一方で、他国の感情を無視した傲慢な行為とも取ることが出来る。

 

「会の裏にも、な。正直、何を目的にしているのか」

 

「相手が米国とした場合ですか? ……国内に存在するG弾信奉者に接触している、との噂も聞きますが」

 

先の明星作戦において折れてしまった者達。戦術機の有用性を信じられなくなった、敗北主義者。そう罵倒されている軍人は帝国軍内にある程度存在していた。軍の無力を痛感させられた者達か、単に戦場に出て死にたくないと思った者達である。

 

そうした内憂を抱え込んでも、現状は致命的な混乱に至っていない。その要因の一つとして、尾花晴臣や真田晃蔵といった古株であり信望厚い衛士が睨みを効かせているというものが挙げられる。

 

「しかし、会が決起すれば………米国は日本を対BETAの防波堤とする方が好都合なのでは? そう考えると、日本国内の情勢を不安定にするのは、彼らにとっても望ましくないと思われるのですが」

 

「決起させて、日本を致命的な状況まで追い込んだ所に国連軍を介して助力を申し出て、事態を終結。然る後、日本政府や将軍に統治能力無しと見なして、これまた国連軍を介して属国のような扱いにする。そういった策があるかもしれんな。全ては推測だが」

 

「…………確証は何も無い。あるいは、何処にも。仕掛けも、無いかもしれない」

 

「そうだ。その場合であっても、帝都守備隊による“強引な手法”を止められる者が居なければ――――出張ってくる国連軍も、米軍も、斯衛も、正面から叩き潰す。盛大に焼いてやるさ。肥え太った政府高官なら、良い塩梅で焼き上がりそうだ」

 

「太っているとも限りませんが」

 

「いや、きっとそうだ。腹が腐ってる奴らは胃腸の調子が悪そうだからな。消化能力もなく蓄えばかりを優先するのは、きまって豚のように太っている。それ以外も同じだ。見栄ばかりで肉もなく、骨もない滓は焼却処分にしてやる」

 

予てからの自らの方針を祐悟は当たり前のように語った。会の方針も、沙霧の想いも、何をも汲んでは動かない。祐悟は信じていなかった。殿下に未来を託すことが出来れば日本の未来は明るくなるなどとは、欠片も思っていない。ただ、そこまで腐った国なら。ここまで来て内々で争うような状況になるような愚かな国なら、早々に沈んでしまえ。祐悟はそう願っている自らの内にある念を、押し殺すつもりはなかった。

 

一種の狂気とも言える。反面、帝国にも米国にも寄った考えではない。その様子を見た操緒は、こうした所があるから、沙霧尚哉はこの人を勧誘したのかもしれないと考えていた。先ほどのような米国の正当性を口にするなど、今の帝国軍内ではあり得ない。例え真っ当な意見であろうが、米国憎しの方向で固まっている以上、異端であり異物となるからだ。俗に言う雰囲気を読めない輩として派や閥に閉め出されるのならば良い方で、最悪は今のように命を狙われる羽目になる。

 

(理解していない筈がない。なのに実行する。命の順序がおかしいんだ)

 

他に迎合して命の保証を求めるよりもまず、自分の正当性に努める。人格者と言えるかもしれないが、生の欲求を二の次に置くあたり、異常者として評するのが正しいようにも思えた。

 

それでも、見る者によってはこの上なく眩しいモノとして映る。花火のように、鮮烈に散っていくと分かっている者ならば余計に。操緒は脳裏に一人の中国人を思い出していた一方で、確認しなけれないけない事があった。

 

「全てを潰すと言いましたが……横浜基地所属の秘密部隊。彼ら、あるいは彼女達の脅威度は、会で語った内容が全てですか?」

 

「いや、違うな――――指揮官に樹の野郎が居た。隊員も、余すことなく精鋭だ」

 

「し、紫藤樹が、ですか?! それに、精鋭とは……中尉が言う程ですか」

 

富士教導隊所属で、卒業時の成績は語り草になっているほど。斯衛を除き、帝国軍内で霧島祐悟を相手に一対一で勝る衛士は、沙霧尚哉以外に数えるほどしかいない。そんな衛士に素直に称賛されるほどか、と操緒は驚いていた。

 

祐悟は、珍しく考えこむような仕草を見せた後、うんと頷いた。

 

「やっぱりだな。少なくとも同数で真正面から、って状況は勘弁して欲しい」

 

「最低でも二倍の数は、ですか? ……16大隊と同じ評価ですね」

 

「あっちは対BETA戦の上手さが倍増したみたいだな。何が起きたのやら」

 

呆れるしかないという祐悟の言葉に、操緒は同意した。軍事における因果関係に突飛なものは少ない。こと人間の成長率に関しては特にだ。即席で優秀な衛士を作り上げられる方法があるのならば、どの国でも取り入れていることだろう。

 

それほどに衛士の育成は難しい。必要とされる技能も様々で、故に体系化されており、育て上げるにも然るべき順序を守らなければまともな衛士にはならない。

 

だが、現実として紫藤樹が率いているだろう秘密部隊と16大隊は今までにないぐらい、成長著しいという。共通点は、と考える二人の脳裏に同一の人物が浮かび上がった。

 

だが、それも一瞬だけ。二人は恥を知っていた。年下だった。なのに窮地でも諦めず、文字通り死力を尽くして日本のために戦い逝った者に縋るなど、あってはならないという思いを抱いていた。

 

それでも、絶望を前にもしかしたらを考えてしまうのが人間の性だ。直接的、間接的の差はあれ、日本という国の内外を知る二人はそれとなく察していた。この国は終わりに向かっていることを。

 

「………中尉」

 

「なんだ、大尉」

 

「この形勢を逆転する一発。そのようなものが現実に存在するのでしょうか、と問いかけたら貴方は私を笑いますか」

 

「笑わないし、笑えねえな。夢見る乙女は微笑ましいとは思うが」

 

祐悟の半笑いの回答に、操緒は殺意をこめた視線で返した。祐悟は顔をひきつらせて笑った後、この日初めて無表情になった。見ている操緒がゾッとするような眼。祐悟はその様のまま、平坦な声で答えた。

 

「ねえよ。在った筈なのにな。誰もが希ってた。それも、潰されちまった」

 

言葉は抽象的だ。それでも、真実そうなのだろうという説得力があった。息を呑む操緒に構わず、祐悟は唇だけで笑みを見せた。

 

「色んな思想が入り乱れちまってる。目的、手段もそうだ。こんな状況になっちまった以上、生半可な指導力だけじゃ事態は解決できねえ」

 

決起は起こる。起こさざるを得なくなる。祐悟はそう確信していた。その時に米国が絡んでいる前提だと、将軍の一声だけでは収まらない。そうなるには、間違いのない脚本が必要だ。だが敵味方入り乱れての状況では、お仕着せに似た台本通りにいくことはまずあり得ない。

 

ならば、何が必要になるのか。操緒の無言の問いかけに、祐悟はシンガポールでの光景を思い出していた。

 

何も、余計な想いに囚われることが無かった夢のような時間。自分たちは正しいのだと、疑いも持たなかった戦場。轡を並べた、祐悟にとって唯一戦友だったと胸を張れる存在。彼らは正しく、一つの方向を向いていた。根幹にあるものは、中隊員全てから聞かされていた。その内容を分析した事もある祐悟は、必要なものについて。解決の鍵となる“モノ”を一つの言葉にしていた。

 

――――誰もが持っていて、誰もが捨てざるを得なかったものだと。

 

「………その心は?」

 

「今はまだ、な。でも誰もが持ってるものだ、きっと」

 

明確に言葉にはできない。だが祐悟は、あるいは操緒も、今はそれが無くなってしまったように感じていた。

 

刻一刻と奈落が迫ってくるような。そんな錯覚に陥っていた二人は、相も変わらず黒い雲が広がる帝都の空の下で、かつてのような快活な笑みを浮かべられなくなっていた。

 

「それでも…………それでも」

 

「分かってる。暴走だけは回避すべきだ」

 

“事が起きた際に戦略研究会が暴走した時、己が命を賭けてでも止める”と。互いに示し合わせないまま出来上がっていた共通の目的を思った二人は、自分さえ騙せない下手くそな笑いに身を浸していった。

 

それでも、と。共通の知人である少年の顔を、星のように虚空に浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶあっくしょんっっっ!!」

 

「……白銀? あんた、そんなに実験の材料になりたいの?」

 

「ままままマジすんません夕呼先生! だからそれだけはご勘弁をっ!」

 

平謝りする武に、夕呼は文句を言いながらも少し水が掛けられた頬をハンカチで拭いた。それで、と武の隣に居る樹に視線を向けた。

 

「報告書は見たわ。それで、アンタなりの結論はあるの?」

 

「……理由は不明。ですが、鑑純夏は予知に似た能力を保持しています。自分でも、何を言っているのか分かりませんが、それ以外に説明づけられるものがない」

 

「そう――――白銀?」

 

「分かってます。恐らく、ですが…………平行世界の干渉でしょうね。00ユニットになった純夏の」

 

武の言葉に、樹は一瞬で表情を変えるも、何とか沈黙する事に成功した。一方で夕呼は表情も変えずに続きを促した。武は渋面のまま、純夏に起きている事について推論を言葉にした。

 

00ユニットは平行世界の同一存在の脳を使っている。それが間借りであった場合、間借りされている方の脳にも影響が生じると。

 

「あっちの鑑じゃ、まずあり得なかったことね。あっちの世界じゃ、そのあたりの研究は行われ………ないか」

 

鑑純夏が死んでいる以上、その必要もない。一人で結論を出した夕呼だが、こちらでは事情が異なることも武に説明していた。理由の一つとして、本来の00ユニットが完成していないというのもある。

 

「かといって、素体に選ぶのは不可。でも、活用できないって訳でもないわね。そのあたり、教官としてはどうなのかしら。例えば未来予知ができる衛士とか」

 

「必要ありません。そんな博打じみた能力、頼る方が怖い」

 

戦場とは瞬間の連続だ。そんな状況で短時間でも未来予知が出来るといっても、一瞬のアドバンテージを“ある程度”確保できるだけなら、大した価値はない。外れれば死、という賭けに喜々として挑める者は少ないように。

 

「かと言って、そのまま放置するにもね……どうする?」

 

「え? どうする、とは…………俺が決めるんですか」

 

「当たり前でしょうが。離れて見守るも良し。あるいは――――まあ、どっちでも好きにすると良いわ。どちらにせよ、来月にはユーコンに飛んでなきゃならないし」

 

気になるなら接触するも、期限は一ヶ月程度。そう告げる夕呼を前に、武は沈黙を保っていた。その様子を見た樹が、ため息混じりに伝えた。

 

「繰り上がっての訓練は順調だ。過密なスケジュールでも、あいつらは応えてくれた。そのため、総合評価演習は4月下旬に実施可能な状況にある」

 

手配も済んでいるという樹の声に、武は驚き顔を上げた。その様子に、樹は現金だな、と言葉を零すも、苦笑を重ねた。

 

「かといって、俺も教官職は初めてでな。神宮司軍曹も、こんなに早く訓練過程を修了させた経験はないらしい…………あとは、分かるな?」

 

樹の言葉に、武は少し考えるも、正解を答えた。

 

――――その実力が本物かどうか、事故が起きる前に見極める必要があるという。

 

「訓練内容も、これから他の部隊にも浸透させていく予定だ。なら、今のうちに検証が必要になる」

 

更には培った中途半端な自信を打ち砕いておけば、次の訓練にも身が入ると言って。

 

「そのために、教官よりも身近な位置で彼女達の技量を見極める役が欲しかったんだ…………207Bは流石にダメだがな。ああ、これ以上は言わないが?」

 

樹は言葉にはしなかった。

 

――――そういった技量その他の見極めが出来るぐらいに、熟練した衛士が誰なのか。

 

――――訓練兵に違和感を抱かれないような、同年代の立場に居る衛士が誰なのか。

 

――――鑑純夏に万が一が起きた場合、迅速に対処できる人間が誰なのか。

 

「ちなみにだが、風間少尉達の訓練は?」

 

「今日、完了した。盛大に泣かれたけど、もう一人前だ」

 

初めての、複数を育て上げる教官職。多すぎるぐらい意気をこめての衛士訓練過程の最中、殺気に似たプレッシャーを浴びせた結果を武は思い返すも、最後には無事終わったと、自分なりに評価していた。タフに仕上がった彼女達なら、曲者揃いのA-01でもやっていけるだろうと思っていた。

 

「ならば?」

 

「ああ………我儘を言うけど」

 

「今更だ。反則に過ぎるが、事情が事情だからな」

 

樹が告げると、武は立ち上がり、告げた。

 

 

「白銀武――――第207衛士訓練小隊、A分隊に入隊します!!」

 

 

ご指導ご鞭撻宜しくお願い致します紫藤教官殿、と。

 

武から敬礼と共に告げられた言葉に樹が嫌な顔を浮かべた。

 

それを見た武と夕呼の二人は、面白そうに小さく笑い声を上げた。

 

 

 

 


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