Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

175 / 275
ひらひらさん、フィーさん、屋根裏部屋の深海さん、コビィさん、レライエさん、三本の矢さん、アンドゥさん、mais20さん、誤字報告ありがとうございます。

感無量とはこのことか………


6話 : 準備(後編)

海を空から越えて、遥々と4300km。長距離を移動した武は基地で挨拶を終えた後、ベトナムはホーチミン市の郊外で、同乗者の二人と一緒に車で揺られていた。

 

「っと………でこぼこだな、この道。痔になりそうだ」

 

「だが、これでもかなりマシになった。日本の協力がなければ、間違いなく便座を友達にしていただろうな」

 

「凄えな日本。グエンは工事現場を見たのか?」

 

「ああ。まるで魔法のようだった」

 

後部座席に居る武の問いに答えたのは、運転席に居るグエン・ヴァン・カーン。元クラッカー中隊の7番で、“鬼面”の二つ名で知られている大東亜連合の戦術機甲大隊でも有数の実力者だ。その異名の通りに強面であるが、心根の優しさは葉玉玲と並んで二強であると隊内や彼らを知る者の間ではもっぱらの噂であった。

 

その隣に居る女性が、溜息をついた。

 

「ほんっとありがたいわ。ほら、あたしってか弱い女子じゃない? 孤児院に到着する頃はもうお尻が痛くって痛くって」

 

よよよと泣く女性の声に、武は得心いったと手を叩いた。

 

「ファンねーさんは胸尻に肉付きが少ないからダイレクトに衝撃が来ちまうのか」

 

「そうそう身は少ないから骨煮込んで出汁を取るのがおすすめよ、って誰が豚骨よもぎ取るわよ小僧」

 

「どこをッ?!」

 

賑やかに車は走っていく。そうしてふと会話が途絶えると、グエンがぽつりと呟いた。

 

「本当に………変わっていないな、お前は」

 

「変わって欲しかった部分も変わってないけどね」

 

冗談めかして告げたグエンとインファンは、共にターラーから明星作戦の顛末を聞かされていた。武が乗る武御雷が、どこに居たのかも。十中八九どころではない、九分九厘死んでいると判断されて当然の状況だ。なのに、ちょっとトイレに行っていたと言わんばかりに、帰ってきた少年は片腕を上げて軽く再会の挨拶をするだけ。

 

「いやでも、また会えたからって、抱き合いながら感涙に咽び泣くとか………どう思う、鶏ガラ姉さん」

 

「控えめに言ってきもい。あと鶏ガラいうな、肉もあるわよ。むしろバインバイン?」

 

「………ふっ」

 

鼻で笑った武にインファンの指から羅漢銭(硬貨の指弾)が飛んだ。後ろ向きだが威力は十分だったらしく、すこんという衝突音の後に、武が痛みに頭を抱えた。そのままぎゃーぎゃーと言い合う二人の声を聞きながら、グエンは苦笑していた。

 

(どちらも、素直じゃない。本当は嬉しいんだろうに)

 

自分と同じように、と。一方で、涙ながらに抱き合うのはらしくないという意見に同意していた。泣いて嬉しがるよりは、“何だ遅かったな”と。軽く挨拶をするぐらいで、あとはいつもどおりに軽口を叩き合うぐらいがしっくり来るとも思っていた。

 

(だが………あの二人と玉玲は、どうだろうな)

 

最後の一人の今など、聞きたいことも含めて。グエンは待ち遠しさのあまり、慣れた道なのにいつもより目的地が遠いように感じていた。

 

(俺は、タケルが語る内容に期待しているのか………それとも)

 

グエンは武が持ってきた書類その他に、期待を抱いていた。先のマンダレー・ハイヴ攻略で大東亜連合は俄に活気づいたとはいえ、それはあくまで帝国その他の協力があってこそ。もしも帝国がBETAに敗れ、米国の管理下に置かれるような事になればそれだけで東南アジアの経済は停滞するだろう。連合はまだ未成熟であり、米国と単独で事を構えることなどできない状態だ。帝国と協力してようやく、反攻の形だけは整えられるかどうか。故に連合としても、帝国の現状を好ましくは思っていなかった。

 

挽回する時が来るならば。グエンだけではない、ターラー達もそれは何らかの機が必要だと考えていた。帝国内の派閥争いは深く粘い。外から手を出せるはずもなく、またそうして解決できる目処も立っていない。

 

その機こそが、後部座席に座る少年である。グエンは誰に否定されようとも、そう信じていた。枠に囚われない者こそが既存の体制を越えて状況を打開できると思っているからだ。

 

一方で、些かの後ろめたさもあった。白銀武の全てを知る者はいない。その奇特な戦果と中隊の人間だけが知る裏の事情と、それだけだ。どのような未来を見たのかなどと、根掘り葉掘りを聞くような暇もなかった。聞けなかった理由の一つとして、この戦いの結末を。恐らくはろくでもないだろう未来のことを明確に言葉で聞かされたくはなかった―――語らせたくはない、という思いもある。

 

 

「………降ってきたな」

 

 

フロントガラスに落ちた水滴が増えていく。ワイパーのスイッチが入った音がした。間もなくして、隙間もないぐらいに敷き詰められた雨の音が、グエン達が乗る車体を打ち据えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着したようです………ターラーさん?」

 

「あ、ああ。なんだ、何か顔についているか、ハイン」

 

「いえ………その、何でもありません」

 

頷きながらも、何かおかしいものでも見たかのような仕草。ターラーはそれさえも気づかず、落ち着きのない様子で椅子に座っていた。手持ち無沙汰に掌を握ったり、開いたり。何もないのに、テーブルの上をじっと睨みつけたり。ついに耐え切れなくなった、隣に居るラーマが呆れた声で言った。

 

「いいから落ち着け、お前らしくもない」

 

「………分かりました」

 

返答は無意識なものらしく、全く様子が変わっていない。もう一人、待ち人に再会することを希っていた友人こと白銀影行も同じらしく、その隣に居る黒髪の女性が何を言おうとも耳に入っていないようだ。そうして、ラーマがついに諦めた時だった。ノックの音の後、一つしかない入り口の扉が開いたのは。

 

入ってきたのは3人。基地の地下を通る際に雨に降られたのか、少し濡れている。その中の一人が、一歩前に出ると背筋を伸ばして敬礼をした。

 

「白銀武、ただいま帰って参りました………なんてっ?!」

 

武の言葉は驚愕に止まった。いきなり駆け寄った二人に驚いたからだ。

 

「た、ターラー教官。あの、何かお怒りのようですが………」

 

武は昔の事を思い出したせいか、無意識の内に背筋を伸ばして、手を後ろに組んだ。同時に気づいた。俯かないで立った時だと、目の前に居る恩師を見る時はやや視線を下にしなければならないのだと。

 

それでも自分が優位に立ったとは思えなく、緊張したまま直立不動でターラーを見る。

ターラーは武の眼を正面から見据えると、拳を小さく握りしめてやや上の位置となった少年の心臓にあてた。どうしてか歯を食いしばる様子を見て、笑いをこぼした。

 

「よく、生きていてくれた」

 

「はいすみませんっっ! ………え?」

 

「馬鹿者。身体は大きくなったというのに、中身は悪戯小僧のままか」

 

叱る言葉だが、声色は久方振りに再会した母親のそれだ。懐かしい感覚に、武は泣きそうになったが、すんでの所で耐えた。伝えなければならない事があったからだ。

 

「ほんとに最近の事ですが………サーシャが戻りました。生きて、元気にしています」

 

「っっ! ………そう、か。生きて、いてくれたか………そうか」

 

武の言葉に、ターラーだけではない、サーシャをよく知る全員がそれぞれの反応で喜びを見せた。ターラーとラーマは大声でそうかと繰り返して、涙を流しそうになっていた。グエンは拳を握りしめて身体を震わせ、インファンは手を叩いて喜んでいた。

 

影行は、震える身で安堵の息を吐いた。その様子を見た武は、3年振りとなる姿を見ると、ためらいがちに声をかけた。

 

「………ただいま、親父」

 

「あ、ああ。おかえり、息子」

 

ぎくしゃくした仕草に言葉。何をどう話していいのか分からないという心情が外から見て取れるほどだった。それでも聞きたいことは色々とあるのだろう。「後で」と武が告げると影行は小さく頷いた。

 

次の人物に視線が映る。武はその女性を見て、最初は訝しげな表情を浮かべていたが、やがて眼を大きく見開くと、影行とその女性を交互に見比べた。

 

どういう事か。その言葉が出る直前、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、この場においては武に並ぶもう一人の主役。大東亜連合軍の元帥である、アルシンハ・シェーカルは、部屋の中に居る面子を見回すと、小さく笑った。

 

「揃っているな………全員席につけ。遊んでいる時間はない」

 

アルシンハの言葉は有無を言わせないもので、全員が急いで席に座る。武も隅の席に座ろうとしたが、お前はこっちだと中心の席に強引に座らされた。

 

「………よし。さっさと始めようか。議事録担当はラーマ・クリシュナ。ただ、メモは用が済み次第提出しろ。こちらで処分する」

 

場を仕切ったアルシンハは武に視線で合図を送る。始めろという意図がこめられたそれに、武は質問を返した。

 

「いきなり過ぎるんですけど………どこからですか?」

 

「経緯を知らなければ納得もできんだろう。そうだな、初陣の時からでどうだ」

 

「………了解です」

 

ちょうどいい機会かもしれないと、武は自分の過去について話し始めた。窓の外に降る雨のように自分の身を叩きつけた悪夢について。

 

内容は凄絶の一言だった。見知らぬ誰かが、それでも大切だったように思える隣人がBETAに食い散らかされていく光景が幾度と無くリフレインされたこと。

 

「亜大陸を渡る前から………初陣の、少し前にも夢を見たんですよ。あれは横浜ハイヴだったように思えます。純夏と一緒にのっぺらぼうなBETAに拉致されたようで………ハイヴの中で、あちこち齧り取られて死んでいく自分を見ました」

 

「………徒手空拳で挑むよりは怖くない、か」

 

夢に見た光景から実感したものならば、虚勢や誇張も感じ取れなかった訳だ。納得するラーマだが、その映像に関して気になっていた。

 

「予知夢の類か。それは、何種類も?」

 

「はい。とはいっても、俺の見る夢は二種類あるんです」

 

武はBETA世界の自分と、BETAの居ない世界から呼び寄せられた自分について説明をした。それを聞いた皆は困惑し、唯一真実を聞かされていたアルシンハがその理由を補足した。

 

「あちらの世界の白銀武は横浜で死亡。その際、一緒に捕らえられた鑑純夏はBETAに実験体として扱われた。最終的には脳髄だけの姿にされた、そうだったな?」

 

「はい。そして、明星作戦で起きたG弾の爆発のせいで時空間の歪みが発生して、純夏の意思と共鳴現象か何かを起こして………これもあくまで推測です。でも、そういった細かい事は別として、違う世界から別の俺がやってきたのは事実です」

 

「………BETAの居ない世界、か。想像もつかないな」

 

それ以前に異世界から呼び寄せられたなど、武の非常識さを知っているラーマ達でも信じ難いという反応を見せていた。一方で、ターラーと影行は重々しい表情で頷いていた。武が純夏についてどう思っているのかを知っているため、冗談や虚言の類でそのような嘘をつくとは思わなかったからだ。

 

「しかし………人間を実験体に、か。兵士級が人間から作られているだろう事は、各国上層部でも暗黙の了解になっているが、証拠として突きつけられると………また違ったものがクルな」

 

「あっちは、そうも思ってないみたいです。BETAにとって生き物とは珪素系生物のみを指すようでしたから。まあ、そのあたりは後で」

 

武の言葉に、アルシンハが頷いた。

 

「異世界うんぬんは信じられんだろうが、確度の高い未来情報を持っているのは事実だ。その有用性も、な。マンダレーは、こいつの情報なくしては落とせなかった」

 

「………やはり」

 

ラーマが頷いた。ベトナムから撤退を余儀なくされた後に、シンガポールに軍を残すと宣言したアルシンハ。そう判断した根拠と情報源を頑なに明かさなかったが、何らかの確証を持っての行動だったというのが、ラーマ達のような付き合いの長い衛士達の見解だった。もしかしたら、武が何かをしたのかもしれない。クラッカー中隊の衛士の数人は、そう考えてもいた。

 

「未来、か………分かってはいたことだが、重いな」

 

知っているからこそ、インドで戦う事を選択した。ならば、この戦争の先には相応に酷い結末が待ち構えていると思うのが当然だ。ターラーは、参考までにと尋ねた。このまま行けば世界はどうなる、と。武はあくまで自分たちが動かなければという前提で、答えた。オルタネイティヴ5の発動とバビロン災害のことを。

 

「生き残った人類も、内輪もめに殺し合い………BETAも死んじゃいません。JFKハイヴの後にも、ずっと戦いは続きました」

 

「………JFKハイヴ?」

 

「米国海軍の戦術機母艦、“ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ”に建設されたハイヴです。生き残っていたんですよ、奴らは」

 

G弾による殲滅は叶わなかった。それだけではない、月や火星にもBETAが多数存在するのだ。故に災害により生存圏を著しく狭められた人類は、ジリ貧に追い込まれたと見る方が自然である。そうした事態だけは防がなければならないという武の訴えに、ラーマ達は深く頷いた。

 

「地球滅亡に至る未曾有の大災害、か………元帥閣下はこの話を聞いた時から信じられていたのですか?」

 

「最初は鼻で嗤ったさ。貴様ほど楽天的ではないのでな、クリシュナ。だが、次々にこいつの情報が真実であるという証拠が出てくるのを見せられてからはな………時間と共に期待感と絶望感が膨らんでいった」

 

アルシンハを知る者達は、それでかと納得した。心労が増えているのか、年の割に白髪の部分が多くを占めるようになっていくのを見ていたからだ。

 

「バビロン災害が起きれば東南アジア圏の人類は全滅する。それを防ぐためのオルタネイティヴ4………日本との協力関係を強化する方針を定めたのは元帥だと聞きましたが」

 

「事実だ。こちらの政財界にも友人は多かったからな。クラッカー中隊の勇名も存分に利用させてもらった。何より、財界の大半は、もともと日本の高い技術力を取り込むという方針に賛同していたからな」

 

大戦時に欧米と真正面から立ち向かって唯一、“まともな喧嘩になった”国である。その精神性と技術力の高さはアジアでも随一と見られている。

 

「国内での派閥争いが激しく、動きが遅いという欠点はあろうがな。国交を結ぶには美味しい国だ。何より外交が下手だというのも良い」

 

アルシンハの感想に、影行は否定出来ないと顔をひきつらせ、武は深く頷いていた。閣僚の一部や軍幹部の愚鈍さに対しては、あの斑鳩崇継が憎悪を抱いていたほどだ。一方で武が国内で未来の情報を明かさなかった理由の一つでもある。

 

「………話が逸れたな。とにもかくにもオルタネイティヴ4の完遂だ。その目処については、どうだ?」

 

「ある程度はついています。あちらの世界と同じ、という訳にはいきませんけど」

 

「ほう。何故だ?」

 

「詳細は省きますが、オルタネイティヴ4のとある装置を完全な形で完成させるための決定的なものが手に入らなくなったんですよ」

 

「永久に、か。それはなんだ?」

 

「―――純夏の脳髄です。BETAに解剖され、脳髄だけで生かされている形での」

 

武の言葉に、影行達が絶句した。

 

「それも、目の前で俺が殺されていなければならなかった。いや、そもそもが不可能だったかもしれません。今の俺はずっと純夏の傍に居たって訳でもありませんから」

 

執着度が違えば、どうなるか。実証をするつもりもないが、と武は言った。

 

「だから、違う形でのアプローチをします。オルタネイティヴ4は有用だとアピールするために」

 

「その方法も思案済み、か。貴様一人で決めたのか?」

 

「いいえ。最終的な形である“オルタネイティヴ5の阻止”と“オリジナル・ハイヴの攻略”は必須だと思っていましたが、手法に関しては色々と相談した上で決めていったことです」

 

戦略を達成するには情報や物資、武力といった必要な部品を揃えることと、それを有効かつ効果的に使うための順番を考える必要がある。それを可能とする、大局を見極められる眼を武が持っているのか。アルシンハは否と結論づけていた。そのような客観的な判断ができるのならば、単身亜大陸に渡って最前線で戦うなど、頭が悪いにもほどがある方法を取る筈がないのだと。

 

「しかし………小娘一人の命と世界を命運を引き換えに、か」

 

「………“そう”しなかった俺を責めますか、元帥」

 

「いや。その方法を取らなかった意思と理由も知れた………それが、貴様の譲れない一線か」

 

「はい」

 

「ふん………ならば、次だ」

 

「え………もう、ですか?」

 

「色々と用意してきたのかもしれんが、時間の無駄だ」

 

オルタネイティヴ5を防ぐ。そのために有用な方法を取らなかったという事は、協力関係を反故にするに等しい。信用の問題だ。罵倒されてもおかしくはない。だというのに、こんなにあっさりと。武の顔に浮かんだ表情を見て、アルシンハは舌打ちしながら答えた。

 

「勘違いをするな。私は、貴様ほどロマンチストではないという事だ」

 

アルシンハは、世界はもっと複雑で非情なものだと信じている。個々人の信念や熱意は大いに認める所で、侮れる筈もない。大局や歴史を動かして来た要素として、そういった俗なものが大半を占めている部分もあった。

 

(だが、それでも―――たった一人の女の命が、その思いが、世界の趨勢をひっくり返すなど信じたくはない)

 

奇跡は良いものだが、縋るほど価値があるものじゃない。想いは尊いものかもしれないが、一人のそれで世界が左右されることなどあってはならない。感情といった曖昧なものだけで世界が救われてなるものか。そう断じたアルシンハは、武を見返して言った。

 

「責めなかった理由は別にある。貴様に万能を求めるつもりはないということだ。多少のミスならば許容の内だ。もっとも、貴様が自分を特別と思い込んでいるのなら、付き合い方を考えただろうが」

 

「………どういう、事ですか?」

 

武の疑問に、アルシンハは言わなければ分からんかと舌打ちを重ねた。

 

「運よく生き残った。今まで隣に居た人物が流れ弾で死んだのに、自分は死ななかった―――若造はこう考える。自分が生き残ったのには意味があると」

 

衛士が増長する理由の一つだ。運が良かったから、というのが正答かもしれない。それでも唯一無二な答えなどなく。人によっては、こう考えるのだ。それは、自分が特別だからだと。

 

「そう思うのは自由だ。だが、それを選ばれたからだと調子付いて粋がるような人間ならば、関係を切った。直接、オルタネイティヴ4と交渉する方針に変えただろう」

 

「………特別だとは思っていますよ。例え望んでいなかったとしても」

 

「それで視野狭窄に陥るほどではない。そうであれば、絞れるだけ絞って利用し尽くして捨てた」

 

その上でと、アルシンハは言う。

 

「自分で絵図面を描いたうえで責任を取るというのだろう。ならば、協力するに吝かではない。そう判断した………これでも、連合を預かる身なのでな」

 

責任がある。そう告げて、嗤った。

 

「明星作戦で行ったことも言えばいい。本題はそこからだろう」

 

「………はい」

 

武は頷き、世界を渡ったことを説明した。それを聞いたアルシンハは、責任は取ったではないかと答えた。

 

「後は、単純な損得の問題だ。多少のミスを責めることで、将来的に得られる利益を捨て去るなど愚の骨頂以外のなにものでもない」

 

アルシンハはその言葉でもって、この場に居る連合の軍人に方針を伝えた。今まで通り、白銀武との協力関係を続けたまま、オルタネイティヴ4を支援していくと。

 

「それに、責めなかった理由はもう一つある。曖昧なものだけじゃない、確かな方法を取れる“材料”があるのだろう」

 

「………はい。一つ目は、これです」

 

そうして、武は電子媒体と一束の紙を取り出して見せた。米国最新鋭の戦術機であるF-22が持つアクティヴ・ステルス、その基礎技術に関して書かれた資料を。

 

「あっちの香月夕呼博士が量子コンピューターを使って集めたデータですが………って、どうしたんですが、変な顔して」

 

アルシンハとインファンなどは眉間を押さえて頭痛を堪えているように見える。首を傾げる武に、引き攣った顔をしたターラーが答えた。米国の国家機密をさらっと持ってくるな。何でもないように渡すな、と。

 

「そもそも、どうしてステルスが必要になる。BETA相手には意味のないものだろう………いや、まさか米国を相手に使うつもりか」

 

「はい。とはいっても、限定的ですが」

 

物量で勝る米国に同質の技術を用いても意味がない。

使い所が肝心だと、武は言った。

 

「詳細は伏せますが、オルタネイティヴ4に必要な人材を亡命させるための道具となります。もちろん大東亜連合の戦術機開発に役立ててもらって構いませんが、将来的な事とコストを考えると、あまり推奨はできない技術です」

 

「人知れず他国へ潜入するための機体、か。理屈は分かった。だが、どうしてこれを日本に渡さない」

 

「渡しても意味がないからです。あと、変に技術力をあげられると困ることになるので」

 

「どういう意味だ?」

 

「来年の5月からアラスカのユーコン基地で行われる、不知火・弐型の開発。事はこの時に起こします。そこに集まった3人をまとめて引き入れるんです」

 

「………その人物の名前は」

 

「女性の方は、クリスカ・ビャーチェノワ、イーニァ・シェスチナ。気に食わない言い方になりますが―――いずれも第三計画の技術を使って生み出された、ESP発現体です」

 

武はサーシャと同じような力です、と告げながらオルタネイティヴ3についても補足した。大まかな目的と取られた方法。そしてサーシャに能力が生まれた経緯も。国家機密に値する内容に誰もが驚き、ソ連の非道に嫌悪した。特にスワラージで不愉快な目に会わされたアルシンハ、ターラー、ラーマは舌打ちをして、これだからイワンはと忌避感を表に出していた。武は当然だよな、と頷きながら最後の一人についても説明した。

 

「前もって言っとくと、最後の一人はこっちが手を出さなくても、開発途中の機体を奪取してユーコンから抜けだします。ほぼ間違いなく、こっちでもそうなるでしょう」

 

「………断言する、その理由は?」

 

「そいつの事はよく知ってるからです。あっちでの一番の戦友でした」

 

「ほう………お前がそこまで言うほどか」

 

「はい。米国戦術機甲部隊のインフィニティーズって知ってます? 曰く、教導部隊を教導するっていう謳い文句の。そこでトップクラスを名乗れるぐらいの腕を持つ奴です」

 

対人戦の技術とか知識とか色々と交換できました、と言う武にターラー達は別の意味で戦慄した。あれからまだ強くなったのか、と。

 

「しかし………ひょっとしなくても米国軍人か」

 

大丈夫か、と視線で尋ねるターラーに、武は小さく頷いた。

 

「帝国陸軍の巌谷榮二中佐が提案した、日米共同での不知火の改修計画。それを成功させるために呼ばれた衛士です。日米共同だからという理由で、フランク・ハイネマンが選んだのは日系米国人でした」

 

出てきた名前に、影行とその隣に居る女性が反応する。

 

「最初は色々と問題があったそうですが、軌道に乗ってからの開発は順調に進んでいたらしいです。でも、不知火・弐型の最終形―――フェイズ3にYF-23の技術が使われているという嫌疑がかけられまして」

 

「………中止、か。だがその衛士はそれを良しとしなかった」

 

「はい。最終的にそいつは米国機密が詰まった帝国の資産でもある弐型をちょっぱった上にソ連の二人を引き連れて、国外へ逃亡しました」

 

「―――ロックだな」

 

影行の言葉は率直なものだ。一方で機密を扱うのが仕事でもあるインファンは、ロックどころじゃねえと掌をひらひらと横に振っていた。

 

「あり得ないわ………その後はオルタネイティヴ4の部隊に、って所?」

 

「はい」

 

「………良く信用する気になったわね、そんな危なっかしい男を」

 

「理由あっての事でしたから。DIAの捜査官のプロファイリングの結果でも、こうありました。“悲劇的な生い立ちを持っている女性が、更に酷い目に―――例えば生命を理不尽に脅かされるような立場になる事を認められない男である”と」

 

クリスカとイーニァを救うためならば、国を相手にしても引くことはしなかった。その理由がある以上、イーニァの生命を保証している限り裏切ることはないと判断したからこそ。

 

「酔わせたうえで聞き出しました。“お袋の死の事を、酷く当たった過去について、直接会って謝れなかった事を引きずっていないと言えば嘘になる”って、そう言っていたんですけどね………ユウヤ・ブリッジスは」

 

武はそこではじめて、この部屋に来てから唯一視線を合わせていなかった女性と視線を交わした。

 

「なのに、どうして生きているのか。それだけじゃない、CIAやDIAの眼を掻い潜って国外へ脱出できたのか、聞いていいですか ―――ミラ・ブリッジスさん」

 

武の言葉に、事情を知る影行とアルシンハ以外は絶句した。

 

雨の音だけが部屋の中を支配する。

 

その静かに停滞した空間を破ったのは、渦中である女性―――ミラは、武を見返すと、躊躇いがちに問いかけた。

 

「………どう後悔していたのか、教えてもらえるかしら」

 

「はい。とはいっても、ユウヤに対して過去のことを根掘り葉掘り聞き出した訳でもないんです」

 

武は特に印象が深かった言葉を一つだけ、と前置きながら答えた。

 

「“肉じゃが作った時に何を思っていたのか。そんな事も思いやれずに死なせちまったんだ、オレは”………そう言ってました」

 

「―――っ」

 

声にならない嗚咽が空気を僅かに揺らした。武は言わず、影行も問わず。沈黙の後、アルシンハが口を開いた。ミラが亡命した経緯と、それを成した者の事を。武は、また鎧衣課長かと呟くことしかできなかった。

 

だが嬉しい誤算だった。アクティヴ・ステルスの事はともかく、これから渡す資料に優秀な技術者は必須だと考えていたからだ。

 

「という訳で、あっちの世界で完成間近だった高出力跳躍ユニットの設計図です」

 

不知火・弐型のフェイズ2という、国外の新技術に触発された日本の技術者が作り上げた逸品です。そう告げる武に、影行は再度顔を引きつらせて答えた。

 

「手を変え品を変え、優位な立場を作るつもりだな。だが、これは技術の横取りに等しい………真っ当なやり方じゃない」

 

「技術開発史とか技術者の誇りに、到底認められない歪なもんをぶち込むってのは確かだと思う。でも、そんな悠長な事を言ってられるような時間がない。タイムリミットは来年の12月で、ブツは最低でも9月には欲しいから」

 

「つまりは………1年と少ししかない?」

 

「ステルスと機体は8月には欲しい。今から手配してぎりぎりだと思うけど」

 

「………相当に無茶をさせる必要はあるが、可能な範囲だな」

 

影行の頷きに、武は答えた。

 

「勝負は11月、12月ぐらいになる。オルタネイティヴ4の成果にもよるけど、希望的観測にすぎない。国連がどう動くかによって決まる。その国連も、米国の方が圧倒的に影響力が高い。読み違えればそこで終わりだ」

 

「………そのためならば、多少の無茶は押し通すと」

 

「利用できるものは利用します。元帥と同じです。日本は日本で忙しい。開発畑で唯一信頼できる人、篁祐唯さんには京都の防衛戦の最中にJRSSの開発資料を渡していますから」

 

あれから2年、形になるのはもうすぐか。布石は打ってあると告げる武に、アルシンハは問いかけた。国に報いるつもりはないのか、と。技術提供による国力の向上を示唆しているのだろう指摘に、武は迷いなく答えた。

 

「ささいな事だと思っています―――来るべき決戦を“戦い”にするためなら」

 

それは武が誓ったものの一つだった。勝敗があってこそ初めて戦闘の形が体をなす。それを用意されない戦場で死ぬ人間こそが道化だ。死体にしかなれない無意味な戦場の上では、人が持つ愛も勇気も断末魔にしかなり得ない。

 

許せないと、武は言う。

 

「青臭いかどうかは知りません。でも、世界の趨勢は勝ち負けによって決められるべきです。あんな糞ったれな、戦いとも呼べない災害でこの地球の未来が決まっていい筈がない」

 

意志によって滅びの選択がされたのではなく、偶然と事故によって星が滅びる。笑えもせず、欠片も認められる筈がないでしょうと、武は憤慨していた。

 

「それに、米国は世界を滅ぼしたくて滅ぼしたんじゃない。それを知っている。なら、全力で防ぐべきです。そうして、罪は罪じゃなくなる」

 

それこそがハッピーエンドだと、武は主張した。

 

「でも、今のあちらさんは話を聞かない。日本人風情がいい加減な事を言うなと反論する。なら、無理やりにでもその可能性を潰してやればいい」

 

「そのためにオルタネイティヴ4を完遂して、か。米国は無罪放免か?」

 

「はた迷惑なモン作った責任は取ってもらいます。損な役割を押し付けることでね」

 

ニヤリと笑う武に、思わずとアルシンハから質問が飛ぶ。オルタネイティヴ4の別方向での完遂というのも気になっていたためだ。

 

武は待ってましたとばかりに語り―――それを聞いた全員が、各々の立場で考え始めた。最初に答えを口にしたのは、ターラーだ。

 

「それは………いや、上手く事が運べば、あるいは」

 

「順番が重要だ。しかし、各国を納得させる事はできるだろう。少なくとも欧州に選択の余地はない」

 

ラーマがフォローし、インファンも頷いた。

 

「真実がどうであれ、飛びつくでしょう。ソ連も、恐らくは」

 

「だが、餌も必要になる………いやすでに用意してある、か」

 

グエンの言葉に、武は自信満々にあると答えた。

 

「XM3という戦術機用の新OSを絶賛開発中だ」

 

「つまりは、必要なパーツは揃っているという訳だ」

 

アルシンハにしては珍しく、心の底から感心したように頷く。ありがたかったというのもある。大東亜連合とはいえ単独で米国を相手にできるはずもない。ミラ・ブリッジスの存在を未だ隠し通せているのは、米国が対日の諜報を最重要視しているからだ。主な諜報機関は無菌室とも言われている横浜のセキュリティをどう崩すかに注力している。一方で、大東亜連合はそれなりの軍事力があるとはいえ、BETAが再度侵攻すれば国力も結束も緩まると見られている。

 

アルシンハ自身もそう思っている。戦争は兵器の性能と兵士の練度に左右される。連合は欧米、日本に比べて両方とも劣っているのが現状だ。どちらも国々がそれぞれの歴史の中で積み重ねてきたものがあってこそ。連合はその歴史が浅く、多国間による交流も完全とはいえない。

 

マンダレー・ハイヴを攻略したのは偶然やまぐれによるものだと中傷する声はある―――それも欧米に多い―――が、概ね事実であった。

 

(ステルスを持てば、否が応でも認めざるを得なくなる。そして、新しい跳躍ユニットを入手できれば………いずれにせよ、白銀が言う目的達成に近づく訳だ)

 

尋常な発想ではないが、断る理由がない。失敗する可能性もあるが、連合として戦術機の開発を大幅に進められることは、別の方策を考えた時の布石にもなる。

 

必要なのは開発を頓挫させることなく進められる人材だが、それも揃っている。開発の際に生じるだろう他系統の部所との人間関係の調整も、白銀影行であれば円滑に進められるだろう。戦術機開発のみで言えば、ミラ・ブリッジスともう一人の開発者が居れば問題はない。ミラ・ブリッジスにしても、息子の救助を目的とすると言われれば、決死の覚悟で開発に挑むだろう。

 

「だが………決め手はまだ手中にないだろう。いずれも香月博士の協力が必須なように思えるが」

 

「横浜に戻った後、説得します。用意はしてきました」

 

「予習はばっちりだという訳か。そういった方面が得意だとも思えんが」

 

「苦手だからやらなくていい、ってのは通用しない。それを学ばされましたから」

 

武の言葉にアルシンハは同意する。そんな言い訳が許されるのは、子供だけだ。そういう意味では、白銀武は一端の指し手としてこの世界に立っている。陰謀渦巻く政治の場にあって、自分の理想を貫こうと決めたのだろう。

 

それは夢物語か。アルシンハは、違うと断じた。

 

(実現可能だ。必要な手札は揃った………いや、風が吹いているのか、これは)

 

あとは、衛士の説得か。必要ないかもしれんが、とアルシンハが考えている時に、武は立ち上がった。ターラーを初めとした衛士一人一人を見渡し、告げた。

 

「―――さっきもちらっと言いましたけど、BETAは俺たちを生物と見なしていない。精々が自分達と同じような、工作機械の一部だと思ってる。奴らの形とか機能を考えれば、戦術機こそが自分たちの同類だと考えてるかもしれない。生物なんて思ってもみない。それどころか、俺たちなんて戦術機という同類に張り付いた“変なモノ”と見ているかもしれない」

 

生命として認めていないにも関わらず、いずれもコックピットを狙うのは。研究対象として、モノのように扱うのは。そこまで告げると、衛士の誰もが顔色を変えた。

 

「それでも、奴らは強い。多い。カシュガルには重頭脳級と呼ばれる上位種がいます。地球を統括する個体らしいですが、宇宙にはこの重頭脳級が“10澗”―――10の37乗は存在するらしいです」

 

重頭脳級一体の指揮下に、ユーラシアの大半を覆えるほどのBETAが居る。ならば宇宙に存在するBETAの数は、小型種も含めれば天文学的な数字になるだろう。あまりにも圧倒的な数字だ。BETA大戦後も、なにもない、それだけ多くの敵に対処しなければならないとすれば、ステルスなど誤差の範囲だと思えるぐらいに。

 

例え宇宙に逃げようとも、その数に覆い尽くされない星があるのかどうか。例え空の果てであっても、人類に逃げ場などないようにさえ思える。

 

だが武の絶望的な話を聞いた誰もが、怯えるでもなくそこに居た。瞳の奥に明確な意志をもって、燃え盛る戦意のままに。

 

脳裏によぎるのは戦友。戦死した英霊の姿。多くを脳に刻んできた彼ら彼女達の中に共通する感情は一つで、武がそれを言葉に変えた。

 

「バケモノ風情が………何をしたのか、徹底的に思い知らせてやる」

 

多くの死を見た。その原因のほとんどがBETAであり。奪った張本人は、草むしりでもしたか、否、それ以下であるように感慨さえもなく。

 

毟られた命を見た。潰された夢がある。断末魔に叫んだ誰かの名前を知った。衛士ならば余計に多くを見てきた。奪われていいものじゃなかった。その過去が、BETAの真実を許容できない。

 

ならば、どうするのか。どうしたいのか。有利不利じゃない、何を罰に求めるのか。

 

その言葉を紡いだのは、武だった。記憶だけとはいえ、心交わした人達を奪われる記憶を星の数ほど持つ少年は、意志という武器をただ一つ構えて、吠えた。

 

 

「―――宇宙(そら)の果てまで教えてやりましょうよ。逃げ場がないのは、奴らの方なんだって」

 

 

言葉に声は、さながら銀の如く。

 

呼応するように、建物の外で大きな稲光が世界を照らした。

 

 




あとがき

ちょっと展開が遅いなーと思う今日この頃。
違うんや、武ちゃんの交友範囲が広すぎるんや。
でも再会シーンおざなりにする訳にはいかんのや。

でもまあ、次回7話からはちょっと場が動くもよう。

で、次に更新する間話では、武と影行の家族の語らい(光関連)とか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。