Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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間章
とある帝都の喫茶店で_


世界は、欧州と米国を中心に回っていた。少なくとも100年前までは、白人に代表されるヨーロピアンとヤンキーが世界の大半を統べていたからだ。

 

だが、第一次大戦以降。覇を唱える白人国家に、一部だが土をつけた国があった。

 

――日本帝国。欧州と米国を中心とした地図を見れば、東の端の。極東と呼ばれる場所にその国はあった。

その国の技術力は、世界屈指。勤勉な国民性も相乗して、ついにはソ連や中国という大国を破ることができるぐらいに強まった強国。勿論、情報の伝搬も速い。亜大陸から国連軍が撤退した翌日には、もう新聞の一面になっている程に。

 

そして1週間後、新たな情報が発表された。

 

「"印度洋方面国連軍、インド亜大陸を放棄。その主要拠点をスリランカに移す"か………」

 

その国の中心。帝都と呼ばれる街にある、とある喫茶店の中、新聞を読んでいた女性の口から、声がもれる。言葉は、新聞一面に書かれた見出しだ。10年、保っていた亜大陸戦線の崩壊。

 

それは世界的大ニュースであり、テレビ欄にもでかでかと書かれている。

しかし、一般人ならば沈痛な面持ちを浮かべる事実を前に、女性は別の感想を抱いていた。

 

BETAはこれから間違いなく、東進してくるだろう。やがては東南アジアに、遂には大陸を沿岸沿いに北上してくる。つまり、次はこの国の安全が脅かされるのだ。

第二次大戦のことを覚えている年寄りなどは、顔をしかめるに違いない。軍人ならば余程のこと。この国も世界で有数の軍事力を有しているが、それでもBETAが強すぎることは周知の事実である。大戦時には強敵であった国々を見れば分かる。欧州も今では大半をBETAに奪われている。米国に至っては、核を何発も使わなければならないほどの強敵。

 

この国も例外ではなく、一度侵略されれば、また多くの血が流れるに違いないだろう。

 

だけど、笑う。彼女――――香月夕呼は笑い、この事態を歓迎していた

 

曰く、ようやく事態が進んだわね、と。

 

彼女は10人が見れば9人は美女と言うほどの整った顔立ちに不敵な笑顔を浮かべながら、色々な情報を整理している。現在は報道規制が敷かれている。どの国もそうだ。新聞とは言えど、全ての真実を書いているわけではない。一般人に聞かせれば不安になってしまうからだ。ゆえに真実の数は多くない。だから彼女は、紙面に書かれている情報から真偽を選定し、本当の情報を導き出していた。断定はせず、情報に留め。あらゆる推論をしながら、明らかに嘘である部分以外は記憶の中に留めていく。常人ならば数時間はかかる、否思いつきもしないであろう作業を終えた速度は、ほぼ一瞬。だが、天才と呼ばれる彼女からすれば、なんてことはない作業だ。

 

――そう、天才。際立った美貌。男性を魅了するスタイル。知らない者が見れば、彼女のことをモデルか何かと見るだろう。しかし彼女は真実、世界でも有数と言われるほどの頭脳を持っていた。若干17才にして独自の理論を書いた論文が認められ、ついには国内頂点の大学の研究所にまで編入するぐらいの天才。今では世界を左右する計画の、次期計画の主任研究者にまで上り詰めていた。

 

計画の名前を、"オルタネイティヴ4"。まだ予備案にすぎないが、近い将来そう呼ばれるはずの名前。

 

ここで、オルタネイティヴ計画について説明しなければならない。オルタネイティヴは代替品を意味する。その計画の、その主な目的はBETAとの対話だ。1958年の発見より、干支が3周りするぐらいの時を経ても、今だその目的が判明しない人類の天敵。人を害してきた。だから戦う。そうやって戦端が開かれた今だが、対話ができればまた別の解決策があるかもしれない。そう考えられ、進められてきた計画。実力排除に代替しうる解決案の模索、とでも言うべきか。

 

最初に、言語・思考解析による意思疎通を。

 

次に、捕獲しての調査・分析計画を。

 

今では、超能力者を用いた意思疎通、情報入手計画を。

 

色々と試みたものの全てが上手く行かず、今でも碌な成果を上げられていなかった。事実として、現在動いている計画、オルタネイティヴ3も今や終結に向かっているほどだ。スワラージ作戦により、今までにない大規模な試みが行われたが、それも失敗に終わっている。それに加え、このインド陥落だ。徐々に劣勢になっていく人類に、最早多くの時間は残されていない。

 

(と、上の方も考えるでしょうね)

 

のろまな愚人でも、尻に火が付けばひた走る。熱すぎるコーヒーで舌を火傷すれば、氷で冷やそうとする。他人の痛みには鈍感でも、自分の痛みには鋭敏だ。たとえそれが可能性だとしても、愚人はそれを掴み取ろうとする。それを知っているから、彼女はインド陥落の報に笑みを浮かべていた。インドが陥落したことに、ではない。自分の計画が進まるだろう、という事に対してだ。自分の研究室は国から多大な援助を受けているが、それでも足りてはいない。

 

その上、正式な計画に選ばれていないため、隠匿されて得られない情報がある。

だが、次期計画に選ばれれば、それも解消する。ようやく、本格的な研究を始められるのだ。

 

(時間が無い、ってのにねえ)

 

香月夕呼はBETAを舐めていない。彼女は物理学者だ。故に、知っている。現象に、夢も魔法も入りこむ余地がないことを。数字が示す現実と、現代科学の限界を高い精度で掴んでいる。故に現在の劣勢が、今のままでは決して覆ることはないと知っている。

 

なるほど、人類の技術力はこの戦争により急速に高まっているだろう。

あるいは時間があれば、解決できる。BETAを駆逐できるぐらいの域にまでたどり着くかもしれない。

 

ハイヴの内部構造。反応炉まで辿りつける戦術機。兵器。人材。有限である資源といった問題も、気が遠くなる程多いが、時間をかければ解決できる。

 

だが、最早時間は無いのだ。推定だが、今からもって10年後には人類は取り返しのつかない所まで追い込まれているだろう。それだけの時間で、前述の問題を解決できるとも思えない。

 

だから、必要なのだ。起死回生の。自分の研究の先にある、一手が。

 

一刻も早く研究を進め、目的の域にまで理論を到達させねばならない。因果律量子論を根幹とする計画、オルタネイティヴ4。

 

時間が足らず、理論が中途半端に終わり、求める域に届かなければ人類は絶滅するだろう。米国で動いている案もあるが、あれはリスクが高すぎる計画だと彼女は考えている。ともすれば、今戦っている軍人達の死も、全てが無駄になるような。それは計画が実施されない場合も同じだ。敗北とはすなわち、人類の絶滅を意味する。語る者が居なくなった世界。人類の歴史は途絶え、全ては闇の彼方に消え去っていく。何千年もこの星に刻みつけてきた歴史も、なにもかもが塵芥になっていく。それは、彼女の親友である神宮司まりもにも、とても言えない言葉だ。

彼女は既に戦地に入っている。戦友を犠牲にして、中国の大連で死の八分を越えたと聞いた。

だが、それが今のままでは無駄に終わるなどと、真実であっても言えるはずがない。

 

(だけど、計画が進めれば言える、か。その時は、またからかって遊んでやろうかしら)

 

親友は生真面目で、からかえば実にいい反応を返してくれる。その様子は面白く、実にいじりがいがある。性格もまっすぐで自分好みだ。少なくとも、遠目から自分を変人あつかいするような凡愚共より、兆倍は好感が持てる。時たま予想外のことをやらかしてくれるのも良い。

 

(でも狂犬の発動だけは………本当に、二度とごめんだわ)

 

負け知らずの人生の中、少ない敗北の二文字を知った時のことを思い出し、彼女は首を横に振った。それでも、冗談を言い合えるような時間が戻ればいいと思う。冗談でも、"人類は勝てない"なんて言えるはずもないから。

 

(私がやる。私にしかできない。私の頭脳で、やってみせる………見てなさい、どいつもこいつも)

 

どこの誰かは分からない相手に、夕呼は宣言する。そうして、新聞を置いた時だ。視界の端に、特徴的な一家を見つけた。喫茶店の席の、端で、何やら通夜の時のような、沈痛な面持ちをしている3人を。

 

 

 

一家は沈痛な面持ちをしていた。その因は亜大陸の撤退も含まれている。だけど本当の所は別にあった。それを知るために、彼らは横浜より帝都まで来たのだ。大黒柱の、家長たる男――――鑑夏彦に、伴侶である鑑純奈が問うた。

 

「それで、影行さんの行方は? 光菱重工の人はなんて言ってたの?」

 

そこまで言って、純奈は黙る。夫の顔が、結果を物語っていたからだ。

妻は言い知れない不安を感じ、顔色を変える。隣にいる娘、鑑純夏は最早泣き顔だ。

 

「………『白銀影行は先日我が社を退社した』、とだけな。それ以上は聞けなかった。社外秘だから、と言われたよ」

 

「帝都まで来たっていうのに………教えられないって………じゃあ、二人の行方は………」

 

「………すまん」

 

何も言えず、頭を下げる夏彦。場の空気が重たいものに変わっていく。

 

「………インドから国連軍が撤退して、すでに2週間が経過している。それでも音信不通だということは………考えたくはないことだが」

 

夏彦が、痛みをこらえるような顔をして言う。

 

「………タケルくんの手紙も、年末の少し前から途絶えたままだし。もしかして、二人共逃げ切れずに……?」

 

最悪の事態を想像した純奈が顔を青くした。彼女にとって白銀武は真実息子のようなもの。未確定でも、死んでしまったかもしれないという情報が弾丸となって胸の奥を刳り散らした。どうして止めなかったのか、何故行かせてしまったのか、純奈の頭の中には後悔の言葉ばかりが浮かび上がっていた。やがて苦痛に耐えるような、顔色を悪くしながらも純奈は質問を続けた。

 

「影行さんの、家族の方には?」

 

「………あいつは孤児院育ちだ。その孤児院もアレだと聞いたからな………余所者である俺らには確認できないし、あいつも連絡しないだろう」

 

「じゃあ、その………奥さんの方は?」

 

「俺らが直接話せるような相手じゃないし――――あっちに連絡が行くなんてことは、それこそ孤児院よりあり得んだろう」

 

「待つしかない、ってことね。でも、もしかして帰って来なかったら、あれが………」

 

最後の会話となるのか、と。純奈はつぶやいてしまう。しかし、その隣で、まだ10才の。幼さが残る赤い髪の少女。白銀武の幼なじみである鑑純夏は、血を吐くように言った。

 

「言った、もん!」

 

「純夏?」

 

うつ伏せで喋る純夏に、夏彦が聞き返す。

 

「タケルちゃん、帰ってくるって言ったもん! 約束したもん! かんげいかいを準備しててくれって、笑ってたもん! だから、死んでないよ! タケルちゃんも影行のおじさんも、いい子にして待ってたらきっと、帰ってくるよ!」

 

聞くも悲痛な声で、両親にかみつくように叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕呼はそれを聞いていた。耳を澄すまさずとも聞こえてくるので、聞こえたというのが正しいが。

 

(あ~察する所………インドに行っていた友達と、その親と音信不通、ってとこかしら?)

 

珍しいわね、と夕呼はつぶやいた。話から察するに、連絡が取れないというその友達は同年代らしい。つまりは10才前後ということになる。日本では。まだ徴兵年齢の引き下げが行われていない。おそらくは今年中に引き下げが行われるだろうが、それにしても10才程度の男を徴兵するのは有り得ない。ソ連あたりなら鼻歌まじりにやってのけるかもしれないが、日本ではそのような事が行われるとは思えない。

 

それに、日本は大陸の派兵に専念している。つまりは中国、韓国。インド亜大陸方面には、数えるほどの戦力しか派遣していない。

 

(光菱重工、白銀影行、白銀武ねえ………)

 

キーワードを挙げていくが、どうにも聞いたことがない。光菱、富嶽、河崎は日本でもトップである3社の共同で最新の戦術機開発が行われているらしいが、その開発関係者の中に白銀影行という名前は、夕呼の知る限りではあるが含まれてはいない。

 

94式戦術機。純国産の戦術機で、世界で最初の第三世代戦術機である、年内には完成するらしい日本帝国の行く末を決める機体に携わっていないということは、珍しくはあっても、大して重要な人物ではないのかもしれない。

 

(ただの下っ端社員かしらね………それにしても光菱も、最前線に社員を派遣するなんて。思い切ったことをするものだけど、受ける方も受ける方よね)

 

日本の技術者は命知らずの変態が多いと聞くが、それにしても激戦であった亜大陸に派遣するとは。息子の方もおかしい。常識的に考えればそうだ。あんな所に進んでいくような子供など、いない。親も、ついていかせる訳がないだろう。

 

前提からしておかしい話だ。息子がいるのに、よく単身赴任を受けいれたものだと思う。それを提案する方も、受ける方も、どちらにしても一般人の感覚からはかけ離れているだろう。そして案の定、白銀影行なる技術者は死んだと思われる。退社したというが、それも怪しい所だ。その後の詳細を教えられない所に

 

明かせない事情があるそれなりのつてがある彼女は、亜大陸の戦況を少しだが持っていた。

 

音信不通になった時期は、BETAが攻勢に出た時期と合致する。つまりは、その時になんらかの事があったに違いない。恐らくは、死。最前線は何でも起こりうる。例え非戦闘員でも、撤退中の混乱に巻き込まれて死ぬというケースは多い。

 

(切り捨てたか。それか、本当に死んだか)

 

あるいは、隠蔽か。汚い話だと夕呼は考えている。しかし、納得もしていた。光菱重工といえば世界でも有数の大企業だ。ならばそれぐらいの事もあるか、と夕呼はコーヒーを飲みながら結論を下していた。

 

そして、一秒後には新聞の方に意識を戻す。

 

一家の方も、店を出るようだし、これ以上考えても何もなるまいと、心を研究の方へ向けていた。

 

 

――――そうして、この時、帝都の小さな喫茶店で世界の誰もが気づかないままに、歴史は動いていた。一人は、行方不明の少年という、名前だけで。一人は、まだ研究員の身で。

 

 

やがてはこの国を、地球全体をも揺るがすほどの傑物二人は、名前だけのものだが確かな邂逅をみせていた。

 

 

 


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