Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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活動報告でも書きましたが、多くの誤字報告ありがとうございました!!

これで修正も早まります。

mais20さん、土蔵さん、装脚戦車さん、おとり先生さん、サツキさん………特にmais20さんは膨大な量でした。本当に助かります。




1話 : 巣を発つ者

斯衛の基地の中、ハンガーにある機体の前。真紅の武御雷が聳えるその下で、白銀武は盛大に困っていた。具体的には、胸元に当たる女性の感触と鼻孔を擽る女性特有のいい匂いに。

 

「ちょ、雨音さん………このままだと色々と拙いというか」

 

介六郎が持ってきた変装用のサングラスとちょび髭があるため諜報員その他に悟られることはないだろうが、それ以外にも色々と不安要素があった。野郎ぶっ殺してやると言わんばかりに、何故か怒気を飛ばしてくる整備員の視線とか。

 

それでも突き放したりしなかったのは、武自身嬉しかったからだ。男としての役得もある。聞こえてくる涙の音が胸を鋭角に抉ってくるが、それが悲しみから来るものではないと思えば悪く思える筈もない。

 

(それでも、噂が広まるとよろしくないんだけど………)

 

武は雨音の背中を叩き、一歩下がると同時に重心を巧みに移動させて雨音から離れた。視線で、目立つのは拙いと合図を送る。その辺りの事情を知っている雨音はあっと声を上げ、周囲を見渡した。

 

見れば、そこには戸惑いや猜疑心、怒りを顕にする整備員達の姿が。そして先ほどまでの自分がした事を思い出した雨音は、羞恥のあまり耳まで顔を赤くした。

 

「………あの、真壁中佐殿? 何やら整備員から殺気のような何かがまろび出ている気がするんですけど」

 

「それほどまでに風守雨音殿は人気者だという事だ。誇らしいことだな? それはそれとして―――行くぞ」

 

咎める声は、これ以上ここには居れんという意志も含まれていた。察した二人は整備員達に口止めの声をかけると、急いでその場を離れた。向かうは当然、斑鳩崇継の私室である。武はその道中で、自分に向けられる視線の色に戸惑いをみせた。全てではないが、すれ違う者の目には好奇のそれが隠れていたからだ。

 

「うーん、二人共顔が売れているようですね。やっぱり十六大隊は今も?」

 

「それだけではないが………いや。目下のところ、我が大隊の名前は海外にまで名が広まっているようだな」

 

「まあ、防衛戦の時はかなり派手にやりましたからね。と、そういえば………」

 

武は光の不在を尋ねた。作戦前の様子を思えば、どう考えてもいの一番に駆けつけてくるだろうと予測していたからだ。介六郎は少し黙った後、重い口調で語った。

 

「先約があったゆえ、今は外に出ている。ああ、出ているさ………説得するのにいらん苦労を負わされたが」

 

今日は九條の未来の精鋭部隊たる若手に対する教導が行われる日だったという。

 

「当主たっての希望でな。風守光がその役に指名された………だというのにな」

 

そんなの関係がないとばかりにあの阿呆は、と。介六郎の背中には、例えようのない哀愁があった。それを見た雨音は叔母に対する悪口を言われつつもなんとも言えない哀れさに苦笑しか返せず、武は変わってねえなあと思いつつウンウンと頷いた。介六郎はその反応に対し、少し苛立ちがある声で答えた。

 

「ふん、帰って早々に懐郷の病が発症したか? 参観に来てくれない子供のような顔をしているぞ」

 

「なっ」

 

「く、冗談だ。そう顔を赤くするな………と、ここだ」

 

反撃した介六郎に促され、武は憮然とした顔をかつてない真面目なものに変えながら部屋のドアを叩く。ノックに返ってきたのは、入れという声。武は小さく息を吸って呼吸を整えると、失礼しますと部屋に入った。

 

武の視界に入ってきたのは、質素ながらも広い部屋の中。そして広大なこの部屋の主にだけ座ることを許された場所に居る、かつての主君の姿だった。

 

静止したのは刹那の時間だけ。武は一歩、二歩、三歩と歩くと立派な木目の執務机の前に立ち、敬礼をした。

 

「………白銀武、ただいま戻りました」

 

「うむ―――楽にしろ」

 

崇継の言葉に、武は背筋を伸ばしたままでも張り詰めていた空気の幾分かをほぐした。崇継はそんな武の目をじっと見る。そのまま沈黙の時間が流れて、10秒。目をそらしたのは、崇継の方だ。小さく俯くと、耐え切れないように感情の発露が小さく溢れる。

 

それは、笑い声だった。

 

「疑っては居なかったが………本当に帰ってきたか。それも、その心を変えないまま」

 

「いやー、馬鹿は相変わらずのままですよ」

 

武は早々に介六郎に呆れられた経緯を話す。すると崇継は、これ以上笑わせるなとその表情を朗らかなものに変えた。

 

「それでは、色々と聞かせて貰うぞ」

 

武は崇継の言葉に促され、部屋の隅にあるソファが置かれているスペースに移動した。介六郎と雨音も伴って移動する。

 

「それじゃあ………ってこのソファ柔らけえ?!」

 

「当然だ。高級将校や官僚、武家の当主格が座るものだからな」

 

時には五摂家の者も座ることがあるという。武はそれを聞いて、成程と頷いた。

 

「つまりは、それだけ大きな話をする事を期待されてると」

 

「謙遜は頂けぬな。それだけの成果は得られたのだろう」

 

崇継は少し驚いた武の表情に笑い、言った。

 

「分かるさ。そのような、悪戯心を抑えきれぬ童のような顔をされてはな」

 

口調と視線、それだけで空気が変わる。言葉ではなく身にまとった雰囲気や視線だけで自然に場を自分の望む方向に動かせる事ができる。武は改めて斑鳩崇継という男に畏怖を抱きながら、世界を渡った後に自分が何をしていたのか、何が得られたのかを説明した。

 

横浜基地で香月夕呼と社霞と出会ったこと。一時は捕らえられたものの、交渉の結果からある約束を取り付けたこと。

 

「その一つが、XM3………平行世界の白銀武が遺したOS、その使い方を教導する役目だったと?」

 

「俺以上の適任はいないと、断言されました。宇宙人を裏まで理解できるのは宇宙人だけだと。ハリキリすぎて、実戦にまで協力させられたのは予想外でしたが」

 

切っ掛けは、当時は香月夕呼の私兵のような立場であった衛士に勝ってしまった事から。その衛士の名前を聞いた崇継は、予想外だと驚きを見せた。

 

「ユウヤ・ブリッジスが横浜基地に流れ着いた? どのような経緯をたどればそうなるのか………」

 

「あっ、やっぱり崇継様は知っていましたか」

 

崇継の反応から、武はユウヤの背景などを知っていた事を悟った。一方で介六郎は解せないとばかりに戸惑いをみせた。崇継が知っていて、介六郎が知らない事はほとんど無いからだ。その空気を察したのか、崇継は小さな溜息と共に言葉を零した。

 

「そう腐るな………恭子に頼まれたのでな。こればかりは利用してくれるな、と」

 

「………崇宰公が?」

 

どうして日系の米国人に五摂家当主が絡んでくるのか。雨音も首をかしげていると、崇継はその理由を語った。

 

「ユウヤ・ブリッジスの母はミラ・ブリッジスという。名前だけは其方達も聞いたことがあるだろう。そして、父親の名前は篁祐唯だ」

 

「―――まさか、曙計画があのような形で終わったのは」

 

「其方の推測の通りだ。その上で傍観するが最善と考えた。あの時の恭子の様子を思うに、あれ以上踏み込めば双方に面白くない事態に発展したであろうからな」

 

介六郎はその言葉だけで大半を理解した。崇継の判断力というか、人の機微を見極める能力は成長し、今では余人を寄せ付けない域にある。対人におけるバランス感覚というのか。どの程度踏み込めば人は刀を抜く覚悟を決めるのか、それを紙一重の精度で見極めることができる。

 

一方で、崇宰恭子は篁家―――特に篁唯依とその母を大切にしていた。万が一にも、篁家のお家騒動が明るみに出れば。

 

「利用するも、活用できる道は浮かばなかった故な。其方に要らぬ心労をかけるのも良いとは思えぬ」

 

介六郎は盛大に物申したい気持ちになったが、我慢した。武はあははと乾いた笑いを―――何を他人事のように―――という視線を受け流し、続きを話した。

 

XFJ計画と、不知火・弐型。ユーコンで起きた騒動とその顛末を。

 

「つまりは、こういう事か。開発途中の、それも米軍の機密が満載した、帝国の財産でもある戦術機に乗ったままソ連の研究成果たる人物を奪取した上で逐電したと」

 

「………戦争が起きないか?」

 

「なんか、色々と思惑が絡んだ結果のようで。それでも、世界を救った英雄の一人ですよ。桜花作戦時、ユウヤとイーニァがГ標的を仕留めなければ速やかに人類は滅ぼされてた」

 

エヴェンスク・ハイヴに現れた超光線級と呼ばれたГ標的なるBETAの新種。もし倒すことができなければ、人類の希望を載せた艦も落とされていた。それを防いだユウヤは、A-01に匹敵する功績を挙げたと言える。その後はイーニァの延命のため、横浜基地の香月夕呼と接触。当時はA-01として動かすにも時期が悪いと、私兵扱いになっていた。

 

「そのブリッジスと組んで、A-01に入隊したか」

 

「はい。白銀武(しろがねたけし)という名前で戦闘に参加しました。具体的にはハイヴ攻略作戦を三回」

 

次なるГ標的を生み出すことはまかりならんと、ソ連の攻略作戦に帝国が協力した事からエヴェンスクを。

 

大東亜連合との関係を強力なものにするためにと、ミャンマーのマンダレーを。

 

欧州連合との関係を強力にするために、フランスのリヨンを。

 

「成程………米国に対するために、だな」

 

万が一にもオルタネイティヴ5を遂行させる事は許せない。いずれも国内か、周辺にハイヴを持つ国々である。横浜の二の舞いは御免だと、同じ考えを抱いた各国が動いた結果だった。元々、ハイヴの攻略は目下の所の最優先事項である。その上で各国間の協力体制を口だけのものにはしないために目論まれたものだと。

 

「XM3という目に見えた餌もありましたから。オルタネイティヴ4.5とか呼ばれてた、ハルトウィック大佐の協力のお陰もあって、KIA前提のポジションには派遣されませんでした………なのにリヨンの時にはどうしてなのか予想外の事態が重なって、母艦級に正面から突っ込まざるをえない事態に放り込まれましたが」

 

「母艦級というと………アレか。よく死ななかったな。それにリヨンも、マンダレーもそうだが相当な規模になっていた筈だ。どう攻略したのだ?」

 

「そのあたりは後日に。リヨンの時は、あれですよ。それはもう、真壁家の清十郎さんが張り切ってくれまして」

 

「―――なに?」

 

「ツェルベルスのイルフリーデ・フォイルナー中尉でしたっけ? 恩を返すとか何とか」

 

武は言葉を濁した。欧州連合への助勢に斯衛から真壁清十郎が選ばれた理由、その経緯は聞かされていない。それでも問答無用で理解できるほど、清十郎がリヨン・ハイヴ攻略作戦に挑む気概は普通ではなかった。そして作戦後、ドーバーの基地の中でこっそりと隠れて聞いた、イルフリーデと清十郎が再会した時のやり取り。そこで武は色々と理解したのだった。

 

「………そうか。それで、どうして貴様は心苦しい声でそれを話す」

 

「いや、中尉の方は勘違いしてたようなんですよ。なんでも、視察に来た時の清十郎は12歳ぐらいと思っていたとか何とか」

 

ずっぱりとイルフリーデが正直に答えた後の、清十郎の衝撃を受けた顔は悲しくも見ものだった。武は隣に居たブラウアーとかいう衛士と頷きあっていた事を思い出すも、あまりに不憫なあちらの清十郎とこちらの清十郎に哀悼の念を捧げた。時が戻れば歴史は繰り返されるのだから。

 

「含蓄のある言葉だな………それで、先ほどの問いに答えていないぞ。母艦級をどうやって撃破した?」

 

数千、あるいは万を越えるBETAを地中から出現させる悪夢のような存在。外皮は硬く、戦艦の砲撃でも打倒しきれないのに、何をどうすれば。介六郎の疑問に、武は頬をかきつつ答えた。

 

「運が良かったんですよ。近くに分断されたツェルベルスの小隊と、リヴィエール中尉が居ましたから。それに………俺は前に一度見ましたからね」

 

マンダレーの時の事は忘れようにも忘れられない。特殊な地震動から母艦級の出現を確信した武は、CPに即座に報告と対策を打診した。

 

「その、方法とは?」

 

「少数でも突破し、肉薄。間抜けな大口を開いた所に、S-11ぶち込みました―――ほら、某少尉の真似事ですよ」

 

武の言葉に、崇継と介六郎だけが反応した。崇継の方は面白そうに、介六郎は少し苦味があるような顔で。

 

「奇縁な………しかし、細かな調整も容易か。こちらのマンダレーで、貴様は見たのだから」

 

武は脳に刻まれた光景を活用したのだ―――かつてのチック小隊の同期が遺した戦果を、その時に起きた事を。武はその時の経験から、母艦級の震動から出現ポイントにあたりを付けることができた。無策よりはマシといった程度だが、戦場では数秒の差が状況を激変させることもある。倒れこんでくる時に潰されないポジション、どのような開閉速度なのか。見極めた上で、誰よりも早く動いた。

 

「ぶっつけ本番なら無理でした。自爆覚悟でようやくと言った所です。でも、あの時の………あいつらが助けてくれたから。それに、ユウヤにも助けられましたし」

 

運が良かった、と笑う。崇継はそれだけで済んでいるのは、誇りに思える同期が居るからだろうと考えていた。あるいは、貴重な経験を余さず自分のものにする貪欲な上昇志向があるからだ。それは最初に出会った時の言葉を思い出させる。仲間の死を忘れることこそが、と自分を恥じていた少年の顔も。

 

「しかし、清十郎“さん”か。あちらもそれだけの年月が経過していたということだな」

 

「はい。運が良かったといえば良かったんでしょうね。お陰で、色々と捗りました」

 

そう告げると武は崇継に一つの電子媒体を見せた。

 

「その一つがコレ―――対BETA戦闘の教導カリキュラムと、ハイヴ攻略用の演習プログラムが入ったデータです」

 

「………それは、既存のものよりも?」

 

「格段に効率的で、ハイヴ内のデータも精度が高いです。夕呼先生は世界を渡っても夕呼先生でした。00ユニットが不測の事態に陥った時の事も考えてたんでしょうね」

 

即ち、XG-70が使えなくなった場合のハイヴ攻略をどうするか。その一つとして、戦術機の戦闘力を高める方法があるのは事実で。

 

「教導カリキュラムは、衛士の力量を的確に上げるためのものです。BETAの動きをより実戦に沿ったものに変えたり、過去に衛士が戦死した状況やパターン、そのデータを収集して分析にかけたものです」

 

それだけで戦況を激変させる事はできないが、損耗率は確実に下がる。一方でハイヴ攻略用の演習プログラムは、あちらの純夏が集めた世界各地のハイヴ構造と通路のパターンから、BETAがどのような方針でハイヴの作りを決めているのか、それを高い精度で再現するものだ。

 

「………それがあれば、ハイヴを攻略できる可能性は格段に高くなるな」

 

実戦が訓練通りにいかないのは、訓練とは全く異なる状況に置かれるからだ。だが、実際の戦場が訓練の時と近いものであれば。全く同じではなくても、目的に沿った的確な教導を受けられれば、不意な事故や戦死に見舞われる確率はぐんと下がる。

 

「衛士の疲労や弾薬の補給など、どうしようもない問題は色々とあるが………それは、今の帝国や欧州各国にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ」

 

なにせ、ハイヴ内のデータ収集をするためには、とにかくに莫大な金がかかる。横穴に入り込むにも、周囲のBETAをある程度駆逐できる戦力を整えていなければ門前払いになってしまう。それでも、データ収集は難しいのだ。未だにハイヴ攻略演習のデータを、1978年パレオロゴス作戦の際に突入したヴォールク連隊が得たものに頼っている事を思えば、どれほど困難なものか分かるというものだ。

 

「あと、特定の者向けとして、ちょっとした遊び心も加えたものもあります」

 

「ほう。それはどういったものだ」

 

「ちょっ、そんな怖い顔しないでくださいよ! ちゃんと理に適ったものですって!」

 

それはプログラムを考えていた際、ユウヤや夕呼と相談していた時のことだ。戦術機の事は畑違いだからか、見るからにつまんないという表情をしている夕呼に対して思った事が発端だった。

 

つまらないと思う衛士がでかねない、というのは一理ある。真面目な者ばかりではない。そんな馬鹿は死ねというのが世の摂理だが、真面目な者でも退屈な訓練ばかりでは効率が落ちる。

 

と、そこで思い出したのだ。真面目な者が、普通の訓練を疎かにするほどに。睡眠不足になるほど嵌ったものがあると。

 

「今ひとつ要領を得んが………それは?」

 

「ゲーム形式にするんですよ。動作教習応用課程を更に高度にして、様式もちょっと変えるような。例えば、クリアした時に“コングラッチュレーション!”とか派手な文字が網膜に投影されるような」

 

つまりは、テレビゲームだ。真面目な者の名前は榊千鶴で、嵌ったものはゲームガイという。武が思ったのは、衛士にしても訓練に真面目に取り組むものは多くないという事だ。日々の訓練を乗り越えているとはいっても、あくまで受動的に過ぎないという者の方が多い。

 

「そのような軟弱者は―――と思えるが、一理はあるな。誰もが貴様やそこの風守中尉のように、死ぬ気で訓練に挑んでいる訳ではない」

 

怠ける余地や逃げる場所がある者は全てではなくてもそこに逃げ込みたいと考える。介六郎は人にそういった部分があるのは、認める所でもあった。

 

「だから、“やらされる”んじゃなくて、“やりたい”と思わせる。若い訓練生とかに特に有用だと思いますよ」

 

動作教習応用課程が終わった後の、実戦教導用応用プログラムという訳だ。目に見える成長が実感できれば、訓練にも身が入る。分かりやすいおめでとうの言葉があれば、次を目指して頑張ることもできる。

 

その他に、実戦を経験していない衛士に“これさえ超えれば”という一定の指標も得られる。過去に実戦に出たばかりの唯依と話していた時も感じたが、死の八分という言葉に無用な脅威を抱いている者が多すぎるのだ。脅し文句が効きすぎている弊害だった。

 

それを払拭するためのプログラム。これさえ超えれば、自分達は生き残ることができると実感できるものがあれば。

 

「目標があれば、人は努力できる。なくてもしろ、というのが斯衛の流儀かもしれませんが」

 

「いや、そうでもないな………しかし、特定なもの向けだと言うのは理解できた」

 

色々な問題があるのも確かだ。ともすれば衛士の力量をランク付けする事にもなりねない。軍隊が組織である以上、その“差”が及ぼす影響は良いものばかりではない。

 

(夕呼先生もなー。それを予め理解した上で、陸軍に渡すもんだから)

 

一つの基地で実験的に運用した結果、衛士としての力量は上がった者は多いが、弊害も多かった。それをデータとして収集し、次に活用しようとするのが何ともアレだったが。

 

(それでも、“差”は現実に対する言い訳の余地を失くす。見たことはないが、あいつより俺は上手いなんていう無根拠な自信が入り込む余裕を消す。ならば、どうすれば良いのかなんて所に誘導する。そもそもが小隊内の連携を活用しきらなければクリアできない仕様になってるしな)

 

隔絶した技量がなければ到底突破できないような状況も多い。その時に必要なものは、何になるのか―――将来の、“どの小隊”に必要になるのか。それに対する回答という要素が大きいとは、武の中にだけ留められた。

 

無言のままの武。崇継はその様子を見て、問いかけた。

 

「成果がこれだけではあるまいに、これだけで終わらせたいという様子だな」

 

―――未来の情報を渡すのは限定的か。

 

玉鋼の鋭さを思わせる崇継の声に、武は思わず息を飲んだ。声にではなく、その内容に。対して。

 

「………どうして、この段階で分かるんです?」

 

「順番の問題だ。地道な方法を堅実なものとして提言するのは、軍人としてらしい所。だが、其方はそのような杓子定規な人間ではないだろう」

 

一拍を置いて、崇継は告げた。

 

「未来の情報を武器に、横浜基地に乗り込むつもりか?」

 

「………はい」

 

武は頷いた。それは、こう告げているも同義だ。

 

―――この場に留まり戦った所で帝国の未来を救えはしないと。

 

言わなければならないことだった。この口で告げなければならない言葉。武はそれを理解しつつも、崇継の口から言わせた事を後悔した。そんな様子をすら、崇継は一蹴した。

 

「荒唐無稽ではあろうが、多くの者が死ななくて良い。損耗も低く済み、帝国を――――人類を救える可能性が高い方法………それを成しに行くのだな?」

 

「はい」

 

今度は迷わず答えた武だが、同時に確認したい事もあった。

 

「あの………今更なんですが、どうして信じてくれるんですか?」

 

異世界に行った、未来を見た、ハイヴを攻略した。口だけばかりで、確たる証拠など何もない。横浜で戦死したのも、偽装ではないか。他国の組織か、古巣である大東亜連合に協力して何事かを企てているのではないか。そうした疑念が生まれてもおかしくはないのだ。なのに、どうして。今も横浜に行く事を止められていないのか。罵られてもおかしくはないのに。

 

武の疑問に、崇継はそんな事かと嘲るように笑った。

 

「あの場所に其方が居た事は疑いようがない。死んだと確信させられる程の状況だったのだろう。それは、今の磐田の姿を見れば問わずとも分かる」

 

「………磐田中尉は、その」

 

「慕う上官が戦死した傷を、今でも拭いきれていない。実力は確かだが、一人で戦場に立たせる気にはならんな」

 

それは半人前に向ける言葉。武はそれまでショックを受けていたのか、と驚いた。

 

「ああ、其方の生存を報せる事はできん。間違いなくその日の内に隊の全てに露見するであろうからな」

 

葬式が結婚式に変わればどんな馬鹿でも事態を理解する、とは確認せずとも道理で。

 

「あまり舐めてくれるな。人の心、その全てを察することは例え己であっても不可能。それでも、白を黒と断じるほど愚かであるつもりはない」

 

嘘が下手で、人が死ぬのが怖くて、それでも前線に立って。介六郎と雨音も頷いた。人は綺麗なものばかりではなく、万に一つとしてそのような可能性がある事は言われずとも理解できるが、それが銀を屑として籠に放っても良い理由にはならないからだ。

 

「と、いうかありえんだろう。偽物である筈がない。今まで多くの者と言葉を交わしてきたが、其方ほどのバカなど見たことがないぞ」

 

「………それは、ちょっと酷いかと」

 

「貴様はもっと酷い事をしにいくのだ。未来の情報を限定的に………特に帝国内に何が起きたか、それを教えないのは我らが勝手な動きをしないためだろう。恐らくは、あちらの香月夕呼の入れ知恵か」

 

小さな事であれば教えても支障ない、大きな事だからこそ言えない。言えないということは、部分的に信じてはいないという事で。

 

止めるべきだと言われれば、そうなのかもしれない。だが崇継は止めようという思いさえ抱く事ができなかった。こめられた決意は、介六郎からも伝えられたからだ。

 

―――これより、人類の反撃を。

 

その結末を望み動くのであれば、これ以上なにを求めるというのか。

 

 

「鎧衣左近に話はつけておく。生存を報せるのは限定的にとな」

 

煌武院悠陽に報せるのは、磐田と同じ理由でできない。武も薄々と分かっていたことで、反論はしなかった。

 

「数日は休め。横浜の魔女と(まみ)える舞台を用意する。後は自分の手で掴み取るのだな」

 

「はい………ありがとうございます」

 

「礼は不要だ。命令に背かなかった部下に対する報酬でもあるのでな。欠片たりとも、気に病む必要はない」

 

面白い話を聞かせてもらったこともあるしな、という。武はその崇継の言葉にもう一度頭を下げると、伝えるつもりだった情報を全て崇継と介六郎に渡していった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、武は風守の別荘に居た。武や光、雨音の戦果に対して風守家に与えられた新恩給与のようなものである。

 

武は風呂に入った後、部屋着のまま居間でほっこりとしていた。

 

「あー、いい感じっすねー………」

 

「手入れが行き届いていましたゆえ」

 

武の呟きに答えたのは京都の風守家でも女中役を務めていた草茂の母の方だった。まさかの帰還に驚きをみせたのは一瞬だけ。間もなく女中として相応しい態度を取り、武を休ませるようもう一人の女中と共に準備を整えた。

 

武はといえば、久しぶりの安息の時間にほっこりしていた。あちらの世界に居た時はほぼ無休で色々と駆けずり回っていたため、こんな贅沢な時間など取りようがなかった。

 

「でも、人少ないんですね」

 

「今は大変な時ですので………」

 

草茂日々来も、斯衛の基地の中で頑張っているらしい。武は一瞬だけ何かを言おうとして、やめた。時勢と年齢と体力と、誰もが怠けることを許されないのが今の日本である。多少なりとも振る舞いと影響を学んだ武は、無理に日々来を特別扱いすることで起きる影響を考えると、迂闊な真似はできないと判断した。

 

(………自分だけ休んでいいのか、って気持ちになるけど)

 

どうするか、と考えた所で武は物音を聞いた。風雨ではない、大きなそれはどんどんとこちらに近づいてくる。武はまさか、と思い立ち上がる。そこで、部屋のふすまが豪快に開けられた。

 

想像していた通りに、視線は成人女性のそれより頭一つ分は下方。長い黒髪に、珍しく息を切らせている。武は驚きのままに、しゅたっと手を上げて告げた。

 

「ただいま、母さん」

 

「っっっ――――!」

 

後に見えなかったと語ることになる、低空域からの体当たり。人は混乱と感動の極致に至った時に咄嗟に出るのは慣れた行動であるという、武における技の理そのままに風守光は我が子を抱きしめた。

 

一方で息子の方といえば、呼吸困難に陥っていた。みぞおち付近に頭突きの後、強烈すぎるサバ折りである。これが純夏やサーシャであれば何しやがるとチョップを食らわしただろう。だが、今の武はされるがままに沈黙を貫くことしかできなかった。

 

(本当、なあ………億のBETAよりも打開策が見えないって)

 

女性の涙に対して、野郎はどうすれば良いのか。武はアルフレードと話し合った時に教わった、正解の一つを実行した。黙ったまま、自分の腕で抱き締め返す。

 

結果的に言えば、それは逆効果になった。

 

 

「更にサバ折りの力がっ?! ちょっ、草茂さんも泣いてないで助け―――っ!」

 

 

武の悲鳴は、虚しくも部屋の中に響いては消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

犬も寝静まった、夜。風守の家の中だけは、かつてない程に明るい話の華が咲き誇っていた。主な話題は武があちらの世界で体験した事ではなく、こちらの。最初は本日の訓練で不憫な目にあったであろう新兵を憂うもの。その次は、雨音が衛士になれたその経緯について。

 

「それじゃあ、あの主治医って奴が?」

 

「ええ。他家の当主から脅しを受けていたと。取り調べの後、自白したと聞かされたわ」

 

「俺にはそんな人には見えなかったけど………勝手な思い込みだったって訳か」

 

「ああ。全く、不覚の極みだった」

 

光は怒りながらに語った。雨音の病気。それは本来も完治は難しいものではあるが、京都に居た頃のように酷い状態が続くものではなかったという。身体の成長に伴い、徐々に症状が軽くなっていくものだったのだ。それでも酷くなるばかりだった原因は、主治医だった医者が斑鳩臣下だった他の橙の武家から脅され、本来の薬に加えて副作用だけが強い薬を選んで渡されていたから。皮肉にも京都から避難した後に判明したのだ。

 

なまじ権威があった医者だから始末に悪い。その事実を突き止めるのが遅くなった理由は、その主治医が他の医者に対して脅しをかけていたからだ。医学会にも派閥がある。主治医はその権威を前面に出し、学会での立場を盾に脅していたらしい。それを教えられた武は、同じく憤りを覚えていた。

 

雨音の境遇を思っての事もあるが、かつての時の―――オルタネイティヴ4が見限られた時に見せられた足を引っ張る政治家や高級軍人、官僚と同じもののようにも思えていたからだ。

 

自分の職務に志を持たないからか、そういった手合はとにかく暇人かと言いたくなるぐらいに各地で余計なことをする。一方で自分に厳しく、職務に努めているせいで余裕がない人ばかりが足元を掬われるのだ。

 

「まあ、とにかく元気になって良かったです。おめでとう、って先に言った方が良かったかな」

 

「ありがとう。でも………生きて帰ってくれただけで十分。本当に、それだけで………」

 

また泣きそうになる雨音だが、武が途端にオロオロとしたのを見て、何とか堪えた。先ほどもそうだが、近しい女性に泣かれるのは辛いらしいと分かっていたから。一方で近しい男に対しては、“野郎が泣くな”と鉄拳をくらわせるが最善と、某イタリア人に教えられたと聞いていたが。

 

「ごめんね。涙は取っておくわ。それに、何かが終わった訳でもないから。まだまだ一人前の衛士ではないから………」

 

「いやでも、速攻で十六大隊への入隊を許されたのはお世辞とか抜きで凄えって」

 

武家の多くが驚いたらしい。それほどまでに風守雨音の戦術機の成長速度は並ではなかったと、一種の語り草になっているという。特に集中力と瞬時の判断力は凄まじいと評されていた。

 

「………病弱であった頃の財産です。長時間戦闘ができない身体でも勝利を収める方法に努めた成果かもしれないですね」

 

数分でも戦いが長引けば死ぬ、一手しくじれば死ぬ。そして、病を知るという事は死の恐怖を知るという事。その緊張感を維持したまま修練に励んだのであれば、戦術機操縦に必要な要素も同時に鍛えていた事になるのかもしれない。

 

一瞬の気の緩みも許されない戦術機戦闘においては、そういった面を鍛えていたのは大きなアドバンテージになる。雨音はそんな理屈を明るい口調で語ったが、ふと表情を崩した。

 

「………もしもと思わない時は無いか、名医でなくていい、普通の医師であれば。そう問われれば、即座に頷けませんが」

 

病弱でなければ、光が風守に戻ることもなかった。複雑な表情で告げる雨音に、武は仕方がないですと笑って流した。

 

「俺も同じです。もしもって考える時があります。でも、あの過去があったから、今がある。昨日の事をそう思えるんなら、明日もきっと笑ってられる」

 

「ふふ、そうですね………明日も、ですか」

 

武は斯衛に留まることはない。横浜に、魔女と呼ばれた女傑の元に行くという。雨音は衝動的に喉元までせり上がってきた言葉を声にしたくなった。向き直り、口を開けて、息を吸う所まで。だが、そこで見た武の顔を見ると口を閉じて小さく息を吐いた。

 

それでも収まりきらなかった部分は、別方向での言葉になった。先の会話の中でも多く話題に上がっていた、香月夕呼という人物。夕呼先生と武が呼んでいる彼女は、どういった女性なのか。

 

武は“女性”という部分が妙に強調され気迫がこめられていた事に戸惑いつつ、率直に答えた。最初の時、クリスマスの時、あるいは別の白銀武が別れの際に残した言葉を。

 

「一言で表せば―――聖母、かな。うん、この表現が………ぴったり………?」

 

「どうしてそこで止まるんですか。それよりも、魔女ではなく聖母という名前が相応しいと?」

 

「いや、どうなんだろう………」

 

やはり違和感がすげえ、と武は一人で呻いていた。あちらの世界でもそうだったのだ。サーシャの治療方法について相談していた時、その相手は医者であり香月夕呼の姉でもある、香月モトコという女性。相談が終わった後、夕呼とはどういった関係かと聞かれ、上手い言葉が見つからず、どう思っているのかを語ったのだ。

 

尤も、聖母と答えた途端に硬直され、数秒後に爆笑されたのだが。夕呼曰く、「あれほど笑ったモトコ姉さんは見たことがない」と。どうしてか真っ赤な顔で怒られた後に教えられたのだ。

 

(あれは怒りと羞恥心というか………でも、聖母か)

 

相応しいように思う。時代には時代の英傑が居る。こんな世紀末なら、香月夕呼のような聖母が居てもいいはずだ。

 

(でも、この世界の救世主は………生け贄は、純夏であってはならない)

 

独善も極まる、誰に相談するまでもなく選んだ身勝手な決意。それでも武は、これの一線だけは譲るつもりはなかった。

 

「………タケル様」

 

「はっ? って、様はいりませんって雨音さん」

 

「ええ、そうでした………あの時もそうでしたね」

 

そうして、雨音は告げた。あの日々の最後に誓った事を忘れてはいないかと。

 

「“邪魔するBETAを全てぶっ倒した上で、凱旋してやるんだ”。貴方はあの家の庭で、そう誓われました。一字一句、間違えていない自信はあります」

 

「………そう、ですね」

 

“そう”するつもりだ。だが、状況が許さなければ―――とは声に出さずに。

 

「俺も男です。約束を違えるつもりはありませんって」

 

「ふふ、そうですね………分かりました」

 

武の返答に、雨音は笑う。でも、と頬を小さくつついた。

 

「今はゆっくりと休息を。そのように常時張り詰めていては、身が持ちませんゆえ」

 

「はっ? いえ、そう見えるんですか」

 

「あの時、基地の中で注目されていたのはそれが理由でもあります」

 

慣れていないものでも分かる程だ。それほどまでに、武の身にまとう雰囲気は戦時のそれだったと雨音は苦笑した。

 

「それに、酷く疲労が溜まっているのでしょう?」

 

「それは………いえ、そうですね」

 

武は反論できなかった。事実、あちらの世界で身と心が真に休まる時は無かったからだ。

 

「早くこちらに帰らなければ、と。貴方がそう思ってあちらの世界で無茶をしたのは、その御心は嬉しい限りです。でも、ここで体調を崩してやりこめられては本末転倒だと思うのです」

 

「あー………真にその通りで」

 

ズバズバと図星を突かれた武は、遂に白旗を上げた。その様子を見た雨音は、くすくすと悪戯をする童女のように笑った。

 

「叔母様も、崇継様も………素直ではありませんが、介六郎殿も気づいていましたよ。これはあの方達のお言葉でもあります」

 

「………はい」

 

頷く武。あぐらをかいて両手で膝を握りしめたまま、俯いて畳を見る。

 

雨音は、そこで視線を光に向けた。光は頷くと、武に向き直りながら告げた。

 

「崇継様から頂いた伝言だ―――“第十六大隊の衛士は、風守武を覚えている。未来永劫、其方と戦った日々を忘れることはないだろう。こちらはこちらで気にするな。いつもの通り戦い、いつも以上に練度を上げる。其方がいう逆転の一撃を入れる日が来るまで”」

 

「………っ!」

 

「“だから、早く皆にその阿呆面を見せられるように”………これは真壁の言葉だがな」

俯いた武に、自分の膝を強く握りしめた光は優しく言葉をかけた。

 

「―――止めはしない、直走れ。それが、武の選んだ道だと言うのなら」

 

それでも、と光は言う。

 

「最後まで、生きて帰って来る事を諦めないで………待っている人が居ることも」

 

帰る家がある事も忘れないでね、と。

 

母親が息子にかける当たり前の言葉に、武は俯いたまま水滴を二つ、畳に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後。風守の家の前で、二人の女性が道とその先にある空を見ていた。

 

「………本当に、行ってしまったわ」

 

「そうですね。でも、それが白銀の男ですから」

 

二人の視線は、車に乗って去っていった跡だけに注がれていた。光は、微動だにしない雨音を横目に収めると、溜息をついた。

 

「苦労しますよ、雨音様」

 

「ええ………そうでしょう。でも、これは良き苦労です。誰よりも私が望んだ」

 

でも、と雨音は言う。

 

「衛士として、認められてからにします。それに………」

 

「それに?」

 

正面から宣戦布告されましたから、と。

 

雨音の言葉に、光は複雑な笑いを返すことだけしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、4時間後。横浜は国連軍基地、その実質的最高責任者である副司令の執務室の中に、二人分の人影があった。

 

沈黙したまま視線だけを交わし合う者の名前を、こういった。

 

男を―――白銀武。

 

女は―――香月夕呼。

 

44口径を向け合っても、これほどまでの緊張感は生まれない。そう思わせるほどに緊迫した空間の中、武は手に持っていた電子媒体のケースを握る手に力をこめた。

 

きし、と強化ガラスが軋む音。それを合図に、武は口を開いた。

 

「………お久しぶりです、夕呼先生」

 

「………あたしに教え子はいないけど? それで、斑鳩公のお気に入りらしい衛士が、どういった御用でこんな所にご足労頂いたのかしら」

 

「“賭けの負けは素直に払う性分だ”。そう言われたので、早速取り立てに来たんですよ」

 

「早々と、ねえ………1年と二ヶ月もかけて? そんなに遠い距離じゃなかったと思うけれど」

 

「いや、遠かったですよ。光の早さでも永遠に到達できないぐらいには」

 

ようやく帰ってくる事ができました、と武は用意してきたものを夕呼に手渡した。00ユニットの根本原理を示す絵。そして、その上に斜め45度に傾いた十字線が書かれた紙を。

 

「っ、なんのつもりかしら?」

 

視線だけでそこいらの虫ならば轢殺も可能な。武はそう思わせる視線を真っ向から受けながらも電子媒体の一つを取り出し、手渡した。

 

「………これは?」

 

「ただの情報が入った容れ物ですよ。でも、金額にして100兆円らしいです」

 

 

先の十字線も含めて、と武は笑いながら告げた。

 

 

「BETAからこの地球(ほし)を救った、未来の天才からの贈り物―――いえ、挑戦状です」

 

 

 

 

 

 


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