Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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★エピローグ : Wake up?_

亜大陸の南東にあるポーク海峡、それを隔てた先にある島国。スリランカ民主社会主義共和国の沿岸にある、都市ジャフナ。亜大陸に近いがゆえ、昔からインドと交流を深めていた都市である。その中央には、4年前に建てられた病院がある。沿岸から来る潮風の侵食を防ぐため、高い耐塩性を持つ強固な鉄筋コンクリートで作られた、無骨な構造物。都市部にある建物とは違う、一切の装飾もなく作られたそれは、亜大陸の防衛戦が激化した頃に国連が指示して作らせたもの。目的はもちろん、亜大陸で行われていた防衛戦で出た負傷兵を癒すというもの。多少の地元民の反対を押し切って建設されたそれは、現在その役割を最大限に果たしていた。撤退戦で生き延びた衛士達や、防衛戦で大怪我をした歩兵達で病室は埋まっていた。まさに外にまで溢れんばかりに、治療を必要とする人の数は膨れ上がっていた。

 

「ここか」

 

その、病院にある一室。一般病棟の個室の前に、白銀影行は立っていた。入り口のドアをノックし、返事がないことを確認するとノブを開き。ゆっくりとドアを閉めると、部屋の右奥にあるベッドまで足音を立てずに忍び寄る。

 

「………寝てる、か」

 

影行は、死んだように眠る息子の顔を見ながらため息をついた。果物や花に包まれた病室の中で、わずかに布団を上下させる最愛の息子の寝顔を眺め続けた。武は、撤退戦の最終段階となる、亜大陸からの脱出途中に戦術機から降りて船上に出て、しばらく空を見上げた後に倒れたのだという。

 

そしてあれから2週間が経過したが、今なお目を覚まさない。影行は、そんな息子がいる病院に、倒れた日からずっと、一日も欠かすこと無く見舞いに来ていた。ひとつは、一人の父親として。不肖の父ではあれど、これ以上の無責任な屑にはなりたくない影行は、出来うる限りの事をやり抜くと決心している。もうひとつは、助けられた者の内の一人として。ともすれば、布団に覆い隠されてしまいそうに小さい戦士に、命を守ってもらえた礼を言うために。医者が言うには、連戦につぐ連戦で積み重ねられたがゆえの、極度の疲労が原因らしい。いわば過労による昏睡状態らしいが、今は容態も回復に向かっている。

 

明日、明後日には眼を覚ますと聞いた影行は、本を片手に一日中武の隣に居た。その日も、椅子に座りながら機械工学の専門書を開く。その時であった。病室の入り口から、ノックの音が聞こえる。いつものように、軍人さんか。そう判断した影行は、本を閉じると入室を促した。ノブが回り、ノックをした人物が部屋に入ってくる。

 

「………失礼」

 

入ってきた人物に、影行は驚いた。数は二人。その二人共が、一般人でも分かるぐらいに、上官の空気を漂わせている。二人共に、顔立ちはインドのそれだ。一人は30台後半で、もう一人は20台の半ばだろうか。どちらも、生死をかけた戦いを日常とする人間の顔をしている。それは、生粋の軍人だけが持てる顔。瑞鶴のテストパイロットであった、巌谷榮二と同じ顔だ。影行は咄嗟に敬礼をしようとするが、前方に立つ男に手で止められた。

 

「敬礼は、不要です。私は軍務でここに来ている訳ではない」

 

そう言うと、男は一礼をして名乗る。まるで日本人のように。

 

「………パウル・ラダビノット大佐、アルシンハ・シェーカル大佐。音に聞こえた英雄が何故?」

 

「英雄、か………その称号は私達よりも、その子の方が相応しい」

 

眼を閉じると、パウルは言葉を続ける。

 

「―――覚悟と意志を以て。決して逃げることなく。雲霞の如く群がる化物から、真っ向から対峙した」

 

「………撤退戦でしんがりを務めた奴は、誰だって英雄です。死んだ奴も、生き残った奴も。少なくとも、俺達戦術機乗りにとっちゃあ同じ事ですよ。生死は問題じゃない」

 

死地にあって、逃げずに挑む。それこそが英雄と呼ぶに相応しい。二人共、意見は同じだ。一番の前にBETAと殴りあう戦術機にとっては、それこそが英雄の資格であると。

 

「その上で生き残ってくれた………感謝してもしきれんよ。あの撤退戦を戦った衛士の内、生き残った者の半数は原隊復帰できないと踏んでいたが………」

 

「あの、それは?」

 

影行だって、知っていた。衛士というものは過酷な職業で。ともすれば、精神をもすり殺され得るほどに短命な兵種であると。催眠療法の悪名は高い。一介の整備員クラスでしかない影行が知っている程に、有名な話だ。生き残った衛士も、二度とあんな地獄に戻りたくないと考えるだろう。全てでは、決して無い。だけど、あの連戦の後に、あの撤退戦である。人である以上は、限界も来るもの。仮病やら何やらで、この戦闘の後、殿を務めた衛士の半数は使い物にならなくなるだろう。そう班長が暗い顔でぼやいているのを影行は覚えている。よくて半数か、ひょっとすれば7割を越える衛士が再起不能になるだろうとも。上層部のやり方に不満を覚え、ついていけないと判断するものもいるだろうと。それなのに何故、ほとんどの衛士が"そう"しないのか。訝しむ顔をする影行に、パウルは真剣な口調で言葉を続けた。

 

「皆、一言だけつぶやいていた。"負けていられない"とも。"あんなガキが歯を食いしばっているのに"、とも。そう言いながら生き延びた衛士達の大多数が。その言葉を片手に携えて、早急な原隊復帰を志願してきた」

 

「ついでに言えば―――腕でも負けていたってのも気に食わないらしくてね。子供に負けるとは、情けないやら悔しいやらで、そのまま後方の病院でおちおち寝ていられないと言っていました」

 

催眠療法も万全でなく、医師の数も常に不足している。だから、うまく誤魔化せばそのまま後方の病院へと移ることができたかもしれない。あの地獄に戻らなくても済むと、逃げていたかもしれない。だけど、衛士達はそれをしなかったという。

 

「故に、礼を言わせて欲しい。過労で倒れるまで。文字通り命を削って、最後まで戦い抜いた者に。そして――――私の故郷のために戦った白銀武少尉に敬意を表して」

 

「インド出身の衛士も、大半が残るんです。そいつらを引き止めてくれるってのはありがたいですよ。何よりやる気が出る。亜大陸で経験を積んだ、歴戦の衛士の士気が高まるのは非常に助かるってもんです」

 

パウルは、いつもの調子を崩さずに。大佐の顔を保ちながら。アルシンハは、若干おちゃらけながら。でも、感謝の念を声に乗せていた。影行はそれを聞いて――――泣きそうになったが、なんとかこらえた。知っている。感謝されているのは、知っていた。ベッドの周りにある花や、果物の量を見れば一目瞭然だ。見舞いに来た衛士達の言葉も、影行は聞いていた。それを聞く度に、影行は誇らしい気持ちになった。それこそ、泣きそうになるぐらいに。

 

同時に自分に対する情けなさを覚えてはいたが、それは些細なことだ。そして、こうしてまた大佐の目から見て分かるぐらいに、明確に大多数の人間に良い影響を与えられているとは。

 

影行は、なんとか感謝の言葉を返すだけで精一杯だった。

 

「感謝される謂れはありません。軍の力不足が招いた窮地を、一部とはいえ救ってくれたのですから」

 

「ラダビノット大佐の言う通りで。ただ、一つ………お願いしたい事がありまして」

 

そう言いながら、アルシンハは一つの提案をした。

 

「クラッカー中隊における整備班―――その班長になって頂けないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう。評判通りのやり手だったな」

 

アルシンハの言葉から始まった会話。影行は話し合いの末にまとまった結果を受け入れながら、椅子に座った。目の前には相変わらず瞼を閉じたままの息子の顔が見える。わずかにもれる吐息と、呼吸の音。ほっぺたをつつけば柔らかい。いつもは撫でると払われるが、今ではその払う手も飛んでこない。だから、影行はようやく思い出した。手の先から伝わる、体温。それは子供らしく、大人よりも高い体温だった。寝顔は本当に、10才の子供そのものだ。あるいは、もっと幼く見えるぐらい。髪の毛もそうだ。さらりと流れるそれは、まだ痛みを知らない子供のもの。掌など、影行が握ればすっぽりと覆い隠せる程に小さい。

 

この小さな手は、この先どれだけの人を救うのだろうか。その先に、何を得られるのだろうか。もしかして、家族3人で。

 

―――と、影行の中で埒もない考えが浮かんだが、自身ですぐに消した。

 

それは、浅ましい願いで。自覚している影行は、苦笑せざるを得なくなった。

 

日本にいる妻の。二度と会えない最愛の人が生きていると、それだけで幸せなのだと。

東にある病室の窓から、風が入ってくる。湿気を含んだ重たい風が、武と影行の髪をわずかに揺らす。ベッドの枕元近くの机の上にあるレターセットも、風に巻かれる。重しがあるので飛びはしないが、紙がめくれ上がって、パタパタという音がする。

 

 

「―――――始めるには、良い日だ」

 

 

窓の外から見える空は、戦時であることが嘘のように、爽快な青に染まっていた。

 

 




これにて1章は終了でございます。


以下はターメリック様から頂いた挿絵。

変装した金髪サーシャです。

勝手につけたお題は「Wake up?」


【挿絵表示】



ちなみに武ちゃんだからこその、明るい表情。
クラッカー中隊員以外に向ける視線の鋭さは当社比で8倍キツイです。

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