Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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・3章、26話頃、武と篁唯依と山城上総、訓練風景

・崇宰恭子と絡む




シリーズ:斯衛之2 唯依・上総との訓練、崇宰恭子との面会

●3章、26話頃、武と篁唯依と山城上総、訓練風景

 

 

「それで、操縦のコツとやらなんだが………」

 

シミュレーターの前にある、広場のような場所。武は目の前に居る唯依、上総に困った顔を見せた。

 

「はっきりと言えば、こうと言えるものはない。必要なのは時間だ。訓練を積み重ねるのが最善で………」

 

武の言葉に、唯依と上総は頷いた。もっともな答えであると、不満を口にはしない。それでも少し残念そうな表情を浮かべる二人に、武は言葉を付け足した。それでも、成長の肥料になるようなものはあると。

 

「方向性を定めるんだ。どんな衛士に成りたいのか。それを描いた上で、その自分がどんな武器を持っているのかを考える」

 

スタイルの選択とも言える。近接戦闘に重きを置いて、高機動で次々と敵を切り倒すのか。遠距離戦闘に重きを置いて、射撃精度を上げるか速射技能を磨いて殲滅力を上げるのか。両方を鍛えあげるのか。味方の援護と連携を重視して、判断能力とその精度を上げるのか。

 

「たどり着くべき理想像………その時に自分がどんな技術を持っているのか、ですか」

 

「そうね、唯依。今、自分が持っている技術の延長線上にあるのか。あるいは今持っていなくても、必要だと判断して身に付け、磨いていくのか、それを見極めなければ中途半端になるという事でしょう………ちなみに鉄中尉は、どんな姿を?」

 

「資質的に突撃前衛が一番だって言われたからな。それからまあ、ぼちぼちと」

 

武は誤魔化すように答えた。本当は訓練生時代より以前に見た、自分のようなものがやっていた動きだとは言えないからだ。

 

「骨子は………まあ、近接はグルカで、その他は色々だな」

 

武はユーラシアで教わった様々なものを指折り数えていった。射撃は某フランスの砲撃マニアに、判断力は鉄拳の教官に。思い切りのよさは某海女に、電磁伸縮炭素帯の活用方法は某サッカー馬鹿に。

 

「あの………それじゃあ、器用貧乏にならないですか?」

 

「なりそうだったけど、死ぬ気で頑張って磨いたらどうにかなった。いやあ、運が良かった」

 

小さく笑いながらもその眼はどこか遠かった。

 

「それに、技術だなんだのを言い出す余裕が出来たのは一つの大きな修羅場を抜けた後だったからな。ソレ以前の段階じゃ、一点だけに集中した方が良い」

 

武にとっては亜大陸での初陣から撤退戦まで。唯依達にとっては、この京都での防衛戦。その意を何となく察した唯依は、ぼそりと呟いた。

 

「つまり、未熟だからこそ………成長するまでは、この京都の防衛戦を乗り切るまでは縋れる一つを見定めておいた方が良いと」

 

諭すような物言いに、二人は少しカチンと来ていた。戦場においては先輩であろうが、生きた年数は同じである。衛士として、力量で大きく劣っているのは自覚している。それでもこのままで良いなどとは思っていなかった。

 

つまり、こう思ったのだ。

 

―――上等だ、とことんまで追いすがってやると。

 

「それで………訓練は厳しい方が良いのですけれど」

 

笑顔での物言い。武はその言葉の裏に「やってやるぞ、おう」という意志を感じ、笑いながら思った。ターラー教官の言った通りだと。

 

(教官役は多少なりとも憎まれた方がやりやすい………誘導しやすいってか)

 

反発心と向上心は同質のものだという教官の言葉に倣ったが、ここまで上手くいくとは思わなかった。それでも、上手くいってしまったからには問わなければならない事があった。

 

「それで、だ。某有名な中隊が考案した、成果が出やすい訓練方法があるんだが」

 

 

30分後。前回から平均所要時間が10秒伸びただけという、全敗かつ完膚なきまでに叩きのめされて落ち込んだ二人の女性衛士の姿がシミュレーターの近くで発見されたという。

 

 

 

 

 

―――その翌日。唯依は早朝に届けられたレポートを前に、プルプルと震えていた。厳しい訓練を了承した時に聞かされた“レポートの朗読必須”という条件の通り、自分の戦術行動の考察が書かれた文字列を声にして読み上げていった。

 

「骨子は篁示現流を選んだと思うけど、それ自体に問題はない。問題なのはおつむだな。剣による打倒に意識が行き過ぎて、突撃砲という人類の叡智が産みだした武器を完全に忘れるのはおつむの容量が足りないからなのか? あるいは篁示現流とかいう剣術はとにかく突進するだけという猪を作り出す方法なのか? そうなんだろうなと思ってこの称号を贈る―――“猪突盲信娘”」

 

わざわざ赤線でマークしていた単語に、唯依は同じく顔を怒りで真っ赤にした。

 

「あと、戦闘の途中で少し動きが鈍くなる時があるのはどうしてだ? 止まれば死ぬっていう、戦術機戦じゃ当たり前になってるルールを忘れたのか? いや、鈍くなった理由は上総から聞いたから何となく分かってる。すぐに反省する癖があるらしいな。それも没頭する形で。うん、間違いなく間抜けで阿呆な行動だから止めなさい。反省する暇があったら、動け。戦場に居るのは自分だけじゃない、自分だけを見るな。動けないなら踏み潰されて死ぬし、その後ろに居る仲間も死ぬ。そんな簡単な事も理解できないなら、こう呼ぶしかないな―――自己反省イノシシ娘……っ!」

 

読み上げた、その直後。唯依が手に持っていたレポート用紙がぐしゃりとたわみ、永遠に皺を刻まれることとなった。

 

 

 

 

 

「選んだのは近接剣術を軸にした、中距離での射撃援護の立ち回りも重視するスタイルか。問題はないな。ないけど、笑える。なにが笑えるって、結局は剣術に頼り切るスタイルだからだ。兵装の切り替え時が分からなく、その動作も遅い。あれは剣こそを頼りと思ってるからだよな? だからこそ判断が遅くなり、隙が大きくなる。あの速度だと、突撃砲を構えた時には援護すべき仲間は踏み潰されてるな。3戦目に唯依が前に出たけど、援護が間に合わなくて撃墜されたのは、誰のせいか、言わなくても分かってるよな」

 

ぎりり、と上総は食いしばった。同時に、図星を抉られた事に痛みを覚えていた。

 

「剣術に傾倒するのは斯衛だからか。武家だからだろうな。で、それを知らない外国人的観点から言わせてもらうけど、亀かよ。心の支えで培ってきた技術で誇りに思おうが、それが原因で味方を殺して何に胸を張るってんだ。仲間が死んで数が減って自分も潰された結果、蹂躙されるのは民間人だ。BETAは殺す相手を選ばない。老若男女全てに平等だ。それで、死んだ子供たちを前に、霊魂か何かになった自分はそれを見て頑張ったと言うつもりなのか? そのつもりなら、外国衛士を代表してこう言うしか無いな―――“剣術一辺倒つまり剣術馬鹿”。剣に拘って剣に死ぬならどうぞ。それで戦友と守るべき対象をも殺すってんなら、笑えるのも通り越しちまうけどな………か」

 

上総は目を伏せ、肩を静かに震わせていた。

 

 

 

 

―――明後日。訓練の時間が取れた3人は、シミュレーターの前に集まっていた。男一人に見目麗しい女性が二人。その場はまるで修羅場のように緊張感が漂っていた。原因は、男を睨みつける女性二人であることは疑いようがなかった。

 

「………」

 

「………」

 

無言のまま、視線で語る二人。睨みつけられた男は、笑顔を保つことに努めながら口を開いた。

 

「怖いなあ………指摘した内容が間違っていたんなら、謝るけど」

 

「………いえ。間違っては、いないわ」

 

「そう、ね………本当に痛い所ばかり」

 

「とは言ってもなあ。帝国陸軍の教官なら、アレぐらいは言うらしいけど」

 

武は樹から教えられた内容を、少しだけ誇張して告げた。その言葉に、唯依と上総はハッとなる。つまりは、自分たちは少しお嬢様扱いされてきたのではないかと、そう言われた気がしたのだ。

 

「………訂正させて。間違ってはいない。でも、次は同じじゃない。言わせない」

 

「ええ。無様な姿を見せるのはあれっきりよ」

 

 

決意も新たに挑むような目で告げられた言葉。武はそれを受け止めた上で、答えた。

 

 

「なら、その成果の程を見せてもらうぜ」

 

 

35分後。前回より所要時間を30秒伸ばしただけに終わった少女二人は、泣きそうな表情になりながらシミュレーターを後にしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………張り切ってるな鉄中尉? 言葉責めで女の子泣かせるとか、レベルが上がったじゃねえか。教官殿が見たらなんていうだろうな」

 

「やめてください何でもしますから」

 

武は速攻で土下座外交ならぬ全面降伏外交を試みた。マハディオが、冗談だと笑う。

 

「あれだけ言われても、へこたれない。良い子達だもんな………死なせたくないか」

 

マハディオは次の戦いを思った。前回の10倍とは、耳を疑う規模の侵攻だ。まともにやった所で訓練が足りていない素人が生還できる確率は低いだろう。武はじっと押し黙ったが、マハディオのにやけ面を前に降参した。

 

「ああ、初めてできた同い年の友達だ………断末魔なんて聞きたくないからな」

 

戦車級に装甲を剥ぎ取られ、巨大な赤い手で掴まれて、上半身を齧り潰される。その生命活動が停止するまでに通信から聞こえるのは、耳を塞ぎたくなる程の狂的な悲鳴だ。大の大人の悲鳴でも辛いのに、同年代で、それも女性が発するとなれば殊更に堪えるだろう。

「それに………いや」

 

「何だ、歯切れが悪いな。お前らしくない」

 

「どう話していいのか、分からないんだよ」

 

母親の事とか。だからこそ今はこうして訓練に没頭していないと際限なく落ち込みそうになると、心の中だけで呟いて。

 

「訓練を見てやれるのも、今だけかもしれないからな………方針自体は本当に間違ってないんだ。あとは、間違っている部分を指摘してやるだけで良い」

 

技量を磨くのはその衛士自身の仕事であるが、間違った方面に進もうとしているのを止めるのは教官役の仕事である。武は優先的に生き残れる立ち回りを教えた。嫌な渾名をつけたのは、脳裏に刻ませるためだ。そうして記憶に関連付けをさせると主張したのは、誰だったか。

 

「………そうだな。出来ることは出来る内に最速で、か」

 

マハディオは大陸での戦いを思い出していた。反吐に塗れながら戦っても、零れていく命は多すぎて。日本で上手くやりきれるなどとは思えない。何をしても後悔は残るだろう。

だけど他人の命を悟り、割り切り、諦めるには早過ぎる。武の内心を推し量ったマハディオは、内心でぽつりと呟いた。

 

(あいつの………妹の時のように、か)

 

遠い昔の事のように思える。BETAが侵攻して来ると聞いて、山脈を抜けた先にあった避難場所まで逃れて。そこは近隣の村々や、自分たちと同じように山の方から逃れてきた者も多く。混迷を極めていた時代で、治安も悪く、何より人が多かった。

 

割り切れていないのは、自分も同じだと思った。未練がある。未だに、妹の名前を声として形にできないぐらいには。言葉にして、死者である事を認めてしまうとたまらなくなるのだ。

 

移動中、倒れる荷馬車に巻き込まれたと聞いたのはチッタゴン―――バングラデシュの港に到着した後のことだ。遺体が確認できない内は、まだ生きていると信じていた。その時からずっと後悔し通しだ。もっと、自分が強ければ。

 

―――あの時、もしもマイナの手を離さなかったら。そう思わない日はなかった。

 

「………さりとて目の前のバカを死なせる訳にもいかん、か」

 

「誰がバカだ。っつーか妹バカに言われたくないっての」

 

「いや、お前の方がバカだろ。レポート作るのに時間がかかって、睡眠時間も満足に取れてない奴の事をなんていうんだよ」

 

ズバリと図星を突かれた武が押し黙る。マハディオはため息をついて、「頼れよ」とまだ自分よりも背の低い少年の頭を小突いた。

 

「………ごめん、マハディ」

 

「鬼教官殿の教えに従ったまでだぜ、シロ。言うじゃないか、協力の機会をつまらん怠け心で潰すなって」

 

「それでも………ありがとう」

 

礼を言う武―――しかし、すぐに後悔することになった。

 

先のレポートよりも鋭角に心をえぐり込む、言葉の銃弾とも呼べるレポート用紙を読んだ唯依達が、鬼の形相になるのを見た後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山城上総は、精一杯だった。都合4回目の模擬戦である。僚機である唯依と一緒に、作戦や戦術などを焦がす程に煮詰めあった。

 

それでも、届かなかった。自分達なりに最高と思うタイミングで仕掛けても、踏み出した時点で看破されて逃げられる。まるで野生の猫のようだ。極めつけは、その先読みが出来ない奇抜な機動である。だというのに速く的確で、気がつけば自機のどこかを傷つけられている。自由で、何者にも囚われず、縛られず流れていく―――風のようだと思った。

 

(羨ましくは、ないですけれど)

 

背負うべき家の事を、放り出したいと思ったことはない。それでも重荷を抱える身として、自由である彼の姿に憧れがないと言えば嘘になる。

 

(尤も、実力があってこそなんでしょうけど)

 

世間は正直だという。有能な者は重用されるが、そうでないものは一切不要だ。対BETAが国家の一大事となった社会であるがゆえ、よりその傾向は強い。その世界の中で力強く泳ぎ切るということは、相応の試練と苦渋を味合わされる事と同義である。

 

だから、上総は考えた。先の言葉の矛盾について。

 

弱点を指摘される事。至らぬ点を直せと言われているが、それでは方針を定めるための邪魔になるのではないか。間違った方向を矯正していくという、相手の狙いは分かる。より高度な形での理想像を描けという事だろう。だが、矯正していけば最初の自分が抱いた形より遠くなっていく。それこそ中途半端な成長しか出来ないのではないか。

 

(そう結論付けるのは浅薄………そういう事ですわよね)

 

山城上総は自惚れない。訓練学校を出た後、自分が井の中の蛙だったと痛感させられてからは精進に励むようになった。足手まといをするような者は居らず、手を伸ばしても届かない衛士が数多く存在する。

 

故に考える。外様ながらも山城家を大きくした父の教えでもあった。敵であれ仲間であれ、有能なものは尊敬した上で量り、思え。相手が今の形になるまで、どういった研鑽を重ねてきたのか。

 

(私は、唯依とは違う………唯依程の才能はない。今は誤差だけど、将来は差をつけられる………だから、考えろ)

 

上総は鉄大和の言葉を思い出す。剣に近道は無いと語った友人が居ると。生き残る事さえできれば、と繰り返した時の表情を。その声に含まれていた感情を。嘘の下手な友人を。その訴えかけるような視線を。

 

それでも、明確な結論は出ない。この場では出ない類のものなのだろう。しっかりと時間をかけて見つけなければならないもののようだ。

 

(5回目、6回目と………精進を怠らなければ)

 

4回目の模擬戦に負けたことに対しては、不思議と悔しさは無かった。きっと、唯依と出来る限りの打ち合わせをして挑んだからだ。あれで無理なら仕方がないと、次こそは絶対に勝つと割り切ることができたのは、悔やむ程の余地を残さなかったからだ。欠片たりとも怠けず、やりきったからこそ、ああしていれば良かったと思えないのだろう。

 

諦めなければ掴む事はできるはずだ。

 

だから、きっと。きっと、生きていれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そうして、山城上総はコックピットの中で軽く笑った。

 

両腕は墜落した時の衝撃のせいで折れていた。その時に頭を打ったのだろう、流れた血が右目に届き、視界の半分は塞がれていた。

 

(でも………この程度で済んだのは、咄嗟に長刀を前に掲げられたから)

 

密集隊形で挑んできた要撃級。最後の一体は捌けず、致命の間合い。繰り出された一撃、まともに受ければコックピットごと潰されていただろう。

 

(それでも、防げた………ふふ………あの指摘の意味は………分かった、かな)

 

ようやく気づけた。罵詈雑言の意味ではない、その裏に秘められた意図を。

 

(否定されて、矯正するようじゃあ………理想とも、自らの骨子とも呼べないものね)

 

どれだけ悪態をつかれても迎合して己を曲げるような事はせず、これこそが私の武器だと誇る事が出来るように。そのためにどうすれば良いのかと方法を考え、時間をかけて煮詰め、自分なりの最適を模索し続けることこそが肝要なのだ。四六時中考えて、反復し、血肉だけではなく脊髄まで染み込ませる事ができてはじめて、絶体絶命の窮地でも無意識に出せる“技”となる。生存の道を切り開く“術”になる。

 

(私が未熟すぎるせいか、完全に回避はできなかったようだけど………)

 

即死は免れたが、時間の問題とも言えた。近くに居るのだろう唯依の機体が奮戦している。戦闘の音が聞こえるが、後続からやってくるBETAの足音も聞こえた。だが頭を打ったせいだろう、唯依が近くの部隊に通信を飛ばしているのだろうが、それさえも遠くなっていく。

 

(ごめんね、唯依………)

 

志摩子と和泉が先に逝ったのは数分前の事だ。その時の悲痛な声と表情を思い出せば分かる。自己反省が過ぎて、不器用で、指揮官としては冷徹になり切れず―――それでも、優しい子だと断言できるのは真実だった。

 

間に合わないだろうとは思う。どこも戦線は厳しく、援護を回す程の余裕があるとは思えない。あったとして、BETAが多く居るのに颯爽と駆け付けられる筈がないのだ。

 

それが出来るのは風のような存在だけ。この防衛戦が始まる前に死んだと、そう聞かされたあの衛士だけだ。また、状況も厳しすぎた。自分のコックピットもひしゃげ、脱出は不可能。救護班が来たとして、救出には時間がかかりすぎる。こんな戦場で、そんな悠長な事ができる筈もない。

 

だから、上総は諦めようとして―――気づいた。

 

もう一つ、唯依の他である機体が近くに着地する音。間もなくして放たれたそれは、まるで暴風のようだった。聞こえる筈もないBETAの断末魔が聞こえたような。

 

そして、最後に聞いたのは一迅の剣風。

 

いよいよ意識が失くなる直前に見えたのは、見覚えのある真紅の機体。上総はどうしてか、その中に居る衛士に見覚えがあるような気がした。そうでなくても、冗談のように現れたその姿は輝きに満ちていて、どこまででも飛んでいけそうな期待感を抱かせられた。

 

 

(そう、ね………風のような、姿も………骨子に………入れて………)

 

 

そうすれば、いつかあの憧れに届くかもしれないと。小さな笑みを浮かべた上総は、満足そうな表情のまま、安心して意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●崇宰恭子と絡む

 

 

忙しなく整備員が動き回っている、斯衛の基地のハンガーの中。武は隣に居る、赤い強化装備を身にまとった女性を横目で見ていた。

 

「不満そうですね、月詠さん」

 

「当たり前だ。京都を放棄するなど………まさかこのような日が来るとはな」

 

「放棄じゃありませんよ、一時撤退です。捨てるんじゃありません。いつかBETA共を打倒して戻ってくるんですから」

 

「それでも、壊されるものが多過ぎる………到底割り切れるものではないさ。京都を故郷に持つ者であればな」

 

苦渋の表情をした後、月詠真耶は別の意味で渋い顔になった。

 

「敬語を使うのは止めた方が良いと、何度も言っているだろうに。同格の、それも主筋が別になる家に一方的に敬語を使う意味、分からないとは言わせんぞ」

 

「いや、これはちょっと………癖なんで」

 

「………貴様がよければ、何も言わんが」

 

止めても聞かんのは筋金入りだろうし、と真耶が視線を逸らす。戦場でのことを思い出していたのだ。無茶な攻勢戦術に、何度意見を具申したことか。それでも毎回無事に生還してくるだけではなく、成果を上げてくるから、最近の真耶は何も言えなくなっていた。

 

「耳がすげえ痛いですが………必要だからですよ。優秀な部下も居ますしね」

 

「………確かに、な」

 

16大隊の精強さを真耶が思い知ったのは、自らが所属してからだ。個の能力であれば、自分も伍する事が出来る。だが各種状況に応じて的確かつ迅速な戦術を選択する判断力や、判断をする指揮官に一糸乱れぬ姿勢で応じる様は、真耶をして目にした事がないほど見事過ぎるものであった。真似できそうもない、というぐらいに。

 

そして、何より上手いと思わされるのは部隊を2つに分割した事にある。

 

曰く―――守りの真壁に、攻めの風守。まるで一個の生物のように、窮地を打破していく姿は斯衛の他部隊はおろか国連軍にまで名が届いているという。

 

「このトボけた姿を見るに、そうは思えんのだが………」

 

「ん、何か言いましたか? ってやべえ、そろそろ時間か」

 

「用事か?」

 

「客人だそうです。崇継様曰く、“鬼姫”とかいう人が俺に会いたがってるとか」

 

「な………っ」

 

真耶は驚き硬直する。そうしている間に、呼び止める暇もなく武は小走りでハンガーから去っていった。遠ざかっていく背中を眺めていた真耶は、やがて深く諦めたようなため息を口から零していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、武はまたかよと内心で頭を抱えていた。鬼姫こと、五摂家の崇宰が当主である崇宰恭子を目前にして。

 

(どうしてこう、青の武家の人といきなり会わされるかな)

 

心の準備というものをさせて欲しい。武は崇継を呪ってみたが、想像できる顔は何かを企んでいる時のように、わざとらしい微笑を浮かべているものだった。

 

介六郎の気持ちが分かるかもしれない。そう思った武だが―――どこからか“ほざくな”という反論が聞こえた気がしたが―――無視して、名前を名乗った。

 

「崇宰恭子よ。こうして見えるのは初めてになるけど………まずは先の一件について、謝罪させて欲しい」

 

「………はい、いいえ。今はやめておいた方が良いと思われます。今はややこしい情勢ですから」

 

撤退戦が始まろうという状況で、殿を務める16大隊に所属している風守家の当主代理に崇宰の当主が頭を下げる。万が一にも第三者に見られた場合、どう考えても面白く無い展開になることだろう。

 

会う機会が無かったのも、そういった面を危惧した介六郎が配慮した結果である。多くの武家が死に、撤退戦に最低限必要な戦力だけが京都に残っている今の状況でなければ、会うことさえ叶わなかっただろう。

 

恭子も背景は理解していたが、謝罪だけではない、直接会って言わなければならない事があった。

 

「それでも………ありがとうとは言わせて欲しい。君は、あの子を―――篁唯依を助けてくれた。命を、救ってくれた」

 

「はい、いいえ。それこそ、礼を言われる筋合いはありません」

 

武は介六郎から、崇宰恭子と篁唯依の関係を。正確には唯依の母親である篁栴納と恭子の関係を聞かされていた。恭子も、それを察したのだろう。迷いながらも、口を開いた。

 

「誰であっても助けたと、そう言うのだな」

 

「俺の敵はBETAですから」

 

武は何も考えずに、自分の意志を伝えた。BETAが人を殺す存在で、それを許せないからBETAを殺すと。

 

「………そうか」

 

恭子は頷き、考えた。言外に、崇宰と争うつもりはないと取ったのだ。そして、五摂家の当主からの言葉であろうと、謝罪も礼も受け取らない姿に、武家とは違う方向での矜持のようなものを見た。

 

恭子も、風守武の以前の経歴に関する情報は入手している。大陸での奮戦を聞いた時には耳を疑ったものだ。それでも京都で数度あった防衛戦の最中に目撃され、噂となって語られている赤の試製武御雷の堂々たる姿と圧倒的な戦果は、信じるに足る証拠であった。

 

「なら………借りを、2つ。こちらで勝手にそう思っておくから」

 

礼と謝罪を押し付けて解決、という事を嫌がっているのだろう。そう判断した恭子は、形にならない約束で誠意を示した。武はあえて何も言わなかった。自分がこれから乗り越えていかなければならない苦難は、考えるだけで気が遠くなるほどに多い。汚い意味での謀略であれば躊躇っただろうが、どう見ても目の前の女性は風守の事に気を使い、唯依が助けられた事に感謝を示している。ここで貸し借りの問題で解決しようとしなければ、はて何が必要になるのかと、考えた所で結論も出ないのだ。

 

「分かりました。ところで、唯依と上総は無事なんですか?」

 

「唯依は無事よ。今は関東で静養していると聞いたわ。あちらには父母も居られるだろうし………山城少尉は東北の病院に移されたそうだけど」

 

関東の防衛戦に間に合わないと判断されたのだろう。察した武は、それでも命があるだけ良かったと安堵の息を吐いた。

 

「………この大事な時にと責める声はあるけれど、ね」

 

「死んでいないのなら、必ず戻ってきますよ。あの二人なら、這ってでも戦場に戻ってきそうですから。それに………無茶して死なれる方が堪えます。酷ですが、訓練未了の新人が怪我を押して戦場に出てこられても意味がありませんし」

 

死ねばそこで終わりだ。もしかしても糞もなくなる。そう主張する武に、恭子は苦笑を返した。

 

「崇継にも、そう告げたそうね」

 

「ええ、まあ。ちゃんと形にしたのは真壁大尉であり、斑鳩中佐でありますが」

 

京都に残っている民間人が居る。それも、古都である京都に愛着がある者達が多かったという。昔の京都を語るのが好きなもの。宮大工。宮司や寺僧は、頑なに避難を拒んだという。どうすれば良いのかという話し合いの中で斑鳩崇継は、理路整然と諭すべきだと答えた。

 

―――力及ばす壊される事が不可避であれば、再建を見据えた動きをするべきだ。正しく京都の家々を作り直せる者や、古い京都を語れる者が居なくなれば、取り戻した所で画竜点睛を欠くことになる。未来のために協力して欲しいと申すべきだと。

 

崇継らしくない言動に、煌武院悠陽以外の全員が違和感を覚えていた。恭子だけが直接問いただし、崇継は惜しげも無く答えたのだ。臣下の実体験を元に組み立てた意見であると。

 

「マンダレー・ハイヴ攻略戦の後も、苦労したそうですからね。某人物が言っていました。頑固で拘りと愛着を持っている………損して死にやすい人間ほど、良い仕事するって」

「………そうね。そういう人達が正しく頑張れる場所を、私達の手で取り戻さないと」

 

武はその後、2、3別の話題で言葉を交わすと、敬礼を残してハンガーに戻った。そこには既に整備が完了し、今にでも出撃できるぐらい磨かれた戦術機の勇姿があった。

 

「戻ってきたか………貴様も忙しい身だな」

 

「望んで得た立場ですから。それよりも………」

 

武は戦術機の前に居る整備兵達を見て、言った。

 

「通達します。明日には防衛戦ですが、整備兵達は本日付けで関東に避難します」

 

「………練度の高い整備兵達を死なせないため、か」

 

瑞鶴や武御雷の整備性はお世辞にも良いとは言い難く、担当する整備班には相応の技術が要求される。斑鳩崇継は京都撤退戦から関東に至るまで長期戦になると考え、彼らを生かすことを優先したのだ。

 

反面、明日の出撃前に機体が故障してしまったり、戦闘中に損傷を受けた場合はどうしようもできなくなってしまうため、リスクの大きい賭けとも言えた。

 

(崇継様は即断した。煌武院、九條、斉御司も同様の対応を取ると聞いた。でも、崇宰がそんな対応を取ったとは聞いていない………)

 

五摂家の当主を生還させることを優先するなら、ある程度の替えがきく整備兵の損耗は了承するべきだ。斯衛の衛士や城内省であればそのような主張をするだろう。だが、長期戦を考えれば上手い判断とは言えなかった。

 

そこで崇継は、納得できる理由をでっち上げるそうだ。整備用具の損耗が限界だった、度重なる戦闘の震動のせいだろうと。そのような原因があるからこそ避難させるのが最善と判断した。そう自分が主張すれば真っ向から反論する声はなくなると、崇継は微笑を浮かべたまま言ってのけたのだ。

 

(悠陽なら“やる”だろう。戦場でしか会ったことがないけど、九條公と斉御司公も同じ判断をしそうだ………でも、崇宰公はどうだろう)

 

もしかしたら、同じような判断をしているかもしれない。だが武は、その“かもしれない”という部分に引っかかりを覚えていた。

 

「黙りこんで、どうした。噂の鬼姫との接見は叶ったのだろう」

 

「まさか五摂家当主様とは思いませんでしたけどね………ていうか鬼姫って」

 

「斯衛では有名だが………往来で口にする言葉でもないな。なるほど、知らなかったのはそのせいか」

 

ともすれば蔑称と捉えられかねないゆえに、口にする者が居なかったのだろう。そう告げた真耶に、武は見えませんけどね、と答えた。

 

「良い人でしたよ。誠実でした。狭量じゃないし、少しは冗談も通じるようでしたし」

 

「そうだな………それでも、その歯切れが悪い様子はなんだ?」

 

「いえ………」

 

武は言葉を濁した。具体的にどのような気持ちを抱いているのか、自分でも把握しきれていないのだ。真耶に言った通り、悪い人ではないということは確かだ。

 

それでも自分が知っている指揮官、指導者の中で曰く“悪い人”と崇宰恭子を比べればどうだろうか。不利な戦況の方が多いこのBETA大戦において、頼りたいと思う方はどちらであろうか。斯衛の武家、それも五摂家ともなれば清廉さも必要になろうが。

 

「政威大将軍、か」

 

「………また、唐突だな。考えを無意識に言葉にする癖は直した方がいいとあれ程忠告したというのに、もう忘れたのか」

 

「あー、すんません。そういう訳じゃないんですけど」

 

武は謝りながらも、また思考に没頭した。それを見た真耶がため息をついた。

 

「出会って分かっただろうが………次代の大将軍に一番近いとされているのが崇宰公だ。貴様もそう思っただろう?」

 

九條公や斉御司公を除いた、その他三家のいずれかが大将軍になるというのが、斯衛の中で囁かれている通説だ。その中でも若くなく、清廉とした印象が強く前線に出張っている崇宰公こそが相応しいという声もある。

 

「………そうかなあ?」

 

「ほう………それは斑鳩公に比べれば見劣りがする、ということか?」

 

「いえ、ゆう………じゃなくて。オフレコですけど、煌武院公の方がなんていうかしっくり来るような感じがするんですよね」

 

真耶は武の言葉を聞いて、言葉に詰まった。仮にも傍役である風守家の当主として此処に居るのに、主君である斑鳩公より他家の方が将軍に相応しいと発言するのは、控えめに言って大問題だったからだ。

 

(それでも、御館様の方が将軍に相応しいと………そう思う根拠はなんだ)

 

若い、というのは覆せない弱点である。訓練や政務の経験も不足し、何より京都防衛戦において戦術機を駆って参加できないという点も。真耶はそれとなく誘導し、武に質問をした。武はそれは違いますよ、と前置いて言った。

 

「自分的に、意見がまとまっていないんですけどね………師匠の言葉を思い出したんですよ。白も黒も珍しいものじゃないって」

 

「また、抽象的だな」

 

「あー、自分でもそう思います。でも、この言葉が重要なんじゃないかって」

 

その後、また2、3意見を交換するが、どうにも結論が出ない。そうしている内にやってきた人物が居た。武、真耶と同じく赤い強化装備をまとった男―――真壁介六郎は、武の顔を見るなり額に青筋を浮かべた。

 

「貴様………面会が終わった後、すぐに報告しに来いと言っただろう」

 

「あっ!」

 

「あっ、じゃない。磐田と吉倉が待っている。すぐにでもブリーフィングルームに行け」

 

いわゆる“攻勢”の組の指揮官である武を軸に、撤退戦ですべきことをもう一度確認しあうという。そうして一時間後には、崇継を筆頭に、武の中隊と介六郎の中隊も混じえて最後のブリーフィングが始まるのだ。

 

武は真耶に挨拶をすると、また走ってハンガーを後にした。残された介六郎はため息を零しながら、真耶の方を見た。

 

「それで………随分と話し込まれていたようだが、あの者を引き抜こうと甘言を弄してでもいたのか?」

 

「あり得んだろう。仮にそうだとしても、月詠である私の立場では言える筈がないことは大尉も知っているだろうに」

 

少し棘のある口調だが、その勢いは弱い。白銀武を死地に追いやったこと。主導したのは紫藤家と聞いたが、情報をもたらしたのは従姉妹である月詠真那だ。それで無関係と突っ張るほど、月詠真耶は傲慢な性格をしていなかった。

 

「本人は欠片も気にしていないようだが………まあいい。それで………」

 

「勘ぐるような内容ではない。指揮官としての資質の話をしていた」

 

真耶は武と交わした言葉を、デリケートな部分を除いて話した。介六郎はそれを察しつつも、そういう話かと小さく息を吐いた。

 

「相も変わらず甘い男だ。直感のままに………いや、話されても困るか」

 

「それは………どういう事だ?」

 

「白は清廉さ。黒はその正反対となるもの。両方を噛み砕けないようであれば、指導者としては片手落ちだと言いたいのさ。恐らくは、大東亜連合のシェーカル元帥を思い出していたのだろうが」

 

第四計画のあの者は、とは介六郎は言葉にせず。

 

「清廉な印象など、持っているのが当たり前だ。それがなければ人はついてこない。だが、この国に訪れる混迷を考えると、それだけでは足りない。特に状況が裏返った時などは―――」

 

「だが、状況に応じて身を変えるなど、言語道断だ………正道だけでは切り抜けられない状況の中、信念を保って行動するのは将軍として重要な資質だと思うが」

 

「それに関しては同感だ。だが、それは白も黒も視界の中に入れることが出来た上での話だな。非合法な手段や、正道には当たらない奇抜な手段。それら全てを考えた上で、最適だと自分が信じる道を選ぶ事こそが肝要なのだと私は思う」

 

黒のない白だけで、清廉さだけで全て切り抜けられるなら苦労はないと。介六郎の言う所は、真耶も理解している事だった。

 

「………白に囚われず、黒に溺れず。灰色の混沌とした状況の中で、信念の元に最適な解を抽出できるものこそが―――という事か」

 

例えば、アルシンハ・シェーカル。大陸に英雄を産み出すため、かの元帥が裏で何を仕掛けたのか。人は鮮烈な光に目を奪われる。その光に眩まされ、裏にあった影にまで目が届かなければ、それはもう正しき白になる。

 

(この国の未来のために、巌谷中佐の策を飲み込んだ御館様のように………か)

 

反面、策謀に心を囚われては意味がない。策を弄することや欲望に心を落とし、かつての自分が何を目指していたのかを忘れては本末転倒になる。何もかもがごちゃまぜになってしまった灰色の空を仰ぎたいと思う者など居ないのだから。

 

「そうだな。白は白。黒は黒。それらを咀嚼し、吟味した上で選り分けられる者こそが指導者として相応しい………誰の言葉か忘れたがな」

 

親しい者の言葉なのだろう。だが真耶は指摘せず、崇宰の方に話を持って行った。介六郎は、それこそ見れば分かると言葉で断じた。

 

「崇宰公は、最も近しい傍役の暴走を許した―――御堂賢治に“この主君は信ずるに相応しい”と思わせられなかった。それこそが証拠だ」

 

「………」

 

真耶は答えず。一方で、自らの主君を思った。年齢に似つかわしくない存在感と物腰。その中にあるものまで。

 

(白と、黒………両方を身の内に含め、飼い慣らしているからこその風格か)

 

重厚な空気をまとえるのは、内にそれだけのものを秘めているからだろう。常時、あらゆる状況において、あらゆる方法を頭の中に張り巡らせているのだ。それは常人とは比べ物にならないぐらい、濃密な時間を過ごしている事と同義。思考し、苦悩し、葛藤しながらも最善の策を模索し続けている。

 

(政の世界においての、常在戦場。静かな覚悟と共にあの方は呼吸をされている。その上で賭けるに足ると判断したからには全力だ。切り札の一つである鎧衣左近を惜しげもなく見せる所など………)

 

老獪さはない、大胆不敵な一手ではあるが、理に適っては居る。鎧衣課長以外の人選であれば、もっと時間がかかった事は間違いがなかった。この国に残された時間を考えれば、それは得策では無い。巌谷中佐も、その辺りは理解していただろう。激流になりつつある時代で、筋を見極める猶予など無いのだという事を。

 

(若い、という事。それは決して弱点にはならない、か………いや、それほど年を取った覚えはないのだが)

 

真耶は苦笑しつつも、風守武から“鬼婆”と言われた従姉妹である真那の姿を思い出していた。その事でからかってやれば、どういった顔をするだろうか。

 

そこまで考えた所で、ふと思った。これから生還率が低い、一軍の殿となっての撤退戦に挑むというのに、今度がある事を当たり前のように考えている自分に。

 

原因が何であるのか、真耶は考えるまでもなくそれに思い至っていた。

 

「………このような時でも、あの者は普段とまったく変わらないのだな。私達が仕損じれば、斯衛の危機だというのに」

 

「それは………そうだな。色々抱えているだろうに、いつも通りのあのザマだ」

 

介六郎は皮肉げな笑いを零し。真耶は横目でそれを見ると、素直な男ではないなと内心で呟いていた。同時に、戦略ではない戦術規模での指揮官の理想像を見た気がした。

 

当たり前のように死地に挑み、当たり前のように生還する。気合を入れるのも良いが、人は走るのが速いだけ視野が狭まるもの。興奮しすぎず、かといって怖気ずに笑顔で戦場を見据える。それが伝播することで部下も焦らず、その結果致命的な失策を犯さなくなる。真耶は第16大隊の裏に秘められている強さの理由を、また一つ知れたような気がした。

 

(斑鳩公が不安であれば直接接してみよ、と。御館様に命令されての事だったが………)

ある意味で別の世界で戦う事になった真耶は、斑鳩崇継という男だけではない、多くの事を学べたような気がした。主君である煌武院悠陽に関する見方でさえ。視野が変わるだけで、こうも見識が広められるのかと、驚きの気持ちさえ抱いていた。

 

「ふん………月詠大尉。色々と考えているようだが、まずは目の前の事に集中するのだな。来年の事を考えれば、鬼が笑うぞ」

 

「言われるまでもない。真壁大尉こそ、風守大尉の縄を離す事のないようにな」

 

「それは青鬼、赤鬼に任せた。なんなら、大尉も加わるか? 風守曰く“鬼婆”殿の従姉妹として………いや、20を過ぎたばかりの女性に対しては、失言になるか」

 

「………大尉のデリカシーの無い嫌味も平時の通りだな。これで終わりと思えば、せいせいする。あと訂正させてもらおう。鬼婆は私ではない、真那の方だ」

 

真耶は言い返しつつも、言外に示された意見に同意した。

 

―――馴れ合うつもりはない、という言葉を。真耶も、それは望む所ではあった。隊の中でも蔓延している雰囲気ではある。指揮官は居る。だが、どのような相手であれ、隊の仲間さえライバルで。だからこそ、誰よりお前たちの目前では無様は晒さないと。

 

「………今更、か」

 

「平常運転こそが、という訳だ………そろそろ時間だ」

 

そうして二人は、ブリーフィングルームに向けて去っていった。来る時は少し力が入り過ぎていた肩をいつものものに戻し、程よい緊張感を抱いたまま。

 

そして、脳裏にちらつく光を思い、笑った。

 

―――たとえこの世の地獄に等しき激戦に晒されようと、自分達は再びこの故郷に戻ってくるのだという、当たり前の決意と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき(言い訳)

二つ目のお題ですが………いつの間にか月詠真耶さん&殿下の話に。
しっ、仕方なかったんや! 武ってば恭子さんとの接点があまり無かったし!
ていうか二人の共通の話題って、唯依だけやし!

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