Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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『3.5章エピローグ後 篁唯依が山城上総に武のことを報告と愚痴を言う』です。

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短編集
① : 3.5章エピローグ後の唯依


ユーコン基地での不知火・弐型強奪事件が終わって間もなく。事件の渦中に居た篁唯依は、本国の斯衛軍から呼び出しを受けていた。相手は崇宰家の傍役である御堂家の当主である御堂剣斗。

 

崇宰恭子亡き後は崇宰家の臣下における武断派を統括する衛士であり、明確な当主が決まっていない崇宰家では1、2を争う程の力を持っている男でもある。

 

(そう、聞いていたのだけど………顔色が悪いな)

 

目の前で椅子に座る男の第一印象は、筋骨確かで武の腕も立ちそうだが、慣れない仕事に苦労している苦労人。権威と同様にその役割も非常に大きく、日々激務に追われているという噂は本当の事だったかと唯依は内心で呟いていた。当主不在というのも大きいかもしれない。考えこむ唯依に、剣斗は早速主題をと話し始めた。

 

「さて………篁中尉。報告書は見たよ。分かりやすくまとまっていた。だが、補足して欲しい部分が色々とあってね」

 

剣斗は事件における各国の動き、特にアメリカに関するものを知りたがっていたのか、強奪事件の際に尋問官や、ヴィンセント・ローウェルがどういった言動をしていたのかを詳しく問いただした。唯依は一切の脚色をせず、その時に起きた事実だけを答えていく。

 

唯依が私見として持っているのは、ヴィンセントや日本の整備員は事件に関わっていないということ。それでも私情を挟まず、純粋な情報だけを求められるがままに出していく。全ての質疑が終わった後、部屋の中に深いため息が溢れる音がした。

 

「大体の所は把握できた。ご苦労だったな、中尉」

 

「はい、いいえ。現場を見てきた者として報告をするのは義務と思っています」

 

「………そうかもしれんがな」

 

剣斗は頷きながらも、狙撃の激痛と死の恐怖に晒されてなお、嫌味なく義務を口に出来る者は多くないと苦笑した。

 

「特に今の臣下にあってはな………中尉も、崇宰公亡き後の、臣下を取り巻く現状は把握しているな?」

 

「………はい」

 

戦術機の開発に重きを置いていた生活であっても、篁程の家格であれば自然と情報は入ってくる。唯依は心重く思いながらも、昨日に父から聞かされた事を整理した。

 

(明星作戦で恭子様が亡くなられた後。他に相応しい者は居ないと、当主は不在のまま。その主たる原因が譜代の勢力争いというのも………ため息が出る筈だ)

 

崇宰家にも傍系の血を継ぐ者達は居る。問題は、その傍系を担ぎだしてお飾りの当主にした上で実権を握ろうという譜代武家が多すぎる事にあった。

 

「恭子様が生きていたら、何とおっしゃられるか――――と、嘆いて立ち止まる方こそ無礼か。いずれにせよ、これより訪れるは転機。譜代の一人として、また海外の猛者共を直に見てきた者の一人として。これからもよろしく頼むぞ、中尉」

 

「はっ! ――――微力ではありますが、この命を賭します」

 

内容について、全てを把握している訳でもないが、提示された意見に関しては疑いようもない。唯依は敬礼をしながら、明確な意志を示すかのように返事をした。それを見た剣斗は、眩しいものを見たかのように目を細めた。

 

「素直で、何より謙虚だ。その上で、今回の功績………恭子様が事あるごとに話されていただけはある。譜代というだけで威張る老害共に聞かせてやりたいよ―――ああ、冗談だ。冗談にしておきたい話だな」

 

また、深い溜息が風を起こす。そうして、剣斗は重々しく口火を切った。

 

「冗談ついでに話しておく。崇宰家の次代当主についてだが………一部の派閥が、こう切り出している。“やはり直系の者を次代の当主とするべきだ”とな」

 

「はっ………いえ、それは」

 

「気づいたようだな。今ご存命の直系は多くない………中尉の母君である、栴納(せんな)殿もその一人だ。つまりは………母親筋であるが、直系であるとして篁唯依を崇宰の当主として担ぎ出そうという声がある」

 

「はっ?!」

 

唯依は動揺のあまり叫んだ。どこをどうやればそのような意見が出てくるのだと。

 

「それを説明する前に、此度の中尉の功績の詳細を伝えておかなければならない。XFJ計画を経て完成した不知火・弐型についてだ。中尉は、風守少佐………いや、白銀武から弐型を強奪した件について、事の次第を聞かされているな?」

 

その上で、と剣斗はこの後の展開について話した。近日中にユウヤ・ブリッジスから横浜経由で最終の改修案が送られてくる。唯依はその内容を理解した上でまとめ、大東亜連合にある工場に最終の設計書と図面を送付すると。

 

「っ、ですが………あれは、私の成果ではありません! ユウヤ・ブリッジスの………!」

 

兄様の、とは言わない。それを見た剣斗は、その通りではあるがと答えた。

 

「私も、彼の情報については把握している。故に此度の命令は、中尉の兄君の功績を奪えというものになるが………そうでもしないと、内外共に格好がつかんのだよ」

 

「それは………しかし、米国が黙っているでしょうか」

 

「文句は言わせん。というより、言い様がない。アクティヴ・ステルスを使う訳でもあるまいしな」

 

ステルスとは関係がない、直接的な戦闘力を向上させる方向であれば、米国からの技術漏洩に関する抗議も的外れなものになる。米国の衛士が帝国の貴重な財産を強奪した、という大きな負い目もある以上、米国は今回の事については口を噤まざるを得ないのだ。

 

「故に………その詫びとして、計画に参加していた日本の衛士を。私に功績を積ませることで?」

 

「その通りだ、篁“大尉”。到底納得はできんだろうが、呑み込んでもらうしかない」

 

「………はい」

 

唯依は苦虫を1ダースは噛み潰したのではないか、という渋面をしながらも頷いた。同時に、ふと思いついたように剣斗の瞳を見据えた。

 

「では、譜代のお歴々はその功績をもって私を推薦しようと? ですが、私は篁家の次期当主として………っ?!」

 

「気づいたな。その通りだ。一部の者だが、ユウヤ・ブリッジスの存在に感づいている可能性が高い」

 

「………それはっ!」

 

ユウヤを篁家の当主にして、代わりにと。そう察した唯依は叫びそうになった。だが数秒沈黙を保ち、俯くと撃発しそうになる憤怒を抑えこみながら尋ねた。

 

「失礼ながら―――その命令だけは受け入れられません。絶対に頷けません。そのような破廉恥な真似を許す事も」

 

「そうだろうな………だが、今の私達がどう動こうと、解決には程遠い結果となる」

 

御堂や篁はマークされている。いずれかの派閥に接した所で、事が露見してしまえばそれまでだ。事態は間違いなく悪化し、最悪は内輪で揉めに揉めることになる。

 

最良は、外からの干渉。それも自分たちより家格がはっきりと上である、崇宰以外の五摂家による接触があれば、ひとまずの動きは止まることだろう。

 

“篁家を取り巻く情報は既に掴んでいる”、“この情勢下で内輪揉めをするような無様を晒してくれるな”、“崇宰の譜代がどのような回答を見せてくれるのか期待している”、と。直接的ではなくても、青の家格の方々に視られているという事をはっきりと意識させられれば、迂闊な動きはできなくなるのだ。

 

何とも情けない話だがな。そう締めくくった剣斗の顔には、悔恨の念が刻まれていた。

唯依も同様の顔で頷く。全ては仕えるべき当主を不在のままにしている譜代が悪いのだから、と。明星作戦の後から一切の余裕がなかったことなど、言い訳にもならない。一歩も二歩も遅れていることは明らかで。それでも、譲れない線というものがある。

 

「しかし………御堂中佐」

 

「言われずとも分かっているさ。他の五摂家の方々にどう話を持っていくのか、だろう? ………そのあたりの事を事前に察していた者が居てな。斑鳩公には予め話をつけてくれていると、そう今朝方に連絡があった」

 

「………それは」

 

「察する通りだ。先の一件に加え、また借りを作ってしまうことになるな」

 

剣斗は唯依に対して、いかにも気まずそうな表情で、斑鳩公が提示した条件がある、と告げた。

 

「斑鳩公と傍役である真壁中佐が、一度篁大尉と直接話をしたいそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――10分後。唯依はいまだかつてないほどに唐突となる、五摂家当主との面会を果たしていた。姓と名と階級を名乗り、敬礼をする。それだけで体力を消耗するような緊張感の中で、唯依は目の前の人物にただ圧倒されていた。

 

斑鳩家当主―――斑鳩崇嗣(いかるが・たかつぐ)。斯衛の意識改革を遂げただけではない、衛士としても斯衛最強の一角として数えられる程の力量を持つ、稀代の傑物だ。

 

その様子は、穏やかながらも要所では鋭い気配を纏っていた恭子とはまた異なる。知己ではないという、それだけでは説明できない程の捉えようのなさ。だというのに身に纏っている気配は重厚でありながらも、流麗。唯依は公の傍役であり、隊であれば斯衛最強のとも呼ばれる第16大隊の副隊長を務める男、真壁介六郎との二人を視ると、付け入る隙など皆無だと思わされてしまっていた。

 

(ユーコンに行く以前であれば………この空気に呑まれていたかもしれない、けど)

 

それでも、他国の地で接した経験は重く。何より雪原で死神と対峙した時ほどの絶望感はない。そう開き直った唯依は、崇嗣の隣に居る赤の衛士の顔が、やや青色になっている事に気づいた。

 

「さて………篁大尉」

 

「はっ!」

 

「今更、名乗る必要はないな………其方の事は恭子より幾度か聞かされていたが、こうして見えるのは初めてになる」

 

「………はっ!」

 

唯依は返事をしながらも、内心で驚いていた。そして、その小さな驚きを噛みしめる前に崇嗣から言葉が飛んだ。

 

「狙撃されたと聞いていたが、無事で何よりだ。もし其方が異国の地で果てたとなれば………かの“鬼姫”殿に夢枕で祟られる事になったであろうからな」

 

「はっ! ………いえ、それは」

 

鬼姫とは崇宰恭子の異名である。唯依もそれを知っているが、何と答えて良いのか分からなくなった唯依は、少し黙りこみ。そこに、小さな笑みが向けられた。

 

「冗談だ………介六郎もそう怖い顔をするな」

 

「これは地顔です。さて、篁大尉。聞きたい事は色々とあるが、まずは―――」

 

介六郎は話題を切り出すと、唯依に対して質問を重ねていった。内容はユーコン基地におけるクラウス・ハルトウィックが見せた動きと、その周辺で動いていたであろうガルム小隊他、元クラッカー中隊の衛士についてだ。多少踏み込んだ内容ではあったが、立場的にも時勢的にも偽証出来るはずもない唯依は、明確に答えていった。

 

そうして、一通りの話が済むのは時針が一回りした後。介六郎は小さく頷くと、改めて唯依を見据えた。

 

「私が言う筋ではないかもしれんが………ご苦労だったな、大尉。何より、あのバカが迷惑をかけてしまった」

 

「はっ! ………はっ?」

 

「………失言だ。聞き流してくれ。バカ、という点については否定しないが」

 

「………はっ!」

 

唯依は色々な葛藤を持ちながらも頷いた。バカ、という結論に同意したからでもある。それを見た介六郎は、小さくため息をつきながらも補足した。

 

「とはいえ、そこいら中に触れ回るには危険過ぎる話が多い。特に白銀武の存命に関しては、しばらく口外を禁じる」

 

知っているのは九條公、斉御司公とそれぞれ傍役に加え、御堂剣斗のみ。そうそうたる名前であり、唯依はそれほどまでに重要な情報なのかと認識すると同時に、疑問を抱いた。その内心を察した介六郎は視線を鋭くした上で告げた。

 

「殿下は………把握しているが、確証を抱かれてはいない。今はそれ以上の事を説明をしない方が良いとの結論だ。九條公、斉御司公も同じ意見を持たれている」

 

3公が承認しているのだ、と。言外に含まれた意図を唯依は受け止めたが、何より聞いておかなければいけないことがあった。

 

「それほどまでに慎重になるとは………もしかして、風守少佐は殿下と知己の仲なのですか?」

 

「そうだ。が、何故そう思った………いや」

 

介六郎は嫌な予感がする、と口を噤んだ。そこに崇嗣が言葉をつなげた。

 

「詳細はまだ言えぬが、京都に居た頃に出会っている。風守家の当主代理として第16大隊で共闘する以上は、情報を共有しておく必要があったのでな」

 

煌武院の傍役である月詠真耶が第16大隊に入隊した事は有名だ。唯依は事情を察しつつも、どこか違和感を覚えていた。

 

唯依の表情から色々と察した崇嗣は、何気ないように告げた。

 

「注目していたのは間違いない。特に風守家の現当主である風守雨音との婚約が噂されていた時には――――いや、噂はあくまで噂ということだ、篁大尉。故にそのような顔をしないで欲しいな」

 

鬼姫に棒で追い掛け回される、と苦笑する崇嗣。彼をしてそう言わせる程である唯依の表情は、一言で表せば衝撃と悲嘆が足され四乗されたかのような。その顔を見た崇嗣は、小さく唇を緩めた。

 

同時に、からかわれた事を知った唯依の頬は、熱があるように桃色に染まっていた。

 

「流石は大陸の撃墜王。クラッカー中隊の葉玉玲も“そう”だと聞いたが、尽く期待を裏切らない男だな………どうした、介六郎。痛いのであれば胃を押さえても良いのだぞ?」

 

「………いえ。それで、篁大尉。聞いておきたい事などはないか」

 

疲労の色が濃い赤の衛士と、その横で小さく笑う青の衛士。初めて見る二人の姿に、唯依は驚きつつも、小さな疑問を抱いていた。

 

色々と聞きたい事はある。風守家の当主代理となった経緯や、母であると聞かされた風守光。あるいは、クラッカー中隊との関係。だがそれよりも唯依は、一つの質問を選んだ。

 

「白銀少佐は………第十六大隊に所属していたと聞きました。ですが、その………お二人とはどういった関係であったのでしょうか」

 

「………予想外の質問だが、答えよう。切り札であり、鬼札であり、爆弾だ」

 

「というのは、介六郎の照れ隠しゆえ本気にしないで良い。とはいえ、表現が難しいが………戦友であるのは間違いないな。だが、我と介六郎はそれ以上のものをあの者に求めている。贔屓にしている、と言うよりは――――そうだな。異国の言葉でいう、“ファン”なのだろう」

 

「………ファン、ですか?」

 

唯依があまりに予想外の回答に、その言葉を飲み込めないでいると、介六郎がため息と共に説明の言葉を付け足した。

 

「期待している、という意味では間違いない。尤も、期待外れの無様な姿を見せられればすぐにでも掌を返すだろうが」

 

それでも、期待をしているという一点は肯定している。唯依はその様子と疲れている介六郎の顔から、何となく白銀武がどういった扱いをされているか、分かったような気がした。数秒後、唯依の顔を見ていた崇嗣は鋭くも言葉を発した。

 

「安堵、か………その心配はない、篁大尉。通常では考えられない程、他方面に人脈を持っている男だ。故に、我より離れたとして―――処断する、という事はあり得ん」

 

「はっ………いえ、その」

 

「反応が素直だな。からかうと可愛い、と言っていた白銀の言葉が分かる」

 

今度こそ、唯依の顔が耳まで真っ赤になった。五摂家の当主たるお方にまで、という気持ちと、それを発した人物が誰かという事が原因だった。

 

「かつて戦友であった事と、友達であったこと。それだけで命を賭けられる男だ。故に、縛りはしないのだ。介六郎も言ったであろう? ―――鬼札だ、と」

 

鬼札(ジョーカー)は使い所を過たなければ、万能の効果を発揮できる優れもの。だが自由に動けない斯衛においては、その有能さが(ババ)になる可能性もある。余人に理解されなければ、英雄の功績を持っていたしても道化だ。

 

「理解者はできるだけ多い方が良い。万が一に備えてでもな」

 

「………お戯れを」

 

「はは、例外はないさ。私も、お前も、何もかも」

 

小さく笑いながらも死を語る。その重さに反した気安さは、死が親しいものであると認めて居る者にしか抱けないものだ。先ほどと同じようで違う様子に、唯依は息を呑み。それでもと、口を開いた。

 

「………一つ、ご許可を頂きたい事があります」

 

「ふむ。内容によるが、構わん。言ってみるが良い」

 

「白銀少佐の存命について。かつて京都で助けられ、私の戦友でもある山城中尉にも報せたいのですが………」

 

「山城中尉―――山城上総か。最近になって頭角を現した………良い。その者であれば、問題はない」

 

節度は守ってもらうが、と。微笑みに似た表情で告げられた言葉に、唯依は姿勢よく頭を下げる事で答えた。

 

それを見た崇嗣は、こちらこそだと告げた。意味が理解できない唯依を置いて、介六郎が答えを口にした。

 

「白銀は………何かをこちらに求めたことはない。例外は、其方を含めた、かつての友だけだ。故に―――答えないという手はない。バカなあいつが、初めて主張した我儘なのだからな」

 

そうまでして守りたいという意志を示されては、応えない訳にはいかない。その声だけがずっと、唯依の背中の芯にまで響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――翌日。唯依は上総との待ち合わせの場所である、帝都のとある広場に移動しながらも、武の事を考えていた。言葉では言い表せそうにもない、内面の地獄。人が抱えるには大きすぎるそれを、斑鳩公や真壁中佐は知っているのだろうか。知っているとして、利用しているのなら。

 

(鬼子というにも生ぬるい、隔絶した戦闘能力………いや、だからこそか)

 

唯依が見た二人は、貪欲だった。崇宰恭子とは異なり、御堂剣斗とは明らかに違う。二人をして、往くべき道を既に決しているように思えるのだ。利用できるものは利用してでも、目的を果たさんという意志には鋼に似た強固さを連想させられる。

 

鬼でも魔女でも、利用しないままでは勝てない。唯依はそこに、他の武家とは一線を画す覚悟の深さを見ていた。

 

常人であれば、自分を圧倒的に上回る能力を持つ者を手放しに重用することなどできない。それは自らの地位を脅かす要因になりかねないからだ。故に、斑鳩公が危惧していた事は的を射ていると思えた。

 

それに反する決断。唯依は公の見事さに感嘆すると同時に、そうまでしなければいけないという、日本が置かれた情勢を嗅ぎとっていた。もう、時間がないし後がない。そういった一言を思わせる程の何かが迫っているのかもしれない。

 

杞憂かもしれないが、安堵に足る材料の方が少ない現状では、焦りの念を抑えられる事もできない。そう考えている内に唯依は、目的の場所にたどり着いた事に気づかなかった。

すたすたと待ち合わせの場所である広場の中央を通り過ぎていき、しばらくしてから頭を押さえた。

 

「いたっ………だ、誰だ?!」

 

「誰、って………私よ、唯依」

 

「あ………上総?」

 

「上総、じゃないわよ………全く。今の帝都は昔とは違うのだから。そこまで油断していたらいくら貴方とはいえ、身の安全は保証できないわよ?」

 

ため息をつきながら、上総は唯依の手を引っ張った。そのまま、行く予定であった喫茶店まで唯依を連れて行こうとする。帝都とは言えど、治安はかつての京都とは比べ物にならない程に悪いのだ。まともに戦えば問題はないものの、気が抜けた状態で奇襲を受ければひとたまりもない。そう懸念しての行動だったが、唯依の言葉を聞いた上総は呼吸を止め。きっちり10秒が経過してから再起動を果たすと、思案顔になり、またしばらくしてから移動を始めた。

 

その15分後。上総は山城家が所有する家の一つにたどり着くと、耳も目も届かない部屋に入り。使用人に命じて唯依に茶を用意させた後、テーブルで対峙する唯依に向けて尋ねた。

 

「それで………先ほどの言葉は、どういう意味かしら? ――――白銀武の事で話がある、誰にも聞かれない場所で話がしたいというのは」

 

「それは………言葉通りの意味よ。その、上総は鉄大和中尉の事を覚えてる?」

 

「………忘れられる筈がないでしょうに」

 

「え?」

 

「今でも、あの戦術機動は私の理想よ。篁示現流がある貴方は、それを基幹とした戦術機動を見出したようだけれど、私は違う」

 

上総は俯きながらに告げた。古来より流派として確立されている剣術の中には、高度に練られたものが。そういった剣術は多方面に応用が効くようにできている。幼少の頃からその流派を修めてきた唯依は、戦術機の操縦における根幹として据える芯に対して迷いを抱かなかった。一方で、上総は違うと答えた。

 

「とにかく他の衛士の動きを見て、盗んだわ。真田教官から、風守少佐から………だけど、一番に効率的で有用だったのは、鉄中尉の戦術機動だった」

 

全ては理解できなくとも、目指している場所は分かる。上総はそれを根幹として据えた上で、多くの衛士から技術を盗み、肉付けをする事でやってきたと独白した。

 

「それに………私達が危機に陥った時、ね。唯依とは違って、私の方は本当に限界だったから」

 

体力が残っていた唯依とは異なり、自分はあと1分でも戦闘が続けば、集中力を保てなくなる程に消耗していた。ベトナム義勇軍のフォローがなかったら、間違いなく死んでいたと、苦笑しながら語った。

 

「“ここを生き延びれば、可能性が広がる。100%の死ではなく、あるいはもっと――――きっと、頼れる衛士になる”」

 

それは、鉄大和が残した言葉。限界状態にあった新兵を、苦笑しながらも当然だと庇った時の。

 

「その後の防衛戦で………志摩子さんが死んで、和泉さんが逝って。後になって、安芸も亡くなったと聞かされたわ。でも、その前から私は思っていた。あの時の彼の言葉を嘘にしたくはないと。仲間の死に足を止めず、傲慢であろうとも、死を糧にしても。何時か彼と再会した時に、誇らしく胸を張ってやろうって」

 

戦死したと聞かされても信じなかったと。上総はそう締めくくった後に、顔を上げた。

 

「それで………聞かせて頂けるかしら。白銀武という人物について」

 

名前に色々と連想できるものがある。そう告げた上総に、唯依は最初から説明した。先に会った時、真壁中佐に聞かされた内容も含めてだ。

 

白銀武が元クラッカー中隊に所属していて、マンダレー・ハイヴ攻略戦に参加した事。鉄大和と名を変えた後、ユーラシアで激戦をくぐり抜けていたこと。風守光の実子であり、当時の武自身もそれを知らなかったこと。

 

「………唯依。貴方、疲れているのではなくて?」

 

「………上総。それを告げる真壁中佐は、もっと疲れた顔をしていたわ」

 

それに、あの腕を見せられれば納得できる部分がある。唯依の言葉に、上総は興味本位に尋ねた。どれほどの力量になっているのか、この極東において五本の指に入るぐらいなのか。唯依は悩みつつも、斑鳩公から聞かされた言葉をそのまま答えた。

 

「斑鳩公から聞かされたのだけど………あくまで個人に限定したら、だけど―――極東最強だって」

 

「え?」

 

「覚えているでしょう? あの時、上総の瑞鶴のコックピットだけを切り開いた、赤の試製98式を」

 

その後の活躍も凄まじく、曰く“斯衛最強の鬼神”。上総はえっ、とだけ呟き。目を丸くして、瞬きも忘れたまま30秒は硬直した。

 

「青鬼、赤鬼を従える赤い鬼神――――斯衛の武の双璧、紅蓮大佐を破ったという、あの?」

 

「………それは初耳だけど、そうみたい」

 

「佐渡の前線では、結構有名な話よ………じゃない、ちょっと待って。つまり、京都でのあの時も?」

 

「上総の命の恩人、になるみたいね。私もユーコンで何度か助けられたけど」

 

「………そ、うなの」

 

上総は黙りこみ。しばらくしてテーブルの上にある湯のみを持つと、盛大に手を滑らした。

 

「っ、大丈夫?!」

 

「ええ、問題ないわ」

 

中にあるやや暖かめの茶が、上総の服にかかっている。火傷までとはいかなくとも、熱がるほどの茶を浴びた上総は、慌てず取り出したハンカチで拭き始めた。

 

最初はテーブルを―――次に、席を立ち身を乗り出していた、唯依の顔を。

 

「あの………山城さん? 少し熱いのだけれど」

 

「あら、水臭いわ唯依。私のことは上総っちと呼んでと言ったじゃない」

 

「初耳だけどっ?!」

 

「上総さんでもいいわよ」

 

「………なんでさん付け?」

 

上総はゆっくりとハンカチを唯依から離して、自分の顔を拭き始めた。

 

「上総。いいから、少し落ち着いて。まずは深呼吸を」

 

「………そう、ね」

 

肩を押さえて諭された上総は、ようやく正気に戻り。直後に、視線をテーブルに落とした。1秒が経ち、10秒が過ぎ。その頃には上総の顔は、体調を心配されるほど桃色に染まっていた。唯依はそれを観察しながら、何となく上総が考えている事が分かるような気がしていた。

 

(友達で、命の恩人で、目指していた人で………死んだと諦めたけど、生きていて。それも斑鳩公にも認められる程、想像を越えて強くなって)

 

髪をきったのは、あるいは吹っ切ろうとしたのかもしれない。なのに生存していると知ったどころか、知らない内に命を助けられた恩人でもあるということ。

 

自分も上総も武家の次期当主として立つことを強いられてはいても、20に満たない女性として、恥と知りながらも忘れられない情念がある。唯依も色々と思い出し、少し頬を赤くしていた。

 

そのまま、両者が沈黙して5分。先に我を取り戻した上総は、目を閉じて大きく深呼吸をした後、目を開いた。

 

「………唯依は、ユーコンで白銀少佐と会ったのよね」

 

「ええ。最初はそうとは気づかなかったけど。それに、色々と酷かったから」

 

からかわれた事、いきなり写真を撮られた事。

 

「それも、隠し撮りの写真が整備員の間で売買されて………あの、上総?」

 

「いいわ、唯依。最後まで続けて」

 

「わ、わかった」

 

唯依は頷くと、助けられた事から、最後にはその気はなくても一対一で対峙してしまった事まで告げた。漏らしてはいけない情報も多いため詳細までは教えられないが、とにかく酷い目にあわされたと唯依は愚痴を重ねた。

 

「特に、最後は………目の前が真っ暗になって、手も震えて………」

 

情けなくも泣きそうになって、まともに戦える気がしなかったと。そう告げた唯依に、上総は大変だったわねと、菩薩の顔で答えた。

 

――――直後、その雰囲気が般若のそれに変わったが。

 

「それで、愚痴という名の自慢はそれでお終いかしら?」

 

「………えっ?」

 

「取り敢えず頭を差し出しなさい。満足できるまで叩かせて頂くわ」

 

「………冗談、よね?」

 

「こっちこそ冗談じゃないですわよっっ?! 何が悲しくて、聞きたくもない自慢話を聞かされなくてはならないのかしら30分も!」

 

倒置法、という感想もつかの間。表情も鬼のそれになった上総は、唯依の肩を掴んで前後に揺さぶり始めた。

 

「羨ましがるのは不謹慎ですけれど、正直代われるものなら―――それも、私に話してない事もありそうなのが納得いかないですわ!」

 

Need to knowは承知の上だけど今だけは全てを無視してでも聞いておきたい、という声は偽りのない乙女の本音だった。

 

「それに可愛い顔してヤるべき事はヤッてそうなのがまた―――それに、いつの間にか胸もそんなに豊かにっっ!?」

 

身体と一緒に揺れる胸を見て、逆転された事を知った上総は更に荒ぶった。

 

――――10分後。落ち着きを取り戻した上総は、残ったお茶をすすりながら何事もないように落ち着いていた。だがやや乱れた髪の毛でジト目をする唯依を無視できず、飲み干した後、ごほんと小さく咳をした後に、すみませんでしたと頭を下げた。

 

「帰国した直後で、疲れている友達にする事ではありませんでしたわ。本当にごめんなさい」

 

「………ううん。私も、気持ちは分かるから」

 

色々と予期せぬ出来事が連続しすぎていて、叫びたくなる気持ちは一緒だと。苦笑した唯依に、上総はもう一度頭を下げて、今度は礼を告げた。疑問符を浮かべる唯依に、上総はだってと説明をした。

 

「唯依の表情を見て分かったわ。想定外の事態はあれど、弐型の開発に関しては上々の成果が得られたって」

 

「それは………」

 

手伝ったとはいえ、そのほとんどを成したのは兄で。そう思ったが、唯依は否定することなく、ユウヤを誇るように答えた。

 

「うん………世界でも最高峰と断言できる機体に仕上げられた。あれが実戦配備されれば、日本はまだまだ戦える。佐渡だけじゃない、もっとその先だって」

 

唯依はユウヤが作り上げた機体を思い、迷いなく告げる。その揺るがぬ感想は闇を切り裂いて一条に伸びる光のようで。それを見た上総は、身震いがするほどの興奮を抱いていた。斯衛として間引き作戦に多く参加している上総にとって、それほどまでに優秀な戦術機が配備されると聞いては、期待せずには居られなかったからだ。

 

「ええ………いつか、京都にもね」

 

「そうね………志摩子達も、眠るのならばきっと………」

 

戦死者ごとに建てられた墓は多くない。遺体を回収できなかった、という事もあるが、京都に建てたもののBETAの侵攻で踏み潰されてしまったものも多いからだ。家も、思い出も、何もかも。平らげられた千年の都は、今どうなっているだろうか。

 

「それでも………取り戻す」

 

「………唯依?」

 

「やれるかどうかは関係ない。まずは譲れない一線を定めることが大事だって………そう、教わったから」

 

あとはその方法を探すだけ。命を懸けて模索して、最後まで諦めないこと。唯依はユーコンで学んだ、覚悟の方法を語り、それを聞いた上総は苦笑しながら頷いていた。

 

「頼りなかった隊長さんだったのに………いつの間にか、追い越されてしまったわね」

 

「まだまだ。斑鳩公もおっしゃっていたけど、上総も注目されているみたいよ?」

 

「そう………本当だったら、嬉しいわね。例え僅かでも………京都に帰れる日が近づいているって、そう実感できるもの」

 

「………うん。きっと、昔のように」

 

「ええ………女生徒が校則厳しい学園を抜けだして、コンビニに行けるような。そんな光景が日常になれば」

 

気が遠くなりそうなぐらい遠い道だけど、と唯依が笑う。上総はそれに対抗するように、意地の悪い表情を浮かべながら小さく笑った。

 

「そうね――――ドリアン味のポッチーに向けて、迷いながらも震えた手を伸ばす武家の次期当主様が見られるように、ね?」

 

「―――ええ。お金にあかせてジャリジャリ君のラ・フランス味を買い占める横暴な武家様が、意地悪く微笑んでいる光景を見られるように」

 

笑顔での口撃の応酬。だが、二人の脳裏に浮かんでいる光景は、一つだった。

 

ジャリジャリ君が売り切れていたと、この世の終わりのように嘆いている岩見安芸。そして、安芸の小さな身体を支える甲斐志摩子と、安芸の脈を取って首を横に振っていた能登和泉。

 

死んでしまった。肉体は亡い―――それでも、と。どちらともなく、手を差し出す。そうして重ねられた手の上を見ながら、唯依は大声で言った。

 

「おかっちませっ――――」

 

「――――かしこわっ!」

 

唯依の掛け声に、上総が応えた。それは京都で訓練校で教えられた、代々続くという由緒正しくも独特な掛け声。二人はそれを交わした後、おかしそうに息を吹き出していた。

 

「ふっ、ふふふ………」

 

「くっ、ふふ………あははは!」

 

楽しそうに笑うのは―――重ねられた手に、かつての戦友の手を幻視したから。思い出を共有した上総は、ようやくと。忘れていた欠片を思い出し、目指すべき場所を見据えて走り始めた唯依は、これからと。

 

掌と共に思い出を重ねあわせた二人は、しばらく笑い声を部屋に木霊させていた。

 

未だ見えぬ暗闇(みらい)に負けぬよう、精一杯の明るい声で。

 

 

 

 


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