Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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盆休み最後の更新です。

30話の最後で、文字数は少なめですが、どうかご堪能下さい。

次は31話で、その次は3.5章の最終話になる予定です。


30-4話 : 急転 ~ Given~ (4)

「―――捜査長。ブリッジス少尉の行動は、当初の計画から大きく外れているのでは?」

 

本来であれば米国側の国境を越えて然るべきだ。DIAの捜査官の訝しげな声に、捜査長であるウェラーは渋い顔で答えた。

 

「いや、むしろ良くやってくれているぞ。どちらかというと、我々の方に問題があった。あの早さでサンダークが戻って来るなど………こちらの情報が漏れていたとしか思えん」

 

二重スパイ(ダブル)の存在さえ疑う必要が出てきたと?」

 

「少なくとも1度は洗う必要があるな。それよりもサンダークを撃破した事についてだ。ソ連側の戦術機を撃墜したなど、ただの亡命騒ぎで収められる範疇を逸脱している」

 

「発見者がよりにもよって、ですからね。では、ブリッジス少尉もその事を承知の上で?」

 

「ここで一直線に米国に向かおうとしないのは、米国を庇っての事だろう。少尉には大局が見えているよ」

 

騒動が起きた後、まるで予め決められていたかのように米国に向かえば、各国はどのように見るか。

 

「では、しばらく時間が経過した後に亡命を?」

 

「そうだ。追い詰められ、最後に頼ったのが米国だった………という説明ができる。同時に、ブリッジス少尉の行動が計画的でない、感情に支配された行動だったと立証するための重要な証拠になる」

 

「成程。そして、強奪する対象が見目麗しく、悲劇的な生い立ちを持っている女性であれば………」

 

「見た目よりも、彼の過去が重要だな」

 

「過去………ああ、彼の母親ですか。不幸だった母親とクリスカ・ビャーチェノワを重ねあわせたが故の行動だったと」

 

最も避けなければいけないのは、一連の事件が米国の裏工作によって仕組まれた陰謀だったと判断されること。捜査官の男は、感心したように告げた。

 

「現場の状況に応じた臨機応変な行動。流石は合衆国でもトップクラスの開発衛士と呼ばれるだけはありますね」

 

「………それが過去から来るものだとは、何とも皮肉が効き過ぎているがな」

 

そしてダンバー准将の期待通りに、見事に成長した。

 

「誰にも相談せず、単独で行動したのは………ユーコンで自ら関わった者達に嫌疑をかけないためだろう。全く………母親似にも程があるな」

 

「母親、ですか? ああ、ウェラー部長が担当した案件で、ミラ・ブリッジスも同じような行動をしていたと」

 

「そうだ。頑固だが、律儀だった。結局は、関係していた誰もが口を噤まざるを得ないような………」

 

いや、とウェラーは首を横に振った。

 

「………人は往々にして視野にあるもののみで判断し、言葉を紡ぐ。つまる所、その意識こそが人間の器であり格そのものだ。その言葉に照らし合わせれば、ユウヤ・ブリッジスのなんと見事なことか。本当に、尊敬すべきアメリカ国民だ」

 

「そうですね………彼がもしも純粋な合衆国軍人であれば――――というのは蛇足になるでしょうが」

 

ユーラシアからの避難民は多く、オルタネイティヴ計画を考えれば日本とは両手を上げて協力できない立場で、米国として求められるスタンスは何であるのか。

 

「本部が焦っているのも、そういった理由からでしょうね。念のため、インフィニティーズには支援行動を取らせるとのことです」

 

捜査官の男の言葉に、ウェラーは顔を顰めた。

 

「この作戦はスタンドアローン前提だった。インフィニティーズがどうしてここで出てくる」

 

「テロ直後に“不死鳥”が姿を見せた事と、“帝都の怪人”の動きを気にしているようです」

 

「ヨロイが動いている………ああ、欠陥兵器の残骸を欲しがっている件か。だが、いずれも本件には絡んでこない。この作戦内において、連中は出番はないさ」

 

「そうですね………ですが、“銀の亡霊(シルバー・ゴースト)”が動いている件に関しても、無視できないようで」

 

「それこそ杞憂だ。この厳戒態勢下においてたった1機が、一人の衛士が何をどうできるというのだ」

 

戦闘以前の問題だ。レーダーに捕捉されればそこで第四計画の関与が明確になり、窮地に立たされることになるだろう。ウェラーも横浜の魔女に関しては、大体の人格を把握していた。

 

「テロの時に不確定な事が起き過ぎたのだろうな。第四計画にとっては、あの亡霊を今もユーコン基地に残らせておきたかった、というのが本音だろう」

 

「結果的に助かりましたけどね」

 

「そうだな………私が言えた義理ではないが、世の中何がどう回るのかは、誰にも分からないものだよ」

 

そうしてウェラーは割り切った。待機行動が空振りに終わる可能性が高いとして、インフィニティーズを止めることはできない。中央情報長官の意向により動いているため、捜査長程度の立場では命令も出来ないのだ。

 

ウェラーは捜査官の男に追跡と経過観察を継続するように命令した後、呟いた。

 

 

「今回は………いや、いずれの事件においても、第四計画や欧州連合に出番は必要ない。世界の命運は米国が決めなければいけないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、ユーコン基地の外れ。吹雪が視界を塞ぐ極寒の地において、純白の機体がその腹を満たしていた。その足元には、撃墜されたソ連の偵察機が転がっていた。

 

「全敵機バイタル正常、操縦者は一人を除いて失神状態………一人も殺さずに無力化するとは、本当に腕を上げたな」

 

「機体の性能差と、奇襲が上手い具合に嵌ったからな。あとは雪の白が良い迷彩になってくれた」

 

レーダーに映らず有視界でも判別しにくい敵の強襲など、衛士にとっては悪夢だろう。ユウヤは一方的に攻撃するだけで済んだ戦闘を思い出し、苦笑することしかできなかった。

 

「ステルスにJRSSか。ほんと、今の俺達に向けてあつらえたような装備だぜ」

 

「ああ………まるで亡命してくれと言わんばかりの兵装だ。ユウヤのハイネマンに対する推測は、正しいのかもしれない」

 

「当の本人に聞くまで確証は得られないけどな………よし、推進剤と蓄電は………完了したな。急いでこの場から離れる」

 

通信が途絶えた味方機の反応を追って各国の戦術機がこの場にやってくるだろう。ユウヤはそれを利用するつもりだった。

 

この機体を陽動にして追手の何機かを誘き寄せている間、自分たちは迂回したルートで施設に移動し、再強襲を行う。それも一人だけ気を失っていない衛士に、自分達の逃亡ルートを誤解させた上でだ。

 

「簡単には引っかかってくれないだろうが、こちらに手を割かないって選択肢はまずあり得ない。なら、包囲に空隙は生じるはず………サンダーク少佐には通じないだろうがな」

 

唯一、自分の目的を知っているサンダークはこちらの作戦を看破するだろう。そう思いつつも、ユウヤは作戦を中止するつもりはなかった。

 

 

「鬼が出るか蛇が出るか………いずれにしても、虎穴に入らないことにはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、ソ連のП計画の研究基地付近。そこに待機していたインフィニティーズは、レーダーにある反応を捉えていた。隊長であるキース・ブレイザーが識別信号を見て呟いた。

 

『これは………新型機か』

 

『Su-47です。狙い通りでしたね、隊長』

 

テロ事件直後に二個中隊規模のSu-47が搬入された場所ということで、CIAだけではなくDIAも怪しんでいた場所。インフィニティーズはそこに何があると確信し、隠れていたのだ。

 

『特定のポイントに向かって移動し始めたようですが………追跡しますか?』

 

『ふん………幸いにして、こちらには気づいていないようだ。指示した通りの距離を保て。気づかれないようにしたまま、追跡する』

 

『あの機体に直接仕掛けないのですか?』

 

『優先すべき順番を間違えるな。あの機体が向かった先には、ユウヤ・ブリッジスが居るはずだ』

 

キースは意味ありげな口調でレオンに告げ。レオンは、眼を閉じながら否定も肯定もしなかった。

 

『仕損じれば大問題だ。欲張って我々の存在が露見すれば、合衆国に全ての嫌疑が及ぶ。それ以上の説明は要らないな』

 

キースの命令に、インフィニティーズの隊員であるレオン、シャロン、ガイロスの了解という声が響く。この程度の状況判断ならば瞬時にできる彼らは、その部隊名に恥じぬ精鋭だった。

 

深入りしてソ連の国境内で自分たちが発見されないように注意した上で追跡をする。その判断は正しく、デイル・ウェラーが望んでいた方針に沿っていた。

 

距離を指示し、追跡の成功確率を知っていたキースのみ。彼だけは事前に、ソ連の新機体に搭載されているという“能力”のおおよその有効範囲を聞かされていたのだ。

 

そのまま行けば、目的の全てを総取りできる。距離にさえ気をつければ達成も容易な、的確な判断だった。

 

それでも、距離を詰めすぎれば拙いとその調整に気を取られて―――故に、反応が遅れた。

 

唐突な爆発音。インフィニティーズの3人は、初めの数秒の内はその音がどこから発生したのか理解できなかった。唯一その発生源を理解していた男は。自機の脚部に被弾という報告をレッドアラームと同時に聞いたキース・ブレイザーは、驚愕に叫んだ。

 

『被弾―――狙撃だと?! バカな、レーダーに反応は無かったはずだ!』

 

『た、隊長!?』

 

歴戦の衛士であるキースをして、即座に判断ができない唐突過ぎる事態。数秒遅れて何が起きたかを把握した3人だが、誰が何をどうして狙撃したのか全く分からず、思考に迷いが生じた。それを一喝するように、キースの大声が通信を響かせた。

 

『各自、脚部パーツを回収する事を優先! それが終わったら撤退だ』

 

『た、隊長!?』

 

『可能な限り我々の痕跡を消去し、予定のポイントに向かう………ソ連軍に認識される訳にはいかん! この状況で米軍が領域侵犯した証拠を残す訳にはいかんのだ、急げ!』

 

『りょ、了解!』

 

キースは歯を食いしばりながら動き始める部下の姿を見る。そして吹雪の向こうに居るであろう“誰か”を睨みつけるように見定め、呟いた。

 

 

『レーダーに姿を現さず。同じくレーダーに映らない我々を狙撃する、か』

 

 

この吹雪の中には、なにかとてつもない化物が潜んでいる。キースは柄にでもないなと考えながらも、撤退するまで背筋を襲う寒気から逃れられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………良かったんですか?」

 

「やり過ぎは良くないって、先生に釘を刺されたからな―――次、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。ユウヤはあり得ねえと繰り返しながら、弐型に追いすがってくる3機の識別信号を見ると、苦い顔で舌打ちをしていた。

 

「くそっ………あの状況で拘束されなかったっていうのかよ!」

 

「ユウヤ、あの機体に乗っているのは………!」

 

不知火・弐型の2番機にF-15ACTV。何よりも機体に刻まれた識別信号は、真実だけを示していた。

 

「タリサ、ステラ、VG………よりにもよって、一番来て欲しくない奴らだ! でも、どうやってこっちの場所を割り出したんだ………?!」

 

移動中ならばまだしも、潜伏している状態でアクティヴ・ステルスの欺瞞を看破する手段など無い筈だ。なのにどうして、と考えている暇もなかった。一直線にこっちにやって来たからには、包囲される前に動き出さなければならなかった。どうであれ発見された事にかわりはない。

 

ユウヤは当惑しながらも、アルゴス小隊の能力を推し量っていた。

 

(機体性能は………弐型はともかく、F-15ACTVは拙い。速度ならあっちの方が上だ)

 

どうやって対処すべきかと考えている所に、秘匿回線から訴えかける声があった。

 

『―――ユウヤ! 待て、おい、止まれって!』

 

それはタリサの声。秘匿回線なのはこちらに配慮してのことだろうが、ユウヤは応答しなかった。会話の内容がなんであろうと、秘匿回線越しに言葉を交わしたというログが残れば、3人ともに在らぬ疑いをかけられる可能性が高いからだ。ここで捕まれば共謀を疑われないだろうが、ユウヤは捕まるつもりも諦めるつもりもなかった。

 

最悪の場合は、交戦も辞さないほどの覚悟。だが3人の力量を考えると、ほぼ間違いなく命のやり取りになる。

 

逃げるより他はない。そう考えたユウヤに、F-15ACTVは容赦なく距離を詰めてきた。

 

『投降しなさいっ! 唯依のことを忘れたとは言わさないわよ!』

 

『ヴィンセントの事もだ! お前、あいつらを忘れた訳じゃねえだろ!』

 

ステラとヴァレリオの訴えに、ユウヤは歯を食いしばった。それでも、前に傾けた操縦桿をぴくりとも動かさない。

 

『ユウヤァ! てめえ、いい加減返事しろやゴラぁッッ!』

 

タリサの怒声。できるものなら、とユウヤは思いながらも逃げ続けた。動作の中でフェイントを潜り込ませ、振り切るために進路を急転させる。

 

『―――無駄だ! お前の癖なら見切ってるっての!』

 

だがタリサにヴァレリオ、ステラはぴったりと後ろについて離れない。ユウヤはどうにかして個別に対処できないかと考えたが、思いついた所で再度通信から声が聞こえた。

 

『―――地形を利用して迎撃するつもりよ! 気を付けて!』

 

「くっ………!」

 

尽く、こちらの狙いが読まれている。ユウヤは無力化も難しいかと考えた所で、追いつかれた上での一戦を考えた時に、レーダーが捉えた新たな反応を見た。

 

「ユウヤ、18時の方向に機影4!」

 

「っ、タリサ達を追ってきたのか………!」

 

追撃動作に入っているアルゴス小隊の反応を捉え、接近してきたのだろう。その敵機からも通常回線で通信が入ってきた。

 

『国連軍に告ぐ―――こちらはソビエト陸軍のドミトリー・ガヴェーリン中尉だ』

 

その衛士は、我が領域内での戦闘行為は許可できない、国境外に退去されたしという通達をアルゴス小隊に向けた。それを聞いたユウヤが、舌打ちを重ねた。

 

「ユウヤ、彼らは………」

 

「俺達の敵だ。アルゴス小隊を退去させた後に俺達を撃墜して、弐型のステルス技術を奪おうって腹だろうな」

 

だがアルゴス小隊も逃亡機追跡の命令を受けて行動しているようだった。ソ連領内への進入許可も出ていると返し、ソ連の機体に立ちふさがるように動きを変えた。

 

『あんたらはお呼びじゃないんだよ! どうしてもってんなら力づくで排除しな!』

 

『―――そうだな。前々からお前らは怪しい行動ばっかりしてやがったから、なあ』

 

『そうね。力づくで行動を制限しようだなんて輩には、相応のお返しが必要よね?』

 

怒りに、呆れながらの同調に、悪戯を仕掛ける女性特有の声。直後にアルゴス小隊の3機は、その進路をソ連の戦術機小隊に変えた。

 

 

「ユウヤ、あの者達の色は!」

 

 

「分かってる―――急ぎ、この場を離脱する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………行ったか』

 

『って余裕かましてる場合じゃねえけどなっ!』

 

立ちふさがるように相手をして、三度目の交錯。タリサはその短時間で、相手が油断できないほどの力量を持っている事を看破していた。

 

(こいつら、弱くない。実戦を知ってるな)

 

テロの時のような素人に毛が生えたレベルではない、実戦経験と確かな訓練を積んだ相手だ。自分達に勝っているとは思わないが、油断をすれば容赦なく突いてくる鋭さがある機動だった。

 

『っ、行かせないよ!』

 

タリサは囲いを抜けてユウヤを追いかけようとした1機に牽制を仕掛ける。わざと当てずに、進路を阻む形でだ。

 

『タリサ、分かってるわね!』

 

『当たり前だって!』

 

表向きはこうして撃ち合いになっているが、本当に撃破するのはよろしくない。XFJ計画と自分たちが置かれた立場を考えると、やり過ぎは共謀を疑われる種になる。

 

だが、ソ連も同様の事を考えているはずだった。

 

(ボーニングが主導しているXFJ計画と事を構えるのは………あちらさんにとっては避けたい事態だろうしね)

 

本命が不知火・弐型である以上、あちらを優先するはず。その前提があればソ連の動きも読める。弐型を捕縛した上でF-15ACTVを撃墜するなど、真正面からボーニング及び米軍に喧嘩を仕掛ける行為に等しい。今のソ連にそれだけの国力があるとは到底思えなかった。

 

(相手は第三世代機のSu-47、機体性能も一線級………でも、当てる訳にも当たる訳にもいかない)

 

相手の目的も同じ、アルゴス小隊に弐型を捕縛させないためにこうして仕掛けてきているのだろう。そこまで察したタリサは、へっと鼻で笑いながら呟いた。

 

 

「短い付き合いだけど、あのバカがなんで動いたかなんて想像がつくんだ………ここは1機たりとも逃さねえぞ!」

 

 

タリサは戦意をまき散らしながら、4機のSu-47を前に正面から突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どうしますか?」

 

「抜け出て弐型を追いかけるようなら、さっきと同じだ。きっちりと狙撃する。ソビエト陸軍かアルゴス小隊、どっちであってもな。それまでは監視に徹するよ」

 

「そうですか………でも、あちらの方に駆けつけたいのでは?」

 

「はは………隠し事は出来ねえなあ………でも、決着もついていないのに乱入したらあのバカに怒られちまうよ………それにな」

 

 

俺の知ってるユウヤ・ブリッジスなら、やってくれるそんな予感がするんだと。笑顔で告げた男の言葉を聞いた銀色の髪を持つ少女は納得し、小さい全身を集中させて、優先すべき前方に居る対象の監視を続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、ソ連の研究施設の中にある作戦司令室。サンダークはモニターに映る状況を見ながら、出撃した機体から入る情報を聞いていた。

 

「イーダル1より報告、目標を発見との事。電子対抗処置準備を開始!」

 

「………いよいよか」

 

「あ、ああ………遂に、“繭”の実戦が始まる………」

 

「ふむ………相手にとっても想定外だろう。だが、今回の戦闘における成果次第で、計画の行く末も決まる」

 

「さ、サンダーク………少佐?」

 

何を言っているのか、とベリャーエフが恐る恐るたずねた。一方でサンダークは小さく笑みを浮かべ、計画の結晶たる存在が今にも相対しようとしている者に向けて呟いた。

 

 

「女ひとりのために全てを擲つ愚か者………だが、譲れぬ矜持故の行動というのならば。どこまで行けるのか、示してみるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ユウヤ!」

 

「どうした、クリスカ。施設まではまだ距離が………」

 

「違う………来るぞ!」

 

ユウヤはクリスカの言葉に、レーダーを見た。そこには自機に向けて一直線で接近してくる新しい敵の信号があった。間もなくしてその機体の映像が網膜に投影された。

 

「Su-47……でも、1機かよ?! なら、スーパークルーズで振り切って――――」

 

「だめだ………振りきれない。距離を開けた所で、アレは絶対に私を見つけて追いかけてくる………!」

 

「なに………っ、まさか!?」

 

クリスカの悲鳴に似た声に、ユウヤは現れた機体に誰が乗っているのかを理解した。

 

「そうだ……あれには、イーニァとマーティカが乗っている!」

 

「なっ………!」

 

その挙動はどう見ても戦闘態勢のそれである。ユウヤは驚きながらも、サンダークとベリャーエフという男の存在を思い浮かべて、舌打ちをした。

 

「何かやりやがったな………説得できないのか?!」

 

レーダーの反応ではなく能力による生体探知であれば、ステルスの優位は崩れ去る。ならばオープン回線でも呼びかければ、と問いかけるユウヤだが、クリスカはできないと答えた。

 

「あの子とマーティカは繋がれている! 能力が解放された二人に、言葉は通じない!」

 

「どういうことだ………っくそ、逃げ切れない! 戦闘態勢に入る! 悪いが、手短に頼むぜ!」

 

「………分かった」

 

クリスカは言い難そうに、イーニァの能力に関する事を説明した。イーニァは戦闘用に調律された個体で、その影響ゆえに戦闘時には破壊衝動に飲まれる危険性がある。その制御役こそが自分であり、マーティカなのだと。

 

「イーニァからは切除された、理性ある攻撃衝動と本能………それを制御するために、私達は産み出されたんだ」

 

「なに………っ、くそっ、もう来たのか!」

 

クリスカの説明が終わると同時に、Su-47が攻撃を仕掛けてくる。ユウヤはその初撃を紙一重で回避するが、その精度に戦慄していた。最後まで一対一では勝利を収めることができなかった相手が、更に研ぎ澄まされているよう。

 

反面、これはチャンスと言えた。施設に潜入した上で奪還するよりは、ここで殺さないように撃墜させた方が幾分か戦術の融通も利く。

 

そう思ったユウヤに、クリスカの不安そうな声がかけられた。

 

「いまの二人………いや、一人になったあの子達を無傷のまま捕らえるのは、いくらユウヤでも至難の技だ!」

 

そうして、クリスカは語った。今のイーニァとマーティカはプラーフカ状態に―――つまりはESP発現体の固有能力であるリーディングとプロジェクションをお互いに使い、一個の存在になっていると。

 

「レッドシフトの時とは違い、能力は制限されている………でも」

 

「何が―――って危ねえ! クリスカ、いいから早く!」

 

「………プラーフカ状態においては、私達は脳の演算能力が倍加する。だが、それだけではないんだ」

 

「っ、なに?」

 

「一定以上のレベルで同調した私達は、数秒先の可能性を観測することができるんだ」

 

「なっ………!」

 

同調制御の実験中に偶然発見された現状の名前を、“フェインベルク現象”という。詳細を省いて総括すると、それは“確定した可能性の未来を観測できる”能力であると。

 

「つまりは、未来予知か………そんな馬鹿な能力が―――!?」

 

刹那の間に命をやり取りする高機動戦術機戦闘においては、有用を越えて反則に近い。あまりに無茶苦茶なその能力を聞いて呆然としかけたユウヤに、Su-47の突撃砲が向けられた。

 

「く………っ!」

 

間一髪で回避に成功したユウヤは機体の体勢を立て直し、改めてこちらに銃口を向けて襲ってくる真紅のSu-47を見た。

 

正確極まる操縦技量に、未来予知という反則能力。尻尾を巻いて逃げたとして、誰も責める者は居ないだろう―――それでも。

 

「いいぜ………やってやろうじゃねえか。どちらにせよ、ここで決着をつけなきゃなんねえんだ」

 

接敵し、逃げられない以上はここで勝利を収める以外に生き残る方法はない。逆を言えば、ここを制すれば目的の達成を邪魔する障害物は失くなるのだ。腹をくくったユウヤは胸中に渦巻く巨大な暗雲を飲み干した上で、操縦桿を強く握りしめた。

 

「クリスカ………お前はイーニァとマーティカにプロジェクションで説得を。止まるように訴えかけてくれ」

 

「でも、あの状態の二人に能力は………いや、分かった。できる限りやってみる」

 

「その意気だ。俺も、可能な限り抗ってやるぜ」

 

吹雪は収まっておらず、能力と相性を踏まえた条件的には最悪だと言えるだろう。その上で対峙するは、間違いなく今までで最強の相手である。

 

下手をしなくても敗色濃厚。普通に考えれば、無力化できるような相手ではない。それでもユウヤはしっかりと前を見据えた。欠片たりとも助けるべき相手から目をそらさず、軋むほどに強く操縦桿を握りしめる。

 

そうして胸の内から沸き上がる衝動のままに、叫んだ。

 

 

「これで最後だ。不知火・弐型――――ユウヤ・ブリッジス、往くぜェッ!!」

 

 

 

 

 




インフィニティーズも災難ですね。

まあ、他国からも第四計画からも、最も警戒されているからなのですが。

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