Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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30-2話 : 急転 ~ Given~ (2)

計器の色だけが光るコックピットの中。白銀武は機体のチェックをしながら、準備を進めていた。

 

『もしもーし。聞こえてるかしら、白銀』

 

『ばっちり聞こえてますよ、夕呼先生………ユーコンの方、ついに動き出しましたか』

 

『予定通りに、ね。件の人物にも連絡済み。あとはユウヤ・ブリッジスがどこまでやれるか、それにかかってるわ』

 

『そうですね………って予定通りって事はソ連のバラキン少将は頷いたんですか?』

 

『ええ、溺れる者は藁をも掴むって感じだったわ。女傑さん共々、ソ連のタヌキ親父に生贄の羊にされたこと、よっぽど腹に据えかねていたようね』

 

『成程。だから、あとはそこまでたどり着けるか………ってこっちの心配は皆無ですか、夕呼先生』

 

『当たり前でしょ。アンタがこの短期間に二度もバカするような無能なら、とっくの昔に切り捨ててるわよ』

 

武は夕呼の言葉に冷や汗を流しながら、相変わらず怖いなぁとぼやいた。

 

『あとの懸念は………アメリカ国防情報局( D I A )、こっちの意図通りに上手く勘違いしてくれますかね』

 

『そのための種の散布は完了済み。これが欧州連合なら、裏を読んでくるでしょうね。でも………それを発芽させた上に育てるのがアメリカって国よ』

 

軽い笑いを混ぜながら、夕呼は断言した。

 

『それで? 新しい機体の乗り心地はどうかしら』

 

『まあ仮宿で色々と特殊な機体ではありますが………マジでヤバイですね。少し反則気味だから後ろめたいんですが。でも、使えるものは使わなきゃ始まりませんし』

 

『白銀語はよく分からないけど………それは今更でしょうに。というか、ここで使えないなんてほざいた日には、黒虎元帥殿に直接絞め殺されるんじゃない?』

 

『むしろ大東亜の関係各所からタコ殴りにされますよ。元帥閣下はそれを裏で見て、ほくそ笑んでいる姿しか浮かびません』

 

乾いた笑いをこぼす武。それでも、と頷きながら言った。

 

『もう嘘をつく必要がない、ってのは本当に良いですね。それだけで強くなれるような気がします』

 

『あんたは良いでしょうけどね………つまらなくて救いがない未来を告げられる相手の身になりなさいよ。元帥殿はそれで白髪が増えたって聞いたけど?』

 

『は、はは………それはまあ、上に立つ者の責務って事でひとつ』

 

武は軽く敬礼のような仕草を見せると、夕呼に告げた。

 

 

『行ってきます。クソッタレな運命を、真正面から打ち返してきますよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かに前が見えるぐらいの、最低限の照明。ユウヤはその中で冷たいコンクリートの壁に手を沿えながら、イーニァと一緒に研究施設の中を慎重に歩いていた。足音を殺しながらも、遅すぎない速度で目的の場所に向かう。

 

「ダメ、こっち………」

 

「わかった」

 

頷き、方向を変える。急いではいるが、必要なことだ。ユウヤは発見された時点で何もかもが終わりになる事を分かっていた。最悪は銃殺もあり得る。ユウヤは徐々に大きくなっていく心臓の音と、吹き出る冷や汗に耐えながら、それでも歩みを止めなかった。

 

(今回は下見の偵察………連れ出せる手段が見つかればいいが)

 

本当に救出するというのなら、様々な下準備が必要になる。故にユウヤは、一度偵察をした上で方法を模索するつもりだった。一人だけなら自殺行為だが、イーニァの能力があれば潜入も現実的なものになる。

 

気になる事は数え切れないほどあった。イーニァが目を覚まさなかった時に与えられた入館許可証が生きている事など、その筆頭だ。あるいは、自分をおびき寄せる罠という可能性もある。それでもユウヤはイーニァの必死の訴えが演技であるとは思えなかった。

 

(事が露見したとして………関係各所に迷惑をかけることになる、でもよ)

 

発見されれば、ユウヤ・ブリッジスが米国のスパイであると見られるだろう。それはXFJ計画にも波及する。テロ直後の事件となれば、米ソの国際問題にまで発展しかねない。だが、それは日本国とハイネマンにだけかけられている疑惑の矛が逸らされる可能性も含んでいる。

 

(詭弁か………唯依にも迷惑がかかるだろうしな)

 

それでも今の状態よりはマシの筈だ。そう考えているユウヤの袖が引かれた。

 

「ユウヤ、ついてきて―――あそこ、警備室!」

 

「っ、分かった」

 

急かされるままに小走りで進む。たどり着いた扉には電子ロックがかけられているが、イーニァには外せるようだ。その向こうには何が待ち受けているのか。敵でも居ればそれで終わりだが、とユウヤは掌に浮かぶ汗を握りつぶした。

 

(発見されればそれで終わりだが………ここは、イーニァを信じるしかない)

 

決意したユウヤは扉の中に入る。そして慎重に中を見回した後、小さく安堵の息を吐いた。あるのは監視カメラを映すモニターと、警備に関する機械だけ。ユウヤはそれを確認すると、すぐに動き出した。警備員は出払っているようだが、いつ戻って来てもおかしくはないからだ。

 

「クリスカ………」

 

「っ、どこだ?」

 

「あのモニター!」

 

ユウヤは指差された方向を見たが、映像が小さくてよく見えなかった。だが、居場所が分かったのは幸運だと呟きながら、方法を考える。

 

「警備室なら、部屋の鍵がある筈だが………」

 

そんなに甘くはないか、と舌打ちをした。それでも、周囲にマスターキーらしき物が無いかを探し始めた。隠密行動が求められている現状、クリスカを部屋から出す時には絶対に必要となるものだ。

 

最悪は、イーニァに開けられないレベルの電子ロックとパスワードが設定されている場合。そうなると、警備員の誰かを締め上げて聞き出すしか方法がなくなる。そう、最低でも二人一組だろう、銃を持って巡回している専門の訓練を受けた相手に不意打ちを仕掛けた上で無力化することが求められるのだ。

 

(………不可能だ。ボディーアーマーまで装備した相手を、奇襲でどうこうできるなんて、100に一つかどうかって確率だ)

 

希望的観測は捨て、現実性のある案を。どうすべきか考えていると、イーニァが恐る恐るといった声がかかった。

 

「ユウヤ、これ………」

 

「………マイク、か? 館内放送用か………いや」

 

実験だというのならば、部屋の中の相手に話しかけるような設備もあるはずだ。そう思ったユウヤに、イーニァはうったえかけた。

 

クリスカが寂しがっているからおはなししてあげて、と。

 

「だが………いや」

 

病室の前に人が居た場合、スピーカーから出る音を聞かれる危険性がある。そうなればより一層、警戒は深まるだろう。

 

「それでも確認しておかなければならない、か」

 

「ユウヤ?」

 

「イーニァ。病室の周辺に人間が居るかどうか、分かるか?」

 

「う、うん。周りに人は居ないよ」

 

「分かった」

 

ユウヤは今更になって迷わなかった。ここは死地。そして自分が思っている通りなら、帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)は過ぎてしまっている。

 

意を決したユウヤは、クリスカが居る301の部屋に向けて声を飛ばした。

 

 

「聞こえるか………クリスカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒くもない、熱くもない部屋。クリスカは無機質な壁に背を預けながら、ぼうっと前方を見上げていた。

 

(………無様だ)

 

一言で説明できる自分の現状。クリスカは、自嘲するように繰り返した。結局は能力を発揮することができず、こうして処分されていく自分。死にたくないと思ったのに、迷った挙句にその勝敗がつく以前に気を失った。

 

病室に入れられたということは、期待を失ったのだと。不必要だからと、せめて最後に党の役に立てと。直接言葉はかけられなかったが、クリスカはサンダークとベリャーエフの心の中を読むまでもなく理解していた。

 

(当然の報いだ………こんな、情けない姿を晒すようでは)

 

何もかもが崩れていくような感覚。そして、終着点がここなのだ。クリスカはそれが当然の事であると受け入れていた。ただ一つの事、二人のこれからを除いては。

 

(イーニァは、大丈夫かな………そして、ユウヤも)

 

先の件は事故で片付けられ、比較試験はこれからも続くだろう。自分の代わりにマーティカがイーニァの隣に立ち、ユウヤを苦しめる筈だ。性能を発揮した二人は強い。あれほどまでに情熱を燃やしていたユウヤが、どのような手段で二人に立ち向かうのか。負けてしまえば、行く先を失った熱はどうなってしまうのか。そこまでクリスカは胸が張り裂けそうになる気持ちに襲われた。

 

(もう一度………手鏡の礼を、言いたかったな)

 

最後の比較試験。クリスカは搭乗する前から、心が折れそうな気持ちと戦っていた。それでもあそこまで戦えたのは、手鏡をコックピットの中に持ち込んでいたからだ。

 

結果は出せなかったけど、結果が左右される場に立つことができた。最善の結果ではないが、最悪の結果でもない。だから礼を、と。そこまで考えたクリスカだが、震えながら俯き、眼を閉じた。

 

「………情けない」

 

縋るような声。閉じれば、ユウヤの顔が浮かんでくるようだ。それでも、声はかけてくれない。暗闇の中に浮かぶユウヤは困った顔をしたまま。こちらから別れの言葉をかけることもできない。感覚的には思い出すことができるが、それだけだ。

 

『………クリスカ』

 

ふと、声が。だがすぐに表情は自嘲するものに変わった。幻聴か、とまた自分に対しての情けない気持ちが重なっていく。

 

(あり得ない。周囲には誰も居らず、ここはユウヤが入館を許可されていない施設の奥だ。それに、声が入るとすればあのスピーカーから………)

 

視線を移し、クリスカは絶句した。スピーカーが動作している事を示すランプが点灯しているのだ。

 

『聞こえるか………クリスカ』

 

(………え?)

 

『クリスカ、オレだ。分かるよな。分かったら返事をしてくれ』

 

(―――っ?!)

 

ドクン、と胸が高鳴る。同時に抱いたのは、驚愕と、呆れ。そして、歓喜だった。

 

―――だが、直後に湧いたのは怒りだった。

 

「………なぜ。どうして、だ。どうして………貴様がここに居る」

 

危険性を理解していない筈がない、露見すれば計画の中止さえあり得るのだ。だが、その叱責の声を止めるようにユウヤの回答がスピーカーを揺らした。

 

『イーニァから全部聞いた。過去、能力も、そして………お前のこれからについてもだ』

 

「え………」

 

『必ず助ける、だから――――』

 

クリスカは最後まで聞いていられなかった。知られた、という驚愕。助ける、という言葉。同時に浮かんだのは自分たちを化物扱いする人間の顔だが、それもすぐに掻き消え。

 

そしてクリスカは真っ白になった思考のまま叫んだ。

 

「そ、んな事が………助けるなんて、出来るはずがないだろうっ?! 本当に分かっているのか! 今は私の事より自分の事を考えろ! 私は、これでいいから………早く。一刻も早く、ここを出て行け」

 

怒鳴りつつも、手応えが無いような。それに、と言葉を重ねた。

 

「イーニァを巻き込むな! さっさと帰って、私の事など忘れろ………っ」

 

こう言えば、イーニァの身を案じて帰ってくれる。そう思ったクリスカは更に言葉を重ねた。私など、もう必要がない筈だと、要らない者は相応の扱いを受けるのが当然だと、大きな声で主張した。

 

言い切った後、大気を震わせるものはクリスカの乱れた呼吸音だけ。それを切り裂くように、スピーカーが一層大きく鳴り響いた。

 

『―――うるせえっ! 泣きそうな声で強がってんじゃねえよバカ!』

 

荒らげられた口調。そして、声の裏に含められた途方もない強さを前に、クリスカは絶句する他なかった。

 

『今日は偵察だ。必ず助ける………いいから、準備しとけよ』

 

「なっ、ユウヤ待っ………」

 

クリスカが制止の言葉を言い切る前に、スピーカーのランプが消える。

 

残されたクリスカは自分の両目から溢れる涙を抑えようとせず、震えたまま俯き、閉じこもるように膝を抱え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、施設の外。ようやく脱出したユウヤとイーニァは、周囲を警戒しながら話し合った。

 

「危なかったが………イーニァ。本当にみつかっていないんだな?」

 

「うん。けいびしつにちかづいてたひとたちに、かわったようすはなかったよ」

 

「ああ、そういうのも分かるのか」

 

発見されれば内面に揺らぎが出るのは避けられない。それにしても、とユウヤは今までにイーニァが神出鬼没だった理由を改めて理解していた。対人戦闘にも強いはずだ、と呆れさえ覚える。

 

「………ん? ちょっと待てよ」

 

「どうしたの、ユウヤ」

 

「いや………比較試験の2戦目だが。お前等、タリサに裏をかかれてたよな?」

 

相手の思考を読み取れるのならば、戦術判断において遅れを取ることなどあり得ない。なのにどうして、と疑問を抱くユウヤに、イーニァが答えた。

 

「………あのちっちゃいのと、ゆいと………けるぷ? ってよばれてたひとのこころはね。いまは、よめないの」

 

「―――なに?」

 

「たけるといっしょ。りゆうはわからないけど、よもうとおもってもじゃまされるの」

 

「邪魔って………」

 

読み取る力を妨害する装置でも持ってんのか、いやどうしてその3人が、と思ったユウヤはそこで口を押さえた。

 

試験前のタリサの言動と結果をもう一度考えたからだ。そして理解した。思考を読まれることを予め分かっていなければ、あのような戦術は取れないことを。同時に3人の顔ぶれにはある共通点があった。全員がクリスカとイーニァが暴走した際に、直接攻撃を受けている。

 

(………3人とも、イーニァ達の能力を知っている? だからこそ妨害を………ジャミングのようなものか。その装置を渡したのは、一人しかいないな)

 

改めての事実確認。ユウヤは深呼吸をした後、イーニァへと向き直った。

 

「ユウヤ? これから、どうするの? わたしは………」

 

「いや。イーニァはまず、施設に戻ってくれ」

 

イーニァはクリスカよりも重要な人物として見られている。居なくなるとなれば、研究関連の人員は厳重警戒だけではなく、捜索にまで踏み切るだろう。そうなれば救出作戦など夢のまた夢だ。ユウヤはそれらの理由をイーニァに説明した上で、研究施設に戻らせた。

 

「それと………二人分の強化装備が必要だ。万が一があるからな」

 

通常のBDUであれば万が一の流れ弾を受けた時が怖い。イーニァにわざとBDUを着させて敵の発砲を制限する戦術も思いついたが、ユウヤは即座に脳内で却下した。

 

連絡手段はテロの時に繋いだ秘匿回線のログを使えばどうとでもなる。ユウヤは最低限ではあるが、救出に必要な条件が揃ったことをイーニァに伝えると、頭を撫でた。イーニァはくすぐったそうにしながら、ユウヤに笑みを向けた。

 

「ふふ………ありがとう、ユウヤ」

 

「どういたしましてだ………必ず行くから、大人しく待っていてくれよ」

 

「うん!」

 

満面の笑みで答え、急いで施設に戻っていくイーニァ。ユウヤはその背中を見送りながら、深い溜息をついた。その理由は過去の疲労を思ってのことではない。

 

“これから”訪れるであろう疲労を考えてのことだった。そして、ユウヤは自分の予想に違うこと無く、背後から発せられる声を聞いていた。

 

 

「―――こんな時間に逢瀬か。ビャーチェノワ少尉には会えたかね?」

 

 

分かっていはいても心臓に悪い。ユウヤは驚愕に跳ねる自分の身体を抑制せず、驚きの動作を見せた後、急いで振り返った。

 

「………あんたは!」

 

「ここでは何だ。場所を変えよう、ブリッジス少尉」

 

「っ………分かったよ、ウェラー捜査官」

 

 

 

 

 

 

 

ソ連の研究施設を後にした二人は、車でXFJ計画にあてがわれたハンガーの近くにまで移動していた。やや離れてはいるが、遠目にハンガー自体を確認できる距離だ。

 

ユウヤはまず第一関門は突破した、と内心で安堵していた。それでも、予想していた事を見破られれば全てが水泡に帰す。慎重に脳内で言葉を選びながら、ユウヤは口を開いた。

 

「用件があるならすぐに頼むぜ。こっちは忙しい身なんでな」

 

「配慮するよ。だが、急いては事を―――ともいう。こういう状況では特にだ。不確定要素が多い現状のまま、動くべきじゃない」

 

「………なに?」

 

「必要な時間までに必要な準備を整える手はず。我々ならそれが可能だと言いたいんだよ、ブリッジス少尉」

 

全てを見透かしたような言葉。ユウヤは自分の眉間に皺が寄っていく事が分かっていたが、それを止めず、むしろ皺を深めた上で黙り込んだ。そんなユウヤの様子を伺いながら、ウェラーは次々に言葉を発した。

 

クリスカの様子はどうだったか。入館許可が生きている事にも言及した上で、大胆な真似をしたものだと呆れた表情をユウヤに向けた。

 

「………尾行、してたのか? いや、監視の方か」

 

「ご明察だ。私一人で君を監視するとなると、相応の時間がもっていかれるからな」

 

米ソ当局の者達、周辺警備のMPを含めた多くの者にDIAの息がかかっている。ウェラーは堂々と言ってのけたあとに、告げた。

 

「因果な稼業でな。だが、今回の事件はそれだけ複雑だと言うことだ。君には君自身が思っている以上の嫌疑がかかっている」

 

「ずっと………俺は疑われ、監視されていたっていうのか?」

 

武からの指摘であらかじめ分かっていたとしても、気の良いものじゃない。怒りの表情を見せるユウヤに、ウェラーは肩をすくめながら答えた。

 

「しかし………因果な稼業だと思い知らされたよ。君は真っ直ぐというか、愚かというか………だからこそこの場を設ける気になったのだがね」

 

信用できるからこそ、と。ウェラーの言葉にユウヤは訝しいという表情を隠さずに問いかけた。

 

「場を設ける、か。ここで弐型の嫌疑について、真相を話せとでもいうのか?」

 

「もっと別の事だ。監視の結果というのは何とも面映いのだが………君は、やはり尊敬すべき米国人だった。正義の心を損なわず、人としての義憤を忘れず、危地には我が身を賭けることさえ厭わない」

 

「それは、褒め殺しってやつか?」

 

「ははは、まさか。我々の誰もが君を工作員だとは思っていない。尤も、人の身では99%を保証するしかないがね。もし君が1%であり、工作員だというのなら、誰であっても見抜けないだろう」

 

「………なら、どうしてオレを監視していた?」

 

その理由はなんなのか。ユウヤは今までのウェラーの言葉が、9割程度は本当であると感じていた。そうであるからこそ、監視されている理由が分からない。疑問を投げかけるユウヤに、ウェラーは表情を少し鋭くした上で答えた。

 

「君が、通常では考えられないレベルで紅の姉妹の関心を買っているからだよ」

 

「なに?」

 

「自覚はあるだろう………どうかね、ブリッジス少尉。ここはひとつ、お互いに協力することが最善だと思わないか」

 

「協力だと? それは、どういう意味だ」

 

「あの施設からビャーチェノワ少尉を連れ出し、ソ連の手が届かない場所まで逃す………困難も極まる仕事だと思わないかね」

 

「それは………否定はできないが、それをあんたらDIAがバックアップしてくれるっていうのかよ」

 

「その通りだ。脱出した後は簡単だ。紅の姉妹を亡命者としてアメリカに保護してしまえば、ソ連とて手出しはできない」

 

「………その方法も考えていた。いや、現実の所はそれしかないか。だが、それをどうしてDIAが助ける?」

 

「君があの二人の事で掴んでいる情報、その概ねは我々の所でも把握している。全く、酷い事をするものだ」

 

「知っている、か。なら聞きたいんだが………クリスカはあのまま殺されるのか?」

 

ユウヤは先ほど、スピーカー越しに真実を確認しようとした。結果は黒。それでも、DIAがどのような見解を持っているのかは、聞き出すべきだという意味での質問だった。

 

「ああ、あのままでは彼女は死ぬだろう。彼女たちはある種の薬を継続的に投与する必要がある。そのように育てられているのだが………」

 

「後催眠暗示と薬物の大量投与って話は知ってる。最初に聞いた時はCIAのMKウルトラ作戦を思い出したけどな」

 

MKウルトラ作戦とは、中央情報局( C I A )が1950年代に行ったという、悪名高い洗脳実験のことだ。ウェラーは渋い顔をしながら、その愚策は忘れてくれと答えた。

 

「今のビャーチェノワ少尉は違う。薬を投与しなければ、彼女は直に死に至るだろう。その理由は分かるかね?」

 

「………いや。分かりたくもねえよ」

 

「そういう所も真っ直ぐだな。簡単だ、特殊な能力を持つ実験体が敵の手に落ちないためのギミックだ。そして………実験体は貴重だと聞く。サンダーク少佐は不要になったビャーチェノワ少尉を使い、その仕掛けのデータを取るつもりだろう」

 

「―――な」

 

初めて聞く情報に、ユウヤは目の前が真っ赤になっていく錯覚に陥った。その原料は憤怒という感情だろう。

 

(サンダーク少佐………アンタ、そこまでやるのかよ………!)

 

ユウヤは心の中でサンダークを、許すことが出来ない敵の一人として定めた。一方で、ウェラーの話は続く。

 

ソ連の極秘研究の成果だ、表立って動けるはずもない。故に動くのはユウヤ一人。そして国境線を越える手段として、不知火・弐型を使うことを推奨されたが、そこでユウヤが反論した。

 

ステルス機であれば施設への侵入と米国へ脱出に対する難易度は劇的に下がるだろう。だが、弐型は日本帝国の財産であり、その方法は強奪するという事に他ならない。そんなユウヤの主張に対し、ウェラーは強奪ではなく奪還だと反論した。

 

弐型には米国の遺産であるYF-23の封印技術が転用されている。アクティヴ・ステルス機能に関しても電子的制御をかけているだけで、その制御を解けばいつでも使用することができると。

 

「全て………調査済みだってことか」

 

「日本が独自にステルス機能を開発した、というのであれば話は別だがね。その可能性はほぼゼロだ。ユーコン基地でフェイズ3に換装した理由だけは、まだ判明していないが……」

 

「それは………確かに」

 

日本国内で換装されれば、米国も手出しはできなかっただろう。ならば何故、と。

 

(………そうだ。ハイネマンは間違いなく分かっていた筈だ)

 

フランク・ハイネマンを天才として、戦術機開発に長年携わっていた人物と見て、ユウヤは断言する。今現在の流れまで、ハイネマンは予想していた筈だと。そうして浮かぶ事実があったが、ユウヤはひとまず置いて、ウェラーの話を聞いた。

 

日ソと米が絡んだ外交的駆け引きのこと。比較試験の背景で帝国の上層部が絡んでいることは、ユウヤも耳にした事がある。ソ連が帝国に自国の戦術機を売り込んでいることも。だが、それをサンダークが主導しているというのは初耳だった。

 

「ソ連上層部とは反対の立場だな。彼らの中では先日のテロの際、CIAの命令で動いたインフィニティーズにG弾研究施設を爆撃されている事が、よほどのトラウマになっているらしい」

 

「なっ、あいつらは教導部隊だろ?! っ、いや………だからか」

 

本来であれば異物以外のなにものでもないF-22を受け容れる理由は無かった筈だ。だがプロミネンス計画のお題目は、各国の技術交流。教導という名目がある以上は、ユーコンとしてもインフィニティーズを受け入れざるを得ない。CIAはそれを利用し、テロの際にソ連の施設を襲った訳だ。

 

「ふむ………動揺が少ないように見えるが」

 

「米国があのテロを予め感知してたんじゃないかってか? 今更驚くような事じゃねえよ。察してる奴らも、何人か居たしな」

 

「そういう荒っぽいのが連中(CIA)のスタイルでな。全方位的に恨みを買っている困ったものだよ。もっとも、BETA研究施設まで把握されているとは思っていなかったようだが」

 

「ということは………レッドシフト発動の危機は、あんたらにとっても完全に想定外だった?」

 

「DIAとしては、テロを引き起こさせるつもりはなかった。過ぎた事である以上、言い訳はできないが………二度と、米国本土を危険に晒すような事態を許すつもりはない」

 

はっきりとした言葉。ユウヤはその表情を見て、嘘が含まれていないと思った。隠している事情はあるのだろう。だが、DIAの基本的な姿勢はそういった方向だ。

 

そこからもウェラーの話は続く。サンダーク少佐が目論んでいるのは、己の研究成果でもってステルス機を叩き潰し、その有用性を主張すること。だが、ソ連上層部は一枚岩ではなく、サンダークの研究に疑念を抱いている人物が多いということ。ソ連の中枢は巨大な官僚機構だ。派閥争いも激しく、有用さを示し続け無ければあっという間に淘汰される世界。

 

「サンダークは戦後も睨み、研究成果の分かりやすい成果をここで出そうとしている」

 

「ステルスか、戦術機開発の天才であるハイネマンの機体を叩き潰す事でか。それを合衆国は防ぐために動いている」

 

「前線国の倫理がまともであればまた違ったのだがな。だが、実際はどうだ? 非道な人体実験に、生命を生命とも思わない外道な研究………そのような国家がG弾やステルスという技術を手にしたらどうなるものか」

 

それを制止するために、真っ当な倫理を保っている米国が管理する。ユウヤはウェラーの主張に対し、筋が通っているように聞こえたが、引っかかるものも感じていた。

 

「特にサンダークは危険だ。日本帝国内の国粋主義的な派閥に接近しているだけではない、先の狙撃事件もサンダークが手配したものだと我々は見ている」

 

「なにッッ!?」

 

どうして、と。ユウヤは考えた時に、思い浮かぶことがあった。

 

(暗殺するだけの理由があった………何かを知ったから? 関係があるとすれば、クリスカ達の暴走の………いや、だから武はあの3人に装置とやらを渡したのか)

 

徐々にピースがはまっていくような。腑に落ちる点があるが、到底納得のいくものではない。ユウヤは顔をしかめながら、話の続きを聞いた。

 

ハイネマンが狙撃事件の犯人を察している事についてもだ。そして、DIAはハイネマンの内偵こそをメインに動いているという。理由は、F-14の時のような技術流出を防ぐため。XFJ計画以降、ソ連に接近しているその真意を探るためであると。

 

「だが、なんのメリットが?」

 

「彼が開発した機体は優秀だが、正式に採用されていないものも多い。今回の騒動はそれを防ぐためだろう。Su-47はF-14の直系で、不知火・弐型はYF-23そのもの。比較試験でどちらが残っても、彼が作り上げた機体は世に残るという訳だ。DIAはそれこそを懸念している」

 

弐型の技術が日本やソ連に流出すれば、合衆国の軍事的優位性は地に落ちる。そう主張するウェラーだが、ユウヤは腑に落ちない点があった。

 

「ステルスの技術流出だけでどうこうなる話じゃないだろう。同じ技術を持ってるんなら、あとは物量が物をいう」

 

合衆国のそれはBETA対戦で疲弊している国々の比ではない。ウェラーは尤もだと頷きながらも、表情を険しいものに変えた。

 

「物量を覆す力があるのだよ。通常戦力でユーラシアが奪還されれば、その懸念は倍増する。領土内にハイヴを多く抱えるソ連と中国がG元素を手にした時点では遅いのだ」

 

「―――G弾、か? いや、それとハイヴに何の関係がある」

 

「………G元素。別名をG-11という人類未発見元素は、ハイヴでのみ生産される。BETAの手によってだ」

 

ユウヤは絶句した。同時に白銀武がG弾を嫌う理由に対し、個人的感情以外の眼からも理解できる気がした。そのような不安定なものに人類の未来を全面的に託すなど、衛士の中の何人が頷くものか。

 

「そして、99型砲の心臓部にはG9という元素が使われている」

 

「そういう………ことか。唯依は知らなかったようだが」

 

「彼女程度の立場で知らされている筈がない。横浜から流れでたものである事を考えると、ブラックボックスについて知らされていたのは極一部の者だけだろう」

 

現在のG元素は米国と日本。米国はアサバスカから、日本は横浜から。総量の差はあれど、米国が日本を切り離せない理由の一つになっているとウェラーは言う。

 

「………G元素の獲得。アメリカがG弾の矛先にならないように………そして、戦後の橋頭堡を確保するためか」

 

横浜のG元素、G弾による被害を避けること、ハイヴが多くあるユーラシアでG元素を獲得するための拠点。地理も考えると、日本の他に相応しい場所はない。

 

更にウェラーは主張した。ロシア人以外の被支配民族への人権侵害。そしてクリスカ達にしている非道な人体実験を国家的な規模で行い、それを当然とするようなソ連がステルス機能を持つ戦術機や、G弾のような大量破壊兵器を手にする未来など認められないと。

 

「ソ連や中国の暴虐を抑えられる国がない………それはBETA大戦下に匹敵するほどの、地獄の世界だ。そして、それらの国々を止められるのは米国を措いて他にはない」

 

「それは………CIAの暴走を懸念し、制止するアンタ達のような存在が居るからか?」

 

「………我ら米国もベストではない。だが、ベストであろうとする意志がある。機能がある。合衆国はファンタジー的な表現をすれば多頭竜(ヒュドラ)だ。本体の意に沿わないこと、即ち国家的な非難を受けるような行動をすれば、他の首がそれを止める」

 

「………星条旗よ永遠なれ(スターズアンドストライプスフォーエバー)、か」

 

ユウヤの言葉に、ウェラーは満足そうに頷いた。

 

「その通りだ。ここでその言葉が出てくる者こそ、合衆国を誇る同胞であり家族だ………故に私は、君ならばやり遂げられると信じている」

 

真正面から見据えてくる眼。ユウヤはそれを見返しながらも、内心では動揺しきっていた。想像を遥かに上回る規模での陰謀劇だ。白銀武という存在を介していくらか事情を察することができたのは、それだけ。

 

(ウェラーの情報の裏を取ることができない………信用する以外の選択肢が残されていないってのは拙いな)

 

ウェラーの言葉の全てが嘘ではないだろうが、含まれた嘘がどれほど自分にとって宜しくないのか、分からない。どれが見るべき真実であるのか、情報を持っていないユウヤにはその判別ができなかった。

 

(―――それでも。俺は、これを待っていた)

 

 

ユウヤは、米国から監視されている事は()()()()()()。こうして監視員が出てくる事も。クリスカを救出するために動き出したのは、そういった意味もある。動けば、必ず接触してくるだろうと。

 

(その上で色々と選択をしようとしたが………まだ、情報が不足しているな)

 

黙りこむユウヤ。その悩みは分かっているというように、表情を緩めながら告げられる声があった。

 

「安心していいブリッジス少尉。推進剤と武装の問題は、あと二時間もすれば片付く」

 

「それは………どうやってだ? 今の弐型は凍結状態だろう」

 

「国連軍が仲介を申し出てきた結果だ。中立の立場でデータ収集を行い、インフィニティーズがATSF計画と同じカリキュラムを消化することで白黒をつける予定だった。発案はプロミネンス計画の責任者であるクラウス・ハルトウィック大佐だ」

 

「………G弾に反対する姿勢を見せると同時に、米国の最新鋭機のデータを収集するためにか」

 

「流石だな。あとは計画内の不祥事もみ消しという意図もある。大佐としては己の計画が邪魔されることをよしとしないだろう」

 

「欧州にも………ソ連や中国程ではないが、ハイヴが存在するから、か」

 

「その通りだ」

 

ユウヤは今の言葉が皮肉のように感じた。同時に、その試験が開始された時点でXFJ弐型はもう取り戻せなくなるということも。

 

インフィニティーズがCIAの作戦に従事しているということは、試験の結果次第で弐型がCIAに押さえられる。その後に続くことはいくらか考えられるが、その最たるものは国内の印象操作だ。G弾の無断投下とレッドシフトは両国内に深い反米感情を生んでいるだろう。そこでCIAは弐型の技術流出というスキャンダルを使い、矛先を一部なりとも逸らさせるつもりなのだ。

 

弐型について、最早真実がどうであれ、意味はない事になる。CIAの作戦下にあるインフィニティーズはデータがどのような内容であれ、黒だと断じるだろう。そう思ったユウヤは、ぽつりと呟いた。

 

「国連が中立的な立場で、ね」

 

「残念そうだが………まさか、国連による公平な裁定を期待していたとでも?」

 

「そうだ………と言ったら、笑えるか?」

 

公平な立場で黒だと言われた方が諦めもつく。だが、と悔やむユウヤにウェラーは小さく笑いかけた。

 

「では、国連の昔話でもしようか。これからの君にとっては重要な事だ」

 

「………これから、必要になるって?」

 

「動く理由になるかもしれない。かの紅の姉妹に関連する人体実験………あれは国連が主導していたオルタネイティヴ3という計画が発端になる」

 

「オルタ、ネイティヴ………? 聞いたことがないが、今の研究はソ連が行っているんだろう。どうして国連がそこに出てくる」

 

「大本が国連だからだ。オルタネイティヴ計画とは、対BETAにおいて直接打倒以外の方法による人類危機回避を模索しようというもの。それは国連が主導し、ユーラシア各国の提案に予算を出して進めていた国際機密計画機構だ」

 

ユウヤは耳にした事はなかったが、そういったものがあってもおかしくはないと考えていた。BETA研究施設と狙いは同じようなものだからだ。

 

「3、ってことは………その第三計画か。それがどうやってクリスカ達と繋がる」

 

「それは、順番に説明しないと理解しがたいだろうな。まず最初、1966年に行われたのはオルタネイティヴ1という」

 

1966年の第1はコミュニケーションを確立する方法の模索。1968年の第2は生体サンプルを捕獲した上で、直接的なコミュニケーションを取ろうとした。

 

「莫大な予算と多大な犠牲を払っても、成果はでなかった。炭素生命体であること、消化器官や生殖器がないこと、人類の比ではないほどの環境適応能力など………それだけだ」

 

恒星間航行など、高度な科学技術を持っているのに、言葉や知性らしきものが一切見当たらない。BETAのパラドックスと呼ばれた矛盾は、各界の知識人を混乱の渦に叩き込んだ。

 

「そのような情勢下であったからだろう。1973年、ソビエト科学アカデミーが提案する、悪名高き第三計画が採用された。それは、パラドックスが現実のものであると認めたくない者達の暴走によって生じたとも言われている」

 

「矛盾を、認めない? ………BETAに知性や意識が“ある”と前提したのか」

 

そこで、ユウヤは理解した。

 

「“ある”ならば、直接やり取りを………そのために思考を読み取る力や、送り込む力を持つものを探したのか」

 

「作り上げた、という表現の方が正しい。オカルティックにも程があると思うがね。だが、ESP発現体は現実に誕生し、狂していた知識人に縋られた第三計画の規模は大きく、時代の動きが更にそれを加速させた。カシュガルにオリジナルハイヴが落着されたのが1973年。侵攻してくる異星起源種の異常さに気づいていた人間ほど、その計画を推したらしい」

 

「当然、国連がそれを承認した………って訳か。だが、成果は出なかった」

 

「そうだ。現在ソ連で行われている計画は第四計画に接収される直前、何者かが秘密裏に確保した研究チームが母体になっている、コミュニケーションではなく戦闘にESP能力を活かそうというもの。恐らくはサンダーク少佐が動いたのだろうが………」

 

「人体実験を繰り返しているのは変わらない、か………ん? 第四計画?」

 

「計画はまだ終わってはいない。現在では日本帝国が立案した第四計画が横浜で進められているが………第三計画に輪をかけて理解できないものでな。人体実験まがいの施策も行われているという情報も入っている」

 

そして、とウェラーは告げた。

 

「小碓四郎………本名を白銀武という彼は、第四計画に協力している人物だ」

 

「っ、あいつが?!」

 

「その通り。サンダーク少佐と同じ穴の狢ということになるかな」

 

「………アメリカとしても、前々からマークはしていたと」

 

「しないという選択肢はないな。彼はその筋では有名な衛士でね。なにせ記録上では3度も死んでいるのだから」

 

驚くユウヤに、ウェラーは表情を渋くしながら武の経歴に関する説明を始めた。

 

「白銀武。国連軍の印度洋方面軍としてクラッカー中隊の突撃前衛長として戦い、ビルマ作戦中にMIA(任務中行方不明)。だが生きていた彼は鉄大和と名を変え、ベトナム義勇軍に籍を移して大東亜連合軍元帥、アルシンハ・シェーカルの指揮下に入る。ユーラシアでの防衛戦から光州作戦、第一次と第二次日本本土防衛戦において活躍し、第二次の終結直前にMIAとされるものの………待て。これは冗談ではない。篁中尉から聞いたことはないのか」

 

「一応は………ベトナム義勇軍だって事は聞かされたが………」

 

「胡散臭い人物だが、当時の情報の確度はかなりのものだ。次には風守武と名乗り、帝国斯衛軍の第16大隊に配属。五摂家の斑鳩家当主である斑鳩崇嗣の旗下に入り、京都防衛戦から撤退戦、関東防衛戦に参加するものの、横浜における明星作戦でKIA………と、されていた」

 

「………KIA(死亡)?」

 

「“赤”の風守家当主代理として、試製98式歩行戦闘機………つまりは武御雷の試作機に乗って戦っていた。その機体はG弾投下後、爆発の中心に近い地点で発見された。これで生きていられるようならば、人間ではない」

 

「………それでも?」

 

「………生きて、いたようだが………」

 

「………」

 

「………」

 

ユウヤとウェラーは互いに無言になった。ウェラーは、頭を押さえつつも話を続けた。

 

「どうであれ、信用などできる筈もない人物だ。なにせ忠誠の対象をとっかえひっかえにしているのだから。才能は本物であったようだが………君の眼から見て彼の腕はどうだったかな?」

 

「………今の経歴が納得できるような腕だった事は確かだ。それにしても、傭兵みたいな真似をしてるな」

 

「金銭で雇われていた、という説もある。何を言われたか、全ては把握していないが、そのどれも君を惑わす類のものだろう」

 

「………そうかも、な」

 

相槌を打ちながらも、ユウヤは内心では首を振っていた。金は金でもそのものではない、金色に輝くような何かのために動いているバカだと。それを無視して、ウェラーは続けた。

 

「対して、サンダーク少佐は違う。彼らは彼らで悪ではなく、金で動いている訳でも、人の情を捨て去ったということもない。祖国を守るために人道を捨てる事を選択したのだ。尊い選択なのかもしれないが、それは全て彼ら自身の都合によるものだ」

 

「捨てられる者の立場に………俺も、自分の都合を、良識を優先しろって言いたいのか」

 

「そのとおりだ。弐型があるハンガー、サンダークの研究施設への侵入に関しては手配が完了している………銃を使わない方向でな」

 

「………ありがとう。だが」

 

ユウヤは一息を置いて、最も聞きたかった事を告げた。

 

 

「どうして、俺なんだ? 俺が“ブリッジス”だからか」

 

 

その言葉にはユウヤ自身が抱く疑問、それに関連する確認がこめられたものだった。

対する、ウェラーは肩をすくめながら答えた。

 

「この作戦において重要なのは、あの二人の信頼が得られているということ。そして、危険を犯してでも助けに行くという気概と能力を兼ね備えていることだ」

 

時期的に合衆国の関与が露見すると大問題になる以上は、バックアップも最低限になる。それでもやり遂げるという意志を持った者にしか任せられないのだ、とウェラーは強く告げた。

告げた。

 

「つまりは、ユウヤ・ブリッジスという男こそが米国の英雄になるに相応しい人物だということだ」

 

「え、英雄だって?」

 

「そうだ。カムチャツカでソ連が仕掛けた政治的茶番、その結果に与えられた勲章、記録などとは違う。何よりも君の意志で勝ち取るものだからだ」

 

次元が違う、と繰り返しウェラーは言葉を重ねた。死の覚悟を以って悲劇的な運命を背負わされている少女を救出する。新世紀の英雄として、君以上に相応しい人物は居ないと。ユウヤは否定するが、ウェラーはユウヤの過去から語り、入隊後に起こした問題も含めて、ユウヤを賞賛した。ダンバー准将他、多くの衛士から信頼を寄せられていると。

 

「米国という多民族国家において、どうしても発生する問題………複雑な出自を真っ向から跳ね除けた。米国でもトップクラスの開発衛士というのはそういう立場だ。だがあくまで現場の人間でしかない。准将はそういう意味で頭打ちになった君を、更に上に押し上げるために君をこの基地に送り込んだ」

 

「………実戦を知る多くの人間と交流し、視野を広げるために」

 

「それだけではない。高い見識を得られれば、良き指導者に必要な要素を兼ね揃えることにもなる」

 

それは軍事だけではない、もっと別方面の事も言っているのだろう。だが、ユウヤにはそこまで准将に思われているとは、素直に思えなかった。その胸中を察したウェラーが、これは嘘ではないと前置きながらユウヤを見据えた。

 

「研修を決定したのは、君に可能性を見出したから………だが、その切っ掛けを作ったのは君の祖父君―――エドワード・ブリッジスだ」

 

「な…………あ」

 

あり得ない、という言葉さえ出てこない。ユウヤは自分の喉が瞬時に乾いたような錯覚に陥った。そうして目を丸くして口を魚のように開閉するユウヤに、ウェラーは苦笑しながら告げた。

 

「嘘ではない。祖父君が陸軍に所属していた頃、ダンバー准将はその部下だった。准将はエドワード氏にかなり世話になったと聞く」

 

そしてエドワードが亡くなる直前、見舞いに来た准将に告げたという。

 

「孫を宜しく頼む、と………長年の間虐げられていた君が信じられないのも無理はない。だが、これは純然たる真実だ」

 

「………」

 

ユウヤは何も答えない。だが、嘘であると声高に否定することもできなかった。ミラ・ブリッジスはファザコンだ。そうなるぐらいに大切に育てられた。一方で祖父は日本帝国の事を酷く憎んでいた。その相手に、自慢の娘が騙されたと思い込めばどうなるか。

 

祖父さんが、お袋と同じく頑固者だったのならば。

 

「証拠はある。祖父君は君たち親子を屋敷の敷地内に閉じ込めていた過去からも、それが伺える。彼はそうする事で、様々な手から君たちを守っていた」

 

ブリッジス家ほどの名門のスキャンダル。それはCIAの対日工作や様々な政治的思惑に活用できる材料となる。

 

そして、とウェラーは告げた。

 

国家安全保証に従事する者は大勢いたが、当時の情勢下において自分がそういった立場に置かれているのならば、必ず君たち親子を利用していたと。

 

「すべてダンバー准将から聞いたことだが………彼も複雑な表情で語っていたよ。エドワード氏ほどの人格者が、愛娘の子供である君を心の底から憎んでいる筈がない、とね」

 

「………人格者、か」

 

そうかもしれない、とユウヤは頷いた。怒鳴りつけられた事は数え切れない。殴られた事だってある。だが、殴られる程に怒られたのは自分が悪い事をした時だけだった。

 

ユウヤは、祖父の社会的評価も知っていた。多くの事業で成功を収めたこと。国家的慈善活動を続けた南部の名士であり、多くの者から慕われていたことも。

 

「………だから。そんな名士の孫が、こうして立ち上がる事こそが英雄的だって?」

 

「因果だと思うかね? だがそういった背景など、得られる者の方が少ない。そして君は背景に関係なく、彼女たちを単身でも地獄から救出しようとした………さて、長引いてしまったが、時間だ」

 

強制はしない。そう告げて、ウェラーはユウヤに判断を促した。

 

自分の心の内にあるものを総動員して決めればいいと、逃げる選択肢さえ与えてくれるその提案は心地よく。

 

 

――――全てがお膳立てされた言葉に聞こえ。

 

その上で、ユウヤは答えた。

 

 

「………分かった。作戦の詳細を聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当日、深夜。手はず通りに衛士の強化装備がある所まで辿り着いたユウヤは、急いで着替えを始めた。重要施設だというのに、驚くほど簡単に入り込めたこと。

 

その認識と共に、改めてユウヤは自分の方針について整理し始めた。

 

(これは―――罠だ。全ては米国の、第四計画の、あるいは両方のレールが敷かれていた。今までの事は茶番だったんだ)

 

XFJ計画に関して、自分も唯依も開発だけに心血を注いでいた。だが、それを利用する勢力が存在するのだ。ユウヤは自分たちが道化扱いされていた事を知って血を吐きそうになるぐらい悔しさを感じていたが、ここで爆発しても逆効果だと我慢した。今までに手に入れた様々な情報の欠片を集めた上で、判断を。

 

まずは、と確定している未来を一つだけ断定した。

 

(米国に戻った時点で、俺は………使い潰される。あるいは、飼い殺しか)

 

ウェラーの言う通り、今回の救出作戦はある意味では英雄的行為と言えなくもない。だが今回のような事を起こしたソ連を相手に、当事者が英雄扱いなどされる筈がない。正義の主張とソ連への非難を重ねてのゴリ押しは可能かもしれないが、それは決起者が立派な米国市民であった場合だ。ブリッジス家の影響は大きく、ヤキマやグルームレイク基地の衛士達には、自分の存在もよく知られている。

 

(ウェラーは俺が信頼を集めているって言ってたが。それは嘘だ。全てじゃない。俺を嫌悪している奴なんか、居て当然だ。そして、問題児だって事で知られている軍人が国際ルールも無視し、独断で他国の機密を強奪する?)

 

それを英雄と呼ぶのであれば、軍規など必要ないと主張するも同義になる。大げさかもしれないがその結果、米国の軍規は僅かでも乱れるだろう。合衆国軍という巨大な壁に穿たれる蟻の一穴。ユウヤはその穴と問題児の英雄化というストーリーが釣り合うものだとは思っていなかった。

 

本当は違うかもしれない。ウェラーは真実を語っているのかもしれない。だが、ユウヤは先の会話の中で一つの問いの答えを元に、ウェラーに対する不信感を確定させていた。

 

(切っ掛けは………元クラッカー中隊の衛士の失言。あれがヒントだったと仮定する。嘘という可能性は除外だ。彼女が俺にあんな嘘をつく理由がない。からかわれている可能性もあるが、その内容があまりにも突飛過ぎる。何より、海の向こうの衛士がお袋の名前を知っている筈がない)

 

ならば、これは助言の類だと仮定する。そう前提すれば、見えてくるものがある。

 

(整理して、分かったぜ。ミラ・ブリッジスは戦術機の開発者。そして、俺をXFJ計画に推薦したのは、フランク・ハイネマン………戦術機開発における天才)

 

そしてユウヤは、叔父に母の学歴について耳にしたことがあった。母・ミラが寝言に、恩師に対して申し訳ないという気持ちを呟いている事を耳にした。

 

(お袋の恩師とやらが、ハイネマン………あんただろ。それ以外に、アンタに推薦される理由が思い当たらない。アンタは分かっていながらフェイズ3を換装した)

 

捕縛されること。そしてここまでの流れは既定の路線だ。ウェラーが放った「自分の都合で動いている」という言葉。ユウヤはそうして、これまでの情報をパズルのように組み立てていった。

 

どれが敵で、どれが味方なのか判別がつかない。だが、どの勢力が正しいのかと定めて考えれば。

 

(米国が正しいとする。ソ連の非道を許せないこと、戦後の平和を考えた上での英断。だが、そこに俺が居ては邪魔だ)

 

亡命はステルスによる極秘裏な逃亡劇。ならば、いくらでも脚本は書き換えられる。例えば、紅の姉妹が身を守るために能力を使って逃亡、その時に衛士であったユウヤ・ブリッジスを射殺する、などといった。どちらにせよ、明るい未来にはならないだろう。

 

(もしかしたら違うかもしれない。ウェラーが、アメリカが正しいのかもしれない………だがそれは、ウェラーを含む合衆国が二人を延命できる場合だ。必要な薬とやらを本当に手配できるかどうか。その方法はウェラーも調査済みだと言ったが………)

 

それが覆る場合、信頼性は一気に損なわれる。次だ、とユウヤはもう一つの勢力が正しい場合を考えた。

 

(仕掛け人は白銀武………の背後に居るオルタネイティヴ4。武はクリスカを生かすために、と言った。言葉だけじゃない、命まで賭けた。その言葉と目的に嘘はないだろう)

 

ウェラーが自分に言ったように、あいつのあの言葉が工作員の嘘などと、あり得ないとしか言いようがない。計画当初からの関係でもあり、信頼度はウェラーよりも高いと言わざるを得なかった。

 

(それに………テロの時の米国の動き。不自然過ぎる形で爆死したナタリー。唯依、タリサ、亦菲の信頼の方向)

 

それらが全て、白銀武の言葉が嘘でなかったということ。DIAに監視されているという事も含め、彼の言葉が真実であったという証拠にもなる。

 

(盲信は危険だ。白銀武を信じさせること、それこそが第四計画の狙いかもしれない………だが、その狙いはなんだ)

 

武の告げた通りに、クリスカ達を死なせないという目的を最優先とするならば。

 

(脱出に必要な機体は………ステルスだ。つまりはフェイズ3。フェイズ3の一番機を使って逃亡する。これにYF-23の技術が使われているのは確定だ。JRSSが組み込まれている以上、言い逃れはできない。だが、一番機がなくなれば、残るのはフェイズ2に留まっている二番機のみ)

 

そこにYF-23の技術は使われていない。つまりは、漏洩の疑惑の判定を白に覆すことができる。同時に分かるのが、ハイネマンが予めそれを知っていたということ。第四計画に協力しているということ。

 

(クリスカ達を助けるという点についても………米国よりも第三計画を接収したという第四計画の方が、クリスカ達を助けられる可能性が高い)

 

そして、先のウェラーに関する確認の結果もだ。“ブリッジス”と強調する言葉に対して、ウェラーは母に言及しなかった。

 

ハイネマンはF-14の設計図をソ連に流したのに、想定ではあるがその教え子であるミラの事には触れなかった。要点が隠されているということ。そしてオルタネイティヴ計画という、ただの衛士が知るべきではない情報まで伝えたということ。

 

ウェラーを信じる気持ちが強ければ、厚遇されたと舞い上がるだろう。だが、ウェラーに対して疑念を抱いている事と、それらは胡散臭さが強まる方向に作用する。

 

(まとめよう。ウェラーは自分をいいように使い、合衆国の利ある方向に事態を進めていくつもりだ。だが、そこに弐型の未来はない)

 

考えているのは合衆国の利益だけ。一方で、とユウヤは第四計画の方を考えた。

 

(クリスカを助ける。それが、第四計画にとってメリットがある事なんだろう。一方で、弐型の未来は確約されている。一番機さえ消えれば、俺が開発した今までの成果は残る。そして………俺の頭の中には、更なる改修案が存在している)

 

フェイズ3を踏まえての、フェイズ3.5。明確な形になってはいないが、時間をかければ仕上げられる自信はある。

 

この期に及んで弐型の開発を諦められない自分。ユウヤは苦笑しながらも、どうしてか、と自分の掌で顔を隠した。

 

 

(どうしてだろうな………ウェラーを信じるのは危険だって、何かが訴えかけてくる。言う通りに動いてバンクーバーまで辿り着いても、クリスカを助けられるっていうビジョンが見えねえ)

 

亡命した後、イーニァとクリスカと自分の3人で笑い合っている姿が想像できない。錯覚かもしれないが、ユウヤはどうしてもその感覚を無視できなかった。

 

(………事はどうであれ、事態は動き出した。もう戻ることはできない)

 

強化装備に着替え終わったユウヤは、立てかけておいた日本刀を手に持った。相当な価値があるであろう一振り。それを持ち出すことによって、ユウヤは唯依が今回のテロ染みた行動に関わっていないことを暗に証明するつもりだった。

 

椅子から立ち上がり、唯依から教えられた通りに左手で持つ。そしてユウヤは顔を上げ、唇を引き締めながら前を見た。

 

 

「鬼が出るか蛇が出るか………あるいは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、取り調べ室。尋問を受けている唯依と、米国の担当官に対してある緊急の報告が届けられた。

 

内容は、不知火・弐型の一番機が格納庫から強奪されたこと。そして監視カメラに映っていた強奪犯の写真が唯依に手渡された。

 

「………嘘だ」

 

そこには、XFJ計画の主席開発衛士が。

 

 

「嘘だっ!!」

 

 

ユウヤ・ブリッジス以外の何者でもない姿が、映っていた。

 

 

 

 


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