Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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1章・最終話 : Promotion_

「Do or die?」

 

 

「Off Course!」

 

 

「Me too!」

 

 

「HaHaHa!」

 

 

 

 ~とある基地の疲れきった馬鹿達のやり取りより~

 

 

 

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3度目のハイヴ攻略作戦。その失敗の後に起きたBETAの大攻勢は亜大陸中央付近に居た国連軍を震撼させた。前線で食い止める戦術機甲部隊の数が絶対的に足りないのだ。亜大陸にある戦術機部隊の半分が、ハイヴ攻略作戦に参加していて。地中からの奇襲によって、半分が壊滅した点を考えれば当たり前だろう。かくして、国連軍は圧倒的不利な状態でBETAの侵攻を食い止めなければならなくなった。まずは予想進路への地雷の敷設に、機甲部隊による集中砲火を行った。セオリー通りの対BETA戦術だ。

 

しかし、その待ち伏せ攻撃はあまり効果が得られなかった。後詰めとなる戦術機部隊の不在が響いていたのだ。BETAはそのまま南進。ナグプール基地の眼と鼻の先まで歩を進める。だが、ナグプール基地に残留している戦術機甲部隊も黙ってはいない。攻略作戦よりわずか一日の準備期間をおいて、彼らは迎撃に打って出た。

 

士気も最早地の底に近い状態で、それでも彼らは戦い続けた。残留している衛士には、この国出身の者が多い。彼らの誰もが故郷を守ると、最後の気力を搾り出して戦いに挑んだ。それを近くで見ていたものも、感化されて同じように戦った。故郷ではない、死を決して戦わんとする戦友のために。その甲斐もあってか、一度はBETAを退けることができた。しかし、損害もまた大きかった。迎撃に参加した戦術機甲部隊の、およそ3割が未帰還。対人での戦争では全滅扱いされる損耗率である。

 

それでも侵攻は終わらなかった。ボパール・ハイヴから次々に湧き出てくるBETA。その増殖率は留まることを知らず、すぐにハイヴ周辺は赤のマークに染まった。次に起こるのは移動だ。ハイヴ周辺に居るBETAは、一定数以上になると移動を開始する。それも、目的をもって。その目的は言わずもがな、だろう。化物の軍団は、津波となってまたナグプール基地へと押し寄せた。最早印度洋方面の国連軍にそれを止める術などない。軍には最早間引きに行く余裕もない。ゆえに、迎撃に徹するより他に取りうる手段もない。

 

進路を予想し、待ち伏せ、撃退する。その繰り返しだ。画期的な方法も、戦場を一新する兵器も存在しない。愚直に真正面から殴り合いをする以外に、BETAを食い止める術はない。戦線は速やかに構築された。亜大陸の全ての戦力が戦線に集結したのだ。機甲部隊や歩兵、戦術機甲部隊。昼夜を問わない戦闘態勢が敷かれ続けた。戦車部隊の主砲が放たれない日などなく、その都度大地が余波で揺らされる。最後の総力戦。誰もがその言葉を頭に思い浮かべていた。この亜大陸においての戦闘は、この後よりはないだろうと。

 

本当によく戦ったと、当時の印度洋方面国連軍の奮戦を褒める言葉を米国の記録の中に見つけられる。まるでBETAの亜大陸侵攻が始まって10年の間、戦って散っていった戦士達が乗り移ったかのようだと。

 

だが、物事には限界というものがある。踏ん張って戦おうとも、戦闘が行われる度にどうしても積み重ねなければならないものがあるのだ。

 

兵士の疲労。そして物資の消費。生きて戦う以上、減るものがある。

 

物資も人の体力も有限で、日毎消費される以上、時が来たればいずれは尽きてしまう。

 

そしてBETAは、消耗戦を得意としていた。連日、あるいは連夜に行われた迎撃戦闘は衛士達の気力と戦術機のスペック、そして整備兵の体力を奪っていった。

 

―――この時より幾年か過ぎた後日。

当時の様子をジャーナリストに尋ねられたとある衛士は、当時のことをこう語っている。

 

「1993年の年末か―――覚えてるよ。忘れられるもんか。終わりのない悪夢ってのは、ああいうのを言うんだろうな。………ハイヴに仲間の亡骸を残して、でも落ち込む暇さえなかった。ちょっと親交深めた衛士が次の日死んじまったってのに、次の日にゃあ「さあ出撃だ」って言われる。戦友の死を心に刻む間もねえ。"悲しむ暇ありゃ英気を養え"って怒ってた人がいたな。その次の日に死んだどこかの少佐なんだが………でも確かに、その言葉は正しかった。誰もが自分で自分を奮い立たせるしかなかった。あるのか無いのか分からない、自分の中にしか存在しない生きるための気力を振り絞らなければならなかった。諦めたやつから順に死んでいったさ。そりゃあ、士気を鼓舞してくれる上官、親しまれる英雄のような人は居た。例えば、当時のラダビノット大佐やアルシンハ大佐のような存在は、俺達を元気づけてくれたよ。だけど、あの人らの言葉が心に残っていたのは最初の一週間までだ。で、それ以上に戦闘が続いていたことは言うまでもないよな。覚えた、刻んだはずの言葉。それでも次第に忘れちまうんだよ。時が経てば記憶は薄れるっていうよな。で、衛士も人間だよなぁ?で、瞬間に生死を賭けていた衛士となれば、記憶が劣化していく速度も相当なものになるってわけよ。だからあの時、あの場所で戦っていた衛士は、戦う前の狭い操縦席の中で自分で自分を元気づけるしかなかった。心が眠ってしまわないように、心を殴りつけるしか。実際に心臓を殴りつけてる奴もいたな。とても馬鹿になんかできなかったがよ。そうさ、挫ければいなくなる戦場で、誰もが自分で自分を保たなければならなかった。必死だったんだ。俺達衛士だけじゃない、機体を点検したり修理してくれてた整備員だってそうさ。気力をなくせば、そこかしこに浮かんでる絶望に飲み込まれちまう………あの時、一体何人の整備員があそこで自殺したんだか」

 

 

心ある人間と、心ないBETA。数を揃えて消耗戦をやりあえば、勝つのはどちらなのか――――それは、歴史が証明している。

 

かくして年が明けて間もなく、亜大陸に残る全軍に伝えられた。

 

このインド亜大陸における戦線を、放棄することを。

 

「そして――――亜大陸撤退戦が始まった。色んな反応をする奴がいたな。生き残れると喜んだ奴。失うと悔しがった奴。絶望に自らの命を絶ったやつ。でも、そうだな………一つだけ、いつもと変わらない部隊があったよ。特徴のある奴らだったから今でも覚えてるね。ほら、アンタもしってると思うぜ?」

 

記者が聞く。それはどの部隊ですか、と。

 

 

「ガキの衛士が二人も居る、ってことで当時も有名だった部隊でな。それまでは別の悪名というか悪評もあったが、撤退戦の後には吹っ飛んでたよ」

 

「………それは、あの?」

 

「想像の通りさ。ついには中隊を半分に減らしても、最後の最後まで殿で戦い抜きやがった部隊さ」

 

勿体ぶった言い方。そして鍵となる言葉に、記者は直感で答えた。

 

「―――"クラッカーズ"」

 

「イエス、だ。そうだな、あいつらはあの日…………」

 

 

そう言って、衛士は語りだす。

当時のことを。忌まわしいことのように。誇らしいことのように。宝物のように。

 

二度と忘れられぬ、あの当時の戦闘の記憶と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――場面も移る。

 

1994年、1月末のナグプール。その日は、その冬一番の冷え込みだった。

 

撤退戦を翌日に迎えたクラッカー中隊は、食堂に居た。ラーマとターラーはいつものとおりに作戦の確認と練り直しをしていた。現状の戦力と撤退支援をする歩兵の規模を見直し、起こりうる不測の事態、全てに対応すべく頭を捻っている。

 

他の4人も、いつもと変わらない。人気のない食堂の中央のテーブルで、賭けポーカーをしていた。徹夜あけ特有の眼光。爛々と輝かせる目の下には、隈が出来ていて。頬を疲労に痩せこけさせながら。

 

「コール」

 

「レイズ」

 

「………コールだ」

 

アルフレードが降りて、武、サーシャの一騎打ちとなった。それぞれの目の前には、掛金代わりのマッチ―――はないので、歩兵から貰った銃の空薬莢が置かれている。手札が開かれ。負けた分だけ、武からサーシャへと空薬莢の数が動いた。

 

「………なあ」

 

「なに?」

 

「シャール少尉………二階級特進で大尉か。あの人達って、何で俺をかばったんだろうな。そのことを俺に隠していたのも………」

 

あの時は気づかなかったこと。シャール少尉にかばわれたことと、跳躍ユニットが壊れた原因が何であったのか。ラーマとの最後のやり取りに隠された意味があったと武が気づいたのは、大晦日の夜だ。隣接していた部隊で、同じ光景を目撃した時。戦車級に取りつかれ、狂乱する機体の流れ弾が跳躍ユニットに当たって。その後、機動性を殺された機体が突撃級に踏み倒されるのを、偶然にも武は目撃していた。

 

分からない。繰り返す武に、サーシャは辿々しく答えた。

 

「私には………死者のことは分からない。何も思わないから。正しい答えはもうずっと、きっと永遠に得られない。だから全ては推測になるけど………それでもいい?」

 

「うん」

 

子供のように、武は頷いた。

 

「少尉は、私達のことを守りたかった。それが自分の命より大事なことだった。だから、助けたんだと思う」

 

サーシャは考えていた。命を賭けた理由を。そしてそれはきっとそういうことなんじゃないかと、根拠もなく思い込んでいた。

 

「それは………そうかもしれないけど」

 

行動の通りを分析すればそうだろう、とは思う。だけど、武の頭は晴れなかった。

そんな様子を察したサーシャが、カードを配りながら指摘する。

 

「何が聞きたいの。貴方が聞きたいのは、"あの二人の理由"なの? それとも………自分がこれからどう動けばいいのかって、その正答が欲しいの?」

 

「っ………いや、そうかもしれない。命を賭けて助けてもらった。それで俺は………」

 

どうしたらいいのか。どうすれば報いることができるのか。そう、武が言葉を続けようとするが、それはサーシャの声に遮られた。

 

「決まっているよ。教えてくれたじゃない」

 

「何を」

 

「――――あの二人の最後の言葉を。遺言になった、あの叫びを思い出せばいい」

 

告げるサーシャに、武は手を止めた。カードの柄をぼうっと見ながら、最後に告げられた言葉を思い出す。

 

 

『応よ、背負ってけ! ああついでにサーシャへの借金もよろしくな!』

 

卓に無言が満ちた。

 

「………つまり、"私に金を払え"と。そう言いたいのかサーシャは?」

 

「ごめん、武に回りくどい言い方をした私がバカだった」

 

卓に気まずい雰囲気が満ちた。しかし、次の瞬間に真剣な表情を浮かべたサーシャによって、場の空気は一変する。

 

「背負って行け―――つまりは、そういうことでしょう?」

 

「あ………!」

 

 

 

 

 

 

 

「ターラー………ガキと嬢ちゃんが何か言ってるぞ?」

 

「わざと口の悪い言い方をしないで下さい………包まなくても分かってますから」

 

オブラートなど必要無い。そう言って、ターラーは儚く笑う。

 

「ほんとうに。あの二人は、"少年と少女"………子供なんですよね。15にも満たない。成長期すらも迎えていない。なのに…………不甲斐ないです」

 

「ターラー………」

 

「………触れないで下さい。抱きしめないで下さい。今抱きしめられると、きっと私はそれに甘えてしまう」

 

「………分かった」

 

 

 

 

 

 

 

「………なあ、アル」

 

「なんだよリーサ」

 

「死ぬなよ?」

 

「………できればそうしたいけど、ね」

 

「あの二人のために?」

 

"二人"を強調して、リーサは言う。少女を見ながら、言う。

 

対するアルフレードは、眼を逸らしながら答えた。

 

「………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいたように顔を上げる武。サーシャの顔をまじまじと見る。その視線に照れたのか、少女は眼を逸らした。そしてコール。武はまた、負ける。

 

次に配られるカード。だが少年は札に触らず、真っ直ぐに目の前の少女を見る。

 

「……そう。これが、今の状況。それで、貴方は止める? 降りる? ………私としては背負って欲しいけど」

 

逸らしたままで少女は言う。対する少年がどうして、と聞いた。その答えはひとつらしい。

 

「私は"欲深いから"………そういうこと」

 

率直なようで、遠まわしな言葉。それを選んだ少女は、誤魔化すように手元の札を叩いた。少年は笑った。机を指で叩く。

 

 

そうして、誇らしげに言うのだ。

 

 

「コール」と。

 

 

 

――――――現状の話をしよう。現在のBETA大戦の戦況は、人類側が不利だった。圧倒的と言ってもいいぐらいには。対する人類が持つ札は少ない。勝ったことなど数える限り。負けた数と比べるべくもなく、その現実が現在の人類の生息域だ。

 

仕方ない部分もある。相手のカードが分からない上に、どれだけ踏み込んでいけるのかも分からないし、相手の残り持ち数も分からない。分からない事だらけであった。

霧の中をさまよっているような。先の見えない戦闘は、ストレスが溜まるし、士気も下がる。

そうして、こうなった。来月にはこの国の冠には"元"という名前が付く。

無くなった国々と同じように、思い出の中にだけある国に落ちるのだ。それを少年は熟知している。仲間が死んで2ヶ月あまり。知る機会には、恵まれていたからだ。武は、戦う事の意味を知った。死んでいく仲間の最後を知った。切り裂くような断末魔も、それまでは見ることの無かった血の池も。

 

だけど、残っている。全てはこの身の胸の中に。心の臓の奥の奥に刻まれた、鼓動の中に。

 

死んでいった仲間たちの想いは大切にしまわれた。

 

だから、言うのだ。

 

 

「全部、賭ける」

 

 

「受けて、立つよ」

 

 

武は笑った。チップがわりの空薬莢が前に出される。

 

サーシャは笑った。出された決意を受けて、引くことはしない。

 

 

札が、開かれる。

 

 

そこに見えるのは、階段の数字と同じ紋様。

 

 

 

「ストレートフラッシュだ」

 

 

 

少年の誇らしげな声が、食堂を満たす。

 

少女は心の底から笑い、手に持っている負け札を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、作戦が始まった。果たすべき目的は、撤退する味方部隊に食いつこうとするBETAを蹴散らすこと。ゆうに10の大隊がそれに参加した。誰もが頬をこけさせている。幽鬼のような表情。だけど、眼だけは星々のような輝きを残している。

 

「………綺麗だな。鮮やかだ」

 

その中の部隊の一つ。クラッカー中隊、クラッカー12。

 

―――白銀武は何度目かも分からない、この国の朝焼けを見ながら思う。

 

船から降り立って、1年。出逢った人と起こった出来事を全て。しかし、BETAはそんな少年の感慨を待ってくれるほど粋ではない。戦場は待ってはくれない。隊長の言葉を思い出し、噛み締め、武は苦笑した。本当に、ここは時の流れが速いと。

 

間もなくしてBETA襲来を知らせるコード991が基地に鳴り響いた。もう、ナグプール基地に人はほとんど残っていない。なのに警報が鳴るとは、洒落た真似をする。

 

「送る鐘か?」

 

「そうだな………あるいは、祝福の鐘か」

 

「鎮魂の鐘だろうさ」

 

「え、俺ぁまだ逝きたくないんですけど」

 

どう考えても綺麗ではないブザーの音を語りながら。クラッカー中隊は軽口を叩きながら、前を見た。実戦を経た後に、新たにできた日常。当たり前になった光景。いつもの陣形に、いつもの仲間の顔。変わらないのだ。目の前に写るのは雲霞のようなBETAの群れ。完勝など見込めない。きっと泥沼な殺し合いになるだろう。

 

だけど彼らは、それらを確認してから、深呼吸をするのだ。

 

「さて、中隊諸君。作戦の内容は理解しているな?」

 

ラーマの言葉が通信に乗って隊の皆へ。隊員達は頷くと、それぞれに説明を始めた。

 

「整備員達は既に撤退済み」

 

「街の人達も、ようやく避難が完了した」

 

「でも、残る衛士はとても少なくて」

 

「撤退をするも、後ろから食い付かれては意味がなくなる」

 

「だから大事な尻は俺たちが守る………」

 

締めを言ったのは武の言葉。

 

―――らしく。続く戦闘の末、軍人らしくなってしまった少年を見て、ラーマは頷いた。

 

 

「出撃だ」

 

 

そうして始まった撤退戦。その戦闘は熾烈を極めた。誰をもして、思い出したくもない程に。

 

 

悲鳴。

 

 

怒号。

 

 

雄叫び、断末魔。

 

勇姿を見せた直後に無様な死体に成り果てる。仲間を救った英雄が生まれ、直後に死んでいった。正真正銘の鉄火場。戦士の命は等しく、その強度を試された。

 

応戦する人類、それなりに戦果は上げたが、到底に足らず。結局は敵お得意の物量で押し込まれた。

 

多くを削ったが、しかし削るに留まり滅するまでは至らない。だけどそれは想定済みであった。彼らの願いは別のところにあるが故に。

 

そうして、終わった戦場で誰かがつぶやいた。守りきった、と。

 

同大隊の6割が壊滅。全体の4割が損耗。歴史的な敗戦だと言えよう。でも、後退する部隊の損害は零だった。

 

「大負け、だな」

 

目の前の残骸を見て、大隊の隊長補佐が呟く。隊長は果敢にも救出作戦に挑み死んでいった。でも、後方には被害を出さなかったのだ。その点では、目的を果たせたとも言える。次に繋ぐ希望を残せたのだと思う。

 

―――大敗なのは確かだ。が、ただ負けたわけでは決して無い。残る誰もが思う。任務は果たせて、目的は果たせたのだと。

 

それでも、皆の表情は優れなかった。

 

「ああ……………………………悔しいなあ」

 

故郷の空を奪われた衛士がつぶやいた。だが、それだけではない。戦闘に参加していた誰もが同じ気持ちを持っていた。

 

あるいは、欧州から追われ。あるいは、東南アジアからやってきて。ともに戦った大地。その空は、故郷に似た郷愁を思わせるには十分なのだ。

 

皆が共通する思いを持ち、その念がインドの空をうった。

 

―――――負けた。

 

負けて、負けて、負けて。最後には、逃げた。この大地から。あの、空から。言い様はあれどその事実は変わらず。みな、その現実に打ちのめされていた。屈した人物は居る。大勢の衛士が心を折られていた。

 

だけど、それでも変わらず空を見上げる衛士が在った。

 

逢魔が時。暁の空に始まった戦闘は、戦闘修了後には夕焼けに染まっていった。

 

その空を見ながら、次なる決意を抱く衛士の姿が。

 

彼こそは、戦場の只中に在って生き残ったもの。

 

戦火を抜け、ひとつまた成長の途を走り抜けた戦士。

 

鉄火場の中、一つ新たな強度を手に入れた、少年から衛士になった一人の人間だった。

 

―――どこからか、口笛が鳴る。きっと誰かが吹いているのだろう。

 

スリランカに向かう船の上。夕焼けに赤く染まった海に吹く風に乗り、弔いの音が辺りに響き渡る。

 

衛士達はその音につられ、音波が広がっていく広い空を見上げた。

 

 

宵の中、橙に染まった雲が、風に運ばれ彼方へと流れていった。

 

 

 


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