Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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新話更新です。

あと、前回29話について、肉じゃが関連の話でおかしい部分がありましたので
修正しています。


30-1話 : 急転 ~ Given~ (1)

「………それで。釈明は以上で終わりかね、同志ベリャーエフ」

 

戯言は終わりか、という声。それを発したロゴフスキーは視線を鋭いものに変え、目の前に居る者を刺すように見た。

 

「今日の模擬戦。私はあのザマを中央委員会に報告しなければいけない訳だ。貴様が依頼し、追加の素体が配備されたこの段階で!」

 

即ち、莫大な予算を投じられての計画の仕上げの段階に入る。そう主張したロゴフスキーは、声を荒らげて叱責した。

 

「原因不明だと? 以前と同じ言い訳が通用する時期ではない! ………説明してもらおうかね、サンダーク少佐。事と次第によっては、中央の責任追及を塞ぐ“壁”の材料が必要になるのでな」

 

「………は」

 

小さく頷きを返したサンダークが、淡々と答えた。

 

ポールネィ・ザトミィニァ計画になんら問題は発生していないこと。計画の内の重要課題の一つであり、以前より懸念していた危機管理プログラムの精度を確かめるため、クリスカ・ビャーチェノワの指向性蛋白投与を中断し、「テローメルプラァブリーニィア・コントロール」の臨床試験を行っていること。

 

「臨床試験は比較試験の以前より行われていました。党からの“偶然”の要請により、実験の最中に比較試験が行われた結果、あのような事故が起きてしまった」

 

その経緯も報告書にまとめて用意しているというサンダーク。ロゴフスキーもそれで意図を理解した。あくまで今回のものは事故であり、計画に必要なデータが収集されていると主張すれば、追求されることもないという論理だ。サンダークの言葉に、ベリャーエフも同意する。ロゴフスキーは二人の様子を見て、フンと鼻から息を吐いた。

 

「それで、ビャーチェノワ少尉は今後どう扱うべきかね」

 

ロゴフスキーは党に報告する義務があると言う。茶番だと、誰もが理解していた。ロゴフスキーも、サンダークも、ベリャーエフも。偶然を主張するためには、その証拠を見せる必要がある。故に、サンダークは先ほどと同じ理由を、ベリャーエフが挽回は不可能だと言って、ロゴフスキーは頷いた。

 

 

 

「―――ビャーチェノワ少尉は廃棄処分。以降の段取りはサンダーク少佐に一任する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解できない事が連続で起こると、人は呆けた状態になる。ユウヤは自室の中で今正にその状態に陥っていた。

 

「………どうなってるんだよ」

 

米軍の担当官という男から聞かされた事は、ユウヤにとって寝耳に水どころの話ではなかった。フェイズ3の弐型には、XFJ計画の中で公開を予定していないYF-23関連の封印情報であるアクティヴ・ステルス技術が使われているというのだ。米国は日本帝国に秘匿技術を漏洩する訳にはいかないと、関係者全員を拘束。ユウヤだけは特例で部屋に戻ることを許されていた。

 

「主犯格は………ハイネマンだって話だけど」

 

ハイネマンは以前にもソ連にF-14(トムキャット)の情報を横流しした嫌疑があり、逮捕までは至らなかったが米国はその過去を忘れていない。ユウヤもヴィンセントから、噂として聞いてはいた。だが、国防に関する職務に就く者から直に発せられるということは、そういったレベルではないようだ。共謀者が居れば、根こそぎにするだろう姿勢は、ユウヤにも理解できる所ではあった。

 

理解できないことは、2つだけだ。ユウヤは先の尋問の際に入手した新たな情報を整理していた。

 

「………ハイネマンが、この計画の開発衛士としてオレを指名した?」

 

ハイネマンはボーニングの社員、自分は米国の最新鋭の戦術機開発メンバー。関連性は、と問われればユウヤは迷わず無いと答えられる。

 

「あとは………退室を許されたのは、強力なコネがあるからだって話だが………」

 

ユウヤには心当たりがなかった。生家のブリッジス家は名門だが、自分は厄介者である。血縁者で生存しているのは叔父かその家族だけだが、日本人の血を引く鬼子を心の底から憎んでいた彼らが、軍に圧力をかける理由はない。

 

この2つには関連性があるのか。そこでユウヤは、ガルム小隊のクリスティーネから聞かされた言葉を思い出した。

 

「お袋が戦術機開発に携わっていたって………聞いたことないぞ、そんな話」

 

母・ミラは過去を語らなかった。祖父からも聞いたことはない。今までに気にした事はなく、今聞いた所で驚くだけではあるが、この事態においては重要な情報なのではないか。そう考えるユウヤだったが、それよりも重要な事があると呻いた。

 

―――機密漏洩の嫌疑がかけられた時点で、XFJ計画はここで終わりだということ。一時のものでは済まない。下手をしなくてもここまで仕上げた弐型が陽の目を見ることなく、永遠に完成する事がない結末を迎えるかもしれない。

 

「糞が………認められるかよ」

 

地を這うような低い声。ユウヤは怒りと悔しさのあまり、今にも暴れ出したくなった。意味がない行為ではあるが、それさえも考えられないぐらいに思うのだ。納得できない、と。

 

そうして、必死に自分を律しながらも考えている最中だった。ユウヤはふと扉を叩く音を聞くと、顔を上げた。

 

「………誰だ?」

 

「オレだ………話がある、いいからここを開けろ」

 

「………レオンか。お前に命令される覚えはねえよ」

 

ユウヤは扉を開けてレオンを招き入れつつも、喧嘩売りに来たなら帰れ、と顔を歪める。レオンは部屋にはいるなり、ユウヤの表情を真剣に見るなりゆっくりと口を開いた。

 

「お前………随分とキてるみたいだな」

 

「当たり前だろうがッッ!」

 

ユウヤは冷やかしのような言葉に激発した。からかいに来たのなら力づくでも追い出してやると、掴みかかろうとする。その前に、レオンの言葉が続いた。

 

「理解できないな。お前、どうして怒ってるんだ? 米軍の軍事機密の流出が防がれ、ボーニングの技師とその関係者が捕縛された。お前が関与していないなら、何も問題はないだろ」

 

むしろ事前に発覚して米国の国益が守られた時点で喜ぶべきだ。そう主張するレオンだが、ユウヤは更に怒りを爆発させた。

 

「ふざけんなっ! 唯依にそんな意図はなかった! 弐型はもっと、YF-23を越える機体に………それに、仲間が捕まってんだぞ?!」

 

「………仲間? それは、XFJ計画の関係者か」

 

レオンは呟き、一拍を置いて続けた。

 

「その仲間とやらと、米軍………お前にとって優先すべきはなんだ」

 

「な………にを」

 

ユウヤはそこで言葉に詰まり、代わりにとレオンが問いを重ねた。

 

「米国軍人としての責務はなんだ。最優先に考えるべき事はなんだ。納得できないって面してるけど、それはどこから来るどういった理屈のモンなんだ?」

 

「そ、れは………ッ!」

 

レオンの言葉を聞いたユウヤは、同時に脳裏に色々なものを過ぎらせた。ラトロワ中佐の、篁唯依の、そして白銀武の。日系ではあるが米国人である自分が、どこに所属しているのか、そこで求められるものは何であるのか。答えられないユウヤに、レオンは責めるような顔を見せた。

 

「共同開発で米国の面子がかかってるんなら、計画に専念するのは分かる。だが、状況は変わったんだ。今、お前だけがここに居るのがその証拠だ」

 

「なに………?」

 

「軟禁状態だろうが、お前だけが拘束されていない。それはお前が米国軍人で、今回の機密漏洩に関与していないと見られたからだ」

 

「そ、んな事は………いや、ヴィンセントは………っ!」

 

「あいつは整備兵だ。漏洩した技術に気づいていなかったのか、そういった嫌疑がかかる背景がある。どこまで漏洩に関する情報を持っているのか、まさか調べない訳にはいかない。でもまあ、あいつもちゃんと米国軍人として扱われるだろうよ」

 

「じゃあ、それ以外の奴らはっ!」

 

唯依、タリサ、ヴァレリオ、ステラ、ドーゥル。整備班やオペレーターはどうなのか、どういう扱いをされるのか。声を荒らげたユウヤに、レオンは落ち着けと怒鳴りつけた。

 

「それこそあり得ねえだろ。俺達米軍がそんな非道な行いをするとでも思ってんのか?」

「それは………っ、いや」

 

ユウヤは再度言葉に詰まった。国防に関する尋問の厳しさ。仲間に対する自分の気持ち。それらがないまぜになり、自分の考えさえまとまらないのだ。そもそも、米国軍人として尊重されているという自分に、どうしてか違和感を覚えていた。

 

「そうだ………俺はグルームレイクに左遷された。そこから更に、このユーコンまで送られて………なのに、どうしてこうまで尊重される?」

 

「――――お前。今の言葉、本気で言ってるのかよ?」

 

レオンの声に怒りの色が混ざる。それを察したユウヤは、驚くように顔を上げた。それを見たレオンが、呆れながらも責めるような口調で告げた。

 

「左遷じゃねえよ。お前がここに居るのは、お前が評価された結果だ」

 

「………なに?」

 

「このXFJ計画………完遂して帰国すれば、間違いなく昇進するだろうよ。いや、それだけじゃない。次期主力戦術機の開発計画に参加するよう、通達が来るはずだ」

 

「昇、進………それに、次世代の主力戦術機開発だと?」

 

「そうだ。お前、この計画をなんだと思ってるんだ? この情勢下における日米合同開発っていう一大プロジェクトだぜ? 当然、俺だって志願した………だが、採用されたのはお前だった」

 

「………」

 

ユウヤは何も答えられなかった。レオンの言う事が本当ならば、評価されて派遣されたという結果に異を唱えるのはこれ以上ない侮辱になる。だが、どうして。そうして戸惑うユウヤを睨みつけながら、レオンは続けた。

 

「どうして、か………その疑問を片付けなきゃ、話も入ってこないようだから教えてやるよ。お前だけが解放された理由だ」

 

この状況下で解放を許可されるに足る強力なコネを持つ人間は誰なのか。心当たりがないというユウヤに対し、レオンはある人物の名前を告げた。

 

「―――ダンバー准将だ。お前の状況を知らされた彼が、すぐに手を打った」

 

「………な」

 

驚くユウヤ。その名前を聞いて思い出せるのは、呼び寄せる度に皮肉を浴びせてくる嫌な上司の顔だけだ。ユウヤ・ブリッジスという衛士を疎んでいることを、聞かなくても100%理解できるような。

 

「本当に分かってないようだな………お前の異動。推薦されたのは、お前に対しての“研修”って意味合いが強い。その理由は………言わなくても分かるよな」

 

「………それは」

 

即答ではないが、ユウヤは頷いた。こうしてレオンとここまで会話できている現状そのものが、そうだ。

 

「謹厳実直………お前が取り扱いの難しい野郎だからって話しかけもしなかった奴らは多い。でも、それと同じぐらいにお前と一緒に仕事をしたいって奴も居た」

 

仕事には真面目で結果を出す衛士。能力は十分だが気性と性格に難があると、変わる切っ掛けが必要であるからと、ダンバー准将が手配したのだという。

 

「なんだよその面。オレの言葉は信じられないって言いたげだな」

 

「………いや」

 

ユウヤは悩みながらも、嘘じゃないことを認めた。何度もぶつかった事はあるが、それはいつも正面からだった。そういった嘘を絡めて人を陥れるような気性の男ではないことは、ユウヤ自身も分かっていた。

 

「信じるよ。だが、どういった風の吹き回しだ?」

 

「………忠告だ。今回の件に関してだが、これ以上バカな真似はするなよ。上の話になるだろうが、問題は解決されるはずだ」

 

「それは………黙って、米国の捜査に協力しろって事か」

 

「そうだ。お前が裏切って情報を漏らしたなんて誰も思っちゃいない。だが………」

 

ユウヤはレオンの言わんとしている事を察した。解放されたのは漏洩に関与したという疑惑を持たれていないから。だが、ユウヤ・ブリッジスがXFJ計画に傾倒しているのは、米国としても調査済みと見て間違いない。

 

「………レオン」

 

「なんだよ」

 

「話は分かったが、どうしてお前がここに来た」

 

「ハッ、泣いてべそをかくテメエの面を見るためだ。それ以外の理由がどこにある?」

 

わざとらしい挑発。ユウヤはそれが本心でない事を看破しつつ見返すと、レオンは舌打ちと共に答えた。

 

「………てめえが、スヴェン大尉の事を忘れてんじゃねえかってよ」

 

「―――っ!」

 

ユウヤは息を呑んだ。スヴェン大尉とは、まだヤキマの基地に居た頃、開発計画の最中に死んだ上官の名前だ。

 

「危険な状況だった。だが、実験の続行を望んだのはお前だ、ユウヤ」

 

「ああ。その結果、大尉は死んだ………」

 

「そうだ、テメエにも原因の一端はあった。責任を問われはしなかったがな」

 

「分かってるぜ、レオン。俺が私刑(リンチ)を受ける寸前だってことも」

 

答えながらも、ユウヤの声は暗い。なぜならば、今の今までその名前を思い出すことはなかったからだ。それを察したレオンは、責めず。逆に暗い声で告げた。

 

「あの時のテメエの無茶を許すつもりはねえが………大尉はそれを望んでいなかったのかもしれない。そう、思うようになった」

 

「………どういった心境の変化だ?」

 

互いに重傷になるまで殴り合いをしたのに、と。訝しむユウヤに対し、レオンは視線を逸しながら答えた。

 

「大尉は米国の“外”を知ってた。それで………俺もここに来て思い知らされたぜ。戦術機開発ってのは、最前線の国にとっちゃある意味で殺し合いなんだって。決死の覚悟で計画に挑む国外の衛士。それに負けないように、スヴェン大尉はあの時、実験を続ける事を選んだのかもしれねえ」

 

「………そう、かもな」

 

ユウヤはこの基地で出会った、実戦を知る衛士達を思い出しながら頷いた。彼ら彼女達が計画の裏に見ているのは栄達ではない、実戦でばら撒かれている仲間達の血と肉だ。

 

「許すつもりはねえが………それだけを言っておきたくてな」

 

「レオン………」

 

「うるせえ。さっきの理由も嘘じゃねえぞ。拗ねた泣き面晒して、米国の恥をこの基地に撒き散らすんじゃねえぞ」

 

それだけを告げて、レオンはユウヤの部屋から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、ユウヤはXFJ計画にあてがわれているハンガーに来ていた。事の中心である弐型の壱号機を見上げながら、呟く。

 

「どうなってんだよ、一体………」

 

漏洩が事実なら、ハイネマンは国家反逆罪を犯したという事になる。そうなった時点で、計画が再開される可能性はゼロだ。だが、とユウヤは複数の疑念を持っていた。

 

ハイネマン自身、以前からスパイ疑惑を抱かれていたのは分かっていただろう。それなのに米国の膝元であるユーコンで、YFー23の技術が使われているフェイズ3に換装するなど、自殺行為でしかない。

 

米軍がこうまで早く動いたのも不可解だ。換装が完了してから動くまでが早過ぎる。同盟国と自国の巨大企業が進める計画に横槍を入れるなど、よほどの確証が揃わなければできないはずだ。この短時間でそこまでの証拠を揃えることができたのか。

 

(あるいは、何もかも察知されていた………?)

 

別の可能性として、ソ連が日米間の信頼を損なわせるために何かを仕掛けてきたとも考えられる。そうして考え始めればキリがなかった。

 

手持ちの情報が少なすぎる。ユウヤは歯噛みしつつも、小さい息を吐いた。事態の裏について考えることができるだけでも恵まれているのだと。タリサ達は尋問の応答に必死だろう。事実とは違っても、言葉の選択を誤ればそれだけで嫌疑が深められ、母国に迷惑をかけることになる。

 

(くそじじい………ダンバー准将も、それを懸念したのかもな)

 

有り得る話だとユウヤは自嘲した。そのために研修を受けさせるという方法を取ったのだから。

 

(研修、か………以前の俺なら理解できなかっただろうが)

 

今ではその意図が理解できる。他人は己を映す鏡になるという。文字通りの意味ではなくても、ユウヤは多くのものをこの地で得た。

 

基地に到着して、ファーストコンタクトからして強烈だった。タリサ・マナンダルとの決着は未だについていない。その後のこともだ。吹雪をこき下ろした事、日本人衛士との衝突は武御雷相手の仮想実戦にまで至った。グアドループでの洞窟のこと。偽りのない本心をぶつけ合う機会など、今までにあったかどうか。あった所で、鼻で笑って終わりだっただろう。

 

カムチャツカで、ラトロワ中佐に出会って学んだことは多い。それだけじゃない、実戦を知る先任からもだ。ユーコンに戻ってからも同じで、どんな時でも自分の傍には敵ではない他者が居た。

 

自分とは違う過去、経歴、思い、目標を持つ。時には文句を叩きつけ合いながらも、頭ごなしに否定されない、確かな言葉を幾度と無く交わし、その思いを気付かされ、その度に手に入れたものがあった。

 

(その終わりが、コレか………? ここで、弐型は終わりなのかよ)

 

今までの全てが否定されるような感覚。ユウヤは湧き上がる吐き気を我慢しようと口を押さえた。その手は小刻みにふるえている。

 

「だ、大丈夫ですか、少尉?」

 

「あ、ああ」

 

声をかけてきたのは憲兵だ。ユウヤは何とか頷き、大丈夫だと答えた。

 

「そうでしたか………ご気分が優れないようでしたら、あまり出歩かない方が良いかと」

気遣う言葉。ユウヤはその裏で、“いらぬ疑念をかけられますよ”という忠告の声を聞いた気がした。レオンの言葉も思い出し、自室で待機するよと答えた。

 

「ご協力感謝します、少尉」

 

「いや………こっちこそ悪かったな」

 

ユウヤは軽く礼を告げると、ハンガーを後にした。そのまま一直線に自室に戻ると、ベッドに寝転んで天井を見上げた。

 

 

「このまま、大人しくしていれば………俺は、米国市民として認められる」

 

今回の件と無関係とされれば、残るのは功績だけだ。特にテロの後は、認められるに足る改修を施した覚えがある。それを否定することはできない。整備班を含めた計画参加者全員の歓声を否定することになるからだ。

 

米軍もバカではない。功績が認められれば昇進だ。その結果、子供の頃から憧れた、誰からも尊敬される良き米国市民になることができる。全てを棄てて追い求めた姿に。

 

(でも………成って、どうするんだ)

 

認められたかった大本の理由である存在はもうこの世に居ない。母・ミラが生きていたのなら飛び上がって喜び、出来る限りの速度であの離れ家に戻って報告したことだろう。

 

墓前に報告することはできるかもしれない。だが、母の亡き姿を直接見られなかった棺桶が頭をよぎる。到底、あの墓地に母が居るなどとユウヤは思えなかった。

 

遺影に報告する以上に、飢える程に望んだものが別に出来たからだ。

 

(不知火・弐型を、更なる高みに………もう、やれる事はないって所まで………だが)

 

それはもう叶わない事も、ユウヤは分かっていた。国防を理由に動き出した米国の決定を覆すなど、どの国であっても不可能だ。一個人の意見など、蟻にすら劣る。

 

(ラトロワ中佐。全てを捨てたとしても届かない場合は、どうしたらいいんだ?)

 

選ぶまでもなく、最初からその選択肢が潰されているのならば。それでも成し遂げたい事がある場合に、ヤるべき事は、方法は。ユウヤは考えてはみたものの、どれだけ時間をかけても思いつく自信がなかった。一人では無理なら、と誰かに手を貸してもらう方法も考えたが、それも不可能だと気づいた。

 

(………そういえば、クリスカ達はどうしているかな)

 

ユウヤはこの事態になる前の試験を思い出した。開始の合図が鳴った時から、Su-47の動きは異常だった。以前とは別人のように、動きに精彩を欠いていた。あまつさえは失速し、機体ごと地面に叩きつけられたのだ。

 

そう思っている時だった。小さいノックの音に、ユウヤは最初気のせいかと思っていた。だが、次第に大きくなる音に、気のせいではないと思い、扉まで近づく。

 

その時に、声を聞いた。

 

「………ユウヤ」

 

「っ、その声は………!」

 

急いで扉を開けるユウヤ。そこには、想像していた通りの人物が居た。

 

「イーニァ!?」

 

「っ、ユウヤ……!」

 

涙が混じっている声。ユウヤは周囲を見回して誰も居ないこと確認すると、イーニァを部屋に入れた。

 

「お前、どうしてここに………!」

 

「ユウヤに会いに来たの! お願い、クリスカを………クリスカを助けて!」

 

必死な声。そこに尋常ではないものを感じ取ったユウヤは、イーニァの顔を見ながら問いかけた。

 

「クリスカが、どうかしたのか?!」

 

「いなくなっちゃう………このままじゃ捨てられて、クリスカがなくなっちゃう!」

 

「なくな………もしかして怪我か、いや………」

 

違う、とユウヤは内心で呟いた。

 

(イーニァを見る限り、目立った外傷はない。これだけ怪我がなければ、クリスカの方も死に至るような傷を負ってはいない筈だ)

 

ならばどういった事か。迷うユウヤは、直接聞くことにした。

 

「お前、怪我はないのか? というか、この厳戒態勢の中でよくここまで………」

 

MPの数は常時の3倍は居るだろう。疑問に思うユウヤに、イーニァは不安げな顔のまま答えた。

 

「ひとを避けるのはかんたんなの。あまり、すきじゃないけど………でも、ユウヤのことはすぐにみつかった。とおくにいったユウヤをみるのは、ちょっとさびしいけど」

 

「………?」

 

ユウヤは首を傾げつつもMPに発見されなかったという事だけは理解し、イーニァに次の質問をした。

 

「それで、クリスカに何があったんだ? 命にかかわる怪我をした、って訳じゃないようだが」

 

「クリスカは………もう」

 

イーニァは過呼吸になりそうな、泣きそうな声で告げた。

 

「もう、駄目だって。だから、捨てられるの。廃棄する、って」

 

「―――な」

 

思っても居ない言葉に、ユウヤは絶句した。人間に対して廃棄処分など使うものではないし、相応しいものではない。だが、イーニァが嘘をついている風にも思えなかった。

 

「マーティカが居るから、って。クリスカは、最後に使ったあと、捨てるって………いらないって………っ!」

 

「ど………どういう、ことだ?」

 

今までの話の流れから、前日の試験中か、それ以前に行った試験の結果が認められなかったが故に何らかの処分が下る、という意味であることは理解できる。だが、廃棄という言葉は、降格などといった地位的な処罰を意味するものではない。

 

その上で途轍もなく嫌な予感がするのはどういう事か。知らない内に額から汗を流したユウヤの勘は、正しかった。

 

小さく呟いたイーニァ。ユウヤは、震える声で、確かめるように呟いた。

 

「クリスカが強くなくなった。代わりのマーティカとかいう奴が居るから、クリスカを使う実験は終わりで………だから、処理されるって?」

 

「うん………」

 

マーティカはSu-47の新しい副衛士(コ・パイ)で、役にたたなくなったクリスカは最後に別の“びょうしつ”とやらに移されて、そこで居なくなるという。ユウヤはその言葉の意味を、恐る恐る尋ねた。

 

「まさか、殺されるって訳じゃあ………」

 

「………びょうしつに行った子はね。だれも、かえってこないの」

 

「な………っ!」

 

言葉の意味することは2つ。病室に移された人間が死ぬということ、今までに何度も同じ処置が繰り返されたということ。察したユウヤは激昂し、拳を強く握りしめた。

 

(ふざけんなよ………戦術機の操縦ごときで、命まで奪うってのか。いや、そこまでの価値が………待てよ、実験って言ったよな)

 

クリスカ達の異常性に関しては、ユウヤもある程度は感づいていた。詳細は知らないが、薬物や後催眠暗示を応用した何らかの強化が施されていることも。

 

「っ、待てよ。イーニァ、お前の方は大丈夫なのか?」

 

「わかんない………けど、わかんないけど、嫌なの。マーティカは、怖い」

 

抽象的なイーニァ言葉に、ユウヤはその意図を測れない。だが、泣きながら繰り返される声だけはじっと聞いていた。

 

私が弱いから。頑張らないから、クリスカが死んじゃうと。会いたいと、つよくなるから、がんばるからと。

 

「………イーニァ」

 

ユウヤは静かに泣いて後悔をするイーニァの姿に、胸が痛くなった。同時に思った。これは、オレだと。

 

(オレが………お袋を殺した。オレが居たから)

 

ユウヤは葬儀の場で、叔父から指差され怒鳴りつけられた言葉を忘れたことはない。お前がミラを殺した、と。否定はできなかった。ユウヤ自身が、その理屈に納得してしまったからだ。

 

同じように泣いているイーニァが居る。ユウヤは何とかしたいと、イーニァの頭をなでた。

 

――――その直後だった。

 

(な………なん、だ?!)

 

最初に浮かんだのは、記憶のどこにもない、見たことのない建物。次には大きくて複雑な機構を持っていそうな装置と、閉じ込められた子どもたちの姿。全員がイーニァと同じ髪で、似通った容姿を持っている。映像は次々に切り替わっていく。中にはサンダークや、クリスカの姿もあった。

 

(これは………イーニァの記憶なのか?)

 

そうでもなければ説明がつかない。想像などではない、圧倒的なリアリティを感じさせる映像に、ユウヤはそれ以外の説明がつけられなかった。

 

怒涛の如く流れこんで来た映像群を見終わったユウヤは、呆然となり。泣き止んでいたイーニァが、静かに口を開いた。

 

「いまのが………しょぶんされるりゆう。わたしたちは………とくべつだから………」

 

「今の、は………イーニァが、やったのか」

 

「うん。わたしたちはみることができるの。みせることができる。ユウヤにみせたのは、わたしたちのぜんぶ」

 

イーニァは本当は話す方が、と言いかけたが、その前にユウヤが言葉を返した。

 

「考えや、気持ちを………?」

 

「うん………いろやひかり………わたしなら、えでみえるの」

 

「………そうか」

 

荒唐無稽過ぎる事実を前に、ユウヤは頷くことしかできなかった。あまりに想定外過ぎて、何も答えられない。それでもユウヤは今までのイーニァやクリスカの言動を思い出すと、抱いていた違和感の欠片で出来たパズルが、上手くはまっていくように感じていた。

 

初めて出会った時に、名前を呼ばれた事。それ以外にも、勘が良いという言葉で片付けていたものに説明がつけられるのだ。それでも唐突過ぎるのか、理解が追いつかないユウヤに、イーニァは不安な表情のまま小さい声で問いかけた。

 

「ユウヤも………わたしが、こわい? けんきゅういんのひとたちとおなじように、きもちわるいっておもう?」

 

「い、いや………」

 

「みようとしないとみえないの………みるよりもはなすほうがいいって、わかってる」

 

「それは………研究員に言われたのか?」

 

「ううん、けんきゅういんのひとたちはみたほうがいいっておこるの。でも、ひとになにかをつたえるなら、みないほうがいいって、はなしたほうがいいって………たけるが」

 

「たけるって………白銀武か!?」

 

「う、うん。きちにきてはじめてあったときにいわれたの」

 

「………最初っから知ってたってことか」

 

「うん………わたしとおなじ、ううん、もっとよみとれるこをしってるんだって。みるとくるしむことになるから、みないほうが、ことばでこころをかわしたほうがいいって」

 

「もっと………それは、イーニァと同じ境遇の?」

 

「けんきゅういんのひとは、わたしよりもこわがってた。トリースタ・シェスチナは、ばけものだって。でも、けんきゅういんのひとたちはおなじなの。わたしたちはみんな、シリンダーからうまれたって。しぜんのものじゃない、ほんとうならいらない、にんげんじゃない、きもちのわるいばけものだって――――」

 

「っ、やめろ!」

 

ユウヤは反射的にイーニァを抱きしめていた。

 

「イーニァ………自分を化物だなんていうな。そんな、自分を………」

 

フラッシュバックするのは祖父と叔父の声、言葉、自分に向けられた人差し指。思い出す度に、僅かだけど心臓が早くなる。

 

「ちがう! 生まれがどうした! 生まれながらに要らない奴なんていない、いないんだよ………っ!」

 

繰り返しながら、ユウヤは思う。あの頃の自分にとって、祖父や叔父を筆頭とした母を責める全員に対して、居なくなれと思っていた。彼らこそが、化物のように思えていた。

 

「そうだ………理由があるからって人を貶める奴が………人を人扱いしない奴らこそが、化物なんだ」

 

「ユウヤ………」

 

「イーニァ達は心が読めるだけだろ? それを好き勝手に使って、誰かに悪さをしようって思ってないんだろ?」

 

「うん………みるのは、いや」

 

いや、というのはただの単語だ。だが、ユウヤはそれを聞いた途端、寒気すら覚えた。そこに言葉では収まらない、深くて黒い何かがこめられていると思えたからだ。

 

「なら、人間だよ。お前を、クリスカをそういった風に扱う奴らこそが化物だ」

 

今ならば分かるような気がした。クリスカとイーニァを死なせないと言った、白銀武の気持ちを。

 

ユウヤは眼を閉じて考える。これから自分が起こそうという行動に伴うものなど、暗闇の中で色々な感情と理屈と光景が錯綜する。

 

そうしてしばらくすると、ユウヤは眼を開けてイーニァの方を見た。

 

「………決めた」

 

「ユウヤ………」

 

 

不安な声を出すイーニァに、ユウヤは笑顔を返しながら答えた。

 

 

「クリスカに、会いに行こうぜ」

 

 


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