Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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28話 : 過去 ~ Fact ~

アメリカ国防情報局( D I A )の捜査官であるデイル・ウェラーの敵は何か。それは、現在進行形で米国に仇なす者達であり、その可能性を秘めている者達である。定義の広さは途方もなく、テロが終わった後でも基地内部の部屋の中で情報を収集する日々が続いていた。

 

見過ごせないポイントもあるからだ。特に香月夕呼と接触したと思われる“不死鳥”ことシルヴィオ・オルランディの動向は米国にとっては見過ごせない最重要監視対象であり、その裏に潜んでいる“帝都の怪人”こと鎧衣左近も同レベルで危険視していた。

 

歓楽街で見かけたという情報から、国外での欧州情報局の動きについて。デイルは部下の捜査官と共に集まった情報の中から精度が高く有用なものを見つけるため、取捨選択をしている作業の途中、ふと言葉を零した。

 

「しかし………タケル・シロガネの目的が分からんな。何をしにわざわざこのユーコンまで出向いたのか」

 

「表向きはテロを止めるため、ですよね。それ以外のアクションは起こしていません。案外………空振りだったのかもしれませんね。焦った横浜の雌狐のミスかもしれませんし」

「そうは思えん。この状況下で局面を見誤るような人物が国連の最重要計画を任される筈がない。敵の無能を願う気持ちは分かるが、楽観的過ぎるのは危険だぞ」

 

いつもの窘める言葉に、捜査官はまたかという表情になった。しばらくして、思いついたように顔を上げた。

 

「タケル・シロガネが各人物に接触した回数を思い出しましたが………ブリッジス少尉に対するものが一番多かった。あるいは、彼が狙いだったのかもしれませんね。彼の父親のことを、タケル・シロガネならば知っている可能性はあります」

 

「十分に考えられるな。だが、無駄足になったか………そう思いたいな。ブリッジス少尉は米国軍人だ。そうあろうと努力を重ねてきた人物が、米国を裏切っているなど考えたくもない」

 

国内の情報について、浅いレベルであればDIAが望んで手に入らない資料はごく少数だ。そしてデイルの手元にある資料には、ユウヤ・ブリッジスが現在に至るまでの行動記録やプロファイリングされた結果が揃っていた。

 

まとめの項目には、こう書かれていた。“存在することで周囲に害をまき散らしてしまったという、罪。その元凶であった母親の業を精算したいと望んだが故に、必死で努力を重ね、敵だらけの中で生き抜いて来た道程こそが彼の現在を象っている”と。

 

「立派ですね。グルームレイクのダンバー准将が彼を気にかけているのも分かります」

 

「それだけではない。准将も、故・ブリッジス氏に世話になっていたというからな………」

 

そして、デイルはダンバー准将から聞かされていた。ユウヤ・ブリッジスの亡き祖父がダンバーに対し、「ユウヤの事を眼にかけてやってくれ」と頼んでいたことを。反面、それだけの実績があり、コネが名家であるからこそミラ・ブリッジスは許されなかった。それでも息子であるユウヤ・ブリッジスを手放さず、表面上は最後まで祖父と対立していた。

デイルの口から、深い溜息が漏れる。

 

「ブリッジス、か………あの頑固さは母親譲りだろうな」

 

「母親、ですか? というと………ああ、あの才媛ですか。そういえば、ウェラー部長が国防情報局時代に担当した案件って、彼女の進退に関することですよね」

 

それは3年前の1998年、日本侵攻の最中でのこと。日米の関係が危ぶまれている情勢下で、米国内でも様々な動きがあった。

 

「彼女も、頑固で律儀だったよ。いや、健気だったという方が正しいか」

 

「そうなんですか………詳しくは分からないですけど、好都合でしたよね。国家安全保障に活用しやすくなる」

 

感情的な人間の一時の激情ほど、合理で出来た刃が突き刺さるものはない。デイルはその考えこそが最適で最善であるということを確信している自分が嫌になった。

 

(それでも、星条旗に火種を向ける者………いや、その根の部分まで消滅させなければならんのだ)

 

自分が信じる世界の平和のために。

 

そうしてデイルは迷う事無く、書類を整理する作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年10月7日

 

比較試験の三日目であり、唯依も早朝からその準備を進めていたが、ソ連側から送られた要請に急遽予定を変更することになった。比較試験を延期して欲しいというのだ。メリットが多くデメリットが少ないその提案を受け入れた唯依は、ユウヤ・ブリッジスが不知火・弐型に持つ展望がまとめられた書類に目を通していた。次の比較試験で勝利を収めるために。

 

(………見事の一言だ。基礎性能だけではない、壱之丙の問題点を完璧にクリアした上で、更なる拡張性を持たせられるとは)

 

あくまで腹案らしいが、機体の局所に設けたアタッチメントを使うことで、衛士の適性や役割に応じた機体性能を発揮できるようにする考えもあった。弐型は多任務戦術機であるが、そのアタッチメントを駆使することで戦場や作戦に対する適性を高めるためのギミックまでも書かれていた。

 

(これは………一朝一夕とはいかないな。だが、何より驚くべきは機体そのものの地力向上にある)

 

テロ以前とはまるで別物。主機出力をいじることなく、ここまで機体の制御性を向上できるのかと、唯依は驚く他なかった。同時に、ある種の疑念が浮かんだ。

 

唯依も開発衛士の一人であり、開発のノウハウなどは持ち合わせている。機体開発そのものに携わった訳ではないが、空いた時間を使ってその知識の穴を埋めるよう努力を続けている。身内に経験者も多く、体験談などを多く耳にしてきた。

 

だからこそ、不可解だと思った。まるでミッシングリンクのように、弐型は説明のできない一足飛びの進化を果たしているのだ。

 

(生物の進化における謎の空白期間だったか………俗説には、宇宙人の干渉というのも)

そこで、唯依は硬直した。最近になって、ある人物に対して抱いた感想だったからだ。同時に別れ際の顔を思い出して、顔を微かに赤くした。その時と同じように心臓の音が煩く、痛くなっていく。唯依はその時の感情を上手く言葉にすることが出来なかった。

 

(ち、違う、今は浮つくな。今は与えられた責務を果たすことに専念しろ)

 

唯依は気を引き締め直した上で、あくまで客観的に弐型の発展性に関連することをしばらく考えた。その上で出した結論は、やはり第三者の介入があったということ。更に自身の知識と経験から、ユウヤ・ブリッジスの目指している機体と、それに至る過程を分析した唯依は、小さく溜息をついた。

 

整備員達の頑張りもあるだろう。唯依は昨日、生存報告にハンガーに赴いた時の事を思い出していた。まるで亡霊を見るかのような、驚いた表情。そして整備員達は自分に足がある事を知ると、歓喜の声を上げていた。中には感極まったのか、涙さえ流している者達も居た。

 

(ハンガーの壁に張られていた写真は………本当に恥ずかしかったが)

 

全身が写っているだけの写真ならばまだ平静を保てたが、自分の無防備な笑顔が映っていた写真を見た時は、その限界を越えていた。今は話でしか聞いた事がないが、普通の女学生そのものである幼さが残る顔なのだ。「何だこれは!」という声が裏返って変に高くなってしまうぐらいに、唯依は動揺してしまっていた。

 

(あの時にネガを回収できなかったのが悔やまれる………っ!)

 

カムチャツカに赴く以前、白銀武が日本に戻る際にあった事だった。小さな冗談に笑った所を、パシャリと撮られたのだ。唯依としては、不覚という他なかった。

 

それでも笑顔の写真の人気は非常に高いらしく、班長に聞いた所によると賽銭箱まで設置されるかもしれなかったという。その時の唯依は「生き神になったつもりはないのだが」と引き攣った笑いを返すことしかできなかった。

 

(だからこその士気向上と主張されてもな………い、言いたい事は山ほどあるが、今は機体の改修の事だ)

 

テロの後の弐型は、これまでのコンセプトは全く異なる、機体全体のトータルバランスを考えた上での改修を施された。不思議なのは、未だ発展途上にあることだ。目指すべき先は明確だが、その過程が手探りだという現状に対し、唯依は違和感を抱いた。

 

(確証がないが、この進化の発端は――――弐型の先を知っていた事が前提にある。私にさえ知らされていない、フェイズ3のこと。本来であれば日本国内での極秘換装であった弐型の完成形の構造と設計理論について、ある程度以上の知識がある者の入れ知恵だ)

 

不可解すぎる内訳に、唯依はどのような要素が絡めばこうなるのかを考えたが、途中で突き止めることを諦めた。

 

思えば、G弾の爆発の中心に居たというのに五体満足な機体だけを残してエスケープするような奇人である。突き詰めれば宇宙の真理まで理解できそうな事情だが、唯依は首を突っ込むつもりはなかった。それよりも、弐型の完成形を見たい気持ちの方が優っていた。そのためにはSu-47に勝つ必要がある。

 

「そのために、“フェイズ3”の正確な形をユウヤに伝える必要がある………」

 

そうすれば、より正確な方向性を見いだせるだろう。だが、唯依はその権限を持ちあわせていなかった。かくなる上は、ハイネマンに直談判して許可を得るより他はない。そう意を決した唯依は資料を束ねてホッチキスで留めると、電話の受話器を取った。

 

 

「XFJ計画の篁唯依中尉だ。ハイネマン氏と至急面会したい―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束の時間になった唯依は、部屋の前に立っていた。胸に手をあてて軽く深呼吸をすると、表情を引き締めた。

 

「………よし」

 

ノックの後、唯依はハイネマンの声に促されて入室した。そこで見た顔は、いつも通りに飄々とした様子で内心が分からない。それでもユウヤから提出された上申書は読んでいる筈だと、まずは挨拶を交わした。

 

「お時間を頂き恐縮です」

 

「いえいえ、構わないよ。ちょうどこちらからも話したい事があったんだ」

 

ハイネマンは話しながらユウヤから提出された上申書を手に取った。

 

「実に開発衛士らしい………いや、それ以上のものだ。本音を言うと戸惑っている。ユニーク、という一言で片付けられるレベルじゃなくてね」

 

「それは………私も同感です」

 

「そうだね。そして、僕は思った。“ここ”にひとりで到達するのは、世界一の開発衛士でも不可能だと。いくら彼でもね」

 

唯依はその物言いに引っかかりを感じた。ユウヤから聞いた事だが、この基地に来る以前にハイネマンと出会った事はないという。なのにハイネマンはユウヤの事をよく知っているような口調で語っていた。ふと、唯依は疑問を口にした。

 

「ブリッジスの登用は………ハイネマンさんのご指名だったのでしょうか」

 

「そうだね………建前でも、本音でも。彼以外にこの開発を任せる気はなかった、というのが正直な所だ」

 

「随分と買っているのですね………正直な所、私も当初は戸惑っていました。F-22という最先端の軍事機密に触れた衛士が他国との共同開発に参加している事に対して」

 

そのような危険、犯さないのが普通だ。だが、計画に必要な素養を持っていると見出されたのならば理屈は通る。

 

「ですが、ハイネマンさんの見立ては正しかった………それを踏まえて、私から上申したい事があります」

 

「………フェイズ3強化モジュールへの換装を前倒しにして欲しい。中尉の要望の内容は、そういった所かな」

 

間髪入れずの回答と、言葉。それは唯依が考えていた通りのものだったか、看破された事に対し、唯依は驚く感情を抱かなかった。

 

XFJ計画本来の目的である、フェイズ3強化モジュール。それが今の弐型さえ越える性能を誇っているとして、考えたのは間違いなくハイネマンである。それだけの頭脳を持っている人物であれば、おかしくはない。

 

「国内での極秘換装………それが意味する事、重々承知しております」

 

つまりは他国に見られれば拙い類の、それだけで盗用される危険性があるというものかもしれない。それでも次の試験で敗れたら、話そのものが消滅してしまうのだ。だからこその換装の提案に、ハイネマンは小さく溜息をついた。

 

「いや、わかっていないよ。本当に理解しているのなら、ここで提案するという行動は起こさない。ここで改修をすると、試験の結果に関わらず計画が取り潰されてしまうのだから」

 

「それほどの………しかし、次の演習の結果次第では、弐型は!」

 

「今回の比較演習は、日本国内のお家事情から端を発したもの………つまりは茶番に過ぎない。ソ連機を導入するなど、本当に考えている者達を排除するためのね」

 

唯依はそれを聞いて驚いた。反米を志に持つ国粋主義者が絡んでいるとは思ったが、その要望を受け入れた事の意味まで考えてはいなかったからだ。

 

(彼らを排除するために、比較演習という無茶な要望を受けいれた………そうすれば、勝敗に関わらず、発言力を削ぐことができるからか)

 

弐型の勝利に終われば、反対派はぐうの音もでないほどダメージを受けることになる。敗北に終わっても同じことだ。テロが起きた原因の一つであると思われる“ブルーフラッグ”、それに似た比較演習を、テロが終わって間もないのに再開したという事の意味は大きい。今、テロリストを刺激するのは愚策だ。つまりは提案した者が国際的視点を持たない愚か者であるという主張をする事に他ならない。

 

(どちらに転んでも変わらないという、茶番………ユウヤ、いや、計画参加者の全てがそれに付き合わされているのか)

 

戦術機開発に政治が関連してくることは常識である。それでも唯依は、踊らされているような立場に居ることに心の底から憤りを感じていた。

 

「………篁中尉。君が弐型を大切に思っているという事は分かっている。先の演説は見事だったよ。だからこそ、私は反対させてもらう。フェイズ3への換装は、そう単純な話じゃないんだ」

 

「では………このまま勝敗の如何に関わらず現状を維持し、その結果を次の布石として巌谷中佐にお戻しする事が正しい選択とおっしゃるのですか」

 

「その通り。現段階の改修案は、非常に優秀なもの。不知火だけではなく、次世代の機体に関しても十二分に流用できる。帝国軍人としては、それが正しい選択だ」

 

最悪を回避し、最善を尽くす。開発だけではない、軍人として効率的な行動を選択することは当たり前だ。

 

それでも、と。唯依は拳を強く握りしめながら零すように言葉を告げた。

 

「………それだけでは不十分なのです」

 

思わず、と。唯依自身も予め用意して置いた訳ではない。それでも口をした事で自覚は深まっていった。

 

不知火・弐型のこと。開発に参加している、全ての者達の想いのことを。そして、彼らに報いたいという気持ちと同等以上に、自身の胸の中で燃え上がっている事を。

 

その複雑な熱意を言葉に表せば、一言で事足りた。その過程に至るまでのものは何か。唯依は顔を上げると、ハイネマンを正面から見返して語り始めた。

 

「ここまで来ました。ブリッジス少尉の功績は大きいでしょう。ですが、計画に参加している者達の全ての力があって辿り着いた地点です。そして、更なる上を目指すことができる」

 

そもそもが、と唯依は言った。

 

「フェイズ3が優秀である事は疑いありません。ですが、その過程を満たすためだけにこの数ヶ月を費やして来た訳じゃない。フェイズ3よりも、最善になる形が………もっと良い形を見いだせればと、多くのBETAをものともしない、その機体を最前線の衛士に提供できる可能性があるからこそ………っ!」

 

死に顔は鮮烈で、消えることはない。だからこそ唯依は、妥協をしたくなかった。中途半端な所で諦めた結果、機体の性能が僅かでも落ちる。

 

それは、京都の時のような結果を呼び起こすかもしれない。戦友も守れず、無様な結果しか残せなかった自分のままで良いと、あの時の結果を肯定する行為になりかねない。

 

「十分じゃ足りない、十二分でも不足なのです。現状に甘んじることはもっての他。出来ることは全て費やしてこそ、送り出す物に胸を張れる………なのに、ここで出し惜しみする事なんて考えられません。ブリッジス少尉も、私と同じ考えを持っている筈です」

 

「それは………彼に直接問いただしたから、かな?」

 

「言葉では問うていません。ですが、彼の上申書と今の機体を見れば分かります。私も、篁の血が流れている開発者の一人ですから」

 

誇るように、断言した。今のユウヤ・ブリッジスの情熱はこの基地の誰よりも熱いものであると。

 

「妥協と言い訳の一切を捨て、千切れかねない程に手を高くに伸ばしている。空に浮かぶ太陽まで掴もうという気持ちで挑んでいる………故に、結論は一言で足りるのです」

 

「………それは?」

 

面白そうに笑うハイネマン。

 

対する唯依は、天使もかくやという笑顔で自身の気持ちを端的に告げた。

 

 

「例え何が相手であろうとも―――私達が作った弐型が他国の機体に劣っているなどという結果を、認めたくはない」

 

 

―――負けたくなんて、ない。

 

要は、その言葉が全てだった。それを聞いたハイネマンは、口を右手で押さえると、我慢できないといった風に笑い声を零した。

 

「ふっ、ふふ………そうだ。それが全てだよ、中尉。建前だけを主張されたのなら、拒否するつもりだったんだけどね」

 

ハイネマンは嬉しそうに、唯依に笑いかけた。

 

「戦術機のような、一つの分野で多くの種類が出ているもの。それも機能性ではない、直接優劣を比べられるような物を作る者に必要なものが、熱意と情熱」

 

だけど、とハイネマンは言う。

 

「それを越えたものがある。人間が持っている欲求というのかな。私の主観であり、根拠もない解釈だけど………今の言葉こそが、その根源的なものだと思っているんだ」

 

作ったものを誇りたい。認められたい。そして、誰かに負けたくない。妥協が入ればその想いの純度は損なわれる。物づくりの背景を知って、失敗を知り、実際に失った者ならば余計に。

 

「ここに来た頃の君は、XFJ計画に懐疑的だった。情熱はあったのかな。だが、根っこの方で信じきれていなかった」

 

「それは………そう、でした」

 

保守的に、ユウヤの意見を封殺した上で日本の素晴らしい所だけを主張した。相手の意見を最初から疑い、噛み砕こうとしなかった。

 

「マサタダとエイジが危惧していた姿、そのものだった。国粋主義思想に囚われて、それ以外の物に眼を向けない………視野狭窄に陥った者の未来は狭い。そうして自滅することを、彼らは恐れていた」

 

「確かに………否定できないのが、お恥ずかしい限りです」

 

「だが、ようやく開発者本来の姿を見出した。いや………取り戻したというべきかな。それだけの覚悟を持った提言であれば、認めないという選択こそあり得ないよ」

 

「は、はい! ………ありがとうございます!」

 

「………頭を下げられる覚えはないんだよ。本当に、ね」

 

ハイネマンはそこで、疲れたような声色に。

そして、何かを思い出すように語り始めた。

 

「少し話を戻そうか………この基地に来た頃の君の姿。それは、ブリッジス少尉も同様だった。真正面から衝突している二人の姿を見る度に肝を冷やしたよ。そして、別の意味でもね」

 

「それは………仲違いをして計画が中止になるとは、別の心配を?」

 

「そうだね。それが変わったのは何時だったのか………その辺りの説明は、より当事者に近い人に語ってもらおうか」

 

僕の役目じゃないからね。そう告げたハイネマンは、受話器を取るとある所に電話をかけた。

 

そして、数分後。待っていて欲しいと言われた唯依は、部屋に新たな人物が入ってくるのを見た。失礼、と前置いての入室。唯依は、その人物の顔に見覚えがあった。

 

 

「白銀………影行、さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影行は顔を驚きの色に染める女性を見る。そして呼ばれた名前に、笑顔で答えた。

 

「はじめまして、かな。その通り、白銀影行だよ、篁主査のお嬢さん」

 

「こ、こちらこそ………」

 

影行は戸惑う唯依を見ながら笑みを苦いものに変えると、その横で相変わらずの表情を保っているハイネマンの方を見た。

 

「それで、お話は?」

 

「これからだよ。エイジに頼まれた事、君以上の適任は居ないと思ってね」

 

「アンタ、実は俺のこと嫌いでしょう」

 

「とんでもないよ」

 

とぼけた口調のハイネマンに、影行は小さく溜息をついた。

 

「あの………お二人は、その」

 

「ああ、かれこれ25年の間柄だよ。彼も、曙計画に参加していたからね」

 

それは、1976年から1979年に行われた、日本の国産機開発に先立っての国家的な技術研修プログラムの名称だった。唯依も父から概略だけは聞かされたことがあった。将来を期待された219名の日本人技師が米国で戦術機開発に関することを学んだという。

「偏りがあるといけないと、一定のチームに分かれさせられたそうでね。私が担当したチームの班長はマサタダ。そして、エイジとカゲユキの3人だった」

 

ハイネマンは懐かしそうに、語り始めた。過ぎ去った時間の、遥か遠い地での記憶だと。それを聞いた影行も、当時の事を思い出していた。

 

ハイネマンはグラナンでF-14の基礎開発に従事している真っ最中だったこと。だが曙計画への協力を強制されて、開発から一時的に外されてしまったこと。そして開発バカである彼が、日本の研修チームを疎んでいたことから、世話を部下にまかせて放置するという行動に出たこと。

 

(だから、俺達は焦った。何としてもハイネマンに直接会う。篁主査はそう主張した作戦を練って、俺がそれをフォローする形で動きまわった)

 

篁祐唯はハイネマンの部下に質問を重ねた。上司に頼るしかない、と困らせるために。

巌谷榮二も一緒だ。そこで影行はふと視線を感じて顔を上げた。そこにはハイネマンの怖い笑顔があった。

 

「部下の困り具合が上司に漏れると拙い。そう思っていたのだが………そこの男は部下を更に困らせるように、ね。同僚に助けを呼ばないように、男女問わず当時の同僚だった者達の注意を引いた。同時に、私の上司へ直接告げ口をしようと画策していたようだ」

 

この野郎が、と語尾につきそうな口調。影行は若かったんです、と言いながら笑って誤魔化した。

 

「え、ええと………父やおじさまが、そんな事を?」

 

「それだけ彼らは貪欲だった。そして、彼らの作戦通りに私は引っ張り出されたんだ。顔を見るなり両手での握手を求められてね。その時は祐唯の握力の強さを痛感させられたよ」

 

掴んだ上で、逃さねえぞとばかりの質問攻勢。日本チームは溢れんばかりの情熱を土台に、知らない事があるなど許されないとばかりに、質問と考察を繰り返していった。懐かしそうに、ハイネマンは苦笑していた。

 

「私は、他人に分かりやすく物事を伝えるのを面倒くさいと思う性質でね。早く切り上げるつもりだったのだが、その男のせいで逃げられなかった」

 

「ええと………影行さん、のせいですか?」

 

「そうだ。そこの彼は戦術機開発の才能という意味では、祐唯より遥かに劣る。それでも、言葉の端から相手の意図を読み取る能力に長けていたんだ。コミュニケーション能力というのかな。まるで通訳のようにフォローを入れる彼と、質問を繰り返してくる二人。気づけば時計の時針が一周していたよ」

 

おかしそうに、ハイネマンは笑った。

 

「時計が壊れているのではないか、と疑ってね。疲労困憊になった3人と、自分と、困っていた部下。資料などの書類を置いていた机を挟んで、おかしそうに笑いあった………あの時が始まりだったんだな………」

 

感慨深げに目を閉じるハイネマンと影行。それを見た唯依は、意外そうに呟いた。

 

「そう、だったのですか………父は、なぜか昔話をあまりしてくれませんので………」

 

今は、開発に追われて顔も合わせていないけど、一度聞いてみようか。そう思った唯依に、ハイネマンは更に当時の事を伝えた。

 

74式近接長刀と機体の軸、全てをトータルに考えたバランスで近接戦闘を行う理論について。米国にはまるで無かった発想であり、ハイネマンも思いついたことがない理論。衛士でもあった祐唯の見解はハイネマンにとっても良い刺激になった。

 

「何より、第二世代機の正当性を裏付ける証拠にもなった。それに気づいた時には、本当に驚いたよ」

 

「第一世代機からの進化というと………あえてバランスを崩すことで機動性を、機体の反応性を高める、ですか」

 

「その通りだ。それだけじゃない。私と、部下と、マサタダとで新たな議論を戦わせて。齟齬がないようにカゲユキが間を埋め。煮詰めた理論を、エイジが戦術機で実証する。色々と衝突することもあったけどね。互いに文句を言いながらも………あの場所に、虚飾や嘘というものは欠片も存在しなかった」

 

戦術機開発に熱意を注ぐ人間たちの、余計なものがない議論の場。それはこの上なくやりがいがあり、充実し、何より楽しいものであろう事は、話を聞いているだけの唯依にも分かるものだった。

 

「巌谷中佐は、その時の心労が祟って怖い顔になってしまったようですね………そういえば、それを見た幼い少女が恐怖のあまり泣き出してしまったという話も」

 

「そ、それは………」

 

恥ずかしさのあまり顔を赤くする唯依。一方でハイネマンは、影行に変わっていないねえと前置いて嫌味を告げた。

 

「私は、また別の話を聞いたけどね。知り合った部下の同僚………女性に熱を上げられて、困り果てた結果、部下に協力を要請した色男の話とか」

 

「そうですね………あの頃は若かったなぁ」

 

「その一言で済まされるものでもないと思うけどね」

 

「え、っと。何か、あったんですか?」

 

「その部下も、そういった方面は特に苦手そうだったんだねえ。マサタダだけじゃなく、私まで相談を受けたよ。熱を上げられている本人が全く気づいていない、というのが処置無しだったねぇ………」

 

心なしか、唯依の視線がきつくなっているような。そう感じ取った影行は、誤魔化すように次の話を進めた。

 

「トラブルもゼロじゃなかった………でも、それ以上に楽しく充実した日々だったよ。米国は多民族国家だけど、私が本物の異文化交流をしたのはあの時が初めてで………少し、後悔したよ。こんなに楽しいものを今まで経験していなかったことに」

 

日常の会話でさえ新たな発見になる。知らない事が増えるというのは、知識人にとって新たな活力になる。人間は既知に退屈する生き物だ。未知との遭遇は恐怖だけではない、新たな世界の発見に繋がるのだから。

 

「私の部下も、そう考えていたと思う。彼女の出身は南部でね。地域柄か実家の教えからだろう、日本人に対してそれなりに偏見を持っていたようだから」

 

認識のズレが誤解を生じ、時にはそれが口論に発展することもある。互いの間に起きた揉め事は決して少ないものではなく、ハイネマンも覚えている程に多かった。

 

「それでも、時間が経てば理解は深まる。特に部下とマサタダには共通点があった。彼女の実家は、南部でも有名な名家だったんだ」

 

歴史のある、立場在る人間としての振る舞いを求められる。それを誇りに思う所、他人には言えない苦労がある所などは社会性や欲求、本能である部分が大きく、そこに人種は関係してこない。開発も然りだ。

 

「そうですね………気づけば、職責を超えて計画のために全力を賭していた。ただの一人の例外もなかった」

 

「そういう意味では長く感じたよ。それでも、2年が過ぎた頃には短く………もっとこの時間が続けばいいと思っていた。本当に感謝しているんだよ。私は友人の多い性質ではないが、あれだけ心が満たされた時間はなかった………そう、最後の一年を除けば」

 

「なにか………あったのですか?」

 

唯依は当時の歴史を思い返したが、外部的な要因として考えられるものはなかった。

ハイネマンは、ゆっくりと続きを言うために口を開いた。

 

「………ある日、突然のことだった。私の部下が姿を消したんだよ。後日、辞表が郵送で送りつけられた。結果として、彼女が職場に戻ることは二度となかったんだ」

 

本当に残念そうに。唯依は口を閉ざす他なく、ハイネマンは更に暗い表情になった。

驚きと困惑を覚えるよりほかは無かったという。

 

部下はMITを卒業した才媛というだけではない、戦術機開発のセンスにも優れ、将来を期待されていた優秀な部下だった。

 

感情を抜きにしても理解できない事だらけだった。戦術機開発とは軍事機密に関与する職だ。辞めるにしても複雑な手続きが必要になる。

 

「様々な理由で、納得など出来るはずがない………国益を損じると判断したあらゆる機関が動き出した。そしてマサタダも、私費を投じてまで彼女の行方を追った」

 

「父が、ですか」

 

唯依の視線が影行に移る。影行は、自分も祐唯から「調査を受けてくれる者はいないか」という相談を受けていたと、頷いた。

 

それを聞いた唯依は驚きながらも嫌な予感を覚えていた。そんな事があったなど、一言も聞いた覚えがなかったからだ。そうして、ふと思った。聞かせるに足る話ならば、良い結末で終わる過去ならばあるいは、と。

 

そう感じた通りに。誰も、彼女を見つけることはできなかった。分かったのは曙計画が終わり、全員が帰国してからしばらく経った後のこと。

 

「その時には、私も成果を出していた。それなりの要職になった時だ。ツテを使えるようになった私は、色々と調べ続けて………再会した時に、全てを理解した」

 

「理解………発見ではなくて、ですか」

 

その言い回しは。ハイネマンは、沈痛な面持ちで続けた。

 

「彼女は南部の………大富豪であり、政治的な影響力を持つ彼女自身の生家に囲われていたんだ」

 

――――南部。唯依は米国の地域ごとの特色に詳しくはない。日本国内でそう耳にする表現ではない。だがユーコンに来てから、その地名には聞き覚えがあった。

 

 

「バカみたいに広大な敷地だったよ。子供一人では、敷地の外には出られないぐらいにね。私は休暇を取ってアポイントメントを取り………敷地の片隅に新しく建てられた家に辿り着いた。そこで、彼女達に出会ったんだ」

 

「彼女………たち………」

 

「ああ………彼女は、生まれたての赤ん坊を抱いていたんだ」

 

誰の赤ん坊であるのか。話の流れからそれを理解できないほど、唯依は鈍くもなく。

 

「まるでパズルのピースを叩きつけられたようだったよ。説明もせずに身を隠した理由も、理解できた………篁家の血を引く男児。CIAが放っておく筈もない」

 

“篁”と。形にされた言葉に、唯依は呆然とした。

 

「父様が………母様以外の、女性と………子を………?」

 

驚愕の裏では、その問題性が頭を過っていた。篁家は五摂家の一翼を担う崇宰の譜代武家であり、代々は御用兵器の開発と生産に携わっている。帝都城参内が許される程の武家など、そう多くはないのだ。

 

そして、唯依はハイネマンの一言を聞き逃さなかった。

 

“男児”。そして、“南部の名家”。

 

呼吸さえも止まった唯依に、ハイネマンは告げた。

 

 

F-14(トム・キャット)は、彼女との合作だった言っても過言ではない………今でも、彼女の事は忘れられないよ―――私の部下、ミラ・ブリッジスのことは」

 

「―――っ!」

 

「そうだ………ミラは………マサタダと恋に落ちて………」

 

そこで唯依の様子を見たハイネマンは、口を閉ざした。

 

部屋の中に沈黙が降りる。数分が経過した後、絞りだすような掠れた声が、部屋の空気を僅かに揺らした。

 

「それ、じゃあ………彼は………ユウヤ・ブリッジス、は………」

 

「………篁唯依とは、異母兄妹。そういう事になるね」

 

ユウヤ・ブリッジスは篁唯依にとっての兄である。告げられた事実に、唯依は言葉を紡ごうとした。反射的に、嘘だという単語が喉までせり上がり。そこで、武の事を思い出した。

 

「白銀………いえ、風守少佐の任務、とは」

 

「………想像の通りだ。それも、根拠になるな」

 

何故、電磁投射砲と一緒に斯衛から監視役が派遣されたのか。唯依は絞りだすように、結論を口にした。

 

「国籍が異なるとはいえ、血の繋がった兄妹なら………あるいは、それをユウヤ自身が知っているなら………」

 

そして唯依が父から知らされているのならば、電磁投射砲の機密情報を兄であるユウヤ・ブリッジスにリークする危険性が浮かんでくる。ユウヤが父を恨んでいるという情報が入れば、よりその可能性は思い浮かぶだろう。帝国全体として、それだけは避けなければいけない事態だった。そして唯依は、武と交わした会話の節々にそのような裏の背景を示すような言葉が、証拠づけるような物言いに関して、思い当たる部分があった。

 

また沈黙の帳が降り。今度は、ハイネマンが零すように言葉を零した。

 

「あの時の私も、理解と、納得と、衝撃を一度に受けてね。言い訳にもならないが、彼女に酷いことを言ってしまった。今ならば間に合う、その子を捨てて人生をやり直せと………カゲユキなら、彼女がどういった反応を見せるのか、想像がつくと思うけどね」

 

「見た目に反して………頑固で強情者でしたからね。いくらでも協力すると言った所で、受け入れられないでしょう。一度選んだその後に、その選択肢を根こそぎ変えるミラ女史の姿は想像できませんから」

 

産むと決めたのなら、子供を守ると決めたのならばそれを通す。どのような困難があろうとその自分の選択を曲げることはしない。そして愛した男の子を産んだのなら、立派に育て上げるのが当たり前だと宣言する姿まで影行は想像できていた。

 

「その通りだよ………その時に、ユウヤ・ブリッジスのこと。ミラがその名前に託した意味のことも聞かされた」

 

ユウヤとは、『祐弥』と書き。『祐』は人を助けるという意味があり、弥は広きに渡ってという意味があった。

 

「あまねくたすく………多くの人々を助けられる人になって欲しいという願いがこめられているんだ」

 

ハイネマンの言葉に、影行が呟きを返した。

 

「多くの………あの時の自分たちのように。国家や人種の壁に囚われることなく、同じ人間を助けられるように、という意味ですかね」

 

「………相変わらず、人の意を汲み取る事には長けているね」

 

「そして………“祐”は、父様の文字を」

 

「そうだ。当初は、ひっそりと祐弥を産んで一人で育てようとしていたつもりだったと聞かされたよ。だが、彼女の父も必死だった。それはもう大切に育てた末娘だったらしいからね」

 

その後のことに関して、唯依はユウヤから聞かされていたから想像が出来た。南部という地域のこと。名家である家族で、恥さらしのように扱われたこと。最後には、数年前に死んでしまったという。唯依は胸に痛みを感じながらも、ユウヤの事を思った。

 

「父は………父様は、ユウヤの事を………息子が居ると、知っているのでしょうか」

 

ハイネマンに向けての言葉。それに答えたのは、影行だった。

 

「いや、知らないだろうな。主査の性格上、知っている上での放置はありえないから………巌谷中佐は知っているが」

 

「おじさま、が?」

 

「そうだ………ミラ女史が姿を消す数日前に、ね。主査と女史の関係について相談した事がある。その時はもう俺が言うまでもなく感づいていたよ。それに、5年ほど前にも直接真偽を確認した」

 

「っ、ならば………どうして、父にその話をしてくれなかったのですか!?」

 

「俺からは絶対に言うことはできなかった。事態が更に混乱すると分かっていたから。それに、当時の俺は主査に会える立場じゃなかった」

 

「それは………風守中佐の」

 

そこまで言った所で、唯依は気がついた。白銀影行と風守光と白銀武の複雑な背景に関しては一度直接聞かされたことがあった。その上で他の五摂家を主家に持つ上、色の格的には上でも養子である風守光の夫の意見により他家のスキャンダルが明らかになるなど、下手をしなくても大騒動に発展することは目に見えていたからだ。

 

「………申し訳ありません。貴方を責めるのは筋違いでした」

 

本当に落ち込んだ様子での謝罪に、影行は慌てて気にしていないと答えた。

 

「あと、巌谷中佐が言わないのは………何となく分かるだけで、俺から説明することはできない。中佐にも中佐の理由があるだろうから」

 

本人に確認して欲しいという、声ならぬ要望。唯依はその意図に頷く。

 

そして噛みしめるように、事実を声にして反芻した。

 

「ユウヤが………私の兄………兄様………」

 

篁祐唯とミラ・ブリッジスの間に産まれた、篁家の観点から見た場合は、家を継ぐべき長男になる。唯依は胸中に産まれた様々な感情を持て余しながら、ハイネマンに尋ねていた。

 

「ハイネマンさん………ミラ・ブリッジスという女性は、父が愛した人は………どういった方だったのでしょうか」

 

「そうだね………生真面目で努力家だった。そして、カゲユキの言う通りに頑固だったよ。納得できない理論なら断固として認めない、といったぐらいにね。少しファザコンだったかな。そして、戦術機開発において、私の後継は彼女以外に考えていなかったよ」

 

ハイネマンはF-14の開発途中にミラが考案した補助翼の開発機構という新しい概念と共に、彼女の才能の鋭さについて説明した。局部可変機構を活用した上で、機体の制御能力を高める方向性は勿論のこと、その応用性の高さまでも。

 

「ユウヤ・ブリッジスも同様の才能を受け継いでいる。いや、両者の才能を引き継いでいるからかな。弐型の発展性についての感想は、正直な所だ。長じれば世界一の開発衛士になるだろうね」

 

「………だからこそ。ここで、彼の経歴に汚点をつけるわけにはいきません」

 

「父の事。彼の母と境遇に対して負い目があるから、かな」

 

「それだけは………違います。皮肉なことですが………」

 

唯依はそこで言葉を切った。その様子を見たハイネマンは、過去の話をするまでの唯依の言動を思い返していた。ユウヤの気持ちが分かるようだと告げた。その根拠として、血のつながりが乗せられただけだ。

 

逆を言えば、今でも唯依はユウヤの本心に関して、開発にかける熱に信頼を寄せている事になる。ハイネマンは唯依の意図を組んだ上で、労いの言葉をかけた。

 

「フェイズ3換装の手配は済ませておくよ。あとは、私が言える立場じゃないが………今日はゆっくりと休むといい。XFJ計画の仕上げはこれからなのだから」

 

唯依はハイネマンの言葉に黙って頷くと、部屋を後にした。バタン、と扉の閉まる音の後に残ったのは、過去の事を知る二人。どちらともなく深い溜息が溢れた後に口を開いたのは、ハイネマンの方だった。

 

「今更になってだけど、こういうのはエイジの役目だったと思うんだ」

 

「同感ですよ。それでも、貴方の事を信頼していたからこそ、頼んだのでしょうね。納得はできませんが」

 

互いに愚痴をこぼしあい、苦笑を交わす。開発の現場とはまた異なる緊張感に、二人は酷く疲れていた。知らない人間であったならばともかく、感情が入り込んでしまうほどの親しい知人の家庭に関する話であれば、それだけ肩に力が入るし、言葉の選び方一つにも慎重さが要求されるのだから。

 

「しかし、やっぱり………Su-37(チェルミナートル)の複座を使用する構造に関しては、意図的に流出させたんですね」

 

「あの機体は………言わば、ミラと僕が共同で製作して育て上げた、子供に等しい存在だ。F-18のような費用対効果という武器しかない機体に負けてそのまま死なせるなんて、納得できる筈がないだろう」

 

ハイネマンはあっさりと答え。予想していながらも、影行は少し戸惑っていた。表向きは開発を競争している立場に居る相手に教えていい内容ではない。その反応を読んでいたかのように、ハイネマンは言葉を重ねた。

 

「君の質問に答えたからには、こちらからの質問にも答えてもらうよ。E-04と君たちが呼んでいる機体に関してだ」

 

「………それは?」

 

影行の平静を装いながらの返答に、ハイネマンの方も平静を装いながら質問を続けた。

 

「戦術機開発において、開発者が囚われてはいけない思想がある。覚えているかな」

 

「ええ………新しく優秀な概念であっても、一つの結論に固執して、他の道を閉ざしてはならない。貴方の持論でしたね。常道だけを見れば、機体の更なる発展性まで殺してしまうと」

 

「そうだ。だから僕はF-14の開発途中に、ミラと様々な開発案と方向性を模索した。最終的に採用したのは補助翼の多くを可変機構にする形だが、他に同等かそれ以上の性能をもたせられる案があった」

 

沈黙。ハイネマンは震えを隠すような声で、続けた。

 

「先程、篁中尉に告げた………米国の国内においてある情報について、それを耳にするに足るツテがあると言った事は覚えているかな」

 

「………はい、覚えています。貴方ほどの立場なら、当然でしょう」

 

「そうだ。そして僕は2、3年ぐらい前だったか、耳にした事がある。大東亜連合の諜報員らしき者が、戦術機開発において優秀な素質を持つ技師を米国内で探していると」

 

影行は否定しなかった。ハイネマンは、更に当時の事を語りかける。

 

「その時は何とも思わなかったが、心当たりはあった。表向きはどうだか知らないが、これからの兵器開発はG弾を軸にして発展していくだろうと。戦術機の必要性が問われることだ、どうしたって僕の耳に入ってくる」

 

「そう、でしょうね。戦術機のメーカーなら、その事を貴方に伝えない筈がない」

 

「そうだ。そして、大東亜連合の誘いに靡くような人物の事も聞いていた」

 

前提として、米国に反する立場にあるということ。つまりは軍事的な方針に対して明確に反対するという意志を持っている者である。

 

「グラウンド・ゼロ………カナダのアサバスカ付近を故郷に持つ男だった。一度だけ、直接会ったことがあるんだ。僕には及ばないが、優秀だと断言できる才能を持っていた…………その片鱗が見られたよ。E-04の構造には、ね」

 

そうして、ハイネマンは首を横に振った。

 

「僕には分かる。否、僕にしか分からない。F-14(トム・キャット)の開発途中に、諦めた案があった。それを女々しくも忘れられなかった。実際に捨てきれないぐらい、惜しいものだったからかもしれないが」

 

「………断念した、理由は?」

 

「主機の出力が不足していからだよ。今ほどのレベルに無かった当時の跳躍ユニットの出力から計算すると、その案はよろしくなかった。中途半端な二流の機体にしかならないと判断したから却下したんだ。その上で…………影行、君に問おうか――――どうして、その構造理論をE-04に組み込んでいる。否、こうまで正確に当時の設計を反映できているのか」

 

あまつさえは主機の出力から逆算した、“全体のバランス”までも。

一拍を置いて、ハイネマンは影行に一歩近づきながら口を開いた。

 

「彼は優秀な開発者だ。君も同様に。大東亜連合にだって、才能は揃っているだろう」

 

疑ってはいないと、だからこそと言う。

 

「まだ、別の概念を持った新しい機体なら、話は別だった。だけど、今の機体を直接見たからこそ、断言しよう………君たちだけで、あの形を作り上げる事は不自然過ぎる。E-04を――――ブラック・“キャット”を今の形まで持っていく理由がない」

 

 

だからこそ驚愕を通り越して魅入ったんだ、と。

 

ハイネマンは眼を細めながら、影行に問いかけた。

 

 

 

「教えて欲しいんだ。E-04の設計、その大半を担ったであろう人物が―――死亡したとされている僕の部下、ミラ・ブリッジスが今もこの世に生きているのかを」

 

 

 


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