Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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3.5章も佳境に差し掛かり、です。


27話 : 勝負 ~ All or ~

 

 

「お久しぶりです。こうして再会できるとは思いませんでしたよ、天才」

 

「こちらこそだよ。また会えて………喜ばしいかどうかはまだ分からないね、凡才」

 

いつかのように、率直に言葉の銃弾をぶつけ合う二人。

互いに特有の自負があり、それを否定することはないが故のやり取りだった。

 

凡才と呼ばれた男――――白銀影行は笑い。

天才と呼ばれた男――――フランク・ハイネマンは溜息をついた。

 

「そう、思っていたんだがね………いや、正確には違うのかな」

 

「疑問は尤もですが、その回答は後日に。それよりも………見ましたよ、弐型の比較試験」

 

影行の言葉に、ハイネマンは溜息を重ねた。

 

「バカバカしい試験だよ。どうして政治が絡むと、いつもこう面倒くさくなるのか」

 

「限定された人間だけじゃない、多くの者を巻き込むからでしょうや。我を押し通せるだけの能力があれば別かもしれないですがね」

 

「それは………君の息子の事を言っているのかな」

 

「そうであり、違います。あとは、もう一人………ミラ女史の息子さんも」

 

ハイネマンはそれきり黙り込んだ。そうして、ふと口を開いた。

 

「明日は模擬戦だが、どちらが勝つと思っているのかな」

 

「まだ何とも。ただ、色々と絡んでいる要素が多すぎて………」

 

「中途半端な意見だね。昔から成長していないように思えるが、間違いなのかな」

 

「一人では答えが出せない半端者、ですか………懐かしいですね、天才ゼネラリスト。ですが、例え貴方でも人の心の全てを予測できるはずもない」

 

表と裏を含めて、いくつもの意図が絡んでいる。その中の筆頭であり、息子である白銀武。影行は嵐の代名詞と呼ばれてもおかしくない息子と、当時の周囲に居た12人の事を思い出しながら告げた。

 

「分かっています。合理的で性能に溢れる優秀かつ圧倒的な敵………それでも」

 

そんな状況を覆すのはいつだって人間ですよ、と。

 

意志強く告げる影行に、ハイネマンは無言のまま僅かに表情を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年10月5日

 

合同演習を建前として行われた、米対露の戦術機コンペ。

その初日が終わった夜、ユウヤは外で寝転びながら星空を見上げていた。

 

最初に行われたのはタイムアタック。仮想上のBETAを倒しながら決められたチェックポイントを通過していく時間を競うものだった。3巡観測の2セットを行った結果、アルゴス小隊の不知火・弐型が出したタイムは13分に届こうかというものだった。15分を切れば上々という当初の想定を考えればずば抜けて見事なものだったが、イーダル試験小隊のSu-47は更にそれを上回った。

 

「………空力の扱いが難しい機体だ、そう思ったんだが」

 

通常計測タイムの差は1秒だけ弐型が勝っていた。だが乱数要素が入った条件では、12分59秒とアルゴスの13分07秒よりも8秒早い結果を出した。ユウヤはその結果を冷静に受け止めながら、考察を深めていった。

 

(速度を保ったままで、あの旋回能力………接敵時の反応も素早かった)

 

まるであらかじめどこに敵が現れるのかが分かっていたかのような動き。それでもユウヤは、今日のイーダルが見せた動き以上のものを見ていた。薬物投与を受けて暴走するSu-37の機動を。

 

(そういえば、クリスカが言っていたな。Su-47はオペレーション・バイ・ライト(OBL)を十二分に活かして、ミリ単位のコントロールをする事も可能だって)

 

ユウヤはそれを聞いて――――機密じゃないのかと焦りながらも――――弱点だと思った。人間はコンピューターのように正確無比な動きは出来ない。補助のOSを介さない直接操縦に対する反応がリニア過ぎると、機体制御の難度が格段に跳ね上がるからだ。

 

(だが、それが出来たからこその動き………人間のような………だが、あの時に見た不知火の動きとは違う)

 

ユウヤは暴走したクリスカとイーニァ、白銀武の戦闘時の動きを分析しながら考えていた。前者は恐らく機体の動きを考えられないぐらいに細かく制御しているのだろう。機体に少しの無駄なブレを許さず、完璧にコントロールして機体に作用する空力を制御しているのだ。後者は、OSの力を借りつつも、機体に作用する様々な力を意識的・無意識的に整理しているのだろう。伸縮する電磁炭素帯の張力、関節部にかかる応力、それらを無意識下で感知しながら機体の動作に意識的に活用している。

 

(俺にはまだ無理だ。癪だが、認めるしかない)

 

だが、諦めるつもりは毛頭なかった。その後に訪れるものが何か、ユウヤは明確なビジョンとしてそれを捉えることができるようになっていた。

 

人が死ぬ音。断末魔。残された者達の傷跡。それまでは戦場の経験がなく、想像をしても輪郭があやふやな幻覚のようなものでしかなかったが、数度の実戦はそれに血と肉を与えた。その上でユウヤは断定する。ここで計画が頓挫すると、多くの衛士が死ぬことになると。背負わされているものがなにか、改めて自覚したユウヤは内臓が軋む音を聞いたような気がした。

 

(………きついな、コレ)

 

誰かを背負うという事は、こういうものか。ユウヤは同時に、唯依やタリサ達、元クラッカーズの強さの根源が分かったような気がした。自分が失敗すれば誰かが死ぬという緊張の縛鎖と、それに括りつけられた重荷。それらを長期間、大きな規模で背負わされるとなれば、精神という足腰が鍛えられるのも道理であると。

 

(年下なのに、大したもんだよ本当に………それにしても)

 

未だに死んだという実感がわかないと、ユウヤは溜息をついた。あるいは目の前で死んでいく様を見せつけられれば否応でも認めざるをえなかったのだろうが、撃たれた所を見た訳でもなく、心臓が停止するその瞬間にも立ち会えなかった。

 

母・ミラと全く同じだった。死んだと聞かされた後、その冷たくなった身体に触れた訳でもない。ミラは無機質な棺桶と、『お前がミラを殺した』という叔父の罵倒に。唯依は距離と都合という現実的な壁に阻まれて、その最後の顔を見送ることもできなかった。

 

最後に何を望んでいたのか分からない。だが、とユウヤは自分の頬を張った。少なくともこの程度でくじけるようには望んでいないと。

 

「………ん? これは………歌か?」

 

虫のなく夜にそよぐように静かに。流行りの歌とは思えない悲しい声色で、ユウヤはそれを聞いている内に、何となくだが歌に篭められている感情が分かったような気がした。

 

(遠い………帰れない故郷に想いを馳せる誰かが歌っている、ような)

 

娯楽とは無縁な人生に生きてきたユウヤだが、何故だか悪くないように思えた。歌っているのは誰か。知りたくなったユウヤはその声の主に近づくと、驚きの声を上げた。

 

「ユウヤ、か?」

 

「悪い。驚かせちまったな………クリスカ」

 

イーニァは一緒じゃないらしい。ユウヤは珍しいことばかりだなと考えながらも、思った通りの感想を告げた。

 

「綺麗な声だった。歌、上手いじゃんか」

 

「そう、なのか?」

 

「少なくとも俺はそう思ったぜ。つうより、誰かに聞かせたことないのか?」

 

「ああ。唯一知っているのは、この歌だけなんだ。これしか知らないから、好きというのもおかしいのかもしれないが………」

 

「ふーん………誰かから教わったのか?」

 

「子供の頃に収容されていた施設で教わった。曲名も分からないが、いつの間にか覚えていたんだ」

 

施設、と聞いてユウヤは驚いた。生い立ちに関しては聞いたことがなかったが、ロシア人ということや箱入り娘のような反応を見せることから、裕福な家庭で生まれ育ったと思い込んでいたのだ。

 

「どうした?」

 

「いや。それより、歌詞とかは無いんだな」

 

「あったのだろうが、忘れてしまった。だけど、この旋律だけはずっと残っているんだ」

思わず口ずさんでしまう。そう言いながらも少し悲しげな表情を浮かべるクリスカに、ユウヤは黙り込んだ。

 

知識の中には無いはずのもの。音楽も歌もほとんど聞いたことがなく、ソ連由来の曲など耳にした覚えはない。それでもユウヤは、気づけば思い浮かんだ単語を声に出した。

 

「………今、なんと言った?」

 

聞き逃したクリスカは、呆けた顔で。対するユウヤは、複雑な表情を浮かべながらも繰り返し呟いた。

 

「――――スネグラチカ、じゃないのか」

 

英語ではない、恐らくはロシア語。なのにどうしてこんな単語が浮かんできたのか、困惑するユウヤにクリスカはその意味をつぶやき返した。

 

「その言葉の意味は………“雪娘”、だったと思うが」

 

どうしてそんな単語が出てくるのか。戸惑うクリスカに、ユウヤはそれらしい理由を上げた。

 

「雪娘、か………白くて、太陽にあたると溶けて消えてしまいそうだな。まるでクリスカみたいだ」

 

適当に半ば冗談を含めての言葉だったが、対するクリスカの反応は劇的だった。

 

「私はそんな生き物じゃないぞ。グアドループでも見ていたじゃないか」

 

咎めるような口調。ユウヤはその声色と顔を見ると、おかしくなって笑ってしまった。突然笑われたことに対してクリスカが少し怒りを見せているが、それどころではなかった。

(グアドループ、か………もう何年も前だったような気もするけど、実際は半年も経っちゃいない。なのに、あの頃とはまるで別人だ)

 

変わったのは俺だけじゃなかったんだな、とユウヤは今更になって当たり前の事に気がついた。世間知らずだという部分は変わっていないが、情緒不安定な部分はほとんど消えてしまったような。同時に、気がついた事もあった。暴走状態ではない、薬物投与による戦力向上ではないと。それは、明日の模擬戦においての難易度が高くなったことを意味していた。

 

「どうした、ユウヤ………困っているようだが、どうして笑う」

 

「なんでもない………いや、怒った理由を考えていてな。もしかして、この前のプレゼントが実は気に入らなかったのかな、と」

 

「まさか。何を言っているんだ、そんな訳がないだろう」

 

微笑を携えての反論。ユウヤはそれを見て、確かにと呟いた。グアドループの頃のクリスカではない、月の下で柔らかく笑う姿ならばぴったりかもしれないのだ。

 

―――雪娘という表現は。

 

「まったく。そんな冗談を考えている暇があるなら、明日の事を考えろ」

 

「いつも考えてるさ。だけど、今度こそは負けるつもりはない。タリサも今までに無いぐらいに燃えているしな」

 

「………ついに、発火したのか?」

 

「いや……ていうか比喩だって分かってくれよ」

 

「また冗談か。しかし、大した自信だな。まるでこっちが負けているように思える」

 

不利であるのはユウヤの方だというのに、それを全く感じさせない振る舞い。やはり手強い相手だと、クリスカは気を引き締めなおしていた。

 

「私も、負けるつもりはない。私に敗北は許されないから」

 

「ああ………そうだよな」

 

負けて当然だと許される人間は居ない。特に今回の敵とも言えるバカな上層部は他人の泣き言と言い訳に興味を示さず、侮蔑だけを叩きつけてくる人種だろう。

 

ユウヤは幸か不幸か現在のような状況には慣れていた。自分の世界だけを見ていた頃に戻るつもりはないが、その度に乗り越えてきた事だけは忘れたつもりはなかった。そのために必要なのが分析だということも。そして、クリスカには悪いと思っているが、ソ連製の機体を日本が求めているとも思えなかった。

 

(正確無比な機動を要求される機体………逆に言えば、衛士に負担を強いるってこと。長丁場になるハイヴ攻略で、それを維持できる筈がない。そもそも衛士の優秀な才能が前提として必要なんて機体は、本来の目的から逸れすぎている)

 

直接告げて動揺を誘えば、明日の戦いに関して優位に立てるかもしれない。ユウヤはその可能性に考えが及んだ後で、切り捨てた。

 

「それで勝っても意味はねえ、な」

 

「ユウヤ?」

 

「いや………イーニァにもちゃんと伝えておいてくれ………明日はよろしくなって」

 

「分かった………おやすみ、ユウヤ」

 

「ああ、おやすみ」

 

去っていくクリスカ。ユウヤはそれを見届けた後に、呟いていた。

 

 

「搦め手なんか必要ねえよ………真正面から、胸を張って勝利した上でこそだ」

 

 

それでこそ、唯依が望んだ弐型を本当の意味で完成させられる。ユウヤは夜空を見上げながら、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

2001年10月6日

 

アルゴス小隊の弐型に搭乗する二人の衛士は、最後の打ち合わせをしていた。即席のエレメントで連携の練度も低く拙いが、やれる事はやっておこうとタリサが提案し、ユウヤが頷いたからである。

 

ひと通りの戦術を整えた後、コックピットに乗り込む二人。開始まで数分になった頃、ユウヤはタリサに向けて通信を飛ばした。

 

「………思ったより、冷静だな。用意しておいた言葉が無駄になったじゃねえか」

 

打ち合わせの時や着座調整をしている姿を見るに、意気込み過ぎている様子はない。意外だと呟くユウヤに、タリサは呆れた顔で答えた。

 

「へん、当たり前だって。意気込むだけで勝てる相手ならそうするけどね。戦意と士気を操縦に載せるだけで勝てる手合もいるけど………」

 

今回の相手はその真逆だ。冷静に相手の能力を述べるタリサに、ユウヤは底冷えのする何かを感じていた。因縁のある相手だとはユウヤも分かってはいたが、それ以上の何かが含まれているような声色を前に、また別の心配をしていた。

 

「………タリサ」

 

「わーってるって。演習で勝利をもぎ取って開発続行、それを最優先に考えて欲しい、だろ? 変な事故を起こして計画が中断されるようなら、それこそ本末転倒になる」

 

開発馬鹿になっているユウヤの思考を正確に読んだタリサは、分かってると答えた。

 

「変な真似はしねえし、借りは真正面から真っ当な方法で返す。反則負けなんて、自分の腕に自信が無い糞野郎のやることだからね。それよりも、むしろあいつらの方が………」

「え?」

 

「………ん、何でもない。それよりも、一つだけ言っておきたいことがあるんだ」

 

タリサの真剣な表情。ユウヤは、その言葉に黙って頷いていた。

 

 

 

 

 

 

定刻、両チームが発進待機位置に。それまで荒野だった空間に、廃墟群の仮想空間が作られていく。間もなく、開発の行く末が決まる戦闘が始まることになる。ユウヤは操縦桿の握りを確かめながら、乾いていく口の中にある唾を飲み込みながら、タリサの言葉を思い出していた。

 

それは、“最悪は、比較試験の間だけでいい。アタシを信じて一緒に戦ってくれ”というもの。

 

(………タリサは、底の浅い衛士じゃない。この状況下で意味の無いことは言わない)

 

敵に回しての真剣勝負は一度だけだったが、カムチャッカやブルーフラッグで見た振る舞いには見習うべき所も多かった、優秀な衛士である。

 

ならば、と考えている内に戦闘開始の通信が鳴り響いた。

 

ユウヤは予定通りに、自分が先行する形で慎重に廃墟群を進んでいく。相手はブルーフラッグでも圧倒的な戦果を見せた“紅の姉妹”だ。一息でも気を抜けば終わるかもしれない、それだけの緊張感を持ってユウヤは索敵をしながら移動を続けた。

 

(それでも、相手が同じぐらい慎重なら………っ!)

 

始まってから数分。ユウヤは機体の音とレーダーの反応、そして衛士にだけ感知できる特有の威圧感から、意識を索敵から戦闘に切り替えた。速度を上げて、廃墟群の中を駆けながら相手の姿を反芻する。

 

(黒い、禍々しい威容………!)

 

Su-47E。最新鋭の第三世代機は、見るものに威圧感を覚えさせる外装を纏っていた。ブレードベーンはまるで近づくものを全て傷つけるという意識を含めているような。中型である弐型よりも大きいその機体は、全身で敵対するものを圧殺せんという戦意を放っているかのよう。

 

それを操る衛士も凄腕である。旋回時の無駄は極小、銃撃の精度も並の衛士とは比較にならない。ユウヤは仕切り直しをしようと、音振欺瞞筒(ノイズメーカー)を再起動させた。

 

『よし、引っかかった!』

 

ユウヤは離れていく敵影を確認すると、タリサと合流して情報を交わし合った。

 

『アルゴス2! あいつらの連携はまだ中途半端だ、練度はそれほどでもない。それに、いつもより精彩を欠いているように見えるが!』

 

ユウヤの言葉に、タリサは同意した。自分だけの意見でないということは、クリスカ達の調子が悪いという可能性がほぼ間違いないということ。

 

即ち仕掛ける機であり、この時を逃す手はない。二人の意見は一致し、戦術も決定した。連携の拙さを突き、2対1の形に持っていった上で確実に仕留める。

 

その時のプランも決まっていた。機体の習熟度に勝るアルゴス1、ユウヤが牽制を。それに合わせる形でアルゴス2、タリサが誘導した上で形を整える。

 

(威圧感も、いつもより薄い………悪いとは言わないぜ、クリスカ、イーニァ)

 

体調管理は軍人の基本。人間である以上は身体の某を完全にコントロールできるとはいかないが、重要な局面でそれを表に出すことは失策以外の何物でもない。ユウヤは一瞬だけこれが罠である可能性も考えたが、即座に切り捨てた。極まった戦闘力がある以上は、体調不良を餌にする意味も薄い。

 

例えそうであれ、臆することは愚策だ。数字上の試験でわずかに負けている以上、この初戦である程度以上の有利を示さなければ、明日以降の比較試験において不利な立場を取らされ続けることになってしまう。

 

ユウヤは新しくなった弐型の機動力を最大限に活かし、相手の動きを翻弄する。相手が捉えにくいコースへ意図的に機体を奔らせ、弾幕の全てを無傷で回避。牽制の射撃もデタラメではない、回避しなければ当たる程度の精度を持たせていた。

 

回避に専念しながらも、敵手への重圧を与える。

 

そうしてついに、ユウヤの動きに釣られてイーダルの二番機が動いた時だった。

 

(よし、今だタリサ!)

 

予定通りのはず。だが、ユウヤは次の瞬間に凍りついた。釣られたと思った二番機が、突如として一番機の方へ戻ったのだ。

 

拙い、とユウヤは内心で焦った。突出した二番機にタリサが突っ込むことで混乱させ、一番機と距離を開けさせるのが目的だったが、これでは逆にタリサが二機を同時にすることになってしまう。

 

戻れ、態勢を立て直す、という声も遅い。

 

このままでは囲まれて、逆に分断されてしまう――――と思った直後、小さい爆発音と共にCPのオペレターから通信が飛んだ。

 

 

『―――イーダル1、左主脚に損傷中破。イーダル2、右腕上部に損傷軽微』

 

 

驚愕に、視界の端。ユウヤはそこに、狙撃兵であるかのように、どっしりと突撃砲を構えて狙撃を成功させた弐型の姿を捉えていた。

 

その後、模擬戦はアルゴスの二人がイーダルの二人を終始圧倒する結果に終わった。

 

 

 

 

 

当日、午後。同じ条件で二度目の演習が行われようとする中、イーダル小隊の裏側は先日とは打って変わって、ざわめきを見せていた。

 

「ベリャーエフ主任。もう一度聞くが………本当に、まだ使えるのか?」

 

「も、問題ないと数値では出ている。2戦目にユニットを交換すれば、既定のプラン通りに進むだろうというのが――――」

 

「推論か、希望論か。検証した上での結論であれば、問題など無いと思えるのだがね」

 

「っ、サンダーク少佐! 限界かどうかを見極めるための1戦目だった筈だ! 少佐も承認したのに、それを今更になって――――」

 

「冗談だ、主任」

 

淡々と、素っ気なく、感情もなく。ただ既定の路線の列車の発射を告げるかのような、感情が含まれていない声でのサンダークの発言に、ベリャーエフは白衣の裏で冷や汗をかいていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………さて、と」

 

ユウヤはコックピットの中で、本日二度目の演習の準備をしていた。ソ連側の申し出から開始予定時刻が一時間遅れていたが、それも誤差の範囲だ。士気を保ったまま、むしろ午前中よりも戦意を高めたままのユウヤは、僚機の様子を見ていた。

 

アルゴス2、タリサ・マナンダル。グルカの衛士にして、大東亜連合でも期待の星とされている同年代の女衛士。静かに開始の合図を待っている様子は、アメリカでも早々見なかった貫禄のある衛士のそれを思わせる。

 

半端な誤魔化しに意味はない。そう思ったユウヤは午前の行動について問おうとしたが、その直前に返ってくる声があった。

 

『自分勝手で、我儘な物言いなのは分かってる。でも、それでもだ』

 

『………は?』

 

『頼むから、何も聞かないでくれよ。今のアタシには、言葉じゃ答えられないから』

 

拒絶ではない、逆に懇願するかのような。聞いた事のない声色に、ユウヤの疑念が深まった。連携の事もそうだ。どうして予め決めていた戦術行動を取らなかったのか。結果として功を奏した判断になったが、それは結果論である。

 

自分を信頼していないのか。疑念が浮かぶが、ユウヤは同時にタリサの言葉を思い出していた。この比較試験が終わる間までは自分を信じろ、という言葉。裏返せば、それは疑われるような行動を取るという意味でもある。

 

自分勝手とは何の前触れもなく我儘を押し通そうという行為に付けられるべき名称だ。ならば、抽象的であろうが予め告げた上で信じて欲しいという行動をなんというのか。

 

疑うべきか、信じるべきか。ユウヤは、取り敢えず深呼吸をした。その後で、確かめるべきことだけを問いかけた。

 

『今日の一戦。あと、気をつけるべきポイントはあるのか?』

 

『ある。さっきの一戦は小手調べだと思った方がいい』

 

本気を出してこなかった理由は不明だが、とタリサは確信を持って告げた。

 

『午後からは本気で来る。煙幕の類は厳禁だ、視界を塞がれたら逃げる事を最優先に。あと、音振欺瞞筒(ノイズメーカー)の類は効かないと思っておいた方がいい』

 

『………了解』

 

『あと、午後からは作戦の通りに行動する。午前中のような真似はもうしない』

 

タリサの言葉に、ユウヤは頷き。午前中の行動に意味はあったのかと思い、それにタリサが答えた。

 

 

『あいつらは、アタシが嫌いなんだからさ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

揺れる機体。目まぐるしく変わる戦況。その中で、タリサは自分が選択した作戦の事を考えていた。

 

(タケルに、あいつらの“強み”は聞いた。相手の思考を読むこと、思考能力が並の人間の比じゃないこと)

 

未知の状態ならばどうしようも無かった。でも、事前に情報が得られているならば話は違った。

 

(アタシの思考は読めない。でも、ユウヤの思考は読まれちまう。それじゃ意味がない………なら、その前提を覆えせばいい)

 

作戦行動は隊全体で連携して行うもの。故に一人の思考を読まれれば、全体の動きを読み取られてしまう。

 

だが、その先読みは“もしもユウヤの意図通りに僚機が動かなかったら”という前提で覆る。そうした行動を取られると、読み取って裏を取ったつもりが、更にその裏をかかれることになるからだ。タリサは午前の演習の中で、意図して予定通りとは違う行動を取ることで、相手にそうした疑念を抱かせる“楔”を打ち込んでいた。

 

それは功を奏し、午後からの一戦にも影響を及ぼしていた。Su-47の二機は午前とはまるで違う、鋭く素早い機動戦術を見せていたが、それは結果に繋がっていなかった。損傷を与えられるような距離まで踏み込んでこなく、例え踏み込んでこようとも中途半端で、歯切れの悪い牽制を途中に入れてくるからであった。

 

(疑念の深さは………アタシが嫌いだからだろ? 嫌いだから、疑うんだよな)

 

テロでの事。タリサは、暴走したSu-37を前にある所感を抱いていた。それはまるで、駄々っ子のような。子供そのものであるかのように、こちらに敵意を向けた事にある。あの時に何が送られたのか、タリサはその全てを知らない。だがタリサは、クリスカ・ビャーチェノワとイーニァ・シェスチナの中に精神的な幼さを見出していた。

 

言動を振り返れば、理解できることもあった。嫌われているのは間違いないだろう。だが、その感情の裏には厭らしさというモノが一切無かったのだ。子供のように、思ったままを口にして怒り、叩きつけてくる。隠すことを知らず、教えられたものを盲信する。

 

必要ないから与えなかったのだ。与えればコントロールできなくなるからであろう。一切の無駄を省いた、戦うために産み出された存在。

 

テロの時、衝動的に動いたのは暴走したからなのか。なら、責任は“保護者”にある。タリサはその相手を許すつもりはなかった。借りを返してやると、鼻をあかしてやると意気込んでいた。

 

(思い知らせてやる。“それ”だけして、“この”程度だって)

 

タリサはイーダル試験小隊の裏側に居る誰かに内心で嘲笑を浴びせかけた。

 

その腸の裏では、怒りの感情で血が煮えくり返っていた。一つの真実は連鎖的に相手の思想や意図をも暴く。そうして気づいた何もかもが、タリサにとって気に食わないものだった。

 

あれだけ開発に情熱を注いでいた篁唯依を狙撃し、殺したこと。これだけ開発に熱情を注いでいるユウヤ・ブリッジスの頑張りに冷水をかけるどころか、その先を奪おうとしていること。

 

開発は競争であり、ある意味で戦争だ。時には政治的な妨害や、直接的に訴えかけてくる事があることは知っている。タリサは、それを綺麗だ汚いなどと騒ぐつもりはなかった

 

(それでも、鉛弾を直接撃ちこむのは反則だろうが………アタシ達は獣じゃないんだ)

 

先任が自分たちを守ってくれた。整備員が自分たちの機体をきっちりと整備してくれている。作戦司令部は、勝利のために自分たちに死ねと言う。

 

いずれも、根底にあるのは一つの目的のためだ。効率的であろうと、互いの信頼があってこそ成り立つものである。様々なことに確証はない。意図せぬ綻びもあるだろう。

 

(それでも、人を信じられるからこそアタシ達は戦えるっていうのにさ)

 

不安だろうが、その信頼を前提に持っているからこそBETAを相手にした戦場に立てるのだ。間違っているかもしれない。その恐怖を信頼で塗りなおして、置き換えられるからこそコックピットに着座することができる。

 

今の不知火・弐型の完成度こそが。ユウヤ・ブリッジスが篁唯依の死に報いようとして、それに共感を抱いた整備班が在ってこその成果ではないのか。

 

タリサは、目の前の敵手がその全てに唾を吐きかけている存在のように思えた。子供のまま、戦う術だけ叩きこまれて、相手の思考を読むことで正解だけを選べる存在。それは機能的には優秀だろうが、それを認めることは非効率な全てを否定する事につながる。

 

だからこそ負けられない。機体と衛士の総合性能的に不利であることを察していたが、それでもタリサは死んでも負けたくなかった。

 

他人の命を真実背負いながらも歩いているあの男が馬鹿みたいではないか。

 

助けを呼ばず、自分の弟を守るために到底敵わない相手に立ち向かった妹が、バカみたいではないか。

 

自分だけじゃない、不利も極まるこの戦争の中で死んでいった多くの先任達がバカみたいではないか。

 

相手は、そのような事に重きを置いていない。この激情さえ噛み合わない感触がある。タリサはそう思いながらも、憤る自分を抑えられなかった。認めれば、怒らずに居れば消えてしまうと。自分が大事であるという人たちの存在が、行動が、命が否定されるような気がしていた。

 

何より、合理性を以って人格を削り取る行為と理屈が正しいものであると認めれば。目の前の二人が、得られたであろう大半のモノを奪われている紅の姉妹の実状が、正しいものであると認めることになりそうで。

 

機体の性能の高さと衛士の力量は知っていた。自分よりも勝っているかもしれない事も。それでも、と。

 

本人が受け入れているかどうかは、知らない。それさえ気づけないようにされているのかもしれない。

 

『だから、そんなの………っ!』

 

タリサは、あらん限りの声で叫んだ。

 

 

『意地でも認めねえ、勝って否定してやる! ここでの負けは絶対に許されねえぞユウヤ!』

 

 

『そんなもん、言われる前から分かってる!』

 

 

タリサの声に、ユウヤが応え。意が通じた二機は、つかず離れずの距離を保ちながらも絶妙な間合いでSu-47を翻弄していった。

 

 

――――そうして、午後からの演習が終わり。

 

結果としてアルゴス小隊は、優勢を保ったまま二日目の比較試験を終えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ………数値の上では、ここで負ける筈がなかったのだがな」

 

初日で大差を、二日目の直接対決で1機を完全に落として優勢を勝ち取る。そのプランが崩されたサンダークは、次に打つ手を考えていた。そうして黙り込んだことに不安を覚えたベリャーエフが、恐る恐る語りかけた。

 

「さ、サンダーク少佐、どうしたのかね?」

 

「………そう怯えることはない。予想外の因子が絡んだ結果である、という事は私も理解している。主任の責任を問うつもりもない」

 

だが、とサンダーク少佐はモニター越しのSu-47に厳しい視線を投げかけていた。

 

「主任。もう一度確認するが、問題があるのはビャーチェノワの方なのだな?」

 

「そ、そうだ。新しい人形の方なら、シェスチナの能力も安定していた。第一、どうしてあの時に昏倒したのがシェスチナの方なのだ?! 本来なら制御役であるビャーチェノワの方が壊れる筈だ!」

 

ベリャーエフは溜めていた不満を爆発させるように言葉にしていった。その矛先はプラーフカを最大レベルまで解放することを許可したサンダークにまで及んだ。

 

サンダークはしばらく無言のままベリャーエフの言葉を聴き続け。やがて息を切らしたベリャーエフに向けて、次の方針を決めた。

 

「次で、最後だ」

 

「は………」

 

「ビャーチェノワに問題があることは分かった。このままでは、繭の完成も遅れてしまうこともな」

 

そうなれば計画の中止さえあり得る。それだけは防がなければならんと、サンダークはベリャーエフに問いかけた。

 

「時に、だ。機密保持プログラムに関してもデータが欲しいと、そう言っていたな?」

 

「そ、そうだが………」

 

ベリャーエフは途中で何かに気づいたように顔を上げ。サンダークはそれまでと全く変わらない様子で、答えた。

 

「ビャーチェノワは、プログラムの被験体として使用することを許可する」

 

「つまり、それは………マーティカの採用を本格的に?」

 

「そうだ。そして、使えない人形は最後に役立ってもらう」

 

 

次の模擬戦で挽回できなければの話だがな、と前置いてサンダークは冷淡に告げた。

 

 

「試験が終わり次第、マーティカを制御役に………ビャーチェノワは廃棄処分とする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………遅ぇな。ドーゥル中尉達、急用でも入ったンか?」

 

ヴァレリオが呟くが、集まる者達は誰も口を開かなかった。重い沈黙が流れる中で、タリサが両手を叩いた。

 

「よっし、反省終わり。まあ勝てはしなかったけど、負けなかった。今日はそれで満足しとこうぜ」

 

「ああ………分かってる。一日目は負けだが、今日は僅差でも勝ちだ。明日以降、まだまだ差を見せられるチャンスはある」

 

答えつつも、ユウヤの声は緊張を保っていた。午前はともかく、午後からのクリスカ達の動きを思い出していたからだ。士気や意気込みはこちらが勝っていると断言できるが、その状態でも上回るどころか互角に撃ちあうことで精一杯だった。

 

尋常ではない相手。その後にヴィンセントが持ってきた模擬戦中の各機体の数値データを見てもそれは明らかだった。

 

アルゴス1は機体性能から想定される限界値を長時間キープできているし、アルゴス2もそれに準じるレベルを保てている。だが、測定値から逆算したSu-47の性能はそれを凌駕していた。

 

「言っとくけど、性能差があるってことじゃねえぞ。本来ならこうして比べる機体じゃないんだからな」

 

「ええ………そうね。不知火・弐型は近接戦闘を重視しているけど、種類としては多任務戦術機で、Su-47は………」

 

「密集格闘戦に特化した戦術機だな。むしろ武御雷のディビジョン………殴りあいだけで優劣を見定めようってのがそもそもの見当違いだな」

 

「ハイヴ攻略には有効な機体だと思うけど………タリサ、日本の戦略としてはどうなのかしら」

 

「まずは佐渡ヶ島、ってのが共通見解。それなりに日本の事情知ってる人なら分かるぐらい。それでも、Su-47は色々な問題があると思うね。例えば………量産性とか」

 

武御雷の生産ペースが酷い、というのは有名な話だ。質に特化ではなく、質量のバランスが良い、いわゆる“穴”を埋める機体が求められている現状、タリサにはSu-47がそれに適しているとは思えなかった。

 

「それに、壱之丙は操縦性が悪いから開発が見送られたんだろ?」

 

「ああ………見たところ、Su-47の操縦性が良いとは思えないんだが」

 

ユウヤはクリスカの話から、癖が強そうな機体であるという感想を抱いていた。タリサ達も同様だ。ブレードベーンが複雑であるのに、好ましいと思える筈がなかった。衛士は直感的に複雑すぎる機構に忌避感を抱く。特にブレードベーンはその筆頭と言えた。構造的に細い部位は折れやすいし、機体の面積が広いと制御に苦労する。誰もハイヴに直接潜ったことはないが、ハイヴの内壁にブレードベーン引っ掛けてしまったり、戦闘中に折れて操縦に乱れが生じてしまったりなど、想定上でも起こるであろう不安要素を挙げられる。そんな機体に乗りたくない、というのが正直な感想だった。

 

「逆を言えば、それが突破口になるかもな。4対4の小隊戦なら、段階踏んだ作戦次第でいくらでもやりようはあるし」

 

「ええ。でも、その前に単機戦で勝たなきゃいけないわ」

 

「ん………そうだよね」

 

「あ? ンだよチョビ、まさかユウヤじゃ勝てねえとか思ってンのか」

 

「そういう訳じゃないけどさ。舐めてかかれる相手じゃないって事は、この場に居る誰より分かってるつもりだから」

 

タリサの不安げな視線に、ユウヤは素直に頷いた。

 

「分かってる。クリスカ達も、まだまだ奥の手を隠しているようだし、油断だけはできねえ」

 

Su-47の機体性能で、暴走した時のような戦闘力を発揮されれば一気に不利になる。不安要素は一杯で、戦力差を考えればテロリストを大勢相手した時よりも難易度が高いかもしれなかった。

 

「それにしても、中尉もハイネマンもおっせえな………っと」

 

ヴァレリオはそこで口をつぐんだ。待っていた二人が部屋に入ってきたからだ。イブラヒムは前に立ち、ひと通りの小隊の顔を見回した後で告げた。

 

伝達しておく事がある。それを前置きにイブラヒムが告げたのは、開発主任が本日より現場に着任するということだった。

 

それを聞いたアルゴス小隊にどよめきが走る。前任を忘れるにはあまりにも短い時間であった証拠でもある。だがイブラヒムはその動揺を視線だけで制すると、続きの言葉を告げた。

 

「私も弐型の行く末を期待している身だ。故に、このタイミングで開発主任が戻られることは歓迎すべきだと考えている。貴様達の士気に、疑う余地などない。それでも、厳しい戦場に向かうには最後のひと押しが大事だからな」

 

周りくどい口上。イブラヒムらしくないそれにタリサ達が違和感を抱くも、その答えが出される前に主任が部屋に招かれた。

 

「―――では、お入りください」

 

直後に、カツ、と。靴の音。それだけで模擬戦に割いていた意識を引き戻され、弾かれるように顔を上げる者が居た。

 

「………な」

 

決められたリズムで踏み出される足音。寸分の狂いもなく一定で聞こえるそれは、全員が聞き慣れたもので。何よりも、その黒髪の美しさはユーコンに来る前には見られなかったもの。

 

そうして、驚愕に言葉を失ったアルゴス小隊の前に立った女性の衛士は、敬礼と共に告げた。

 

 

「XFJ計画開発主任―――篁唯依中尉だ。以後もよろしく頼む………心配を掛けたな」

 

ざわめきさえ消えた、静寂の空間。そこに苦笑する声が響き渡った。

 

「説明が必要だな………篁中尉が狙撃されたのは、テロ部隊に与えたダメージが最も大きいのがアルゴス小隊だったからだ。その情報から、テロリスト達は報復のために――――」

 

言葉は、3重の椅子を引く音に遮られた。ユウヤ、タリサ、テオドラキスが信じらないという表情と共に立ち上がる。それを見たイブラヒムは叱責することもなく、好きにしろと苦笑を重ねた。

 

「ゆ………い、なのか?」

 

「あ、ああ。そうだ………見ての通りな」

 

気まずそうに答える様子の、不器用なこと。その戸惑う表情と様子を見た全員が、目の前に居るのが篁唯依であると確証を抱き、感情が歓喜に振れると、次の瞬間には歓声へと変換された。

 

弐型の改修後のそれと並ぶ程の叫び声。オペレーターも衛士も関係なく、唯依の元に多くの人間が駆け寄った。

 

「篁中尉! 幽霊じゃないですよね!」

 

「う、うぁぁぁぁあぁぁっ! 中尉、私、ワタシはぁっ!」

 

「本物か!? 本物だよなっ?! 殺されなかったんだよな!」

 

ほぼ零距離で叩きつけられる喜びの感情。唯依は申し訳がなくも、生きていた事に対する喜びの感情を前に泣きそうになりながらも、しっかりと言葉を返した。

 

「結果的にだが、皆を騙すような形になってしまった。まず、これを謝らせて欲しい」

 

「ったくよぉ! もう、生きてるんなら早く出て来いよ!」

 

タリサは叫びながらもヴァレリオをしばき倒した。いきなりのビンタにヴァレリオはもんどりうって倒れる。その後はお決まりの口論合戦―――とはならなかった。いつもとは違うタリサの様子に、ヴァレリオは翻弄されるがままだった。

 

「唯依………よく、生きて………ありがとう」

 

「………それは、こちらの台詞だ。よくぞ、ここまで機体を進化させてくれた」

 

笑みを交わし合う二人。その背後に居るイブラヒムが、窘めるように言った。

 

「無理だけはさせるな。生きているとはいえ、中尉が生死を彷徨った事に変わりはない」

「そ、そういえば………撃たれたってのは本当なんだよな。酷い怪我だって聞いたのに、どうやって助かったんだ?」

 

「それは………父のお守りのお陰だ」

 

唯依はそこで胸ポケットから金色の縁を持つ懐中時計を取り出した。表面は銃弾の衝撃で罅が入っているが、全体の形は損なわれていない。

 

「狙撃、って事はライフルの弾なのに………こうまで形を保ってるってことは」

 

「そうだ、ローウェル軍曹。これは戦術機が纏っているものと同じ………スーパーカーボンで作られている」

 

これが私を守ってくれた。そう告げる唯依に、ハイネマンから言葉が付け足された。

 

「74式近接長刀の製作に携わった開発スタッフにだけ配られた特注品だね。早々見ることはない代物だ」

 

「え………」

 

ユウヤは二重の意味で驚いた。戦術機全体を1本の刀に見立てるという天才的な設計を行った人間が唯依の父親であるということと、それが奇跡的にも銃弾を逸らしたということ。冗談のような出来事だが、これが無ければライフル弾はそのまま心臓を貫いていた事を考えると、嬉しい奇跡でもある。

 

「あの野郎、知ってやがったのか………いや」

 

そこまで考えて、ユウヤは首を横に振った。聞けば、無傷ではなかったということ。伝え聞いた出血の量を思うに、重傷であることは間違いがなかった。

 

「死んだって誤情報を流したのは、狙撃の目的を特定するためか?」

 

「そうだ。犯人の狙いは未だ不明だが、死亡したと思わしき人間に対し警戒網を突破してまでトドメを刺しに来る人物は居ないからな」

 

唯依の見解に、タリサが問いかけた。

 

「じゃあ――――犯人の狙いとか、狙撃に対する一定の見解が得られたってこと?」

 

「それは………私にも分からない」

 

その間、数秒。視線だけを交わした二人は、どちらともなく目を逸らして会話を続けた。淀みかけた空間に、イブラヒムの大きな咳をする音が入り込む。

 

「オホン! ………折角ですから、中尉。復帰の一言を頂けるとありがたいですな」

 

「あっ………はい、分かりました」

 

唯依は改めて姿勢を正すと、アルゴス小隊の全員に向けて言葉を紡いだ。

 

「今までの事、報告を受けている。最初は己の眼を疑ったが、今の模擬戦を見て………今の弐型が、私の都合の良い妄想でないことを知った」

 

ユウヤ、と言って唯依は続ける。

 

「整備班を牽引して、あれだけの機体を作り上げてくれたこと。まず、感謝したい。他の者達もだ。誰一人欠けても、今日の結果は無かっただろう。貴様達の尽力に心より感謝する」

 

それは綺麗な笑顔だった。年よりもいくつか上だろうそれは、蕾が開いた花弁のそれを思わせる。その表情のまま、唯依は続けた。

 

「当初の弐型のコンセプトはあくまで退役が迫るF-4Jの代替機であり、次世代機が開発されるまでの繋ぎに過ぎなかった。だが、あの戦いを。Su-47に一歩も退かない姿を見て誰が単なる繋ぎ役だと思うだろうか。要求仕様を超越し、更なる拡張性を有したこの機体は改修機の枠に収まらない………帝国や近隣諸国まで戦術機開発に一石を投じることになるだろう」

 

勿論、それは連合も。唯依の視線に対し、実際に搭乗経験のあるタリサが大きく頷きを返した。

 

「多任務に対応できる。それは、これから起こるかもしれない様々な危機に対応できる、ということだ。だが弐型の水準を越えた能力はそれに留まらず、行き詰まった状況を打破するに足るものになるだろう」

 

唯依はユウヤを真っ直ぐに見据えて、断言した。

 

「今の弐型はそれだけの可能性を秘めている。我が国ながら恥じ入るばかりだが、今起きている問題も………政争の形を模した茶番劇を正面から突破できるだけのものがあると確信している。反面、私が居ない間にこれだけの機体に仕上げてくれたことに対し、いささか引っかかりを覚えない訳でもないのだが」

 

少し拗ねるような口調に、アルゴス小隊全員の顔が緩んだ。ヴァレリオなどは、今にも笑いそうになっている。

 

「それでもブリッジス少尉は、言葉にした事を必ず成し遂げてきた………故に疑ってはいない。アルゴス小隊の衛士の勇猛さもだ。私は、明日の試験で貴様達が必ずや勝利をもぎ取ってくると確信し、宴席の用意をしておこう………以上をもって私からの再任の挨拶に代えさせて頂く」

 

まるで疑っていない。その振る舞いと言葉は、ユウヤだけではないXFJ計画に関連する全員に向けられたメッセージが含まれていた。明日の比較試験に負ければ計画は中止され、責任者はその責任を追求される。これだけの予算が動いた計画だ、どのような軍であれ死ぬまで厄介者と無能の烙印を押されるに違いない。だというのに病み上がりの身であっても逃げの言葉を吐かず、全幅の信頼を寄せられている。

 

それを知った全員が、居住まいを正して背筋を伸ばした。

 

「―――敬礼っ!」

 

イブラヒムの号令が部屋に響き。

 

アルゴスの名の下に居る全員が、新兵もかくやという程に気合が入った敬礼で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中、一人。笑みを携えていた男は唯依とユウヤの両方を視界に収めながら、その向こうを見ていた。懐かしくも輝かしい、全てが充実していた時代を。

 

「これからも続いていくのか、どうなのか………答え合わせの時間だよ、カゲユキ」

 

月に隠された太陽の時代の、その後にある真実を。

 

ハイネマンは人知れず静かに、僅かにズレていた眼鏡の位置を元に戻した。

 





次回、3.5章のある意味での核心に。

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