Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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お待たせしました、

4章はきっちりTE編を、ユウヤの物語を一区切りつけてから書きます。


26話 : 進化 ~ a jump ~

 

 

 

ユーコン基地の滑走路の上。航空機から降り立った男は、平らに仕上げられたコンクリート舗装を両足で踏みしめ、感慨深げに頷いていた。

 

「………やっぱり飛行機はいいよなぁ」

 

中肉中背に、顔立ちは日本人そのもの。身にまとっているのは大東亜連合の技術士官のそれであり、肩には中佐を示す階級章が縫い付けられていた。やがて深呼吸を済ませた後、男は護衛役の部下を先頭に、青空の下を歩き始めた。

 

 

「さて、と。まずは懐かしい顔を拝みに行きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年9月29日

 

テロ事件が終わってから8日後。ユーコン基地はひとまずの落ち着きを見せていた。難民解放戦線が遺した傷跡は大きく、全ての国が元の開発体制を整えられたということもない。それでも厳戒態勢は解かれ、ユウヤの周囲でも状況は推移していた

 

「君の言う通りだったよ。ドーゥル中尉達の容疑は晴れた」

 

「………そうか」

 

ユウヤは疲れた声をひとつ、ウェラーに返す。それを聞いた黒いスーツにネクタイを決めた姿の諜報員はやや乱れた髪型をしているユウヤに分かりやすい溜息をついた。

 

「これはアメリカ国民として言わせてもらうのだが………少し、休んではどうだね」

 

ウェラーの声に冗談の色は含まれてはいなかった。服装、そして顔色を鑑みての言葉だが、ユウヤは頷かなかった。まだまだやれると思っているからだ。それに、言い出した俺がいの一番に泣き言を吐く訳にはいかないというのが、ユウヤの心情だった。

 

先日の提案の後、武御雷の整備を担当していた者達も巻き込んでの開発再開は功を奏していた。開発主任を失って間もないという事が信じられないかのような士気と意欲の高さは、概ねの所で良い方向を向いていた。

 

気負いが過ぎてミスをしそうになる者達も居たが、両班の整備主任やヴィンセントがフォローもあり、当初の倍以上の速度で機体の改修は進み、今からは更なる改修案に着手できるほどだ。

 

推進力の源泉は言うまでもない。ハンガーの壁に張られた、篁唯依の等身大写真がそれを裏付ける。一枚は空を見上げている写真。もう一枚は、やや幼さが見える笑顔を拡大した写真。ユウヤはヴィンセントから、整備員達が作業に入る前には必ずその写真に手を合わせるのが決まりになっていると聞いていた。

 

(イーニァも昏睡状態から目覚めた。一つを置いてだが、悪くはない)

 

一昨日のことだった。ユウヤは夜、不安で今にも泣きそうになっていたクリスカに引っ張られ、ソ連の施設の奥深くまで引っ張られた時の事を思い出した。白いベッドの上、白いシーツをかぶり眠っている姿はとても衛士とは思えないもので。それでも、テロの最後には戦うことになってしまった強敵。まるでそれが嘘だったかのように、少女は眼を閉じてか細い息を吐いていた。

 

(………サンダーク少佐に見つかったのは、肝を冷やしたけど)

 

それでもクリスカが強引に連れ込んだことは分かっていたらしい。原因不明のまま目を覚まさないイーニァのためならば、とサンダークが今後の面会を了承した直後だった。帰ろうとする自分の名前を呼ぶ、幼い声が聞こえたのは。

 

(万事OKじゃあ、ないが………タリサも、何か考えているようだし)

 

ユウヤはタリサが表面上はいつものように振舞っているように見えていたが、何となく違和感を覚えていた。テロか、あるいはナタリーの影響かもしれない。ふと影が見えるのは、切り替えが早いタリサらしくもないことだ。

 

唯依の死に責任を感じているオペレーターが目に見えてその振る舞いが変わっていた。特にテオドラキス伍長は唯依の事を忘れられないようで、ユウヤはヴァレリオから彼女が悲しみから逃れるように仕事に没頭しているという様子を聞いていた。

 

まだまだテロの影響は消えたとはいえない。ユウヤはそんな状況だからこそ優先させなければならない事があると思い、ウェラーに軽い別れの挨拶をすると、機体の改修案を進めるため自分の機体があるハンガーに向けて走り始めた。

 

 

 

 

同時刻、ハンガーの中。そこには9割まで改修が進んだ不知火・弐型を見上げるイブラヒム達の姿があった。

 

「見事なものだな。立ち直りの早さもそうだが、この改修作業の速さは………」

 

「全部、ユウヤのおかげです。今回は、私達が教えられてしまいました」

 

ステラの言葉に、イブラヒムは頷く。ユウヤが示したものは、何より優先すべき事と、自分たちの成すべきこと。それで現場の意識は統一され、泣き言を吐くだけの者も、悲しみの感情に沈むだけの者も居なくなった。足が動くならば前にすすむだけだ。士気も高い整備員は、それをこの上ない形で現実のものとしていた。

 

「尤も、ハイネマン氏は………な」

 

「ダンナ、何かあったんですか? 言葉に詰まるなんて珍しいっすけど」

 

「どうにもE-04に興味津々のようでな。不知火・弐型を忘れる筈もないのだが」

 

上申書は提出したが、果たしてきちんと目を通してくれているのか。以前のハイネマンならばイブラヒムも心配しなかったが、今の彼はどうだろうか。そういった疑念を抱いているイブラヒムに、ステラとヴァレリオは不可解だという感情を表に出していた。

 

二人のハイネマンに対する印象はほぼ一致していた。表向きはともかく、他国の機体など興味がないと思っていると、そう推測していたのだ。それを覆すだけのものが、あの新しい第三世代機にあるのだろうか。ヴァレリオとステラは、戦術機開発において後進国と言える大東亜連合のE-04に対して興味を深めていった。

 

「だが………こちらも、なかなかどうしてな」

 

イブラヒムは組み上がった機体を前に、苦笑していた。当初はテロの被害による影響など無くなったと上層部に示すため、当初の改修途中の形に戻すことを優先しようとしていたのだ。ここでXFJ計画に被害多しと思われれば、開発期間も長引くことになる。それにより予算が増えると判断されれば、この時点での計画中止もあり得た。

 

だが、ユウヤは中途半端な機体に戻すことを却下した。テロ事件をも糧にして最高の機体を作るのがこの計画の利を示す理になることで、時間を無駄にする訳にはいかないと。それを言葉だけではなく形にすることで、計画の中断は見送られることになった。

 

「あら、噂の功労者が戻ってきたようですよ」

 

走って戻ってきたユウヤ。すぐにヴィンセントを見つけると、肩のスラスターの乱気流を活用した改修案をまとめだす。それを聞いたステラは、内心で舌を巻いていた。

 

ヴィンセントが意見をするも、予めその方面も想定していたかのような形で改修の利点を説明する。そのプレゼンテーションは圧倒的で、初めから高次元での結論ありきで機体を作り上げている証拠であると思わされる。

 

整備員達も協力的だ。班の中でも構造力学に詳しい者がユウヤの意見を聞き、ユウヤが作りたい“形の方向性”を理解した上で、他の整備員達にも伝わりやすいよう、いわゆる“整備員の観点”からの説明を加える。失策による作業の遅れが減り、精度も段違いになったとは、ヴィンセントと整備班長の言葉だ。

 

「………ここに来た当初とはまるで別人ですね」

 

それを実感させられたのは、ヴィンセントだという。何かしらの因縁があったレオン・クゼに対しても時には意見を求め、帰ってきた言葉を元に不知火・弐型の改修の糧にする。日本の機体だからと頭ごなしに否定した姿はなく、危うい程に貪欲な開発衛士の背中だけが見えていた。

 

「若者が真っ直ぐに成長する様は、何時見ても楽しいものだ」

 

誰の影響であれ、未熟だった者が正しい方向に伸びていく様子は胸の内に熱いものを感じさせる。イブラヒムの呟きに、ヴァレリオが苦笑を返した。

 

「我武者羅な奴であれば尚更、ですよね」

 

「そうね………でも、付き合いが長くなっていくにつれて失った時の喪失感も増していく」

 

ステラの呟きに、イブラヒムとヴァレリオは言葉を挟まなかった。その言葉が誰を指しているのか、名前を聞かずとも分かったからだ。

 

「………でも、だからこそ休ませるべきです。開発を煮詰めるのは重要ですが、水分が無くなっては焦げるだけですので」

 

体力の限界を越えた上で、正常な判断力がどこまで保つのか。分水嶺は不明だが、イブラヒム達はこれ以上の過熱が望ましくない結末を呼び寄せるかもしれないと不安を抱いていた。それでも、単純に休めと言われて休むような男ではない。それなりにユウヤを理解し始めている3人は、ふとハンガーの端にある女性の姿を発見した。

 

「ビャーチェノワ少尉か」

 

最近になって見慣れた光景だ。見る目に目立つ銀色の髪は、隠れることに向いていない。それだけではない、以前とは打って変わったその外見はまるで思春期の少女のようだった。角の向こうから不安げに様子を伺ってくる様子は、顔立ちが整っているからこそ人の目を引く。開発に心血の全てを注いでいるユウヤだけは気づいていなかったが。

 

「色々と問題はあるかもしれんが………他に手もないか」

 

同じように見ていたステラとヴァレリオはその意図を察すると、複雑な表情で小さく溜息をつきながらも、イブラヒムの言葉に同意を示していた。

 

 

 

 

「ったく、気分転換だって?」

 

ユウヤは不機嫌に呟いた。実際にそんなもの必要ないと声にして主張すれどナシのつぶて。イブラヒムの命令によりハンガーの外に出たユウヤは、ぼやきながら基地の中を歩いていた。

 

「まあ、確かに、頭が上手く働かなくなって来た所だしな」

 

ユウヤは過ぎた事を愚痴るよりも、第三者の不安の視線を考える方を優先した。こういった指摘があるのは、外から見て分かるぐらいに消耗している証拠である。または、自分以外の誰かのためか。例えば、整備員の面々。

 

「そうか………オレがハンガーの中に張り付いてたら、あいつらも休めなくなる」

 

個々人で限界は違う。自分がいたら、整備班長も休ませるべき者にそういった指示を出しにくくなる。ユウヤは反省したが、同時にそうでもしなければ休まない整備員の士気の高さを思い、口を緩ませていた。“こういう時は、いいモノが出来る”。ユウヤ自身は経験したことがない、人づてで聞かされた言葉だが、正に今の状態を言うのではないかと思っていた。

 

(明後日は組み上がった機体のテストもある………でも、気が高ぶって眠れそうもねえ)

何か時間を潰せるものはないか、と考えた時にユウヤは前方に見慣れた二人の姿を発見した。

 

「ユウヤぁ!」

 

嬉しいという感情を載せた体当たり。それを受け止めたユウヤは、小さい少女の肩に手を乗せて慌てたように言った。

 

「イーニァ! もう大丈夫なのか?」

 

「うん、げんきになったから」

 

つい先日まで眠り続けていたとは思えないほど、活発な声。ユウヤは安堵の溜息をつくと、後ろにいる保護者に視線を向けた。

 

「って言ってるけど、また逃げ出したとかじゃねえだろうな」

 

「あ、ああ。サンダーク少佐から許可は取っている」

 

「そうか………凄い回復力だな。それでもいきなり走るのは危ないだろ」

 

不注意を怒るような声。それを聞いたイーニァは嬉しそうな表情になり、クリスカも小さく笑みを浮かべた。一時は永遠に目を覚まさないと思っていたユウヤは、杞憂だったかと苦笑を返した。記憶の中には不知火と交戦するSu-37の姿。それを思わせない元気な二人を前に、ユウヤはあの一幕が幻影か何かであったかのような錯覚を覚えた。

 

(裏にあるだろう事情を思えば、吐き気を覚えるけど)

 

聞かされた事情を前にユウヤは腸が煮えくり返るような感覚に襲われるが、二人に悟らせないように努めた。それからは互いの近況を話した。検査のことや開発のこと。機密に関する部分には触れない、祖国を別にする軍人として差し障り無い会話が続く。

 

そうして、日が暮れていく途中だった。ユウヤは何かいいたげなクリスカの方に視線を向ける。以前とは比べ物にならないぐらいに柔らかくなっている。その様子のまま、クリスカは意を決したかのようにユウヤへ告げた。

 

 

「イーニァのカイキイワイ、というものをしたいんだが………ユウヤが良かったら、一緒に来てくれないか」

 

 

 

 

一時間後、3人は歓楽街のターミナルに集まっていた。どちらともが軍服のまま。はしゃぐイーニァを先頭にして、困ったようにクリスカとユウヤがついていく。

 

「しっかし、予想外過ぎるな。まさかクリスカから誘いがあるとは思わなかった」

 

「………迷惑、か?」

 

「いいや。っと、イーニァから目を離すとまずいな。急ごうぜ」

 

クリスカは神妙に頷くと、子供の姿そのままに走り回るイーニァを追いかける。そのまま3人は、BETAが暴れ回ったで後であろう街の一角に辿り着いた。何かしらを販売している店舗があるようだが、中央のような活気もなく、そこはまるで静かな住宅街のようだった。前を歩いていたイーニァは、ふと思いついたように扉の一つを無造作に開け放った。

 

「おい、勝手に入ると………」

 

戸惑うユウヤだが、そこでいらっしゃいませという店員の言葉を聞いた。ユウヤはその声が少し沈み込んでいると気づいた。

 

「………お店、やってるの?」

 

「はい。焼き物なんかは半分ぐらいやられちまいましたがね。全部じゃなかっただけ幸運ですよ」

 

快活に笑う。イーニァは、それを見て小さく笑みを向けて何事か呟いたが、ユウヤはそれを聞き取れなかった。尋ねる前に、イーニァは陳列されているもの、特に動物のぬいぐるみに興味を示していた。

 

「ミーシャが一杯いるね~………他にも」

 

ライオンとペンギンのぬいぐるみもある。ユウヤは欲しいものがあれば、とイーニァに告げるが、イーニァはならばと全部欲しいと言い出した。ユウヤは財布の中身に入れている金を思い出し、悩み始める。それを見た店員は、おかしそうにユウヤに告げた。

 

「こりゃあ、ちっさくてもいっぱしのレディだ。良かったらお値段は勉強しますよ」

 

「あ、ああ、助かる………ってどうした、クリスカ」

 

「いや。その、嬉しいのだが、私物を持つことは原則として許可されていなくてな」

 

「え?」

 

同じ軍隊とはいえ、国によって規則は違うと聞いてはいても、それは少し厳しいのではないか。それにイーニァがいつも持ち歩いている熊のぬいぐるみであるミーシャはどうなのかと尋ねるが、それは例外だとクリスカはあくまで冷静に答えた。ユウヤはそれを聞いたが、小さいのならばと品物を探し始めた。

 

「そ、それは」

 

「迷惑なら止めとくけど………少しぐらいはいいだろ。なんせ今日はイーニァの快気祝いだからな」

 

「そ、そうだな。ならば………」

 

「っと、クリスカも欲しいものがあれば言ってくれよ」

 

「………えっ?」

 

「遠慮すんなって」

 

「いや、でも………今日はイーニァが。それに、私にそんな価値があるとは思えない」

 

「はぁ? ………もしかして」

 

例の薬物投与による暴走で唯依とタリサと亦菲に襲いかかったことを気にしているのか。ユウヤはそれを言葉にしそうになったが、すんでの所で喉に留めた。知らず黙り込んだ二人に、明るい声が飛び込んだ。

 

「ユウヤ、これがいい!」

 

イーニァは黒い熊と白い熊のぬいぐるみをユウヤに見せた。名前はユーリとニキータというらしい。ミーシャの子供で兄妹らしく、ママはいないという。

 

「へえ………ミーシャはパパか」

 

「うん。それでね、ママはいないの。二人は拾われたの。あしたからくんれんがはじまるんだよ、たたかなわければいきのこれないの」

 

「シビアすぎるだろ」

 

ユウヤは重たい設定を零したイーニァを見て、そのような言葉がさらっと出てくるとはこの笑顔の裏にどれだけの艱難辛苦が、と悩み始めた。

 

「ハア………それでも、拾われなければママも居ない親無し子か。なら、連れて行ってあげなきゃな」

 

「いいのか!?」

 

「このサイズなら問題ないだろ。っと、お前もいるか? 家族は多い方が良いって聞いたことがあるような気もするし」

 

ユウヤは言いながらも、この年でぬいぐるみは無いかと場所を変える事を提案した。店員に金を払い、表通りまで移動する。そこでクレープ屋を見つけると、ちょうどいいとクリスカとイーニァの二人分を注文した。アルゴスのオペレーターの間では、歓楽街の中でも特に美味い方であると評判で、子供そのままのイーニァが特に喜ぶと考えたからだ。

 

最初にイーニァが食べる。美味しいね、とその顔が笑顔に染まるのを見たクリスカは、柔らかい表情のままクレープを口につけた。

 

「な………なんだこれはっっっ!?」

 

驚愕と歓喜が3:7で混合された歓声。ユウヤはその反応こそに驚いた。

 

「甘くて、ふんわりで、あまくて………お、おいしい!」

 

想像を越えて、大げさかつ幼さが見える反応。感激するクリスカに、イーニァが「美味しい?」とまるで姉か何かのように聞く姿を見たユウヤは、自分でも知らない内に硬くなっていた唇を緩ませていた。想定を越えて美味しい食べ物を口にした者が取るリアクションは同じらしい。ユウヤは唯依が作った肉じゃがの味と、その感想を素直に言葉にした時の事を思い出して、更に笑みを深めていた。

 

「な、なにを笑っているんだ?」

 

「あ、いや」

 

やや疲労の色が濃いユウヤは、咄嗟に言葉を返せず、その反応を悪い方向に受け取ったクリスカが更に詰め寄った。

 

「私がクレープを食べておかしいのか? い、いやそれとも食べ方が………何か間違っていたのか、だから笑っているのか!?」

 

焦りながら迫ってくるクリスカ。対するユウヤは疲れた顔のまま、思わずと考えた事をそのまま言葉にした。

 

「あ~………食べてる姿が微笑ましすぎてな」

 

笑えるというより嬉しい、とは言葉にはしなかったが、クリスカの反応は劇的だった。

 

「な………ほ、本当か?」

 

「嘘つくようなもんでもないだろ」

 

「そうか………そうだな」

 

安心した、というような仕草。ユウヤはそれを見て、ある錯覚に陥っていた。

 

(ぬいぐるみ、な………イーニァよりも、クリスカの方が似合うような気がするんだが………)

 

二人の年齢差を考えるとあり得ない話なのだが、と。ユウヤはその違和感を言葉にできないまま、首を横に振った。

 

むしろ化粧品が、とくにこの白い肌には口紅などが似合うとどこかで聞いたような気がする。そう思ったユウヤはクリスカの方を見て、ふと気がついた。ソ連の軍人だからであろうか、全く化粧をしているようには見えないのだ。それに今のクレープの反応を見るに、もしかしたら化粧のけの字も知らないかもしれない。

 

(とはいえ、俺も詳しいって訳じゃないんだけどな)

 

母は外出する機会が少なく、家族と直に会う時間もそう多くはなかった。ファッション系の雑誌を見たこともない。ただ、夜中に何か難解そうな分厚い本を見ていた覚えはあるが、どんな化粧を薦めればいいのかなど教えられた覚えはない。学校では異性を気にするような余裕はなく、軍では女性でも化粧をする者は少ない。そう思って試しにと化粧品を販売している店に入ったのだが、二人の反応はユウヤにとって想像の斜め上であった。

 

小さな瓶を見たイーニァはまるで薬品庫だと言い、クリスカはまるで他人事のように、女性研究員が顔や唇に塗っている塗料か何かかと首を傾げていた。ユウヤは化粧や陳列しているアクセサリーを混じえてファッションの概念を話したが、クリスカはその概念自体を不必要なものだと、ユウヤの説明を一刀両断した。

 

(………分かってたけどよ)

 

クリスカはイーニァを第一に、第二に祖国の防衛を優先している。それは軍人が基幹になっており、戦う者に化粧は必要ないという論理もおかしい所はない。それでもユウヤは腹を立てていた。

 

ユウヤは見た。イーニァが意識不明になり、まるで民間人の少女のように狼狽えている姿を。目を覚まさない事に、泣きそうになっている姿を。眼を覚ました直後、涙を流しながらイーニァを抱きしめている姿を。それ以前にも、多くの姿を見てきた。不器用に過ぎると思った時もあったが、それは悪意によるものではない。

 

(唯一………暴走していた時は違ったが、あれはこの二人の本当じゃない)

 

心の中が見通せる筈もないが、ユウヤはあの狂気の行動と声が二人の本心から生じたものであるとはどうしても思えなかった。この姿を前にして、BETAかテロリストと同じように敵として見るのは難しい。

 

何よりもイーニァの幸せを望んでいる事は知っていた。だからこそ、イーニァの喜びと共にクリスカ自身にも、先程と同じように、子供のように笑っていて欲しいと思っていた。

店を出ても考え続けたユウヤは、二人に嘘をついた。少し忘れ物をしたと告げて、店に戻ったのだ。そこで素早く目的のものを買うと、急ぎ二人の元に戻ってきた。

 

時間は既に夕暮れ。ユウヤは赤い空の下でその日の別れを告げる二人を呼び止めて、隠していたものを出した。

 

「イーニァだけじゃなんだしな………受け取ってくれ、クリスカ」

 

「これ、は………?」

 

「二つ折りの手鏡なんだ。派手な装飾もついていないから、問題ないだろう」

 

「………しかし」

 

「軍人として、身嗜みの乱れは士気の乱れであり、それを整えるのは至極当然のことである………訓練兵時代に教えられたよな?」

 

東西問わず、基本中の基本である。その主張にクリスカは戸惑いながらも頷き、それを見たユウヤは笑顔で畳み掛けた。

 

「なら必須だろ。気に入らなかったら捨ててくれてもいいんだが………」

 

受け取って貰えたら嬉しい。言葉の裏で望んでいたユウヤの想いに、クリスカは少し頬を赤らめながら、辿々しく言葉を紡いだ。

 

「そ、その………どういっていいのか分からないのだが」

 

「お、おう」

 

「あ………ありが、とう。大事に使わせてもらう」

 

「そうか………そうしてくれると嬉しい。安物で悪いけどな」

 

「悪くなどあるものか。それに………初めてなんだ。支給品ではない、私だけのものができるのは」

 

こんな気持ちは初めてだと、クリスカは嬉しそうに俯いた。ユウヤはその言葉に驚愕し、間もなくその感情は怒りに変わった。だが、表には出さなかった。喜んでいるクリスカの顔を曇らせたくなかったからだ。

 

そのまま帰路の途中、ユウヤは色々とクリスカと言葉を交わした。

 

「そうか………篁中尉は、もう」

 

「ああ。でも、泣いてはいられねえ。死んだ人間はどうやっても生き返らないからな。それに、日本では仲間の死を嘆くよりは誇るか、遺志を継ぐのが衛士の流儀らしい」

 

「そのために不知火・弐型をもっと良い形で仕上げたいんだな」

 

「その通りだ………って、言う前に見破られちまったな」

 

「見ていれば分かる。今のこの時も、頭の片隅では改修案を練っているだろう」

 

「………悪いな」

 

マナーに反するであろう指摘に対し、ユウヤは否定をしなかった。人として休むべき時はあろう。だが優秀な機体の配備が遅れる事が最前線にどういった影響を及ぼすのか、テロにより多くの人死にを見てきたが故にその重さをより一層感じるようになっていたユウヤは、どうしても気が抜けないでいた。気まずげにする様子を見たクリスカは、小さく首を横に振った。

 

「悪くはないさ………大切にする。本当に嬉しいんだ」

 

まるで心臓か何かのように、プレゼントされた手鏡を胸に掻き抱くクリスカ。ユウヤは複雑な心境のまま、嬉しいという感情を隠そうともしないクリスカとイーニァを見送った。

そうして、深く溜息をついた。

 

(全く覚えていないようだ………前々からおかしいとは思っていたが)

 

ユウヤは苛立ちに舌を打った。先の一件、他国の戦術機をよりにもよってテロの最中に襲撃した事は大きな問題として取り上げられていない。プロミネンス計画を続けるための同調圧力か、あるいは関係各所の裏取引か、ユウヤには判断がつかなかったが、何かしらの決着がついた事だけは分かっていた。苛立ちを覚えているのは、もっと別の角度からのことだ。

 

(何事もなかったかのようにする………そのために、手を加えたものがある)

 

ユウヤは短い付き合いの中でも、クリスカとイーニァは演技するのが下手であるとは理解できていた。ならば、もっと長い時間接しているサンダークがこの問題を大きくしないために打つ手はなんであろうか。ユウヤは今日の二人の様子を見て、改めて確信していた。

(想像もつかねえが………後催眠暗示の発展系か? 人の記憶を弄くるなんて、正気の沙汰じゃねえ。ましてや、自国の軍人相手にやることじゃねえぞ)

 

忘れれば恍ける必要もなくなる。効率だけを重視すれば正しい方法かもしれないが、生きた時間を削り取り奪うということは、その間の当人を殺すことに他ならない。モルモットじゃねえんだ。ユウヤは知らない内に、拳と歯の根を強く軋ませていた。

 

(でも………衝動的に動いたってどうにもならない)

 

ユーコンの裏には各国の様々な事情や思惑が蠢いている。クリスカ達の事も同様であることは想像に難くない。ユウヤは今になってこの基地の危うさと、その中で動いてきた唯依の苦労を知った。帝国軍人としての立場もある以上は、本国に配慮する必要がある。ともすれば開発だけに専念すれば良いという訳ではない。陰謀が粘ついた糸のように張り巡らされている中で、必要な分だけを取捨選択して、開発計画という複雑難解な山を一歩一歩登っていかなければ目的地には辿りつけないのだ。一足飛びで解決できればこの上ないが、それは周囲の人間の事情全てを侮辱しているに等しい行為でもある。

 

それでも、ユウヤは思考の迷路に落ちなかった。

 

「今は………不知火・弐型を。それを大筋にして、出来る限りの事はやってやる」

 

無力ではあろう。だが逸れはすれど、向かうべき方向を過つことなく、決して立ち止まるな。自分に言い聞かせたユウヤは、戻るべき場所に爪先を向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年10月1日

 

アルゴス小隊は第一段階の改修が終わった不知火・弐型の機動テストを始めようとしていた。外部点検が終わり、オペレーターのテオドラキス伍長から搭乗指示が出ると、ユウヤは純白の機体に乗り込んでいく。その様を、小隊の衛士の面々と整備班は無言のまま見守っていた。

 

(………空気が重いな)

 

イブラヒムをして息の詰まりを感じさせる程の張り詰めた空気。それは参加した全員が固唾を呑みながら機体の仕上がりを思っている事の証明でもあった。

 

コックピットの中のユウヤは着座情報を送信しながら、荒ぶりだした心臓の動きを沈めるように掌で押さえた。やがて起動前の全チェックが終わると、ユウヤは出力30%で安定させた。

 

「………第一、第二動翼に異常なし。テイルバインダー可動正常」

 

跳躍ユニットにも異常なし。それを聞いたイブラヒムは、隣に居るハイネマンに視線を向けた。

 

「大丈夫、みたいだね………どうぞ、やっちゃってください」

 

ハイネマンの声に、イブラヒムはガントリー解放の指示を出す。やがて弐型は日光が差し込む方向へ歩いて行った。外は快晴。白い外装が太陽の光を浴びて輝き、まるでそれ自体が光を放っているかのように錯覚する者も居た。

 

カタパルトに接続される脚部。全てに問題ない事をオペレーターが告げ、イブラヒムの命令に応じてユウヤは操縦桿を強く握りしめた。

 

 

「――――不知火・弐型! ブラスト・オフッ!」

 

 

跳躍ユニットが轟音を奏でてアフターバーナーを吹き出す。揺れる機体の中で、ユウヤは弐型を空へと躍らせた。遮るものなどなにもない、自由な空間。ユウヤは待ちきれないとばかりに、計画書通りの基本動作を次々に試していく。

 

「………よし」

 

興奮しながらも、頭の芯では冷静に。的確に評価を下したユウヤは、何よりもまず機体のリニアリティの進歩に驚いていた。動きの軽さもそうだが、操作に対する反応速度と正確性はテロ以前とは比べ物にならないぐらい高まっていた。

 

クイックネスもまるで違う。高速移動中の急な進路変更にも難なく応えてくれる。回転半径など、以前の1/2以下だ。もし相手が戦術機なら、目の前で消えたように錯覚することだろう。

 

(いや、まだだ。安定度には改良の余地がある)

 

米軍式のような、力任せの機動をする際に少しのブレが生じる。ユウヤはそのネガが許せなかった。

 

「でも、よ………っっ」

 

それだけしか欠点が見当たらない。近接格闘戦においては、フェイズ2に移った時点とは雲泥の差だ。進歩ではない、進化だと表しても過言ではないぐらいに、不知火・弐型はその有り様を変えている。

 

(あった………全てを賭けた、その価値があった!)

 

操作する度に機体の随所から息遣いが聞こえた。全てが、生きているように思えた。一人では絶対に成し得なかったことだ。ユウヤはこの一週間を思い出していた。高機動下における機体の安定性とは、風を受けた機体表面に発生する揚力と、機体そのものの重心をいかに合わせるかで変わってくる。壱之丙のように両方の“芯”の範囲が狭く、芯どうしがズレやすいと方向転換を一つするだけでも精密な操作技量を求められるが、新製・弐型はその余裕が驚く程大きい。少なくともユウヤは、これだけ素早く機体を左右に振っても、安定性が損なわれない機体に乗るのは初めてのことだった。

 

(まだ、完成じゃない。でも………やってやったぜ、唯依)

 

見違えるようになった機体。だが、それに至るまでは改修の嵐だった。その際に生じた書類関係など、人を20は叩き殺して余るぐらいだ。それでも整備員達は最後まで音を上げなかった。動翼を増やすと提案したことに対し、戸惑いながらも要求通りの形に仕上げてくれた。翼面積を調整することによって、肩スラスター部分に発生する乱気流による推力のロスを逆に推進力補助とする提案に対してもだ。かなり高い加工精度が要求されるというのに、嫌な顔ひとつせず、むしろ望む所だと不敵な笑みで応えてくれた。

 

多くの人間が集団ではない、チームになったからこそ出来たのだ。ちょっとした外装の変更でさえも思い出せる。互いに声をかけあって、一切の妥協なく仕上げてくれた姿は米国に居た時の比ではないぐらい感慨深いものだった。ユウヤはまるで短い走馬灯のように。感極まり、無意識の内に大声で叫んだ。

 

 

「最高だ………ちくしょう、お前等みんな最高だぜぇえっっ!!」

 

 

計測班を置き去りにするほどの高機動に、危なげない機動。まるで別物に進化した機体を前に静まっていたハンガーの中は、涙が混じったかのような声を聞いた途端に爆発したかのような喜びの歓声をあげ。そのコンクリート製の外壁は、男たちの雄叫びに耐え切れないように、その全体をビリビリと揺らしていた。

 

 

 

興奮が冷めやらぬ、その夜。仕事が残っている整備員とハイネマンとを除いたXFJ計画関係者は、歓楽街に繰り出していた。弐型の改修を祝う酒を酌み交わそうというのだ。大所帯の面々はいつもより倍はテンションが高ぶっていた。そうして飲み始めてから一時間の後、タリサの音頭で15回めの乾杯をしようとした時だった。

 

「しっかしペース早すぎんだろ。このままいくと50回は越えちまうぜ」

 

「いいんだよ、この際100回超えでも目指しちまおうぜ――――みんなもそう思うだろっ!」

 

タリサの声に整備員の拍手と歓声が飛び交う。誰もがグラスを高々と掲げあげていた。

 

「しっかしお前、ほんと天才だよな! まさかこんな短期間にあそこまで性能が変わるとは思って無かったぜ!」

 

「いや………オレ一人の力じゃない」

 

どこぞの怪しい年下の軍人然り、唯依然り。そして整備員の尽力も、誰が欠けてもここまで来られなかったと。ユウヤはその考えを素直に言葉にしなかったが、大半の“分かっている者”はニマニマと表情を緩めていた。ユウヤと言えば、それを察せないほどに酔っていたが。

 

「おお、珍しいな。つーかお前がそこまで酔うなんてよ。確かに、途轍もねえ仕上がりだったが」

 

ヴィンセントはアルコールとはまた違う方向に血流を早めていた。整備班の中で他国の戦術機を含めれば一番に知識が豊富だからこそ、弐型の現在の性能がどの程度なのか、正確な所を把握できているが故に、興奮を抑えきれないのだ。ユウヤは笑いながら、ヴィンセントの空のグラスにそこらにあった合成ハイボールを注いだ。

 

「褒めても酒しか出ねえぞ」

 

「ありがとうよ………ってお前、本気で酔ってんな。初めてみたぜ」

 

「うっせえ。つーかお前ももっと飲めよ、今酔わないでいつ酔うんだよ」

 

ヴィンセントはユウヤの言葉に驚き、次に感激し、最後には泣きそうになった。そのリアクションは不良少年の親が息子の更生に立ち会った時のそれに似ていたが、誰も指摘しなかった。

 

「………ちょっと前までなら、ここで要らん茶々が入ったんだけどな」

 

「あン? いや、お前、それ………」

 

「まあ、悪いやつじゃなかったよ。どうであれ、背中を預け合った戦友だ」

 

そう告げると、ユウヤはグラスの中身を一気に飲み干した。顔を隠すかのような素振りに、少し硬直していたヴィンセントは苦笑と共に答えた。

 

「まっ、あれだな。この開発に参加できなかった事を悔しがるような、すんげえ機体を作ろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、少し離れた場所では、タリサがこっそりと様子を見に来ていた統一中華戦線のバオフェン小隊と話をしていた。

 

「な~んだよ。なに見てんだよ妖怪ケルプ」

 

タリサのジト目での言葉に、亦菲は溜息とともに呆れた声で答えた。

 

「アンタも、たいがい肝が太いわね。普通、この状況下でそこまで酔っ払う?」

 

「へっ、分かってねえなあ。こういう時こそ普段通りにするべきだって」

 

「………ちっ」

 

亦菲は舌打ちしながらも、タリサの言い分を一部だけ認めた。

 

――――篁唯依の次は、自分たちどちらか。狙撃を行った者達の正体が確定した訳ではないが、ソ連である可能性が高く、狙われる理由としては自分たちも同様だと考えられる。それでも、警戒心を振りまいているよりは、何も知らない風を装った方が効果的かもしれない。亦菲は髪に隠れるようにつけた小型の装置をそれとなく触った。

 

「あと、これは独り言だけどな。あのバカはこういった方面で人を騙すような奴じゃねえよ」

 

「ふん、どうだか。それに、断言できるほど深い付き合いがあったってアピールしてる訳?」

 

「違うっての。オヤジの方は知ってるからな………それより、お前酒は飲まないのか? ってそういえば骨折してたな、お前」

 

「そ、絶賛骨折治療中。完治していない内に飲みでもしたら、ウチの小隊長殿に殺されるわ」

 

ああ見えて切れた時は怖いのよ、と亦菲は肩をすくめた。そこに、気づいたヴィンセントとステラ、ヴァレリオが交じる。近況などを話したあと、いつもならばこの中に居た人物の不在を思った亦菲が、ぽろりと零すように呟いた。

 

「………篁中尉は残念だったわね」

 

「まったくだ。戦場じゃない上にコックピットの外で、計画も半ばに………無念ってもんじゃねえよ」

 

「それを整備員も分かってんだろうな。中尉の無念を晴らす、って士気が物凄えったらない。特にここ3日間は熱入りすぎて、気温が10度ぐらい上がったような感じだったぜ」

「本当に………慕われていたのね」

 

死んだ後も誰かに影響を残すぐらいには。筆頭であるユウヤは、店に入ってきたインフィニティーズの二人と何やら話をしているようだった。ステラ達には会話の内容が聞き取れなかったが、レオン・クゼの顔が珍獣を見るものに変わっていくのを見ると、よほどイメージを覆すような言動をしている事が分かる。

 

このまま、行けばどうなるのか。立場に関係なく、今日の弐型を見た全員は機体の仕上がりに昂揚感を覚えていた。

 

 

翌日、予想外にも程がある通達を聞くことになるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年10月2日

 

ミーティングルームに集められたアルゴス小隊の衛士達は、みな一様に眉を顰めた表情でハイネマンを見つめていた。発端は彼が発した内容にある。

 

最初にイブラヒムから小隊へと連絡事項があった。イーダル小隊のSu-47Eと比較試験を行うこと、これは問題がない。だが、その後のハイネマンの言葉が問題だった。

 

――――比較試験の結果、不知火・弐型がSu-47Eの後塵を拝するような事があれば、XFJ計画はここで終了になると。

 

「じゃあ………2番機の組み立てを急がせているのは」

 

「マナンダル少尉、何度言ったら………まあいい。少尉の予想通りだ」

 

二日後には実機操作が可能になる予定で、

 

「なんでここまで来て………弐型の性能に不足はない筈だ」

 

「ええ。それでも、先のテロの一件が効いているようでして」

 

紅の姉妹の乗るSu-37がタリサの乗る弐型を損傷させ、ユウヤをも圧倒したこと。第三世代機の改修機が2.5世代機に敗北した結果が、帝国軍の上層部で重要視されている。ハイネマンの言葉に、タリサが噛み付いた。

 

「あんなクソ汚え不意打ちかましといて……って、よりにもよってそれを取り上げんのかよ! 昨日のユウヤがテストの時に出した数値とか見てねえのか!?」

 

「現場の事情と詳細などは些細な問題として扱っているのでしょうね。ただ………無改修の不知火が逆にSu-37を圧倒した事も重要視されているようです」

 

「ようは、改修しても弱くなったんじゃ意味がねえって言いたいのか」

 

「ええ。この計画に莫大な資金を投入しているボーニングとしては、非常に弱った事態になっているんです。金額に見合った成果が得られていないのではないか、と思われたままではね」

 

「………それで、優秀な結果を出してるソ連製の戦術機に乗り換えようってのか」

 

だからXFJ計画は中止になる。ひと通りの事情をまとめたユウヤは、その理屈を持ち出してきた上層部の人間とやらに対し結論を下した。そいつは、救いようのないとびっきりの阿呆だと。

 

(ここまで計画を進めておきながら中止する、という発想自体が狂ってる………まるで爺さんの言っていた愚かな日本人そのものだ)

 

同時に、弐型のスペックを理解する脳も無いバカが、計画を左右できる立場にあるということも分かってしまう。ユウヤは頭を抱えたくなったが、すぐに切り替えた。現実が見えてない遠いどこかに居る無能に付き合っている暇はないと、解決策を口に出した。

 

「なら、証明してやるさ。今の弐型はSu-37(チェルミナートル)なんて相手にならねえし、仮にSu-47(ビェールクト)でも関係ねえ………逆に、ソ連の開発班の顔を青ざめさせてやるさ」

 

その提案を通したクソッタレの将校とやらの立場を砕いてやるぐらいに。燃え盛る炎を幻視するぐらいに気合が入った宣言に、ハイネマンは感心したように頷いた。

 

「頼もしい言葉です。口だけではないようですしね………後任の開発主任も、満足するでしょう」

 

「後任って、またいきなりだな」

 

「ていうより、そいつ思いっきり貧乏くじ引かされてるよな」

 

「そうでもないぜ、タリサ。お前等が勝てば、逆に功績アップ間違いなしだ。それ狙ってこの状況下で立候補したってンなら、相当の博奕好きだ」

 

この計画に参加できるということは、それなり以上の功績を積んでいる人物か、武家に匹敵する立場ある者か。そのような人間が保守的になるのは、どの国でも同じこと。なのに経歴に傷をつくリスクを背負っても、と考えるのであれば凡そまともな神経の持ち主ではない事が予想された。

 

「いえ、それは違いますね。後任の方であれば、経歴に傷がつく事など恐れないでしょうから」

 

「へえ、つまりは俺達と一緒か」

 

「ひとくくりにすんなってVG! ………でも、見所あるやつっぽいね」

 

タリサはやる気が上がっていくのを感じていた。骨のある奴が偉くなるのは悪いことではないし、これで経歴に箔をつけたのなら、この愚かな提案をした誰かを追い落としてくれるかもしれない。それは期待しすぎでも、日本は最前線の一部を担う重要国家だ。特に日本との関係が深い大東亜連合に籍を置いているタリサは、無能が上に居るよりは、と深く頷いた。

 

「まあ、それでなくてもやる気は120%だけど」

 

「へえ、その心は?」

 

ヴィンセントはからかうような口調で。だが、タリサの眼を見て続く言葉を噛み殺した。

 

「――――借りは、きっちり返さないとね」

 

領収書を添えた3倍返しで。そう告げるタリサは側頭部の髪の中にある小さな金属に触れながら、唇だけで笑い。喉の奥と瞳の中で、ユウヤに匹敵するほどの灼熱の戦意を絶やすこと無く噛み締めていた。

 

 

 

 

 


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