Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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阿鼻叫喚の前回より一週間、更新でございます。

3.5章・後半部の1話といった所でしょうか。
これより物語は更に加速し始めます。

25話を読まれた後は、3.5章の主題歌『DREAMS/ROMANTIC MODE』を
聞けばいいかもしれません。


25話 : 夢 ~ resolution ~

2001年9月23日、ユーコン基地。ユウヤはハンガーにある自分の機体を見上げていた。周囲では損傷した二番機を修理する作業員が忙しなく働いている。その整備兵達の顔は暗く、どこか違う事に気が取られているよう。ユウヤはそんな様子にも気づかず、ただ呆然と自分の機体の前で、悔恨の思いに責め立てられていた。

 

「死んだ………嘘じゃ、ないんだよな………」

 

フェアバンクス基地で治療を受けるようにと、その手配をしたハイネマンの元に伝えられた情報で、誤報であるとは考えられない。告げられた事実を、ユウヤは未だに納得できないでいた。出来るはずがないと、感情のままに動いた。当時の状況はどうだったと、近くにいたテオドラキス伍長に問いかけた。自分の都合だけを優先した。

 

その結果に得られたものは何もない。ただ、後悔に泣く伍長の姿だけだった。

ユウヤはヴァレリオに諌められた時に聞いた言葉を反芻した。

 

「………このテロで大勢が死んだ。唯依もその中の一人にすぎない、か」

 

どうして唯依が、という理不尽な思いを否定したくて暴れていたユウヤに、どうしてお前たちは冷静になっているのかと言い返した後、つきつけられた真実でもあった。

 

ユウヤは我慢ができなかった。唯依が死んだという事実に憤った。あれだけの苦境にも屈さず、不知火・弐型の開発を続けるために戦ったのに。弐型もまだ仕上がりには程遠く、自分の改修案が形になれば想像以上の機体に育てることができるのに。

 

ヴァレリオに怒鳴られて気づいた。それは個人的な理由であって、唯依が死ななくて良い理由にはならないのだと。故郷を失った多くの人間と同様、理不尽という名前のナイフで心臓を貫かれたのだ。

 

テオドラキス伍長が泣きながら自分を責めていた様子とその言葉を聞いてようやく気付いた事実。唯依が狙撃された時、彼女は傍に居たという。テロ発生時の彼女は非番で、リルフォートに居た。そこでテロリストに拘束されていたらしい。それでも、彼女は軍人で―――自身を軍人なのに何も出来なかったと責めていた。何の理由もなくBETAに、テロリストに殺される人たちを前に、軍人である筈の自分が、家族が死んでいった時と同じで、何も出来なかったと泣いていた。

 

「何も出来なかったって、後悔して………これから返していくつもりだったのに………何も出来なかった」

 

まるで自分と同じ。そんなテオドラキス伍長を悲痛な顔で泣かせたのは、自分のせいでもあったとユウヤは思っていた。新兵のように喚かず、周囲の視線がある前では動揺を見せず、泰然とした態度を保っていれば誰かを悲しみの底に落とすことはなかっただろう。ユウヤは改めて自分を責めていた。拳の骨が軋む程に、強く、繰り返し。

 

その音に紛れて、一人。肩を叩かれてようやく気づいたユウヤは、後ろを振り返った。

 

「………シロガネ?」

 

「話がある。ちょっと、外まで付き合ってくれねえか」

 

ユウヤは断ろうと思ったが、相手の表情を見て止めた。幽鬼のような顔色だが、その口調に切羽詰まったものを感じたからだ。一人でいじけているのも、時間の無駄になる。そう考えたユウヤは武についていくまま、ハンガーの外に出た。

 

「…………怪我………大丈夫なのか?」

 

「ああ………」

 

歩きながらの会話も、得られるのは生返事だけ。ユウヤは嫌になって上を見た。夕暮れ時の空には、千切れた雲が漂っている。遠くでは航空機が飛び立っていて、その飛行の衝撃が大気と地面を揺らした。そのまま基地の外縁部にあるフェンスまで辿り着くと、武はそこで脚を止め、ユウヤも立ち止まった。

 

「それで、何のようだ」

 

「………いくつか聞きたい事があるんだ。あれからイーニァ達に会ったか?」

 

「いや………会ってねえな。二人とも入院したって聞いて、それっきりだ」

 

ユウヤも二人の無事を確認したい気持ちはあったが、ユーコン基地は厳戒態勢にある。唯依が狙撃されたこともあり、不用意な行動に出ようものなら瞬時に拘束される危険があった。ユウヤは事を大きくするつもりはないが、Su-37UBと交戦したログは弐型の中にも残っている。ヴィンセントも懸念していた事だ。ユウヤとしては誤魔化すつもりだったが、それもMPに拘束されれば不可能になる。本来であればご法度かもしれないが、ユウヤは率先してあの二人の行動を訴えるつもりはなかった。

 

「そういえば………お前、あの二人の事情について詳しそうだったな」

 

死なせないためにこの基地に来た。つまりはあの二人に何らかの縁があるか、裏事情やらを知っているのが前提の言葉である。その上で、ユウヤは問いかけた。

 

「今は………細かい事情は良い。あの二人は無事なんだよな?」

 

「五分五分だ。クリスカの方は無事かもしれないけど、イーニァの方は………」

 

「な………っ、いや。そうか………」

 

ユウヤは更に問いかけようとしたが、痛みに耐えるような顔をする武を見て止めた。

叶うならば同士討ちをするような事態を作った存在に心から罵倒を浴びせたくなったが、その大本であるテロリストは全て死亡するか拘束された。二次要因も責められない。仕掛けたのはクリスカ達の方なのだから。

 

噛み締めなければいけないのは、結果だけ。ナタリーは死んだ。唯依も死んだ。そしてクリスカとイーニァは生死不明で、最悪はイーニァも死んでしまうという。

 

「そうなったら………クリスカが悲しむな」

 

「それどころじゃない。十中八九、自分を責めた挙句、拳銃を蟀谷に当てると思うぜ」

 

武は自分の蟀谷に指で作った銃を当てる仕草をした。それを見たユウヤが、怒りに顔を赤くした。

 

「野郎で二人きりで密談だ。カムチャツキーを思い出すな?」

 

「っ、何が言いたいんだよテメエ!」

 

「ラトロワ中佐も死んだ、ジャール大隊の少年兵達もな。ああ、なんだ、ひょっとしてもう忘れたのかよ」

 

「ふざけんな! 忘れてたまるか………っ!」

 

ユウヤは否定した。自分が初めてBETAとの戦闘を経験した基地。そして、自分の不足分をこの上なく思い知らされた場所だった。厳しくもお節介な中佐、厳しい現実に負けないと周囲に刺を張り巡らせていた少年兵、その両方を忘れた事などなかった。

 

喪失感は胸の中に残り。同時に、不甲斐ない自分に対しての怒りは募る。感情は胸より流れて拳に移り、抑えきれない熱は放出する先を求めた。そして目の前には、無力感を募らせてくるような言葉を厭味ったらしく吐き出す者が居た。

 

それでもユウヤは殴りかかるつもりはなかった。相手がレオン・クゼならば両の拳で叩きのめしにいっただろうが、その気になれず。ふと、ユウヤは問いかけた。

 

「お前も………後悔してんのか?」

 

反応は劇的だった。ユウヤはそれを見て、武が幽鬼のような表情になっているのは、怪我のせいではないと確信した。悟ったのだ。守れなかった事に悔いているのは自分だけではない、あるいは部隊の誰もが失った事を悔いて、発散しきれない感情を胸に押し込めている。

 

ユウヤは顔を上げて、言った。

 

「………一発だけだ」

 

「っ、何がだ。どういう意味で―――」

 

「オレも同じ気持ちだ………だから、オレを殴れ。オレもお前を殴ってやるから」

 

意図は、はっきりとしていた。不甲斐ない自分が痛みを感じないままで居るなど許されないという――――自己満足だ。

 

「厳戒態勢でも関係ねえ。あとで説明はつくさ」

 

「それは………どういった理由で?」

 

「模擬戦前に殴り合いをやらかす問題児だ。ここで多少揉めたって、いつもの事だと思われるだけだ」

 

「自虐ネタかよ………でも、そうだな。同じようなもんか」

 

自虐で、自己満足。それでも踏ん切りがつかない情けない自分には必要で、どうしようもない此処で留まっている訳にはいかないから、と。自嘲するように笑いあった二人は、拳を固めた。

 

そうして、技術も何もない。ただ一歩踏み込むだけの乱暴な拳を互いに放った。

 

相手を害するつもりではない、力任せの右拳。それでも軍人の鍛えられた身体から繰り出された一撃は重く、二人の唇は切れて、少量ではあるが血が滲みでていた。

 

「っつ~~」

 

「こっ、ちの台詞、だっつーの………」

 

ユウヤは自分の頬より広がった予想外の衝撃に、どういう筋肉してんだと文句を言いたくなった。まさか脚に来るまでダメージを受けるとは思わなかったのだ。武は武では肩の傷に響いたようで、同じように俯き、ふらつく脚を懸命に抑えていた。

 

互いに見ているのは、俯いた先にある地面。それを見ながら、胸に広がる感覚を噛み締めていた。それは満足感ではない。痛みと共に広がったのは、空虚な何かだ。

 

痛みを覚えても、失った者は遠く帰ってこない。

その事実だけを再認識させられていた。

 

記憶の中の光景を反芻する度に理解させられる。

出会った当初の、真正面から心の傷口を抉るような言葉と、真剣のように鋭い視線も。

無人島で垣間見えた、歳相応の弱さも。指摘された事には実直に応えようとする生真面目さも。時折見える、年齢には不相応の幼い部分も。あの黒髪が風に揺れる光景を見ることはもう出来ないのだと、思い知らされた。

 

ちくしょう。ちくしょう、と。感情が音となって口から漏れでたのは全く同時だった。悲鳴を上げる程に強く、全身の筋肉は硬直していた。それでも。それでも、戻ってこない事を知りつつも。篁唯依が死んだという結果が覆ることはなくても、二人は声にならない叫びを上げ続けた。零れた涙は、泣き声は、遠くまで響く航空機の音に掻き消された。

 

そうして、120秒。時間が経過した後にユウヤと武は軍人としての顔つきを取り戻した。そして、軍人とは民間人のために死ぬことが責務であり、死なない人間など存在しない。万能ではあり得ない人間は、いずれ必然的な終焉をその身に刻まれる。

 

「それが………当たり前なんだよな」

 

痛みさえ感じられなくなった誰かが居て、それはもう覆しようがない事実なのだ。喚いても怒鳴り散らしても、死人が生き返ることはない。

 

ユウヤはそこで気づいた。戦友の死に慣れている実戦経験者であるヴァレリオやステラ、タリサも同じような思いを抱いているのだろう。だが憤るだけで現実を直視しなかった自分とは違い、周囲に当たり散らすことなく、強くあろうと振舞っているのだ。

 

自分とは違う。ユウヤは羞恥心を覚えていた。怒って殴られて泣いて。周囲の整備兵や歩兵が見れば動揺を呼び起こすだけの、自慰行為。それ無しには切り替えることができないなんて、新兵そのものではないかと。誇り高いという人間。ユウヤは抽象的ではなく、その意味が分かった気がした。

 

自負を捨てないのは当たり前。それ以上に、死んだ戦友を誇りに思うのだ。先に逝った戦友に恥じぬように。何も知らない他人から見ても、死んだ戦友が勇敢だったと語らずとも伝えられるように。

 

「今更気づくなんてよ………不甲斐なさ過ぎて言葉もねえよ」

 

「俺もだ。口先だけで、本当に………情けねえ」

 

「はっ、よく言うぜ。その年で、あんなふざけた戦闘力持っててよ。ここにきて嫌味か?」

 

「関係、ねえよ。肝心な所で間に合わなかったら、例え世界一の腕持ってようがゴミ屑同然だ」

 

「…………違いねえな」

 

ぽた、ぽた、と流れる血を見ながら二人は乾いた笑いを交わしていた。傍から見れば何をやっているのだと呆れられるだろう。それでも必要な行為だったと、どちらともなく思っていた。

 

そしてユウヤはここに来て、目の前の男が、白銀武という男がバカである事に気づいた。何かの目的を果たそうと動いているのは間違いないであろうが、根は本当にバカな男なのだと。その男の目的は何なのか。今までの行動を思い返しながら、ユウヤは考えこみ。

 

そして流れる血をそのままに、顔を上げた。

 

「おい、アホタケル」

 

「なんだよ、バカユウヤ」

 

「戦術機の開発に必要なモンがなにか知ってるか?」

 

「知ってるぜ、当たり前だろ? どこぞの開発中毒者と開発熱狂者と――――開発バカから、嫌というほど聞かされたからな。こっちは聞いてねえのに」

 

「御託はいいから、答えろ」

 

「――――情熱と、覚悟。あのバカはどっちも同じぐらい必要だってほざいてた」

 

ユウヤは武の回答に頷き、肯定した。情熱は言うまでもない。焼ける程に強く思わなければ良い機体にする以前の問題だ。そして妥協は許されない。開発途中で迷ってしまう事は多い。その中で例え何があろうとも自分の信じるがままに、自分の知識と選択を信じつづけること。頭が痛む程に考え、間違っていた時には諸共に爆散することすら許容しなければならない。

 

武の知る“あちら”のユウヤは、そう言っていた。だから言葉は反芻するものだ。“こちら”のユウヤもそれは同感で。だが、ユウヤの予想外に武の言葉は続いた。

 

 

()()()()()()()()は………もう一つの要素が根底にあるって言ってたけどな」

 

「土台となるものか」

 

「情熱を燃やす燃料になるもので、覚悟を凝固する薬にもなるモノ――――曰く、“夢”だってよ」

 

もう叶えられなくなった、過去に見た夢を。誰かと一緒に見て、約束をしたけど果たせなくなったものを。理解した時には遅かったけど、叶えると約束した夢を。最初に走りだした時に抱いた思いと信念を、忘れてしまったものを取り戻そうという過去の自分を。武は言葉にせず、内心で思い出していた。あちらのユウヤ・ブリッジスは後悔に塗れていた、それでも夢を捨ててはいなかった。

 

「“創る者なら尚の事、自分が組み立てていく物の成功を心の底から信じて当たり前。最善の物を形にするには、一歩だって退いちゃいけねえ。どんな事があろうと自分の意志を貫くって、覚悟しなければ始まらない”。俺の大好きなバカの言葉だ」

 

それは母の願いに応えられず、恋人に先立たれても諦めなかった男の、全てを救うなど出来るはずがないと、分かっていながらも諦めなかった男の言葉だった。

酒の席の話で、酩酊状態で聞いた言葉だが、武はずっと忘れなかった。

 

夢を土台に、夢想に過ぎない空想の戦術機を現実のものとして明確な形にする。

マンダレー・ハイヴを前にしてターラーが宣言した言葉に酷く似ていたからだ。

ユウヤはそれを聞きながら、噛みしめるように繰り返した。

 

「夢を貫く決意…………何に言い訳しても駄目で………自分の行動で起きることの全てを、自分で背負わなければならないってことか」

 

夢は自分の中にあるもの。個々人で異なるそれは、他者の共感を得られるとも限らない。夢を見る素地は自分の人生の中で。それを果たそうとするものは、ある意味で自分勝手にならなければいけない。それが他者の夢を利用するものであっても

 

(唯依は不知火・弐型を完成させたいと思っていた………俺と同じだってのは、自分勝手な考えか、都合の良い解釈か? ………違う。それだけは、間違ってねえ)

 

ユウヤの信じる唯依はきっと、今際の際でも同じこと思っただろう。

ならば、自分の出来ることは一つだ。ユウヤは唇の血を拭いながら、告げた。

 

「詳しいな。知識も豊富そうだ。それだけ分かってるなら、なんで開発衛士に立候補しない」

 

「無理言うな、こちとら最終学歴が小学校中退なんだよ。そんな難しいことやり続けたら頭がパンクしちまう」

 

「しょ、ってお前………そうか………いや、あと一つだけ確認させろ。お前の機体に搭載されてたOSの事だ。黙りこむなよ、答えてくれ。OSが量産されるかどうか、その結果次第で開発の方向性は全く異なってくるんだからよ」

 

完成度が段違いになってしまう。ユウヤの詰問に、武は溜息で答えた。その様子を見て、更に一歩詰め寄るユウヤ。武は落ち着けよ、とユウヤの胸ポケットがある辺りを叩いた。ユウヤはかさり、という紙の音を聞くと、今の一瞬で紙が渡されたことに気づいた。

 

「………何のつもりだ?」

 

「遠くで見ても分からないように、な。恐らくは米国国防情報局(DIA)だ」

 

「――――監視、か」

 

「バレないためのちょっとした小細工だ。隠す理由もさっきの答えもここに書いてある。それで…………その“ラブレター”の処分はブリッジス少尉殿に任せるぜ。というか、一度読んだら千切って水に浸けてくれ。それで溶けるようにできてる」

 

「何が書いてあるのか分からねえが………いいのか? もし俺がお前の言うことを聞かずにDIAにこれを渡したら、とか考えねえのか」

 

「ならこう答えさせてもらうぜ。それをやれば篁唯依の戦いが全く無駄になる。つまり彼女の戦いに意味はなくなり、犬死にも同様に終わる。それをブリッジス少尉殿が許容できるなら、ご存分にどうぞ」

 

「………随分と言ってくれるな、クソガキ」

 

「最後だから許してくれよ」

 

「なに………もしかして?」

 

「ああ、帰還命令が出てる。そんなに寂しそうな顔すんなって。それで………タリサからも聞いたんだけど、一つだけ確認したい事がある」

 

誰が寂しそうな顔を、と文句がありそうなユウヤ。

武は笑って誤魔化して一息置くと、慎重な口調で問いかけた。

 

 

「頭とか、腹じゃない。篁中尉は()()()()()()()()()()()んだよな?」

 

「………ああ。左胸から血が流れてたらしい。テオドラキス伍長から聞いた。混乱はしてたが、伍長も軍人だ。間違えてるってことはないだろう、って………お前………?」

 

ユウヤは武の表情の中に怖いものが混じっていく様子を見て、息を呑んだ。

そして剣呑な雰囲気に、ハッとなった。

 

「テロリストじゃあ、ないってのか?」

 

「確証はない。ただ、テロリストじゃあ無いと思ってる。この厳戒態勢で狙撃銃を用意して、狙撃を成功させた挙句に、無事逃げおおせる? あり得るか、そんなもん」

 

ユウヤはそれを聞いて、悔しさに唇を噛み締めた。薄々と感じていたことだが、はっきりと誰かが言葉にする事で怒りがぶり返してくる。ここに来て計画的に、恐らくは裏でテロリストに介入していた者達に殺されるなど、どれほどの無念だろうか。血が更に出るが、知ったことではないと強く噛まれた唇から、更に血が流れでた。

 

BETAが居るというのに、内輪揉めや暗殺が横行している。ユウヤは狂ってるぜ、と怒りの息を吐いた。そして、背中を見せて立ち去っていく武の姿を見ると、慌てて呼び止めた

 

「お、おい?」

 

「勝手だけど、時間だからな………もう行くぜ」

 

去っていく武。ユウヤは怒りに染まったその背中を呼び止められず。

それでも拳に残った感触を思い、手を上げて別れの言葉を告げた。

 

「またな、クソガキ………いや、白銀武」

 

「ああ。また会おうぜ、開発バカ………ユウヤ・ブリッジス」

 

武は振り返らないまま、ユウヤと同じく殴った方の手をひらひらと振りながらその場を去っていった。そのまま、誰もいなくなった後に武は呟いた。

 

「確証はない。でも………奇跡は二度起きない」

 

あちらの世界の篁唯依が一命を取り留めた理由。それは、胸にあった懐中時計が弾丸を防いだからだ。

 

冗談のような奇跡だと思った。懐中時計は大きくなく、心臓の全てを防護している訳ではない。少しでも逸れれば弾丸は左の胸を貫いて心臓を傷つける。故に篁唯依は死んだという、その可能性の方が高い。どんなに大切な人であろうと関係が無いと言わんばかりに、世界は呆気無く人を殺す。その光景を武自身も、記憶の中の別の武も嫌というほど見せられてきた。

 

それでも、もしかしたら。放たれた凶弾が頭ではなく胸に当たったのが、奇跡ではないのならば。公のルートで発表されているのだ、本当に死んでいる可能性の方が高いのは確かであっても。

 

「それに、このタイミングでの帰還命令………オレの安全を考えてのことかもしれないけど」

 

一縷だろうと望みが残っているのならば確かめなければならない。武の呟いた言葉は航空機の音に潰されず、暮れていく基地の空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくした後。ユウヤはユーコン基地のある部屋の中、国連の調査官による戦術機戦闘の実況検分が終わった後、ある男と会っていた。

 

米国国防情報局(DIA)のデイル・ウェラー。ユウヤは合衆国国防総省の諜報機関に身を置くその男が開口一番に告げた言葉に、眉を顰めた。

 

「………テロはまだ終わっていない、ですか?」

 

「ああ。その前に………頬の怪我はなんだね? 誰かに殴られた跡のように見えるが」

 

「たわいもない喧嘩ですよ。自分で言うことではありませんが―――――」

 

「白銀武少尉、か。そのような姿が目撃されている。災難だったな」

 

「こっちも殴りましたから。痛み分けです」

 

「そうか。日本の流儀には、夕焼けの下で殴り合いをするのは友情を深めるための一種の儀式であると聞いた事があるが………喧嘩の理由を聞いても構わないかね」

 

「そっちじゃありません。野郎が、この状況で一人帰国するって言ってたからですよ。せいせいするって言われて、頭に血がのぼりました」

 

それよりもテロがまだ収まっていない状況で帰国が許されたのは何故でしょうか、と。ユウヤは嘘をついた上で、探るような言葉を向けた。デイルは呆れの表情を見せながら、肩をすくめた。

 

「篁中尉の件で本国から帰還命令が出ていたそうだ」

 

デイルは事の顛末をユウヤに説明した。国連側も今の時期で容疑者の一人である衛士を帰国させる訳にはいかないと答えたそうだが、日本側は米ソと国連が共同の怠慢を責めた。ユーコンでのテロを未然に防げなかった事と、テロリストの報復であろう篁中尉への狙撃を防げなかった事を引き合いに出したのだ。斯衛の譜代の武家、それも次期当主であった篁唯依が死亡したということは帝国軍にとっても重大な事件であり、帝国斯衛軍に対していち早く当事者から説明させる必要があるという事を主張された国連は、それ以上の反論を重ねる事ができなかったという。

 

「………そうですか」

 

ユウヤはそれだけで帰国を許されたという事に対し、違和感を覚えていた。あるいは、何か別の圧力がかかったのかもしれない。だがユウヤは取り敢えず納得をするポーズを見せた。自分たちを監視していたのか、といった類の言葉は余分なことだと判断していたからだ。黙って頷いたユウヤに、デイルは話を続けた。

 

「先程の話だが、その通りだ。テロはまだ終わっていない。テロリスト共は複数の組織の………確認されているだけでも50はくだらないだろうテログループの集合体だった。国連軍の身元調査はザルな事で有名でね」

 

諜報を仕事とする者であれば誰もが知っている話らしい。

ユウヤは武を思い出し、成程と内心で呟きながらも、話の筋が見えなかった。

 

「合衆国軍人としてテロ鎮圧には協力しますが………自分は一介の衛士です」

 

今は開発に専念したい。あっけらかんとしたユウヤの熱意に、デイルは肩をすくめた。

 

「邪魔をしたいつもりはない。だが、優秀な合衆国軍人として頼みたいことがある……」

ユウヤはデイルの言葉を聞くと、確かめるように繰り返した。

 

「内偵、ですか………訓練を受けていない、このオレに?」

 

ユウヤはデイルの提案を聞いて不思議に思い、次に訝しんだ。DIAともなれば自分の経歴は把握している筈で、諜報の訓練を受けていない事など分かりきっている筈。スパイをしようとも真似事に終わるだけで、成果が得られない確率の方が遥かに高い。

 

その内心を読んだように、デイルは会話を続けた。心配する気持ちは分かる。訓練を受けてもいないのに何の役に立てるか、不安を思うだろと。

 

「だが、問題は君にその気があるか………その1点のみだ」

 

デイルは次にユウヤを褒めそやした。

 

「南部の名門ブリッジス家の出身で、任官した後は出世街道を歩き続けているエリート中のエリート。戦術機開発の成果から、今回のテロ事件でレッド・シフト発動を阻止するために見せた動きを思うと………誰よりも立派な米国人であると言える」

 

心から敬意を表する。そう言われたユウヤは、戸惑いながらも頷いた。

 

「逃亡せず鎮圧に動いた。死の危険を顧みずにだ。このことからも、君の合衆国への忠誠心が微塵も揺らいでいないと私は信じているが………どうだろうか?」

 

「………はい」

 

ユウヤは頷きながらも『むしろ揺らいでいると思われているのか』と苛立ちの言葉を頭に思い浮かべたが、声にはしなかった。代わりに、疑問の言葉を投げかけた。

 

「忠誠だけで任務を達成できるとは思わない。専門の訓練を受けた人間に、オレが敵うとも思いません。話を聞いてから………というのは無理でしょうか」

 

聞く事で引き返せなくなる話もある。慎重になるユウヤに、デイラーは苦笑しながら答えた。

 

「いや、君にしかできない事だ。よって、話を聞いてから判断してもらいたい………君に頼みたいのは、アルゴス試験小隊の監視だ」

 

「なっ………!?」

 

「必要な事だ。聞けば分かる。対象A、イブラヒム・ドーゥル」

 

デイルはイブラヒムの過去に関する調査結果を読み上げた。

 

「テロ実行犯のリーダーと思われるメリエム・ザーナーと司令部ビルで接触した事実あり。また、トルコでは命令違反を犯し、難民救出したという過去があり、その時の難民にザーナーが居たという事が明らかになっている」

 

そして、と続ける。

 

「その際、部下のほぼ全てが戦死し、本人は抗命により降格。難民に同情的な男であった………篁中尉の狙撃事件の際、現場に居合わせていた事も関連性があると思われる。今も勾留中だ。これだけの材料が揃っているのだから、無理もない」

 

「………ッ」

 

ユウヤはまさか、と大声で反論しそうになったが自重する。

その様子に関係がないと、デイルは立て続けにアルゴス小隊員の疑念の根拠を並び立てた。

 

そして話がヴァレリオとタリサ、両名に関係がある者であり、テロ組織の一員であったナタリーに話が移った所で言葉を挟んだ。

 

「テロの最中、ナタリーはタリサに全てを打ち明けようとしていた。その後に、何かが起因となったのか…………正直、何がなんだか分からないが、彼女は爆発して死んだ。同じ場所に居た中国人衛士いわく、肉も骨も残らず吹き飛ぶなんておかしいって話だが………」

 

「………それはこちらでも確認している。だが、あえて仲間を犠牲にする事で関連性が皆無であると思わせる手法は存在する。むしろ、珍しくない程だ」

 

「そうか…………分かった。分かったよ、ウェラー捜査長」

 

「何が、かね?」

 

「オレには無理だって事だ。戦友を頭から疑って接するのが諜報員の仕事らしいからな」

黙り込んだデイルに、ユウヤは立ち上がりながら怒声を浴びせた。

 

「国が違おうが、戦友なんだよ。油断しなくても即座におっ死んじまうあの戦闘で、一緒に生き抜いた仲間だ!」

 

それに、と続けた。

 

「全部嘘だって思ってちゃ俺たち衛士には何もできねえんだよ。開発衛士なら尚更だ。仕様変更から図面を起こして機体に反映する………その一連の作業でどれだけの人間が関わってると思ってんだ! それをまとめて疑いながら開発を続ける、なんて………」

 

ユウヤはそこでラトロワ中佐の顔を思い出し、声を小さくした。分を弁えろという言葉。それは、諜報員に衛士の道理を叩きつけてそれが正当だと主張する事とは違うと思ったからだ。冷静になったユウヤは、椅子に座り、話を続けた。

 

「あんたの………DIAの立場も、全てじゃないが理解できるつもりだ。テロの芽を潰すために徹底的な調査を行いたいってのは分かる。そのためにまず人を疑おうっていうアンタ達の行動は否定しない。オレだって、二度は御免だからな」

 

テロにより失われた生命。それに含まれているかもしれない唯依の死も。失われる可能性があった、数億の生命。ユウヤはあれが繰り返されると考えるだけで、吐き気を覚えた。

 

「だけど、無理だ。オレがやったって成果は出ないだろう。それだけじゃない、弐型の開発も頓挫して、米国の面子を潰す羽目になる」

 

ユウヤは暗に告げていた。アンタの立場を否定するつもりはないが、開発衛士としての任務を否定させるつもりなんて更々無いと。

 

「言葉を荒らげてすまなかった………でも、結論は変わらない。オレが失敗することで合衆国の国益が損なわれることは、捜査長にも許容できない結末ではないですか?」

 

「そうだが………こうも考えられないか、少尉。君の手で大切な戦友たちの無実を証明するのだと」

 

「DIAは米国の安全を、自分は偽りの疑念を晴らすために、ですか」

 

「そうだ。大げさな話ではない。合衆国はBETA大戦下においてもなお、力が衰えていない超大国だ。我が国を置いて世界の秩序を維持できる国は存在しない」

 

「………確かに。テロの標的になった理由の一つでしょう」

 

ユウヤは、テロリストが壊したかったものの本質そのものを理解できたとは思わなかった。だが国際協調のシンボルとして筆頭に上がり、戦時国に一番多く物資を提供しているのが合衆国である事は純然たる事実であることは理解していた。解放戦線の背後に存在するであろう組織は、その事実を覆すべく動いていたのかもしれない、と思える程に。

 

(気が緩んだ所に潜り込み、不意打ちでより多くのダメージを。そう考えると、ユーコンを狙ったテロリスト共の狙いは妥当だと言える)

 

正義も正誤も感情の納得さえ置いて一歩引いて見れば、分かることだった。

ユウヤはその事実を認めながら、首を横に振った。

 

「なら、尚の事だ。専門家を派遣するのが最善だ」

 

「それは………理由を聞かせてもらっても構わないかね」

 

「以前ならいざ知らず、今のオレには無理だ。不知火・弐型を完成させるまで、それ以外の事に気をやる余裕はない」

 

誰に勝手だと言われようが関係がない、それが決定事項であり、一分たりとも他所のことに意識を割けるような器用な真似は出来ないと、ユウヤは断言した上で続けた。

 

「どちらも中途半端に終わっちまう。内偵も、開発もだ。調査も不十分で味方の潔白が証明できなくなるのは我慢ならないし、中途半端な機体を戦場に送り出して、最前線の人間がBETAに殺されるような事態になるのもゴメンだ」

 

いずれにせよ合衆国の面子を潰すことになる。ユウヤの力強い言葉に、デイルは溜息をついた。

 

「覆すつもりもなさそうだな。これはまた固い決意だ」

 

「済まないとは思っています。でも………」

 

「分かった。無理強いをするつもりはない。実況見分だけは頼む。当分の間は聴取が続くと思うが――――」

 

「できるかぎりの事をする。これだけしか約束できなくてすみません」

 

「謝ることはない。大任を果たした後だ、責める事などするものか。むしろ礼を言いたい。君は米国を救ってくれた英雄なのだから」

 

「………はい」

 

ユウヤは差し伸べられた手を握り返すと、取り調べ室から出て行った。デイルはドアが閉まった後しばらくして、肺の奥にまで溜めていた空気を吐き出すと、苦笑した。似たような疲労感を覚えた記憶があるからだ。その時にデイルが思い浮かべたのは、ユウヤの母であるミラ・ブリッジスの事だった。

 

「この頑固さと一途な姿勢には既視感を覚えるな………いや、あの母にしてこの息子ありと言うべきか」

 

デイルはサングラスを取り外すと、眉間にあった皺を指でもみほぐした。

 

「運命の皮肉だな………こんな形で出会うとは、何という巡り合わせだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、9月24日。ユウヤはアルゴス小隊の面々と一緒に、リルフォートの中を軍用車で走っていた。とはいえ、速度は自転車のように遅い。ガルム小隊が防衛に回ったとはいえ建造物の被害はゼロではなく、瓦礫がそこいらに転がっているからだった。

 

「クラッカーの援軍があったからか、多少はマシだけど………やっぱ酷えな」

 

「そうだな………全員でリルフォートを守ってたら、こうはならなかったかもしれねえけど」

 

「それでユーコンごと吹き飛ばされてたら意味ねえだろ………ってのも軍人の理屈だよな」

 

正当であろうとも、その理屈が死者に通じるかどうか。遺族が居れば、見捨てられたからこうなったと主張することだろう。そして、それはおおよその所で正しかった。

 

「復旧に動こうとしてもね………テロを繰り返さないために、色々な制約がチェックがかかるのは間違いないだろうし………タリサ?」

 

ステラはタリサを見て、どうしたのかと尋ねた。何やら髪の中にヘアピンか何かがあるようで、その位置を調整しているかのように見えたからだった。

 

「あ、いや………なんにも」

 

「おいおい、しっかりしろよ。誰も死んでないとはいえ、イブラヒムのダンナが勾留されている今は、な」

 

「そうね………」

 

ステラの頷きに、他の3人は同じ感想を抱いていた。去っていった者、居なくなった者。雰囲気が重くなりそうな所で、ユウヤがそういえばとタリサに尋ねた。

 

「タリサ。お前、タンガイルの事に詳しいか?」

 

「そりゃあ………詳しく無い筈がないだろ」

 

インド洋方面において、民間人が避難する暇もなく街ごと根こそぎ食い荒らされた事例は少ない。その例外がタンガイルであり、訓練過程にその様子を事細かに聞かされた上で打開策を論文にしてまとめるのは、大東亜連合の戦術機甲部隊における必修課程でもあった。

 

「悪条件が重なった上での悲劇だってな。防衛………いや、街の中で大混戦になった時に戦った衛士も、大半がPTSDを負ったって噂だ」

 

「そうね。クラッカー中隊が結成された原因の一つが、タンガイルで民間人を守れなかった自分達を恥じて、ということらしいけど………いえ、それが彼らが防衛戦に名乗りでた理由かしら」

 

人が残っている市街地でBETAを混じえての防衛戦。タリサ達はそのような戦場を経験した事が無かったし、また想像するだけで胃壁が削れるような思いを強いられるのだろうな

と思っていた。

 

「でも………1995年。今から6年前の事だったよな」

 

「そうだ。もしかして調べてたんか? 目の下も隈もそうだけど、随分と男前な面になっちまってるが」

 

「あのバカに殴られた所が腫れてんだよ。くそ、片手でバランス取りづらいってのに」

 

バカの馬鹿力が、とユウヤは毒ついた。タリサはなんとも言えないような表情で、何かを言おうとしたが黙り込んだ。

 

「さっさと帰っちまったなあ………篁中尉の事で何かしらの動きがあったんだろうけどよ」

 

「私としてはもう少し彼の話を聞きたかったけどね。年齢に不相応な実力とか」

 

「おいおい、それはユウヤに聞きゃ一発だろ? ていうか実際の所、どうよ。ずっと同行してたって聞いたぜ」

 

「………アルゴス小隊まとめて捻られてもおかしくねえ。今の所だけど。一対一じゃ絶対に勝てねえよ。ラプターでも引っ張り出してこなきゃ勝負にならねえ。いや、ラプターでもどうだかな………」

 

卓越した操縦技量、鍛えあげられた身体、その上でベテラン並かそれ以上の状況判断能力を持っている衛士。どこぞの英雄譚から飛び出してきたような規格外を無理に言葉にあてはめるのであれば、この一言しかないとユウヤは断言した。

 

「新型の宇宙人だ。口と鼻と目と耳からレーザー発射しても俺は驚かねえぜ」

 

「ユウヤ、お前………寝不足なのは分かるけどよ」

 

「はっ、冗談だ」

 

ユウヤは冗談だ、と言いながらも的確な表現じゃないかと思っていた。原因は昨日に渡された、バカ曰く“ラブレター”にある。

 

(OSは量産可能………つーか、なんだこの性能は。舐めてんのかって破りそうになったぜ。それでも、あの時の動きを検証してみれば嘘じゃないってのが分かるのがもう、な………その上で弐型改良の素案だと?)

 

ユウヤはそれを夜通し読んだ上に記憶する作業に追われ、寝不足になっていた。それだけなら夜中の3時ぐらいには眠れたのだが、直後に細切れになるぐらいに千切り、洗面所で水に溶かして廃棄しなければいけないのが致命的だった。

 

睡眠時間1時間未満だというのを証明できるぐらい、ユウヤの目は睡眠不足で濁っていた。雨雲を思わせる雰囲気を醸し出すユウヤを置いて、街の様子を観察していたヴァレリオは感慨深げに呟いた。

 

「想像してたよりずっとマシだな………」

 

欧州とは違う、とヴァレリオは呟いた。人通りは以前よりずっと少なく街からは活気も感じられないが、完全に倒壊した建物は片手で数えられる程。ステラも欧州で見た廃墟とは異なり、冷たく暗い雰囲気には支配されていない事に気づくと、小さく安堵の息を吐いていた。

 

「っと。見ろよ、その立役者が居るぜ」

 

視界の先にはガルム小隊の面々が居た。アルゴスと同じく先の戦闘における実況見分を行っているのだろう、国連の調査官らしき人物と破壊された建物を見ながら会話を交わしているのが見て取れた。

 

直後、そこに近づく人影があった。飲食店の店長らしき、エプロンを付けた初老の男性がガルム小隊に対して、涙を浮かべながら頭を下げていた。そしてアルフレード・ヴァレンティーノが何か一言二言を告げると、互いにおかしそうに笑い合っていた。ユウヤはその姿を見ながら、ラトロワ中佐の言葉を思い出していた。

 

(衛士の本分、か)

 

政争の中で煌めくものではない、BETAに対して人類が掲げた剣の切っ先。

何よりも頼もしく、人間のその心身を守る象徴でなくてはならない。

 

(中佐………大局はどうであれ、自分のやるべき事は分かったぜ)

 

唯依の遺志と自分の意志を元に弐型を最高の機体にすること。切っ掛けはある。ユウヤは呟き、一人で決断していた。

 

(メモにあった不知火・弐型の改良に関する助言の欠片………どういった理由でアレをオレに渡したのかは分からねが、遠慮なく利用させてもらうぜ)

 

昨晩、脳内へ焼き付けた記憶。ユウヤにとってそれは悪魔の囁きに等しいものだった。自分が考えていた不知火・弐型の改良案を進めるために役立つもので、大いに役に立ちそうなものばかりだった。

 

(罠だろうが、関係ねえ。メモの文章もそうだ。飲み込んだ上で利用させてもらうぜ)

 

何らかの意図があっての事かもしれないが、ユウヤはそのややこしい事情を全て無視して、弐型の発展に全力を注ごうと思っていた。不知火・弐型の改良に関して、自分より先を行っている者が居ることを理解した上で、まとめて取り込むつもりでいた。

 

(メモも、踏み台にしてやる。アレを利用して、更に優秀な機体を作り上げる)

 

そのために必要な事は何か。ユウヤは街から基地に戻る途中もそれを考え続けた後、ヴィンセントにある事を頼み込んだ。

 

「整備員を集めてくれって………お前、この時期に何する気だよ」

 

「それは全員の前で説明する。ヴィンセント、この通りだ」

 

「ばっ、お前、頭下げんなって! あ~もう分かったよ!」

 

「頼む」

 

ユウヤはヴィンセントに要件を伝えると、急いで部屋に戻って素案を硬めた。

全体の形として、改修の道筋が立てられるのは明日からだが、その前にやっておく事があると考えた。

 

そして時間になると、基地の中を走って移動する。その途中に見知った顔があった。インフィニテーズの衛士、レオン・クゼとガイロス・マクラウド。だがユウヤはそれも無視して走り抜けようとした。

 

「お、おい!」

 

「悪い、レオン! 時間がないんでな!」

 

一歩も立ち止まらずに去っていくユウヤ。呆然とするレオンに、隣にいたガイロスが声をかけた。

 

「どうした」

 

「いや………どんな心境の変化があったんだか………」

 

「そうなのか?」

 

「ふてぶてしさが微塵もねえどころか………見たこともねえ面してやがった」

 

「それは、悪い方向にか?」

 

「いや…………ちっ」

 

レオンの舌打ちが廊下に残り。その音も聞こえないぐらいに早く走り抜けたユウヤは、ハンガーにある不知火・弐型の一番機の前に集まっている整備員を確認した後、立ち止まった。そして呼吸を整えた後、深呼吸をすると、整備員達の前に立った。

 

最初にユウヤは、整備員達の顔を見た。連日の作業とテロによる影響だろう、その顔には疲労の色が濃い。責任者であった唯依が死んだ事もあり、全員がどこか暗い表情を浮かべていた。なのに、ここに集合をかけたのはどういったつもりか、という不満を隠そうとしない者も居る。ユウヤはそれを受け止めた上で、話を始めた。

 

「最初にまず言っておきたい。オレは………XFJ計画を最高の形で終わらせたいと思っている。不知火・弐型を最高の機体に仕上げて、日本に無事返すために努めるつもりだ」

宣言をするように語りかけたユウヤ。その発言に対し、整備員の数人から反論するような口調での言葉が返った。

 

「それは………俺達も同じです」

 

「ああ。なんだって今、そんな話を………」

 

「必要だからだ。オレは………今になってようやく分かった事がある」

 

「………それは?」

 

「篁唯依は、本当に偉大な衛士だった。オレなんかじゃ、とても敵わないぐらいに」

 

ユウヤは整備員に向け、自分の知る唯依を語った。開発に向ける情熱は疑いようのないものであること。カムチャツカでも分かるように、責任感に溢れ、必要であれば迷いなく生命を賭けられること。衛士としても優れ、今回のテロでも中心に立って戦い、防衛を成功させたこと。ユウヤの知る限りの詳しくを語った。

 

作業の時間を奪うだけの長話。それでも整備員達は、いつしかユウヤの話に引き込まれていった。整備班長までが真剣な表情になって。ヴィンセントはそのユウヤの姿を見て驚き、意外な才能に目を見張った。

 

まるで、話だけに聞いた武家の当主のように。話術に長けていない筈なのに、どうしてかその言葉から耳を話せない。ユーコンに来る前ではまるで想像もできないその姿は、風格さえ感じさせられるものだった。

 

「日本における衛士の流儀を聞いた………アンタ達の方が知ってるかもしれないが」

 

武から聞いた事だった。死んだ戦友に向ける花束は涙ではなく、誇りを。悲しみに立ち止まらず、勇敢に死んだ仲間を誇るために前に進み、常に切っ先であり続けるのが衛士であると。

 

「それは、分かってます………でも!」

 

「おい、上官に向かって!」

 

「良い、曹長。聞かせてくれ」

 

ユウヤは整備班長である犬飼曹長を制止し、止められなかった言葉がユウヤに叩きつけられた。

 

「こんな時にも戦術機戦術機戦術機ッッ! あんたの頭の中にはそれしかないんですか!篁中尉は! 中尉は………もう………っ!」

 

悲痛な声には涙さえ混じっている。ユウヤは怒らずに頷き、ゆっくりと自分の考えを言葉にした。

 

「ああ………勇敢に戦って死んだ。XFJ計画を守るために、テロに立ち向かった。だからこそ中途半端にしたくないんだ。そんな事したら、最初の頃のオレ以上にドやされちまう。貴様の志はそんなものだったのか、ってな」

 

ユウヤは少し悲しみを含んだ微笑を浮かべた。整備員は、その様子を見ると目を腕で隠しながら声を押し殺して泣き出した。ユウヤは静かに視線を正面に戻し、話を続けた。

 

「報いることはできるのか、その方法は………考えたが、弐型を完成させる以外にない。唯依の戦いが、ユーコンからずっと戦い続けていたあいつの行動がこの上なく意味があったものなんだって証明する。他の誰かじゃ無理だ。俺達にしか出来ないことなんだ」

 

ユウヤは自分の思いの丈をぶつけた。死んだ者に送ることができるものを、添えられる花束はなんであるかを語ろうとした。

 

だが、それは整備班長の一言で中断させられた。

 

「あー、ブリッジス少尉のお話は分かりました」

 

もうわかった、というような口調。それを聞いたユウヤは失敗したかと固まった所に、班長の声が更に重なった。

 

「それでも伝わるものはありました………おい、お前ら顔を上げろ」

 

整備員にとってはいきなりの事で、戸惑う者も多い。だが、その顔にはそれまでとは違うものが宿っていた。班長の呼びかけに、全員が顔を上げた

 

「腑抜けた面が少しはマシになったようだな………少尉の発言を復唱しろ。不知火・弐型を完成させられるのは、俺達以外に居ない。今の言葉を聞いてどう思った」

 

「それは………」

 

「間抜けな声を返すんじゃねえ。つまり、俺達の手で篁中尉の弔い合戦が出来るってことじゃねえか。整備員の俺達が計画半ばで死んだ中尉の無念を晴らすことができる」

 

戦い傷つけるのではなく、機体を完成させる事が何よりの餞になる。

班長の言葉に、整備員の顔に熱が灯っていく。

 

「でもなあ、おい………それを俺達じゃなくて、他の誰かに任せていいのか? 少尉殿はとびっきりの機体を作り上げるらしい。それを疑うような阿呆は帰れ。それについていけませんって言うような腑抜けな玉無しもだ。そんな愚図はオレが速攻で国に送り返してやるが………それでもいいのか?」

 

班長の言葉に返ってきた反応は劇的だった。全員が拒絶の意志を前に、嫌です、と叫んだ。それに満足したように、整備班長は頷き、ユウヤの方を見た。

 

「そういう事です、少尉」

 

「あ、ああ………ありがとう、曹長」

 

「礼を言うのはこっちですよ。このままじゃ………中尉の墓前に泥を塗っちまう所でしたから」

 

女の子の墓前に添えるのは花であるのが当然。そう語った班長の表情には言いようのない悲しみが含まれていた。ユウヤはそれを見て、班長にも過去に同じような経験をしたのかと尋ねたくなったが、ヴィンセントが首を横に振るのを見て、迷った挙句に止めた。

 

そして疲労の色が濃い整備員を見ると、解決案を出した。やる気になってくれたのは嬉しいが、限界を越えての作業は非効率になる。ならばと武御雷の整備員を巻き込んで、弐型の改修を進めればどうかと提案すると、班長は目を丸くしながら驚いていた。

 

「それは………良い案ですな。いくらか、離れた所で今の話を聞いていた者も居るようですので、説得はたやすいでしょう」

 

いざとなれば賭けの負け分を引き合いに出しますと、班長が豪快に笑い、ユウヤはその頼もしさに安堵を覚えた。

 

「それじゃあ、後は頼んだ。オレは素案の方を固めてくる」

 

ユウヤはそのまま、走って部屋に戻っていった。整備班長とヴィンセントはユウヤが去っていったのを確認すると、苦笑しながら言葉を交わした。

 

「ドーゥル中尉が戻ってくるまでは、このままかと思っていたが………流石はローウェル軍曹ご自慢の親友だな」

 

「いえ………オレもあいつのあんな姿は初めてで」

 

ヴィンセントは自分の見た光景が信じられなかった。まだ、戸惑いの気持ちの方が大きい。それでもその顔は徐々に喜びの色を含むものに変わっていった。班長がそれを見たあと、面白そうに笑った。

 

「若ぇってのは羨ましいねえ。あっという間に成長して、年寄りなんざ置いてっちまう」

「そうですね………曹長のお子さんは」

 

「中尉と同じだ………帝都の第三次防衛戦で、18だった。オレたち大人が不甲斐ないせいでな」

 

ヴィンセントはそれを聞いて、何も問いかけなかった。踏ん切りとして言葉にしただけで、根掘り葉掘り尋ねる事に意味はないと思ったからだ。その通りに、班長は整備でできた手のひらのタコをいじくりながら、衛士と見紛うほどに威圧感がある表情のまま告げた。

「空回りする時期は終わった………ローウェル軍曹」

 

「ええ。熱はこもりましたから………あとは整備兵の意地を見せるだけですね」

 

歯車は噛み合い、出力は万全。そう言いながら二人は笑い合った。

そうして、顔の皺に重ねた年の自負を刻んだ男は、停滞することなく動き出した。

ユウヤの作る機体に夢を見続けている男も、いつものように立ち上がった。

 

篁唯依の夢を背負って尚、それまでよりも強く。

 

遠く、目的に向かって走りだした尊敬すべき衛士に少しでも早く追いつくために。

 

 

 


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