Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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★21―1話 : 砲戦火~United front~

クリストファーと名乗っている男は本格的な宣戦布告の狼煙となった爆煙を背に、空を駆けていた。周囲には戦場の空気が蔓延している。

 

「念のため精鋭である少佐が先行しろ、だと? 大層な心配性だな」

 

クリストファーは自分の指揮下にある11機の自律制御機を見ながら、鼻で嗤った。

その瞳に憂いはない。敵は間違いなく強大だというのに、その瞳には戦意しか存在しなかった。自律操縦に頼るクリストファーの機体を考えれば、実質的に1人対7人の戦いで、自分しか頼れない孤独な戦闘に挑む前だというのにである。

だがその顔に悲壮を感じさせるものは一切なく、在るのはただ残虐さを連想させる獰猛な獣のそれだった。

 

命令はひとつ――――挽回の機会など与えないというもの。そうした意図で送り込まれたクリストファーの表情には、任務を受けたからという義務感だけではない、喜びの色が灯っていた。軍人の存在価値は壊すことで、建前など糞の役にしか立たない。それがクリストファーの持論であり、矜持でもあった。それに従って彼は尋常ではない訓練や実戦を経験してきた。

 

だが、その壊す相手に歯ごたえが無くては、自分が存在する価値が――――鍛え上げた軍人としての甲斐がない。だから嗤った。

 

今回の相手は、クリストファーをして手間取りそうな厄介な人間が居たからだ。

 

中刀(ミドル・ブレード)一本で、4機を相手に突撃砲まで奪って見せるか………実戦知らずの腑抜け野郎だけだと思っていたが」

 

クリストファーの笑みが濃くなった。技術は正しく活かされるべきだと思っている彼は、壊れやすいものを壊すことになんの価値も見出してなかった。

万全を期してと用意された誘導兵器、それを搭載する機体が11機分。

自律制御機の扱いに慣れているクリストファーが操れば、軍人もどきである難民解放戦線はおろか、そこいらの相手など戦闘にもならない。

それは自他共に認める評価で、それが故に恐れられていることもクリストファーは理解していた。

 

軍人として必須な能力の内には、自己戦力を正確に評価することも含まれる。

そして紛れも無く一流であるクリストファーは、自身の戦力を過剰だとも不足だとも思っていなかった。

 

必要な所に必要なだけ投入する。それが理想だからだ。

後顧の憂いはいくらかあるが、クリストファーはそれを理由に消極的になるのは御免であると考えていた。銀色の魔女は仕留め損ねたが、副官に任せているため問題はない。

建前でも協力している以上は、目的を果たすまでこの関係を壊す訳にもいかない。

どのみち、例の“資料”がある場所は見当がついていた。回収だけなら、出張る必要もない。それよりも自分の衛士としての戦力を活用すべきだと、そう考えての行動だった。

 

「その価値があるのかどうか………拮抗か、あるいは………どちらにしても楽しませてくれよ――――ん?」

 

機体のレーダーが敵影を補足し、クリストファーの網膜に投影された。

その事実に、彼は憤った。

 

敵機体は2機のみ、周囲に潜んでいる敵影は皆無。

それを見た男の眼が細まり、盛大な舌打ちがコックピット内に反響した。

 

「――――舐めたな、ヒヨコ野郎が」

 

後悔して死ね。その言葉と共に出された指示と共に、12機の戦術機が地に待つ2機の日本製の戦術機に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

時間を僅かにさかのぼって、数分。

ユウヤ・ブリッジスは当惑の視線を僚機に向けていた。正確にはコックピットの中。シロウ・オウス改め、タケル・シロガネ。自機である不知火・弐型、その原型である不知火に乗っている人物に向けていた。

 

『…………確認したいことがある』

 

『前置きはいい。言える範囲でなら答えられる』

 

思っていたよりも軽い返答に、ユウヤは迷いを深めながらも言葉を重ねた。

 

『お前の提案した作戦についてだ。どうして認められたのか………いや、そうじゃない』

ユウヤは最後の方は言葉を濁していた。対人戦闘のエキスパートである自分と、囮役に長けていて撃墜されてもなんら問題がない不知火に乗っている武。二人でテロリストの新手を食い止めている間に、他国の試験部隊の生き残りを手分けしてかき集める。

アルゴス小隊は演習直後のため燃料が少なく、それがネックになっていたが、別の試験小隊も同じだとは思えない。

だが通信不可である現状、足を使って確認をする必要があった。

故の囮役に、戦力分散。一方で、ステラとヴァレリオは万が一にも事態の報告ができなくなることが無いように米国の基地に向け移動させる。

それが武の提案した案だった。最初はいくつか反対の意見も出たが、結局は認められることになった。

 

ユウヤは知りたかったことがあった。今は作戦が決定してしまった後で、もう覆せないだろうが、何点かは確認しないことには気が済まなかった。

 

『お前の本当の狙いはなんなんだ? 尋常じゃない腕を持ってるのは分かった。だからこそ、分からねえ』

 

現状が現状故に、直接的に認めることなどできはしない。それでもユウヤは、武の腕を認めざるをえなかった。

 

(………オレだけじゃねえ。言葉には出さないだけで、ステラ達も驚いてた)

 

実戦中であるので全てを肉眼で確認できた訳ではないが、戦果だけを見ても異常であることは分かる。下手をすれば唯依をも上回りかねない程の練度。他国での戦場の立ち回りにも慣れている。およそユウヤの知る日本人像からは遠いが、実戦において何より有用であることは今も実証されている。出自は怪しいが、間違いなく日本でもトップレベルの衛士だろう。だからこそ、説明がつかないことがあった。

 

『日本帝国ってのは、お前程の奴を他国に送り込めるほど余裕があるのか?』

 

『余裕なら、無い。それだけなら答えられるな』

 

『………もう一つ聞く。米国がこの事件に関与している可能性についてだ』

 

ユウヤは、唯依達も全てを信じた訳じゃないだろうということは分かっていた。

だが共に動いている面々の中で誰よりも自国の国防においての容赦の無さを知っているユウヤは、否定しきれないものを感じていた。

それでも、確証は得られていない。しかし、それを真実のように語る者が居た。

 

『余計な時間はかけられないから率直に言うぞ。お前、事前にこのテロが起こる事を知ってたな?』

 

直球すぎる問いかけ。確証は持っていない。強いて言えば、ナタリーの異変にいち早く動けたことだけ。そうした勘頼りの質問は、敵味方が入り乱れているこの状況では愚行とも取れるものだった。だが武は一笑に付すことなく、気まずそうな顔をして黙り込んだ後、視線をやや逸しながら答えた。

 

『………知ってる筈がないだろ。だけど情勢っていうか、なんかな。空気が不穏に………言ってみりゃ変だって思ってたよ。特にラプターがこの基地に配備された時にはな』

 

『なんだと?』

 

『ラプターは動かすだけで莫大な金を食う、そうだろ? だから………ブルーフラッグに参加するって聞いた時にオレはまず嫌悪感よりも先に違和感を覚えた。意図は………確証はないけど、いくつか思い浮かんだ。だけど、なにもラプターでなくてもやりようはあるだろうっていう結論が先に出た。勿論、それだけじゃないけどな。この基地は人員やら背景やら関わってる組織やら、色々とややこしすぎる』

 

『ややこしい?』

 

『国連とソ連と米国のごった煮だ。そういう所にあのステルス機をぶち込もうってんだから正気の沙汰じゃないわな。元々、戦争中の国々にとってラプターに対する印象は最悪そのものだ。性能じゃない、その在り方が疎まれてる。あれを使えば反感しか呼ばないだろうと、そう考えてた』

 

『………色々と言いたいことはあるけど、確かにそういった要因もあるか。いや、それだけじゃない………?』

 

ユウヤは武の言葉に引っかかるものを感じていた。

 

(いや………違う。つまりは、反感を買ってでも”ラプターでなくてはならない理由があった”、のか)

 

それを認識したと同時に、ユウヤはインフィニティーズが配備されたタイミングに思いが至った。ラプターだけが持っている物など、今更言うまでもなかった。

 

(………いや、状況が状況ってだけだ。シャロン、レオンの事は………今考えたところでどうしようもない。それに、要点はそこだけじゃない。”必要とされたから居る”ってことだ。つまり………それは、こいつにも言えるって事だよな?)

 

ラプターがこの地に来た。それ以前に、相当な腕を持つ衛士が、XFJ計画だけではない理由でユーコンに配備されていた。つまりは、それが正解ではないのか。更にと、ユウヤは考え込んだ。

 

(元クラッカー中隊の連中もそうだ。色んな要素が………いや、そもそもどこからが………何時から始まっていた?)

 

疑いだせばキリがなくなっていく。そしてユウヤは難民解放戦線のトップらしき人物が放送を流すその直前に交わされた、武とサンダークの会話を思い出していた。

 

(サンダークにも………いや、ここまで来て誤魔化すな。イーニァ、クリスカにも狙われる理由があるんだ)

 

ユウヤはテロが起こる以前、起きてからの一連の会話を思い出していた。特にイーニァに対してだ。ただの子供が、あそこまでの戦闘力を持てるのか。言動に関しても、どこか普通の少年少女とはかけ離れたものがあった。

それだけではない。テロの目的があの二人というのなら、相応の理由があるかもしれなかった。

 

(考える程、泥沼に引きずり込まれていくように思えるぜ………結局、どこにも絶対に信頼できる味方なんていねえのか?)

 

あるいは、唯依さえも。ユウヤはそう思いそうになる自分に気づき、吐き気を覚えた。

だが、客観的に思えばという気持ちは消せない。ここまで来て孤立無援なのか。

そこでユウヤは、首を横に振った。

 

(――――今更疑うな。あいつらを信じたい………信じようと、オレがそう決めたんだから)

 

疑念を抱いたまま一人でやろうとすればどうなるだろうか。ユウヤは”外”とも取れるこの基地に来てからの経験を基に推測してみた。全ての問題を解決できないどころか、中途半端に終わるだけ。10万人の、果たしてどれだけが死んでしまうことか。

 

(忘れるな。必要なことを誤魔化すな――――避けるべきは何かを履き違えるな)

 

信じることに疑いはない。ユウヤは、恐れるべきは別にあると思っていた。

それは、もし自分の眼が曇っていて、裏切られた場合のこと。

何もできないまま、背中から撃たれて終わる。それは自分の無能を晒すだけに留まらず、10万人という膨大な命の喪失にも繋がってしまうのだ。

だが、人を信じるに足る絶対の根拠など存在しない。相手の心が分からないのが常識で、ユウヤは幼少の頃から身を持って経験させられていた。裏切られる可能性はゼロにはならない。だが、それは立ち止まってもいい理由とも思えない。

 

(だから………信じることを選ぶ、その覚悟が必要だ)

 

信じるに足る仲間だと判断する覚悟。自分の判断に責任を持つという、決意。

それが最良のものであると道に沿って走る勇気。

人は一人で手足は4つ、それだけで全てを解決することなど超人を越えた者でさえ不可能だ。単独では、目的は達成できない。故の必然性だった。

同時に自分を恥じた。唯依を含めたほぼ全員がその覚悟を決めていたこと、その決断が自分より早かったことを察して。そして個人的な意見であるが、恐らくは誰よりも早く事態の解決に動いていたと、ユウヤがそう思っている人物に視線を向けた。

 

この案が認められた要因はいくつかあった。自国の衛士ではない、アメリカ人衛士と日本人衛士が矢面に立つということ。事件の関与への疑いを欠片なりとも持っている二人が危険な役割を担うということ。だが、それよりもユウヤはサンダークを除いてだが、他の衛士達が認めたのは別の要因が効いていたように思えていた。

 

ユウヤは、直感だがこう思ったのだ。

 

―――――もしかしてあの場に残った誰もが、この不知火に乗った男を敵に回したく無かったのではないかと。

 

『来たぜ――――予想どおり、誘導兵器を持つ自律制御の機体………っておいおい、中隊規模かよ。たった2機を相手に豪勢だな』

 

敵は数にして6倍かつ、対人の兵装を抱えている。圧倒的不利なのは言うまでもなかった。ユウヤはそれを認識しつつも、気負った素振りさえ見せない自分よりも年下の衛士に目を取られていた。

思う。そもそもがどんな作戦であれ、成功する確率が低ければ到底認められないのに、疑う声が出なかったのはなぜなのだと。

 

その疑問に答えるように、迅速に――――滑らかに。

推力のロスを微小に抑えながら空に飛び上がった衛士は、告げた。

 

『合図、出すぜ――――援護は任せた!』

 

 

そうして始まった戦闘の最中、ユウヤは自分の推測が当たっていることを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自動操縦機の持つ武装は、自立誘導による兵器だった。

ロックされ放たれれば自動的に対象に向けて進路を変えるもので、限界範囲を超えるか燃料が途切れない限りは動き続ける。対人戦においては特に有用なもので、機動力に優れる戦術機をもってしても、回避に専念し続けなければ簡単に撃墜されてしまう。

 

対策方法は限られていた。限界を超える範囲での機動を繰り返すか、途中で障害物に当たるように誘導するのが定石だ。

誘導兵器の弱点とは、弾数の少なさにあった。回避し続ければあっさりと封殺できる可能性はある。

 

だが、武とユウヤはその手段を取ることはなかった。弾薬と同様に、燃料は無限ではないからだ。本番ではない前座で燃料を使い果たすことは望ましくない。だから武は、危険度が高くなるが、短期的に片付ける方法を選んだ。

 

演習用の建物群の中がフィールドのため、使える盾は腐るほど転がっている。

武は誘い込んだ上で、距離を保ちつつ自動操縦機に発射させ、同時に跳躍ユニットを全開噴射し、狭い建物群を誘導しつつ、次々に爆発させていった。

 

――――そして。

 

『よし、把握した』

 

動いたのは、誘導兵器を20は消耗させた頃だ。健在であるレーダー、敵の機動力、動きの癖。全てを掴んだ訳ではないが、それでも対処できる安全なマージンは取れたと、武は更に自機の速度を一段階上げた。

 

単純な跳躍ユニットと機体の姿勢だけではない、中刀と補助腕が受ける風と駆動させた時の推力変化を活用し、狂人のような速度で建物群を駆け巡った。

多勢の不利に、味方を誤射する危険性がある。そして、人間でない機械はトータル的に判断ができなく、どうしてもその動きは単調になる傾向があった。

 

(隙が少ない………相当な手練が操ってる、だけどよ)

 

武は敵の配置を見て、笑い。

同時に誘導兵器の目前で遮蔽物の無い空に向かって高度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――』

 

驚愕も過ぎれば発する言葉さえも殺すことがある。

クリストファーは一連の顛末を見て、冷酷な軍人の顔を崩すと同時に声を失っていた。

 

――――飛び上がった不知火を目視してから、僅か数秒のことだった。

――――不知火が逃げた先には、上空に控えていた別の機体があったが、すれ違いざまに補助腕を斬られて失速した。

――――その先には、追尾したミサイルが。

 

直後には、抱えていた残りのミサイル共々爆散し、控えていたもう一機を巻き添えにして―――――それだけではなかった。

 

斬られた補助腕、握られていた突撃砲は宙空を舞い。それはまるで正確無比なパスを受けたアメフト選手のように、高速移動中の不知火の腕に収まっていた。

 

『―――――』

 

クリストファーは優秀で、驚きに動きを止めたのは一秒に満たない。

だが、その隙を待っていた者にとってはそれで十分だった。

 

遮蔽物から躍り出た不知火・弐型。ユウヤは突撃砲を数発だけ撃つと、高度を取っていたもう1機を爆散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な………んだよ今のは」

 

ユウヤは欲張らずに1機だけを撃墜した後、身を隠しながら自分が見たものを疑っていた。敵方の自動操縦機はそれまでとは違う、洗練されたものを伺わせるだけのものを持っている。開発衛士よりは劣るが、油断できないレベルの相手――――その筈だった。

 

「偶然………じゃ、ない?」

 

一連の行動は流れるようだった。逃げて、斬って、誘導した挙句に敵にぶつけて、その隙を突く。ついでに切り取った腕にあった突撃砲を奪う。単純なように聞こえるが、その要素を繋げられる衛士は多くない。それも圧倒的に数的不利な状況で、これだけの練度の相手に。しかも見たところ、気負いもない滑らかな駆動で難なく成功させられる衛士がどれだけ存在するのか。

 

疑問符の嵐の中に、突撃砲の音が交じる。直後、ユウヤの目の前には敵機が1機だけ降りてきた。だが、見えている相手は襲いかかってきたのではない、何かを回避した後だからだろう、ユウヤには背中を向けていた。

反射的に引き金が引かれ、吸い込まれるように集束した36mmは敵機の誘導兵器ごと機体を爆散させた。

 

横道に隠れることでそれをやり過ごしたユウヤは、また驚愕に染まっていた。

 

(………位置関係を把握した上で突撃砲を使って、誘導させた?)

 

そうして、考える間もあればこそ。

ユウヤは更に、少し離れた場所でまた別の1機が爆発する音を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛士が戦場で成すべきことは多くない。挙げられるのは、防御行動に攻撃行動のみだ。

移動や補給などの別要素も含まれるが、終結するのはその2つだけ。

 

BETA相手の戦場では、要求される難度や要素の数が跳ね上がる。

要塞級ならいざ知らず、その他の中型種であれば一対一で勝って当たり前となる相手だ。

防御に攻撃に、訓練通りにやればまず負けることはない。

 

だが、2体ならばどうか。あるいは、3体ならば。

敵中深くに飛び込み、10を超える数を相手にしなければならない突撃前衛に要求される技能は。敗戦も色濃く、ただでさえ少ない味方が先に撤退した時の部隊は、どう生き残るのか。極論を言えば、やる事は一対一の時と変わらない。ただ間合いを過たず、回避一辺倒にならず、どうにかして敵の生命活動を停止させる攻撃を繰り出せばいい。

 

それを可能とするのは人の能力だ。訓練をして自分の体と頭に覚えこませて、戦う。

行き着く先大きくは2つの系統に分けられる。

相手の行動パターンを把握し、自分の行動によって生じる機体の隙を理解した上で最善の行動を取り続けようとする理論派。

訓練や実戦など、戦いの中で自分の肉体に刻まれた感覚を主軸に置き、それを頼りに致命の瞬間だけを回避し続けながら戦おうとする感覚派。

 

どちらにも偏り過ぎた衛士は死にやすい。

理論に傾倒しすぎた者は混戦時においては対処が間に合わず、数に押し潰されるから、死にやすい。

感覚派は、半ば博打に近い行動をしているようなものだから言うまでもないだろう。

一瞬の錯覚がそのまま取り返しのつかないことになるから、死にやすい。

中途半端な者も死にやすい。どっちつかずの能力で過酷な戦場を渡り歩いていけるのならば、人類はユーラシアの大半を今も保持しているだろう。

 

ならば、長く戦場にあり続けられる者はなんなのだろうか。

何度も鉄火場を生き抜いて、ベテランと呼ばれる程の戦場を生き抜いた者は単純な操縦技量以外に、何を持っているのか。

 

武はターラーから聞いた言葉を思い出していた。

 

主に、三つにまとめられるというのだ。

 

第一に、運。

第二に、才能。

そして第三に、一、二を土台にしての実戦経験だ。

才能があり、運がある人間だけが生き残れる。そして、次々に戦場に出て、経験を得て成長していくのだと。

 

白銀武は全てを持ち合わせていた。悪運だけは強く、また自分を支援する権力者と邂逅できたというのは単純な運である。才能も人並みではない。斑鳩崇継程ではないが、斯衛でも上から数えた方が早い程度の才能は持っていた。

 

だが、あくまでその2つは添え物だ。白銀武を白銀武たらしめているものは、その実戦経験の豊富さにあった。欧州でも最古参と呼ばれる衛士と比較しても、文字通りに桁が違う。

数えきれない程の流血の記憶こそが、彼の戦闘能力を支える土台だった。

遠い世界で死ぬまで戦い続けたが故に、あらゆる状況と敵の行動を瞬時に正確に把握できる。別の世界で死に続けたが故に、死の感覚には誰よりも敏感となる。

 

――――理論10に、感覚10。

冗談を好まない紫藤樹をしてそう言わしめる程に、現在の白銀武は極まっていた。

 

(―――行動予測。6時、4時の方角との敵との間合い、問題なし)

 

自動操縦の機体とはいえ、操っている人間が一人である以上は、行動パターンも絞ることができる。その上で相手と自分の位置関係をリアルタイムで把握し――――

 

(リスク、許容範囲内。敵の捕捉を優先)

 

ロックに頼らない突撃砲の斉射。自分が撃墜されない程度の短い時間で全てをこなせば、防戦一方にならなくて済むだろう。

 

(――――成功、次。僚機、好調。最適ルート選択)

 

要求される難度が高すぎて机上の空論にすぎない戦術だった。

それを現実のものとすることこそが、彼の異常性を証明するもの他ならない。

かといって、慢心したり増長することはあり得なかった。

白銀武は誰よりも自分が死ぬことで失われるものの大きさを、その意味を知っていた。

別の世界で学んだこと。垣間見た絶望の果て。その全てを血肉にすることを、白銀武は当たり前だと思っていた―――そして。

 

(配置確認、誘導………これで行くか。予想時間28秒、ユウヤの得意な距離と角度におびき寄せる)

 

ユウヤ・ブリッジスの得意な機動を知っている。何を優先して、どの距離での射撃精度が高いのかを知っている。

 

(状況はまだ不利だ。XM3はまだ起動できない、万が一がある。この相手に見せた後に逃げられるのは拙い。だけど、十分に許容範囲)

 

武は自問自答を繰り返す。

今は亜大陸撤退戦よりも自分は弱いか――――否。

暁の空の下で光線級吶喊を仕掛けた時よりも彼我の戦力差は大きいか――――否。

マンダレーの時よりも、“あちらの世界”で参加したリヨン・ハイヴ攻略戦よりも絶望的か。

 

(――――否だ)

 

そうして、敵機体が冗談のような速度で破壊され、残りが6機になった頃。

油断なく煌き続ける白銀の刀が一振りは、非道を仕掛けた人物の搭乗機が前に出てきたのを確認すると、跳躍ユニットのスロットルを全力で前に倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肝が冷えるというのは比喩的表現である。だがクリストファーは異常も極まる不知火からの視線がこちらに向かったと認識したと同時、内腑の全てが凍結したかのような感覚を抱いていた。次に吹き出すのは、額からの汗だ。それも冷えた体内と同じように、体温のそれではなかった。

 

(………なんだ、アレは)

 

誰だ、何者だとは的確な表現ではない。アレとしか言えない物体は、機動力だけで戦場に存在する12機を支配していた。

人間技ではなかった。あの精度で機体を制御できることと、それを維持できること、両方が常識のレベルを超えていた。

高速移動に伴う高Gは人間の身体操作精度に著しい悪影響を及ぼす上に、判断力や状況認識の精度も下げる。故に誘導兵器を回避する時には、別の戦術まで取れないのが普通だ。こうまで連続して戦場を高速で駆け続けることなど、特殊な薬物を使用した衛士でも見たことがない。僚機の開発機も同様だ。まるで熟年のコンビのように、的確に自律制御機を撃ち落としていた。命中率は異常そのもので、誘導兵器の重圧など存在しないと言わんばかりに攻撃を成功させていた。

 

(僚機の癖を知り尽くしているのか………いや、それはあり得ん。あれに乗っているのはユウヤ・ブリッジスで、不知火に乗っているのは日本人の筈だ)

 

不知火・弐型も並ではなく、対人戦闘の基本を掴んでいる上に、高性能な機体に振り回されていない。動きを見れば米国流だとわかるそれは、ユウヤ・ブリッジス以外にあり得ない。ならば、あのノーマルの不知火に乗っている“モノ”は一体なんであるというのか。

このままではいけない。そう判断してからのクリストファーの行動はこの上なく迅速だった。軍人としての在り方が本能にまで染み付いているが故に、対象の危険度を深く悟ってしまっていたのも要因だった。

 

気持ちが悪い。そう表現することしか出来ない、理不尽な機動。とてもではないが、誘導兵器を撃つだけでは対処できない。

 

だが、機動力で勝てない以上は打つ手が限られる。そうしてクリストファーは別の戦術を選択した。捕捉した後に仕留められないのなら、周囲ごと吹き飛ばせばいい。そうしてクリストファーは残りの自律制御機をすべて不知火の方に向かわせることにした。

 

狙うは自爆攻撃。誘導兵器を温存している機体を複数で包み込み爆発させれば、装甲の薄い第三世代機ではひとたまりもないだろう。

 

(だが、それだけじゃあのバケモンは対処するだろう――――ならば)

 

決断してからの行動は的確と言えた。俊敏な獣を仕留めるのに有効なのは餌か囮役だ。

クリストファーは屈辱を感じながらも前に出る。

 

そして、正面から突撃砲を斉射した。

だが、不知火はその斉射前に動いていた。跳躍ユニットの推力を殺さないまま中刀を前に、受風部を操作して慣性力を上に流しながら進路を下に取ったのだ。

 

直後、クリストファーは全速でレバーを倒していた。

聞こえたのは音。36mmと思わしき弾が数発、自機のすぐ横を通ったものだった。

 

(な、にが起き………いや、後だ!)

 

何がどうして交錯した直後の機体がすぐ背面を射撃できるのか、クリストファーは疑問を抱いたが戦術を優先した。追いすがってくる不知火。

 

クリストファーは弐型に対しては、2機を向かわせていた。援護に来れないよう分断し、すぐに撃墜されないようにある程度の距離を取らせたまま牽制させていた。

 

 

――――当然、ユウヤも気づいた。

 

敵の戦術の予測とは、相手の立場に立った上で想像するものだ。

ユウヤは白銀武を敵に回した時のことを想像し――――考えたくもないが――――冷や汗をかきながらも有効な打開策がなんであるのかを予測した。

 

まともにやっては芽がない。ならば、個ではなく群を葬る戦術こそが有効。一度に広範囲を破壊できる兵器類が最善だろう。

仕掛けは唐突で、ユウヤはこの敵が事前の仕込みが足りないことを見て取っていた。それでも自律制御機を含めた上で問題なく仕上げてくること、機動と戦術に見え隠れする見慣れた匂いを感じつつも、今は僚機を助けるために動こうとした。

 

 

――――同時に武は、舌打ちをしていた。

 

敵の指揮官機が前に出た時にはもう、相手が何を狙っているのかを悟っていた。

だからこその正面突破からの倒立背面射撃。一撃で仕留められればと思ったのだが、予想外に避けられてしまった。

 

『待て、罠だ!』

 

『分かってるけど、退けねえ!』

 

残る選択肢は誘いに乗らず慎重に追い詰めていくか、誘いに乗った上でそれを薙ぎ倒すかだ。時間にして一秒に満たない逡巡。武はスロットルを前に倒した。

 

ここでユウヤ・ブリッジスを失えば、色々な面で今後に響いてくる。そう思ったが故の決断だが、武は別のことも考えていた。

 

ナタリー・デュクレールの最後の顔がちらついて離れない。思い出すたびに、スロットルの角度が水平に近くなっていった。速く、早く、疾く距離を詰めればそこに居るのはあれを仕掛けたであろう敵なのだ。

 

対峙するのに慣れた手合。米国の犬、猟犬のような手管。

単純化すれば、オルタネイティブ5という倒さなければならない一味のその手下とも表現できる。問題は敵の爆弾攻勢への対処方法だ。武は自機の状態を確認すると、渋面を作りながらも頷いた。

修理が終わってからまもなく、点検は万全とは言い難い。広範囲に渡る爆圧を回避するのには機体に相当な無茶を強いなければいけなくなる。

それはこの後の活動限界時間を削ることになってしまう事を意味していた。

 

(――――やれる。やってやる)

 

ここで背を向けることなんて、できない。それは冷静な判断にもとづいてのことか、感情的になったが故のことか、武自身もわかってはいなかった。

 

結果として、武は敵の目論見通りに追撃を開始し。

 

 

――――直後に、待ちぶせをしかけようとしていた、自律制御機がまとめて爆散した。

 

 

『な………誰だ?!』

 

 

ユウヤの驚愕の声。それはやや離れた場所から狙撃を成功させた、見たことのない戦術機に向けられていた。

 

黒い塗装に、緩やかなフォルム。跳躍ユニットに付けられた可変機構と思わしきフォルムは、アジア特有の芸術品を連想させられる。

 

武をして、初めて見る機体。だが機体にあるマークは大東亜連合のそれで、機体のコンセプトには武が何度も聞かされたものが多く含まれている。

そして戦術機が突撃砲を構え直すその動作には見覚えがあった。

 

 

E-04(ブラック・キャット)――――マハディオか!?』

 

 

『とんだ再会だな、この戦友野郎が』

 

 

 

怒っているのか喜んでいるのか。

分からない声と共に、更なるE-04が現れ、同時に武のレーダーは別の機影を捉えていた

 

F-16Cが更に12機、進路はどう考えてもこの場所としか思えなかった。

 

 

 

黒煙を立ち昇らせていた基地宇宙往還整備用基地が更なる爆炎を上げた。

 

 





ターメリック様から頂いた絵です。


大東亜連合製第三世代戦術機・E-04《ブラック・キャット》


【挿絵表示】



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