Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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20話 : 主張 ~ determined ~

軍人として、衛士として達成すべき仕事とは敵を打倒することである。

だが、敵以外の物を殺傷するのなら、それはもう軍人とは呼べないのではないか。

 

ユウヤ・ブリッジスは迷っていた。見知った顔が鮮血に散ってからしばらくして、多少落ち着いてから浮かんだ疑問だ。

敵は倒すべきと、唯依に返答した言葉に嘘はない。

だが、どこからどこまでを敵とするべきなのか。アルゴス小隊を見ながら、ユウヤは内心で自分に問いかけた。

もしもこいつらが裏切っているとして、その時に自分は迷わず撃てるのか。

 

ユウヤは肯定しきれない部分があることを自覚していた。

自分以外の者であれば、迷わないのだろうか。実戦不足が恨めしいと、経験の少なさを呪った。

どこからどこまでを敵と見るべきだろうか。

特に、目の前のこいつは――――今、自分に突撃砲を手渡そうとしている男などは。

 

『えっと、ユウヤ。もしかして突撃砲なんか要らねえ、とか?』

 

『………そんな訳ねえだろ』

 

ユウヤは突撃砲を手渡されると、即座にチェックをかけた。

敵から奪い取った際に、衝撃などでフレームが歪んでいれば事だ。

 

(問題ない、いけるな。しかし………)

 

ユウヤは思った。改めて考えると、この男の異常さは尋常ではない。

近接武器だけで自動操縦とはいえ数にして4倍の完全武装の敵を相手取り、そのすべての突撃砲を回収するなど、並以上の衛士でも出来ることはない。

 

だが、味方と見れば頼もしい戦力だ。突撃砲のチェックを終えたユウヤは、敵機体が来た方角を見た。

同時に武から通信が届いた。

 

『南南東より新たな戦術機反応有り! 距離18000………F-16Cが8機、おかわりだ!』

 

『増援か………そりゃ来るよな。こっちは3機も少ないってのに』

 

タリサとヴァレリオとステラは自国のハンガーに戻ろうという亦菲達の護衛役としてついていった。

残っているのは指揮官である唯依と、ユウヤと武。そしてF-15Eをあてがわれたクリスカ。

合計4機で、敵はその倍する数となる。なのに誰一人として怖気づいている者は居なかった。

 

そのまま、事前に取り決めていた通りに動いていく。

武の駆る不知火が、きっちりと陣形を組みながら真っ直ぐに向かってくる8機のF-16Cに正面から突っ込んでいく。

 

前に出て撹乱する囮役は、突撃前衛が担うもの。そのポジションが最も似合う男は、8束の銃火が集中する中でもその役割をきっちりとこなした。

予測不可能な奇抜な機動で縦横無尽に宙をかける不知火に、無人機のF-16Cはあっという間に陣形を崩されていく。

 

そして、無防備な所をユウヤとクリスカが狙い撃った。正確無比な二人の射撃が、無人機の中央部を破壊していく。

横では、宙空にありながらも清廉な斬撃を披露した山吹の武御雷が。すれ違ったF-16Cは分割されてその骸は、重力に引かれて落ちていった。

 

――――僅か、120秒。

それが、8機を相手にユウヤ達が消費した時間であった。

 

無人機など物の数ではない。これならば、とユウヤが考えている中で、違う意見を口に出した者が居た。

 

『こちらイーダル1。篁中尉、私は独自の行動を取らせて貰う』

 

『―――ホワイト・ファング1より、イーダル1。提案の内容について理解できない。説明を願う。原隊へ復帰する、と言うのならば認められないが』

 

『………』

 

『貴様も理解している筈だ。経緯はどうであれ、貴様が搭乗している機体は我々が貸与したものであって、贈呈したものではない』

 

『分かっている。だが、私は――――』

 

『イーニァが心配なのか』

 

唯依の言葉は尤もなものであり、クリスカもそれを認識していた。ならば、何故このような言葉を吐いたのか。察したユウヤの言葉に対し、クリスカが頷いた。

それでも、唯依が認められるような意見ではなかった。今でさえ、戦力分散の愚を犯しているのだ。

唯依が"この戦力ならばやれる"と判断したが故の選択ではあるが、これ以上分散させるとハンガーを守りきれない可能性も出てくる。何より、クリスカの方が優先して襲撃されることもある。単機で敵多数に当たれば撃墜されるのが普通で、そうさせないために動くのが指揮官だ。

 

『だが………私には必要なんだ。イーニァは、あの子は………!』

 

『アルゴス1よりイーダル1。イーニァならきっと大丈夫だぜ、クリスカ。逃げ延びるのなら得意そうだしな』

 

ユウヤはリラックスさせようと、冗談交じりにクリスカに安心させるための気休めを吐いた。

小さすぎる根拠ではあるが、それでも不安の一部を払拭するための材料にはなる。

 

『状況も混乱している。このまま東側に進入したとしても、敵機とみなされる可能性もあるんだ。単機のまま動き回るのは絶対に拙い』

 

先ほどまで考えていた内容だ。自分と同じ考えを、この場に居ない他国の開発部隊が持っているかもしれない。

疑心暗鬼のまま、口下手なクリスカが強硬な姿勢を取れば最悪の事態もありうる。それが、ユウヤの考えだった。

 

『無事なままで迎えに行く。そのためには、今は一人で動きまわる時じゃない』

 

『分かっている………だが、あの子が単機のまま、取り残されているかもしれないんだ!』

 

『だからってお前が死んじゃあ何にもならないだろうが!』

 

ユウヤは残された者が抱くのが、悲哀のみであることを知っていた。

自分に責任があると知ると、それは消しようのない悔恨に変わる。

 

『頼む、ここは俺を………俺たちを信じて、堪えてくれ………!』

 

感情が漏れでているのが聞いて取れるほどの声。

それを聞いたクリスカは、逡巡した後に頷いた。

 

『分かった。中尉………ホワイトファング1、指揮下に入ることを承服する』

 

『ホワイトファング1、了解だ………宜しく頼む』

 

『ああ。それで、これからはどうする』

 

『第四演習区画A-207演習場に移動し………どうした、小碓少尉。変な顔をして』

 

『い、いえ。何にも』

 

『そうか………ひとまずは、遮蔽物が多い場所まで移動する。意図は分かるな、ブリッジス少尉?』

 

『ああ。敵が誘導弾を持ち出して来た時のためだ』

 

『その通りだ。殿は私が。先頭はホワイトファング4、小碓少尉に任せる』

 

配置の意図はあからさまだ。唯依の私情はどうであれ、疑念の最中にある者に背中を見せられるはずもない。

ユウヤはそれを理解しつつも、最も危険な殿役を自ら買って出る所に唯依らしさを感じ取っていた。

 

『ローウェル軍曹は整備兵の脱出の手配を。生存を最優先に考えろ。この場で培った技術も財産だ、失うわけにはいかない』

 

唯依はヴィンセント達に、最悪は降伏しても構わないと告げて、移動を開始しようとしたその時だった。

接近中の車両を発見したとの連絡が。そして、クリスカが驚くように言った。

 

 

『―――サンダーク中尉!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その同時刻。

 

難民解放戦線の中で"ヴァレンタイン"の名前で呼ばれている女が一人、司令部棟の中で歩いていた。

通信機に耳を預けながら、目前の注意を怠らない。険しい顔のまま、通信向こうの言葉を聞いた。

 

『――――ジゼルより、ヴァレンタイン。姉さん、聞こえてる?』

 

『………私的な通信は禁止されている筈よ。何があった』

 

『姉さん、良かった!』

 

叱りつけるような言葉も無視し、ジゼルという名前の少女はまくし立てるように報告した。

 

起動前に叩く筈であった実験部隊の戦術機が動き始めているということ。

近接武装しか持たない1機に突撃砲を奪われた可能性が高いこと、8機の増援も瞬く間に撃墜されてしまったことを。

 

それを聞いたヴァレンタインは、眉間に更なる皺を寄せながら沈黙した。

 

(想定していなかったと言えば嘘になる。開発衛士のレベルの高さは、マスターから聞かされていた)

 

それでも、突撃砲を持たない相手に、数の暴力で押さえ込めば勝算はある。

厳しいと思いつつも、そう判断していた部分があることは確かだった。

だがそれが甘い見積りであったと、事実として突きつけられているのが否応のない現実であった。

 

『………油断は、していないのね』

 

『油断なんか、する筈ない! それに油断してたとしても、あの1機はおかしすぎる。突撃砲を全部奪われるなんて、想定外にも程が………!』

 

『言い訳は聞けないわ。課せられた使命が重要であること、理解していない筈がないけれど………』

 

『分かっています。任務に復帰します』

 

ジゼルの役割は、敵の戦術機をすべて破壊すること。それを成そうという気概と決意が篭った声だった。

ヴァレンタインは、報告感謝すると答え、最後に告げた。

 

『………気をつけなさい、とだけしか言えないわ』

 

『姉さん』

 

『声明前に片付けなきゃいけない仕事があるの。じゃあね………愛しているわ』

 

『私も………また、後で』

 

通信が切れる音。ヴァレンタインは歩く音に不安を含んだ溜息を混ぜた。

 

『また後で、か』

 

家族間では、何度か使った事のある。それは決まって、危険な状況にあった時に使っていた言葉だった。

生きるために物資を盗んだり、こちらの物資を狙ってくる一団に対して取るべき行動を取った時のもの。

 

(あの時と同じ様に、生還して………私も油断しないようにしないと)

 

ヴァレンタインは道中で部下から報告を受けながら、更にその思いを強めた。

調査に来た部下の一人が気絶させられ、無線機と銃火器を奪われたというのだ。

ヴァレンタインは真っ先に報告しなかった部下に憤りを感じつつも、暗号コードを変更させることを指示した。

相手は正規の軍人である。一つの失態が蟻の一穴になる可能性もあるのだ。

 

「中東系の男性、髪は黒、浅黒い肌………」

 

「それと、国連軍のBDUを着ていたとの事です」

 

それならば見分けはすぐにつく。気絶させられた者の衣服が強奪されていないのならば、相手が身なりを変えている可能性は低い。

 

「司令部ビルに居る、全員に通達しろ。抵抗するのであれば射殺も許可する。これ以上、何もさせるな。他に何か報告は?」

 

「………地下を警戒していた仲間が殺されていました。同様に、装備を奪われています」

 

「そちらは殺害で、こちらは気絶か………」

 

その対処の違いは何なのだろうか。ヴァレンタインは判断がつかないまでも、こちらが取るべき対処を変える必要はないと考えた上で、射殺の命令を撤回しないまま歩き始めた。

 

(キャンプでの訓練が足りていない………直接対峙した相手に、手段を選んでいる余裕などない)

 

口にすれば士気の低下にも繋がる以上、内心で愚痴るしかない事ではあったが、虚飾のない事実であった。

 

(クリストファー少佐の精鋭部隊が羨ましいな。だが、こんな場所にまで来て無い物ねだりをしているほど愚かしい事はない)

 

何もかも無かった難民キャンプから、何のためにここに来たのか。

ヴァレンタインは急ぎ3人の増援を呼んでくることを指示しながら、告げた。

 

「私も捜索に参加する。近くに居る筈だ、絶対に見つけ出すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーコンにある中でも、中央より特に離れた位置にある演習場。

緑の平原の上に猛禽類を思わせる攻撃的なフォルムが鎮座していた。

その中に居る衛士達は、時限的に酸化消滅する命令書を読み終えていた。

 

『――――っ』

 

『この、座標は………!?』

 

声が漏れる。だが、それに反応することなく、淡々と命令を下す者も居た。

 

『インフィニティーズ1より、全機につぐ。機体を起動しろ………確認した。有線接続を解除―――これより、作戦を開始する』

 

隊長機であるキースからの声に、部下であるレオン、シャロン、ガイロスは大声で答えた。

その中でも、レオンは一人内心で命令に関する事に対して、思う所があった。

 

国家に属する軍人である以上、戦場に赴く前ですら覚悟を問われる時はいくつもある。

その中の大きな一つに、汚れ仕事に従事する事に関する言葉があった。

 

(我、国家への忠節を示す時来たれり――――そうだったよな、祖父さん)

 

軍人が決して正義の使者でないことを認識しろ。レオンは祖父から伝え聞いた言葉に、反論すべきことがあるとは思っていなかった。

 

(それに、これ以上の失態は許されねえ………!)

 

先の模擬戦での事は記憶に新しい。シャロンとガイロスは普段と変わらないように振る舞っているようだが、レオンの目にはそうは映っていなかった。内心を隠すのが上手いシャロンでさえ、自責の念を抱いていることを感じさせられる程だ。レオンも、心情は理解できるから、表面上の慰めの言葉は向けられなかった。それでも、恋人である。だが、任務を前にどういった言葉が必要なのか。そんなレオンから視線が向けられている事に気づいていたシャロンが、小さな溜息と共に唇を開いた。

 

『心配ご無用………とは言葉だけになるから言わないわ。衛士としての失態は、衛士の任務で返す………やるしかないものね、ガイロス』

 

『ああ。惨めに破れた自分を忘れるつもりはないが、それで消沈するのは弛んだ脂肪より醜いものだ』

 

ヘマはこれから取り返す。二人の言葉に含まれた意気を感じ取ったレオンは、小さく口元を緩ませた。

その直後、緩まった口元が引き締められた。

 

『――――各機、有線接続を維持しろ!』

 

『これは………Su-37UBに、MiG29、どちらも東側の戦術機ですが』

 

演習にしても、この演習場はインフィニティーズが使用していることになっている。

他国の演習エリアに進入するのは重大な国際法違反であり、最悪は交戦もありうるものだ。

異常事態とはいえ、ラプターが4機揃っている場所に挑んでくるほど無謀なのか。

 

『まさかとは思うが、もう嗅ぎつけられた………』

 

『その判断はまだ早い。インフィニティ3は静粛進出のままだ。近接圏内に入り次第、機体の状況を見極めろ。言うまでもないが、こちらの存在は気づかせるなよ』

 

そうして、シャロンが観察した結果得られた情報は異常を示すものばかりだった。

1機だけ突出した機体が追われているように見える上に、戦闘機動としか思えない。

その上で実弾が使用されているとなれば、戦闘中と見るのが常識であろう。

 

キースはそのまま待機を命じた。今は任務の達成が最優先だ。気づかれた場合は排除するが、そうでなければ自分たちの部隊の動向が露見する可能性を極力減らすのが最善である。

 

「いったい、何が起こってるっていうんだよ………」

 

与えられた情報は任務に関することだけで、事態の全容など知るよしもない。

ユーコンを覆う異様な雰囲気の中で、レオンは不安を殺したまま、機体の操縦桿を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A-207演習場。その中には、多くの機体の姿が在った。

アルゴス小隊は唯依の指揮下にある4機の他に護衛から戻ってきた3機。

統一中華戦線の4機も健在であり、合計で7機の精鋭が一つの場所に集っていた。

 

『センサー設置完了。これから合流する』

 

『………了解だ。落ち着いたか、マナンダル少尉』

 

『頭ぁ冷えたかって? ――――無理だね。報いは受けさせてやる』

 

自業自得な部分はあった。それでも尚、許せないものはある。

タリサは激情を瞳の中に秘めたまま、それでも肩をすくめながら続けた。

 

『………でも、ここで逆上して我を忘れるほど素人じゃないよ』

 

『へえ、それは本当か?』

 

『うっせーってのVG。分かってるって、一人で司令部に吶喊したりしねーよ』

 

『無茶するなよ………誘導弾相手に、開けた場所で対峙するのは自殺行為だぜ』

 

ユウヤは確認するように告げた。いくら凄腕の衛士でも、誘導兵器を相手に空間が開けた場所では勝ち目が薄い。

その点、大規模市街戦用の演習場であるこの場所であれば、いくらでも対策は可能だ。

 

『それにしても、これは………対光線級演習? B-206を中心に………』

 

飛行禁止の情報が基地内にばら撒かれているようだった。演習を行うような状況にない今、これはテロリストの仕業と判断するのが妥当である。

ならば、どういった目的で動いたものなのか。

一番に考えられるのが、部外者――――それもテロリストの天敵とも言える空爆を牽制したのが尤もな所であると考えられる。

 

『敵は軍人ではない………脱出の際に接触したが、いずれも新兵に毛の生えた程度の練度だった。難民からの志願兵を募ったのだろう』

 

このご時世のテロリスト達が人材を確保するための常套手段であった。

そこから、サンダークは唯依達の質問に対して淡々と答えていった。

 

定例会議の前には、既にテロリストが潜伏していたこと。入念な準備を元に行われたもので、司令部は完全に占拠されていること。

それはユーコンのシステムのほぼ全てがテロリストに掌握された事を意味していた。

警備部隊が動いておらず、警備部隊の戦術機であるF-16Cが開発部隊を襲ってくるということから、そちらも押さえられているということ。

亦菲は厄介ね、と呟いた。

 

『警備部隊の規模は、3個戦術機大隊………一個連隊、108機か。全ての開発部隊が機体を動かす前にやられた、ってのは考えたくないけれど』

 

『潜入した人員の練度にもよると思うアル』

 

『………うちのは不幸中の幸いで、ハズレだったみたいだが。何にしろ、我々だけで全てを相手にする可能性も考えなければならない』

 

亦菲、雅華、玉玲の順番での言葉。

それに答えたのが、サンダーク中尉だった。

 

『………シャルヴェ大尉は何かしらの予兆を感じ取っていたようだったが?』

 

『備えはしていたと思う。ここは他国。共同開発のお題目があるとはいえ、お友達を相手にしてるんじゃないから』

 

『そのようだ。ドーゥル中尉とは、そういった経緯でわかれた。国連軍基地に連絡を取るとは言っていたが………』

 

『生存確率の方を優先しましたか』

 

まとまっていれば戦力も倍するが、発見された時に一網打尽にされる危険性もある。

そういった意味では、サンダーク達の判断は間違ったものではない。

 

『そして、葉大尉の言葉どおりでもあるな。単なるテロリストが単独で成せるものではない。これほどまでに大規模な作戦展開であれば――――』

 

『――――何処かの国家の陰謀がある。その可能性は考えています』

 

だからこそ、唯依はアルゴス小隊や貸与した機体に乗っているクリスカを指揮下においても、バオフェン小隊は指揮下に入れなかった。

敵の姿が明瞭ではないが、この状況下である。

寡兵とはいえ、精鋭。出来ることといえば、可能な限り集った力となって、状況を打破する一点を突くことだけだ。

 

『身内に裏切り者が居るとは考えない、と?』

 

『………米国の事ですか』

 

『その通りだ。今一度確認しておく。この状況下において、我が祖国が米国に戦争を仕掛けるなどありえん』

 

ソビエト連合も、その本土の大半がBETAに支配されている以上は、それを取り返すのが最優先。

背面に居る米国に戦争を仕掛けての二正面作戦など、出来るはずがない。

 

『一方で、米国にはある。直接的には前線と接触してない国家だ、どのような益でも見いだせるだろう』

 

『例えば、米国の傀儡となった国々のように?』

 

『そうだ。横浜に対して行った強硬策と同じ………ブリッジス少尉には申し訳ないが、米国はそのような国なのだ』

 

他国の事情を袖にするのは当然、事情を思い量ることもできない。

サンダークは自身の見解を言葉にし、ユウヤを見た。

 

『現在の共産党政府をすげ替えることが目的かもしれない。あるいは、制御可能な親米を――――これも表向きかもしれんが――――新たに打ち立てようとしている可能性もある』

 

『…………そうか』

 

ユウヤはそれだけを告げて、黙り込んだ。所詮は推論の積み重ねで、明確な根拠などない。その一方で、そのような陰謀が働いていると言われても一方的に否定できるようなものでもなかった。

唯依はどう見るのか。その思いを直接感じ取った訳ではないが、サンダークの論にいち早く反応を示したのは唯依だった。

 

『米国に余力があることは認めましょう。ですが、彼の国が好き好んで最前線に………あるいは、最前線に面している国土へと打って出るとは思えません。京都陥落から撤退まで、日本国内での事を忘れた訳ではないでしょうから。それに、欧州も』

 

最善を言えば、高価な戦術機を売りつけているだけで十二分の国益は得られるはずだ。

政治に疎い衛士でも分かる話だった。

 

『………このような状況にある以上、全ての疑いが晴れているとは言い難い。だが、それは貴国にも――――あるいはどのような国にも言えることです。なにせ、確証は得られていないのですから』

 

『ふむ………確かに、そうだ。だが、貴官は他国の衛士と行動を共にしている』

 

『それは、同じ敵と相対しているからです』

 

迷いなく、白刃の鋭さを思わせる口調で唯依は告げた。

 

『主たる目的であろうとなかろうと、関係はない。このテロによりプロミネンス計画に悪い影響を及ぼしている。それだけは明白であります。ならば、その計画に従事している我々が取るべき行動は一つだ』

 

『………一刻も早くテロリストを打破し、計画を再開させる。その目的を共にする限りは、味方であると?』

 

『明確な味方は、いないでしょう。仮にでも証明はできない。ならば、する必要はない』

 

『なるほど。互いに目的があり、それを達成するのに有用な第三者が居るだけだと』

 

『ええ。理屈で語れば、協力関係の根底にあるものはそれだけです』

 

『ならば、こちらにも協力をしてもらいたい。この任務は迅速に当たるべきだ』

 

そして、最寄りの基地はソ連領に存在している。弾薬や燃料など、戦力の立て直しに必要なものはそこに集っていると、サンダークは主張する。

ユウヤはそれを聞いて、サンダークが焦っているように思えた。僅かなりにでも、論理の飛躍があると見たのだ。

 

『原子力発電所の存在を忘れた訳ではあるまい。いわば、ユーコン基地に存在する10万人を人質に取られているのが現状だ。敵が態勢を立て直す前に、敵の意図から外れている我々が動くべきだ』

 

それに、とサンダークは付け加えた。国土の位置より、テロリストが基地を放棄する可能性も考えられると。

ユウヤはそれを聞いて、的はずれな意見でもないと考えていた。

 

(国防のためならば………米国が人質の命を考慮しない策を仕掛けてくる可能性は、ある)

 

『それでも、サンダーク中尉の話は全て予想………そうですよね、篁中尉』

 

一方でステラは、米軍基地があるフェアバンクスへ向かうべきだと考えていた。

ヴァレリオも、タリサもそれは同意見だった。米国はどうであれ、カムチャツカで実際に受けた仕打ちをタリサ達は忘れていない。

 

『バッカじゃないの………? 西だの東だの、言ってる状況じゃないでしょう。そもそも、米国が裏に立ってるんなら、ユーコンの原子力発電所をどうこうさせる筈ないでしょうが』

 

『同意見。カナダの、アサバスカの事を忘れたとは思えない。米国が裏に噛んでいるなら、それだけはどんな理由があろうとも阻止する筈』

 

『ならば空襲だけで片がつくと、そう考えているか………ふむ』

 

サンダークはそこで、また別の人物へと視線を向けた。

 

『ならば、貴官はどう見るかね? ―――白銀少尉』

 

その言葉に、全員の視線が集まった。

目には見えていないが、そう実感した武に対し、サンダークは言葉を重ねた。

 

『一応はアルゴス小隊の面々から信頼を得ているようだが…………この時期に素性を明確にしていなかった者だ。何かしらの見解は持っているだろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

唯依は内心で渋面を作っていた――――遂に来たか、と。

彼の素性は、知らない。風守家は当然のこと、その上役である斑鳩家や、同じ傍役的立場にある真壁家とも繋がりがあるかもしれないと、把握しているのはそれだけだ。

以前は上官で、頼れる先任だったが。

 

(“どうしてか思いだせなかった”が………あの初陣からしばらく、彼から教わった事を忘れた時はない)

 

不可解な点はある。記憶がまるで消されていたと、そう錯覚する程には不可思議な現象が発生している。

だが唯依は、共に戦場をかけた中で触れた鉄大和という人物に、負の面以上に信頼できるという所感を持っていた。

あの京都で、あるいは今以上に危地である中で、一人の尊敬すべき先任が居る。

未熟であったからかもしれないが、頼れるべき存在であるという感覚が、どうしても消せないのだ。

 

(正直な所………どう対応していいのか、分からない)

 

少佐と名乗った通りに、敬語で接すればいいのか。あるいはあの時のように、友達であるからと上官であっても対等な口調で。

 

(いやでも………あの赤い武御雷に乗っていたという新しい事実も………)

 

親友を助けてもらったことに対して、礼を言うべきで、でも怪しい。

それでも友達として、再会と生存を喜ぶべきか。だが、そうした態度で接すれば、いかなアルゴス小隊でも自分に不信感を抱くだろう。

最悪はグルとみなされ、信用できないと判断されるかもしれない。唯依はアルゴス小隊の面々を裏切ったつもりはないが、態度次第ではそう見てくれなくなることも理解していた。

それがあってこその、厳しい対応だった。単機で無人機の4機を相手にしてもらったのも同様だ。

とはいえ、本来ならば上官かもしれない相手に対しての要望である。

あの対応は、唯依としても半ば以上賭けの部分が大きかったのだ。

 

(………快諾された上に突撃砲を4門奪取と聞いた時はな)

 

安堵しながらも、どこか懐かしさを覚えていた。味方なのだということ、そして彼があの鉄大和と同一人物だということ。

だが、読み切れていない所もあるのは確かで。

故に不安を抱いていた唯依の思惑を余所にして、サンダークから言葉を向けられた武は、ゆっくりと口を開いた。

 

 

『私見ですが、現実的なこととして。この件、米国とソ連の一部が両方絡んでるんじゃないでしょうか』

 

 

 

 

 

 

 

武は迷わなかった。本来は黙っているつもりだったのだ。

アクシデントがあり、アルゴスから疑念を抱かれている以上、無理に意見を出すのは怪しさを助長するだけだ。

タリサは別だろうが、ユウヤとステラとヴァレリオはその限りではない。唯依のフォローもあって仮初の信頼関係は築かれたが、砂上の楼閣というもの。

故に言葉を向けられる時以外は黙っていようとした――――その中での、千載一遇の機会。

 

武は、色々とぶちまけるつもりだった。

 

『統一中華戦線や大東亜連合、それに欧州方面にある組織は無理でしょう。事前に知っていた可能性は、あるかもしれない。ですが、主犯であるのはあり得ない。ここは米国とソ連の庭なんですから』

 

諜報員のレベルを考えても、不可能だ。そもそも欧州連合には、なんの旨味もない。

ならば主導しているのは、別の国となる。

 

『米国の利点は知りません。ですが、いくらでも理由は考えられる。例えばG弾があるから戦術機は要らなくなった、などのね。そもそもCIAやNSAがそこまで無能だとは考え難い。その一派が行動しているのは、充分に考えられます』

 

ですが、と武はユウヤを見た。

 

『それが全てであるとは思えない。現にこうして一人、戦術機開発に心血を注いでいる人間が居る。疑うものは………いないようですから』

 

タリサ・マナンダルは、阿呆な事を言っているという風に武を見返していた。

ヴァレリオ・ジアコーザは微笑と共に肩をすくめていた。

ステラ・ブルーメルは苦笑しながらも、笑みを浮かべていた。

篁唯依は、真っ直ぐな瞳で見返していた。

 

『建前は良い。戦術機開発を進めたい輩と、G弾の戦術を優先したい輩が居る。その代理戦争という意味でもある』

 

そして、と武はサンダークに向き直った。

 

『そっちにも理由はあるでしょう。まさか、当事者である二人が分からないとは思えませんが?』

 

『………謂れのない疑念を抱かれる覚えはない。この場において、怪しいのは私だけではないように思えるが』

 

『だから行動で示しています。ビャーチェノワ少尉も同様だ。ならば、貴方は? 正規の軍人でないとはいえ、あのビルの包囲を一人で突破してきた。それはどのようにして?』

 

武の言葉に、サンダークは黙り込んだ。

だが、数秒して何かを言おうとした時だった。

 

基地の中から大きな爆発音と、直後に大きな黒い煙が立ち上ったのは。

素早く爆発した物がある方位と距離を計測したステラが、何が破壊されたのかを、その場に居る全員に伝えた。

 

『………基地宇宙往還整備用基地が、破壊されたようね………っ?』

 

『くそっ、何なンだ………これは?』

 

ヴァレリオは愚痴るようにこぼすと同時に、気づいた。

電子欺瞞が解除されていることに。

 

その直後、基地の中から外へ向けてのメッセージが発信された。

 

 

『………我々は今、種の存亡を賭けた過酷な戦いの渦中にあります』

 

 

女性の声。発せられた通信を、ユウヤ達は黙ったまま最後まで聞いていた。

 

語られた内容は、一人の人間の当たり前の主張だった。

BETA大戦が始まってから30年以上、艱難辛苦を強いられている難民という存在。

 

その彼らが持つ一端が語られていった。

生まれた時からBETAの侵攻は始まっていて、遂には自分たちの順番が来たこと。

侵攻の最中に父と兄を失い、幼い弟妹と共に故郷を追われ、気づけば海を渡り、故郷の風土や気候を欠片も感じられない、3000キロ以上も離れた土地に住むことを余儀なくされていたこと。

 

新天地であるはずがない。そこは開拓地ともいえない、地獄だった。

雨風を凌げる家もなければ、仕事さえ与えられない。荒れ地に置かれた物のような生活で、老若男女を問わずに希望も夢も持つことさえできない、まるで風化していく岩のような日々。

難事に避難した民ではない、まるで棄て去られた物――――棄民と呼ばれた方が正しい表現であったこと。

 

いつか故郷に戻れると、信じようという気持ちでさえ何もかもを吹き飛ばし乾かす風に心身が削られていく。

難民を受け入れた国にも事情があろう。軍人の全てが、無力である筈もない。

だが削られていく人々にとっては、その日々こそが現実だったのだ。

喰うために身を売るだけではない、誰かの身を奪うこと。その命さえも失われることが珍しくない。

 

どこかの誰かの慟哭が絶えることのない、地の底の果てのような場所。

ヴァレンタインという女性が主張するのは、その中で生きる人達が抱いていることを訴える、その機会さえも与えられないという事実に対してものだった。

戦力として必要ならば戦う。仕事を与えられれば、どのような厳しい役でさえ厭わないと。

 

『………私達難民はそのための様々な努力をしました。だが、与えられたものは絶望でした』

 

与えられたものは、旧式の装備と形だけの補給。衛士としての適性など、そのテストさえ受けられたことはなかった。

棄民である自分たちは、同じように使い捨ての道具として扱われたのだ。

子供達も、少年兵を育成すると言われ、連れて行かれたのは薬物を実験する施設。

人体実験の試験体にされた仲間たちを見捨て、一人で逃げてきたのだと泣き喚く子供。

次の日には母の慟哭と共に、その腕で短い人生を終えた。悔恨が凝固した絶叫を忘れることはできないと、ヴァレンタインは言った。

 

そして、改めて主張した。

 

――――BETAによって侵略を受けた国々だけがその責を負い、難民さえも道具として扱われ。

後方に控えている国々は難民を使役することで利を得るなど、あってはならないことだと。

 

『人類が主の御名の下に、生きながらえることができるか。あるいは生きながらえたとして、主に裁かれるべき存在にならないのかどうかが試されているのです』

 

そうして、糾弾すべきは米ソの両国と、国連と。その非道に目を瞑る者や、難民を棄民として自らの盾としか見ていない者も等しく裁かれるべきであると訴えた。

人質は、ユーコン基地とそこに住まう10万人。従わないのであれば、人質もろともに散る覚悟はあると伝えた。

 

『我らの要求は以下の通りです』

 

世界の全ての国々が即時、難民を受け入れ、選挙権を与え、国民と同等の権利を保証すること。

収監された難民解放戦線及び、意志を同じくする組織構成員の解放。

 

脅しではない証拠として、宇宙往還機整備用基地を爆破したことを示した。

従わない場合、アラスカがカナダと同じ死の荒野と化すことを付け加えて。

 

『虐げられている我々だけではない。慟哭する難民が存在する限り、我々は世界のどこにでも存在するのです』

 

それを最後に通信が切られた。

 

聞いていた全員が黙りこむ。そんな中で、ユウヤは内心から零れ出た言葉を吐き出していた。

 

『こいつが………テロリストの正体? こんな普通っぽい女が、アレをやったってのかよ………!?』

 

ユウヤの脳裏にフラッシュバックするのは、爆発の中に散ったナタリーだった。

そして、主張の中で反発する部分が――――BETAと戦う軍人は居るとはいっても役立たずだと。

暗に責められているような気がした時に浮かんだのは、ラトロワ中佐の顔だった。

他国の軍人とはいえ、その身命を賭して戦っている衛士が居るのに、という気持ちがユウヤの偽りのない本心だった。

 

『それに、こんなテロで難民問題なんて解決できるわけがねえだろ………!』

 

『――――それでも、動かなければ何も変わらない。そう言われたんだろ。いや、唆されたと言った方が正しいか』

 

答えたのは武だった。そして、先ほどとは打って変わった声色で続けた。

 

『銃で脅されて機会を与えられないから、跳ね除ける力を。それを使って、銃を片手に敵を脅す』

 

『それを防ぐために、更なる力を以ってして叩き潰す。よくある話だけど………分からないでもないっていうのが正直な所だわ』

 

武の呟きに、ステラが応えた。タリサも、否定はできなかった。

欧州やアジアに居た人間にとって、難民の問題は他人事ではない問題だからだ。

 

『自分だけなら、耐えるだけで済む。だけど、家族は? 身体の弱い人間を身内に持つ人間なら………アタシはそう考える気持ちを否定できねえよ』

 

『だけど、私達は政治家じゃない』

 

亦菲の言葉が、停滞しようとした場に矢のように突き刺さった。

 

『普通の人間が、国家を出し抜ける筈がない。はっきりしているのは、それを利用しようという輩が居るということ』

 

『ああ………テロを鎮圧した後のことも考えている可能性はある』

 

唯依の言葉だが、ユウヤはそれが何を示しているのか分からなかった。

それを、武が補足した。

 

『テロを起こすような難民ならば、更なる厳しい対処をしても問題はない。世論がそう動く事を望んでいる輩か』

 

『な………?!』

 

『想像だけど、あり得ない話じゃない。反吐が出るけどな。そして、米ソがテロリストの主張に耳を傾けるつもりはない………』

 

『じゃあ、どうなるんだよ………っ、本当に連中が10万人を吹っ飛ばせば!』

 

『ブリッジス少尉。貴様の危惧は分かる。それを覆すために、我々が居るのだ』

 

『そうだな、篁中尉。貴官も理解している筈だ。このまま事態が進行すれば、人質を巻き込んでのチキンレースが始まるだけだ』

 

『そのために補給を、ですか』

 

『その通りだが………そちらも意見を変えるつもりはないようだな』

 

唯依はあくまで米国との共同歩調を取るつもりだった。

一方でサンダークは、より近いソ連の基地で補給を受けて状況を打開するための備えをするべきだと。

 

両者共に、立場上退けない部分があり、そのせいで動きが止められている。

そんな中で、ユウヤは歯噛みしていた。

 

聞かされた内容が事実ならば、防ぐべきは原子力発電所の爆破阻止だ。

成功すれば、最悪の事態は回避される。仮にそれが成されれば、自分たちも無事には済まない。開発計画など、吹き飛んで終わるだろう。

それを防ぐために自分たちは存在するという。だが、それには立ち塞がるものが多すぎた。

情報が圧倒的に不足しているのだ。それが原因で、互いの譲れない主張が行動を阻害しあっている。

 

(俺は、どうすれば…………くそっ!)

 

ユウヤは解決すべき問題と疑念が多すぎる中で自分が何を信じ、何から手を付けていいのか分からなくなっていた。

ユウヤはこんな時になって、示すべき方針を上手く見定められない自分に腹を立てていた。

 

同時に、忘れるには新し過ぎる記憶が蘇っていた。今と同じような無力を感じることがあった、それを味あわされる少し前に聞いた言葉だ。

 

“ふらふらと進路を変えるようでは、大局の中で使い潰されて終わるだけだ。已の分を弁えない者は………周囲を巻き込んで自滅する。自分自身の戦いも見いだせないままにな”

 

(………ラトロワ中佐)

 

“与えられている役割の中で、拾えるものは多くない。どちらを選ぶというのなら、私は…………これも言い訳の範疇だがな”

 

言葉の途中で詰まった部分に何が含まれているのか。それはきっと、今の自分と同じだった。

ユウヤはここに来て、理解できた。中佐もまた、自らに抱える無力さに納得しきれていなかったのだ。

 

こうして逡巡している間にも、10万人が死ぬ可能性は増えていく。実戦でないだけマシだった。

今のユウヤにはそれが分かる。そして、ラトロワ中佐はその実戦の先に放り込まれていたのだ。

どれだけ多くの味方を守れなかったのだろう。死んでいく、子供程の年齢の部下。死体さえ帰ってこないと聞いた。

空の棺を前に、中佐が抱え込んだ悔恨の程はどれほどのものだったのだろうか。

 

(それでも、中佐はずっと戦っていた…………戦うだけの理由があったからだ)

 

それこそが、他でもない、誰のためでもない。

分を弁えた上で、最善を尽くすことを自分に誓い続ける。そして、今の自分はどうか。

ユウヤは、軋む程に操縦桿を強く握りしめた。

 

(いきがって、だが現実はどうだ? 一人じゃあ………無理だ)

 

難解も極まるこの事態を単独で解決しようなど、遠くに見える山を一人で削り倒そうという行為に等しい。

 

(なら…………この状況を、打破するためには………!)

 

ユウヤはそうして、顔を上げて。

一人の人物と、視線が重なるのを感じていた。正確には、ユウヤが気づいたのだ。

 

小碓四郎――――白銀武は、ずっとユウヤを見ていた。

そうして武は、ゆっくりと頷いた。

 

意図は――――任せろ、と。

 

そうして、白銀武はいつかの何処かと同じように、硬直する場を切り裂く剣となった。

 

 

『――――小官に愚策があります』

 

 

 


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