Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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19話 : 繚乱 ~ blooming ~

統合司令部の地下一階。定例会議が始まるその前に、アルゴス小隊の指揮官であるイブラヒム・ドーゥルは、ソ連のアルゴス小隊の指揮官であるイェジー・サンダークと言葉を交わしていた。

 

アルゴス小隊の隊員であるユウヤ・ブリッジスが技術交流の意義を盾に、イーダル小隊のクリスカ・ビャーチェノワを連れ回しているということに関してだ。

 

そして、話題が歓楽街の存在意義とその在り方にまで及んだ時だった。

空腹に耐えながらも前線で戦う将兵が居る反面に、BETA支配圏に無い国々娯楽だけのために生み出された、傲慢な施設のこと。イブラヒムも、サンダークの主張する理屈だけは分からなくもないと、そう返しかけようとした所で会話は止まった。

 

最初に感じたのは、空気が変わったこと。

そして違和感の発生源を特定しようと、慎重に周囲を見回して隠れながらに発見したものがあった。

 

「………中身が違うな。MPに偽装しているようだ。開発部隊の指揮官が集結した、この機を狙ったか」

 

「そうであれば………勝手知ったる自分たちのフィールドであれば、自由に移動することができる、と――――む?」

 

サンダークはそこで、背後からの物音に気づいた。

失態を悟りつつも、ここで止まることは拙いと判断して動こうとする。だが敵の顔を視認したと同時に、攻勢を収めた。

 

「――――シャルヴェ大尉」

 

「怖い顔を向けるのはやめてもらいたいな………その様子を見るに、気づいたようだが」

 

現状についてだ。そしてフランツは、先ほどのサンダークの言葉の真意を問うた。サンダークの言葉はテロリストが扮しているのではなく、本物のMPがこの騒ぎに参加しているということを意味するものだった。イブラヒムも同様の違和感を抱いているが故に、訝しげな表情と共にサンダークの方を見た。

視線を向けられたサンダークは、無表情のまま答えた。

 

「ならば………貴官達に聞くが、本気で相手がテロリストだと思っているのか?」

 

「それ以外に無いだろう。それとも、貴官はかの米国がこのタイミングで国連とソ連を相手に戦争を仕掛けると、本気で思っているのか?」

 

イブラヒムの問いかけに、サンダークは肯定を示した。深く考えれば、その理由はいくらでも挙げられるからだ。ソ連がアラスカを租借したことを嫌う米国人は多い。かつての最大の敵国であり、主義主張でも最も咬み合わない両国だ。同時に米国はこの軍事基地の、それも各国の開発部隊の指揮官が集まっている時分を狙える上に、厳戒な警備体制をどうにかできるだけの能力を持っていた。

 

「そちらの言い分は分かりました。だが、ソ連はこの時勢に二正面作戦を出来るほど余裕があるはずがない。故に、この騒動に関わっていないと、そう言いたいのか?」

 

イブラヒムの言葉に、サンダークは頷いた。現在の情勢で国内や近隣諸国に対してむやみに緊張を高める事は、不利益にしかならないと。だが、イブラヒムとフランツはその返答に対して首を縦には振らなかった。

 

一見は正しく思えるが、その全てが断定できる証拠にはならないものばかり。

 

フランツは、サンダークに向き直って眼光鋭く告げた。

 

「あり得ないから無いはずだ………そう思わせて、裏をかいてくる可能性がある。以前にそういった経験をしたことがあるのでな」

 

「………MPに扮しているのが、ソ連の手の者という可能性はある」

 

実行力で言えば、米国に劣るもののソ連も似たようなものだろう。

イブラヒムの裏の言葉に気づいたサンダークは、それを否定せずに付け加えた。

 

「確かに、奴らの目的が不明瞭な以上は、全ての可能性を考慮すべきか………貴官と私が敵になる可能性もある」

 

ここで別れることにしよう。サンダークの提案に、イブラヒムとフランツは頷いた。

ただ、フランツだけは良い提案だと付け加えていたが。

 

「………嫌われたものだな」

 

「二度騙されただけで充分だ。三度目は冗談でもお断りするね」

 

「二度、か。そういえば貴官の、例の中隊とやらにはソ連人も居たと記憶しているのだが?」

 

「可愛い子だったよ、変わり者だったけどな。だけど、あの子を連れ去ろうとしたのもソ連人だ――――いや、ロシア人だったかな?」

 

フランツの、わざとらしく肩をすくめながらの言葉。

それを聞いたイブラヒムの顔が僅かに驚きに傾き、サンダークは無表情のまま。

重ねるように、言葉が紡がれた。

 

「直接は知らないが、アンダマン島に居た頃にはマナンダル少尉とも交流があったらしいな。他者との接触、実戦経験も豊富で………後になって年月を経て成長した宝物を回収しに来たらしいが」

 

「………何が言いたいのかは分かりませんな。ただ、相応の理由があったが故のことでしょう。例えば、成人もしていない少女を強制的に戦場に赴かせていたような、倫理的に問題がある人事を大東亜連合が行っていた、というような」

 

「違う、そうじゃない。俺が言及したいのは、過去の事なんかじゃない」

 

フランツは、茶化さずに言う。サンダークは表情を変えないまでも、内心で訝しみ。

そして、数秒後にその言葉の意味を理解し、小さく息を吐いた。

 

「………ならば、時間の問題か。そちらはどうする?」

 

問われたイブラヒムは、二人の会話の内容に疑問符を抱きながらも、やるべき事を答えた。

部隊に連絡を取り、指揮系統をはっきりさせた上で戦力を整えさせ、その後は国連軍の総司令部に状況を報告する。

相手が本格的に動く前に頭を抑えられれば、それ以上のことはない。

サンダークも同感だと答え、自分のプランを簡単に聞かせた。東側に居る警備兵と合流し、敵勢力への処置に当たると。

 

「シャルヴェ大尉は? 外部への連絡手段は既に遮断されていると見た方が良いと思われますが」

 

ならば現状、ここは正に陸の孤島となっている。

物理的な出入口は封鎖されていると考えた方が自然で、大した装備もない現状では普通に脱出できるとは思えない。

 

フランツもその意見に同意し、答えた。

 

「機体にある場所に帰る。閉所での戦闘は専門外だが――――そんな悠長なことは言っていられないようだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タリサ・マナンダルは大東亜連合に居た頃に、よく言われる言葉があった。お前は勘が鋭いと。

あるいは、それを買われてグルカとして選ばれたのかもな、とも。

 

そのタリサだが、嫌な予感はしていた。ナタリー・デュクレールが現れたこと、その異常事態を前に胸の動悸が止まらなかった。

だが、ナタリーの言葉を止められなかった。

 

この情報が有用であることを、軍人である自分が認識していたからだ。

タリサも分かっていた。同じくナタリーと顔見知りであるヴァレリオもステラも、彼女をすぐに拘束しないのはその辺りが理由だろうと。

 

「この基地は、間もなく制圧される。実行犯は、難民解放戦線とキリスト教恭順派………いえ、あるいは」

 

「ナタリー?」

 

タリサは一歩前に踏み出しそうとして止めた。話している内に気づいたのだろうか、何かを言おうとして言葉に詰まっているような。

ただでさえ尋常ではない事態なのに、この上何を。

 

そうしてナタリーは、ユウヤをちらりと見ながらも言葉にはせず。

恐らくは耳打ちでもするつもりだろう、タリサに一歩近づいたその時だった。

 

「それは、本当か?」

 

いつもの片割れがいない、紅の姉妹の大きい方。

銀色の髪を持つソ連の女性衛士、クリスカ・ビャーチェノワが一歩近づき、問いかけた直後だ。

 

――――がちん、という音は、タリサの耳には間の抜けた音に聞こえた。

それは子供の頃のように。差し出された串に食いつこうとして、その直前で引かれた時に聞いた音だった。

 

歯がその対象を見失い、噛み合わさる音。

 

かちん、という音。がちん、とも聞こえる――――それは、撃鉄だった。

 

嫌な予感が増大する。まるで眼前に120mmの砲口を突きつけられているような。

認識した途端に、音が聞こえた。

 

鋭く踏み込む足音は、いつかの時より格段に大きい。動作の精緻さなど、比べ物にならなかった。

細く見えるのは、極限まで絞りこまれているからだ。グアドループで確認した男の身体は、およそ理想値を叩き出す勢いで作用点を一つに集中させた。

 

体内に衝撃力を残す蹴り方ではなく、人を遠くまで蹴り飛ばす蹴り方。体躯は小さくないが、軍人とも言えないナタリーの身体は車にはねられた少女のように宙を舞った。

接触の瞬間に骨が折れる音を聞いたのは、自分ひとりではない筈だ。

 

鍛えられた軍人の一撃は、筋肉の鎧が無い素人相手には充分すぎる。

その蹴りを放った男の筋力を考えれば、更にである。悪くすれば死ぬ、そういう威力を持っていた。

 

何を、と言おうとする自分。どこかで、嫌な予感が遠ざかったと認識する自分。

タリサは二重の自分を感じていたが故に。

 

「っ、全員伏せろぉぉぉおおおっっっっっ!!!」

 

――――直後に聞こえた声に、誰よりも早く従っていた。

 

しゃがみ込みながらも見えた、彼女の顔は、炎に炙られたピエロのようで。

 

その数秒後に、彼女は爆ぜて散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盧雅華(ルゥ・ヤアファ)は統一中華戦線の衛士だ。初陣で死の八分を乗り越えたのは二年前で、しばらくの実戦を経た後で現在の隊に。

崔亦菲に腕を見込まれ、異動したのだ。

盧は当時、特別驚くことはしなかった。原因はいくらでも考えられたからだ。

あるいは、隊内でのしょぼくれた訓練内容について意見していたからだろうと、納得できるポイントは見出していた。

煩い厄介者が消えてくれると諒承されたのだと。

 

だが、その時に盧が思ったことは感謝だけではなかった。

 

元の隊の衛士から――――向上心がない、その日のその場凌ぎしか考えていない、未来の屍予備軍である劣等衛士から離れられることについては感謝もした。

だが、それは半分だった。残りの半分は反対方向の感情だった。厄介者で知られる部隊に引き込んでくれたことに対して、怨みを抱いていたのだ。

 

統一中華戦線の各戦術機部隊は混沌としていて、間違っても協調性が高いといえるような軍ではない。

そんな中でも、葉玉玲が従える衛士中隊の悪名は盧の耳にも届いていた。

他国で築いた功績を元に、才能で得た能力を容赦なく振りかざし、他部隊を蔑むことを好んでいる鼻持ちならない奴ら。

 

尤も、実際に所属して見れば、それは話半分ということが分かったのだが。

だが、事実も半分だ。そして入る前に抱いていた怨みの内容も、入った後に変化した。

 

盧は、間違っても怠けていいなどと考えた事はない。戦場で生き残るのに最も大事なのは運だが、それを引き寄せるのは自分の力だと思っていたからだ。

だが、死にそうになるぐらいに厳しい訓練を受ける事が好きな人間はいないのも確かで。

最初は、平然と自分の上を行く亦菲のことを腹立たしいいけ好かない女だと思っていた。厳しさのあまり、いつか殺してやると思ったこともあった。

 

間もなく、その思いは変化した。いざBETA相手の戦場に立てば他部隊であっても友軍を死なさぬよう、最も命の危機が高い最前へ躍り出る、ツインテールの女を。

その彼女が乗る機体の背中を見せられたからには、認めること以外の何が出来るというのか。妬みはあろう。だが、それ以上に危なっかしさと、頼もしさを感じていた。

 

葉玉玲という隊長もそうだ。盧は、彼女が酷い陰口を叩かれている事は知っていた。原因は上官からの誘いを断ったことにあるのだろう。

その逆恨みか、彼女の周囲は敵だらけだった。気性の荒い者が聞けば、即殺し合いになりそうな、そんな言葉を直接ぶつけられたこともある。

だがそんなことなど関係ないと、戦場にあっては平等に、味方に損害を出さない最適解を模索し続ける彼女を。

 

そんな二人を見ながら怨みを長続きさせられる程、盧も暇ではなかった。

姐さん、と呼び始めたのは怨みが半分の半分の半分になった時ぐらいだ。

 

それだけに、盧は崔亦菲と葉玉玲を見続けてきて――――だからこそ、爆発の直後に二人の顔を見て、最初に違和感を覚えた。

 

視線の先には、自爆したであろうナタリーという女を蹴り飛ばした、一人の男が居た。

サングラスは爆発の衝撃で飛ばされ、同じように伏せた誰かに踏み潰されていた。

 

顕になった素顔に、変な所はない。

見惚れる程ではないが、それなりに整った顔である。

 

だが盧は、男の造作の品評よりも、浮かんでいる表情の方が気になった。

 

例えるなら、荒れ狂う暴風雨のように、燃え盛る炎のように、あるいはその両方を合わせたような。

 

―――怒り。

 

男の顔は、余さずその感情に染められているようだった。

 

「やりやがったな…………やりやがったな、畜生が」

 

震えていた。感情が抑えられず、零れ出て結晶化したような。叫び声ではない、染み入るような声色が、怒りの程度が憤怒に達した事を表していた。

 

そして、気づいた。今、男が放った言葉の意味を。

 

盧は爆発の跡に残った残骸を見て、驚愕に言葉を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳が分からないとはこのことだ。崔亦菲は咄嗟に二転三転した事態を前に、混乱していた。

彼女をよく知る人物が見れば、珍しいと表しただろう。

 

視線は、素顔を晒した男に注がれていた。

可視化しそうな程に濃厚な怒りを露わにして、今にも走り出しそうな男。亦菲はその眼前に立ち、言葉をぶつけた。

 

「なんで………」

 

呟くような、確認するような。対象は眼前の相手と、自分だった。

 

――――どうして、今の今まで忘れていたのか。否、思い浮かびもしなかったのか。

途轍もない違和感が全身を支配していた。呟いた名前に、誰かが息を呑む声が聞こえたが、それにも気づけない程に。

 

「………鉄大和。ベトナム義勇軍所属のパリカリ7――――光州作戦の英雄殿がここで何をしているのかしら? いえ、それよりも―――」

 

亦菲は責めるように睨みつけた。本当は、叫び出したかった。なんで覚えていなかったのよ、と言葉を叩きつけながら襟元を掴みたかった。

だが、現状を無視できるほど彼女は子供すぎることはなかった。

何より、今の今に起きた爆発を亦菲は忘れていない。霧となった血が鉄の匂いと共に鼻にまとわりつき、遠くからは戦闘音と思しき地響きのような音が聞こえる。

 

爆発したにしても、おかしい。尋常ではあり得ない、異常事態なのは分かっていた。

だが、ナタリーが民間人であることは亦菲も知っていたのだ。問題は多すぎるが、その一つに彼女がこの基地の深くにまで"来られた"という事にある。

いくら前線から遠いとはいえ、ここは軍事基地なのだ。つまりはナタリーが語った事態が、テロが起きている可能性が高いという証明にもなる。

 

(いや、それよりも………あれは自爆じゃなかった)

 

亦菲は先の一連の出来事を思い出して、一人呟いた。

効率を考えれば、違和感しか覚えられなかった。単純な自爆なら、爆弾を爆発させるという行為だけなら、あのタイミングはおかしすぎる。

爆弾は、スイッチを入れればすぐにでも起爆できる。そういうものだ。そして、そうすれば生身では防ぎようもない。

 

ナタリーがタリサに話しかけた内容にも違和感があった。亦菲は、人がその内心を吐露するという光景を見た経験は少ない。

だが、あれは教会でいう懺悔のようなものだったと、直感が囁いてくるのも感じ取っていた。

亦菲が聞いた彼女の言葉、見えた表情を思うに、あれが演技であるとは思えなかったのだ。

 

――――ならば、どうして彼女はあんな。

 

そして、同じことを感じたのだろう。

亦菲は全員の視線が、小碓四郎と名乗っていた男に集まっている事に気づいた。

 

当然のことだった。爆発した女、その予兆など無かったに等しい。

ならば、可能性の一つとして、小碓四郎が口封じに事に及んだことも考えられるのだ。

ベトナム義勇軍、という言葉もあったからかもしれない。

 

失敗した。どうしてかそう思った亦菲は、硬直した空気の中で、何を言うべきかと迷って。

その直後に発せられた言葉が、場を動かした。

 

「待つアルね、姐さん」

 

「………盧?」

 

「迷っている暇はないアル。間違いなくテロが発生している上に、電波妨害が出来るような状況に――――つまりは、基地の司令部が制圧されている可能性が高いね」

 

次にテロリスト共が手をつけるとしたら、どこか。

盧の言葉に答えたのは、ステラだった。

 

「開発中の戦術機ね。警備部隊には真っ先に手を付けている筈。なら、奪った銃火器を使ってテスト・パイロットを狙うか………それが不可能なら襲撃し、奪った機体で襲撃を仕掛けてくる可能性が高いわ」

 

戦いを生業にして生きている、という意味ではこの場に居る全員がプロであった。

その中でも、特に優秀な。故にステラの言葉に対して、特に反論すべき点はないと気づいた。

 

思想か略奪か、どちらにしても重要なのはまず相手を打ち倒すことだ。犯行声明を語るのは、その後からでも遅くはない。

 

そういう意味では、テロリストの常套手段である、奇襲を主軸にした戦術そのままの、間違っていない推測であった。

 

ステラはそのまま、見た目に動揺を見せないまま、それでも血煙を直視しないままに答えた。

テロリストの一人であったナタリーは裏切るつもりだったのかもしれない。否、十中八九そうである。だが、緊急事態である今に着目すべき点はそこではない。

裏切るつもりがないナタリーが相手であった場合を考えるべきなのだ。難民解放戦線や恭順派は小さい組織とはいえない規模である。

銃など、いくらでも手配できるだろう。あるいは、面の割れていない工作員が突然奇襲を仕掛けてくればどうか。

コックピット内ならいざしらず、機体に乗る前の衛士などひとたまりもないだろう。

他国の開発部隊も無事であるかどうか分からない。そして、最悪の事態に備えるのが軍人という生き物であった。

 

そんな中で、指揮を託された唯依が言葉を発した。

 

「定例会議を行っている最中での決行………開発部隊の隊長が集まる機を狙っていた可能性が高いな」

 

「分断して各個撃破、って事ですか」

 

ヴァレリオが答えるも、顔色は良くない。

見え隠れするのは、悲嘆と、殺意だった。開発計画をぶち壊すような、人の尊厳を踏みにじるような。

ヴァレリオだけではない。用意周到に仕組まれたテロに対して、思うべきものは語り尽くせない程に多かった。

 

「そうだ。となると、相当念入りに計画された作戦か………」

 

相手は暴力で物申す、力の賊徒だ。非道であり、尊敬できない相手ではあろうが、決して侮っていい事態ではない。

唯依はそう判断しながら、疲れた表情を引き締めて告げた。

 

「120mmの雨を受けて、ハンガーごと開発途中の機体を潰される訳にはいかない。ローウェル軍曹、全機出撃準備だ」

 

「了解です! 斯衛軍のハンガーにも連絡を………」

 

ヴィンセントはそこで言葉を詰まらせた。斯衛軍の整備兵が担当している機体には、修理が済んだばかりの不知火がある。

だれでもない、目下の所疑念を抱かれている小碓四郎の機体だ。

どうすべきか、と問いかける視線。唯依はそれを前にして、はっきりとした口調で答えた。

 

「全機出撃準備だ。出し惜しみしている余裕など、あるかどうかも分からない」

 

一息置いて、語りかけるように告げた。

 

「敵はプロミネンス計画を脅かすものだ。それを前提とした上で、小碓四郎が敵であるかどうか………納得いかなければ、拒否しても構わない」

 

「――――了解!」

 

ヴィンセントは走り、出撃の準備を一刻でも早くしようと走って去っていった。

不知火を含めた、全機出撃の準備を。唯依はその言葉と背中を見送ると、周囲から注がれる視線を感じながらも、渦中の一人である武に向き直った。

 

「そういう訳だ。貴様の行動は疑わしいものがある。助けてもらったことは事実でも、それすら利用している可能性も考えられる」

 

当然の論理だ。武は反論しなかった。

だが、このまま拘束されるつもりもない。武がわずかに腰を落としたことに気づいたのは、タリサだった。

タリサと、玉玲の顔に緊張が走る。

 

だがそれは、続く唯依の言葉に途切れさせられた。

 

「だが――――違うと。私は貴様を信じると決めた。後の疑念は行動で晴らせ。その怒りの真偽を、ぶつける先を見せてもらう」

 

先鋒はお前だ。

武は、その唯依の言葉に返答はせず。ただ、敬礼を頷きを返すと不知火の元へ走り去っていった。

遠ざかっていく背中。そうして、その場に残された全員の視線は唯依へ集中していた。

 

「中尉………」

 

「反論は受付る。だが、結論を変えるつもりはない」

 

「…………中尉がそうおっしゃるのでしたら」

 

ステラは、納得できないまでもひとまずは引き下がることにした。

その次に言葉を発したのは、クリスカだった。

訝しげな表情のまま、問いかける。

 

ひょっとして、小碓少尉の事をご存知でしたのでしょうかと。対する唯依は、曖昧な表情のまま口を開いた。

 

「………知っては、いる。知人だ。だが、今の今まで忘れていたんだ。否、これは…………奇妙としか言い様がないが」

 

だが、と唯依は言った。

 

「信用できる証拠はある。示せ、と言われると非常に困るがな」

 

「最初から求めてないアルよ」

 

口を挟んだのは、盧だった。

証拠の代わりになるものもあると言う。

 

「あいつの目的が口封じなら、自分だけ逃げた後でスイッチを押せば良かったアル」

 

盧の見解はそうだ。本心から爆発を有効活用しようというのなら、この場に居る衛士の大半が爆発に巻き込まれていた。

相手がテロリストなら目的と合致するし、その方法こそが最善だったはずだ。

開発衛士を狙っていた可能性は高い。ほぼ間違いないと言ってもいい。仕掛けた何者かは、偶然でも幾人かを巻き込むつもりだったのかもしれない。

悪意ある爆発で、恐らくはナタリー・デュクレールの本心ではないことも推測だが、ほぼ間違いないと思っていた。

 

「テロリストは単純ね。アホみたいに目的に向かって一直線アル。だからこそ、整合性が取れなくて、それに………あれがただの爆弾とは考えづらいアル」

 

「どういう、ことだ?」

 

突然の非現実的な事態に動揺し、爆発跡に残る者を前に吐き気を覚えていたユウヤが、言葉を挟んだ。

爆発が起きたからには、爆弾によるものと考えるのが普通だ。過激なテロリストの常套手段でもあるからだ。

 

ユウヤの問いに、盧は半信半疑であるという思いを言葉に乗せながらも、告げた。

 

「隠し持っていたか、体内にあったのかは分からないね。でも、その後にあるはずのものが無いのはおかしいアル」

 

「おかしいもの?」

 

「――――肉と骨が欠片も残っていないのはあり得ないアル。伊達に爆発を多く見てきた訳じゃないアルよ?」

 

殲撃10型の胸部反応装甲を指しての冗談だった。

ユウヤが、引きつった表情のまま、ブラックジョークにしても笑えないと答えた。

 

「でも、ジョークになるぐらいに、あり得ない事が起こっているってことね。私も、もっと早くに気づくべきだったわ」

 

「そうね。そして………彼がそれを知っていた事も。何かしらの情報を持っている可能性が高くなったわね。崔中尉は顔見知りのようですけど、その辺りはどう考えているのかしら」

 

そもそも、何の関係があったのか。問われた崔は、そう来るわよね、と呟きながらも答えた。

 

「………初陣で危ない所を助けられただけよ。一時期は、戦術機動の基礎を教わっていたこともあるけど」

 

「って、ちょっと待てよ。あいつ今18だって言ってたよな?」

 

ユウヤはそこで気づいた。亦菲の発言が事実なら、今よりも更に若い時分に亦菲に対して仮だが教官役をやっていたことになる。

そして、ベトナム義勇軍という言葉にも聞き覚えがあった。

 

というよりも、聞きたい事が多すぎるのだ。視線を向けられた唯依は、戸惑いつつも、はっきりしている事があると答えた。

 

「事の真偽は後で問う。だが、小碓四郎………いや、鉄大和――――白銀武が裏切り者なら、最初からもっと別の方法を取っていただろう。崔中尉なら分かるだろうが」

 

「………そうね。考えたくもない事態を想像してしまったけど」

 

「同感だ。それは、とても………ぞっとしない」

 

“そういう事態”など、考えただけで身体の芯から震え上がる。顔色を悪くした二人だが、気を取り直して話を続けた。

 

「身元に関しても、色々な方面から保証されている。事実をそのまま言えないのは………何らかの理由があるからだろう」

 

「それで信じろ、ってのは無茶だと思いますけどね」

 

軽い異論を唱えたのはヴァレリオだった。素性も何もかもあやしすぎる。

ベトナム義勇軍に関しての情報はほとんど持っていないが、戦歴を隠していた事や知り合いに対しても自分のことを話していなかったことは疑念を抱かせるには充分な材料となり得る。

 

ステラも同感だった。戦場で最も致命的なのは完全な死角から襲われることだ。

そうなれば技量も何もなく、反応する前に無様な屍を晒すことになる。故に、それだけは避けなければいけない事態で。

 

(………お姫様がそれが分かってない、ってことはねえ。指揮を譲渡された時から、身に纏う雰囲気がガラッと変わった)

 

年下であろうが関係ない、上官としての責任と義務を果たそうとする者の空気だった。その上で信じろというのならば、それは。ヴァレリオはそうして、唯依の瞳を見返していた。ステラも同様に、見極めようと真っ直ぐに視線を返した。

 

そのまま、数秒の沈黙。それを破ったのは、ヴァレリオの溜息だった。

 

「………分かった。篁中尉を信用する」

 

「私も、置いておくわ。説明だけはしてもらいたいけど………その時間も無いようね」

 

「感謝する。時間に関しては――――そのようだな」

 

唯依はユウヤとクリスカに視線を移した。それを見た玉玲が、溜息と共に言った。

 

「ただのテロじゃない」

 

「………何か根拠があってのことですか? それとも、事前に情報を?」

 

「現況からの推測。CIAがこんなに間抜けだとは思えない。テロリストの組織がはっきりしたとしても………こんなに手際よく司令部まで落とされるのは、通常ならあり得ない。ソ連も同様だ」

 

爆弾のような発言に、再び場が硬直する。

そして、と玉玲は言った。

 

「フランツも、自分たちがこの時期に開発部隊に据えられた事に対して違和感を覚えている、と言っていた。自分たちを目障りだと思っている上層部が居ることも」

 

「っ、欧州連合も知っていたっていうのかよ?!」

 

まさか、とヴァレリオが声を荒げる。だが、否定しきれない要素があることも確かだった。

手際が良すぎることもその一因だ。そして、元クラッカーズが上層部に疎まれていることも周知の事実であった。

 

「ていうか、私達も大概アルね」

 

「自覚してる。そういった意味では、どこも疑わしいと言えるけど…………私は殲撃10型を完成させるために、ここに居る」

 

玉玲は告げながら、唯依に視線を唯依に向けた。

それを受けた唯依は、玉玲を。ユウヤを、彼の背後にある不知火・弐型を見ながら告げた。

 

「私も大尉と同じだ。不知火・弐型を完成させるために、ここに居る」

 

お前達も同じだろう、と唯依は告げる。アルゴスの皆を見た上で出した結論だった。

そして、統一中華戦線も。相互評価演習などという言葉だけでは締めくくれない激戦が、偽りの熱意であったとは思えなかったのだ。

 

「敵は我々が往く道を阻んでくる訳だ。ならば――――それは敵だろう?」

 

「ああ………敵だな。この上ない、敵だ」

 

誰よりも早く答えたのは、ユウヤだった。

唯依は小さく、それでも嬉しげに笑みを零しながら、告げた。

 

「ならば、私達がやるべき事は変わらない。成すべきは、開発中の機体をテロリストから守りぬくことだ。ジアコーザ少尉、ブレーメル少尉………マナンダル少尉」

 

「………分かってるさ。ぶっ殺す相手を間違えたりはしねーよ」

 

戸惑い、焦燥し、それでもなお仄暗さを感じさせる声。

唯依は私怨に逸るなよ、と言おうとしたが、逆効果にしかならないと判断して次の言葉を発っした。

 

「葉大尉はどうされますか。ビャーチェノワ少尉も、このままここに残っているつもりはないのだろう」

 

「私達は格納庫にある機体の元に戻る。こういう状況だ、使える手は多い方が良いから」

 

「私もだ。一刻も早くイーニァの元に戻らなければならない」

 

まるでそれが義務であると、焦燥も混じった声。それに答えたのは、唯依ではなく玉玲の方だった。

 

「そうだね。一刻も早く戻るべきだと思う」

 

「………どういう意味だ?」

 

「今は鉄火場で、火事場。そういう時には泥棒が出るものだから。盗まれて困るもの、あるでしょう?」

 

「――――貴様」

 

クリスカは聞き捨てならないと、玉玲を睨みつけた。上官であろうと容赦はしないという苛烈さを伴った視線だ。

玉玲はといえば、そんな刺だらけの眼光を受け流しながら唯依の方を見た。

 

「露払いをお願いしたい。敵勢力はある程度分散していると思われるから、この格納庫だけを集中して狙ってくる可能性は低いと思われる。そして、小碓………白銀少尉を先に行かせたのは、疑念を晴らせとは、そういう意味で取ったけど。間違いはある?」

 

「ご想像の通りかと」

 

疑念を晴らせ、とはテロリストの仲間ではないと証明すること。手っ取り早いのは、仕掛けてくる相手を反撃し、撃滅することだ。

故に唯依は武だけを先行して出撃させるつもりだった。

 

「なら、任せた」

 

「………大尉はそれでよろしいので?」

 

「あの怒りが嘘だとは思わない。それに、技量の方は知ってる。カムチャツカで見たからね」

 

「私も同感よ。あのアホがそのままサボってないで腕をあげてたら、何とかなるでしょ」

 

付け加えるような説明。そして、玉玲は言った。

 

 

「――――ハンガーに帰る時の露払いは白銀少尉に任せた。護衛があれば、すぐにでも帰ることができるから」

 

それは今の唯依にさえできないであろう、全幅の信頼を寄せた言葉で。

妙に浮いて見えた一言だったが、唯依は否定の言葉を一言たりとも返すことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、白銀武は白銀武として不知火に乗り、格納庫の上空に居た。

機体の武装は中刀が一本。突撃砲を準備している暇はないほどの、緊急事態での出撃だった。

 

「押っ取り刀で駆けつける、とは言ったけどな」

 

悪いが、この一戦に関しちゃあ出番はやらねえ。武はそうひとりごちた。

斑に雲が残る青空の中、網膜に投影された敵機体を前に自機の中刀を、銀の輝きを見る。

 

戦域データリンクは見ない。司令部が掌握された現状で得られる情報は、欺瞞である可能性が高いからだ。

 

疑念を晴らせ――――元より分かっている。

 

その感情の真偽を――――嘘であるはずがあるものか。

 

元より修理が済んだばかりの機体で、ユウヤ達のように訓練で推進剤を消費してはいない。武は不知火のコックピットの中で、反芻していた。かけられた言葉を、その上で自分がやるべき事を。裏切りの予防として、持たされた兵装は中刀のみだ。いざという時の備えとして、遠距離から攻撃が可能となる武器は持たされなかった。

元より、そんな便利なものは今のあの格納庫には無いのだが。

 

(………相手は自動操縦機が大半。それでも、圧倒的に数に劣る。というか、こっちは一機だからな)

 

比喩ではなく、物量の差は歴然であった。古来より、戦争は数を揃えた方が勝つという。それが王道であり、勝つための常套手段でもあるのだ。

前提として、彼我の力量が同じであれば、という言葉が付くが。そうして、白銀武は怒りのままに動き出した。

 

抱えているものは大きい。この星の行く末を、未来の一端を左右するに足るものとは、自他ともの評価である。その背負っているものを忘れた訳ではない。だが、その上で負ける筈がないと判断したが故に。同時に、思い浮かんだのは出撃直前に唯依と交わした言葉だった。

 

敵影接近との報。その直前に、二人だけで話す機会があったのだ。正確には、もうちょっと違うものではあるが、交わした内容は偽りではなかった。その中で、最初に口を開いたのは唯依の方だった。指揮官の顔のまま、真面目な声で唯依は告げた。

 

「鉄………いや、白銀。勝算がない無謀だけは止めてくれ。まだまだ聞きたいことがある。間もなく我々も出撃可能となる、無意味な蛮勇は控えるべきだ」

 

「了解。ってかえらい言われようだな。でも、それより前に証明すべき問題があるでしょう。俺が言えた台詞ではありませんが」

 

「敬語はいい………本来ならば疑うべきなんだろうな。だが、どうしてか疑う気になれない。軍人失格だな」

 

武は唯依を見て、苦笑を返した。

彼女が自嘲しつつも、表情の向こうからでも困惑しているのが分かったからだった。

相も変わらず隠し事が下手で、根はお人好しだ。変わらない姿は、強さ故か、弱さ故か。武は答えを出さないまま、口を開いた。

 

「それこそ俺の言えたことじゃない………国に属していない俺が」

 

でも、と言う。

 

「俺にもやれることはある。俺でしかできないことがある。自惚れだとこき下ろされても否定させねえ。さっきは油断したけど、次は無しだ」

 

「刀一本でやれるのか?」

 

「斯衛やインフィニティーズを、ってことになれば多少は苦労しそうだけどな。素人に毛が生えた程度の相手なんか、それこそ物の数じゃない………ここで一発かましてやらなきゃどうなるか分かんねえし」

 

奪われ、弄ばれた命に。下手人には然るべき処置を。

胸中に怒りを押しこめながらも、武は言った。

 

「―――ここからだ、これからだ。この戦争は今からだ。絶望ってのはこんなもんじゃない。苦境ってのはこんな生温いもんじゃない。あの頃の京都に比べれば、まだまだやれる事は山程にある」

 

「………鉄中尉」

 

「その名前は捨ててきた。騙して悪いとは思うけど」

 

「そうだな………戯れに問うが、あの後も中尉は日本で戦っていたのか?」

 

「………マハディオを騙して、ガネーシャさんの所に帰らせた。あとは、日本にずっと。斑鳩閣下の元でずっと戦った。風守光………母さんの代役として」

 

「―――――それは」

 

鉄大和、白銀武、小碓四郎。3つの名前が交錯して、唯依は少し混乱した。

それを見ぬいたかのように、武は動揺した唯依に言う。

 

「嘘っぽいよな。何なら、ふざけるなと殴ってくれてもいい。きついけど、それでも………戦ったことだけは本当だ」

 

俺と一緒に戦ったあいつらが忘れていないのなら嘘にはならないし。

言葉小さく呟いた言葉は、唯依にも届いていた。

 

「まさか………ずっと、斯衛の最精鋭、第16大隊で戦っていたのか」

 

「ああ。隊員その他には色々と迷惑と苦労をかけたけどな。介さんに、赤鬼、青鬼、雄一郎………京都撤退戦は酷い戦だった。月詠中尉は、それこそひっどい災難だったろうけど」

 

武はそこで、唯依が息を呑む音を通信越しにだが聞いた。

今の言葉が真実であれば、理解できることは多い。そして、唯依は戦術機に関することでは人一倍鋭かった。

 

どう考えても尋常な腕ではない鉄大和が、かの斑鳩崇継指揮下で戦い、誰にもその戦果を知られていないなどある筈があるか。

直感と言葉は、同時であった。

 

「………礼を。上総を助けてくれてありがとうございました」

 

私では無理だったと、唯依は震える声を零した。試すように、失敗した声。

暗いそれは否定の色濃い、自責の念だけを思わせる後悔の音を思わせるもので。

その言葉に返ってきたのは、いつかと同じ軽く、それでもあの頃とは打って変わって明るいものを感じさせてくれる声だった。

 

「礼を言われる筋合いなんてない。俺にとっても友達だ。見捨てるなんて選択肢にすら入ってねえ。それに、親父が開発に携わった機体を棺桶にする訳にはいかなかったから」

 

―――装甲の厚さは知っていたし。武の裏のない笑顔での言葉に、唯依は言葉に詰まった。白銀影行の事を暗に示していた。それは、白銀武と鉄大和という名前の事もそうだった。武家である唯依が、古事記にも記された英雄の名前に、気づかない筈がなかった。分かる者には、分かる。確定的ではないが、連想的に浮かべられる証拠には成りうるのだ。そもそも、どうしてその偽名を名乗っているのか、という答えとして。

 

「改めて、こちらこそ。俺の名前は白銀武。白銀影行と風守光の間に生まれた、白銀家の長男だ」

 

「………鑑純夏の幼なじみの?」

 

「柊町出身の、ただのガキだ」

 

「その、ただの子供(ガキ)が何故ここに?」

 

「敵と戦うために」

 

「………その、敵とは?」

 

「色々だな」

 

そうして、武は告げた。

 

「政治は分かんねえし、陰謀も苦手だ。崇継様や夕呼先生の足元にも及ばねえ。だけど、唯一俺が誰よりも勝っていると自慢できるものがある」

 

それは心の底から嫌そうにしながら、それでいて立ち向かおうと決めた者の顔だった。

 

「悪夢を見た。この上ない、最低の未来を見せられた...敵の正体も」

 

あえて名前をつけるならば。自負と決意と覚悟。それら混ぜこぜにした声でもって、武は告げた。

 

 

「――――絶望。それが黙らせるべきで、この上なく厄介な宿敵の名前だ」

 

 

 

 

 

 

――――そうして。

 

白銀武は敵機と思われるF-16Cに向けて、真正面から突っ込んでいった。

相手の手には、突撃砲が。その砲火が集中するのを感じながら、武は機体を抉るように旋回させながら、敵中央へ。

 

「遅えよ」

 

すれ違い様に、突撃砲を持つ腕が2つ宙を舞った。そのまま重力の束縛を受け、地面へと降下を始めていく。

これが人間が乗った機体であれば、一目散に逃げ出したことだろう。だが、自律機に相手との力量差を量る機能はついていなかった。

 

 

「意志も持たねえ、人形が――――」

 

 

それは、人間の自負だった。ただの子供であろう。それでも謙遜してはならない一線だった。退いてしまえば、ある女性の爆発前の絶望の顔が思考に染まる。

 

これは、戦争だ。これこそが、戦争だ。人が人と争う、戦争だ。だからこそ、認めてはならないことがある。中刀、そして補助腕を活かし尽くしての風圧抵抗操作、その上で青空に溶ける不知火は“馬鹿みたいな旋回速度”で、F-16Cに接近し、そして。

 

 

「―――夢追ってる奴らを殺そうとするんじゃねえ!」

 

 

叫びが形に、綺麗に弧を描いた斬線が、2つ。飛び道具の利点を完全に無視した清流の如き刀撃は、F-16Cの機能と兵装の全てを奪い去り。

 

鉄火の華を四輪咲いては散らせ、その衝撃で大気を揺さぶり尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、中央司令部。その中心では、赤い髪をした男が椅子の上で脚を組みながら、胸の前で手を組み合わせていた。

 

さながらそれは人気俳優のような。だが男が身に纏う空気には、血を浴びたことのない人間とは一線を画したものがあった。

 

「声明はいかがなさいますか、我が指導者」

 

指導者、と呼ばれた赤髪の男は考えこむことなく、即答した。

本来の予定であれば、ヴァレンタイン――――難民解放戦線の中心人物である彼女がする予定であった。

今彼女は、司令部内に潜んでいる開発衛士らしき人物を追い込んでいる最中だった。

 

「出しゃばるつもりはないさ。声明を発するのは、我々のシンボルである彼女こそが相応しい」

 

「では、そのように」

 

「ああ。だが、待つだけでは時間の無駄だ。状況の報告を」

 

そうして、指導者と呼ばれた男に命令された側近の男が、モニターに状況を映しだした。

1600地、商業地域全域に戒厳令を発令。歓楽街において国連警備部隊と一戦あるも、制圧完了済みとのこと。

 

「民間人の死傷者は?」

 

「出ていません。ご命令の通りに、武装した軍人以外の者には―――」

 

「それでいい」

 

その後も、次々に報告が上がっていく。

アメリカ、ソ連、カナダの各国と駐留している国連軍に対しては、対光線属腫BETA演習の決行を通達。

長時間はもたないだろうが、一時的な混乱と、航空機類の立ち入りを躊躇わせて空爆決行の時間を引き伸ばすことが目的の欺瞞だが、現状は上手くいっているとのこと。

 

「結構。では、神の炎に関しては」

 

「相当てこずっているようですが、間もなく」

 

「………主の御心に逆らうには、相応の罰が与えられて然りといえます。神の炎にしても」

 

手段を選ばずともいい。指導者の淡々として指示に、側近の男が頷いた。

 

それを聞いていた、司令部で拘束されているアターエフ大佐が『神の炎』という物騒な単語について問いただそうと大声を上げるが、『指導者』と『側近』は構うことなく会話を続けた。

 

「少佐は。東側の警備部隊を抑えた後は、どのように」

 

「予定外に面白いものを手に入れたと。詳細は不明ですが、言伝を頼まれました」

 

「………神の剣の開放はどうなっていますか?」

 

「難航しているようです。セキュリティの桁が一つ違う上、完全に独立した形になっているため………」

 

「簡単にはいかない、ですか。重要なポイントほど、予定通りにはいかない………だが」

 

話を続けようとした二人に、今までで最大の声がかけられた。

 

「待て、神の剣とはいったいなんだ!? 貴様ら、まさか―――!」

 

「………閣下の勇気には敬意を表しますよ。手も足も出ない状況で虜囚に甘んじてはいない。人の上に立つ者の器量とでも言いましょうか」

 

「皮肉は不要だ、それよりも………神の炎は原子力発電所だな。だが、神の剣とは………!」

 

 

推測できるが、確信には至りたくはない。間違ってくれれば、その方が良いのだ。

だが、アターエフ大佐の祈りも虚しく散った。

 

指導者の口から語られた言葉は、アターエフにとっての最悪を意味していたからだ。

 

 

「お察しの通り――――BETAの研究施設ですよ、アターエフ閣下」

 

 

恭順派の信仰対象すらでない、異形の怪物達。

 

指導者である男は、北米大陸にそれらを解き放つために我々の仲間が急襲していると、不敵な笑みと共に告げた。

 

 

 

 


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