Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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17話 : 方向性 ~ in alignment ~

横浜基地の地下にある執務室の中。部屋の主である香月夕呼は、いつものように軍人然とした表情を崩さない衛士を前にして不敵に笑っていた。

 

「つまり………紫藤が聞きたいのは、これが分の良い賭けであるか、ってこと?」

 

「はい。あいつらの力量とトーネードADVの優秀さに関しては把握済みです。それでも、ラプターを相手にするのは………勝算は零ではないでしょうが」

 

隔絶した差があると、紫藤樹は冷静な判断を元に結論を下していた。身内の贔屓目はあろうが、それでも第三世代最強という称号は伊達ではないのだ。撃って当たれば壊れるだろう、斬って避けられなければ割断できるだろう、それでもその状況に辿り着く前に越えなければいけない山が高すぎた。

 

紫藤樹はガルム小隊の4人のことをよく知っている。

 

アルフレードは理論5、感覚5のバランス型。直接的な戦闘能力は中隊でも最低クラスだが、隊内での意見調整や他部隊との連携を円滑にするための情報収集など、別方向での武器を持っている。

 

フランツは理論7、感覚3の理論寄り。前衛4人の中で最も落ちついた性格をしており、指揮まで執れる。近接での射撃格闘だけではなく、中距離から遠距離での射撃戦でも活躍できる前衛としてはあまり見ないタイプだ。

 

アーサーはフランツとは逆の理論3、感覚7の感覚寄り。隊内随一の運動神経と反射神経を武器に、縦横無尽に戦場を駆け巡る武の僚機として活躍していた。高機動下での戦術機動であれば、隊内でもナンバー2の腕前を持っている。

 

リーサは、理論1と感覚9の超感覚派。アーサーとフランツには劣るが、それでも機動、射撃、状況判断能力全てを高レベルで持ち合わせている上に、異様なまでの"戦場勘"を持っている。それを聞いた香月夕呼は、流石に詳しいわね、と前置いて話を続けた。

 

「勝ち目が薄いということ、否定はしないわ。それでも………ねえ紫藤。貴方は神の奇跡って信じる?」

 

「信じません。見たことがありませんから」

 

「そうよね。なら、あなた達12人が一人も欠けずにマンダレー攻略まで戦えたことはどう思ってるのかしら」

 

「………運否天賦、ではないでしょう。大勢の人間の意志が絡まった結果かと」

 

挑発的な言葉に、紫藤は自分の考えだけを述べた。その中には中隊自身が積み上げた努力も含まれる。

 

だが、運の要素が一つも含まれていなかったか、と問われればどうだろうか。樹は自問した後に、首を横に振った。戦場を知る者であれば同じ結論に至るだろう。なぜなら、何をどうやったって、人は殺されれば死ぬのだから。

 

返答を聞いた夕呼は、同意を示しつつも、更に尋ねた。

 

「“たまたま”殺されなかった。あなた達が死ななかったのは、運が良かったから――――本当にそれだけだと思う?」

 

「どういう、意味でしょうか」

 

「根拠のない現状なんかそこら中に転がってるわ。でも、推論だけは立てることができる。思考停止は誰のためにもならないわよ?」

 

考えなさい、と告げる夕呼の言葉に樹は少し考察を深めた後、自分なりの考えを言葉にした。

 

「別の要素がある。いや、もしかして………副司令は、自分達の中に――いえ、武以外の何かの要素が絡んで、その結果生き残ることができたとお考えなのですか」

 

樹は口走りながら、内心で否定の念を抱いていた。偶然はあくまで偶然として、非現実的な思考は現実の歩みを緩めることになるだけだからだ。幼少の頃から現実だけを見ていた紫藤樹は、疑問の視線を夕呼に返した。

 

夕呼は、肩をすくめながら答えた。

 

「侮辱しているつもりはないわ。私が考えている理由が全て正しい、なんてことも言わない。でも、アンタ達に付き添った部隊のほとんどがどうなったかを知っている人間なら、一度は考える話でしょう?」

 

「………ええ」

 

夕呼の言葉に、樹は頷きを返した。タンガイルの敗戦からマンダレー攻略までに起きた戦闘の中で、死者を出さなかった部隊は存在しない。前線が東に、東にと移っていく度に戦死者は増えに増えていった。壊滅、あるいは半壊と再編成が繰り返され、12人の中隊単位で考えれば同隊の戦友を失わなかった者は居ないのだ。

 

ならば、と樹は別の要因について―――常識外の能力に視点を移した。

 

「特殊な、個人的資質……サーシャの件ではなく、ですよね」

 

「一因ではあるけど、違うわね―――例えば、何気ない会話の中からでも異常性を感じる所とか」

 

分からないのかしらね、と言いつつも夕呼は気づくことはムリだろうなと内心で呟いていた。それだけに味方に信頼を置けている、というのもまた良い方での異常性かもしれないが、と苦笑しながら。

 

 

「仕方がないわねえ………ヒントだけは教えてあげるわ」

 

 

――――A-01の。"あの子達を集めた"本来の目的は何だったのかしら。

 

 

告げる夕呼に、樹は困惑の中で必死に答えを探し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーコン基地の司令部棟にあるブリーフィングルーム。その中では、数十に及ぶ開発衛士達が大型モニターの前に座っていた。一週間ほど前に始まった、相互評価試験を建前に行われている大規模演習であるブルーフラッグ、その一戦が行われるからだ。

 

ユウヤ達アルゴス小隊もそこに居た。そしてブリーフィングルーム内に居る開発衛士達に、昨日までとはまた異なった緊張感が漂っているのを感じ取っていた。

 

「………なあ、ステラ」

 

「貴方が聞きたいこと、今から当ててみようかしら。どうしてこんな空気になってるんだ、って所でしょ?」

 

「あ、ああ。その通りだが………その物言い、心当たりがありそうだな」

 

「ええ。そもそも、最新鋭機であるF-22(ラプター)が第一世代機の改修機であるトーネードADVを相手に模擬戦を行う、っていうのが変な話なのよ」

 

相互評価を題目に掲げているなら、機体の性能差が隔絶した機体どうしを戦わせるのは、理に適っていないと思われた。切磋琢磨の中にこそ今まで見えてこなかった部分が見えてくる。相互の機体の長所や欠点は、素の機体性能が比較できる段階であって始めて確認できるものだ。

 

ボクシングでは体重により階級が分けられているのと同様である。行わずとも結果が見えている勝負など、見る価値もやる意義も見いだせない無意味な行為である。プロミネンス計画に参加している戦術機は、2.5世代機か、第三世代機相当の性能とされているのがほとんどだ。一方でトーネードADVだけが第一世代機の改修機であり、第二世代機相当の性能があるとされている。

 

「それでも、トーネードADVのガルム小隊は、ドゥーマのミラージュ2000改に勝った………いや、そうか」

 

「察しの通りよ。2.5世代機相当のミラージュ改と、第三世代機でも最強と見られているF-22との性能差は全くの別物なのよ。この場にいる開発衛士のほぼ全員が、同じ意見を持っていると思うわ」

 

ステラの意見に、ヴァレリオは頷いた。タリサは、中に乗っている衛士の比較に意味を見出しているのかもしれないけどね、と言った。

 

「ガルム小隊とインフィニティーズの比較………ハイヴを潰した英雄部隊と、アメリカの対人戦闘のエキスパート部隊か」

 

「そうそう。それで、これを置き換えたらどうなるんだろうね、シロー?」

 

呼ばれた武は『俺に振るのかよ』と思いつつも、さっくりと答えた。

 

「目的を達成する手段、その方向性の違いだな。F-22のテストに関わってたユウヤなら、少し考えれば分かると思うが」

 

「………ドクトリンの比較か。つまりは、戦術機による攻略かG弾による攻略か、BETAを相手にするにはどちらが相応しいのか、その優劣を―――」

 

ユウヤは暴論のような感じがしていたが、別の考え方があることにも気づいた。軍上層部の真意は分からないが、対外的なイメージや、結果だけを見た政治家共がこの模擬戦の結果をどういった意味で利用するのか。陰謀というのは考えすぎかもしれないが、的はずれな懸念でもないかもしれない。そう思ったユウヤは、ふと気づいたように周囲の開発衛士達を見回した。

 

(そう、か……こいつらはガルムに勝って欲しいと思ってる。一矢でも良い、逆撃の一撃を、報いることを願ってる)

 

一方的にやられた場合、対BETAの戦術機開発を進めているチームのメンバーの士気が落ちるかもしれない。あるいは、もっと別の。そう考えたユウヤに、ステラは推測かもしれないけど、と前置いて言った。

 

「欧州はユーラシアを追い出されてからずっと、鬱屈した状況の中で翻弄されていたから………フェイズ1未満でも、ハイヴ攻略を成功させたって事に希望を抱いた人は、ユウヤが想像している以上に多いと想うわ」

 

「同意するぜ。実際に俺もその話を聞いた時は、"やってくれた"って興奮したクチだからな」

 

ヴァレリオの言葉に、ステラは頷きながら苦笑した。

 

「“事件”が起きたのはアジアの隅で、欧州での出来事ではないからと素直に喜べない衛士も居るわ。それでも………勝手かもしれないけど、やっぱりもう一度、って期待しちゃうのよ。ツェルベルスと違って、彼らは私達と境遇が身近だから」

 

「身近、って……どういう意味だ?」

 

「そのものずばりだ。欧州連合にも名の通った部隊は多いけど、ガルム小隊の連中は異彩を放ってる。ほとんどが、ツェルベルスのような元貴族とかで構成されてないんだよ……イギリスで言う労働階級出身者ってことだな。そうだろ、タリサ」

 

「あー、うん。リーサは元漁師で、アルフレードはスラム育ちだって。アーサーって人はイギリスの労働階級出身で、フランツって人も何代か前は最下級の貴族だったらしいけど、今はお家もなにもない普通の市民だって」

 

「そうね、うちの隊長もいいとこ育ちのお嬢様って訳じゃないし柄でもない………何よ、その目は」

 

ジト目になるイーフェイに、武は呆れた声で答えた。

 

「いや、ふつーに会話に混ざるなよ………って葉大尉も一緒かよ!」

 

「そう、一緒だけど………悪い?」

 

「いや、悪くねえけど」

 

武は自分だけに尋ねてくるような、願うような声に、思わず素で返してしまった。直後にその事に気づいたが、後の祭だった。武は集まる視線に咳を返しつつも、誤魔化すように話題を変えた。

 

「で、だ………ほとんどが貴族の義務とかは縁遠い環境で育った人間で、だから東南アジア諸国の衛士達に受け入れられてたって聞くな」

 

同じ目線で、同じ立場で、同じ敵に挑む戦友だった。だからこそ、持ち上げられた時に反発する声が小さかったのだ。武は当時の事を思い出し、そして自分を顧みながら誰にも聞こえないように呟いた。もしかして俺とクリスだけか、いやそうだな、と。

 

「………クリスは結構なお嬢さん育ちだったらしいけど、別方向にぶっ飛んでたから同類友扱いされてたな。ていうか、骨の髄まで研究馬鹿だったし。それ以外は、貴族なんてお高い場所に関係がない所で育った――――うん、簡単に言うとチンピラ?」

 

「いや、チンピラって………」

 

ヴァレリオは予想外の言葉に顔をひきつらせていたが、ユーリンは間違ってないと答えた。

 

「考えるより身体が先に動く、っていう人が大半だったから。具体的に例を示せば、アーサーとフランツのあの傷」

 

ユーリンは殴りあったようにしか見えない跡のことを指して言った。その意味を知った幾人かが、顔をひきつらせた。一方でユウヤも顔をひきつらせながら、インフィニティーズの一人を思い出し、口にしていた。

 

「なら、インフィニティーズにはチンピラとは正反対の位置に居る奴が居るな。そいつは――――あいつは、レオン・クゼは、クゼ提督を父に持つエリート野郎で、軍人系だが結構なおぼっちゃま育ちだ」

 

「ああ、昨日にバーでユウヤと乱闘起こしたあいつねぇ」

 

「………そうだ」

 

ユウヤはクリスカや唯依と会話をしている最中に絡んできたレオンの事、その後に起きた揉め事に関する事は全員に説明済みだった。流石に顔面に殴打の跡が残っていては誤魔化せないと判断してのことだ。

 

「………深くは問わんけど恨まれてるなぁ。いや、妬まれてんのか?」

 

「どっちもあるかもしれねえなぁ。レオンはユウヤの事をライバル視してたし、それに………なあ?」

 

「それ以上は言ってくれるなよ、ヴィンセント。でも、まあ………話、元に戻すけど。レオンは家からも期待されているエリートだぜ」

 

「そのワイルドなエリートさんと殴り合い、ねえ」

 

武は大事な時期だというのに殴りあったことを責めたい気持ちはあったが、迂闊に触れると拙そうだと判断し、話の流れに合わせた。

 

「ユウヤのライバルってんなら実力も確かなんだろうけど、他の3人はどうなんだ? 実力とか、境遇とか。温室育ちってことはなさそうだけど」

 

「ああ、お家に自信持ってんのは多分あいつだけだ。シャロンは普通の家の出だ。ガイロスって奴は知らないけどな。だが隊長のブレイザー中尉も含めて、あの顔を見るにいわゆる"イイトコ"の出ってことはなさそうだ。実力は………ブレイザー中尉が飛び抜けてるな」

 

ユウヤの言葉に、武もそうだろうなと内心でつぶやいていた。

先の模擬戦を観察した結果だが、ブレイザー中尉はかなり高いレベルで技量がまとまっていると感じていたからだ。

 

「でもバックヤードはともかくとして戦力としての比較はどうだろうなー。その辺はどう見る、ステラ」

 

タリサの声に、ステラは顎に手を当てながら答えた。

 

「そうね………今朝に両方見かけたけど、コンディションならインフィニティーズ有利だと思うわ? クゼ少尉の方はアレだけど、ガルムの4人はどうしてか満身創痍に見えたわ。ヴァレリオはどう思う?」

 

「士気とやる気に関しちゃ見ただけじゃ分からねえ。経験に関しちゃ質の差があるけど、実際の所はどうだろうなぁ。対BETA戦闘ならガルムの方に軍配が上がるだろうけど、対人戦の経験や技術ならインフィニティーズの方が有利だろ」

 

「そうね。差はあることは確か。でも、問題は………多少の差など関係ないと断言できるぐらいに、F-22Aが圧倒的な優位性を保持していること」

 

ステラの言葉に、全員が深く頷いた。ラプターが持つ最大の脅威となるステルス能力。対人戦においては絶対的な優位性を約束してくれる悪夢のような能力のことは、アルゴス小隊の全員が把握していた。

 

戦術機での接敵初動は射撃が基本となる。故に、撃たれる前に撃つという行動が最善。

だからこそ部隊の基本戦術は、偵察から始まる。相手の陣形を把握した上で自軍に有用な陣形を組んで襲撃点を決め、効果的なタイミングで仕掛けるというのがセオリーになっているのだ。

 

だが、相手がステルスの場合はこの一連の戦術が組み立てられない。逆に、ステルスを持っている方は絶対的に優位となる。

 

「………なにせ、相手の位置だけを一方的に把握できる状況を作り出せるんだ。まるで、まな板の上の鯉ってやつだよな」

 

こちらが察知される可能性は低い。となれば、敵の位置を把握した上で、どう料理しようかその戦術をより効果的に深く練ることが可能になる訳だ。見つかった場合でも、その機動力を活かして相手の視認範囲から逃れれば、仕切り直しをすることも容易い。

 

その脅威度は先の実戦で証明された。僅か5分での全機撃墜といった、完勝というにも生温い、それは蹂躙であった。

 

「亦菲、お前ならどうする?」

 

「………そうね。多目的追加装甲を装備させて囮にする方法を取ると思うわ。どう考えても、先手は譲らざるを得ないから」

 

奇襲の肝は初撃でどれだけ相手に損害を与えるかだ。不意打ちを回避する方法が無いのであれば、防げるだけの防御力を持つしかない。

 

「そうだよな………撃ち合いになれば不利ってレベルじゃねえし」

 

手段はいくつか考えられるだろうが、ラプターを相手にして、戦いを"勝負"にするためには一つの状況に持ち込むしかない。密集での集団近接格闘戦に、機体の性能差が如実にでない泥沼に引きずり込んでの殴り合いに持ち込むことでしか、勝機は見いだせない。

 

「問題は、どんな戦術を使えば泥沼に引きずり落とせるのか、という点ね。それも対人戦を熟知した相手に。まさか、先の一戦でインフィニティーズが底を見せたってことはないでしょうし」

 

ステラの言葉に、一人を除いたほぼ全員が渋面を作った。インフィニティーズは終始グラーブスを圧倒していたがその実、見せた手札は少ない。まだまだ奥を見せていないことは、この場に居る衛士達ならば把握している。故に、この模擬戦の勝敗はほぼ100%は見えているようなものだった。

 

―――――だけど、それでも、もしかしたら。

 

先に敗北したグラーブスを筆頭に、開発に携わっている衛士達はそうした声が零れ出しそうなほど、モニター越しに見える純白のトーネードADVを見つめていた。

 

「………ちなみに、だけど。シロー、貴方の参考に聞かせてもらっていいかしら?」

 

ステラは唯一、渋面を作っていなかった人物に問いかけた。この一戦。キーポイントになるのはどこだと思うか、どの段階で戦闘の趨勢が決まるのか。その問いかけに、武は迷いながら答えた。

 

勝敗に関して、確定的に言えることはないと前置いて。

 

「すべては――――初撃次第だ。インフィニティーズがガルム小隊の誰を狙うかで、“戦いになるかどうか”が決まる」

 

その後にどういった運びになるのかはさっぱり分からないけど、と。迷いなく告げる武に、ステラは訝しげな表情を返しつつも、不思議な説得力があると感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達は、欧州その他の国にとっては悪役だろう。インフィニティーズ1であるキース・ブレイザーは、その事実を内心で噛み締めながら、それがどうしたと不敵な笑いを零した。

 

「さて………戦闘前の再確認といこうか。レオン、このブルーフラッグで、我等インフィニティーズが成すべきことは分かっているな?」

 

「はい。圧勝して当たり前、辛勝は許されない、小破は敗北も同様、撃墜は言語道断、ですよね」

 

「そうだ。本来ならば、体調も万全を期して戦うべきだが――――」

 

キースはレオンの頬にある殴打の跡を見ながら、鋭い視線を飛ばした。

歴戦の兵の怒気に当てられたレオンの顔が、青くなる。

 

「過ぎたことはもう言わん、今から行動で示せ。そして、今回の相手のことだが――――シャロン」

 

「はい。実戦経験は、相手の方が圧倒的に上。機体性能を無視し、客観的に見た結果ですが………絶対に侮れない相手です」

 

「その通りだ。対BETAであれば、比較にならんほどの修羅場をくぐり抜けてきているだろう。だが、これは対人戦で、相手は俺たちだ。優位であることは疑いないが、それに甘えるな」

 

「はい。相手の実力を讃え、認め、称賛し―――――その上で捻じ伏せます」

 

「良し。言っておくが、油断は禁物だ。あちらさんは酷いコンディションらしいが、フリである可能性も無視できん。先のドゥーマとの一戦も、彼らが全力を出し切っていなかったという可能性もある」

 

キース・ブレイザーは対BETAとの実戦経験がある衛士であるが、対人戦の経験の方が圧倒的に多い。

その中で彼は、BETAにはない"狡知さ"というものを何度も見てきた。

 

「相手の無能を信じるな。相手の有能を信じろ。この基地での噂など、全て忘れろ。実戦での武勇伝も多い相手だ。推定できる実力を2倍掛けで考え、備えろ」

 

キースは模擬戦のフィールドを、その向こうに居るであろうトーネードADVを思った。まず、立場を考える。名声が大きい相手であるが故に、いかな戦力差があろうとも、容易く負けていいなどとは思っていない筈だ。

 

フィールドは廃墟群。身を隠す場所が多くステルスを活用しやすい地形だが、遮蔽物が多く、その地形を活用すれば番狂わせも起こせる地形だ。開けた場所であれば機体の反応速度と機動力が圧倒的に物を言うため、基本の機体性能差が隔絶しているこの一戦においては、そちらの方が優位に事を運べたかもしれなかった。

 

(だが、逆にこの状況下で使える戦術もある)

 

ラプターはステルスだけではない、初見であればまず見破られない機構も搭載している。キースはそれを今回の一戦で使用することに、躊躇いは無かった。

 

開始の合図が鳴り、流れだした状況を前に、インフィニティーズの4機は予定の通りに動き出した。

 

情報収集をした中で判明した、最も想定外の戦術を取って場をかき乱しかねない一機を標的とした陣形を取って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーダーに敵影はなし。それでも、何処に潜んでいるのかは分からない。先に発見できるはずもなく、迂闊な行動をすればすぐにでも捕捉されて、一方的な殲滅を受ける。

 

リーサ・イアリ・シフは、鼓動の音が不規則になるほどの緊張感の中で、表情だけは楽観的な顔をしていた。壊され、廃墟になったビル群の中で、敵性体の姿は見えなく、聞こえるのは自分の機体の駆動音だけ。だが、この中に確かに存在するのだ。個体戦闘能力であればいかなるBETAをも凌駕する、人智を以って武力を振るってくる最強の敵が。

劣勢も極まる。リーサはそれを受け入れた上で操縦桿を柔らかく握りしめていた。

 

心臓の音は命の音だという。生まれてからずっと、変わることのない自らの存在を示してくれる心地良い賛歌。その歌が訴えてくるテーマは2つだ。曰く、無様に敗れ去るな。ついでに、楽にやろうぜ。

 

昔から変わらない、リーサはそう思いながら笑い声を零した。どこまで来たのだろう。語れるほど大した過去を持っている訳ではない。リーサ・イアリ・シフは、10年ぐらい前まではそう思っていた。故郷での同年代、同性の友達に比べれば多少おてんばで跳ねっ返りな気はあったが、探せば何処にでも居るような範疇の子供だった。

 

過去にも、同じような性格をした子は居たらしい。他でもない自分の母がそうであったと、リーサは聞かされたことがあった。異なる点は、BETAが攻めてきたかどうか。為す術もなく故郷を追われ、そこからは同年代の者達と同じように、軍隊に入った。

 

軍生活でもそうだ。リーサは無駄に自惚れるつもりはないが、自分がそこそこ良い見目をしていることは自覚していた。それが原因でのトラブルもあった。でも、決して屈しなかった。

 

(そんな私を守りたいと、そう思った無謀なガキは居た)

 

そして、居なくなった。リーサはその時の事を覚えている。成果を出せば、と意気込んで走り去った背中に、言いようのない不安感を抱いていた。止めればよかったと、後悔しても戻らず。戦い続けて、気がつけば世界的に有用な計画に参加していた。

 

その模擬戦の真っ最中だが、目の前に見えるのは無機質な岩の群れだけ。JIVESによって、網膜に投影された映像には廃墟群として認識できるが、その実は岩と土と砂だけだ。それでも、障害物は多い。どこに隠れているのかも分からない。BETAとはまた違った戦術を使ってくる相手に恐怖と畏怖を覚えつつも、リーサは機体の操縦桿をやや前に傾けていた。

 

トーネードADVが、緩やかに前に進む。開始して数分が経過し、容易に仕掛けてこない時点でリーサは乾いた笑いを零していた。

 

(油断なし、か。策で嵌めてハメ殺すつもりかよ)

 

それでも、先手など奪える筈がない。あるいは、ここが殺し間だとしても、察知できる術もない。焦るよりは、と意識を周囲に拡散させながら機体を進める手を緩めなかった。

 

そうして、10秒。焦ることなく、リーサは無意識にかまえていた。

苛烈な戦争の記憶の中で印象深いと思ったものは両手両足では数えきれないが、それでも人間は慣れる生き物だ。

 

遠い所に来たものだ。リーサは呟き、その発端となる出来事を思い出していた。

 

初陣、欧州での死闘、スワラージ。アンダマンにバングラデシュ、ミャンマーにシンガポール。生活と戦いが等号で結ばれる日々に、死は常駐していた。大勝を収めたとしても、日々の生活が変わることはなく。BETAは相も変わらず、絶望の象徴で。

 

あの日、あの時、あの存在に―――人の形になった“運命”に出会わなかったら、間違いなく死んでいただろう。戦場に何も残せないまま、無様にあっけなく躯になっていた筈。想像のものではあるが、決して大げさではないと、リーサは思っていた。

 

(………人類側に勝ち目が無いことは、ずっと前から察していた。どれも直感で、根拠なんか聞かれても困るけど)

 

本気を出した、人類が一丸となればBETA何するものぞという、銃後の世界の人間が語る認識を、リーサは信じていなかった。どのような戦略論を語られたとしても、何かしらの逼迫感が付きまとっていたのだ。

 

故にリーサは、ある少年が絶望を背負っていることを無視できないでいた。

実戦に基づいた戦術機動を語る少年――――未来の記憶があるかもしれないと、一番始めに感じたのはリーサだった。

 

(人類の未来は暗いかもしれない。"それ"を実証する奴が現れた)

 

その奥を見据えると、人間世界の破滅が見えるようだった。

途方もなく大きく、重い荷物を蹌踉めきながらも背負っている、人を安心させる笑みを浮かべられる子供が居た。

 

何を言わずとも、察する事が出来た。リーサは、今でもあの時に抱いた、閃くように脳裏をよぎった感触を幻想だとは思っていない。

 

(ああ、くそ。今になって、より確信が深まっちまう)

 

リーサは思う。戦争に疲れ果てて眠ることに誘惑された馬鹿の妄想と、生きる希望を捨ててただ安らかに眠りたいという欲望に負けそうな、ハムレットに曰く弱気女の妄想だと言うならば笑え。

 

だが、リーサは確信していた。何度でも言えることがあった。

少年に出会ってまもなくしてからずっと、同じ思いを抱き続けていた。

 

―――――あいつの居るここは、"最前線である"と。

 

(だからこそ、だ。無様に撃墜される、って事は絶対に許されない)

 

そうして、定めていた目標を改めて呟いた。

一方的に負けるのは論外で、最低でも一機、合格と呼べるラインは2機落とすこと。

リーサは気合を入れ、未だ見えぬ打倒しなければいけない敵に対し、最大限に警戒を深めたまま緊迫感が漂うビル群に機体を進ませていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリーフィングルームの中ではどよめきが充満していた。

彼ら彼女達の思惑を代表するように、亦菲が言った。

 

「追加装甲がついてない………一機を完全に犠牲にするつもりなのかしら」

 

撃破は覚悟の上で、おびき寄せた一機に集中砲火を浴びせるつもりか。

考えられる戦術と言えばそのぐらいで、室内に居る衛士達から様々な意見が飛び交った。

 

「賭け過ぎるだろ、それは。ていうか馬鹿かよ………仕掛けてくるのが2機だったら、それだけで終わるだろうに」

 

「いや、初撃を回避できる自信があるからかもしれないぜ」

 

「それこそありえんだろう。第二世代機程度の機動力で、F-22Aの奇襲を回避できると思っているのか? それに、ラプターなら死角から………」

 

「ああ、正面からの攻防でさえ回避できるかどうか怪しいってのに。まさか勝負を投げたのかよ」

 

負けた時の言い訳を作っているのか、対人戦の経験不足か、端からこの模擬戦など眼中にないのか、と好き勝手な意見が会場を覆う。

ユウヤだけは、違う視点で両小隊の動向を分析していた。

 

(インフィニティーズは…………あの動きから察するに、アレを使うつもりか?)

 

F-22Aにはステルスとは別に、まだ公的には発表されていない機能を持っている。

その中の一つが、ゴースト・クラックと呼ばれている、音振欺瞞筒を併用したアクティヴ・ステルス機能の一つだ。

 

(ガルムに偽装したマーカーを掴ませた上でおびき寄せて、一気に叩くつもりかよ)

 

わざと視認させ、退避しながら相手にマーカーを掴ませた上で、死角から奇襲を行う。

どのようなベテランであろうとも、本来あり得ない位置からの攻撃に対応できるはずもない。

念には念を入れた対処方法だ。そこからユウヤは、インフィニティーズもこの模擬戦に本気を入れてきていることを悟った。

 

これは、ほぼ決まったか。ユウヤがそう考える横で、つぶやき声が発せられた。

 

「………おっかねえな」

 

「なんだ………シロー、おっかないってどういう意味だ。まだ交戦してないのによ」

 

「いや、なぁ。戦力比もそうだけど、このシチュエーションがちょっと」

 

「へえ。例えるなら、猫と猛禽類とかか?」

 

機体性能差を考えると、比喩ではなくそれぐらいの差がある。

武は上手いたとえだと頷きつつも、もっと別に良い表現方法があると苦笑し、告げた。

 

「強化装備持ってない歩兵と、兵士級だ」

 

武は記憶の片隅にあるホラー映画を思い出した。無人の廃墟の中で、まともに対峙すれば終わりという理不尽なモンスターが潜んでいる。

だが理不尽さの程度では、その比ではない。兵士級と生身の兵士ではそのぐらいの差があるのだ。

具体例を挙げれば、"富士教導隊出身のベテラン衛士が、接近に気づかないまま背後から頭蓋骨を噛み砕かれるぐらい"には。

 

武は、策を聞いていない。そして後々の問題があるため、F-22が持つ機能に関する情報も渡していない。

知った所でどうしようもないのがF-22という戦術機だ。それに、

 

「勝ち目はねえ、ってか?」

 

ユウヤの言葉に、武は無言を貫いた。ユウヤもまた、重ねては言わない。

経験から来る実感だった。F-15Eという2.5世代機、実質は第三世代機に近いと言われている機体でも勝てなかった相手だ。

 

暗い雰囲気が、ブリーフィングルームに漂う。

 

――――そして、場は動き始めた。

 

「っ、接敵………!」

 

「出会い頭に――――後退したっ!?」

 

モニターには、高速で動き出したトーネードADVが。

そして発見され、遮蔽物となるビル群の中に後退していくF-22との戦闘が始まっていた。

 

ユウヤが、内心で叫んだ。

 

 

(囮だ、わざと見せただけだ………気づかないままなら、もう………!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガルム4、アルフ! 絶対に遅れるなよ!』

 

『エスコートはお手の物ってな! ………罠かもしれねー、けど!』

 

わざと発見されたと、その可能性もある。だが、その逆もまたあり得るのだと。

圧倒的不利であるならば、この機会を逃す訳にはいかない。そう考えたアルフレードは、リーサを止めなかった。

 

待っているだけではジリ貧になるばかりだ。

絞首台の上で床が落ちて抜けそうな状況、それを脱するためならば賭けに出る以外の方法はないと。

 

『敵機は2機………糞みたいに早いなちきしょう!』

 

『分かっていた事だろう! やんなるけどね!』

 

愚痴を盛大に吐きながら、リーサとアルフレードはF-22を追っていく。

レーダーには、発見した2機の姿が。それでも敵の方が早く、廃墟群をすり抜けていく影を見るのが精一杯だった。

 

JIVESで作られた廃墟群は区画整理されていて碁盤目状になっている。

故に曲がる度に直角での曲がりを要求されるのだが、二人は曲がりうる制限速度ぎりぎりでビル群の中を走っていった。

 

『アルフ、ガルム1とガルム2は!』

 

『まだ接敵してない、こっちに向かってるが………期待はするな!』

 

アーサー達が残りの2機の位置が掴めていない場合は、待ちぶせを受ける可能性を考えて慎重に移動ルートを選んでいることだろう。

全速だと合流できるタイミングが早まるが、その分隙が多くなってしまう。

 

『くそっ、早い! このままじゃ距離ぃ離されて…………!』

 

最初と同じように、ステルスの脅威に怯えるしかなくなるのは防がなければならない。

 

そう考えたリーサはスロットルを全開にした、その時だった。

 

『………止まっ、いや反転してきた!?』

 

『2機でやるってのか、面白え!』

 

 

アルフレードとリーサは、"一機は留まり援護射撃に、もう一機が突進してくる"相手の反応を見ながらそう思った。

逃げるのはやめて、真正面から迎撃してくる心算だと。

 

そして間もなく、ガルム1とガルム2が接敵したとの通信を受け取った。

 

『アルフ――――私が先行する!』

 

残りの2機は戦闘中。ならば、残りとなる敵機は全て前方に在り、背後の警戒をする必要はない。

そう判断したリーサは、自機の速度を更に上げた。

 

 

『合流される前に、援護なしの一対一なら………!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――負けるつもりはない、と思うよな』

 

レオンは呟き、やや前進させていた機体を後退させた。そしてこちらの行動に反応し、更に速度を上げて来た機体を見て、不敵に笑った。

 

『………欧州に名高い英雄サンよ。一度はサシでやってみたかったんだがな』

 

呟き、突撃砲を構えながら通信を飛ばした。

 

――――ゴースト・クラックを利用し、高速機動で追撃を仕掛けてくる2機の背後に回り込んだ僚機に。

 

『今だ、シャロン!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絶好のポジション………っ』

 

シャロン・エイムは突撃砲を構える寸前に、呟いていた。

 

人間の視界は180°が精々で、高速移動中であれば更に狭く。

そして突撃砲を構えたレオンが居るならば、“自機の反応をレオンのやや後方に見せている”以上は、後方に注意を払う方がおかしいのだ。

 

照準は無防備な2機の内、隊長が最も厄介だと判断した中隊の突撃前衛である1機に向けられた。

事前にデータは揃っている。機動と配置から研究した結果、まず間違いなくリーサ・イアリ・シフが駆る機体に間違いはないと推定され、それは正しかった。

僚機は恐らくアルフレード・ヴァレンティーノで、もう2機の反応はやや遠く。

 

シャロンは、敵の2機がこちらのゴースト・クラックによる細工に気づいていないことも感じ取っていた。

いずれも、これまでに対戦してきた模擬戦相手と同じ。自機に映る、“映らせて見せた”レーダーの反応を疑ってはいないと思われた。

常識的な判断であり、そこに間違いはない。故に有用な戦術だ。

 

開幕からの演技は完璧で、それに釣られた相手は演目の通りに踊る以外のことはできなく。

そしてシャロンは、いつもの通りに幕引きの一撃を発射した。

 

無防備なリーサ機に向けて照準を合わせると同時にトリガーを引き絞る。

 

――――最善だった。素人でも満場一致するであろう、それは最適な行動だった。

 

相手の心理を読みきった上での最善の戦術だった。警戒心を高め、猜疑心を煽らせた上で、勝利への可能性を幻視させることを布石とする。

 

回りくどい方法で慎重過ぎると言われれば頷かざるを得ない方法ではあるが、嵌ったのならば抜け出せる筈もない、必勝の作戦だった。

 

その流れの通り、完璧なタイミングで36mmの雨は標的に向かって放り込まれた。弾道を知覚できる者が居るならば、偏差分を考慮しての射撃の8割以上が命中の軌道に乗っていたことに気づけただろう。

 

これ以上ないほどの精度を持った死角からの一撃は、馬鹿げた回避能力を持つ白銀武をして撃墜必至と言わせるほどのものだった。

 

だが―――判断を誤った。

 

責めるべきはただひとつ、その標的がリーサ・イアリ・シフだったことだ。

 

 

――――トリガーを引き絞ったシャロンだけが、その全貌を見ていた。

 

 

トーネードADVは電撃を受けた人間のように、突拍子もなく補助腕部を強引に動かしたのだ。

 

JIVESであろうとも風は存在し、機体にかかる風圧力も変動する。純白の機体はそれをまるで承知した上で慣性力を操作し、風に吹かれる綿毛のように機動を変えた。

 

不規則というにも生温い、非常識にアクロバティックな機動。

 

その1秒にも満たない時間で、左右上下に跳ねまわった機体は、10発の致命の弾丸の全てを置き去りにしていた。

 

 

『な――――!』

 

 

シャロンの意識が、驚愕の色に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオン・クゼは優秀な衛士だ。才能は申し分なく、積み上げてきた努力も並ではない。

ユウヤと同じく、米国でもトップクラスの能力を持っていることに間違いはなかった。

衛士としての常道は知っているし、国内限定ではあるが自分より優秀な衛士を幾度も見てきた経験がある。

 

故に、自分の眼で見た敵機の行動が、結果が信じられなかった。狂人は常人の既知の外にあるというが、目の前の機動が正にそれだった。

 

どう見ても、ゴースト・クラックに気づいていた素振りはなかった。そして、気づいていたとしても回避できる可能性などほぼ無い筈だった。

 

レオンは、僚機であり恋人であるシャロンの技量を熟知している。避ける相手を仕留めるだけの技量は持っているのだ。発射の瞬間を完全に見切られ、完璧なタイミングでの回避行動を成功させない限りは。総合的に見て、不可思議であり、奇妙であり、気持ち悪い物しか感じられない、それは理不尽であった。

 

「っ、でもよ………!」

 

理屈は分からない。だが、レオンは考える前に行動に移っていた。突撃砲を構え、こちらに向かってくる敵機に36mm劣化ウラン弾をばらまいた。

 

どれもが水準以上の射撃だった。会心とはいえないが、性能に劣る第二世代機には充分な攻撃だった―――その全てが、当たることはなかった。

 

レオンは自分のはなった数十の弾丸の行方に、舌打ちをした。後方に居る一機に流れ弾が掠ったようだが、目の間の脅威は消えていない。

 

そして、相手が抜き放った短刀が自機に向かってくるのを前にして。

 

レオン・クゼは訓練の通り、半ば本能的な反復行動を元にして、動いた。

 

 

 

 

――――純白の機体と、漆黒の機体が交錯し。

 

硬質なカーボンの衝突音。だが、すれ違った機体は、互いに無傷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリーフィングルームの中では、悲鳴と怒号が渦巻いた混沌が形成されていた。

 

完全に後ろを取られたトーネードADVと、それを成したF-22に対する脅威。その奇襲を如何なる術か察知し、あまつさえは全弾を回避してのけた規格外なトーネードADVに対する驚愕の心。

 

そして―――それでも届かなかった、F-22の圧倒的戦闘力。

 

開発衛士達はF-22Aが近接格闘戦においても優秀であると言われている事を知っていたが、その性能差を見せつけられた気持ちになっていた。奇襲を回避したことに対し、F-22Aの衛士が動揺を見せていたことも察知していた。だがそれでもってしても、届かないのだ。

 

読み合いがあったのか不明だが、裏を取っても届かない、悪夢のような存在。漆黒の機体は、まるで悪魔のように慈悲を見せることなく。

 

何をしても無駄なのか、と。開発衛士達は、絶望という単語が頭蓋から脊髄を通じ全身に行き渡っていく感触を味あわされていた。

 

 

かつてはガルム小隊の衛士の同僚であった、英雄の一角を担っていた、中華統一戦線の大尉が呟くまでは。

 

 

「―――前戯は、これで終わり」

 

 

ここからが勝負の分かれ目、と。小さな、それでいて不思議と通る声が、ブリーフィングルームの大気を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、リーサ・イアリ・シフは笑っていた。全弾回避できたのはこれ以上ない幸運であり、その流れで近接格闘戦を仕掛けられたのも僥倖だった。

 

だが、“その幸運を以ってしても届かない存在”が目の前に居た。正しく、圧倒的だった。絶望的だった。この強敵を前に都合よく奇跡など起きない、理不尽は並大抵の幸運では覆せないほど重厚で、いやらしい程に粘着質で、容易くも人の希望を奪っていくからだ。

 

通信から、アルフレード機が更に損傷したことを知る。アーサーとフランツも無傷ではないらしく、状況は圧倒的に不利と言えた。

 

リーサは全てを理解する。

 

その上で疲労の色濃い表情を引き釣り、笑いながら告げた。

 

 

――――絶望的、そんな事は知っていると。

 

 

同時に、かつての自分たちを思い出していた。全身にまとわり付くどす黒い死の予感に、積もりに積もった疲労。その全てが、戦場を思い出させてくれた。

 

そうして、笑みを獰猛なバイキングのそれに変えた北欧の女衛士は、安全ラインをぶっちぎった速度でラプターに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――空気が変わった。

 

キース・ブレイザーは混戦の中で呟き、違うか、と舌打ちをした。

 

お膳立ては完璧だった。部下に責めるべき点はないことは、状況から推測できていた。誘導からの奇襲のタイミングに落ち度などなかった。初見の相手が凌げるはずもない、ほぼ完璧な仕掛けが組み上げられていた、その筈だった。

 

(何故、回避できた。もしや、情報が漏れていた………? いや、俺はその可能性も想定していた。相手が気づいているようなら、別の戦術に移れと告げている)

 

相手がゴースト・クラックの事に感づいているようなら、別のプランで仕留めるつもりだった。奇襲を決行したシャロンは、判断力であればレオンやガイロスよりも上である。ならば、どういった仕掛けか。そして、目の前の敵機の動きは如何なる概念を持っているのだろうか。

 

キースは小破を負わせたとはいえ、まだ元気に動き回っている2機のトーネードADVを前に、困惑していた。

 

そして、敵機の雰囲気が変わったと感じた、その意味を察した。

 

(こいつら………っ!)

 

フィールドは空想上のビル群である。JIVESでそう見せられている。だが、機体は実機のものであり、偽装されている岩肌にぶつかれば死ぬことだってあるのだ。

 

全速で衝突すれば、ほぼ間違いなく無事では済まない。あくまで模擬戦、“負けても死なないのならばある程度は安全マージンを取っておく”のが常識だ。

 

だが目の前の4機は、限界を越えた速度で動き出した。戦闘の熱に浮かされた、とも言えない狂気の所業。キースはそれを見ながら、自分の経験の中にある記憶を掘り返し、認識の齟齬を認めた。

 

そして不可解な機動で以って反転する敵機に、ガイロス機に襲いかかる獣のような純白の機体を見ながら、思う。

 

こいつらが意識しているのは模擬戦ではなかった――――殺し合いだ。

 

敗北が死と等号で結ばれる、文字通りの決死の覚悟でこの戦いに挑んできているのだ。

 

相手は初めから命を賭けるほどの意気込みで臨み、今になって本当の戦場であると深く認識したのだ。キースは確証に至る理屈を持っていなかったが、どうしてかそう思えてならなかった。

 

そうして、全速で合流したガルム小隊が陣形を組み。遅れて合流した、逃れるにも機を逸したインフィニティーズとの泥沼の混戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

ユウヤはモニターの映像に、心を奪われていた。五感の内の2つ、視覚と聴覚に全身を支配されるかのような感覚。服が肌に触れているのか分からない、舌があるのかも分からない、何も匂いを感じることもない。

 

混戦とはいえ、戦況は傾きに過ぎていた。F-22は優秀で、衛士の技量も見事なものだった。ユウヤの目から見ても、レオンやシャロンは以前に見た時より明らかに成長していた。昨夜の因縁を全て無視すれば、今の自分でも勝てるかどうか分からない。

 

隊長機であるキース・ブレイザーはそれ以上だ。ガイロスも、先の二人に劣るものではない。

 

全てにおいて上回るラプターは、空から一方的に襲いかかってくる文字通りの猛禽類である。相手となる人は空を飛べない。それだけの機動力の差があった。故に先手を奪うなど夢のまた夢。迂闊に仕掛ければ、その隙を突かれて終わるだけ。

 

突撃砲や短刀を持っている以上は無力ではないが、攻撃出来る隙もなく、故に回避に専念するしかないのだ。F-22の鋭い“嘴”や“爪”で裂かれれば、たちまち致命傷を負いかねない。

 

出来ることと言えば、遮蔽物を盾に、味方機の牽制を活かし、撃破されないように立ちまわることだけ。

 

だが、攻勢に出ない訳にもいかなかった。守りに入った途端に一方的に押し込まれるか、後退されて陣形を組まれて戦況を振り出しに戻されるからだ。

 

「………縋るようにして。ステルスだから、逃げられないようにしてるのか」

 

「どちらも、相手が背中を見せれば狙い撃つつもりね………いえ、それが分かるように“見せ”てる?」

 

ヴァレリオに、ステラの声。ユウヤはそれを聞いて、納得した。入れ替わり立ち代わりになりながらも、F-22が退避できるような位置になった途端に、精度の高い攻撃で巧みに機を潰しているのだ。

 

それを見れば、隊内の連携で言えばガルム小隊の方が練りこまれているのが分かる。

 

 

「でも、もうガルムの方は………限界だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相談する暇など一切ない、敵味方が入り乱れる戦況の最中。レオン・クゼは持ち前の技量でもって、ガルム小隊の攻勢を封殺していた。その中で、思う。性能から言えば一方的になる一戦が、どうしてこのような状況になっているのかと。

 

(それに、なんだ………この重圧感は)

 

気圧されている、とは認めない。レオンには自負があり、自分を支えるものを常に意識している。抱えているものの重大さを、忘れたことなどない。だから無責任で無鉄砲な真似をしていたユウヤが許せなかったし、衛士としての技量で上を行かれているのが我慢できなかった。

 

インフィニティーズの名前、その名誉を知るが故に油断はしない。出来るはずがないと、考えていた。目的意識も持っている。誰にも勝るという傲慢は踏まないが、容易くは劣らないと言えるだけの自負は持ち合わせていた。この模擬戦が遊びではないことも、間違っても負けてはならないことも、充分に理解していた。

 

(態勢を立て直せば、それで終わる………でも、相手がこちらを逃がさないように動いている………)

 

レオンは客観的な判断を持ち、そして気づいた。戦術の基本とは、戦況がこちらに有利になるように誘導することだ。相手のしたいことはさせずに、こちらがしたいことをすれば、それだけで優位に立つことができる。

 

(だけど今、それをされてるのはこっちだ。絶妙なタイミングで邪魔されてる)

 

何より脅威なのは、敵小隊の判断力の高さだ。相手が一手仕損じれば、そのままなし崩しに後退して態勢を立て直せる。それだけの機体性能の差はあった。

 

だというのに混戦が始まって5分が経過しても状況を変えられないのは、相手が的確な位置取りと、必要に応じての援護射撃の両方をミスなくできているからだ。

 

(逆を言えば、それだけ相手の戦術が限定されてるってことだが………っ)

 

そのフリをして、相手の行動を制限し、なおこの様なのだ。レオンはいっそ本当に退避すれば、と考えつつも、ここで退くことはできないと舌打ちをした。万が一にではあるが、このような乱戦になった時にインフィニティーズが取るべき行動を聞かされていたからだ。

 

第二世代機相手に、万が一にも乱戦に持ち込まれたらそれは恥以外のなにものでもない。

 

その恥を注ぐ必要があった。態勢を立て直そうと敵に後ろを見せるのは恥の上塗り以外の何物でもなく、それだけは出来なかった。

 

最強の機体を自負する米国の精鋭部隊が、他国にそのような失態を見せる訳にはいかなく、そうなったが最期、真正面から叩き潰すしか汚名を返上する術はなかった。

 

(だが、その方法は見えたぜ。あの狂ったような機動………あれを警戒して踏み込めなかったが、そうそう出来るもんじゃねえよな)

 

数分に渡る混戦の中で観察した結果、導き出した結論だった。あるいは、リーサ・イアリ・シフだけが持つ特殊な技術なのだろう。常識的に考えれば、あのような変態機動など、日常的に見ていなければ真似られるはずもない。そして、初見でなければと。レオンは意気込み、叫んだ。

 

「この乱戦に入られる切っ掛けを作ったのは俺だ………このままじゃあ引き下がれねえ!」

 

何より、ライバルが――――ユウヤ・ブリッジスも見ているのだ。あいつを前に、これ以上失態を重ねる訳にはいかないとレオンは考えた。

 

一機落とせば、それで決まるのだ。連携による見かけの戦力向上は数に乗するが、逆を言えば一機でも少なくなればその力は激減するということ。レオンは歯を食いしばり、俺が仕留めてやるぜ、と目の前の敵に攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーサー・カルヴァートは状況的にまだまだ不利であることを理解していた。

 

さもあらんと、覚悟を決めた上で。

 

アーサーは改めてインフィニティーズの事を評価していた。想像以上に優秀であると、認めざるをえなかった。本当であれば、最初のリーサの奇襲返しでいくらかの目的は達成できていた筈だからだ。

 

それでも、とアーサーは諦めるつもりはなかった。この模擬戦はサッカーのワールドカップ――――映像でしか見たことがないが――――それと同じだと思っている。

 

国家全てという程ではないが、機体を任された者として責任を背負い、衛士の経験や技量を懸けて戦うものだと。勝って得られるもの、負けて失うものは存在する。相互評価試験の勝敗によって、戦術機開発における状況は若干だが変わることになるだろうと、そういった事情も聞かされていた。

 

アーサーはその一部しか理解していない。目の前の認識していることで精一杯だからだ。だが、何が拙いのかは分かっていた。何より憂慮すべき問題。それはこの模擬戦でガルム小隊が負ければ後々の展開に――――XM3導入までにかかる時間が長くなってしまうということ。

 

詳細は聞いていない。だがアーサーは、模擬戦とはいえこの場で相応の戦果が得られれば、口利きも捗るのだという結論だけは脳に刻んでいた。

 

そして、決戦は年内か年始だと。もう時間が無いのだと、聞かされていた。その上でアーサー達は、オルタネイティヴ計画の概要を知らされていた。

 

だがやはり、アーサーは難しい事情は理解していなかった――――避けなければならない最悪の事態、オルタネイティヴ5という計画とその後に起こる災厄を除いては。

 

(不運が重なれば、とあいつは言った)

 

武から聞いたことは、衝撃的だった。武も、オルタネイティヴ5を、アメリカの目論見を、世界の破滅を防ぐために動いているらしい。

だが手違いや相手の動向次第では、オルタネイティヴ5が発動しかねない状況にあると聞かされた。

 

それを聞いてから、アーサーが熟睡できたことはない。他の仲間も一緒だろうと、それを疑ってはいない。というか、見れば分かった。

誰もが理解しているからだ。最悪や不運という出来事が重なってしまうことが、特に珍しくないと実地で学んでいた。

 

故に、意識していた。

この場での敗北を認めることは、オルタネイティヴ5を赦す行為にほかならないと。

 

アーサーは自分の頭が良くないことは理解している。

嘘が苦手で、他人の感情や動向に対しての機微に疎く、挑発されればすぐに頭に血が昇ってしまうことも自覚していた。

 

それでも、忘れてはならない事があることも。何も考えず馬鹿のまま、右往左往しているだけでは得られないものがあると。それは、労働階級である父の教えだった。

 

生きていくだけなら虫でも出来る。運命に翻弄されるのも同じだ。辛い世界で、死んでしまうことは珍しいことではなかった。その時に絶望するか、あるいは笑って逝けるか―――終わりよければ全て良しと笑って死ねることこそが有意義だというのが、父の主張だった。

 

そのために必要なのは、矜持の二文字。ジョンブルを汚すような振る舞いはするな、言い訳や建前を盾に、強者に屈するような男には成ってくれるなと告げる父の表情は常識を説く者の顔だった。

 

行動をせずに諦めること、辛さや厳しさを前に誇りを捨て去ることは、何より愚かしい行為であると告げる顔も。

 

それを抱いて死ぬことが出来たのならば命を失うとしても、何かが残ると―――不明瞭な意見は、死の恐怖に何かをすがるような含みがあったことを、アーサーは否定しない。

 

父の遺言の一部が虚勢であった可能性も否定しなかった。だがアーサーは、軍人になる前からその思いをずっと抱えてきた。

 

欧州の戦地ではその思想が重たく感じられることもあった。矜持は誰もが持ち合わせているものではなく、生きるために獣のような行動を取る者が居ることも珍しくはない。

見下せれば楽だったろうが、それでも出来なかった。死にたくないから、という言葉が理解できるものだから質が悪い。が、アーサーは一度も父の遺言を忘れようとは思わなかった。

 

意地、だったのかもしれない。フランツから格好つけだな、と冗談で言われることもあったが、否定はできなかった。それでも、捨てなかったことは事実で。故に、理解できることがあった。

 

負けて、最悪の事態に――――オルタネイティヴ5が発動する所まで事態が進んでしまうこと。その結果、地球の大半が海に失してしまうという事は、"散った戦友の何もかもが無駄になることを”意味していた。

 

(何人死んだ、もう覚えていないが、誰もが戦って死んだ)

 

恐怖に抗おうとした。未熟だと、自覚している衛士も居た筈だった。自信満々に戦場に臨んだ人間だけのはずがなかった。そんな背景や内心に関係はなくBETAとの戦端は繰り返され、思い想いに戦って、死んだ者達が居た。

 

(そうだ、居なくなった―――俺たちに何かを託した後に)

 

筆頭は、白銀武の同期だった。戦場に現れた絶望の塊、そう表現するに等しい母艦級を打破するために、業火の中で果てることを決断した衛士の勇姿を、アーサーは忘れたことがなかった。その中に18に満たない者が居たことまで。

 

負ければ、そんな彼らの挺身が踏みにじられてしまう。

 

それだけは許されない。許してはならない。許せるはずがなかった。

 

故に、アーサーは前に出ていた。

 

投影された網膜に映る、不敵な笑みを合図として動き出した男二人と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフレード・ヴァレンティーノは人を見てきた。よく見てきた。死ぬ所も生きる所も。寝不足と緊張感の相乗効果が限界に達する。その似たような状況でも、戦場でも、多くの人間を見てきた。

 

そのほぼ全てが墓の下の土の養分に、空の彼方に散った大気の欠片になろうとも、ずっと見てきた。

 

気の良い奴らに会った、そして死んだ。

 

言葉を交わすのも嫌な奴らが居た、そして死んだ。

 

尊敬に値する上官が居た、そして死んだ。

 

身体だけの関係で、心地良い友達感覚で付き合った女が居た、そして死んだ。

 

本気で愛そうと思えた、惚れた女が居た、そして死んだ。

 

呪って死んだ。怒って死んだ。泣きながら死んだ。笑いながら死んだ。

 

大勢、見てきたのだ。

 

その中で理解したことがあった。人間は、やはり人間なのだと。理屈にもなっていない結論。その上でアルフレードは、人間を見続けようと決めた。

 

合縁奇縁、悲喜こもごもの最中、その果てに"見える”ものは多くなった。例えば、衛士の性格と特性。それを元に今回の戦術を組み立てたのは、ほかならぬアルフレードであった。

 

バーで、模擬戦の最中で、周辺の聞き込みで、インフィニティーズの事を徹底的に分析した。仮定と推論を重ねた。情報が不足していたせいで有用な策は2つしか練り上げられなかったが、それに託すしかないと仲間に話した。

 

突破するべきウイークポイントは、レオン・クゼとシャロン・エイム。

 

決め手となる鍵は、目的の衛士がどの機体に乗っているのかだった。そして相手の攻勢をしのぎつつも、それを特定したアルフレードは、目的の位置に移動した敵機を確認すると、フランツ達に告げた。

 

 

――――行くぜ、と。

 

 

直後、インフィニティーズで最も動きの鋭い機体が放った36mmが、アルフレードの駆るトーネードADVのコックピットを直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンはその時、3つの事象を観測していた。

1つ、隊長が相手の一機を撃墜したこと。

2つ、戦況の有利を確信した事。

3つ、敵の残りの一機がこちらに向けて吶喊してきたこと。

 

認識すると同時に、レバーを後ろに、後退しながら36mmをばらまいた。周囲のフィールドは、やや広い一本道。模擬戦のフィールドの外れにあるここは、左右にビルはあるが、途中で曲がる所もない、一騎打ちにはもってこいの場所になっている。

 

仕掛けてきた機体のやや後方にしか、左右に逃れる道はない。

 

「舐めるなァっ!」

 

相手機体は無傷ではない、左腕部が破損していた。あるいは、自棄になったのか。レオンはそう思いつつも、迎撃の射撃を続けた。

 

迫り来るトーネードADV。レオンは牽制の射撃をしながら後退し続け、そして敵機が一定の距離になると射撃の密度を上げた。

 

そして、逃れるためか上へ上へと機動を修正していく敵機に、照準を合わせた。

 

「逃すかっ、この距離じゃあ外しようが――――っ!?」

 

同時に、レオンはまた同時に3つの事象を認識させられた。

 

1つ、ビルのやや上方に居た敵機が、残りの左腕部に持っていた短刀をビルに叩き付けたこと。

2つ、その反作用によって急激な進路変更を行ったこと。

3つ、更に加速することにより、あと数秒で間合いに入られる所まで迫られたこと。

 

――――狂っている。レオンはここに来てようやく、相手小隊の狂気を間近で見ることとなった。先ほどの機動変更は言うに易く、行うに難く。機動制御を誤れば地面あるいは岩壁に衝突し、墜ちること必至。それも反作用の不規則性から、そうなる可能性が高い狂気の一手だった。

 

それだけに、虚をつかれた。

 

だが、とレオンは言う。

 

(もっと機動力のある機体なら、不意をつかれたかもしれねえがな!)

 

だが、レオンには余裕があった。機体は更に左右に揺れるが、照準をあわせるだけの余裕はある。

 

レオンはそうして可能な限り早く確実に。構えられたF-22の銃口が、その機体性能でもって、トーネードADVのコックピットを捕捉しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、フランツ・シャルヴェは配置につく直前だった。

 

明確な、前もって組み立てたプランではない。だが必然として、F-22に吶喊しているアーサー・カルヴァートの機体の後方に移動し、120mm砲を放たんとしていた。

 

―――これまでの全ては事前情報を元とした、行き当たりばったりな戦術だったことを。フランツは自覚しながら、不敵な笑みを零した。

 

レオン・クゼがユウヤ・ブリッジスを意識している所が知れたのは僥倖だった。アーサーが仕掛けたのもそれが理由だ。目的意識は高いが、過去に気を取られて前が疎かになっている―――足元が緩い相手ならば、脚を引っ掛けて転ばせることは可能だった。

 

一方で自分たちは様々な要因と情報を集めた上で、勝つ道だけに注視してきた。その道中に余裕はない。性能差以前に、負けて失われるものの大きさを考えれば、余裕など生じるはずがなかった。

 

その余裕の無さが、身体に疲労を刻んだ。所詮は一時的だが、戦場に居るような状況を実感し、その上で対峙しなければ勝利のしの字も掴めないと判断したが故に、無理を重ねた。やや強引な方法だが、成功したようだ。

 

リーサは説明不可能な、時々だが戦場で見せる不気味な直感力でもって、完全な奇襲に対処できた。その後の混戦も同様だ。衛士としての技量、その優劣は数字では示せないが、フランツ達は自分たちの方が秀でていると断言できるものを持っていた。

 

――――混戦時での集中力と、対処能力。元々は遊撃戦を得意としていたが故に、敵味方入り乱れての陣形での連携能力には自信があった。

 

修羅場の数では負けていない。それでも劣勢にあるのは、フランツ自身も乾いた笑いしか返せないが。

 

そうして、フランツは一本道へと躍り出て、全速で前へ。アーサーの奇妙な機動を囮に、撃墜された直後を狙うつもりで進んだ。

 

距離はあるが、アーサーの機動に気を取られた直後ならば。有利な点はここにもあった。レオン・クゼを含む隊員は、まだ若いのだ。

 

油断をしないと、戦うことは出来るだろうが、それだけだ。目の前の標的に対して真摯に挑むも、その敵が自分の予測の範囲外の敵ならば意識を奪われる。

 

(何より、修羅場が足りてないぜ)

 

圧倒的不利での戦いこそを修羅場と呼ぶ。命を失う瀬戸際、それを乗り越えてこそ鉄火場での平常心が磨かれるとフランツは信じていた。

 

地獄を知らない。身を焦がす絶望も。故に、想像力が足りない。

 

呟き、フランツは得意のレンジになったと同時に突撃砲を構えた。

 

 

(だから、油断しまいとして油断する――――!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャロン・エイムは焦っていた。想像以上に敵小隊が出鱈目なこと、そしてレオンがやや冷静さを失っていることに対してだ。ユウヤとの確執は、近しい人間でもどうしようもない程に根深い。シャロンはそれを知っているが故に、納得できるまでぶつかり合うしかないと判断していた。

 

中途半端に距離を取らせれば、いざ爆発した時の被害が取り返しの付かないものになる。ガイロスには告げていないが、隊長には報告済みだった。問題があれば自分がフォローすることも含めて。

 

(まったく、世話が焼けるわね)

 

そうして、シャロンは敵が仕掛けて来たことを察すると同時に動いていた。予め高度を取っていたのが幸いした。上空、俯瞰的な視点から見ることが出来ていたからだ。

 

シャロンは距離を詰めながら、確信した。正面からの敵は囮で、本命は後方にいる一機。狙撃を得意とする衛士が乗っていることを見抜いていた。

 

恐らくはフランツ・シャルヴェ。射撃能力が最も高い要注意人物であると、先日のブリーフィングで告げられた衛士だろう。

 

そう判断して相手の戦術を察したシャロンは、上空から本命機からは死角となる位置に移動し、そこから急降下した。敵の仕掛けるタイミングは分かりきっている。その前に、仕留めてみせると突撃砲を構えた。

 

(最初の、あの不規則な機動は二度ない)

 

勘だのみで予測が付かない、真っ先に仕留めるべきだと判断されたリーサ・イアリ・シフではない。シャロンは、例えあの機体がそうだとしても、二度はないと思っていた。あれは奇跡の産物で、奇跡は短時間に二度も起きないと。

 

(同じような失態は繰り返さない、二度と犯さない!)

 

元よりレオンと同様の責任を感じていたシャロンは、ここで決めるつもりだった。奇襲を奇襲で潰してこの模擬戦を終わらせるつもりだった。

 

彼女なりの自負心とともに、突撃砲を構え―――直後、張り詰めながらも意志に富んでいたシャロンの表情と意識が、一瞬で漂白された。

 

 

"機体を180°回転させ、逆立ちに似た体勢でこちらに突撃砲の照準をあわせる機体”を目の当たりにしたからだ。

 

きらり、と砲口が光を反射して。

 

 

――――『方向性の違いさ』、と。

 

 

シャロンは敵の機体の中から、聞こえる筈のない声を聞いたような気がした直後、その身体を何かが貫いたかのような衝撃を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そうして、吶喊したアーサー機が撃墜判定を受けてから、模擬戦は10秒に満たない内に終わった。

 

間もなくして、試合終了の報せが模擬戦のフィールドとブリーフィングルームに行き渡った。

 

 

爽快とも言える青空が映るモニターに、模擬戦の結果が表示される。

 

 

――――ガルム小隊、撃墜4で全滅。

 

――――インフィニティーズ、撃墜2に、小破1。

 

 

 

ブリーフィングルームの中に、爆発音にも似た歓声が響き渡った。

 

 


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