Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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特急で書いて誤字多いと思うので、後日に修正・加筆すると思います。


あと、作者注。

タリサ、イーフェイの過去に関しては原作で詳しく語られていません。
そのため、本話の一部はこの作品でのオリジナル解釈となります。




15話 : 接戦 ~ Spark~

『それで、ステラはどう見てんだ? 例のガルムのセンパイ達の辛勝の件は』

 

『そうねえ………ひょっとしたらだけど、機体の調整を誤ったんじゃないかしら? 実戦演習終わってから何かしら機体いじってる、って聞いたし。体調が悪かったって噂も流れてるけど………あとはお祭り騒ぎに対する無言の抗議、って噂もね』

 

あるいは純粋に対人戦が苦手だったか。そういった情報が流れているという。

そんな話をしている横で、タリサは会話に加わってはいなかった。

それに気づいていない筈がないヴァレリオが、話を振った。

 

『それで、お前さんはどう見てるんだよタリサ。昨日に………なんだったか、孤児院の知り合いと会う機会があったんだろ?』

 

完勝に終わったアルゴス小隊のブルーフラッグの初戦、その後にタリサ達はリルフォートで小さな祝杯を上げた。

その時に話しかけてくる一団が居たのだ。男女比率2:2の小隊の名前を、ガルーダスと言った。

大東亜連合の試験小隊で、ユーコンで第三世代機の研究を進めているチームだ。

 

『………マハディの兄さんとなら会ったけど、その事に関しちゃ話してねーよ。あと、理由なんてどうだっていいだろ。何の都合があろうが関係ないよ、アタシは自分の仕事をやるだけさ』

 

『ああ、そうだな。衛士は勝つべくして勝つ。負ければそれが全て。言い訳に意味はない、だったか』

 

『その通りだ。どんな事情持ってたって、相手が手加減してくれる筈もないし』

 

『………ま、そりゃそうだけどよ。なんかお前さん達、昨日よりやる気が倍増してねえか?』

 

『相手が相手だからだよ。VGも弛んだ気持ちでぶつかって勝てる相手じゃないのはわかってるだろ?』

 

アルゴス小隊の今日の対戦相手は、統一中華戦線のバオフェン小隊である。

不知火・弐型よりやや小さい機体だが機動性に優れ、近接戦格闘戦も強化されている殲撃10型を乗機に持つ相手だ。

それを操る衛士も、まず間違いなく一流を名乗っていい程の腕を持っていた。

 

『作戦は………どちらか一方じゃない、両方が鍵だな』

 

『良くて辛勝、って所ね――――ユウヤ』

 

『ああ、分かってるさ。そっちの方は頼んだぞ、タリサ』

 

『任せとけ。ユウヤも、あのぼっち女に負けんなよ』

 

『いやぼっちはやめろ。なんか俺もダメージを喰うから』

 

ユウヤは幼少の頃を思い出し、少し気分が暗くなった。友達どころかまともに接する相手も居なかった暗黒時代。

それは軍に入ってからも同じだった。

 

(いや、何人かは居たか………元気そうだったが)

 

ユウヤは昨日の事を思い出し、溜息をついた。本当に予想外な再会があったのだ。

 

それはアズライールズに完勝した後のアルゴス小隊のデブリーフィングが終わった後のこと。

話題は不知火・弐型の表面塗装のことから、帝国斯衛が使う武御雷の話に繋がり、その色が持つ責任というものに移って行った。

 

そこで、ある事が知らされたのは唯依が合流してからだ。

 

アルゴス小隊を含む全ての試験小隊に、米軍派遣部隊からの招待状が送られてきたという。

それは、格納庫でF-22EMDをお披露目するという内容だった。

余裕の現れかと、シニカルな笑みを浮かべる者。

好奇心を表情に出し、見に行きたいと言う者。反応は様々だったが、ユウヤは模擬戦の疲労を理由に部屋で休むことにした。

 

そして翌日、休んでいる時にイーニァがやってきたのだ。

西側の機密が詰まっている区画に、東側の人間が無許可で立ち入るという事実。

それが意味することを認識した途端、ユウヤはイーニァの手を引っ張りながら走ることを選択した。

 

保安隊員にでも見つかれば、相当な問題となる。そう思い走り、外に出た途端にはまた違った災難が待ち構えていた。

1人は、またイーニァを探していたのであろうクリスカ。

そしてもう一人は、そのクリスカから警戒の視線を向けられて困り果てている小碓四郎だった。

 

だが、そこで出会った人物はそれだけではない。聞き覚えのある声と共に現れたのは、ユウヤもよく知る二人の衛士だった。

 

シャロン・エイム――――かつての同僚。自分とまともに相対してくれた1人で、一時期は付き合っていた女性だ。

そして、レオン・クゼ――――忘れもしないその男は、役割上はユウヤの相棒であった。相棒と書いてライバル、という表現が正しく、殴りあった回数は両手両足では数えられない程だった。

 

どちらも今は派遣部隊《インフィニティーズ》に所属している衛士で、今も話題になっているF-22EMDを搭乗機に持っているという。

 

交わした会話の内容は、忘れられようもない。挑発の応酬に、険悪な雰囲気。

ユウヤは特に不知火・弐型に言及された事に腹を立て、レオンもそれを撤回するつもりもなく、場は一触即発になった。

 

かつて同じ部隊に所属していた頃は日常的に行われていたことで、特別なことではない。

だがそのまま行けば殴り合いに発展していただろう事態に、口を挟んだのはユウヤをして予想外の人間だった。

 

否、口を挟んだことが予想外だった訳ではない。何より意外と感じたのは、その時に小碓四郎が発した声色についてだった。

 

『………なあ、シロー』

 

CPで待機しているであろう人物に話しかける。数秒が経過し、声が返ってくる。

 

『なんだよ、ユウヤ』

 

『昨日の事だ………お前、どうしてあんなに』

 

あんなに、嫌悪感をあからさまにしていたのか。それも、イーニァが泣きそうになるぐらいに剣呑な雰囲気を纏って。

ユウヤは他人の目もあるからと、口にはしなかった。唯依に知られれば、その態度を問題にされるかもしれない。

そうした、遠回しな質問に対して、返ってきた言葉は端的だった。

 

『なんだ、敵より俺の様子が気になるってか? やめてくれよ夜にトイレ行くの怖くなるだろ』

 

『茶化してんじゃねーよ。まあ、言いたくないってんなら別にいいけどよ』

 

『そんなに大したことじゃないんだけどな。まあ、アルゴス小隊が勝った後の宴会で、添え物として話してやるよ』

 

『………随分と気が早いな?』

 

『早くないさ、篁中尉と約束したんだろ? 俺たちの弐型で青い旗(ブルーフラッグ)を制覇しようって………いや、謝りますから。睨まないでくださいませんか、中尉閣下』

 

ユウヤは通信越しに起きていること、また小隊の仲間から映像越しに生暖かい視線が届いてくることを感じていたが、全て無視した。

それに、もう時間なのだ。

 

『っと、すまん。それで、ユウヤ担当の厄介な敵その1、通称"凶暴ケルプ"の弱点は話したよな?』

 

『――――ああ。以前の模擬戦との照らし合わせも、戦術の選択も済んでる』

 

ユウヤは証明するつもりだった。先日の話は聞いている。

唯依がサンダークに対し、不知火・弐型の完成度を誇ったのは。その一部に、気に入らない言葉があったことも。

一拍を置いて、ユウヤは告げた。

 

『俺以外の所が先に崩れちまったら、それこそお話にもならないけどな………VG』

 

『へっ、馬鹿言ってんじゃねーよ。それに、女性のエスコートは俺の十八番だっての』

 

『そうね。タリサの言うとおり、相手が誰であれ、負けていい戦闘なんて無いものね………鍵となるのが私ではないから、そこは心配だけど』

 

ヴァレリオとステラ、二人の声は1人の人物に向けられていた。

その人物は、戦意を滾らせ、小さい身体の隅々にまで新鮮な酸素を届けようと、何度も深呼吸を繰り返していた彼女は言ってのけた。

 

『相手の実力は………ある意味で、アタシが一番よく知ってるんだ。だから楽勝なんて口が裂けても言えない、だけど』

 

そうして、タリサは網膜に投影された唯依を見た。

唯依もタリサを見返し、口を開いた。

 

『頼んだぞ、マナンダル少尉』

 

『へっ、心配には及ばないって。アズライールズの戦いで、この機体の癖は掴んだ。弐型はいい機体だし………』

 

 

タリサは親指を立てて、笑みを返した。そこには生来の快活だけではない、戦士の獰猛さが見え隠れしていた。

私は、戦う者だ――――グルカの衛士だ。言外に告げた誇りを捨てない意志を感じ取ったユウヤ達の顔にも、士気の炎が灯った。

 

 

『それで、アタシには何もないのかよ、シロ』

 

『犬みたいに言うな。それと、バオフェンの小隊長さんに弱点はない、だからこそだ』

 

『………あとは戦術で何とかするしかない、か』

 

 

最後にタリサは、ちらと小碓四郎――――武の方に視線を向けた。

 

それと同時に、模擬戦の開始を告げる合図がアルゴス小隊とバオフェン小隊に告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さってと、あちらさんはどう出てくるかしらね………隊長?』

 

『好きにすればいい――――私は邪魔はしないし、私の邪魔もしないこと。その約束を違えないのなら』

 

『分かってる。勝った負けたで機体の開発がどうこうなるとは思わないけど………それでも、負けてなんかいられない』

 

軽口の応酬、それとは裏腹に両者の眼光の奥には鋭い刃のようが見え隠れしていた。

他の二人の隊員が黙りこみ、数秒が流れる。その後、示し合わさず互いがその表情を和らげた。

 

『――――無様を晒したら許さないわよ』

 

『うん、ありがとう』

 

ユーリンは頷き、内心で苦笑した。素直じゃない喝には慣れたもので、今ではそのあたりが微笑ましく思えると。

それを言うと、更にひねくれた顔になるので、ユーリンは表情にも出さないが。

 

『それじゃあ、こっちも約束の相手を………っと、そういえば忠告が』

 

ユウヤの所に向かおうとする亦菲は、思い出したように告げた。

 

『小碓四郎って奴? が言うには、タリサ・マナンダルも相当"ヤる"らしいわ。舐めてたら火傷するって』

 

『………それは楽しみ。非常に、やり甲斐がある』

 

イーフェイは返ってきた言葉、その声色に少しだけ引いた。そして玉玲の機体が一回り大きくなったように見えた。

 

『ま、まあそっちは任せるわ。李も、ヘマするんじゃないわよ』

 

『言ってろ、怪力女。こっちも伊達に開発衛士やってねーよ』

 

『そうアルね。姐さんには敵わないけど、そこいらの衛士に不覚を取るような無様は犯さないよ』

 

 

『そう――――それじゃあ』

 

 

行ってくるわ、と。緑髪の女性衛士が1人、眼光を戦意に染めながらスロットルを前に押し倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、アルゴス小隊とバオフェン小隊の戦闘が開始された。

 

一番最初に接敵したのは、不知火・弐型の二番機を駆るタリサと、索敵に出ていた李だった。

 

最初に発見した殲撃10型の36mmが、遮蔽物である空想上のビルより36mmを斉射。

タイミングも精度も申し分のないその攻撃は相当に高い練度を思わせるもの。

 

だがそれは虚しく空を切った。36mmは遠い空に消えて、代わりに存在感を示したのは不知火・弐型だ。

ビルに挟まれた閉所であるにも関わらず、機体を上下左右に揺らしながら射撃を行った殲撃10型に真正面から突っ込んでいく。

 

さながら獣のように機敏な動作で、手には牙たる短刀が。接敵から一転しての唐突な奇襲返し。

一方で李は動揺せず、横の遮蔽物に隠れた。

 

『ちぃっ!』

 

『タリサ、右よ!』

 

『分かってる!』

 

タリサは声が聞こえたとほぼ同時に回避行動に移っていた。後を追うようにして、タリサが先ほどまで居た地面に穴が開いた。

制限高度ぎりぎりから、見下ろす相手への攻撃。移動射撃とは思えないほど狙いが正確な36mmの雨、その何発かが回避し続けるタリサ機の脇を掠めて地面に落ちていく。

 

タリサは回避し終わった後に、上を見て迎撃の射撃を繰りだそうとしたが、思い浮かべるだけで止めた。

止まる動作に一瞬、確認して銃を上に向けるだけで二瞬。それを逃してくれるほど相手は甘くない。

 

(っ、背筋が凍るぜ全く!)

 

対人の戦闘において、攻守が入れ替わるのはままあること。追い詰めたつもりが、次の瞬間に追い詰められているなど日常茶飯事だ。

それでも、とタリサは必死に回避しながら舌打ちをしていた。

 

一手でも間違えたら損傷。二手過てば、起死回生などと言えないようにズタボロにされるだろう。

タリサは息を飲んで、そして笑った。

 

同時に劣勢だったタリサに、ステラとヴァレリオからの援護が入る。戦術機同士の戦闘で上を取るというのは有利な状況にあることだが、それは一対一での理屈。

遮蔽物のない空には、銃を防ぐ盾はないのだ。

 

ビルの上に立つステラ機と、ビル群の間に居たヴァレリオ機が同時に36mmを斉射する。

マズルフラッシュが観戦室のモニターを染め、数発でも受ければ相当な損傷となる致死の弾丸が空を飛ぶ。

そして、通り過ぎた。誰もいない所を穿ったウラン弾は、その役割を果たさずにどこかへ飛んで行く。

 

『っ、今の反応………いえ、察知されていた?』

 

危険を察知した、とでも言えばいいのか。まるで機敏な獣のように反応した殲撃10型は、36mmが発射された時にはもう高度を下げて安全なビル群の間へと隠れていた。

ステラとヴァレリオが相手の位置を把握し、ポジションを取り、狙いを定めたその間にもう自機の危機を察知していたのだろう。

 

それも、小型機とはいっても無茶な角度での降下だった。あれだけの急降下、しくじれば着地も出来ずに地面を転がることになるだろう。

ステラとヴァレリオは冷静にそれを観察しながらも、相手の技量に対する評価を一段上に修正した。

 

射撃精度、状況判断能力、機動制御技術、共に一流。

 

正攻法にしても、打ち破るのは困難な相手だ。ステラはそう判断して、対策を立てようとしていた。

だが、そう悠長に相手を分析している暇などある筈がない。

 

『っ、補足された………VG!』

 

『ああ! へっ、泥沼の混戦になりそうだな!』

 

残りの一機がステラに攻勢をしかけ、ヴァレリオがそれをフォローしようと動き出す。

視界の端に、もう一機の殲撃10型を見ながら。

 

そうして、合計6機が入り乱れた市街地での戦闘はいよいよもって状況が入り乱れる混戦になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(………判断が早いな。でも、破綻していない)

 

小隊内でそれなり以上の信頼感が無ければ、出来ない動きだ。ユーリンはそれを観察しながら、同時に懐かしさを覚えていた。

 

(ずっと前の私なら、こんな動きも無理だったんだろうけど)

 

ベンジャミン大尉の下に居た頃の自分なら、悪ければしっちゃかめっちゃかになった挙句に味方機にぶつかっていただろう。

そして、それを後悔しなかったかもしれない。運が悪かった、と世界を呪いながらも仕方ないと諦めていたかもしれない。

 

(守るものがなければ、そうなる………いつからだったかな)

 

有利な場所を取って、勝者となって、幸せになる。かつての自分であればそんな余計なことを思わず、ただ生き延びるためだけに戦っていたことだろう。

 

視界に映る敵、その練度に感心しながらもユーリンは昔の自分を思い出していた。

 

とはいっても、特別思い出すことは何もない。子供の頃の自分が何を覚えているのか、と問われれば親になるのだろう。

ユーリンにもかつてはそのような役割を持つ人間が居たが、軍に入る前に死んでしまった。

その理由も、今は思い出せない。それほどまでにユーリンにとっての両親の記憶は、希薄なものだった。

 

死を告知された時も同様であった。悲しみはないが、喜びはない。

虐待を受けていた訳でもなければ、特に愛されていた覚えもない。

 

無関心というのが、最も相応しい表現であろう。それが故にユーリンは、大抵のことを1人でこなさなければならなかった。

分からない事があり、親に質問をしたとして、答えが返ってこない。故にユーリンは盗むことを選択した。

 

奪いとったのは、物ではなく情報。共有と言った方が正しいのかもしれない。

少々非合法な手段であっても、他人のそれを覗き込み、観察し、情報を取り入れ、自分なりに理解した上で役に立てる。

そうして、親の不興や感心を得ることなく。ユーリンも親と同様、淡々と育っていった。

親が死んでからは、それを不憫に思ったのか、近所の人間が助けてくれた。その瞳の中には邪なものもあったが、生きていく上で必要なものだと理解し、譲れない何かだけは保持したまま上手く立ち回った。

 

その能力は、軍に入ってからも役に立った。

同じ部隊の衛士として、最低限の相互理解は必須である。だが逆を言えば、最低限以上の理解は必要ではないのだ。

そうしてユーリンは、上手くやれる能力を持ち合わせていた。それを誇ったことはない。

 

(―――隙、あり)

 

李機に気を取られているF-15E。周囲への注意が薄れたのはたった一瞬の事だったが、ユーリンにとってはそれで充分だった。

何百回、あるいは夢にまで見た回数を含めれば何千回も繰り返した動作だ。

機を見て狙いすまし引き金を引く。飛び出る36mmの機動を目ではなく肌で感じ取るのも、慣れたことだ。

 

そうして放たれた内の一つが、F-15Eの左腕を掠め取った。

それでも相手は動じず、追撃を避けるために遮蔽物へと退避していった。

 

(追えば横から刈り取られる、か)

 

追撃すれば、近くに居るもう一機のF-15Eに側面を突かれるだろう。位置関係からすぐ判断したユーリンは、深追いせずに移動することを選択した。

欲張れば長生き出来ない。経験上、そう学んでいた。

 

出しゃばる人間ほど日光があたる。汗をかく。そうして、体内にある栄養分を失う。

観察により世間の道理を知ったユーリンは、目立つことを嫌った。自分が優秀な成績で訓練を終えた後も、それを誇ったことはない。

実際、大したことじゃなかったからだ。幼い頃からの繰り返しで、特別な訓練などしたことがない。

 

いつも通りに厳しく、誰も助けてくれない世界で死なないように頑張っただけ。

経口した食料を栄養分に変えることを、自慢気に語る人間など居ない。

同様に、生き抜くために最低限必要だったことをこなせたという事を、誰かに見せびらかすような趣味はなかった。

 

当たり前のように、死にたくないと、生きたいと思った。

ユーリンの根源はそれだ。

知り合いの中に、守りたい人も居た。本当に少ない数であったが、自分に好意をもって接してくれた人を平気で見捨てられるほど薄情でもなかった。

 

ただの、義務感。ユーリンは当時の自分を動かしていた原動力の名前を呟いた。

 

その力が変わった時のことも覚えている。

 

(忘れもしない………バングラデシュだったな)

 

ユーリンは、観察を得意としていた。だからこそ、いち早く見つけることができたのかもしれないと思っている。

誰もが持つ生きたいという渇望、それ以上の物を胸に抱えている少年の輝きに気づいたのは出会ってすぐだった。

 

戦術機動にも彼の意志が見て取れたからだ。無茶な機動、ボールのように弾み飛び回るそれは生命の躍動が具現したかのよう。

探せば見つかるほどに、少年は有名人だった。幾度も見たのだ。出撃の翌日に、グラウンドで。肩で息をしながら俯き、汗とそれ以外の液体を地面に落としている姿を。

 

ユーリンも自覚していた。自分が他人に興味を持つのは、初めてのことだと。だから、たどたどしい英語でお粗末な論調で話しかけた。

会話になったのはしばらくしてからのことだった。イェ少尉は言いにくいから、名前に少尉をつける奇妙な形式で。それが、少年の隊では流行っているという。

仲間を語る時の言葉には、悪口と照れ隠しが。それでも、表情には嫌味の一欠片も含まれていなかった。

 

ユーリンはその頃の自分を思い出し、苦笑する他なかった。おかしくなって、少し笑う。すると、その少年は嬉しそうにする。

こちらから冗談を言えば、笑ってくれた。冗談が苦手だったからだろう、少し苦笑というか引きつった笑いが多かったように思えた。

そんな時間こそが大切だった。子供のような時間が、輝かしいものに思えていた。

 

ユーリンはそうした新しい自分を自覚しながら、時間と共に惹かれていく自分も感じ取っていた。

まるで暗闇の中で明るい灯火に誘導される蟲のように。

そこで出会った、自分とは違う輝きをもつ少女もはっきりと覚えている。

 

似たもの同士だね、と。困ったように笑いあうより他に、取れる行動はなかった。

 

(拒絶されなかったのは、意外だったけど)

 

知らなかったとも言う。少女――――サーシャ・クズネツォワは、独占欲というものを持っていなかった。

希薄だったのかもしれない。あるいは、それよりも家族のような存在であったあの中隊の人間が大事だったのかもしれない。

多少の後ろめたさは感じた。ユーリンも、一般常識としての男女のことは把握している。

少年が――――白銀武が成人する頃には、自分は何歳になっているのだろうか。

ああまで輝く少年が青年になる過程で、他の誰かを惹きつけない筈がない。

負の要素は多すぎて、考えれば考えるほどに胸が締め付けられた。それは、サーシャも同じようだった。

 

誰より離れたくないと。ユーリンは、サーシャがそう思っていることを知っていた。

 

(うん……そんな所も、似ていた。あるいは、家族か)

 

ユーリンは、ただ触れ合うだけで温かい気持ちになれると、そんな関係があることを知らなかった。

芽生えたのも同じ時期だったように思う。特にタンガイルで死んだ少女の事は、今でも忘れられない。

はっきりと自覚したのは、あの誓いの日、決意を交わした日だ。それぞれの意志を口に出した上で、手を重ねあったあの瞬間。

あれは、サーシャ・クズネツォワが持つ特殊な能力であったのかもしれない。

 

その時より、誓ったことがある。

自分は誰にも負けないと。いかなる場合でも絶望に屈せず、最後まで全力を以って抗うと。

 

(危険を承知の上で、踏み込む――――こんな風に!)

 

射撃での牽制。ユーリンはそう自覚し、損傷を負っていないF-15Eもそう思っていたのだろう。

唐突にその場を崩した。全力での噴射跳躍、その推力を以っててビル群の間を風のようにすり抜け、すれ違いざまに一閃。

手応えを感じつつも、ユーリンは感心していた。

 

(流石の反応速度、でも腕の一本はもらった)

 

感触だけでそれを確信し、急ぎその場から退避する。戦友から学んだ残心の心を、ユーリンは忘れていない。

誇るべきは戦果ではないのだ。多少の優勢を誇り、隙を突かれて敗北しましたなどと笑い話にもならない。

 

(無様は、許されない。今も見られているのだから)

 

生きていると信じていた。真実、生きていたことに人知れず泣いた。

嬉しかったからだ。誇りに殉じる有り様は美しいと思う。だけど葉玉玲もやっぱり乙女で、1人の男にその姿を見られることを嬉しく思っていた。

 

――――故に、油断せずに攻勢に出た。

 

こちらの被害は、李機が負った軽微な損傷だけ。元より油断できる程に、状況が有利になった訳でもない。

だから自分の迎撃で軽微な損害を負ったからであろう、急いで後退するアルゴス小隊の2機に向け、突撃砲を構えた。

 

 

(それに――――亦菲との約束もある)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、どうしたのそんな程度!?」

 

敵機はユウヤ・ブリッジス、不知火・弐型。イーフェイはその相手との一対一の状況で、市街地での射撃戦の中に在った。

 

遮蔽物に隠れあってのモグラの叩き合い。無様に頭を出した方がウラン弾の槌に打たれる。

そうした状況では、こちらが僅かに劣勢か。イーフェイはそれを自覚しながらも、落胆した。

 

自分に有利な状況でもその程度なのかしら、と。

 

(ちまちまと、射ち合っているだけに何の意味があるの?)

 

わかっているのかしら、と兵装を替えた。分かっていないのなら、これで寸断してやると。

 

(こんなせせこまっしい射撃戦なんて、BETAを相手にやれる訳ない………こんな攻防には意味が無いじゃない)

 

ならば、と。兵装の重さが機体にかかると同時に、イーフェイは遮蔽物のビルから躍り出た。

機会を待っていたのだ。敵機が長くやや幅が広い一本道がある場所に出るまでは。

 

噴射跳躍は全開に、踏み足となった人工の靭帯がしなる。それは反発を呼び、同時に推力となった。

バネのように弾かれた機体の中、イーフェイは全身のGを感じながらも相手との間合いを測っていた。

経験とは力だ。そして衛士として、一つの機体に慣熟するということは機械仕掛のそれと一体になるということ。

 

学習能力があるのが人間である。イーフェイはその証明として、自機の速度と手に持つ兵装が成し得る最適解を叩きだした。

 

遠心力をたっぷりと載せた77型の一撃。迎撃の射撃を掻い潜っての奇襲である。

だが、それは硬いものに阻まれて終わった。

 

望む結果は、倒れ伏す相手の無様な機体。

だが目の前に現実のものとして見えるのは、長刀を構えながら崩れた姿勢を立て直す敵機の姿だった。

 

(咄嗟に74式長刀で受け止めた、か………やるじゃない)

 

会心という程ではないが、出来のいい一撃だった。

本来であれば重量に勝る不知火・弐型が勢いに負けて吹き飛び、体勢を崩しているのがその証拠だ。

 

ひとまず合格。イーフェイは笑みを明るいものとして、突撃砲をパージした。

すっこんでろと言わんばかりに地面に転がし、一歩だけ足を前に出して77式長刀を担ぐように構える。

とどめにと、左手でかかってこいと挑発する。

 

統一中華戦線でも、何度かやった手法だ。その相手のほとんどが、自分をハーフだからと無用な差別理論を好んで使いたがる愚物だった。

反応は、2つ。好機だと突撃砲で応戦してくるか、舐められてたまるかと長刀で応戦してくるか。

 

ユウヤ・ブリッジスは後者だった。それも頭に血を上らせた結果ではない、油断せずに対峙しようという意志が見えるかのように整った構えで戦意を返してきた。

 

(ふ、ふふふ………あんたなら、そう返してくれると思ってたわ)

 

二種の血が入り乱れるという事実が、周囲の環境をどう変えるのか。

それは決まっているものでもないし、また別の方向性もあるのだろうが、イーフェイはユウヤに対してあることを感じ取っていた。

 

米軍でもトップであったという事実からも、分かることがある。

彼は自分と似たような境遇で―――――混ざり者だからという理由だけで理不尽を受けるような環境で、足掻き抜いて来たのだ。

 

(そうよね。舐められっぱなしじゃあ、ハーフ稼業は務まらない………収まりがつかない)

 

理不尽な要求や態度。それを一端でも認めれば、呑まれてしまう。つまりは敗北だ。

それを跳ね除けるに必要なものは一つだけだ。

 

その道具の名前は、力という。

 

「まずは――――小手調べよ!」

 

無造作に、素早い踏み込み。反作用が脚部の電磁伸縮炭素帯に伝わり、機体の膝腰肩を奔って腕部に伝わる。

そうして、絶妙な体重移動を元に繰り出された77式長刀が、唸りを上げて不知火・弐型へと襲いかかった。

 

トップヘビーの長刀は、使いようによっては自分より大きな機体をも押し切るポテンシャルを秘めている。

だが外した時のリスクも大きく、下手な者が扱えばそれこそ重しにしかならない技量が試される武器だ。

 

だからイーフェイは、この武器が好きだった。

 

「口先なんて役に立たない………そうでしょ!?」

 

通信ではないひとりごと。それは内心が漏れでた音だった。

初陣のことがあっても、周囲から差別の視線は消えたことがない。

 

イーフェイは知っていた。同じ戦場で生命を預け合った仲間は例外で、別の部隊の衛士からは今でもそういった目で見られていることを。

当然のように、彼女は反抗した。面子を重んじる国であるからして、後になって仕返しがされないように徹底的に自己の正当性と優位性を確立するように暴れまわった。

 

統一中華戦線は最も多くBETAと戦ってきた国であるからして、実力者は尊重される風潮があった。

それを利用し、理不尽を押しのけてきたのだ。

 

しばらくして立場は強くなったが、戦術機甲部隊の中で孤立してしまった。

悪意をもって接される回数は激減したが、積極的に関わってくるような輩はほぼ皆無となった。

こうなっては何も出来ない。勝利すれば主張は歪められないが、誰も居ない場所では何を話した所でひとりごとにしかならない。

 

同時に、部隊の皆が危険に晒されてしまうことに気づいた。

たった一機になっても戦おうという意志こそが戦場では尊重されるものだが、それでも同じ衛士同士の横の繋がりがゼロになるということは問題しか生まないのだ。

 

ここで折れるべきか、あるいは。イーフェイがユーリンに出会ったのはそんな時だった。

 

中華一、鼻っ柱の強い女衛士が居る。そんな噂を聞いてやってきたという、英雄の名前を持つ女衛士にイーフェイは噛み付いた。

どれほどのものだと挑み、そして完膚なきまでに叩きのめされた。

 

(あくまで私視点の結果で、実際は紙一重だったって苦笑していたけど)

 

負けは負けだった。それも、言い訳が出来ない程の完敗だとその時は思った。

そしてユーリンは、負けたからどうにでもしろというイーフェイの言葉を聞いて、提案してきたのだ。

 

それは、中華で一番に強い部隊を一緒に作らないかというもの。あまりにも荒唐無稽な話であり、何よりイーフェイにとっては予想外だった。

名声があれば上手く立ち回れるのだ。立場があれば、それなりの生活はできる。ただそれは、大人しくしていればこそのこと。

 

ユーリンの目的は、あるいは統一中華戦線の内部に波紋を呼びかねない。

英雄として帰還したのに、どうしてそんな事をするのか。疑問に返ってきた言葉は、単純なものだった。

 

負けたくない相手が居る。忘れられない記憶がある。違えられない誓いがある。

何より、戦うからには全力でやるべきだと。

 

達すべきはBETAの地球上からの掃討という。

政治屋ではない自分がその目的を達成するには、取り敢えずこの国で最も無視できない衛士になることだと。

 

大真面目に主張するその顔には、虚飾の欠片もなかった。

その時に理解したのだ。

 

協力の話を出したのは、崔亦菲という衛士が他にはないポテンシャルを持ってるからだと。折れない精神力を持ってるからだと。

 

(あとは………私がバカだから、だったっけ)

 

イーフェイとしてはそこだけを反論したが、笑って流された。流されて流されて、一年が経過した頃には全てが変わっていた。

無視できない人間が隊長になったからというのもあるだろう。だが、それより大きかったのはBETAが日本に侵攻したからだ。

アジアでも有数の軍事力を持っていた日本が、その本土の半分を失うことになった。

 

上層部はついに危機感を覚えたのか、中国台湾を問わずに能力がある者を優遇し始めた。

入隊時には決まっていた派閥分けも、その体をなすことができなくなった。

 

同時に上層部は英雄を求めた。その一つに、葉玉玲が指揮する中隊があった。

だが、それに反対する派閥の人間も居た。ユーコンで開発衛士をしているのは、その反対派に対抗するための実績作りというのが大きい。

 

(くだらない。馬鹿らしい。迂遠過ぎる。でも………挑まれたからには、負けてられない)

 

イーフェイは知っている。一歩でも退けば、人は更に押し込んでくると。そうして劣勢に立たされた者に、未来など掴めないと。

故に、足を出すのは前だけにだ。過酷というにも生温い戦場の中、人は結果にしか興味を見出さない。

例え折れている足でも、前に出さない言い訳には成り得ない。

 

だから、今も前に。そうして繰り出した一撃は、ついに不知火・弐型の前から長刀を引き剥がすことに成功した。

 

 

 

「貰ったぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………劣勢、ですね」

 

CP将校のラワヌナンドの声が、部屋に響く。小さい声だがそれが通ったのは、誰もが無言だったからだ。

緊張した面持ちで画面を見つめているその顔に、喜びの色は薄い。

 

その中で3人だけ、動じない面持ちをしていた。

1人は、フランク・ハイネマン。いつもと同じ微笑を絶やさず、モニターの機体をじっと見つめている。

そしてもう一人であるイブラヒム・ドゥールは、同じく表情を変えていない東洋人の青年へと話しかけた。

 

「落ち着いているな、少尉」

 

「慌てる要素、無いですから。いや、ほんと相手が相手なんで」

 

「確かにな。先の模擬戦闘も見たが………彼女達が歩んできたであろう、苦難の道が見て取れる」

 

能力とは積み重ねだ。そして軍人の積み重ねとは、戦場での経験に他ならない。

そして、生き抜くには相応の覚悟が必要になる。その内容を決めるには、幼少の頃からの経験を含めた全てが色濃く反映される。

 

勝ち負けに何かが賭けられている真剣勝負においては、それが顕著に現れる。

両者の“それまで”が衝突しあうのだ。

 

生命の取り合いであれば、勝者はそれまでの道筋を肯定され、敗者は否定される。

今回はあくまで模擬戦なのでそこまでの域には達しないが、それでも国という看板を背負っての戦闘である。

 

葉玉玲は衛士としてほぼ完成していた。どんな状況にも対応できる能力がありながら、一切の油断を見せない。

窮地において一つのミスが命取りになることを実戦で学び尽くしたからだろう。

 

崔亦菲は果敢であり、苛烈であり、卓越していた。敵手の守りを真正面から打破しようと攻める姿は、嵐のようでありながら精錬されていた。

何もかもを吹き飛ばす暴風だが、無秩序ではなく目的と意志を持って吹き荒れていることが分かる。

 

状況は、アルゴス小隊側はタリサを除いた3機が損傷を。一方で、バオフェン小隊は損失なし。

素人でも分かる劣勢である。そんな中で、武は告げた。

 

「………それでも」

 

「ああ、そうだな」

 

イブラヒムが頷く。武も、何も言わなかった。

 

唯依が無言で、顔色も悪い。だが、モニターに映る不知火・弐型をじっと見続けている。

その視線に含まれている成分は、恐らくだが2種類あった。

不安、そして期待。それに応じるように、不知火・弐型の一番機と二番機は動いた。

 

モニターには、77式長刀の重い一撃によって両腕を跳ね上げられ、絶体絶命になったユウヤ機があった。

だがその次の瞬間には不知火・弐型は体勢を立てなおし、殲撃10型の攻撃を回避していた。

 

損傷を受けているタリサ達の方も互いに互いを援護しながら相手を牽制し、一方的にされるがままではない。

 

当たり前だと、二人は笑った。両者ともに、言葉にせずとも知っていた。

 

 

――――苦難の道を歩んできたものは、バオフェン小隊の衛士だけではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………っ、強い! 嫌になるぐらいに、隙がねえっ!)

 

タリサは油断なく詰めてくる殲撃10型を見ながら、舌打ちをした。

先制の奇襲で一機の右腕部に手傷を負わせた所までは、上手くいったと思っていた。

 

だが、その後が問題だった。

葉玉玲。万能型の理想型であり、特に複数機を指揮下においた状況でその能力を発揮するという。

衛士としての一つの到達点であると、教官役を務めていた人物から何度も聞かされていたからだ。

 

その事前知識に違わず、また判断能力も優れているらしい。

だからこその速攻は読まれていたのだ。奇襲からの一方的な射撃という、近接戦が得意な者が一番やられて嫌なことをやられた。

幸いにして機体に損傷がないまま立て直せたが、そこから先は混戦に。

その最中に、ステラとVGは機体の腕部に損傷を受けた。緩みなど一切無かった。

なのにである。気がつけば、としか言いようのない瞬間に動き、その一撃は正確かつ潔が良すぎるものだった。

 

このまま長引けば、此方側が圧倒的に不利になる。タリサはそう思い、ならばと挑んだ接近戦は、タリサに有利なものであった。

遮蔽物越しに相手の位置と移動を予想しての、出会い頭の奇襲。自分をして褒めてあげたいほどのタイミングでしかけたそれは、会心の出来だった。

一対一であれば勝負は済んでいたかと思う程に。

 

だが、その結末は相手方のもう一機に邪魔された。特に印象の無かった残りの1機が横合いから吶喊してきたのだ。

突進力を乗せての77式の一振り、タリサはそれを間一髪で回避することに成功した。

 

(どうする………ユウヤの到着を待つか? いや、そうしている内にも)

 

ユウヤの援護があったとしてそれで容易く片付く相手とは思えない。何より、この場に居ない誰かをあてにするような気持ちでは即座に押し込まれるだろう。

タリサはその事を認識しつつ、遮蔽物の影で改めて短刀を構えた。

手に馴染む武器だ。物心ついた時から握っているものだから、当たり前かもしれない。

 

(だけど、握る時には覚悟が必要だ。その短刀で成すことの意味を)

 

武器は人を殺すものだ。タリサは、師であるバル・クリッシュナ・シュレスタの言葉を反芻した。

殺すための機能が詰まった、それ以外のものはついででしかない。

 

刺し、切り裂き、抉ることを望まれている。そしてそれを扱う兵士も、同じようなものだと。

理解しろ、と言われた。グルカの卵として鍛えられ、パルサ・キャンプを出て、適性があると判断され、衛士になる訓練を受けてしばらくしてからもその言葉が途切れることはなかった。

 

どうして、そんなに繰り返すのか。その理由が分かったのは、妹が難民キャンプで死んだ後のことだった。

 

機体越しかどうか、そんな事に関係はない。タリサは短刀を握る度に思い出すことがあった。

父が死に、母が死に、姉が死んだ。記憶の中にあるネパールの地の生活、それを共有できる家族が死んだ。

託されたもの、残されたものは少し年下の妹と、それより幼い弟だった。それが死んだと聞かされたのは、難民キャンプで起きた騒動が収まった後のことだった。

 

キャンプで訓練を受け始めてからは、あまり顔を合わせることはなかった。

亜大陸より戦い続けている、キャンプでも語り草になっている衛士達に追い付きたい。

その一心で訓練を受け続け、少しだけの休日であればキャンプにある二人の所に戻らなかった。

 

キャンプの中でも待遇が良い地域で、近くにはネパールに居た頃の知り合いも多く、万が一などある筈がないと安心していたからでもある。

そして長期休暇の際に再会した二人の顔が、陰りなく喜びに満ちたものだったというのも理由として存在する。

 

本当は、違った。比較的良いといえども、難民なのである。

軍人として暮らしている自分とは違い、日々の食料にも不安を覚えるような境遇にあるのだ。

 

治安も、決して良いとはいえなかった。そんな中でも、妹は弟を不安にさせないために気丈に振舞っていたらしい。

そして、母代わりだったからなのか――――タリサも軍の訓練で疲れているだろうと、顔を合わせた時にも弱音を吐かなかった。

 

暴動は、ある。どこにでもある話だ。だから、お前だけが悪かったという話ではない。

憔悴していた時に出会った。グエン・ヴァン・カーンという上官は言った。

タリサはその言葉が慰めのためのものではなく、単なる事実であることを認識していた。むしろパルサ・キャンプは上等な部類に入るということも。

 

特に珍しい話ではない。ユーコンに来てからも、その類の話は何度も聞いた。

リルフォートに居るナタリーも、自分と同じような過去を持っていた。妹を守れなかった、と後悔の色濃く語られたことをタリサは忘れていない。

1人でも親類縁者が残っているなんて、と羨ましがられる時もある程だ。

 

それでも、タリサは思う時がある。

自分が間に合っていれば、と運命を呪ったこともある。

だが同時に、死に顔を見れて良かったと最悪の中で存在する、一筋の幸福に感謝するべきであると。

 

妹の死に顔は、安らかなものだった。胸に刺さったナイフ、そこから流れ出る血も多くはなかった。

栄養が足りないからだと、軍で教えられた知識が囁いてくる。

その腕は、握れば容易く包み込めてしまう程に細かった。

 

聞いた所によれば、妹は弟を守るために死んだのだという。

暴動の影で動いていた何者かに誘拐されそうになった時に抵抗し、そこで殺された。

 

末期の言葉はお姉ちゃんが居ない間は私が弟を、だったという。

それを聞いた時に、タリサは絶叫した。

 

もしも休暇ではなく、訓練途中であったのならばどうか。

答えは出ていた。時期的に死体の腐りやすい気候にあったアンダマンでは、死体はすぐに処置されていたことだろう。

そうなれば、対面することはできなかった。自らの罪の証を、記憶の中に深く刻みつけることはできなかった。

そして、知ることはなかっただろう。妹が、自分などよりよほど強い存在であると。

 

(………泣いて、叫んで………吐くまで落ち込んで。その後に、思い出したんだよな)

 

短刀は殺す物だ。兵士は殺す者だ。合わさって、殺戮を体現するモノだ。

そのために鍛えられている。だが、それは前提に過ぎない。

 

グルカは、奪われないために殺すのだ。特にBETAという稀代の簒奪者が現れてからは、守るために殺すという意味合いで戦場に駆り出される事が多くなっていた。

 

弱ければどうなるのか。土地を奪われ、食料も満足に支給できない状況になれば、人は果たしてどういった存在になるのか。

その中でも、立場も肉体も弱い子供はどうなるのか。

 

グルカである自分達が弱ければ、BETAを殺せなければどうなるのか。

 

(だから、殺す。できるだけ早く、確実に殺す)

 

それを怠るのは、守るべき存在を殺すに等しい。タリサは妹を失ってからようやく、その罪深さを理解した。

難民の問題の根源も、つまりはそういう事だ。もっと強く、BETAを駆逐できていれば食料にも困ることなく、暴動も起きなかった。

 

(過ぎたことを悔やむ? そんな時間はないよな。ただ、強くなる。強くなって、あらゆる困難を殺せるように)

 

生き残った弟のこともある。訓練生の頃から気にかけてくれていた技術士官が居る。

白銀影行という男性だ。彼がタリサに告げたのは、弟をベトナムの孤児院に移すという提案だった。

 

そこであれば治安も良くなると。はっきりとした贔屓で、タリサはその理由を問うた。

相手は、大東亜連合の中でも名が知られているホァンというCP将校だ。孤児院にやってきた時に、どうしても知りたいことがあると頼み込んだ。

質問に返ってきた言葉は、優しいものではなかった。

 

――――助けたのは、衛士としての才能があるから。

 

――――パルサ・キャンプの出身であり、グルカとして育て上げられた衛士であるから。

 

――――そして、それなりに見た目が整っているから。

 

1つ目は、同じ衛士に説明するための。

2つ目は、将来の美談にするための。

3つ目は、1つ目と2つ目に関連するもので。

 

建前だと教えられた。関係した人たちの好意も含まれているが、人に聞かれればそう説明するのだと。

そうしなければ、孤児院は子供で溢れかえってしまうと。だからこそ、建前を盾にするのだと。

 

故に真実でもある、と肩をすくめながら告げられた。タリサはそれを聞いた時に、落ち込んだ。

落ち込んで落ち込んで凹み、そうして悩みぬいた挙句に結論を出した。

 

嘘なんて、性に合わない。だから真実にしてやると。

 

(そう、真実にできる――――嘘でも、真実にしてしまえばいい)

 

衛士として強くなり、BETAを倒してグルカとしての在り方を示す。

そうすればパルサ・キャンプで暗い顔をしながら訓練をしている少年兵達も、希望を見出すことが出来るだろう。

ユーコンに来る前に教官のまね事をして、衛士としての心得を叩き込んだあの少年達も。

クマールという、ユウヤに似たバカっぽくて真面目な性格をしているあの子供も。

 

BETAさえ居なくなれば、孤児院に入らなくても安全な場所で暮らせるのだ。

 

だが、それを成せる者は限られている。BETA打倒とはハイヴ攻略を意味しているが、その任務を与えられるのは自他共に認める能力があればこそだ。

強くなければ、全てがパァになってしまう。何もかもが、嘘と偽りに塗り固められてしまう。最後の妹の言葉を嘘にしてしまう。

 

だけど、自分が強くなれば。苦難と苦境に苦痛を覚えて苦悶しようが、グルカとしての自分であり続ければ。

 

「そうだ、あたしは………っ」

 

マハディオ・バドルと会い、グエン・ヴァン・カーンから弟の無事を聞かされた。

パルサ・キャンプに入りたいと言っているらしい。

 

弟が戦場に出るという。その先に死ぬかもしれない。

そんな未来なんて、悲劇の可能性なんて、強くなったあたしが潰してやる。

 

(――――あたしが、グルカだ!)

 

ユウヤを見て思い出した、タリサの立脚点。叫んだ時には、状況は動いていた。

 

タリサは決意に溺れず、頭は冷静に、勝つための道筋を探してずっと待っていて。

そして、その時が訪れたのだ。タリサは相手の2機が望み通りの位置になったと同時に踏み込んだ。

 

蛮勇としか思えないような、真正面からの突進。

それまでに何度か繰り返された奇襲。その全てが読まれ、後ろや側面に居た僚機を含めての迎撃の射撃を前にタリサは諦めざるを得なかったが、この1回だけは違った。

 

だが、極限の集中下において、人の動きは理屈に合わない域に達するという。この時のタリサは、正にそれであった。

 

一歩踏み出しながら跳躍し、ビルの壁を蹴って反転しながらの噴射跳躍で、えぐり込むような軌道を描いて前に。

正確無比な射撃を上回っての迅速過ぎる機動は、正に突風のよう。

そして、視界の端。タリサはVGとステラが、残りの1機に牽制の射撃をかけているのを感覚の外で捉えていた。

 

だが、相手も常識外のものだった。咄嗟に狙いを定めたのだろう、無造作に放たれた36mmの一つが、タリサ機の右腕に当たった。

ダメージを示すアラート。その中でも、タリサは止まらなかった。自機の損失を覚悟しての踏み込み、それによって繰り出された一撃が遂にユーリン機の右腕を捉えた。

短刀であっても、威力は充分。半ばに断ち切られた上腕部が、地面に落ちる。

 

――――だが、本命は別にある。

 

アルゴス小隊が優れている点は何か。事前のブリーフィングで話しあって出たその結論が、これであった。

 

(隊長と副隊長の腕に頼っている2機………でも、アルゴス小隊は、違う!)

 

互いにライバルなのだ。自分以外の誰かが作戦の軸になろうが、それに頼り切ることはない。

対する相手は違った。崔亦菲は違うだろう。だが、残りの2機は違う筈だと。

 

葉玉玲と崔亦菲は優秀だ。そして、だからこそ無意識にでも頼る思考が生じている。

他の2機の位置取りの推移を見たステラが出した結論だった。

 

タリサは眼前の機体、隊長機の援護に回っていた殲撃10型を前にほくそ笑んだ。

その予想を証明するように、ユーリン機を通りすがりに攻撃し、その勢いのまま抜けて襲いかかった相手の反応は鈍かったからだ。

 

これが、普通の奇襲であったのなら結果は違ったかもしれない。

だが、まさかの隊長機の損傷は僅かでも相手の心に動揺を刻むことに成功し、その一瞬の隙が全てだった。

 

 

(最適の一撃を――――だったよな!)

 

 

そうして繰り出された短刀の一撃は、確かな手応えをもってタリサの機体に伝わり。

 

同時に、バオフェンの1機が撃墜判定という報が両小隊に伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バオフェン1の小破に、バオフェン4の大破………やりやがったな、タリサ!)

 

ユウヤは亦菲の攻撃を捌きながらその報を聞き、同時に笑みを零した。

 

事前のブリーフィングでのことだ。タリサは彼我の能力差から、無傷で相手の隊長機を片付けられるとは思っていなかった。

決意と覚悟は結果に直結しないと、冷静に分析した結果を受け止めていた。

 

真正面から踏み込んでも、無傷で勝つのは至難の業であると。

だからこそ、その傷に価値を生ませようとの提案だった。

 

総合評価において、小破が-1であれば、大破は-3であろう。

そして言葉通りに実行されたのであろう攻防の結果は、アルゴス小隊が-1にバオフェン小隊が-4に。

 

勝利という状況を掴みとるための最適の一撃である。そうタリサが語った通りの形に終わったのだ。

 

(負けてらんねえよな…………相棒!)

 

77式長刀の一撃は強力だった。だが元々の機体の重量差があるが故に、長刀越しに必殺を呼びこむものには成り得ない。

受け切れば、反撃も出来るのだ。

 

ユウヤは一端背後に下がり、そこから水平噴射跳躍で突進した。

 

「やられてばっかりだと思うなよ!」

 

突進の勢いを活かしての袈裟斬り。だが、それは空を切るだけに終わった。

短距離噴射のバックステップ、着地と同時に殲撃10型の機体が横に回転した。

 

連続での短距離噴射跳躍は、先ほどとは違う前方に。

 

回転の勢いが載せられた横薙ぎの一閃が、不知火・弐型の頭部ユニットへと襲いかかる。

 

轟音。74式と77式長刀が衝突する音が、両者の耳目を機体越しに揺さぶった。

 

「ぐあ………っ、この!」

 

ユウヤは衝突の勢いのまま離れ、間合いを保ちながら焦っていた。

最初は相手の太刀筋を見極めるために防御を優先していたのだが、そのせいで長刀の寿命をかなり削りとってしまったようだった。

刀身に見える僅かな歪み。ユウヤは手応えから推測し、受けきれてあと1度ほどかと予想を立てた。

 

受けきれなければ、そこで終わる。ユウヤは斬るか斬られるかの状況に、内心で冷や汗をかいた。

ユウヤが長刀を持って本気でやりあったのは、これが2回目である。

そして唯依とはまた異なるが、イーフェイも別種の鋭さを持っている。ユウヤはそう感じ取っていた。

 

真正面から、どんな相手であれ叩き切る。背中でも見せようものなら、その背中ごと斬り飛ばしてやる。

的確で鋭い唯依の剣が閃光なら、果断苛烈としか言いようのないイーフェイのそれはまさしく竜巻だった。

 

「でも………ようやく、分かったぜ」

 

ユウヤはブリーフィングで聞いた言葉を思い出す。

近接格闘、長刀の斬り合いなら勝機あり。そう前置かれた話の中でユウヤが得たヒントは、3つあった。

 

一つ、相手の77式長刀がもつ特性。

 

二つ、74式長刀と日本の剣術のこと。

 

三つ、自分が今までに素振りをしてきた中で感じたことはなにか。

 

ヒントがあれば、答えを導き出すのはたやすい。

1人で解決することに慣れているユウヤは、その場で迅速に考察を済ませる作業に慣れていた。

 

(………アンタも、そうなんだろう。何となくだが分かるぜ)

 

ユウヤは触りだけだが、相手の過去については聞いていた。中国と台湾の混血、それが意味する所を理解した訳ではない。

だが、剣に表れているものがある。ユウヤはそれまでのイーフェイの機動や言動の中にも、彼女の過去が少しだけだが浮き上がっていると思っていた。

 

(真正面から、逃げない。弱いものは許されない。流されるままなんて、有り得ない)

 

意固地なのだろうが、表に出る面が強すぎるというのは、血肉に染み付くほどに味わって来たから。

ユウヤはそこに、自分の過去と重なるものを感じ取っていた。

 

(それでも………力で応じるよりは)

 

ユウヤも同じく、負けるつもりはなかった。何より、証明しなければならなかった。

 

(近接戦闘能力が充分ではない………日本人の要求に応えられるものではない。サンダークの言葉を、否定するために)

 

ユウヤはそこだけが気に入らなかった。唯依には、こう言って欲しかったのだ。

近接格闘能力も従来のもの以上になり、かつ射撃での戦闘もこなす万能型と。

 

証明できない不安要素があるらしい。ユウヤはそれが悔しかった。

こう思ってもいる。それは口で証明するものではないと。過去よりの経験が証明していた。

人は、心底訴えたい何かがあっても、言葉で主張するだけで頷いてくれないのだ。

 

ならばと、ユウヤはいつも通りのやり方を選択することにした。

 

結果でもって証明する――――それでも、同じではなく。

 

両者が動いたのは、ほぼ同時だった。だが先手を取ったのは、殲撃10型の方だ。

要撃級の胴体をも一息に割断する斬撃が弐型を襲う。だがそこには、74式長刀が待ち構えており。

 

(真正面から受ける、そして――――)

 

衝突、そして激音。だが、今度の音は小さかった。

一つ目のヒントが、そこにあった。

 

(―――横に、逸らす!)

 

真正面から受ければひとたまりもない。だがそれは、大きな予備動作があってこそのこと。

77式長刀はその運用方法より、相手に攻撃の起こりを読まれやすいという欠点がある。

 

大威力の斬撃も、当たらなければ意味が無いのだ。対人戦において、その欠点は大きかった。

とはいえ、大威力の斬撃を逸らすにはこちらも相応の力を入れて長刀を振らなければならない。

 

逸し逸らされ、両者に生じた隙は同等のもの。その中でユウヤは、2つ目の回答を体現した。

 

日本の剣術は多岐にわたるという。そして、そのほとんどが対人用なのだ。

各流派における特性は色々とあろう。示現流という、一太刀で相手を斬り捨てるものもあれば、また別の流派もあるという。

長い歴史の中で、それらは敵対した時があるだろう。

 

ユウヤはそこで、77式長刀を示現流に見立てて考えた。

この刀法を相手にするに、相応しいものは何かと。勝っている点はなんであるかと。

 

答えは、3つ目のヒント。素振りをする最初に唯依から教えられた中にあった。

素振りは、ただその場で腕を動かす訳ではない。一歩前に進みながら、自然と剣が流れるように振り下ろすのが大事である。

 

ユウヤはその教えの通り素振りを繰り返した。その回数は万を越える。

故に、一端だが理解できることがあった。

 

(日本の刀は、腕だけじゃない――――全身で振る!)

 

腕の力や遠心力に頼るばかりではない、自分の肉体と刀が一つの機構として作用するように。

故に刺突を除いた斬撃の型は、8つ。

 

唐竹、袈裟、逆袈裟、胴、逆胴、左右の斬り上げに逆風。

遠心力を活かした横薙ぎだけではない、どのような体勢からでも攻撃できるようになる必要がある。

 

そして、同じく体勢を崩した者同士。次の攻撃に移るのは、どちらが早いのか。

 

 

(っ、リカバリーが思ったより早い―――けどよ!)

 

 

こちらの方が早い、と。

 

無闇に嫌うでもなく、否定する訳でもない。相手と自分の両方を真っ直ぐに見つめた上で出した結論が、決め手となった。

 

 

「もらったああああああっっっっっっ!」

 

 

一歩踏み出されると同時に放たれた、斜めからの斬り上げの一閃。

 

それは刀を振り上げて攻撃体勢に入っていたイーフェイの殲撃10型の胴体の左脇から入って右肩に抜けていった。

 

 




ちなみにですが、原作でのタリサの弟妹は故人です。
姉も。名前は不明。

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