Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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14話 : 連結 ~ declare ~

ハンガーの中、戦術機から降り立った音が響く。

そこに駆け寄ってくる整備兵が居た。

 

「ユウヤっ、この野郎―――――」

 

声を発したのは駆け寄った男、ヴィンセントだ。

声に反応して顔を上げた、戦術機から降り立ったばかりの衛士、ユウヤ・ブリッジスは顔を上げた。

その前で、ヴィンセントが興奮のままに叫ぶ。

 

「とんっ、でもねえなてめえ! もう心臓ばっくばくだってーの!」

 

「へえ、そりゃ悪い意味でか?」

 

「良い意味に決まってんだろ! お前と一緒に仕事してからこっち、驚かされっぱなしだったけど今回はまた別格だ!」

 

天才開発衛士を称えるような声。対するユウヤは黙りこんでいた。

ヴィンセントが訝しげに顔を覗きこもうとする。その時に、ユウヤは顔を上げた。

 

手が象る形は親指を上にしたもの。快活な声で、ユウヤは言った。

 

「決まってるだろうが――――最高だぜ!」

 

「っ…………驚かせるんじゃねーよ!」

 

喜び混じりの声で言い合う。その会話の内容は、次第に機体の性能に関するものへと変わっていった。

 

性能面で多くのものを切り詰めているのに、居住性が確保されているのはアメリカらしさがある。

それでも、日本機が持つ独自の操作性は失われておらず、特に三次元機動に関しては当初からは考えられないぐらいに楽になったこと。

機動面では明らかに上昇しており、それでいて壱型の課題であった燃費の悪さも改善され、むしろノーマルの不知火より稼働時間が伸びているのではないかと思う程だと。

 

そこまで語った時に、ユウヤは周囲の視線に気づいた。

 

「なんだよ、タリサ………何泣くフリしてんだよ」

 

「いやーさぁ。なんていうの、こう………問題児が育っていくていう感覚?」

 

「てめえに年下扱いされる言われはねーぞ、チョビ」

 

「だから、チョビ言うなってのぉ!!」

 

喧嘩しそうになる二人、それをフォローするようにヴァレリオが間に入り込んだ。

 

「まーまー落ち着いて。それより、だ」

 

ウインクを一つ。一方でステラは、それとなく周囲を示唆するような視線をユウヤに送った。

ユウヤはそれを見て、整備兵を含むアルゴス小隊のほぼ全員がこちらに注目していることに気づいた。

 

やることは分かっているだろう。そう言われる前に、ユウヤは顔を上げた。

開発が一段落ついての、一種の儀式のようなものだ。

 

ユウヤはその、昔は馬鹿らしいと思っていた行為がどうしてか絶対に必要なものだと感じ取った。

それと息を吸うのは同時。

 

「まったく、まいったぜ。この不知火・弐型――――いやお前らの仕事は最高だ!!」

 

ハンガーの天井裏まで届けと言わんばかりの大声。応えるように上げた整備兵達の歓喜の声も、また同様だった。

そこには、笑顔が溢れていた。珍しく顔を出していたCP将校の3人やイブラヒムも同様だ。

 

そうした興奮の最中、引き締めるような声が上がった。

 

 

「これなら夢じゃねえよなぁ、タリサ」

 

「ああ。換装中の2番機がありゃあ、いけるかも………いや、いける!」

 

タリサは、腕を上げて吠えるように宣言した。

 

 

「目指すは頂上――――ブルーフラッグの完全制覇だっっ!!」

 

 

初耳だ、というユウヤの反論をもかき消すタリサの雄叫びは整備兵達の興奮した声と交じり合い、やがて大きな歓声となっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その一時間後、ハンガーの外。ユウヤは内心で燃え上がった興奮を冷ますために風にあたっていた。

 

それでも、冷静に考える時間が出来たせいか胸から沸き上がる何かは収まらなかった。

 

(誰が欠けても無理だった………ヴィンセントを含む多くの整備兵、ハイネマンの最新鋭技術)

 

あとは日本機を敵視していた自分と、それを前にしても計画の前だけを見据えた唯依。

互いに迎合せず、ぶつかり合い、本音を交わし合ったからこそあの不知火・弐型はここまで来れたのだ。

 

その結果が、完成した機体につまっている。

ユウヤの私見ではあるが、フェイズ2に至った弐型は自分が今までにアメリカで乗ってきたどの機体よりも追従性と即応性に優れた、対BETA用に磨き上げられたものになっている。

 

操縦性の難解さが無くなっているのが何よりの証拠だ。これで、新任の衛士が咄嗟の状況に対応できず戦死するということも少なくなる。

即応性が高まったことにより、熟達した衛士の出会い頭での事故死が格段に減ることだろう。

 

ユウヤは弐型があるハンガーの方を見て、呟いた。

 

「まだまだ、改善点は多くある…………でも、認められたんだな。お前も、俺も」

 

手当たり次第に努力を重ねて、死に物狂いで頑張った士官学校時代。先行きも見えず、結果を出してもほとんどの人間が認めてはくれなかった。

同期との会話を馴れ合いだと断じていたからかもしれない。それでも、ワーカーホリックだと笑われたことは覚えている。

軍に入っても差別の視線は外れなかったと、思い知らされた。

 

それが、このユーコンではどうか。誰にも拒絶はされなかった。最初は、対BETAに必要だからとビジネス的な関係で付き合っていたかもしれない。

今は違う。理屈ではないが、ユウヤは何となく感じていた。

必死なのだろう。故郷を焼かれ、BETAとの戦いそのものが現実である彼らにとって、必要なのは何よりもまず成果なのだ。

 

それを成すユウヤ・ブリッジス――――アメリカ人を、最初は嫌っていたのかもしれない。

だがそれを声にしてぶつけては来ず、こちらが態度を変えれば応じるとばかりに助言や場を軽くする冗談を、そして完成した暁には腹の底から歓喜の声を向けてくれる。

 

そこに、日系だの米国人だのという背景は感じられなかった。称賛の声は、ただ自分に向けられていた。

そういった視線に敏感なユウヤだからこそ、理解できた。背景による差別など、どこにも感じられなかった。

 

「日系米国人………ユウヤ・ブリッジスか」

 

昔の自分なら、そう呼ばれただけで拳を振りかざしていただろう。だが、今は違う。

そう名乗ることができる。それを成したのは、自分の力だけではなかった。

 

「日本人………篁唯依、か」

 

真正面からぶつかり、その気高さと真っ直ぐな気性を感じられたからこそ偏見を捨て去ることが出来たのだ。

思い返せば、偏見に疑いを持つようになってからは徐々に整備兵の視線も変わっていったように思う。

切っ掛けとなった男も印象深い。最初はただの変人だと思ったが、想像以上に実戦経験が豊富で実力がある衛士らしい。

お調子者のように見えて、その実底が知れない。アメリカの陸軍にも調子が良いだけの人間は多く居たが、それとは毛色が違うようにユウヤは感じていた。

 

だが、土台を構成したのはその日本人二人だったように思う。一方はヴィンセントと同じように砕けた言葉で助言を、もう一人は信頼に足る心を。

決定的になったのは、肉じゃがだ。ユウヤはそこで苦笑した。まさか、一つの料理でこうまで自分が変わることになるとは、夢にも思わなかったのだ。

人間、何がどういった切っ掛けで変わるのか分からない。

 

(そう呟けば、"それはお前が未熟だからだ"とか言われそうだよな)

 

ラトロワ中佐あたりは容赦なく突っ込んできそうだ。ユーコンに来たばかりの自分であれば、一言で愚か者と切って捨てられたかもしれない。

自分ばかり見ていた、近くにいた母親の本心も察することができなかった視野狭窄のガキと、そう呼ばれていたかもしれない。

 

(………わかってるって。過去ばかりに囚われていても、何も守れない。そうだよな、中佐)

 

そうして、ユウヤがひとしきりの反省を終わらした後だった。

ユウヤは足音に気づき、振り返る。そこには、銀色の髪を持つ女性衛士が居た。

 

「ユウヤ」

 

「………クリスカ?」

 

「ああ。そんな所で何をしているんだ。いや、すまない………休息中か」

 

こちらを気遣った上での謝罪。ユウヤは面食らったが、何とか言葉を返した。

 

「いや、終わった所だ。そっちこそ、なんか………らしくないな。そっちから声かけてくるなんて珍しい。なんだ、イーニァでも探してんのか」

 

ユウヤの言葉に、今度はクリスカが驚いた表情を見せた。

 

「な、ぜ分かった?! 貴様、もしかして私の思考を………っ!?」

 

「は?」

 

ユウヤは何言ってるんだこいつ、と言いたげな表情をクリスカに向けた。

 

「いや、お前………正気か?」

 

疲れているのか、と少し哀れむような顔。クリスカはその視線を別方向に受け取った。

 

「き、さま私を馬鹿にしているのか?! いいから真面目に答えろ!」

 

「いや、真面目というか………お前、オレを馬鹿にしてんのか? それともからかってるのか」 

 

あるいはバカなのか。その言葉に、クリスカはいつもより大声で反論した。

 

「馬鹿になどしていない、お前は元々馬鹿だからな! からかってもいない!」

 

「はあ、知ってるか? 世間ではバカっていう方がバカ扱いされるんだぜ」

 

「なんだと。いや、なら今バカと言ったお前もバカになるな?!」

 

まるで子供の癇癪のような。ユウヤは何やら疲れるような気分になったが、これ以上拗れさせるのも上手くないと素直に答えることにした。

 

「経験則だよ。お前、いっつもイーニァを探してるだろ。それで、今日は珍しくそっちから声をかけてきた。なら、イーニァの行方を聞きに来たんじゃないかってな」

 

「なんだ、そういう事なら早く言え。私はてっきり――――いや、なんでもない」

 

「あん、なんだ………ってお前、笑って?」

 

 

 

ユウヤは安堵するように笑うクリスカを見て、動揺した。短い付き合いだが、笑顔を見たのは初めてだった。

そこからユウヤはクリスカからイーニァの行方を聞かれたりしたが、知らないと答えることしかできなかった。

 

やや動揺しながら、行きそうな場所とかを問答して、イーニァの探索に協力するだけ。

ユウヤは徐々に不安そうな表情になっていくクリスカを見ると、意を決したように提案をした。

 

「じゃあ、俺も手伝う。二手に分かれてイーニァを探そうぜ」

 

「それは助かるが………何故だ?」

 

「何故って、俺もイーニァが心配だからだ。子供1人で彷徨かせて、そのまま放置するってのはこっちも落ち着かないんだよ」

 

「………何のメリットがあってそうする?」

 

「はあ? メリットなんかねえよ。ただ心配なだけだ」

 

ユウヤは答えながらも、考えていた。ようするにクリスカは、他人の無償の行為というものを信じることができないのだ。

交歓会でタリサと揉めた時と同じだ。前提として自分に好意的な意見には裏があると思い込んでいる。

社会主義という国家体制が生んだ歪なのかもしれない。それは、視野狭窄だったかつてのユウヤにも似ていた。

 

(こういう凝り固まった相手に正攻法は無理だよな………なら、どうするか)

 

ユウヤは考え込んだ。そして考え込んだ先に、手本となりそうな人物を見つけた。

空気を読まない、というか意図的に無視しているかのような男。年下ではあるが、周囲とのコミュニケーションは自分以上に上手く取れている。

だから、真似をするような口調で言った。

 

「子供が1人、むさ苦しい野郎共が群がってる基地で迷ってるんだ。知り合いのお兄さんとしちゃ、そういうのは放っておいた方が後味が悪いだろ?」

 

「………貴様」

 

「嘘じゃない。心配なのは、本当なんだ」

 

「それは………見えたから、分かる」

 

クリスカは小さく笑った。ユウヤが驚く様子に気を止めずに、言った。

 

「申し出を受けよう。確かに、人手が多い方が効率的だ………あの不可解な男もいないしな」

 

ぽつりと付け足された一言。ユウヤは、それが何らかの恐れから来るもののように感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何を話しているのかしらね」

 

「世間話でしょう。なので、そう心配される必要はないかと」

 

「そうかもしれないわね。でも、敬語は何か虫酸が走るから止めてくれないかしら――――小碓少尉」

 

「それが上官の要望なら。お言葉に甘えますよ、崔中尉」

 

形だけの軽い敬礼を交わす。二人の視線の先には、ユウヤとクリスカが居る。

何事かを話し合っているらしいが、この距離からではその内容は聞き取れない。

 

「それで? 私を呼び止めたのは、ナンパが目的かしら」

 

「あー、まあそんな所かな。中尉は控えめに言っても美少女ですから………一応、外見は」

 

「あら、わかってるじゃない」

 

最後の一言を意図的に無視して、亦菲。武はそういやこんなんだったなあと昔を懐かしんだ。

例外はあれどあまり人の話を聞かないし、聞く気になったとしても前提として疑ってかかる。

それでも、芯は一本通っているからそこまで不快には感じない。いかにも女性軍人らしい逞しさを持っているのも、印象的だった。

そんな彼女がユウヤに何を言おうとしているのかは武も察しがついていた。

 

「改めての宣戦布告と忠告、と言った所か」

 

武が、聞こえるように小声で。亦菲はそれに対して大きな反応を見せなかったが、無視できる類のものでもなく、じっと武の方を見た。

 

「嫌味なぐらい鋭いわね。知りたがりは早死にするわよ?」

 

「………ほんとそうですよね………何も知らなければどれだけ楽だったか」

 

武は亦菲の忠告を聞いた途端に、暗い空気をまき散らすように落ち込んだ。

一方で亦菲は反論が来る所をすかされた形になり、言葉を緩めざるをえなくなった。

 

本音を交えた言葉で確かめるように挑発し、乗ってきたら全身全霊で打ち返す。

それが崔亦菲という人間の会話の調子である。反面、乗ってこない相手は苦手の部類であった。

 

「それにしても、嫌味なやつね。その年で悟ったふうな口調に顔………表情は、してないか。本気で落ち込んでるわよね、アンタ」

 

「洞察力も鋭いなー」

 

素直になることは無いんだろうけど。その武の予想通りに、亦菲はユウヤに関することは答えなかった。

アンタをメッセンジャー代わりにするつもりもないと。

 

「訊きたいこともあったのよね。衛士としての力量とか、そういった面で」

 

「………俺は大したことない一般の衛士デスヨ?」

 

「それ、嘘ね。一回目の実戦テストの時に、アンタの機動は見せてもらった」

 

武はそこで自分の失策を悟った。ユウヤと同じで、ガルム小隊の方に気を取られていると思っていたからだ。

見え透いた嘘は不信感を生じさせる。それは亦菲も例外ではなかった。

 

「それに、李も巻き込んだでしょ。ひょっとして忘れてない?」

 

「あっ」

 

そういえば、と武は思い出した。かつての同僚との再会が印象的過ぎて、忘れていたのだ。

 

「うちの隊長も、アンタには興味津々っぽいのよね………そこで、一つ賭けをしようじゃないの。景品はそのサングラスよ」

 

「あー………つまり、アルゴスが負けたら?」

 

武の言葉に、亦菲は人差し指で眉間を撃ち抜くようなポーズで言った。

 

「決まってるじゃない。一瞬でもいいからそれ外して、素の面を拝ませなさい」

 

「断る………と言いたい所だけど、いいぜ。どうせユウヤ達が勝つだろうし」

 

まるで分かりきった答えであるかのように告げられた言葉。

亦菲は、胸中に溢れでた怒気を外に出さないまま口の端を僅かに引きつらせた。

 

「ふぅん………観察の類は苦手? ――――それとも、彼我の力量差が分からないほど愚かなのかしら」

 

「挑発と宣告ってところだ。確かに、中尉の連結張力を活かした近接機動格闘能力は驚異的だし、隊長殿の隙の無さは嫌になるぐらいだけどよ」

 

ステラとヴァレリオは、技量的には一流の域にある。タリサも同様であり、かつ亦菲と同じものを起源とする薫陶を受けている。

そして、ユウヤ・ブリッジスの決意は半ば以上に定まっているようで。

 

「今のアルゴス小隊は強い。特に対人戦においてはガルム、イーダル、バオフェンと同じく優勝候補の一角だと思ってるぜ? 前の戦闘を見た時にそっちのチームの、というか中尉殿の弱点は把握できたしな」

 

「言ってくれるわね。でも、その弱点とやらをアンタが把握していること、あたしに教えても良いのかしら」

 

「ハンデだ、というのは冗談だ。いや、冗談です。なのでその怖い顔は止めて欲しいかなー、なんて」

 

 

武は亦菲が発した剣呑な雰囲気にやや引き気味になりつつも、告げた。

 

 

「あとは、本番のお楽しみ。ってことで、賭けは成立で良いよな」

 

「望む所よ。それにしても、私達の力量を見た上で挑んでくる度胸だけは褒めてあげるわ………もし勝てたら、あたしとのデート権をプレゼントしてあげるわよ?」

 

「ああ、ユウヤに伝えとくよ。デートプランは練った方が良いって。それに、アルゴスはユウヤだけじゃないぜ? 特に、タリサ・マナンダルは舐めない方がいい」

 

「ふん、お生憎様。相手を侮って負けるのも、趣味じゃないの」

 

 

言葉の応酬に、不敵な笑みを交わす二人。

 

しばらく視線を交錯させた後、どちらとも言わずその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年、9月9日、ユーコン基地のブリーフィングルーム。

アルゴス小隊はその場所でソ連と中東連合の戦闘を、イーダル実験小隊とアズライール実験小隊の模擬戦闘を見ていた。

 

結果だけを言えば、ソ連の勝利に終わった。

それもイーダル実験小隊側は実質1機だけしか戦っていないという、圧勝というのも生温い戦果で中東連合のアズライールズを叩き潰したのだ。

 

それを見た各国の開発衛士達の反応は様々だった。その中で、当然だと嘲笑する者が居た。

 

「おいおい、まだ根に持ってんのかよタリサ」

 

「あン? ちげーっての。衝突したこと自体はもう忘れたよ」

 

タリサはユウヤの言葉に、整備兵が聞けば泣かれるか叩かれるかという答えを返し、更に続けた。

 

「恥知らずだの、なんだの………あれだけの大口を叩いてくれたんなら勝って当たり前ってこと。負けたりなんかしたら、それこそ鼻で笑ってやっただろうけど」

 

タリサはそれだけを言って、後は黙り込んだ。ユウヤは口論の原因を知らないために、黙りこむことしかできず。

一方でそれとなく聞いたステラは、そうかもしれないわね、と言いながらも溜息をついた。

 

「でも、機体性能の差もあるだろ? アズライールズのF-14X(スーパー・トムキャット)は相当な性能だったぜ」

 

F-14は元々がF-15より小回りが利く機体である。跳躍ユニット付近に付けられている可変補助翼機構の恩恵で、大型機というハンデを覆しているのだ。

戦術機開発では最先進国である米国がそのアイデアと技術を駆使して開発したハイバランスな機体であり、改修の仕様によっては第二世代の最高傑作と謳われているF-15Eにも勝る高機動近接格闘能力を持つことが出来るという世界でも上から数えた方が早い性能を持っている。

 

「それでも、似たもの同士の………姉妹喧嘩は妹の圧勝に終わったようだけどな」

 

「おっ、知ってんのかよシロー」

 

武は頷きながら、F-14とソ連のSu-37にまつわる噂について言った。

この2機は大型かつ高機動での戦闘を可能するという共通点だけでなく、それ以外にも多くの類似点を持っているのだ。

公式的な見解は一切無いが、F-14を開発した米国のノースロック・グラナンがソ連側に技術を横流ししたという意見も出ている程だった。

 

「ハイネマン、っていう大物が絡んでるっていう"噂"もあるしなぁ。何が本当なのやら」

 

「当時は米国のドクトリンも転換期だったからな………F-14は金が掛かり過ぎるって理由で海軍にはねられたらしいし」

 

米国は新型爆弾を主軸としたドクトリンを持っていて、戦術機開発に金をかけるつもりはないという。だからこそ、高性能であるにも関わらずF-14は不適格の印を押されてしまったのだ。

それは、プロミネンス計画にも関連してくる話であった。

 

「金の流れと政治の流れは裏表、ってか。アタシは苦手だね。考えても、あまり面白くない話だし」

 

「へえ………タリサにそういった方面の知識があるとは思わなかったな」

 

「あんたとよく似た戦術機バカに叩きこまれたのさ。開発衛士になるんなら、最低限でも知っておいた方がいいって」

 

「そうね。知った所で、政治的な干渉なんて出来ないけれど」

 

「………そうだな」

 

衛士は所詮、衛士だ。対BETA戦争における戦場では花形になるかもしれないが、権限はそう多くない。

ユウヤは、カムチャツカでそれを知った。だが、何も知らないままの方が罪であるとも考えていた。

実戦での権限の小ささについても実感できなかった自分である。ユウヤは、それを忘れたままで居た方が良かったなどとは思わなかった。

 

(戦場と人間。複雑に絡まりあうほど、自分の意図を通しにくくなる)

 

同じ祖国を持っている者同士でも、思想や目的や矜持が異なれば命の賭け合いになる。

金というのも、一つのファクターになる。そう考えれば、戦術機開発の歴史とはそれに携わる人間の歴史と言い換えることもできた。

 

純粋に才能がある者だけが勝利する訳ではなく、時流や時勢、時代のニーズによって左右される。

開発競争における敗者には何も語る権利がなくなるということからも、同族同士で殺し合いを多発させていた人類の道筋とある意味で似通っていた。

 

(だからこそ………ブルー・フラッグの勝利には小さいが、意味はある)

 

そもそも、負けるより勝った方が後々に良い影響を及ぼすに違いないのだ。だからユウヤは、タリサの言った通りにブルーフラッグの制覇を当面の目標としていた。

お遊びだと嘲笑して、本来の目的である開発に注力する選択肢もある。だが、開発される機体はそれに携わるテスト・パイロットに左右される。

他国の部隊を相手にした連続模擬戦など、滅多にない機会だ。今までと同じように全力で事に当たれば、良い経験が得られるはず。

 

(障害も、多いがな)

 

ユウヤは、タリサの方を見て呟いた。イーダルの挙動、気づいていないはずがないだろうと。

尋常ではない機動。昨日に言葉を交わした、いつもとは様子の違ったクリスカと重なるようで重ならない。

 

イーニァを心配するクリスカとどうしても同じとは思えないのだ。他人の心の中は伺いしれないというが、ユウヤはここでそれを痛感していた。

それでも放置しておいて良い問題なのか。それは司令部棟でサンダークと一緒に模擬戦を見ていた彼女も同じで。

 

(………唯依)

 

イブラヒムも一緒に居るだろうが、どのような会話が成されているのか。ユウヤは、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コックピットの寸断に、衛士の轢死。Su-37によるモーターブレードの惨劇が終わった後に、唯依は呆然となっていた。

 

(単機で一個小隊を壊滅………いや、注目すべきは結果じゃなく過程だ)

 

正面から突進するSu-37に、迎撃の砲撃を繰り出すF-14Ex。戦術を知る者が見れば、Su-37の判断を愚かだと断定するだろう。

それだけの無謀な、蛮勇的行為であった。シミュレーションであろうと変わりはない、弾はただ速いのだ。

戦術機の巡航速度など及びもつかない。故に接近するまでに幾度も弾は届いたはずなのだ。

 

だが、Su-37はそれをものともしなかった。軽微な損傷どころか、全くの無傷で弾幕をかいくぐり、真正面からアズライールズを蹂躙したのだ。

 

「見てからの回避は不可能だ。ですが………ドーゥル中尉、あれは」

 

「理屈は分からない。だが、そうだな」

 

そうして、互いの違和感を言葉にしようとした時だった。

サンダークが声を挟んだのは。

 

二人は背後からの声に気づき、礼儀としてイーダル小隊の快勝を祝った。

サンダークもそれを受け止め、表向きの社交辞令的な会話を交わす。

 

そして話の方向性はプロミネンス計画に参加するものとして、戦術機の技術に関する意見交換へと移って行った。

同じく、国内に忌まわしきハイヴを抱える国同士である。

 

サンダークは、だからこそと告げた。

 

「不知火・弐型は、良い機体です。だが、これ以上の展望は見込めないように思える」

 

「………それは、どういった意味ですかサンダーク中尉。ぶしつけな意見ですが、明確な根拠を示せると?」

 

「篁中尉。貴官も、気づいている筈だ。そもそもの根幹として、日米共同開発などというのはミスマッチに過ぎるのだと」

 

ハイヴを持つ国と、持たない国。その両者が危機感を共有できるとは思えない。

サンダークはその言葉を皮切りに、次々に問題点を指摘していった。

計画の遅延はその最たるものだ。佐渡ヶ島のハイヴがある以上は、一刻も早く新しい戦力を用意するのが最善である。

なのに、意見の衝突で計画の進行が遅れ、その代わりとして将兵の命が捧げられることになる。

 

「対岸の火事は、隔てる距離が遠いほどに無関心になる。海という広大な障害がある米国に、日本と同じような危機感を持つことなど、できるはずがない。違いますか、篁中尉」

 

「………だからこそ、同じ危機感を共有できる貴国との技術協力を強めるべきだと?」

 

一理ある。唯依もそう感じたからこその発言だったが、疑問符付きの言葉には続きがあった。

 

「それでも私は、要求性能を満たす機体を望みます。今の不知火・弐型にはそれがある」

 

操縦性、居住性の改善に燃費における問題の解消。そして――――これは最近になって唯依が気づいたことだが――――何よりも、砲撃戦闘能力と近接戦闘能力の両立を不知火・弐型は成し遂げている。

 

「我が国でも、例の教本を元に戦術における研究を進めています………サンダーク中尉もご存知でしょう」

 

74式長刀を開発したのは日本である。それだけが原因ではないが、日本は近接格闘能力を必要以上に重視する風潮があった。

あえて悪く言えば―――――怪物にも負けない、命がすり減る距離での剣戟舞踏への信仰と。

それを見直す声が上がったのは、斯衛の上層部からであった。

 

そも、刀の扱いには特殊な技術が必要なのだ。それを衛士万人に強制するというのが、無茶な話であった。

平地では突撃砲を上手く運用した方が、撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)が高くなる。ハイヴにおいても同様だ。

閉所であるが故に近接格闘能力は最低限必要になるが、それだけでBETAの群れを撃破できるはずもない。

 

刀剣に拘って骸を晒すような無様を許せるか。銃火を無意味に忌避して、誇りに陶酔して死ぬのを良しとするのか。

唯依は、朝倉宗滴の言葉を混じえながら、言った。

 

「武士は前に立たねばなりません。生きて戦わねばなりません。勝たなければなりません。頼られる存在のまま、ここに在りと友軍に示し続けなければなりません」

 

武家としての義務の話だ。だが、戦場はその義務を奪おうとあの手この手で襲ってくる。

BETAは戦場を選ばない。視界不良の雷雨の日であれ、衛士が負けていいなどという謂れはない。

近接でBETAを殺す能力は必須である。だが、それだけで勝てる程にBETAは甘くない。あの手この手で奴らは押し寄せてくるのだ。

雨の日に死んだ戦友。勇敢に戦った事を誇ろう。だが、自分が同じ状況にあって、仕方ないと道半ばで死んでいい道理はない。

 

帝国軍の衛士にもその思想は浸透している。頼もしい柱があれば安心するのと同じで、前線では長く危なげなく戦える衛士が重宝されている。

あらゆる状況、間合いを選ばずして対応できる戦闘能力が必要なのだ。遺志を果たす手段こそが肝要であると。

それも、万人が一定以上の発揮できる機体が求められている、だからこそと唯依は言った。

 

「衛士次第で戦闘能力が左右される機体は、目的に沿っていません。“攻撃の直前に回避機動を見極められる”という技能を、誰もが持っている筈がないのですから」

 

まさか、戦術機の性能ではあるまい。暗に告げる唯依は、その言葉を聞いたサンダークの視線の毛色が僅かに変わる所を見逃さなかった。

気が遠くなる程の実戦を経験したベテランであれば、ああいった神がかり的な機動を可能とするのかもしれない。

だが、イーニァ・シェスチナは子供だ。クリスカ・ビャーチェノワは相応の年齢ではあるが、言葉を交わした感触とユウヤから伝え聞いた話を分析すると、実戦経験が豊富な衛士とは思えない。

 

「………申し訳ありませんが、その情報を共有するには政府間での技術開発協定が必要であります。貴官の協力次第で、その技術やノウハウを提供できる、とだけお答えしておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。どうやら助言の類は必要がなかったようだな」

 

「そんなことは………失敗をすれば、ドーゥル中尉がフォローをしてくれるものと思ったからこそ、強気に出ることができました」

 

違和感も、それを共有できる第三者が居なければ確信することができなかっただろう。

唯依はそう言って、イブラヒムに礼を言った。

 

「そこまでの事はしていない。それに、我々はチームだ。一つの問題に単独で当たらなければならない理由はない」

 

「そう、ですね。状況も複雑化してきているようですし………」

 

「そうだな。しかし、本当に良かったのか?」

 

イブラヒムが言っているのは、唯依のサンダークに対する言葉に関することだった。

提供できる技術とやらが有用な場合、それを積極的に取り入れようとしてない唯依に日本から批判の声が上がるかもしれない。

この先どういった展開になっていくか分からないが、技術協力が提携されでもすれば、唯依の先ほどの態度は明らかな問題として挙げられることになる。

 

「………正直、迷ってはいます」

 

単独で一個小隊を圧倒できる技術。結果だけを見れば圧倒的に有用だと言えるが、唯依はどうにもその技術を信頼できるとは思えなかった。

比較対象となるのは、フェイズ2に至った不知火・弐型だ。

 

ユウヤの意見を取り入れ、自分なりにも意見を出して出来上がった、新しい不知火。

その性能は、唯依自身も納得のできるものだった。

 

「自信過剰だと言われるかもしれません。ですが、技術者の1人として、あの機体を無しにするのはあり得ないと判断します」

 

唯依は培ってきた知識や実戦経験を元に、責任をもって断言した。

弐型は中途半端な機体に非ず、祖国の同胞にも自信を持って薦められる性能を持っていると。

カムチャツカでの決意の後、ユウヤの協力を経て作り上げた機体である。

ユウヤには告げていないが、整備兵達とも意見交換をしたり、認識に対して齟齬がないかを執拗と言われるまでに確認したのだ。

それまで以上に全霊をかけて作り上げた機体である。

 

(開発に携わった。その立場ある者の断言には、重大な責任がついて回るが、構わない)

 

一度口に出してしまったら、それが自分の意見になる。後に問題が発生した場合は、その時の発言が重い責任となって追求される。

ともすればお家の存続にも関わってくるもの。それだけに戦術機の開発計画や軍事における技術の問題は重要なもの。

それでも唯依は、はっきりと断言してみせた。もしもの場合を考えれば胃腸が捩じ切られるように痛くなるが、逃げる事こそを厭うべきだと真っ向から言葉を返した。

そうした絶対の基準があるからこそ、Su-37は異質に見えた。Su-37とF-14に関する噂を知っていたからというのもあった。

 

(開発のコンセプトは同じ………F-14Exは優秀な機体だ。故に、異様さが際立って見える)

 

同じ設計思想を持つ機体同士がぶつかって、ああまで違ってしまうものなのか。

単純な技術力の差ではない、どこか“ズレ”てしまった何かが含まれているような。唯依は、そうでもなければあの圧倒的戦力差説明がつかないとも感じていた。

それが自分にとっては、好ましくないものだと。

 

(色々な事が起こっているな。大東亜連合(ガルーダス)の開発衛士もそうだが)

 

最近になって得た情報だった。大東亜連合はこのユーコンで第三世代機の開発を進めているらしいが、その開発衛士に最近になって追加された名前があるという。

マハディオ・バドルに、グエン・ヴァン・カーン。いずれも優秀な衛士であり、マハディオ・バドルの方は同じ方向に突撃砲を向けた間柄でもある。

 

そして唯依は、ブルーフラッグという相互評価試験に対しても、違和感を覚えていた。

日本でXFJ計画を見直す声が出てきているという事に関してもだ。その上でイーダル実験小隊の圧倒的かつ異質な戦術機動が表面的になった。

 

これらは、一つの発端を源流とする事柄ではないだろうか。

唯依は先日に風守武とフランク・ハイネマンより聞いた一つの情報を、噛みしめるように反芻した。

 

 

(―――近々、米軍が動く。それも米国陸軍第65戦闘教導団が)

 

 

陸軍最精鋭とも言われる、対人戦闘のエキスパートが来るという。

 

そして、唯依が得たその情報が現実のものとなるのは、この日より明後日のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ。じゃあ、74式長刀の重心位置が低いのは……」

 

「何となく気づいてるんだろ? 77式近接戦闘長刀(シウス)のようなトップヘビー、俗にいう青竜刀のようなモンとは使い所が全然違うんだ」

 

「遠心力を最大限に活用して振り回す………ああ、それじゃあ隙も大きくなるよな。BETAが密集している地帯じゃあ、一撃離脱を繰り返すしかない訳だ」

 

「アタシは好きじゃないけどね。重量が嵩んで機動力が減る方が嫌だし」

 

「好みの問題だよなぁ。ま、そんな所だ。あとは、自分の中で形にしないと応用性が………って、篁中尉?」

 

「え?」

 

実機試験直後のミーティング。ユウヤはタリサと武、ヴィンセントを混じえて長刀について話し合っていたが、武の声に気づいて入り口の方を見た。

そこには、何やら浮かない顔をする唯依の姿が。ユウヤはそんな決まりの悪そうな仕草をしている唯依を見て、どうしたんだと尋ねた。

 

「あ、ああ。ミーティング中に済まないんだが………」

 

「いや、一区切りついた所だからちょうど良かったよ。で、俺に何か話が………ってもしかして」

 

ユウヤはそこで、唯依が訊きたい事を何となく察した。

 

「65戦闘教導団………いや、違うな。F-22EMD(ラプター)のことか?」

 

新たに米国より派遣されてきた部隊。ユーコンはその彼らの搭乗機であるF-22に関する話題でもちきりになっている。

ユウヤは以前、唯依に対して自分がF-22のEMD(先行量産型)の開発に関わっていたことを話した覚えがあった。

その関連で、訊きたい事でもあるのだろう。バツが悪そうにしているのは、唯依がそうした行為に後ろめたさを感じているからだ。

ヴィンセントも同じことを察し、唯依に心配ないと伝えた。

 

「国防に関しちゃともかく、なんだかんだいってケツの穴のデカイ組織なんですよ。それに俺たちも本当にヤバイ部分まで話すことはしませんって」

 

「ああ、それぐらいの常識はある。だから気にするなって」

 

「そうか………しかし、彼らはブルーフラッグに参加すると聞いた。貴様は母国の部隊を相手にすることについて、その………」

 

「ああ、そんな事気にしてんのか。むしろ望む所だって」

 

ユウヤは視線に欲望という色の炎を灯しながら、言った。

 

「今の不知火・弐型(アイツ)で、世界最強の戦術機を相手にどこまでやれるのか。そう考えたら、楽しみでしょうがねえよ。別に殺し合いをする訳でもないしな」

 

「おおっ、衛士らしいじゃん。言うようになったねえ、ユウヤも」

 

「お前にお袋面される覚えはねえぞタリサ」

 

冗談を飛ばし合う。その中で武だけはその言葉に対し、何も答えなかった。

 

「しかし、第三世代機最強か………つまりは、世界最強の機体となるが」

 

「誇張じゃねえと思ってる。戦域支配戦術機の名前は伊達じゃねえぜ?」

 

F-15と100回戦って負けなし、F-18と200回戦って完勝。誇張ではない、公式記録として残る戦歴がその性能を物語っているという。

それを可能とするのは、基本性能が優秀なだけでは足りない。

 

「ステルス、か」

 

「ああ。電子的なセンサー欺瞞の上、機体自体にも色々な処置が施されているからな」

 

足底の接地部分に特殊な樹脂を張り、実際の音も軽減させているという。

高価ではあるが、その有用性は確かなものであるとユウヤは断言した。

 

「近接、中距離、長距離………隙なんて全く無い機体だ。どっからでも勝ちを強奪できる」

 

「いくら探しても見つけられない。それどころか先に見つけられて七面鳥撃ちされて穴だらけー、ってか? いかにも米国らしい合理的な機体だよな、ガッチガチっつーか。それも、今来てるのは先行量産じゃなくて全規模量産型って話だろ」

 

「もっと性能は良くなってる筈、か。全くなにしに今更ノコノコと出てきたんだか」

 

タリサの言葉に、武は苛立たしいという感情を隠そうともせずにぼやく。

 

「珍しいな………お前がそんな顔するなんてよ。短い付き合いだが、見たことねえ」

 

「それだけ嫌いだって事だよ。なんつーか、浪漫が無いしな。やあやあ我こそは、って口上無しにいきなりズドンだろ?」

 

ステルスの能力が無くてもそういった口上を元に戦闘が開始されることはない。

索敵の応酬から殴り合いが始まるのが、対戦術機におけるセオリーである。

しかし、ステルスはレーダーの探査範囲の優劣などという範疇に収まらない、完全に一方的な攻撃を可能とする能力を現実のものとするのだ。

 

「あー、そう言われるとアタシも嫌だな。衛士の腕なんか関係無し、機体の性能だけで勝敗が決まるなんてよ」

 

「合理主義の勝利、って言って欲しいね」

 

「みみっちくて陰険だっての」

 

「けっ、未だに紅の姉妹との揉め事を根に持ってるお前さん程じゃねーよ。効率的に、味方を死なせない工夫と言って欲しいね」

 

「あぁ? 何が言いたいんだよ、似非米国人」

 

「南アジアの山岳民族根性を正しく評価しただけだぜ、俺は」

 

タリサの挑発に、ヴィンセントの意趣返し。

そこから二人は、軽く睨み合った。横に居るユウヤと唯依は突然のことに困惑し、言葉に詰まる。

そして武は、小さく溜息をついて言った。

 

「まあまあ、ここは第三者の意見を聞こうじゃないか。それで――――アジアと米国のハーフであるユウヤはどう思う?」

 

途端、空気が凍った。ちょっ、と焦りの声を上げたのは誰であったか。

その中で発言をした武を除く、ユウヤだけが冷静だった。

 

(全く、こいつは………年下の癖によ)

 

言葉にしなければ分からないと言ったのは、誰だったか。ユウヤはその質問の意図を何となくだが察していた。

先の崔亦菲に答えた時のような、挑発に乗った上でのことではない。

日常的にそうした話題を振られて、どう反応するのかを示せば良いと言っているのだ。

 

散々に扱き下ろすような発言をしていた記憶があるユウヤは、今更どの面を下げてという思いを抱いている。

それでも、このままで良いなどとは思っていない。弐型が完成した時の整備兵の歓喜の叫びは記憶に新しく、尊いものだと思えていた。

 

反面、ユーコンに来た当初の自分が発した日本蔑視の声は深く、確かめる術は無いが、整備兵にも忘れていない者は多いかもしれない。

それを打破するにはやはり、積み重ねしかないのだ。

だが、自分から話を振れば白々しく思われてしまう。ユウヤはそうして、嫌に鋭い2歳年下の男に対して感謝を捧げた。

僅かに鼓動の音が高まる。それでもユウヤは、唯依をちらりと見ながら告げた。

 

「日系米国人である俺からしたら、そうだな………タリサの気持ちに近いか。衛士としちゃあ、腕を競う相手が居るからこそやる気が出てくるもんだしな」

 

「ちょ、おまえ、ユウヤ………つーかそういう返し方されたら、何言っていいのか分からなくなるだろ!」

 

ヴィンセントは泣きつくようにユウヤを責めた。それでも、表情は言葉の内容とは正反対に、笑みが混じっていた。

 

「まあ、気にすんな。合理主義も棄てた訳じゃねーから。確かに、味方死なせないためには必要な考え方だしな」

 

「ちょっ、それはズルいだろユウヤ! アタシに味方したんじゃねーのかよ!」

 

「そう言った覚えはないな。それに開発衛士として、良い所は積極的に取り入れて活用すんのは正しい行為だろ。ハーフでミックスであるが、ダブルでもあるしな?」

 

「………ユウヤ、お前は」

 

「そういうことで、これからもよろしく頼むぜ、唯依」

 

迷いも気負いもない口調。唯依はユウヤの目をじっと見た後、微笑と共に頷いた。

 

「隙のない機体を開発した、その責任を取ってもらおうか」

 

「望む所だ。日本とアメリカ、両国の良いとこ取りの結晶――――不知火・弐型でブルーフラッグを制覇しようぜ」

 

親指を立てて不敵に笑うユウヤ。唯依も、そして同じ目標を立てているタリサもそれに応えながら頷いた。

いつの間にか集まっていた整備兵達も同じだ。弐型がどこまでいけるのか、彼らも試して欲しい気持ちで一杯だった。

 

「そうだな。でも、ユウヤ。そこは“俺たちの”って付ける所だぜ」

 

「うっせーよ、ヴィンセント。それじゃあややっこしいだろ」

 

結晶と、俺たちのという言葉の連結は変な誤解を招きかねない。そう主張するユウヤに、ヴィンセントは乾いた笑いを零した。

 

「よっし、それじゃあ午後からの初戦に向けて…………ってシロー?」

 

「………ユウヤ・ブリッジスの両刀使い宣言…………蝙蝠なジゴロハーフはヴィンセントとタリサと篁中尉を弄ぶ、と」

 

「何をメモしてやがんだテメエッッ!?」

 

ユウヤは呟きながらペンを奔らせる武の手から素早くメモ用紙を奪い取った。

そこに書かれている内容は控えめにいってもゴシップ満載であり、ユウヤはそれを見て眦を釣り上げた。

 

何のつもりなのか。発言をする直前、入り口のドアがまた開き、そこにはステラとヴァレリオの姿があった。

 

「おいおい、何の騒ぎだよユウヤ………って何かあったのか?」

 

「ああ、ユウヤがオレ様アジアとアメリカの最強因子を取り込んだ最強の日系米国人宣言。ダブルでハーフかつミックスなオレちょーかっけーしすげーからブルーフラッグとか超余裕って話」

 

「へえ、言うじゃねえかユウヤ!」

 

「頼もしいわね。午後からのアズライールズ戦も、その調子で頼むわよ」

 

ヴァレリオがサムズアップして笑い、ステラが微笑みながら流し目を送る。

冗談と把握した上での応答。ユウヤは、その二人のからかいの笑みにある小さな喜色に気づかないまま、武へ間合いを詰めた。

 

「てめえ、シローっっ!」

 

「きゃーいやーやめて犯されるーっっっ!」

 

「誰がそんな、くそ、このっ、いいから待ちやがれ!」

 

「待てと言われて待つバカは居ない! あ、あと崔中尉から伝言、バオフェンに勝ったらデートして上げるわってよ、手が早いな色男っ!」

 

「よし分かった、それが遺言で良いんだよなァっ!」

 

 

喧騒に包まれるミーティングルームに、整備兵やアルゴス小隊の笑い声が木霊する。

 

それは午後より行われた対中東連合、アズライールズに対しての戦績にも現れることになった。

 

 

結果は、被害は軽微な損傷が1機だけ、対する相手は4機撃墜というアルゴス小隊の完勝。

 

イーダルより印象は深くないが十二分とも言える戦果に終わった。

 

 

だがそれ以上に、ブルーフラッグに参加する衛士達はアルゴス小隊より後に行われた模擬戦の結果に注目していた。

 

 

欧州のガルム実験小隊と、アフリカ連合のドゥーマ試験小隊。

それは僅かな損傷の差により、ガルム実験小隊の僅差での辛勝という結果となった。

 

優勝候補の一角とも言われていた部隊の、思いもよらない苦戦。

 

ガルムは第二世代機相当のトーネードADVであり、ドゥーマは2.5世代機相当のミラージュ2000改ではあるが、片やハイヴ落としの英雄として知られる歴戦の強者揃いである。

 

予想通りか、予想外か。猜疑と混乱の声が、木霊しては消えていく。

 

 

やがて時針は、アルゴス試験小隊対バオフェン試験小隊の戦闘が行われる時間を示す位置に進んでいった。

 

 

――――ユーコン基地における相互評価試験、ブルーフラッグ。

 

陰謀渦巻く動乱の地は、更なる混迷の渦に包まれていった。

 

 

 

 


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