Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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10話 : Error and Try_

俯くのか、前を向くのか

 

 

 

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間引き作戦に乗じた、反応炉の破壊作戦の結果は失敗に終わった。だが残存弾薬の2割の消費と、エース部隊の損失という手痛い損害を受けてなお、上層部は諦めていなかった。真っ当に考えればここは一度後方へと撤退するべきなのだ。弾薬その他の備蓄も多くなく、最も重要となる軍全体の士気も低い。この度重なる敗戦のせいだろう、戦争前は湯だつほどあったであろう士気の熱は、今となってはぬるま湯に等しい。

後方から更なる衛士部隊が配属され、戦力の補充はある程度できた。パウル・ラダビノット他、国連軍の有能な将校の指揮の元に色々な人が走りまわり、手配した。だからこその成果ともいえよう。数だけであれば、一度目の作戦の時より多くを揃えられている。だが、一部に不安が残っているのも事実だ。

 

力量の問題はある。明らかに練度が低い、という衛士は少ないが、それでも実戦を1、2度しか経験していない衛士も存在している。だが、真に問題なのはそこではない。急な再編だったせいか、昔なじみの隊仲間が少ない、という隊が多すぎるのだ。"同じ部隊で長く戦っていた"というのは、補充された衛士の、その全体の半分にも満たない。だから実戦馴れしている衛士には特に、新設された部隊においての、連携面での不安を覚えていた。フォローすれば問題ないが、フォローが無ければ死ぬというのは、激戦においてそう少なくない確率で発生する。この作戦で果たして、補充された衛士の何人が生き残れるのか。問われて、笑って答えられるだけの材料を持っているベテランは居ない。

 

―――それでも、やるしかないのだ。

 

10年を経て亜大陸戦線はいよいよ末期になっていた。準備万端で“事”に望み、それが叶うというような、贅沢な組織運営を行える段階はとうの昔に過ぎ去っていた。しかしあらゆる面から見て、このインド戦線が限界であるということは、一兵卒の目からみても明らかであった。

 

今回の作戦についても同様だ。十分でない対策に、不安の残る編成。もっと練られるべき部分が多々あった。ラダビノット他、現場の叩き上げは"もっと数を減らすべきだ"と主張した。

 

戦力補充が急すぎるが故に、どこか見えない部分で問題が出てくる可能性が高いと。

それでも、上層部はそうするしかなかった。どうであれ、表面上でも戦力を整えたかったのである。数を揃えて安心したい、というのが現場を熟知していない、士官学校上がりの主張だった。

 

彼らは、スワラージで多くの将官が居なくなった後に台頭してきた者達であった。反論の声は尤もで、だがその意見が採用されなかったという所にこの戦線がいよいよもって末期な状態であることが伺える。例えまともな状態でも、此度の作戦を成功させるにはそれこそ"空の向こう側におわせられるかもしれない誰か"の力を借りるほかないだろう。

 

比べて、現在の惨状。こんな酷い状況でいったいどう考えたら成功するというのか、熟練の指揮官達は歯噛みせざるをえなかった。だが、自国の政治家や富豪その他、権力を持つ者を前に無理は通せなかった。スワラージ作戦の失敗で発言力が衰えてしまっていた。

 

だから、決行される。ボパール・ハイヴの反応炉破壊作戦、その2度目が。

 

"たまたま突撃した通路が反応炉にある場所につながっていて。BETAの出現率も著しく少なくあり、またアクシデントも発生しない”。それが成功の最低条件だった。

 

ともすればアメリカで人気となっている、"宝くじ"の一等を当てるよりも低い確率であり、それがどれだけ困難で、無意味なものであるのか。

 

それは、全容を把握していない武でもうんざりするほどに分かっている事実だった。

 

「………それでも、やらなければいけないのかよ」

 

突撃砲の弾倉を交換しながら、武が呟く。作戦を決行した上層部も、本当は理解しているのかもしれないと。そして、知っていながら諦めることができないと。意地かなにかがそうさせているのかもしれないと、武は考えた。

 

そうだ。例え反応炉の破壊に成功しても、背後に備えているのは地球最大のフェイズを誇る、カシュガルの――――オリジナル・ハイヴ。一時の時間稼ぎに過ぎなく、本当はもう詰んでいる状態である。それを理解していないはずもない。そうだとしても諦められないのは、一体なぜなのだろう。

 

その想いと決断は、何がもたらしたのか。故郷への想いか、地位への執着か、戦勝の名誉か、単なる人としての見栄なのか。

 

あるいは誇りか矜持か、死んだ将兵の意志を汲んでか。そのどれであるかは、まだ子供である武にはわからない。同時に、分かってもどうしようもないことである。前線の兵士も同じで、一度GOが出されれば、あとはやるだけ。ただ出来ることは、隊の仲間たちと共に引き金を引くである。

 

だから今日も、武は最前線で暴れていた。トリガーを引くと同時に、発射薬が炸裂。爆圧と共に劣化ウラン弾が音速を越え、一秒にも満たないうちに突撃級の背後に突き刺さる。直径36mmの破壊の弾を戦車級や要撃級の脳天に、120mmの大口径弾を重光線級のいらつく眼や、要塞級の足に。

 

跳んでばらまいて撃ち放って突き刺して、また逃げる。それを繰り返すだけだ。

 

前と同じ調子で進められる作戦。しかし、何かが違う。

 

士気は相変わらずだ。沸騰には程遠い。だがそれとは別に、何か――――漂う空気がおかしい。何か、隠していることがばれたかのような。例えば国語のテストで居眠りをしてしまい、テストで0点を取ってしまったことを鑑の純奈母さんに隠していて、それがばれた時のような感覚。

 

まるで、見えない爆弾が爆発してしまったかのよう。そう、武が考えた時だった。

 

 

『―――白銀』

 

通信が入った。そしてターラーは、隊長をのぞく中隊員へと告げた。

 

―――どうやら、今回も頃合いらしい。後方に控えていた突入部隊が、穴へと突っ込むとのこと。

 

「クラッカー12、了解です」

 

返答し、武は祈った。遠く、空のどこかに居るかもしれない神様に似た何者かに。

 

 

 

 

 

 

まもなくして作戦は終わった。結果は順当といえば順当。つまり、突入部隊は善戦するも全滅ということだ。そして今回も、地上の囮部隊に少なくない戦死者が出た。それは、クラッカー中隊でも同じで。中衛の二人が、死んだ。

 

原因は衛士の死因としてはよく聞かれること。まず一人は、ジャム―――弾詰まりが発生したためだ。

弾頭はケースレス弾のため、排莢のひっかかりによる弾詰まりは発生しないはずだ。が、何故だか引き金がロックされていて引けない。

もしかしたら発射薬が爆発する際、動作部分に整備不良かなにかが原因で、部品の故障が発生したのかもしれない―――と、そんなことを考えるよりも先に。

 

BETAを前にして、武器が使えなくなるという緊急事態に焦った彼はその場に立ち止まりながら、何度も引き金を引こうとする。しかし、まるで岩のように固まった引き金は動いてくれない。そうして、突撃銃をほうり捨てようとした時には遅かった。眼前には不気味な顔。間合いの内へと、要撃級の侵入を許してしまったのだ。短刀を抜き放ち迎撃をしようとも、全てが遅い。

 

そこかしこにBETAが存在しているハイヴ周辺。数秒とはいえど、その隙は命取りになる。振り上げられた巨腕は、一息もたたずに戦術機へと振り下ろされた。ダイヤモンド以上の硬度を誇る前腕が、違わずコックピットを直撃。

 

F-4(ファントム)程の装甲強度がないF-5(フリーダムファイター)なので、直撃を受ければひとたまりもなかった。轟音の後。引き戻された腕の影で、すでにコックピットは原型をとどめていなかった。

 

寸前に聞こえた小さい悲鳴。断末魔。そしてバイタルが途切れたのを同時に、隊の皆は彼の終りを理解した。あまりにも呆気ない展開である。戦況やBETAの密度は全く変わりなかった。いつもどおりにやれば基地へと帰れたはず。武だけがそう想っていた。

 

一方、他の隊員は違う感想を抱いていた。誰しもが仲間を失った者達である。これも、"見た"光景である。この地獄において死はあまりにも親しい存在だった。冬の冷気と同じく、ちょっと油断をしている間に内腑へと浸透してくることを、理解している。あまりにも理不尽。だが、理不尽を知る者達は理解をしめした。

 

そして――――やられたもう一人というのは、先に死んだ方の親友だった。

2機連携を組んでいた彼は、突然起きた事態を前に、理解することを諦めた。

 

焦り、生存の見込みがあろうはずもない死んだ彼を呼び続けて。そうして――――先に逝った彼と同じだ。止まっている戦術機など、畑におけるカカシほどにも役に立たない。そしてカカシの比ではなく、死に曝されている存在で。必然のように、手頃な標的を見つけたと、要撃級が勢い勇んで殺到した。

 

それに気づいたのは、またしても数秒後。通信により自らの危地を気付かされた彼は、叫びながらも死を避けるべく行動した。

 

――――したけど、と言葉は挟まれて。

 

背後に下がるも、要撃級の数は多く。間をすり抜けるスペースも、安全な脱出経路もない。四方から寄られているので、全てを撃退するのも不可能。全方位に撃っている間に、先ほどの親友と同じに潰し殺されてしまうだろう。

 

それを周囲も理解していた。最も近かったアルフレードがフォローに入ろうとしたが、射線がない。

どうあっても味方機を巻き添えにしそうなので諦め、直後に長刀で斬り込む事を選択した。

 

他の隊員もそれにならい、素早く抜刀した。しかし、距離が離れすぎていて。構え、跳んで、斬りつけるより先に要撃級にやられてしまうと、誰もが瞬時に考えた。それを彼も理解していた。

 

だから、死ぬ恐怖を叫んだ。耳に残る叫びが、通信機を這い回る。そして恐怖を前に正気をほうり捨てた彼は、唯一の脱出経路である空へと跳躍した。

 

しかして、今この場において。

――――否、今現在、この星の空のほとんどはBETAのものである。

 

間もなくしてハイヴ近くより確認された眩い光条が、空を舞った彼に突き刺さった。数秒後、彼は気体となった。人体には度を越した高温によって、肉と血と骨の一部が気体に、それ以外は液体となった。

 

それは持っていた突撃砲、その機体、コックピットも同じだ。光条の暴虐の後、機体の中央にはぽっかりと穴が開いていた。バイタルデータなど、確認するまでもない。

 

「熱っ」というのが、遺言だったと。後日、唯一通信を拾えたラーマは、そうつぶやいていた。

 

事態はそれだけでは終わらない。戦死した仲間―――抜けた穴。そこにBETAが殺到する。中衛に抜けた穴を埋めるように、素早く戦車級が突進してきた。このままでは、前衛が孤立し、後衛にもBETAが殺到する。この穴は、致命的な墓穴にもなりかねないのだ。そこを埋める作業は絶対に必要で、ともすれば全滅もあり得るか。

 

だから、対処すべく素早く決断を下せたのは――――危地を経験し、深く理解しているベテラン組だった。このように隊の仲間を失うこと、特にターラーとラーマにおいては、まったくもって初めてなことではない。だから対処する動きも指示も、早かった。

 

まずは中隊の最古参であるラーマが、中衛に開いた穴を埋めるよう、二人に指示を出した。ラーマよりやや後ろの位置に居たリーサは即座に了解を返し、側面より穴に殺到するBETAを撃ち殺し、後ろと前との分断を防いだ。

 

次に、ターラーが武と共に中衛よりのポジションに戻っていた。やや前に出ていたリーサともう一人の前衛を呼び戻し、ひとまずの足場を確保しようとしたのだ。

 

一部の隊員は若干の混乱状態に陥っていたが、戻ってきた戦術機と共に周囲のBETAを蹴散らしている最中に気を取り直した。あのままいけば混乱しているうちに、更に数名の隊員を失っていただろう。迅速な判断が、傷の広がりを塞いだのだ。

 

光線級の警報も途切れていた。自分たちの中隊より前に位置する別部隊が、光線級を掃討したのだろうと判断した。そうして、固まって戦って。抜けた穴に詰め込まれ、仲間が孤立する危険性を無くした時だ。

 

―――突入部隊の全滅を知らせる報。先の作戦と同様、撤退の指令も同時である。

 

クラッカー中隊は即座に反転、最後に忌まわしいハイヴを睨みつけると、基地へ向けて超低空の飛行を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隊葬は3日後に行われた。武達クラッカー中隊のほか、また別の部隊も戦死者を出していた。以前よりも、戦死した衛士は多かった。その原因はふたつある。ひとつは予想されていたことだ。共闘経験の少なさから来る、連携の練度の拙さがある。あまりにも短期間に過ぎたため、チームワークを発揮するにたる信頼を隊の中で築くことができなかった。うまくフォローが出来れば助かったのに、と言う衛士は少なくない。

 

予想外だったのは、もうひとつである。それはクラッカー中隊にも訪れたこと。すなわち――――整備の不十分さ、である。整備員の数は足りていた。余裕があるわけでもないが、それでも残留している戦術機を不備なく送り出せるぐらいの数はあった。

 

しかし、補充が急過ぎたのだ。補充された戦術機の整備の割り振りが円滑に回らなかった。

それでも戦術機本体の不備に関していえば少ない。問題は武器の方だ。

 

死因として、最も多かったのが武器の整備不良。命中精度の低下や弾薬不良はもちろんだが、突撃砲に故障や動作不良が発生する回数がいつもより多かった。戦場がハイヴの真ん前であったのも大きい。ハイヴとは地獄そのものであり、坑より外の近辺でさえ一つのミスが死に繋がるシビアな戦場なのである。

 

一時的な動作不良とはいえ、一大事になるのは必然だった。そこから波及して、周囲の同じ隊の仲間にまで影響が広がった。クラッカー中隊はベテランのフォローがあったおかげで大事には至らなかったが、ベテランの居ない隊、または練度が低い隊ではその限りではない。一機の撃墜が連鎖して、二機三機。酷い隊では、半数がやられることもあった。

 

かくして、インドの亜大陸の戦線、人類の現在においての最前線は、再び危地に陥ったということである。

 

 

そうして隊葬が終わって、行われたのは大反省会。これは各中隊で行われていた。上層部も今回のミスについて、ある人物が責任をとっていたりする。

 

「事実上の更迭、か」

 

「ええ。まあ、どうでもいいですが。それよりも失った兵の方が問題です」

 

ラーマの言葉に、ターラーがそっけなく流す。まるで興味などないという具合に。リーサやアルフレッドはうんうんと頷いていたが。

 

「衛士や戦術機も………作戦前は溢れるほどいたってのに、こんなざま。ったく、上司がみんなアルシンハ大佐やラダビノット大佐のような人だったらなあ………」

 

先の作戦前に見た光景。民族の大移動か、という程に送られてきた人員と物資と戦術機を思い出し、ラーマとターラーは渋面を隠しきれなかった。失った隊員に関してもだ。

 

「今日は二人、か………結構経験もいい具合に積めてきて、これからが期待の奴らだったのにな」

 

「………むしろ二人で済んだ方が僥倖でしょう。よその部隊見ると、もっと酷い損害を受けているとこが多々ありますよ」

 

「運が良い方だってか。しかしあいつらも、せめてF-4に乗ってりゃな………いや、あれはそれでも無理だったか」

 

「耐え切れなかったでしょう。いくら硬い重いが売りの亡霊でも、あの一撃を真正面から受けてしまえばひとたまりもありません」

 

もっと早くにフォローに入れれば良かったのですが、とターラーは深いため息をついた。

 

「まあ、ここで落ち込んでも仕方ない。軍人なら次の仕事をしなければな………で、白銀達は?」

 

「あっちで戦術機についての話を聞いています。主に先ほどの装甲と、あとは機動力についての話ですか」

 

と、その方向を見る二人。仲間を失ったことを悲しんでいるようだが、ただ悲しませる間など与えない。なぜなら、白銀は宣言したのだ。一人の衛士として扱って下さい、と。

 

――思えば少し贔屓になっていた。それを白銀は感じたのだろう。子供なのだから良識もつ大人としては当たり前の範疇で、しかし軍人として接していたつもりだが、それでは駄目だと感じたらしい。

 

だから、もうフォローも最低限。任務になれば自身を優先して下さい、とターラーに告げた。言われたターラーは「分かった」と返した。

 

(まあ、いざとなればフォローに入るがな。前衛がやられるのは隊としての大きな損失だから、って意味でも死なせないようにしていたんだが)

 

ラーマが心の中でつぶやく。本人を前に口にすることはないが、事実そうなのだ。ふと笑う。子供を死なせたくないという気持ちについて。

 

白銀はもっと、綺麗なものだと思っているのではないだろうか。まさかそんなことはないのに。ここは戦場、傍目美しい所作の中には、打算も感情もあるものだ。一つの行動が生死を分けるかもしれない鉄火場において、単なる純粋は色々な部分で成り立たくなる。みなが多数の純粋―――子供を思う気持ちと、自分が生き残りたいという気持ちと、隊の皆を失わせたくないという気持ちを入り混じらせているのだ。

 

気づかない辺りに子供を感じてしまい、苦笑する隊員が多数存在していた。しかし口には出さない。"子供の好ましさを感じる小僧と、汚くなった野郎どもを一緒に扱えるか”などは思っていても言葉にはしなかった。

 

「ラダビノット大佐と話したそうだが………また、頑なな方向に行ったものだな」

 

「でも、間違ってはいないです。それだけが幸いかと」

 

無駄な自己犠牲とか、そういう変な方向に行った時は教官パンチが炸裂していたことだろう。想像し、いつもの事かもしれないとラーマは呟いた。

 

「しかしあの糞忙しい中で、か。上官の鑑だな」

 

「早朝、しかも会議の前の一言二言の時間しか取れなかったそうですが。一度言葉を交わしてみたかったのでしょう」

 

気持ちは分かります、とターラーが白銀の方を見る。そこでは、欧州の二人組がホワイトボードの前で武とサーシャに授業をしていた。

 

「まずは基本的な所から。白銀、戦場において銃と剣では、どちらの方が強い?」

 

「う~ん………銃?」

 

「半分正解だ………次、サーシャ」

 

「剣の間合いの外なら、銃が強い。でも近接戦ならどちらに転ぶか分からない」

 

「その通り。で、銃、昔でいえば弓と、剣や刀や槍は古来よりあるものだが………昔から、弓の方が強いと言われていた。その理由は、さっきサーシャがいった通り」

 

アルフレードが2つ、半円を書く。大きな丸の中心に黒い磁石をはっつけ、横向きの棒を書き、これが銃だと説明する。もう一方は小さな半円で同じく磁石、縦向きの棒を書いて剣だと説明する。

 

「円が最大射程距離だ。で、こちらの銃が人に接する場合はどうだ?」

 

「剣の………小さい円は相手に届いていないから、攻撃は届かない。だから、一方的にやられる?」

 

「そうだ。銃の方の命中率は力量によるが、それでも0%は有り得ない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。だが、剣の方は違う。届かないんじゃあ、命中率以前の話だからな。で、こうなると………」

 

と、アルフレードが剣を持つ方の磁石を、銃持つ方へと移動させる。

 

「互いに円の中。つまり、間合いの内ってことだ。剣の命中率は高いから、まともな人間が振ればまず当る。だが、それは近接時の銃も同じだ。取り回しの問題があるんで一概には言えないが、近くで撃てばまず当る」

 

だからサーシャの言うとおりだ、と。そこで武は気づいた風に言う。

 

「取り回し、銃、命中率………あ、でも射程距離ぎりぎりだと銃も当たりにくい?」

 

戦術機に乗った時のことを思い出し、武が考えこむ。

 

「そうだな。だから、あまり遠すぎても意味がない。弾の数にも限りがあるからな。特にお前は射撃精度が低いから、無駄撃ちが増えることになる」

 

「ぐっ」

 

本当の事を言われた人間は、言葉に詰まる。例にもれず、武は沈黙した。

 

「でも、近づきすぎるのも危険だ。光線級以外のBETAは、近接格闘においてほぼ必殺の一撃を持っている」

 

「だから、中距離を維持する? 間合いの外で、それでも当る位置を保つ………」

 

「その通り。そこで質問だ。武器は進化したけど、そのタイプというか性質は変わらない。しかしもう一つ、

戦いにおいて重要視されたものがあるが、分かるか?」

 

「「機動力!」」

 

二人の声が重なる。アルフレードは頷き、磁石を手に持ってあちこちにスライドさせる。

 

「正解だ。間合いを制する者は戦場を制する。ともすればこうして、半円の後ろから、つまりは相手の攻撃範囲外から攻撃することもできる。だから制空権を蹂躙されているBETAとの戦場において、戦術機はこうも重宝されているってわけだ」

 

「戦車も歩兵も、十分な機動力を持ってないからなあ」

 

「その点で言えばF-5はF-4より優秀だ。欧州でも優先して配備されていたからな」

 

「そういえば欧州での評価が高いって聞いたけど………」

 

「有用かつ安いからな。大戦の初め頃から最前線になっていたし………数を揃えられるのも、評価が高くなる要因の一つだといえる」

 

数はいかにも分かりやすい力の一つだからな、とアルフは言う。

 

「戦車を活かすには、地形の問題をクリアする必要があるからな。で、歩兵以上の打撃力が必要な戦況は数多くあった。そこで颯爽と登場したのが、フリーダムファイター様だ」

 

「ファントムが先じゃあ?」

 

「コストが高いし、生産数も少ない。だから、隅々まで行き渡らなかった………初めて見た戦術機がF-5だって歩兵はかなり多いと聞いたぜ」

 

「そんな事情が………でも、昔の戦場の主役は戦車だったんだよね?」

 

「昔はな。装甲より機動力重視の今となっちゃあ、前後移動しかできない上にとっさの回避も不可能な戦車は最前線に向かない。せいぜいが後方からの支援射撃。戦場の主役、華は――――いつだって最前線で成果を出すやつだからな」

 

「なるほど………」

 

キャタキャタピラピラだから無理なのか、と言いながら武は頷く。あと、歩兵についても考えた。機動力万歳と走って戦場を駆ける光景がなぜか思い浮かんだが――――そこで夢の中の嫌な光景と、ターラー教官の地獄訓練を思い出してしまった。

 

武は少し憂鬱になった。

 

「約一名なんか暗くなったけど放置で。あと、加えるなら………俺たちの敵であるBETAは数に強みを持っている。必然的に相対する戦闘が発生する回数が増える。同時にそれは、ミスの発生回数も増えるということだ」

 

人間である以上、ミスは必ず発生する。

 

「そうして壊滅してしまう部隊は、必ず存在する。だが戦術機は、その穴が開いた場所を素早く埋めることができる。これも戦術機が持つ強みの一つだな」

 

単純な部分だけ上げるとざっとこんなもんだ、とアルフレード。

 

「これ以上に複雑なことが?」

 

「あるけど、今はいい。サーシャは分かってるようだしな。前衛であるお前の役割は、相手に突っ込んで囮――――敵の足止め、つまりは機動力を減少させることだからな」

 

「近くに居る奴を優先するから? で、止まった相手は良い的になる?」

 

「スペースこじ開ける意味もあるな。動けないんじゃあ、機動力は活きない………逃げられなかったあいつのようにな」

 

アルフレードは腕を組み、武とサーシャを見た。

 

「言った通りにする。もう子供扱いはしない。軍人でいたいというなら、仲間の死を悲しむだけじゃ駄目だ。死を意味のあるものにしろ。尊ぶべき経験として、次の戦場の武器にする。それが最低限の義務だからな」

 

「………了解しました」

 

「おう。って、暗いな。返事も固い。ったく、それ以上ターラーの姉御みたいにお固くなんなよ? 固いだけの鉄はすぐに折れる、もっと靭性というか人生においての余裕を持たなきゃよ」

 

「………要約すると?」

 

「からかい甲斐なくなると面白くないから、笑えこのガキ」

 

「はあ?」

 

「もっとはっちゃけろって。暗い顔見せんな士気が下がる。それに、この年で童貞卒業した奴が何優等生ぶろうとお硬くなろうとしてんだ?」

 

「………はっはっは!」

 

「HAHAHA!」

 

意味を察して笑う武、アメリカンのように棒読みで笑うアルフ。笑いあう二人。

 

―――そして、もみ合いに発展した。武はいかにもヤンキーな笑い方をするそれを、アルフレードの挑発と取ったのだ。

 

だが、突進するも頭を押さえられてる武。腕をぶんぶん振り回すが、アルフレードには届かなかった。何事か、と集まってくる隊の面々。そこでアルフレードは、武を押さえ込んだまま、余裕のある表情で隣に居るサーシャに話をふった。

 

「で、同棲の感想はどうだったよサーシャちゃん?」

 

「感想………」

 

いきなりの質問に、考えるサーシャ。

 

(朝にはちょっとドタバタして、勉強もして、夜にターラー中尉直伝のマッサージをしようと、教えてもらった時と同じ格好。いわゆる上シャツ下は下着だけの格好でまたがった後、しばらくして正気を思い出した武は、顔を赤くして「おい?!」と叫んで眼を覆って。声を聞いた中尉が部屋に入ってきて、顔を真っ赤にして)

 

後で聞いた話だが、どうにも不意打ちに弱いらしい。ともあれ、今までに経験したことがない、濃い四日間だった。本当に楽しくて、それは時間を忘れてしまうぐらいで。

 

だから、時間がすぎるのが――――

 

 

「………本当に、早かった」

 

 

思い出したせいでちょっと顔が赤くなっているサーシャが、率直な感想をこぼした。

聞いた全員は―――硬直した。

 

「え、何この空気」とあまりに緊張した空気が流れる中、落ち着いた武は混乱の極みに至った。直後に爆発。一部から怒号が響き渡り、一部からは歓声が。そして、素敵な相談会と言う名の捕虜尋問教育が始まって。

 

 

――――ここ、最前線において武はまたひとつ大人になった。

 

 

 

 


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