Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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10話 : 思惑 ~ selfish ~

蒼天の中を、編隊を組んだ戦術機が飛んでいく。ユウヤはその下にある草原に寝転び、戦術機の飛来音をBGMにしながら空を見上げていた。

 

(やることがねえなあ………戦時褒章で36時間の基地内待機なんてもらってもよ)

 

ユウヤは無事基地に帰投してから、ソ連軍を含むあらゆる者たちに歓待された。先の作戦でBETAを一掃した砲撃を行ったことが、功績として認められたからだ。

初陣で3000を越えるBETAを撃破したのは他に例を見ないことであり、ソ連軍の部隊の損害も少なかったことから、基地はまるでお祭りのような騒ぎになっていた。

 

(ヴィンセントも、かなり興奮してたよな………俺は人の世界に戻ってこれた、ってだけでホッとしてたが)

 

出迎えられたユウヤは、ようやく地に足がつく世界に帰って来れたことに対して安堵していた。

その念が強く、褒章などが与えられるとしてもそちらの方に意識が行っていなかった。

現在になってようやく、今の自分がやった事を自覚するようになっていた。

 

だが、ユウヤは悩んでいた。歓楽街があるユーコン基地ならまだしも、大した娯楽もないカムチャツカ基地で何をしろというのかと。

どこに行っても英雄と呼ばれて騒ぎになるだけで、心を休める暇もない。

ならば、と唯依に電磁投射砲の礼を言おうとしても、次に訪れるであろう更なる試験までに砲を完全分解しての整備が必要だということで、落ち着いて話す暇さえなかった。

 

(読書なんかの趣味があれば、また違ったんだろうけどな………これじゃあ、クリスカの事を笑えねえ)

 

クリスカは軍務だけを存在意義としているようだが、自分もさして変わらないことに気づいた。

結局、自分は戦術機有りきの人生を送っているのだと。

 

(しっかし、あいつもおかしいよな………)

 

ユウヤはこの基地にきてからのクリスカの言動を思い出していた。最初に少年衛士達に絡まれているときは弱々しく、まるで普通の少女のように強く押せば折れてしまいそうな儚さがあった。

だが次に会った時には毅然とした、鉄の女に戻っていた。それも先の尖ったナイフのような、触れるものがあれば切り裂くというような対処に困る存在に。

ユウヤは初の実戦が終わり、落ち着いてからはその変化を怪しく思うようになっていた。

この基地に来た頃のような葛藤など、全て消え去ってしまったかのような。F-15EからF-15ACTVに変えられたかのような、妙な違和感があったからだ。

 

(隣に居るイーニァだけが変わらない。こっちも奇妙な程にだけど、な)

 

幼すぎるからか、自分とクリスカがどんな会話をしていた所でニコニコと笑っているだけ。

空気を読んでいないのか、あるいは何も分からないのか。それでも、ただの子供らしからぬ何かを感じていた。

 

「ロシア人の中でも特殊かもしれないな」

 

訊いた話では、イーダル試験小隊のスコアは他の試験小隊とは比べ物にならない程高いものだったという。

対抗できたのは、3機ながらも見事な連携を見せたガルム試験小隊だけだ。

ユウヤは先の実戦からずっと、彼らとは接していなかった。基地に帰ってから祝いのパーティーが開かれたが、すぐに退出してしまったのも一因としてある。

だが何よりも、ユウヤ自身がガルムの面々と顔を合わせたくなかったからだ。

 

今回の実戦で自分が稼いだスコアは3000オーバーであり、どの試験小隊とも比べ物にならないぐらいのもの。

だがそれは電磁投射砲があってのことだ。あの兵装無しに自分が戦っていたら、とてもではないがあのスコアを出すことはできなかっただろう。

そういった想いが湧いては、自分の実力と周囲の沸きっぷりのギャップによる恥ずかしさが倍加してしまっていた。

 

「………英雄、か。それはあれを開発した技術者に与えられる称号だぜ」

 

「いや、そうとも言えないだろ」

 

「っ!?」

 

ユウヤは突然飛び込んできた声に、急いで飛び起きた。

そのまま振り返ると、手を上げて挨拶をしてくる見知った顔があった。

 

「な、てめえ………どこから!?」

 

「足音を殺して後ろから。何故か気付かれなかったようだけど、何か考え事でも?」

 

「い、いや………確かに没頭してたが」

 

それでも、足音を殺していたとはいえこの距離まで気づけなかったとは。

ユウヤは自分の気の抜けっぷりに恥ずかしさを覚えると同時に、微妙な違和感を覚えていたが。

だが、それよりも先ほどの言葉に対しての興味が勝った。

 

「さっきの、どういう意味だ? あのスコアは電磁投射砲のお陰だってのは、お前も分かってると思ったんだが」

 

「ああ、分かってる。けど、ちょっと違うな。道具は人が使って初めてその性能を発揮するもんだって、篁中尉も言ってただろ」

 

「それは………ただの理屈だ。俺だけが英雄だなんて、納得がいかない」

 

「あー、そこか」

 

電磁投射砲に携わってきた者は多い。だがその中で、ただ撃っただけの自分が持て囃されているのが我慢ならない。

ユウヤが怒りを覚えているのはその部分であった。

 

「見当違いの褒章に何の意味があるってんだよ」

 

「意味はあったさ。多くの人間にとっては、あの褒章は無駄にはならない」

 

作った人からすれば、今までの自分達の努力が認められた形に。ソ連の褒章とは、つまりはそういう事だ。

守られた人、ソ連の部隊からすれば被害を抑えてもらった形になる。

 

「自分達の手じゃなくても、あのクソッタレなBETAを一方的にやっつけたんだ。それこそ、ぶち撒けたボルシチみたいにしてやったんだから、ソ連の軍人にとっちゃ愉快痛快だったろうぜ。それに、ああいう兵器が出てくると前線の士気が上がるからなぁ」

 

「それは………確かにそう感じたが」

 

「タリサのお陰、ってこともあるけどな」

 

タリサはユウヤが早々に切り上げた宴会に最後まで参加していた。

そこで電磁投射砲の話をせがんでくるカムチャツカ基地の軍人達に、誇張を含めてだがまるで英雄譚のように語り聞かせていた。

 

ユウヤはタリサの行いに怪訝な表情を見せたが、すぐに気づいたように武の方を見た。

 

「ひょっとして、この基地の士気を高めるために、タリサは残ったってのか?」

 

「ああ、迷惑をかけている分の恩返しっていう意味もあると見たけどな。ウォッカ飲まされてえらい苦しそうだったけど」

 

「俺が最後まで残っていれば、また違ったってことかよ………また尻拭いさせちまったな。それでも文句を言ってこなかったのは――――」

 

初めての実戦だからと、自分を気遣っていたからだろう。そのことに気づいたユウヤは、自分に対してため息をついた。

 

「そんなもんだって。それとも初めての最前線でも、何もかも前もって見通して上手くやれると信じていたのか?」

 

「いや………そうは思わねえが、見っともない真似をしたら反省はすべきだろう」

 

欠点を見つければ改善を。それは開発衛士としては、誤魔化してはいけない部分だ。

ユウヤはこれまでの自分の経験を思い返して、断言した。欠けている点があれば、人は容赦なくそこを突いてくるのだからと。

 

「あー………やっぱ篁中尉と似てるなぁ」

 

「はあ!? 俺のどこがあの堅物と似てるってんだよ!」

 

「そうしてすぐに自省する所とか。あと、たまにしか冗談が通じない所とか」

 

「それは………あいつも同じ開発衛士だからだろ」

 

思う所があったユウヤは否定しきれず、罰が悪そうに呟いた。

 

「………ああ、うん。そういう事にしとくかな――――藪蛇になったら怖いし」

 

「あン? どういう意味だよ」

 

「いや、こっちのこと。それより、意味はブリッジス少尉にもあったと思うぜ」

 

「………ユウヤでいい。仮にだが、同じ戦場を共にしたんだからな」

 

「おまけだったけどなー。あ、じゃあ俺も四郎でいいよ」

 

「分かったよ、シロー。オウスってのも言い難かったしちょうど良かったぜ」

 

「俺も、そう思う」

 

武は苦笑した。脳裏に浮かぶのは、篁唯依と、もう一人のユウヤ。

それを吹っ切って、頷く。

 

「XFJ計画の要である開発衛士が、無事に初陣を切り抜けることができた。それは成果だろ?」

 

「………ああ。それも、目的の一つだったからな」

 

「そうさ、あそこがどういう場所かを知ることができた。なら、思いを馳せるのは次のステップに関することだと思うんだけど」

 

初の実戦というものは、どう転ぶのか分からない。普段は気丈に見える衛士でも、いざ実戦の段に上がった所でまるで別人のように弱くなることもあるのだ。

 

「問題だった初陣はクリアー。なら次は、少し頑丈になった胆力を土台にした近接格闘戦だ。考えるべき所はそこだろ?」

 

「それは………そうかもしれないが、電磁投射砲の試験もあるんだろ? 試験スケジュールを繰り上げて、ってのが通用する可能性は低いぜ」

 

「あー、それはな。ユウヤがもっと篁中尉と積極的なコミュニケーションを取ってたら協力してくれたかもしれないけど」

 

武の言葉に、ユウヤは言葉を詰まらせた。それは前々から言われていた問題点であるからだ。

 

「………非協力的だった過去の自分を殴りたくなるぜ。確かに、前もっての対策と準備は………っと、思い出したぜ」

 

ユウヤは先の実戦でのことを思い出していた。武がラトロワ中佐に申し出た内容についてだ。

どう考えても事前に打ち合わせをしていたようにしか思えず、ユウヤはその詳細を知りたかった。

特に、機甲部隊の不足についてだ。タリサ達でさえ、戦車の数が不足していることは砲撃が始まるまで気付かなかったというのに。

 

「実戦経験かな。あとは勘」

 

「はあ、勘?!」

 

「経験に関しては説明しにくいけどな。勘の方は………ヤバイ展開になるなー、って時は空気が違ってくるんだよ。第六感ていうのか、こういうの?」

 

「何食えばそれが分かるようになるんだよ………」

 

ユウヤの呆れた言葉に、武は内心でだけ呟いた。全く余裕のない戦場を、修羅場の空気を20以上も食べればこうもなるさと。

 

「それにしても、かなり回りくどいやり方だったな。強引にでも前に出て、充実した全戦力で迎撃すべきじゃなかったのか?」

 

「こっちの都合だけで物言ってたって通じないさ。あっちにも護衛を任せられた面子があるからな。場を提供しているソ連軍の顔を潰したら、色んな方面で悪影響が出かねないし。何より現場指揮官が頷く筈がない」

 

「それは………俺達が去ってからも戦闘が続くからか。確かに、部下に舐められるような真似をしたら終わりだよな」

 

指揮官とは支柱なのだ。それが揺らいでいるようでは、建物――――戦術機甲部隊そのものが不安定になる。

余所者にいいように言われた挙句、はいと頷く。事実はどうであれ、他国の人間に下に見られる形になるということは、指揮官には必須である威厳や信頼感が薄れることになりかねない。

 

「成程な。士気はその建物を固める添加剤って所か?」

 

「上手いこと言うな、さすがは米国トップクラスの開発衛士――――そう思いますよね?」

 

武は振り返り、つられユウヤも振り返った。

 

「っ、ラトロワ中佐!?」

 

「こんな場所で授業か。さすがに、余裕があるな」

 

敬礼を返しながら、ラトロワは皮肉を言う。対する武は、笑顔で言った。

 

「青空教室って奴ですよ。戦場そのものじゃないですけど、緊張した基地の空気を吸いながらの方が効果がありますので」

 

「日本人の貴様が、米国人であるブリッジスにか。とんだ皮肉だ」

 

「人の巡りあわせってのは面白いですよ。まるで予想がつきませんから。良かれ悪しかれってのが頭に付きますけどね」

 

やや顔を青くする武。ラトロワはそれを見て、違いないと頷く。

そして、ユウヤの方に視線を向けた。

 

「………俺に何か用ですか、中佐」

 

「焦るな。まずは、そっちの怪しい衛士に対してだが………ヤーコフを助けてくれたこと、礼を言わずにはいられないのでな。援護のことも、感謝する」

 

周囲は草原で、盗聴器も通じない。武はそんな場所で言われた礼であると認識し、その言葉を素直に受け取った。

 

「だが………予想外だったな。貴様のリスク、低いものでは無かったと思うが」

 

「低いですよ。有ってないようなぐらいには。何より、彼らはまるで他人事じゃないんで」

 

「………そうか」

 

ラトロワはそれだけで、武の言いたいことを理解した。そして次に、ユウヤに視線を向けた。

 

「英雄殿にも、礼を言う。久しぶりに上物のウォッカを飲めたからな」

 

ラトロワの言葉に対し、ユウヤは何か言おうとしたが、その前に武が口を挟んだ。

 

「あー、最前線じゃ早々手に入らないですもんね。将官ともなればダース単位で飲むんでしょうけど」

 

「それは上層部批判とも取れるのだが?」

 

「帝国の上層部批判ですよ。これが批判になるようでしたら、帝国軍衛士の7割が捕縛されます。なので問題はありません」

 

「そう、か………過保護だな?」

 

「守るべき価値がある。無ければ相応の。こっちも、この状況で慈善事業をやるほど余裕はありませんので」

 

そこで、ユウヤは気づいた。過保護というのは、主に自分に対してのことを言っている。

つまりは、中佐が何か自分に言おうとして、それから守られている形になる。

 

「中佐………嫌味でもなんでも、真正面から言ってもらいたいですが。それとも、これが最前線でのやり方って奴なんですか」

 

「………成る程、な。それが今の貴様の限界か」

 

苦労する訳だ、と何かを揶揄するかのような言葉。それを聞いたユウヤが、更に苛立ちを募らせた。

 

「限界………だと?」

 

「その堪え性の無さだ。感情的になり、衝動的に言動を為す者の先は知れている」

 

行く先は死か、あるいは。更に、ラトロワは続けた。

 

「衛士としての技量は高く、これからの胆力は期待できよう。それは認めてやる。だが、それも永らえてからのことだ。貴様………まさか自分が足元の小石に躓かないと思っているのではないだろうな?」

 

まっすぐに見据えてくる視線。ユウヤはそれを受け止めながら、その言葉の意味を考えた。

その答えが出る前に、ラトロワは更に告げる。

 

「ふらふらと進路を変えるようでは、大局の中で使い潰されて終わるだけだ。已の分を弁えない者は………周囲を巻き込んで自滅する。自分自身の戦いも見いだせないままにな」

 

「………大局………自分自身の戦い、だと?」

 

「ほう、そっちか………まあいい、精々頑張れよ“英雄”殿」

 

「っ、待てよ中佐!」

 

ユウヤは背を向けるラトロワを呼び止めた。

 

「確かに、俺は大局って奴が見えてねえ………だが、それはアンタも同じだろ。先の戦い、もっとやりようはあった筈だ。司令部に伝えることも出来ただろ。それこそ、俺が理由なんて呼ばれないぐらいの対処は出来たのに、アンタはそれをしなかった」

 

まるで何かを諦めたかのように。ユウヤは、更にそう告げた。

 

「準備不足で対処しきれなかった、ってのは言い訳だぜ。砲撃が始まる以前にも、出来ることは多くあっただろう。なのに、アンタだけは違うとかいうことは―――」

 

「――――何も違わんさ。貴様と同じさ」

 

突然の開き直り。ユウヤは予想外の言葉に一瞬だけ言葉に詰まり、その間にラトロワは言葉を繋げた。

 

「与えられている役割の中で、拾えるものは多くない。どちらを選ぶというのなら、私は…………これも言い訳の範疇だがな」

 

「じゃあ、その選択ってのが機甲部隊を見捨てることなのかよ。平気で友軍を犠牲に出来る人が指揮官をやってるから、あんたの隊の連中はああなっちまったんですね………?」

 

ユウヤは先日のクリスカとイーニァに絡んできた少年衛士の事を言う。

 

「………貴様は、米国人だったな。郷に入れば郷に従えという言葉を知っているか?」

 

「っ、知っている。だけどそれに何の関係が――――」

 

ラトロワはユウヤの言葉を打ち切るように振り返り、そして武を見ながら冷ややかに言った。

 

「祖国がBETAに侵されている最中だというのに、さっさと逃げた者がどういった思いを抱くのか――――そこの日本人に聞いてみろ。ロシア人の特権階級でしか入れない開発部隊、そこに所属しているあの小娘達が好き勝手に振る舞っている。それに対して、どういった思いを抱くのかをな」

 

「なっ………!?」

 

「米国には民族蔑視や階級差別はないと思える………麗しい人類愛だな? 他国の人間に向けられるようなものではないらしいが」

 

いい国だな、と。告げるラトロワは、今度こそ去っていこうとする。

その背中に、武が話しかけた。

 

「最後に、聞かせて下さい――――中佐はロシア人ですよね」

 

言葉に、立ち止まる。

 

「………ああ」

 

一拍を置いて返ってきたのは、低い声での肯定だった。

 

 

「私は、ロシア人だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――中央の見解は以上だ。同志ベリャーエフ、分かっているとは思うが………」

 

「ああ、承知しているよ。だがね、中央の都合と実験の成否は………こちらの予定が必ずしも一致するはずがない。同志ロゴフスキー、その辺りは貴官が熟知していることだろう?」

 

答えたのは、痩身に白衣を身に纏った男だった。名前をベリャーエフという、ある計画の最高責任者を任せられている男だ。

ベリャーエフは自分が反対した今回の遠征も、自分の思惑とは異なる一つであると暗に告げた。

言葉の先はロゴフスキーと呼ばれた初老の中佐で、その声色が変わった。

傍に控えていたサンダークが変化を察してフォローを入れるも、ベリャーエフは容貌とは異なる強い口調を止める様子がなかった。

対するロゴフスキーが、少し低い声色で言う。

 

「………理解できる部分はある。だが、今回の遠征は中央が決定したこと。実験に加え、こちらも我々に課せられた果たすべき重要な任務であると思うのだがね」

 

「私は実験の方で手一杯だと言っている。スパイごっこや資本主義紛いの売り込みは、そちらの仕事ではないのかね? 私が実験を進めることは、中央のためになる」

 

「是非、そうなって欲しいものだ………できるのならば」

 

ベリャーエフはそこでようやく、ロゴフスキーの変わった様子に気がついた。

まさか、これは脅迫かと。戦慄いている所に、更なる言葉が重ねられた。

 

「能力を示すことが出来ない者は祖国に対する義務を負えないもの。そんな存在がどうなるのか分かるかね?中央が遅々として進まない計画にどういった結論を示すのか、それが分からない貴官ではないだろうが」

 

                ポールネィ・ザトミィニア

「馬鹿な! わ、私以外に 『п3計画(ポールネィ・ザトミィニア)』 を任せられる者など………!?」

 

「それを決めるのは私ではないよ、同志ベリャーエフ」

 

直接的に脅しをかけるではなく、裏に言葉を潜ませての恫喝。ベリャーエフは、白い顔を更に蒼白に染めていった。

 

 

「――――調整を続けたまえ。中央が納得するような成果を出すために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、日本。巌谷榮二は自分の執務室の中で、深い溜息をついていた。

秘書官の女性がそれを察して、温かい茶を入れる。飲みやすいように温められたお茶が、重苦しい会議の中で乾いた榮二の喉の潤す。

 

「ふう………すまん」

 

「お疲れ様でした。顔色が優れないようですが、その………」

 

「ああ、大きな問題はないさ。こちらの旗色が悪い訳でもない。大伴はよく調べているようだがな」

 

「申し訳ありません、出過ぎた真似を。しかし、中佐は………電磁投射砲の実戦試験、時期尚早だと言われていましたが」

 

「その隙を突かれたが、あくまで難癖の域を出ていない。大勢に影響はないだろう。大伴の発言力が以前より衰えている、という理由もあるが」

 

「尾花中佐を筆頭とする実戦派の台頭、ですか」

 

陸軍はいくつかの派閥に分かれているが、その中でも動きが活発になっている派閥がある。

右派国粋主義の先鋒でもある大伴中佐が居る派閥もその一つで、帝国本土防衛軍の古株との繋がりが深い大派閥だ。

尾花晴臣を代表とする派閥は大伴中佐のそれに比べれば規模が劣るものの、叩き上げで衛士としての精兵が集まっていて、その発言力は油断できないものがある。最近では右派の強引かつ現実味のないやり方に反発する者が集まり、ここ数年で急な成長を見せていた。

 

「政治的な駆け引きでは大伴に一日の長があるが………やはり軍だからな。特に国防の問題が第一にされている現状では、目に見える形での成果が尊重される」

 

米国の手酷い裏切り行為から生まれた米国や国連を敵視する声は、右派を大きくするだけの十分な栄養分になった。

だが、対抗する派閥が在ればそれだけ動きも慎重にならざるを得ないのだ。

それに、と榮二は内心だけで呟いた。

 

(確定情報ではないが、斑鳩家が裏から手を回しているとの噂もある)

 

榮二も数度、斑鳩家の当主と顔を合わせたことがある。

その第一印象は、『底の知れない、武人だけではない顔を持つ男』だった。

 

(その上で風守が絡んでくれば、な。今回の件も、盲点だった)

 

黙っていれば後々に利用できる情報を明かすどころか、その対処方法があると言い出した男が居る。

1998年の京都のように、予想外の方向から突拍子もない事を言い出してきたのだ。

特に崇宰と御堂の了承を得られる理由など、榮二がいくら頭を捻っても分からなかった難問だというのに。

 

(祐唯と影行は、自分の戦いを貫くことを選択した――――ならば俺も、俺の信じる道を往こう)

 

戦うべきは、頭の固い国内での政敵。不知火・弐型を表に出すことが、自分の使命であると榮二は思っていた。

榮二はあの機体が日本と米国との混血児であると知っている。国内での米国敵視の声を考えると、あれが鬼子以外の何者でもないと熟知している。

 

(だが、あれは可能性の塊なのだ。国粋主義に曇った眼を晴らす、いやそれ以上の)

 

他国の技術流入を良しとせず、自国開発に拘り過ぎた挙句に不利益を被り続けるようでは、これから先もずっと続いていくであろうBETAとの戦いを乗り切ることは難しい。榮二は今を逃して、その泥沼から脱却することは出来ないと考えていた。

 

1人の視点には限界がある。“それ”は1人で対処するものではない、他者の手を借りてでも補うものだ。

偏った観点が何をもたらすのか、榮二は身を以ってそれを知ることができていた。

 

だが、多くの人間が関わっている物事を正すためには、大きな刺激が必要になる。

人が切っ掛けもなく変わるなどという楽観視など、出来るはずもない。

 

「私情が混じっていないかと指摘されれば………首を縦に振ることは難しいだろうが」

 

その上で、榮二は告げた。

 

「俺は堂々とやるさ。後悔に足を取られているようでは、あいつらに殴られるからな」

 

かつて自分が殴った二人。その顔を思い出し、笑う。

不知火・弐型は、このままでは陽の目を見ないまま葬り去られるかもしれない。

それを防ぐために、クリアーすべき問題は多すぎると言っていいほどに存在する。

 

「――――だが、諦める理由には足らん」

 

人事を尽くして天命を待つだけである――――そう言えるだけの所まで辿り着かなければならない。

 

決意が篭められた意志と声が、窓の外の向こうにある誰かに捧げられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーコン基地の中。プロミネンス計画の最高責任者であるクラウス・ハルトウィック大佐はソビエト戦線に派遣していた実験部隊の報告を聞いていた。語り手は試験担当官の男。内容は主に、XFJ計画の一環として持ち込まれた試作兵器についてだ。

 

「………極東ソビエト軍司令部は英雄金星勲章の授与を行った、か。よほどのものだったと見えるな」

 

ロシア人であっても容易く手に入れられない代物を、他国のそれもアメリカ人に対して与える。

それだけに評価されているという裏付けでもある。

 

「あるいはスポンサーとしての対応か」

 

「はい。ソ連のイーダル小隊と、欧州連合のガルム小隊の戦果も相当なものだったらしいですが」

 

言葉を挟んだのは、ハルトウィック大佐の隣に控えているレベッカ・リント少尉だった。

怜悧な容貌に似合う眼鏡をかけている金髪の女性軍人である。その言葉に、担当官は頷いた。

 

「両隊のスコアは傑出していたそうです。ややイーダル試験小隊の方が上だったとのことですが………ガルム試験小隊は、戦時での全力ではなかったとも聞いています」

 

試験担当官は、現地にいた整備兵からの報告を伝えた。

かの小隊は撃墜数を稼ぐより実戦での運用試験を第一に考えていたらしく、通常彼らが使うような特殊な機動は抑えていたと。

ハルトウィックはそれでいいと頷いた。戦術機の兵装の刷新も大事だが、プロミネンス計画の本懐は機体本体の進化にあるからだ。

 

「とはいえ、机上の空論よりかは実になる。空想だけでは、多くの開発衛士を救うことはできんからな」

 

「そのことですが………試験小隊の責任者が、先の戦闘におけるソ連軍司令部の判断に抗議をする動きを見せています」

 

主にソ連側の戦術の拙さについてだ。試験小隊の責任者は一歩間違えれば全滅の危険性もあったことについて、その問題を追求していた。

 

「ソ連軍司令部の回答は?」

 

「護衛部隊の動きに問題があった、との一点だけです。その司令部の回答を各試験小隊は認めていなく、戦力を配置した司令部に問題があるとの共通見解を示していましたが」

 

あくまで裏の話である。試験小隊も、表立ってソ連と対立する意図はないからだ。

 

「良くも悪くも、か。この報告に対して、我がユーコン基地の司令は何と?」

 

「報告以前に、知っておられたのでしょう。司令独自が持たれている情報ルートを考えれば、分かる話ではありますが」

 

「それでなお興味を示さないのか。与えられる役割は選べないのが軍においては当たり前ではあるが………准将殿にも困ったものだ」

 

所詮はプロミネンス計画に付けられている鈴でしかないということ。ユーコン基地司令であるプレンストン准将はそのことが不満であると態度で示しているだけで、プロミネンス計画の足しになる動きは一切見せていなかった。

改めての事実を認識したハルトウィックは、それでも表情を変えないまま、何かを言いたそうにしている試験担当官に視線を向けた。

 

「以前に話題に上った米軍の部隊の事かね?」

 

「はい。ディスインフォメーションの可能性もありますが………派遣時期を繰り上げるそうです。それも、予定とは別の部隊の派遣が決定したとのこと」

 

どの部隊であるかは不明だが、それなり以上の部隊がユーコン基地に派遣されるとのこと。

それを伝えた後、担当官は情報の裏を取りますと退出の許可を経て、ハルトウィックの居る部屋から去っていった。

 

「いかにも官僚タイプ、という方ですね。隙の無い言葉を好み、固めた理屈を武器とする。それであの若さで今の地位にまで上がってきたのですから、有能だというのは分かっていますが」

 

「はは、痛烈だな。だが、それもひとつの在り方だよ。使われる立場に甘んじるのを良しとすべきならば。それよりも、君は今回の動きをどう思うね」

 

ハルトウィックは腕を組みながら、ソ連への部隊派遣からの米国の動きに関する意見を訊いた。

レベッカ・リントは少し唇を緩めながら、言った。

 

「まず、成功と評して良いと考えます」

 

「ふむ、その理由は?」

 

「はい。主に5点が考えられますが――――」

 

1、ソ連の試験小隊が水準以上のスコアを上げていること。

2、人員を新しくした欧州連合もそれに追随していること。

3、日本帝国の新兵器搬入が予定外の成果を収めたこと。

4、第一次派遣のような部隊が出ずに、前線での実戦試験が成功し、開発計画がまた一歩前進したこと。

5、以上のことから米国が次の手を打たざるを得ない状況になったこと。

 

「その通りだな。勿体ぶった米国を動かすに足る刺激剤になった」

 

今までの米国は技術流出を懸念していたのだろう、ソ連に比べればその動きはあまりに小さすぎた。

そのせいで、ソ連の戦術機売り込みへの対抗ができなかったのだ。当然、米国の軍需産業は面白くない。

突き上げ先は米国国防総省であり、彼らも自国の軍需産業の存在の大きさを忘れた訳ではないのだ。

 

「大佐のソ連への優遇策は成功したと思います。西側の盟主としての立場もある以上、東側の実質的頂点にあるソ連の躍進には対抗せざるを得ないでしょうから」

 

「私はプロミネンス計画を進める事を優先しただけだ。アメリカの塩辛い動きは否定しないがね」

 

「自業自得、ということですね。問題があるとするならば、遅れて出てきた米国がこれから取るであろう厚顔無恥な振る舞いに対することですが………大佐の事ですから、事前策は打たれているのでしょう?」

 

「いやいや、それを考えて胃が痛くなっていた所だ。夜も眠れなくて、今も睡魔と戦っているよ」

 

ハルトウィックの冗談に、リントは小さく笑う。

その表情には、信頼の色が含まれていた。

 

「………粗忽者という自覚はあるが、そこまで信頼されているのであればな。老骨に鞭を打って働くことにしよう」

 

すまんが、眠気覚ましのコーヒーのおかわりを。ハルトウィックの言葉に、リントは頷き部屋を出て行った。

1人になった部屋で、呟く。

 

「ソ連、か」

 

ハルトウィックは報告書にある内容と独自に掴んだ情報から、これからのソ連の動きを予測していた。

 

「多少の関係悪化は覚悟の上で、か。こうなったスラブ人程恐ろしいものはないが………」

 

遠く、ソ連の地を見る。その先に見るのは、これから騒乱に巻き込まれるであろう開発衛士達のこと。

 

――――そして、ソ連への派遣の先触れとして現れた、1人の衛士のことだった。

 

「………敵の敵は味方、か。女狐の手の者の、そのような建前を信じるつもりはないが――――確かに、無視できないものはあるな」

 

ハルトウィックは内心で呟く。その証明としてその男は、先ほどリント少尉が上げた5つの点に、更に3つ追加される利点を示していた。

 

6つ、実戦から離れていた衛士達が取り戻す勘のこと。

7つ、ユーコン基地では得られない、実戦の中での試験小隊間の繋がりのこと。

そして、8つめ。それはプロミネンス計画にも大きく関わってくることであった。

 

 

「戦術機の進化の種は、“ハード”にだけ撒かれるものではない、か」

 

 

大言壮語ではなく、戯言でも無いと信じたいがね。ハルトウィックは呟き、深い溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――夜。ユウヤは1人、ハンガーの中で佇んでいた。

 

視線の先には、不知火・弐型がある。話す相手は、誰も居なかった。

 

(あの野郎、どういう事だよ)

 

ユウヤはラトロワ中佐に言われた通り、日本人がアメリカにどういった思いを抱いているのかを聞いた。

だが、何も答えは得られなかったのだ。

 

返ってきた言葉は、『俺だと色んな観点が混じってるから』と、『フェアじゃないから』。

そして、篁中尉にもこの事は聞いてくれるなと言っていた。

 

(条約の破棄に、撤退………そのあたりの事情は知っているけどよ)

 

ユウヤは迷っていた。先ほどのラトロワの言葉も聞いたが、考えても分からないのなら説明しても意味が無いと一刀両断されていた。

その言葉は、まるで小碓四郎が自分を責めているように聞こえて。

 

うっすらと分かるものがあるが、それが納得できるものには変わらず。

そんなユウヤが機体を見上げながら迷っていると、そこに声がかけられた。

 

「よう、英雄殿。こんな所で1人か?」

 

「――――ヴィンセントか。お前までよしてくれよ、あれが電磁投射砲のお陰だってのは………」

 

ユウヤはそこで先に言われた言葉を思い出した。真実はどうであれ、夢を見させられるのならば。

そう思い、ヴィンセントの言葉を消極的にだが否定しないことに決めた。

それを見たヴィンセントは疑問符を抱きながらも、言葉を続けた。

 

「まあ、なんにせよ無事で良かったよ。お前も、この機体もな」

 

「戦術機馬鹿のお前にとっちゃあ、こっちの方が大事なんじゃねえのか?」

 

「馬鹿言えよ――――って言うのも、開発に携わる整備兵にとっちゃ失格なんだろうけどな」

 

冗談を飛ばし合いながら、軽く笑い合う。そこに、背後から声がかけられた。

二人は聞き覚えのない声に振り返ると、そこには長身の女性の姿を見た。

短い黒髪を後ろに束ねている女で、ウイングマークをつけている。スタイルは、タリサと比べるのも可哀想なぐらいの歴然たる差があった。

その服に見える階級は、大尉。ユウヤとヴィンセントは突然の客の姿に訝しむも、即座に敬礼をした。

 

「こんばんは。葉玉玲という。貴方が、あの機体の開発衛士?」

 

「そうだが………ユウヤ・ブリッジスだ。米国の陸軍からの出向になる」

 

「………アメリカ?」

 

ぴくり、と玉玲と名乗った女性の表情が少しだが変わる。

ユウヤはそれを見て、またかと内心で苛立ちを覚えていた。急速に面倒くさくなっていく。

だが、訊きたいことが聞ける相手かもしれないと、自分の中の冷静な部分が指摘するのを見て見ぬふりはできなかった。

 

「俺に何か用ですか、大尉殿」

 

「訊きたいことがある。貴方の事じゃないけど、その………」

 

と、そこで口ごもる上官。

とは言っても表情は変わらず、戸惑っているだけで何かを恥ずかしがっている訳でもない。

ただ、何を切っ掛けに話を進めていけば分からない、といった様子だった。

 

(高圧的でもなく、変に丁寧でもない………初めて見るタイプだな。強いて言えば唯依に近いが)

 

そこで、ユウヤは気がついたように視線を上げた。

 

「俺も、大尉に訊きたいことがある。大尉も俺に訊きたいことがある、そうだよな」

 

「そう」

 

「なら、一個づつにしないか? 一つ質問をして、一つ答える。俺も、借りは作りたくないしな」

 

「分かった」

 

「………返答早いな、おい」

 

ユウヤはアメリカ、という単語に顔を顰めていた相手がこうまでスムーズに肯定するとは思わず、戸惑っていた。

だがすぐに気を取り直して、問いかける。その様子を、ヴィンセントが驚いた様子で見ていた。

それに気付かず、ユウヤは続けた。

 

「俺はアメリカ人だ。だから………外から見たアメリカってもんが分からない。アジアや欧州からは、どう見られているのかも。それを訊きたいんだが………ガルム試験小隊の衛士からも、さっきの大尉みたいな表情をされたしな」

 

「――――2つ、答えがある。世間一般でいう視点と、私達の視点が」

 

「私達の視点? ってことはまさか………」

 

「元大東亜連合第一機甲連隊第一大隊第一中隊所属、コールサインは『クラッカー8』………今は統一中華戦線のバオフェン試験小隊の隊長」

 

それを聞いたユウヤとヴィンセントは驚き、ユウヤだけが戸惑いを見せた。

つまりは例の英雄中隊にはアメリカに対する共通の見解があり、目の前の女性衛士も同じ意見を持っているという。

ユウヤはどちらから聞くか少し迷ったが、最初に世間一般でのアメリカへの印象を聞いた。

 

「欧州では………機体だけ寄越して金を分捕ってくる増長した存在、だと思う。アジアでは臆病者扱い。日本で一方的に条約を破棄して撤退した影響が強いね」

 

「一方的に、って………」

 

「アメリカでどう教えられているかは知らない。だけど、米国が日本を見捨ててさっさと自分の国へ逃げていった、という意見が強いのは事実。核攻撃の要請と拒絶だの、部隊の被害だの、様々な理由と確執があると思う。だけど、一般人や衛士はそんなことは考えない」

 

「逃げていった、って結果だけが出回っているのかよ………っ!」

 

「実際、米国はそういった政策を取ってきた。最前線の国を盾に、自国の利益を優先して追求してきた。もちろんそれだけでもないと言えるけど………その全てを否定できる?」

 

「それでも、支援が続けられているじゃないですか。それも決して嘘じゃないでしょう」

 

ヴィンセントが反論する。ユーリンはそれに頷き、それでもと答えた。

 

「人は、悪い行為の方を印象的に覚えるから。特に寄る辺のない、不安の極致に達している時の裏切りはずっと忘れられない。それがその国にとって正しい行為だとしても」

 

国益を優先するのは、自国を預かる者として当然の判断だと言われる。アメリカ人の中で、大統領の判断を責める声は少ないだろう。

国家に真なる友人は居ないという言葉通りに、何らかの利害があってこそ関係は作られるのだから。

 

「少ないけど、アメリカに感謝している人も居る。戦術機を開発したのはアメリカで、それ以外の支援も受けているから。だけど、それが十分になることはあり得ない。そして、持つ者と持たざる者の間に生まれる感情がある」

 

「羨望、嫉妬………それに加えて裏切りとも言える行為をすれば、そうした声が高まるのも当然か。事実は大した問題じゃないんだな」

 

自分も、とユウヤは過去の已の態度を思い出した。人は信じたいものを信じるのだ。

事実は、その二の次になることがある。

 

「………礼を言っとくよ。何となくだが、理解することができた。やや複雑だが、冷静に聞けたぜ」

 

これが感情的であり、責めるような声であれば自分もそれにつられて感情的になっていたかもしれない。

そうせず、客観的に言われたことで嫌でも理解させられることがあったと、ユウヤは感謝さえしていた。

 

「じゃあ、次は私。先の戦闘でジャール大隊の援護に回っていた機体の、衛士の名前を知りたい」

 

「えっと………そんなもんでいいのか?」

 

「良い。私にとっては大きなことだから」

 

「なら………確か、シロ………シロウ・オウスって名前だったか、ってなんで急に迫って来るんだよ?!」

 

「今、何を言いかけたか教えて欲しい」

 

「シロウ・オウスだろ? 名前で呼ぶようになったから、最初にシローって言っただけだ」

 

「………そう。人柄は?」

 

「あー、2つ目の質問になるけど………まあいいか。ヴィンセントはどう思ってるんだ?」

 

「良い奴だと思うぜ。怪しいし、変な奴だけど」

 

「そうか。俺も同じ意見だな。ここに来て、余計なことまで思い知らされたけど」

 

それは、あの小碓四郎という衛士の実戦経験がタリサ達を上回っているということだ。

ユウヤはそれに気づけなかったこと、その差が生み出す様々な違いも思い知らされていた。

今朝に出会った時はいきなり過ぎて落ち着いて話は出来なかったが、冷静に考えれば分かることだった。

 

「ポリ容器被って宇宙人を名乗った時は本気で驚いたけどな………って大尉、なんで深く頷いてんだ?」

 

「宇宙人は居る。それが知れただけでも得られるものがあるから」

 

素っ頓狂な物言いに、ユウヤが額から汗を流した。

隣に居るヴィンセントも、この人大丈夫かよという視線をユウヤに送った。

 

「他に知ってること、ない?」

 

「あー、隠していることがありそうだよな。あのサングラスなんか如何にも変装用って感じだし」

 

「凄い鍛えてるのは分かったけどな。これオフレコだけど、ラワヌナンド軍曹があの身体見た後に目え光らせてたらしいぜ」

 

「そう………それだけ、か」

 

無表情ながらも、かなりしょんぼりした様子。ユウヤは何がどうして目の前の人物が落ち込んでいるのか分からなかった。

 

(というか、年上だよな………こんなんでいいのかよ、統一中華戦線)

 

まさか伊達で試験小隊を任せられているとも思えないが、と抱いた疑問を口に出すことは止めた。

ユウヤは次に中隊が抱いているアメリカへの見解を聞こうとしたが、その前に気になることがあると質問を変えた。

 

「あの時、ラトロワ中佐への援護要員を送ったのは大尉だよな。砲撃が始まる前から、機甲部隊が少ないって気づいていたようだけど、何か情報でも与えられていたのか?」

 

「そんなものは無い。機甲部隊の配置の密度と、予想されるBETAの規模を比べればすぐに分かる」

 

「あとは勘、とか?」

 

「その通り。それ以前に、この基地の空気がおかしいというのもある」

 

ユーリンはサービスだと、ユウヤに教えた。自分達がこの基地にやって来た時に、まるで補充要員であるかのように扱われていたと。

 

「逼迫していた空気が緩んだ感じがした。少し前に大きな被害が出た戦闘があったと思われる。機甲部隊が不足していたのは、それが原因だと思われる」

 

「おい………ユウヤ。作戦前のブリーフィングで、ソ連側からそんな説明されてたか?」

 

「いや………初耳だぜ。重要な情報だってのによ。ソ連軍もあの中佐も、何考えてんのかさっぱり分からねえ」

 

これも大局を見てのことってやつか。ユウヤは中佐に対する不信感を強めつつも、最後の言葉を思い出して、何か複雑な事情があるのではないかと考え始めた。

 

「秘密大好きなロシア人だから。むしろ協調的な姿勢を見せられた方が驚く」

 

「そんなもんなのか? いや、そういえばガルム試験小隊も同じような事言ってたような。ロシア野郎は信じられない、とか」

 

「ああ、リーサ達はスワラージで痛い目を見ているから」

 

ぽろっと漏れでた言葉に、ヴィンセントが反応した。聞き覚えのある単語に、言葉を繋げていく。

 

「………スワラージっつーとボパール・ハイヴで行われた作戦ですよね。初めて戦術機での軌道降下作戦が行われた。それとソ連に何らかの関係があるんですか?」

 

「大東亜連合が結成された理由から辿っていけば分かる。あくまで噂レベルだけど」

 

「なんか、やばそうですね」

 

少なくともソ連の基地の中で話す内容ではない。そう察したヴィンセントは、すみませんと会話を打ち切った。

 

「じゃあ、最後に訊きたい。日本側の開発責任者は誰?」

 

「帝国斯衛軍所属の、篁唯依中尉だ。日本でも開発衛士をしてたって話だが………その表情、まさか知ってるのか」

 

「彼女の父親ならよく知ってる。人づてだけど、よく聞かされたから。そういう事情が………クリスが私に話を持ってくる訳だ」

 

「クリス………ってクリスティーネ・フォルトナー中尉のことか?」

 

「成る程、どうりで…………も…………ひょっとして…………」

 

ユウヤは小さく呟いているユーリンの声を聞き取ることができなかった。

聞こえたのは誰かの名前のような単語。そして、“あのOS”という言葉だけだった。

 

「ありがとう。訊きたいことは全て分かった。じゃあ、これで」

 

「あ………っと、ちょっと待ってくれ」

 

ユウヤは中隊がアメリカをどう思っているのか、それを聞こうとした。だが、もう相手が知りたいことはないという。

どうしようかと迷っている時に、ユーリンがああと頷いた。

 

「さっきの、私達元クラッカー中隊が抱いているアメリカへの想い? ………訊きたいのなら答えるけど」

 

「いいのか?」

 

「嫌っているのは、さっき告げた事とは同じようで違う。この上ない私情だ。言い訳をするまでもなく個人的な我儘に近い想いだから」

 

機密でもないから別に言っても構わない。

そう告げるユーリンの言葉に、ユウヤは有難いと頷いた。

 

だが、すぐに後悔することになった。

 

 

「――――G弾の影響で死の大地になった横浜………そこに帰りたがっていた、私達にとっての大切な人が居たから」

 

「っ?!」

 

「故郷の話を聞かされた。今は無理でもいつかは父と一緒に帰りたいって………貴方にとっての今のアルゴス小隊の仲間たちと同じかもしれない。その想いが、一方的に爆殺された」

 

無断投下。その問答無用の行為は、米国内にさえ轟いている程のもので。

 

「あの地は草一本さえ生えなくなったと聞かされた。それでも正式な謝罪を示さず、あまつさえは効果不透明かつ自然に甚大な悪影響を与えるであろう毒の塊を世界中にばら撒こうとしている」

 

戦術機ではなく、今まで各国を盾にしながら開発した新兵器でもって、それが唯一の正解だと主張している。

 

――――そんな米国に個人的な好意を持つことなど、未来永劫あり得ない。

 

ずしんと重くのしかかる言葉が、ユウヤの頭と胸の中に反響していた。

 


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