Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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8話 : 準備 ~ pigeonhole ~

「あ"~………もう」

 

武は基地の中を歩きながら呻いていた。思い出しているのは昨日唯依へ告げた言葉についてだ。

唯依を含む周囲の事情に関して、後々の唯依達のあれこれを考えるとここで伝えるのがベストであるのは武も分かっていた。勝手だが、こちらが最善なのだと知っている。

だが、自分にはやはりああいう言い回しは似合わない。落ち込む武と同じように、空の色もぼんやりと薄暗かった。

 

(………鉄大和と風守武は繋がらない。隠せた方が良いのは分かってるけど)

 

それでも、かつては機体を並べて戦った仲間である。

だがこのままでは、自分の正体に気づかないだろう。ユーコンに来てから、ずっとすれ違いのようなものを繰り返している。

それは目的を達成するという視点から言えば良いことである。だが同時に、その事実は胸の中にもやっとした何かを去来させる。

タリサに関しても、自分やサーシャの生存を伝えられないのは辛かった。そうして、少し気が落ち込んだ時だ。

 

「怒鳴り声………ってこの声は」

 

武はふと耳に飛び込んできた怒声に、聞き覚えがあった。ユウヤのものだ。

音がした方向を見ると、そこには物資を置いている倉庫と、そこに入っていく二人の人間の背中が見えた。

 

何があったのかは分からないが、放っておく訳にはいかない。XFJ計画にはユウヤ・ブリッジスが不可欠なのだ。

武は急いで倉庫の中に入ろうとした―――が、その直前に中から衛士が出てくる。

 

武はその彼女を見た。特徴は、大人の、女性の、金色の髪の。それらの印象をぼやけさせる程に、彼女は"衛士"だった。

階級は中佐を示している。武は認識した途端に、敬礼をした。

 

「………貴様は、中に居たボウヤの連れか?」

 

「はい、中佐殿」

 

武は冷たい視線を真っ向から受け止めた上で肯定した。

少尉らしく、少し不安な表情を装いながら。

 

「その………ブリッジス少尉が何か問題を?」

 

「………無い、と思っているのならばそっちの方が問題だがな。貴様から伝えておけ。この基地を、これ以上引っ掻き回してくれるなと」

 

冷たい声だけを残し、返事も聞かずに去っていく妙齢の女性衛士。

武はそれを半ばに見送りながら、倉庫の中に入った。

 

「お前………茶髪だけど、そのサングラスは」

 

「お久しぶりです、ブリッジス少尉と………お二人さんも」

 

中に居たのは驚愕の表情を見せているユウヤと、自分のターゲットでもある紅の姉妹。

そして、とても成人しているとは思えない少年少女達だった。肩にウイングマークがあるということは、衛士なのだろう。

 

ユウヤは僅かに顔を険しく、紅の姉妹は憔悴していて、少年少女の衛士達は不安な顔をしている。

その視線は、先ほどに倉庫から立ち去った中佐に向けられているようだ。

 

武は何となくだが事情を察して、ユウヤに外に出るように告げた。

外は暗いが、更に暗い上に閉鎖されているこの場所よりは良い。

 

「その前に、聞かせろ。お前がなんでこの基地に居る?」

 

「篁中尉から聞いていませんか? 本日中に顔合わせをするつもりだった予定の者ですよ」

 

その言葉に、ユウヤは事情を察したのだろう。怪しみながらも、確かにこの場に居るよりはとついてくる。

武はその場を立ち去る最後に、少年衛士達が中佐に怒られた事を気にしているような声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前が――――っ、少尉になったのか」

 

「戻った、と言った方が正しいですね。一時的に下げられてただけですから」

 

軍曹じゃありません。答えた武は、自分が電磁投射砲の機密保護要員であると伝えた。

ユウヤは怪しみながらも、ひとまずの納得を示した。部外者であればこの基地に立ち入れないのだから、おかしい話でもないと。

 

「先任だけど、何か嫌なんでタメ口でいきます。というか、なんで少尉は怒ってるんだ?」

 

「何か嫌って………いや、今はいいか。お前もガキ共と、偉そうな中佐を見ただろ」

 

ユウヤは先ほどにあったことを武に伝えた。クリスカとイーニァが襲われたこと。それを守ろうと割り込んだが、相手は成人もしていない衛士であったこと。彼らはナイフを持ちだしてまてクリスカ達を庇った自分に喧嘩を売ろうとしていたこと。その直後、ターシャと呼ばれた少女と一緒にやって来た中佐が彼らを止めたことなどを。

 

「ブリッジス少尉が怒っているのは、中佐に対してなのか?」

 

「そうだ。原因はあのガキ共にあるのに、『分を弁えて行動しろ』だとよ。中佐がこなければ、間違いなくただ事じゃ済まなかったってのによ」

 

謝罪もなく、こちらだけを責めるのは筋が違うんじゃねえか。それに、さっきの少年衛士達も中佐と単なる上下の関係ではないように見えた。

ひょっとしたら中佐ともグルであり、一団になってこちらを害そうという意志があるのかもしれない。

それを聞いた武は、そういう事ですかと頷いた。

 

「それより、そっちの方は………大人しくやられるようなタマじゃないと思うんだが」

 

あの蹴りの威力を忘れていない武は、冗談混じりに尋ねた。だが、返ってきた言葉は想像していたものより弱々しい声だった。

いつもの他人を寄せ付けない雰囲気は感じない。そこには矛盾をつきつけられて迷っているただの少女がいた。

 

軍人というにも弱々しく、少し押せば倒れてしまいそうに儚い印象さえ抱くぐらいの。

武はそのクリスカの様子に少し戸惑ったが、事情を聞いて納得した。

彼らの敵意からイーニァを守ろうとした途端に身体から力が抜けてしまったらしい。

 

守れない自分が情けないと、落ち込んでいる。そんなクリスカを見ながら、武は内心で呟いていた。

 

(多分だけど、優先順位のコンフリクトか………いや、もうちょっと違うものかな)

 

あるいは、相手がソ連の人間だからだろうか。裏の事情を知る武は、クリスカ達にかけられた見えない首輪の存在を考えた。

それが影響しているのだろうとも。更に訊けば、同じ祖国を持つ同胞なのにどうして敵意を向けられたか分からず、それについて口論していると徐々に力が抜けていったという。ソ連人であると主張するクリスカ、対する少年達はお前はロシア人だと怒りを顕にした。

 

「あー………そりゃあ、揉め事になるな」

 

「どういう事だ? あのガキ共はロシア人に対して強い恨みを持っているようだったが」

 

「持っているようじゃなくて、実際に持ってるんだよ。理解は………できると思う。民族の違いから来る問題じゃない、人間として当然の感情だから」

 

話を聞くに、彼らはグルジアやカザフといったソビエト連邦に統合された国々の出身。

対するクリスカ達は、ソ連の根幹であるロシア人しか入れない部隊に所属している。

 

原因は1982年のことだ。対BETAの戦況悪しと見たソ連の政府は、一つの判断をした。

それが自国より海を隔てた東にあるアラスカの租借である。

とはいえ、人を移動させるのにはコストが必要になる。新たな土地も無限ではありえない。

故に選定されたのだ。優遇されたのはソ連の中枢を握る民族と同じである、ロシア人。

 

「そりゃ怒るだろ。ていうか、怒りを表に見せない方が怖いって」

 

「だが、ここは最前線だろ? なのに同じソビエト軍としてまとまる事も出来ない程の根深い溝があるってのか」

 

「………アメリカとは違うからな。というより、アメリカが異常なんだよ」

 

スターズ・アンド・ストライプス・フォーエバー

 星 条 旗 よ 永 遠 な れ 。

 

普段はいがみ合っている相手でもその言葉だけで団結できてしまうアメリカという国こそが、世界での例外なのだ。

 

("ユウヤ"は違ったけどな)

 

だが、彼の全てを知っている訳もない。その証拠に、目の前のユウヤ・ブリッジスは納得していない様子だった。

 

「それでも、異常だろ。個人の遺恨で部隊を危険に晒すなんてことが許されるのか? 表面上は対立しあっても、協力できなければ死ぬだけなんじゃないのか」

 

「その通りだ。異常なんだよ、此処は」

 

武は海外の基地はそういうものだと知っている。国連の基地なんて最たるものだ。欧州であっても、同じだったと思う。

自分たちの故郷を守るために、人種も、思想も、言語も、宗教も、観念も、習慣も異なる大勢の人間が集まって混沌としている。

故郷なんてどうでもいいという奴もいるのだ。そうした“正しい”の言葉の意味と価値が異なる故に、抱えるモノが違うからこそすれ違い衝突する。

特に最前線であればその傾向は強くなる。あるいは過酷な戦場の果てに正しさが歪み、別の正義になってしまうこともある。

信念にしか縋ることの出来ない人物は、死の危険性から目を逸らすため、より過激になっていく。

 

自分の価値だけが正しい、なんて思いながら往来を肩風きって歩いてたら、違う正しさを持つ誰かと肩がぶつかる。

そう告げる武に、クリスカが異論を唱えた。

 

「お前の言うことは信用できない。軍人は祖国を守るために戦うものだ。そうじゃない者が存在するだと?」

 

「存在してもおかしくない。ビャーチェノワ少尉の言うとおり、そんな人間は居ないのかもしれないな。でも、その証拠は? 何を根拠に誰もが同じだって言える?」

 

そこで、クリスカが黙り込んだ。

代わりにと、イーニァが前に出る。

 

「シローは、みんなちがうって分かるの? だから、けんかしてもしかたがないってかんがえるの?」

 

「みんな同じなんてありえないのは、思い知らされたよ。でも、仕方ないとは思わないかな」

 

「う~ん………もしかして、こたえになってない?」

 

「あ~、俺はいい加減だからな。答えなんて持ってない。だから、ここで答えを出せなんて傲慢こきゃしない。ただ違う奴らが大勢いるのは確かで、それを知らないまま怪我するのはツマラナイって話さ」

 

特にブリッジス少尉は。武の呟きは、外に溢れなかった。

 

「それに、ここはユーコンじゃない。ソ連の基地なんだから、いつもの10倍は慎重になってくれ」

 

「………お前もクラッカーズとかいう連中と同じか? 実戦経験の無い俺は頼りないからせいぜい気を張っておけって言いたいのか」

 

「いや、そうじゃなくて。こんな最前線の基地で開発衛士がどう見られるかなんて、想像がつくだろ?」

 

「プロミネンス計画そのものが目的じゃない………開発を悠長な遊びだって思ってる奴らがいるからか」

 

「ああ。それだけで、揉め事の材料になり得る。命の危険さえあるんだよ」

 

「はっ、価値観の違う相手が居て、喧嘩から殺し合いに発展して、それで人死にが出たってまるでおかしくはないとでも?」

 

ユウヤは言う。それは皮肉か、あるいは冗談の類で言ったつもりだった。

それを武は肯定した。真剣な表情で、少し不安を覗かせる程度に。ユウヤは間も置かない肯定を前に、泥を吐き捨てるように言った。

 

「狂ってるぜ、ここは」

 

「望んで狂う人は少ないと思う………でも、狂っているってなんだろうな。それを証明してくれる人が少ない場所は、どうなんだろう」

 

「………狂っているのか、それすらも分からない奴が多い。それがここの正常だってことか?」

 

皮肉を吐きつつも、ユウヤはこの場所がどういった所なのか気付き始めていた。

そもそもの、情報の共有ができてないことが異常なのだ。だが、それに対して基地側が持っている感想はなんなのか。

あるいは、それが正常であると思い込んでいるのかもしれない。外様でバカで悠長な開発衛士が死んだ所で、と思っているのかもしれない。

 

それが許される場所。正常と異常。それを証明してくれる者が、後方のそれより酷く少ない場所なのかもしれない。

そう考えて気を引き締めるユウヤに、武が告げた。

 

「理解が早いようで何よりだ。なので、冗談抜きに危機管理には注意した方がいい」

 

「ああいった光景を見ても放置しろってことかよ」

 

「いえ、手え出すならまず味方を探して下さい。それが居なければ、殺し合いになる覚悟で事に当って下さい」

 

「そこまでの事になるのか………酷い所だぜ、本当によ」

 

 

疲れた表情を見せるユウヤに対し、武は手を差し出しながら冗談を言うような口調で告げた。

 

 

「――――ようこそ、最前線へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基地に着任してからしばらく、唯依は電磁投射砲の扱い方をユウヤに教えていた。

起動から発射までに確認しなければいけないプロセスを仮想演習の中で繰り返させている。

 

万が一に失敗すれば、味方をも巻き込みかねない兵器である。

そう考えながらも唯依は、先日に告げられた言葉を思い出していた。

そう、横にいる風守武と名乗った男のことだ。横目で見ながら、その意図を考えた。

 

ハイネマン、巌谷榮二、篁祐唯に篁唯依、ユウヤ・ブリッジス。そこに電磁投射砲が絡んでいるのが原因だというその意味を。

 

「少佐」

 

「だから少尉と呼んで下さいよ、篁中尉。表向きは小碓四郎なんですから」

 

「………分かりました」

 

唯依は戸惑いつつも言葉だけで肯定を示した。経歴詐称や派遣の経緯や彼の役柄を問い詰めようにも、相手は赤の武家だ。

崇宰の臣下ではないといえど、一方的に嫌疑をかけられる立場でもない。

その上で自分の上官である巌谷榮二の了承も得ているのだという。

 

(巌谷中佐は何をお考えに………いや、電磁投射砲のテストを要請したのが原因か)

 

思えば、この兵器には不明瞭な部分が多すぎた。中枢部のブラックボックスなどが最たるものだ。そうした機密を持つ兵装を、国内でも実戦運用された事のないものを国外で試そうなどといえば、多方面からの調整が必要になるに違いなかった。

 

だが、それで全て納得できるはずもなかった。

 

「いくらなんでも、いきなり過ぎます。疑惑の詳細を聞かせてもらえなければ、納得がいきません」

 

「明かさずに監視しろ、と命じられている。こっちも任務だ、退くわけにはいかない」

 

日本語に日本語で答える。

そして、と武は付け足した。

 

「俺がここに来たのは、中尉達だけが原因じゃないんだ」

 

「それは………?」

 

「確証が無いから教えられない。中尉にかけられている疑惑も。だけど、調べようというのなら止めない」

 

何を、と唯依は言いそうになって止めた。ヒントは既に与えられているからだ。

 

(切っ掛けは電磁投射砲だろう。すると絡んでくるのは、それに関連する技術か………あるいは先程に挙げられた名前か)

 

唯依もよく知る複数人の名前。その中になにかあるはずだ。

そう思っている彼女に、唐突な言葉がかけられた。

 

「時に篁中尉、クリスティーネ・フォルトナーという衛士を知っているか?」

 

会話の流れも何もない言葉。唯依は少し戸惑いながらも答えた。

 

「知っています、クラッカー中隊の1人でしょう。ガルム試験小隊に配属されているそうですが、それが何か」

 

「彼女だけは唯一、開発畑に所属していた衛士らしい………彼女にとっては、今が念願の場所だろうなぁ」

 

そんな情報をどこで入手したのか。そもそも、関連性がない。ひょっとして自分はまたからかわれているのではないか。

唯依の無言の葛藤と問いかけに、武は噂だと肩をすくめた。

 

「面白い話が聞けるかもしれない。元は普通の衛士職がついで、ってぐらいには開発に心を奪われていたらしいからな。そして彼女は、非常に勉強熱心らしい」

 

「………何故、今になってそんな言葉を?」

 

武の言葉を聞いて、唯依は訝しんだ。

それが何かと問い返すのは容易い。だが、何か別の意図が。唯依はそう考えた時に、引っかかるものを感じていた。

 

(勉強熱心………開発衛士………開発者?)

 

戦術機開発。その単語から唯依は、挙げられた名前について考えた。

可能性の一つとして考えられるのは、技術流出の件だ。だが、自分を含めた日本人側にそのような意図があるとも思えない。

ユウヤも、諜報員染みた真似をできるような性格とも思えない。

 

(無理は承知の上だ。機会があれば試しに聞いてみるが………それにしても)

 

唯依は隣の男に違和感を覚えていた。風守家当主代理。その名前は、決して軽くないものだ。

赤の武家の中でも、五摂家の傍役を務める家は頭2つは飛び出ている。

その当主代理となれば、斯衛の中でも一握りである。とても、このような国外で諜報員のような真似をさせられるとも思えない。

 

(だが、あの小太刀は本物だった。それが何よりの証拠だ)

 

偽装などありえない。二振りの小太刀には、鍛冶師達の精魂がこめられたものにしか出ない圧倒的な格があった。

ならば、目の前の男は名乗った通りの立場にあるのだろう。

そして、衛士としての力量がそれを裏付けている。一見すれば、珍しいが無くはないように思える。

 

(だが………言いようのない違和感を覚える。それに、風守光少佐は第16大隊に復帰したと聞いているが)

 

唯依は初陣で世話になったかつての上官を思い出した。京都の防衛戦で怪我を負ったと聞いているが、関東防衛戦の途中に戦線に復帰したと聞いている。当主の身体のことや、実際の傍役を務めている風守光が養子であることなど、他の名家に比べれば色々と問題がある家などと言われている。それでも、風守光の名前の価値は未だ衰えていない。だからこそ、当主代理を名乗る同年代の少年には違和感しか残らないのだ。

 

理屈を超えた所でも、唯依は何かが違うと感じていた。だがそれが何であるのか、演習の時間が終わっても分からなかった。先日までに見せた、気の良い表情が忘れられないというのもある。根拠もないが、かつての戦友に似たものを感じていたのだ。

 

さりとて、もし自分を騙すつもりであれば。唯依はこのままでは埒が明かないと判断し、意を決して話しかけた。

 

「“小碓少尉に”尋ねたい。貴様は、誰の味方だ」

 

「ここに居る大半の人間と同じですよ。俺は、俺の味方です」

 

名前を強調しての問いに、返ってきたのは淡白な言葉だった。

 

 

「………斯衛の味方ではない。否、帝国の味方ですらないと言うのか」

 

「帝国のために戦いたい気持ちはあります。だけど、それが全てじゃない」

 

 

一拍置いて、武は言った。

 

 

「その辺りも含めて、フォルトナー中尉に色々と聞いてきて下さい」

 

 

――――ここからが本番ですから、今のうちに準備を。

 

 

唯依は、付け足された一言をしばらく忘れられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、アルゴス試験小隊はあてがわれた個室の中で色々と情報を交換していた。

内容は主に、この基地についてだ。改めて分かったのは、人員の充実度や現在の戦況などについて、自分たちに与えられている情報があまりに少なすぎるということだった。

 

「ドゥーマの連中の失態が響いてンだろうなぁ。例の中隊の先輩方がフォローしたって言っても、基地側の被害はゼロじゃなかったらしいし」

 

「被害って、衛士のか?」

 

「その辺りが分からないのよ。この基地が置かれている現状もね。最前線の基地は、いつも何かの問題を抱えているのが常なのだけれど」

 

「何か変なのは確からしいぜ。アルフ………ヴァレンティーノ大尉から聞いた話だけど」

 

タリサは聞いた言葉をそのままユウヤ達に告げた。

いくらロシア人が多いと言っても、この基地は辛気臭すぎると。

 

「辛気臭いってのは同意するけどよ。過ぎる、ってどういう意味だ?」

 

「ちょっと前に負け戦があったんじゃないかって。こっちはあくまで勘らしいけど」

 

リーサから聞いた言葉だった。だが、それが本当であれば問題だ。

自分たちを含む試験小隊には、そんな情報は公開されていないのだから。

実戦での運用試験は万全の援護を受けられる安全な戦場だから、という前提で行われる。

それがもし違えられるのであれば、試験小隊にも小さくない被害が出る可能性があるのだ。

 

「ひょっとして、衛士か? この基地にはガキの衛士が多いようだけどな」

 

「はぁ? 何言ってんだよユウヤ、最前線の基地っつーかソ連の軍にガキの衛士が居るのは当然だろ?」

 

「え………ああ、いや」

 

ユウヤはそこで理解した。思い返せば、唯依も15歳で初の実戦を経験しているのだ。

 

(人材が不足しているから、か? ………BETAの支配領域と隣接している国土を持つ軍だからか)

 

アメリカでは考えられないことだった。そこでユウヤは、先ほどの言葉に引っかかりを感じた。

 

「ソ連の、ってどういう意味だよ」

 

「知らないのかよ………ちょっとは予習でもしとけよなー。アタシも、ステラ程は詳しくないけどさ」

 

言葉を向けられたステラが、今のソ連における子供たちの扱いについて説明しはじめた。

一部の例外を除き、生まれた子供はまだ赤ん坊に過ぎない頃から、軍に預けられてそこで育てられるという。

 

「そうして、軍に帰属するという意識を植えこませるのよ。同志や同胞と言った聞こえの良い言葉から連帯感を持たせて、祖国こそが守るべきものだと思わせる。一種の洗脳ね」

 

「………そう、なのか。だが、元はグルジアやカザフを故郷に持つ人間も同様に?」

 

「あら、どこから………って先日に揉めたって言ってたわね。彼らはまた違うわ」

 

「それは、どうしてだ」

 

「家族にだって、裏切られれば憎く思うじゃない。信頼関係があるのなら余計にね………もっとも、彼らの間に元々の信頼関係があったのかは知れているけど」

 

ステラは辛辣な言葉で締めくくる。

 

「でも、ガキか。お前らもそんな年から戦場に出てたってのか?」

 

「アタシは15の時かなー。って言っても、あっちはマンダレー攻略が終わって侵攻が弱まった後の戦場だったら、そんなに大きな作戦には参加したことないけど」

 

「俺は17の時だ。整備状態の悪い機体を回されてきた時は、死を覚悟したぜ」

 

「私は16の頃ね。天候状況が最悪の戦場だったけど、先任の人達のフォローのお陰で何とか生き残ることが出来たわ」

 

次々と出てくる年齢に、ユウヤは驚いた。少なくとも1人は、18歳を越えていると思っていたからだ。

 

(そういえば、イーニァも………クリスカの奴は今回が初の実戦らしいけどな)

 

いくら腕が良くても、それだけでは生き残ることができない。

先日に唯依から聞かされた言葉ではあるが、ユウヤはそれが今になって妙に不安な言葉に思えて仕方なくなっていた。

 

同時に、クリスカがソ連におけるロシア人と周囲との確執を知ったことが気にかかった。

軍人として祖国と同志を守ることこそが正しいのだという彼女の主張が一部にしろ崩されてしまうことになるのだから。

 

(いや、そもそも………何故知らなかった?)

 

あの動揺っぷりは初めてその事実を知ったからだろう。

ユウヤはロシア人としてあの年に至るまで、そういった視線を向けられたことが無いという事実に引っかかりを感じていた。

それだけで身体が上手く動かせなくなるほど、衝撃を受けるということもだ。

 

「色々ある、か。確かに一欠片も油断できない所だぜ」

 

新たに知った事は多く、その全てが後方の基地では実感できなかったことだ。

ユウヤは負けるものかと、拳を硬く握りしめた。これこそが、自分の更なる成長に必要なものだと信じた。

 

 

(不知火・弐型のためにも………アイツにも、恥をかかせる訳にはいかないからな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅ!」

 

「………風邪か?」

 

「いえ、失礼をしました!」

 

ハンガーの中、唯依のくしゃみの音が響き渡る。

それを見ている、もう一人の女性衛士――――クリスティーネ・フォルトナーは苦笑した。

 

「そんなに硬くならなくても良い。それが一部を除いた日本人の性質だってのは分かってるけど、階級も同じなんだ」

 

「はっ! ………いえ、はい」

 

唯依は戸惑いながらも頷く。

クリスは少し顔を綻ばせながら、普通の民間人のように笑いながら言った。

 

「それにしても、あの篁祐唯の娘がユーコンに来てるなんて知らなかった」

 

「はっ、恐縮で………中尉は父をご存知なのですか?」

 

「直接的じゃないが、私達中隊の人間は篁祐唯氏のことを恩人だと思っている。主に2つの意味でだ」

 

一つは、F-15J《陽炎》。もう一つは、中隊の整備班長を務めていた男。

 

「F-15Jとその開発者には、中隊の全員が本当に感謝していると思う。あれが無かったら確実に死んでいた。ということは、篁祐唯氏は間接的にハイヴを攻略したということになるな」

 

「それは………光栄ですが、中尉達が居なければまた攻略は成らなかったかと」

 

他国の過去の戦績が証明している。

同じような性能の機体を送り出しても、ハイヴの深奥には辿りつけなかったのだ。

クリスティーネはそれを聞いても、自分達だけじゃ絶対に無理だったと答えた。

 

「多大な犠牲を前提としての作戦だった。攻略に成功したのは、そういった犠牲も含めた多くの人間の意図が絡んだからだ。私達も所詮はその一端に過ぎなかった」

 

自分達が特別だからじゃない。クリスティーネは、そう主張した。

 

「運もあった―――だからこそだ。意図的ではないのかもしれないけど、力の助けになってくれたF-15J、あれを開発した氏には感謝している」

 

私達だけの力じゃあ絶対に届かなかった。駄目だったと、クリスは遠い目をする。

虚空を見上げているようで、その向こうに何かを見ているような瞳に、唯依は言葉を挟めなかった。

 

「白銀曹長………今は中佐だったかな。瑞鶴の開発者だった彼も、その力の一端だった」

 

「中尉はその方を良くご存知なので?」

 

「知っている。というより、私を中隊に引っ張ってきたのは中佐だから」

 

あとは個人的なもの、とクリスは言葉を切った。

そして、唯依に向き直る。

 

「それで、私に訊きたいことがあるって?」

 

「はい。その、中尉はハイネマン氏について知っていますか?」

 

遠回しに尋ねる唯依。対するクリスは、端的に答えた。

 

「知らない方がおかしい。戦術機開発における権威だ。世界一、と言っても過言じゃない」

 

戦術機の鬼と呼ばれている彼は、戦術機開発に関連する様々な分野においての知識を収めている。

1人で戦術機を開発できる男とも評されている。クリスティーネは断言した。それが、誇張ではないことを。

 

「だが、その反応は………もしかして聞かされていないのか? ハイネマン氏は父君の師だったと聞いているが」

 

「え………?」

 

唯依は、言葉を失った。纏っていた緊張が霧散するほどの、それは不意打ちだった。

 

「曙計画での、祐唯氏を含む3人――――白銀影行、篁祐唯、巌谷榮二の三人で一つの班だったらしい」

 

「は………じめて、聞きました」

 

唯依は動揺を落ち着かせるように、ぎゅっと拳を握った。死角からの情報による一撃に、目眩さえ覚える。

同時に、ある疑惑が脳裏に過った。

 

(おじさまは………知っていた筈だ。なのに、私に伝えなかったのはどうして?)

 

親交が無いからか、あるいは。

考えこむ唯依を見ながら、クリスは呆れた表情で畳み掛けるように言った。

 

「奇妙な話。祖国のために良い機体を開発したいのなら、どうして計画の中枢に関わる人物の事を調べなかったのか。身近な人とは言わなくても、ちょっと調べればすぐに分かる情報だったろうに」

 

ハイネマンの経歴を調べれば、これから協力して開発していく機体の方向性や特徴もすぐに掴むことができる。

なのに、それすら調べないとはどういう事か。それが、クリスが抱いた純粋な疑問だった。

 

「まあ、原因はあの日本人嫌いの日系人にもあるんだろうけど」

 

「っ、それは………いえ、悪いのは私の方です」

 

彼の日本嫌いを加速させている。唯依はそう信じていたが、返ってきた言葉は気のないものだった。

そして、フランク・ハイネマンが提案してきた開発計画も複雑な背景があってのことだ。

唯依が無言のままでいると、クリスティーネは苦笑しながら言った。日本人らしいと言えばらしいと。

 

「自分で背負い込みたがる気性はお国柄なのか。1人で何でも背負える、なんて勘違いは毒にしかならないんだがな」

 

「………助言として受け取っておきます。それよりも、ブリッジス少尉の事をいつ知ったのですか」

 

日系人と、日本嫌い。そうまで知れ渡っているのか、と唯依は不安になる。

 

「少しでも話せば分かる。というより、わかり易すぎるな。あの少尉の直情っぷりは天然記念物として残されるべき貴重さだ」

 

天然だし、とクリスティーネはぷっと笑う。

対する唯依は、急に出てきた冗談についていけなかった。それを見たクリスティーネが、ごほんと咳をする。

 

「別に、それが悪いなんて言ってる訳じゃない。アメリカ人の事情なんてロシア人周りの苦悩よりどうでもいい」

 

「………中尉は米国の事を憎んでいるのですか?」

 

ドイツとソ連の確執は有名だが、米国にまで。そう思った唯依に、クリスティーネは否定した。

 

「個人的な感想だ。それに憎むよりは、嫌悪していると言った方が正しい。等身大の感情をぶつけるにも値しないからな」

 

虫を嫌悪する感覚に似ている。唯依はその言葉を聞いて、それはドイツの東西分裂に関することですかと言いかけて止めた。

あまりにも不躾過ぎる発言であるからだ。それに、聞く所によるとアメリカを嫌っているのはドイツ人のフォルトナー中尉1人だけではないという。

ここで問い詰めるべき話題ではない。唯依はそう判断し、戦術機開発に関連する話題を振った。

 

躊躇いながらも、先程に聞かされた内容をそのまま伝える。情報の真偽を確かめるためと、嫌悪するアメリカすらどうでもいいという言葉が引っかかったからだ。

今も彼女が視界に捉えているのは、不知火・弐型。唯依は、それが気になっていた。

 

「そんな話を、どこから………というより、誰から聞いたんだ?」

 

「う、噂で聞きました。ですが、その………衛士職がついでだというのは本当なのですか?」

 

「いや………ちょっと待ってくれ。それは誰から聞いたんだ?」

 

「その、小碓四郎という帝国こ――――陸軍の衛士ですが」

 

帝国斯衛、と言いそうになって慌てて言い直す。その唯依の答えに、クリスティーネは訝しげな表情を見せた。

だが、数秒だけ悩んだ後に唯依の問いに答えた。

 

「………ついで、というのは語弊がある。衛士がBETAと戦うのは当たり前のこと。それが義務なのは理解している」

 

――――違うのは、それ以上に戦術機を開発したいということだけ。

告げながらクリスティーネは、にっこりと笑った。

 

「戦術機を開発するという行為は好きだ。ドキドキする。私が携わったのは一部だけど、あれは良い。一つづつ問題を潰してゆくということ。複数のアイデアが奇跡的に重なった時。どうしても解決できない問題が、ふとした視点変更で片付くことがある。それを何十何百にも重ねて、最初は屑同然のスクラップだったものを一つの芸術品に仕上げていくその工程を考えるだけで――――快感すら覚える」

 

そして、唯依がその言葉を吟味する前に続けた。

 

「幸せだと思えないか? 血筋で言えば文句なしでしょう。不謹慎だろうが、状況で言えば完璧だ。人を殺すためじゃなくこの星を壊す異星の怪物を倒すために、戦士達の武器をこの手で鍛え上げる。その大義が得られているのに」

 

「………それは」

 

「良い物を作りたい。この星を救うためにだ――――燃えるだろう?」

 

強い言葉だった。唯依は聞いていない話までまくし立てられて、少し引き気味になる。だが、その言葉には不思議な魅力があった。

心ある人の言葉は力を持つという。そして唯依は、目の前の人物の言葉に嘘偽りのない想いがこめられていると感じていた。

 

バカであろうとも、一途だ。何かに向かって一直線に突き進んでいる人間だった。

 

そうした言葉につられて、唯依も自分のことを考えてみた。ユーコンに来た目的を達成した後のことをだ。

最新鋭の戦術機に乗るベテラン衛士。彼ら、あるいは彼女たちが機体の性能の高さに興奮したまま、無数のBETAを蹴散らしていく様を。

開発者としての本懐であるが――――確かに気持ちが昂揚した。興奮、と言い換えても良いぐらいに。

 

だが、唯依にはそれだけに没頭できないものがあった。

ユウヤ・ブリッジスのことだ。その開発のために、あの真摯な開発衛士に負担を強いることになっている。

あるいは犠牲になるかもしれない。唯依がそう告げると、クリスティーネは頷いた。

 

「ああ、死ぬ可能性はある。でも、それは衛士である以上は当然だろう」

 

「………開発衛士を犠牲にするのが当然だと言うのですか?」

 

「犠牲になって当然などとは思わない。どんな衛士であれ、だ。だが………篁中尉は、実戦経験があるように見える。あるのなら、思い出してみればいい」

 

戦場ってどういう所なのか。その問いかけに、唯依は虚をつかれたような気持ちになった。

 

「――――それは」

 

唯依はそうして、思い出した。戦場とは、少し気を抜けば容易く命が散ってしまう場所であることを。

そうして、クリスティーネは告げた。

 

「実戦なんだ。それもBETAが相手なら、万全な準備さえ無意味になることがある。誰だって死ぬ可能性がある。私達だって例外じゃない」

 

いくら腕があろうが、運が悪ければまとめて殺される。それが戦場の真理だった。

 

「だけど………私達が育てる機体はそういった場所に叩き込まれる切り札だ。見るものが希望を抱く、駆るものは未来の可能性を見いだせる、そういうものでなければならない」

 

「切り札………衛士の、人類の未来を切り開く存在に」

 

唯依は反芻しながら考えたが、確かにそうだと思えた。最新鋭であるからには、BETAを最も鋭く切り裂ける機体でなければならない。

それに足る機体が必要なのだ。実際に、不知火・弐型の開発がこのまま順調に進み完成すれば、戦況を打開する一手になり得るかもしれない。

唯依も、不知火・弐型にそれだけのポテンシャルがあると思っている。

 

「なら、開発者に携わる人間には相応の負担が強いられる。あ、もしかしてそのテスト・パイロットが実戦に出たくないとゴネているとか?」

 

「ち、違います! ブリッジス少尉は自分から実戦に出たいと………実戦を経験して、それを開発に活かしたいと言っています」

 

「良い、テスト・パイロットだな」

 

「はい」

 

唯依はその言葉に対し、素直に頷けた。考える前に、首を縦に振っていた。

クリスティーネは、ならばと言葉を繋げた。

 

「それなら、開発衛士を守った方が良い。死ねば人間が入れ替わり、前任者の受け継ぎの問題はどうしても発生してしまう。それに、今以上に優秀な人材が来るとも限らない」

 

「分かっています。だから………私が、できることは一つ」

 

それは、開発衛士が死なないよう様々な手を打つこと。唯依の言葉に、クリスティーネは頷いた。

 

「分かっているのなら言う必要はないな。それが立場ある人間の責任。例えどんな手を使っても、どんなものを利用しても、守りたいものを守りながら開発を進める………私もそうしている」

 

唯依は自分の都合が強すぎるその言葉を聞いて、傲慢という感想を抱いた。だが、自分を思い返してみるとすぐに口を噤んだ。

ユウヤを死なせないために電磁投射砲の試射を要請したのだ。結局の所は自分のしていることも似たようなものなのだ。

そして、私"も"という言葉に引っかかりを感じた唯依は、先にアルゴス小隊が出会ったという人員を思い出した。

 

「中尉は………いえ、ひょっとして………ヴァレンティーノ大尉も?」

 

「あとは、アーサーにフランツ。ツテをフル動員しても、私はこの開発に関わりたかった。後悔は、していない」

 

唯依はそれを聞いて、更に驚いた。

たとえフェイズ1のハイヴであっても、BETAの牙城を切り崩す偉業を成した中隊の名前は世界的にも大きい。

彼女はその中での欧州組と呼ばれる5人を全員、ガルム試験小隊に関わらせたと言っているのだ。

 

(無茶を通したのか、聞いてもらったのか………あるいは、自分の言葉で説得したのか)

 

唯依は彼らにどういった繋がりがあるのか知らない。だが、それだけのものがあるのだろうとは察することができた。

1人対4人であり、多数決であっても不利なものである。それを通したというのだから、協力する姿勢があったに違いないのだ。

ただひとつ分かることは、それを引き出したのが目の前の彼女であるということ。

 

(それでも、複数人の主張だけでは無理だ。あらゆるものを利用して、と言った。恐らくだが、相当な無茶をしたのだろう。でも、それにはリスクが生まれる。彼女だって分かっている筈だ)

 

唯依は失敗した時のことを考えた。

腕利きの衛士を引っこ抜いてテスト・パイロットにさせたということは、最前線に相当な負担を強いることになるだろう。

相応の結果を残さなければ、後の評価は目も当てられないことになる。力があろうとも無責任な衛士の立場など、地の底に落ちるだけ。

 

それを理解していないはずがない。故に彼女は、分かってやっている事になる。

無茶を通すことで背水の陣を敷いたのだ。

そして、中隊の仲間はそれを知っている。引き込んだ者たちが分かっていないはずがない。

 

彼女は、この開発に決死の覚悟で挑んでいるのだ――――無茶を聞いてくれる戦友と一緒に。

唯依の視線に、クリスティーネは笑った。

 

「死なせはしない。リーサ達は家族だ。だけど実戦なんてどこだって同じ。どんな時でも、死ぬ可能性は消えない。それを最低限防ぎつつも、自分のしたいことを――――最高の機体を作り上げる」

 

「それは………何故、そんな無茶を」

 

「自分で主導して考えた機体を………仲間と協力して、最高の機体を作る。それが私の夢だから」

 

「………夢、ですか」

 

唯依は反芻した。今まではその単語が、それを叶えるために周囲を巻き込む行為が傲岸不遜なものであると考えていた。

夢、というのは個人の我儘の類だ。その単語を言い訳に、他人を振り回すのは許されないことだと思っていた。

この時代だ、個人の事情など二の次三の次にされるのも当然である。

 

(だが、実際はどうだろうか。周囲もそれを承知した。上層部だってそうだ。仲間も、手を貸してくれている。あとは、結果を出せば誰からも文句は出ない)

 

前任の開発衛士が、別の候補となる誰かからは恨まれるかもしれない。

だが、それを跳ね除けるだけの機体を完成させればいいのだ。それで、どこからも不満を言う声は聞こえなくなる。

 

(――――全てに対して認めることができない)

 

唯依は思う。どうしたって個人の我儘の延長線上であるという考えは消えない。

だが唯依は、こうまで舞台を整えている手腕と情熱は素直に凄いと思えた。

 

そう伝えると、クリスティーネは苦笑した。

 

「凄いのは、貴方の父君だ。私がこうまでするのは、彼の過去の仕事を聞いたから」

 

「父様の………?」

 

「篁祐唯氏は正真正銘の天才だと思う。だが、それに胡座をかいて努力を怠ったのではF-15Jは完成しなかったと私は考える」

 

そしてクリスティーネは、影行から聞いた彼の尊敬する上司である篁祐唯氏の仕事に対する姿勢を聞いていた。

 

最初は曙計画だったらしい。篁祐唯は、当時のアメリカでも最高峰と呼ばれていたハイネマンが持っている知識の全てをモノにすると、寝食を忘れる程に戦術機の勉強に励んでいたこと。

影行もその姿勢に学び、色々な勉強になったこと。

 

それなりの地位に立った後も変わらなかったという。

日本に戻り本格的な開発が始まってからもそれは変わらず、死に物狂いで日々の苦難を乗り切っていたこと。

才能の有無など関係なしに、自分の持てる全てをかけて戦術機に向きあっていたという。

 

「………自分は凡才だ。かつて私は才能が無いと、それを言い訳に自分の夢を諦めていた。だが、違った」

 

「どう、違ったんですか。やはり才能があると、そう指摘されたのですか」

 

「何も言われてはいない。簡単なことに気づいただけだ。あの人も………白銀影行も、開発の才能は無かった」

 

クリスティーネは、全ての話を聞いた後に影行を見た。そして、分かったことがあった。

 

「彼には夢があった。人に語ることのできる夢が。内容は………黙秘するが、自分の命を賭けてでもという覚悟と、戦術機に対する情熱があった」

 

「夢と、情熱………それに嘘なく向き合う覚悟」

 

「そうだ。そして、影行さんは一切の言い訳をしていなかった」

 

才能の格差を知り、自分の出来る限界を思い知らされたという。

 

「ここにはそんな猛者が大勢いる………でも、中尉は少し違うな」

 

クリスティーネは観察するように見た。そして先ほどまでの会話を思い出し、言う。

 

「雑念が多いように思う。それでは、良い物は作れないぞ」

 

「………はい」

 

「そこで反論をして欲しかったんだが………まあ良い。まだ何も終わってはいない」

 

「そう………ですね。いや、今からこそが」

 

唯依はそこで先ほど告げられた言葉を思い出した。

 

――――ここからが本番だ。

実戦が始まる。その中で、機体も衛士も真価を問われる。電磁投射砲があっても、戦場に万全はありえない。

 

「それではな。煩い説教を垂れる女は先に休ませてもらうよ。柄にもなく喋りすぎて、喉が痛い」

 

「いえ………ありがとうございます。色々と、思い出すことが出来ました」

 

情熱と、雑念と、覚悟と、実戦と。全てではないが、希薄だったその単語を幾分か取り戻せたような気がする。唯依は、そう感じていた。

 

(………そうだな。この計画を守ることだけを考えていたが)

 

思えば、自分は父と同じ戦術機の開発の道を歩んでいるのだ。

そして、それが成すものが何であるのか。理解しているつもりでも実際は朧げであったことが、理屈ではなく掴めたような気がする。自分は、人類の未来のために自分の知識や能力を活かすのだ。

 

考えれば、血潮が熱くなるような感覚が。唯依は、これも篁の血なのだろうかと呟いた。

それを思い出させてくれたのは、目の前の女性だ。

 

だが一方で、唯依には腑に落ちない点があった。今の会話の内容についてだ。普通は初対面の相手に、こうまで深い所まで自分を話すことはない。大抵が一歩退いた位置での言葉の探りあいになる。

なのに、クリスティーネ・フォルトナーは途中から踏み込んだ所まで話してくれた。他国の衛士である自分の力になる方向でだ。

 

どうしてそこまで、腹を割ってこちらの良いように話してくれるのか。

唯依は問い、クリスティーネは苦笑しながら答えた。次に話せる機会があるかは分からないからと。

 

「言っただろう。次はもう実戦だ。間違いがないように祈ってはいるが、それでもな」

 

「そうですね。私も、中尉も、あらゆる人間が」

 

「そういう事だ。あとは、篁祐唯氏への感謝もこめている。こんなご時世だが、私も人間だ。恥知らずの恩知らずにだけはなりたくない」

 

「だから、軽く流さず真剣に答えてくれたのですか」

 

「私が語りたかっただけ、というのもある。こうして話して、自分で整理もついたからな」

 

「この会話も利用して、更なる糧にするつもりと………」

 

「ああ。中尉も、周りにあるもの全てを利用するといい。きっと周囲のためになると、自分の我儘を押し通せばいい」

 

「それは、やはり傲慢ではないですか?」

 

「他人の目を気にしていては良い物は作れないよ。多少の傲慢と周囲からの敵意は必要経費だ」

 

悪戯な笑みを浮かべ、クリスティーネは言う。

 

「――――私の事を知っていた、その小碓少尉とやらも利用すればいい。きっと、面白いことになる」

 

そうして、クリスティーネは去っていく。

唯依は、内容に富んだ会話に多少の疲れを覚えていた。その中でも、一際に衝撃的だったものがある。

 

「………まさか、ハイネマン氏が父様と叔父様の担当だったとは」

 

唯依は曙計画が日本人の技術者が米国の戦術機開発技術を学ぶために行われたものだと知っている。

班に分かれてそれぞれの担当に教えを乞うたことも。だが、祐唯や榮二の担当がハイネマンだとは聞かされていなかった。

 

(顔見知りで………ブリッジス少尉もハイネマン氏が指名したと聞いている。ならば疑惑とは、技術流出に関するものか?)

 

全員が顔見知りな状態で、軍事機密である新兵器の運用を国外で行おうとしている。

客観的に見ればの話だが、確かに疑惑を抱かれる要因にはなっていると想われた。

 

(小碓四郎………風守武を利用する、か。確かに、それも現状を整理する一手にはなりそうだ)

 

断るならばそれでやりようはあると。唯依は、先のプランを練るために自室に向けての帰路を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――翌日。

 

カムチャツキー基地に来ている試験小隊の全ては、ブリーフィングルームに集められていた。

 

ユウヤ達アルゴス試験小隊、ソ連のイーダル試験小隊、欧州連合のガルム試験小隊に、統一中華戦線のバオフェン試験小隊。

 

各国でも屈指の腕を持つ彼らに、エヴェンスク・ハイヴの南南西とオホーツク沿岸部にあるBETA群のことが説明される。

24時間~72時間以内に、海底に居る大規模BETA群が押し出される形でティギリ沿岸部へ上陸するという。

それは間引きでの対処は不可能な程の規模で、大規模侵攻の予兆だった。

 

作戦の内容が全て説明されて、各々が戦闘の準備を始めていく。

その裏で武は、イブラヒム・ドーゥルと言葉を交わしていた。

 

「随分とお早いお戻りだな、小碓少尉」

 

「はい。ですが、自分は階級も下っ端のペーペーであります。敬語は必要ないと思うんですが」

 

「階級は下かもしれないな。だが、どこの世界に普段と変わらない様子でここに立つ事ができる者が居ると?」

 

「あー………何のことやら」

 

とぼけ方が下手だ。武は自分で分かっていながらも、それ以上取り繕うことをやめた。

イブラヒムの強い視線にさえ、真っ向から見返すことができる。それは、自称のペーペーから程遠い姿だった。

 

イブラヒムは、それを見て小さなため息をついた。

 

「………身体に染み付いた習慣は誤魔化せない。ジアコーザ達でさえ多少の緊張はあると言うのにな」

 

ぽつり、ぽつりと語る。

 

「あいつらも、10を越える戦場を経験している。だが奴らでも最前線においては、僅かにだが緊張を見せるものだ」

 

気を引き締めるという意味で、それは正しい。そう前置いて、ドーゥルは告げた。

 

「だが………時に何の変化も見られない者が居る。例えば、目の前の自称新任少尉のようにな」

 

「いや、俺も多少の緊張はしていますよ。不安に思ったりもしますし」

 

「ああ、そう見えるな――――見せているといった方が正しい表現に思えるがな」

 

緊張を演じているのだろう。イブラヒムの言葉に、武は沈黙を貫いた。

 

肯定の意志を感じ取り、更にため息を一つ。イブラヒムは目の前の衛士が少なくとも20以上の実戦を超えたのだろうと察し、その一筋縄ではいかない相手に殺気を以って告げた。

 

 

「――――貴様の目的が何であるのかは知らん。興味もない。だが私は、必要であれば背後からでも貴様を撃つ用意がある」

 

 

それは忠告であり、脅しであり、別種の懇願だった。

 

武は無言で、敬礼を返した。

 

すれ違い、遠ざかっていくイブラヒムの足音に向けて呟く。

 

 

「こちらも、撃たれるつもりはありませんよ。ここからが正念場だ」

 

 

開発衛士達は実戦に向けて、勘を取り戻そうとしている。

 

実戦経験の無い新兵は初めて知る基地の空気とそこに集まる人の事情に馴染めないでいる。

 

そうした個人の事情に関係なく、その時は来るのだ。

 

 

 

 

 

――――そうして翌日には、レーダーに赤のマークが記録され。

 

 

 

 

試験小隊を含む基地の人員全ての耳に、出撃のサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 


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