Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
推奨のBGMは『変わらないもの/奥華子』か、『ガーネット/奥華子』。
あるいは、『いつも何度でも/木村弓』でよろ。
ではでは。
あと急いで書いて見直す時間もなかったので、
誤字は自己変換でよろしくお願いしますm(__)m
「たっけるちゃ~ん!!」
「ぐえっ!」
目覚めは腹部にのしかかる強烈な重みと共にだった。見上げれば、赤い髪の幼馴染の笑顔が見える。
「いつまで寝てんのさ~! 早く起きて朝ごはん食べないと、おばさんの雷が落ちるよ?」
「お………おう」
時計を見れば、確かに拙い時間だった。慌てて起きて、壁にかけてある制服を手に取る。
「ちょっ、いきなり脱ぐなんて何考えて………ああもう、下に行ってるからね!」
「あ、ああ」
戸惑いながらも頷く。急いで着替えて下に降りると、テーブルの上に朝食が用意されていた。
白い御飯に目玉焼きにサラダに味噌汁。横にはいつもどおりの、醤油が置かれていた。
「あ、やっと起きた。まったくあんたって子は、純夏ちゃんやサーシャちゃんが居なかったら1人で起きられな………どうしたの変な顔して」
目線はやや下方向。自分より背の低いその女性は、腰に手をあてて怒っていた。
黙り込んだ俺を、不思議そうな表情で見ている。
「あー…………その、母さん?」
「なに? ってどうしたのそんな顔して」
「いや、母さんだよな」
どうしてか、訊きたくなったのだ。だが返ってきたのは、呆れた声だけだった。
「いいから、早く食べないと片付かないから………っと、おはよう貴方」
「ああ、おはよう母さん」
横を見ると親父が居た。起きたてで顔も洗っていないせいだろう、なんとも締まりのない表情をしている。
「って、いつまでも純夏ちゃん達を待たせてるんじゃないの。さっさと食べなさい」
「あ、うん………」
椅子に座って、朝食に向き合う。わずかながらに湯気の立つ炊きたての白ご飯に、少し濃い味の味噌汁。
そして、形の崩れた目玉焼き。
「って半熟過ぎんだろこれ! またタイミング間違ったのかよ………ってぇ!」
文句を言った自分に返ってきたのは、ちょっと怒った母の一撃だった。
親父の新聞紙を捲る音に、テレビのニュースをBGMとして半熟過ぎる目玉焼きを食べる。
もちろん、歯磨きは忘れない。用意していた鞄は、想像以上に重たかった。
「じゃあ………行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
「遅刻するんじゃないよー」
声に返ってきたのは、軽くなんでもない送り出しの言葉だった。
「おはよう、ってどうしたのタケル」
「いや………おはよう、サーシャ?」
目の前には、銀髪の少女の姿が。制服を着て、いつもの不機嫌そうな表情を浮かべている。
「………一足す一は?」
「それが分からないのはタケルぐらいだと思う」
「わーいつものサーシャだー」
返ってきたのは辛辣な答えだった。
――――いつかの、いつもの、辛辣な言葉だった。
「………あとは、ターラー教官?」
向かいの家の門の前には、見覚えのある人達が居た。一つ年上のサーシャ・クズネツォワ、入り口には最近になってこちらに引っ越してきた夫婦の姿が見える。
「教官はよせ。もう数年前の話だろう」
苦笑しながらのハスキーボイスに、なぜだか泣きそうになる。そういえば自分は、なぜこの人を教官と呼んでいるんだっけか。
「…………お前が頼んだんだろう? 特殊戦技競走会の国際競技会に勝ち抜く力が欲しいと」
「え、ああ。そうでしたっけ」
ちなみに特殊戦技競技会の通称を、バルジャーノン・クロスプレイスというらしい。
今では世界的にメジャー過ぎる競技になったので、正式名称を知る者は少ないとか。
「訓練初日に厳しさのあまり痙攣した時にはどうしようかと思ったが」
「はははは。記憶に残ってない理由が分かりました。脳が拒否したんですね。でも、ということは………ラーマ隊長は?」
「あの人ならまだ寝ている。全く、いくつになっても朝にはよわ、っなんだその顔は」
「い、いえ。オレなんか、変な顔でもしてましたか?」
「ニタニタとしてたぞ。少しだが気持ちわるかった」
「お母さんの言うとおり。いつもの締まりない顔よりはマシだったけど」
「言い過ぎだよ! せめていつものアホっぽいっていうか抜けたチョップ君そのものだって言った方が………いたっ」
失礼極まる発言をした純夏に、チョップを。するとサーシャが、あっと言って学校のある方角を見た。
「と、もうそういう事を話してる時間はなくなった。タケル、手を貸して」
「あー!」
差し伸べられる手に、純夏の煩い声。どういう反応をすべきか迷っていたが、そこに声がかけられた。
「走らなきゃ間に合わない! いいから、駆け足!」
「ぜはー、ぜはー、ぜはー」
息切れっていうレベルじゃない吐息が口から出てくる。隣の純夏の口からは、魂が出ようとしていた。
「もう、タケルが遅いせいだよ」
「おっ、やっと来たな」
「………良樹、か?」
「他の誰に見えんだよ」
白陵柊の制服を着ているのに違和感を覚える。だけどまあいいかと、あたりを見回した。
なーんか知った顔が多いような。
「どうしたんだよ。両手に花じゃ満足できないってのか?」
「彼女探してる訳じゃねえよ。っと、ちょっと気になったんだけどよ。なんかこの学校って、外国人多くないか?」
登校途中に見た光景だった。ここ白陵柊高校に、ここまで外国人の留学生が居ただろうか。
尋ねた所で返ってきたのは、頭大丈夫かコイツ的な冷たい視線だった。
「世界初の国際高校だから当たり前だろ。っていうか………タケルお前、その外国人に昨日にノート借りただろ」
「え?」
「3ーN組のバドル先輩から。ってそれだよ、それ。ホームルームまでに返して欲しいって伝言を承ってるんだけどよ」
良樹の指差す先。そこには確かに、マハディオ・バドルの名前が書かれたノートがあった。
「って、やべえ!」
「急げよー。あと、昼休みにはいつもの場所で対抗戦なー」
「お、おうよ!」
いつもの場所というのが分からないが、取り敢えず頷いて教室の外へと走りだした。
そのまま階段を降りて、上級生が居る階の廊下を歩く。聞こえるのはがやがやという何でもない喧騒だ。
時折、ふざけた誰かだろう突拍子のない奇声が聞こえてきたりする。言葉として、単語として聞き取れる訳ではない。
ただの何でもない雑踏のそれである。
「受験へのプレッシャーのせいかな………ってーかなんだろな、この感覚は」
おかしい所はどこにもないのに、どうしてかおかしいと感じてしまう。具体的に何がと言われても困るのだが、とにかく違和感を覚えるのだ。
混じってくる声に悲痛の色が含まれていないのも。ある意味で含まれてはいるのだが、重さを感じないそれも。
考えている内に、目的地に辿り着いた。教室の扉の上には、『3-N』の表記とNの後に付け足された文字がある。
どうやらそれはネパールと呼ぶらしい。適当だなーとか、深く考えては負けだと思いながらも取り敢えず入ることにした。
「ちわーっす。マハ………はまずいが。バドル先輩いますか?」
「居るよ! ていうか遅すぎだろお前!」
怒るマハディオに、俺が借りていたノートを手渡す。その隣に居た二人は、おっとこっちに近寄ってきた。
「もう始業時間なのに大丈夫か? まああの担任なら何とか誤魔化せそうだけどよ」
「それでも遅刻はいかんだろ。ターラーきょ………クリシュナ夫人に聞かれたらどやされるぞ」
拳骨のいちダースは覚悟するんだな。そう言って来た二人の顔には、また見覚えがあった。
「………ラムナーヤに、ビルヴァール?」
「なんだ改まって。ていうか学校では先輩と呼べって」
「そうそう。いくらチームの先輩だってもよ」
笑いながらも、内心ではどうでも良いと思っているようだ。いや、それよりも何故ここにこいつらが。
違和感を覚える、だがおかしくはないのだ。何も、決して、おかしくはない。
「あー………すみません。バドル先輩も」
「敬語まではいらんよ。お前の敬語を聞くと鳥肌が立つしな。それよりも来週の予定は開けておいてくれたか」
「え、来週?」
「約束しただろ。妹とプルティウィがお前にバルジャーノンの操縦を教えて欲しいって」
「――――妹?」
「おう、俺の自慢の妹だぜ」
親指を立てて自慢げに。成績も小学校の中ではトップクラスらしい。そうして威張るマハディオの頭を、赤い髪の誰かが小突いた。
「教室でシスコン宣言するんじゃないって。恥ずかしいでしょ」
「っつー………何すんだよガネーシャ」
「いやー今のはお前が悪いな」
「いくら妹が年頃だからって、彼女の前で別の女至高宣言とか許されざるよな? あと裏切り者は取り敢えず爆発しとけ」
文句を言い合う二人に、煽る二人。俺はそれをじっと見たまま、何を言うべきか考えていた。
どの言葉が相応しいのか。唇は震えていた。それでも結論が出る前に、口は動いていた。
「マハディオ。妹さんは、好きか?」
「当たり前だろ。プルティウィと一緒にはしゃいでる所なんか芸術品に近いね。つまりは楽園、パラダイス銀河で俺幸せって奴だ」
「出たー! マハディオのアホ極まる三段論法だー!」
「合コンでもセッティングしなきゃ無理かぁ………」
ラムナーヤが茶化し、ビルヴァールが凹んでいる。マハディオはこの上ない笑顔で、今の発言を否定するつもりは無いらしい。
近所に住んでいるプルティウィという同年代の女の子も、妹に似ているという。幸せが増えたと間の抜けた顔でまた笑う。
それを聞いて、なぜだか分からない。分からないが、胸にこみ上げてくるものがあった。
「分かった、来週は空けとく。でも伝えといてくれよ、俺の訓練は温くないぞって」
「ああ、ありがとうな。でも妹に手ぇ出したらいかにお前とはいえ………ってえ!」
ついに拳骨が入った。その隣で、呆れているラムナーヤとビルヴァールはそれを日常の風景であると、苦笑したまま。
最後に去っていく前に、言った。
「――――二人とも、またな」
「ん、当たり前だろ? 放課後のゲーセンで遭うんだから」
「逃げるなよ。今日こそは一勝を奪ってやるからな」
「はは、分かったよ」
それだけしか言えない。足は駆けて、留まることを許さない。遠ざかっていく声は、楽しみに満ちていた。
――――授業が始まった。だけど耳には入ってこない。
冬休みが終わったばかりだからだろう。よく見れば俺と同じように授業に集中しきれていない奴らも居るし、うつ伏せになって豪快に居眠りしている奴もいた。
かくいう俺も限界に近い。窓際の席で陽当りが良好過ぎるのが悪いのだ。
窓の外を見ればアルシンハ教諭がへばっている男子の頭を、情けないと言いながら竹刀で小突いていた。
体育館からは、ボールを床についている音が聞こえてくる。
「くあっ」
たまらずあくびが溢れる。寝ては駄目だと分かってはいるものの、身体は完全に居眠りモードに入っているようだ。
気づけば視界は暗く。直後に、固いものが頭に当たる感触がした。
「やばっ」
「もう遅い。廊下に立っとれ、白銀」
怒りの表情を浮かべる保健体育の教諭、バル先生は人を殺せそうな表情で廊下の方を指さした。
視界の端に、特待生であるタリサ・マナンダルのざまあという顔が見えた。だけどその直後、いらん事を言うなとバル先生の持っていたボードがタリサの頭を直撃した。
やがて授業は終わり、チャイムが鳴る。どうやら昼休みになったらしい。
喧騒の声は相変わらずで、どこで食べようかという声や、弁当を忘れたという悲鳴が聞こえてくる。
ていうか俺もだ。急いで出てきたせいか、弁当を家に忘れてきたようだ。
「あちゃー。タケルちゃんってば、またやっちゃったね」
「光おばさんにまた怒られるね。もったいないって。でも私にいい考えがある」
そこでサーシャが取り出したのは、大きめの弁当だった。
「こんなこともあろうかと用意しておいた。一緒に屋上で食べよ、タケル」
「さ、サーシャちゃん抜け駆けー!? で、でも私も作ってきたもんね! タケルちゃん、一緒に中庭に行こ!」
「いや………流石に俺は分身できんから、どっちかになるんだが――――ひいっ!?」
見れば二人は◯E◯Aも真っ青なオーラをまき散らしていた。見交わす視線の中央に輝いている火花ははたして錯覚か否か。
そうしていると、隣から聞こえてきた。
「武様………こちらに」
静かに、だけど力強く。問答無用とばかりに引っ張られた俺は、されるがままに学校の中の一室に連れ込まれた。
そこには既に用意されていた豪勢な弁当が。進められるままに椅子に座ると、箸に掴まれた食べ物が俺の前に。
「はい、あ~ん」
「いや、あ~んじゃないでしょ――――えっと、殿下?」
「ふふ、わたくしは殿下じゃありませんよ?」
悪戯な表情で笑うのは、煌武院悠陽。確か、理由も不明だが自分を気にかけてくれている同じクラスの女生徒だ。
双子の妹は今、武者修行に出ているらしい。
「ていうかあの二人を放置したままってのは相当やばいんだけど」
「あら、いいじゃありませんか。お二人はいつも武様の隣に居ることができるんですから」
今日だけの役得です、と綺麗な笑顔。可憐という言葉が相応しいが、その後には何がしかの諺が付くような気がする。
それでも有無を言わさずの押しが強い攻勢には敵わず、言われるがままに弁当を食べさせられてしまった。
二人で、どこからか入れられた食後の緑茶を飲む。
「………ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
落ち着いた時間が流れていく。そういえばと、気になる事があった。
どうして自分は殿下にこういった態度で接されているのだろう。とんと身に覚えがなく、あったとしても異常であると思えた。
「あら、おかしな事ではありませんよ。其方は日本バルジャーノン競技の代表者ですから」
今や世界的に超有名になったゲーム、バルジャーノン。
3Dのフィールドでロボットを操って戦闘を行うものだが、今ではそれによって様々な事が解決されているらしい。
世界大会だけは唯一、ゲーム空間内ではなく自国の技術力を注ぎ込まれて出来上がった実機によって行われる。
それによって勝利を得られた国は、敗戦国に何がしかの要求を通すことができるという。
国内最高峰のバルジャーノンプレイヤーに五摂家という組織があるらしいが、自分はそのチーム以外唯一、世界に通用するプレイヤーとして認められているとか。
「はあ………そうですか。何かピンとこないですけどね」
「恭子様を秒殺しておいて、何をおっしゃいますやら………そういえばその件で、斑鳩公と九條公、斉御司公より伝言がありました」
悠陽から手紙が渡される。それを慎重に開けて――――どうしてか罠が仕掛けられているかもしれないと思って――――だが、特に問題なく開封できた。
否、大問題となるものは中身の文にあったのだ。その手紙には、こう書かれていた。
"崇宰恭子がやられたようだが、彼奴など我ら五摂家の中で最弱も最弱"
"一般人に負けるなど我ら五摂家の面汚しよ。ということで一つ、私達と腕試しなどどうだ"
"↑のアホ共の発言は忘れろ。いや忘れて下さいお願いします"
「…………」
そっと手紙を閉じて、何も見なかったことにした。最後の発言を書き込んださの人の胃痛に免じて、記憶から抹消することにした。
「ふふ、なんと書かれていたのですか?」
「真面目な人はバカを見る、という教訓が書かれた手本であります」
何故か敬語になってしまう。遠い地で1人、荒唐無稽な行動を好む二人のフォローに走る高貴な方々の胃壁の無事を祈った。
「でも、お時間はよろしいのですか?」
悠陽の視線の先には、グラウンドでサッカーをする男子生徒の姿があった。その中に1人やけに動きが良いチビが居る。
「って、あれがなにか?」
「今日の昼休みには男子のサッカー勝負に参加すると聞かされた覚えがあります」
「あっと………そうだったか?」
「ええ。それとも………」
意味ありげな笑みと共に、気づけば悠陽はすぐ横に居た。鼓動が感じられそうな至近距離から、こっちの顔を覗きこんでくる。
今日は二人っきりで、と手をのばそうと。そこに、声が割り込んできた。
「ちょ、タケルちゃん!? こんな所で煌武院さんと二人っきりでなにやってるの!」
「私達を放って逃げるどころか密会………敗北主義者どころか、売国行為。これはタリサと同じに、蟹挟みの刑が妥当」
ネパールからの特待生たるタリサは、哀れサーシャの関節技の餌食になってしまったようだ。
そういえば開かれた扉の向こうに、見覚えのある後頭部が床に寝転がっていた。それどころか緑色の長い髪を持つ誰かも。
「ちょ、ちょっと待て! いいから話せば分か………っ!?」
制止するも、声は届かなかったようだ。目の前には左手を腰だめに構える純夏の姿があった。
「ドリル、ミルキィ――――ファントムぅぅっっ!」
「エア、バーーーーーーーーーーーーーーっク!」
落下地点で待ち構えていたサーシャに、打撃で関節を外された。
とても痛かった。
「って遅いぞたけ…………なんでそんなにボロボロになってんだ」
「まーたいらん事言ったんだろ。それよりも早く用意しろって!」
「分かったよ――――アショーク」
靴紐をチェックすればそれで準備OKだ。目の前には、紅白戦の相手がにやにやと笑いながらこちらを見ていた。
「悪いな、タケル。遅刻している間にリードを広げさせてもらったぜ」
「俺は止めたんだがチビは姑息にならないと呼吸さえできないらしい。許せよ」
――――喧嘩が始まった。いつもどおりの仲が悪い、アーサーとフランツの二人だ。
そういえば去年あたりに夕呼先生が冗談で言っていたような気がする。
この二人が仲良くなる事は宇宙人が攻めてくるのと同じぐらいあり得ないって。
だが、これはチャンスでもある。
途中からなのでこっちのスローインから。アショーク達にサインを送って、二人がもみ合っている内に試合を再開させた。
「ちょ、汚えぞ!」
「ハンデぐらいくれってアーサー!」
なにせこのちびっ子のイギリス人は日本のプロリーグからスカウトが来ているぐらいである。
まともにやって勝てるはずがないのだ。
「戦術に卑怯という言葉は存在しない!」
「タケルが良いこと言った! この隙に絶対、一点取り返すぞ!」
――――そうして最初のシュートは決めたものの、すぐに取り返されて。紅白戦は、結局こちらのボロ負けで終わってしまった。
「あー、やっぱ負けたか―」
「樹さんが居ればまだ分からなかったけどな。でもなんで今日休んでるんだっけか」
「公演があるからだよ。兄貴も、女形としてかなり名前が売れてきたからな………」
「なんだ、嬉しくなさそうだな」
「分からなくなるからだよ! 果たしてあの人は兄貴なのか姉貴なのか」
「間を取ってネカマで良いんじゃね?」
「ぜんっぜん違うだろ」
馬鹿話をしながら、気づけば昼休みは終わって。そして、昼の一時間目が終わってすぐに、学校は終わった。
やけに聞き覚えのある渋い声――――純夏とサーシャ曰くパウル・ラダビノット校長が――――本日は特別に早く終ると告げたのだ。
理由は、一時間後にバルジャーノン全国大会の予選が始まるから。
なので俺とサーシャは現地に早く行け、と言われた。
「えっ、俺?」
「他に誰が居るの。ほら早く、自転車も借りたから」
サーシャに押されるがまま、あれよあれよという内に校門へ。純夏達は後で応援に来ると言って、姿を見せなかった。
何が何やら分からないが、これに遅刻するのが非常に拙い事態を招くということだけは分かっている。
「ん」
「ってなんで後ろに座る」
「いいから。白銀武号、出発しんこー」
「いや、そんな名前ねえから」
ふと見下ろすと、ハンドルの横に『しらぬい』とか書かれていた。色は青いが、これは何のカラーだろう。
「細かいことは後にして。ほら、こっちは準備オッケー」
サーシャはそう言いながら、背中に抱きついてくる。
「あー………ったく、しょうがねえな」
時間も無いらしいし。決して背中に当たる感触に満足したからではない。
「しっかり掴まっとけよ!」
立ちこぎで加速しながら進む。少し進めば白陵柊名物の、桜並木がある下り坂だ。
「っしゃあ!」
「れっつごー!」
明るい声を背中に、俺達は桃色の花びらに包まれた道を風のように駆けていった。
ゲーセンの規模が10倍になっていた。ゲーセンの規模が10倍になっていた。
大事なことなので二回言いました。ていうか、スカウトマンらしきむさ苦しい男共がいっぱい。
その中に見覚えのある自称サラリーマンの姿も。
「さあ、あと10分で始まります………その前に両チームの紹介を」
やけに豪華になったゲームセンター、その上に設置された大きなモニターに相手チームの映像が映った。
「まず、Aチーム。こちらは統一中華戦線出身者で固められた、地元でも有名なチームです」
隊長は、葉玉玲。副隊長が崔亦菲。その他二人は、王紅葉に王白蓮と出ている。
「隊長の葉玉玲選手は世界的に有名なチーム『クラッカーズ』のメンバーでもありますねラーマさん」
「ええ。私も、あそこまでオールラウンダーという言葉が似合う選手は見たことがありません」
得意とする距離:ぜんぶ、とかふざけた事が書かれている。だが、それは決して間違いではないように思えた。
「副隊長の崔亦菲さんも、苛烈な攻撃技術で知られる有名なプレイヤーですね」
「近接戦闘限定で言えば、今回の大会でも5本の指に入るんじゃないでしょうか。その点、射撃がやや苦手のようですね」
「あとは王紅葉に、王白蓮。兄妹での参加は………」
次々に選手が紹介されていく。俺はどこか他人事になりながら、横にある観客席に視線を向ける。
そこには、親父と母さんの姿があった。こっちが見ている事に気づいたのだろう、笑いながら手を振ってくる。
その隣にはターラー教官が。こっちはサーシャに対して手を振っていた。サーシャは気付き、恥ずかしそうにしている。
「では、次のチーム。こちらはチーム・五摂家を輩出した有名校からの参加です」
「国立斯衛学院、ですか。学力も高い、文武両道で知られている強豪校ですね」
メンバーは篁、山城、甲斐、石見。観客席にはその友達らしい眼鏡をかけた女の子が、彼氏らしき男と一緒に応援の声を送っていた。
どう見ても年下に見える。
ていうかそもそも、参加チームがどうやって選ばれているかも分からない。でも細かいことは気にしたら負けだと、そう考えている内にこちらのチーム紹介が始まった。
「最後のチームです。まずは真壁介六郎選手。こちらもオールラウンダーで、斯衛学院でも有数の選手であるとか」
「自分としては愛犬家としての印象が強いですね。大型犬を語らせたら、彼の右に出るものはいないでしょう」
「いや、なんの話ですか」
実況のツッコミに、会場が笑いの渦に包まれた。サーシャはまた恥ずかしそうに、もうお父さんたらと顔を赤らめている。
「ていうかこっちだったんですね」
「崇継様の命令だ………仕方あるまい」
「ちなみにその山葵は何ですか?」
「完全勝利なら、どのような望みも叶えると言われているのでな」
ふふふ、と暗い笑みを浮かべる介六郎さん。それを誰のどこに突っ込むのかは、聞かないことにした。
「次に、鹿島弥勒選手。近接格闘戦、特に長刀を使っての戦闘に定評のある選手ですね」
「ある程度の違いはあっても、やはり元の技術が大切になりますからね。課題は中距離戦における機動戦術ですか」
あとはサーシャ、俺と紹介がなされる。俺達はクラッカーズの所属ということで、歓声も大きかった。
そして試合が始まり――――気づけば終わっていた。
結果は、こちらの勝利。弥勒だけが撃墜されたものの、あとの3人は制限時間まで生存することができた。
他のチームは、1人を残して全滅だ。完勝ではないが、まずまずの成果だと言えた。
試合の後はティータイム。いやなんでだ、とサーシャにツッコんだがバルジャーノン大会においては常識らしい。
戦闘中はどんな挑発でも許されるが、試合が終わったら遺恨は捨て去る。それが礼儀らしい。
「いや礼儀語るなら、そもそも罵倒するなよ」
「でもタケルも言ってたでしょ」
「いやあ、つい。なんか面白いように引っかかるもんだから」
特に崔亦菲と斯衛チームの主力二人とか。
「ちょっと、聞こえてるわよアンタ! さっきはよくも赤韮とか言ってくれたわね!」
「亦菲、落ち着いて。それに挑発に乗った貴方も悪い」
今後の課題が分かったから、と玉玲が宥めている。殴られると思っていたから、ちょっと安心だ。
座って鎮静作用があるというお茶を飲む。かなりいい茶葉を使っているそうだ。
それを話す切っ掛けとして、斯衛学院の4人と会話を進めていく。
彼女達は今回が初参加らしい。だけど何も出来なかったと落ち込んでいる。
「まあまあ。大会は来年も再来年もあるそうだし」
「………私達を沈めた貴方がそれをいいますの?」
口を尖らせているのは、副隊長である山城上総さんだ。他の3人と同じく良いトコのお嬢さんで、話し言葉がいかにも“らしい”。
「勝負は時の運だって。それより観客席にいた眼鏡の子って、友達?」
「ああ、和泉だね。あの子は友達なんかじゃない、裏切り者さ」
「もう安芸ったら。素直に祝福してあげれば良いじゃない」
「そうよ。私達に黙っていた理由も、納得のできるものだったし」
フォローをする甲斐さんと篁さん。だけど石見さんは納得が出来ないらしく、二人の胸元を凝視していた。
「これが持てる者の余裕、か」
ふっと笑うその声にすら哀愁が漂っていた。確かにふたりとも、高校1年生とは思えないほどに胸が大きいけど。
「あーもう、出会いが欲しいー。私もかっこいい彼氏とジュースを回し飲みしてその行為を青春とか呼びたいー」
「あなたの青春行為の上限がそれですの………?」
呆れたように、山城さん。向こうでは統一戦線チームの双子が、石見さんの言うように一つのジュースを回し飲みしていた。
いやいやあの兄妹仲が良すぎだろ。
「でも、斯衛学院は名門だって聞いたぜ? 三年間もあるんなら出会いの1つや2つぐらいあるだろ」
「うん、そうかもねー。繰り上がりで大学にも行けるし………就職に有利だからって、モテないかな」
「俗っぽいわよ安芸」
「志摩子の言うとおりね。そもそも、男女同士の交際とは清く正しく美しく――――」
何かスイッチが入ったのか、篁さんは交換日記とか言い始めた。
対する他の3人はそれを聞いてまたか、と苦笑していたが直後に何かを企んでいる表情になった。
そして話が途切れると、甲斐さんが絶妙のタイミングで割り込んだ。
「でもさあ。唯依もそういう事に興味あるでしょ?」
「そうそう。それに私知ってるもんねー、この間料理特集の本見てたの。お題は『肉じゃがで男の心を煮込み落とそう!』だったよね?」
「でも、唯依ってば野暮ったい服しか持ってないもんね。あ、そういえば新春のセールが始まってたし」
「明日は気晴らしに唯依の服でも選びに行こうか」
あれよあれよと篁さんの包囲網が縮まっていく。どうやら彼女は弄くられる立場にあるらしい。
頬を赤くして慌ててる姿は、どこぞの帰化したソ連人にはない、純粋な可憐さがあった。
「あ、こうなったのも縁ですし白銀選手も行きません? バルジャーノンの話も落ち着いた場所でじっくりと訊きたくて」
「え、俺? でも男が1人入ったらむしろ邪魔になるんじゃあ………ってぇ!」
拳骨を受けたかのような衝撃。見上げれば、サーシャが怒り心頭ですと視線だけで語っていた。
「いつまでも女の子とイチャツイてないで。全く………ちょっと目を離すとこれなんだから」
「いちゃつくって、話してただけだろ」
「それが問題なの。それより、ちょっとまずいかも」
サーシャが言うに、鞄の中に宿題が入っていないという。バル先生に出された課題だが、どうやら教室に忘れてきたようだ。
「あー………でも最後まで残ってたら学校閉まっちまうよな」
それでも、バルジャーノンの大会を途中で抜けることはできない。そう考えていたのだが、どうやら可能らしい。
大会側から提案があったそうな。ちょっと1人だけレベルが高すぎるので、次の試合は俺抜きでやってくれないかと。
代わりには、黛英太郎選手が入ってくれるとか。と言ってる内に、本人がやってきた。
「タッチ交代だ。悪いな、白銀」
「いいですよ。それよりも――――」
観客席を見ると、目立つアルビノの。無表情ながらも、一生懸命に黛の方を見ている女性の姿があった。
「あ、小川先輩だ。ってもしかして黛選手の彼女とか?」
石見さんの言葉に、黛選手がぽりぽりとほっぺたをかいた。
「あーまあ………そんなもんだな」
恥ずかしいのか、顔がやや赤い。この反応に慣れていない感じは、付き合ってまだ時間が経っていない証拠らしい。
いや俺じゃなくて、サーシャが言っていたんだけど。
「後は任せます。頼みました。彼女さんに格好良い姿を見せてあげてください」
「おう、ありがとよ。今度なにか奢るぜ」
期待してますと告げながら、俺は試合会場を後にした。
自転車で街の中を走る。駅前に続く道は人が多く、買い物の袋を持った主婦が多く見える。
遠くに見える駅前は、学校帰りの学生やサラリーマンでごった返している。
それを横目に、白陵柊学園への上り坂を。桜並木を登り切って、学校の中に入ると部活動をしている生徒たちの音が聞こえた。
1人、ゆっくりと学校の敷地内を歩く。
グラウンドからは打撃音が。金属バットの甲高い音と、グラブにボールが入る音が微かに聞こえてくる。
サッカーボールがフェンスに激突する音も。気合を入れるための掛け声は、クラブによって様々だ。ラクロス部の掛け声は少し癖があって面白い。
二階からは吹奏楽の管楽器の音が。練習をしているからだろう、どこか辿々しく洗練されていない単音が聞こえてきた。
一昨年ぐらいに出来た大きな水泳場からは、ホイッスルの音が聞こえてくる。スタートの合図であり、少しではあるがプールが持つ独特の匂いが漂っている。
「………平和だな」
目に見えるのは優しい光景ばかりだった。目をそらしたいものなど、ここには無い。
耳に入ってくる音に、危険を感じるものはない。ナニかが攻めてくる事を示す地響きなど、少しも聞こえてこない。
鼻の中に香るのは、土と緑の落ち着いた自然物で。硝煙やウラン弾のあの独特な臭いはしない。
時折吹いてくる風は、全身を優しく包む程度であり、間違っても吹き飛ばされるほど強くはない。
自動販売機で買った飲み物は美味しく、得体の知れない味ではない。そうして歩いた先には、見慣れた顔があった。
「あ、タケルちゃんだ」
「………純夏か」
先ほどまで会場に居たように思う。なのにどうやってここへ、といった問いに意味はない。
何もかもがいい加減で、自分を含む全てに都合よく。それが、今日のルールなのだ。
気づけば、サーシャも隣にいた。その横には、霞を連れていた。
「ちょっと、歩くか」
足は自然と校門の方へと動いていた。白陵柊の門の前は下り坂で、だからこそ見晴らしがよくて街が一望できる。
桜並木の向こう、遠くには廃墟ではない町並みを見ることができた。
見上げれば、雲を軌跡に描いて空を飛ぶ飛行機があった。
――――そこで、これが夢だと気づいた。本当はもうとっくに、気づいていたけど。
それでも、これが真実だと思っていたかった。
人間同士でさえ争わない、平和な世の中。殺すも殺されるも必要ない、優しい世界。
「………いや」
これは、夢だ。だけど――――嘘じゃない、別の意味での夢にしてもいいのだ。
「良い、天気だな」
まるで嘘みたいだ、と。その言葉に、答えは返ってこなかった。あるのは、頷いている気配と笑顔だけ。
だけど今は、それで良いと思った。ここから先は、目が覚めてから見てやるから。
そう思ったら、急激に視界がぼやけていった。
その中で俺は、鮮やかな蒼空に引かれた一本の白いラインを
蒼の世界を一直線に切り裂いている綺麗なシュプールに手を伸ばした。
――――目覚めと共に、警報が聞こえる。寝ぼけたのか、手を天井に伸ばして。
警報の種類は、コード991。横を見れば、4月1日を示しているカレンダーがあった。
「エイプリルフール、ってか」
世間一般には、嘘をついても良い日とされている。となるならば先ほどに見た夢は、どこかの悪戯な神様とやらが見せた光景なのかもしれない。
あれは嘘そのものだ。あんな光景など、この地球上のどこにもありはしない。
「でも、なあ………騙されるバカが1人ぐらい居てもいいだろ?」
フールは愚者で、つまりは俺にぴったりな言葉だ。純夏からもサーシャからもよく馬鹿と言われていた。
だから、馬鹿な俺は信じたいと思う。信じてもいいはずだ。信じたいと言っても、どこからも文句は出ないだろう。
今は自分の記憶が見せた幻覚であり、本当の存在ではなくても良い。だけど、あれが嘘だなんて認めてはやらない。
200年くらいはかかるだろう。だけど、いつか目指すものに。幻想ではなく、起きたまま見る夢に。
そしてBETAが迫っているのならば、自分がやることは一つだ。
仙台には純夏とサーシャが居るのだから。
「――――行くか」
まだ会える人、もう逢えない人。夢幻の中で見た大切な人達の笑顔を、思い浮かべたまま。
俺は夢を真実に変えるための一歩を、前に踏み出した。
あとがき
ということで、特別短編でした。微妙に主旨が違うかもだけどそこはご愛嬌。
あとアイデアを頂いたというか書くきっかけになったのは、↓のニコニコMADからでございます。
・【進撃手描き】二千年後の君へ【完成】
・【進撃手描き】二千年後の君へⅡ