Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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ブログの方でリクエストがあった短編です


短編その7 : 五摂家と傍役と

 

関東防衛戦における最重要拠点、東京。その中央部にあるビルの一室で、密かに集まっている人物が居た。

 

「それで? この時期に俺達を呼びつけたのはどういった思惑があってのことだ――――斑鳩よ」

 

声を発した人物を、斉御司宗達という。武家の頂点に立つ人物の1人であり、その場にいる他の5人も同じようなものであった。

斉御司宗達に、華山院穂乃香。九條炯子に、水無瀬颯太。その二組の正面に座る、斑鳩崇継に真壁介六郎。

例外として1人。崇継の後ろに控えている少年だけが、違う空気を纏っていた。宗達はそれを視界に収めながらも、前面にいる崇継に意識を集中させた。

その眼光は鋭く、介六郎や颯太をして口を開くのにちょっとした決意が必要になる程で。崇継はそれを前にして、何でもないように答えた。

 

「京都での、撤退戦の直前の事だ。私が其方達に伝えた言葉を覚えているか」

 

「………忘れろ、という方が無理であろうよ」

 

宗達は崇継の言葉を聞いたもう一人である、炯子の方を見た。

 

「ああ、宗達のいう通りだな」

 

応じるように、炯子はまた何でもないように告げた。

 

「"BETAの次なるハイヴは佐渡と横浜である"。まさか貴様が狂ってしまったとは思わなかったがな」

 

炯子の言葉に、颯太が表情を驚愕の色に変えた。

動揺を声に出さないのは立派と言えたが、それ以上の予想外過ぎる言葉に無反応とはいかなかったのだ。

同じように、華山院の当主たる穂乃果もわずかに雰囲気を強ばらせていた。

 

「対処その他も含めて、私達だけにしか伝えなかった理由を説明する。そのために私達を呼んだのだな」

 

「部分的には合っている。だが、話すべき内容はその程度ではない」

 

崇継は長くなるから其方達も座るがいいと、傍役の二人に着席を促した。

そして順番に説明を始めた。未来の情報を得られたこと。その中に次のハイヴが建設される場所があったこと。

米国が画策している計画と、それによって引き起こされる崩壊まで。

 

「………成程な。横浜ハイヴが建設された直後に伝える訳だ」

 

「そして、今になって説明をする必要が出てきた。そういう訳だな」

 

炯子はそこで、武の方を見た。崇継がほんの少しだが、唇を引きつらせた。

 

「その通りだが、貴様のそれは………いや、何も言うまい」

 

崇継はため息をついた。どういう種があればさも当然のように話の中核を射抜くことができるのか、しかも一瞬で。

傍役も宗達も、未だに戸惑っているだろうに。表情に出るか出ないかの違いはあるが、内心はよく似たものだろう。

恐らくは情報の理解と分析に時間がかかっているのだ。崇継はそれも当然であろうと、一端心を落ち着かせるために場違いである少年に茶を配らせた。

 

受け取った颯太が、おっと驚いた表情を見せる。

 

「えっと………取り敢えずはありがとうございます。それで、訊きたい事がまた増えたんですが」

 

「あら、貴方はこの子を知っているの?」

 

「ええ、京都でちょっと。俺の記憶が確かなら、その時はベトナム義勇軍に所属していたと思うんですが」

 

何が何やら、と思いながらも想定外過ぎる話を聞いて口が乾いていた二人と、主である宗達と炯子も茶をすする。

そのタイミングで、崇継は後ろに戻ってきた武を紹介した。

 

「風守武だ。風守の当主代理で、16大隊の副隊長を務めている。階級は少佐で――――風守光の実子となる」

 

「ぶっ?!」

 

いきなりの爆弾発言に、颯太が盛大に茶を吐いた。

他の3人の反応はまた異なっていた。炯子は茶を口に留めながら、興味津々な視線を武に向けて。

宗達と穂乃果は予想していたとばかりに、口にあった茶を無事に喉へと送り込んだ。

それを観察していた介六郎は、成程と頷いた。

 

(両家における情報の把握具合がよく分かるな。九條公は知らなかったようだが、斉御司公は既に知っていたか)

 

あるいは調査の上に掴んだか。だが真に恐ろしいのは、そういった前情報無しに話の本題に直進してくる九條公の方かもしれない。

介六郎の複雑な心境を他所にして、話は進んでいく。

 

「そもそもの前提として、だ。戦術機であのような剣技を繰り出せる衛士が、二人も居るとは考え難い」

 

宗達はあの日に見た剣を忘れたことが無かった。徹底的に調べさせたのだ。そして浮上した人物が、風守武だった。

 

「ふむ、確かに同門であれば余計にそう思えるか」

 

「当たり前だ。しかし、解せんぞ崇継。風守の隠し子が貴様の言う未来の情報とやらに、どう関わってくるというのだ」

 

名前の呼び方が変わった事に、武だけが反応した。それ以外の誰もが流して、話は進んでいく。

 

「関わってくるも何も、その情報は彼から得たものだ。そして、説明を加えなければならないが………風守武、いや鉄大和という人物の経歴についてはどこまで掴んでいる?」

 

「アルシンハ元帥の私兵隊であるベトナム義勇軍に、13歳で入隊。それ以前の経歴は調査中だ。俺としては、偽の情報を掴まされたと思っていた所だが…………」

 

「事実だ。そして、それ以前の経歴についてはこちらにまとめてある」

 

崇継は介六郎に命じて、武の戦歴を書いた紙を4人に配った。

それに目を通した後の反応は、4種類あった。歓喜、驚愕、微笑。嘆息を示した宗達が、崇継を睨みつける。

 

「………貴様がまともに説明をする気が無いのは分かった。それで、この茶番にどういった補足をするつもりだ」

 

「心外だな。その内容は全て真実であるというのに」

 

「こんな荒唐無稽な話があってたまるか。そもそもの無限鬼道流に関する話が一つも書かれていない」

 

宗達はそこで武に視線を向けた。

 

「あの剣筋は………我流ではあり得ん。貴様には優秀な師が居た筈だ。それも流派の本質をよく知っている者が………その者の名前を言ってもらおうか」

 

答えなければこのまま帰らせてもらう。そう言わんばかりの迫力に、武は崇継に視線を向けた。

崇継は微笑を携えながら、首を縦に振った。

 

「え~と、ですね。この話は先ほどの未来の情報に関連してくる事なんですが」

 

「良い、勿体ぶるな。言っておくが俺は、鬼道流において印可以上の許しを与えられている者の名前は全て把握しているぞ」

 

「私もだな」

 

一方は静かな怒りを、もう一方は楽しそうな表情で。嘘を、退路を念入りに潰した二人。

武は内心で崇継に恨みの念を飛ばしつつ、答えた。

 

「………御剣冥夜です」

 

「っ!?」

 

「ははっ!」

 

一方は、遂に驚愕を。もう一方は、面白いとばかりに笑みを。どこまでも対照的な反応をする二人を前に、崇継は笑みを深めた。

それを見ていた武と介六郎は、内心を重ならせた。この人だけこの状況を心底楽しんでるなー、と。

事情を知らない二人の傍役は、二人の大きすぎる反応に戸惑った。

 

「あの、申し訳ないのですが………御剣冥夜って誰ですか?」

 

「うむ、そういえば颯太は知らなかったか。その者はさる名家に生まれた女子でな。今は訳あって違う家に預けられている」

 

「へえ。で、元の家の名前は?」

 

何気なく問うた声に、笑みを深める炯子。それを見た宗達が制止しようとするが、一歩遅かった。

 

「煌武院だ。つまりは煌武院悠陽の妹で、それも双子の妹になる」

 

「へえ、煌武院の―――――って煌武院!?」

 

ぎょっとした颯太に、あらあらと優しい声が被さった。

 

「煌武院家での双子は凶兆の………それでも生きているのは………そういえば真那ちゃんの所在が不明でしたね。恐らくですが、未来の影武者として育てているのですか?」

 

「………そうだ」

 

宗達は目を閉じながら頷いた。炯子に対して怒鳴りつけたい気持ちを抑えつつ、説明を促す。

煌武院悠陽の妹の事はいずれ話すつもりだった。というより、来週には傍役に伝えるつもりであったのだ。

本題は別にある。自分達だけを呼び、煌武院公や崇宰公を呼ばなかった理由がなんであるのか。崇継はその問いかけに、表情をやや真剣なものに変えて答えた。

 

そもそもの風守武、白銀武が亜大陸に渡ったことの発端からだ。暗殺を目的として、との部分に宗達は怒りを見せた。

その後の戦歴に関しては驚愕を越えて、呆れさえ混じっていた。

 

「あの中隊に混じって、亜大陸撤退戦を、か」

 

「タンガイルの悲劇も目前で見せられたというのか」

 

「様々な作戦に参加し、その全てにおいて多大なる戦果を持ち帰ったことになるな」

 

「最終的には人類で初となる戦術機による反応炉破壊を若干12歳で成し遂げたと」

 

「光州作戦にも義勇軍として参加か。既知の戦術の外にある方法で光線級吶喊を行い、成功させたのだな」

 

「瀬戸大橋で奮闘し、四国へのBETA流入を防止したのも其方か」

 

口にして読み上げられる内容に、武は全て頷きながらも思った。我ながらひどく嘘くせえなー、と。

まともな人物であれば真偽を問いかける前に、この経歴を書いた人物の正気を疑うだろう。

親切な人間であれば、良い精神病院を紹介するか。二人はどちらも行わず、武の方を見た。

 

「俺は今、耐えている。この紙を丸めて棒にしてそこの優男の顔面に斬撃を叩き込みたい衝動に駆られている、だが――――」

 

宗達は現場で見たことがあった。狂気に染まった戦術機の常軌を逸した戦闘力を直に見ているのだ。

その衛士が目の前の少年であるならば、それぐらいの戦歴が無ければ整合性が取れないというものだ。

 

「そもそもの前提として、貴様があの衛士である証拠がない。御堂の陰謀があった事を否定する訳ではないし、風守女史の怪我の原因を考えれば分からない話ではない」

 

「それでも確たる証拠が欲しい。素直じゃない宗達は疑いながらも全てを否定するつもりではないと、そう言っているんだが…………やはり、あるのだろうな」

 

「煩いぞ。それで、あるのか?」

 

「ええ、あります。傍役を含めた全員に負担がかかる方法ですが………」

 

「なんだ、この場で拘束して洗脳でもするつもりか?」

 

「そんなファンタジーな都合の良い方法は持ってません」

 

「貴様の存在が本当なら、それこそファンタジーだろう」

 

「フィクションだとは断言しないんですね。いやまあ、これから起きることこそがSFなんですが」

 

ですが負担を、と言う武に対して宗達は頷きを返した。

腕を組んで、真っ直ぐに武の目を見る。威風堂々たるその姿勢と声に、武はああと頷いた。

 

そして思う。この人は頑固であり、人を疑うことも十分に知っているが――――誠実であると。

少なくとも、問答無用で人を下に見る一部の軍高官とはまるで異なっている。まずは話を、そして人に気遣う事をよく知っていると。

 

「良い、やってみよ」

 

「ええ、それでは」

 

武は言葉を紡いだ。

 

バビロン作戦。

 

投下されるG弾。

 

重力異常に―――――バビロン災害に、大津波。

 

塩の白に染まった母星の成れの果て。武がそこまで告げたと同時に4人の顔が一斉に強張り、直後に頭を押さえてうめき声を上げた。

 

「な………にを、やった」

 

「ここではないどこかに存在する記憶。それの流入の補助と促進です。あくまで推測ですが………」

 

武は過去の情報より、この現象の原因を考察していた。自分がバビロン災害の詳細を告げた途端に崇継と介六郎がその記憶を垣間見ることができた、その原因を考えていたのだ。

その果てに、あれは未来の情報が一時的に流入したのではないかと考えたのだ。

自分は未来の情報を知る存在であり、歪な異物である。その白銀武という個人がそれを相手に伝えるという行為をキーとして、部分的な記憶流入が始まるのではないかと。

恐らくだが、必要な要素は複数あること。武は光に記憶流入が起きなかった事から、条件を考えていた

 

一つ、バビロン災害が起きる前後までその人物が生きていること。あるいは、その可能性の高さ。

一つ、かつての因果導体でありこの世界の歪でもある自分が口にすること。

 

「………2つ目に関しては、納得できんが理解はできる。だが、前者だ。その答えに至った理由は?」

 

「受け取る者が居るとして、その反対には必ず"発する者"が居るはずなんです」

 

G弾によってガタガタになった世界で、あの顛末を認めたくないという者の叫びが。

多くの生命が散らされた、星そのものを変えてしまったあの災害を悔いている者が居るからこそ。

 

「つまりは、あの大津波で死ぬ可能性が高い者であれば………G弾による異常が発生する時まで生きているのなら」

 

「あるいは、あの津波を生き残った者か。全く反応の無い人は、つまりそういう事でしょうね」

 

「………そうか。風守女史は、つまり」

 

「ほぼ100%、2004年まで生きられなかったということ」

 

武はその辺りの見当もついていた。長いループの記憶の中で出会わなかったのが良い証拠だ。

 

(あるいは、あの世界では風守光という人間の立場自体が違っていたか………調べようがないけどな。今は考察の話だ)

 

オルタネイティヴ5が敢行される世界でバビロン作戦が発動するのは2004年。それ以前に死亡する者であれば、何の効果も無いということだ。

逆に言えば、生きている可能性が高い人物ほどその影響を強く受けるということを示している。

宗達と炯子は崇継と介六郎を見て納得だ、と頷いた。

 

「この事を殿下には?」

 

「崇継様に必要ない、と。むしろ害にしかならないと止められたので」

 

「そうだな。その辺りの裏事情は我らが背負えばいいか」

 

どちらにせよ第五計画を容認しないという結論は変わらなく、故に不必要な重い荷物を背負わせるつもりはない。

崇継と全く同じ見解に、武は少し驚いていた。

 

「なんだ、その表情は。俺がこいつと同じ結論を出すとは思わなかったのか?」

 

「えっと、そうですね。殿下には話すべきだと、反論されるものだと。あと崇宰中佐にも」

 

「前者には、必要であればそう進言しただろう。後者に関しては…………時間の無駄だろうしな」

 

「えっと、つまり?」

 

「現在の五摂家の中で清廉かつ政治センスに優れている人物として挙げられるのは二人。それ以外の3人共が煌武院悠陽を推すには理由がある」

 

「その理由とは…………いえ、なんでもありません」

 

武は崇宰恭子に会った事がある。以前の御堂賢治の件と、その謝罪を受けた時だ。その後にも仙台で、一度だけ話をした事があった。真面目であり、面倒見がよくて、衛士としての技量も高い。

だが悠陽と比べれば、と問われたらどうか。将軍として、率いていく者としてどちらが相応しいのかと言われたら。

 

(迷わず悠陽を推す事を選択するな。でも、理由がわからん)

 

何となくだけど、断言できる結論。その原因は不明であり、だけど絶対のように思えて。ふと、目の前の3人を見た。

 

斑鳩崇継、九條炯子、斉御司宗達。それを見回した時に、武は分かったような気がした。

戦場でも見た事がある3人の事を思い出したのだ。

 

(――――表に見える動揺が一切無かった。崇宰恭子とは違う)

 

京都を失った事、横浜まで攻めこまれていること、日ノ本の国そのものが無くなってしまいかねない事態。

それを前にして、この3人は全く変わっていないように見えた。

 

生家や部下を多く失ったのだ。なのに表面上には全く、その落ち込みを見せることがない。

その徹底さはある意味で人間らしくない。一方で崇宰恭子は、ほんの僅かながらにでも感傷を見せていた。

人間らしいと言えばそうである。だが、個人を相手に見せる必要があると問われればどうだろうか。

 

考えこむ武に対して、まるで内心が読めるかのように炯子が口を開いた。

 

「人は上に立つ者に対して人間的な強さを求める。だが、弱さなど見せられたくないのだ」

 

「それは………!」

 

「単純な感情と価値観の問題だ。強く気高いだけであれば遠過ぎる。だが表に情熱が見えれば共感もできよう。頼もしい存在なら、夢が見られる。反して、目に見えての弱さは雑音にしかならない」

 

「それは………確かにそうですけど」

 

「心当たりがあるようだな」

 

「自分も、ターラー教官に言われました。人前では泣くな、戦場で笑顔を絶やすなと。でもそんなの………都合の良いことじゃないですか!」

 

「的確な表現だ。常に人は上に立つ者に対して都合の良い強さを求めている。窮地であればあるほどに、夢の様な真実を欲したがる」

 

その一端が英雄である。救出に垂れる綱は綺麗で頑丈なほど安心できると。だがそれは理屈であり、完全に実践できるかと問われれば疑問符が浮かぶ。

 

(でも、確かに………少なくとも表面上は完璧だ)

 

故郷も生家も失って、国レベルでの窮地に陥っている。なのにまるで人間以上の存在であるかのように強く、あるいは飄々と"それまで"を保っている。防衛戦の最中に見かけたこともあるが、二人が率いている中隊だけは京都に居たころと全く同じ動きを見せていた。

紅蓮大佐などの部隊であっても、多少の動揺を見せていたにも関わらずだ。

まるでこれが当然であるかのように。ここに変わらないものがあると示しているかのように。

 

("斯衛そのものを体現する象徴"………それができるからこその、武家の棟梁か)

 

空恐ろしいと感じられる。そして、今になっても正常な判断力を失っていないのだ。

崇継に関しても同様だ。武は自分の最近の行動について思い出していた。

崇継から命じられたのだ。できるだけ情報をぼかすようにして、だが的確に窮地にある衛士を救出せよと。

その結果が赤い武御雷の伝説であり、最近になってより信頼度が増した斯衛の状況にある。

あれは助けられた相手の"像"を暈すことで、その神秘性を高めたのだ。

 

「………其方に感謝を。あの時の事もそうだが、今も助けられっ放しだな」

 

「それ以前に――――すまなかった。武家の棟梁の1人として、御堂賢治の行動を止められなかったことを詫びよう」

 

「ちょ、斉御司大佐!?」

 

武はまさか頭を下げられると思わなかったので驚き、次に制止した。

五摂家の当主として頭を下げるなど、様々な意味で問題が発生するからだ。

焦る武に、崇継が苦笑した。

 

「心配するな、白銀。ここだけの話になる故な」

 

「えっと、それは?」

 

「宗達と私との、男の約束というやつだ。詳細はここで語らんが、問題ないという事実だけ認識しておけ」

 

「はあ。でも、斉御司大佐………その、ありがとうございました」

 

「礼を言われる意味がわからん。が、受け取っておこう」

 

「私は………未然に防いでくれた事に関する礼を。謝罪がいくら重なった所でこれからのためにならんしな。以前の事も加え、九條として個人的な貸しを一つ。宗達もそれで良いな?」

 

「ああ。だが、勘違いはしてくれるなよ」

 

貸しはあるが、馴れ合うつもりはない。言外に示す宗達と炯子に、武は聞いてみたくなった。

もし自分が崇継を騙しているのであれば、どうするつもりかと。その問いに対して、炯子がまず笑顔で答えた。

 

「殺すさ、当たり前だろう? 斯衛の、この国を害する存在であると判断したのなら排除する。騙されている人間も諸共に、その心臓を刳り取る」

 

炯子は指をトン、と自分の心臓の上に置いた。殺気らしきものは何も無く、脅して止めるという意気は皆無。武はそれを恐ろしいと感じた。

当たり前のように排除する。それを言葉ではなく、自然の摂理であるかのように認識しているのだ。

武も衛士として劣っているつもりはないし、そう容易く殺されるつもりもない。

だがどうしてか、自分がそうなってしまった果てにはこの眼の前の女性に殺される未来が必ず訪れると、そう思えて仕方がなかった。

 

「まあ、そうだな。万が一にでも他家に災禍の種があるならば焼きつくし、跡形も残さない。五摂家とはそういう存在だ。より穏便に表現するならば、一方が過てばもう一方がそれを正す」

 

相互に監視しあっているのだ。その上でと、武は考えた。もし二人が敵に回ったら、どういった敵手になるのか。

 

(斉御司大佐は………手堅く、それでも確実な方法を取ってくるだろうな。寡兵で挑んでも、潰される可能性が高そうだ)

 

堅実であるが、それだけでは無いように見える。そして恐らくだが、斉御司宗達を敵に回すということは、それ以上の敵を作っている可能性が高い。

つまりは自分が間違った方向に進んでいるのだと、そう思えた。

武は改めて斉御司を見る。誠実でもあるが、それ以前に優しい人だという表現が似合うような気がした。

だが、その時になれば躊躇はしないだろう。その二面性こそが厄介だと思えた。

裏付けとして、先ほどの問答で宗達が答えを述べた時に感じたものがある。無骨ながらもこちらの骨を確実に断ってくるような、凄みがあった。

 

(九條大佐は………ある意味では、崇継様より怖い)

 

病院での漫才は見ていて面白かったが、公の場ではああいった振る舞いは無いという。

それは切り替えを完璧にできているということだ。そして先ほどの明確な回答と、話の本筋というか核の部分を瞬時に嗅ぎとる直感力。

明快な雰囲気を纏っている反面で、やるべき事は理解している。敵に回れば、今まで出会った人物の中でも1、2に厄介だと思えた。

予想外の視点から懐に入られ、そのまま首を飛ばされるという光景が想像できるぐらいには。

 

(って、なるほど。崇宰大佐を将軍に推さない理由が何となくだけど理解できた)

 

明確に、言葉にできるものではない。だけど候補に上がっている二人を比べて、どちらを敵に回したくないと思うのか。

あるいは先程に聞いた内容を。役割という難問を前にしての人間性に対する認識力と、その判断の早さは。

武はそういった観点から見れば、悠陽が将軍に選ばれる訳だと内心で納得した。

 

「そうだな………決して個人的な感情じゃないぞ、うん」

 

「何か言ったか?」

 

「いえ、何も。それよりも、先のことを」

 

その後は情報交換を。当主同士で今後の事を話し、方針が確認できてからはまた話をする面子が変わった。

当主たる3人は中に、傍役達は今後接する機会が増えるだろうと、別の部屋に移動した。

颯太達は不用心だと主張したが、炯子の無根拠かつ自信に溢れた『大丈夫だ』との言葉に反論する気力を奪われてしまっていた。

 

「はあ、全くお嬢は………じゃあ、自己紹介から。俺は水無瀬颯太。水無瀬家当主で、2歳の頃から九條炯子様の傍役を務めてる」

 

「私は華山院穂乃果。華山院家の当主で、宗達様の傍役を5年前より務めています」

 

「えっと、俺は白銀武………じゃなくて風守武? 京都の防衛戦の途中から、真壁少佐と二人で傍役………って」

 

武はそこで気づいた。そういえば俺、傍役として公に出たことないじゃねーか、と。

そこですかさず、隣にいた介六郎がフォローした。

風守家の当主代理として、第16大隊の副隊長を務めていることやその他の役割に関してを説明する。

 

「しっかし、戦歴実に6年かぁ………ちなみに戦場に出た回数は?」

 

「えーと、それがよく分からないんですよ。普通は作戦一つで一回にカウントすると思うんですけど、俺の場合はちょっと………表現するのが難しいな」

 

具体的に言えば、戦闘時間の長短であった。

武が経験した戦場は種類に富んでいるが、時間にも幅があるのだ。

特に長い時にはある程度のインターバルを挟んでだが、48時間も戦闘態勢を保っていたことがある。

 

「じゃあ、搭乗時間は?」

 

「えっと、それもちょっと教えると拙い部分が」

 

非合法な、ざっくり言えばβブリット研究施設を襲撃した時のものなど、正式にカウントしては拙いものがある。

万が一にでも経歴が明るみになって、逆算されれば整合性が取れなくなってしまうからだ。

義勇軍として活動していた時には、特にそういった公に出来ない時間が多かった。

武は介六郎に目配せをした後、言えない時間を省いた上に少なめな数字を伝えることにした。

 

「えーと、ざっくりだと………7000時間、ぐらい?」

 

「なっ………ちなみに正味の実戦経験回数は?」

 

「それは………換算すると90ぐらい、かな?」

 

「………強化服のログを調べるまでもないですね。出てきた数の出鱈目さと、それに反した自信の無さに説得力を感じます」

 

サバを読むにしても豪快過ぎるし、水増しするにしては虚勢が感じ取れない。

その上で介六郎が否定をしないのでは、信じるしか無かった。

 

「その切っ掛けが御堂の野郎のせいっていうんだから笑えねえ。あいつは死んだが………やっぱ、今でも恨んでるか?」

 

「昔の事ですから、そんなには恨んでません。ほら、死んだ衛士に対しては言うじゃないですか」

 

「死人を悪く言うな、ですか」

 

「いえ、死んだ戦友に対してかける言葉ですよ。誇らしく、胸を張って言うんです」

 

「その心は?」

 

「良い奴に対しては"ちくしょうくそったれめ"、嫌いな奴なら"ありがとうお前は良い奴だった"って」

 

「………含蓄ある言葉だな。華山院女史と違って、お嬢の薄い胸ならば効果は薄そうだが」

 

「これはこれで肩こりの原因になるんですよ? それに、足に関しては敵う気がしませんし」

 

「あの、お二人は斯衛の傍役ですよね? 大名格というか、斯衛の頂点っぽい人達ですよね?」

 

「誰もいない場所で気取っても仕方ないだろう。だが言っておくぞ。お嬢のあれは悪魔の足だ。人の金的を狙う、禍津神だ」

 

「まだ忘れられていないんですね………話を戻しますけど、先ほどの言葉は自分で考えたものですか?」

 

「あ、いや。欧州の戦友から聞いた冗談ですよ」

 

良い奴ならいつまでたっても忘れられないから、先立たれた事に愚痴を零すようになり。

嫌な奴や嫌いな人間は多過ぎて、居なくなったとしてもいちいち感傷に浸っている暇もなく。

戦死者の多い欧州の衛士ならではのブラックジョークだった。武はまだ、その境地には至っていない。

 

「でもまあ、前を見ますよ。戦術機でのバック走は難易度が高すぎますからね」

 

「そうですね。現実的で、賢い選択だと思います」

 

同時に穂乃果と颯太は、割り切りの早さに感心していた。それが机上のものでただの強がりであると馬鹿にしないのは、目の前の年下の少年衛士が口だけではないことを戦績で知っていたから。

戦場に現れる赤い武御雷のことは、何度も報告を受けている。

日本侵攻より以前に出会っていたのであれば、あるいは目の前の少年に違和感を覚えていたかもしれない。

だが、敗戦を経験した二人はその目で見たのだ。まるでわら半紙のように容易く引き裂かれていく命を。

 

「つーか、戦場における大先輩じゃねーか。お前そこで饅頭買ってこいや、って言えるぐらいに」

 

「し、しませんよ。ていうか、自分としては風守武のままで居るつもりはありませんし」

 

「武家として在るつもりはないと言うのですか? そうであるならば何故、風守の名前を…………もしや」

 

「はい。一時的に、利用させてもらってます」

 

「そりゃあ、また。それもあの斑鳩公を相手によくやる」

 

「真壁少佐も、何も言わないのですね」

 

「納得済みのことだ。私も、崇継様もな」

 

だが、少々どころではなく無責任である。先の御堂の一件を考えれば、その理屈も分からない所ではない。

だが二人には、一点だけ確認しておかなければならない事があった。

 

「お前にはお前の目的があるんだろう。それを根掘り葉掘り聞くことはしない。だが、その目的に関してだ。それは風守武のままでは達成できない事なのか?」

 

「はい」

 

「迷いなく答えますね。できればで構いませんが、その概要だけでも教えてもらえませんか?」

 

「………その目的が主を害するものならば、ですか」

 

「ええ」

 

穏やかな声に、武は頷いた。激昂しない所に覚悟の高さが透けて見えると。

それは隣に居るもう一人も同じだった。下手を打てば取り返しがつかなくなると、そういった確信がある。

理解してなお、武は嘘をつかなかった。

 

「目的は、BETAの打倒。でも、俺の場合は"世界中の"ってのが頭に付け足されるんですよ」

 

「国外の………大陸のハイヴを全て落とさなければ気が済まないとでも?」

 

「済む済まないの問題じゃないです。ていうか俺にとっちゃ国の外の、じゃないんですから」

 

忘れないことがあった。

多くの戦友が散って、彼らが大切にしていた故郷があった。帰りたいという望みさえ叶わず、死んでいく人達を覚えている。

 

「骨が無くても帰してやるって、そう約束した相手も居ます。ということで、日本のハイヴを潰してはい終わりって訳にはいかないんですよ」

 

「日本に縛られる訳にはいかず、武家の当主は足枷に………ですか。それに加えて、複雑な立場もあると」

 

風守光のことだ。素性を知っている者たちからすれば、今の風守武は様々な意味で危うい所にあった。

 

「そういうの、面倒くさいんですよ。俺には白銀武がちょうど良いんです。武家としては落第だと責められるでしょうけど」

 

「いや………自覚しているのなら、違うと思うぜ。ここで虚言を弄するようであれば少し考えたがな」

 

「ええ。いっそ清々しいぐらいに――――本音しか喋ってないでしょうし」

 

「嘘をつくのが下手だと、何度も忠告を受けたので。ていうか、失格じゃないんですか?」

 

「そもそものご先祖様の源流がなぁ。武装していっちょやってやろうぜ、って奴らの集まりだったと思うし」

 

「それは極端過ぎるだろう。全く、主が主なら傍役も傍役だ」

 

「なんだ、俺を馬鹿にしてんのか?」

 

「それは九條公と一緒にされた事に対する怒りなのかしら………」

 

穂乃果は微笑を絶やさず、少し呆れた声で。

武は場をとりなすように、言葉を挟み込んだ。

 

「そんな、大層な理由じゃないですよ。風守武のままなら、あっちで死んだ奴らに出会った時に名乗り直す必要がありますし。そういうのって面倒くさいじゃないですか」

 

「ああ、偽名だとな………というか偽名多いなお前。まあ、要因の9割が御堂のアホにあるのは分かってるが」

 

「鉄大和に風守武、ですからね。これ以上はほんと勘弁願いたいです」

 

「そりゃあ斑鳩公次第だな。あの人、面白そうだと思ったら突拍子のないことでもやっちまうし?」

 

颯太からの視線を感じ取った介六郎が、頷く。

 

「そうだな………最近はそこのそれと一緒になって、やってくれるというかやらかす事が多くなった」

 

「あらあら。最近になって胃薬の消費量が増えたのは、そういった事があったからなのですね」

 

穂乃果の指摘に武は反論をしたが、介六郎の無言の抗議を前に黙り込んだ。

その後はなんてことのない雑談だ。共通する話題として、衛士と戦術機のことがある。

最初は互いの戦場における苦労だが、次第に喋るのは武だけになっていた。

それだけに若干16歳の少年の戦場談義は質量共に優れていたのだ。

 

そうして話は進み、やがて京都防衛戦の話になると武は砕けた口調になった。そして撤退戦の話になった途端、バンバンとテーブルを叩き始めた。

 

「ていうか、おかしいだろ崇継様は! なんで自ら殿を買って出るんだよ! あとなんでそれが認められるんだ!?」

 

五摂家の当主のいずれかが、斯衛として。あるいは日本人の衛士として、意地と"何か"を示すために必要だった。

武もその必要性は理解できている。だが当時の戦場の中核を担う一端であり、精神を秒単位で削らされていた武は更に怒った。

 

「数回だけど、前衛の俺より前に出てる時あったし! いやそれが必要だった状況ってのは分かってるんだけど、なんで笑いながら長刀で近接戦を挑む!?」

 

「いや、斯衛の衛士としてそれは退けない一線だろ。というのが理屈で、見ている方としちゃ気が気でないのは分かってるが」

 

「いや俺も途中からは乗り気で援護してたけど、きっともっと自分の立場を考えた方が………って介さん怖い!?」

 

「だれが介さんだ、誰が。それよりも後で訊きたいことがある」

 

「ああでも、言いたいことは分かるな。長刀が折れて武装が無くなった直後、部下を助けるために要撃級に殴りかかった時とか、流石に叫びたくなるもんなぁ」

 

遠い目をする颯太に、武と介六郎は一気に素に戻らされた。

いくらなんでもそれは無いわ、と無言で手をぱたぱたと横に振る。

 

「それが嘘でないと断言できるのが逆に………いやなんとも言えんな。その点、華山院殿は胃壁の心配をしなくて羨ましいことだ」

 

「お三方は刺激の多い人生で楽しそうですね。その点では羨ましいと言っておきますわ。決して同じ立場になりたくはありませんが」

 

「言うな、貴様も。だが、斉御司公にはそのままであって欲しいと思う。3対2と、今がいいバランスだ」

 

「そういえば月詠中尉も、崇継様の無茶っぷりに顔をひきつらせていましたもんねー。どうしてか俺が睨まれましたが」

 

「貴様のフォローが的確過ぎたからだろう。私のせいではないぞ。崇継様が『一時だけ後ろは任せた』とおっしゃられた後の月詠中尉の慌てっぷりは見ものだったが」

 

「ああ、通信だけ聞いてましたよ。『はあっ!?』って………素で敬語忘れてましたよね。その後はそんな事も気に出来ないほど乱戦になってましたが」

 

月詠真耶は最後まで精神をすり減らされていたと思う。介六郎の言葉に、武は頷いた。

最終的には撤退不可能な状況になるその寸前まで戦っていたのだが、その時に進言をした真耶の言葉を思い出したのだ。

閣下、頃合いにございます――――お下知を。武も聞いた言葉だが、それには強い意志と一緒に、酷く重い疲労が含まれていたように思えた。

 

そうして、ひと通りの愚痴を言い終わった後だ。武がふと気づいたように、三人を見た。

 

「そういえば五摂家の人達ですが、子供の頃からの知り合い………というか幼馴染なんですか?」

 

「それは時代によるが………今代のお三方で言えば、崇継様と九條公と斉御司公は幼少の頃からの付き合いだ。同年代という事もあったがな」

 

あの3人が同い年で、崇宰恭子が少し下。その更に下が煌武院悠陽になる。

同年代の3人に関しては、幼馴染であると言えなくもない。

 

どういった関係なのか。武はそれを聞こうとしたが、時計を見てあっとなった。

 

「やばっ、時間!」

 

「ああ、ちょうどだな」

 

じゃあ行きますか、と3人が待っている部屋へ。中からは疲れた表情を見せる宗達と、面白そうな表情をする崇継と炯子の姿があった。

武はその絵が妙に嵌っていたことに、おかしさを感じていた。

どういう関係なのだろうか。単純な幼馴染ではありえない。ともすれば、敵手に回る可能性だって十分にあるはずだ。

 

その視線を感じた炯子は、ふふと笑って武を見た。

 

「色々あったんだよ………色々とな」

 

炯子はちらりと、横目で宗達を見る。自分の赤い髪に触れながら。

疲れている宗達は気づかず、崇継と颯太と穂乃果は苦笑するだけ。

 

ここも、一つの世界だな。武は自分が入っていけない何かがあると、この時になって感じていた。

 

 

 

 

そして、数日後。

颯太と穂乃果は関東防衛線における戦力配置を検討する会議に出席する主を待っている途中で、話し合っていた。

 

「それで………穂乃果さんよ。先日のこと、あんた一体どこまで本気だったんだ?」

 

「5割は演技で、5割は本音。貴方もそうでしょう。武くんは全く気づいていないようだったけど」

 

「ああ。だが気づかれていても――――いや、どちらでも怖いな」

 

颯太と穂乃果はわざと雰囲気を軽くするように接していた。その上で武が萎縮しないよう、会話をしやすい方向へ誘導し、武がつらつらと語った経験談より知識を吸収していた。恐ろしいのは、いつしか演技を忘れてしまいそうになる程に話に没頭してしまったことだ。

 

「裏を取るための方法だったが………普通にタメになる話だったな」

 

「予想以上に、ね。敵味方の判別が分かりにくくなるぐらい」

 

そしてあの態度も。穂乃果の言葉に、颯太は苦々しい表情を見せた。

 

「演技であろうとなかろうと、関係がない。真壁君が彼を止めなかったのは、そういった意図があると見せるためかもしれないな」

 

罠にかければあっさりと捕らえられるかもしれない。だが、白銀武という少年の周囲には常に誰かが居る。これからも増えていくだろう。斑鳩とオルタネイティヴ第四計画という有力なバックを手に入れたのだから。それに敵対するということは、両方と共にあの少年に相対するということだ。演技を見ぬいたのであれば、それだけに手強く。見抜いていないのであれば、純真が故に――――強烈だ。

敵に回して一番に怖い存在というのは、信念と能力の方向性が合致している者。白銀武はそういう存在になっている。

その上で、見せつけられた力が。魅せつけられた死の舞踏があった。

 

「………私はね。大陸で凶手と呼ばれていた彼の本気の機動を見た時に、逃げ出したくなった」

 

「奇遇だな、俺もだ。だけど同時に………見逃しちゃいけないと思った」

 

憎しみに染まっていた少年。それを見た者の一部は、その背中に無数の屍を見た。

それを乗り越えられるだけの何かがあるのなら、驚異的な何かを持っているということにほかならない。

そして傍役を逃げないのならば。あれはきっと、将来的に越えるべきものなのだ。

 

「それにしても、未来の記憶か。正直ぞっとしないな」

 

「あの光景の先を生き抜いた人間が居る。滅亡したのかもしれないけど、そこはきっと地獄だったでしょうね。彼は恐らくだけど、その地獄を何度も経験している」

 

「そうだな。それに、あの容姿に性格だ。慕う人間ならいくらでも居ただろうに」

 

そして、失ってきたのだ。人が集まり死んで、人が居なくなり、また集まりの繰り返し。

喪失を飲み干して、また戦う。繰り返した記憶がある。それを利用して、敵味方を巻き込んで決戦を挑もうとしている。

 

「演習も含めての7000時間か。実戦で消化したのは何割なんだろうな………ったく、普通なら身体がぶっ壊れてもおかしくないだろうに」

 

「その兆候は見られなかった。異常と言えるわね。それが幸運なのかどうかは、とても分からないけれど」

 

歪が彼を留めているのかもしれない。戦う者としての身体を崩さないのかもしれない。

もう無理だなんて言い訳を許さないのかもしれない。それを彼は望んでいないのかもしれない。

分からない事は多い。だが、一つだけはっきりしている事があった。

 

「――――決戦は2001年。いざ鎌倉って感じで、馳せ参じますかね?」

 

「鎌倉って………同じ神奈川県とは言っても、彼が言っていたのは横浜基地でしょう」

 

「来年には境界線も無くなってるでしょうよ。話の通りに、G弾が投下されるのなら」

 

水無瀬颯太は表情を崩さないまま、笑ったまま怒りを飲み込んだ。

彼だけではない、G弾のことを聞かされてから穂乃果も静かな怒りを抱いていた。

 

「時間は誰にでも平等だけど、例外があった。今はそれを活かす方法を探すのが賢明ね」

 

「ああ。取り敢えずはヤンキー・ゴー・ホームと言えるぐらいに強くなりますか」

 

「ふふ、責任をもって罵倒するのね? 貴方らしい覚悟だわ」

 

「…………俺は未だに微笑を崩さないアンタが怖いよ」

 

「私は貴方の事が好きよ。一途な男性はそれだけで綺麗に見えるもの」

 

「一途、か。俺は――――」

 

時間は誰にでも平等だ。1人だけに速く流れることはない、その逆も。

颯太は思う。あの日の庭園で、彼女にかける言葉が違っていたらどうだろうか。

それもいつもの通り、考えるだけ。何をも言わず、目を閉じて首を横に振った。

 

白銀に習うさと内心で呟いて、目を開く。穂乃果が「そういう所が一途なのよ」と呟いたが、颯太はあえて無視した。

 

 

二人は悪態をつきながら、会議を終えた主の元へ歩いて行った。

 


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