人類は衰退してきました。   作:虚弱体質

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ぱっぱっぱらっぱ


にんげんさんの、いんたーみっしょん(上)

「助手さん。すみませんけど、次のを取っていただけます?」

 

 目の前に鎮座いたしたがらくたをごそごそいじくり回しながら、助手さんにそう声をかけます。

 

 国連調停官事務所が入っている建物の、とある一室。雑然と物が詰め込まれているその部屋で、わたしと助手さんは日常業務に邁進している真っ最中でした。

 そもそもこの部屋はおじいさんが管理していたんですが、状態が良くて施錠もばっちりな趣味専用の部屋を新たに確保したとかで、つい先日わたしに譲渡されたのです。

 もっとも、見習いのわたしごときが私室として使用できようはずも無く。いえね、暗におねだりしたら却下されたんですよ。どうせ三階は空き部屋ばかりなんですし、少しは孫を甘やかしてみても良いでしょうに。そう思いません?

 そんなわけで書類上の名義をちょちょいと変更しただけで、引き続き調停官事務所の倉庫として、少々の私物と祖父のがらくた、そして日々増え続ける妖精さん絡みのあれこれを保管するために使われているのです。ちょうど鍵もかかりますし、厳重に保管しているという体裁を取り繕うにはうってつけの部屋ですから。

 

「ありがとうございます。

 って、あら。これまたずいぶんちんまりしていらっしゃる」

 

 そのような部屋で行われる日常業務というのは、いったい如何なるものなのか。部屋に何が保管されているのかを思い出していただければ、おのずと答えは導き出されるでしょう。ええ、そうです、妖精さんの道具の整理整頓です。

 クスノキの里の調停官事務所というものは、どうやらご近所界隈でそこそこ話題に上る存在らしく、便利使いのように日々持ち込まれる至極どうでもいい相談事に混ざって、妖精さん由来の品々を押し付けられてしまったりすることも間々あったりします。

 なんか逆だよね、そう感じたあなた。

 断じて間違っていませんよ、今後もそういった感性を大切に生きていってほしいと切に願います。

 どうにも里の人の認識的に、調停官事務所というのは学者先生とその孫が詰めている相談所、あるいは困った時の駆け込み寺程度の扱いとなっているらしく、いったい何を調停しているのか、なんてことは遥か彼方に忘れ去られているようなのです。

 文明の香りを残した何もかにもが風化していく牧歌的な田舎暮らし。掲げた看板の意味さえも、その例外ではありえなかったということでしょう。

 まぁ、そういうわたしもいろいろ風化しちゃったりしているんですけどね。三角だったり逆三角だったりする関数とか、ケミカルな構造式とか。いろいろと。

 ……話を戻します。

 とにかく、本日はそうやって積もり積もった物品の一斉大処分、じゃなかった、分別なんぞをしているという次第なのです。決して、手あたり次第に詰め込んでいったせいで収拾がつかなくなり、嫌々重い腰を上げざるを得なかったとかそういうわけじゃなくて、あくまで管理責任上における定期的な業務の一環であり、担当職員が自発的に着手したと認識していただけると、わたしとしても非常に好ましいと申しますか、とても助かるんですよね。おわかり?

 さて、相互理解も深まったところで、勤労意欲的ななにかに目覚めたらしいわたしたちの活躍でも見ていくことにいたしましょう。

 

 先ほど助手さんから手渡された物体、それは紙でできた、正方形の飾り気のない小箱のように見えました。そうですね、よくキャラメルなんかが入っていたりする小箱、そういう感じだと思ってくださいな。試しに振るとからからころころ音がします。何か入っているのかな、そう思って開けてみると中は空。逆さにしても塵一つ落ちてきません。

 蓋をして振るとからからころころ。蓋を開けて振ると音はしない。からころ、空。

 ……微妙にいらっとしますね、これ。やれやれ、一体何を考えてこんなものを作ったのやら。

 少し悩んで、書類にこう記入します。

 

『空の小箱。中にはときめきが入っている』

 

 詩的。開けるまで期待感がありますよね、こういうのって。

 確認のために書類を見せると、助手さんは眉根を微妙に寄せました。あら、あまり納得できていないご様子。そのうちスケッチブックにさらさらと文字を書いて、ついとこちらに突き出します。

 

『パンドラの小箱。開けてしまうと絶望する』

 

 おろろーん、と何かが飛び出してくるイラスト付き。

 うーん、解釈の違い。特筆大書するべきは開けるまでのドキドキ感なのか、はたまた開けた後のガッカリ感なのか。これは難しい問題かもしれません。二人で頭を寄せ合って、ああでもない、こうでもないと考えた結果。

 

『空の小箱。何か入っているようで、何も入っていない』

 

 結局、無難な内容に落ち着きました。考えてみれば、無理にメッセージ性を出す必要なんてこれっぽっちも無いのです。

 タグに管理番号を書いてペタリ。それを所定の棚に収めて、はい、終わり。

 

 その後も仕事はさくさく進みます。

 

『お父さんの傘。持つとスイングしたくなる』

『立たない札。勝手に倒れてしまう悲しい立て札』

『雨の日眼鏡。いつも水滴がくっ付いていて鬱陶しい』

 

 妖精さんが人間の為に作っただろう、霊妙不可思議な道具の数々。

 概要を書き記してみればそこそこ面白そうなのは伝わってくるんですけど、いざ使うとなると微妙というか、なんとも扱いに困るものばかり。見た目便利そうなのもあるっちゃあるんですけど、そういうのは大抵危険度MAXです、迂闊に触ってはいけません。

 

「ふー、それを見たら終わりにしましょうか」

 

 凝り固まった肩を解しつつ、助手さんにそう言います。

 外を見やれば高かったはずの陽はすいぶんと傾いて、そろそろ終いにしても良い頃合い。

 妖精さんの道具を鑑定するというのは、簡単そうに見えて結構時間がかかるものなんです。論理的思考と動物的直感を兼ね備えて大胆かつ慎重にあたらないと、あっという間にバッドエンドでエンドロール、などということになりかねませんから。

 コクリと頷く助手さんに笑みを返し、受け取った品をゴトリと机に置きます。

 筒。

 そうとしか形容しようの無い物体でした。バケツ程度の大きさで、素材は金属でしょう、光をはね返してぴかぴかメタリックに輝いています。底にブリキ板でも張ってゴミ箱として使ったらさぞかし便利であろう、そんな感じの筒。

 ですが、これは一目で妖精さん作だとわかります。

 覗き込んでみると筒の穴の部分、そこに名状し難い何かがわだかまって、黒々と渦を巻いていたのです。自然界では絶対お目にかかれないだろう驚異の光景が、目の前で至極お手軽に展開しておりました。

 溢れんばかりのおぞましさ。第六感がびんびんと警告を発しています。

 

「これ……。調べなくちゃダメですか?」

 

 再びコクリ。助手さんはこんな時でも冷静です。

 あの渦を直接触るのはちょっと嫌かも。そう考えて、とりあえず書き損じの書類を丸めて放り込んでみることにします。もちろん十分距離は取って。

 

「助手さん、お願いします」

 

 ぽいっ。何の気負いもない一投。紙屑は綺麗な放物線を描いてぽすんと筒に入りました。

 ……何も起こりませんね。

 恐る恐る近付いて観察して見ましたが、何も変化はありません。そうしてわたしがうろうろしながら矯めつ眇めつしていると、するりと助手さんが近付いてひょいっと筒を持ち上げます。

 そこには丸めた書類が転がっていました。変質しているわけでも無く、妙な性質を獲得しているわけでも無く。投げる前と変わりない、くしゃくしゃに丸めた紙の書類。

 ふむ、どうやらくぐったものがどうにかなる系統の道具では無いようです、メモメモ。さて、次はどうしましょう。思案しながら顔を上げると、助手さんは筒を持ち上げた姿勢のままぴたりと動きを止めていました。

 すわ何事かと慌てて問いかけようとしましたが、よく見ると助手さんの目はなにやらキラキラと輝いて、全身から楽しそうな雰囲気を放出しています。視線の先を辿ってみると、どうやら持ち上げた筒の穴を覗いているみたい。

 どれどれ。後ろに回って肩越しに覗き込んでみます。

 

――――

 

 わずかな街灯に照らされた夜道を、女性が必死の形相で走っていきます。ちらりと後ろを振り返れば、白い仮面を被ったむくつけき大男が大鉈を振り回して追いかけてくるではありませんか。

 よく見ると男の全身には赤黒い何かがべっとりとこびりついて、ぬらりと鈍く光を反射しています。フレッシュ感溢れる煌めき方をするその液体は、いわゆる人間の体液的なアレなのでしょう。えぇ、そりゃ必死に逃げますとも。

 走っても距離が離れないことに焦ったのか、女性は道を逸れ、一軒の建物の中に逃げ込みました。目眩ましでしょうか、扉を片っ端から開けたり閉めたりしながら、ひとつの部屋にするりと入り込んで息を殺します。

 ギギィ、ギギィ。

 怪人の歩く音。鉈で壁を引っ掻いているのか、金属の擦過音が後を続きます。

 二部屋前、一部屋前。

 凄まじい緊張が彼女を襲っているのがわかります。吐息はひゅうひゅうと荒くなり、あぁ、今にも呻きが漏れそう。慌てて口を塞いで息をせき止めます。

 そして、この部屋の前。

 

 ……沈黙。

 

 身体はカタカタ震えっぱなし、顔は汗と涙でぐしゃぐしゃです。痛いほどの沈黙の中、永劫のような一瞬がじわりと過ぎて。

 一部屋先、二部屋先。

 安堵の息を吐きそうになり、慌てて再度口を塞ぎました。そう、まだ安心はできません。奴はまだ建物の中にいるのですから。

 そうしてしばらく息を殺し、怪人の足音が建物から消えたのを悟ると、女性は安堵に顔を緩め、手を目に前で組み合わせました。

 あぁ、神よ。感謝いたします。

 敬虔なる祈りを神様はどう受け取ったのでしょう。耳を澄まして安全を確認した彼女が、部屋を抜け出そうと扉に歩み寄った、その時。

 轟音。

 窓を突き破ってくるくると回る大鉈が、彼女の頭にさくりと刺さり、そのまま脳漿を――

 

――――

 

「ノーゥ!!」

 

 助手さんから筒を奪い取ります。

 少し遅れて状況を理解した助手さんは、ぷっくりむくれて良い所を邪魔されたといわんばかり。

 

「そんな顔をしてもダメ! これは教育的に宜しくありません、没収です!」

 

 まったく、こんなグロテスクかつホラーなものを見て目を輝かせるなんて。見ている限り、のんびりほのぼのなスローライフを心行くまで満喫しているはずなのに、どこでそんな心の闇を芽生えさせたのやら。

 しょんぼり肩を落とす助手さんを尻目に、お仕事を再開することにします。

 ふーむ。先ほどの例を見るに、手に取って覗き込むことで起動する仕掛けのようです。となると、あとは見ることの出来る映像の傾向と危険性の有無がはっきりすれば、調査はお終いにしてもいいんじゃないでしょうかね。なーんだ、思ったよりも簡単……

 傾向。何の傾向? それはもちろん映像の。それって。

 

「もしかしなくても、また覗かなきゃいけなかったりします?」

 

 力強く頷く助手さん。がっくり項垂れるわたし。

 なんということ! わたしの感が発するに、待ち構えているのは十中八九スプラッターな何かのはず。いえ、感に頼らずとも、あれが発する暗黒波動を浴びればおのずとわかってしまうのです。

 はっきりいえばこの書類を今すぐ「未処理」の箱に投げ込んで、そのまま忘失してしまいたい。もしくは全力で見なかったことにしたい。ああ、全く持って気が進みません。進みませんが、つい先ほど今日の業務はここまでと宣言してしまったのです、やらなければいけません、やりましょう、やるのです、そしてさっさと家に帰って、気楽にカウチでポテトなんです!

 しゃにむに自分を奮い立たせて、えいやと筒を覗き込みました。

 わたしの視線が向かう先、筒の中に鎮座する淀んで蠢く真っ黒な知られざる何か。それは誘うようにゆらゆら妖しく揺れて、わたしの意識を瞬時に搦め捕っていきます。

 怖い、恐い、でも、目が離せなくて――

 

――――

 

「おや?」

 

 気が付けば、わたしは一人ぽつんと突っ立っていました。

 周囲を見回せば、洞窟、いえ、鉱山跡か、もしくは古びたトンネルでしょうか? 広く滑らかに削られた岩肌が果てしなく続き、その表面が薄っすらと青白く光って隧道を浮かび上がらせています。

 

「はて」

 

 ここはいったい。

 というか、わたしは何でこんな所に?

 首を傾げて記憶を探ろうとしたのですが、あまりの手ごたえの無さにびっくり。どういうわけか頭の中の風通しが素晴らしいことになっていました。

 ちょっと待ってくださいよ、うーんと。

 昨日から思い出してみましょう。朝は野菜のスープ、昼はサンドイッチ、夜は豪華に野兎のシチュー。助手さんと一緒にフィールドワークをして、丘の上でピクニック気分のランチタイム。夜はおじいさんの狩猟話を聞き流しながらシチューに舌鼓を打ったのです。そうです、ここまではきちんと覚えています。

 では、今日は? 朝は――

 

 ……。

 

 目の前に広がっている洞窟のように、それ以降の記憶がすっぽりと抜け落ちていました。特筆すべきことのない、いつもと変わらない一日だったような? そんな曖昧模糊とした感触はあるのですけど、肝心の記憶がさっぱり出てきやしません。

 うんうんとしばらく悩んで、さくっと諦めました。世の中っていうのは悩んでも仕方のないことで溢れかえっているといいますし、なにより経験上、こういう現象は悩むだけ無駄だと身に沁みていますからね。

 確実なのは、妖精さんの仕業だろうということだけ。

 まぁ、それはいつものことかもしれません。妖精さんのお遊びはいつでも出し抜けに始まるものなのですから。であれば、そのうち思い出すでしょうね、きっと。たぶん。……そうであれば、いいな。

 溜息一つ。とにかく行動してみますかね。

 

 などと、威勢のいいことを言ってはみたものの。

 目の前に広がるこのだだっ広い空間。そして、耳を澄ませば雷鳴でしょうか、遠くのほうで生理的不安を掻き立てる重低音がどろどろ轟いています。

 非常に落ち着きません。どちらかといえば、わたしは大広間の真ん中で脚光を浴びるよりは、部屋の隅でちんまりしている方が落ち着く性質なのです。いうなればすみっこ民族とでも申しましょうか。

 そそくさと壁側に寄って、雷鳴とは逆方向へと歩いてみることにします。

 てくてく歩きながら何気なしに周囲を観察すると、壁面の淡く光っている部分とそうではない部分、そこには明確な違いがあるようでした。光っている部位は滑らかで硬質、金属と陶器の合いの子の様な不思議な質感をしています。

 一方、光ってない部分。岩です。蹴れば崩れたり崩れなかったり、質もまばらなただの岩、それを鋭利な何かで無造作に削っているだけのようでした。

 岩を削ってその上から補強した、ということでしょうか? この大きさの穴を掘り、トンネル状に加工できる程度の技術を持つなにかが。

 いえ、案外わたしが縮んでしまっただけかもしれません。計量スプーン、報告書的にいえば匙状遺留物の一件のような感じに。あのスペクタクルにしてエキサイティングに満ち満ちた、小説であったなら軽妙な語り口で文庫本半冊程度に纏められるだろう大冒険をもう一度繰り返すのだとすると、ひどく憂鬱ですけれども。その路線で考えていきますと、大きくてモグラ、小さくて虫さん程度の大きさになっているだろうと思われます。巣穴を唾液で固める虫もいるでしょうし――

 そこまで考えて、思考をばっさり断ち切ります。

 不吉すぎる考えでした。もしもわたしが縮んだのなら、この先で出会うのはとても巨大な虫ということになるのです。

 ぶるり。

 べ、べつのことをかんがえましょう。

 嫌な想像は忘却の彼方へと投げ捨てて、気分一新、揚々と歩き出そうとしたわたしの目に、とある光景が飛び込んできます。

 壁にあいた穴。それはちょうど出入り口のように、わたしでも入れるような低い場所にぽかんと存在していました。

 これって通路の入口なんでしょうか? ひょいとのぞき込んでみれば、総合文化センターの大廊下ほどの、複数人が十二分に余裕を持って歩けるくらいの通路が彼方まで続いています。背の低い脚立くらいならぶつける心配をしないで持ち歩けるだろう、そんな広さです。

 突然の選択肢。

 さて質問。大きな道と小さな道、選ぶなら、さぁ、どちら?

 いざというとき頼りになるのは知の泉、読んでて良かった古典集。こういう時は小さい方を選ぶものだと相場が決まっているらしいです。少なくとも学舎の図書室で読んだ葛籠の故事はそう教えてくれました。

 まぁ、そのお話は善良さや慎みの大切さを説く話であって、道を選ぶのにはこれっぽっちも関係のないものだったりするんですけど、わたし的にほら、狭い通路の方が落ち着きますし。少しも迷わず小道のほうへと歩みを進めます。

 

 どれくらい歩いたでしょうか。先ほど抱いた意気込みは、黙々と歩を進めるうちにすっかりしぼみあがり、今では干しブドウの方が張りがあるといえてしまうくらいのしなびっぷりを呈しておりました。

 そういえば、一人でこんなに歩いたのって久しぶりじゃありません? 里に戻ってきてからというもの、周りには妖精さんの姿が途絶えませんでしたし、最近はずっと助手さんと一緒に行動していましたから、一人になることなんて――

 ……。

 いけない、心細さのあまり考え方がマイナス寄りになっている。これはよろしくない兆候です。ノーペシミズム、どんとこい楽観的思考。そうだ、景気付けに声でも出してみるのなんてどうでしょう。それがいい、そうしましょう。

 大きく息を吸い込んで、気の向くままに声を張り上げます。

 

「妖精さーん。かむひあー!」

 かむひあー、むひあー、むひあー、ひあー、――

 

 止め処なく続く洞窟に、声が空しく木霊します。

 いきなり挫けそうでした。寂しさ倍増、しかも妖精さんの反応無し。

 

「助手さーん。いらっしゃったら出てきてくださいなー!」

 くださいなー、さいなー、さいなー、いなー、――

 

 涙がこぼれそうでした。泣いたら負けだと思いました。強く生きなければいけません。そう、遺跡調査の時だって何とかなったじゃないですか。大丈夫、だいじょーぶ。

 嘘でした。全然大丈夫なんかじゃありません。頭の中はパニックの二歩手前くらいです。思えばあの時取り乱さなかったのは、助手さんがいてくれたおかげでした。人生経験に乏しい助手さんがどのような行動を取るのか、お姉さんを気取って気を張っていたからこそなのです。

 妖精さん無し、助手さん無し。救援の可能性も、脱出の目星も、食料も、水も。何にも無し。あるのは細かく震えだしたこの身ただ一つで。

 ……そういえば、人生ってこういう過酷なものでしたっけ。クスノキの里のメルヘンな雰囲気にどっぷり浸かって、妖精さんまみれになってのんびり暮らしているうちに、すっかりその一部になった気がしていましたが、急に冷水を浴びせられた気分でした。

 自然の摂理、適者生存、弱肉強食、孤独死。

 やけに現実めいた語句の数々が、心理的圧迫を伴って脳内を埋め尽くしていきます。

 そんなことを鬱々と考えていたら、逆にストンと気持ちが落ち着いてしまいました。わたしのような深窓の令嬢(見た目だけ)には似つかわしくない言葉でしたが、この状態はこう称すべきでしょう。

 胆が据わった、と。

 ついでに目も据わっていたかもしれません。恐慌状態には陥りませんでしたが、どうにも暴走状態に陥ってしまったみたい。けれども、恐怖に埋もれて崩れていくよりは遥かにましでしょう。今は胸の中を焦がす狂暴な情動を燃料に、少しでも先へと進むのみ!

 さぁ、いざ往かん!!


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