私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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素晴らしい日だったので。


ex.神様の死んだ日

 織斑一夏にとって、ルアナ・バーネットとは妹の様な存在であった。

 それこそ、『手の掛かる妹』を体現したかの様な存在だ。

 我侭は言う。一夏本人を召使の様に使う。ツマラナイ事を口にすれば冷たいジト目でスルーされる。

 対人関係に置いても、一夏のクッションを置かなければ誰とも相対しない態度を貫く。拒絶を徹底していると言ってもいい。

 

 織斑一夏にとって、ルアナ・バーネットは姉の様な存在であった。

 面倒見のいい姉。千冬とは違うもう一人の姉。

 先を往き、目指すべき所に到達していた千冬とは違う。一夏の隣に居て適度に励まし、鼓舞して、その成長を逐一見てくれる姉。

 掴みどころは無く、いつの間にか後ろに付いて自分を押し出してくれる。

 

 織斑一夏にとって、……。

 

「つまり、俺とルアナが戦わないとルアナは人間に戻れない……って事でいいんだよな?」

「えくせれぇんとっ! 流石いっくん! 理解が早くて助かるよ!」

 

 織斑一夏にとって、ルアナ・バーネットとは彼の人生を掛けて倒さなくてはいけない相手だ。

 姉でもあり、妹でもある彼女。もっと言ってしまえば家族よりも深い関係である彼女。

 

「一夏っ! 考え直せ! 他に方法がある筈だ!」

「箒……」

「お前がバーネットと戦う意味なんてないだろう!? どうしてそんな事をしなくてはならないっ!」

「んー、箒ちゃん、ダメだよー。男が折角覚悟してるんだからさー」

「姉さんは黙っててください!」

「いやんっ、お口がバッテンの兎になっちゃうっ!」

 

 ふざけている束とソレに苛立ちを抑えきれない箒。当然だ。一夏が好いている人物をルアナだと気付いているからだ。

 その認識は合っていて、そして間違っている。

 家族を含めた不特定多数の他人を好きと嫌いで分類すれば、一夏はルアナを何処にも配置する事は無いだろう。なんせ、その必要が無いからだ。

 

 

「……あぁ、初めてサボったなぁ」

 

 織斑一夏は数分前の喧騒を耳に残して、屋上に足を向けた。

 昼休みが終了するチャイムは先ほど鳴り止み、教室にいない一夏は授業をサボったという事に他ならない。

 そんな事を自覚しながらも一夏は降ろした腰を上げることはなかった。

 ぼんやりと空を眺めて、風に流されている雲の形を見つめる。

 

 瞼を降ろして、ゆっくりと呼吸をする。

 心臓が脈打ち、血液を送っている。その事を自覚してから一夏は瞼をぼんやりと上げる。

 

「そういや、ココに来て一人の時間はあんまりなかったな……」

 

 常に誰かが傍に居た。ソレは箒であり、ソレはセシリアであり、ソレは鈴音であり、ソレはシャルロットであり、ソレはラウラであり、ソレはルアナであった。

 深い息を吐き出して、一夏は考える。

 今朝にルアナが放った言葉はきっとあの事実を知っていたからなのだろう、だからこそルアナが自分から戦いたいと申し出たのだろう。

 戦う事に理由が無かった一夏はソレを断った。断るに決まっている。好き好んで好きな人物と戦いたいと思う程一夏は狂ってはいない。

 守りたいモノを傷つける趣味など無い。

 

 ならば、今は?

 戦う理由は出来た。ソレこそ大義名分のように『彼女の為』などというフザケタ理由で彼女と戦うのだ。

 戦えば、ルアナは人間に成るだろう。

 

 

 本当にそれでいいのか?

 

 

 一夏の背筋がゾクリと震える。今朝に感じたモノと一緒だ。

 頭を振って思考を一度切り落とす。そんな思考あってはいけないのだ。そもそもルアナがISになった理由だって自分が原因なのだ。

 その原因たる自分がルアナに()()()()()()()()()()()なんて言える訳も思える権利も無い。

 思考を切り捨てた一夏は雲をボンヤリと眺める。

 

 

 時間にして十数分。

 一夏の思考は実に静かだった。

 落ち着いてみれば答えはスグに出た。出た、というよりも、幼馴染である篠ノ之箒が導いていたというべきか。

 いっその事、問題は後回しにしてしまおう。自分の我侭でまたルアナを振り回す事も無い。

 そもそもソレを悔いているのだから、それこそルアナの意思を尊重すべきなのかも知れない。

 重い腰を上げ、背筋を伸ばす。制服についた塵を払い、自分に気合いをいれる。

 

 織斑一夏にとって彼女の存在はヒーローなのだ。

 窮地を助け、身を呈して自分を守ってくれた、ヒーロー。常に高い所にいる憧れと言ってもいい。

 一夏はそんなヒーローを目指した。

 一夏はそんなルアナを守りたかった。

 一夏はそんな彼女に勝ちたかった。

 どれもコレも、一夏の男の子らしい純粋な想いだ。

 

 

 

 

 故に、織斑一夏は現実を直視する事が出来なかった。

 

 立っている紫銀の彼女が赤に塗れていた。手には赤い雫を落とす銀色のナイフ。

 

 その前には紫銀の彼女と仲がよかったハニーブロンドの少女が倒れていた。広がった赤が少女の制服とハニーブロンドを染めていた。

 

 一夏が息を飲む音が聞こえたのか、紫銀がユラリと揺れた。

 一夏へと、その深い青の瞳を向けて、微笑む。

 

「あら、一夏。遅かったわね」

 

 なんてこともなく、ルアナ・バーネットはそう言った。

 本当に何事も無かったかの様に。先ほど自身が傷つけた前の少女など無かったかのように。

 

「お……い、どうして、だよ……」

「何がかしら?」

「なんで、……なんでシャルロットが倒れているよ!」

 

 ルアナ・バーネットはキョトンとして、首を傾げた。

 

「いらなくなったモノは捨てるでしょ? ソレと一緒よ」

 

 一夏の視界が真っ赤に染まる。

 怒りをコレでもかというほど押さえ込み、一夏は声を震わせて口を開いた。

 

「なん……だよ。それ」

「ねえ、一夏。神様はいると思う?」

「オレの質問に答えろよ!」

「神様は居るわ。 だって神様が全部諦めてしまったから、きっとこれはお終い」

 

 クツクツと喉を震わせて笑うルアナ・バーネットに対して、一夏は無意識に刀を手に持った。

 両断を許された剣を力の限り握った。

 

 

 一夏にとってルアナ・バーネットはヒーローだった。

 憧れ、そして目指すべき場所の一つでもあった。

 ルアナとてソレが分かっていたからこそ、一定の領分は一夏の前では止めていた。

 故にルアナは一夏のヒーローで足りえた。

 

 その領分が今しがた消えてしまった。

 

「ルアナ・バァァァネエェェェエエット!!」

「あはっ! 素敵な怒気ね! でも、残念。私はアナタに殺されてあげない!」

 

 力の限りに振り下ろされた単調な刀を刀身には触れずに弾き飛ばされた。

 曝け出された脇腹につま先が捻りこまれ一夏が吹き飛ぶ。

 壁に打ち付けられ、肺に溜まった空気が吐き出され、背骨が軋む。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

「ああ、一夏。きっとアナタは私を殺したくて、それでいて私を守りたかったんでしょう?

 アイツの夢も全部潰せるいい方法を思いついたの。ああ、コンナステキな日がアッテもイいのかシラ!?」

 

 ルアナはナイフを弄び自身の首へと刃を押し付ける。

 

「きっと神様が悪いの。 だって、私は生きる筈だもの……ねえ、カミサマ?」

「ルアナッ、やめ、」

 

 一夏の伸ばした手はルアナに届く訳もなく、制止の声など彼女に通じる訳もなかった。

 ナイフは首を撫で、一瞬の間を置いてルアナの首から赤い液体が噴水のように溢れた。

 どうしてか恍惚に染まったルアナの笑顔だけが、一夏の視界に永遠に残る。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~

 

「……へえ、スゴイね。まさか私の計画をこんな風に破るなんて」

 

 普段はつけないメガネを外して天才は浮かばない顔をしていた。

 悩んだように息を吐き出して、口をニンマリと歪める。

 

「あぁあ、いっくんは消沈しちゃったし、箒ちゃんもトラウマかぁ……

 

 

 

 

 まあ、いいや。どうせシミュレーターだし」

 

 背筋を伸ばしたテンサイは外したメガネを壁に投げ捨てた。

 

「さて、現実の君はどうするのかな? 実に私は楽しみだよ、ルアナちゃん?」 




神様の上の人が神様を殺しに来たので、神様は消えてしまうのです。
復旧には時間が掛かります。

まあ、そんな感じです。仕方ないね。

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