私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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2013/12//08
誤字訂正


09.九個あった肉まんの行方

 日付というのは無残に過ぎ去るモノだ。

 桜の花びらも疎らになった四月下旬。そんな精一杯しがみついている花びらを落とす様なよく通る声が上げられる。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

 叫んでいる訳でもなく、耳によく響く織斑千冬の声を受けて名前を呼ばれた両名が自身の駆るISを呼び出す。

 セシリア・オルコットが駆るブルー・ティアーズ。青い部分装甲、両肩に浮くフィン型の兵器。それ等を自身へと纏う形で呼び出す。

 

 量子変換。つまり、無い状態から有る状態へと変換を果たす。

 IS、細かに言えばISコアと呼ばれる部分。天()にしか触れることの出来ないブラックボックス。その中には特殊なデータ領域を保持している。

 そしてそのデータ領域の中に量子化された武装が詰め込まれている。

 セシリアで言うならば、その装甲も、機体と同じ名前の兵装『ブルー・ティアーズ』、そして主力武装であるスターライトmk2もである。

 それ等を『無い状態』から『有る状態』へ。簡単に言ってしまえば召喚する事ができるのだ。召喚と言えば幻想的なソレになるのだけれど、これは科学だ。

 

 量子物理に属する科学であり、端的な話をすれば二状態問題なのである。

 聞いた事はあるだろうか。毒ガスが五割の可能性で発生する箱の中に猫を入れる思考実験を。

 箱を閉じている状態で猫は死んでいるのか、はたまた生きているのか。開いて見なければわからないのだ。

 さらに簡単な話をしよう。

 目の前にスカートを履いた女性がいる。果たして彼女のスカートの中身はショーツを履いているのか、はたまた履いていないのか。そういうことである。

 踏み込んでしまえば、ショーツの色、そして形までを知る事の出来るのが量子学なのだ。

 無いのか、有るのか、あやふやな状態。それを決定することの出来る式をかの天()が導き出し、そして実用化にまで手を伸ばした。そうしてISはあやふやな状態の武器を瞬時に、それこそ認識さえすれば一瞬も要らずに呼び出すことが出来るのだ。

 かの天()の脳ならば目の前に女性がいればそのスカートの中身を百発百中で当てる事が出来るのである。

 スカート捲りなどしている暇があるのなら是非量子力学を学ぶべきだ。量子力学は来るものを拒まない。勿論、去る者を追うことも無い。

 

 ISによるPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)により地面に足を付ける事もなく浮遊しているセシリアと違い、未だに地面に足をつけている一夏。

 その体にはISを纏っていない。

 先ほども述べた様にISの量子変換には意識することが大切なのである。

 イメージする事でスカートの中身が決定するのだ。きっと履いていないに違いない。

 そのイメージというのもあやふやなモノではISが困ってしまう。故に、ISを乗る初心者達は一番しっくりとしたイメージを自身に植え付けるのに時間が掛かるのだ。

 

「早くしろ、熟練した操縦者は一秒と掛からないぞ」

 

 当然の様に織斑一夏は熟練した操縦者でもなければ天性の才能もありはしないのだ。

 けれど、集中をする。自身が纏う白い鎧。右手首に収まったガントレットとも言える腕輪を左手で掴み、命令を下す。

 

―来い、白式。

 

 訓練中、一番イメージしやすい形で一夏は自身の鎧であり、剣でもあるISを呼び出す。

 一夏に薄い膜が張られ、ソコに収まる様に、あたかも最初からあった様に、白き鎧を纏う。

 各種センサーが一夏の意識へと接続され、一夏は体がふわりと浮く感覚を得た。瞼を開くこともなく、世界の解像度が上がり、ほぼ一周、360°の視界も得た。

 

 得て気づいた事はジィ、っとルアナが一夏を見ている事である。そんな視線に思わず一夏はため息を吐きだしそうになった。

 

「よし、飛べ!」

 

 溜め息は姉である織斑教諭に封殺されて、一夏は気持ちを切り替える。

 先に空中へと飛び去ったセシリアを追うように、そして逃げる様に一夏は空へと飛び上がった。慣れていない様にフラフラとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

 そんな言葉とともに始まった夕食後の宴会。勿論、アルコールなんてモノは存在せずに各自ジュースを手に騒いでいる。

 そんな中、クラス代表という重圧でやや意気消沈している一夏と場所が寮の食堂ということもあり宴会なんてそっちのけで料理を貪っているルアナ。

 織斑一夏という名前はIS学園において素晴らしく人を集めるモノであり、一組のクラス代表決定を祝うパーティでありながら他のクラスからも出席しているというなんとも名前詐欺なパーティなのである。

 

 ともあれ、そんなパーティをしている机とそれを囲う人垣から二つ程離れた机でパクパクと料理を食べているルアナ。

 果たしてこれをパーティに出席していると言っていいのだろうか。まあいいだろう。

 

「おーい、ルアナもこっちに来いよ」

 

 そんな参加しているかわからないルアナを呼ぶパーティの原因、織斑一夏。

 一夏の考えはわかる。ルアナに友人を作ろうとしていること。ある意味絶好の機会なのだ。

 一夏の呼びかけに囲っていた生徒達がルアナの方を見る。見られたルアナはソレを見返して、思いっきり眉間に皺を寄せた。

 そしてわざとらしく、ハァ、と溜め息を吐き出してジト目と口をへの字に変えて一夏のいる机の隣の机へ移動をした。

 

「ねぇバーネットさん」

「構うな、凡俗ども」

 

―以上を持ちましてルアナさんの友達作りが終了しました!!

 カンカンカンカン! とゴングの音とそんなナレーションが一夏の頭によぎった。対してルアナはもう話す事など何もないと言わんばかりに肉まんを仏頂面で頬張った。

 先に、いいや、後になってしまったが、ルアナはクラスメイト達を嫌っている訳ではない。嫌いならば話さないというのが彼女だ。

 こうして毒を吐き出しているのは彼女の性質なのだ。食べ物をくれない人には、という理由ではないけれど、それこそこんな所に集まっている人間に対してルアナはこうして毒を吐き出す事しか出来ないのだ。

 かと言って、どこかへと行ってしまう事もなく、席を離れる気にはなっていないルアナは肉まんを飲み込んで烏龍茶をゆったりと飲んでいく。

 

 一夏は内心で溜め息を盛大に吐き出して、仕方ない、と心の中で弁明をした。

 これは自身の失敗である。よかれと思ってした事が空回りするのはよくある事なのだ。

 

「同じクラスメイトだろう。その言葉はないのではないか?」

 

 そう言ったのは一夏の隣に座っていた箒が静かに立ち上がった。

 彼女自身、一夏の手によってある程度クラスに馴染んだからこそ、こうしてルアナへと差し伸べた一夏の手を軽々と払った事を許せなかったのだろう。

 立ち上がった箒は座っているルアナを見下して睨んだ。対してルアナは横目で確認するだけに収まり、湯呑を机へと置いた。

 

「時代錯誤のちょんまげ女は黙れば?」

「ちょ、ちょンマげ?!」

 

 そんな言われ方をするとは思ってなかった箒は声が裏返ってしまう。

 一夏は、あぁ、始まってしまった。と頭を抱えた。同じように罵られた経験のあるセシリアも思わず私だけではなかったのか、と思ってしまった。

 そして二の句を吐き出す為にルアナは口を開いて、開いた口をそのままに数秒ほど考えて口を閉じた。

 大きく息を吐き出して、ルアナは立ち上がり頭を下げる。

 

「……言いすぎた、謝る」

 

 呆気に取られた。

 それは、一夏も、箒も、セシリアも、そして他のルアナを知っている生徒達も。

 あれだけ売り言葉に買い言葉。吐き出された毒など知ったことかと言わんばかりに乱暴に、そして無遠慮に毒を吐き出していたルアナがこれほどすぐに訂正し、謝罪したのだ。

 一夏も初めて見たようで、パチクリと瞬きをしている。

 

「少し、頭を冷やしてくる」

「あ、ああ」

「いって、らっしゃい……」

 

 人垣に触れない様に、ルアナは歩き食堂を後にする。無論、それを追う人間などいない。

 呆気に取られた人間達は、呆然とルアナの背中を見送った。

 

「いったい何だったんだ?」

「さあ……あ、」

 

 そうして呆気に取られていた一夏はようやく合点がいった。

 思わず頭を抱えてしまう程に単純な理由なのだ。

 

―逃げられた。

 

 つまり、それが結果なのである。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 翌日となって、変わらずもルアナは自身の席に座って空を見上げていた。

 昨夜に頭を冷やすと言ってから結局戻ることはなかったルアナ。

 一夏自身は逃げた事に気付いていたし、他はバーネットさんだから、という勝手な理由をつけて無視を決め込むことにしたのだ。

 

 そうして空に浮かぶ雲を見つめていたルアナは相変わらず人気者の負け犬を視界に入れる。

 その負け犬の近くには負け犬にした本人であるセシリア。そして幼馴染の箒がいるのだ。

 まだ二人だというのに姦しい二人に一夏は顔を少し困り顔で対応していた。内容としては単なるIS訓練の話なのだから一夏にとっては渡りに船であることは確かなのである。

 近日に控えたクラス対抗戦に向けて、クラス代表である織斑一夏は訓練を繰り返さなくてはいけない。少なからず、一夏はそんなモノがなかったとしても訓練をするだろうけれど。

 

「訓練相手ならわたくしが務めさせていただきますわ。なんせ専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さん“だけ”なのですから」

「お、おぉ……」

「何を言う、オルコット。一夏は私が鍛えるのだからお前の力はいらないぞ。なあ、一夏」

「あ、ああ……」

「あら、IS適性Cの篠ノ之さんが教えるよりも、IS適性Aであるわたくしが教えた方が効率的ではなくって?」

「ランクは関係ない! そもそも一夏がはっきりすればいい話だろう!」

「いや、二人一緒に教えてくれればいいんじゃないのか?」

「全然違いますわ!」

「全く違うだろう!」

 

 もう勝手にしてください。もしくは助けてください。

 一夏は願った。神様なんて無粋なモノは居ないのだから視線のあったルアナに願った。

 ルアナは視線に気づいた様に一夏に向いて、ニッコリと綺麗に笑みを作った。助けるつもりなど微塵もないらしい。

 流れを考えれば、どうせ二人は譲る事もないまま一夏を鍛える事になるだろう。

 そうすれば一夏は強くなるのだ。そしてクラス対抗戦に勝利する。

 勝利すればどうなるのか。一位のクラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが手に入るのだ。ルアナとしてはどうしても欲しいモノである。

 故にルアナは苦渋の選択で一夏を助けない。そう半年フリーパスの為に。

 本当は助けたいのだけれど、これは仕方ない選択なのである。半年フリーパスより重いものなどない。

 

「頑張ってね、織斑くん」

「今の所、専用機を持ってるのは一組と四組だけだから余裕だよ」

 

 そんな自分たちでは頑張る事の出来ない生徒たちからの声援も受けた一夏。心の中では今日だけで二桁に到達した「勘弁してくれ」を呟いた。

 主にそんな言葉を言わせている姦しい二人に対して一夏はあまり邪険に扱うことはない。なんせ自分の為にしてくれている行動なのだから。

 少なからず朴念仁・オブ・唐変木であるイチカ・オリムラは二人の下心を一切加味していない。こんな状態だから唯一の同性親友からホモ疑惑を持ちかけられるのだ。

 

「――その情報、古いよ」

 

 そんな声がクラスに響く。響いた声の方向に生徒たちは視線を向ける。

 そこに居たのは小さな体躯にサイドアップテールをトレードマークにした活発そうな少女。

 

「お前……(リン)か?」

 

 そう言葉を吐き出して立ち上がったのは一夏だった。

 その言葉に少し口角を上げて、鈴はさらに口上を続ける。

 

「中国代表候補生、(ファン)鈴音(リンィン)。今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 

 ビシッと指を指し、文字通りの宣戦布告を果たした鈴音。

 ザワザワと騒がしくなる生徒たち。そんな中一人だけはカツカツと靴を鳴らして鈴音に近づいた。

 紫銀の髪を揺らし、近寄り難い空気を作り上げているルアナ。

 そのルアナを見て、鈴音はニコリと笑みを深めた。

 

「やっぱり、ルアナもいたのね」

「久しぶり、鈴音」

「久しぶり、ルアナ」

 

 鈴音は差し出された手を掴み、握手をした。先ほどまで嬉色に染まっていたルアナの顔は一変してブスゥと拗ねた様な顔に。

 そんな顔にも鈴音は苦笑して、この人形らしい友人が一切変わってない事を理解した。そしてポケットの中から一つ飴玉を取り出してルアナへと渡した。

 

 わかっただろう。既に買収済みである。

 

 ルアナは嬉々として包装を破り、飴を頬張る。幸せそうに頬を緩める彼女に本当に変わってないな、と改めて理解した。

 そんなほのぼのとした頭である鈴音の腕をルアナは咄嗟に引いた。その影響で鈴音はルアナの胸へと収まる。鈴音はルアナを見上げて、ルアナの視線を追う。彼女の前、つまり先ほど自分のいた場所には軽く腕を振り上げた織斑千冬がいた。

 行き場の失った手を少しだけ宙に浮かして、千冬はため息を盛大に吐き出した。

 

「凰。もうSHR(ショート・ホーム・ルーム)の時間だ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。バーネット、いい加減に離してやれ、凰が戻れないだろう」

 

 もう一度呆れた様にため息を吐いた千冬の言葉でルアナは鈴音を離し、自身の席へと戻っていく。

 助けられた、と鈴音は理解した。

 きっとあのままだったなら叩かれていただろう。やはり買しゅ、持つべきものは友である。

 自身のクラスである二組へと向かう為に鈴音は足を進める。二歩ほど進んでから自分の要件を思い出して、振り返った。

 

「また後で来るからねッ。逃げないでよ一夏!」

 

 そして鼻を鳴らして踵を返した。

 一体どこへ逃げろというのだろうか。そんな一夏の思いなんて一切気にすることもないだろう。


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