私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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n=5~8
不出来。書き直しも吝かではない。


2015/02/12
誤字訂正。


8n.乖離日常

 シャルロットはゆっくりと瞼を上げた。

 まず見えたのは見知らぬ天井だった。

 自分に掛けられた布団を退かし、周りを確認する。タンス、机、小物類。自分の好きそうな物が並べられた部屋。

 少しばかり躊躇してソレを指先で撫でる。

 朝の空気に冷やされたソレは確かに指先を冷やし、現実のモノであると頭へと伝えてくる。

 

「シャルロットー、起きなさーい」

「はーい」

 

 部屋の外から聞こえて来た声に反応したシャルロットは返事をした自分の口に触れて、扉を凝視する。

 声。声の主は一体誰だった? あの懐かしい声は、もう聞くことが無いと思っていた声は。

 シャルロットは恐る恐る、扉へと手を掛ける。ドアノブを握り、回転。開いた扉の先は下りの階段があり、空間には朝食だろうか、いい匂いがする。

 階段を一段一段降りていけば、廊下と玄関が見える。テレビの音がする方を見ればまた扉。

 レバータイプのドアノブを下ろし、扉を開く。

 

「おはよう、シャルロット」

「……お母……さん」

「ん? どうかしたかしら?」

 

 母だ。母がいる。

 カチリと頭の中で鳴り、どうしてか流れてしまった涙を拭う。

 朝で、更に言えば家なのだからエプロン姿の母が居ても何もおかしい事は無い。

 

「あらあら、シャルロット。どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。おはよう、お母さん」

「ならいいけれど……。あっ! シャルロット! 時間時間!」

「え?」

 

 シャルロットはリビングに取り付けられたデジタル時計を見る。短針と長針を確認して、いつもならば既に自分が出ている時間であることを判断した。

 いいや、いつも早くに登校しているのだから少しばかり遅れた所で何の問題も無い。無いのだけれど、コレはその少しを越えている。

 顔が引き攣るのが分かる。自分の格好を見下ろす。パジャマだ。

 

「はわわわわわわわわっ!」

「あらあら」

「おっと、おはようシャルロット」

「おはよう! お父さん!」

 

 扉ですれ違ったスーツ姿の父に挨拶をしながら、音を立てて階段を駆け上がる。

 服を脱ぎ、制服を着る。姿見の前で正して、一つ頷く。

 

「よし、大丈夫。いってきま、」

「シャルロット! 朝ごはんはどうするのかしら?」

「いらな……」

「あらあら」

「いります!」

 

 笑顔で真っ黒い笑みを湛えた母の圧力には勝てなかった様で、ホッと息を吐き出す父と一緒に私は安堵の息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「いってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

 

 玄関扉を乱暴に開けたシャルロット。一歩目を踏み出し、硬いアスファルトを踏む。

 腕時計を確認して、普段の登校時間と自分の歩く速度と走る速度の差を考えて計算する。

 ギリギリだ。間に合う。問題ない……筈である。

 

 走り去る道は見覚えのある物だ。

 メイド喫茶を含む商店街。デパートの前。

 

「ん、シャルロット。珍しいな、遅刻か?」

「一夏君!? ってまだ遅刻じゃない!」

「そうだったな」

 

 十字路を曲がれば併走する様に織斑一夏君が追加された。挨拶もそこそこに普段交わしている冗談を飛ばし合う。

 互いに学校では優等生として名を知られているが、そんな自分達がお互いに遅刻とは珍しい。いや、本当に。

 

「一夏君は寝坊?」

「俺じゃなくて、コッチ」

「ふぁぁ……おはよう、シャルロット」

 

 私とは逆側、一夏君の向こうから欠伸をしながら顔を出したのはルアナ・バーネットだ。

 彼と彼女の関係は居候だそうで、こうしてマイペースである彼女に手を焼く彼の姿はよくみる光景で、……ん?

 

「ル、ルアナ!? あれ!? 今日は日直じゃなかったっけ?」

「セシリアにはメールしたから問題ない」

「あるよ!」

「もっと言ってくれ、シャルロット」

「一夏のお小言で十分よ。シャルロットに言われると流石にヘコむ」

 

 片方の耳を塞いでこれ以上聞く気はありませんよ、と態度で示した彼女は私達よりも四歩程先を走る。

 しなやかな白い足がスカートから伸びて、地面を蹴り上げる度にスカートが翻る。もう少し、もう少しだ。何が、とは言わないけれど。

 

「……あー、シャルロット。非常に言い難いけど、公衆の面前に晒せない顔になってるぞ」

「え!?」

「アレな。酷く歪んでるとかじゃなくて、なんつーか、エロい」

「な、なに言ってるのさ! ボクは、その」

「ちなみにルアナのパンツは薄い水色だ」

「マジで!?」

「マジだ」

「どうして一夏が私のパンツの色を知ってるのよ」

「そりゃぁ走ってる時にトラックが通ってソレで見えたんだ…………あっ」

「あっそ」

 

 前を走っていたルアナの足が止まり、振り返る。その片足は綺麗に上げられ、体重をしっかりと乗せた蹴りが一夏君の顔へと叩き込まれた。

 ギャグ漫画みたいに飛ぶ一夏君を尻目に、私はしっかりと一夏君の言葉が真実であることを瞳へと焼き付けた。君の犠牲は無駄にしないよ、一夏君。

 

「さ、行きましょ」

「え、一夏君はいいの?」

「大丈夫よ。アレでいて丈夫だし、一夏の足なら遅刻もしない」

 

 しっかりと握られた手に従って私は走る。前を走っているルアナが放った言葉にちょっとだけ一夏君に嫉妬してしまう。

 そんな私に気付いたのか、ルアナは振り向いて、少しだけ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことですの!?」

「布団が気持ち良くて……ほら、お日様に干した布団って素敵じゃない?」

「それは遅刻の言い訳にはなりませんわよ! ルアナさん!」

「まあまあ、そうカリカリすると一夏に嫌われるわよ、セシリア」

「なぁっ!? そ、それとコレとは!」

「ん、セシリア、どうかしたのか?」

「い、一夏さん!? い、いえ、その……」

「あー、ルアナを起こせなくて悪かったな。今度お詫びに何か奢るよ」

「一夏、セシリアとディナーに行けば? ほら、前のチケットがあるし」

「あれか。今日までだっけ?」

「デぃ、ディナー!? その、えっと」

「ん、今日は無理か? 別に他のモノが」

「いえ、是非!」

「お、おう……」

 

 何処か夢を見ている様に浮かれたセシリア。どうやら先ほどまで怒っていた事など忘れている様だ。むしろルアナを神様か何かを見るように見つめている。

 そもそもルアナは天使だ。いいや、これほど可愛らしい天使が現世にいる訳がない。つまり、女神か。

 

「何、変な妄想してるのよ」

「あてッ……えへへ」

「それで、私今日の夕飯が空いちゃったんだけど。シャルロットの予定は?」

「へ? 私?」

「ええ、アナタ」

 

 今日の予定を思い出す。確か何も無かった筈だ。

 それにルアナからの誘いを断るという選択肢を私は最初から持ち合わせていない。当然だ、だって、ルアナは……、

 

 ルアナは、……? あれ?

 

「どうかしたの? 頭を抑えて」

「う、ううん。大丈夫。 夕飯も大丈夫だよ」

「ホント? それは嬉しいけれど」

 

 ザリザリと頭に不快なノイズが走ったけれど、ソレも一瞬だ。

 ルアナが不安そうな顔をするから、私はなるべく笑顔になって対応する。何も問題は無い。恋人との食事なのだから断る事はないだろう。

 お母さんにも連絡をしておこう……帰ったらきっとあらあらうふふと言いながら迫ってくるけれど、ソレが日常だ。

 

 

 

 

 

「うーん、何食べる?」

「私は何でも食べるよ」

「知ってるけど」

 

 財布にも優しい商店街で夕食を探す。こうして改めて歩くと色々とある。というか……

 

「今も食べてるじゃない」

「んむ?」

 

 サクリと鳴った黄金色の衣。ルアナが持っている紙から飛び出ているコロッケ。口をムグムグと動かしながら小首を傾げた彼女はやはり可愛い。

 そんな彼女は食べかけているコロッケが私に向けられる。ふわりと甘い香りが鼻を擽り、頬が綻ぶ。口を開き、衣を歯で砕く。うん、美味しい。

 

「間接キス」

「――ッ、ど、どうしてそんな事言うのかな」

「嫌?」

「そうじゃ、ないけど……」

 

 それでも恥ずかしい物は恥ずかしい。顔が熱くなってしまう。

 こうして商店街にいる占い師すらも私を見ている様な気がする。うん、やっぱり恥ずかしい。

 

「……」

「ルアナ? どうかしたの?」

 

 微笑んでいたルアナの表情が冷たく変わり、占い師へと視線を向けている。呆れた様に、何かを察した様に肩を落として息を吐き出した。

 

「そう……そっか」

「どうしたの? ルアナ」

「そうね……ねえ、シャルロット」

「?」

「ココが現実じゃないって言えば、どうする?」

「は? 何を言ってるの?」

「そう、私も何を言ってるかはよく分からないんだけれど……そうね。理解したから言葉にしているの。きっと私は私でも私ではなくて、私だから」

 

 ザリザリと頭の中で鳴り響く。頭痛へと変わったソレを頭を抑える事で紛らわせ、ルアナへと手を伸ばす。ルアナはその手を優しく両手で握り締める。

 シャルロットの肩を占い師が叩く。シャルロットが振り向けば余計に頭痛が酷くなる。

 

 否定。否定。きっとコレが現実で、日常で。否定、否定。

 

「シャルロット」

 

 声に反応して顔を上げればシャルロットの顔に柔らかい何かが押し付けられる。甘い、ミルクの様な匂い。

 

「大丈夫よ。きっとアナタはココに居ちゃダメなの」

 

 頭の上から降ってきた声は優しく、髪を撫でる手から慈しみを感じる。

 頭痛とは別に目頭が熱くなる。彼女の胸元が濡れていく。

 

「行きなさい。きっとアチラで私が待っているわ」

「やだ……」

「そうね。ココは心地いいモノ。けれど、アナタは前に進む事を選んだんでしょ? ()はアナタの事が何でも分かるの。

 きっと敵は私が違反分子だと気付いてる。だから、私が理想のルアナである為に、アナタが行かなければいけない」

「でも、ココは幸せが」

「向こうには幸せはないの?」

 

 シャルロットは歯を食い縛る。流れた水を拭い、赤くなった瞳をしっかりと開く。両足をアスファルトへと立て、背筋を伸ばす。

 ソレを見てルアナ・バーネットは微笑む。そして占い師を見て、可笑しそうに笑った。

 

「シャルロットを任せるわ。何かあればきっと現実の私が許さない」

「……ああ」

「さて、じゃあ、理想は理想らしく。仕事をしましょうか」

 

 理想は踵を返し、挙げた手を振り下ろす。

 ソコには銀色に光を返すナイフが握られていた。彼女の目の前には現実(理想)に縛り付ける為にシャルロットへと寄るニンゲン達。

 シャルロットはそんなルアナを止める為に手を伸ばす。伸ばした手は占い師によって止められた。

 

「ルアナ……」

「理想の私は弱い?」

「……ううん、強いよ。誰よりも、ずっと」

「そう、ありがと」

 

 占い師とシャルロットが理想へと背を向けて駆け出す。

 理想は束縛を断ち切る為にナイフを振るった。理想の主である彼女を守る為に。

 

 走りだしたシャルロットの目の前に扉が現れた。

 きっと扉を開けば、日常が消えてしまう。誰もが求める事を忘れた平凡な日常。それが簡単に消えてしまうだろう。

 

 

 シャルロットはドアノブを捻った。


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