私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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ケンゼン

2015/02/02
誤字訂正


84.捨てる日常

 リボルバー式拳銃をクルクルと指を軸に回転させながらルアナは前を見据えた。

 その空間には何も無い。

 回転を無理矢理停止させる為にホルスターへと収められた銃。息を吐き出して、肩の力を抜く。

 銃を粒子へと変換して霧散させる。

 

「OK。シャルロット、お願い」

『はいはい』

 

 通信越しに聞こえたシャルロットの声と同時にルアナの目の前には半透明な『3』という文字が現れた。

 カウントダウンされる数字を睨み、ルアナは変わらず力を抜いている。

 カウントが『1』になり、円形ターゲットが複数動きを伴った現れる。左右、上下、或いはランダム運動。複雑に動く。

 カウントは『0』になる事もなく、消える事で完了を伝える。同時にルアナの右手に粒子が集まりその形を形成する。

 右手を構えたのとほぼ同時に鈍く光るソレは顕現し、火を噴出した。

 銃声と共に割れる音が響く。

 六つ程音が響いた後、地面に詰まっていない筒が六つ落ち、歯車が合わさる音が小さく響いた。

 

 何度かその行動を繰り返した後、ルアナは銃口から吐き出されている煙を息で吹き消した。

 

『どうしてこのタイムで全弾命中なのさ……』

「まだまだ遅いわ。名前の無かった頃の私ならもっと早く落とせた筈よ」

『それはそれで人間を超越しているんだけど?』

「……それもそうね。もう私には必要ないモノか」

 

 寄せていた眉間を肩を竦める事で解消したルアナは銃を霧散させた。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識、前に出ろ」

 

 一年合同IS実技。名前を呼ばれた七人はそれぞれの専用機を持っており、そしてその専用機達は先日の襲撃事件で深刻なダメージを受けていてマトモに動かす事すら出来ない。

 尤も、ISには自己修復機能が備わっているのだがソレを起動させたままISを動かすのは効率的ではない。

 

「さて、お前達には現在専用機が無い。訓練はどうするか」

「訓練機があるじゃないですか」

「基礎が出来ていない織斑ならともかく、他は問題は無いだろう? そんなお前達の為にとっておきを準備してやったぞ」

 

 嬉しかろう、とでも言いたげにニマリと口を歪めた織斑千冬。特殊な性癖を持っていたならば下腹部あたりに大きなダメージを受けそうな、所謂悪そうな笑みであり、場所と立場さえ違えば陰謀のある悪の女幹部などと称されそうだ。

 悪の女幹部の部下たる巨乳メガネさんは口元に小さく笑みを浮かべながら自身の隣に在るコンテナを操作する。

 コンテナはゆっくりと、鈍いモーター音を響かせながらその口を開いた。

 ソコに在ったのは【金属の塊】だ。ISが存在する今世において、おそらく人が着用するであろうソレは正しく【金属の塊】だと称せた。少なくとも、一夏にとってはそうであった。

 パチクリと瞼を動かしていた五人。ラウラは眉間へと皺を寄せ、そして簪はその瞳を輝かせた。

 

「もうこんなに出来てたんだ……」

「知っているのか、簪」

「あ、うん。国連が開発してる外骨格攻性機動装甲【Extended Operation Seekre】、だったかな……前に公表された資料を読んだけれど……」

「更識の言ったとおりだ。通称【EOS(イオス)】。お前達にはコレに乗ってもらう」

 

 千冬の一言に驚く七人。驚きの声を聞きながら説明するように千冬はさらに言葉を吐き出す。

 

「コレの実稼動データを提出するように学園上層部に通達があった。レポートに協力しろ」

「ん、俺達だけなの……なんですか? ルアナは?」

「バーネットは訓練機模擬戦のバックアップを任せる」

「私がソレを動かせば、実稼動データとして良すぎるのよ」

 

 肩を竦めてみせたルアナは溜め息混じりに言葉を吐き出した。

 その言葉に一夏は首を傾げる。

 

「良すぎちゃだめなのか?」

「あくまで災害時の人命救助が目的だから、良すぎるデータは最後にしっぺ返しがあるのよ」

「むしろ十全にコレを動かす事が出来るのか?」

「何を当然の事を言ってるの? 今も動かしている所よ」

 

 口元に笑みを浮かべてルアナは踵を返し、女生徒達へと群れる。

 頭の中に疑問を残しながら専用機持ち達は顔を合わせる。そんな七人に溜め息を吐き出して頭を抱える千冬。

 

「はやくしろ、馬鹿者共。時間は常に有限だぞ。尤も、コレを乗りこなせるというのなら話は別だが」

「お、お言葉ですが、織斑先生。代表候補生である(わたくし)達はがこの程度の兵器が扱えない筈ありませんわ」

「ほう、数日前まで幼女にボコボコにされていた人間の言葉とは思えんな、オルコット」

「あれは……」

「まあいい。その幼女が手こずった操作をこなしてみろ」

 

 やはり悪の女幹部らしい厭らしい笑みを浮かべて千冬は言ってのけた。

 自信の溢れた言葉をすぐさま折られたセシリアは少しだけ拗ねながらEOSの装着に急ぐ。

 

 

 

 

 

 さて、ルアナ・バーネットという存在が更識簪へと正式に交際を申し込んで数日。それは同時に彼女の人当たりがよくなってから同日数が経過した事を意味する。

 嫌われていた、と言ってもその態度によるモノが殆んどであり、彼女自身が近付く人間達に猫が威嚇する如く牙を剥いていたのだが。

 その牙が隠れ、人に寄る事を始めた彼女は人気者とは言わないがそれなりの人間関係を築いている。

 それこそルアナを知る料理部の人間達は「餌付けしていた他人嫌いの猫が他の人にも愛想を振りまいている」という嬉しい様な、悲しいような、寂しいような、そんな気持ちを抱いたモノだ。尤も、ルアナ本人の在り方はそれ程変わっていないので料理に関してのダメ出しはされるが……。

 さらにルアナをよく知る人物、凰鈴音はルアナの変化にそれほど驚きを見せなかった。そんな事よりもルアナが告白する宣言の方が驚いた。その相手が同性である簪であることも、その簪が自分ではない等と言ったことにも驚いた。恋とは第三者から見ればこれほど簡単なモノであるのに、随分と遠回りしていた、いいや、しているのか。

 尤もそんな事自分にも言えるのだがら鈴音は静かに口を閉じ、電子文書を用いて親友に(笑)などと既に消えそうな過去の遺産を引っ張り出すのだが。

 それほどルアナの変化に驚きを見せなかったのは、鈴音にとって人当たりのいい状態のルアナ……猫を被っている彼女を見るのは初めてではないからだ。自分の些細な記憶、それこそ未だ彼女との接点が淡い時、正確に思い出す事は出来ないが、確かにそこには猫を被ったルアナが居た。居た筈の彼女はいつの間にか猫そのものに成り、そこから色々とあって仲良くなるのだが……まあソレはどうでもいい話だ。

 

「…………」

 

 さて、ルアナ・バーネットという存在と最も深く、長い関係である織斑一夏はその瞳を鋭くしてルアナを見ている。

 そこに感情らしい感情は窺う事は出来ないが、確かに視線は軽く談笑している彼女へと向いている事は確かだ。

 紫銀の髪。深い青の瞳。白い肌。少しばかり人間味を帯びているがそれでも人形的に美しい顔。

 正しく一夏はソレをルアナ・バーネットであると判断している。判断している筈だ。当然である、彼女はルアナ・バーネット本人であるのだから。

 

 一夏の背筋が震える。冷たい何かが自分の隣を通り過ぎた様に、一夏は振り返った。当然そこには誰も居ない。

 杞憂。そうコレは意味のない心配事だ。そんな訳がある筈がない。

 一夏は自分にそう言い聞かせて深呼吸をする。

 また一夏に悪寒が走る。次は明確に、衝撃を持って、一夏を襲った。

 衝撃。衝撃衝撃、衝撃。まるで乱暴にドアを叩く様に、何度も何度も何度も一夏に衝撃が走った。

 

「訓練中に余所見をするな、一夏」

「そうよ、危ないでしょ?」

「……だからって一斉射撃はやめろよ!」

「ワタシハトメタンダヨー」

「元々シャルロットさんがハンドシグナルで決めた事ではありませんこと?」

「実に的確な指示だったな」

 

 色に塗れた一夏がややゲッソリしながら肩を落とし、ソレを見て苦笑をする一同。そこに一人の溜め息が聞こえる。

 

「お前達、時間が無い……と言わなかったか?」

 

 ベシンベシンと出席簿を用いて彼女達を叩いた千冬は鋭い瞳を余計に鋭く尖らせて一夏を睨む。その視線に思わず息を飲み込んでしまう一夏。

 

「お前もだ織斑。訓練中に余所見とは、随分と余裕じゃないか。お前はいつの間にそれほど強くなった? 先日のアレを倒して調子に乗っているのか?」

「調子になんか」

「乗ってない、と言えるか?」

「…………」

「ふむ、時間も近い。今日はココまでだ。各自EOSを第二格納庫へと戻せ。織斑はよく思い出せ。何故お前が強くなる理由をな」

 

 千冬はそう言い残して踵を返す。一夏は俯いて、歯を食い縛った。

 強くなる理由なんて初めから自分の中に残っている。根本など何も変わっていない。

 

「一夏……」

「悪い、箒。少し一人にしてくれないか?」

「……」

 

 箒は力なく笑った一夏に手を伸ばす。伸ばして、途中で手を止め、握り締めて腕を戻した。踵を返して、自分が着用していたEOSをカートへと運ぶ。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

「…………」

 

 自室、尤もルームメイトである更識簪との共有スペースではあるが。その場所でルアナ・バーネットは脱力していた。

 エクトプラズマでも口から放出しているのでは無いかと勘違いするぐらいに垂れていた。

 

「大丈夫?」

「ん……普通って面倒」

 

 簪の問いに対してルアナはソレを言い残して机へと顔を押し付けた。彼女の本心的には簪の柔らかい太股辺りに顔を埋めたい一心であったが、ソレは色々と問題が発生しそうなので自重した。主に義姉の問題と自分の性欲的問題なのだが。

 そんな人知れず悶々としていたルアナを見ながら簪は包丁を握っていた。決して浮気性というか公然と浮気をしている彼女を刺す為ではない。料理をしているだけだ。

 自分の為にルアナは周りの評価を上げている。そう考えれば簪の頬は少しばかり熱くなってしまう。これほど求められて嬉しくない筈はない。

 一方、ルアナ本人は自分の下心の為に頑張っているだけなのだから、なんとも滑稽な状態である。

 

「そういえば、織斑君が心配してたよ」

「……そう」

「そうって、いいの?」

「一夏が心配してるのは私じゃないから」

「いや、訓練中に思い切り見てたけど?」

「知ってる。でもアレは心配とかじゃない」

「そうなの?」

「そうなの」

 

 ルアナの言葉に首を傾げる簪。傍から見れば一夏が変わりすぎたルアナに対して心を砕いているようにしか見えないけれど。

 それでも本人達からすれば、ルアナからすればアレは"心配"という言葉で表すモノではないのかも知れない。

 ルアナがこれ以上、コレに関して何も言わない事を察した簪は少しの沈黙の後に思い出したように言葉を吐き出す。

 

「EOSの操作なんだけど」

「出力調整して、遠心力と体重移動をこなせばある程度動ける」

「そうじゃなくて。操作した事があるの?」

「今も操作してるわよ」

「……え?」

 

 簪はルアナを見た。ルアナは相変わらずブラジャーをせずに楽な格好をしている。その肉の詰まった白い太股が眩しい。いや、そうじゃない。

 簪の目にはルアナがEOSを着用している様には見えなかった。

 

「EOS、というよりはPICをほぼ切ったIS」

「?」

「……私はIS。擬似的だけど」

「あ、そっか」

 

 随分と人間らしいから忘れていた、と簪。人間として認められていることを喜べばいいのか、それとも自分の情報が覚えられていない事に悲しめばいいのか、迷うルアナ。

 

「昔は制御が分からなくて、今みたいに普通の生活が出来なかった」

「ルアナでも難しい事があるんだね」

「私は超人じゃないわよ……。

 それでPICを必死で制御して、どうにか……、あー、いいえ。頑張って日常生活に溶け込んだの」

「なんで言い淀んだの?」

「色々とあるのよ」

 

 肩を竦めてみせたルアナは詰まった言葉を飲み込む。一夏の為、という言葉を吐き出せば簪は悲しい顔をするかも知れない。多岐に渡る恋愛小説と少女マンガを読んだルアナにはソレがしっかりと分かった。

 

「……織斑君の為?」

「今は簪が一番だから」

「それ、浮気してる彼氏君が言いそうな言葉だけど?」

「あ、その、えっと」

「ふふ」

 

 珍しく言葉を迷うルアナに思わず笑ってしまった簪。そんな簪に不貞腐れたルアナ。

 簪とて、以前のルアナが一夏の為に尽くしていたのは知っている。一夏がルアナに尽くしていたのかも知れないけれど……。

 対して咄嗟の事には弱いルアナは簪に攻められた事に形だけの不貞腐れを見せる。それはもう見事に頬を膨らませて拗ねている。

 実際の所、下腹部辺りがゾクゾクと震え、顔のニヤケをどうにか頬を膨らませ、簪に背を向ける事で誤魔化している。自分は受けでもいけたのか、と方向の違う思考を飛ばしながらどうにか快楽を落ち着ける。

 バレたらさすがに引かれる。ソレはいけない、絶対に。

 既にショーツが仕事を放棄している気がしないでもないが、まだショートパンツが残っている。問題は無い。無い筈だ。

 

 落ち着け、落ち着けと心の中で何度も唱えて意識を飛ばしていたルアナの頬に外からの圧力が掛かる。

 頬に溜まった空気が口から抜けて、ルアナは自分の頬を押した簪へと視線を向ける。

 簪は微笑んでいて、何かを言っている。言葉がルアナの鼓膜を揺らす。けれども意味は理解していない。

 簪は微笑みながらルアナの頭を撫でた。指の間に艶やかな紫銀が零れる。

 胸が心地よく締め付けられる。血液と一緒に幸福感が体中を駆け抜けて脳へと昇っていく。下腹部が萎縮し、ルアナは歯を食い縛り昇ってきたソレを味わう。声を出さない様に口を噤んで、脳天で弾けたソレを耐え切る。

 

「る、ルアナ?」

「ふぁぁ、」

 

 俯かせた顔を上げて声を出せば、随分と情けない声が喉から漏れた。

 蕩けた表情をどうにか戻そうとしても戻らない。未だに波はそのまま残っている。ゆっくりと、砂浜を削るように、理性が削られていく。

 

「大丈夫?」

 

 簪の言葉を理解するのに数秒程の時間をかけて、ルアナは頷いた。問題は無い。問題は目の前にあるけれど、ソレを排除する事など自分には出来ないしする気もない。

 思考の鈍い頭で妥協点を模索する。上から順にしたくても出来ない事を削除していく。接吻あたりまで削除してからもう一度妥協点を探す。

 

「……かんざし」

「ど、どうしたの?」

 

 ルアナがゆっくりと伸ばした手を簪は少しだけ見てから、なんとなく、握ってみた。

 うつ伏せになったルアナが震えた。きっと何か不安な事があったのだろう。いったいこの会話の中の何処に不安を覚えたか簪には分からなかったが、それなら彼女が安心するまで手を握ってあげよう。

 簪はルアナの隣へと移動して座る。手を握りながら頭をなでればやはり震えるルアナ。そんなルアナを安心させるように優しく、頭を撫でた。

 

 小さな死を繰り返し体験しているルアナは朦朧とした頭で思考する。

 はたしてコレは計算上の事なのだろうか、無自覚なのだろうか。いいや、そんな事はどうでもいい、重要な事じゃない。

 とにかく、ヤバイ。何がヤバイか分からないが。コレでこの状態なら"致した場合"いったい自分はどうなるのだろうか。

 そん未来を少しだけ夢想して、ルアナはもう一度大きな波へとその身を任せた。




>>ルアナの弱点
 幸福に弱い。簪さんが抱き締めたり、愛を囁いたら一発で落ちるチョロイン、否、エロイン。

>>訓練時のルアナ
 IS着用で日常生活を思えばかなり苦労しそう。パワーありすぎ、PIC発動しすぎ、360°見えすぎ、スーパーヤサイ人かな?

>>日常
 ルアナにとっての日常を捨てて、普通の日常へと溶け込みだすルアナ。同時に歪みがチラホラ。

>>一夏が強くなる理由
 思い出せ、と言われて根本を追求すると一夏君が壊れる罠。なお、千冬さんは根が深いと思っていなかった模様。

>>悪の女幹部・スノーサウザンド
 よくある自分にも他人にも厳しい悪の女幹部。武器は刀らしい。
 正義の味方の六人少女よりも圧倒的な力を持っており、戦う時も全快させて戦って勝つような存在。
 普段は学校の教師の姿をしているらしい。悪の女幹部へ変身すると全身タイツに黒髪ポニテになる。

>>人間を超越した幼女
 幼女の活動時期とISの発足した時期を見ると人外認定は余裕。そもそも因果律を求めた存在でもあるから人外認定はされてる。

>>猫被りルアナ
 シャルロットが発狂しそう。にゃー

>>私は止めたんだよー
 せやな

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