私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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遅れました、申し訳御座いません。
かなり雑多なモノになってしまい、反省するしかありません。、


70.勧誘に近い何か

「ばーすでぃぱーてぃ?」

 

 口の周りにケチャップを盛大に、これでもかと言うほど付けた幼女、バーネットが首を傾げながら疑問を吐き出した。

 その目の前では眉間に皺を寄せて、何を言うべきか思案している織斑一夏が座っている。彼にしては珍しく苦虫を噛んでしまったように顔を顰めて自分の迂闊さを呪った。後悔した。死んでしまった方がいいのではないかと……いや、流石にそこまでは考えてはいない。

 ともあれ後悔の念が心の中で順繰りしている一夏を少しだけ放置して話を戻そう。

 

 

 事の始まり、話の始まりなんて物は意外にも突拍子も無いものであった。突拍子も無いのだけれど、一夏を中心とした話としては非常に日常的な物で、まあ「いつもの」なんて言えるのかもしれない。

 セカンド幼馴染である凰鈴音が何気なく、まるでコンビニに行くように口を開いた事が始まりである。

 

「あ、明後日、キャノンボール・ファストが終わってから弾達と会うのよね?」

「あぁ、俺の家に来る予定だ」

「私も行くわ」

「わかった」

 

 そんな遊びの約束を取り付けた鈴音。友達の家にフラリと遊びに行くだけの、そんな平凡な言葉だった。

 そんな言葉を聞いて反応したのはファースト幼馴染である篠ノ之箒である。

 

「一夏。私も行ってもいいか?」

「おお、わかった」

「ありがとう」

 

 これも実に自然な話の流れであった。そもそも一夏の親友でもある五反田少年と二人の幼馴染は顔見知りであり、親交もある程度はある。

 だからこそ至って自然に織斑宅へと向かう予定を立てれた。実に恋する少女らしい純粋な行動である。

 尤も、彼女らは恋する少女らしい計算高い行動をしているのだけれど。

 嘘は言わず、けれども本当の事すらも言わない。

 ファーストとセカンドの視線がかち合う。同時に今はお互いを尊重し、ある程度の邪魔を排することを瞬時に判断した。

 決して内容など言わず、敵を潰していく。女の争いとは男の知らない水面下で行われている物なのだ。

 

「明後日? キャノンボール・ファスト以外に何かある、ヒッ!?」

 

 そんな事を聞いたのは夕食を共にしていた更識簪であった。その隣にはあぐあぐと蕩けた卵にケチャップのかかったオムライスを食べているバーネットが居て、更に隣にはソレに蕩けた視線をバーネットへかけているシャルロットが座っている。

 疑問の文末で怯えたように声を出してしまったのは一番目と二番目が簪へと鋭い視線を向けたのが原因である。いくら更識といえど平常時に恋する乙女(暴力)の視線を受ければ怯えもするだろう。

 そんな怯えた声を疑問に思いつつも水面下の戦いなどまったく知らない一夏は洗濯物の乾き具合を言うように口を開いた。

 

「あー、俺の誕生日なんだ」

 

 間。

 カチャカチャとバーネットの動かすスプーンが食器を叩く音だけがそこに響いた。

 目をひん剥いたセシリア・オルコット。

 その表情に固まってしまった簪。

 パチクリと瞬きをしたラウラ・ボーデヴィッヒ。

 バーネットに対して蕩ける……いや、彼女は変わらなかったが。

 一夏はその空気にようやく気付いたのか、頭の中に疑問を生じさせる。

 自分は一体何をしてしまったのだろうか? 誕生日を告げただけである。

 

「どういうことですのッ!?」

 

 声を荒げるセシリア。

 どういう事か知りたいのは一夏の方である。本格的に自分が悪いのだろうか。誕生日にかの預言者が提示した世界滅亡の日が被っていたのだろうか。

 そんな意味の無い、現実逃避しかない思考へと没頭した一夏。既に彼の思考はこの世界に居ない。どこか遠い所に旅立ってしまったのだ。そのままお星様に成ればいいのに。

 

 感情を顕わにしているセシリアとジト目でエアスト(一番目)ツヴァイト(二番目)を睨んでいるラウラ。その視線をなるべく直接受けない様に顔ごと反らしている二人。

 キャンキャンと高い声で一夏に吠えている血統書付きの金毛の大型犬はさておき、睨みはしたけれどラウラはそれほど怒りは感じなかった。

 それこそ戦場では、なんて考えである職業軍人だからこその判断であり、情報不足である自身を悔いるよりも現時点からどう行動すれば被害が最も少ないかを思考する。睨んだのはあくまでポーズである。決して一夏の誕生日という情報を開示せずに楽しもうとしていた二人へのあてつけとか、そういうモノではない。決して、ある訳がない。

 

「フッ、嫁の誕生日を祝うのも夫の務めだからな」

「そもそも嫁じゃないんだが」

「そうだよラウラ。こんな変態が嫁だなんて思っちゃダメだよ」

「シャルロットさん、キツいですヤメテ」

(わたくし)も一夏さんのバースディパーティに参加させてもらいますわ!」

 

 ようやく冒頭のバーネットの発言へと戻る。

 何度か瞬きをしてバーネットはやはり首を傾げてしまう。

 

「何を祝うの?」

「生まれた事ですわ。生まれてくれた事に感謝しなくてはいけませんわ」

「…………一夏お兄ちゃんは、キリストだったの?」

 

 そんな素っ頓狂な発言をしたバーネット。ただし顔は至って真面目なのだから困り物である。

 そもそもこの会話、一夏にしてみれば二度目の会話なのだ。二度目は今、一度目はルアナが織斑家に居候をし始めてからの話になる。思わず頭が痛くなった。

 そんな一夏を尻目にシャルロットが空気を変えようと口を開く。

 

「バーネットちゃんの誕生日はいつなのかな?」

「私の生まれた日?」

「そう、バーネットちゃんのお誕生日も」

「あー、シャル。ストップ」

 

 余計に痛くなった頭をどうにか我慢しながら一夏はシャルロットの言葉を止めた。これも交わした会話である。

 止めるのは些か遅かったようだが。

 

「私の誕生日は無いよ」

「……」

 

 断言された。生まれた日が自分には無い、そんな事を断言されてしまった。

 現存していることからルアナが生まれた日はある。それこそルアナの過去であるバーネットにも当然。【ルアナ】としての製造月日をソレと言うのならそうなるのだが、元々人間であった少女にも確かに誕生日はある筈なのだ。

 けれど、それをバーネットは当然の様に否定した。

 否定された側はソレが当たり前ではない。

 

―一夏。ルアナの誕生日ってバレンタインじゃなかったっけ?

―……ルアナがチョコ食いたいとか言い出したから

―あっ……

 

 そんな秘匿通信が集団で行われる中、バーネットは周りの反応にキョトンとしている。

 

「何か問題があったか?」

「あ、千冬姉」

「織斑先生だ」

「織斑先生。バーネットちゃんの誕生日って」

「………………」

 

 簪の言葉の後、千冬は皺を残さんばかりに眉間を寄せた。頭痛がしたあたり、その遺伝子はしっかりと弟に似通っているようだ。

 しっかりと溜め息を吐き出して、千冬はバーネットを手招きする。その手招きに誘われて笑顔でテトテトと移動したバーネットは千冬に耳打ちされてコクコクと何度も頷いた。

 そのまま花の咲いた様な笑顔に変わり、また席へと戻ってきたバーネット。どうしてか鼻息が荒い。

 

「食べ物いっぱい! 誕生日ってステキ!」

 

 目を輝かせたバーネット。一人を除いた一同は千冬を見た。千冬は相変わらず凛とした顔でグッとサムズアップ。

 食べ物という甘言に惑わされたバーネット。その甘言を吐き出したであろう千冬。そしてその千冬を言葉には決して出さないが「うわぁ……」と言いたげな六人。

 

 明後日に控えるキャノンボール・ファストへの想いや緊張など、それほど無いのである。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 キャノンボール・ファスト当日。

 更識簪は諸事情から客席に座っており、他のクラスメイト達は会場の控え室に居ることだろう。

 隣には誰も居らず、バーネットすら居ない。

 そんな隣を少しだけ一瞥して、簪は時間を少し遡る。

 

「バーネットは私が面倒を見る」

 

 そんな事を言い出したのは千冬であった。あの千冬が、である。それこそ面倒そうに溜め息を吐き出して、頭を抱えていたのだが、その事を心配そうに簪が指摘すれば。

 

「ただでさえ特殊な立ち位置なんだ、コイツは。必要書類も然る事ながら監視も必要になる。私一人で事足りるならばそれでいい。一夏の誕生日会にも私が連れて行くさ」

 

 面倒だがな。と付け加えた織斑先生とその後ろで苦笑している山田先生。更にその山田先生の裾を握っていたバーネットを思い出して簪は現実へと戻ってきた。

 

 メガネ越しで行われているレースは二年生のモノだ。抜きつ抜かれつの繰り返し。湧いている客。喝采。

 そんな声たちに鼓膜を揺らされながらも簪はメガネにディスプレイを浮かべていく。内容は自身のISスペック。

 こうして時間のある時にコツコツとエラーを消していく。普通に動く分、それこそ姉の訓練に堪えれる程度にはなっているけれど細かい所でエラーは吐き出されているし、加えてまだ直せる所も多い。

 直してもキリなどない。

 自分が出来る所まででいい。進まないよりも、進む事が大事なのだ。

 

「隣、いいですか?」

「あ、は……」

 

 ふと声を掛けられた簪はディスプレイを視界に納めたまま声の主を見た。

 太陽に反射する白髪。整いすぎた顔。瞳を隠すように掛けられた淡い色のサングラス。仕事の出来る女を体現しているようにスーツを着こなした女性。

 

「ありがとうございます、更識簪さん」

「ブ……"ブローバック"……」

「はい。何か?」

 

 綺麗に座った彼女は何事も無く、当たり前の様に簪に反応した。そして何かを考えるような顔をしてからあぁ、と声を漏らした。

 

「『アスピナ機関』は嘘ですよ?」

 

 そこじゃねぇよ。

 簪は思わず口走りそうになった言葉を飲み込んだ。飲み込んでしまえばどうしてか吹っ切れてしまい、溜め息と共に自分のスペックと相手のスペックを比べた。

 女性的なスペックを競った訳ではない。そもそもソレは競うようなものでもない。

 ルアナとアレだけの戦闘をした"ブローバック"。ルアナを落とした張本人。

 そんな相手が目の前に居るのだ。

 

「どうして……ここに?」

「お姉様を確認しに。元気ですか?」

 

 まるで自分が落とした事すら忘れているように。久しく会った姉の体調を気にするように。"ブローバック"は微笑んだ。

 

「相変わらず美人ですか? 可憐ですか? お綺麗ですか? 可愛いですか? 画像など持ち合わせていませんか? あぁ! きっと愛らしいお姉様の事ですから写真をいっぱい撮られて視姦されているに違いありません! きっと沢山の男に言い寄られているに違いありません! お姉様が大量にゴミに群がられて、アァッ汚されていく! ふへっへっへへ」

 

 目の前にとても残念な美人がいる。それも取り返しがつかないような、残念さである。

 ドコかに視線をやりながら手を宙でワキワキさせている"ブローバック"を見ながら簪は溜め息を吐き出す。ここで本当の事を言ってもいいのだろうか、と頭の中で少しだけ思案する。

 

「お姉様は幼くなりましたか?」

「ッ……どうして、ソレを?」

「ああ、よかったです。ちゃんと戻ってましたか」

 

 ソレは、重畳。

 と付け加えて"ブローバック"は喉を引き攣らせた様に嗤う。そんな態度を見ていれば簪にも疑問が出てくる。

 このヒトはルアナを殺そうとしていたのに、どうしてこんなに嬉しそうなのだろうか。

 単純に生きている事が嬉しいのか。いいや、それでは殺す意味には繋がらない。宿命のライバルとか? ばい菌と正義のパンみたいな関係なのだろうか。

 

「あぁ、とても気分がいいです。ようやくお姉様があの女を忘れてくれました」

「……あの、おんな?」

「えぇ、お姉様を唆したクソビッチです」

「く……」

「おっと、可愛らしい口でそんな言葉を吐き出してはいけませんよ。腐ります」

 

 かなり真面目な顔で言ってのけた美女。尤もそんな言葉も美女から出ているのだけれど。

 流されているという自覚を持ちながらも、簪はこの流れを変える事は出来ていない。ある程度情報を吐き出してくれればそれでいいのだけれど……それも、望めないだろう。

 

「あぁ、そうでした。更識簪さん」

「はい?」

「ワタクシ達の仲間になりませんか?」

 

 簪の時間が停止する。目の前の美女は楽しそうにソレを見ているが簪にはそれどころの話ではない。

 どうしてこのヒトは自分を誘っている? 思考を幾重にも張り巡らせてもサッパリ分からない。ある程度の情報を姉から聞いていたけれど、『亡国機業』が自分を入れて得などあるのだろうか? 否、無い。

 過小評価でも、過大評価でも、自分にはあまり価値などないのだから得など生じない。それに更識であるというリスクも伴うだろう。

 

「嫌です」

「お姉様とワタクシだけの組織で楽しいと思いますよ?」

「ルアナも?」

「……その名前でお姉様を呼ばないで貰えますか? 虫唾が走ります」

「……私にとってはルアナなので」

「…………お姉様はこれから誘います。楽しいですよ? ただ殺す事を考えればよくて、イイ事沢山出来ます。頭の中をカラッポにして、血と硝煙の香りの中で混ざるんです。アァ!! ステキです!」

 

 簪は理解するのをやめた。隣の席で自分の豊満な体を抱きながら揺れる美女を理解するのを諦めた。自分にはかなり荷が重過ぎる。

 

「ま、お姉様の方もお仕事が終ってから勧誘なのでその後でもう一度考えても大丈夫です」

「どうして私なんですか?」

「言ったでしょう? アナタのポテンシャルに期待しているんですよ」

 

 それは自分を騙すために言った言葉の一部だった。

 簪は眉間を寄せて怪しむ。それは当然の事だ。それは必然だ。そのまままた銃を突きつけられてサヨウナラ、だなんて最悪である。

 

「だって、簪ちゃん。可愛いじゃないですか」

「………………」

 

 予想も出来ない最悪なこともある。

 ワタクシ好みですよ。なんてフォローにもならない言葉も添えられれば、背筋がゾクゾクと震える。快楽ではない、嫌悪感である。

 

「では勧誘も失敗したので、ワタクシは帰ります。勧誘の件、考えてくださいね」

「絶対に行かないので考えることもないです」

「あらソレは残念です」

 

 "ブローバック"は立ち上がり、簪の耳元へと口を寄せる。

 その行動に思わずビクッと動きそうになった簪の肩を抑えて無理矢理静止させた。

 

「一年生の試合が始まれば、きっとワタクシ達は動きます。死なないよう、先に避難してくださいね」

 

 ソレだけを言って"ブローバック"は簪から離れた。コツコツとヒールを鳴らし雑踏の中へと消えていった。

 パチクリと瞼を動かした簪は耳を押さえながら震えている身体をどうにか落ち着ける。

 試合に目を向ければ二年生の試合が終わったようだ。

 

 簪は近頃まで一切連絡を取らなかった肉親へと通信を繋げる。今聞いた、恐らく事実であろう可能性を伝える為に。


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