私が殺した彼女の話   作:猫毛布

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意味のあるようで、意味の無い話。


07.七日目になるベッドの確認

 火曜日。

 昨晩にアニメの消化も終わり、同室であるルアナの淹れたハーブティーにより安眠を手にした更識簪はカーテンで遮れなかった陽射しを瞼に当て、意識を覚醒させた。

 春先で未だに朝は寒く感じるそんな朝。布団は体温で温まり非常に居心地がよかった。

 もぞりと動いて簪は時計を確認する。どうやら遅刻には程遠い時間だ。

 ぼんやりとした視界で確かめ、大きくアクビをして布団に深く潜り込んだ。

 人肌で程よく温かい人形がちょうど隣にあり、更に温かく感じる。

 簪は無意識にその人形を胸に抱きしめて、その抱き心地の良さに安心してしまう。

 程よく温かい人形は人形だから抱きしめていても当然抵抗はしない。

 ほのかに香るシャンプーの匂いを肺に溜め込んで、ようやっと簪はパチリと目を開いた。

 人形を抱いて眠っていたのは随分昔の事である。それなのに、どうして私は人形を抱きしめているのだろうか。

 そんな記憶をたぐり寄せるという現実逃避をしながら簪は視線を下に向ける。

 胸元には紫銀の塊。細い髪の塊を簪は抱きしめていた。

 

 間。

 

 簪は叫ぶ事を我慢した。

 落ち着いて記憶を辿る。ちゃんと自分の布団に入った筈だ。彼女も、自分も。

 そして、どうしてだか今の現実である。

 簪は現実から逃げ出してきっとこれは夢なんだろうな、なんて思考する。けれど現実は非常に異常で、夢以上に非情だ。

 冷静に思考を繰り返した簪。その抱きしめた頭を外していない所を見るにどうやらまだ混乱しているらしい。

 そういえば夢って深層心理だっけ? つまり私が彼女と眠りたかった? つまり、私は彼女の事が……。

 落ち着きなさい、更識簪さん。そうなる事はとても素晴らしい事だけれど、その思考は飛躍しすぎている。

 必死で現実から全力失踪している簪に変わり、抱きしめられて眠っているルアナ。

 変わらずもコチラは爆睡である。深い深い眠りの中で漂っている。

 

 思考をグルグルと乱回転させて、どこぞの忍術でも開発できそうな程迷走、失礼、瞑想した簪はようやく現実に目を向ける。

 目を向けると自分が抱きしめている同室の女の子が目に入る。目を背けたかった。

 けれど、とにかく、とりあえず、更識簪はその冷静かつ沈着、そして明快な思考を用いて抱きしめている頭を開放する事にした。単純な答えであるとは言うまい。

 彼女を起こさないように、ゆっくりとそして繊細に腕を動かす。

 

「……え?」

 

 ようやく引き抜いた腕なんて関係なしにルアナは簪を抱き枕よろしく抱きしめた。

 やっぱり夢だ!

 木魚の音と、高い金属音の後に簪は判断した。もちろん、現実である。

 柔らかい感触が簪のお腹でふにゅりと潰れてルアナの熱を伝えていく。

 手を宙に浮かしてどうしようもない簪。その胸元でもぞりと人形が動き出す。

 危なく変な声が出そうになった簪はその声を抑えながら、見下ろす。

 薄く開いた瞼の奥に深い青の瞳が見えた。

 そして、閉じられた。

 

「る、ルアナ?」

「ん~。 ん~?」

「抱きつかれると、……起きれない」

「ん~」

「…………」

 

 抱きつく力が僅かに強くなったルアナ。当然、押し付けられているモノも押し付けているモノも感触が強くなる簪。

 慣れる訳もないので、再度思考停止を果たした簪。この日三回目の思考停止である。

 そんな簪など無視してルアナは抱きつく力を少しだけ弱めて簪の体温の籠った布団を巻き込む。グルグルと転がり、ボスッと音を立ててベッドから落ちた。

 

「え? ルアナ?! 大丈夫!?」

 

 布団を奪われたことよりもベッドから落ちたルアナを覗き見る。

 

「すー……」

「…………」

 

 そして聞こえてきたのはここ一週間程で聞き慣れた彼女の寝息だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 教室で机に向かう簪は思わずため息を吐いてしまった。メガネ越しに見えるディスプレイを確認していく。

 その確認とは別の理由でため息を吐いた訳だが。

 各して、朝の秘め事を頭の片隅に隠した簪。ルアナも寝ぼけてたのだから、きっと忘れている事だろう。

 そんなルアナは朝食の誘いを断ったのだ。

 あのルアナがである。

 朝からカツ丼の大盛りと焼き鯖定食を頼んだ末に簪の食べていたうどんを付け狙う、そんなルアナがである。

 

 幸か不幸か、休憩時間だというのに簪に近づく人間は少ない。

 腫れ物を触るどころか、腫れ物には触れないクラスメイト達は腫れ物()に触れることはない。

 学園最強である生徒会長の妹で、噂では一組のISを男で唯一扱える織斑一夏に専用機を奪われた、そんな存在である。

 藪を突いて蛇どころか藪の上に二本の角が見えているのだから触れたくもなくなる。

 

 そんな、正直に言ってしまえば友達の少ない更識簪は考え事に没頭していた。

 体調不良である同室の女の子をどうすればいいのだろうか、と。

 何かしてもいいのだろうか。もしかして迷惑ではないのか?

 そんな思いが簪に湧いて、沈んでいく。

 

――(さらしき)さん? (さらし)きさん? 更識さん?」

「へ?」

「もう、何回も呼んでるのに」

「ご……ごめんなさい」

 

 いつの間にか隣にいたクラスメイトに簪は驚きながら、どうして呼ばれていたのか、と口を開こうとする。

 けれどソレはクラスメイトが先に口を開いた事で封殺される。

 

「お客様よ」

「え? ……」

 

 指さされた先を見て、簪は顔を歪めた。

 そこには四組の諸君からまるで珍獣でも見るかのように視線の槍で貫かれている男がいるのだ。

 男で唯一ISを扱える男。そして、形式的に簪の専用機を奪った男。

 織斑一夏がいるのだ。

 

 簪は立ち上がり、ツカツカとわざと音を立てて靴を鳴らす。

 珍獣に群がっている人間達はその音に気づいて道を開ける。そして中心にいた珍獣はようやく珍獣扱いが終わった事で安心する。

 

「なに?」

 

 簪から出てきたのは素っ気ない一言だった。

 一夏からすれば、珍しい女の子だと思った。初対面ではないけれど、それでも一夏に対してこの反応をする女生徒はいなかった。

 そんな思考をしながら一夏は目的を話す。

 

「ルアナを知らないか?」

「……体調不良」

「同室なんだよな? 何か変わった事とかなかったか?」

「別に……いつも通りだった、けど」

「もしアイツが迷惑とか掛けたら悪いな」

 

 一夏の言葉に眉間を寄せる簪。

 申し訳なさそうに頭を掻いてそう言っている。きっと彼こそ悪気はないのだ。

 悪気内に悪意があるのか、悪気の無い悪意なのか。

 簪はなるべく感情を表に出さないように口を開く。

 

「アナタの責任ではない」

「そう、なんだけど。 何かあったら」

「何も、ない」

 

 それ以上は何も言うことはない。

 やはり現実を知っている簪からすれば、織斑一夏は苦手で嫌いな存在なのだ。

 踵を返して、席へと戻ろうとすれば簪の肩に触れる何か。

 体ごと振り向くのと同時に簪はベシリとその腕を払う。払われた一夏は少しだけキョトンとして、悪い、と謝罪を挟む。

 

「これ、ルアナに渡しといてくれ」

「……なに?」

 

 一夏から渡されたのは小さな瓶。透明なソレの中には小さな錠剤が大量に入っている。

 一夏は少しだけ苦い顔をして、少し口を閉じた。

 

「栄養剤だよ」

 

 そう言って、次は一夏が踵を返した。

 残されたのは訝しげに薬瓶と一夏を見る簪。そして、一夏から何かは判らないがプレゼントされた簪を見つめる女生徒たちだけである。

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま」

 

 ようやく解放された。と溜息を吐きだした簪は扉に背を預けた。

 返事がないということはルアナはまだ眠っているのだろうか。そろそろ日も落ちるというのに、未だに眠っているのだろうか。

 一週間にして始めて出した言葉に少しだけ緊張していた簪。いつもなら「おかえり」を言う側であるのだ。

 その「おかえり」を本来言うべき存在は布団と一体となってベッドの上にいるのだ。

 どうやらベッドの間からは抜け出したらしい。

 

「ルアナ?」

 

 もぞりと布団が動いたことで起きている事を確認した簪。カバンの中から一夏から貰った薬瓶を取り出す。

 布団から上半身だけを出して、ルアナは座らない首をガクンと揺らして、薄く瞼を開いた。

 

「これ、織斑くんが……ルアナにって」

「……ん」

 

 ルアナの白い足が布団から出てくる。スルリと布を擦って出てきた肌の白い足。

 素足で床を踏み、立ち上がる事で捲れ上がったカッターシャツが白いショーツを隠す。

 本日四度目になる思考放棄を果たした簪の手からスルリと薬瓶を抜き取り、ルアナはキッチンへと向かう。

 水道水をグラスの中にいれて、瓶の蓋を外す。

 そしてジャラジャラと明らかに用法も容量も守っていないだろう量を手に出して、それを口の中へと放り込んだ。

 バリボリと薬は噛み砕かれ、ある程度噛み砕かれたソレらを水道水で流し込む。

 ふぅ、と一息吐き出す。

 コキリと首を動かして、改めて瓶から錠剤を取り出す。

 まるでお菓子のラムネを食べるように、一つ、二つ、三つ。

 

「だ、だめ!」

「あ……」

 

 咄嗟に薬瓶をルアナから奪った簪。蓋の空いた物を乱暴に扱うと、いったいどうなるのか。

 ジャラジャラと音を鳴らし、床に広がる錠剤たち。

 少しの沈黙のあと簪はおそるおそるルアナを見た。

 相変わらずのジト目で簪を見て、そして床に広がった錠剤を見つめた。

 

「……じー」

「うぁ……」

「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「ご、ごめん」

「あー、美味しいケーキが食べたいなー」

「はい、作らせていただきます」

「ならいい」

 

 むふー、と一息吐きだしたルアナ。食べに行くのではなく、作ると言った簪。

 ルアナは床に広がった錠剤達を集めて、手のひら一杯のそれを細い目で見てから、ゴミ箱へと捨てた。

 

「ふぁぁ……ねむ」

「あれだけ寝たのに?」

「寝るのは、好き」

「……食べる事より?」

「…………おやすみ」

 

 あ、逃げた。そう感じた簪と布団へと逃げるように潜り込んだルアナ。

 すぐに聞こえた寝息に思わず私の心配はなんだったのだろうか、と簪は思考してしまう。

 キッチンに置かれた瓶の蓋を締めて、空いている所に置く。冷蔵庫の中を確認して、近いうちに作ることになったケーキのレシピを記憶から掘り起こす。

 クリームたっぷりにするべきか。いや、それだとルアナの口の周りにクリームが大量につくだろう。

 

 そんな事を考えながら、更識簪の夜はふけていく。

 

 眠る前に、何度もベッドの確認も忘れることはなかったそうな。




>>ルアナのおっぱい
 ほどほどにあります。

>>栄養剤
 至って普通のルアナの栄養剤。一夏が持っている理由は食べ過ぎてしまう為。部屋では簪さんがキチンと管理しています。

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